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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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戦史の調査
昨晩は東京に一泊して、今日は久しぶりに防衛研究所へ行く。
“マキヒラさん”の調査である。

“マキヒラさん”のお父さんはレイテ島のオルモック湾で戦死されたことになっている。
ご自身で調べたところそうだというのだが、それが何の資料によって知ったのか・・・
そこのところがイマイチよくわからない。
所属部隊は、海上輸送第9大隊だという。
裏付けになる資料を教えてもらえないので、なんとも信ぴょう性に欠けるのである。
だいたい、戦死公報なんていいかげんなものだと言って全く信用しない人もいる。
こういう人に相談すると「戦死公報なんていかげんだから信用しない方がいいですよ」の一言で片づけてしまう。
横で聞いていて・・・・果たしてそれでいいのかと思ったことがある。
ようは、原本を詳細に調査してみなければわからないのである。
確かに、こりゃいいかげんだな、適当に書いたな・・・・と思うものもあれば、かなり精度の高いものもあるのである。
“マキヒラさん”の場合は、その原本資料がない。
本人に質しても、自分の調査結果を完璧に信じ込んでいるので、話は別なことに及んでしまう。
その一つは・・・「多号作戦」に関わっていたのではないか・・・・という質問である。
そもそも海上輸送第9大隊にいたかどうかも確証がないのに、有名な作戦に参加して死んだのに違いないと思いこんでいるのだから困ったものである。(笑)

「多号作戦」は、第1次から9次まで行われたレイテ島に対する増援部隊の輸送作戦である。
拙者の祖父はこの作戦の第10次でレイテ島へ派遣される予定だったが、出発直前にマニラが空襲に遭い、護衛する海軍が作戦の遂行を拒否。
よって、第10次作戦は実行されず、幻の作戦となったのである。
この時、祖父がレイテに派遣されていたら間違いなく戦死していただろう。
運とは不思議なものである。
海上輸送大隊とは、調べてみると、漁船や小型船舶を使って小規模のゲリラ的輸送を担当した部隊である。
であるから・・・・「多号作戦」などという大規模で有名な作戦には全く関わっていない。
全く誰にも知られない、「縁の下の力持ち」的な活動の中で戦死したと思われる。
遺族としては、有名な作戦に関わって戦死したものと思いたいのだろうが・・・・現実はシビアである。

そもそもこの部隊に所属していたかどうか・・・・
名簿等の資料が残っていないので全く不明である。
部隊の駐留場所を調べたが、オルモックには部隊は存在していないことになっている。
もっと離れた田舎の海岸沿いの村に大隊本部があったらしい。
そこで部隊は全滅、生還者は奥地に移動して陸戦で消滅している。
戦死場所がオルモック湾となると、何をもとにそう認定されたのであろうか?
また、戦死したといわれている日にオルモック湾では何が起こっていたのであろうか?
部隊の詳細な資料が存在していないので、「外堀」から攻めることにする。
どこを突けばどんな資料が見つかるか・・・・・
これは拙者の勘だけが頼り・・・・(笑)

昼食も抜いて、閉館ギリギリまでねばって調べる。
海上輸送第9大隊にいたことが間違いないとして、戦死した日も戦死した場所も間違いないとして、これを前提にする。
何とか「報告書」が書けそうであるが・・・あくまでもこれは暫定である。
そもそも“マキヒラさん”が言っているお父さんの経歴自体が覆れば、話は振り出しに戻るのである。

最近、こういうご遺族は結構いる。
名も知れぬ小さな部隊で・・・人知れず全滅もしくは消滅・・・・
生還者もいない・・・戦友会もない・・・・
情報を得る手段がない。

国は責任をもって、もっと真剣に遺族のために尽くさねばならないのではないか?
国のため、戦争で死ぬのはやむを得ないとしても、問題はその後の始末である。
これをちゃんとやらなければ、今後、国のために命を捧げようなんていう人間は現れない。
自己保身にばかり走り、他人のことを考えない・・・という人間ばかりになる。
それで、国が存続できるならいいけど・・・・
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日記 | 16:06:36 | Comments(0)
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