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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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マスクを郵送する!(笑)
東京に住む従妹とメールをしたら・・・
マスクの残りが僅かになり焦っていると言う。
ネットで探してみたが、恐ろしいほど高額だとのこと。
こういう時に稼ごうという人は、いくらでもいるわけで・・・
「ビジネスチャンス」だということなのだろう。

幸いにして、我が家にはマスクが結構な数、“備蓄”している。
今は亡き親父の介護のため、マスクを箱で買っておいたのである。(笑)
何の役にも立たぬ親父だったが、意外な時に役に立ったな・・・(大笑)
1箱60枚入りなので、そのうちの半分、30枚を急いで「郵パック」で送ってあげた。
30枚あれば、とりあえず1ヶ月はもつだろう。
これで、不安な思いをしながら満員通勤電車で通勤することはなくなるかな?(笑)
とりあえず、1ヶ月は安心かな?
あとは・・・1ヶ月後はどうなるか・・・であるが、それはその時に考えるしかあるまい。(苦笑)

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日記 | 19:40:30 | Comments(0)
『吉田茂の軍事顧問 辰巳栄一』


まえがき

序章 首相には「影の参謀」がいた

ワレ首相軍事顧問ニナレリ
  「軽武装」翻させた建言
遅すぎた「再軍備が必要」への転換
  直筆書簡「国防問題の現在ニ付深く責任を感し」
  詭弁を弄し続けた政治家
  【吉田と辰巳の「大磯会談」】

第1章 葉隠精神と破天荒の時代

窮乏にもめげない「尚武の気風」
  幼少・青年期を過ごした佐賀時代
  叔父から厳しく礼儀作法
  二里半の通学で鍛えた心身
喧嘩に明け暮れた陸士のころ
  陸軍士官学校へ進学
  中学出と幼年学校出の反目
放蕩で独立守備隊へ飛ばされる
  青春を謳歌した駐留の地、島根県浜田
  「二十一カ条要求」に吉田反対
  運命決めた日英同盟破棄
  乱行たたり、大陸へ
「恩賜の軍刀」と御乳人の出会い
  陸軍大学校へ進学、そして結婚
  結婚相手は陸軍先輩の義妹
  第三次山東出兵に従軍

第2章 情報戦争の渦の中へ

英国で過ごした苦難の十年
  陸軍を制御する力ありや
  生涯を決めた一本の電話
  英国で知った満州事変勃発
  軍の暴走許した「統帥権干犯」
英国情報が「事変」を変えた
  武官代理として陸軍武官室を取り仕切る
  英軍から受けた「好意」
  痛感した情報機関の必要性
  軍部批判の自由主義者
羽織袴でカーネル・イシハラ登場
  石原莞爾に日本軍の真意語らせる
  英国で持論を披露
  満州国の理想をよそに
  【石原莞爾の満蒙問題解決策】
武藤元帥の死と危険な予兆
  シベリア経由で満州国・新京に赴任
  溥儀に信頼された司令官
  血なまぐさい軍の派閥争い

第3章 吉田茂との運命的な出会い

鼻眼鏡と風の男と喧嘩太郎がいた
  ロンドンの駐在武官に抜擢
  吉田説得の密命を帯びて
  ロンドン・コネクション
辰巳発「微力、説得するを得ず」
  「ミイラ取りがミイラに」
  「英米を選ぶ」と吉田
  不調に終わった会談
「米国を敵にしない法」
  英国王室の歴史的スキャンダル
  「英米派」だった二人
  現実主義に立つ本間
  【米国を敵にしない七提言】
「謝罪」でなく「遺憾」と言え
  吉田の思惑を打ち砕く盧溝橋事件
  兵站無視の「拡大論」
  英国民を驚愕させた事件

第4章 英米派の孤独な戦い

「英米派の孤軍」奮闘す
  帰国命令、そして欧米課長へ
  耳を疑った人事発令
  陸軍内は「拡大派」圧倒
ベルリンへの密使たち
  日独伊三国同盟反対の孤独な戦い
  偽名と変装での渡独
  英に知られていた行動
「西部戦線異状あり」
  ベルギーから決死の脱出
  三度目の英国赴任
  「辰巳行方不明」の報道
「変事の才」チャーチル立つ
  駐英武官としてジョンブル魂をみた
  午餐会での駆け引き
  拍手で迎えられた英首相
英国民は「ロンドン抹殺」に耐えた
  「三国同盟で対英米関係悪化」の情勢判断
  ドイツびいきの松岡
  不撓不屈のジョンブル魂
「ドイツ軍は勝てず」の衝撃
  英国スピットファイアの逆襲
  外れた三国同盟の思惑
  火ぶたが切られた独ソ戦

第5章 風雲急を告げる日米“一触即発”

「日本は本気でやる気か」
  日本側は経済制裁を誰も予測せず
  「銃口」は南方へ
  主戦論高まる日本
机上演習「日米もし戦わば」
  「国防大学」の種が総力戦研究所に
  「PRDC」の秘密
  生かされなかった予測
対英米戦の賽は投げられた
  「独側に立つ」危険を電報で報告するが・・・・・
  「机上の空論」と一蹴
  「東京の判断」は逆
  【仮想内閣閣僚名簿(昭和十六年七月十二日組閣)】
吉田茂、寺崎太郎の戦いと挫折
  外務省内にはびこる枢軸派と“灰色組”
  少数だけでの対米交渉
  「日本は気がふれた」と英紙
断たれた絆―日本大使公邸に軟禁
  もっとも恐れていた戦略
  驚くほど寛容な英政府
  英首相、米参戦で勝利確信
手記にチャーチルへの畏敬記す
  危機にあって団結した英国の強さ
  辰巳の驚くべき分析力
  生かせなかった真珠湾攻撃

第6章 帝都防衛、学童疎開

東条に学童疎開を説得する
  迫り来る本土空襲を予測
  三年ぶりに東京の自宅へ
  大きかった翼賛議員の支援
学童四十万を救った男
  疎開と軍における女子活用を仕掛ける
  南方戦線での苦闘
  白洲の召集を“もみ消す”
サイパンの赴任取り消される
  ロンドン大空襲の経験買われ、帝都防衛を続行
  「内奏は済んだのか」
  日本軍守備隊の玉砕
終戦、死神が遠ざかる
  第三師団長に決まり中国大陸に渡る
  東京の東半分が焼失
  中国で聞いた終戦の詔勅

第7章 敗戦―占領軍がやってきた

勝者が敗者に降伏した
  中国戦線では敗北もせず、終戦の詔勅届く
  「中国共産軍を警戒せよ」
  一兵も残さず上海を出帆
「戦争で負けて外交で勝つ」
  中国大陸にあって武装解除を行う
  終戦前に逮捕された吉田
  天皇制を利用した米政府
天皇制“人質”に憲法迫る
  英文草案に驚愕と憂慮の色を示した吉田
  “無言な三等国”をつくれ
  一蹴された「松本案」
閣下モ偉クナレシモノ成リ
  米国への礼賛者が幅をきかせる
  組閣直前に追放された鳩山
  無力感に苛まれる日々
吉田は憲法を「条約」と考えた
  天皇制残すために戦争放棄受け入れ
  吉田にもちかけた憲法論議
  詭弁で切り抜けるしかない
首相の軍事顧問を拝命す
  ロンドン人脈の再結集
  疑心暗鬼で吉田邸を訪問
  「戦犯関係は問題にならぬ」
対ソ諜報網、極秘で立ち上げ
  中国国民党からの依頼
  本間元中将の霊前に報告
  諜報関係の旧軍幹部に接触
二度と米国に刃を向けさせるな
  「非軍事化」と「民主化」の徹底
  民間諜報局は日本のFBI
  白洲を評価したブラットン

