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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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両国を散策
昨日、「近代史検証会」の会合に参加するため上京して一泊した。
今日は、そのまま真直ぐ帰宅してもいいのだが・・・
それでは、ちょっともったいない気がする。(苦笑)
普段の運動不もあるし・・・少し歩こうかなと思い、今日は大好きな史跡巡りをすることにした。

錦糸町のホテルをチェックアウトして、両国方面へ向かい歩く。
タブレットの地図を参考にしながらの史跡散策である。

最初に辿り着いたのは・・・・

234_convert_20190727100426.jpg 235_convert_20190727100506.jpg
(勝海舟居住の地)

勝海舟は、両国の父親の実家で誕生後、父母と共に本所の旗本屋敷を転々とし、その後、この地に落ち着いて、10代後半までここに住んでいたらしい。

次に出会ったのが・・・

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(勝海舟揺籃の地)

「五柱稲荷神社」という小さな神社に「史跡 勝海舟揺籃之地」の標柱が建っていたが、その他には説明板とかはなかった。
というわけで・・・「揺籃の地」って、具体的にどういうことなのか全く分からない・・・(大汗)
説明板を設置してくれたらいいのになぁ~・・・・と、ちょっと残念・・・

次が・・・・

242_convert_20190727101904.jpg
(長谷川平蔵の旧邸)

長谷川平蔵・・・ねぇ~・・・(汗)
『鬼平犯科帳』とかっている小説の主人公だったっけ?
へっ?・・・・長谷川平蔵って実在の人物だったの?(苦笑)
小説も読んだこともなければ、ドラマも見たことがないから、全然知らないんですけど・・・・(苦笑)

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(煙草屋・壺屋)

「煙草屋・壺屋」って『鬼平犯科帳』に出てくるお店らしい。
実在していたのか、作者の創作なのか・・・
もう、こうなると、フィクションとノンフィクションの区別がつかない・・・(涙)
時代小説なんて読まない拙者にはチンプンカンプンである。
好きな人は興奮して歩き回るんだろうなぁ~(大笑)

次は・・・・

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(本因坊屋敷跡)

「本因坊」というのは囲碁の「本因坊」のこと・・・
その人の屋敷が、吉良邸のすぐ近くにあったらしい。
「吉良邸討入り」の時も、ここに住んでいたのだろうか?
どうも、この時代のことは興味がないので、さっぱりわからないが・・・(大汗)

次が・・・

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(吉良邸正門跡)

吉良邸は、かなり広かったという話を聞いたことがあるが・・・
ここに正門があったのですか!・・・・である。(笑)
ここから大石内蔵助たちが突入したのかな?
いっそのこと、旧吉良邸の敷地を全部買い取って、当時の屋敷を映画のセットみたいに復元したら、面白いだろうなぁ~と思う。
かなりの観光名所になるような気がしますが・・・(笑)

次は・・・・

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(勝海舟生誕の地)

ここには、平成16年・・・つまり15年前に来たことがある!
が・・・あれぇ~?・・・である。
当時は小さな「児童公園」という感じだったように記憶しているのだが・・・
ずいぶんと綺麗に整備されている。
大きな説明板なんかも設置されているし・・・・(汗)
まぁ、15年も経っているんだから変わっているのは当たり前か?(苦笑)

続いて向かったのは、「両国小学校」・・・・
ここに、芥川龍之介の文学碑と、その近くに日露戦争で活躍した駆逐艦「不知火」の錨がある。

261_convert_20190727105647.jpg(芥川龍之介・文学碑)

265_convert_20190727105718.jpg(駆逐艦「不知火」の錨)

次は、ぐるっと戻って・・・・(笑)

276_convert_20190727110019.jpg(吉良邸跡)

ここにも16年前に来たことがある。
たいして変わっていないように思うが・・・
吉良さんの座像が、いつの間にか設置されていた!

