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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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『揚陸艦艇入門』


第1章 敵前上陸作戦
     ガリポリ上陸作戦(第一次世界大戦)
     コタバル上陸作戦(第二次世界大戦)
     タラワ上陸作戦(第二次大戦)
     硫黄島上陸作戦(第二次大戦)
     ノルマンジー上陸作戦(第二次大戦)

第2章 上陸用舟艇の開発と進化
     日本陸軍の上陸用舟艇
        小発動艇(通称 小発)
        大発動艇(通称 大発)
        特大発動艇(通称 特大発)
        特四式内火艇
     アメリカ・イギリスの上陸用舟艇
        アメリカの小型上陸用舟艇(LCVP)の開発と実績
        中型兵員揚陸艦(LCM)の開発と実績
        大型兵員揚陸艦(LCI)の開発と実績
        水陸両用戦闘車両(LVT)の開発と実績

第3章 上陸用舟艇母艦
     日本の上陸用舟艇母船
        「神州丸」の建造とその効果
        量産型上陸用舟艇母船の建造とその活躍
        一般商船の上陸用舟艇母船化
        日本の強襲上陸用舟艇母艦
     アメリカ・イギリスの上陸用舟艇母艦
        上陸用舟艇母艦の開発と建造
        強襲揚陸艦(APA)
        強襲貨物揚陸艦(AKA)
        ドック型上陸用舟艇母艦(LSD)の建造と実績
        小型強襲上陸艦(APD)の建造と実績

第4章 戦闘車両揚陸艦
     日本の戦闘車両揚陸艦
        陸軍揚陸船(SE艇またはSS艇)
        海軍一等輸送艦
        海軍二等輸送艦(陸軍呼称 SB艇)
        輸送潜水艦(丁型潜水艦)
     アメリカ・イギリスの強襲揚陸艦
        大型戦車揚陸艦(LST)
        中型戦車揚陸艦(LSM)
        小型戦車揚陸艦(LCT)
        大型兵員揚陸艦(LCI)
        BOXER級揚陸艦

第5章 上陸支援艇
     日本の上陸支援艇
     アメリカの上陸支援艇
        大型上陸支援艇(LCIR)
        中型上陸支援艇(LCMR)

第6章 日本とアメリカの兵員輸送事情
     日本の軍隊輸送
     アメリカの兵員輸送船
        兵員輸送船の準備と運用方法
        兵員専用輸送船
        兵員輸送船の居住設備
        兵員輸送船の給食と衛生設備
     連合軍の長距離兵員輸送

あとがき


今年の読書:15冊目



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読書 | 23:20:07 | Comments(0)
人口減、最大!
今年の1月1日時点での住民基本台帳に基づく人口動態調査によると・・・
国内の日本人は、前年より37万4055人減って、1億2520万9603人で、9年連続減少しているという。
約37万人という減少幅は過去最大だという。(大汗)

あくまでも「国内の日本人」ということだから、海外に“流出”している日本人もいるのではなかろうか?
世界中に散らばっている日本人の数はどのくらいなのだろう?
興味の湧くところである。

この国内の人口減に対して、出生数のほうは・・・というと・・・
過去最少の94万8396人だそうで、2年連続、100万人を割っているという。
私としては、95万人近い赤ん坊が生まれていることに驚くが・・・(笑)
私を含め(大笑)、結婚しない人が多いんだから、出生数が少なくなるのも無理はなかろう?
ようやく結婚したとしても“高齢出産”では、出生数は減るだろうし・・・
高学歴社会で、子どもを“大学くらいにはいかせなくては・・・”と考えたら、経済的に一人か二人が限界・・・
間違っても3人以上は生まない・・・となるのではなかろうか?(大汗)

もしかしたら“自然の摂理”かもしれない・・・
貧しくて医療も発達していなかった昔は、夭折する子供も多かったわけで、だから5人も6人も子供が生まれたのかも。(汗)
今のように医療が進むと、そこまで生む必要はないと“自然”が判断して、子どもを産ませないようにしているのかも。
出生数が減っているのは、もしかしたら神様のせい?(苦笑)

対して、日本に住民登録している外国人の数・・・・
前年より17万4228人増えて、249万7656人いるそうである!(驚)
約250万人もの外国人が日本に住んでいるのである!
そんなにいるのか?・・・と驚いたが、考えてみると、うちの町内でも外国人を見かけるようになったし・・・
田舎でこれなんだから、日本全国で考えたら、250万人ぐらいいてもおかしくはないか・・・(汗)
しかし、これは住民登録している数だから、登録していない“不良外国人”は、どれほどいるやら・・・(大汗)