第8章 鉄のカーテンが降ろされた

冷戦の開幕―共産党を歓迎しない
  戦後世界の転換点
  チャーチル熱弁
  GHQの方針急変
  破壊工作の疑い
極秘活動、二つの顔を持つ男
  G2直轄・情報機関の先頭切り奔走
  「イタバシ」発足
  元将校を主要幹部に
ニューディーラーを追い出せ
  GHQ内の対立、日本の政局に直結
  “要注意人物”と面会
  ついえたGSの策謀
帝国陸軍“復活”のまぼろし
  GHQの下に二つの世を忍ぶ秘密組織
  日本軍人を評価
  「憲法九条を改正せよ」
朝鮮戦争の勃発
  旧日本軍が米軍を助けた
  無視された「山口県情報」
  日本軍地図を活用
「東条軍閥の復活」を阻止せよ
  警察予備隊の創設・・・・・再軍備へ動く
  警察力の増強なら・・・・
  “曖昧な軍”の誕生
「君が制服組のトップになれ」
  警察予備隊“寄せ集め”の実態を憂慮
  「時代の大うそ」が始まった
  問題は大佐級の採用
半島は“日米同盟”初戦場だった
  仁川上陸作戦のアドバイスにまでからむ
  満潮時に上陸せよ
  「極秘でやってくれ」と吉田

第9章 吉田が目指した日本独立

元帥の誤算「中共軍の介入なし」
  大統領との対立によりマッカーサー解任
  朝鮮戦争が対日講和のテコ
  総退却となった米軍
多数講和で米国を引きつけよ
  吉田、国家治安省と保安部隊の構想を提示
  再軍備は独立まで行わず
  ダレスとの秘密交渉
「辰巳機関」が動き始める
  米国を活用して近代的な軍を創設
  「民主的軍隊」の始動
  「政府公認」でない仕事
影武者・辰巳に向かう圧力
  警察予備隊の編成進める中、米は増強求める
  ソ連軍の対日脅威高まる
  米軍要求を拒否した吉田
吉田打倒クーデターのまぼろし
  情報自体が内閣を揺さぶる政治的意図か
  旧軍への政府の牽制
  真の狙いは吉田への脅し

第10章 「歴史に消えた参謀」

総理の「007」をつくれ
  情報機関創設に動く吉田、辰巳は旧軍から人選
  吉田に呼ばれたキャノン
  内閣官房調査室の発足
吉田の対中「逆浸透」作戦
  辰巳、引き揚げ者利用の「最高機密計画」を推進
  「内調」とは別組織
  CIAとの共同作戦
「中央情報局」構想の挫折
  外務、内務の主導権争い
  野党とメディアの反発
  吉田の求心力低下などで辰巳の奔走は無駄に
老将は歴史に消え去るのみ
  憲法改正・再軍備・・・・時間がズレたまま二人は逝く
  吉田政権の終焉
  使い勝手のよいイデオロギー

終章 吉田ドクトリンを超えて

  「吉田ドクトリン」は二度死んだ
  辰巳栄一略歴

あとがき

参考文献

解説  中西輝政



今年の読書:11冊目



読書 | 20:42:30 | Comments(0)
集団検診に行く
今日は、法人会の集団検診に行く。
毎年恒例の“行事”であるが、新型コロナウイルスについては、どうなんだろう?
大丈夫だろうか?(苦笑)
とりあえず・・・マスクをしていれば大丈夫かな?(汗)

毎年2回、この検診があるのだが・・・
夏は一番暑い時期で、冬も一番寒い時期に開催されるのである。(汗)
夏の猛暑の中、前日の夜から水分を摂らないというのは、かなりキツイ・・・
健康診断のおかげで、脱水症状で体調を悪くするんじゃないだろうかと思うくらいである。
この検診の”リーダー”とは、毎年検診を受けているせいもあって顔なじみ・・・
「年2回ともキツイ時期にやるんですよねぇ~これじゃ受診者が減っていくのも無理はないですよね」と言ったら・・・
年間スケジュールで決まっているので、どうしてもこの時期になるのだと“リーダー”・・・
そういうことであれば、仕方がないか・・・(大汗)

今では、中性脂肪値が高いことと、血圧が高めということは、もうわかっているので・・・
なにも健康診断なんて受けなくても良いような気がするが・・・(笑)
検査をすればしたで、あちっも、こっちも、数値が悪く、拙者の体はボロボロだということを再確認するだけのことである。(大笑)
何も、カネを払ってまで再確認しなくても・・・という気もするが・・・
一応、常任理事なので、こういう行事には参加せねばなるまいということで検診を受けるだけの事である。(大笑)

尿酸値などは、何年も前から、かなり高い数値なのだが、なぜか痛風は発症しない。(大汗)
「痛風になってもおかしくない値なんだけどなぁ~」と医者は言うが、ならないものは仕方がない・・・(苦笑)
だから、薬でどうにかしようということはない。
「胆のう結石」「脂肪肝」も同様である。
毎回指摘されているが・・・結石は、どうしようもないし・・・
激痛が走ったら胆のう切除か?(汗)
それまでは放置・・・
脂肪肝も食事には気を遣っているつもりなのだが、全く効果なし。(大笑)
もしかして、体質なのか?(苦笑)

生来、拙者は病院が嫌いなのである。
病院に行くと病気をうつされる気がしてならないのである。
例えば、胃痛で病院へ行ったのに、待合室で他の患者から風邪をうつされたら堪らん・・・ということである。(大笑)

しかし、今回の検診・・・スタッフが若干、入れ替わったせいか、ちょっと雑になった・・・(汗)
特に、レントゲン・・・
信じられないほど雑である。
う~ん・・・それで正確な診断結果が出るかね?(汗)

こうなると、検診結果をどこまで信じてよいのやら・・・である。(苦笑)
まぁ、やらないよりは、やったほうがいいということで1年に1回くらいは受け続けてみるか・・・(笑)

日記 | 20:26:21 | Comments(0)
義公祠堂の碑
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「義公祠堂」碑

水戸市柵町三丁目のこの地はかつて水戸水戸藩家
老三木仁兵衛之次の邸にして義公と諡されし
水戸藩二代藩主徳川光圀卿の生誕されし処な
りその生母谷氏故あって之次およびその妻武
佐の庇護のもとに三百四十四年の昔なる寛永
五年六月十日太陽暦に換算して七月十一日義
公を生み給ひ卿はその後數年を此所にて過さ
れしなりここに之次の裔啓次郎この霊地に義
公の祠堂を建て徳川家より贈られし卿の尊像
を奉祀して景仰の誠を捧げりいささか由来を
記すものなり

昭和四十七年五月十六日
 伊勢神宮大宮司 徳川宗敬題字
 常磐神社宮司 鹿島則幸撰文

(碑文より)


【茨城県水戸市三の丸2丁目・「義公生誕の地」】


※碑文には「柵町3丁目」と書かれているが建っている場所は何故か「三の丸2丁目」である。

史跡 | 22:26:09 | Comments(0)
義公生誕の地
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水戸市指定文化財
義公生誕の地

水戸の生んだ不朽の傑人「水戸黄門光圀」(義公)は初代水戸藩主頼房(徳川家康の第11子)の第3子で寛永5年(1628)6月10日家老三木仁兵衛之次の邸に生まれた。
母は谷氏(靖定夫人)といい義公の生誕を前にこの屋敷に一粒の梅の実をまいた。
義公生誕とともに芽生え、成長とともに育ち、寛文7年(1667)義公40歳の春ここに賞花の宴を催し「朽残る老木の梅も此宿のはるにふたたびあうぞ嬉しき」と詠んだ。
歌に生母への思慕の情がうかがわれる。

水戸市教育委員会

(説明板より)


【茨城県水戸市三の丸2-2-29】



史跡 | 22:25:01 | Comments(0)
柵町坂下門
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柵町坂下門

柵町坂下門は、二の丸の南口にあたります。
この門をくぐって坂を上ると、二の丸に入る柵町門がありました。
二つの門の間に下乗(げじょう)札(ふだ)が、坂下門の外に下馬(げば)札(ふだ)が立っていました。
また大下馬という長屋があったともいわれています。
門は「高麗門(こうらいもん)」という様式で、2本の本柱(鏡柱)の後ろにそれぞれの控柱をもち、本柱と控柱の間にも屋根をのせるのが特長です。