268_convert_20190727110734.jpg

しかし・・・やっぱり、この一角だけしか残されていないというのは残念である。
周囲の土地を買い取って、もう少し広げたらいいのになぁ~・・・と、やっぱり思ってしまう。(苦笑)

次は・・・・

281_convert_20190727111138.jpg(吉良邸裏門跡)

この裏門からは、大石主税らが突入したらしい・・・

このすぐ隣にあったのが・・・

284_convert_20190727112535.jpg(江東義塾跡)

このあたりに、夏目漱石が教師をしていた、江東義塾という学校があったらしい。
その後、この江東義塾という私学校は、どうなったんだろう?
「慶応義塾」みたいに、その後も存続していたら、今頃「江東義塾大学」なんていう大学が出来ていたかも・・・(大笑)

次は・・・・

288_convert_20190727113732.jpg(前原伊助宅跡)

赤穂義士の一人、前原伊助という人が、吉良邸裏門近くの、このあたりに住んで吉良邸の動向を探っていたらしい。
昨年、赤穂に行って大石神社などを訪れたが・・・
前原伊助・・・ねぇ~
全然覚えていない・・・(大汗)
「忠臣蔵」のファンは、こういう場所に興奮するんだろうが・・・(苦笑)
拙者は、さっぱり・・・わからぬまま・・・である。(大汗)

次は・・・
もっと分からない人・・・(大笑)

293_convert_20190727114332.jpg(塩原太助炭屋跡)

塩原太助という人・・・芝居や講談などの題材になった人らしいが・・・
全く知らない・・・(大汗)

ドンドン歩き、川の方へ行ってみたら・・・

304_convert_20190727114903.jpg 306_convert_20190727114931.jpg
(烏亭焉馬居住の地)

烏亭焉馬(うていえんば)という人は、江戸中期の戯作者(げさくしゃ)で、江戸落語の“中興の祖”みたいな人だったらしい。
この川沿いに住んでいたらしい。
いくらなんでも、この橋のたもとの、この狭い場所に家があったとは思えないが・・・(笑)
このあたり・・・ということから、この狭い一角に説明板を立てたのではないかと思う。

時刻は、ちょうどお昼になる・・・・
両国駅に向かい、食事をして、帰宅する。
今日は、午前中、結構歩き回り、いい運動になった。
歩いてみると、いたるところに「説明板」が設置されていて、散策するには楽しい地域である。
今日はいい一日だった・・・・満足、満足・・・

日記 | 10:27:14 | Comments(0)
『二・二六事件 第2巻』


第6章 安藤大尉と山口大尉

第7章 2月25日夜

第8章 襲撃

第9章 「諸子ノ行動」

第10章 占拠と戒厳令

第11章 奉勅命令

2・26事件参考地図


今年の読書:11冊目



読書 | 00:54:48 | Comments(0)
亡くなったのは・・・・
新聞の「おくやみ欄」を見ていて・・・あれ?
もしかして・・・知り合いでは?
何となく名前に記憶があるのである。
う~ん・・・誰だっけ?

そうだ!小学校の時の同級生の女の子だ!
しかし、名字が変わっていないというのは、どういうことだろう?
喪主は「夫」となっているが・・・
こういう場合、女性の場合は「旧姓」も書いてくれると分かりやすいのだが・・・
新聞の「おくやみ欄」には、そういう慣習はない・・・
同姓同名かもしれないが、年齢は拙者と同じ58歳だから、あの同級生の女の子だと思うんだけどなぁ~
もしかしたらお婿さんをもらったので姓は変わらなかったのかもしれない。
確か、彼女は二人姉妹だったから・・・お婿さんをもらった可能性は高い。
ちょっと珍しい名字で、彼女と同じ名字の子は小学校に他にはいなかったから・・・
間違いないと思うんだよなぁ~
住所は町名だけが記されていたが、拙者の小学校の隣りの学区である。
う~ん・・・微妙だが・・・(苦笑)
実家に親と同居ではなく、実家の近くに別に住んでいたとなると隣りの学区になってしまう可能性は高い。