政府は、“人手不足”を理由に外国人の日本国内受け入れを考えているようだが・・・
そのうちに日本の人口の半分以上が外国人・・・なんていう日が来るかも・・・(苦笑)
その時に、この国を「日本」と呼んでいいかどうか・・・(大汗)
日本の“コミュニティ”の崩壊も間近かも・・・(大笑)
そのうち“純日本人”には「血統書」が付いて“絶滅危惧種”と言われるようになるかも・・・(大笑)

人口が増えればいいというものではないとは思うが・・・(汗)
出生数の減少、少子高齢化を騒ぐ割には「産めよ増やせよ」とは誰も叫ばないのが不思議である。(大笑)

エッセイ | 22:07:05 | Comments(0)
市政会館
011_convert_20181212112347.jpg 002_convert_20181212111650.jpg

東京都選定歴史的建造物
市政会館・日比谷公会堂
所在地 千代田区日比谷公園1-3
設計者 佐藤功一
建築年 昭和4年(1929)

大正9年(1920)に東京市長に就任後、東京市政のための中正独立の調査機関設置を構想した後藤新平は、大正11年(1922)に東京市政調査会を設立して自ら会長となった。
後藤は安田財閥・安田善次郎の寄付を受け、日比谷公園内に公会堂を付置した会館を建設し、会館は調査会が使用し、公会堂は東京市の管理に委ねることとした。
これが、現在の市政会館と日比谷公会堂である。
建物は、著名な建築家8名による指名設計競技の結果一等に当選した佐藤功一の設計をもとに、本格的なホールを備えたわが国最初の施設として、昭和4年(1929)に竣工した。
全体が茶褐色のタイルで覆われたネオ・ゴシック様式で、建物中央に時計塔がそびえたつ。
一部の窓に使われた黄色テラコッタが、垂直性を強調したデザインにアクセントをつけている。

東京都生活文化局
平成8年8月

(説明銘板より)


【東京都千代田区日比谷公園1-3】



史跡 | 17:52:47 | Comments(0)
長久保赤水展を取材する
昨日は、日本国防協会の講演会後、東京に一泊・・・・
今日は日比谷公園にある「領土・主権展示館」で開催されている「長久保赤水展」を取材に行く。
長久保赤水は我が郷土の偉人・・・・地政学者として、知る人ぞ知るの学者である。
そこで、法人会の会報に記事を載せようと思い、今回、“取材”という形で訪問することにした。

img228_convert_20181212104944.jpg img229_convert_20181212105037.jpg

「領土・主権展示館」というのは、どこにあるんだろう?(苦笑)
日比谷公園に、そういう建物なんかあったっけ?

002_convert_20181212111650.jpg(日比谷公会堂)

日比谷公園には「日比谷公会堂」くらいしか建物はなかったと思っていたのだが・・・
どうも「市政会館」という建物の中に「領土・主権展示館」というのはあるらしい・・・
グルグル歩き回って・・・分かった!(笑)
日比谷公会堂というのは、市政会館という建物とくっ付いているのである!(汗)

011_convert_20181212112347.jpg(市政会館)

市政会館・・・・正面から見る・・・
あらら、こんな立派な建物があったの?(汗)
裏から行ったから気が付かなかった・・・・(大汗)
で・・・この建物の裏に「日比谷公会堂」がくっ付いているわけである。(苦笑)
さて、「領土・主権展示館」は、この建物の地下1階にあるという。
入口のガードマンの許可を得て、入り口部分だけ写真撮影!(笑)

007_convert_20181212112216.jpg

こういう古い建物・・・好きなんだよなぁ~(笑)
しかし、内部の撮影は許可できないと言われてしまった・・・(涙)

地下に降り、展示室へ向かう。
「領土・主権展示館」と「館」という名を付けているが、どう見ても独立した建物ではないのだから、正確には「室」ではなかろうか?
規模的に言って「領土・主権展示館」ではなく「領土・主権展示室」ではあるまいか?(苦笑)