下乗札:駕籠や輿から降りて入門することを指示する立札
下馬札:馬から降りて入門することを指示する立札

水戸市案内板


【茨城県水戸市三の丸2丁目】



史跡 | 22:21:44 | Comments(0)
杉山門
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杉山門

杉山門は、二の丸の北口にあたり、坂を下ると杉山通りに出ました。
門の内側には、敵の侵入を遅らせるため、土塁で枡形(ますがた)が形成されていました。
『水戸城実測図』によれば、門の規模は4間1尺といわれています。
この周辺は大きな杉林になっていました。
2代藩主徳川光圀が、紀州産の熊野杉を取り寄せて植えたと伝えられています。

水戸市案内板


【茨城県水戸市三の丸2丁目】



史跡 | 22:19:13 | Comments(0)
水戸城二の丸御殿跡
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水戸城二の丸御殿跡

水戸城二の丸には、藩の政務の中心施設である御殿が置かれた。
初代藩主徳川頼房による寛永の水戸城大整備(1625~1638)にあわせて建設された。
御殿の絵図面をみると、およそ50数間四方の平屋建てで、水戸城最大の建造物であったことがわかる。
平成22(2010)年の発掘調査で、御殿に伴う排水路などが発見され、御殿の遺構が地下に保存されている事が判明した。

水戸市案内板


【茨城県水戸市・県立水戸第三高等学校】



史跡 | 22:13:10 | Comments(0)
水戸城三階櫓跡
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水戸城三階櫓跡

三階櫓は、水戸藩の初代藩主である徳川頼房が、寛永年間に水戸城の大整備(1625~1638)を行った際に、二の丸の南崖近くに建てたもので、水戸城にとっては天守閣に匹敵する建造物である。
明和元(1764)年12月の火災で全焼したが、再建時に屋根を瓦葺きとし、鯱を飾った。
外観は三重だが内部は五階建てというこの美しい建造物を、水戸の人々は「三階櫓(さんがいろ)」と呼んで誇りとしていた。
明和5(1872)年、何者かによる放火で水戸城は火災に見舞われたが、三階櫓は焼失を免れた。
その後も長く水戸のシンボルであったが、昭和20(1945)年8月の水戸空襲で焼失した。

水戸市案内板


【茨城県水戸市・県立水戸第三高等学校】





史跡 | 21:34:43 | Comments(0)
彰考館跡
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彰考館跡

水戸第二代藩主義公 徳川光圀は修史の志をたてて、明暦3年(1657)に大日本史(402巻)の編集をはじめた。
寛文12年(1672)にその編集所を彰考館と名づけた。
彰考とは「歴史をはっきりさせて、これからの人の歩む道を考える。」という意味である。
当初は江戸小石川の藩邸内においたが、元禄11年(1698)に水戸城に移した。
彰考館は、この二中の敷地の一部に当たり、廃藩置県となった明治4年(1871)までの173年間ここにおかれた。
この編集には多くの学者が携わったが、なかでも■泊齋 安積覚、十竹 佐々宗淳、翠軒 立原萬、幽谷 藤田一正、天功 豊田亮、栗里 栗田寛などが有名である。
水戸藩の全精力を傾注したこの大事業は、250年の歳月を費やして、明治39年(1906)にようやく完成した。
由緒あるこの地に、その昔をしのび、これを建てる。

(碑文より)

日本遺産「近世日本の教育遺産群―学ぶ心・礼節の本源―」構成文化財
旧水戸彰考館跡

彰考館は、水戸藩第二代藩主徳川光圀が、わが国の歴史書である『大日本史』の編さん所として創設した史局である。
全国から学者を集めての『大日本史』編さんは、藩の一大事業となり、学問や教育に力を注ぐ水戸藩の伝統は、この時から始まったといえる。
彰考館は最初江戸に置かれていたが、光圀の隠居後、水戸城二の丸にも置かれ、幕末まで編さん事業が進められた。
明治維新後も『大日本史』の編さんは、徳川家の事業として継続され、偕楽園南隅へ移転した彰考館において、明治39(1906)年に完成した。

水戸市案内板


【茨城県水戸市・水戸市立第二中学校】



史跡 | 20:27:59 | Comments(0)
水戸城跡を歩く
セミナーを終え、水戸城跡に行く。
たしか・・・つい、最近、水戸城の大手門が復元されたはず。
それを見に行くことにした。
平成20年に一度、訪れたことがあったが、その時は、「大手門跡」があるだけ・・・
「大手橋」の先には何もなかった。

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以前は、自動車が通っていた道路が歩行者のみ通れるというように変わっていた。
そりゃそうか・・・この門を車などが潜るのは無理だろうな。
それにしても立派な門ができたものである。

全国各地のお城跡を旅していて、大手門があるお城跡がうらやましかった。
なにせ、我が茨城の水戸城には何も残っていなかったから・・・
う~ん・・・感無量である。

門を潜って向こう側に行ってみる。

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あらら・・・随分、大がかりに整備したんだぁ~
以前来た時は、こんなに綺麗じゃなかったぞ・・・(苦笑)

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「大日本史編纂之地」の碑も、以前は、学校の敷地の隅っこに建っていて、全く目立たなかったが・・・
今回の整備で”前面”に押し出したようである。(笑)
これで、水戸も他県並みの観光資源としての史跡の取り扱いが出来るようになったかな?
遅きに失している感は否めないが・・・(苦笑)

水戸城には「三階櫓」というのがあったそうで、天守閣代わりだったとか・・・
古写真を見ると、ずいぶん、粗末な小さな櫓のように見える。
これも復元されたら、少しは「城跡」としては恰好がつくかも・・・(苦笑)

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以前来た時は「杉山門跡」として何もなかったが・・・
復元したみたい・・・(苦笑)

このまま真直ぐ行くと、今は高校になっている本丸跡に行きつくが・・・
そこには行かず、坂を下って水戸駅方面に向かうことにした。

途中、「柵町坂下門」を見る。
ここを通ったのは初めてなので、さて・・・この門は以前からあったのかどうかは知らない。(苦笑)

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坂を下りきって、道路を渡り、向こう側に抜けると、小さな社がある。
「水戸黄門神社」という社で、ここが水戸光圀の生誕地だそうだ
初めて訪れたが・・・
あまりにも小さくてショボいのには驚いた。(大汗)
かの有名な水戸黄門の生誕地ですぞ・・・
資料館でも併設されていれば、少しは恰好がつくだろうが・・・(汗)
これ・・・水戸に来た観光客はガッカリするだろうなぁ~(苦笑)

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駅前を横切るメインの道路に出て見たら・・・
そこに小さな水戸黄門の銅像が・・・(汗)
生誕地への目印なのだろうが、小さい!(苦笑)

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いやぁ~何だろう・・・これ・・・(汗)
茨城県人は「控え目すぎる」くらい大人しい県民性なのだろうなぁ~(大笑)

“小旅行”を終え・・・電車に乗って、そのまま“おとなしく”帰宅する。(大笑)
やっぱり、拙者も典型的な茨城県人か?(大笑)

意外にも充実した一日を過ごした・・・

日記 | 17:21:09 | Comments(0)
税制セミナーに行く(苦笑)
今日は、茨城県法人会連合会主催の税制セミナーが開催される。
このコロナウイルスの騒ぎの中で・・・(汗)
まさか予定は中止になるのだろうと思っていたのだが、いつまで待っても中止の連絡はない・・・(大汗)
やるのか?(唖然)
「不要不急の外出は避けましょう」とか「会合に行くのは避けましょう」という、このご時世に・・・
やるのか?(大汗)

仕方がない・・・行くしかないな・・・(涙)

移動の電車の中ではマスクを着用して・・・水戸駅に到着!
会場となっているホテルでは、ホテルマンとお喋り・・・・
話題は「コロナウイルス」である。(苦笑)

