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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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東京ベイ・洋上慰霊
昼食後、再びボートに乗り、今度は周辺の島々を巡るらしい。
ツラギ島を出発してまもなく見えてきたのがカブツ島とタナンボコ島。

DSCF0588_convert_20110118100652.jpg(左:カブツ島、右:タナンボコ島)

DSCF0589_convert_20110118101007.jpg

両方の島の間には、島を結ぶ橋が架かっていたようで、その橋脚だけが残っている。
その手前には何かの船の残骸らしきものが水面から顔をのぞかせていた。
このカブツ島には、横浜航空隊の水上機部隊が駐屯していた。
一緒に駐屯していた第84警備隊の一部を合わせて約340名の兵力。
昭和17年8月、米軍はガダルカナル島に上陸すると同時に、ツラギ島、カブツ島、タナンボコ島にも上陸。
ここカブツ島、タナンボコ島の守備隊は徹底抗戦をして全滅した。
しかし・・・こんな小さな島で「徹底抗戦」って言っても・・・ねぇ~
隠れるようなところがあったのだろうか?
半日もしないうちに占領されてしまうような気もするが・・・
2~3日は頑張ったようである。

DSCF0591_convert_20110118102809.jpg(カブツ島の横浜航空隊水上機基地跡)

この2つの島は今は人は住んでいないらしい。
あ~出来れば上陸して島の中を散策したいなぁ~
無人島のようだが、個人所有の島なのだろうか?
頼めば上陸させてもらえるのだろうか?


より大きな地図で カブツ島横浜航空隊水上機基地跡 を表示

より大きな地図で カブツ島横浜航空隊水上機基地跡 を表示


洋上から、カブツ島、タナンボコ島を“見学”して、続いて向かったのは・・・どこかの入り江。(笑)
どうも、この辺りは「トウキョウ・ベイ」と言うらしい。
どうして「トウキョウ・ベイ(東京湾)」と呼ばれるのか知らないが、現地人が名付けたのだろう。

この湾の中に、船の残骸があった。
話によると、米軍の輸送船の残骸とのこと。

DSCF0599_convert_20110118104737.jpg(米軍の輸送船?)

更に入り江の奥に入っていくと、水面からチョットだけ船の残骸が顔を出している場所がある。
これが日本海軍の駆逐艦「菊月」の残骸である。

DSCF0609_convert_20110118110349.jpg(駆逐艦菊月の残骸)

どうも米軍の航空機の攻撃を受けて、ここに擱座したらしい。
「生存者はいたのでしょうか?」との質問を受けたが・・・
この座礁擱座した様子からすると、乗組員は島に上陸で来た可能性があるような気がする。
米軍機の攻撃を受けて沈没を免れるため、わざと海岸に乗り上げたのではないだろうか?
そんな気がする・・・・
ここでボートを停止して、洋上から慰霊を行う。


より大きな地図で 駆逐艦菊月の残骸 を表示

より大きな地図で 駆逐艦菊月の残骸 を表示


DSCF0616_convert_20110118111016.jpg(東京ベイ)

船上では副団長で僧侶の“フジさん”が、しきりに「さぁ、歌でも歌いましょう!」と言う。(笑)
御自身で歌詞カードまで作って配布する熱の入れようである。
かなり歌の好きな方のようである。(笑)
“フジさん”は確か予科練の出身で、拙者の親父より2期ぐらい後輩の方。
当然、戦地には行っていないと思う。

帰りのボートの中・・・
みなさん、お疲れのようで・・・寝ている!(大笑)
拙者は舷側に立ち、風を受けながら海を見続ける・・・・
座席に座っていては寝てしまいそうである。
もったいない!
この景色を目に焼き付けておかねば・・・(笑)

途中・・・イルカの群れを発見!
3頭ぐらいのイルカとすれ違った!
が・・・一瞬のことなので写真が撮れなかった。
並行してくれたら撮れたんだけどなぁ~
残念である。(笑)

DSCF0632_convert_20110118113551.jpg(戦艦比叡沈没地点)

船長が「ここが戦艦比叡の沈没地点だ」と言って船を停めた。
ここが・・・って言われてもねぇ~(笑)
海の上じゃ、どこなのかわからない。(笑)
ここでも洋上慰霊を行う。
船の形が見えりゃ、あ~ここかぁ~ということになるのだろうが・・・
かなり深いんだろうなぁ~
浮標があるわけでもないので・・・とにかく、ここだと言うんだからここなんだろう。(笑)
「戦艦には何人ぐらい乗っていたのですか?」との質問を受けたが・・・
正直言って、戦艦比叡のことは全くと言っていいほど知らない。(笑)
なにせ、事前に勉強なんかしてこなかったんだもん!(大笑)
戦艦山城が1500名ぐらいだったはずだから、同じくらいだろうと答えたが・・・
“戦史研究家”との肩書を付けられてしまっている割にはいい加減である。(悲)
なさけない・・・・・

午後2時過ぎ、無事にボート乗り場に帰着。
ホテルに向かう。
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旅行 | 19:18:34 | Comments(0)
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