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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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マニアックな観光!
午後3時、“ミス・リズリー”が迎えに来てくれた。
早速、観光・・・・
まずは、彼女が紹介したいという「パブル・ビーチ」という海岸に向かう。
ここの海岸は砂浜ではなく、石ころ・・・・
これが約1kmも続いているのだという。

DSC01733_convert_20091111192151.jpg

しかも、この石は、すべてのものが角が取れていてツルツルなのである。
角のある石はひとつもない。
これが延々と海岸線に沿って続いているのである。
「日本にもこういう海岸はありますか?」と尋ねられたが・・・・
拙者は知らない・・・・
「私が知っている限りでは・・・」と付け加えて話したいのだが、それを英語ではどう言えばよいのかわからない。
こういう、ちょっとした言い回しが出来ないから、「たぶん・・・ない!」としか言えない。
あ~!!!もう少し何とかならんか!自分の語学力の低さに腹が立つ。(笑)

しかし、全ての石がツルツルしているとは奇妙である。
「近くに川がないか?」と尋ねたが、「川などはない」と言う。
「山のほうから石が転がってきて、その間に角が取れてツルツルになったのならわかるんだが・・・」という話をしたが、やっぱり答えは「川などはない」である。
そうなると・・・・海の中で転がって、そのうちに海岸に打ち上げられたということになるか?
それにしてもすごい量ではないか・・・・
こりゃ、「世界の七不思議」に加えてもいいんじゃないか?(笑)

続いて、フェリー乗り場に向かう途中、ちょっと小高い場所を通りかかった。
「向こうに見えるのがスリガオの町です」と言われたが・・・・

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う~ん・・・・どこに町があるのやら・・・・(笑)
高い建物がないのでわからない。(笑)

フェリー乗り場に到着し、この敷地内にある「スリガオ海峡海戦記念碑」を見学。
ここで、明朝、式典が行われるのだ。

DSC01742_convert_20091111194239.jpg(記念碑のある場所)
DSC01736_convert_20091111194522.jpg(スリガオ海峡海戦記念碑)

このスリガオ海峡海戦というのは、昭和19年10月25日未明に起こった夜戦で、レイテ海戦の中の一つの海戦である。
レイテ島に上陸したマッカーサー軍を攻撃するため、連合艦隊は戦艦大和を主力とする栗田艦隊を攻撃に向かわせたが、この時に別行動を取って、別のコースからレイテ島に向かったのが、西村艦隊と志摩艦隊。
西村艦隊がスリガオ海峡に差し掛かった時、アメリカ艦隊の待ち伏せに遭い全滅。
続く志摩艦隊も途中まで突入したが被害を受け突入を断念・・・・
この海戦を記念して、2001年、「スリガノゴン・ヘリテージ・センター」の手で記念碑が建立された。

ふ~ん・・・・ここで明朝、式典が開催されるのね・・・・

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(フェリーターミナル・右端の女性が“ミス・リズリー”)

ターミナルの責任者に表敬訪問。
明朝の式典で日本代表として参加する旨を伝えて挨拶する。
ターミナルの2階に、スリガオ海峡海戦の展示スペースがあり、ちょうど模様替えの最中。
明朝の式典に合わせるって言ってたけど・・・・
間に合うのかい?
展示写真の中に「栗田長官」のものがあったが、どう見ても栗田さんじゃない。(笑)
西村長官のような気がするんだよなぁ~
栗田さんってこんなに温厚な顔していなかったと思うんだよなぁ~(笑)
一応、この写真は名前が間違っているみたいだよ・・・ということだけは伝えておいたが・・・・
日本に帰ったら調べないといけないな。

DSC01753_convert_20091111201443.jpg

これは、椰子の実を利用して作られた灯篭・・・・
花で飾られていて、中にロウソクがある。
これに火をともして海に流すという。
式典は日が昇る前の、まだ真っ暗な午前4時から始まる。
この時に使うため用意しているという。
ということは・・・・「精霊流し」みたいなことをするらしい。

続いて市内中心部に戻る。
さぁ~!ここからがマニアックな市内観光の始まりである!(笑)

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左の建物は「シティ・ホール」(市役所)である。
これに隣接する建物は「ジムネイジアム」(市立体育館)である。
戦時中は、ここに州庁舎があった。

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現在の市役所の目の前にある公園。
この公園は、戦時中(昭和18年当時)も存在していた公園である。