開会20分前に会場に入る。
会場はガラガラ・・・(汗)
既に早々と陣取っていたのは我が法人会のメンバー(苦笑)
開会まで時間があるので会場担当のホテルマンとお喋り・・・(笑)
彼の話によると、やっぱりコロナウイルスのせいでキャンセル続出だそうで・・・(大汗)
各種会合が次々とキャンセルとなり大変な状態だという。
そういう中で、我が会は茨城県各地から“単位法人会”が集まるのだから、世の中の流れに逆らってないか?(苦笑)
茨城県ではまだコロナウイルスの感染者は出ていない。(・・・ということになっている・・・公式には・・・)(大汗)
どうだろ・・・我々が第1号になるというのは・・・(苦笑)
「法人会連合会の会合で感染しました!」という事になれば、カネをかけずに全国的に有名になれるぞぉ~(大笑)
で・・・感染場所は、このホテル!(笑)
「ホテルも広告宣伝費をかけずに有名になれるからいいでしょ?」と言ったら「勘弁してくださいよぉ~そんなことになったら、このホテル、潰れちゃいますよぉ~」とホテルマン・・・(大笑)
そうだよなぁ~・・・・ビクビクものだよなぁ~

開始5分前になっても、会場はガラガラ・・・・
あらら・・・もしかして、みなさん、ドタキャン?
真面目に来たのは、我々ぐらいなのか?(大汗)
・・・・・と、思っていたら、セミナーが始まってからパラパラと入室者が続き、そこそこ会場が埋まった。(唖然)
ただの遅刻である!(唖然)
それも別な意味で問題だと思いますけど・・・・(大汗)
少なくとも開始5分前には着座して待つのが講師への礼儀だと思いますが・・・
どういう神経しているんだろう・・・この人達・・・・
みなさん、会社の役員、経営者のはずなんだけど・・・(怒)

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セミナーのテーマは『財政・税制と社会保障を巡る課題』
講師は法政大学の小黒一正教授である。

内容は4つに分かれる・・・
①景気循環、②内閣府の中長期試算、③財政・社会保障の将来の見通し、④改革の哲学(税制・社会保障)である。
グラフと数値を駆使してのお話しなので、数字に弱い拙者としてはなかなか理解しづらい・・・(苦笑)
どうも「経済学」って苦手なんだよなぁ~(苦笑)
そもそも拙者は“数字”というのをあまり信用していない・・・(大笑)
数字は、ちょっといじればどうにでもなると思っている。
拙者は自分の“勘”を頼るような人間である。(大笑)
が・・・勘だけというのではどうしようもないから、何かしらの“数字”が必要になるのだろうが・・・
“分析”なんて言っているが、本当だろうか?(苦笑)
なんとなく“分析”しているつもりでいるだけではなかろうか?(大笑)
1995年から20年間の毎年の政府の成長率の予想の当たった確率は28%である。
つまり・・・3割程度しか景気予測は当っていないのである。
やたらと“数字”を駆使してはじいたのだろうが・・・
で・・・2029年の名目GDP成長率を1.1と予測しているんだから、ちょっと信じられない。
今までの平均が0.44だったのに?
急に1.1に上がるのか?
“期待”が“予測”にすり替わってしまっているのではなかろうか?(大汗)
現実には予測不可能なんだろうと思う・・・
大規模災害が起これば、当然、景気に影響を与えるわけだし・・・
その大規模災害を予測してはいないだろうからねぇ~(苦笑)

社会保障も同様で・・・
「社会保障給付費の見通し」も2040年度には、相当の額になる。
しかし、2018年度のGDPが564兆円の時に、給付費は121兆円だったが、2040年度の給付費は188~190兆円との見通しなのである。
その前提は、2040年度のGDPが790兆円となった場合なのである。(唖然)
2040年度に、GDPがそこまで上がるかね?(大汗)
この前提が崩れたら・・・どうなるんだろう?
またカネが足りないと言って消費税を上げるのかな?(汗)
2010年からの10年間で社会保障給付金は26兆円も増えているので・・・その調子、またはそれ以上の調子で増えたらどうなるんだろうか?(汗)

年金の支給額を減らすことになると・・・・貧困高齢者が増えるわけで・・・
う~ん・・・医療、介護、年金・・・社会保障はどうなるか・・・(汗)
数字だけで、どうこう言われてもサッパリわからないなぁ~(苦笑)

ただ、今回のようなコロナウイルスが蔓延したとして・・・・
肺炎にかかって死ぬのが中年以上の高齢者ばかりとなれば・・・
中年以上の高齢者が何万人、何十万人も死ねば・・・(苦笑)
「高齢化社会」の看板を返上できて社会保障は何とかなるかも・・・(大笑)
そうなると、コロナウイルスは財政破綻回避の救世主となるかも・・・(苦笑)
などと・・・余計なことを考えていたら、益々講義の内容がわからなくなってしまった・・・(大笑)

セミナー閉会後、一人で水戸城大手門へ行ってみることにした。(笑)



日記 | 15:02:09 | Comments(0)
『フェイクウェブ』


序章 現実社会を蝕むフェイクウェブ
 香港に消えた日本航空マネー ―2017年12月20日
 逮捕されたフェイクニュースサイト運営者 ―2018年11月14日
 芸者に届いたアマゾン詐欺メール ―2018年某月某日

第1章 蔓延するフェイクウェブの脅威
 日常にあふれるフェイクウェブ
 狙われるクレジットカードと仮想通貨
 インターネットの理想と現実
 進化するフィッシング攻撃に被害急増
 偽メールと振り込め詐欺
 誰もが被害者になりうる危険性
 装われる企業にはとばっちり?
 ダークウェブで手に入るサイバー攻撃ツール
 なぜパスワードを使いまわしてはいけないのか

第2章 企業版「振り込め詐欺」
 はじまりは一通のメールから
 50億円騙し取られた最高財務責任者
 攻撃者は全てを覗いている?
 サイバー攻撃者の優位性
 企業を襲うサイバーキルチェーン

第3章 欲望と騙し合いのフェイクウェブ
 出会い系の「送客」手配師
 進化し続ける偽「出会い系」の系譜
 情報商材コミュニティと「ローンチ砲」
 カシャカシャビジネスとアンケート詐欺
 ダークウェブの「クロサギ」

第4章 仮想通貨という魔窟
 詐欺師たちの祭典
 なぜ「GACKTコイン」に人は吸い寄せられたのか
 反社会的勢力の新たな資金源に
 〈クローバーコイン事件〉
 〈SENER事件〉
 〈テキシアジャパンホールディングス事件〉
 地方の若者も喰い物に
 仮想通貨とマネーロンダリング
 サイバー攻撃による相次ぐ巨額流出

第5章 フェイクニュースとネット広告の裏側
 意図的に作られたニュース
 ハイブリッド戦争とSNSによる「見えない支配」
 炎上した「WELQ」問題
 フェイクニュースで危うく稼ぐ面々
 「漫画村問題」が炙り出した広告主のリスク
 ネット広告を蝕むアドフラウド問題

終章 情報社会を生き抜くために
 情報リテラシーは時代とともに変わる
 〈フィルターバブルを理解する〉
 〈多くの人はタイトルしか読まない〉
 〈情報のサプライチェーンリスク〉
 〈情報を遮断する〉

あとがき



とにかく私はカタカナとアルファベットの横文字が苦手なので・・・
そういう言葉が、やたらと出てくると、思考停止となってしまうのである。(苦笑)
というわけで・・・本書も、わかったような、わからなかったような・・・・(苦笑)
とどのつまりは・・・ネットは危ないよ・・・ということかな?
「便利だ!便利だ!」と安易に手を出すと痛い目に遭うリスクが高まることは常識だろう。
ネット上の“書き込み”などを見ても、少し頭がおかしいんじゃないか?・・・という人も多く見かけるし・・・
そういう人間とは関わり合いたくはないが・・・
ネットは便利ではあるが、もろ刃の剣・・・生きにくくなったなぁ~と思う。(大汗)


