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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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『戦艦大和誕生(下)』
 (こちらは文庫版)

第8章 「大和」進水

1 姿を表わした怪物
        奇怪な生き物のようなプロペラ
        未熟な鋳物技術
        運搬もひと苦労
        手作りの球状艦首
        3門の主砲
        缶と主機
        注排水装置の取りつけ
2 艦艇の頭脳部
        遅れがちな作業
        早期艤装を促進した実物大模型
        艦橋は艦の頭脳
        10階建てのビルほどもある“軍機”
        ブロック建造法と電気溶接
        海軍が開発した太径棒溶接
3 ひそやかな進水式
        気になる進水吃水(きっすい)
        進水式も隠れて
        漏水はほぼゼロ
        進水直前、突然の銃声
        巨艦の簡素な進水式
        “不運の艦”を暗示する進水式
4 「大和」竣工
        最終段階での繰り上げ要求
        早期艤装が生きる
        さらに司令部施設改造の要求
        “やればできる”の意気に燃えて
        公試を無事に終了
        日米開戦
        ずば抜けて低かった工数
        2号艦「武蔵」との比較
        工数で2倍の開き

第9章 戦時下の船舶建造計画

1 日米軍拡競争の中で
        船殻主任から予算部員へ
        海軍力増強“イタチごっこ”
        出師準備発動へ
        両洋艦隊法案の衝撃
        “戦時線表”
2 「戦争遂行は可能」の根拠
        商船の建造計画まで
        船舶統制へ
        商船建造能力の見積もり
        ABCD包囲網の中で
        国策決定者の無知、無思慮
        南進政策と船舶の確保
        見積もり者の責任?
        一夜漬けの数字をもとに開戦決定
        予測と現実の違いの原因は
3 海運統制へ
        商船建造遅延の原因
        海軍主導の造船業
        海運統制をめぐる関係機関の思惑
        突然の呉転任中止
        海軍で商船も建造!?
        電撃的な商船建造計画
        船台を半減させる
        艦艇と商船のかけ持ち
        造船行政一元化の真相
        乱暴な続行船の打ち切り
        改4線表
        海軍が積極的に商船に
        造船は全国的に国家統制下に

第10章 商船の大量建造

1 空母の時代へ
        ミッドウェーでの大敗北
        空母改良研究会
        空母主体へ大転換
        商船班の補強
        逓信省や民間からの引き抜き
        日米生産能力の驚くべき格差
2 造船界の風雲児
        造船所調査団
        閑職のはずが激務に
        調査団が行く
        異端の造船所
        「厳重なる監督を要す」
        一企業の社長と首相との関係
        ベルトコンベア式の造船工場?
3 素人考えから出た改E型船
        少壮技術者を集めた鎌倉会議
        さかんになった造船各社の交流
        川南案の採用
        素人の案に傾いた理由
        設備からはじめられた改E型船建造計画
        ブロック建造法の全面採用

第11章 多量生産への第一歩

1 消耗戦の中で
        南方戦線での大量消耗
        消耗戦における補給の重要性
        上海の闇ルート
        日陰者の商船班
        蛇蝎(だかつ)の如く嫌われて
        占領地の造船設備の視察
2 マスプロに活路を
        生産を2倍に
        「増産こそ祖国を救う唯一の途(みち)」
        半年で180パーセントに
        一等輸送艦の危険な任務
        月産2隻のわりで
        2隻2列の流れ作業で
        SB艇の役割
        海軍の強度の管理工場
        タンデム方式
3 生産性への挑戦
        司令長官戦死の衝撃
        「もっとヤキヤキやれ」
        「例外を認めて差し支えない」
        部下より先を走る上司
        わざわざ実物大模型をつくる理由
        つくりやすい図面へ
        艦艇に生産性を導入した初の試み

第12章 無責任な精神主義

1 無意味な査察
        なぜ藤原査察団の随員に?
        査察団の背景
        達成不可能を知りながら
        あっというまの工場建設
        生産現場で頑張った女学生
        おとなしかった“藤吉郎”
        無意味な大名行列
2 “不沈艦”への相次ぐ被害
        ますます開く目標と現実とのギャップ
        損傷した「大和」の入港
        意外な弱点を発見
        1ヵ月で修理完了
        主力兵器の交代の時期
3 謎の潜水艦
        呉工廠における潜水艦への取り組み
        電気溶接の権威の来日
        ST52とシュミット流溶接技術
        溶接研究の成果
        新しい建造方式
        潜水艦の任務は輸送に
        伊400型の任務は米本土爆撃
        米本土爆撃の効果?
        なんの役にも立たず終戦
        “軍事技術者”不在の悲しさ

第13章 狂気の特攻兵器製造

1 特攻兵器の出現
        断末魔の南方戦線
        捨て身の戦法もむなしく
        セブ島での甲標的(こうひょうてき)の活躍
        特攻兵器出現の背景
        生産の拠点は呉工廠
2 特殊潜航艇・甲標的
        甲標的の由来
        実用艇の建造へ
        真珠湾での甲標的の成果は?
        甲標的の量産
        丁型は基地防御用の小型潜水艦
        毎日1隻のペース
3 人間魚雷「回天」
        狂気の兵器
        廃止された脱出口
        「回天」第1号は浮上せず
        死にいく若者の手助け
        玄作戦―「回天」最初の出撃
4 木製特攻艇「震洋」
        ベニヤ板に自動車エンジン
        まるで船大工の仕事
        波に打たれて窓があく
        意気あがらぬ工場での奮闘
        反骨の少壮造船官
        水中飛行機の発想
        「海龍」の量産
        技術者と用兵側の意識の差

第14章 生産戦での敗北

1 飛行機をつくる造船官
        艦船も不要に
        艦政本部が飛行機を優先
        呉工廠から飛行機の現場に
        伝統がないゆえに
        ものをつくる現場の共通性
        部品不着は空襲の影響
        いつになく寒い冬
2 無謀で愚劣な作戦
        呉への初空襲
        「大和」の沖縄出動
        千尋の海底に没す
        二度目の空襲の恐怖感
3 技術者の矜持(きょうじ)
        「4ヵ月で千機の飛行機をつくれ」
        実施不可能な特攻機製造計画
        山への避難を徹底させたが
        技術者の焦り
        8月6日広島
        B29の小さな部品にアメリカの力が
        次代の若者のために生産技術の勉強会を
        8月15日―わずか3行の記述

