FC2ブログ
 
■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

■最近の記事

■月別アーカイブ

■カテゴリー
■FC2ブログランキング
■ブロとも申請フォーム
■最近のコメント
■小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

■ブログ内検索

■リンク
■RSSフィード
■FC2カウンター

「ホワイト国」から韓国を除外!
我国の政府が、韓国への輸出管理の運用を見直し、先端材料などの輸出について、輸出許可の申請が免除されている優遇制度「ホワイト国」から韓国を除外することにしたという。
今後は、個別の出荷ごとに輸出許可の取得を義務づけられることになる。
この優遇措置の解除は、安全保障上の問題だという。
他国へ輸出する時は、破壊兵器に転用されないよう徹底的に管理するという「安全保障貿易管理」を韓国はやっていないらしい。
サリンガスの原料をイランへ、科学兵器の原料をパキスタンへ、生物兵器関連のものをシリアへ・・・等々、韓国から密輸出されているらしい。
で・・・日本では、兵器に転用されかねないフッ化水素など3品目が、こんな調子で韓国から密輸出されたのでは堪らんから、韓国に対して管理をきちんとするよう要請していたが、韓国が全く対応しないので、今回の処置に踏み切ったらしい。

「ホワイト国」は、安全保障上、日本が友好国と認める国に対して適用されているそうだ。
現在、米国や英国など27ヵ国が「ホワイト国」になっているという。
韓国は平成16年、小泉内閣の時に「ホワイト国」に指定されたらしいが・・・
何で「友好国」という扱いをしたんだろう?(苦笑)

従軍慰安婦問題では、解決したはずの問題を蒸し返してはカネをせびり、他国に慰安婦像を建てるという嫌がらせをしている。
韓国海軍の艦艇が海上自衛隊に向けて火器管制レーダーを照射し、明らか戦争になってもおかしくないような非常識なことをやっておきながら平然としている。
また、天皇陛下に韓国に来て元慰安婦に謝罪をすれば慰安婦問題は解決するというような失礼なことを国会の議長が発言して平然としているし・・・
海上自衛隊の自衛隊旗を軍国主義の象徴だとして、旭日旗を非難したり、自衛艦の入港を拒否したり・・・
(その割には旭日旗ソックリの朝日新聞の社旗には文句を言わないのが不思議だが・・・)(大笑)
あ~でもない、こ~でもないと、因縁つけて嫌がらせをしてくる韓国を「友好国」として扱っていること自体が不思議でならない。
とうの昔に「ホワイト国」から除外されていてもおかしくはないと思うのですが・・・

韓国は、この除外処置に文句を言っているそうだが・・・
“友好的”じゃないんだから、仕方がないと思うんですけどねぇ~(大笑)

スポンサーサイト



エッセイ | 21:08:43 | Comments(0)
千葉・神奈川と静岡で立て続けに震度4!
昨日(24日)午前9時過ぎに千葉県館山市、南房総市、東京都千代田区、神奈川県川崎市などで震度4の地震があったという。
かなり広範囲だが、震源地は千葉県南東沖、マグニチュードは推定5.5だそうである。
千葉県沖が震源地だと首都圏の広範囲がかなり揺れるようである。

で・・・その後・・・
夜7時半前には、今度は静岡県熱海市で震度4の地震が起こった!(大汗)
震源地は伊豆半島東方沖で、マグニチュードは推定4.1だそうである。

震源地が千葉県沖、伊豆半島沖と連続するとなると、関東大震災も間近かな・・・という気がしてしまうなぁ。(大汗)


エッセイ | 21:05:02 | Comments(0)
遁刑者を収容する専門職を作ろう!(笑)
窃盗罪などで実刑が確定しながら出頭に応じず、収容時に逃走した43歳の男が、約4日間に及ぶ逃走の末、ようやく身柄を確保された。
この容疑者は、髪形や服装を変えて知人宅を転々とし、「出頭する」などと嘘の電話を県警にかけて、捜査をかく乱していたという。(汗)
「出頭しますから」と言われて「はい、では待ってます」というのも、いかがなものかと思うが・・・(苦笑)
結局は潜伏先のアパートを数十人の捜査員が囲んで逮捕したという。
1人の逃走者のために数十人もの捜査員を動員したのか?(大汗)
人件費を考えると採算が合わない気がしますが・・・
そもそも検察事務官など7人が収容しに行った時に、包丁を振り回されて逃走されたのだから、7人では駄目だから数十人という捜査員で包囲するしかなかったのだろうが・・・(苦笑)
なんだか、逮捕する側が「ひ弱」に思えて笑ってしまう・・・・

この容疑者のように実刑確定後、収容前に行方不明になる者を「遁刑者(とんけいしゃ)」と呼ぶのだそうだ。(苦笑)
簡単にいえば・・・・「遁走(とんそう)した人」ということだろう。(大笑)
最近は、裁判所が保釈を広く認める傾向が強くなり、これまで許可してこなかった暴力団関係者や薬物常習者も保釈するようになったそうで・・・・(大汗)
当然だと思うが・・・(苦笑)・・・出頭に応じなかったり逃走するケースが増えているという。(大汗)

近年は、1審判決前に保釈された被告は、実刑判決を受けても控訴すれば2審で再び保釈が認められるケースが大半だという。(唖然)
しかも、2審で保釈された場合は、判決時に出廷する必要がないため、実刑が確定して出頭要請に応じない場合は、自宅などに収容に行かなければならないのだそうだ。(唖然)
判決を受ける時は、被告は必ずその場にいるものと思っていたのだが・・・(汗)
いなくてもいいって、どういうことなんだろう?
まるで他人事のようになるんじゃあるまいか?
これ・・・TVの「法廷ドラマ」でやったら、被告不在のドラマになって、かなり面白くないドラマになるだろうなぁ~(大笑)

保釈されたのが暴力団関係者や薬物常習者となれば、抵抗されたり逃走されたりするリスクは更に高くなるわけで・・・
それに対して収容に向かう検察事務官は人手不足で手が回らないらしい。
昨年末現在で、この「遁刑者」は全国に26人もいるという。(唖然)
人手不足を理由に、野放しにしたのでは何のための裁判なのか、わからなくなるのではなかろうか?

刑期を終えた出所者は、就職先が見つからないため社会復帰できず、再び犯罪を犯す傾向があるという。
ならば・・・
そういう出所者を検察庁が採用して、「遁刑者収容専従職員」としたらどうだろう?(笑)
できれば・・・強面(こわもて)の人がいい・・・(笑)
自分より怖い顔をした人に来られたら、容疑者も素直に従うかも・・・(大笑)
前科のある人の社会復帰にも役に立つし、再犯防止にも役に立つし、生活保護費の削減にもつながるから一石二鳥、三鳥だと思うのだが・・・
どうだろうか?

エッセイ | 21:13:35 | Comments(0)
母の十三回忌法要
今日は母の十三回忌の法要を行った・・・
母が亡くなって、もう12年も経つのか?(唖然)
どうも信じられない・・・・(苦笑)
つい数年前に七回忌をやったばかりのような気がするのだが・・・
あれから6年も経ってる?(汗)

山奥の過疎化した村にある(笑)お寺で法要を営んだ・・・
我が妹家族と母の妹である叔母、母方の従姉妹達を代表して従兄が参列してくれた。
我が弟は前回同様、欠席・・・・
母の姉である伯母は高齢なので、母の実家で従姉妹達と一緒に待っていてもらう。

お寺での読経の法要を終え・・・実は、ここからが、メインイベントで・・・(大笑)
母の実家で母方の親戚を集めての「お喋り会」!
母の法要をダシに、みんなで集まっておしゃべりをして楽しむのである!(大笑)

御膳は仕出しの御膳を用意したが、これに従姉妹達手作りの食べものが加わり・・・
本来、法要となれば、我が家が“引き物”用意してお渡しするだけなのだろうが・・・・
いつものように伯母さんたちが“お土産”を持参してきて、“お土産”の物々交換である。(大喜)

ワイワイ、ワイワイと楽しい、「お喋り会」をして解散!(笑)
こうなると、法要なんだか何なんだか、さっぱりわからないが・・・
まぁ、これも供養・・・・母もみんなの笑い声を聞いて喜んでくれたのではあるまいか?(笑)