今年の読書:10冊目



読書 | 23:35:08 | Comments(0)
『大東亜戦争は昭和50年4月30日に終結した』


プロローグ

第1章 大東亜戦争開始
(1)日本軍南方へ進攻!
(2)南方作戦
    (あ)タイへ進駐
    (い)マレー作戦の開始
    (う)次々と要所陥落
       A、シンガポール陥落
       B、マニラ陥落
       C、ビルマ(現ミャンマー)作戦
       D、蘭印(インドネシア)への進攻

第2章 中国大陸における終戦
(1)国民党軍との停戦
(2)国共内戦の狭間で
(3)中共軍との停戦
    (あ)中共空軍創設秘話・・・・・林飛行隊の残留
    (い)八路軍(人民解放軍)に投降
    (う)林彪将軍との会見
    (え)困難を極めた飛行機及び機材集め
    (お)中共空軍の人材巣立つ
       A、国共内戦に従軍した日本人
       B、「八路軍に志願し、中国に残る」

第3章 インドネシアにおける終戦
(1)日本軍政と教育
(2)日本敗戦で板ばさみの日本軍
(3)スマランの悲劇
(4)イギリス軍の上陸
(5)対英・蘭戦争=スラバヤ戦争
(6)イギリス軍の敗因
(7)日本兵、独立戦争に参加
(8)タンゲラン青年訓練所
(参考1)インドネシアの概略史(『昭和の戦争記念館』から)

第4章 フィリピンにおける終戦
(1)知られていない100年前の日米戦争
(2)アルテミオ・リカルテ将軍の戦い
(3)ベニグノ・ラモスの戦い
(4)日本の軍政からの独立:ラウレル大統領
(5)大東亜共栄圏と大西洋憲章
(参考2)フィリピンの概略史(『昭和の戦争記念館』から)

第5章 ビルマ方面の終戦
(1)インパール作戦の萌芽
(2)インパール作戦の失敗
(3)アウンサンらの抵抗
(4)アウンサンが見た日本軍
(参考3)ビルマの概略史(『戦争・革命で読む世界史』から)

第6章 印度方面の終戦
(1)インパール作戦に協力
(2)インド独立に献身したインドの志士達
(3)インドの独立とチャンドラ・ボース
(参考4)日印交流概略史(『昭和の戦争記念館』から)

第7章 台湾(国民党政権)への救援

第8章 仏領インドシナ(ベトナム)における終戦
(1)日本を拠点に反仏運動
(2)日本軍のジレンマと独立への貢献
(3)明号作戦、フランス軍を武装解除
(4)混乱の中の終戦
(5)陸軍中野学校出身者達の活躍
(6)ベトナムゲリラの生みの親
(7)井川一久氏の研究
(8)離隊・残留と独立戦争参加の理由
(9)残留者の証言
(10)残留者達の活動と顕彰
(11)第二次インドシナ戦争(対米戦)
(12)米国のベトナム・シンドローム
(13)ベトナム戦争とその後

結びにかえて・・・・
「太平洋戦争」には負けたが「大東亜戦争」には勝った!
(参考5)日・越(ベトナム)交流概史(『昭和の戦争記念館』)から)

「主な参考文献」



「大東亜戦争」が昭和50年4月30日に終結したとは、面白い話である。(笑)
戦争は、誰もが知っているが、昭和20年8月15日に終結しているのだが・・・
しかし、その戦争は、いわゆる「太平洋戦争」のこと・・・
「大東亜戦争」と「太平洋戦争」は、違うんだというところが、本書の“ミソ”だろう。
本書を読むと、その意味がよくわかる。
面白い視点で書かれた本である。
なるほどねぇ~・・・である。

日本軍の占領地各地の終戦の状況とその後の状況については、私も多少は知っている。
特に有名なのはインドネシアかな?
しかし、「仏印」と呼ばれていた現在のベトナムでの終戦とその後の状況については本書を読むまで全く知らなかった。
面白い話を知る事が出来た。


今年の読書:9冊目



読書 | 22:14:11 | Comments(0)
葉っぱだけを食べろって?(大汗)
病院からもらっていた薬が、そろそろ無くなってきた。
受付の女の子からは、「先生は薬には厳しい人ですから、薬が亡くなる前に必ず来てください」と言われていたので、残り3日分となった今日、病院に薬をもらいに出かける。

先月の血液検査の結果が出ていた。
最初の検査の時の中性脂肪は、参考基準が35~149というのに対して531だった・・・(大笑)
とんでもない数値である。(大汗)
12月から1か月間薬を飲んだ結果が、今回の検査数値で、結果は228である。(喜)
基準値の上限を遥かに超してはいるが、以前より半分以下にはなっている。
が・・・先生は・・・
「下がったからと言って喜んでは困ります」と言う。(苦笑)
現在服用している薬は強いものらしいので、これをどのタイミングで徐々に弱いものにしていくかが大事なのだと言う。
ほぉ~・・・・
「血管はボロボロな状態だろうし・・・なぁ~」と脅かされた。(大汗)

「肉を食べると直ぐに数値は上がるからね」と言う。
「え?・・・肉はダメですか?」(苦笑)
「葉っぱだけを食べなさい。葉っぱだけ!」(苦笑)
うそぉ~・・・葉っぱだけ?(大汗)
拙者は菜食主義者にはとてもじゃないけどなれそうもない・・・
「葉っぱだけ・・・ですか?」
「そう!葉っぱだけ!」
一気に憂鬱になってしまった・・・(大涙)

現在、ボチボチ騒ぎ出している新型コロナウイルスの騒ぎ・・・
先生は、これから更に感染が広がるだろうと言う。
そういう時に病院に来るのは嫌だろうから・・・ということで、多めに薬を処方してくれた。
拙者も、先生の“見立て”には同感である。
(葉っぱだけを食べる・・・っていうのには同感できないが・・・)(大笑)

う~ん・・・仕方がない・・・
妥協として、トンカツ、てんぷら、鶏のから揚げなどは食べないようにするか・・・(苦笑)
で・・・ステーキとか豚の生姜焼きは・・・いいんじゃないかぁ~?(苦笑)
ということにしよう・・・と内心、心に決める。(大笑)

日記 | 18:26:06 | Comments(0)
テレビが壊れた!(大涙)
昨晩までは、全く何の問題もなかったのに・・・・
今朝起きてテレビをつけようと思ったら・・・
テレビがつかない!(驚)

あれれ?(大汗)
こりゃ、壊れたか?

昨年、掃除機を買い替えたばかりなのに、今度はテレビ?
参ったなぁ~(涙)

我が部屋のテレビは12年前に購入したもので、大きさも45インチか何か大きなものである。
う~ん・・・・たった12年で壊れてしまうのか?(大汗)

電器店を営む幼馴染の“トッちゃん”に来てもらったが、12年前のものなので部品がなく、修理不可能とのこと。
完全に電源部分が壊れてしまったようである。(涙)
仕方がない・・・買うしかないかぁ~(大涙)



↑ これとは、ちょっと型式が違うが・・・基本、同じようなものだ。

大きさは「49V型」・・・
従来の物とほぼ同じ大きさだが、本体全体が画面なので、今までのものよりちょっと画面が大きい。
良い所は消費電力かな?
今までのものは約400Wだったが、これは144Wだという。
省エネである!(喜)
このテレビ・・・「4K」というものに対応しているそうだが、「4K」って何のことやら・・・(大汗)
そんなに画質が良くなっても、拙者の視力が衰えてきているんだから、そこそこ画像が見えれば「4K」だろうが、「何K」だろうが関係ない。(大笑)
ちなみに今までのテレビは「1K」にもなっていないそうだ。(汗)
ん?・・・それじゃ「1K」以下でもいいんですけど・・・(苦笑)
以前のものでも十分綺麗に映っていたから・・・
このテレビは、もうテレビというよりパソコンと同じだという。
音声で検索したりすることができるとか・・・便利なんだろうが、拙者には不要である。(苦笑)
なにやら「ユーチューブ」というものも見られるとか・・・
いろんな便利な機能を説明してくれたが、拙者は、ただテレビが見られれば、それだけでいいのである。(苦笑)