あとがき

参考文献一覧


下巻は、戦艦大和の建造から、今度は輸送船建造の話に移る。
どうしてもっと輸送船をもっと建造しなかったのだろうと以前から疑問に思っていたが、その理由が分かった。
西島造船官が必死になって活躍したが、それでも太刀打ちできなかった。
その強引ともいえる活躍のせいで恨みを買ったらしく、戦後、西島氏は業界には戻らず静かに余生を過ごしていたらしい。
大きな貢献をしたのに残念である。
こういうことは今でもどこかで起こっているのではないだろうか?
最後は、特攻兵器開発とその生産についての話。
ここまでくると、造船官も辛いものがあっただろうなぁと思う。
体当たりして自爆するものを作るわけだから・・・
それにしても、この本は、今まであまり知られていなかったことにスポットライトを当てたいい本だと思う。
興味深い話が満載で、読みごたえがあった。


今年の読書23冊目



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読書 | 21:59:40 | Comments(0)
妹の誕生日!(大汗)
妹から電話がかかってきた。
「その後どうしてる?」と拙者の安否を気遣う電話だった。
で・・・世間話・・・・
と・・・なんと、今日は妹の誕生日だそうである。(汗)
すっかり忘れていた・・・(大汗)
毎年、拙者の誕生日を祝ってもらっているが、拙者は妹の誕生日を祝ったことは一度もない・・・(苦笑)
ましてや、誕生日のプレゼントをあげたこともない・・・(苦笑)
貰ってばかりでいるのである。(苦笑)

そういえば・・・昨年は、東京で皆で食事会をしたような気がするなぁ~(笑)
サントリーホールでオーケストラの演奏を聞いて、その後、六本木かどこかで食事会をした記憶があるぞ・・・
あれからもう1年も経ったのか?(大汗)
月日が流れるのは速いなぁ~

では・・・たまたま、ステーキ用の牛肉を買っておいたので・・・
今晩は、妹の誕生日を祝って、ステーキを食べることにした。
と・・・我が妹・・・
「さすがはお兄ちゃん、私の誕生日をダシにしてステーキを食べるとは・・・」(唖然)
と呆れられた・・・(大笑)

日記 | 14:09:24 | Comments(0)
いつ死んでもいいって?(大汗)
運動不足解消のため、近所を散歩する。
馴染みのクリーニング屋さんの前に来たら、お店のオヤジがマスクもせず外に出てウロウロしていた。(笑)
「おじさん!マスクした方がいいですよ!」
「俺はもう81歳だから、いつ死んでもいいんだ!」と言う。(大汗)
「あのね・・・他の人にうつしたら大変でしょ?マスクはしておいたほうがいいですよ」と言ったら・・・キョトンとしている。(唖然)

どうもこの世代の人は自己中が多いような気がする。
本人が死んでも、それは自業自得だから構わないが・・・(苦笑)
他人にうつしてしまう可能性があるんだから、とにかくマスクだけでもしておいたほうが良い。
念のため・・・である。
自分が「加害者」になるかもしれないという考えは思い浮かばないのだろうか?

しかも、このオジサン・・・かなりの話好きで・・・(苦笑)
しゃべり出したら止まらないというタイプ・・・
今回も、オジサンのおしゃべりに付き合わされて、しばらくの間、立ち話となる。(涙)
拙者はマスクをしていたからいいが・・・・
う~ん・・・この時期にマスクもせずオシャベリしまくっていたら周囲から嫌われちゃうんじゃないかなぁ~
ちょっと心配・・・(汗)

日記 | 14:11:50 | Comments(0)
『戦艦大和誕生(上)』


序章 海軍造船に西島あり

        「戦艦『大和』をつくった人」
        画期的な建造システムの開発
        埋もれた業績
        「造船世界一」の真のルーツは
        モーレツ社員のはしり
        膨大な回顧録

第1章 海軍造船大尉西島亮二の誕生

1 造船への道
        西島の直弟子
        私欲のない人
        工学一筋
        息子との交流
        飛行機に憧れて進学したものの
        海軍委託学生となる
        「一躍して中尉となり」
2 ワシントン条約の波紋
        造船技術の育成が急務
        漁夫の利で一躍、造船大国に
        ワシントン軍縮会議の背景
        「今日から米国との戦争がはじまった」
        軍縮条約の要点
        大艦巨砲主義時代の幕開け
        「訓練に制限はない」
        美保ヶ関事件
        日米開戦への第一歩

第2章 科学的生産管理法への第一歩

1 軍艦の神様
        量から質へ
        “軍艦設計の天才”
        “不譲(ふじょう)”の失脚
        とにかく軽く
2 生産管理への道
        呉造船廠でのスト騒ぎ
        “機械のデパート”
        制式、標準化の必要性
        新人造船官の奮闘
        生産管理こそわが進むべき道
        戦後日本の造船にもつながる
3 科学的管理法
        科学的管理法と日本
        日本における科学的管理法のはしり
        リミットゲージの効用
        コストダウン対策
        機械化しにくい現場
        鉄道院の試み
        制式化への取り組み
        「造船は特別」意識との戦い
        金物の制式化と量産
        材料統制方式
        一点突破方式で次々に波及
        地道な作業の蓄積によって
        周囲との軋轢(あつれき)も
        ロンドン軍縮条約をめぐる攻防

第3章 次々と新技術を導入

1 溶接船の登場
        電気溶接法の導入
        民間に遅れてはならじ
        一工手による溶接研究
        溶接法導入に踏み切るとき
        大胆かつ慎重に
        「八重山」での試行錯誤
        溶接技術の成果
2 「大鯨(たいげい)」の教訓
        海軍内の溶接船建造合戦
        なにもかも急造の中で
        熱変形で頓挫(とんざ)
        急遽呼ばれた助っ人コンビ
        発想の逆転で乗り切る
        車軸とプロペラ未搭載で進水式
        酒豪の進水主任
        傷だらけの新造艦
        心臓部も失敗
        ガス切断の問題点
3 工数統制と早期艤装
        横須賀での材料統制
        工数統制への挑戦
        西島カーブ
        早期艤装のルーツ
        問題は艤装の工数
        構想は間違っていない
        “素人”の心意気
        工場配置を一変させる大改革

第4章 相次ぐ大惨事

1 「友鶴(ともづる)」遭難事件
        転覆・大破した水雷艇「友鶴」
        死者98人の大惨事
        海軍には二重のショック
        上がる一方の重心
        設計者自身も不安に
        ずさんな応急措置で役務(えきむ)に
        悪いのは要求か、設計か
        新旧計画主任の性格の違い
        用兵側優位の体制の中で
        両雄の確執
        容赦のない改造
        「友鶴」以前に事故はなかったのか?
2 第4艦隊事件
        バックリングによる事故
        純技術的観点がないがしろ
        波に艦首をもぎ取られる
        起こるべくして起こった事故
        “貧乏世帯(じょたい)のつじつま合わせ”
3 溶接の受難
        バカにできない“素人の直感”
        日本周辺の特殊事情を考慮しなかった
        兵装は現状のままで
        溶接が目の敵に
        溶接制限措置
        基礎的、総合的研究が遅れていた日本
        溶接推進派の不満
        冷たい溶接?