日記 | 20:59:51 | Comments(0)
千島列島で噴火!(驚)
昨日(22日)、千島列島中部のライコケ島のライコケ山(標高551m)が噴火したという!(驚)
火山灰は上空十数キロに達するのではないかと言われているそうだ。
なにせ、千島列島はロシア領なので、よくわからない・・・(苦笑)

国土交通省の話では、飛行中の旅客機がエンジンに火山灰を吸い込むと最悪の場合はエンジンが止まる危険性があるため、日本と北米を結ぶ路線では、日本の航空会社は噴煙を避けるルートに飛行計画を変更して対応しているという。(汗)

その昔、ラバウルへ行った時・・・
火山の噴火で1日に1便しか来ない旅客機が予定の時間になっても来ず・・・(涙)
火山灰の降る中、これ以上、降り続くとヤバイ・・・という時に、ようやくやってきたので乗り込んだが・・・
火山灰を吸い込んでエンジンが止まるんじゃなかろうかとハラハラしたものである。(大汗)

火山の噴火はヤバイんだよなぁ~

それにしても、千島列島で火山の噴火・・・・ねぇ~
ここ近年、そんなことってあったかなぁ~
地震だの火山の噴火だの・・・地殻変動が激しくなっているのかな?(大汗)
大災害は、私がこの世を去ってから起こってもらいたいものだ・・・・(大笑)

エッセイ | 20:04:34 | Comments(0)
保釈のシステムがわからない(汗)
神奈川県の愛川町で、実刑が確定した保釈中の男が逃走した。(大汗)
この男・・・
窃盗、傷害、覚醒剤取締法違反などの罪に問われ、昨年9月に横浜地裁で懲役3年8カ月の実刑判決を受けた。
で・・・この男は東京高裁に控訴したが、高裁はこれを棄却して今年2月に判決が確定したという。
が・・・この男は控訴審中に保釈されたのだという。(唖然)
これが私には理解できない・・・・(大汗)
実刑判決を受けているのに、控訴中だからといって保釈していいのかねぇ~

保釈が認められるのは、逃亡や証拠隠滅の恐れが高くない場合に限るそうだが・・・・
この男は、これまでに書面による出頭要請に応じず、検察側は自宅を複数回訪問したが会えなかったという。
はぁ?(大汗)
それって・・・逃亡と同じじゃなかろうか?(汗)

だいたい、文書で出頭命令って、どういうことだろう?(苦笑)
「あなたは控訴が棄却され、刑が確定して刑務所に入ることになりましたので来てください」と手紙で言われて、「はい、わかりました」と大人しく出頭する奴なんかいるんだろうか?(大笑)
裁判所って、どういう神経をしているんだろう?
「何回か会いに行きましたが会えませんでした」で済ますことも信じられない。
その時点で指名手配をして身柄の拘束の手配をすべきじゃないの?(汗)

結局、横浜地検の職員や神奈川県警の警察官が会いに行ったら・・・
刃物を振り回されて逃走された・・・(唖然)
つまり・・・地検の職員も警察官もビビッてしまったわけだ・・・(苦笑)
大失態である。(唖然)

近年、保釈請求を許可する割合(保釈率)が増えているという。
平成20年の14.4%から平成29年には31.3%と、倍以上になっているのだそうだ。
この保釈を認めるのは裁判官なのかな?
だとしたら・・・最近の裁判官は、少し頭がおかしいんじゃあるまいか?(大汗)
平成29年中に保釈中に犯罪を犯した被告が256人もいるのである。(唖然)
こういうことを知らないはずはないと思うのだが・・・

覚醒剤取締法違反で起訴された暴力団員が保釈中に他人を射殺し、拳銃を所持したまま逃走するという事例もある。
今年の3月には、殺人罪で懲役11年の実刑判決を受けた被告に東京地裁が保釈を認める決定を出し、東京地検の抗告を受けた東京高裁が慌てて地裁の決定を取り消すというケースもあった。
どう考えても、殺人犯を保釈しちゃダメでしょ?(唖然)
裁判官は東大法学部で、どんな教育を受けたんだろう?(大笑)
司法試験というのは、難しくて、なかなか合格しないそうだが、確かに、殺人犯を保釈するなんていうのは常人では思いつかないから、常人では合格できないかも・・・(大笑)

日産自動車の前会長であるカルロス・ゴーン被告も証拠隠滅の恐れがあると指摘されていたのに保釈されている。
有名人だから、まさか逃走はしないだろうが・・・
証拠隠滅をされたのでは判決に大きく影響を与えることになるのではなかろうか?
・・・・ということを、裁判官は理解できない?(苦笑)

長期間、身柄を拘束した挙句、結局、無罪でした・・・となったのではマズイから保釈制度があるんだろうと思うが・・・
第一審で何らかの有罪判決が出た場合は、控訴中でも保釈は認めるべきではないのではなかろうか?
特に、傷害だの殺人だの、覚醒剤だの・・・という被告は・・・
誤って歩行者を車ではねてしまいました・・・という被告とは違うんだから・・・

保釈のあり方を見直すとともに、保釈中の被告の身柄の確保の方法ついても改善をすべきではなかろうか?
更に、保釈中に逃走しても、保釈金が没収されるだけで、逃走したことの罪は加算されないらしい。(唖然)
懲役10年の判決が確定した人が保釈中に逃亡したら、2倍の懲役20年に自動的になります・・・ということにでもしないと、こういう保釈中の逃走はなくならないんじゃなかろうか?
となると・・・法体系(?)・・・刑法自体を見直すべきかもしれない。
それって、誰が考えて決めるのかは知らないが・・・・(苦笑)
現状は、いくらなんでもお粗末ではなかろうか?(大笑)

エッセイ | 20:02:21 | Comments(0)
認知症の行方不明者、最多更新
平成30年中に認知症か、その疑いが原因で行方不明になって、警察に届け出があったのが1万7000人ほどいたそうである。
これは前年比、1000人ほど増えているそうだ。
こういう行方不明者は・・・
平成24年から毎年増え続け、過去最多を更新したという。(大汗)

これは、いわゆる「徘徊」なんだろうなぁ~
我が父親は、認知症になって私のことが分からなくなったが、徘徊はしなかった。
せいぜい、家の中を徘徊して、いつの間にか台所の流し台の下で寝ていたり・・・(苦笑)
2階の使っていない部屋の畳の上で、素っ裸になって寝ていたりしていたが・・・(苦笑)
さすがに家の外を徘徊することはなかったので、私は、この「徘徊」騒動の大変さを知らない。
徘徊する認知症を患った人と同居している家族は大変だろうなぁ~・・・と思う。

団塊世代の全員が75歳以上になる令和7年には、認知症の高齢者が700万人に達すると予想されているそうだ。(大汗)
この700万人のうち、どれだけの人数が認知症による「徘徊」で行方不明になるのだろうか?
そう考えただけでも恐ろしい・・・(大汗)

なにかいい薬を開発してくれないかなぁ~
自動運転の車より、認知症の親を自動運転できる何かを先に開発してくれないかなぁ~(苦笑)

エッセイ | 16:40:28 | Comments(0)
来日外国人のドローン違法飛行
外国人旅行者によるドローンの違法飛行が続発している。
これに対して、警視庁が警告に乗り出すことになったという。
(やっとですか?)(唖然)
外国語のポスターやリーフレットを羽田空港などで掲示、配布するのだそうだ。(汗)
はぁ?・・・・である。
空港に降り立った観光客がポスターなんか見ますかね?

観光客の多くはネットで“インスタ映え”する場所を調べて来日しているのではなかろうか?
その“インスタ映え”する場所を空撮したいからドローンを飛ばすんじゃなかろうか?
ならば・・・
ネット上に警告を出す方が効果があるんじゃなかろうか?
例えば・・・これは“インスタ映え”しないとは思うけど・・・
違法にドローンを飛ばした外国人観光客が手錠をかけられて連行されるシーンをネットで流すとか・・・(大笑)
「許可なくドローンを飛ばすと、滞在中はホテルじゃなくて留置所で過ごすことになります」とか・・・(大笑)
「裁判にかけられますので、半年以上、帰国は出来なくなります」とか・・・(大笑)

実際は、ほとんどが“注意”で済まされている。
平成29年に姫路城でドローンを飛ばした香港の中国人男性が注意されている。
今年の5月には渋谷のスクランブル交差点でドローンを飛ばした外国人旅行者が注意されている。
これらは現場を押さえられたからで・・・現場を押さえられなかった例はもっとあるんじゃなかろうか?