で・・・・値段は、16万円なり!・・・(驚)
こりゃ、痛い出費である。(大泣)

更に・・・
今まで、CS放送のスカパーも見ていたのだが、テレビが換わったので、先方に連絡しないといけないのだそうだ。(唖然)
なんと面倒な事か・・・
先方に電話で連絡したところ、意外にもコールセンター(?)の女の子が丁寧に教えてくれた。
いとも簡単に手続き完了!(喜)
BS放送の方も手続きが必要なのだが、こちらは“トッちゃん”がやってくれた。

これで一件落着・・・
で・・・テレビで映画を見てみたら・・・
う~ん・・・画面が綺麗すぎ(?)て、すごい違和感・・・・(大汗)
映像に重厚感がないというか、何となく安っぽい感じがしてならない・・・(汗)
画質が良すぎるというのも善し悪しではなかろうか?
拙者としては、以前の画質の方が好きだが、もう売っていないのならば仕方がない・・・(涙)
自分の“感覚”をテレビの方に合わせねばならないという何ともおかしなことになってしまった。

日記 | 21:45:25 | Comments(0)
大日本帝国憲法発布
今日、2月11日は「建国記念の日」であるが・・・・
「大日本帝国憲法」が公布された日でもある。
明治22年2月11日のことである。

今日を「大日本帝国憲法記念日」とか「明治憲法記念日」にしようなんていう人はいないらしい。(苦笑)
そういうことを行なったら、それでは昔の憲法は素晴らしかったと認めることになるので遠慮しているのかも。(笑)
やっぱり、マッカーサーのGHQの影響を受けて作られた憲法の方が素晴らしいとしたほうが無難なのだろう。(苦笑)

それにしても、明治22年2月11日に公布された「大日本帝国憲法」は、翌23年の11月29日に施行されたのだが・・・
公布されてから施行されるまで1年9ヵ月もかかっているのである。
これって・・・普通?(苦笑)
「憲法」という新しいものを国民に知らしめるのに2年近くかかったのだろうか?
で・・・公布から施行までの間は、どうしていたんだろう?(笑)
1年も経ったら・・・「そんなこと決めましたっけ?」と忘れたりしそうなものであるが・・・(笑)
よく憲法を作ったことを忘れずに施行したものだと思う。(大笑)
そういう意味で「記念日」にしても面白いかもね。(大笑)

コラム | 19:49:58 | Comments(0)
『検証 危機の25年』


はじめに

第1章 危機になす術なし
     ―1990年代日本の現実

1 激震、湾岸戦争
        「同盟漂流」への道
        「人的貢献」なす術なし
        「小切手外交」の限界を露呈
2 「一国平和主義」はなぜ生まれた
        軍に対する嫌悪が戦後の原点
        目に見えない分断国家
        「安保ただ乗り」への批判
3 綱渡りの国際協力活動
        海を渡った海自掃海部隊
        不毛な論争再び
        人権無視の「人間の盾」作戦
        根拠のない「機関銃1丁」の決定
        相次ぐ緊急出動、その時自衛隊は
        機会逸した憲法9条の解釈変更
第1章を理解するためのクロノロジー

第2章 激変する安保情勢と日本の無策
     ―90年代の危うい日米同盟

1 目的を見失った日米同盟
        米国で高まる対日脅威論
        勃発した日米「FSX」戦争
        露骨な対日警戒感と同盟漂流
        日米「冷戦後戦略」の応酬と波紋
2 「危機」に何もせず、何もできない日本
        第1次北朝鮮核危機
        核危機と日本の対応
        朝鮮半島危機の本当の意味
        無知と無策が被害を拡げた阪神大震災
3 軸足のない冷戦後の防衛政策
        「同盟漂流」救った北の核危機
        防衛大綱に隠されたトリック
        台湾海峡危機に無反応な政府
        「集団的自衛権」行使できずに批判
        テポドンショック
        工作船事件で海上警備行動発令
第2章を理解するためのクロノロジー

第3章 迫る危機、追われる日本
     ―2000年代日本の現実

1 「普通の国」への試行錯誤
        ようやく有事法制に着手
        現実無視の反対勢力
        対テロ・ゲリラに舵を切る自衛隊
2 「9・11」テロの衝撃
        「湾岸」の轍を踏むな
        戦地への自衛隊派遣
        派遣の大義をめぐって
3 核とミサイル―決断は1分
        北朝鮮ミサイル連射と核実験
        容易ではない敵基地攻撃
        ミサイル防衛の現状と課題
        見過ごされた落とし穴
4 巨龍(中国)出現、東シナ海波高し
        揺れる日米同盟
        忍び寄る中国の脅威
        中国軍の増強と尖閣奪取の狙い
        貧弱な離島防衛態勢
        尖閣諸島で増長する中国
        対中脅威をめぐる日米の連携
        尖閣諸島を守る
第3章を理解するためのクロノロジー

第4章 危機の壁
     ―問題山積の2010年代

1 核の脅威
        核武装の悪夢
        北朝鮮の狙い
        課題①:BMD能力の向上
        課題②:重要施設防護
        課題③:自国民保護の秘策
2 東シナ海攻防戦
        常態化した挑発
        日中衝突の予兆
        中国の狡猾な狙い
        課題①:離島警備隊の新編
        課題②:脆弱な輸送・機動力
        課題③:危うい国民保護
3 同盟の行方
        米国を「巻き込む」戦略の構築
        米国の期待と失望
        安保法制の成立
        「反対と怒号」を超えて
第4章を理解するためのクロノロジー

終章 これからの安全保障
     ―トランプ大統領と日米同盟

1 最前線はいま
        沖縄・石垣島
        東シナ海
        日中中間線・ガス田
        警戒監視とスクランブル
        空でも始まった中国の挑発
2 トランプ大統領と日米同盟
        トランプ発言と拡がる動揺
        「駐留経費」は何のためか
        世界の警察官ではない
3 日本の針路(あとがきにかえて)
        トランプ政権発足



今年の読書:8冊目



読書 | 22:41:39 | Comments(0)
久しぶりの飲み会
今日は午後から歯科医院に行く。
半年ぶりの歯の“点検”と“掃除”である。(笑)
やはり歯は定期的に点検しておいたほうが良い。
歯石なんかも取り除いてもらって・・・
なんとか、入れ歯になる日が来るのを遅らせねば・・・(大笑)

治療後、近くのコーヒーショップでコーヒーを飲んで読書しながら時間調整・・・
今日は、これから「飲み会」なのである。(笑)

で・・・その飲み会の幹事が歯科医の“キタミさん”・・・(大笑)
歯の点検・掃除をしてもらって2時間ほど後には飲み会で再会である。(大笑)

前回行なった十数年ぶりの飲み会の第2弾・・・
前回同様、仲間が集まったが・・・
今回は前回に輪をかけて“サガワさん”がハイテンション・・・(大汗)
一人で延々としゃべり続ける。
他のメンバーは誰も何も話せない・・・
わざと拙者が話題を変えて他のメンバーに話を振っても、“サガワさん”は話に割り込んで、自分の話題に持って行ってしまうのである。(大汗)
20年以上前と全然変わっていない・・・(苦笑)
周囲の状況を全く気にせぬマイペースである。(大汗)

結局、約2時間・・・“サガワさん”の独演会となる。(涙)
で・・・“お会計”・・・
“サガワさん”は拙者よりかなり年上なのだが、こういう時にチクリとやりたくなるのが拙者の悪い癖で・・・(大笑)
「今日は“サガワさん”の独演会だったので、支払いは全額“サガワさん”ですよね?」
・・・と言ったら・・・“サガワさん”・・・さすがにピタリとしゃべるのをやめた・・・(大笑)
「あれ?・・・どうして急に静かになっちゃったんですか?」(笑)
「・・・・・」
「2時間も独演会を聞かされた挙句、割り勘はないですよね?」(笑)
「・・・・・」