第5章 戦艦「大和」建造計画

1 超弩級(ちょうどきゅう)戦艦建造計画
        きな臭い時代に
        「大和」計画の背景
        「他国の追随をゆるさぬ卓越した戦艦を」
        「5年のリード」
        46センチ砲の威力
        「大和」の概案まとまる
2 ドイツの先進性
        溶接研究の継続
        防御面での溶接の効用
        溶接に適した鋼材を求めて
        工場見学の禁止
        溶接棒の違い
        造船機械工業の裾野の広さ
        日独の技術水準の違いを痛感
3 主機をめぐって
        タービンとディーゼル併用の効用
        海軍でのディーゼル導入の歴史
        「4基ともタービンにすべき」
        決定変更の背景
        設備はドイツが頼り
4 大艦か、航空機か
        目覚ましい航空機の発達
        巨大戦艦は“床の間の置物”
        海軍総体としては大艦巨砲主義
        「日露戦争のときのセンスそのまま」
        日米の認識の差

第6章 建造準備は着々と

1 全面戦争に
        1年3ヵ月ぶりの団欒(だんらん)
        日中戦争突入とともに
        戦争一色の中で
        “③計画”予算をめぐる攻防
        鯛の養殖場に鯨
        造船官を悩ます予算と工数
        緻密ゆえにトン当たりの単価が高く
        損な役まわり
        過去の施策を生かす
        「大和」建造のスケジュール
2 建造設備の登場
        ずんぐり形の「大和」
        「大和」の防御思想
        甲鉄は一層か二層か
        水中弾、起爆魚雷対策
        「大和」の弱点
        能率アップにつながるならなんでも
        気が抜けない重量管理
        甲鉄技術の修得
        「矛盾」を克服するために
        船殻内業加工もすべて廠内で
        能率的配置がえ
3 設計と機密保持
        「設計の牧野、現場の西島」
        徹底をきわめた機密保持
        軍機をめぐる悲喜劇
        突然の主機変更
        基本設計の仕上げ作業
        正式訓令下る

第7章 前代未聞の複雑な巨大戦艦

1 能率曲線と早期艤装
        あっけない起工式
        船殻工場の作業
        甲鉄の遅れ
        要求される緻密な仕事
        工数統制の徹底化
        能率曲線の導入
        こわいけど、話のわかる主任
        優秀な工員たち
        早期艤装の本格導入
2 残工事との戦い
        工事忘れのチェック
        鋲打ちが命
        青天井の二重底検査
        延々と続く検査
        毒ガス対策の気密試験
        空母「信濃(しなの)」の沈没
        艦内に案内標識
3 “世界一”の甲鉄
        “軍機”も山から丸見え
        隠せば隠すほど人の噂に
        姿を現わした恐竜
        逃げの廃止
        厚さ410ミリの甲鉄
        世界一の甲鉄の効果は?
        設計者の反省

参考文献一覧


「戦艦大和」という文字が目立つ本なので、戦艦大和の事しか書かれていない本かと思ったらそうではなかった。
海軍造船官の西島という人の活躍ぶりが主となっている。
造船官が、どういう仕事をしてきたのか・・・
どういう苦労を重ねてきて、戦艦大和の建造までに漕ぎ付けたのかが書かれている。
そういう意味では「戦艦大和の誕生」という題名は間違っていない。
この西島という造船官の活躍がなかったら、当時の造船技術や生産能力では戦艦大和は完成しなかったのではないだろうか?
当時の日本の工業技術や造船官という仕事がよくわかる本である。


今年の読書:22冊目



読書 | 22:09:51 | Comments(0)
『私論連合艦隊の生涯』


序論 二人の提督の死

第1部 揺籃の記

第1章 日清戦争
       薩摩の海軍
       豊島沖海戦の余波
       「定遠」いまだ沈まず
       戦訓・黄海海戦
       水雷戦の幕開け
第2章 権兵衛大臣
       六六艦隊構想
       司令長官の更迭
       ロシア太平洋艦隊
       旅順口閉塞作戦
       見えざる敵
第3章 バルチック艦隊
       朝鮮海峡の霧
       蔚山沖の雪辱戦
       東郷平八郎の断言
       ロジェストウェンスキーという男
       遠征部隊の行方
       丁字戦法は天祐か
       戦訓・日本海海戦

第2部 輾転の記

第4章 軍縮と仮想敵アメリカ
       ド級艦誕生と八八艦隊
       ワシントン会議と二人の加藤
       対米漸減作戦
       軍政と軍令の確執
       六割比率の意義
第5章 統帥権問題
       内憂外患の海軍
       干犯事件の布石
       天皇の平和への意志
       戦艦か飛行機か
       列強の巨艦計画
       衝撃、渡洋爆撃

第3部 終焉の記

第6章 連合艦隊の奔騰
       山本五十六登場
       真珠湾攻撃の謎
       戦訓・マレー沖海戦
       米豪分断作戦
       戦訓・ミッドウェー海戦
第7章 連合艦隊の蹉跌
       猛将の本領発揮
       戦訓・南太平洋海戦
       戦艦二隻喪失
       山本長官の死の周辺
       米軍反攻と連合艦隊再建
       戦訓・マリアナ沖海戦
第8章 混迷の海
       大艦巨砲の幕引き
       栗田と宇垣の胸中
       『ヤキ1カ』電を究明する
       戦訓・レイテ沖海戦
       連合艦隊の終焉

