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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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佐竹一族の墓
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佐竹一族の墓

正宗寺は、臨済宗の寺で萬秀山と号し、市内増井町字東寺領に建てられている。
字名にも東寺領、西寺領などが残っているように、この辺一帯には、太田城の城主であった佐竹氏とゆかりの深い勝楽寺、正法院、正宗寺が棟をならべ、常陸における一大文化の中心地であった。
この正宗寺の裏山にある数多くの宝篋印塔(ほうきょういんとう)は、佐竹氏代々の墓塔と伝えられており、銘がわからず何代の城主のものであるかはわからないが、墓塔の笠の四隅の飾り、突起の直立に近い形は、時代の古さを物語っている。
一説には、秋田への国替えに際し、一族の墓石を秋田へ運んでいったともいわれているが、他の佐竹氏にゆかりがある寺に、佐竹氏の墓石伝えられる宝篋印塔等が残っているのを見ると、秋田への国替えの際、位牌だけ秋田に移され、墓石は、ここに残されたものといわれている。

常陸太田市教育委員会

(説明板より)

佐竹一族の墓
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史跡 | 12:50:30 | Comments(0)
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