FC2ブログ
 
■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
58歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

■最近の記事
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■FC2ブログランキング
■ブロとも申請フォーム
■最近のコメント
■小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

■ブログ内検索

■リンク
■RSSフィード
■FC2カウンター

まさかの訃報
先日、親父の一周忌法要の案内を郵送したが・・・・
そのうちの、親父の友人の一人から、早々と返事が届いた。
で・・・書いてきたのはご家族で、父親は亡くなっていますとのこと。(驚)

ショックである。
自己中で、我儘な親父には“友人”は極端に少ない・・・(苦笑)
その数少ない旧制中学校時代からの友人の一人、“カシムラさん”がお亡くなりになっていたとは・・・

“カシムラさん”とは、親しく話をしたことは滅多になかったが・・・
どこかでバッタリ会うと「おお!元気でやってるか!」といつも声をかけてくれる“いいおじさん”だった。(笑)
以前、市役所の支所で偶然出会ったときに、面白い話を聞かせてもらったことがある。
旧制中学校を卒業して、通信兵か何かになったらしい。
で・・・技術者として戦闘機の胴体にもぐりこんで無線機の調整をしたという。
少年兵で体が小さいからということで、戦闘機の胴体にもぐりこまされたらしい。(苦笑)
で・・・戦闘機は当然、空を飛ぶわけで・・・・(笑)
その胴体内に座り込んで無線機の調整をしたという。(唖然)
なんと・・・危ないことか・・・(汗)
操縦士も、子どもを乗せて飛ぶんだから離着陸の時には神経を使っただろうなぁ~
笑いながら、そんな珍しい話を聞かせてもらったことが懐かしい。

戦後は、その“技術”を生かして会社を興して社長さんになった。
その時に、うちの親父に大変世話になったんだと、親父が死んだ時に弔問に訪れて話してくれた。
他人の面倒なんか全然見なかった人がねぇ~・・・・と意外に思った。

親父の弔問に来てくださったのに・・・まさか、まもなく後を追うように亡くなっていたとは知らなかった・・・(大汗)

どうも家族葬ということで、新聞の「おくやみ欄」にも載せなかったらしい。
とにかく面倒見のいい人だったのだから、世話になった人も多いだろう。
最近は後々の“お付き合い”を面倒がって「家族葬」で済ましてしまう人が多いと聞く。
サラリーマンならいざ知らず、会社の社長さんだったからなぁ~
お付き合いも広いし、義理のある人も多いわけで・・・
こちらとしては、「知りませんでした」というわけにはいかないのである。(汗)
葬儀をしてくれれば、その時に義理を果たせるのだが、こうなると、わざわざご自宅へ弔問に伺わねばならない。
正直言って面倒くさい・・・(汗)

そう思いながら、今日、ご自宅へ弔問に伺った。

祭壇の遺影を見てビックリ!
写真ではなく、「肖像画」なのである!(驚)
奥さんの話では、この絵は、フランスのパリに行った時にナントカという画家が沢山いる有名な通りで描いてもらったものだそうで・・・
道端で描いてもらっている様子の写真と、この絵を描いた画家さんとのツーショットの写真も飾ってあった。
なんともユニークな“遺影”であるが、遊び心のある“カシムラさん”らしい・・・
しかも、この肖像画・・・・よく描けているのである。
生前の本人の雰囲気そのまま・・・・
こういう“遺影”もいいなぁ~と思った。(笑)
運転免許証の写真みたいな下手な写真を使うくらいなら、こういう“肖像画”のほうが数段良い気がする。

そうだ・・・拙者も、そろそろ“遺影”を用意しておこうかなぁ~(大笑)
いや、わざわざじゃなくても、遺影に使えそうな写真を撮っておくとか、画家さんに肖像画を描いてもらっておくとか・・・

今から約35年前、1ヶ月の米国内“放浪の旅”の最後に訪れたのはサンディエゴ・・・・
ここで、似顔絵か何かを書いている女の子を見かけた・・・
彼女と目が合い・・・どうしようかなぁ~・・・描いてもらおうかなぁ~と迷ったが、その場を立ち去った。
今でも時々、あの時の事を思い出す。
あの時に描いてもらえばよかったなぁ~・・・・失敗したなぁ~と・・・
決して彼女が美人だったからではない・・・(大笑)
“カシムラさん”の肖像画の“遺影”を見て、益々、後悔・・・・(苦笑)

奥様と、しばし、おしゃべり・・・
奥様は拙者が子供の頃からよくご存じだったそうだが、拙者は奥様と会話をするのは初めて・・・(大汗)
で・・・その会話の中で、恐ろしい事実を知った!(驚)
親父の旧制中学の同級生が、今年になって次々とお亡くなりになっているという!(驚)
同級生の中の“仲良しグループ”・・・・
拙者も子供の頃に名前を聞いたことがある方々が、すでにお亡くなりになっているという。
「まさか、天国で同窓会でもやるつもりなのかしら?」と奥様・・・・
1月に親父が死んでから、次々とお亡くなりになっているという。
こうなると、まさしく“サスペンス”だな・・・・(苦笑)
まるで、我儘な親父が一人じゃ嫌だと言って、みんなをあの世に呼んでしまったような感じ・・・・(大汗)
参ったなぁ~・・・(苦笑)

この世には不思議な力というのが働いているのかもしれない・・・・
親父が死んだ後の、新聞の“おくやみ欄”は、やたらと89歳で亡くなった方が多かったような気がしていた。
親父が89歳で死んだから、ついつい、目に付いた・・・というだけなのかもしれないと思ったりもしていたが・・・
仲良かった同級生が次々と亡くなっているとはねぇ~(大汗)
いったい、これはどういうことなんだろう?

誰にも邪魔されず、たっぷりと、奥様とおしゃべりをして辞する・・・・
これが葬祭場での葬儀となると、せいぜい一言挨拶して終わってしまうから、もしかしたら、こういうタイミングがずれた弔問というのも悪くはないなぁ~と、ちょっと考え方が変わった。(笑)

スポンサーサイト
日記 | 12:42:12 | Comments(0)
取材!
今日は、法人会の活動一色の日となる・・・(苦笑)

まずは・・・
午後2時から「税を考える週間」の記念講演会に参加。
主催は茨城県税務連絡協議会である。
毎年、この企画があり、関係団体に“召集”がかかる。(笑)
我が法人会にも参加要請がかかるが、平日の午後となると、なかなか参加しようという会員はいない。(汗)
しかも場所は県庁所在地の水戸である。
水戸までわざわざ行くのも面倒くさい・・・(苦笑)
講演を聴くだけだし・・・しかも、税務の話だし・・・退屈なのは明らか。(苦笑)
誰も参加しないとなると、我が会としては恰好がつかない・・・
ということで、一年中暇を持て余しているという拙者が、こういうことを受けることにしている。
広報委員だし・・・会報に活動報告の一つとして記事を載せるのもいいだろうということで・・・(笑)

img245.jpg

演題は『税務行政の現状と課題』
講師は関東信越国税局長・・・・
この方、拙者と同い年なのである!(驚)
同じ年に生まれたのに・・・・片や局長様である!
頭の出来が違うんだろうなぁ~(涙)

184_convert_20190531113232.jpg

講演会を聴き終えて、急いで車を走らせ、我が町に戻る。(笑)
午後6時から、市内のホテルで映画監督との懇談会と称した取材が入っているのである!(笑)

この間の広報委員会の編集会議・・・
毎度のことなのだが、拙者が口火を切って雑談から始まる。
雑談しているうちに、広報誌に載せるいいネタが見つかったりするのである。(笑)
今回も、その手を使って、いいネタが見つかった!(喜)

来年の春に公開される映画『ある町の高い煙突』・・・・
原作は新田次郎・・・・
話しの舞台は、我が町なのである。
じゃぁ、監督に取材をして記事を書こうか・・・ということになった。
幸い、副委員長の“ムラタくん”が、この監督とコネがあり、連絡を取り合っているという。
じゃぁ、話は簡単だ・・・・
ということで、ホテルの一室を借りて、食事をしながら、いろいろとお話を聞こうということになった。