さんざん考えてみたが、やっぱり、あの子だと思う・・・
彼女とは小学校の3年か4年の時に同級になった。
彼女は太っていて「デブ」とか「ブス」とか「ブタ」とかと、よくイジメられていた。(汗)
ある時、余りにも可哀想だったので、彼女を庇ったことがある。
が・・・今度は逆に拙者がイジメられる羽目になってしまった・・・(大汗)
クラス中から散々冷やかされた挙句、ボロクソにイジメられた・・・
で・・・
それに懲りて・・・
その後は、彼女がイジメられても、見て見ぬふりをして庇うのを辞めたのである。
つまり、自己保身に走ったわけである。
このことが、58歳になった今でも罪悪感として残っている。
10年に1回くらい、突然、彼女…”愛子ちゃん”を思い出す。
なぜか突然思いだすのである。
で・・・申し訳ないことをしたなぁ~と後悔するのである。
もっと庇ってあげればよかった・・・と思うのである。
よく彼女が泣いていたのを覚えている。
言葉をかけてやることもできなかった・・・
そんなことをしたら、また冷やかされて、しばらくの間、拙者がイジメられることになるから・・・

あの時は、拙者は子供だったから仕方がない・・・という言い訳もできないこともないが・・・
でも、見て見ぬふりをした罪悪感は消えない・・・

子供の頃、散々イジメられて辛い思いをしてきたのに・・・
58歳でこの世を去ってしまったのか?
「デブ」だの「ブタ」だのとイジメられていたが、結婚をして家庭を持ったんだから良かった・・・
幸せな家庭を築いていたと思いたい。
そうじゃないと辛くなる・・・

あの時、自己保身に走ってしまい、トコトン庇って守ってやれなかったことを謝りたいが・・・
今でも後悔していることを知ってもらいたいが・・・
もうその機会は来ない・・・
“愛子ちゃん”ゴメンね。
どうか安らかに眠ってください・・・

日記 | 21:34:35 | Comments(0)
物忘れがひどくなった・・・(大涙)
夕方になり、日が暮れてきた時・・・
ふと・・・気になった・・・
何か「やるべきこと」を忘れているのではあるまいか?(大汗)

何か、やり忘れていることがあるような気がしてならない・・・
なんだろう?
しばらく考えていて・・・・思い出した!(大汗)
洗濯物!(大汗)
朝、洗濯機を回したんだっけ!
しかし・・・洗濯物を干した記憶がない!(大汗)

やっちまったぁ~・・・
洗濯物が洗濯機の中で皺くちゃになって鎮座ましていた・・・(涙)
もう外は陽が落ちて真っ暗である。(涙)

一日中、洗濯物に気が付かなかったとは・・・(涙)
やむなく部屋干しとする。

こういう物忘れ・・・ヤバいなぁ~と思う・・・

日記 | 21:26:59 | Comments(0)
天皇陛下は謝罪しろって?(唖然)
韓国の国会の議長が、旧日本軍の、いわゆる「従軍慰安婦」問題について、「日本の天皇が退位する前に、元慰安婦の手を握って本当に申し訳なかったと言えば、これを最後に問題は解決する」と発言したという。
日本人にとっては、恐るべき発言だと思うが・・・
日本人の中に「その通り」という人は誰もいないと信じたいが・・・(大汗)

いやはや、こういう発言を日本の国会議員が言ったら、「失言だ!議員辞職しろ!」と大騒ぎになると思うが・・・
韓国では、そういうことにはならないようである。
韓国がおかしいのか?・・・それとも、すぐに大騒ぎする日本の方がおかしいのか?(大汗)

だいたい、「これを最後に問題は解決する」なんていう言葉を信じる人はいないだろう。
いままでも「解決」したはずなのに、舌の根が乾かぬうちに蒸し返して、ネチネチと言ってきた歴史があるのだから・・・(苦笑)
天皇陛下が謝罪しても、またすぐ新手の謝罪方法を提示してくるに違いない。
だいたい、今の天皇陛下に謝罪しろというのはおかしい気がする。
百万歩譲ったとして・・・どうせ言うなら、昭和天皇が御存命の時に言うべきである。
何で昭和天皇に向かっては言わなかったのだろう?
息子さんなら、当時の事をよく知らないから、韓国の言いなりになって素直に頭を下げると思ってのことだろうか?

