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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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硫黄島(2)
擂鉢山の頂上までバスで行き、ここで下車。
ちょうど自衛隊が灰皿を用意していたので拙者はここで一服して自衛官とおしゃべり。
この擂鉢山頂上周囲にはロープが張られ自衛官達が「監視」についている。
我々参加者に万が一のことがあってはとの配慮らしい。
いやはや御苦労さんなことである。
本来の職務どころではなかろう。
隊員総動員か?
今回は多少のゴタゴタもあったようである。
昨年までは、米軍側が車両からテントなどの物資も持ち込んで行われていたそうなのだが、今年から米軍は一切何もせず、すべて自衛隊側が負担することになったという。
う~ん・・・それじゃ自衛隊としては迷惑千番であろう。
しかもこの企画の話も遅かったようで・・・・「もう少し早めに知らせてくれれば・・・」との声も聞いた。
ということは・・・アメリカ側は「保険」の意味を含めて我々日本人を取り込んで同行させたのだろうかと疑いたくもなる。(笑)
そのくらいの策略があってもおかしくはないよなぁ~

DSC_0159_convert_20090504175657.jpg(擂鉢山頂上)

DSC_0171_convert_20090504175958.jpg

この頂上には「硫黄島戦没者顕彰碑」「米軍戦勝記念碑」「第1御楯特別攻撃隊」「第2御楯特別攻撃隊」などの碑が建っている。

防衛省から渡された「行動計画表」に従って行動・・・・
分刻みの行動表なので、とにかく忙しい。(笑)
次のグループのバスが来る前に山を降りねば・・・・そりゃ!急げ!

DSC_0181_convert_20090504180751.jpg(擂鉢山頂上から見た米軍上陸地点の南海岸)

山を降り、次に向かったのが米軍が上陸した南海岸近くの「再会記念碑」
ここで日米合同慰霊祭が開催される。
現場に到着した時のこと・・・・
補助椅子に座っていた拙者は、急いで先に降りなければと立ち上がった。
と・・・・膝の上から一眼レフが・・・・ポロリと落ちて・・・・ガシャン!
あ~!!!!やっちまったぁ!!!
迂闊にも膝の上に一眼レフを置いていたことを忘れて立ち上がってしまったのである!
レンズには傷はつかなかったが・・・・
レンズのリング部分が割れて壊れてしまった!
しまったぁ!
大ショックである!
レンズのリングが壊れてしまったのでピントが合わせられない・・・・
望遠も何もできない・・・・・
これからバチバチと撮りまくろうと思っていたのに・・・・・
あ~ショックである!
念のため予備に小さなデジカメを持ってきていたのでそれで写真を撮ることにする。
あ~あ~重い思いをして今回の旅にわざわざ持ってきたのに・・・・・
何の役にも立たぬ「お荷物」となってしまった・・・・・
おかげでド~ンと落ち込んで・・・・鬱!(涙)

DSC_0196_convert_20090504205944.jpg(海岸に残る日本軍のトーチカ)

DSC02220_convert_20090504213138.jpg
海岸から少し内陸に入ったところで一生懸命砂を取っていた元海兵隊員がおられた。
海岸の砂じゃなくて、ここの砂を取っているのには何か理由があるのだろうか?
戦友が戦死した場所がこのあたりなのだろうか?
正直言って声をかけられるような雰囲気じゃなかった。
とてもじゃないが・・・・人を寄せ付けない何かがそこにあったのである。

DSC02234_convert_20090504213954.jpg(海岸をよじ登る現役の海兵隊員・・・・・)
この砂浜・・・・結構登るのがキツイのである。
現役海兵隊員も苦労しているようである。(笑)
当時の海兵隊員の追体験でもしているのだろうか・・・・
この海岸でアメリカ海兵隊は多くの犠牲を出したのである。
この斜面にへばりついたまま一歩も前進できないくらい日本軍は猛烈な砲撃を加えたのである。
海兵隊に対して一時、「無用論」も出たが、この硫黄島での多大なる犠牲と貢献が海兵隊存続につながったと聞いている。
ということは・・・ここ硫黄島の南海岸はアメリカ海兵隊にとっては「聖地」でもあろう。
その海岸に日本人の拙者が立っている・・・・・
う~ん・・・海兵隊員たちはどう思っているだろうか・・・・

早めに式典会場に戻る。
ここに後から日本本土からくる日本側の遺族と合流するのだという。
はぁ~・・・・日本本土から直接日本人がやってくるのか?
ならば我々は一体何だったんだろう・・・・・
わざわざグアム島を経由して・・・・(笑)
「日米合同慰霊祭」って・・・我々と海兵隊との慰霊祭というわけではなかったようである。
なんだかよくわからぬ企画である・・・・

DSC_0222_convert_20090504225957.jpg(式典のリハーサル)

左のテントがアメリカ側席・・・・
右のテントが日本側席・・・・
で・・・我々はアメリカ側の席に座らされる。
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旅行 | 12:49:40 | Comments(0)
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