当初、関係者を何人も呼んで、さらにはロケ地でもあるわが市の市長も呼んで・・・
などと副委員長が言い出したので、「市長まで呼んだら話がまとまらなくなるからダメ、監督一人だけにインタビューしないと記事が書けないよ」と注意した。
で・・・集合時間30分前には現地に到着・・・
当然、事前の打ち合わせがあるものと思っていたのに誰も来ない・・・(唖然)
どういう質問をするのかを打ち合わせておかないと、インタビューできないと思っていたので、30分前には集合すると思っていたのに・・・(大汗)
事務局の女の子に聞いたら、お招きする関係者は4人だそうだ・・・(驚)
監督一人じゃないのか?
“ムラタ”副委員長が勝手に4人に増やしたという。(唖然)

まもなく、広報委員が集まり、ギリギリになって監督、プロデューサー、などの関係者が“ムラタくん”の案内でやってきた。
嘘だろ・・・
下打合せなしに、いきなりのインタビューかよ・・・
しかも、広報委員長は仕事の都合でかなり遅れて来るという。(唖然)

190_convert_20190531113516.jpg

img246_convert_20190531113553.jpg

簡単に自己紹介をして、インタビューを始めたが・・・・
案の定、話しがコントロールできなくなった。(大汗)
笑い話に、裏話、エピソード・・・・いろいろ飛び出す。
それは、それでいいのだが・・・・
拙者が横から「それ、記事にしていいですか?」と尋ねると、必ずと言っていいほど「あっ、これはオフレコにしてください」となる。
話しは面白いのだが、活字に出来ない話ばかり・・・(大汗)
しかも、監督一人なら、こちらで話の持って行き方をコントロールできるのだが、4人もいると、これが出来ない。
話題があっちこっちに飛んでしまうのである。(涙)
結局、開始して30分も経たぬうちにメモを取るのをやめた。(苦笑)

2時間ほど、食事をしながらの懇談会をして解散・・・・
我が広報委員会の女性メンバーからは「面白いお話がたくさん聞けて楽しかったです!いい時間が過ごせました」と言われたが・・・
う~ん・・・当事者意識がないなぁ~(苦笑)
原稿を書くのはあなたでしょ?・・・・と頭から決めつけているらしい・・・(笑)

どう逆立ちしても、記事に仕上げるのは難しい・・・(涙)
こうなったら、“ムラタ副委員長”に責任を取ってもらって原稿を書いてもらおう!(大笑)
「話を聞いていて、こりゃ、記事に出来ないなと思ったのでメモするのやめたから、俺は記事は書けないからね」(笑)
「いやぁ~そうなんだよねぇ~、だから、僕もメモしていないんだ」と副委員長
「え?それで記事書けるのかな?今回の取材記事はあなたが担当なんだけど・・・」とイジメる。(笑)
「えっ!うそでしょ!・・・・そうなの?」
「そうなの?・・・って、あんたが監督達とコネがあるんだから、あなたが書くのが当然でしょ!」(笑)

女性陣が帰った後、我が男性陣は、せっかくだから飲みに行こうということで市内のスナックに移動。
広報委員会担当副部会長、委員長、副委員長と拙者の4名である。
副部会長は、食事代をしきりに気にしていた。(大笑)
「4人も呼んじゃって、予算は大丈夫だったのか?」としきりに拙者に尋ねてくる。
「そうなんですよねぇ~本当は監督1人だけのはずだったんですが・・・・さぁ、どうなりますか・・・」(笑)
副部会長としては、赤字が出たら責任者として自腹を切らされるのではないかと気にしていたのかもしれない。(笑)
監督の食事代を我々が負担するということを加味して、一人当たり6千円の会費でおこなったのだが・・・
4人分となったら・・・そりゃぁ赤字でしょ!(苦笑)
そういうところまで考えずに勝手にやっちゃうところが副委員長のノーテンキなところかな?(大笑)

「ねぇ、あの4人の食事代・・・誰が払ったの?」
「え?・・・あとでホテルから請求が来るはずですが・・・う~ん、足りない分は最高責任者の副部会長が支払うようかなぁ~」
「え!うそぉ~やめてよぉ~」(泣)
お酒が入り、酔った勢いで、散々からかって遊ぶ。(大笑)
副部会長と委員長は拙者より年長者であるが・・・・からかって遊ぶ・・・・(大笑)
こういうところが拙者の“欠点”でもある。(大笑)

「あとで、事務局に確認して、私の方で何とかしますから・・・」と言ったら、「そぉ~!じゃ、よろしくね!」と副部会長はニコニコ顔。
う~ん・・・・拙者は“下っ端”なんですけど・・・・(苦笑)

副委員長は拙者と同い年なので・・・(笑)
原稿を書くことを“強引”に押し付けた。(大笑)
なにせ、監督から原稿を事前に見せてくれと頼まれたそうで・・・・
それなら、お付き合いのある副委員長が自分で書いて、そのままメールか何かで送ったほうが早いでしょ?(笑)
というわけで・・・とりあえず、一件落着・・・(大笑)

楽しく二次会を終えたところで・・・お会計・・・・
委員長が、「ここは俺が払う」とごちそうしてくれた。
この間の鳥取での懇親会以来2回目の“おごり”である。
あの時は「原稿代」・・・・と言われたが・・・(笑)
今回は、拙者は原稿は書かないよ・・・(笑)
「まぁ、いろいろさぁ~・・・ねっ!よろしくね!」とのこと。
つまりは、面倒くさいことは全て君に任せるから、よろしくということらしい・・・(大笑)
更には“代行運転”の代金まで支払ってくれた!
初めてのことである!(驚)
そこまで気を使わなくてもいいのに・・・・と思ったが、それが委員長の心優しいところ・・・
「はい、はい、お前が何とかしろ・・・ということですね?」(苦笑)
「そう!そういうこと!よろしく!」(大笑)

自分でアイディアを出して、自分で企画して、最後は自分の首を絞めるんだから、拙者は“おめでたい”人かも・・・・
しかし、こういうことを通じてのコミュニケーションが拙者は好きなので・・・・やめられない・・・(大笑)

日記 | 20:56:28 | Comments(0)
法事の案内状を送る
来年の1月に親父の1周忌の法要を行う。
ん?・・・もう1年も経つのか?(苦笑)
なんだか、訳が分からないうちに月日が過ぎていく・・・

1月に法要を行うので、本日、案内状を送った。
親戚はもちろんのこと、拙者の友人や、親父の友人、知人にも・・・・

亡くなった母の1周忌の時は、親父の猛反対で、親戚しか呼ばなかった。
母と仲良かった方々、亡くなる1ヶ月程前に一緒に北海道へゴルフのコンペに行った方々をお招きしたかったのだが・・・・
親父が猛烈に反対した。
お世話になった方々へのお礼は、1周忌の時にしかできないんだけどなぁ~
3回忌からは身内だけの法要になるんだから・・・
が・・・喪主は親父なので、親父の意見は尊重するしかない。
結局、親戚だけを招いての法事となった。

で・・・今回は・・・・
拙者が喪主ですから・・・(大笑)
お誘いしたい人は拙者の独断で決めさせてもらう!(大笑)
あの世にいる親父が何と言おうと、拙者の勝手にさせて頂く。(笑)

親戚を招くのは当然だが・・・
その他に、親父の友人を招くことにした。
旧制中学校の同級生である。
自分勝手で我儘な親父と、よくも70年以上も付き合ってくれたものである。(苦笑)
ボケた親父はお礼も言わず旅立ってしまったので・・・・お礼を言わせよう・・・(笑)
仕事上で何かとお手数をおかけした方も呼ぶことにした。
事前にお話をしたら「是非!」とのことだった。
そして、我が友人たち・・・
バリアフリーから何から何まで、自宅の改造でお世話になった“ウメちゃん”・・・
特に、拙者が留守中に一緒に救急車に乗って病院まで付き添ってくれた恩人である。
常々何かと気配りをしてくれた水戸藩士の“シミズくん”・・・・
検査入院の付き添いで身動きが取れない拙者の為に食事の差し入れをしてくれた恩人である。
歯科医で親父の入れ歯を作ってくれた“キタミさん”・・・
我儘な親父を相手に入れ歯を作るのは大変だったと思うが、何かというと文句タラタラの親父が文句も言わず、自分の口で最後まで食事が出来たのは、“キタミさん”の入れ歯のおかげである。(大笑)
自分の口から栄養を摂るというのは非常に大事なことである。
この3人の友人がいたから、最後まで親父の面倒を看ることが出来たのである。
親父よ・・・感謝せよ・・・である。(大笑)
で・・・お礼も言わずボケたまま旅立ったんだから、改めてお礼を言えよ・・・である。(大笑)

