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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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河竹黙阿弥の墓所
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河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)の墓所

江戸時代末から明治の中頃に活躍した大劇作家、河竹黙阿弥(本姓吉村、二代河竹新七、1816~1893)の墓所が、当寺の墓所入口にあります。
黙阿弥は、鼠小僧(ねずみこぞう)次郎吉を義賊にした作品をはじめ、「三人吉三(さんにんきちざ)」や「白波(しらなみ)五人男」などの盗賊を主人公とした生世話(きぜわ)狂言で、世相を写実的に描く近代演劇への道をひらきました。
しかし、幕府が写実的傾向を禁じて勧善懲悪(かんぜんちょうあく)を奨励したため、黙阿弥は作風の転換を強いられ、その後、幕末・維新期の激動する社会のなかで、江戸時代後期の歌舞伎の創作法を整理・集大成し、「真の江戸演劇の大問屋」と坪内逍遥(つぼうちしょうよう)に評される仕事をなしとげました。
黙阿弥の作品は、4代市川小団次(こだんじ)をはじめとする歴代の名優によって演じられました。
明治41年、当寺が移転したとき黙阿弥の墓も浅草から移されました。

昭和57年2月
中野区教育委員会

(説明板より)


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史跡 | 12:52:13 | Comments(0)
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