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■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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『檄文昭和史』


まえがき

1 御聖示を賜りたく (天皇直訴事件)

2 あかつきの共産党大弾圧 (3・15事件)

3 満蒙はわが国の生命線 (満州事変)

4 打て、打て、打て (抗日ビラ)

5 起って真の日本を建設せよ (5・15事件)

6 中国侵略を正当化 (共産党員の転向)

7 君側の奸を斬れ (2・26事件)

8 何というザマです (磯部浅一の獄中日記)

9 ジャーナリスト魂の死 (「他山の石」廃刊の辞)

10 帝国の光栄を保全せむことを (開戦の詔書)

11 出撃の前夜記す (特攻隊員の遺書)

12 死をもって大罪を謝す (阿南陸相の自決)

13 帝国軍人最後の抵抗 (厚木航空隊事件)

14 校長、副校長よ去れ (上野学園闘争)

15 人民政府樹立万歳 (共産党の再建)

16 民主天皇という名のシナリオ (天皇の人間宣言)

17 過ちは繰り返しませぬから (原水爆禁止運動)

18 私たちは5月19日を認めない (声なき声の会)

19 内閣総理大臣佐藤栄作閣下 (ベトナム反戦の焼身自殺)

20 「明日のジョー」の悲しき証明 (よど号事件)

21 もののふの魂はどこへ行ったのだ (三島事件)

22 いまさみしくってしょうがない (少年の自殺)

昭和史略年表

あとがき



「檄(げき)」とは、相手の罪悪などを挙げ、自分の信義を述べて、衆人に告げる文書のことをいうらしい。
本書に収められている22の文書を見ると、「檄文」と言えるのかなと思うものがいくつもある。
私の「檄文」の印象とかけ離れている。
しかし、著者は思考・想念の世界から、行動の世界に飛翔するためのスプリングボードが「檄文」であるという。
そのため、本書に収められた文書は、訴状だったり宣言だったり、遺書だったりと、表現形式が違うが、現実に行動が伴えば「檄文」なのだという視点で本書を著したそうだ。

読んでいて、初めて知ったことも多い。
「天皇直訴事件」「上野学園闘争」など・・・
こういう事件があったのかと驚く。

「原水爆禁止運動」として掲載された「檄文」は碑文である。
『安らかに眠って下さい 過ちは 繰り返しませぬから』の文章で有名な碑文を「檄文」として取り上げている。
この碑文を書いたのは当時、広島大学文学部で英米現代詩を教えていた雑賀忠義(さいかただよし)という教授だということを初めて知った。
この碑文は、当時からあまり評判がよくなかったそうだ。(今も評判が悪いと思うが・・・)
誰が誰に対して「過ちは繰り返さない」と言っているのかがわからない・・・というもの。
その真意を本書に書かれているし、その後のことも書かれていて興味深いが、私としては、やっぱり納得のいかない碑文である。

「ベトナム反戦の焼身自殺」はショッキングな話である。
佐藤栄作総理宛の「抗議書」が、本書で取り上げた「檄文」であるが・・・・
首相官邸前の路上で焼身自殺したのは72歳の老人である。
さぞかし過激な人なのだろうと思ったら、まったく、そうではないのに驚いた。
現代では、この人のように淡々と総理に抗議して自殺するような人はいないだろう。
TV番組のコメンテーターのように、総理を誹謗中傷する人は多いが・・・

「少年の自殺」は、16歳の少年の遺書を「檄文」として取り上げられている。
ちょっと考えさせられる事件である。
少年は私より1歳年下・・・福島県のある小さな町で生まれる。
家庭の経済状況はよくなかったのだろうか・・・・中学を卒業して就職のため地元を離れる。
地下鉄工事の雑役夫として働くが、その後、工事現場のコンクリート製水槽の中で自殺した。
その遺書を読むと、彼の気持ちがわからないでもない・・・
自分が上京して裸電球1個がぶら下がっている四畳半のアパートで一人暮らしをし始めたころの寂しさを思い出す。
彼の心中の吐露も、また「檄文」である。

面白い視点からの昭和史だった。


今年の読書:7冊目



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読書 | 11:29:03
『ジュリエットからの手紙』


本作品は、ラブストーリーの映画・・・ちょっとコメディ的なところもあるような気がする。
主人公の女性はニューヨークで、雑誌社か何かの「事実調査員」である。
本人としては調査員よりライター希望だが、なかなか編集長に言えないまま、婚約者とイタリアへ婚前旅行に出かける。
イタリアでは婚約者とは別行動でヴェローナという町の観光に出かける。
ここで有名なのが『ロミオとジュリエット』にまつわる観光名所の『ジュリエットの家』に行く。
この『ジュリエットの家』が何かということを知らないと、ちょっとピンとこないが・・・(苦笑)
世界各地から来る観光客が、自分の恋愛などの悩みを書いたジュリエット宛の手紙を、この家の壁に貼る。
「ジュリエット」って『ロミオとジュリエット』のジュリエットのことなのか?(汗)
この手紙に対して「ジュリエットの秘書」と呼ばれる女性陣が一通一通返事を書いて送るのだそうだ。
それを知った主人公は、彼女たちの手伝いをすることとなる。

壁に貼られた手紙を外す手伝い中に、壁の石が外れ、その穴の中に50年前に書かれた手紙があるのを見つける。
主人公は、この手紙の返事を書くこととなり、50年前の手紙の主に返信する。
まもなく、この手紙の主の女性の孫である男性が現れる。
ここがちょっと・・・ねぇ~・・・である。
イタリアからそんなに早くロンドンに手紙って届くのか?(大汗)
返事をもらった女性と孫が、イタリアにやってきたのである。
手紙が届いたからって、そんなに早くイタリアに旅行に来るかなぁ~(苦笑)

今は老婆となった、50年前にジュリエットに手紙を書いたこの女性・・・
主人公の女性が書いた返信に勇気づけられ(?)その時の「実らぬ恋」に決着をつけるためにイタリアにやってきたという。
主人公は、もともとライター希望なので、この女性の昔の恋人探しを記事にしようと二人に同行して旅をする。
さて・・・昔の恋人に再会できるでしょうか・・・そして、その後、どうなるでしょうか・・・
というのが、この映画のストーリーである。

非常にわかりやすく、その後の展開が容易に予想できるのが面白い。
だいたい先が読めてしまうと面白くないはずなのだが・・・(笑)
なぜか面白いというのは、脚本がしっかりしているせいだろうか?役者の演技のうまさによるものか?
最初は女性向きのストーリーかなと思ったのだが、男性でも共感できる部分があって飽きない。(笑)
ちょっとコメディ的なところもあって笑えるし、身につまされるところもあったりする。

昔の若かりし頃の自分のことを思い出してしまったりして・・・
う~ん・・・あの時の「実らぬ恋」の相手は、今、どうしているのだろうか・・・なんて思い出してしまったりして・・・(大笑)
この映画が公開されて、よく「昔の恋人に再会するブーム」とかが起こらなかったものだと思う。(笑)

先読みできるストーリーだから、最後はハッピーエンドになるのは見え見えであるが・・・
このハッピーエンドがまた面白い。(笑)
よくあるパターンは・・・「残念でした」ということで、最後に観ている人の心の中を寂しい風が通り抜ける・・・というオチになると思うが・・・(笑)
こちらは正攻法・・・下手に捻らない・・・(笑)
それでいて、最後まで飽きさせないというのには感動した。
こういう安心して(?)観ていられるラブストーリに感心するのは、私がかなり歳を取ってしまったせいなのだろうか?(大笑)
とにかく男性(特に高齢の・・・笑)が観ても共感できる良い映画だと思う。

DVD | 23:36:33
北海道で震度4!
午後2時ごろ、北海道で震度4の地震があったらしい・・・
昨日は、我が茨城県で震度3の地震があった。
震源地は我が町付近・・・ドン!・・・と直下型の揺れだったが、いつものように震度3である。(苦笑)
どうも地震計が設置されている場所が関係しているのだろう。
震度計が地盤のしっかりしているところに設置されているんじゃあるまいか?(苦笑)
噂によると、我が町には地震計が3か所設置されているという。
問題は、その場所だよな・・・(笑)
体感では震度3強という感じだが・・・我が家が建っている地盤にもよるからなぁ~(笑)
一方的に地震計を批判するわけにもいかぬか・・・(汗)

それにしても、我が茨城で地震が起こった後に、まもなく北海道で地震が起こるというパターン・・・
このパターンは過去に何回も起こっているような気がするんですけど・・・(大汗)
北海道の次は、東北・宮城県沖か、再び茨城か・・・飛び越して千葉県か・・・
いずれにしても、次は震源地が南下するというパターンが多いような気がする。(大汗)

さて・・・どうなりますか・・・(苦笑)

日記 | 16:40:46
『史説 山下奉文』


昭和軍閥

青年将校

雪の朝

弾雨の中

東条英機

マレー作戦

シンガポール攻略

ソ満国境

バギオ山中

山を降る

死の宣告

あとがき

文庫版のためのあとがき



今年の読書:6冊目



読書 | 22:29:14
花屋のオバサンとおしゃべり
昨日、妹から電話がかかってきた。
「ん?・・・何事?」
「今日はお父さんの命日だから電話したんだけど・・・」と妹・・・
ありゃ~忘れていた!(大汗)
そうか・・・1月25日は親父の命日だったのか!(苦笑)
毎月、墓参りをしているので、特に「命日」というのが意識から消え去っている。
惰性で墓参りをしていると言えば、言えるかも・・・(大笑)