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公園の向こうにある教会。
戦時中にもここに教会があったが、かなり立派な建物なので戦後に建て直されたのではないかと思われる。

ここを散策中に“ミス・リズリー”が何やら言うのだが・・・・意味不明・・・(笑)
しきりに「シュー」と言うのである。
よくよく話を聞いてみると、イメルダ夫人(マルコス元大統領の奥さん)は靴を集めることで有名だったそうで・・・・
それと何やら関係がある話らしい。
(英語ができないと、本当に不便だぁ~)
「シューって・・・何?」
「シューですよ、シュー!イメルダ!知ってますか?イメルダのシュー!」
「それは・・・シューズ(靴)のこと?」
「そう!」
「それが、どうしたの?」(笑)

わからねぇ~(笑)
「靴の博物館があるの?イメルダが集めた靴の・・・?」
「違います!」
「う~ん・・・じゃ、靴のお店?」
「違います!」
まるで、連想ゲームである・・・・(笑)

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で・・・結局何かと言うと・・・・
靴のモニュメント!(笑)
靴が片方しかないから「シュー」なのだ!
2つあれば「シューズ」・・・か・・・・(笑)
マルコス大統領の時代に作られたものらしいが・・・・これ・・・何の意味があるの?(笑)
さんざん苦労して会話をした結果が・・・・これである。

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道路の左側、木が見えるあたりに戦時中は映画館があった。
が・・・今はない・・・・
彼女に聞いたら、スリガオには映画館は1つもないのだそうだ。
「戦時中のほうが文化的だったのではないか?」と言ったら笑われた。

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公園の脇の果物市場。
ここで「FUJI]と名付けられたリンゴが売られていたが・・・
日本の「ふじ」とは似ても似つかない小さなリンゴであった。(笑)

DSC01778_convert_20091111214217.jpg
左側のデパートのような建物がある場所には、戦時中、スリガオの町役場があった。

DSC01784_convert_20091111214755.jpg
スリガオ港
ここの事務所の許可を得て構内を撮影する。
ここは戦時中もスリガオ港として使われていた海上輸送の要衝である。
春に一緒にミンダナオ島へ行った”フジイさん”は、終戦間際にダバオからこのスリガオへ向かう命令を受けたという。
スリガオへ行けば、この港から船で脱出できるのではないかということだったらしい。
が・・・スリガオへ向かう途中、終戦となり、ダバオの収容所へ送られたのでスリガオへ行けなかったと言っていた。
もし、ここまでたどり着いていれば「“フジイさん”思い出の地」となっていた港である。(残念・・・笑)

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道路の左側の建物の並び、その奥のほうに「スリガオ興発組合」というのがあった。
その裏の路地には「ダンスホール」もあったという。

市役所の車で移動しているため、そうそう変な場所に止めさせるわけにもいかぬ。(笑)
しかも、拙者が何をしているのかは、若いドライバーも“ミス・リズリー”も理解できない様子。(笑)
「とにかく、ここで待っていてくれ。俺は歩いて写真を撮る!」と言って彼らから離れるが・・・・
彼らも“お客様”に何かあっては大変と、「車が来ますから!危ないですから!」の連発。
心配顔でハラハラしている様子を見ると、そうそう勝手に遠くまでは行けない。
途中で、日本の憲兵隊宿舎跡と思われる古い建物を車窓から見つけたが、これの撮影は諦める。
次回、また来た時に撮影しよう・・・・・(笑)

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右側の建物があったところに、戦時中は「(株)安宅商会」という日本の企業があった。
この建物が、当時の建物かどうかはわからない。
誰かに尋ねようかと思ったが、時間がなかったので断念・・・・・

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「D2D]という看板のパン屋があるところは、戦時中、日本軍の酒保(軍人専用の売店)があった場所である。
昔は、日本軍の売店、今はパン屋・・・・(笑)

時刻は4時半・・・・
写真撮影もこれまで・・・・ということで、ホテルまで送ってもらう。
“ミス・リズリー”は半分呆れ顔・・・・(笑)
まぁ、そうでしょうねぇ~(笑)
今日の彼女の「得体のしれない日本人のお守り」は、これで終了。(笑)

6時に“ジュンさん”が迎えに来てくれて、夕食をご馳走してくれるというので、それまで部屋で待機する。
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旅行 | 19:17:31 | Comments(0)
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