人口密集エリアや空港周辺は航空法で無許可のドローンの飛行は禁止されている。
首相官邸や皇居など重要施設の周辺もドローン規制法で原則禁止である。
どこなら飛ばしていいかは素人にはさっぱりわかるまい。
とにかく“許可”を取ればいいのだが・・・観光客はそういうことは思い至らない。(面倒くさいだろうし・・・)

私が以前、ロシアに行った時のこと・・・
同行している監視役(?)のロシア軍人に、いちいち確認を取りながら写真を撮ったものである。
一昔前は、重要施設の写真撮影は禁止・・・
確か川に架かっている鉄橋の写真などは禁止だったと思う。
なぜならば、専門家が鉄橋の写真を見れば、どのくらいの爆薬を使えば鉄橋を破壊できるか計算できてしまうからだと言われていた。
今は、どこまで厳しいのかは知らないが・・・
知らないから、なおさらカメラを向ける方向を、いちいち確認してシャッターを押したものである。
ロシアなんぞでスパイ容疑で逮捕されたのでは堪らん・・・(大笑)
平和ボケなのか極端な性善説によるものか、日本はこういう意識は低いから、外国人観光客も、何をしても大丈夫と思っているのだろう。(汗)
注意されるくらいで、逮捕はされないと思っているから・・・

実際、平成29年に京都御苑でドローンを飛ばした英国人は航空法違反容疑で書類送検・・・
今年の4月、上野恩賜公園でドローンを飛ばしたポーランド人も航空法違反容疑で書類送検・・・
JR東京駅周辺でドローンを飛ばした中国人は航空法違反容疑で事情聴取のみ・・・
身柄が拘束される「逮捕」には至っていない。
甘いんじゃなかろうか?
「知らなかった」で済ましていいものやら・・・
一番恐れるのは、そういう観光客になりすましてテロリストがドローンを飛ばすことである。
この可能性は十分にある。
来年は東京オリンピックもあることだし・・・
事前に“予行演習”という可能性もある。
「注意」程度で済ましていいものやら・・・
身柄を一時的にも拘束して徹底的に調べ上げる必要性があるんじゃなかろうか?

警視庁では平成27年に、網で違法ドローンを捕獲する大型ドローンなどを装備した「無人航空機対処部隊」を発足したというが、どのくらいの実績を上げているやら・・・・(大汗)

いつどこから飛んでくるかわからない違法ドローンへの対処法・・・・
考えてみた・・・(苦笑)
まず、許可を受けたドローンからは「識別信号」を発信させるようにする。
この信号が出ていないドローンは全て違法ドローンである。
で・・・ドローンの飛行規制地域の近くに何機かの大型捕獲ドローンを常駐させ・・・
もしくはパトカーなどの警察車輛の屋根に載せておいて・・・(笑)
レーダーで違法ドローンをキャッチしたら、自動的に発進!
こういう時に役に立つのが“AI”である。
違法ドローンを自動で勝手に追跡して網で捕獲!
これで一件落着・・・
あとは電波の発信元を探して個人を特定して逮捕・・・ネットに公表して再発防止・・・
どうだろう?・・・これ・・・(大笑)
日本なら、こういうの開発できるんじゃないの?
「ものづくり日本」なんて言っているんだから・・・(大笑)

エッセイ | 16:39:07 | Comments(0)
中国人の覚せい剤密輸事件
北海道で、米国から覚せい剤1.9キロをカップラーメンに隠して密輸した疑いで中国・香港の女(31歳)が逮捕された。
覚醒剤1.9キロは末端価格で約1億2千万円になるそうで、通常の使用量で約10万回分に相当するという。(唖然)
この覚醒剤・・・・
1袋15グラム前後の小袋に入れ、粉末スープに似せてカップラーメンに仕込んだらしい。
東京税関が米国からの航空貨物に隠された、この覚醒剤を発見し、厚労省の麻薬取締部が、宛先となっていた札幌市内の、この中国人女性のマンションを内定して、川崎市内で覚醒剤1キロを所持しているところを現行犯逮捕したという。

多くの外国人を受け入れるという国の政策・・・
こういう外国人も潜り込んで、日本に居住して悪事を働くんだから、もう少し考えたらいいと思うのだが・・・
10万回分の覚醒剤って・・・単純計算でいうと10万人分でしょ?
川崎市内で捕まったということは、札幌から川崎へ出かけて売るつもりだったわけでしょ?
いわゆる「売人」というわけだ。
こういう売人は所持しているだけで死刑にした方がいいんじゃないか?(苦笑)
小袋にわずかな量・・・ということなら“仕込まれた”“ハメられた”ということも考えられるが・・・
1キロも持ち歩いていたら、そりゃ、売人だということは明らかでしょ?
日本は甘いんだよなぁ~

本人は「これは食材だ」と言い張って容疑を認めていないらしい。
ならば・・・目の前で、このカップラーメンを食べてもらえばいいと思うのだが・・・(苦笑)
15グラムの覚せい剤のスープを飲み干してもらうと、どうなるか・・・(大汗)
見物だと思うが・・・
こういう前例を作って“見せしめ”にしないと、覚醒剤の密輸は撲滅できないのではなかろうか?(苦笑)

エッセイ | 16:35:41 | Comments(0)
新潟で震度6強!(驚)
昨日(18日)の午後10時半ごろ、新潟県下越で震度6強の地震があったという。
マグニチュードは推定6.7だそうだ。
被害は秋田、宮城、山形、新潟、石川の5県に及び、重軽傷者も出ているらしい。

先日、我が茨城県で震度4の地震があったばかりで、今度は日本海側の新潟県?
以前も、そういう“順番”で地震が起こったことがあったような気がする。(大汗)
太平洋側と日本海側・・・何か相関関係があるのではなかろうか?

中国の四川省の地震との相関関係は、過去の事例が、ちょっと記憶にないからわからないが・・・
何だか、いやに地震が多いような気がしてならない。
そのうち、地球がパッカリと割れるんじゃあるまいな?(苦笑)

エッセイ | 16:31:18 | Comments(0)
中国の四川省でも地震!
昨日(17日)午後11時ごろ(日本時間は18日の午前0時ごろ)、中国の四川省で地震があったそうだ。
マグニチュードは6.0だそうである。
かなり大きな地震である。
地元政府によれば死者12人、負傷者134人とのことだが・・・
もっと多くなるかもしれないなぁ~

四川省は中国の中でも地震多発地帯であるという。
2008年の大地震では死者・行方不明者が8万7000人以上にものぼったと言われている。
中国の言うことだから、どこまでが本当で、どこまでが嘘なのかはわからないが・・・(苦笑)
いずれにせよ、多数の犠牲者が出たことは確かなようである。

同じ日に起った我が町での地震とは関連性はないと思うが・・・
なんとも不気味である。(大汗)

エッセイ | 22:33:45 | Comments(0)
我が町で再び震度4!(大汗)
昨日(17日)の午前8時ごろに震度4の地震があった!(大汗)
震源地は我が茨城県の北部・・・
マグニチュードは推定5.2だそうだ。

この間、震度3の地震が起こってから約10日後か・・・
ちょっと周期が気になる。(汗)





日記 | 21:53:13 | Comments(0)
『日本テレビとCIA』


主な登場人物

文庫版へのまえがき
原発導入と正力松太郎
   東北・関東大震災と原発
   ポダルトン工作と「原子力を平和に」
   中曽根と原子炉予算
   第五福竜丸事件とアメリカの心理戦
   正力は原子力カードを握った
   「ポハイク工作」と「原子力平和利用博覧会」で反米・反原子力世論を転換
   アメリカと決裂し、イギリスを頼る
   国策民営の起源

序章 
CIA正力ファイルの発見

第1章
日本テレビ出生の秘密
   反共通信網としての日本テレビ放送網
   説明会に出席していた諜報・情報関係者たち
   ジャパン・ロビーの性格
   第三グループの戦略情報局OB
   そしてGHQの情報将校たち
   ポダアム(正力)とポハイク(日本テレビ)
   神話としての日本テレビ創設物語

第2章
反共スキームに飲み込まれた正力構想
   カール・ムントという男
   電波の冷戦
   ヴィジョン・オヴ・アメリカ構想の発表
   マッカーサーの冷たい反応
   アメリカは「戦犯容疑者」正力に好意的だった
   目的が娯楽から反共へ