というわけで・・・仏壇のお花を新しいものに替えてあげようかな・・・と・・・
今、供えている花は、まだ枯れていないが・・・(笑)
命日から1日過ぎてしまったが、新しい花にしてやるか・・・ちょっともったいないけど・・・(苦笑)
ということで・・・今日、いつもの花屋に花を買いに出かける。

いつものように、花屋のオバサンとおしゃべり・・・(笑)
話題は正月のお花の話となった。
コロナ禍のせいなのか、お客が激減して暇だという。(汗)
昨年末、いつも正月用の花を買いにくるお客が何人も来なかったり・・・
来ても、いつもより買う花が少なかったり・・・だったという。
例年通り、いつもと変わらなかったのは、お客さんの中では拙者一人だけだったという。(唖然)

え?・・・ウソ・・・(大汗)
こういう時だからこそ、いつもと変わらないようにすべきじゃないか?
・・・というのが拙者の考えなのだが・・・
そういう人は、いないのか?
拙者一人が“変り者”?(大笑)

拙者は例年通り、仏壇に花を供えて、元旦が誕生日だった亡き母のために花瓶にさした花束を仏壇脇に供えて・・・
玄関にも、ド~ンと新年を迎える花束を花瓶にさして飾るのが例年の“行事”・・・
確かに、今年はコロナ禍で誰も我が家には来ないけど・・・(汗)
だからといって、玄関に花を飾るのをやめるというのもねぇ~
どうも、そういうのは気分が悪い・・・
誰が来ても来なくても、いつものように玄関には花を飾りたい。
新年を迎えるんだから・・・
へぇ~そういう考えを持つ人はいないの?(唖然)
「そう、うちのお客さんの中では、あなただけですよ。そういう人は・・・」とオバサンに笑われた。(苦笑)

日記 | 22:28:20
『僕たちのラストステージ』


原題は『STAN & OLLIE』・・・
本作品は、戦前のハリウッドで一世を風靡した「お笑いコンビ」の伝記映画である。
この二人はオリバー・ハーディとスタン・ローレルで、コンビ名は「ローレル&ハーディ」といっていたらしいが、この映画の題名は何故か「ローレル&ハーディ」とはしていない・・・
これは何か理由があってのことだろうか?

戦前には、世界中を笑わせた著名なコメディアンだったそうだが、戦後は世間から飽きられたのだろうか、パッとしない。
現役の「お笑いコンビ」なのに、歳をとったせいか、多くの人たちからすでに引退していると思われている。
こういうところが、人気商売のつらいところか・・・
人気絶頂から一気に凋落しているのだから、哀れである。

コメディアンを扱った映画なのにコメディ映画ではない。(笑)
このコンビのステージを再現しているが、観客が大笑いするのが信じられない。
どこが面白いのだろう?
そこが今と昔の“笑い”のツボの違いか?

映画を見ていると、どうして人気が凋落していったのか、何となくわかる・・・というヒントが隠されている。
なるほどねぇ~・・・である。
一見すると、哀れっぽい感じに見えるが・・・
彼らが、アメリカではなく、イギリスへツアーに出かける。
最初は惨めな結果となるが、ある時から徐々に人気を取り戻していく。
そして・・・その後は・・・となるわけだが・・・

コンビの難しさ、確執が良く描かれているが、彼らの友情も同様にうまく描かれている。
観終える頃には、「哀れなコンビを描いた映画」というイメージは消え去り、何とも言えぬ余韻が残る。

エンドロールでは、当時活躍していたころの本物の二人のステージの貴重な映像が流れる。
これがまた良い・・・
映画の中で2人の俳優が演じていたステージのシーンは、この貴重な映像を正確にコピーしていたことを知る。
またまた、何とも言えぬ余韻が・・・

本作品は、なかなかの力作だと思う。

DVD | 10:45:09
今度は右足をぶつけた!(涙)
今日、部屋から出る時、家具に足をぶつけた!
しかも、今回は右足である!
何たることぞ・・・・(大涙)
先日は左足をぶつけ、ようやく痛みが無くなったと思ったら、今度は右足かよ!(怒)
どうなっているんだ?・・・拙者の足は・・・
しかも、今回は小指ではなく、薬指である!
先日、なんで小指ばかりぶつけるのかと文句を言ったせいなのだろうか?(苦笑)
薬指がズキンズキンと痛む・・・

夜、風呂に入るときに靴下を脱いだら・・・
なんと!
右足の薬指が紫色に変色していた!(驚)
あららら・・・
触ってみたが激痛は走らないから、多分、骨折はしていないようである。
ならば・・・まぁ、いいかぁ~(苦笑)
内出血をして紫色に変色しただけだろう。(苦笑)

それにしても、バチが当るような悪いことは何もしていないはずなんだけどなぁ~(大笑)

日記 | 16:39:46
お年玉切手シート!(喜)
年賀はがきの当選番号が発表されたので、郵便局に引き換えに行く。(笑)
当ったのは・・・3等の「お年玉切手シート」が4枚!(大笑)
200枚も年賀状が届いているのに、当ったのはたった4枚だけである!(苦笑)

こりゃ、どうしたわけか・・・・(笑)
というわけで・・・以前から、お年玉番号の下2桁の分布状況を調べている。(大笑)
無駄な努力とはわかってはいるが・・・(大笑)

今年の当選番号は「50」「58」「60」の3つである。
当ったのは「50」が3枚、「58」が0枚、「60」が1枚である。
「00」から「99」までを調べてみると・・・
1枚も来ていないのが「02」「11」「15」「21」「29」「36」「58」「70」「79」「85」「92」と、結構ある。
ここに当ると、1枚も当らないということになる。(大汗)
過去に1回だけ、300枚も届いていたのに3つの番号、全部外れていたということがあった。(涙)
奇跡的な確率である・・・(大笑)
今回一番多かった番号は「35」と「97」で、それぞれ6枚!
次が「33」「44」「95」「99」の、それぞれ5枚!
このあたりの番号が当選してくれたら、かなりの枚数が貰えたんだけどなぁ~(大笑)

これらの分布に何か法則のようなものがないかと思っているのだが、残念ながら、そういうものが見つからない。(笑)
「00」から「99」までの間に、いくつかの“山”が出来ることがある。
一番多い「35」6枚の2つ前の「33」は5枚である。
今年は「95」が5枚、「97」が6枚、「99」が5枚!
一つおきに多数の当選だが、その間の「96」と「98」はそれぞれ1枚・・・(苦笑)
だが、法則という感じではない。(汗)

無駄なことをやっているが・・・(大笑)・・・結構、これ、楽しいのである。(大笑)

日記 | 14:00:21
『混迷の知恵』
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『混迷の知恵 遠すぎた島ガダルカナル』
著者 松浦行真
発行所 (株)情報センター出版局
昭和59年8月7日 第1刷
定価 3800円

  歴史を無視する者は歴史に処断される
     元大本営参謀 瀬島龍三

第1部

南進
  蒼穹(そうきゅう)に舞う零戦
  密林を逃亡する自由
とまどい
  “ラバウル陥落”の意味を知る男
  日本の南進を阻止せよ
信頼は力
  愉快な昨日と自信に満ちた明日をもつ提督
  読み解かれるD暗号
表出する矛盾
  陶酔の初春
  “長期持久”か“短期決戦”か
  陸海軍対立の原点
  妥協の産物としての第二段作戦
「応急物動計画試案」
  戦時下の国力を計算せよ
  統一なき世界戦略と惨憺(さんたん)たる国力
  勝利なき戦いへの道
沿岸監視員たち
  親切と同情心による統治
  自分自身がすべてである自由の世界
  勇気の代償
「勝利の計画」
  戦争へのパースペクティブ
  勝つために必要であるなら
凶兆
  破綻の兆候
  幻想の「戦時物動計画」
  “聖戦”をめぐる利権

第2部

田中・服部・辻
  “下剋上”と“幕僚統帥”の構造
  “主戦派”と“回避派”の確執
  ノモンハン事件の戦訓
あらたな展開
  海軍の爆弾的提案
  最初の東京空襲計画
  蹉跌への選択
ポートモレスビー攻略作戦
  察知されていた作戦機密
  憂鬱なる作戦準備
  申し分のない無血占領
  最初のエラー
  決戦前夜の珊瑚海
姿なき最初の海戦
  「祥鳳」の沈没
  過失だらけの海戦
  放たれた矢はとどいた
  寡黙な戦場の花
油断
  ミッドウェー攻略作戦発動す
  緊張の弛緩と慢心
ミッドウェーに散る
  運命の決断
  悪夢の一瞬
  自省なき敗北
戦闘なき戦争
  純情の落日
  陽の目をみる対日反抗作戦
  「リ」号研究作戦とSN作戦
  “危なっかしい”作戦
望楼作戦
  またも辻参謀
  5000キロの感触の落差
  連合軍の不協和音
8月7日
  『汝の敵を知れ』
  再会の明暗
  靄(もや)が動いている
暁の上陸
  ラバウルの逡巡
  戦火なき波紋
  確実な進撃
  史上最初の玉砕
海の夜戦
  夜襲の条件
  “不安と疲労”という名の敵
  幸運とエラーと

第3部

全滅
  希望的観測
  軽率な第一歩
  全滅への序曲
  砂洲を赤く染めて
混迷のとき
  大統領の心がわり
  なしくずしの“ガ島放棄論”
  将軍の一徹
  黙示的な出陣
血ぞめの丘
  快進撃の空洞
  密林というもう一つの敵
  夜は短すぎた
  第二夜・第一グランド
  夜明け、そして転進
逸機
  異端の戦略思想
  “近代戦”の試み
  餓島
  最後の手ぬかり

