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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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木下長嘯子宅跡
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木下長嘯子(きのしたちょうしょうし)宅跡

長嘯子(木下勝俊)は、木下家定の長子、北政所(秀吉正室)の甥である。
豊臣秀吉のもとで若狭9万石を領したが、関ヶ原の戦いでは去就に迷い、所領を失った、
こののち、京都東山に幽棲、風月を楽しんだ。
歌文に秀れ、著書も多く中でも歌集「拳白集」は名高い。

(説明板より)


【愛知県名古屋市中村区中村町木下屋敷47・常泉寺】





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史跡 | 20:50:43 | Comments(0)
常泉寺
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常泉寺

太閤山と号し、日蓮宗。
慶長年中(1596~1615)円住院日誦上人の創建という。
この地は、織田信長に仕え、足軽から身を起こして、後に天下を統一した豊臣秀吉誕生の地と伝える。
境内に伝承として、秀吉手植の柊(基木より5代目という)と秀吉産湯の井戸がある。
なお、誕生地については、中中村(現中村中町あたり)とする説もある。

名古屋市教育委員会

(説明板より)

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御手植の柊

秀吉は(1590年)小田原攻め凱陣の時、この地に立寄りて一宿なさる。
小早川景隆、加藤清正を呼召され、寺の建立ありたしと見れば、私11才の時植え置いた柊(1547年)が繁茂せり、柊は鬼神も恐れる吉祥の樹なり大切に致べしとして、手づから竹を立添えられる。
以来「幹」が衰えても下枝が育ちを繰り返しながら現在に至る。

(説明板より)

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豊太閤産湯の井戸

此の井戸は秀吉公生誕の当時近郷に類のない清水の溢れる井戸と伝えられております。
此処に秀吉の依頼によって寺を建立した時この清泉の湧出を意味として常泉寺の寺号を定めたと当山の縁起書に記されております。
昭和40年代に入り市の発展にともない地下水の変動で常泉も枯れるに至り多くの人々が元の姿にもどすことを希っておりました。
年号改元を機に常泉寺の名のとおりの再現を試み清泉がよみがえりました。
滝の落下する後の石は千成びょうたんにちなんで「萬成石」が使用してあります。

平成3年10月吉日
当山

(説明板より)


【愛知県名古屋市中村区中村町木下屋敷47】

史跡 | 19:58:07 | Comments(0)
加藤清正誕生地
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加藤清正誕生地

清正は幼名を虎之助といい、永禄5年(1562)この地に生まれたといわれる。
天正(1573~)のはじめ秀吉に仕え、数々の武功をたてた。
とくに賤ヶ岳の七本槍は有名である。
のちに肥後国(熊本県)54万石の領主となった。
慶長15年(1610)名古屋城築城の時、自分の誕生地に城の余材をもって妙行寺を再建したと伝えられる。
寺内には、秦鼎の撰文「清正旧里之碑」がある。

名古屋市教育委員会

(説明板より)


【愛知県名古屋市中村区中村町木下屋敷22・妙行寺】

史跡 | 18:05:36 | Comments(0)
豊臣秀吉誕生の地
DSCN4393_convert_20170623234914.jpg (『豊公誕生之地』碑)

豊臣秀吉誕生の地

天文5年(1536年)、豊臣秀吉は、木下弥右衛門の子としてこの地に生まれた。
幼名は小竹、あるいは日吉丸。
姉智子(関白秀次生母)は同父同母の姉、小一郎秀長(大和大納言)と朝日姫(徳川家康正室)は、異父同母の弟妹である。
出生地については、区内下中村町という説もある。

(説明板より)


【愛知県名古屋市中村区中村町・中村公園】

史跡 | 17:47:19 | Comments(0)
豊國神社
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豊國神社

明治18年(1885年)の創建。
豊臣秀吉公を御祭神とし、出世、開運、茶道、建設等に御利益があるといわれている。
旧正月の生誕祭、5月18日の例祭(太閤祭)前の日曜日には、特に出世稚児行列が、豊太閤にちなみ、子供の成長を願って盛大にくりひろげられる。

(説明板より)


