FC2ブログ
 
■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

■最近の記事
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■FC2ブログランキング
■ブロとも申請フォーム
■最近のコメント
■小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

■ブログ内検索

■リンク
■RSSフィード
■FC2カウンター

大学女子駅伝予選会を応援に行く
今日は、千葉県印西市で開催される大学女子駅伝の応援に行く。
この駅伝・・・
正式名称は『第25回・関東大学女子駅伝対校選手権大会』という。
この大会・・・
あの有名な箱根駅伝の「兄妹駅伝」といわれるようにとの思いを込めて1995年に作られた大会だそうである。
それまでは、全日本女子駅伝の単なる予選会だったらしい。
敢えて「関東大学・・・」と銘打って独立した大会となっているが、この大会でのシード校2校を除く上位6校に「全日本大学女子駅伝対校選手権大会」への出場権が与えられるという。
つまりは、関東大会・・・関東地区予選会・・・を兼ねて・・・というようなものかな?

img260_convert_20200124171822.jpg

昨年、我が大学の女子陸上部が初めて参加すると言うので、我が同窓会茨城県支部では役員が応援に行くことを考えた。
発案は支部長で、それにもろ手を挙げて賛成したのが副支部長の拙者である。(大笑)
なにせ、選手の中に茨城県出身の選手が一人いるんだから、茨城県支部が応援に行かずしてどうする・・・である。(大笑)
ところが、当日は強力な台風が直撃する気配・・・(唖然)
当初は、同窓会千葉県支部と合同で応援する予定だったが、急きょ、千葉県支部からの連絡で応援が取りやめとなった。
交通機関に大きな影響が出そうなので・・・とのことらしい。
後日聞いた話では、大会は予定通り行なわれたが、表彰式は後日に回し、大会終了と同時に即解散して各大学は帰途についたとか・・・

今日は、その昨年のリベンジである!
今回は千葉県支部は応援には駆け付けないらしく、同窓会としては我が茨城県支部のみの単独応援となる。
なにせ、いつも朝はゆっくり起きる拙者が始発の電車に乗らねばならないのだから大変である。(大汗)
昨晩は寝坊しては大変だということで神経ピリピリ・・・(苦笑)
おかげで寝不足である。
無事に始発に乗り、JR石岡駅で下車・・・
ここで支部長の運転する車に乗せてもらい、途中で会計監事を乗せて、3人で千葉県印西市に向かう。
拙者はスポーツにはほとんど関心がない・・・
今まで、スポーツ競技の応援に行ったことすらない。(笑)
が・・・「賛成!」って言っちゃった以上は、行かねばならない・・・(大笑)
自分で自分の首を締めちゃった・・・(涙)
我が茨城県支部は、他の参加者がおらず、結局たった3人での応援となった。(大笑)

駅伝のスタートは午前9時半・・・
余裕をもって駐車場に入ることが出来た。
で・・・事前に支部長が大学の応援団を引率する職員に連絡を取っていたので、その職員に挨拶をしようと連絡をしたが、彼の現在位置がわからない・・・
「ゴール付近にいます」とのことだが、駐車場のすぐ近くが今大会のゴール地点で、我々はそこにいるのだが、見当たらない・・・(汗)
仕方がないので、スタート地点まで徒歩で30分ほどかけて移動する。
スタート地点にいれば職員を始め応援団とも会えるだろうと思っていたのだが、我が大学関係者を探したがどこにもいない!(唖然)
当初の予定では、大学側に挨拶をして、大学の幟旗を1~2本借りて、をれを持って沿道に立って応援しようと思っていたのだが・・・
引率の職員が見当たらないんだからどうしようもない。

途中で、この大会の冊子を売っていたので1冊購入する。
参加大学の選手のメンバー表が写真入りで紹介されていたりする。
で・・「過去の成績」を見て驚いた!
我が大学は、平成7年の第1回大会の優勝校なのである!(驚)
ところが、その後、年々順位を下げ・・・
平成13年の第7回大会から不参加・・・(唖然)
昨年聞いた話では、我が大学は初参加とのことだったが、そうではなかったのである!
正しくは、「17年ぶりの参加」なのである!(大汗)
で・・・成績は25校中17位・・・
第1回大会の優勝校が・・・ねぇ~
今まで大学は何をやっていたんだ?