  錯雑、停滞、過労
  二つの更迭
  棺桶の片隅
  後退、あるいは死への行進
転機
  無情な風聞
  万策つきて体面残る
  虚栄と我執
  達観と義憤
  以心伝心
地獄のなかの真実
  信頼の誕生
  静謐(せいひつ)にして凄絶(せいぜつ)なる越年
  命令は最後の夜にとどいた
奇跡は起きた
  撤退決行
  疑心暗鬼
  夢
  岸辺
  彼我を超えて

資料
  年表
  参考文献

あとがき



著者はサンケイ新聞の論説委員や編集委員を歴任したジャーナリスト。
本書は750ページ以上もの分厚い本で読みごたえがある。
副題には「遠すぎた島 ガダルカナル」と題されているが、ガダルカナル戦のことだけが書かれているわけではない。
ガダルカナル戦に至るまでの日米開戦前に遡って話が及んでいる。
内容はかなりの量の割には非常に読みやすい。
本書は1981年12月1日から1983年5月31日までの1年半にわたってサンケイ新聞の夕刊に連載したものに補筆をしたものなので、そういうこともあり読みやすいのかもしれない。
本書はガダルカナル戦の「戦記」というものではない。
当然、戦史に則しているが、主体となるのは「人間」である。
かといって、誰か一個人を取り上げた「戦記」でもない。

「勝って兜の緒を締めよ」という言葉は誰でも知っているが、実際はどうかというと、すっかり忘れてしまっているのが現実。
謙虚さを失い自己過信や自己陶酔に陥る人がいる。
間違っていると気づいても直すにはプライドが許さないという人もいる。
いざとなったら自己保身に走る人もいる。
「人間」とは、そういうものなのだろう。

誰でもミスは犯すが、そのミスが少ない方が勝つというのが戦史の常識ではないかと思う。
そういう観点からすると、米軍もミスは犯しているが、日本より少なかったから勝ったといえる。

著者の「人間」に対する見解・指摘に私はもろ手を挙げて賛成である。
軍国主義教育がどうのこうの、あれは戦時中の話だから云々、軍人だけが間違っていてその他の人は正しいとか・・・
それはあり得ない話だと思う。
今も昔も変わっていないと私は思う。
「人間」とは、時代が変わろうと、軍人であろうとなかろうと、こういうところがあるのだ・・・ということを知るべきだろう。
それには、本書は非常に適した本だと思う。



今年の読書:5冊目



読書 | 14:03:11
『ダ・ヴィンチ・プロジェクト』


本作品はポーランドの映画である。

刑務所を仮出所した美術品窃盗のプロが主人公・・・
で・・・レオナルド・ダ・ビンチの名画『白貂を抱く貴婦人』を盗み出す計画を立てる。
盗むタイミングは、この絵が日本に貸し出されて帰ってくる時・・・
この設定も面白い。
ということで・・・日本人が登場するが、“本物の”日本人が演じている。
これまた面白い。
よくあるのが、中国人や日系人が日本人役を演じて、たどたどしい日本語を話すのだが・・・
本物の日本人が登場するのだから、ある意味、驚く。
だって・・・これポーランドの映画なんだよねぇ~(笑)
よく日本人を見つけたな・・・っていう感じである。
で・・・その後、この絵は盗まれるのだが・・・(笑)
責任を感じた、この日本人が切腹しようとする。
日本からポーランドに戻ってきたのだから、日本人には責任はないはずだが・・・(苦笑)
日本人といえば「ハラキリ(切腹)」という、外国人が持つ日本人に対するイメージがもろに出てくるところも面白い。
現代、責任を感じて切腹をするような日本人は皆無である。(大笑)

こういう「クライムサスペンス」映画には付き物の一転二転とするストーリーは、当然、この映画にもある。
なかなか面白い展開だった。

DVD | 11:43:45
副大統領は黒人?(汗)
アメリカ合衆国の副大統領にカマラ・ハリスという人が就任した。
米国史上初の女性で、黒人で、アジア系の副大統領だとマスコミなどが喜んで騒いでいるようだが・・・

ところで、彼女は「黒人」なのか?(大汗)
父はジャマイカ出身、母はインド出身だから、肌の色は黒っぽいだろうが・・・
それを「黒人」と呼ぶの?
どうも「黒人」と聞くとアフリカ系の黒人が頭に浮かんでしまうのである。
正直言ってアフリカ系なら違和感はないが、ジャマイカとインドの混血を「黒人」と呼ぶのには違和感がある。
「有色人種」と呼ぶならわかるけど・・・・(大汗)

「黒人」だの「アジア系」だので喜ぶのもいかがなものだろう・・・(苦笑)
私なら、アメリカの”先住民族”である「アメリカインディアン」もしく、その血を引く混血が米国大統領もしくは副大統領になったら快哉を叫ぶけど・・・(大笑)

エッセイ | 17:15:56
アヒルは鴨だって!(驚)
千葉県で鳥インフルエンザが確認されたらしい。
ここ最近、あちこちで鳥インフルエンザが流行して鶏が殺処分されているが・・・
今回はアヒルの農場で起こったという。(汗)

アヒルとは驚いた。
そういう農場があるんだぁ~(汗)
アヒルを飼育してどうするのだろうと思ったら、食肉用なのだそうだ。(驚)
アヒルは鴨の一種なので、食肉用に飼育して「鴨そば」とか「鴨鍋」用として食されているのだそうだ。(驚)
え?・・・あの「鴨そば」の鴨はアヒルの肉だったのか!(唖然)
私はアヒルの肉を食べていたのか?
知らなかった・・・(大汗)

今回も鶏と同じくアヒルが大量に殺処分されるのだろう。
感染していようといまいと、発症していようといまいと・・・全員殺処分・・・(汗)
陽性か陰性かも確認せず?(汗)
で・・・一方では、「仮に食べたとしても健康に影響はありません」なんて言ったりしている。(唖然)
ならば、殺さなくても良いと思うのですが・・・(苦笑)

鳥は“動物”である。
人間も“動物”である。
同じ動物同士ということで考えた場合・・・(苦笑)
鳥がインフルエンザで殺処分されるのであれば・・・
人間も新型コロナに感染したら殺処分してもいいのではなかろうか?(大笑)
陽性だろうと陰性だろうと、陽性者の生活圏何百メートル以内の人は全員、殺処分・・・(苦笑)
鶏もアヒルも豚も牛も、みんな殺処分するのに人間だけが特別扱いというのは不公平というものでしょ?(苦笑)

今回の新型コロナウイルス・・・
今までに何十万、何百万と殺された鶏や豚たちの呪いじゃあるまいか?(大笑)

今回のアヒル・・・食用だから、いずれは殺されるわけだが・・・
人間の胃に入って人間のために役に立つからこそ“死に甲斐”があるというもので・・・
ただ殺されて地中に埋められるのではアヒルも浮かばれないだろうなぁ~

エッセイ | 17:08:01
疑心暗鬼・・・
明日は母の祥月命日だが、どうも雨が降るらしい・・・
というわけで、予定を1日繰り上げて本日、墓参りに行くこととし、花を買いにいつもの花屋さんに行く。

で・・・いつものようにオバサンと雑談・・・
話題は新型コロナ禍の話である。(笑)
ここにきて、ようやく我が町の感染者数が増え始めた。(苦笑)
だいたい、人口が17万人もいる町で、感染者が何か月も10人しかいないなんていうのは異常である。
それでは新型コロナは感染力がかなり弱いということになるではないか?(笑)
ようやく感染者が100人近くになってきたが、まだまだ少ないのでは?
17万人のうち、1万人、2万人の感染者が出てもおかしくはないと思うが・・・
感染力が強いのであれば・・・(汗)
これはデータを故意に隠しているのではあるまいか?
どうも信用できない・・・という意見が結構多い・・・

地元紙には、毎日、県内各地の感染者が公表されているのだが・・・
我が町の場合、ようやく職業が「会社員」という感染者が出始めた。
だいたい、大手企業の大工場がいくつも建っている町である。
勤めている社員も多いはずなのに、感染者に「会社員」というのが、ここ1年近くいなかったことが異常である。

ところが、拙者が当たり前だと思っていた「会社員」の公表に多くの人が疑心暗鬼となっているという。(唖然)
いったい、どこの会社の「会社員」なのか、どこの工場に勤めている奴なのか・・・と・・・
当然、勤務先名の公表はしていないから、逆に噂が飛び交って、いろんな会社名が噂されていると花屋のオバサン・・・(大汗)
おい、おい、・・・名前を出された会社はいい迷惑だろう。(汗)
なんで、そうパニックを起こすのかねぇ~(汗)
ここ最近は「自営業」という感染者も増えてきている。
「自営業」って、どんな仕事なのか、飲食店なのか、ラーメン屋なのか?
そういえば・・・・あそこのラーメン屋、定休日でもないのに閉まっていたよな。あそこじゃないのか?
と・・・これまた噂が飛び交っているとのこと・・・

「何を信じていいのやら・・・」と花屋のオバサン・・・
みんなが疑心暗鬼に陥っている。(大汗)

昔、陸軍の統率法に「知らしむべからず、寄らしむべし」というのがあった。
兵たちに詳しく教えてやる必要などはない、黙って命令に従わせればいい・・・ということである。
今も昔も変わっていない・・・
が・・・一方的に、政府や自治体や大手企業を責めるわけにもいかないだろう。
詳しい情報を教えると、ことさら騒ぎ立ててしまう国民のほうにも問題がある。
要は、個々人の資質の問題である。
こりゃ、永遠のテーマかも・・・(苦笑)

