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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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戦艦山城の戦没者名簿
今日は、東京へ行って防衛研究所で調べ物。

スリガオに行った時、“ジュンさん”からスリガオ海峡で沈没した戦艦山城の記念碑を作る話を聞いた。
彼が言うには、その記念碑に戦没者の全員の名前を刻んだプレートを取り付けたいという。
と・・・言われた気がした・・・(笑)
なにせ、拙者は英語が苦手である。(笑)
からっきし、自信がないのだが・・・たぶん・・・そう言っているような・・・
で・・・出来れば、その全戦没者の名前を調べてくれと頼まれた。
と・・・言われた気がした・・・(笑)

というわけで、さて、そういうものが現存しているかどうか・・・
確証はないが、とにかく防衛研究所へ行って調べることにしたのである。

「戦艦山城」としては、これといった記録は残っていなかった。
やむなく、滅多に職員の方に相談することはないのだが・・・相談をかけてみた。
対応してくださったのは、海軍関係を担当する職員の方。
さすがは、プロである。
博識である。
「戦艦山城」と言っただけで、スラスラと概略を話してくれる。よくご存じである。
戦艦山城は「スリガオ海峡海戦」で撃沈されたが、「スリガオ海峡海戦」という海戦自体が有名ではない。
「レイテ沖海戦」の一つとして含まれてしまっているのと、約1600名の乗組員中、生存者は10名しかいないためである。
この職員の方もそのことをよくご存じで・・・・脱帽である。

「果たして戦没者名簿なんかあるかなぁ~」とのことだったが、戦友会の作成した「思い出」という1冊を見つけてきてくれた。
戦艦山城に過去に乗り組んでいた方の回想記や遺族の書かれたものが載っている本。
「山城に関するのは、これぐらいしかないですが見てみますか?」とのこと。
作文集では意味がないような気もしたが、念のため読んでみることにした。
と・・・巻末に戦没者名簿が載っていた!
人数は約1500名である。
乗組員数に若干の違いがあるが、これは、正規の乗組員が約1500名で、出撃直前に約100名の対空機銃要員が乗り込んだためのようだ。
このため、臨時で乗り込んだ約100名のお名前はわからない。
(悲しいことだが、永遠に分からないだろう)

まさか、本当に戦没者名がわかるとは思ってみなかったので、さすがに感激である!
早速、この名簿の部分の複写申請をする。

これで、約1500名の戦没者の名前は分かったので、記念碑のプレートを作る事は可能になった・・・
・・・と思うのは大間違い。(笑)
フィリピン人が作るのだから、氏名は漢字ではなくローマ字だろう。
問題はここである!
お名前の読み方がわからない!(笑)
たとえば「吉川」という姓は、「よしかわ」とも読むが「きっかわ」とも読む。
こりゃ頭が痛いぞ~
どっちが正しいかなんて確認のしようがない。
名前に至っては、全然読み方が分からない名前すらあるのだから・・・・

こういうところが曖昧でいい加減さを容認する日本人の国民性というのか、なんというのか・・・
漢字で書かれた氏名を目で見て・・・なんとなくわかったような気でいるが、声に出して発音できない。
読めない癖に読めるような、理解しているようなつもりになっている。
この点、アメリカなどは明確である。
「JON」は「ジョン」である。(笑)
他に読みようがない。(笑)
明確である。

読めない、または読み間違いそうな文字には「ふりがな」をふればいいものを、それをやらない。
どういう名簿も漢字だけ。
いろいろな会の会員名簿も見てみるといい。
まず、ふりがながふってある名簿というのは滅多にない。
こういう国民性が、例の社会保険庁の年金問題につながっているのである。
名前を適当な読み方でコンピューターに登録するから、本人との照合に支障をきたしている。
で・・・「名寄せ」しても、うまくいかない・・・・

まさか、ここで類似の問題に直面するとは・・・
こりゃ、大仕事になりそうだ・・・
まるで、社会保険庁の職員にでもなったような気分である。
この名前・・・なんて読むんだろう・・・(笑)

来年の10月までには、1500名全員の名前をローマ字にして、“ジュンさん”に渡したいのだが・・・
出来るか?これ・・・
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日記 | 10:52:32 | Comments(7)
コメント
良いモノが出てきましたね。お疲れ様です。先方にわざわざローマ字で出すよりはPDFなどファイル抽出方法を駆使し、其の間々の状態の漢字で印刷して貰ったらどうでしょう。先方に読み方が判別出来ない趣旨を添え。 翻訳は私がします故。
2010-02-24 水 11:36:52 | URL | ますます [編集]
通りすがりの者ですが…
こんにちは。
母に頼まれて戦艦山城の事を検索中に、こちらのブログを見つけました。
母の父=私の祖父が、山城と仲間達と共に、レイテ沖に眠っています。
ブログ主さんの記事を読ませて頂いて、写真でしか知らない、
私よりも10歳も年下の祖父の友人に会えた様な、
暖かくて切ない、不思議な気持ちになりました。
ブログ主さん、ジュンさん、本当にありがとうございます。
また、遊びに来ますね!
2014-03-31 月 15:06:28 | URL | 正三 [編集]
Re: 通りすがりの者ですが…
はじめまして。
コメントありがとうございます。
戦艦山城のご遺族の方ですね?
ブログに書いた現地の慰霊碑は、その後、どうなったのかわかりません。
“ジュンさん”とも連絡が取れなくなってしまっているので・・・
その後、スリガオには行くこともなく、戦没者名簿は、私の手元で眠ったままになっています。
申し訳ございません。

ちなみに、マニラからミンダナオ島のダバオに飛行機で向うと、ちょうどスリガオ海峡上空を飛行するような気がします。
先日、ダバオへ向って飛行中に気がつきました。(笑)
次回、機会があったら窓際に座って、よく確認をしたいと思っています。
上空からご冥福をお祈りしたいと思っています。

また、遊びに来て下さい。
今後ともよろしくお願いいたします。
2014-04-01 火 10:24:49 | URL | 野牛重兵衛 [編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2015-07-27 月 02:30:14 | | [編集]
はじめまして。かなり前のブログのようなので、このコメントを見つけてもらえるかわかりませんが、コメントさせて頂きます。
私の祖父は、山城に乗っていたと父から聞いております。
私が生まれたころには、すでに祖父が亡くなっていたので本当かは不明です。
生存者が10名ほどということに愕然としておりますが、祖父は生存者の一人です。父によると、沈没したときには、もっと多数の人が海を漂流していたようです。祖父は2~3日漂流した後に、助けられたと聞いています。
名簿があるのでしたら、本当に祖父が乗船していたのか知りたいです。
2017-09-24 日 18:52:36 | URL | [編集]
Re: タイトルなし
はじめまして。
コメントありがとうございました。
ご祖父様が、生存者10名のうちのお一人とのお話に驚きました。
名簿ですが・・・
お恥ずかしいお話ですが、どこに仕舞い込んでしまったのやら・・・
ということで、近日中に大掃除を兼ねて探してみます。
見つけ次第、直接メールを差し上げますので、少々お時間をください。
よろしくお願いいたします。

2017-09-24 日 19:31:34 | URL | 野牛重兵衛 [編集]
ありがとうございます。
見つかることを祈っております。
2017-09-26 火 07:17:52 | URL | [編集]
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