FC2ブログ
 
■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
58歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

■最近の記事
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■FC2ブログランキング
■ブロとも申請フォーム
■最近のコメント
■小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

■ブログ内検索

■リンク
■RSSフィード
■FC2カウンター

中津口門の大石
554_convert_20111011152057.jpg

中津口門の大石

後方にある2基の大石は江戸時代、古船場の中津口門の石垣で、細川忠興ただおきが慶長7年(1602)に小倉城を築くとき大谷から運んできた。
大石は上富野で動かなくなり、忠興は頭かしらの富岡某を手討ちにしたので、石は勢いよく運ばれた。
村人は富岡を哀れみ地蔵堂を建て供養した(現在この富岡地蔵は、安全寺に安置されている)。
これを聞いた小笠原4代藩主忠総ただふさは「2つに割って運べば命まで奪わずにすんだ。石の大小は勝負にかかわらぬ」と言ったという。
これを「細川の大石」「小笠原の割石」といった。
明治になり中津や築上の青年が多数小倉に来た。
門を入る時、大石をにらむと成功すると言われ一心ににらんだ。
「大石にらみ」という。
中津口門を解体した明治34年に、藤井吉しょうきち三本松の高倉稲荷神社に大石を移した。
平成12年に高倉稲荷は八坂神社に合祀ごうしされたので石も移した。

小倉北区役所

(説明板より)
スポンサーサイト





史跡 | 20:18:35 | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する