日記 | 11:21:09
足の小指をぶつける!(涙)
一昨日、夢の中にお笑いコンビの「カミナリ」が出てきた。(笑)
我が茨城県出身のお笑いコンビである。

夢の中で・・・
ステージ上で、いつも左側に立っている坊主頭の「まなぶ君」が、左足を引きずりながら商店街らしき場所を歩いている。(汗)
あらら・・・足を怪我してるんじゃないか?(大汗)
ちょうど拙者の右隣りに、相方の「たくみ君」がいたので「彼、ケガしてるんじゃないの?大丈夫かね?」と尋ねたら・・・
「いやぁ~大丈夫ですよぉ~、あいつはいつも、ああなんですよぉ~」と言う。
え?いつも足を引きずって歩いていたっけ?(唖然)
というところで・・・目が覚めた・・・

今日、なんたることか、部屋を出る時、左足を思いっきり家具にぶつけてしまった!
しかも、左足の小指である!(大泣)
痛いのなんのって・・・(大涙)
なんで、小指をぶつけるかなぁ~
いつものように部屋から出ていくっていうだけなのに・・・(怒)

で・・・左足を引きずりながら家の中を移動・・・
と・・・一昨日に見た夢を思い出した!(唖然)
ゲゲッ・・・「まなぶ君」とまるっきり同じではないか?(大汗)

こういうのを正夢っていうのか?(汗)
それとも予知夢か?(大汗)
それにしても、なんで小指をぶつけるんだろう?
親指をぶつけるということは、まず無い・・・(苦笑)
ぶつける時は何故か小指なのである。
不思議である・・・

日記 | 16:13:46
マスクのせいで集中できないって?(唖然)
受験シーズンがやってきた・・・
と・・・呆れた報道に目が留まった・・・

「マスクのせいで集中できない」と受験生が言っているという報道である。(唖然)
いったい、この報道機関は何を言いたいのだろう?
コロナ禍でも、受験の時はマスクを外させろ・・・ということを言いたいのだろうか?
それとも、何でもいいから煽りたいということなのだろうか?
マスクくらいで集中できないとは・・・
みんな同じ条件のはずだから、集中できないのは、本人の資質の問題だろう。(苦笑)

こんなことを報道するから、「マスゴミ」と揶揄されるんじゃあるまいか?

私が記者なら・・・
「どうやら不合格になった場合を想定して、事前に言い訳をしている受験生が多いようです」とか・・・(笑)
「自分の実力不足をマスクのせいにしたがる受験生が多いようです」とかって、記事の最後に書いちゃうんだけどなぁ~(大笑)

エッセイ | 17:32:15
『改訂 谷川士清小伝』
『改訂 谷川士清小伝』
平成15年3月31日 発行
編集発行 津歴史街道構想推進事業実行委員会

谷川士清(ことすが)略伝
谷川士清の旧宅
士清の生きた時代
父と士清幼少時
京都遊学
洞津谷川塾・森蔭社
恒徳堂
日本書紀通証
和訓栞
その他の著書
竹内式部・蓬莱尚賢との交友
本居宣長との交友
藩主藤堂高朗との交友
士清の人となり
その晩年
士清の偉業
福蔵寺・谷川神社・神宮寺
谷川家家系略譜
和訓栞抄
谷川士清旧宅参観案内
参考文献
協力機関・協力者



本書は史跡となっている谷川士清旧宅で購入したもの。
谷川士清(ことすが)は、三重県津の人である。
江戸時代に活躍した人で、本業は医者であるが、国学者でもある。
この人のすごいところは、日本で初めて五十音に配列された国語辞典である『和訓栞(わくんのしおり)』を作ったこと。
逆に言うと、今までは五十音順ではなかったのかと驚く。(汗)
また、『続大日本史私記(とくだいにほんししき)』を著し、我が茨城県・水戸藩の徳川光圀(水戸黄門)が命じて作らせた『大日本史』の中の記述の誤りを一つ一つ指摘した。
本人としては、“あらさがし”というわけでもなく、水戸藩、徳川光圀批判でもなく、あくまでも間違ったことが後世に伝えられては困るということで指摘しただけのようである。
が・・・そう素直に受け取る人も少なかろう。(苦笑)
江戸時代だし・・・よりによって徳川御三家の水戸のやったことにケチをつけたことになるわけで・・・(苦笑)
津の藩主・藤堂高疑に津以外の場所へ出かけることを禁止されてしまう。
自宅謹慎、蟄居というわけではないから、藩としては外部からの圧力で、やむなく形ばかりの罰を与えたのではないかという気がする。

津で有名な人で本居宣長という国学者がいるが、谷川士清より20歳くらい若い。
士清は、宣長とも手紙を介して交流をしていたようである。
で・・・メジャーとなったのは、本居宣長で・・・
マイナーなのは谷川士清・・・・(汗)
もう少し、士清が有名になってもいいのではないかなぁ~と思う。


今年の読書:4冊目



読書 | 21:35:02
『アルマゲドン・コード』


本作品はロシアの映画である。
テロリストが核弾頭を手に入れ恐喝するという、よくあるストーリーである。(汗)
ロシア連邦保安庁が調査に乗り出し、テロリストが狙っている目標はニューヨーク、ロンドン、モスクワ、東京の4都市であることが判明する。
で・・・ロシア連邦保安庁の女性捜査官(スパイ?)が一人で、テロリストの計画を阻止するという話・・・
これに米国のCIAが絡んでくるが、ちょっと邪魔な存在・・・(苦笑)
ストーリーは陳腐だが、主人公の女性は美人だし・・・ということで、そこそこの良い作品かな?(笑)

DVD | 22:55:37
全然対策になっていないと思いますが・・・
今日は、後輩の“オダクラくん”と夕食を食べに出かける。
彼と会うのは何年ぶりだろう?(苦笑)
新年を迎え、どうしているかなぁ~と思って電話をしたら、夕食を食べに出かける話となった。
拙者としても、久しぶりの外食である!(喜)

前回の外食では、ファミレスに行ったが、感染対策が全くなされていなかったので、ここには行きたくない。
で・・・別の大手ファミレスに行ってみることにした。
ここにはずいぶん昔に行ったきり・・・少なくとも15年ぐらいは行っていない・・・(苦笑)
で・・・行ってみたら・・・唖然・・・である。
店の入口に消毒液のボトルが置いてあるだけ・・・
しかも、手を消毒してくれとも、検温をしますとも何も言われず席に案内され、慌てて手を消毒・・・
案内された席は、他の客で密集しているど真ん中の席である。(唖然)
店の一角に客を集中させて座らせて、完全に“密”状態である。(大汗)
なんでこんなことをするのかねぇ~?
店内の他の席はガラガラだというのに・・・
前回行ったファミレスと全く同じである。(汗)
しかも、スープバーなどはご自身で・・・とには呆れた・・・
まだスープバーやサラダバーをやってるの?

かなり神経質になりながら食事をすることとなる。
食べ物を口に運んで・・・・マスクをしてから、おしゃべりをする。
まぁ~面倒くさい・・・(苦笑)
が・・・感染リスクを下げるためにはやむを得ない。
どんな対策をしても、100%感染を防ぐことは無理だろう。
リスクを下げるしかないのだが・・・
なんで、ファミレスというのは何の対策もしないのかね?(唖然)

店に文句を言うと“クレーマー”と思われてしまうだろうから言いづらいし・・・
言われる女の子は、たぶんアルバイトの子だろうからかわいそうだし・・・
店側も東京の本部の指示が無ければ勝手に何かをするというわけにもいかないのだろうから店長に言っても無駄だろうし・・・

こんな消毒液1本のみという、お粗末な“感染防止策”をやっているようでは、飲食店が政府や行政から営業自粛や営業時間の短縮を求められても仕方がないかも・・・(大汗)

基本的に、マスクをしていれば感染するリスクを下げることが出来るとすると・・・
マスクを外した時が感染リスクが高まるということになるわけで・・・
そうなると、一番危ないのは食事をするとき・・・ということになる。
しかし、店内が感染予防策をキチンとしていれば、ごく普通に外食・飲食ができるはずだから・・・
国や行政が言う、何も営業時間を短縮するなんていう、アホらしい対策をする必要はない。
8時間営業を2時間や3時間に短縮したところで、対策をしていない店では感染リスクは高いままではあるまいか?
拙者などが気にするのは、店員から感染することではなく、隣の席に座っている他の客から感染することを恐れるのである。
なぜ、このことがわからないのだろう?

