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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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あ~気持ちが悪い・・・
次に向かったのは『トゥール・スレン博物館』・・・・
ただの博物館ではない・・・“虐殺博物館”である。

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より大きな地図で トゥール・スレン虐殺博物館 を表示

カンボジアのクメール・ルージュ(カンボジア共産党)が1976年ごろに、廃校となっていた学校の校舎を政治犯の「収容所」として使用し始めたらしい。
1976年(昭和51年)だから、拙者が高校生の頃である。
ここに約3年弱の間に2万人近くの「政治犯」が収容され、反革命分子をあぶりだすために取調べが行なわれた。
が・・・簡単に言うと拷問をして殺してしまったのである。
ここに収容されていた「囚人」の中で、生き残ったのは7名しかいないという。
つまり、虐殺を行なったわけで・・・
ここの看守は少年・少女の看守が多かったらしいが、彼ら少年少女も虐殺の事実が外に洩れるのを防ぐためだろう、後に処刑されている。

クメール・ルージュ(カンボジア共産党)は極端な毛沢東主義であり、この虐殺を命じたという(本人は否定しているらしいが・・・)ポル・ポトは、毛沢東主義の忠実な“実践者”だったらしい。
ほらね、中国共産党、毛沢東、なんていうのはロクなもんじゃない・・・(笑)
この収容所の所長は中国系の元高校教師だったらしい。
ほらね、中国人というのはロクなもんじゃない・・・(笑)

で・・・その収容所跡を、そのまま「博物館」にして公開しているのだそうだ。

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昔の「教室」は、取調室というか拷問室というか・・・そういうのに使われていたようである。
拷問の果てに殺害された遺体の写真が部屋に飾ってある。
拙者が高校生の時、ノホホンと京都へ修学旅行に行っているような時に、このようなことがここでは行なわれていたのである。
そう思うと、なんとも不思議な気がしてしまう。
そんな馬鹿な・・・・と信じられないのである。

あの毛沢東の思想が悪いんだよな・・・・
日中戦争の時に中国共産党をやっつけて、日本軍は毛沢東を殺しておくべきだったな・・・

日中国交正常化の日中共同声明が出されたのは1972年である。
福田赳夫総理が日中平和友好条約に調印したのは1978年である。
毛沢東思想の忠実なる“実践者”のポル・ポトが虐殺をしている頃に、日本は中国(中国共産党)とニコニコと握手をしていたわけである。
あ~気分が悪い・・・・

で・・・現在は中国(中国共産党)に媚を売って日本企業は中国に進出、カネ儲けに勤しんでいるわけである。
日本駐在員が虐殺されないと目が覚めないのかね?・・・日本は・・・
こいつら中国(中国共産党)に、南京大虐殺がどうのこうのとは言われたくないものである!(怒)

“中国”は決して悪い国ではないが、“中国共産党”は悪い!
というわけで・・・その中国共産党一党独裁の“中華人民共和国”は当然悪い国である!
・・・と、拙者は思うのである・・・(笑)
そうなると、その中国に媚を売る日本は、もっと悪い国!・・・ということになるのではあるまいか?(大笑)

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手前の棒のような物が「足かせ」の道具・・・・
向こうの弾薬箱が「トイレ」・・・排便はこの弾薬箱にさせられたのだそうだ・・・
我が家は、この頃は水洗トイレだったのであるが・・・・

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(逆さに吊るして「水責め」をした場所)

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(虐殺された人達の写真や遺体の写真などが展示されている)

子供の頃に「死体」の写真を見てから、それほど「遺体」の写真を見るのは苦痛ではないのだが・・・
それでももう十分・・・という感じ・・・
あまりしつこく見せられてもねぇ~

121_convert_20130520153041.jpg(独房跡)

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(拷問の道具)

「私はベトナムのスパイです」「私はアメリカ帝国主義の手先です」と言えば拷問の苦痛から解放されるが、生きて解放されるわけではない。
殺してもらうことで苦痛から解放されるのである。
まぁ~中国共産党の“教え”のすばらしいこと・・・呆れるばかりである。

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最後の仕上げは・・・人骨の展示・・・
あ~あ~・・・なんとも残酷な・・・
人骨を展示すること自体、いかがなものかと思うが・・・
この人達、一人ひとり、それぞれの人生があったろうに・・・

ガイドさんが丁寧に時間をかけて説明をしてくれていたが、拙者は、それほど真剣に聞く気が起こらなかった。
もう、どうでもいいやぁ~・・・うんざり・・・である。
途中で見学をやめて早々と敷地内のベンチに移動し、のんびり構えている参加者も数名見受けられた。
まぁ、気分が悪くなるよなぁ~
こんなものばかり延々と見せられたんじゃ・・・

拙者はササッ~と軽く見学を終え、「ミュージアムショップ」へ・・・・
といっても、ただの売店だが・・・
自分用の土産にスーツケースに貼るためのステッカーを探す。
店員に尋ねたら、ステッカーなどは無いと言う。
で・・・しつこいようだが・・・(笑)、じっくりと店内を見て回ったら、薄汚れたショーケースの中に、それらしきものを発見!
「ちょっと、これ、ステッカーじゃないのか?」
「え?ステッカー?」
おい、おい、自分が売っている物くらい把握しておけよ・・・(汗)
「ちょっと、鍵を開けて見せて!」
で・・・見せてもらったら、カンボジアの国旗のステッカーではないか!
見っけ!見っけ!(狂喜)
1枚1ドル(アメリカドル)だと言うので、1枚だけ買う。(笑)

ステッカーを1枚買って大喜びしている拙者を見て店員は呆れ顔・・・
店員のこのオバチャン、こんなステッカーより、本を売りたくてしょうがないらしい。
一生懸命、英語で説明してくれるが・・・
カンボジアの虐殺の本を買う気はサラサラ無い・・・(笑)
「ここでしか入手できない本なんですよ。他ではどこにも売っていない本なんですよ」と言う。
そりゃ、貴重な本なんだろうけど・・・興味がないんだから買う気はない。
「あのね、俺、ツアー客なんだけど、この後、俺の仲間がたくさんここを通るから、彼らに売り込みなさい」と言って・・・逃げる・・・(大笑)

まもなく集合時間となるので、集合場所の「入口」のところで待っていたが、時間になっても誰も来ない。(笑)
なんとノンビリと見学しているのやら・・・
と・・・まもなく生暖かい風が吹き始めた・・・
ん?これは・・・ヤバイ・・・
もしかしたらスコールの前触れではないか?
それまでカンカン照りだったのだが、すぐに真っ黒な雲が空を覆い出した・・・
絶対ヤバイ・・・(大笑)
来るぞ!来るぞ!
ようやくツアーのみんながやって来たが、予想通りノンビリと歩いている。
「ヤバイですよ。これ、降り出しますよ!早く歩いたほうがいいですよ!」と声をかけたが、誰も応じない。
完全に無視された・・・
なんでこの野郎は焦っているんだ?・・・といわんばかりに相変わらずノンビリと歩いている。
いつもは拙者はグループの一番後ろを歩くことにしているのだが、こうなるとその気は起こらない。(笑)
先頭切って、バスに乗り込む。
で・・・人数確認を始めた途端に、一気に雨が降りだした!
危機一髪だった。(大笑)
どうせなら、もう少し降りだすタイミングが早かったほうが、ノンビリ歩いている連中がずぶ濡れになって面白かったんだけど・・・(大笑)
正直って・・・残念・・・(大笑)
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旅行 | 13:05:53 | Comments(0)
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