第3章
日本テレビとジャパン・ロビー
   ジャパン・ロビーの人脈
   ジャパン・ロビーは反共・親日
   天皇制を擁護したジャパン・ロビー
   「逆コース」の達成

第4章
心理戦のプロ集団ドゥマン・グループ
   ジャパン・ロビーの実働部隊
   大蔵官僚への士気工作
   ドゥマン、CIAに援助を要請

第5章
正力ロビーを操ったジャパン・ロビー
   正力ロビーが変えたテレビの既定コース
   アメリカ方式導入を命令していた吉田茂
   吉田の一元的メディア複合体構想

第6章
CIAを引きずりこんだドゥマン士気工作
   スパイから見たドゥマンの士気工作
   ヨーロッパでのCIAの反共工作
   ラジオ重視だったCIA

第7章
密約の崩壊
   国務省はホールシューセンを黙殺した
   アメリカの外交・情報政策の激変
   焦る正力、ごまかすホールシューセン
   正力とホールシューセンをつなぎとめた「失われた環」

第8章
かくしてCIAと日本テレビはリンクした
   W作戦の破綻と日本テレビ
   菅原の背後にはドゥマン

第9章
1000万ドル借款バトル始まる
   ホールシューセンの妨害が激化
   CIA秘密資金で軍事通信網を建設せよ
   上院外交委員会VS大統領・CIA
   借款の推薦状は手に入れたが

第10章
日本テレビ開局と怪文書
   ついに日本テレビ開局
   怪文書騒ぎと国会論争
   正力の国会参考人招致
   反正力の政治的潮流
   リークの真犯人は吉田

第11章
吉田、正力つぶしに動く
   なぜ吉田は電電公社支持に変わったのか
   正力・吉田・梶井間の了解の中身
   2500万ドル借款で1000万ドル借款を潰せ
   正力・鳩山・重光VS吉田・犬養変則タッグマッチ
   キャッスルが電電公社支持に回る

第12章
電電公社の逆襲
   電電公社に乗り換えたアメリカ
   吉田と正力の新たな密約
   電電公社に凱歌

終章
心理的再占領体制下の日本
   日本テレビは心理戦に組み入れられた
   「対日心理戦略計画」
   1953年前後のCIA
   日本の協力者たち
   「対日心理戦のエース」としての日本テレビ
   CIAの資産としての正力
   アメリカの利権としてのテレビ
   ドゥマンの呪縛はいつ解けるのか

あとがき

文庫版あとがき



引用・参考文献
   第一次資料
   第二次資料
   英語文献


今年の読書:39冊目



読書 | 21:29:38 | Comments(0)
特殊詐欺対応の警官が詐欺!(唖然)
特殊詐欺の対策で知り合った高齢男性から1千万円を超える現金を騙し取ったとして京都府警の巡査長(38歳)が逮捕された。
昨年、金融機関から多額の現金を降ろそうとしている男性がいるとの通報を受け、金融機関を訪れた際に、この高齢男性と知り合い、この男性が多額のカネを持っていることを把握・・・
その後、「こちらで保管します」などと嘘を言って2回にわたり現金を騙し取ったという。
この巡査長、今春の異動で連絡が取れなくなったことを不審に思った高齢男性が前任の交番に連絡したことから、この事件が発覚したという。
なんと呆れた事件か・・・
特殊詐欺対策をする側が詐欺を働いたんじゃお話にならないが・・・(大汗)

こういう警察官としての立場を悪用しての事件は以前からあったというのだから驚きである。
平成27年には、群馬県警の巡査が「パパが交通事故に遭って病院に運ばれた」と嘘を言って小学4年の女児を連れ出そうとした誘拐未遂事件・・・
同じ年には奈良県警の巡査部長が速度違反をした女性から現金を受け取って違反をもみ消した事件・・・
平成28年には、兵庫県警の警部補が家宅捜索で訪れたことのある住宅に侵入して窃盗を働いた事件・・・・
平成30年には、埼玉県警の巡査が、病死した男性の遺族に「死体検案書の他に82万円がかかる」と嘘を言って現金を騙し取った詐欺事件・・・・

多分・・・もしかしたら・・・これは“氷山の一角”かもしれないが・・・(汗)
よくもまぁ、警察官ともあろうものが・・・と呆れるが・・・
昔、子供の頃に聞いた話・・・
昔は、まともな人間は「おまわり」なんていう職業には就かない・・・と言われていたという。
「おまわり」になるような奴はろくな人間ではないと言われていたとか・・・(大汗)
(本当かどうかは知らないが・・・)
警察官を「おまわり」と呼ぶのは、そういうことだという話を聞いたことがある。(汗)
昔はどうだったかは知らないが、今では警察官という職業は、そういう“低い”職業ではないと思うのだが・・・
まだ、その頃のDNAが残っているのだろうか?

そもそも、警察官という職業に不向きな人間が、その職業に就いてしまうから、こういう問題が起こるわけで・・・
これは「適性」をどう見極めるか・・・が問題・・・
ここを何とかしないと、こういう事件は無くならないだろう。
何かいい方法はないものだろうか?
警察官と詐欺師・窃盗犯は紙一重・・・ではねぇ~・・・堪ったものではない。(大汗)

エッセイ | 10:50:22 | Comments(0)
北関東連合会の総会に行く
今日は、我が大学の同窓会「北関東連合会」の総会に行く。
「北関東連合会」は茨城県、栃木県、群馬県の3つの同窓会支部で構成されていて持ち回りで開催される。
今年は群馬県支部が担当・・・
群馬県支部総会と一緒に開催される。

早朝、電車に乗ってJR石岡駅で下車、ここで我が支部長、幹事長と合流し、幹事長の運転する車に乗って出発。
途中、会計監事をピックアップして、茨城県支部からは4名の役員が参加する。
みなさん、拙者より先輩の方々・・・
最年少の拙者が後部座席でふんぞり返っているのもおかしな話なのだが・・・(苦笑)
「どう見ても貫禄から言って俺たちより先輩にしか見えない」とからかわれる。(大汗)
それって・・・老けているってことか?(大笑)

005_convert_20191206160858.jpg

懇親会のアトラクションは、地元の吹奏楽団による演奏会である。
楽器を演奏できるというのはうらやましい・・・・(笑)

008_convert_20191206161251.jpg

この「北関東連合会」・・・・
なんで3県が集まって総会を開かなくてはならないのか、誰もその意義を知らないのである。(苦笑)
3県の交流というのを目的としているのかもしれないが、正直言って、我が茨城県としては、群馬県とことさら交流を持ちたいとは思っていない。(苦笑)
先方も同じだと思うが・・・(苦笑)
これは他の団体でも同じ・・・
以前、拙者が青年会議所にいたとき、北関東3県の会合があり、拙者は茨城県から出向の役員をしていたことがある。
この時、群馬県の連中から「俺たちは正直言って茨城県と付き合う気はない。どちらかというと新潟県と交流を持ちたいと思っている」と言われたことがある。
最終的には拙者の発議で、この北関東3県の会合を解散させた・・・(苦笑)
意味もない会合を惰性でダラダラとやっていても時間とカネの無駄である。
この大学の同窓会、北関東連合会も似たような感じがある。

戦時中、北関東には第14師団というのが編成されていた。
師団司令部は栃木県の宇都宮である。
栃木県宇都宮の歩兵第59連隊、茨城県水戸の歩兵第2連隊、群馬県高崎の歩兵第15連隊などで編成されており、パラオで戦った師団である。
そういうことで縁があってお付き合いしているのかというと、そういうわけでもない。(笑)
だいたい、第14師団とかパラオとか言っても誰も知らないのである。(大笑)

となると・・・なんで俺たちは付き合わなくてはならないんだろう?(大笑)

唯一のメリットは・・・
移動する車内で先輩たちと色々な話が出来て親しくなれるというところかな?(笑)
まぁ、少しでもメリットがあれば良しとしようか・・・(大笑)