感染リスクの高い店をネットに公開すると、営業妨害になるだろうから・・・
以前より、「グルメサイト」というのがあり、星5つとか3つとか、その星の数で店を評価するシステムがある。
こういう「グルメサイト」を流用して、感染の危険性が高いと思われる店には星1つとか、対策がよく出来ていて感染リスクが低いと思われる店には星5つとか、客が評価をしたらどうだろう?
そうすれば、星の数欲しさ、高評価を得るために感染予防対策を本気でやるようになるんじゃないか?
いつまでも星1つというお店は、潰れたとしても自業自得というものだろう。
そういう店にまで、営業自粛による協力金を支払う必要はあるまい?
真面目に対策して評価も高い店は、いつも通りに営業していただき・・・
そうじゃない店は、客足が遠のき、閑古鳥が鳴いて潰れる・・・
それでいいんじゃないか?(大汗)

感染対策がお粗末だということは口コミで広がるだろうから、このファミレスも、そのうちドンドン客足が遠のくだろう。
当然、拙者は、この大手ファミレスには、コロナ禍の騒ぎが収まるまでは二度と行く気はない。(苦笑)

日記 | 20:38:18
グッドタイミング!
スーパーに買物に出かけようと家を出る時・・・
いや、まてよ・・・水を一杯飲んでから出かけるか・・・と台所に立ち寄った。
と・・・水を飲み終わった瞬間、電話が鳴った。
誰だろうと思い、電話に出てみたら、福島県在住の“マツオさん”である!(驚)
拙者が送った年賀状に対するお礼の電話だそうだ・・・(笑)
「いやぁ~遅くなっちゃって、申し訳ない!」を連発される。
今年、90歳くらいになるんじゃなかろうか?
グッドタイミングである!(笑)
台所に立ち寄らず、まっすぐ出かけていたら電話に出ることが出来なかった・・・(笑)

“マツオさん”は海軍の予科練(飛行予科練習生)出身で、我が親父より2期くらい後輩だったと思う。
一度だけ、一緒にミッドウェイ島にご一緒したことがある。
ミッドウェイ島は、かの有名な「ミッドウェイ海戦」の舞台となった島である。
ハワイから米軍関係者のチャーターした飛行機で島に渡った。

当初から“マツオさん”は拙者を「先輩!先輩!」と呼ぶので、冗談だと思っていたら、さにあらず・・・(大笑)
本気で拙者を“先輩”だと思っていたらしい。(大笑)
それじゃ、拙者は親父と同じ年齢になってしまうではないか!(大汗)

人というのは話してみないとわからないもので・・・
“マツオさん”は戦後は医療関係の仕事をしていたという。
で・・・我が町の病院などでも仕事をしていたそうで、我が家の近所の病院の院長先生の名前がポンポン出てくる。(驚)
(すでに院長先生たちは皆さん鬼籍に入ってしまっているが・・・)
ちょうど、拙者が生まれた頃の話である。
「私はその病院のすぐ近くに住んでいるんですよ!」ということで、仲良くなったのである。(笑)

“マツオさん”は「いやぁ~会いたいねぇ~」を連発・・・
あの時、一緒だった予科練関係者は皆さん鬼籍に入られてしまい、現在、お元気なのは“マツオさん”くらいしかいないだろう。
「懐かしいねぇ~ミッドウェイ!」と“マツオさん”・・・・
年齢からして、もうご一緒に旅行をすることは無理だろう。
拙者も久しぶりに会いたいが・・・このコロナ禍では・・・ねぇ~・・・(大汗)
早く、終息してくれないかなぁ~
この騒ぎが恨めしい・・・


日記 | 20:37:31
『「灯火」菅谷政夫の精神』
『「灯火」菅谷政夫の精神』
平成7年10月 初版発行
編集発行 ネグロス電工株式会社 広報室

発刊に当って  会長 菅谷よし子

『灯火(ともしび)』を読む  大槻五郎

酒と家庭 (昭和36年10月)
パンクした毬(まり)でも (昭和36年10月)
夢を追う (昭和36年11月)
「年とった青年」「若い老人」 (昭和37年1月)
乃木さんの教え (昭和37年2月)
  厳父の強育
  慈母の愛育
  鋼鉄はどうしてつくられるか
2×2=4であることの難しさ (昭和37年7月)
「先輩」と「後輩」 (昭和37年8月)
“儲ける”ということ (昭和37年9月)
発明は難しいものではない (昭和38年2月)
人生はマラソンである (昭和38年4月)
「喜働」 (昭和43年1月1日)
「アングラック」の誕生 (昭和43年4月1日)
戦没した戦友を想う (昭和45年4月11日)
土壌作り (昭和45年9月21日)
アイデアを出してほしい (昭和45年10月10日)
日本の常識・外国の常識 (昭和45年11月2日)
必要のないときには、明かりを消せ (昭和46年1月11日)
恐竜と経営 (昭和46年1月11日)
働く (昭和46年2月8日)
ビス1本も大切に (昭和46年2月15日)
もし、大地震になったら (昭和46年2月22日)
期末賞与は“家”に! (昭和46年3月15日)
“健康”こそ活動の原動力 (昭和46年3月29日)
犬には飼主の性格が現われる (昭和46年4月19日)
靖国神社に初詣でをして (昭和47年2月1日)
湾底中隊の思い出(1) (昭和47年8月1日)
湾底中隊の思い出(2) (昭和47年9月1日)
湾底中隊の思い出(3) (昭和47年12月1日)
  ぼたもち母ちゃん
  「軍人勅諭」の思い出
家に三声あり (昭和48年2月15日)
渋沢賞を受賞して (昭和49年11月)
  あれから丁度20年
  少年の日の夢達成を喜ぶ
  そもそも最初の出発は
  アングルに碍子をつける
  東京電力の山本主任の親切
  上野所長のアドバイス
  名付け親現わる

電気保安に確実な足跡 菅谷政夫氏
渋沢賞(第19回)受賞
《業界の必需品》
(「日刊工業新聞」昭和50年4月11日(金)掲載記事)

今後も改良に全力  菅谷政夫
(昭和50年4月11日(金)日刊工業新聞掲載)

亡き母を偲ぶ ―与えて求めぬその生涯― (昭和50年4月25日)
一致協力、不況を乗り切ろう (昭和51年6月2日)
私の禁煙大作戦 ―寝ている時は禁煙中― (昭和51年6月30日)
   最初の一服は「ほまれ」
   軍隊手帳でバナナの葉を巻く
   1日70本のヘビースモーカーに
   50歳で最後の挑戦
   発想の転換が成功のかぎ
借り方人生から貸し方人生へ (昭和53年4月1日)
   袖すり合うも他生の縁
   なんでも相談出来る先輩を持つ
   借り方人生から、貸し方人生へ
   みんな自分の振り子を持っている
   やる気こそ大きな振り子人生
創業31周年、今年を「新生第1年」としよう (昭和53年6月3日)
― 純粋・無欲がネグロス発展の基 ― 
   会社の歴史を知ろう
   必要は発明の母
   パテントの強さと脆さ
   創業は易く守成は難し
   ネグロス党は「利他主義」
   営業指向の経営
   コストを下げる、報告は数字化
「人間づくり」を宣言 (昭和54年6月2日)
― お客様あってのネグロスです ―
   会社の歴史を知ろう
   ローマは1日にして成らず
   両親の信用の有難さ
   アングラックの売り出し
   パイラックの売り出し
   仲間の電工さんの不便の解消が目的
   営業の充実、製品のコスト下げを狙う
   昭和54年、55年が重大な時期
   営業の目標
   製造、開発の目標
   経理への要望
   お客様あってこそのネグロス
   人間の一生は繰り返しができない
   失敗を恐れるな、失敗を成功へ転化
   人間づくり
創業当時の苦労と教訓 (昭和55年6月7日)
― 大火後の熱海で感じたこと ―
   社名の由来
   理想を大きく持つ
   不渡手形の発生
   正直者の徳
   熱海の大火から大きな教訓
   アングラックの開発
   売れるまでが一苦労
   パイラックはお客様の要望を汲み取ることから生まれた
   お客様の要求されるものを作る
   問屋依存の商売
   当初から見込み生産で即納態勢
   積極的な設備投資
   パテントの強さともろさ
   今後の行き方
   恩田杢先生に学ぶ
わが社の歴史と使命 (昭和56年6月6日)
   会社の歴史
   最初は電気工事を主力に
   電気工事人の心構え
   親のおかげ
   有限会社ネグロス協電社
   アングラック考案
   パイラックのヒントと決断
   鋳物からプレスへ発展したパイラック
   電工仲間の不便を解決するのが何よりの生き甲斐
   全国に販売網
   製造工場の建設
   海外技術の導入
   系列会社の設立
   利益を再投資しながら成長
   会社の歴史を語りつぐ
   コスト低減こそ
   販売拠点づくり
   55年度の設備投資
   低成長下でも勝ち残る
   56年度の展望と夢
   福利厚生施設
   マイコンクラブ
   提案の奨励
   人材の育成
   勝ち残るには
   ネグロス商品の魅力
   ネグロスの使命
人づくりに力を入れよう (昭和57年6月5日)
   従業員1人の電気工事店
   ネグロスの現在あるのはお客様のお陰
   40周年を目指して
   企業経営理念と社是
   創業の精神
   利他主義―「冥土見聞録」
   お客様の要望に応える電気工事を
   人づくり
   第3土曜の交代制休暇
   勝ち残る
経営理念と社是 (昭和58年6月4日)
   アングラックからパイラック
   旧家の家訓
   経営理念と社是
   経営を安上がりにする質量の転換
   売れる商品を造る
   情報の収集と分析
   人材育成・団結
   勝ち残る
お客様あってのネグロス (昭和59年6月2日)
   会社の歴史を知っていただきたい
   昭和22年6月1日開店
   私の生い立ち
   ネグロスの社名
   親の蒔いた種「信」から借金できる
   同業者と違った商売のやり方
   電気工事専業時代
   メーカーへ転換
   あれから30年、いまのネグロス
   社是
   他利主義
   本年度の経営目標
   朗働
恩師・茂田先生と私 (昭和59年10月)
禁煙の輪を拡げよう (昭和59年11月1日)
戦後はまだ終わっていない (昭和60年秋)
お客様に喜ばれる商品をお納めしよう (昭和60年6月1日)
   会社の創業と社名の由来について
気くばり、目くばり、心くばり (昭和61年6月7日)