まもなくスタート時間・・・
各大学の選手がスタート位置に着く・・・

034_convert_20200124174426.jpg

スタート地点には、各大学が幟旗を立てているが・・・
我が大学の旗が見当たらない・・・(唖然)
と・・・ようやく1本の旗を担いだ我が大学の学生がこちらに来るのを見つけた!
声をかけて尋ねたところ、応援団はゴール地点にたむろしているという。(唖然)
「ふつう、スタート地点に来るんじゃないのか?どういう風に指示されているんだ?」と尋ねたら・・・
「各自勝手に適当に応援しろ」とのことだそうで・・・(大汗)
わざわざ30分も歩いてゴール地点に行くのが面倒なのか、帰るのに便利な駐車場近くのゴール地点にたむろしているらしい。(唖然)
それって・・・応援になるのか?
「見て見ろ・・・他大学の旗ばかりだぞ、うちの大学の旗が1本もないっていうのはマズいんじゃないか?」
「そうですよね・・・ちょっとマズイですよね」と学生・・・
「おい、君!・・・悪いけど、この一番目立つところに立ってくれないか?」(笑)
「はい!わかりました!」
周囲が他大学の旗ばかりで、自分の大学の旗が1本もないというのでは、第一走者が可哀想である。

036_convert_20200124174456.jpg

参加24校の選手が一斉にスタート!
目の前を駆け抜けていった・・・
で・・・この旗持ちの学生を解放し・・・(大笑)
我々はゴールに向かって歩くことにした。
このコースは周回コースなので、途中でまた選手たちに会うだろうから、その時に応援してやろう。

途中、7~8本の旗を持ってボケ~ツと突っ立っている一団を発見!
我が大学の応援団の連中である。(唖然)
おい、おい、一塊になっていても仕方がないんじゃないか?
声をかけて学生たちに“説教”・・・(大笑)
見知らぬ「卒業生」と名乗るオジサンたちに説教されたのでは学生も迷惑だったろうが・・・(大笑)
「適当に応援しろと言われたので、ここでオシャベリしている」というんだから呆れたものである。
それって・・・応援か?(大汗)

他大学・・・特に国士館の応援は素晴らしかった。
各自が旗を持ち、沿道に等間隔で並んでいる。
走っている選手からは、次から次へと自分の大学の旗が流れるように見えるのだろうから、嬉しいだろう。
それに比べて、我が大学・・・・
旗をまとめて持ってボケ~ッと突っ立っているだけ・・・
それじゃ選手から見えないではないか!(怒)
最悪なのは女子学生・・・
地面に座り込んでニヤニヤしているだけ・・・
おい、おい、君たちは挨拶というのを知らんのか?(怒)
拙者が現役のころは、OBに会ったら、もう少しキリッとして受け答えをしたものである。
いつから、こんなに軟派な大学に成り下がってしまったのやら・・・(涙)
何を言っても「はぁ~・・・」「へぇ~・・・」という受け答えには呆れた。

途中ですれ違う選手に応援の声を掛けながらゴール地点に向かう・・・
と・・・ゴールの周囲には規制線が張られていて近づけない。
その向こう・・・駐車場に近い所に我が大学の旗がゴソッと立っているのが見えた!
おい、おい・・・コースの各所にばらけて応援すべきじゃないのか?
何を楽な応援をしているのか・・・(怒)
第一走者は何とかなったが、第二走者は、自分が走っている間、1本も自分の大学の旗を見ることなく終わってしまっているのではないか?
可哀想に・・・・

全校のランナーがゴールした時には、もうゴール付近は大混雑・・・・
さて・・・我が大学はどこへ行ったのやら・・・である。
当初の話ではゴール付近に集合とのことだったのだが見当たらない。
各大学、幟旗を立てて円陣を組み、監督が挨拶などしているというのに、我が大学の旗が見当たらない!(大汗)
支部長に「連絡してみたら?」と携帯で集合場所を尋ねてもらったら「駐車場辺りにいます」とのこと。(唖然)
話が違うじゃないか!
で・・・駐車場に向かったが、見当たらない・・・
捜しまわってようやく、駐車場の隅で大はしゃぎをしている一団を見つけた・・・
大学の幟旗を早々と片づけ、どこの大学なのか分からないようにして大はしゃぎしている。
こりゃ、明らかに我々と顔を合せたくない・・・ということなのだろう。
自分の現在位置を正確には教えないという、この引率職員・・・
事前に同窓会役員が応援に行くことを伝えてあるにもかかわらず、挨拶しようとしない・・・・
応援団はバスに乗ってやってきているのであるから、バスの中で応援の方法、分担等の打ち合わせは充分できたはず・・・
にもかかわらず、「勝手に適当に・・・」といういい加減な応援・・・
さらには駐車場に近いゴール地点で形だけの応援しかしなかったくせに、いかにも一生懸命応援したかのようなはしゃぎよう・・・
頭に来た!(怒)
「合流しますか?」と支部長に尋ねたら・・・
普段、非常に物静かな支部長が「帰る!車に乗れ!」と声を荒げた・・・
(後で聞いたら、拙者の形相を見て、職員を殴りつけかねないから帰ることにした・・・という)(苦笑)
さすがは我が支部長である!(苦笑)
読まれていたか・・・・(汗)
拙者は完璧に頭に血が上っていたので・・・
たしかにやりかねなかった・・・(苦笑)