「文庫版のあとがき」に代えて
          高城 肇

付 海軍主要人事表


本書の副題は「興隆と滅亡の軌跡」である。
明治の日清・日露戦争から太平洋戦争で壊滅するまでの連合艦隊についての話・・・
「私論」と断っているが、奇をてらったような話ではなく、まっとうなお話である。
豊田穣さんの本は、いつも安心して読めるので私は好きなのだが、氏は平成6年にお亡くなりになってしまった。
本当に残念である。
レイテ沖海戦の「謎の反転」については、予備知識がないと、ちょっと分かりづらいかもしれないが・・・
この「ヤキ1カ」の電報にかなり迫っていることに驚いた。
さすがは豊田さんだと、改めて氏の見識の高さに感心した。


今年の読書:21冊目



読書 | 09:55:21 | Comments(0)
「もう少し若かったら・・・」って?(大汗)
先日、別府の〝ヤスダさん”から封書が届いた。
彼女は病院に入院中なのだが、その病院の大型封筒が届いたので驚いた。
何事?・・・まさか・・・である。(大汗)

中味は古びたノート・・・
地元の大分新聞では、昔、園芸の連載をしていたらしい。
その記事の切り抜きが貼ってあり、さらに〝ヤスダさん”の手で多くの書き込みが・・・
草花や庭木の手入れのコツなどが書かれた、古いボロボロのノートだった。

拙者は、何の知識もなく(勉強しようとも思っていないので仕方がないが・・・)適当に庭木を剪定したり花を植えたりして楽しんでいる。
たまたま我が家にある庭木や草花のことについても書かれていたので、参考になる。

で・・・先日、お返事を差し上げた。
この新型コロナウイルスのおかげで花見にも行けないだろうから・・・・
我が家の近くの児童公園の桜の写真や、我が家の庭の草花の写真を見てもらって、少しは入院生活が快適になればいいなと思ったのである。

003_convert_20200511174355.jpg(公園の桜)

で・・・今日、〝ヤスダさん”からお電話が・・・(驚)
病院から看護婦さんにかけてもらったらしい・・・(苦笑)
お話によると、地元紙に桜の花の写真がたくさん掲載されているので、それを見て楽しんでいるから心配無用とのこと。
あらら・・・(汗)
拙者の庭には何も植わっていなくて殺風景でしょうから、花でも植えたら?・・・ということでノートを送って来たそうだ。
え?・・・拙者は昔から花を植えるのが好きだって話しておいたはずなんですけど・・・(大汗)
ボケちゃった?(笑)
〝ヤスダさん”は今年の5月で98歳になるお婆ちゃん・・・
「お互いに花が好きなんて気が合いますねぇ~」とおっしゃる。
で・・・
「私がもう少し若かったら、あなたと結婚したのにねぇ~」とおっしゃる。(唖然)
もう少し?・・・う~ん・・・もう少しではなく、かなり・・・でしょ?(大笑)
50歳くらい年が若かったら、なんとか釣り合いが取れるとは思いますが・・・(大笑)
妥協して譲っても40歳だな・・・
いずれにせよ「もう少し」という年数ではないと思いますが・・・と言って、二人で大笑い。

日記 | 20:07:26 | Comments(0)
『飛行隊長が語る勝者の条件』


太平洋戦争・主要海空戦年表

真の勇者
 攻撃406飛行隊長・壹岐春記少佐の証言
   中国大陸への爆撃行
   開戦前の猛訓練
   英戦艦「レパレス」を雷撃
   マリアナ方面で索敵任務
   銀河でレイテ沖海戦参加
   “弱虫”は飛ばされる!

鶴翼の陣
 空母「瑞鶴」飛行隊長・高橋定少佐の証言
   緒戦は比島で戡定作戦協力
   「突撃」下令後の被弾、漂流
   士気高揚が目的のの「い」号作戦!?
   横空隊長で反跳爆撃法を指導
   奇計、射出機による攻撃

稀少の人
 空母「蒼龍」艦攻分隊長・阿部平次郎少佐の証言
   5発投弾で2発命中
   真珠湾第二次攻撃について
   予感したミッドウェーの敗北
   機種別の搭乗員気質

損失ゼロの奇跡
 202空飛行隊長・鈴木實中佐の証言
   大分空から202空へ
   3回に及ぶ圧倒的連勝記録
   中国戦線で二度の感状授与
   飛行隊長の役割

集中と分散
 空技廠飛行実験部部員・高岡迪中佐の証言
   3種類の“恐さ”
   液冷エンジンの彗星と誉の銀河
   珍しい性能実験
   空技廠と横空の役割のちがい
   ジェット機「橘花」のテスト
   支那事変では金鵄勲章受章

秘めたる闘志
 重巡「熊野」飛行長・高木清次郎少佐の証言
   スラバヤ沖海戦の“痛快”
   ミッドウェー海戦余話
   水偵の射出と揚収
   水上機から陸上機へ

見敵必墜
 空母「翔鶴」戦闘機分隊長・山本重久少佐の証言
   トリンコマリー攻撃で初撃墜
   激戦のサンゴ海海戦
   菅野直も教えた大分空教官時代
   空技廠の戦闘機乙部員
   紫電改で本土防空戦

忘れえぬ空戦
 851空飛行隊長・日辻常雄少佐の証言
   初陣は九四式水偵で大陸へ
   開戦早々の飛行艇による雷爆撃
   B17との死闘
   電探索敵成功第1号
   二式大艇のポーポイズ実験
   四国の詫間に集結した飛行艇隊

ラバウル籠城
 958空分隊長・小野英夫少佐の証言
   珍しい経歴の“将校”
   南支作戦の失敗談
   長い応召暮らし
   予備から現役の海軍大尉へ
   ラバウルでの戦闘

40日間無飛行
 652空飛行隊長・阿部善次少佐の証言
   真珠湾の戦艦に命中
   爆撃したのはアリゾナ?
   ダッチハーバー攻撃と艦爆使用
   652空飛行隊長へ転出
   不本意なマリアナ沖海戦
   終戦までロタ島籠城
   アウトレンジ戦法批判

一大海空戦
 空母「飛龍」艦攻分隊長・松村平太少佐の証言
   異常に長い「飛龍」勤務の理由
   「ウエストバージニア」に魚雷を放つ
   真珠湾攻撃の事前訓練の実態
   「瑞鶴」飛行隊長としての戦闘

戦う青年士官
 攻撃401飛行隊長・安藤信雄少佐の証言
   緒戦のウェーキ島爆撃
   長時間の日施哨戒飛行
   ラバウルからのガ島攻撃
   銀河による比島・沖縄作戦