ネグロス育英会に関する新聞報道
   昭和61年6月13日 読売新聞
   昭和61年6月18日 朝日新聞
   平成1年4月12日 読売新聞

創業の精神 (昭和61年7月)
最期のことば

『学徒日記抄』 心の火を燃やす
『学徒日記抄』掲載について  編集部

『学徒日記抄』を読む  大槻五郎

昭和14年
昭和15年
昭和16年
昭和17年

『学徒日記抄』を読んで  上村元春

菅谷政夫年譜

あとがき  編集部



先日読んだ『ネグロスのこころ』が気に入って、更に読んでみようと思い本書を入手した。
会社の成り立ちについては、何度も同じ話が出てくるので、ちょっと飽きてしまうが・・・
毎年、従業員等に語る創業の精神の話を一気に並べてしまっているせいである。
何度も何度も同じ話が続いてしまうが、微妙に内容に違いがあるので、丁寧に読めばそれなりに面白い。
『ネグロスのこころ』に続いて、こちらに掲載されている菅谷さんの考えにも、大いに共感・・・

『学徒日記抄』は、戦時中、学生時代の日記である。
時代は違うにもかかわらず、これにも共感・・・
こういう若き頃は、時代の違いにかかわらず、同じような思いをするものなのだなぁ~という感じ・・・
他人の日記だが、自分の若き日の頃を思い出した。(笑)



今年の読書:3冊目



読書 | 22:18:09
今年は手帳は必要ない(笑)
例年、年末には手帳を購入するのだが・・・
昨年末は、とうとう手帳を買わなかった。(笑)

昨年の手帳はほとんど使っていない。
唯一、使ったのは歯科医院の予約の時だけである。(汗)
その程度の予定なら手帳に書き込まなくても頭の中に記憶できる。(笑)

多分、今年も、このコロナ騒ぎは続くだろう。
それぞれが、何らかの思惑を持って騒ぎ立てるから、少なくとも夏までは落ち着かないだろう。
ということは・・・半年くらいは何の予定も入らないわけで・・・(大笑)
せいぜい予定が入ったとしても月に1つか2つくらいかな?

ということで・・・手帳代がもったいないから・・・(笑)・・・買わなかった。

日記 | 17:24:44
コロナに飽きた・・・(大笑)
さすがに毎日、毎日、TVは新型コロナの話ばかりで、飽きてきた・・・(大笑)
“専門家”と思われる人物や、コメンテーターが、いろいろ言っているが、どうもピンとこない。
感染者の増減に一喜一憂というのも不思議に感じる。
その数字・・・どこまで当てになるのか?(大汗)

違和感を感じるのは、正反対の意見を取り上げていないからなのかもしれない。(汗)
どうもマスコミの報道が信用できない。
これが、いずれ“緩み”に繋がるだろうから、この先も“感染者数”は増えるだろうなぁ~

別のニュースを知りたいと思っても、コロナ、コロナの話ばかりでうんざりである。
あ~あ~・・・大人しく読書でもするか・・・(大汗)

日記 | 15:21:35
『レッドライン ネバー・セイ・グッドバイ』


本作品は第二次世界大戦の戦争映画である。
ロシアの映画・・・
ドイツ軍がモスクワに進撃してくる。
そのモスクワのすぐ近くにあるカリーニンという町が舞台である。
この町にいる住人や軍人の中に、ドイツ軍を迎え入れようと考える人たちがいるらしい。
ロシアからすれば、裏切者である。
さて・・・ドイツ軍と内通しているのは誰なのか・・・
これがこの物語の根幹となっているように思えるが、登場人物それぞれの物語が語られるので、その多さに多少の混乱が生じる。
あれもこれも盛りだくさんにし過ぎじゃなかろうか?(苦笑)
どうやら実話をベースにした映画らしいが・・・
最終的にはドイツ軍を撃退してモスクワを守ったわけだが、その物語は映像では描かれていない。
貧弱な武器と素人の市民兵・・・ほぼ徒手空拳で、どうやってドイツ軍を撃退したのだろう?(大汗)
が・・・映像としては、それほど悪くはない映画だった。

DVD | 11:31:13
『硫黄島作戦』



   昭和44年8月
   陸上自衛隊幹部学校長 陸将 大島輝之助

陸戦史集について
   陸戦史研究普及会副会長 陸将補 山次惟貞

はしがき
   昭和45年3月
   陸戦史研究普及会

第1章 作戦の背影

第1節 地誌
 1 小笠原諸島、硫黄列島の概況
     父島
     母島
     気候
     産業
     交通、通信
 2 硫黄列島
     (1)概況
     (2)硫黄島
          地形
          人口
          気候
          明度資料
          産業
          植生
     (3)硫黄島の軍事的な価値
第2節 小笠原の歴史
第3節 戦況の推移に伴う小笠原方面の兵力増強
 1 開戦前の状況
 2 大東亜戦争開戦後の状況
 3 絶対国防圏の設定と小笠原方面の状況
 4 小笠原方面への兵力増強

第2章 硫黄島の作戦準備

第1節 国防圏前衛線の崩壊と中部太平洋方面の兵力増強
 1 米軍のマーシャル進攻と小笠原諸島の兵力増強
 2 第31軍の新設
第2節 小笠原地区集団の作戦準備
 1 作戦計画の概要
 2 伊支隊の硫黄島進出とその作戦準備
     1 方針
     2 指導要領
 3 作戦準備の指導
第3節 第109師団の新設と栗林師団長の硫黄島進出
 1 第109師団の新設
 2 師団長の硫黄島進出
第4節 サイパンの喪失と硫黄島の兵力増強
 1 サイパンの喪失
 2 栗林師団長の作戦準備指導
 3 硫黄島防備方針の変更
 4 サイパン奪回作戦の中止と小笠原兵団の新設
 5 小笠原兵団の増強
第5節 硫黄島の作戦準備の推進
 1 水際拠点と縦深配備
 2 硫黄島戦闘計画の概要
 3 作戦準備の進展状況
     築城作業の困難
     訓練
     対上陸戦闘の思想統一
 4 硫黄島防備訓練要綱の下令
 5 洞窟式交通路構築計画の下令
     目的
     実施要領
     12月初旬ごろの情報見積
     洞窟陣地の状況
第6節 硫黄島の空襲激化と兵団内人事の変更
 1 昭和19年末ごろの全般状況と硫黄島の空襲激化
 2 兵団内の人事の更迭

第3章 米軍の進攻作戦準備

第1節 硫黄島攻略決定の経緯と作戦目的
 1 攻略決定の経緯
     硫黄島攻略構想の芽ばえ
     台湾攻略の変更と硫黄島攻略の決定
 2 作戦目的
第2節 進攻作戦準備
 1 上陸作戦計画
 2 情報
 3 兵站
 4 訓練と予行演習
     進攻準備
 5 米軍の航空攻撃

第4章 米軍の硫黄島上陸と小笠原兵団の対上陸防御戦闘

第1節 米軍の砲爆撃
 1 昭和20年2月上旬ごろの敵情判断
 2 米軍の上陸準備砲爆撃と守備部隊の状況
第2節 米軍の上陸と日本軍の水際陣地の戦闘
 1 上陸前の砲撃
 2 米軍の上陸
 3 日本軍の水際陣地の戦闘
     中地区隊の戦闘
     南地区隊の戦闘
     摺鉢山地区隊の戦闘
     千鳥飛行場の喪失(2月20日)
第3節 摺鉢山の死闘

第5章 主陣地の戦闘

第1節 南地区隊正面の戦闘
 1 南部落第一線陣地の健闘
 2 西地区隊前進拠点の戦闘
第2節 海軍第二御楯特別攻撃隊
 1 特攻隊編成のいきさつ
 2 第二御楯特別攻撃隊の出撃
第3節 元山台地の強化と元山飛行場地区守備部隊の勇戦
 1 元山台地の強化
 2 主陣地南翼の喪失
 3 独立速射砲第12大隊の敢闘
 4 飛行場地区の攻防
 5 兵団司令部の戦闘指導
第4節 第二線陣地の敢闘

第6章 複郭陣地の戦闘

第1節 第二線陣地の喪失
 1 複郭陣地への戦闘転移
 2 大阪山に米軍進出
 3 二段岩守備隊の玉砕
 4 長田挺進斬込隊の勇戦
 5 東地区隊の転用と北地区の防備強化
第2節 栗林兵団長の作戦指導
 1 西戦車連隊の勇戦
 2 大本営の苦衷
 3 栗林兵団長の作戦指揮
 4 海軍部隊の勇戦
第3節 混成第二旅団の総反撃
 1 総反撃の決定
 2 総反撃の部署
 3 総反撃の決行

第7章 最後の戦闘

第1節 北地区拠点の激戦
第2節 東山周辺の戦闘と玉名山付近の遊撃戦闘
 1 東山周辺の戦闘
 2 玉名山付近の遊撃戦闘
第3節 栗林兵団の総反撃
 1 北拠点の死闘
 2 兵団の総反撃
第4節 戦い終わる
 あとがき

付表第1
 硫黄島作戦関係主要史実暦日表
付表第2
 小笠原兵団主要部隊及び幹部一覧表(昭20・2・19 現在)
付表第3
 栗林兵団長の略歴(長野県出身)
付表第4
 海軍硫黄島警備隊の編成及び配置図(昭和20年2月)
付表第5
 米軍進攻部隊編成の概要
付表第6
 硫黄島守備部隊(陸軍)進出状況一覧表
付表第7
 在硫黄島小笠原兵団主要部隊編成の概要
付表第8
 米軍上陸用舟艇諸元表(第2次大戦間)
付表第9
 硫黄島作戦の戦術的要約



