FC2ブログ
 
■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

■最近の記事

■月別アーカイブ

■カテゴリー
■FC2ブログランキング
■ブロとも申請フォーム
■最近のコメント
■小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

■ブログ内検索

■リンク
■RSSフィード
■FC2カウンター

ドイツ参謀本部
ドイツ参謀本部―その栄光と終焉ドイツ参謀本部―その栄光と終焉
(1997/08)
渡部 昇一

商品詳細を見る


新版まえがき

第1章 近代組織の鑑~ドイツ参謀本部~
~フリードリッヒ大王が制限戦争時代に残した遺産~

  「教訓の宝庫」としてのドイツ参謀本部
  ヨーロッパの陸戦史、4つの時代区分
  宗教的情熱から始まり、宗教への幻滅を残した三十年戦争
  ルール違反を許さないスポーツのような戦争
  兵士の逃亡―指揮官が最も怖れたこと
  戦争を好み、戦闘を毛嫌いした君主たち
  「戦闘なき戦争」が可能だった時代
  大元帥にして戦場の指揮官、同時に参謀総長
  フリートリッヒ大王を常勝者たらしめた“陰の男”
  フランス革命が無制限の戦争を復活させた
  安上がりで士気の高い国民軍の登場
  なぜ、ナポレオンの軍隊は強かったのか
  「大規模という魔性

第2章 かくて「頭脳集団」は誕生した
~ナポレオンを挫折させたプロイセン参謀本部の実力~

  プロイセン軍の動脈硬化
  どん底に落とされたプロイセン
  プロイセン参謀本部の父・シャルンホルストの登場
  改革の眼目は教育にあり
  マンセンバッハ・プラン
  献策は容(い)れられず
  シャルンホルストの微妙な立場
  反仏派の巻返しと新軍制成立
  ナポレオン恐怖症の克服とシャルンホルストの死
  シャルンホルストの忠実なる後継―グナイゼナウ
  “退(ひ)きつ攻めつ”の徹底的消耗戦
  いざ決戦、ライプツィヒへ
  7年越しの仇(あだ)
  14戦11勝の敗者
  天才・ナポレオンが見落としたもの
  作戦的退却軍と敗残兵との大いなる違い

第3章 哲学こそが、勝敗を決める
~世界史を変えたクラウゼヴィッツの天才的洞察~

  改革思想の余燼(よじん)(1)―ボイエン
  改革思想の余燼(よじん)(2)―グロルマン
  2つの戦争理論と国家の運命
  クラウゼヴィッツの“野心”
  「戦争は政治である」
  名著は遅れて世に広まる
  プロテスタントの風土からのみ発生しうる思想
  過渡期の参謀本部

第4章 名参謀・モルトケの時代
~「無敵ドイツ」を創りあげた男の秘密とはなにか~

  文学的素養と文学的外見を持った軍人
  侍従武官から参謀総長へ
  鉄道は国家なり
  普墺(ふおう)戦争での妙手
  ケーニッヒグレーツの戦い―史上最大の包囲作戦
  武器改革にみるプロイセン参謀本部の勤勉
  偉大な政治家と偉大な軍人の差
  勝って兜の緒を締める―普墺戦争の徹底反省
  対仏戦への入念なる準備と絶対の自信
  現場の指揮官の独断を不問に付す
  再び「外交の人」対「軍事の人」の対立
  モルトケの誤算
  輝かしき栄光の中に翳(かげ)りの徴候
  “創業者利得”は永遠にあらず
  2人の巨人が予言するドイツの運命

第5章 「ドイツの悲劇」は、なぜ起きたか
~ドイツ参謀本部が内包した“唯一の欠点”~

  リーダーなきスタッフの悲劇
  シュリーフェン・プラン
  小モルトケが参謀総長に任命された理由
  骨抜きにされたシュリーフェン・プラン
  「ドイツにもロイド・ジョージが欲しい」
  強力なリーダーの出現への渇望
  ヒトラーと参謀本部
  ドイツ参謀本部の最期
  「リーダー」と「スタッフ」のバランスこそ