職員がチャラいから学生もチャラいのか?
いつの間にか、我が大学はチャラい大学に成り下がったようである。(涙)

帰り道、途中で昼食をとり石岡駅まで送っていただき解散!
まぁ、とにかく・・・「ご苦労様でした」・・・である。(苦笑)

帰りに乗った各駅停車・・・・
なぜか、各駅にしばらく停車しては、また動きだし・・・またしばらく停車しては動きだすという変な動き・・・
で・・・思い出した!
今日、我が町に天皇皇后両陛下が来ておられるのである!
で・・・お帰りの「お召列車」が通るので、そのための時間調整をしていたらしい。
どうりで、線路の脇にやたらと人が集まっていると思った。(笑)
三脚などを据えてカメラを構えている人も多かったのは、「お召列車」を撮影するためか・・・

しかし、とうとう、我が駅に到着・・・
顔見知りの駅員と話をしたら、お召列車の発車が予定時間から大幅に遅れているそうで・・・(汗)
「あと5分ぐらいで、ここを通過すると思うんですが・・・」というので、拙者もホームで待つことにした。(笑)
駅のホームは上りも下りもたくさんの人で埋まっている。(唖然)
みなさん、スマホをかざして、今か今かと待っている。
と・・・更に5分ほど遅れるとの連絡が入る・・・あらら・・・
一斉にため息が・・・(大笑)
まもなく「お召列車」がやってきたが、猛スピードで通過していった。
本当にアッ!・・・という間である。
うっかりカメラを構えておらず、慌てて適当にシャッターを切ったら、ブレていて何が写っているのかさっぱりわからない写真となった。(大笑)
あのスピードでは、どこに天皇皇后両陛下が乗っているのかもわからなかった・・・
しかし・・・よく、ホームから飛びこむ奴がいなかったことに驚く。
どこかのバカが飛びこんだりしたら、最悪である。
下り線のホームは良しとしても、上りのホームは立ち入り禁止にすべきだったのではなかろうか?(苦笑)
「そんなことはあり得ない」という性善説によるものか?(大汗)
相変わらず危機管理ができていないところが日本らしいといえば日本らしい・・・かな?(大笑)

今日は、さすがに疲れた・・・
クタクタというか、イライラというか、ムカムカというか・・・(大笑)

スポンサーサイト



日記 | 10:41:54 | Comments(0)
『コート―ルド美術館展』を見に行く
今日は、東京に行き、東京都美術館で開催中の「コートールド美術館展」を鑑賞する。

img257_convert_20200122145704.jpg

img258_convert_20200122145739.jpg img259_convert_20200122145807.jpg

この「コートールド美術館」というのは初めて聞いた名なのだが・・・
ロンドンにある美術館だそうだ。
コートールドという実業家が収集した美術品を基に出来た美術館らしい。
マネ、ルノワール、セザンヌ、ゴーガン等々、そうそうたる顔ぶれの方々の作品が展示されていた。
このコートドールという人は「印象派」の絵がお好きだったようである。
残念ながら、拙者は「印象派」は、あまり好きじゃない。
ルノワールとか・・・日本人が大騒ぎして長蛇の列をなして見学するようなものには全く興味がないのである。(笑)
事前に何の知識もなく、何も調べずにノコノコやってきたが・・・
それはそれで、意外にも、それなにり見ごたえがあった。(喜)
趣味が合わないと思っていたところに、期せずして、趣味の合う作品なんかと出会うと、嬉しさ倍増である。(大喜)
これが「抽象画」ばかりだったら、たぶん、お手上げ状態となっていただろうが・・・(苦笑)
いやぁ~なかなか・・・いい・・・
入館した当初は、あまり期待していなかったが・・・(汗)
結構、満足!(笑)
充実した時間が過ごせて良かった・・・・

日記 | 10:40:47 | Comments(0)
『日本の外交は国民に何を隠しているのか』


はじめに

第1章 国連分担金滞納国・日本
       1.日本はなぜ滞納するのか
       2.歪む認識

第2章 イラク戦争と国連改革
       1.国連改革論の登場
       2.半年遅れた政府の国連改革論
       3.北岡審議会の報告と北岡大使の誕生

第3章 常任理事国になって何をするのか
       1.外務省改革と常任入り
       2.1998年のイラク爆撃―政治的覇権国として―
       3.イラク戦争―経済的覇権国として―

第4章 矛盾する論理と混乱する議論
       1.「やむを得ない」イラク戦争支持
       2.石油のための自衛隊派遣
       3.混迷するメディア

第5章 国連を乗り越えて暴走し始めた日本
       1.経済制裁と拉致
       2.傭兵か英雄か
       3.英国と日本―制度化を目指す国と拒否する国―