以前、一度だけ硫黄島に行ったことがある。
米軍と、退役軍人、遺族たちと一緒に行ったのだが・・・
「そういう手を使うな」と外務省職員に叱られた。(唖然)
日本人は某組織の承諾を受けたうえで慰霊団の一員としてしか島には行けない。
ちなみに、その某組織は、その権限を私物化しているとの批判を聞いたことがあるが・・・
我々は米軍側の慰霊団の一員として硫黄島に行った。
アメリカから誘われたから同行したまでのことで、汚い手を使って島に渡ったわけではない。
文句があるなら、誘った側のアメリカに文句を言うべきだと憤慨したものだ。

当然、米軍関係者と一緒に行動したので、行った場所は米軍の上陸地点や星条旗を立てた摺鉢山だけである。
日本側の陣地等には行かなかったので、日本側の著名な戦跡は見ていないし、そこでの慰霊もしていない。
本書を読んで、なるほどねぇ~と改めて日本軍の戦いぶりを知った。
戦跡を見ていないので、映像は頭に浮かんではこなかったが・・・
唯一、米軍上陸地点の日本軍の水際陣地のコンクリート製のトーチカは見たので、その中に入り、ここにいた兵士のことに思いを馳せた。
錆びついた機銃が海岸線に向いたまま、当時のまま設置されていた。
続々と上陸してくる米軍に、ここから機銃掃射するのは怖かっただろうなぁ~
このトーチカの後ろには逃げ場がないのであるから・・・

出来れば子供達の修学旅行の訪問地にしてもらいたい。
当時のことを想像して、その場所に立って考えることこそが「平和教育」だと思うのだが・・・
日本が朝鮮人にいかに酷いことをしたか(本当かどうかは知らないが・・・)を教えることだけが「平和教育」ではなかろう?(大汗)

当時の硫黄島戦について全体的な流れを知るには本書は非常に有効である。



今年の読書:2冊目



読書 | 22:54:49
『ワルシャワ、二つの顔を持つ男』


本作品はポーランドの映画・・・
第二次世界大戦から冷戦時代にかけて活躍した実在のポーランド軍人のスパイの話である。
主人公はポーランド軍のククリンスキー大佐。
この人は、どうやら1968年にチェコスロバキアに侵攻する“プラハの春”にも参加した人らしい。
で・・・そのうち、自分の国であるポーランドも危ないと感じ・・・
CIAにワルシャワ条約機構の機密文書を提供して、最悪の事態である「戦争」を避けようとする。
結構、ハラハラドキドキものであるが・・・
特に、この主人公の行動のお粗末さにハラハラドキドキである。(大汗)
よくあるシンプルなテーマのスパイの映画ではあるが、構成がかなりよく出来ていて面白い。
ただ、主人公の息子たちの末路は、実話だけにショックだった。

DVD | 21:33:35
戦友会会報を発送する
昨日、宛名のシールと年会費の請求書・振替用紙を作成し・・・・
ようやく本日、戦友会の会報の発送をする。

年会費は、人によっていくつかの種類に別れる。
戦友(生還者)と遺族では年会費が違う。
遺族ではないが趣旨に賛同してくださる方は「賛助会員」として入会していただいているが、この方々は遺族会員と年会費は同額である。
で・・・1年もしくは2年、年会費を滞納している人には過去の年会費も加えて請求する。
というわけで・・・金額を間違えたら大変である。
多く請求したら相手に失礼となるから、非常に神経を使うのである。
それだけでクタクタ・・・(苦笑)

郵便局からの発送となるが、必ず何らかの記念切手を貼って送るのも拙者のこだわりである。
会社関係の郵便物なら無味乾燥な金額が記された“シール”でもいいだろうが・・・
やっぱり切手の図柄を楽しんでもらいたい。
ということで、必ず切手を貼る。
とはいっても・・・実は、切手を貼るのは郵便局の局員さん!(大笑)
以前から、拙者の思いを知って頂いているので、仕事の合間に局員さんたちが切手を貼って下さるのである。(大喜)
だから・・・拙者は楽!(大笑)
「よろしくお願いしま~す!」で、お任せしてしまうのである。(大笑)

新年早々、一発目の大事な“仕事”を無事完了する。
幸先良いスタートである。(喜)

日記 | 18:36:44
『ネグロスのこころ』
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『ネグロスのこころ』
昭和62年10月10日発行
平成元年4月第3版発行
発行所 ネグロス電工株式会社

菅谷政夫略歴

創業3年目のネグロス協電社 店舗全面写真の説明

発刊を祝して
 「ネグロスのこころ」発刊を祝して  江戸川区長 中里喜一
 「ネグロスのこころ」の発刊に寄せて  友人 勝田慎一郎
 「ネグロスのこころ」発刊に寄せて  友人 中里重隆

発刊の辞
 故人を知るよすがに  社長 菅谷よし子

電気工事の専業時代
 社長 菅谷よし子

創業者菅谷政夫 社内報巻頭言葉

『ねぐろす』の創刊に際して (42年6月)
ネグロスのはじまり (42年12月)

企業経営理念の確立 (43年2月)
喜んで働こう (43年4月)
苦難は幸福に入る狭き門 (43年6月)
再度の技術奨励賞に思う (43年8月)
『未来思考室』構想 (43年10月)
険しい状勢を新製品で切り抜けよう (43年12月)

ネグロス電気と電材の合併に期待する (44年2月)
“ネグロス電工”発足す (44年4月)
技術革新に対応と多角経営 (44年6月)
韓国人の印象 (44年8月)
『経営理念』『社是』掲載について (44年10月)
世界の通貨不安・日本・ネグロス (44年12月)

新春の空想 10年後のネグロス (45年2月)
お客様のご要望をさがし出せ (45年4月)
たね銭を大きく育てよう (45年6月)
万国博とネグロス野球部 (45年8月)
万国博と営業倉庫 (45年10月)
流通機構を簡素化する (45年12月)

猪の如く直進し転換する (46年2月)
強い子に育てるには辛抱が大事 (46年4月)
『ツモリ』貯金 (46年6月)
「製品から商品へ」アイデアだけでは売りものにならない (46年8月)
全員営業マンとなって不況を乗り切ろう (46年10月)
お客様あっての企業 (46年12月)

今年こそ試練の年 (47年2月)
“運(うん)・鈍(どん)・根(こん)・感(かん)・間(かん)”を諸君に贈る (47年6月)
挙式費用を節約し早くマイホームを (47年8月)
企業も英才教育が必要か (47年10月)
はた(側)らく(楽) (47年12月)

今年は丑(うし)(牛)年 (48年2月)
他社からスカウトされるような人に育てたい (48年4月)
ハノーバーメッセで自信を得る (48年6月)
ドイツ気質(かたぎ) (48年8月)
地球の有限資源のぜいたくな消費は許さるべきか (48年10月)
石油問題で世界の孤児になるなかれ (48年12月)

今年こそ信用確立のとき 混乱の時こそ正直と誠実を (49年2月)
新入社員に贈る5つの言葉 (49年4月)
西独の物価は去年と同じ (49年6月)
雑草の生き残るみち 工業所有権を活用しよう (49年8月)
生活設計の目標を (49年10月)

渋沢賞を受賞 (50年2月)
プロに徹しよう (50年4月)
反省と計画の時点にしよう (50年6月)
今こそ精神文明の復活を (50年8月)
三浦善一氏著「経営一言集」から (50年10月)

資格を取ろう (51年6月)
物質文明繁栄の陰に精神文化の荒廃が (51年8月)
社内報は心の通い合うベルト役 (51年10月)
偽造事件について 「工業所有権」こそ最大の権利 (51年12月)

昭和52年 年頭所感 (52年2月)
社会大学に入学して よい足あとを残そう (52年4月)
今年はネグロス流人材育成を第一としよう (52年6月)
3年曲線と10年曲線 (52年8月)
ネグロス島訪問 亡き戦友の冥福を祈る (52年10月)
“ぶらんこ”はすぐに大きくは振れない (52年12月)

塞翁が馬 (53年2月)
利他主義はネグロス党のバックボーン (53年4月)
『経営一言集』(三浦善一著) この書は私の座右の書です (53年6月)
ねじからばねへ 優秀性が比較立証された日 (53年8月)
新製品を早くお米にしよう (53年10月)
先ず目標を立てよう (53年12月)

日当り産業になるために努力しよう (54年2月)
あなたの人生は あなた自身の努力にある (54年4月)
やさしい商売 むずかしい (54年6月)
社内報は親孝行のもと (54年8月)
仕事の場が無数にあり 仕事のチャンスが無限にある会社 (54年10月)
過去の経験を生かして80年代も若い力で乗り切ろう (54年12月)

杢流経営法に学ぶ (55年2月)
若者よ大きくはばたいて翔んで行け (55年4月)
「若しあの時・・・」生か死かの運命の微妙さを考える (55年6月)
ライバル西ドイツに負けるな (55年8月)
隠れた先覚者 小林虎三郎 (55年10月)
55年度「発明奨励賞」を頂いて (55年12月)

未開発商品の開拓と視野を拡げよう (56年1月)
事業の基礎をつくった10代から20代の貴重な体験 (56年3月)
メーカーの責任を自覚し よりよい資材を開発したい (56年6月)
ささやかな民間外交 (56年7月)
作り勝手より使い勝手 (56年9月)
戦争当時の夜学生 (56年11月)