ただ、心苦しいのは、皆さんから“お包み”を頂くという余計な出費をさせてしまうこと。
ここなんだよねぇ~
お招きする事が、逆に迷惑になるのではないか?(大汗)
散々迷ったのだが、やっぱりお礼をしたいので、案内状を送ることにした。

日記 | 20:54:01 | Comments(0)
『茨城の史跡と伝説』


第1編
(石岡・稲敷・岩井・笠間・鹿島・勝田・北相馬・久慈・古河地方)

山の佐伯、野の佐伯(石岡地方)
  “茨城”の名の起こり
親は諸白(もろはく)、子は清水(石岡地方)
  石岡にある養老酒泉
国分寺の雌鐘雄鐘(石岡地方)
  七日原と八日堤の伝説
府中の千口塚由来記(石岡地方)
  境界争いの一犠牲者
三年坂と残念坂(石岡地方)
  万能クワの発祥地石岡
爪描き如来(石岡地方)
  高浜「西光寺の本尊」
小野小町とその墓(稲敷地方)
  謎に満ちた小町の晩年
名馬鵜黒は保内郷産(稲敷地方)
  那須与市宗高の乗馬
浮島の小袖ヶ浜(稲敷地方)
  哀れ石と化した姫の振袖
浮島の賀久賀鳥(稲敷地方)
  景行帝皇子追慕の旅
女化稲荷の由来(稲敷地方)
  キツネと結ばれた老臣
天海僧正の屁っぴり坂(稲敷地方)
  江戸崎不動院騒動余聞
神宮寺の十三塚(稲敷地方)
  斬首された十三人の名主
武ノ宮と彦ノ宮(岩井地方)
  霞ヶ浦の名の起こり
岩井市の将門遺跡(岩井地方)
  西念寺の泣鐘
笠間市の紋三郎稲荷(笠間地方)
  祭神の化身、老翁の現れ
稲田神社と僧性海(笠間地方)
  大蛇を退治した神兵
親鸞の遺跡と伝説(笠間地方)
  浄土真宗発祥の地
仏ノ山の朝日堂(笠間地方)
  非道の父、娘の死に改心
鹿島の常陸帯神事(鹿島地方)
  男女縁結び奇習に変化
八竜神社と極楽寺(鹿島地方)
  鳥栖は浮洲から転訛
潮来出島と十二橋(鹿島地方)
  女郎衆の恋愛談
日本養蚕事始め(鹿島地方)
  日川に流された姫君
無量寿寺の幽霊(鹿島地方)
  聖人の大蛇済度伝説
子生弁天の大入道(鹿島地方)
  化け物の正体見たり
鹿島の千年塚(鹿島地方)
  神主鶴に乗って昇天飛行
七日原と八日堤(鹿島地方)
  鐘に苦労した弁慶
童子女の松原(鹿島地方)
  密会の男女、松の樹と化す
三十三館の没落(鹿島地方)
  夜明けを忘れた鶏
勝倉のイボ阿弥陀(勝田地方)
  開山は佐竹の一族普光上人
守谷の花なし桔梗(北相馬地方)
  成田不動尊と日枝神社
桂の権五郎神社(北相馬地方)
  権五郎井戸と片目の蛇
将門伝説と相馬(北相馬地方)
  さだかでない古御所跡
東金砂の童塚(久慈地方)
  天狗になった天地坊法師
金砂田楽の磯下り(久慈地方)
  アワビの殻に乗ってくる
四度の滝と天狗岩(久慈地方)
  越前まで飛んだ漆掻き
鰐ヶ淵と薬屋長者(久慈地方)
  打出の小づちで富豪に
金ベッコ銀ベッコ(久慈地方)
  久慈に残る佐竹伝説
八溝山の鬼退治(久慈地方)
  近津神社縁起と「那須記」
玉で転んだ鎮守様(久慈地方)
  こんにゃくの栽培を禁止
クマアリの六部(久慈地方)
  葬式の晩、死人の鼻を食う
和久の強飯神事(久慈地方)
  菊池氏一族に残る家風
白馬を盗まれた話(久慈地方)
  貧寺の僧に老猿の報恩
土壁のない家造り(久慈地方)
  佐原花室神社の由来
雀神社と雀姫(古河地方)
  「お雀様の旅」
隆岩寺の山雀塚(古河地方)
  地獄でケンカする子供
静御前の思案橋(古河地方)
  義経恋し、行こか戻ろか

第2編
(下館・下妻・水海道・高萩・多賀・筑波・土浦地方)

県南の将門伝説(下館地方)
  竹島の三仏堂や塚
日本武尊の伝説(下館地方)
  坂入姓や藤切の由来
護法杉や榎八幡(下館地方)
  県下に多い樹木の伝説
水海道と田村麿(水海道地方)
  地名の由来と紅梅姫
赤浜と高戸海岸(高萩地方)
  赤水の高天原説
松原千軒と真福寺(高萩地方)
  本尊縁起と弘乗上人
艫神社と臼子山の石臼(多賀地方)
  十王に残る伝説
山の幸、海の幸(多賀地方)
  会瀬の里のロマンス
田代谷津の鎌塚(多賀地方)
  島名村五郎の大蛇退治
堅割山と将軍石(多賀地方)
  宝剣で切られた巨石
筑波山の餓鬼済度(筑波地方)
  男体山の岩窟に大釜
建借間命の謀略戦(土浦地方)
 潮来、古渡の地名起源

第3編
(那珂・那珂湊・行方・新治・西茨城・東茨城・日立・常陸太田地方)

片目の魚の伝説(那珂地方)
  阿漕ヶ浦と鈴ヶ池
静神社の祭神(那珂地方)
  “静織里”社前に捧げ上達祈る
名馬池月と摺墨(那珂地方)
  源平宇治川の合戦余聞
香々背男と宿魂石(那珂地方)
  石に宿る神々の伝説
犬と針箱の化石(那珂地方)
  火事を予告する峠の犬
浄光寺鍋かぶり如来(那珂湊地方)
  義宣の乳母と真如堂
ヤンサ祭りと駒形馬(那珂湊地方)
  頼朝の神馬奉納に端
徳蔵の馬槽大師(那珂湊地方)
  空海に失恋した徳蔵姫
華蔵院の怪猫(那珂湊地方)
  住職に化けて酒宴を
六十塚と手賀長者(行方地方)
  西連寺の長者供養
手賀村の三ツ塚(行方地方)
  大鰻退治の鳥名木様
吉生の西光院(新治地方)
  小栗判官と名馬鬼鹿毛
親鸞聖人と山伏弁円(新治地方)
  大覚寺の諸伝説
頭白上人の報復(新治地方)
  佐竹義宣は上人の後身
数多い竜の説話(新治地方)
  中国から渡った信仰
日本武尊と弟橘姫(新治地方)
  桃浦の鳥塚橋のいわれ
八郷の十三塚(新治地方)
  人食いネズミ退治
悪態祭の起源(西茨城地方)
  郷土に残る奇習の一つ
岩瀬のさゝら塚(西茨城地方)
  神幸の途中姿消した一獅子
塩子の仏国寺(西茨城地方)
  孝謙女帝と道鏡の秘話
涸沼川の織姫塚(東茨城地方)
  光圀公、家臣に教戒
慈雲寺の天狗和尚(東茨城地方)
  散在する天狗伝説
稲村権現の潮呼鐘(東茨城地方)
  竜燈出現
小松寺と平重盛の墓(東茨城地方)
  燈籠大臣の子孫振わず
大太郎坊と巨人伝説(東茨城地方)
  筑波の双峰は弁慶の仕業
大洗磯前と平磯神社(東茨城地方)
  大小の石を二た組にわけ
清音寺とウナギ地蔵(東茨城地方)
  藤井川の殿淵で判官討死
喜八落涙の弥陀(東茨城地方)
  光圀尊像を模写、一宇を寄進
金の鷲に乗る神様(東茨城地方)
  “鹿島さま”は建国の元勲
六地蔵寺の七地蔵(東茨城地方)
  一体唐国まで火消しに
祈願を誤り大蛇に(東茨城地方)
  “沼の内弁財天”案内記
悪路王の首(東茨城地方)
  吉田神社、石を神体に祭る
石船神社の祭神(東茨城地方)
  古代の海軍将帥か
桂村の手子后神社(東茨城地方)
  面白いタブーの風習
御前山と孝謙天皇(東茨城地方)
  今に残るエロ的説話
水木浜の駒打ち原(日立地方)
  “おどう”と呼ぶ珍行事
会瀬浦の七夕磯(日立地方)
  牽牛・織女、磯へ降臨
大雄院の蒲団石(日立地方)
  田尻海岸、昔は“仏浜”
義家の“八幡清水”(日立地方)
  小木津の地名の起こり
金沢の伊勢神社(日立地方)
  金鉱知らせた美女
近世に契石を神体(日立地方)
  御岩山と薩都神社
賀毘礼峰の御岩明神(日立地方)
  潔癖な祭神で怖れらる
機初の長幡部神社(常陸太田地方)
  復帰かなった神様
東清寺の姫荒神(常陸太田地方)
  佐竹氏遺聞の一哀話
黄金千杯朱千杯(常陸太田地方)
  財宝埋蔵の場所を暗示
枕石寺の什宝枕石(常陸太田地方)
  親鸞聖人と日野左衛門
弘法大師の湧泉(常陸太田地方)
  姫春セミは法縁のない女
太田の十王坂怪談(常陸太田地方)
  土中から赤子の泣き声
義家ゆかりの地名(常陸太田地方)
  特に多い県北一帯