以て瞑すべし
 空母「瑞鳳」艦攻分隊長・田中一郎大尉の証言
   緒戦時の危うい着艦事故
   ミッドウェー海戦へ参加
   南太平洋海戦での第三次攻撃隊
   ホーネットに800キロ爆弾命中
   批判される「い」号作戦
   白菊特攻を指揮する

過誤の真相
 元山空分隊長・二階堂麓夫少佐の証言
   大陸での「102号作戦」
   マレー沖海戦のある真相
   駆逐艦爆撃で命中弾を得ず
   ボルネオのクチンへ進出
   サンゴ海海戦へ参加
   野中少佐の後任で神雷部隊へ

獅子奮迅
 戦闘301飛行隊長・香取穎男大尉の証言
   “母艦要員”へ
   マリアナ沖「大鳳」艦上での強運
   初陣で“2機撃墜”の戦果
   52型乙13ミリ機銃の威力
   横浜空襲のB29を墜とす

戦果と武運
 戦闘311飛行隊長・田淵幸輔大尉の証言
   射撃は下手だった?
   653空の分隊長に
   ルソン島アパリへ不時着
   B29を邀撃できず!
   5航艦の麾下に

部隊最古参
 偵察302飛行隊長・伊藤敦夫少佐の証言
   「瑞穂」と南方作戦
   「長門」飛行長で「あ」号作戦参加
   レイテ湾めざした「大和」艦橋で
   栗田艦隊を北転させた電報
   水爆「瑞雲」による沖縄作戦

あとがき 平成8年4月 雨倉孝之

文庫版のあとがき 平成11年9月 雨倉孝之


今年の読書:20冊目



読書 | 19:32:26 | Comments(0)
『航空テクノロジーの戦い』


はじめに

第1章 ふくれ上がる頭脳と技術の集団
          技術者たちの殿堂に朝が来て
          戦線の拡大に伴い最前線へ
          危険と隣り合わせの職場で
          ついに悲劇的な事故起こる
          真っ二つに折れた「銀河」

第2章 急速に悪化する戦局のはざまで
          名人芸だった技手・工長クラス
          大学新聞と「一本の手拭」
          多感な学徒が垣間見たもの

第3章 戦時動員者のリーダーとして
          軍隊調規制下での寮生活
          山中一郎技術中尉の体験
          “女の空技廠”―思い出と誇り

第4章 飛行機を作った少年たちの自負
          難関を突破し工員養成所へ
          最先端技術と取り組んだ日々

第5章 間一髪だった爆弾と魚雷の完成
          報われた材料部創設への努力
          徹甲爆弾に生きた選科学生制度
          きびしかった戦備の現実

第6章 繰り返された機体の強度試験
          新素材の採用と耐Gテスト
          極限の設計から生まれた零戦

第7章 急がれた空中分解の原因解明
          佐藤忠雄技師を班長として
          疲労とフラッターに関する研究

第8章 アメリカに立ち遅れた艤装技術
          表面化した日本機の弱点
          先覚者の貴重な分析結果
          防弾・防火のための応急措置

第9章 防御に欠かせないゴム技術の確立
          “発想の転換”が生んだ生産方法
          国産合成ゴム製造への試み

第10章 風防ガラス改善のための努力
          第一線部隊からの要望をうけて
          見直された防弾ガラスの重要性

第11章 バランス感覚を欠いた設計思想
          作戦を狂わせた不良部品
          量産を阻んだ精緻な構造

第12章 実戦に耐えるエンジンへの改良
          実習で感じた日米の格差
          エンジン新時代の幕開き
          研究の成果をいよいよ実戦に

第13章 戦闘機の運命を決定した選択
          高性能への期待だけが先走り
          「栄」を積んだ零戦の登場

第14章 代用鋼に苦しんだ「誉」の開発
          官民あげての総力体制
          完成後の度重なるトラブル
          社風の違いがもたらした影響

第15章 「アツタ」をめぐる生、そして死
          ドイツからの無理な技術導入
          増加した技術者たちの犠牲
          死をまぬがれぬ特殊任務へ

第16章 金属材の不足を補う苦肉の策
          再び注目された木製の機体
          ロマンチックな愛称の飛行機
          量産にはうってつけの工場

第17章 「プラスチック」黎明期の人々
          活躍の場を与えた太っ腹海軍
          現在も残る貴重なモニュメント
          木製化技術をバットに応用

第18章 ばねが取りもった48年の縁
          小さな部品に現われた技術力の差
          戦後に知ったばね疲労の解決策

第19章 逆境の中から出発して得た栄光
          復興に役立った空技廠での研究
          海軍への偏見はやがて賞賛に
          新幹線の給電システムを開発

第20章 「人材養成」の場としての役割
          研究を育んだリベラルな環境
          軍人となることを好まず
          戦後へ残した多大な遺産

文庫版のあとがき

人名索引一覧


本書は単行本『海軍技術者たちの太平洋戦争』の文庫版化したものである。
私は文系の人間なので、こういう理数系のことは、さっぱりわからないのだが・・・
そういう人間でも、ついつい引き込まれてしまう面白さがあった。


今年の読書:19冊目



読書 | 14:38:18 | Comments(0)
『児玉誉士夫 巨魁の昭和史』


プロローグ

 河野訪ソの大壮行会
 児玉は政治プロデューサー
 本書が基づいている資料

第1章 「鉄砲玉」変身す
―国粋主義青年からインテリジェンス工作員へ(戦前期)

 児玉の生い立ち
 若きプロパガンディスト
 「鉄砲玉」からインテリジェンス工作員へ脱皮
 10月クーデターに失敗
 インテリジェンス工作員として再び中国へ
 汪兆銘の護衛と三井コネクション
 知られざる児玉と昭和通商との関係
 辻政信とともに南京を追われる

第2章 大陸で得たものは何か
―インテリジェンス工作員から児玉機関長へ(戦中期)

 海軍航空本部とどう結びついたのか
 児玉誉士夫は物々交換で物資調達した
 児玉機関はインテリジェンス機関だった
 児玉はレアメタル鉱山王だった
 児玉は略奪や残虐行為に手を染めていたか
 児玉は不正蓄財をしていたか
 児玉の政治工作
 水田は誰に殺されたのか

