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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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久しぶりに国立博物館に行く
昨日、友人の“ウメちゃん”は、大学院の同窓会出席のため上京・・・・
拙者は、大学同窓会の役員会に出席のため水戸市に向かった。
で・・・ついでなので・・・役員会後に、そのまま上京・・・(大笑)
東京に一泊して、夜、“ウメちゃん”と合流・・・・

今日は、二人で久しぶりに国立博物館に行くこととなる。
ちょうど『京都大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ』展というのが開催されていたのである。
“ウメちゃん”は、なぜか仏像が好きなのである。(苦笑)
で・・・拙者は、あまり仏像には興味がない・・・(苦笑)
が・・・これも何かの縁である。
一人では絶対行くことはないから、“ウメちゃん”に付き合って見に行くことにした。

014_convert_20190329163344.jpg

平成館の前庭の池のところに森鴎外の写真が・・・・
何だろうとおもって見てみたら、「森鴎外総長室跡」と書いてある。
池のところに、次のような説明文が書いてあった。


平成館及び前庭の一帯は、明治15年(1882)に博物館が上野に移転してから、展示棟に付属する事務棟の建物が多く建てられました。
この付近には帝室博物館を統括する総長の居室があり、森林太郎(鴎外)は大正6年(1917)から大正11年に死去するまで、総長としてここで執務しました。



このすぐ近くに銅像が・・・・
誰の銅像かと思ったら初代館長の町田久成という人の銅像だった。

021_convert_20190329163420.jpg


初代館長 町田久成
薩摩藩の名族に生まれ、幕末に藩命を受けて欧州に留学。
維新後は文化行政を担い、博物館の初代館長として上野博物館の建設や博覧会開催に尽力した。
辞官後、出家して園城寺子院の住職となり、「石谷」と号した。
当館庭園にその事跡を偲んだ「町田石谷君碑」がある。
(説明板より)


博物館の館長を辞めた後、坊さんになるなんて変わっている人だ・・・・(笑)
いったい、彼に何が起こったのやら・・・・

こういうものが前庭にあるとは知らなかった・・・・
と、思ったのだが、そもそも平成館に来たことがあったっけ?・・・である。(大笑)
他の建物には行ったことがあるような・・・・どうも、記憶が曖昧である。
相変わらず、ボケ症状大全開である。(苦笑)

銅像好きの拙者にとっては、町田久成像を見ただけで満足・・・(大笑)
うん、“ウメちゃん”に付き合って来て良かったかも・・・
銅像は好きだが、仏像はそれほど好きではないというのもおかしな話で・・・
同じ「像」なのにねぇ~(大笑)

特別展の仏像・・・・
予想以上に素晴らしい仏像だった。(喜)
これは見て良かったと大満足して帰途につく。

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日記 | 16:29:48 | Comments(0)