第4編
(真壁・水戸・結城・龍ヶ崎地方)

天文学の安部博士(真壁地方)
  筑波山麓生まれの陰陽師
小栗判官照千姫(真壁地方)
  恋愛を主題の仇討芝居
発狂した小栗重成(真壁地方)
  平氏の怨霊になやむ
日本武尊が露営(水戸地方)
  水戸朝日山と舟付台
渋井の首なし弁天(水戸地方)
  霊木で仙人法道の作
神応寺蹴上げ観音(水戸地方)
  悪太郎諸国巡歴の守護神
火事好む花車の話(水戸地方)
  八幡社の秘蔵人形
真仏寺の開山真仏上人(水戸地方)
  三十三間堂棟木由来の伝説
宝蔵寺の愛縁稲荷(水戸地方)
  行基作三体の白狐
報仏寺の身代わり名号(水戸地方)
  悪業猟師平五郎を導く
神仏合体の八幡宮(水戸地方)
  蛇を救った佐竹の城主
桂岸寺の勢至尊(水戸地方)
  二十三夜待ちと江戸氏落城
義家と長者(水戸地方)
  謀反おそれ誅伐
車塚と丹波松(水戸地方)
  咳の神様にさrた勇士
伊福部の雷神(水戸地方)
  蹴り殺された早乙女
悲恋の小虎琵琶(水戸地方)
  薬王院の什宝と美女丸
真弓山の寒水石(水戸地方)
  腰かけた雪が石に
竹原明神と道鏡(水戸地方)
  御前山説話余聞
山川不動尊縁起(結城地方)
  将門の謀反にいさめ
安穏寺の源翁禅師(結城地方)
  殺生石を法刀で割る
金竜寺のわら干し観音(龍ヶ崎地方)
  牛になった小僧の話

あとがき


地元の伝説について、ちょっと知りたかったので読んでみたが・・・
執筆者には大変申し訳ないが、読みづらく、全く面白くない本だった。
言い回しが、どうも分かりづらい・・・
というより・・・私の好みの言い回しじゃないから、そう感じるのかもしれない。
本書は昭和31年に『茨城の伝説』として発刊されたものを、昭和49年に「いはらき」新聞紙上に、市町村名を加え、当用漢字、新おくりがなとし、一部に加筆訂正を加えて再掲載したものを、1つにまとめて、昭和51年に刊行されたものだそうだ。
昭和31年の「復刻版」という感じだから、読みづらいのか?
各表題の伝説の話に、「ちなみに・・・」と余計な話が加わるものも多く、おかげで、「結局、何の話だっけ?」となる。
執筆者が自分の知識を何でもかんでも盛り込んだせいで、ピントがボケた感じ。
話しのオチも表題と離れたものも多く、「それが、この話のオチですか?」と突っ込みを入れたくなって読んでいてイライラ・・・(苦笑)
例えて言えば・・・
「桃から生まれた桃太郎、桃から子供が生まれる訳はなく、眉に唾を付ける様な話だが、こういう伝説は他の地域にもあり、どこそこのナントカ村では・・・・」といった感じ・・・
肝心の伝説が横道に逸れてしまい、どこへやら・・・という感じ・・・
結局、余計な話で“水増し”されている感は否めない。
本書の執筆は2人の方が行っていて、本書が刊行された時にはすでに故人とのこと。
故人には大変申し訳ないが・・・久々の“残念本”だった。
お二人の執筆者のうち、一人は新聞記者から浪曲脚本家となった人・・・
だから言い回しが私には訳が分からない・・・と感じた原因か?(笑)
もう一人は郷土史研究家・・・
ご自身はよく分かっているし、あれもこれもと知っている話を“関連話”として入れたのだろうが、もう少し分かりやすく書くということは出来なかったのだろうか?
もっとシンプルに、ストレートに書いてもらえたらなぁ~と思った。
専門家でもない、予備知識のない人が読むことを想定していないような気がしてならない。
うがった見方をすれば、自分の知識の豊富さを自慢しているだけのような気さえしてくる。
ただ「我が茨城県には、こんなに伝説があるのかぁ~」ということを知っただけだった。
よく集めたなぁ~と感心はするが、内容はイマイチだった。


今年の読書:33冊目



読書 | 00:30:25 | Comments(0)
タイヤ脱落事故増!
走行中のトラックやバスからタイヤが外れるという事故が増えているという。(唖然)
昨年度1年間で67件もあったというのだから驚きである。
国交省の資料によれば(なぜか警察ではない・・・苦笑)、2011年度は10件程度だったものが、年々増加している。

昨年度の事故の約8割は11月から翌年の3月に発生しているという。
で・・・都道府県別では北海道の13件を始めとして、積雪地域が半数以上を占めるという。
つまり・・・冬タイヤに交換する際の作業ミスが主な要因だろうという。

統計は、総重量8トン以上のトラックと、定員30人以上のバスを対象としている。
ということは・・・それ以下の車輛を含めたら、もっと多いということか?(大汗)

大型車のタイヤというのは、直径1メートル、重さが100キロを超えるものもあるという。
となると・・・そういうタイヤの交換は“ド素人”では出来ないと思うのですが・・・
“プロ”としての自覚をもって、キチンとやってもらいたいものである。

2002年に、横浜で大型車のタイヤが脱落して母子3人が死傷した事故が発生している。
その時は、「これはひどい」「かわいそうだ」という声も上がったと記憶しているが・・・
なぜか、その後も毎年、タイや脱落事故による人身事故が起きているという。
マスメディアが騒ぎ続けないと駄目なのか?
「そんなにチョコチョコと確認などしてられるか!」「忙しい」「面倒くさい」は言い訳にはならないだろう。
人命にかかわるんだから・・・・

この事故の増加に対して「業界」はどう考えて、どう対策しているんだろう?
掛け声だけでは駄目だろうねぇ~・・・毎年増加しているんだから・・・
このあたりで真剣に取り組んでもらいたいものである。

