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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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「明治神宮外苑の記」碑
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明治神宮外苑の記

石碑の題字 「明治神宮外苑之記」
       明治神宮奉賛会 総裁 閑院宮載仁(ことひと)親王殿下の篆書(てんしょ)
撰文 明治神宮奉賛会 会長 徳川家達(いえさと)
石材 東北仙台産の板石
   高・地表4メートル 幅・1.8メートル 厚・0.36メートル

碑文の大意

明治45年(1912)7月30日に、明治天皇(第122代の天皇・今の天皇の曽祖父)、大正3年(1914)4月11日には、昭憲皇太后(明治天皇の皇后)がお亡くなりになりました。
これを伝え聞いた国民の間から、御二方の御神霊をお祀りして、御遺徳を永遠に追慕し、敬仰(けいぎょう)申し上げたいという機運が高まり、その真心が実って、大正9年(1920)11月1日、代々木の地に、明治神宮の御創建となったのであります。
明治の時代は、日本の歴史を通じて、政治・経済・文化・スポーツ等の各方面において、驚くべき躍進を遂げ、近代国家としての基盤が確立されましたが、その原動力となられた明治天皇の偉大な御事蹟と御聖徳の数々を、永く後世に伝えたいものと、明治神宮外苑の造営が進められることになりました。
これがため、明治神宮奉賛会が設けられ、天皇が御在世中、しばしば陸軍観兵式を行わせられ、又、御葬儀がとり行われた旧青山練兵場の現在地に、皇室の御下賜金をはじめとして、ひろく全国民の献金と、真心のこもった労働奉仕により十余年の年月をかけて、大正15年(1926)10月に、明治神宮外苑は完成しました。
苑内には、天皇・皇后御二方の御一代の御事蹟を、有名画家が描いた80枚の大壁画が掲げられている白亜の殿堂、聖徳記念絵画館を中心に、野球場、競技場その他多くの優れた運動施設が設けられ、御仁徳をお偲びしつつ、青少年の心身鍛錬の場として、或は遊歩を楽しむ人々の憩いの苑として、崇高森厳(すうこうしんげん)の気漲(みなぎ)る内苑と相俟(ま)って造成されたもので、永く後世に残されるものであります。
外苑造成工事全く成り、奉賛会より明治神宮に奉献するに当り、事情の概要を記し、後の世の人々に伝えるものであります。

大正15年10月
明治神宮奉賛会 会長 徳川家達

(説明板より)


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史跡 | 16:22:23 | Comments(0)
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