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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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比島観音例大祭
今日は三ヶ根の比島観音例大祭に向かう。
三ヶ根駅で、わが戦車第二師団の会の会長一行を待つが、なかなかやって来ない。
送迎バスの運転手さんが三ヶ根の比島観音の駐車場の場所をよく知らないという。
「もう20年ぐらい行っていないからなぁ~」と言う。
「え?下見をしていないのですか?(笑)」
送迎バスだっていうのに、送り届ける先を下見していないというのだから・・・・
なんとお気楽な・・・・(笑)
仕方がない・・・拙者が案内することにして・・・・急遽「バスガイド」となる。(笑)
「お客さんに案内してもらって・・・申し訳ないねぇ~」と運転手さん。
ガイドって言っても・・・・拙者も1年ぶりの訪問なので正直言ってよく覚えていない。(笑)
緊張の中、無事にバスを頂上の駐車場に案内する。

会場で偶然にも我が戦友会の“ハタヤさん”にお会いした。
静岡から車椅子に乗って来られた90歳。
初対面である。
いつかご自宅をご訪問させていただきインタビューをしようかと思っていた方だ。
まさかここでお会い出来るとは思ってもみなかった。
しかし、“ハタヤさん”は御病気の後遺症もあり、ほとんど会話が聞き取れない。
ろれつが回らぬのでなかなか聞き取れない。
耳も遠いのでなかなかこちらの話を理解してもらえない。
氏はこの三ヶ根山に観音像を建立した功労者のお一人・・・・
当時の思い出話を語ってくれたのだが・・・・戦時中のお話をお伺いするところまではいかなかった。
とにかく、年齢的にもここに来れるのはこれが最後だろう・・・・・ということで無理して来られたようである。

開会直前に、ようやく我が戦友会のメンバーが到着。
大阪の“フジイさん”とフィリピン旅行の打ち合わせをする。
3年前から「死ぬ前に一度でいいからフィリピンに行きたいので連れて行ってくれ」と頼まれていたのである。
御歳83歳・・・・
当時、海軍の少年兵としてミンダナオ島のダバオにおられた。
終戦後一度もフィリピンには行っていない。
60数年ぶりにダバオの地を踏みたい・・・・それが“フジイさん”の夢・・・・
拙者がお供すれば叶うのなら、その夢を叶えてあげよう。
3年前から言われていたので、いい加減思い切って実行に移さねば機会がなくなるかもしれない。
ということで・・・・急遽、実行に移すことにした。
善は急げ・・・・・で・・・・4月23日から行くことにした。
で・・・「ダバオではどこへ行きたいですか?」との問いに・・・・
「あんたの行きたい所でいい・・・」と言う。(笑)
ゲゲッ・・・そんなぁ~
拙者もミンダナオ島は初めてである。
拙者はとにかくお連れするだけで・・・・・別にどこに行きたいという目的があるわけじゃない。
あれれ?行きたいって言っていたのは“フジイさん”の方でしょ?
「とにかく行ければそれでいい」と言う。
ありゃりゃ・・・こりゃ大変だ・・・・(笑)
旅のコーディネイトもせねば・・・・
旅行のルートから何から何まで全て任されてしまった!
どういう旅にしようかな・・・・(笑)

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今年の例大祭はなんとなく昨年より参加人数が少ないような気がする。
年々関係者が高齢化して参加出来なくなっているからだろう。
先々がちょっと不安・・・・・

DSC_0012_convert_20090521102554.jpg

例大祭の帰り・・・・
駅のホームで「独自62大隊の生き残りは俺一人になっちゃったから、たった一人の戦友会なんだ」と話していた方がおられた。
ん?独立自動車第62大隊って・・・・徳永大隊のことではないか?
早速お声をかけて話を伺う。
やっぱりそうだ・・・・・徳永大隊の生還者だ!
「スズメ陣地って知っていますか?」とお尋ねしたところ、現地の略図を書いて教えてくれた。
「あの・・・このあたりにタコつぼを掘って陣地を構えていませんでしたか?」
「お~そうそう、その周辺にタコつぼ掘って陣地にしていたよ」
「やっぱり!今でもそこにタコつぼがたくさん残っていますよ!」
「へぇ~そうかい!今でも残っているのかい」
数年前に崖をよじ登ってこの北部ルソン山岳地帯・サラクサク第1峠近くの“スズメ陣地”と思われる場所を探して歩いたことがあった。
タコつぼ(個人壕)がいくつも残っていたが、ここが”スズメ陣地”だという確証が持てなかった。
この方が書いて示してくれた地形はまさしくあの時拙者が上った山の地形である。
タコつぼの位置も間違いない!
やっぱりあの場所は“スズメ陣地”だったのだ!
大興奮である!(笑)
当時、祖父はこの徳永大隊ともう一つの山下大隊を一時期指揮下に入れて“スズメ陣地”で米軍と闘っていたのである。
ここでお話が伺えたとは・・・・天祐である!
しかし、僅かな時間しかお話が出来ず、途中駅で乗り換えのためすぐにお別れすることになり残念。
混雑した車内でのことなので、お相手の連絡先もうかがえずお別れとなってしまった。
また来年会えたら・・・・・と思う。

我が戦友会のメンバーと名古屋駅まで行き、駅構内でうどんを食べながらおしゃべりして別れる。
みんなは大阪へ帰り、拙者は今日は名古屋に1泊する。
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日記 | 09:26:40 | Comments(0)
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