日記 | 20:58:06 | Comments(0)
『史実を歩く』


「破獄」の史実調査

高野長英の逃亡

日本最初の英語教師

「桜田門外の変」余話

ロシア皇太子と刺青

生麦事件の調査

原稿用紙を焼く

創作雑話

読者からの手紙


著者は「歴史小説」の小説家・・・・
私が高校・大学生の頃、何冊か、この方の本を読んだ覚えがある。
多分、戦史だと思うが・・・
申し訳のないことに、内容はあまりよく覚えてはいないのだが、とにかく読みやすく、こういうことを書けるってすごいなぁ~と感心したことは覚えている。
後に知ったことだが、とにかく細部へのこだわりがスゴイ人だったらしい。
徹底的に取材をするらしい。
それを知ったのは、著者が亡くなった後のことである。
著者は平成18年に79歳でお亡くなりになった。
「尊厳死」という形で自ら点滴の管を抜いての死だったらしい。
書いたものもすごいが、生き様、死にざまもすごい。
本書は「取材ノート」と呼んでいいと思うが、こうやって取材して、思索して作品を書いたのかと、なんとなく自分も作家にでもなったような気分になれた本だった。
吉村さんの本・・・また読んでみようかなと思った・・・・


今年の読書:38冊目



読書 | 19:53:22 | Comments(0)
青野ヶ原 戦車隊之碑
188_convert_20191205231535.jpg

(碑文)

昭和十五年四月
    この地に戦車隊が誕生した
 多くの若人が
    この庭で心身を鍛え
その多くは
 櫻花と共に國に殉じた
         われら生存者
永遠の平和を願って
    ここに碑を建つ

昭和四十九年十一月三日 文化の日

関係部隊
戦車第六聯隊
同  補充隊
戦車第十九聯隊
同  補充隊
戦車第四十二聯隊
戦車第十三聯隊
南海第四守備隊第一戦車中隊
 同        第二戦車中隊
 同        第三戦車中隊
獨立戦車第八中隊
 同   第十中隊


【兵庫県小野市桜台・陸上自衛隊青野原駐屯地】



史跡 | 23:01:55 | Comments(0)
青野原駐屯地に行く
ホテルをチェックアウトして・・・・
加古川で乗り換え青野ヶ原駅で下車する。
1時間ちょっとの移動である。

184_convert_20191205124800.jpg 186_convert_20191205124831.jpg
(青野ヶ原駅)

今日、陸上自衛隊青野原駐屯地にお邪魔する目的は・・・
この駐屯地内に移設された「青野ヶ原 戦車隊之碑」の写真を撮るため・・・(笑)
今度発行する戦友会の会報の表紙の写真をどうしようかと思っていた。
以前、病院の敷地内にこの碑があるというので探しに来たことがあったが、その病院の移転先に行ってしまい大失敗!(大涙)
移転前の病院は別の場所にあり、現在は廃墟になっていると病院職員から知らされた。
碑も雑草に覆われているだろうとのこと・・・
半日がかりで探した挙句が空振りだったのである。(涙)
わざわざ兵庫県まで来たのに・・・下調べが甘かった。(苦笑)

その後、この碑が陸自の駐屯地に移設されたことを知った。
この碑は我が師団隷下の戦車第6連隊の生還者などが中心になって建立したものである。
ようやく念願叶って会報の表紙を飾ることが出来る。
事前に駐屯地には訪問の目的を伝えておいてある。

さて・・・駅に降り立ったはいいが・・・無人駅・・・(汗)
タクシーもない・・・(大汗)
駅の目の前には住宅が迫っているという小さな駅である。
とりあえず駅に降り立ったことを駐屯地に電話で伝え、徒歩で向かうことにした。

タブレットの地図を頼りに、田園風景の中を歩き、緑深い小高い丘に向かう。
この丘のダラダラした上り坂が意外にキツイ・・・・(涙)
普段の運動不足のせいで息が切れる。(涙)
まもなく駐屯地・・・というところで、いきなりの雨!(驚)
ザーッと降ったかと思ったらピタリと止んだ・・・
奇襲攻撃である。(笑)
駅から歩いて約40分後、無事に駐屯地に到着!

202_convert_20191205205021.jpg
(陸上自衛隊・青野原駐屯地)

駐屯地の広報班の方の出迎えを受けて、早速、敷地内に移転された記念碑まで案内していただく。

187_convert_20191205205139.jpg

真ん中の碑が「青野ヶ原 戦車隊の碑」で・・・
向かって左側の碑は「戦車第19聯隊」の有志が建てた碑・・・
昭和58年に建立されたものである。
向かって右側の石碑は、崩し字で刻まれているので、よくわからないが、淺沼組という業者が昭和15年に何かを竣工したことを記念した碑のようである。
その斜め後ろに「騎兵学校跡地之碑」と書かれた木柱が・・・
昭和62年に建てられたもので、これも移転の時に一緒に持ってきたのだろう。
しかし、騎兵学校というのは千葉県の習志野にあったはず・・・
おかしいなと思ったのだが、どうやら終戦の年に千葉から兵庫県の青野ヶ原へ移転したらしい。
当時は、もう馬に乗って戦うような時代ではなかったはずだが、学校だけは残っていたのかな?
本土決戦を想定しての千葉からの移転かな?

無事に目的を達成し・・・
ついでに資料室を見学させていただけるというので、資料室にお邪魔する。
ここは、一般の方向けに公開してはいないようである。
特別に見せてもらっちゃった。(笑)
展示品の中に、我が師団の戦車第3旅団長、重見少将の写真が展示されていた。
あらら・・・重見少将!
フィリピン戦について、少々お話をさせていただいたのだが・・・
どうもピンとこないようで・・・(苦笑)
広報班の方の話によると、幹部自衛官は戦史を勉強するが、一般隊員は戦史を勉強することはないそうである。
というわけで・・・戦時中の話を聞いても、よくわからないのだそうである。
そういうことなら、まぁ~仕方がないかも・・・
しかも、この駐屯地は高射特科群の駐屯地で、いわゆる防空部隊なのである。
我国に侵攻してくる敵航空機に対して地対空誘導弾で迎撃する部隊なのである。
我が師団は戦車師団なので・・・戦車の話をされても戸惑うのも当然かな?(笑)

結構長時間お邪魔をしてしまったが、無事、目的が果たせて大満足・・・・
広報班の方に見送られて駐屯地を辞する。
帰り、同じ道を歩くのも面白くないので、試しに逆方向へ歩いて帰ることにした。
「青野ヶ原駅」の次の駅が「社町駅」で、駐屯地は、この2つの駅のちょうど中間地点にあるのである。
ということで・・・「社町駅」に向かって歩く。

203_convert_20191205224129.jpg
(社町駅)

駐屯地を辞して歩き続けること約45分で駅に到着!
面白いデザインの駅である。
当然(?)・・・無人駅だった。(笑)

ここから加古川まで戻り、加古川で乗り換えて姫路まで行き、姫路で新幹線に乗って東京へ・・・
そして、無事に帰宅する。(喜)
充実した「小旅行」だった・・・大満足である。

旅行 | 12:34:59 | Comments(0)
女性消防吏員、倍増!
茨城県内の消防本部に勤務する女性消防吏員の総数は、2010年度には26人だったが、2019年度には62人となり、2倍以上に増えたという。
県内の消防吏員は総数で4464人いるが、そのうち62人が女性という事で、女性の割合は1.4%だそうである。
ちなみに昨年度の全国平均は2.7%だそうである。

ところで・・・この「消防吏員」とは何かというと・・・
消防本部に勤務する職員のうち、階級を有する者を「消防吏員」というのだそうだ。
消防職員に「階級」というのがあったとは知らなかった。(汗)

総務省消防庁は、2026年4月までに、女性消防吏員の割合を5%に引き上げる目標を掲げている。
目標を掲げるのは必要なのかもしれないが・・・
役所の恐い所は、数字さえ達成すればそれでいい・・・となりかねないところである。(大汗)
女性なら誰でもいいから採用しよう・・・なんてことにならねばいいが・・・と思う。(苦笑)
ひとそれぞれ、向き、不向きというのがあるからねぇ~(汗)

エッセイ | 22:46:43 | Comments(0)
常磐橋の広告塔
181_convert_20191201182451.jpg

常磐橋の「広告塔」について

広告塔は、明治23年頃、長崎街道の東の起点である常磐橋の袂(たもと)に建てられました。
森鴎外の小説『獨身』において広告塔は、西洋から直接小倉に伝わった「東京にないもの」のひとつとして挙げられ、「常磐橋の袂に圓(まる)い柱が建ってゐる。これに廣告を貼り付けるのである。」と書かれています。
当時の小倉は、隣接する門司の西洋化に触発され、近代化への歩みを始めたころでした。
このような時代背景において建設された広告塔は、ヨーロッパの街にアクセントを与えていた塔をモデルにした斬新なデザインであり、商業地小倉らしいアイディアで親しまれていました。
その後、明治時代の末期には、塔の下方が便所として改築され、昭和20年代後半まで多くの人に利用されていました。
このモニュメントは、紫川周辺の景観整備の一環として、小倉文化の象徴であった「広告塔」を当時の面影を残しつつ、新たに証明機能を備え、約三分の一の大きさで復元したものです。