第3章 巣鴨プリズンでの証言
―特務機関長からGHQの協力者へ(占領前期)

 児玉は戦争犯罪容疑者指定に不満だった
 政治プロデューサーになった契機
 阿片コネクションで釈放に待ったがかかった
 暴かれた児玉と昭和通商の関係
 児玉はヘロインの買い付けをしていた
 児玉と里見の関係
 今度は右翼団体調査のために釈放見送り
 今度はタングステンとB・C級戦犯容疑
 児玉機関の資産目録
 児玉機関の資産は7000万円だった
 児玉機関の資産はどこへいったのか

第4章 辻政信と台湾義勇軍
―GHQの協力者からG-2秘密工作員へ(占領後期)

 児玉はGHQと取引して釈放されたのか
 児玉と辻と「台湾義勇軍」
 根本の密航の手引きをしたのは「台湾独立連盟」だった
 「台湾義勇軍」は「有末機関」が担当した
 謎のOSI局員「フランク」
 GHQは密輸を黙認していた

第5章 「CIAスパイ説」の真相
―G-2秘密工作員からCIAの協力者へ(吉田政権期)

 「台湾義勇軍」とタングステン密輸
 朝鮮戦争後におきたインテリジェンス機関の再編
 辻政信をリクルートしたOSI
 W作戦は心理戦だった
 ドゥーマンとは何者か
 かくしてドゥーマンと児玉は結びついた
 児玉はドゥーマンのW作戦に巻き込まれた
 タングステンの買い付けにやくざを動員
 W作戦が生んだ巨額の利益
 ドゥーマンの三つの心理戦プロジェクト
 CIAと児玉の同床異夢
 辻と児玉の吉田暗殺・クーデター計画
 W作戦の破綻
 ドゥーマンの破綻処理
 篠田竜夫がスケープゴートにされた
 ドゥーマン、CIAと決裂

第6章 政界工作と鳩山一郎総理の誕生
―CIA協力者から政治プロデューサーへ(保守合同期)

 自らのイニシアティヴで日本政治をプロデュースし始めた
 児玉の政界工作のツール、保全経済会
 日本テレビと保全経済会
 保全経済会疑獄へ発展
 児玉、広川離反をお膳立て
 相手の弱みを握るために賄賂を渡した
 児玉に保全経済会事件のもみ消しを依頼
 吉田政権崩壊して鳩山政権成立
 鳩山総理大臣の「自主防衛」演説
 児玉にとっての鳩山政権成立の意味
 鳩山を見捨て緒方に乗り換える
 緒方急浮上の背景
 鳩山は「自主防衛」より日ソ国交回復をとった
 小豆相場操作で保守合同の資金調達
 ジャパン・ロビーが選んだ次期首相
 保守合同の舞台裏
 CIAは緒方を担いだ

第7章 戦闘機選定でみせた「腕力」
―政治プロデューサーからロッキード社秘密顧問へ(岸政権期)

 派閥連衡と金権政治
 児玉は岸のファンだった
 保守合同後の児玉の政治目標
 ロッキード・グラマン事件で児玉と岸が激突
 児玉はこの事件をどう見ていたのか
 大西人脈を通して航空自衛隊に浸透
 グラマンとカーン、川部
 児玉のロッキード社支持はコンサルタント契約前だった
 ロッキード社のグラマン内定取り消し工作
 国防会議決定の前日にCIA特殊グループ発足
 河野はCIA資金をもらったか
 岸政権支援の秘密資金は二種類あった
 なぜCIAは岸を援助したのか
 第五福竜丸事件がアメリカを安保改定に向かわせた
 パートナーとして選ばれたのは岸
 岸ならば核密約を結べる
 戦闘機を売って日本の軍備強化
 児玉の岸へのいやがらせ
 グラマンからロッキードへ逆転決定
 誰がいくら手にしたのか
 CIAは賄賂工作をオーケストレーションしていた
 自民党に賄賂を贈るのはアメリカの国益にかなう

第8章 掌中の玉は河野一郎か、岸信介か
―ロッキード社秘密顧問から安保改定の黒子へ(安保改定期)

 光琳の間の誓約
 児玉は岸とグルになっていた
 なぜ児玉は岸を助けたのか
 なぜ安保は改定しなければならないのか
 岸政権崩壊の危機
 児玉は岸のために工作した
 児玉の大野・河野を見る冷たい視線
 民主社会党の結党と河野の反乱
 死を覚悟した岸と佐藤
 岸暗殺未遂事件
 児玉が岸を暗殺する動機はない
 河野の新党結成騒ぎ
 渡邉恒雄は中曾根の工作員

第9章 外交交渉と利権のはざまで
―安保改定の黒子から日韓国交正常化の立役者へ(池田政権期)

 朴正熙革命政権に手を差し伸べた児玉と木下産商
 児玉誉士夫の木下産商との関係
 金・大平メモと児玉
 児玉と町井の韓国利権
 反共産主義のための日韓国交正常化
 CIAは児玉の国費招待を拒否

第10章 角栄、小佐野との接点は?
―政治プロデューサーから政治ブローカーへ(佐藤政権期)

 児玉のコンサルタント契約と中曾根の自主防衛論
 児玉は日本を売ったのか
 児玉と小佐野の結びつき
 佐藤政権から田中政権へ
 「日米関係構造汚職」
 優等生がまっさきに危機に陥った
 児玉の工作資金は政府緊急融資保証からでた

第11章 6億円領収書の謎
―政治ブローカーから背徳的フィクサーへ(田中政権期)

 児玉と中曾根の力技
 日米共同開発から輸入へ突然切り替わった
 田中と中曾根は武器輸入で同意したのか
 P3C導入に道を開いた「武器輸入」
 コーチャンは「割り当て」に異を唱えた
 児玉と中曾根は小佐野抜きで「割り当て」を逆転した
 児玉と中曾根は何を工作したのか
 6億円はニクソンに還流したのか
 73年以降の児玉の工作
 CIAはマネーロンダリングをしていた
 片山はCIAとつながっていた
 児玉領収書は偽造

第12章 明暗を分けた「ロッキード」の終わり
―背徳的フィクサーとして死す(「角影」政権期)