どうして、こうも韓国人(朝鮮人)は横柄なのだろうか?
中国、ロシア、日本に囲まれているという地政学的な影響のせいなのだろうか?(汗)
“育ち”の問題かな?・・・・「育ちが悪い」?(大笑)
どうしても気を張って、横柄な態度で人と接しなければ生き残れないという事情には同情するが・・・
でも、この発言は、ちょっとマズイだろうなぁ~(大汗)

この議長さんは、過去に「韓日議員連盟」の会長をしたこともあるという。
そういう人がねぇ~・・・・こういう発言をするとはねぇ~(唖然)
何か裏があるのかな?

日本人は大人しい・・・ある意味、ヘタレな人種なので・・・(大笑)
この発言で大暴動のような大問題が起こったりはしなかった。
この点、この議長さんには感謝してもらいたいものである。
謝罪はしなくていいから、次回は日本国民に対して「感謝」を述べていただきたいものである。(大笑)

エッセイ | 14:13:38 | Comments(0)
北方領土の日
今日は「北方領土の日」だそうだ・・・
全く知らなかったのだが・・・(大汗)

それにしても、なんで2月なんだろう?
第二次大戦でソ連が“北方領土”に攻め込んできたのは、終戦直後の8月28日だったと思うのだが・・・
どうやら、江戸時代に幕府がロシアと国境の取り決めをした日露和親条約が締結されたのが2月7日だったので、2月7日に決めたらしい。
とんでもなく昔の話を持ち出したものである。
終戦時のどさくさ紛れに、かすめ取られたという“恨み”を表に出しちゃマズイということなのかな?
すでに、この段階で“腰が引けている”・・・・(苦笑)

今日は「北方領土返還要求全国大会」というのが開催されるのだそうだ。
「返してくれぇ~」と言ったからって、「はい、わかりました」と素直にロシアが返してくれるとは思えませんが・・・(苦笑)
ロシア人は、自分が手に入れたものを、そうそう簡単には手放さない民族だって、どこかで聞いた覚えがある。
そんなに“お人好し”ではないそうだ。
隙あらば・・・と虎視眈々と他人の土地を狙う“拡張主義”的なところが、ロシアには昔からあるわけで・・・
常に自国の勢力を拡大しようとしていたわけで・・・
だから、日露戦争が起こったんじゃなかろうか?(苦笑)

日本人は真面目で、良識ある、大人しい国民だから・・・(大笑)
筋を通して話をすれば分かってもらえると思っている。
“歴史的事実”をはっきり提示すれば、相手も理解をしてくれると思っているような気がする。
が・・・そういう良識は“曲者”には通じないのは、世の中の常識だし、国際社会の常識ではなかろうか?(汗)

だいたい、竹島を、かすめ取った韓国に手も足も出せないでいるのに、大国・ロシアに何を言っても通じないだろう。(大笑)

武力を含めた国力を背景に、相手を脅すか・・・(苦笑)
相手の弱みに付け込んで、取り戻すか・・・(大笑)
いずれにせよ、「孫子の兵法」的な謀略工作をしない限り返還は無理なんじゃないかなぁ~(苦笑)
「話せばわかる」という感覚だから、何十年経っても進展しないんじゃあるまいか?

