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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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福井藩邸跡
DSC03751.jpg
(福井藩邸跡の碑)

この油小路二条下る西側(現京都国際ホテル)の一帯には、江戸時代後期、福井藩の藩邸があった。
藩邸が置かれたのは比較的新しく、天保2年(1831)の「京大絵図」に描かれている。
藩邸は藩の京都連絡事務所で、留守居役が詰め、町人の御用掛を指定して、各種の連絡事務に当たった所である。
福井藩は、慶長5年(1600)、徳川家康の二男結城秀康が封ぜられたのに始まる親藩の雄藩で、石高は最大68万石、江戸中期以降は32万石。
幕末に松平慶永が藩主となってから、人材を登用して藩政を改革し、水戸藩とともに幕府政治の改革に乗り出し、更に、公武合体運動を進めて、幕末政局に一方の旗頭となって活躍した。
この藩邸は、幕末の福井藩の活躍にとって大きな役割を果たした。

京都市
(説明板より)

福井藩邸跡
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史跡 | 16:24:50 | Trackback(0) | Comments(0)
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