 児玉の転落
 中曾根はアメリカ大使館にもみ消しを要請した
 どうやって児玉は偽患者になったのか
 ロッキード事件はウォーターゲート事件から始った
 コーチャンは高をくくっていた、が、準備していた
 ロッキード社のもみ消し工作
 CIAの刺客
 三木はCIAコネクションを隠蔽した
 CIAは三木に口止めした
 児玉隠しはP3C隠し
 児玉ルートは闇へ
 児玉の10億円は「所得」か
 幕引き工作
 三木政権の危機が中曾根・児玉隠しに結びついた
 総選挙、そして児玉ルート捜査打ち切りへ
 中曾根と児玉の弁明
 追い詰められていく児玉
 福田尋問調書とコーチャン尋問調書
 中曾根の怪気炎
 そしてP3Cは輸入された
 児玉裁判の陰で進められていた日米同盟
 結局アメリカはすべて手に入れた
 敗北と勝利、そして死

エピローグ
 児玉への挽歌

主な引用・参考文献

あとがき


今年の読書:18冊目



読書 | 17:20:39 | Comments(0)
薬をもらいに病院へ行ったら・・・
現在服用中の「血圧を下げる薬」と「中性脂肪を減らす薬」が、あと3日で切れる・・・
というわけで・・・本日、薬をもらうために病院に行くことにした。

事前に病院(クリニック)に電話を入れて用件を伝えたところ・・・
現在、風邪の症状等のある人と、そうではない人の診療時間を分けているとのこと。
薬だけならば、今からなら間に合うからというので、急いで出かけた。

クリニックに到着して、車から降りたら、ちょうど医者が建物から出てきたところだった。
「ちょっと、外で待っていてください。すぐに受付の女の子が来ますから・・・」という。
まもなく受付の女の子が来たので、駐車場で診察券と保険証を渡し、車内で待機・・・
まもなく医者がやって来た・・・
車から降りたら・・・「そのまま車の中にいていいです。座ったままで・・・」と言う。
結局、駐車場で問診である。
今のところ変わりがなければ、このまま薬を飲んでいてくれとのこと。
前回も、この新型コロナウイルスの騒ぎは大きくなるだろうということで、多めに薬を出してくれた。
「ちょうど感染が広がったころに病院に来るのは嫌でしょうから・・・」と言うので、さすがは先読みが出来てるお医者さんだなと思っていたが・・・
今回は、更に多めに薬を出してくれるという。
「このあと2ヶ月くらいで収まるとは思えないので・・・」と言う。
拙者も同感である。
6月頃に収まるとは到底考えられない・・・
政治家や役人が出す「終息宣言」はどこまで信用できるか・・・
仮に来月の5月や、6月に出たとしても、それは経済へのダメージを配慮して・・・ということで、本当の意味での「終息」とは違うのであるまいか?
実体としての「終息」は、もっと先になるのではないかと思うのである。
その辺りの“読み”も拙者と同じなので・・・
こういう配慮は助かる。

一応、2月に受けた集団検診の結果が出ているので、それを持参してきた。
「ご参考にしていただければ・・・ということで・・・」と医者に渡し、コピーを取ってもらう。
この騒ぎの中、血液検査なんかをしているどころではあるまい。
2月の集団検診での血液検査の結果を参考にしてもらおうと思う。

待合室での患者さん同士の感染リスクを考えたら、駐車場での“診察”は正しいだろうと思う。
クリニックの場合、個人病院だから医者が感染してダウンしたら閉院となってしまう。
医療従事者は“最後の砦”であるから、何としても医者や看護師への感染を防がねばなるまい。
こういうやり方はいい・・・

そういう中、慶応大学病院の研修医が、この時期に会食(懇親会?合コン?)をして集団感染したという。(唖然)
“わかっちゃいるけど、やめられない”のクチだったのだろうが・・・
こういうチャラい医者に自分の命を預けたくはないよなぁ~
病院側も厚労省も世間も「許されない行為です」と言いながら、許しちゃうんだろうなぁ~(大汗)
基本的には、モラルの問題だから、モラルがない人は、こういう職業には就かないほうがいいと思いますけど・・・
医師免許を取得できるくらい頭がいいとしても、医者という職業には向いていないのではあるまいか?

その点、拙者が通っているクリニックの、この先生は大したものだと思う。
初診の時、受付の女の子から「うちの先生は薬の服用に関しては非常にうるさい人なので、薬が無くなってから来るというようなことは絶対しないでください」と言われ驚いたが・・・(笑)
前回も「いつ、今の薬より軽い薬を処方するか・・・そのタイミングを見るために採血して確認をしているんだ」と言っていたが、さすが、そういう考え方をする人はやることも違うなぁと今回改めて感心した。

夜、拙者がこのところ“ご無沙汰”しているので、生きているかどうか心配して友人の“ウメちゃん”が電話をくれた。(喜)
いつも1週間に一回くらいのペースで2時間ほど会っておしゃべりをするのだが・・・・
この時期は万が一を想定して会わないほうが良いと思い“ご無沙汰”していたのである。
が・・・死んでいると思われたか?(大笑)
新型コロナの症状は出ていないが、もしかして既に拙者は感染しているかもしれないし・・・(汗)
極力、人に会うのは避けたほうが良いだろう。
で・・・携帯電話のバッテリーの残量を気にしながらオシャベリ・・・(大笑)

先日、彼が検査のために行った病院の話・・・
(この時期に不要不急の検査をしに病院に行くのは、いかがなものかと思うが・・・)(苦笑)
通院患者や検査のために来院した患者がごった返した状態で、院内感染をしてもおかしくはないような状態だったという。
拙者も、その病院には、ずいぶん昔に行ったことがあるが・・・
医者の態度が気に入らなかったので、治療途中で行くのをやめた病院である。(苦笑)
あ~あの先生なら、そうだろうねぇ~・・・・である。
医者にもいろいろな人がいる。
今回の新型コロナの騒ぎ・・・医者選びのいい試金石になっているかもしれない。

日記 | 20:28:19 | Comments(0)
軍馬の慰霊祭を欠席する
今日は恒例の靖国神社の“戦没馬慰霊祭”である。
が・・・・
さすがに、今年は参列するのは止めよう・・・(大汗)
慰霊祭後の直会は中止とするとの連絡を偕行社から届いていたが、慰霊祭自体は中止はしないようである。
軍馬の像の前で行う屋外の慰霊祭なので、“3密”にはならないからなのだろうが・・・・
拙者の場合、移動が心配・・・・
当然マスクは着用するが、長時間、特急列車に乗って上京しなくちゃならないからなぁ~
上京途中、もしくは都内で何らかの拍子に感染したら最悪である。(大汗)