いっそのこと、厚顔無恥な中国人を雇って、外務大臣にでもなってもらって交渉した方が話が進むかも・・・(大笑)
「孫子の兵法」の本家だし・・・・実際に現在も実行していて経験豊富だし・・・(大笑)
“恥を知る”真面目な日本人では無理なんじゃなかろうか?(苦笑)

昔の武士のように「やぁ~やぁ~やぁ~我こそは・・・」と名乗りを上げているうちに撃たれちゃう。(大笑)
こちらが名乗りを上げたんだから相手も名乗りを上げると思っている感覚が間違いではなかろうか?(大笑)

例えば・・・
もし、本当に返還された場合、日本は北方領土をどういうふうに使うつもりだろうか?
その構想はあるのだろうか?
「えっ!本当に返してくれるとは思っていませんでした!え~どうしよう・・・」なんてことにはならないよね?(大笑)
「返せ、返せ」と感情論で騒いでいるだけではないでしょうね?
旧島民は島が返還されたら、島に戻って住むのだろうか?
「返還してあげますけど、現在の島民のことはどうしてくれますか?」と尋ねられたらどうするのだろうか?
まさか、返してもらっても、誰も移住せず、その代わりに現在のロシア人島民を追い出したら・・・・
う~ん・・・マズイだろうねぇ~(大汗)
多分、返してもらうことは正しい行為だとしても、国際的には批判を浴びることになり、再び日本は“悪者”に転落するかも。(大汗)

北方領土返還の最大のネックは在日米軍の存在かもしれない。(大汗)
返還したら、その島に米軍がレーダーサイトやミサイル基地を造るかもしれない。
そうなったら、ロシアとしては自国の安全保障上、非常にマズイことになる・・・
ならば・・・返さないよねぇ~(大笑)

ということで・・・在日米軍がいる間は、ロシアは北方領土を返還しないのではなかろうか?
どうしても返還してもらいたかったら、米軍を日本から追い出すしかない。(大汗)
そうなると、米軍を頼らず、自力で自分の国を守る軍事力をもたねばならなくなるだろうし・・・
現在のような、米国の顔色を伺うような外交ではなく、独自の外交が展開できる力を付けねばならないだろう。
憲法改正も必要かも・・・(汗)
つまり、それらが出来て初めて「返還交渉」が出来るんじゃなかろうか?
日本が大きく変わらないと・・・今までと同じ体制では、何十年経っても無理じゃなかろうかという気がしてならない。

水を差すようで申し訳ないが・・・・

エッセイ | 14:08:21 | Comments(0)
親父が夢に出てきたが・・・
死んで1年も経ってから、突然、親父が夢に出てきた!(笑)

ニヤニヤ笑いながら・・・
「おかしなことが起こったんだよ」と言う。
何かと思ったら、いきなり拙者の目の前に足を突き出して、足の裏を見せ・・・
「ほら!ウオの目が、いつの間にか消えてるんだ!」と言うのである。
あれ?・・・本当だぁ~(驚)
「なっ!いつの間にか消えたんだよなぁ~おかしなこともあるもんだよなぁ~」と満面の笑み・・・
で・・・親父は消えた・・・

はぁ?・・・である。
死んで1年も経って現れたと思ったら、ウオの目の話かよ・・・(唖然)
もう少し気の利いた話は出来なかったのか?
「大変お世話になりました」といった感謝の言葉とか・・・(苦笑)
「迷惑をかけたねぇ~申し訳なかった」といった謝罪の言葉とか・・・(苦笑)

相変わらず、自己中である・・・(汗)
よりによって、自分の足の話かよ・・・
死んでも親父の自己中は治らないようである・・・(大笑)

夢の話 | 10:05:24 | Comments(0)
『二・二六事件 第1巻』
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まえがき   松本清張

第1章 陸軍士官学校事件

第2章 相沢事件

第3章 軍閥の暗闘

第4章 相沢公判

第5章 北、西田と青年将校運動


今年の読書:10冊目



読書 | 22:10:25 | Comments(0)
墓参りの“押し売り”(笑)
明日は友人の“ウメちゃん”のお父さんの命日・・・
先日、“ウメちゃん”に、お父さんの命日に墓参りに行きたいと伝えたら・・・
「え?」と言う。
「ん?・・・まさか、自分の父親の命日を忘れていたわけじゃないよね?」(苦笑)
「え?・・・いやぁ~・・・そんなことはないよぉ~」と言うが・・・どうも怪しい・・・(大笑)

