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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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臓器を提供する?
親父のところに後期高齢者の保険証が送られてきたようで・・・・
その裏には臓器提供をするかしないかの記載項目があったようである。
で・・・珍しく親父が拙者の部屋にやって来て・・・・
「おい、臓器提供をするからな。覚えておいてくれ」と言う。
へぇ~珍しいこともあるものだ・・・・
親父がねぇ~他人のために臓器を提供するとはねぇ~

で・・・どこにマル印を付けるの?
1番・・・脳死状態および死亡時に臓器を提供
2番・・・死亡時のみ臓器を提供
3番・・・臓器は提供しない

「う~ん、死んでからだな・・・2番か・・・」
「ふ~ん・・・じゃぁ、死んでからすぐには遺体は引き取れないからしばらく病院に置いておくしかないな」
「ん?何でだ?」
「だって、親父が死ぬでしょ?するとすぐに手術室に入って、心臓やら肝臓やら腎臓やらを取り出す手術をしないといけないんじゃないの?すぐには帰っては来れないでしょ~?」
「すぐには帰ってこれないのか?」
「そうなんじゃない?」
「すぐには帰ってこれないのかぁ~」
「あっ、眼球も提供するの?眼球を提供するとなると・・・目ん玉くり抜くんだろうから・・・どういう姿で帰って来るんだろうねぇ~」
「ゲッ」
「あっ、どうせ眼を閉じてるからわからないか・・・」
「やめた!やめた!提供するのはやめたぞ!」

いともあっさりと親父は臓器提供をするのをやめたのでありました。(大笑)

それにしても、83歳の“ジジイ”の臓器じゃ役に立たないような気もするんだけどなぁ~
どうなんだろう?
目がかすんでよく見えない・・・という目ん玉・・・役に立つのだろうか?

臓器提供・・・・別の言い方をすれば、リサイクルである。
自動車の部品を中古部品と交換するのと同じような気がするのだが・・・・
工業製品ならいざ知らず、人体にたいして、そういう“部品交換”をしていいのだろうか?
どうせ火葬場で灰になるなら、もっと極端な言い方をすれば、「捨ててしまうのであれば」、もったいないから使えるものは使おうということなのだろうか?
倫理的に許されるのかなぁ~そういうの・・・
拙者はどうしても抵抗があるのである。
人体というのは単なる“魂”の入れ物・・・という考え方なのだろうか?
とするならば、人体は箱と同じ、包装紙と同じで、大事なのは中身ということになるが・・・
中身とは“魂”だろう?
しかし、その“魂”を果たして我々は大切に扱っているのだろうか?
戦争で亡くなった方々の“魂”・・・・
戦友と遺族だけが慰霊をすればいい、他の人は関係ないから慰霊なんてしない・・・という現状は、人間の“魂”を大切に扱っていると言えるのだろうか?
結局、肉体も魂も、どちらも大切には扱っていないのではないだろうか?
つまり、人間というものに尊厳を感じていないから“部品交換”などという発想になるのではあるまいか?
幼くして臓器移植をしなければ命が救えないという子供を例に挙げられるが・・・
酒を飲み過ぎて肝臓を痛めたオヤジが臓器移植をする可能性もある。
これは人の道としてどうなんだろう?
我々は「運命」という言葉で「諦め」を受け入れてきたはずだが・・・
「諦めきれず」に「運命」に逆らう・・・・果たしていいことなのかどうか・・・
そう考えると、これは倫理なのか、宗教なのか、それとも哲学なのか・・・・

安易に臓器提供にマル印は付けられないと思うのである。
一見、正しいような感じに見えても長い目で見た時にはどうか・・・・

親父の場合は、死んでからすぐに家に帰れないなら嫌だという単純な理由である。(笑)
結果的には正しいかも・・・(大笑)
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日記 | 21:28:00 | Comments(2)
コメント
お考えよく分かります。
私もこの問題、又他医療の問題で考えます。
私は”さだめ”という言葉が好きです。好きという表現には値しないですね。う~~ん何と言ったらよいのでしょう?!
我が事で結論が出ない、又辛い時、”さだめ”で終わりにします。
しかし重兵衛さんは真っすぐな方ですね。
男ですな!!!
2011-08-18 木 11:54:11 | URL | お染 [編集]
Re: タイトルなし
過分なお褒めの言葉をいただき恐縮です。(笑)
そこまでの・・・男らしい男ではないのですが・・・(大笑)
なんでもかんでも簡単に諦めるべきだとは思いませんが・・・・
泣いても愚痴を言っても他人のせいにしても、どうにもならないことってあると思うんですよねぇ~
そういうのは、お染さんのおっしゃる通り、“さだめ”ということで“割り切る“しかないと思うんですよ。
そう、そう、“さだめ”・・・・これ、いい言葉ですよね。
“諦め”ではなく“さだめ”として受け入れる・・・これが“正解”という気がしますね。
2011-08-19 金 16:13:36 | URL | 野牛重兵衛 [編集]
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