第6章 日本の分担率は不当か
       1.分担率の決め方
       2.米国の分担率引き下げ

おわりに


本書を読んで、真っ先に驚いたのが、日本が国連分担金を滞納しているという話・・・
米国が分担金を何年にもわたって滞納しているという話を聞いたことがあったので、国連加盟国の中で滞納しているのは米国だけだと思っていた。
まさか日本も滞納しているとは知らなかった・・・(大汗)
本書が発行されたのは、2006年なので、今はどうなのかは知らないが・・・(苦笑)

本書で気になったのが、「右派」「右傾化」という文字が散見されること・・・
逆に「左派」「左傾化」という言葉は一度も出てこない。
さらに読売新聞と産経新聞の記事に対して、結構きつい物言いをしている。(汗)
著者の“立ち位置”がこれで分かるというものだが・・・(大汗)

「右派」「右傾化」「保守」「軍国主義」といったような、よく“左の方々”が使う言葉には目をつぶって読むと、その内容は、“左の方々”独特のひねくれた物言いとは違うので、内容はマトモである。
それだけに、これらの言葉が散見されたのが残念・・・(大汗)
素直に内容を読んでくれる人が減ってしまうのではないかと余計な心配をしてしまった。(苦笑)

文章は私にとっては学術論文のように思えて、ちょっと読みずらかった。
引用先などが丁寧に本文に挿入されているので、どうしてもそこで読むリズムが狂うのである。(大笑)
これは私の能力の問題だが・・・(大笑)

それにしても、外務官僚というのは“やっぱり”どうしようもないなぁ~という感想を持った。
こりゃ、駄目だな・・・(大汗)
以前から思っていたことなのだが、国連自体もどうなんだろう?
もう解散して新しい国際組織を作った方がいいんじゃあるまいか?(大汗)
国連は、第二次大戦の戦勝国の“同窓会”だと私は思っている。(苦笑)
いい加減、“同窓会”はやめたらどうだろうか?
いつまでも「敵国条項」に日本を「敵国」として明記したままなんでしょ?
敵から“同窓会の会費”を取るとはねぇ~(苦笑)
日本もそれを楯に分担金を滞納するって言うなら理屈が通ると思うのだが・・・
そうではないようである。
しかも、戦勝国の集まりなのに、そこの安保理の常任理事国になりたいというのがよくわからない。
日本は彼らの“敵”なんですけど・・・(大笑)

一番最後の「おわりに」は、本文を要約した内容が書かれているので、「日本の外交は国民に何を隠しているのか」の答えは、ここを読むだけで、わかる。(笑)
本文を読むと私にとっては逆に混乱してよくわからなかった。(大笑)
というわけで・・・かなり読み終えるのに時間がかかってしまった・・・(大汗)


今年の読書:51冊目



読書 | 01:33:05 | Comments(0)
真直ぐ帰宅!(笑)
朝、ホテルをチェックアウト・・・
3人は、この後、磯前神社に立ち寄ってから大洗水族館を見学して東京に帰るという。
拙者は、申し訳ないが、水族館には興味がないので・・・(大笑)
ここでお別れという事にして、皆さんを見送って、昨日とは別のルートで大洗駅に向かう。

031_convert_20200118151942.jpg

途中で見かけた道路の表示・・・
車道の脇にハッキリと二輪車用の表示がされている。
これ、目立っていて、いいなぁ~
非常にわかりやすい。
我が町の車道にも、こういう表示をすればいいのに・・・と思う。

大洗駅から水戸駅に向かい、乗り換え時間に余裕があったので、駅ビル内でちょっとお買い物・・・(笑)
コーヒー飲んで一休みをし・・・無事に乗り換えて帰宅する。
う~ん・・・昨日は、本当に有意義な時間が過ごせた・・・
この再会を取り持ってくれた“ツヅキさん”には感謝、感謝である。(大喜)

日記 | 15:12:30 | Comments(0)
大洗磯前神社
026_convert_20200115095312.jpg

大洗磯前神社

御鎮座
当神社の御創立は文徳実録の記す処によれば、斉衡3年(856)と云われておりますから今(平成31年)を去る1163年前の事であります。
文徳実録斉衡3年12月戊戌(29日)の條に、「常陸国上言鹿島郡大洗磯前有神新降云云」とその状を事細かに記してあります。
全国に名社、大社と云われる神社が数多くありますが、当社の様に御創立の年代の明確な御社は稀であります。

御祭神と御神徳
御祭神は文徳実録に「大奈母知、少比古奈命也」とありまして、大奈母知は大己貴命、即ち大国主神にして、日本書紀には素戔鳴尊の5世の孫と云い、古事記にはその御子神と記してあります。
大国主神、大物主神、葦原醜男神、八千戈神など数多の御名があり常に少彦名命と二柱相並び御出現になり、御神徳を顕されております。