「それにしても、よく覚えているよなぁ~」と呆れられたが・・・(苦笑)
他人の誕生日も何も、数字というのはどうも覚えられないのだが・・・
なぜか命日は覚えられるのである。(笑)
特に、お世話になった人の場合は・・・
“ウメちゃん”のお父さんとは、生前、親しく会話を交わしたことはない。
お会いした時に「こんにちわ~」と挨拶する程度・・・
にもかかわらず、お父さんは何故か拙者の事を高く評価してくれていたそうである。
そういうこともあって、“ウメちゃん”との付き合いも深まった。
おかげで、今、拙者がお付き合いをさせて頂き、何だかんだと助けてもらっているのも、お父さんのおかげなのである。
そういう意味では、“ウメちゃん”のお父さんは拙者の“恩人”なのである。
恩人に年に1回はお線香をあげなければ気が済まない・・・

この間、“終活”のため、昔の写真などを整理していたら・・・
20年以上も前の台湾に行った時の写真が出てきた。
台湾の建国記念日に「国賓待遇」で招かれた時の集合写真である。
懐かしんで見ていたら・・・・あれ?
“ウメちゃん”のお父さんが写っている!(驚)
あれれ?・・・・“ウメちゃん”のお父さんも一緒だったの?(汗)
全然覚えていない・・・
“ウメちゃん”と知り合う数年前に、お父さんと一緒のツアーで台湾に行っていたのである。(唖然)
台湾の外務大臣主催の晩さん会にも一緒に参加しているはずなのだが・・・・
全く記憶にない・・・(笑)
あの時は、日本人同士で話をするより、拙者は他国の招待客から声を掛けられ、シドロモドロしながらおしゃべりをしていたからなぁ~(大汗)
それにしても“ウメちゃん”より先にお父さんと会っていたとはねぇ~
不思議な縁である。

というわけで・・・お墓参りに行きたいのだが・・・
情けないことに、お墓の場所をよく覚えていないのである。(大汗)
で・・・やむなく、お墓参りの“押し売り”をすることにした。(大笑)

“ウメちゃん”は「(お墓参りに)行こうかどうしようかと思っていたんだけどね」と言っていたが・・・・
「連れて行ってくれぇ~」と強引に頼む。
行くのなら、日曜日が良かろうということで、命日の前日の今日となった。
こうなると・・・“ウメちゃん”の奥さんも付き合わざるを得ない・・・(大笑)
「折角の日曜日、ゆっくりしたかったでしょうに・・・すみませんねぇ~」と奥さんに謝ったが、拙者が本気で謝っていないことは、奥さんは百も承知だろう。(大笑)

3人でお墓参りをした後、“ウメちゃん”の実家に行ってお母さんとお会いする。
まさか、実家に行くとは思ってもみなかったが、是非、立ち寄ってくれとのこと。
お母さんともあいさつ程度しかしたことはなかったのだが、今回、初めてゆっくりとおしゃべりを楽しめた。

拙者個人としては、今日は充実した日だったが・・・・
“ウメちゃん”夫婦にとっては、いい迷惑だったかも・・・(大笑)
お父さん、拙者が息子さんの尻を叩いて毎年、お墓参りをさせますからご安心を!(大笑)

