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■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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米軍が記録したニューギニアの戦い
米軍が記録したニューギニアの戦い米軍が記録したニューギニアの戦い
(1995/08)
森山 康平

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総論 広大さとジャングルと飢えと

第1部 ニューギニア最初の激闘
1 ポートモレスビーの攻略
2 ブナ地区の戦い
写真
  山越えのポートモレスビー攻略
  ブナ、ギルワの戦い
  ブナ陣地の玉砕
  ギルワの戦場
  ブナ地区の砲煙は止んだ
  ブナ地区、日本軍の“反撃”と連合軍の余裕
  米軍の新たな後方基地
真剣に検討されずに終わったニューギニア放棄論
生還者の回想
  拳銃と日本刀の一騎討ちもあった(柳場 豊)
  “日本軍人の最期を見せてやる”(柳場 豊)
  『歩兵第144聯隊(高知)通信中隊誌』より
  “こじゃんと腹がたっったぜよ”(柳場 豊)

第2部 連合軍の本格反攻
1 ワウの戦い
2 ダンピール海峡の悲劇
3 ラエ、サラモアの激闘
4 サラワケット越え“死の行軍”
写真
  脆かった船団護衛(ダンピール海峡の悲劇)
  連合軍のナッソウ湾上陸(サラモアの戦い)
  連合軍、ラエに上陸
サラモア攻撃は陽動作戦だった
サラモア作戦の日本軍消耗
生還者の回想
  ラエ~サラワケット~キアリの道程(岡本隆久)
  ラエ増援輸送に失敗(所沢作治)
  ラエ最前線、ブス河の戦い(川尻貞治)
  魔のサラワケット越え(諸田照吉)

第3部 フィンシュハーフェンからマダン、ウエワクへ
1 フィンシュハーフェンの攻防
2 フェニステール山中の飢餓行軍
3 大湿地帯に消えた“彷徨兵団”
写真
  フィンシュハーフェンの戦い
  連合軍、サイドル先回り上陸
  マダン、ハンサへの爆撃と攻略
  ウエワクへの猛烈爆撃
生還者の回想
  フィンシュハーフェンの激闘(福家 隆)
  勧喜嶺付近の戦闘(齋藤 顕)
  “飢餓のニューギニア”はなぜ起こったか(針谷和男)

第4部 主戦場は西部ニューギニアへ移った
1 ホーランジア、アイタペ米軍上陸
2 アイタペ攻撃戦
写真
  ホーランジアを攻略した連合軍
  連合軍はさらに西進した
  フィリピン奪回の根拠地となったホーランジア
  アイタペに上陸した連合軍
アイタペ戦終了後の第18軍
生還者の回想
  敵中に孤立したわが大隊(水町 輝)
  「おんみ大切」と「死守せよ」の違い(梶塚喜久雄)

第5部 ニューギニア戦の終焉
1 爆砕され焼き尽くされたビアク島戦
2 第18軍、異例の「全軍玉砕命令」へ
写真
  西部ニューギニアの戦場
ニューギニア戦後の連合軍
生還者の回想
  ニューギニア戦線における海軍部隊(田島一夫)
  第18軍司令官安達二十三中将のこと(堀江正夫)
  ニューギニアに眠る戦友を忘れない(後藤友策)
  東部ニューギニアにおける作戦の背景とその実態(堀江正夫)



死亡した日本兵達の写真を見るたびに、彼の人生は何だったのだろう・・・と思ってしまう。
彼の少年時代は、どうだったのだろう・・・
まさか、その後、こんな死に方をするとは想像もつかなかっただろう。
可哀相である・・・
ただただ戦争反対というのではない。
こういう死に方をさせる戦争には私は反対である。
考えさせられる写真集である。


今年の読書:78冊目

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読書 | 00:15:52 | Comments(0)
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