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■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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鋼鉄の最精鋭部隊
鋼鉄の最精鋭部隊―千葉戦車学校・騎兵学校 (日本陸軍の機甲部隊)鋼鉄の最精鋭部隊―千葉戦車学校・騎兵学校 (日本陸軍の機甲部隊)
(2008/10)
菊池 俊吉、北川 誠司 他

商品詳細を見る


オリジナル・プリントで見る九七式中戦車
 千葉戦車学校の九七式中戦車
 九七式中戦車の初期生産型
 千葉戦車学校の戦車群
 機関を一斉始動する戦車中隊

戦中の対外宣伝誌『FRONT』と撮影者・菊池俊吉(北川誠司)
 昭和の写真の先駆者たち
 日本陸軍とソ連
 陸軍参謀本部の主導で
 一流の資材を揃えて
 少ない戦車の写真
 『FRONT』の効果

やっていることは、我々となにも変わらない
~不肖・宮嶋、菊池俊吉の写真を語る(宮嶋茂樹)
 『FRONT』とカメラマン
 菊池さんの写真とカメラ
 菊池さんの絵心
 戦車の事情も透けて見える
 カメラマンとして見て
 最後にひと言

PART1
千葉陸軍戦車学校
  昭和16年秋、東方社『FRONT』のための撮影

戦車の大集団による機動演習
中戦車小隊の降坂機動
小隊縦列と車長の肖像
冠水地における徒渉の状況

PART2
千葉陸軍戦車学校2
  昭和16年秋、歩戦協同訓練

雨中の歩戦共同訓練
試製一式砲戦車(ホイ)と一式自走砲原型の通過
九七式中戦車の突進

PART3
陸軍騎兵学校(習志野騎兵学校)
  昭和16年秋

軽戦車と自動二輪車の連携
泥濘地を通過する軽装甲車
機動九〇式野砲の牽引
九五式、九七式の超堤シーン

写真撮影地の背景について(北川誠司)
千葉陸軍戦車学校の歴史
 戦車学校以前~長かった初期の戦車研究
 戦車学校の成立と教育の概要
 千葉陸軍戦車学校として
 終戦まで
陸軍騎兵学校の歴史
 創設期~明治期
 機械化部隊の助走~大正期
 機械化部隊への脱皮~昭和初期
 大陸での戦いに
 戦車兵教育の更なる強化
 戦局に応じて

高荷義之×富岡吉勝流写真鑑賞術のススメ
 千葉戦車学校の“合成”写真
 防盾と砲架の隙間の微妙なカタチ
 車長用パノラマ潜望鏡の謎
 カラオケ軍歌の薦め(長い前フリ)
 ここで本題。砲と防盾の色は?
 ボルトを外すと浸水する?
 試作砲戦車が2両も写ってた
 『日本の戦車』の図面のこと
 黄色い分割線にギモンあり
 軍装品にも注目すべし
 九七式軽装甲車と九五式軽戦車
 裏話的なものも少々



昭和16年・・・
日米開戦を目の前にして外国向け宣伝を目的としたグラフ誌が創刊されたという。
その名は『FRONT』・・・・
このグラフ誌のために多くのスタッフが各地の軍施設を取材・撮影したという。
その中の一人に菊池俊吉という報道写真出身のカメラマンがいた。
この菊池カメラマンが千葉戦車学校と習志野騎兵学校で撮影した機甲部隊の写真・・・
戦災や戦後の混乱から免れて保管されていたこのオリジナル・ネガからプリントした写真をもとに、この「写真集」は構成されている。

貴重な写真である・・・・
それにしても、外国向けに、こういう戦車の写真を堂々と見せても良かったのだろうか?
「どうだ!すごいだろぉ~!」と言うわけか・・・(笑)

この『FRONT』のために撮影された写真・・・・
ただの記録写真というだけではなく、戦後の日本の写真表現やグラフィックデザインに多大な影響を与えたという。
ということは、戦車マニアだけではなく、写真撮影を趣味にする人にも参考になる写真ということか・・・


今年の読書:48冊目

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読書 | 02:57:23 | Comments(0)
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