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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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反射炉跡
DSC05003.jpg
(鹿児島県鹿児島市)

反射炉の建造と集成館の設置
アヘン戦争で中国がイギリスに敗れたという情報は、島津斉彬(なりあきら)に大きな衝撃を与えました。
嘉永(かえい)4年(1851)、薩摩藩主となった斉彬は、日本が西欧諸国の植民地にされるのではないかという危機感を抱き、海洋に多くの領地を有する薩摩藩こそ、「大砲と船」に象徴される軍備の近代化と産業育成に力を注ぐべきだと考えました。
反射炉は鉄製の大砲を鋳造するために築かれたもので、嘉永5年に着工し、安政(あんせい)3年(1858)ようやく鉄製砲の鋳造に成功しました。
また反射炉を中心に溶鉱炉やガラス工場など様々な工場が整備され、これらの工場群は「集成館(しゅうせいかん)」と命名されました。
生麦事件に端を発した文久(ぶんきゅう)3年(1863)薩英戦争では、イギリス艦隊7隻を相手に、ここで造られた大砲が大活躍しましたが、その後解体され、現在は基礎部分だけがのこされています。

(説明板より)

反射炉跡
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史跡 | 21:35:05 | Trackback(0) | Comments(2)
コメント
母校の校歌に島津斉彬と集成館が出てきます。
斉彬公(なりあきらこう)を(さいりんこう)と読んで歌います(^_^)

ところで磯庭園(仙巌園)の名物両棒餅(じゃんぼ餅)食べましたか?

2007-04-16 月 22:23:36 | URL | まっちゃん [編集]
『じゃんぼ餅』ですね。
残念ながら・・・・食べていません!〈笑)
あそこは場所が悪いですよねぇ~
レストランで食事をして坂を下ってきたらあるんですから、既に満腹状態ですからねぇ~〈笑)
レストランの手前にあればねぇ~
次回・・・忘れずに食べてみます。
2007-04-17 火 20:42:41 | URL | 重兵衛 [編集]
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