少彦名命は高皇産霊神の御子神と記されてあります。
大己貴命は国土を開拓し殖産興業に力を尽し人々の生活の基礎を築き、少彦名命と共に山野に薬草を求めて、病難に苦しむ人々を治療し又禁厭(まじない)の法を定めて、民の災禍を防ぐ等、国土の経営と民生の安定を計り徳望高く人々は深くその恩恵を蒙っておりました。

御由緒
文徳実録の記録によれば斉衡3年常陸国鹿島郡大洗の里に御出現になり給いし時、里人の一人が神がかりして人々に教えられました。
「我は大奈母知(オオナモチ)・少比古奈命(スクナヒコナノミコト)也(なり)。昔この国を造り常世の国に去ったが、東国の人々の難儀を救う為に再びこの地に帰って来た」と仰せられました。
当時の記録によると度々地震が発生し人心動揺し、国内が乱れておりました。
二柱の大神はこうした混乱を鎮め人々を苦しみから救う為に降臨されたのです。

即ち大洗磯前神社は御創立の当初から関東一円の総守護神として、大神様御自ら此の大洗の地を選び御鎮座になったのであります。
翌天安元年(857)8月7日官社に列せられ、次いで10月15日には「大洗磯前薬師菩薩名神」の称号を賜りました。
当時国司の上奏から8カ月で此の待遇に預ると云う事は破格の事でありまして、如何に御神徳が顕著であったかを知る事が出来ます。
延喜の制当社を名神大社に列せられ東国の大社として祀田千石を領し祠宇宏壮にして、遠近の信仰を集めて栄えておりましたが、残念な事に永禄中、小田氏治の兵乱に際しその難を蒙り、御社殿以下の諸建造物は悉く焼失し爾来一小社に辛うじて祭祀を続けて来ました。

水戸藩2代藩主徳川光圀公は由緒深き名社の荒廃を見るに忍びず、元禄3年御造営の工を起し、次いで3代藩主綱條公に至り本殿、拝殿、神門に至るまで建造の工を竣え、名大社にふさわしき輪奐の美を整えました。
爾来歴代の水戸藩主は厚く当社を尊崇し幕末に至りました。
現存する社殿、神門等は当時の建造物で社殿の彫刻と共に徳川初期を偲ぶに足る文化財として貴重なものです。

明治新政府が、神社制度を定めらるゝや、明治7年9月県社に指定せられ、明治18年4月国幣中社に列せられましたが大東亜戦争終息を機に、神社は未曾有の変革を余儀なくせられ、政教分離の名の下に宗教法人としてのみその存続を容認せられました。
神社が国家の宗祀たりし時代より激動の時代を経て現代に至るまで、当社は人々の厚き信仰に支えられて発展して参りました。
そして悠久の昔より永遠の未来にわたり栄えて行く事でしょう。

(リーフレットより)


【茨城県東茨城郡大洗町磯浜町6890】



史跡 | 14:27:45 | Comments(0)
軍艦那珂忠魂碑
012_convert_20200115094600.jpg

軍艦那珂艦歴

大正14・3・24 進水
仝〃11・30 竣工呉鎮守府所管トシテ艦籍ニ入ル
仝〃12・5 第1艦隊第3戦隊編入南支沿岸台湾方面行動
昭和4・11・30 第1艦隊第1水雷戦隊編入上海方面ニ行動
仝7・1・28 第1次上海事変ニ出動
仝9・11・15 艦籍ヲ横須賀鎮守府所管ニ転籍
仝10・11・15 第2艦隊第2水雷戦隊旗艦トナル
仝11・2・26 二二六事件発生鎮圧ノ為東京品川沖ニ出動
仝14・11・25 第2艦隊第4水雷戦隊旗艦トシテ南支方面行動
仝16・12・7 太平洋戦争比島部隊トシテ比島ルソン島出撃
仝〃 〃 10 ビガン攻略
仝〃 〃 22 同島リンガエン湾大上陸作戦支援部隊デ活躍
仝17・1・7 蘭印部隊トシテ出撃ボルネオタラカン攻略
仝〃 1・21 ボルネオパリクパパン進撃攻略
仝〃 2・27 ジャワ島スラバヤ作戦大船団護衛南進中米英蘭艦隊ヲ迎撃敵艦撃沈大戦果ヲ収メクラガン上陸作戦ヲ成功セシム
仝〃 3・26 印度洋上クリスマス島作戦参加攻略
仝〃 12・8 ジャワ島攻略作戦ノ勲功ニヨリ山本五十六連合艦隊司令長官ヨリ感状授与サル
仝18・4・1 第4艦隊第14戦隊旗艦トナリ南洋トラック島ヲ基地ニ南洋方面作戦特ニ輸送任務ニ活躍
仝〃 11・5 上海方面ヨリラバウル方面ニ陸軍部隊輸送ス ラバウル港ニ於テ敵機部隊ト交戦
仝〃 〃 25 マーシャル群島ポナペ島クエゼリン島クサイ島ミレ島ニ陸軍部隊輸送
仝19・2・17 トラック島ニ来襲敵機動部隊ト応戦同島南西海域ニ於テ9時間ニ及ブ激烈ナル対空戦斗ノ末満身創痍砲は飛散艦首艦橋切断海中ニ歿ス 後進交戦魔ノ紅ノ炎ト化シ遂ニ沈没連合艦隊ノ一翼ノ使命ヲ果シ輝シイ武勲ヲ残シテ終焉