あとがき

おわりに―なぜ、新版か
 自分の名誉は自分で守るしかない
 「読者への責任」として

(付録)
秦郁彦氏に与う
専門家の仕事を見かねる素人の立場について



本書は、若干、専門的な分野に入り込んでいるので、ちょっと取っ付きにくいように見える本であるが、読んでみると、結構、わかりやすい記述である。
『ドイツ参謀本部』という書名では、ちょっとピンとこないかもしれないが、結局のところ、「リーダーシップ」とはなにか、それを補佐する「スタッフ」とは何かということを考えさせられる本である。
ドイツ参謀本部の歴史を通じて、その2つの特徴と教育について知ることが出来る。
ドイツは第一次世界大戦では、「弱いリーダー」と「強いスタッフ」というアンバランスにより敗戦した。
第二次世界大戦では、その反動でリーダーが強すぎ、(ヒトラーのことだろう)スタッフが機能せず敗戦した。
ドイツ参謀本部はスタッフの養成法を完成させたが、リーダーの養成法は作っていない。
これが悲劇の元となったか?
リーダーの養成法はスタッフの養成法とは違うもののようであると著者は言う。
考えさせられる本である。

この本の別の面白さは・・・(面白いと書いては著者に失礼だが・・・)
この本が最初に中公新書として出版されたときに、本書に対して批判記事を雑誌に発表した秦郁彦氏への“反論”を載せた「付録」部分・・・
これを読むと、著者の“反論”はごもっとも・・・である。
秦郁彦氏は歴史学者、昭和史研究者として著名な方である。
(不思議なことに戦史研究家という肩書きは使用していないようである)
対して、本書の著者である渡部昇一氏は英語学者で評論家・・・
というわけで、秦氏のほうが専門家ということになるが、その氏が本書を「剽窃の書」と非難したわけである。
「剽窃(ひょうせつ)」とは、「他人の作品や学説を自分のものとして発表すること」、つまり、簡単に言うと「パクリ」である。
「パクった」と言われては渡部氏も黙ってはおれまい。
この批判に対して“反論”をしているが・・・なるほど、という内容である。
この“反論”に対しては秦氏は沈黙をしている。

渡部氏が専門外の人間にもかかわらず『ドイツ参謀本部』などという題名の本を書いたのが、専門家の秦氏としては気に食わなかったのだろうか?

私は以前、ある人から忠告を受けたことがある。
もし、貴重な資料を見つけても秦氏には見せるな・・・という。
見せると、自分のものにしてしまい返してくれないという。
また、この“新発見”を、さも自分が“発掘”したようにして発表し平然とする・・・という。
「この資料が日の目を見たのは俺のおかげである。素人のあんたが本に書いても日の目を見ることはない。俺の名で公表したから注目を浴びたのだ」というような横柄な態度を取るという。
実際にそういう目に遭い、資料を返却してもらえず泣き寝入りをした人がいるので、絶対、貴重な資料を見つけても秦氏には見せるなと言われたことがある。
そういう話を聞いていたので、この“論争”・・・やっぱりね・・・の感が強い・・・

この忠告を受ける前から、私は秦氏には別件で、あまりいい印象を持っていなかったので、なおさらである。

また、秦氏は、間違いを指摘されても訂正もせず、謝罪もしないという噂である。
この渡部氏の“反論”に対して沈黙するのも、そういうことか・・・という気もする。
「専門家ならもう少ししっかり検証してから批判しろ」という意味での“反論”・・・・
「専門家のくせに文献の扱いが不充分で粗末だ」という“批判”に対して沈黙を続けるというのも不思議である。

この「付録」の部分も歴史の勉強には大変参考になる部分なので、是非読んでもらいたいものである。



今年の読書:38冊目

スポンサーサイト





読書 | 02:28:02 | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する