日記 | 13:25:41 | Comments(0)
不要不急の119番過去最多!(唖然)
消防庁によると、救急車の出動件数は2009年以降、9年連続で増加していて、2017年の出動件数は前年比2・1%増の634万件を超えているという。(汗)
で・・・・軽症での要請が全体の48.6%を占めているという。
子供の急な発熱で親が救急車を呼んだり、料理中に包丁で少し指を切ったような軽度な切り傷や擦り傷など、緊急性の低い状況での救急車の要請のケースがあるという。
こういう人は、救急車を呼ぶほどのものかどうかの判断が出来ないのだろうか?
昔は、自宅にサイレンを鳴らして救急車に来られると「恥ずかしい」ということで、極力、119番通報を避ける傾向にあったように思うのだが・・・
最近はそういう「恥ずかしい」という感情が無くなっているのかもしれない。(大汗)
悪質なのは、日ごろの通院にタクシー代わりに使う人間もいるというのだから呆れる。
ここまでいくと、恥も外聞もない・・・タダだから・・・というほうが優先されるのだろう。
聞いた話では、通常の通院では診察してもらうまで待たされるが、救急車で行けば待たずにすむから・・・とのことだ。(唖然)

私の近所の長屋の住人・・・
多い時には1ヶ月に2回ほど救急車を呼んでいる。(汗)
そんなにチョクチョク体調に問題が起こるのなら、入院した方がいいんじゃないかと思うのだが・・・
入院はしないようだ・・・(汗)
近所づきあいもしない長屋の住人であるから、サイレン鳴らして救急車がやって来ても、恥ずかしいとも思わないのだろう。
いや、他人の目を気にすることこそが恥だと思っているのかもしれない。
タダなんだから使わなければ損である・・・・ということか?

出動件数の約半数、58.8%が65歳以上の高齢者だという。
高齢化社会になり、どうしても救急車を呼ばねばならない状況が増えることは想像できるが・・・
この「高齢者」の中には、自己中心、自分さえ良ければいいという「団塊の世代」が多く含まれている。
この世代に問題があるんじゃなかろうか?

東日本大震災の時・・・・
真っ先に「避難所に行きましょう!早く行かないともらえるものがもらえなくなくなるから!」と周囲の人を煽っていたオバタリアンがいた。
「避難所へ行けば、毛布とか食べ物とか飲み物がもらえるんですよね?早く行かないとなくなるから、早く行きましょう!」との発言には呆れた・・・
団塊の世代のオバチャンである・・・(怒)
さすがに、初対面の相手だが、私はこの人を怒鳴りつけた・・・
しかし、「だって、タダでもらえるんでしょ?もらえるものはもらわなくちゃ損よ!」とケロケロとしているのだから馬鹿につける薬はない・・・
こういう人間が安易に救急車を呼ぶんだろうなぁ~・・・・タダだから・・・

当局は、「救急車の数は限られているので、本当に緊急を要する人の搬送が遅れる可能性があるので、適正な利用を心がけて欲しい」と訴えているようだが、効き目はないだろう。
他人の事を考えるような連中ではないのだから・・・(大汗)

そうなると、救急車の有料化を検討しなくてはならないのだが・・・
そうそう安易に「一律に」と導入するわけにはいかないだろう。

本当に緊急性を要する場合は無料、そうでないものは有料と、現場に到着した救急隊員がその場で判断するしかないのではなかろうか?(救急隊員の精神的負担が大きくなるが・・・)
タクシー代わりに利用している“常連さん”には、税金を割り増しにしたらどうだ?
「あなたは年間に24回も救急車を呼んでいますので・・・」と理由書を添付して、本年度より税金が高くなります・・・って・・・(苦笑)

我が家で今までに救急車を呼んだのは2回だけ・・・
母が突然意識を失って倒れた時と、親父の心臓が止まってしまった時の2回だけである。
一生のうち救急車を呼ぶなんてことは、そうそうあるまい?
1年に1回だけは無料で、それ以上は有料とするとか・・・
1年に何回も重体となるような病気のある人の場合は、主治医の証明書か何かを発行してもらって、それを提示すれば支払いを免除されるとか・・・・
いずれにせよ、「有料」を前提にしないと、この問題は解決しないんじゃなかろうか?

エッセイ | 13:23:01 | Comments(0)
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