FC2ブログ
 
■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

■最近の記事
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■FC2ブログランキング
■ブロとも申請フォーム
■最近のコメント
■小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

■ブログ内検索

■リンク
■RSSフィード
■FC2カウンター

拙者が通訳?
DSCF1013_convert_20110203162814.jpg

今日のお昼は“お蕎麦”である。
高齢者(失礼!)は、これは大喜びだろう。(笑)

今回の旅は、とにかく忙しい・・・・
予定をカットしたり、とにかく慌ただしさがどことなくある。
というのも・・・この季節は雨季の為、午後になると雨が降ることが多いそうなのだ。
雨(スコール)が降ると、ちょっと奥地に入るとぬかるんで車が走れなくなりかねない。
ということで、天気が良いうちにドンドン回れ・・・ということになる。
雲行き次第では、予定を変更して、さほど重要ではない場所は飛ばして次の場所へ・・・となる。
特に“セキ会長”は、この天気には特に御執心。
多分、以前ひどい目に会ったのだろう。(笑)
「雲行きが怪しいので、そこに行くのはとりやめましょう」「早く次の場所に移動しましょう」となる。

午後の予定は、雲行きが怪しいので、ゴルフ場での慰霊祭を早々とやってしまおうということになる。
日程表では「新飛行場跡」となっているが・・・・
日本軍には「新飛行場」なんてなかったはずだから、米軍が作った新飛行場の跡のことではないだろうか?
ここで拙者の同室の“ヤマグチさん”のお父さんが亡くなっているらしい。

このゴルフ場の駐車場のフェンスの所に祭壇を設けて読経・・・慰霊祭を執り行う。

DSCF1018_convert_20110203165704.jpg

雨がパラパラと降ってきたが、大したことがなかったのは英霊の御加護か?
この時、周囲には地元の人たちがグルリと我々を取り巻いていたのだが・・・
その中の一人が「イスラムか?」と話しかけてきた。
「イスラム?」
どこからイスラムなんて言葉が出てきたのやら・・・(笑)
日本から戦没者の慰霊に来たのだということと、彼のお父さんがこのあたりで亡くなったのでお参りしている・・・ということを話す。
なぜか「え?日本?」と驚く。
日の丸の旗をフェンスの所に飾っているんだけどなぁ~
あれが日本の国旗だということが分からないんだろうか?
こりゃ、重大な問題だぞ・・・・
経済大国だとか、ODAで国際貢献しているとか・・・と言っていても単なる自己満足か?
日本は一般人には全然有名じゃないのか?
太平洋戦争の話をしたら、それは分かっていたようだ。(笑)
「ここに昔、滑走路があった」と言う。
そんなこんなで少しおしゃべり。

慰霊祭が終わり・・・・お決まりの(?)“バラマキ”・・・・・
拙者はこのお菓子やら何やらの“バラマキ”が好きではない。
とにかく近くにいる現地人にただ渡すだけ。
もらう側は何が何だかわからないが、もらえるものはもらおうと集まってくる。
これでは意味はないのではないか?
ことさら「ありがたく思え」という態度で渡す必要はないが・・・・
先ほどの「イスラム教か?」の発言でもわかるように、我々が何者で何をしているのか周囲の現地人は知らないのである。
ここは多少の説明はすべきではないだろうか?
どこの遺族会でも大なり小なりみんな同じことをする。
自己満足といえば自己満足・・・・
配った遺族は「良い事をした」と思っても、現地の人とのコミュニケーションにはなってはいないと思う。
だから拙者はこの“バラマキ”は好きではない。
かといって、拙者にはこれを批判したり止めさせる権利はない。
遺族は遺族の思いでやっていることだから・・・・
拙者は傍観者に徹することにしている。

続いて向かったのはアメリカの記念碑がある場所。
それは丘の上にあり、小さな公園のようになっている。
入口には管理人がいてちゃんと管理されていて、綺麗に清掃管理されている。
日本の慰霊碑とは大違い。
アメリカは戦勝国で日本は敗戦国だからか?

ここは遺族にはあまり興味がない場所であろうが・・・・
なぜか30分以上もここに留まる。
いくつもの石碑にはガダルカナルの戦史が英文で刻まれていたので、拙者はとにかくこの英文を全部撮影する。
日本に帰って訳してみようと思う。
本来の慰霊碑・記念碑はこうあってしかるべきだと思う。
日本のものは空疎な簡単な一文しか刻まない。
これでは意味がなかろう。
ここでどんな戦闘があったのか、どういう部隊が関わったのか、何人ぐらいが亡くなったのか・・・
そういうものを刻んで後世に伝えるのが本当ではないだろうか?
日本は日本側の立場で、米国は米国の立場で、それぞれ刻めばいい。
日本のやることはお粗末であり、自己満足だけのものである。
お金をかけた割には意味がない・・・・

DSCF1021_convert_20110203234821.jpg
DSCF1074_convert_20110204201550.jpg(記念碑から見た景色)