相変わらずキツイなぁ~と皆に笑われたが・・・
結局、当初の予定通り割り勘で済ましたが、飲み会は、ここで解散・・・
2次会はない。
みんな歳を取っちゃったので・・・(大笑)・・・二次会に行こうなんていう元気はない・・・(大笑)
それが分かっているから、一次会でみんなとおしゃべりしようと思っていたのに・・・
一言もしゃべらずに終わってしまった人もいたんだから・・・可哀想だ。

幹事の“キタミさん”とは以心伝心・・・二人で飲み直しする。
「相変わらず参ったねぇ~彼には・・・」と“キタミさん”

う~ん・・・次回、第3回の飲み会はどうなるんだろう?(大汗)
これに懲りて誰も集まらなかったりして・・・(大笑)
幹事さんに同情する・・・(苦笑)

日記 | 17:54:45 | Comments(0)
『憲法改正、最後のチャンスを逃すな!』


第1章 屈辱の現憲法

現在の日本への脅威
隣国の危険な動向
元米大統領補佐官の指摘
変質する日米同盟
米政権の変化
江藤淳氏の研究と与えた影響
占領下の言論への検閲
江藤氏が一石を投じた「改憲ブーム」
GHQが命じた憲法改正
幣原首相の考えた憲法改正
白洲次郎の手記
長谷川才次社長と時事通信社
終戦時の秘話
ポツダム宣言「黙殺」の経緯
日本政府の重大決定
「隷属」か「従属」か
ちゃんこ鍋憲法
国会での追及

第2章 空疎な憲法の前文

日本の国柄が感じられない前文
米国の独立宣言前文
天皇陛下の地位
権威と権力の二分
敗戦と天皇
村松剛氏が提起した問題
社会思想研究会の功績
河合栄治郎の天皇論
右翼全体主義への批判
「天皇制」という用語の発祥
鍋山貞親氏の沖縄講演
日本人の「皇室観」
ポツダム宣言の「無条件降伏」
大日本帝国憲法の欠陥
「日韓併合」詔書の誤解
天皇とマッカーサーの会見
天皇の御発言の真相

第3章 独立国家日本を縛る第9条

国際常識に反する法制局の解釈
条文解釈の大きな嘘
無視されている自衛官の地位と名誉
現行法体系では国は守れない
憲法第9条への妄信
正統化に利用された「吉田ドクトリン」
保守党の惰性
朝日新聞と「吉田ドクトリン」
吉田茂が晩年に痛感したこと
第9条についての吉田茂の考え
辰巳栄一元陸軍中将の証言
本当の保守本流を
「吉田ドクトリン」の真実
宮沢内閣と軌を一にした朝日の慰安婦報道
普通の国としての軍隊のあり方

第4章 三度の改憲の好機を逸した

国際環境の変化が体制の変革を促してきた
国籍不明の前文と現実離れした第9条
その後も改憲の好機を逃した日本
湾岸危機での辛酸
国際社会では通用しない「一国平和主義」
ないがしろにされてきた国防・軍事
阻まれてきた国際社会での日本の義務
動きだした安全保障政策の立て直し
国際的な常識とずれた反対論

第5章 最後の改憲のチャンス

国際情勢を動かす時代的潮流
ポスト冷戦と21世紀の世界秩序
平和的台頭から危険な台頭に転じた中国
米国の「内向き」転換とオバマ大統領の失敗
不透明な米国の国際問題への関与
米中関係は日中関係という教訓
危機の時代を生き残るためには

あとがき


私は以前から憲法は改正すべきだと思っていたので、本書の内容はよくわかる・・・
前文のヘンテコな文章にも違和感を持っていたし、第9条に至っては、これで国が守れるのかと思っていた。
中学生の時、第9条を読んで、これでは自衛隊は違憲ではないだろうか?
何で大人は憲法違反を平気でやっているんだろうと思った。(苦笑)

分からないのは、「保守」(右翼?)が憲法を改正しようとし、「革新」(左翼?)が現行憲法を護ろうとする事である。
これでは右と左が逆転しているんじゃあるまいか?
左翼の方が「保守的」なんですけど・・・
日本は不思議な国である。(笑)

先日、海上自衛隊の護衛艦が中東に派遣された。
岸壁で泣きながら見送る家族の姿がTVで放送されたが・・・・
この程度の事で泣かれちゃ堪ったもんじゃないだろうなぁ~
いざとなった時にはどうなるんだろう?
ましてや、「危険な場所には自衛隊は派遣しません」ということでは、もうお話にならない・・・
国防に任ずる“軍隊”ではないということになる。
自衛隊は名称を変えて「災害救助隊」ということにすべきかも・・・(大汗)
災害時には出動しますが、他国から侵略を受けた時は何もしません、「災害救助隊」ですから・・・としたほうがスッキリするかも。

いずれにせよ、現行憲法下では、たとえ優秀な護衛艦や戦闘機や戦車を持っていても、いざという時は何もできないだろう。
行動を起したら、即、憲法違反である。(大汗)
それでいいのかねぇ~
憲法を含め、法的に整備してあげなければ自衛官が可哀想だと思うのですが・・・・
左翼の連中や「市民団体」と称するよくわからん人達は、どう思っているんだろう?
例えて言えば、自衛官の両手両足を縛ってプールに投げ込み、「さぁ、泳げ!」といっているようなもので、それは“虐待”ではなかろうか?(苦笑)
「戦争なんか起こるわけがない。日本が侵略されることはない」と本気で思っているなら、かなり問題だろう。
すでに竹島は韓国に“侵略”されていると思うのですが・・・
これから尖閣諸島が、対馬が・・・さらには沖縄が“侵略”される可能性があるんじゃあるまいか?

いざとなってからでは遅いから、やっぱり憲法は改正しておいたほうが良いんじゃあるまいか?
法律の“解釈”で誤魔化しながら運用する方が危険だと思うのですが・・・

私が当事者としたら・・・・
第9条の「国権の発動たる戦争は・・・・永久に放棄する」をクリアーするには「国権の発動」をしなければいいわけで・・・(苦笑)
「自衛隊が勝手にやりました!」と知らぬ存ぜぬを押し通すしかない。
「国際紛争を解決する手段としては永久に放棄する」をクリアーするには「これは国際紛争ではありません!」と言い張るしかない。(汗)
第2項の「国の交戦権は、これを認めない」をクリアーするには、自衛隊を私的な義勇軍にして「国としては交戦してません」とするか、自衛官をテロリストということにして、「日本国の公務員じゃないですよ~知らない人たちです」ということにして侵略国と戦うしかない。(苦笑)
もしくは、自衛官の日本国籍を剥奪して、「彼らは日本国民じゃないから日本国としては何の責任もありません。憲法に違反していません」とするか?(笑)
マズイだろうなぁ~・・・・こういうのは・・・・(苦笑)
やっぱり、憲法は、まともな法律に改正すべきじゃなかろうか?
それが自分たちの手で出来ないのであれば・・・・最後の手段・・・・
第9条に縛られた状態で手も足も出せず、侵略国にすんなりと侵略してもらい、占領してもらって、その侵略国に現行憲法を破棄してもらうという他に手はないかも・・・(大笑)
しかし、そうなったら、改正どころじゃなく、属国になってしまい「憲法」なんかいらなくなるから、これは避けたいものである。
こういうシュミレーションを「左の人たち」はできないのだろうか?
それとも「護憲派」という「左の人たち」は本当は日本人じゃないのだろうか?(大汗)
わからないなぁ~・・・・憲法改正に反対する人の“神経”・・・・


今年の読書:7冊目



読書 | 21:44:37 | Comments(0)
“ウメチャン”のお父さんの墓参り
友人の“ウメちゃん”のお父さんの命日は2月4日であるが・・・
今日は日曜日なので・・・
「お父さんの命日のお墓参りに行くよね?」
「ゲッ!」
「はぁ?まさか、行かないわけないよね?俺、お墓参りしたいんだけど・・・」(笑)
と・・・無理やり・・・お墓参りの押し売りをした・・・(大笑)