エッセイ | 14:04:14 | Comments(0)
119番同時通訳導入
インバウンド(訪日外国人客)の増加を受けて、我が茨城県では、119番通報の多言語対応が広がっているという。
これは本当に必要なことだと思う。
口先だけの「おもてなし」も結構ですが・・・(苦笑)
「カネを落としてくれ」と外国人観光客の誘致に血道を上げるのも結構ですが・・・(苦笑)
イザという時の対応こそが究極な「おもてなし」という気がする。
そこに力を入れ出したんだから、我が茨城県は大したものである。(笑)

この多言語対応とは、主に通訳を介する3者間通話だそうで・・・
消防本部の指令員が外国語での119番通報を受けると、委託する民間の通訳業者にこの電話を転送し、3者が同時に会話できるシステムなのだそうだ。

総務省消防庁は昨年の1月に全国の消防本部に推進を呼びかけ、地方交付税で経費の支援もスタートしている。
で・・・
我が茨城県でいち早く導入したのは、「つくば市消防本部」で、ここでは、16言語、365日、24時間体制で対応しているという。
つくば市消防本部では、導入から約半年間で、スリランカ、インドネシア、インドの国籍の外国人から救急の病院搬送のなど4件の119番通報に、この3者通話で対応したという。
約半年間で4件というのは、多いのか少ないのかはわからないが・・・
事は人命にかかわるから、少ないから「導入しない」というわけにはいかないだろう。
茨城県の場合、観光客より農業などの就労者のほうが多いだろうから、1日や2日の滞在というわけではないから怪我や病気は起こりやすいのではなかろうか?

私が米国にいた時、怖くて風邪1つひくわけにはいかなかった。
なぜならば、英語で症状を伝える自信がなかったから・・・(大笑)
「胃がチクチクします」とか、「ムカムカします」とか、英語で表現する自信がない・・・(大汗)
頭痛も、虫歯も、捻挫も・・・説明できない!
だから、絶対、病気にならないように、それは神経を使ったものだ。(大笑)
治療費の金額の高さより、そちらのほうが心配だった・・・(大笑)

やっぱり、いざという時に通訳さんに入ってもらえたら安心である。
で・・・
我が町では、どうかというと・・・「導入を検討中」とのこと。(唖然)
役人の言う「検討中」は・・・「やらない」と同義ではなかろうか?・・・と、ちょっと心配・・・

法務省によると、我が茨城県の在留外国人は昨年12月現在で6万3千人強で、全国第10位・・・
県人口に占める割合は2.2%だそうで、前年同月比で5千人強増えているという。
ということもあってなのか、県ではすべての消防本部が100%導入に向け取り組みをしているという。

水戸市に、「いばらき消防指令センター」という組織を県内の20の消防本部、33市町が共同で整備し、来年度の導入に向け、今年の8月から3者間通話の試行中だという。
で・・・実際に、本番同様に外国語での通報を受付ているそうで、昨年1年間での同センターでの受理件数は総数で約11万件・・・
その中でも、外国人からの通報は年々増えているという。

ならば、早急に整備してあげるべきだな・・・

ただ、思ったのは、外国人による外国語対応だけでいいかどうか・・・
日本人、外国人に関わらず、目の不自由な人、耳の不自由な人、声を発するのが不自由な人・・・
こういう方々に対する対応も、忘れないでもらいたいものである。


エッセイ | 14:02:55 | Comments(0)
日比三偉人の碑
176_convert_20190520221643.jpg 177_convert_20190521112440.jpg

MONUMENT FOR THREE FILIPINO
AND JAPANESE GREAT LEADERS

リカルテ将軍  葛生能久書
高山右近大夫長房  吉川英治書
キリノ大統領  山下久子書


真理と自由と
人類愛のため
生涯を賭けた三人の偉人
悠久なるかな
あゝ尊き足跡

昭和三十三年五月
寺下辰夫

(碑文より)


【千葉県銚子市高神東町599・賢徳寺】



史跡 | 13:23:23 | Comments(0)
日比友愛の碑
148_convert_20190520174247.jpg 158_convert_20190521111549.jpg

日比友愛の碑

日比友愛の碑は、第2次世界大戦中、不幸にして戦火を交えた日本とフィリピン両国の民族と民族が互いの恩讐(おんしゅう)を越えて、永く世界の平和を祈念するために、昭和33年6月に建てられたものです。
この斜塔は友愛の浄火をかたどったもので、炎の先端は遠く洋上3,000kmのフィリピン、マヨン山(マニラ富士と呼ばれています)に向かって建てられています。
また、近くの賢徳寺(北へ約300m)には、日比の3偉人、高山右近大夫、リカルテ将軍、キリノ大統領の碑があります。

(説明板より)


撰文  尾崎士郎
此處に、われ等が恩讐を絶する日比両國の戰友百數十万の霊を慰むるための記念塔を建てる。
悲しき歴史の運命について、われ等は今日言うべき言葉もない。
この儚き民族の夢も影もなく消えていったあとに、祖國の難に殉じて倒れた魂の、聲なき聲を、われ等は心の底に聽く。
希うところは、唯、この微かなる響きを透して、あたらしき民族の生命の芽生えんことのみである。
愛情の最後の一滴を捧げつくして、侘しく滅びていった同胞の御霊よ。
此處に永恒をつらぬく悲しき思いを、世界平和を築く荘厳なる理想と抱負に托して、こころしずかに眠れよかし。

昭和三十三年五月中浣

(碑文より)


【千葉県銚子市天王台1421-1・地球の丸く見える展望館】



史跡 | 13:10:13 | Comments(0)
千葉県の銚子に行く
拙者が編集・発行している戦友会の会報・・・
昨年はサボってしまい未発行・・・(大汗)
今年も発行しなかったら・・・ちょっとマズイ・・・(苦笑)

が・・・ここで問題が・・・
表紙に使う、適当な写真がないのである。
この表紙に使う写真には、いつも悩む。

以前から、千葉県の銚子に「日比友愛の碑」というのがあるというのは知っていたので・・・
この碑の写真を表紙に使おうと思い立ち、思い切って、今日、写真を撮りに出かけることにした。(笑)

千葉県の銚子の犬吠埼に灯台がある。
この灯台には拙者が小学生の時に家族で行ったことがあるような、かすかな記憶がある。
それ以来の銚子行き・・・ということになるか。(笑)

我が愛車の純正のカーナビは地図が古い上に調子が悪い。(汗)
純正のカーナビは「最新のCD」を買っても、データが最新になっていないことが多い。
とっくの昔にバイパスが出来上がっているのに載っていないとか・・・(大汗)
ということで、新たに外付けのカーナビを買った。(笑)
こいつがあれば、無事に目的地に着くであろう。(笑)
やっぱり、カーナビはカーメーカーの純正の物より専門のメーカーの物の方が良さそうである。

長距離のドライブは緊張するので、できればやりたくないのだが・・・
銚子は我が家から電車で行くには不便な場所で、かなり時間がかかるようなので、泣く泣く自家用車で出かけることにした。(苦笑)

我が家から銚子まで、約3時間のドライブ・・・
車の運転が好きな人にとっては、3時間のドライブなんて、ドライブのうちに入らないだろうが・・・(大笑)
こちらは、見知らぬ道路を走るのは苦手・・・
ナビに従い、必死にハンドルを握っての運転・・・
ドライブなんて、何が楽しいやら・・・である。(大笑)

途中のコンビニで肉まんを買って昼食とし、一息ついて、再び運転・・・
景色を見ながら運転するなんてできないから、面白くない事この上ない・・・(大笑)

ようやく「地球の丸く見える丘」に到着!(ホッ!)