(副碑・碑文より)


【茨城県東茨城郡大洗町磯浜町6890・大洗磯前神社】



史跡 | 11:59:38 | Comments(0)
磯浜古墳群と磯浜海防陣屋跡
009_convert_20200115093210.jpg(後ろの高台)

磯浜古墳群

北太平洋航路上、陸奥(むつ)と坂東(ばんどう)との外洋を結び、那珂川(なかがわ)の水上交通にもアクセスできる大洗町には、海を見下ろす高台に4世紀代の大型の前方後円墳や円墳が造られています。
古墳の形・埴輪(はにわ)を並べた段築(だんちく)・副葬品の内容など、畿内(きない)王権のルールが守られており、中央と関係があった人物の墓であることは間違いありません。
畿内中枢の大王墓(だいおうぼ)に比べると、規模は小さいですが、100m級の前方後円墳や80m級の大型円墳を擁する構成は、坂東の門戸を掌握し、水運力で他を圧倒した、強大な力を持つ被葬者像を描くことができます。

磯浜海防陣屋跡

江戸時代、アメリカやロシアなどの異国の船が沿岸へ接近したり、異人(いじん)が上陸したりするのを防ぐため、水戸藩第9代藩主徳川斉昭(烈公)は、天保年間(1830年代)に入ると、水戸藩沿岸に海防陣屋(かいぼうじんや)や台場(だいば)(砲撃を行う軍事施設)の海防施設を建設していきます。
水戸藩南端の磯浜村・大貫村も警戒の対象となり日下ヶ塚(ひさげつか)(常陸鏡塚・ひたちかがみづか)古墳を再利用し、その南側に磯浜海防陣屋が造成されます。
陣屋には、水戸藩士が常に詰め、大筒(おおづつ)(大砲)や鉄砲などの武器も配備され、警戒にあたりました。

平成26年7月
大洗町教育委員会

008_convert_20200115113714.jpg

(説明板より)


【茨城県東茨城郡大洗町磯浜町2815】



史跡 | 10:50:54 | Comments(0)
24年ぶりの再会・・・
今日、24年ぶりに材料問屋の営業担当者だった“アサダさん”と24年ぶりの再会をすることになっている!
氏は奥さんと一緒に茨城県の大洗に来るという。
そこで一緒に会おうよ!・・・ということになった。
その間を取り持ったのが、同業者の“ツヅキさん”・・・
いつも、年賀状で、「会いましょう」と言いながら、全然実行できなかった。
氏とは拙者が会社を無事に閉めた時(名目上はまだ存続しているが・・・)、倒産させずにうまく処理したコツを教えてくれと拙者に会いに来てくれた時が最後に会った時なので、10年ぶりかな?
お二人と久しぶりの再会である!

彼ら3人は、東京から車に乗って、途中、観光をしながらやって来て、大洗のホテルに一泊すると言うので、拙者も一緒に泊まることにした。

大洗なら、我が家から車で十分行けるのだが・・・
どうも最近、車の運転に自信がない・・・(苦笑)
車を買い替えたら、どうも運転の勘が冴えないので不安で仕方がないのである。(大汗)
これは加齢のせいか?(大笑)
移動途中で事故でも起こしたら大変なので、電車に乗って行ってみることにした。(笑)

常磐線「水戸駅」から鹿島臨海鉄道大洗鹿島線に乗って大洗に向かう。
生れて初めて乗る電車である。(笑)
常磐線の隣りのホームなのは以前から知っていたが・・・
すんなりと乗り換えることが出来るかと思ったら、そうでもなさそうで・・・(汗)
スイカ・カードが使えそうもないので、一度、水戸駅の改札を出て、改めて切符を買って再び改札を通る。

電車は田舎の田園地帯を走る・・・(大笑)
30分もかからず大洗駅に到着!