今日の巡拝慰霊はこれで終了・・・・
ホテルに戻る。

今晩はガダルカナル島最後の夜ということで、何年にもわたり今まで遺族会がお世話になって来た方々を招いての夕食会。
5つのテーブルに分かれ、各テーブルに“お客さん”が一人ずつ座るという。
参加者は、好きなテーブルに自由に・・・とのことなのだが・・・
こうなると、問題は通訳。(笑)
通訳する人が足りないというか、いないのである。
英語が話せるのは添乗員くらい・・・
そこで何故か拙者が駆り出された。(大笑)
何かとんでもなく勘違いをされているようで・・・
拙者は英語が苦手だというのに・・・・

DSCF1086_convert_20110204201921.jpg

拙者はとりあえず「戦史研究家」のテーブルに座り、“ジョンさん”の通訳を担当する。
が・・・当然、拙者の通訳はシドロモドロである。(大笑)

離れたテーブルには“ダニエル”と息子の“ブランドン君”が座っていたが、通訳がいないので手持無沙汰な様子。
途中から彼らのテーブルに行き、おしゃべりをする。
父親の“ダニエル”の話では、息子が家に帰って母親に「日本人の友達が出来た。日本人と戦って勝ったんだ」と威張って報告したという。
お母さんから「大人と戦ったら死んじゃうよ」と言われたら「僕は強いから大丈夫」と答えたとか。
「小学校を卒業したら日本語を勉強する」と言ったとか。
いやぁ~嬉しい話ではないか。
“ダニエル”からは「最初の日よりずいぶん英語が話せるようになったじゃないか」とからかわれる。
“ブランドン君”には3歳ぐらいの妹がいるらしい。
「お~それじゃ、お兄ちゃんじゃないか~。妹は可愛いだろう?」と言ったら、“ブランドン君”大いに照れる。(大笑)
しばらく“ダニエル”親子とおしゃべりをして、ようやく自分のテーブルに戻って食事をし始めたら・・・
「食べているどころじゃないですよ!通訳!通訳!」と駆り出される。
え?拙者は参加者の一員なのにまともに食事もさせてもらえないのか?(大笑)

食事会も終わり、続いて、ホテルの砂浜で“盆踊り”と“灯篭流し”のイベント。

DSCF1097_convert_20110204204312.jpg

灯篭を流すのは午後9時。
この時間にちょうど海流が沖に向かうのだそうだ。
しかし、波打ち際に置いても流れないそうで、ある程度沖まで持って行かないと、沖に向かう海流に乗らないとのこと。
誰か、参加者の中でパンツ1枚になって海には入ってくれ・・・などと言われたが・・・(笑)
地元の方が胸まで浸かり、灯篭を浜辺から離れた沖の方まで持って行ってくれた。
また、添乗員も水着を持ってきているとのことで、ビキニ姿で海に入って手伝ってくれた。
おかげで、灯篭は無事に沖に向かう。

DSCF1112_convert_20110204205032.jpg

しかし・・・真っ暗な中で写真を撮るというのは難しい・・・
毎度のことながらカメラの使い方がよくわからない。(笑)

この灯篭流しを見送っている最中、真っ暗闇の中で外人から声をかけられた。
「タイの方ですか?」と言う。
タイ?何で・・・タイ?
真っ暗なのでお互いの顔も良く見えないのだから仕方がないが・・・(笑)
彼が言うには、彼はタイに在住しているオーストラリア人で、タイでは満月の夜に、この「灯篭流し」のようなことをするので、タイ人のグループがここでもやっているのかと思って声をかけたという。
いや、いや、我々は日本人の慰霊団で・・・・とお答えするが・・・
さて・・・「灯篭流し」って英語でなんて言うんだ?
参った・・・・説明できない・・・(汗)
真っ暗だから身振り手振りは通用しない・・・・またもやシドロモドロの英会話である。(大笑)

続いて盆踊り!
拙者に声をかけた“部外者”のオーストラリア人も無理やり盆踊りの輪の中に連れ込まれた。
「その人は違いますよ!関係ない人ですよ!」と言っても聞く耳持たず・・・「よかばい!」の一言。(笑)
盆踊りは・・・・やっぱり恐れていた通り、炭坑節!
「掘って~掘って~また掘ってぇ~」である。
練習をしてもしなくても同じである。(大笑)

全てのイベントが終了して解散。
参加者の一部は夕食会場に戻って“飲み会”をするらしい。
“セキ会長“から戦史研究家の“ジョン”さんと2人でバーラウンジに行くので、よかったら一緒に来てくれと誘われたので同席させてもらう。
で・・・会長は英語が話せない。
“ジョンさん”は日本語は話せない。
お互い言葉がわからないのだが、以前からの巡拝慰霊で顔なじみだそうで・・・
お互いに再会を喜び合い、前回の時の想い出話をする。
英語と日本語の間に挟まれて、お互いの話を聞いていると、ちゃんと話が噛み合っているんだから不思議だ。(大笑)
ちょっと難しい話は拙者が“通訳”をさせられたが・・・
相変わらずのシドロモドロの“通訳”である。
誠にお粗末・・・・
こういう時に役に立ちたいのだが、能力不足のため自己嫌悪に陥る・・・
肝心なところで役に立たない・・・・
基本的に拙者には語学の才能がないのではあるまいか?

ビールを1杯づつ飲んで・・・解散!
スポンサーサイト





旅行 | 19:15:52 | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する