144_convert_20190520173233.jpg 145_convert_20190520173302.jpg

丘に登り、碑の所に行って唖然・・・

146_convert_20190520174219.jpg 148_convert_20190520174247.jpg

逆光なのである!(大汗)
碑はフィリピンの方向を向いて建っているということは知っていた。
ということは・・・南向きである。
で・・・拙者の想像していた構図は、この碑と太平洋を一緒に入れて・・・というものだったのだが・・・
南を向いて写真を撮るわけなのだから逆光になるという事は当然である!(大汗)
しかも昼過ぎに行ったのでは・・・(大笑)
馬鹿である・・・(涙)
しかも、お天気がいい・・・
今日は天気が良いから出かけようと思ったのだから、かなりの馬鹿である。(大笑)
曇りの日にすべきだったのに・・・
とにかく、太陽が少しでも雲に隠れるタイミングを捉えて撮影することにする。(涙)
このため、馬鹿みたいにボケッ~と碑にところに佇み続ける。
ようやく、絶好のシャッターチャンス!・・・と思ったとき・・・
そういう時に限って、他の観光客が碑のところに立ってしまうのである!(唖然)
しかも、アベック・・・
アベックは、なかなか移動しない・・・(大涙)
「どいてくれ!」とも言えず、次のチャンスを待つことになる・・・(大涙)
会報の表紙の写真に、どこの誰だかわからんアベックが入ったのでは・・・ちょっとねぇ~(苦笑)
人物が入れば碑の大きさがわかるだろうが・・・
人物は入れたくない・・・(苦笑)

そのうち、中年のオッサン、オバチャンたちの団体が・・・
ゲゲゲッ!
碑のところに座り込んで日向ぼっこ(?)
全く動く様子がない・・・(大涙)
普通、カメラを手にした人が立っていたら、「もしかして写真を撮ろうとしているのかな?」と気が付いていいはずだが・・・
そういう気遣いは、オッサン、オバチャンには無い・・・
「何してんの?あの人・・・」という顔をして、こちらを見るが・・・動かない・・・(涙)

よくお城などに行った時に、よく同じ趣味の人に出会うことがある。
例えば大手口を少し離れたところから石段、石垣を含めて撮ろうとしてカメラを持って佇んでいる人・・・
拙者のことが邪魔だと気付いたら、相手に手を挙げて合図を送り、拙者は物陰に隠れることにしている。
で・・・チョコっと顔を出して・・・OK?
すると、相手も手を挙げてチョコンと頭を下げてくれる。
お互いに、どういうアングルで、どういう写真を撮りたいかがわかるから・・・
気遣いをしてあげるが・・・・
滅多にそういう人に出会うことはない・・・(大笑)

平成12年に九州の唐津城に行った時の事・・・
「唐津城」と刻まれた石碑を天守閣をバックに撮影しようとするカメラマンたちが6~7人カメラを手に佇んでいた。(笑)
石碑のところで親子が遊んでいて、誰もシャッターが押せないのである。(大笑)
しばらく待っていたが、立ち去る気配がない・・・
これでは時間の無駄である。
仕方がないので、この親子に声をかけた。
「あのぉ~すみませんが・・・皆さん、この石碑の写真を撮りたくて待っているんですが・・・ちょっとの間、ここから離れてもらえますか?」
ようやく、この父親は周囲をカメラマンに囲まれている理由が分かったらしい・・・(大笑)
「あっ!すみません!」と言って動いてくれた。(笑)
で・・みなさんに、「はい、どうぞ!撮りましょう!」と言ったら、みなさん笑い出し「どうも!」「どうも!」と一斉にシャッターを切り始めた。(大笑)
「唐津城」と聞くと、あの時のことを思い出す。

が・・・他人に気遣いなどをしないのが今の世の中である。
気を遣ってくれ・・・というほうが非常識なのだろなぁ~
ようやく、苦労して、何とか使えそうな写真を撮る。(大汗)

ちなみに碑文は元総理大臣の岸信介である。

153_convert_20190520175515.jpg

とりあえず使えそうな写真は撮れたので・・・・
碑のすぐ後ろにある展望館に行ってみる。

156_convert_20190520175751.jpg

館内には「ジオパーク」に関する展示などがあった。

169_convert_20190520215209.jpg

建物の屋上は展望台になっていて、太平洋が見渡せる。

164_convert_20190520215547.jpg

が・・・う~ん・・・地球が丸く見えるかどうか・・・(苦笑)
拙者の目がおかしいのか?(笑)

上から「日比友愛の碑」を見てみる。

165_convert_20190520215643.jpg

このアングルの写真では表紙には使えないなぁ~(大笑)

167_convert_20190520215721.jpg 168_convert_20190520215748.jpg

遠くに灯台が・・・
もしかして、あれが「犬吠埼灯台」か?
あんなに小さかったっけ?(苦笑)
もっとも、50年くらい前の記憶だからなぁ~(大笑)

館内の喫茶コーナーでコーヒーを飲んで一息つき・・・
1階のお土産コーナーで、お買い物・・・(大笑)
拙者は、滅多に「お土産」なんて買わない。
親父が生きている時は親父にお土産としてお菓子を買ったりはしたが・・・
ついに、行動パターンが変わった・・・
買って帰るのは・・・「おかず」!(大笑)
昼食や夕食の「おかず」になりそうなものを買って帰ることにしたのである!(大笑)
いつも同じスーパーで買い物をしているので、飽きるのである。
たまには、同じ缶詰でも、変わった缶詰を買ってみたい・・・(大笑)
そういうわけで、ごっそりと食料品を購入する。(大笑)
お店の人が呆れているように見えたが・・・気のせいかな?(大笑)

時刻は午後3時・・・・
この公園の駐車場に車を止めたまま、近くの「賢徳寺」に徒歩で向かう。
車などで行ってウロウロするより徒歩で移動した方がよい・・・
しかも普段の運動不足解消に少しは歩かねば・・・(笑)

174_convert_20190520221448.jpg(賢徳寺)

以前読んだ本に、このお寺に「リカルテ将軍」の碑があると書いてあったので、このお寺を訪問した。

175_convert_20190520221545.jpg 176_convert_20190520221643.jpg

碑は墓所の隅っこに建てられていた。
「リカルテ将軍」「高山右近大夫長房」「キリノ大統領」の3人の名が刻まれた碑だった。

「リカルテ将軍」はフィリピン陸軍の父と言われた人。スペイン統治時代にはフィリピン革命のためスペインと戦い、その後、アメリカの統治時代にはアメリカに逆らい、日本にも亡命したこともある。太平洋戦争末期にはフィリピンにいたが、フィリピンからの脱出を日本政府から勧められたが、これを断り、敗走する山下奉文大将と行動を共にしたが、終戦前に病死された。
「高山右近大夫長房」とは、キリシタン大名の「高山右近」のことだと思う。
なんで「右近大夫長房」と刻んだのかは知らないが・・・
徳川家康のキリシタン国外追放令でフィリピンに送られ、マニラに到着して間もなく亡くなった。
マニラのパコ駅前の公園に銅像が建っていて、2度ほど、そこに行ったことがある。
確か「高山右近の墓」と刻まれた碑も建っていたと記憶しているが、埋葬された右近の遺骨は現在も行方不明のはずだから、あれが墓のはずはないよなぁ~と思う。
「キリノ大統領」はフィリピンの第6代大統領。第2次大戦後の「フィリピン共和国」では2番目の大統領。戦後間もない頃の反日感情の強い中、日本人戦犯に恩赦を与え日本に帰国させたことで有名で、拙者が生まれる4年前にこの世を去っている。

この3人の日本とゆかりの深い人物の名前が刻まれた碑(顕彰碑かな?)がポツンと建っているだけだった。
特に由来などを説明した案内板もない・・・
知る人ぞ知る・・・という感じかな?
ちょっと残念・・・

これで今日の目的は果たした。
帰宅前に、いつもの「一石二鳥」を狙う。
法人会の会報に連載している「全国税務署巡り」のコラム記事を書くため、「銚子税務署」の写真を撮りに向かったが・・・
税務署は意外にも細い路地に面した場所に建っていた!(涙)
というわけで・・・車を停めることが出来ず、車から降りて写真を撮ることができなかった・・・(涙)
まぁ、仕方がないか・・・と諦めて帰途につく。
「一石二鳥」がうまく行かないときもある・・・(大笑)

今日は、充実した一日が過ごせた・・・
大満足である。(大笑)

日記 | 12:16:35 | Comments(0)
『艦長たちの太平洋戦争(続篇)』


太平洋戦争・海戦主要年表

迫真の演技
(駆逐艦「長月」艦長・ニノ方兼文中佐の証言)
   ベンガル湾交通破壊作戦
   「長月」を探しに行け
   餓島生存者の救出
   奇蹟の撤退作戦
   対空戦闘の真っただ中に
   懲罰覚悟の帰投
   視界50メートルの航行
   乗員に対する演技