005_convert_20200114112309.jpg(大洗駅)

駅からホテルまでは、かなり離れているようである。
タクシーで向かうのもいいが、折角であるから徒歩で散歩がてらホテルに向かう。
見知らぬ街を歩くというのも、また楽しいものである。

途中、「磯浜古墳群」と「磯浜海防陣屋跡」の史跡の説明板を見かけた。
へぇ~こんなところに海防陣屋なんかがあったんだ・・・

009_convert_20200115093210.jpg
(後ろの高台が陣屋跡)

こういう思わぬ出会いがあるから、ぶらぶら歩くのは楽しい・・・(大喜)
40分ほど歩くと、目の前に「大洗磯前神社」の大鳥居が現れた。

010_convert_20200115093615.jpg

このすぐ隣に、今晩宿泊予定の「大洗ホテル」がある。
皆との待ち合わせ時間は5時半ごろとのことなので、1時間弱ほど時間がある。
子供の頃、家族で大洗に来たことが少なくとも1回はあったと思うが、この大洗磯前神社にお参りしたという記憶はない。
当時は子供だったから、仮に神社にお参りに来ていたとしても記憶に残るわけはないか・・・(苦笑)
時間もあるので、ちょっとお参りする事にする。
ダラダラ坂を上って初めて目にしたのが、日本海軍の軽巡洋艦「那珂」の忠魂碑である!(大喜)
軽巡「那珂」は、この大洗の近くを流れる「那珂川」の名を取って命名されたので、それでここに忠魂碑が建っているのだろうと思う。

012_convert_20200115094600.jpg(「軍艦那珂忠魂碑」)

頂上の神社には、ほとんど人がいなかった・・・(苦笑)

020_convert_20200115095244.jpg 026_convert_20200115095312.jpg
(大洗磯前神社)

思ったより小さな神社だったので、正直言って拍子抜け・・・(苦笑)
当然・・・過去に訪れたという記憶は全くない・・・

028_convert_20200115095334.jpg

この社殿の彫り物・・・すばらしいなぁ~(喜)

ここを参拝中、拙者の携帯が鳴った・・・
「どこにいるの?もうチェックインを済ませたよ~」のお電話である。(笑)
あらあら・・・当初の予定より早く到着したらしい。
「目と鼻のところにいます!10分以内に到着します!」(大笑)
急いで丘を降りてホテルに向かう。

029_convert_20200115100209.jpg(大洗ホテル)

24年ぶりの再会は・・・ドキドキである!(大汗)
顔を合わせた瞬間、“アサダさん”から「変わってねぇなぁ~!」と言われた・・・(苦笑)
そんなことないと思うんだけどなぁ~24年も経っているんだからさぁ~(苦笑)
「いやぁ~久しぶり!嬉しいなぁ~!」の連呼・・・
二人とも喜んでくれたのでホッとした・・・
奥さんに初対面のご挨拶をして、早速、夕食会。
ホテル内の食堂でバイキング料理・・・
実は、食事については全く期待していなかったのだが、予想に反して、美味しいのである!(大笑)
うそでしょ?・・・というくらい美味しかったのには驚いた。
期待していなかったなんて、ホテルに失礼千万・・・申し訳なし。
お喋りに花が咲いたが・・・・
昔話もさることながら、話題はいつの間にか、年金と健康の話になってしまう・・・(大笑)
“アサダさん”は拙者より6歳年上で、今年、定年である。
“ツヅキさん”はもっと年上・・・(大笑)
う~ん・・・・我々はいつの間にか、こんな話題をするような歳になったかなぁ~(大笑)

食事を終えて、部屋に戻って酒盛り!(苦笑)
拙者は、あまり酒は飲まないんですけど・・・・(大汗)
「え?・・・そうだっけ?」と言われ・・・
「24年経ったら忘れちゃったんですか?」(大笑)

楽しい時間はあっという間に過ぎる・・・・

日記 | 10:38:47 | Comments(0)
ガスファンヒーター総点検!
以前から気になっていたこと・・・
それは我が家のガスファンヒーターの調子がおかしいということ。(汗)
それも・・・3台!(笑)

そこで、冬が来る前に点検しておいた方がいいと思い、ガス会社から担当者に来てもらった。
まず1台目・・・
点火して15分程度経つと、頭痛がしてくる・・・そして微かにガスの臭いも・・・
で・・・検査してもらったのだが、不完全燃焼もしていないしガス漏れもしていないという。
あれ?・・・・である。(大汗)

次の2台目・・・
設定温度を20℃にしても、どんどん温度が上がって26℃くらいになってしまう。
たぶんセンサーの故障ではないかと思い点検してもらったのだが・・・
これまた異状なし!(唖然)
原因は・・・我が部屋の断熱効果が良すぎるんじゃないかとのこと。(うそぉ~)
古い型なので、設定温度に達すると燃焼が消えるというものではなく、設定温度に達すると、燃焼が最小になってチョロチョロと燃えているのだそうだ。
そのため、どんどん温度が上がってしまうらしい。
下がらないのは部屋の断熱効果が高いから一度部屋が温まると、その温かさが維持されているからだろうという。
ということで問題なし・・・(苦笑)

3台目は点火スイッチの接触不良である。
ボタンを押してもなかなか点火せず、ボタンを押してもなかなか消火しない。
点火しないのは許せるとして、消火できないというのではマズイ・・・
で・・・この担当者がやってみたら・・・何の問題もなく点火も消火もできるのである。(唖然)
拙者もやってみたら、一発点火、一発で消火・・・(唖然)
「いやぁ~何度も押して、やっと点火・・・っていう感じだったんですけど・・・」(苦笑)
「いや、スムーズですねぇ~何の問題もないですよ」と担当者・・・
“狐につままれた”感じである・・・あぜ~ん・・・・
おかしいなぁ~????