ということで、今日、“ウメちゃん”夫婦を誘って(?)お墓参りに行く。(笑)
全くの赤の他人なんですけど・・・(苦笑)
お父さんとは、ろくに口もきいたことがないんですけど・・・(苦笑)
なぜか、お父さんは拙者を高く評価してくれていたらしく、そのおかげで“ウメちゃん”との付き合いが深まったわけで・・・
ある意味、拙者にとっての“恩人”であるのだ。
そうなると・・・お墓参りに行かぬわけにはいくまい?(大笑)

ただ、今回は、拙者はちょっと風邪気味・・・
今朝、目が覚めたら調子が悪い。
“言い出しっぺ”がドタキャンでは申し訳がないので、マスクをしてお墓参りし・・・
終ったら、そのまま帰宅するということにした。
お墓参りを“押し売り”した挙句、風邪までうつしては申し訳ないからねぇ~(苦笑)

良き友人を与えて下さった“お父さん”に感謝しながらお線香を供える。

日記 | 17:52:19 | Comments(0)
『陽明丸と800人の子供たち』


日本の読者の皆さまへ
     サンクトペテルブルクにて
     「『ウラルの子供たち』子孫の会」
     代表 オルガ・モルキナ

「陽明丸事績」関連年表

第1部 幻のカヤハラ船長探索記(北室南苑)

第1章 サンクトペテルブルクでの出会い
       90年前に起きた出来事
       ロシアの旅の本当の意味
       藁の中の針を探すようなもの
第2章 探索開始
       「陽明丸」と勝田銀次郎
       『評伝勝田銀次郎』
       「カヤハラ船長」の幻を見た
       もう一つの子供難民救済
       「日本船ヨウメイ丸の乗客たち」
       オルガへの電話
       船長らの名誉を取り戻す
       神戸の勝田家を訪ねる
       「船長探し」の記事掲載
       オルガの「まごころ」
       商船学校の卒業生名簿
       「愛しい幻の船長カヤハラさん・・・」
第3章 カヤハラ船長を発見!
       「外国航路の船長しようちゃった人やね」
       茅原船長の優しく温かい人柄
       船長のお墓参り
第4章 たった1冊の船長手記
       手記『露西亞小兒團輸送記』
       子供たちへの深い憐憫の情
第5章 人道の船「陽明丸」
       オルガの夢が現実に
       NPO「人道の船 陽明丸顕彰会」の創設

第2部 陽明丸大航海(一柳鵺)

第6章 革命の荒波をこえて
       首都ペトログラードの食糧難
       ウラルへの集団疎開
       チェコ軍団の武装蜂起
       争乱のウラルに取り残された子供たち
       底をついた食料費
       子供たちを探しに来た二人の父親
       米国赤十字の救助活動
       シベリア鉄道でウラジオストクへ
       中立国を経由して家族と文通
       救いの神「勝田銀次郎」
       魔法の船「陽明丸」
       初めての日本―室蘭市民と交流
       航海中も勉強する子供たち
       サンフランシスコでも大歓迎
       米国赤十字の決定に不満爆発
       ロシア系米国市民のプロパガンダ攻勢
       アレン隊長の説得
       悲しい事故
       航海中に亡くなった15歳の少女
       機雷が敷設された危険な海
第7章 ロシアの子供たちのその後
       ソビエト政府との交渉
       国境にかかる橋での引き渡し
       沈黙を守り続けた子供たち
第8章 航海中の陽明丸あれこれ
       大任を果たした陽明丸
       元の貨物船に戻された陽明丸
       「婚約破棄」に泣いた失意のロシア女性
       63名の陽明丸船員名簿
       アレン隊長からの礼状
第9章 陽明丸の4人の男たち
       義侠心と行動力の具現

ライリー・H・アレン―シベリア救護隊長
       800人の子供の命を救った決断
       真珠湾攻撃を報じた号外記事
茅原基治―日露米の架け橋
       叩き上げの苦労人
       赤十字活動への深い理解
ルドルフ・B・トイスラー―聖路加国際病院の創設者
       人道主義を自ら実践
       病院開設を思い立ち来日
勝田銀次郎―敬天愛人
       海の男のサクセス・ストーリー
       神戸市長を2期務める
古き良き時代の好漢たち

第10章 「陽明丸」七つの謎

【謎その1】
陽明丸の大航海に関する日本側の記録は船長の手記以外は何も残っていない。これは不自然さを通り越して、むしろ奇妙ではないか?
【謎その2】
なぜ都合よく絶妙なタイミングで陽明丸を用意できたのか?
【謎その3】
貨物船「陽明丸」は急きょ大改装されたが、その工事期間はわずか1カ月余。担当官庁の許認可があまりにもスムーズに得られたのはなぜか?
【謎その4】
陽明丸の船長が茅原基治であったのは偶然か?
【謎その5】
どこの船舶会社も敬遠したのに、なぜ勝田銀次郎だけが引き受けたのか?
【謎その6】
陽明丸ノ「ウラジオストク入港時、日米の軍当局の対応が異なったのはなぜか?
【謎その7】
なぜ日本がロシア子供難民の船舶輸送に関わったのか?

5人目の男? 石坂善次郎将軍

第3部 茅原船長の手記(茅原基治)

赤色革命余話
ロシア小児団輸送記
  小児団の由来
  輸送準備
  航路の選択
  ウラジオストク
  ウラジオストク―室蘭
  室蘭港
  室蘭―サンフランシスコ
  サンフランシスコ
  サンフランシスコ―パナマ
  パナマ運河
  パナマ―ニューヨーク
  ニューヨーク
  ニューヨーク―ブレスト
  ブレスト港
  ブレスト―キール運河
  キール運河
  キール―ヘルシングフォース
  ヘルシングフォース港
  コイビスト港

参考文献

おわりに



この「陽明丸」の事を知ったのは、確か7年ほど前の事である。
このブログに、そのことを書いたら関係者からご連絡を頂き、資料なども送っていただいたことがある。
が・・・なぜか、この本は読んでいなかった・・・(汗)
何で今までこの本に気が付かなかったのだろう?
というわけで・・・読んでみた・・・

今から100年ほど前、ロシア革命後の混乱から、親元から離れて避難した子供たちがいた。
が・・・この子供たちは、その後、親元に戻れなくなり難民化してしまった。
これを助けるため米国赤十字社が動いたが、実際に、この子供たちを運ぼうという人たちがいない。
米国政府自体も協力しないというのだから驚きである。
最終的に日本の船会社がこの“任務”を引き受け、800人の子供たちを運ぶことになっった。
太平洋と大西洋を横断し、機雷が漂うバルト海を通過して、親元に返すというのだから尋常ではない。
よく引き受けたものである。
子供たちは無事に親元に帰ることができたが、その時に助けてもらった子供の子孫が、この時の船長に感謝を伝えたいと船長探しを日本人の女性に頼んだことから、この物語は始まる。

こういう時に、難民の子供達を助けようとした米国赤十字社はもちろん大したものだと思うが・・・
誰も手を貸そうとしない中、この困難な“任務”を引き受けた日本の船会社や船長を始めとする乗組員も大したものだと思う。
1985年、イラン・イラク戦争中のテヘランに取り残された200人ほどの日本人救出に、何だかんだと理由をつけて尻込みして彼らを“見捨てた”JALとJALの労働組合とは大違いである。(大汗)
また、この時に助けてもらった子供たちの子孫の一人である女性が、船長さんに感謝したいと船長さんを探そうという熱意。
100年ほど前の雲をつかむような話の“船長さん”を探してくれと頼まれて、一生懸命に探した、本書の編著者の女性・・・
いやはや大したものだなぁ~と思う。
なんとも爽やかな気分を得る本だった。


今年の読書:6冊目



読書 | 20:04:46 | Comments(0)