平成15年 北九州市

(説明銘板より)


【福岡県北九州市小倉北区・常磐橋の京町側】



史跡 | 17:47:06 | Comments(0)
常磐橋
183_convert_20191203140207.jpg

常磐橋の由来
                北九州市

常磐(ときわ)橋は江戸時代の初め頃、小倉の城下町の東曲輪(くるわ)(主として町人が生活していた地域)と西曲輪(主として武士が生活していた地域)を結ぶ、重要な橋として架けられ、当初は大橋と呼ばれていました。
この橋の西勢溜(せだまり)(橋詰)が長崎街道の起点となっていたため橋の周辺は幕府役人や旅人の宿などが立ち並んでにぎわっていました。
参勤交代の大名や長崎奉行をはじめ、多くの人々がこの橋を渡っています。
中でも有名なのがドイツ人医師シーボルトで、この橋を銅版画で紹介しています。
このように海と陸の玄関口として、九州の各街道すべてがこの大橋に連なり、九州における日本橋となっていました。
治水対策として川幅を広げるため橋の架け替えが必要になったのを機会に、コンクリートと同じ強さを持つ木材を使い、江戸時代の姿「木の橋」としてよみがえることとなりました。
(平成7年3月完成)

(説明板より)


【福岡県北九州市小倉北区室町2丁目】



史跡 | 13:44:17 | Comments(0)
伊能忠敬 測量200年記念碑
177_convert_20191203123730.jpg

伊能忠敬 測量200年記念碑

江戸時代の測量家伊能忠敬は、50歳で商家の家業を長男に譲り第二の人生を志し、天文・暦学を学ぶ。
寛政12(1800)年、55歳の時江戸より蝦夷地に向け測量の第一歩を踏み出した。
以後17年の長きにわたり日本全国の測量を行い、我国初めての実測による当時世界最高水準の日本地図を完成した。
この間の歩み四千万歩、世界一周分の距離に及ぶ。
九州には、忠敬64歳の時から高齢にも拘わらず前後二回に及ぶ困難な測量作業を行った。
この小倉城下・常磐橋は、九州伊能測量の始発点であり、小倉の五街道(長崎街道・唐津街道・中津街道・秋月街道・門司往還)の起点として意義深い地点である。
ここに、伊能測量開始200年を記念しその偉大な業績を讃え、顕彰碑を建立する。

平成13年9月建立 寄贈 伊能忠敬記念碑建設実行委員会

(説明銘板より)


【福岡県北九州市小倉北区京町1-1】



史跡 | 11:17:49 | Comments(0)
小倉城外堀跡
168_convert_20191201161114.jpg 

小倉城外堀跡

近世小倉城の形成は、江戸時代のはじめ小倉藩主となった細川忠興(ほそかわただおき)により開始されました。
忠興は慶長7年(1602)から大規模な普請を施して東西2km、周囲8kmに及ぶ城郭を完成させました。
足立山を水源とする寒竹川の水を分流し、北流させる人工の川(現砂津川)を造り、その掘を外堀として城郭西端となる板櫃川(いたびつがわ)と結びつけました。
城は本丸、北ノ丸、松ノ丸などの中心部の周囲に上級武士の屋敷地の二ノ丸、三ノ丸を配し、同時に紫側両側に広がる城下町を加え、城と城下町の周囲には四重の堀を巡らせ、全体を堀、石垣、土塁(どるい)、河川で防衛する総構(そうがま)えと呼ばれる城郭を完成させました。

本地域は城郭南端の外堀と土塁の場所にあたります。
東側の調査区は幕末の絵図「小倉藩士屋敷絵図」では小倉藩の支藩新田藩(しんでんはん)藩主の屋敷の備後守(びんごのかみ)屋敷となっています。
ここでは東西方向に上幅20m、深さ8mの石垣を築かない素掘(すぼ)りの堀が発見されました。
その内側の屋敷地には幅30m、屋敷地からの高さ8mの土塁が築かれていました。

西側の調査区でも東西方向の障子堀(しょうじぼり)といわれる堀が見つかりました。
この堀は上幅16~20m、深さ7~8mの素掘りの堀の底部に堀障子(ほりしょうじ)と呼ばれる仕切りを設けています。
障子堀は16世紀の関東の戦国大名北条氏の築城技術といわれ、九州で初めて発見されたものです。
これらの堀は連続して城郭南端の外堀を形成するもので、軍略家として知られる忠興が築いた小倉城郭の構造と優れた土木技術を示すものです。

167_convert_20191202143515.jpg

北九州市教育委員会

(説明板より)


【福岡県北九州市小倉北区大手町12】



史跡 | 11:00:40 | Comments(0)
旧小倉陸軍造兵廠「給水塔」
159_convert_20191202135744.jpg 157_convert_20191202135710.jpg

旧小倉陸軍造兵廠「給水塔」
昭和8(1933)年11月に開庁した小倉陸軍造兵廠は、太平洋戦争末期には、女子挺身隊、学徒動員を含む約4万人の従業員が働く西日本最大の軍需工場でした。
「給水塔」は、ここから西側に隣接する高台にあり、この造兵廠内へ上水、作業水を給水していたもので、戦後は米軍に接収され、その後本市の管理を経て平成7(1995)年11月に解体されました。
かつてこの地に小倉陸軍造兵廠が存在したことを後世に語り継ぐモニュメントとして、「給水塔」の6分の1のレプリカを設置するものです。

(説明銘板より)


【福岡県北九州市小倉北区大手町・大手町公園】



史跡 | 10:47:14 | Comments(0)
小倉陸軍造兵廠跡碑
151_convert_20191202122249.jpg 154_convert_20191202122321.jpg

(碑文)
陸軍造兵廠東京工廠が関東大震災で壊滅的な打撃を受けて、東京移転を決定した。
全国各地から工場誘致の猛運動が展開されたが、昭和2年小倉に国防、軍事上の見地から決定、在来の小倉兵器製造所を合併、昭和8年開庁した。
以後、わが国旧陸軍の近代兵器製造工場の拠点として、昭和20年の大戦終了まで製造を続けた。
地積は約60万㎡、最盛期には約4万人が従事した。
往時をしのび、その一角に記念碑を建てる。

平成2年10月吉日
旧小倉陸軍造兵廠従業員有志

小倉陸軍造兵廠跡
大正12年(1923)の関東大震災により、わが国の兵器生産機能を大阪と二分していた陸軍造兵廠(ぞうへいしょう)東京工廠は壊滅しました。
震災復興より新設したほうが経済的なことから、当時の大陸政策も考慮し、関門が大陸の進出基地としての地政学的意義を負うことにより、昭和2年(1927)10月24日、小倉に工廠設置が決定し、同8年(1933)10月正式に発足しました。
設置場所は、旧城内ならびに隣接の民有地2万300坪を買収し、敷地面積17万6581坪でした。
小倉工廠は当時の最新機械で装備され、就業者は普通工、臨時工を合せて約4万人を数えたといわれています。
昭和10年(1935)には、東京工廠からの移転が完了し、間もなく日中戦争に突入したことにより、操業は増大していきました。
兵器生産の大工場が都心部を占めることによって、小倉は軍隊の駐屯地を兼ねる軍需(ぐんじゅ)都市となり、大陸へ向けての補給基地としての機能を拡充していきました。
昭和15年(1940)4月、陸軍造兵廠が陸軍兵器本部に改組させ、小倉工廠は小倉造兵廠に改称し、兵器本部の直属となりました。
(北九州市史より)

153_convert_20191202122501.jpg

北九州市教育委員会

(説明板より)


【福岡県北九州市小倉北区大手町・大手町公園】



史跡 | 09:52:45 | Comments(0)
旧小倉陸軍造兵廠「防空監視哨」
163_convert_20191201160511.jpg 150_convert_20191201183505.jpg

旧小倉陸軍造兵廠「防空監視哨」

この監視哨は、戦時中、空襲に備えるために、旧小倉陸軍造兵廠内の各所に設置されていたものの一つで、第一施工場の屋上にあったものです。
(この場所から北側約400mの北九州市消防局庁舎附近)
高さ約2.3メートル、直径約2.4メートル、コンクリート製の壁の厚さは、33センチの六角形の塔で、側面には、監視用の小窓が5ヶ所あり、機関砲を備えていました。
民間の倉庫として使われていた旧第一施工場が、平成8年(1996年)2月に解体される際、当時を物語る施設の一部として残されたものです。