有言実行 (57年1月)
獅子はわが子を谷に突き落とす (57年3月)
ネグロスの原点をたずねて (57年5月)
お役に立てた喜び(新幹線にご採用) (57年7月)
幸、不幸の別かれ道は心の持ち方次第 (57年9月)
国際化に生きよう (57年11月)

国際化に生きよう (58年1月)
利他主義に徹した一日本人家族のオイスカ精神
  勤労を尊ぶ日本の心を呼び戻そう (58年3月)
ハノーバーとパリでみたこと (58年5月)
商売も戦争、勝ち残ろう!! (58年7月)
自分を大きくするのは自分しかない (58年9月)
なーぜなぜ問答 (58年11月)

斜陽化から脱出の年 (59年1月)
ネグロスの人づくり (59年3月)
一日も早くお米化しよう (59年5月)
現場の声を聞き出そう (59年7月)
心友を作ろう (59年9月)
全食のすすめ (59年11月)

今こそ原点に立ち戻るべき時期 (60年1月)
貸し方人生を目指そう (60年3月)
正しい判断は正しい情報から (60年7月)
あずかっている運命 (60年9月)
アングラック発売30周年記念行事始まる (60年11月)

成人式を真剣に受け止めよう (61年1月)
これからの勉強で人生がきまる (61年3月)
財団法人・ネグロス育英基金発足す (61年5月)

編集後記
  編集 萩野信京



私が「ネグロス」というのを知ったのは、小学校低学年の頃だったと思う。
祖父の家へ遊びに行ったとき『ねぐろす』という冊子が置いてあった。
「ねぐろす」とは変な名前だなと思い、祖父に尋ねたら・・・
「ネグロス」はフィリピンの島の名前なのだそうだ。
このネグロス島から戦後帰ってきた人が自分が作った会社に「ネグロス」という名前を付けたという。
ネグロス電工という立派な会社なんだぞ・・・と祖父が言ったことを覚えている。
が・・・それでも、外国の島の名前を付けるなんて変なことをするなぁ~と思った・・・(苦笑)

さらに、祖父はその会社に招かれたことがあったという。
駅に降り立ったら、黒塗りの立派な車が迎えに来たので驚いたという。
で・・・会社に行ったら、従業員を集めて、この会社の人が「この人は俺の親父である」とか何とか言ったらしい。
祖父は、「嬉しかったなぁ~」と言っていたが、私には不思議でならなかった。
本当の親子じゃないのに何で「親父」って言ったんだろう?(大笑)
ますます、私の頭に「ネグロス」の名前が刻まれた。(汗)

その後、私が「ネグロス」に出会ったのは、入社した自分の会社の工場内にネグロス電工の電線支持器具などが使われているのを見た時で、いやぁ~懐かしいなぁ~と再び出会った「ネグロス」の文字に嬉しく思った。
数年前にネグロス島に戦跡訪問と戦没者の慰霊に行ったが、なぜかその時には「ネグロス電工社」の名前を思い出すことがなかった。何でだろう?(大汗)
ところが、先日、ふと、突然思い出したのである・・・
この会社と、祖父とはどういう関係があったのだろう?
祖父に「会社をぜひ見てもらいたい」と招いて「親父です」と紹介したのは、創業社長の菅谷政夫さんではなかろうか?
というわけで・・・古書店から本書を取り寄せて読んでみることにした。

そこで知ったこと・・・
祖父は大戦末期にフィリピンで戦っていたが、その場所はルソン島である。
ネグロス電工の創業者の菅谷さんは同じフィリピンでもネグロス島で全く場所が違う。
祖父は騎兵出身、菅谷さんは高射砲大隊所属の砲兵で、兵科も違うから接点が全く見当たらない。
しかも、年齢は祖父は当時45歳ぐらいだったが、菅谷さんは22歳~23歳ぐらいである。(汗)
おかしいなぁ~・・・接点が見当たらない・・・
何で会社に招かれたり、「親父です」などと言われたのだろう?(汗)
謎である・・・

本書は、社内報の「ねぐろす」に創業社長の菅谷政夫氏が書いた巻頭の記事を集めたものである。
私がこの社内報を読んだ当時、私は小学生だったから、読んでも何が書かれていたのか分からなかったのだろう。
内容は全く記憶にない・・・(苦笑)
今回、改めて読んでみて、なるほど、祖父が言う通り立派な人だったのだなぁ~と思った。
昭和の時代に書かれたものなのに、今でも充分通じる話が多いのである。
菅谷氏の考え、価値観は大いに賛同できるものばかりである。
内容を全く覚えていないはずなのに、なぜか懐かしいなぁ~という感じ・・・(苦笑)

残念なことに、菅谷氏は昭和61年に63歳でお亡くなりになっていることを初めて知った。
祖父より先にお亡くなりになっていたのである。(驚)
63歳は、いくらなんでも早すぎる・・・
私が60歳だから、なおさら、そう思うのだろうが・・・

いい話がたくさん載っていて、現代の経営者にも勉強になる良い本だと思う。


今年の読書:1冊目



読書 | 00:09:42
『やっぱり契約破棄していいですか?』


本作品は、イギリスのコメディー映画・・・
主人公は、自分の小説を出版できずにいる小説家の青年。
前途を悲観して何度も自殺を図るが死ねないでいる。
と・・・そこに、たまたま老齢の暗殺者が現れる。
もしかしたら、この暗殺者も主人公かな?(笑)
青年は、この暗殺者と自分を殺してくれるよう契約を結ぶが・・・
その直後に、自分の小説ができそうな話が起こる。
加えて、その出版社の女性編集者と恋仲に・・・
そこで、青年は、自分を暗殺するという契約を破棄しようとする。
これが本作品の題名にもなっているわけで・・・
ところが、暗殺の依頼を受けた老齢の暗殺者の方にも都合というのがある。(汗)
暗殺者組合というのがあって、暗殺のノルマが課せられていたのである。(笑)
このノルマを達成できないと引退に追い込まれるという事情がある。
彼は引退をしたくないから、なんとしても、この青年を暗殺してノルマを達成したいと願うわけで・・・
契約破棄などもってのほか・・・(笑)

さて・・・どうなりますか・・・という映画である。
ストーリーは非常にシンプル・・・わかりやすい。
コメディー映画であるが、ドタバタ劇ではないので好感が持てた映画である。
「まじめなコメディー」という表現が適切かどうか知らないが・・・「まじめに面白い」映画だった。

DVD | 22:21:35
余計な心配をおかけして申し訳なし
今日から郵便局は仕事始めなので、早速、郵便局へ出かける。(笑)
年末に拙者が所属する各種団体から年会費の請求が送られてきていた。
年末のバタバタしているときに、少々迷惑だが・・・(汗)
うっかり振替用紙を失くしたら大変だと神経を使うから、忘れないうちにさっさと振り込んでしまおう・・・(笑)

局長、局員の皆さんに年始のご挨拶・・・
と・・・局長から・・・
「戦友会の決算、大丈夫でしたか?」と言われた・・・(汗)
年末に、記帳等をしたときに、「もし、これで残金が合わなかったらマズいんだよなぁ~」と言ったので・・・
局長は、どうなったかと、ずっと気にしていたという。(大汗)

いやぁ~ご心配をおかけして申し訳ございません!(大汗)
「ドンピシャ!・・・合ってました!」(笑)

拙者の軽口で、局長に迷惑かけちゃったなぁ~(大汗)
新年早々、5日目で“頭を下げる”こととなる・・・(大笑)

日記 | 17:20:11
戦友会の決算・・・
さて・・・もう4日なので・・・
そろそろ、ボチボチと“仕事”に取り掛かろうと思い、戦友会の決算書等を作成する。
我が戦友会の会計は1月1日から12月31日までが会計年度・・・
年末ギリギリに通帳の記帳などを行なう。
で・・・仕訳して・・・決算書を作り、さらに会員異動やら関係資料を作成する。

過去には、決算書作成時に、通帳の残高が合わず慌てたこともあったが・・・(大笑)
今年も、ドンピシャ!・・・ピッタリ合った!(それが当たり前ですけど・・・)(大笑)

あとは・・・適当な時期に東京へ行って会計監査を受けてハンコを押してもらうだけ・・・
だが、このコロナ騒ぎ・・・これが厄介である。(汗)
何とか早く終息してもらいたいものだが・・・ちょっと難しいかも・・・(大汗)
クリスマスに外出してドンチャン騒ぎした連中の中から感染者が大量に出るだろうし・・・
その次は年末年始に外出してドンチャン騒ぎした連中の中から出始めるだろうから・・・(苦笑)
そうなると・・・1月中は東京には行かないほうがよさそうである。(大汗)
2月も危ないかなぁ~・・・
と・・・なると・・・3月か?

会計監査は書類を送ってハンコをもらえばいいというものではない。
書類を見せながら説明をして、納得してもらった上でハンコを押してもらわねば監査の意味がない。
監査役には以前から、「私を疑ってください」とお願いしている。(大笑)
「そんなことはないでしょう」などと思ったのでは監査にならない。
「もしかしたら誤魔化してるかも、着服しているかも・・・」と疑ったうえで数字を見て質問してほしいと頼んでいる。
こういう緊張感が必要なのである。
こういう緊張感を失くして、なぁなぁになるから色んな団体で何億円もの横領・着服事件が起こるわけで・・・
「まさか、あの人がそんなことをするとは信じられない」なんていうのは、管理監督、監査する人間の職務怠慢である。
横領した奴と一緒に職務怠慢者も処罰されるべきだ・・・・と思う。(大汗)

とりあえず各種書類を完成させて、いつでも東京へ行けるように待機しておこう。(苦笑)

日記 | 17:01:45
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