成功の算
(潜水艦「伊36」艦長・稲葉通宗大佐の証言)
   隠密部隊出撃す
   レキシントン型発見
   捨て身の魚雷発射
   同一箇所に2発命中
   決死の真珠湾偵察
   死ぬな、帰って来い
   二段階進級の押し売り

積極果断
(駆逐艦「宵月」艦長・前田一郎少佐の証言)
   GF長官たりうる人物
   マレー沖海戦の大勝利
   もう一つのミッドウェー
   木村艦長あえて軍律違反を犯す
   運のいい提督を選べ

欺瞞戦術
(駆逐艦「風雲」艦長・吉田正義大佐の証言)
   無理なミッドウェーの朝駆け
   空母「飛龍」の最期
   巧妙な欺瞞戦術
   沖縄海上特攻作戦

強運の人
(潜水艦「伊8」艦長・内野信二大佐の証言)
   最古参の潜水艦長
   無謀なガ島輸送作戦
   ガ島撤退の陽動作戦
   ドイツ派遣に異例の艦長配置
   初の潜水艦同士の補給
   荒天下の喜望峰航路
   激浪に被害続出
   洋上で独潜と会合
   ドイツ製電探を装備する
   ブレスト港に入港
   新兵器満載の帰国準備
   食事を食べる荷物
   急速潜航、急げ!
   危うく交換船を攻撃
   唯一の任務達成艦

縁の下の役割
(駆逐艦「梅」艦長・大西快治少佐の証言)
   船団護衛に専念
   「朝凪」小笠原海域に沈む
   錨を引きずって回航
   駆逐艦「梅」バシー海峡に消ゆ

幸運と不運
(駆逐艦「竹」艦長・宇那木勁少佐の証言)
   先任参謀の怒り
   生と死の行き違い
   シブヤン海に犠牲続出
   マニラ帰投を決意
   命令違反に切腹を覚悟
   決死の再出撃
   黒いもの、駆逐艦です!
   必死の魚雷攻撃、米駆を葬る
   「竹」被弾、傾斜30度
   奇蹟の復元

貴重な勝利
(駆逐艦「清霜」艦長・梶本顗中佐の証言)
   飢えと戦った15日間
   戦艦「武蔵」が沈む
   暗夜の海の救助作戦
   航空機の消耗の中で
   礼号作戦発令される
   「清霜」の被弾は魚雷命中
   最後の打ち上げ花火

勝敗の分岐点
(駆逐艦「桐」艦長・川畑誠少佐の証言)
   猛訓練の日々
   「人の声が聞こえます」
   敵艦隊にまぎれこむ
   粛然とした「桑」の沈没
   敵数十機を撃ち落とす
   敵前に強行揚陸す
   「夕月」の最期を見届ける

危機一髪
(潜水艦「伊400」艦長・日下敏夫中佐の証言)
   帝都空襲後、監視艇員を救助
   豪州東岸を交通破壊
   アラビア海の鯱
   グアム島に運砲筒を運ぶ
   海底空母ウルシーを攻撃

地の軍人
(潜水艦「伊26」艦長・横田稔大佐の証言)
   開戦第1号の輸送船撃沈
   アメリカ西岸を攻撃
   敵空母を追撃せよ
   米空母「サラトガ」を撃破
   軽巡「ジュノー」を撃沈
   豪東海岸で大暴れ
   巧妙な米軍の対潜攻撃

読みと賭け
(駆逐艦「春風」艦長・森本義久中佐の証言)
   開戦早々、ダバオで初空襲
   スラバヤ沖で敵艦隊を雷撃
   大火柱とともに敵艦轟沈
   ミッドウェーで牽制行動
   触雷で艦首を切断
   最後に快適な艦内生活

独断反転
(駆逐艦「榧」艦長・岩渕悟郎少佐の証言)
   ダバオ桟橋を占領
   不覚だった魚雷の自爆
   非情、敵兵を救助せず
   慌てて敵艦隊を逃がす
   「陸奥」爆沈して鯛50尾
   高砂族の隊長になりそこなう
   横転した艦腹を歩く
   司令の独断反転で命拾い
   満身創痍のミンドロ突入

命令誤認
(砲艦「橋立」艦長・山代勝守大佐の証言)
   最新装備の砲艦
   会敵なき輸送作戦
   飛行機との戦い
   危険なる曳航
   徒労に帰した作戦
   ベテラン司令、再登場
   運命のコロンバンガラ輸送
   ケネディ艇の出現
   ついに衝撃撃破
   粉砕された「PT109号艇」

本領発揮
(駆逐艦「初霜」艦長・酒匂雅三少佐の証言)
   氷原調査行の足跡
   機銃掃射を浴びて
   叩き上げた水雷長
   なぐりこみ決戦

塞翁が馬
(潜水艦「伊53」艦長・大場佐一少佐の証言)
   海軍の出世コース
   南太平洋偵察行
   潜水艦輸送
   敵機をあざむく
   出撃直前の事故
   「お世話になりました」
   最大の痛恨事

戦術の極意
(駆逐艦「槇」艦長・石塚栄少佐の証言)
   一瞬の間の決心と実行力
   武人としての心構え
   貴重な戦訓を目撃
   意表をついた奮戦
   不動智を体得
   悲惨なる「翔鶴」の最後
   出陣の祝杯
   「いかがなりや」
   乗員の意気ますます軒昂

あとがき


本書は34人の艦長の証言集である『艦長たちの太平洋戦争』の続編である。
本書では、17名の駆逐艦長と潜水艦長の証言が収められている。
その中で、「多号作戦」に従事した駆逐艦長の証言がいくつかあった。
「多号作戦」は、レイテ決戦のためルソン島からレイテ島へ部隊の輸送を行った作戦で第1次から第9次までの9回行われている。
「多号作戦」の護衛に任じた駆逐艦長の証言で、当時の様子がよくわかった。
私の祖父は「第10次多号作戦」でレイテ島に逆上陸するはずだった。
本書では、その「第10次多号作戦」に参加する予定だった駆逐艦「榧(かや)」の艦長の証言が載っていた。
ほんのちょっとしか言及していないが、「第10次」が中止となった状況と、その後の様子が書かれていた。
「第10次多号作戦」は中止となったために戦史には記録されていない“幻の”作戦である。
もし、この時に、この作戦が実行されていたら、私の祖父は、この時に戦死していただろう。
貴重な証言を残して頂き、著者に感謝である。


今年の読書:32冊目



読書 | 23:34:19 | Comments(0)
無電柱化の日!
今日、11月10日は「無電柱化の日」だそうである!
と・・・・喜ぶほどの日ではないが・・・(笑)

なんで、11月10日が「無電柱」なのか・・・・
「1」という数字を電柱に見立てて、その電柱を「0」(ゼロ)にするということで・・・
11月10日を「無電柱化の日」ということで2014年に制定されたのだそうだ。
なんとも苦しい“こじつけ”のような気がしないでもないが・・・

わざわざ「無電柱化の日」なんていうのを制定する必要なんてあったのだろうか?
電柱を無くして電柱のない町にするかどうかは行政の方針・施策ではなかろうか?
それを「無電柱の日」という日を制定して、我々一般人にどうしろというのだろうか?(苦笑)

日本国中から電柱が無くなった日を記念して「無電柱化の日」というのなら分からないでもないが・・・
国土交通省が所管かな?
わからんねぇ~エリート官僚の考えることは・・・(大汗)

エッセイ | 22:03:19 | Comments(0)
街頭広報活動に参加する
今日は我が町の「産業祭」の開催日・・・・
『税を知る週間街頭キャンペーン』ということで、税務署職員と一緒に、会場に来ている一般市民に広報活動を行う。
今回は、法人会広報委員会の活動の一つとして、拙者も参加することにした。
「産業祭」に来たのは初めてである。(苦笑)

131_convert_20190516230352.jpg 137_convert_20190516231520.jpg

具体的な広報活動は・・・
「税を知る週間」ということで、税金に関するチラシとクリアーファイル、花の種を配布する。
とにかく、会場に来ている人に、これらのものを配布する。
が・・・見ていると、ただ、黙って配って押し付ける感じ・・・(苦笑)
これで、広報活動になるのかね?(苦笑)
花の種欲しさに、「もう一つくれ」と言ってくる人が何人もいる。
おい、おい・・・である。(汗)
市民レベル・・・低いなぁ~・・・と改めて思う。

拙者は、会場に来ている人、一人一人に声をかけ、簡単に説明してから渡すことにした。
そういうコミュニケーションが大切ではなかろうか?