北九州市

(説明板より)


【福岡県北九州市小倉北区大手町・大手町公園】



史跡 | 09:32:19 | Comments(0)
別府に行く!
我が戦友会会員の“ヤスダさん”・・・・
最近、連続して何通もの手紙を寄こしてくれるのだが、ご高齢のせいだろうか、書いてあることはみんな同じ・・・(苦笑)
とにかく「死にたい」とか「長生きすべきじゃなかった」とか「前世でなにか悪いことでもしてバチがあたったのだろうか?」という話ばかりなのである。(大汗)
こりゃ、ちょっとマズイなぁ~(大汗)
随分前に自宅を処分して、某病院に入っていた。
ここを「終の棲家にしてくれていい」と院長御夫妻に言われていたそうだが・・・
その後、どういう経緯があったのかは知らないが、別の病院に移ることになった。
で・・・本人に経緯を尋ねても要領を得ない・・・(汗)
「前の病院からは何の音沙汰もない」としきりにこぼすので、かなりショックだったのだろう。
精神的にかなり参っているようである。
ということで・・・こりゃ、会いに行って元気づけてあげねばと、おせっかい・・・(大笑)
赤の他人の95歳のおばあちゃんだが・・・(笑)
甘いものが好きなので、お菓子を持参して顔を見に行くことにした。(笑)

で・・・今までは羽田から飛行機で大分に行ったが・・・
たまには変わったことをしようと思い、今回は電車で行ってみることにした。(笑)
昨日の午前10時に家を出て、特急や新幹線を乗り継いで別府に到着したのは、午後6時半である。(大笑)
いやぁ~一日がかりの移動である!(大笑)

別府駅近くのホテルに泊まって、病院の位置を下見し・・・
本日、午前10時に病院を訪ねた。
本人には事前に手紙で知らせておいたが、病院にも見舞に行くことを事前に電話で伝えておいた。
で・・・ご本人に会ったら・・・
ポカ~ン!(唖然)
しばらくの間、拙者が誰なのかわからないという顔をして突っ立っていたのには驚いた。
間もなく、思い出したのか・・・「何でここにいるんですか?」と驚いている。(大笑)
おい、おい、おい・・・である。(大笑)

「手紙に今日の10時に会いに行きますよって書いておいたんですけど・・・」
「え?・・・そんなこと書いてありましたっけ?」
「わざと大きな字で、そこのところは書いておいたんですけど・・・・」(大汗)
「あら~そう?全然覚えてないわ」
「甘いものを持って会いに行きますよって書いておいたんですけど・・・」(大汗)
「あっ!それは覚えてます!」(笑)
なんてこった・・・お土産だけは覚えているなんて・・・(苦笑)
「前もって来ると分かっていたらお茶を用意しておいたのに・・・」と“ヤスダさん”
だから・・・前もって連絡しておいたんですけど・・・(苦笑)

それから1時間半・・・
誰も会いに来てくれない・・・というような、何だかんだの愚痴を聞いてあげて・・・(大笑)
お別れ・・・
とにかく誰かが会いに来て何だかんだとお喋りするのは大事なことだと思う。

8時間もかけて会いに来て1時間半のおしゃべりで帰るというのもおかしな話かもしれないが・・・(笑)
あまり長時間になると疲れるだろうし・・・ね・・・(笑)

別府駅までテクテクと向かい、駅で食事をして、特急に乗り込み小倉へ向かう。
で・・・車内でふと思った・・・
いつも書いている法人会のコラム記事・・・
全国の税務署と近くの史跡などの話を書いているのだが、今年はまだどこにも行っていない。
夏号の発行を間近に控えているに、こりゃマズイ・・・(大汗)
小倉で新幹線に乗る予定を急遽変更して、小倉で途中下車することにした。(笑)
で・・・タクシーに乗って向かったのは、小倉税務署!(大笑)

142_convert_20191201155343.jpg(小倉税務署)

『全国税務署巡り』と題したコラムを書いているが・・・
税務署のことなんか全く紹介していない。(大笑)
ただ税務署の建物の写真を載せているだけ・・・(大笑)
記事の内容は税務署と全く関係のない「史跡」の話である。(大笑)
が・・・4年間も連載していると、結構、好評を得るもので、「面白い」と言ってくれる人が増えた。(大笑)
こんな記事を載せている法人会会報は、全国に441ある法人会の中で我が法人会だけだろう。(大笑)

いつものように税務署の建物の写真を撮って、周辺を散策してみる。
ここ小倉税務署が建っている場所は、戦前に「小倉造兵廠」があった場所である。
と・・・近くの公園に・・・見つけた!
小倉造兵廠の跡地を示す記念碑!(大喜)

165_convert_20191201160543.jpg 163_convert_20191201160511.jpg

よし!・・・これで記事が書けるぞ!(大喜)
周囲をグルリと回って、税務署の向かい側に着いたときに、史跡の説明板が設置されているのに気が付いた!
ここは「小倉城外堀跡」だそうである。

168_convert_20191201161114.jpg(小倉城外堀跡)

よし!・・・これで更に記事が書けるぞ!(大喜)

来るときはタクシーに乗ってきたが、帰りは徒歩で小倉駅に向かう。
頼りになるのはタブレットの地図である。(笑)

途中で、建物に大きな幕があるのを見つけた・・・・

176_convert_20191201173034.jpg 175_convert_20191201173238.jpg

なんと!「五代目工藤會壊滅作戦推進中」と書いてある・・・・(唖然)
名指し?(苦笑)
恐ろしい場所なんだなぁ~・・・ここは・・・(唖然)

更に歩くと、小倉城に辿り着いたが、平成23年に訪れたことがあるので、今回は・・・通過!(笑)

途中、駅の近くで「伊能忠敬 測量200年記念碑」を見つけた。(喜)
以前、この近くを歩いたような覚えがあるのだが・・・気が付かなかったなぁ~(汗)

177_convert_20191201182234.jpg(伊能忠敬 測量200年記念碑)

直ぐ近くに珍しい形の塔が・・・
「広告塔」というものだそうだ。

181_convert_20191201182451.jpg(広告塔)

小倉駅から新幹線で新神戸に向かい、三宮に行く。
明日は陸上自衛隊の駐屯地を訪問することにしている。
ということで・・・三宮に一泊する。
ただ別府に行くだけではもったいない・・・(笑)
どうせなら一石二鳥を狙うのである。(大笑)

旅行 | 08:51:54 | Comments(0)
児童相談所を責めるのは酷では?
札幌市で2歳の女の子が衰弱死し、この子の母親と交際相手の男が傷害容疑で逮捕された事件・・・
この事件に関して札幌市の児童相談所が虐待の緊急性を評価する「リスクアセスメントシート」を作成していなかったということが判明したという。

この衰弱死した2歳の子・・・
殴られたとみられるアザが複数あり、体重も10キロを下回り、2歳女児の平均よりかなり少ないなど、かなり重大な事態を招いており、児童相談所の判断の甘さが浮き彫りになったという。

虐待の通告があった場合、児童相談所は緊急性を判断するために、シートに基づいて、身体的虐待や育児放棄などの項目をチェックするのだそうだ。
今回の事件では、昨年の9月に通告を受けた時に、児童相談所はこの子の21歳の母親と面会し、虐待ではないと判断したためシートを作成しなかったという。
で・・・今年の4月に2度目の通告を受けた時には、この母親と連絡が取れなかったが、9月に会っているからということで、そのままシートを作成しなかったという。

この時にシートを作成しておけば、緊急性は「早急」に該当し、それなりの手が打てて、2歳の女の子は死なずに済んだだろうというのが、厚生労働省の言い分らしい。
が・・・シートを作成した、しなかった、という問題だろうか?

そもそも「児童相談所」という名称が間違っているんじゃなかろうか?(苦笑)
「相談所」ですからねぇ~
「相談」する場所なんでしょ?
もっと簡単にいえば、「愚痴をこぼす」場所なんでしょ?(苦笑)
そういう「お悩み事相談所」に、どれほどの権限を与えているのだろうか?
「児童相談所」という名称をやめて「児童虐待取締局」にでもすべきではなかろうか?

