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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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土肥原閣下の命日
今日は“東京裁判”でA級戦犯として処刑された土肥原賢二大将の命日。
というわけで・・・上京してお墓参りに行くことにした。
昭和11年、土肥原閣下が2・26事件を起こした第1師団の留守司令官に着任後、拙者の祖父が騎兵第15連隊中隊長代理から抜擢されて副官に着任した。
つまり、土肥原閣下は拙者の祖父の上官なのであります。
このとき、祖父は閣下からお墓を建てる手配をするよう命じられたという。
それが『土肥原家墓』
「昭和11年土肥原賢二建之」と刻まれている。
土肥原家の墓
(土肥原家の墓)
昭和12年、閣下は宇都宮第14師団の師団長として転出。
この時に後任の桑木閣下から「土肥原が連れて行きたいくらいの副官なら是非置いていけ」とすったもんだの挙句時間切れで副官留任。
ここで土肥原閣下とお別れとなってしまったらしい。

敗戦と決まった途端、憲兵隊が自宅に押しかけ日記やら私物を強制的に焼却処分したという。
その後、進駐軍の米兵がやってきて家中を物色。
土肥原閣下は満洲皇帝溥儀を担ぎ出す工作をした特務機関長だったので、中国から財宝を強奪していると思ったのだろうが空振り!
土肥原閣下は極めて質素な“武人”なのだ。

戦後、ご家族はかなりひどい扱いを受けたという。
「戦犯の家族はお断り」と地元の銭湯で言われ、電車に乗って顔の知られていない街の銭湯まで行かざるを得なかったという。
この手のひらを返した言動・・・・同じ日本人の言うことか?
しかも今もって“A級戦犯”呼ばわり・・・
ご家族のことを思うと腹が立って仕方なし。

祖父は閣下が処刑される日、一室に籠もってしまったという。
殉死するのではないかと家族が大騒ぎしたとか。
その祖父も今はこの世にいない・・・・

閣下!副官の孫が今年もご挨拶に参りました!

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日記 | 18:47:37 | Trackback(0) | Comments(0)
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