で・・・配布しながら、写真も撮る・・・(苦笑)
次回の会報に活動の記事を掲載しようと思う。
というわけで・・・結構、拙者は忙しい・・・(笑)

結構な人数で手分けして配布したので、あっという間に“お仕事”は終了!(笑)
で・・・あとは・・・現地解散!

拙者は、ちょうど友人の“ウメちゃん”が役員をしている「木材協同組合」のブースに顔を出し、“ウメちゃん”に挨拶・・・
彼からは、もう何年も前から、この産業祭に遊びに来いと言われていたのだが、断り続け・・・(大笑)
今回、“お仕事”ということで来たので・・・顔を出すことにした。(笑)

多くの仲間は、広報活動終了後は、出店などへ行って、飲み食いしたり、買い物をしたりしていたようだが・・・
拙者は、人混みが苦手・・・
“使命感”があるときは、平気だが・・・(苦笑)
“お役目”が終わったら、さっさと、ここから離れたい・・・(苦笑)
というわけで、“ウメちゃん”に挨拶して、すぐに帰宅する。

とにかく、やるべきことは、やったから・・・これで、よし!(笑)

日記 | 12:15:12 | Comments(0)
皮膚科に行く
この間の日曜日に庭掃除をしていた時の事・・・
作業ズボンの太腿のところにあるポケットに携帯電話を入れて作業をしていた。
と・・・
突然、太腿に激痛が!(驚)
携帯電話が破裂したのかと思った・・・(大汗)
痛いというより、熱い・・・という激痛だった。

慌ててポケットから携帯電話を取り出したが、異常がない・・・・
ポケットの中には何もない・・・
作業ズボンを脱いでみたら、太腿に何かに刺されたような赤いポッチが・・・(汗)
蜂が飛んでいたわけでもなく、どこかで毛虫を見かけてもいない・・・
が・・・何かに刺されたような跡である・・・
念のため、虫刺され用の塗り薬の「ムヒ」を塗っておいたが・・・

なぜか、ここ2日で太腿が赤くはれ始めた・・・(大汗)
しかも、昨日は、突然の動悸と呼吸困難と目眩が・・・(驚)
ん?・・・何かの毒でも回って来たのか?(大汗)

それにしても、何日も経ってから毒が回るというのもおかしい・・・
いくら血の巡りが悪いとはいえ、そんなに時間がかかるわけがない・・・・
が・・・目眩がひどい・・・・
こりゃ、ヤバいかも・・・
救急車を呼ぼうかどうしようか真剣に迷う。
ここで救急車を呼んで、もし、数分後にケロリと治ったらどうしよう・・・(苦笑)
しかし・・・・
このまま、もし意識を失ったら救急車を呼べなくなってしまうし・・・(苦笑)
こういうところが、一人暮らしの困るところである。
同居人がいれば、仮に意識を失っても同居人が救急車を呼んでくれるだろうが・・・
う~ん・・・孤独死を覚悟するしかないか・・・(苦笑)

結局、数十分後、体調が元に戻ったが・・・
やっぱり心配なので、今日、皮膚科に行ってみた。

で・・・受付で「以前に来たことがありますか?」と尋ねられ、「はい」と答えたが・・・・
しばらく経って、名前を呼ばれた・・・
過去に診察を受けた記録がないという・・・
ん?・・・・あっ・・・そうだ、以前来たことがあったが、あれは親父の診察の時だった・・・(苦笑)
診察されたのは親父で、拙者はただの付き添いだった・・・
なんで、そういうことを忘れていたんだろう?
ボケたな・・・皮膚科じゃなくて別の科に行くべきだな・・・これは・・・(大笑)

診察を受けたが、医者の言うには、何かに刺されたことは確かだが・・・
それと、動悸と呼吸困難と目眩は、全く関係がなさそうだという。(大汗)
原因は他にあるのではないか?・・・とのこと。
ん?・・・・じゃぁ、何だろう?
思い当たることがない・・・・(苦笑)
自律神経に何か支障でも出たのか?

とにかく塗り薬を処方されて・・・おしまい・・・(笑)
根っから病院は好きじゃないので・・・(大笑)
毒が回ったんじゃなければ、それでいいか・・・
その後、何の異状も発生していないから・・・他の病院で診てもらう必要はないな・・・(大笑)
ということで、一件落着!(大笑)

しかし・・・何に刺されたのだろう?
気になるところである。

日記 | 12:14:20 | Comments(0)
パイロットの飲酒・・・(唖然)
ロンドン発成田行き日航機に乗務予定の42歳の副操縦士が、呼気から英国法令上の基準値の10倍を超えるアルコールが検出されたため、現地の警察当局に逮捕、拘束されたという。(唖然)

「英国法令上の基準値」というのが、いくらなのか公表されていないので、わからないが・・・(なんで公表しないんだろ?)
日本の基準とはまるっきり違うということはあるまい・・・(苦笑)
日本の基準では基準内で問題ないが、英国では基準値の10倍なんてことはないだろう。(笑)
もしそうだとしたら、大問題で、国際的な共通基準を作るべきだが・・・
本人は前日の午後6時から当日の午前0時まで、ワイン2本と缶ビール5本を飲んだと言っている。
また、よく飲んだものだ・・・(苦笑)
搭乗する便の出発時刻は午後7時・・・
「午前0時まで飲んだ」という話が仮に本当ならば、7時間の余裕があるが・・・
7時間でアルコールは抜けるのかな?
私にはよくわからないが・・・
搭乗前のアルコールの摂取に関する指針はないのだろうか?
個人差もあるだろうが、休日を利用してデータを取って・・・
あなたの場合は、飲酒後10時間経たないとアルコールが抜けないので、10時間前までに飲酒は済ませてください・・・とか・・・(笑)
そういう対策は出来なかったのだろうか?
大企業なんだから、そのくらいの検査の経費を出せると思うんですけど・・・

それにしても、42歳だというのに自覚がないよなぁ~

結局、3人のパイロットで運航する予定を2人で運航することになり、1時間遅れで出発したらしいが・・・
3人必要なところを2人で・・・というのも、いかがなものか・・・(大汗)

この飲酒の問題は、日本航空だけではなく、全日空でも、機長が搭乗前日の飲酒で体調不良となり、機長交代で5便に遅れが出たということもあった。
機長としての自覚がないよなぁ~(唖然)

私はツアーに参加して旅行をする時は、現地での飲酒は控えることにしている。
もし、体調でも崩したらツアーに迷惑をかけるかもしれないからである。
個人旅行の時は、時々飲酒をすることはあるが、もし体調を崩しても誰に迷惑をかけることはない。
自分の予定が狂うだけの事である・・・(大笑)
私ですら、このくらいの配慮はするのに、客を乗せる旅客機のパイロットが、こんな調子ではねぇ~
どういう育ち方をしたんだろう?(大汗)

エッセイ | 12:12:01 | Comments(0)
「ルーベンス展」を見に行く
昨日の日中、広報委員会の会合に出席し、来年の新年号についての打ち合わせを行った。
で・・・会議後は、その足で真直ぐ上京!(笑)
夜は、東京で戦友会の“カジさん”と、恒例の食事会・・・
久々に、おしゃべりを楽しんだ。

で・・・東京に一泊して・・・今日・・・
このまま真直ぐ帰宅するのも、もったいない・・・(大笑)
どうも拙者は貧乏性で・・・(大汗)

で・・・困った時の「西洋美術館」頼み・・・(大笑)

ちょうど「ルーベンス展」が開催されていたので、これを鑑賞してから帰宅する。
う~ん・・・充実した2日間を過ごせた!(大満足)

img243_convert_20190514120638.jpg img244_convert_20190514120705.jpg

日記 | 11:39:19 | Comments(0)