「取り締まり」ということで、強制執行する権限を与えて・・・・
調査権や逮捕権も与えて・・・(苦笑)
そうでもしなければ、この問題は解決しないんじゃなかろうか?
「他人の家庭にクビを突っ込むな!」と凄まれたら引き下がるしかないんでしょ?
どうせ、他人の子だしねぇ~(大汗)
生きようが死のうが関係ないと言えば言えるわけで・・・
下手すると「訴えてやる!」と騒がれて、自分の職を失いかねないわけだし・・・
見て見ぬふりをするのが一番いいということになるんじゃあるまいか?
シートさえ作成しておかなければ、そういう事実はなかったことになるわけだし・・・
ろくな権限も与えられていない「お悩み事相談所」を責めるのは酷なような気がしますが・・・(苦笑)

ただ、問題は・・・
権限を強化すると、まるで共産主義国家・社会主義国家のような感じになってしまうことかな?(大笑)
どっちを取るか・・・・だな。

エッセイ | 13:42:24 | Comments(0)
出生率3年連続減!
女性1人が生涯に産む子供の推定人数を示す2018年の合計特殊出生率は1.42となり、前の年から更に下がり、これで3年連続の減少となっていることがわかったという。

2018年に生まれた赤ちゃんの数は統計開始以来、最少の91万8397人で、3年連続、100万人を割り込んだというのである。
反対に死亡数は2万2085人増加して136万2482人だそうである。
ということは・・・44万人以上が「自然減」・・・
過去最多だそうである。
都道府県別でいうと、沖縄県の出生率が最も高くて1.89・・・・
最も低かったのは東京の1.20だそうである。

我が茨城県はというと、出生数は毎年2万人以上いたのが、2018年は統計開始以来最少の1万9368人に留まり、初めて2万人を割り込んだという。
合計特殊出生率は1.44・・・全国で32番目だという。

出生数が減るというのは大問題である。
将来、私の年金を支払ってくれる“若者”が少ないということになるわけだから・・・(大笑)
これは私にとっては死活問題かも・・・(大笑)

さて・・・どうしたら出生数を増やせるだろうか?

こういう問題が現れるたびに思い出すのが、大学時代の先生との会話である。
「広範囲の大規模停電が起こったら、ベビー用品とおもちゃの会社の株を買え」と先生が言ったことがある。
これは、アメリカでの話らしいのだが・・・
大規模停電が起こると・・・何もすることがなくて暇・・・
すると暗くて何もやることがないとなれば“アレ”しかやることがない・・・(苦笑)
で・・・1年10ヶ月後に赤ん坊が各地でポンポン生まれ・・・
よって、ベビー用品とおもちゃの需要が高まり・・・株価が上がるというのである。(笑)
「たしかに一理ありますねぇ~」と大笑いしたことを思い出す。
35年以上も前の話である。

先生が言っていた話が本当かどうかは知らないが・・・(大笑)
広範囲に大規模停電が起これば、“アレ”をする可能性はあるかも・・・(大笑)
出生数が少ないのは・・・“アレ”をする暇がないほど便利な世の中になったからではなかろうか?
テレビは24時間見られるし・・・DVDなども見られるし・・・
停電して、これらが見られなくなれば・・・“アレ”でもするしかないだろう・・・(大笑)
ついでに携帯電話も使えなくなるといいだろうなぁ~
携帯電話でゲームなんかやっているからダメなんだよな。
“アレ”をするより楽しいことが多すぎるのは、よろしくない!(大笑)

ついでに、避妊具も、海外の粗悪品しか流通しないようにすれば、なおよろしい!(大笑)
「必ずしも避妊を保証するものではありません」と但し書きをつけて・・・
タバコだって「健康に悪いです」って書いておきながら売っているんだから、避妊具にそう書いてもいいんじゃないか?(苦笑)
理想は2個に1個は不良品・・・というのがいいかな?(大笑)

で・・・大規模停電を定期的に引き起こす!(大笑)
昔、私が子供の頃には雷雨の時にはよく停電したのである。
いつからか、停電することが無くなってしまったのである。
1年に1回も停電することはない・・・いや、10年に1回も停電することがない。(苦笑)
そのころから出生数が減って来ているのではあるまいか?(笑)
やっぱり「停電」は必要なんじゃないか?(大笑)

出生率アップのための停電・・・・
ダメか?・・・このアイディア・・・(大笑)

エッセイ | 12:40:26 | Comments(0)
運転免許返納率ワースト2位
今年の4月に、東京の池袋で87歳の男性が運転する自動車が暴走し、母子2名が死亡、6名が負傷するという事故があった。
どうも100キロ近いスピードで暴走し、信号を無視して歩行者をはねたらしい。
この事故の報道が連日テレビで流れていたが・・・・
その影響だろう・・・
東京都内で5月に運転免許証を自主返納した人が5700人を超え、1カ月の数としては過去最多となったという。
高齢者本人が「明日は我が身」と感じたのか、家族から猛烈に説教されたのかは知らないが・・・(汗)
この池袋の暴走事故が起こる前の週、都内の返納者は約700人だったが、事故の翌週には1.7倍の1200人以上が返納したというから、この事故の影響は大きいといえる。
が・・・亡くなった母親と3歳の女の子は生き返らない・・・
なんとも悲惨な出来事だ。

75歳以上の運転免許の返納率だが・・・
平成29年末の運転免許保有者数に対する平成30年中の返納者数の割合を出してみると・・・
1位が東京都の8.1%、2位は大阪府の7.6%、3位は兵庫県の6.5%と「都会」が続く・・・
問題は返納率の低い地域である。
47都道府県のうち、ワーストは高知県の3.7%・・・
で・・・次に続くのは、我が茨城県の3.9%!(大汗)
同じ3.9%代の県が岐阜県、山梨県であるが、小数点2位以下を踏まえると、茨城県がワースト2位である。(大汗)
「田舎」といえば「田舎」・・・山が多い、畑や田んぼが多いと言えば多い地域かな?(苦笑)
過疎化が進んでいる地域を抱えていると言えば言えるかな?(大汗)
こうなると、そうそう易々とは運転免許を返納するわけがない。
自ら「移動手段」を放棄するわけがない。

私が親父から免許証を取り上げた時は・・・
まず普段から「事故を起こすなら自爆事故を起こして死んでくれ」と言い続け・・・(笑)
「もし、事故を起こして人を殺したら、それがもし子供だったら、即、自殺して責任を取れ」と言い・・・(笑)
「自殺しなければ、俺がこの手で殺してやるから覚悟しろ」と脅した・・・(大笑)
それでもなかなか返納する気は起こらないようで・・・(汗)
「俺は昔から運転には自信があるから大丈夫だ」の一点張り・・・
「自分の孫をひき殺すのと同じことになるってことを考えろ!」と言ったら、ちょっと効果があったかな?(苦笑)
そんなこんなで揉めているうちに免許証の有効期限が切れて・・・運転できなくなった。(大笑)
だから、親父は免許を「返納」はしていない・・・失効である。(苦笑)
その代わり、私が「運転手」となって、どこに行くのも私が運転したが・・・
それができる家庭はいいが、そういう家庭ばかりではないだろうから、ちょっと難しい。

〇〇歳以上は一律、免許を取り上げるべきだという暴論もあるようだが・・・
そんなことを強制したら生活できなくなるから現実的な話ではない。
「自動運転の車を開発中だから、それまで待って・・・」という話も論外である。
法的整備も保険の整備も何も出来ていないんだから、一般化するまでに何年かかるか・・・(大汗)
その間に、何人の犠牲者が出るかを考えたら、そうそう悠長なことは言っていられないはずである。
事故を起こす高齢者が皆さん自爆事故で死んでくれるならいいが・・・
巻き込まれる他人にとってはいい迷惑である。
で・・・・早急に出来る事は、衝突防止機能とかブレーキとアクセルの踏み間違い防止機能を、後付けするか、そういう装備車の普及であろう。
とりあえず、これで対処するしかあるまい?
にもかかわらず・・・何をモタモタしているのか・・・
それでなくとも少子化なのに・・・老人に若い者が殺されたのでは堪らん・・・
新たに車を買い替えるのは経済的には大変だろうが、人を殺傷するよりはいいんじゃなかろうか?
免許返納を奨励するより、条件付きで免許を与えることを優先すべきではなかろうか?

エッセイ | 11:38:51 | Comments(0)
次のページ