008_convert_20181212112241.jpg 009_convert_20181212112306.jpg

「長久保赤水展」は、基本的にパネル展示である。
ちょっとあっさりしていて、これでは会報に記事が書けるかな?・・・・と不安に思っていた時・・・・
職員から「これから長久保赤水顕彰会の会長さんが来る予定です」と教えてくださった。
あらら・・・わざわざ茨城から?
グッドタイミングである。
会長さんが到着するまでの間、「領土・主権展示館」のほうを見学することにする。
一応、“取材”なので、遠くから雰囲気だけ・・・という条件付きで写真撮影の許可を得る。
(展示品、パネルの撮影は禁止だそうである。)

010_convert_20181212112328.jpg(領土・主権展示館)

「領土・主権展示館」には、主に竹島や尖閣諸島が日本の領土であるということを示す資料が展示されている。
また、北方領土についても少々・・・
思ったより小規模なスペースなので・・・やっぱり「展示室」だよなぁ~(苦笑)
それでも内容は結構面白い。
映像コーナーで関係ビデオを見たが、なかなか見ごたえのある映像資料である。
内閣府主管の施設のようで、ちょっと目立たない施設だが、一見の価値ありではないかと思う。

映像コーナーでビデオを見ていたら、職員の方が「会長さんが到着しましたよ」とわざわざ知らせに来てくれた。
早速、お会いしてご挨拶・・・名刺を交換して、取材の許可を得る。
“サガワ会長”のご説明を頂きながら再び「長久保赤水展」を見学する。

この催し物は、目立たない場所でやっているし、今日は平日だし、たぶん誰も来ないんじゃないかと失礼ながら思っていたのだが・・・
結構、チラホラと見学者がやって来たのには驚いた。
その中のお一人の方・・・
千葉県佐原から来られた方で、本来はご夫婦で来る予定だったのが、ご主人だけが見学に来たという。(汗)
千葉県の佐原といえば、日本地図を作ったことで有名な伊能忠敬が郷土の偉人としている。
この御夫妻も伊能忠敬のファンなのだそうである。
ところが、我が茨城の偉人、長久保赤水は、伊能が地図を作る約50年ほど前に、すでに日本地図を作っているのである!
しかも、伊能忠敬の地図「伊能図」は幕府が管理して一般的には使われていない。
対して長久保赤水の「赤水図」は明治初期まで一般人に使われた地図で、吉田松陰も、この「赤水図」を使って日本中を旅しているのである。
どちらがすごいかと比較するのは良くないだろうが・・・(苦笑)
なぜか伊能忠敬ばかりが有名なのはどういうわけだろう?
長久保赤水は、もっと有名になってもいいんじゃないか?
この千葉から来た方の奥さんは、逆に長久保赤水にスポットライトが当たるのが面白くないということで、直前になって見学するのを拒んだそうである。(大笑)
う~ん・・・ライバル意識という奴だね。(大笑)
で・・・ご主人だけが見学(偵察?・・・大笑)に来たそうである。(大笑)

伊能忠敬と長久保赤水の大きな違いは・・・・
伊能は、実際に日本を測量して歩いて地図を作ったが、長久保は、測量をして地図を作ったわけではない。
各種文献や旅人など人から聞いた話で地図を描いているのである。
実際に歩いていないのによく地図が描けたものだ・・・どうやったら描けるようになるのだろうか?
しかも地名など細かく書き込まれているのである。
最近、特に注目されたのは、この「赤水図」に明確に竹島が描かれていると言う事。
これが竹島が日本固有の領土であるという証拠である。
さらに驚いたのは、中国に行ったこともないのに中国大陸の地図まで描いている。(唖然)
これも文献等を元に描かれたもののようだ。
この地図を見ながら中国の文献を読めば、「なるほど、この辺りの話かぁ~」と分かるという。(唖然)
お殿様に講義をする時に役に立ったようである。

こうなると、伊能も長久保も、どちらも「すごい人」という気がするが・・・
長久保赤水は“学者”である。
新しい情報を得るたびに何十年もかけて何度も地図を改訂している。
だから明治初期まで一般に普及したのだろう。
恐るべき凝りようである。(大汗)

会長さんのお話を伺った後、「領土・主権展示館」の職員の方にもお話を伺う。
急遽、「長久保赤水展」だけではなく「領土・主権展示館」についても記事を書こうと思い立った。
顕彰会の“サガワ会長”さんにお会いできたこともあって、非常に充実した時間が過ごせて大満足!(喜)
しかし・・・それだけに原稿を書くのは責任重大である。(大汗)
大丈夫かなぁ~・・・ちゃんと書けるかなぁ~(苦笑)
どういう切り口で書こうかと、あれやこれやと思い描きながら帰途につく。

日記 | 16:07:29 | Comments(0)