結局、3台とも何の問題もなし・・・
わざわざ来ていただいたのに申し訳なし・・・である。

さらに、機械の内部を見た担当者から「いやぁ~綺麗に使っていますねぇ~」と言われたのには驚いた。
本来ならかなり埃が溜まっていたりして汚れているのが普通なのだそうだ。
いや・・・拙者は機械の内部まで掃除したことはありませんが・・・(汗)
しかも、どのヒーターも古いのである。
一番古いのは製造して19年も経っている代物である。(苦笑)
「じゃぁ、こまめにフィルターを掃除しているからですね?」と担当者・・・
「いや・・・そんなに、こまめに掃除なんてしてませんが・・・」(汗)
「じゃぁ、お部屋自体に埃が少ないんですね。よくお部屋を掃除しているからですよ」と担当者・・・
「いやぁ・・・部屋の掃除なんて滅多にしないんですけど・・・」(大汗)

おかしい・・・本当に狐に化かされた気分である。

機器の点検を頼んだのは、今回が初めてである。
にもかかわらず、内部は綺麗だわ、スイッチは新しいものに交換したように調子がいいわ・・・おかしいだろ、これ・・・
あれれ?
もしかして、去年あたりに一度点検整備をしてもらったかな?
いやいや、そういう記憶は拙者にはない・・・(大汗)
それともボケちゃって忘れてる?(大汗)

問題がなくて良かったことは良かったのだが・・・なんとも気味が悪い・・・(大笑)

日記 | 21:42:31 | Comments(0)
『南洋政治地理史考』
img010.jpg

『南洋政治地理史考』
著作者 白坂義直
発行所 田中誠光堂
昭和18年3月20日 初版發行(初版3,000部)
定價 金貮圓貮拾銭

第1章 著者の言葉

第2章 南洋前史時代人類の分岐

第3章 三世紀南洋諸國地史

第4章 七世紀南洋諸國地史

第5章 十三及十四世紀南洋政治地圖

第6章 十四世紀満者伯夷帝國

第7章 十六世紀南洋政治の變轉

第8章 十八世紀南洋史地圖

第9章 十九世紀南洋政治地史

第10章 日本の成長

第11章 印度民族地理

第12章 現代豪洲及新紐蘭

第13章 泰國失地史

第14章 舊英領馬来民族行政地圖

第15章 現代南洋民族文化地圖

第16章 南洋各地人口密度

第17章 現代南洋華僑分布圖

第19章 南洋民族地圖

第20章 比律賓民族地圖

第21章 近世南洋に於ける民族の移動

第22章 南洋経済地圖
       第1 資源
       第2 投資

第23章 南洋各地交通量

第24章 世界史上之六大帝國

第25章 日本之成長と東亞之發展

地圖
    古代 前史時代人類之分布
    古代 三世紀南洋諸國地史
    古代 七世紀南洋諸國及交通
    古代 古代爪哇諸國

    中世 十三世紀南洋政治地史
    中世 十四世紀南洋諸國
    中世 十五世紀末南洋回教諸國
    中世 十六世紀南洋政治地圖
    中世 アメリカの發見

    近世 十八世紀南洋政治地史
    近世 十九世紀南洋政治地史
    近世 近世南洋民族移動圖

    現代 英國の印度洋帝國
    現代 印度行政區分及人口
    現代 印度交通地圖
    現代 1903年に於ける馬来半島
    現代 舊英領馬来行政地圖
    現代 泰國失地圖
    現代 比律賓行政區分
    現代 比律賓人口及密度
    現代 ミンダナヲ可耕地域
    現代 現代華僑分布及投資圖
    現代 豪洲及新西蘭地方別人口及密度
    現代 南洋各地人口密度及都市人口
    現代 南洋民族地圖
    現代 現代南洋宗教地圖
    現代 南洋文化地圖
    現代 南洋経済地圖
    現代 南洋航空線
    現代 太平洋船舶交通量
    現代 南洋各地交通量概圖
    現代 日本之成長と東亞之發展
    現代 現代世界之鼎立闘争
    現代 世界史上之六大帝國


本書は昭和18年に出版された本・・・
内容的には、大学の教科書かな?・・・という感じであるので、ちょっと難解な部分が多いが・・・
結構面白かった。
収録されている地図類は縮小されたもののようなので、ちょっと見づらいが、貴重な資料であると思う。


今年の読書:50冊目



読書 | 00:07:43 | Comments(0)