この間までは、それほど気にならないでいたが・・・
そろそろ感染症も蔓延してるんじゃあるまいか?(汗)
なにせ潜伏期間が2週間もあるというのだから、今現在症状が出ていなくても2週間後に症状が出るという〝潜在的感染者”が、あっちこっちにいるのではあるまいか?
いや、すでに拙者は感染している〝保菌者”になっているかもしれないし・・・
下手に慰霊祭に参列して他人にうつしたら申し訳ない。(大汗)
特に拙者には〝大役”は与えられていないのだから、無理して参列する必要はない。
“不要不急”と言われれば“不要不急”なのである。(苦笑)
ここは大人しく自宅にいた方がよかろう。
そういう気がする・・・
ここは自分の勘を信じたほうが良い。

ということで欠席することにした。

日記 | 16:44:11 | Comments(0)
日記帳(ダイアリー)を買う
どうも、このところ益々記憶力が衰えてきた。(苦笑)
一日を終え・・・さて、今日は何をしたのだろうかと思うのだが、思い出せない。(大汗)
こうなると、昨日、一昨日なんて全く記憶が蘇らない。(大汗)
いくら記憶力が悪いと言っても、3日ぐらいは覚えていて良さそうなものなのだが・・・

銀行に行ってきたんだよな?
いつだっけ?
今日?・・・いや、違うな・・・昨日?
いや・・・一昨日かも・・・(大汗)
銀行に行ったことは覚えているが、いつ行ったのかが思い出せない。(大汗)
最悪である!(涙)
これでは、何かしらの事件に巻き込まれても自分のアリバイを立証できないぞ・・・(大笑)

新型コロナウイルスの潜伏期間は2週間だという。
もし、拙者が感染し発症したとして、「この2週間の間、どこに行きましたか?誰に会いましたか?」などと尋ねられても思い出せそうにない。(大汗)
マズイだろうなぁ~・・・これ・・・(大汗)

ベッドの中で、そんなことを思いながら寝ているのだが・・・
普通の人ならば、こういうことを考え始めたら寝られなくなるのだろう。
が・・・拙者は“普通”ではない・・・(大笑)
こういうことを考えているうちに、いつの間にか、寝てしまうのである!(笑)
なんと寝つきが良いというか、何というか・・・幸せな男である。

しかし、昨日や一昨日の出来事が思い出せないというのは、ちょっと面白くない・・・
ということで、日記帳を買いに出かけることにした。
普通、日記帳というものは1月1日から書き始めるものだろうが・・・(苦笑)
“思い立ったが吉日”である。
今からでも遅くはあるまいと思い買いに出かけた。

と・・・種類も量も少なくなっているが、あるものなんだねぇ~
驚いたことに、「4月始まり」という日記帳(ダイアリー)があるのである!



ダイアリーとは1月からスタートするものだとばかり思っていたが、4月というのもあるんだ・・・
新年度・・・ということで考えれば、そういうものがあってもいいよな。
一応、スケジュール帳なのだろうが、十分、日記帳として使える書き込みスペースがあるので、即、購入する。

で・・・問題は・・・
何日、日記をつけることができるか・・・である。(苦笑)
三日坊主で終わりそうな気がしないでもないが・・・(大笑)
とにかく、日記をつけねば・・・と思うことで、少しは記憶力が良くなってくれることを期待する。(大笑)

日記 | 16:14:07 | Comments(0)
『天皇を救った男 笠井重治』


はじめに

第1章 1本の電話

不穏な直感
慰めの報酬
ルーズベルト大統領の「メッセージ」
天皇につながる男

第2章 事件の伏線

マンスフィールドの“暗喩”
「米国からの絶対の信頼」
富士川から太平洋へ
シカゴ大学雄弁最優秀弁論賞
潰えた楽観主義

第3章 天皇を救った密使

天皇制護持の功労者
「象徴」という表現
「どの日本人よりも古く、確かな友人」
「遺憾の意」の提言
フリーメーソン日本支部の設立
ウィロビーとの交流

第4章 ナゾの男を追って

岡田晃の推測
ナゾの男
周恩来からの手紙
二人の出会い
『裸女と白狼と大地と』

第5章 遺された日記

「笠井日記」の解読
周恩来からのメッセージ
米中接近を察知していた外交官
空白の3時間

第6章 遺されたメモ

オフレコ
米中国交回復の密使
再び空白の3時間
大地の「のろし」
最後のご奉仕
「外交政策は平和の手段である」
「バックチャネル」が抱え込んだ歴史の真相

後書きに代えての付記
  政界往来について
  笠井重治の憲兵隊拘束の日時について
  笠井の戦前における米国での立ち位置について
  ウィロビーと笠井との関係について
  川井龍夫こと卜兆凰という名前について
  沖野三について
  岸信介と笠井重治との関係について
  グラントについて
  外務省と笠井との関係について
  密使について
  密書について
  密書の蓋然性について

主要参考文献と謝辞


本書の主人公の名、「重治」は「しげはる」ではなく「じゅうじ」と読むらしい。
この人・・・あまり知られていない人だが、実は、すごい人らしい。
私がこの人の名を知ったのは、極東軍事裁判(東京裁判)で通訳をしていたということで知っていただけ。
どんな人なのかは知らなかったので、読んでみた。
東京裁判で天皇が戦犯として訴追されないように工作をしたことは知っていたが・・・・
それ以前の、日米開戦を回避するための工作でも動いていたとは知らなかった。
更には、戦後のニクソン米大統領の電撃訪中でも・・・
とにかく日米関係に影響力を与え、献身した人だったそうで、その“手柄”を誇ることもなく、とことん“黒子”に徹して、1985年にこの世を去った。
笠井は、1976年7月、独立200年を迎えた米国上下両院で、その功績を顕彰されている。
米国議会でその功績が顕彰された最初の外国人だそうだ。
日本では全く無名に近い人物だが、米国は彼の功績を高く評価している。
現在の日米関係の基礎を作った功績を評してのことらしい。
彼の活躍がなかったら、現在のような緊密かつ友好的な日米関係は作り上げることができなかっただろうと言われている。
やたらと手柄を誇りたがる人が多い中、こういう人もいたのかと感激した。
よくぞ、この方を“掘り起こし”てくださったと著者に感謝したい。


今年の読書:17冊目



読書 | 00:15:12 | Comments(0)