【愛知県名古屋市中村区中村町木下屋敷無番地】

史跡 | 17:38:59 | Comments(0)
名古屋に向かう
今日から名古屋方面に行く・・・
ここ数年、我が戦友会の会長にお会いしていない。
会長が体調不良のためということもあるのだが・・・
お見舞いと言ったら大げさになるので、会の打ち合わせを兼ねてということで、会長に会いに行くことにした。
で・・・そのついでに、神戸、大阪まで足を延ばしてブラブラと旅をすることにした。(笑)
こうなると、何を目的に出かけるのかと言われてしまいそうだが・・・(笑)

朝、家を出て・・・お昼に東京駅から新幹線で名古屋駅へ・・・

まずは、大好きな史跡巡り!(苦笑)
最初に向かったのは、「中村公園」・・・別名「秀吉清正公園」とも言うらしい。

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桜が満開である!(喜)

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この「中村公園」には、ずいぶん昔に一度だけ訪れたことがある。
ずいぶん昔だと思うから・・・25年ぐらい前ではなかろうかという気がするが・・・
とにかく、社会人になって、出張で名古屋に来たついでに立ち寄った覚えがあるのである。
が・・・公園の前まで来たが・・・全く記憶がない!(大笑)
あれ?・・・・である。(汗)

DSCN4391_convert_20170623173157.jpg (豊国神社)

この公園の中に「豊国神社」というのがある。
御祭神は豊臣秀吉である。
この公園に来て豊国神社をお参りしないはずはないのだが・・・・記憶にない!(大汗)

DSCN4392_convert_20170623173352.jpg (豊公誕生之地碑)

すぐちかくに「豊公誕生之地」碑が建っていた。
当然、これも記憶にはない・・・(苦笑)

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「中村公園」には池もある・・・・が・・・・これも記憶にはない・・・(苦笑)

DSCN4407_convert_20170623173522.jpg (橘中佐碑)

「橘中佐碑」というのを見つけた!
橘中佐とは、日露戦争で戦死した橘周太陸軍中佐のことで、“軍神”である。
が・・・なんで、ここに碑が建っているんだろう?
橘中佐は長崎県の出身である。
また、戦死したときは静岡の歩兵第34連隊の第1大隊長だった。
もしかしたら、明治35年、陸軍少佐の時に「名古屋陸軍地方幼年学校」の校長だったので、それで名古屋に碑を建てたのだろうか?
でも、なんで「中村公園」に建てたんだ?
よくわからん・・・
説明板が設置されていないのが残念である。

DSCN4408_convert_20170623173547.jpg (中村公園文化プラザ)

すぐ近くに「中村公園文化プラザ」という建物が建っていた。
なぜか、この建物だけは記憶にある。
なんでだろう?(苦笑)
この建物の中に資料館があるのだが・・・
もしかしたら、休館日に来てしまい、見学できなかったので、悔しさのあまり、それで記憶に残っているのだろうか?(苦笑)
資料館を見学してみたが・・・当然、記憶にない・・・(苦笑)

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DSCN4414_convert_20170623213055.jpg (石田三成自筆密書)

『石田三成自筆密書』(複製)というのが展示されていた。
石田三成の自筆である!(驚)
この密書は石田三成が真田昌幸に徳川家康打倒の構想を伝えたものだとのこと・・・・
「密書」というのは、読んだら燃やしてしまうものだと思っていたが、今の世まで残っていたのか?(唖然)
この密書を受け取った真田昌幸は、このヤバイ代物を大事にとっておいたのか?(汗)
後々、何かに使おうとしていたのだろうか?

他の資料館や博物館では、こういう古文書は、ただそのまま展示されていることが多い。
が・・・ここでは、読み下し文と現代語に訳した文も掲示されているのである。
なんと親切な事か!(喜)
これはすばらしい展示の仕方だと思う。

「中村公園」を出て、すぐ近くにある「妙行寺」に向かう・・・・

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この「妙行寺」は加藤清正の誕生の地だそうだ。
ここには初めて来たような気がする・・・
来たことがあるのか、ないのかがわからないなんて、なんと記憶力の悪いことか・・・(涙)

続いて、すぐ近くにある「常泉寺」に向かう・・・・

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ここは豊臣秀吉の誕生の地だそうである。
あれ?・・・・「誕生の地」の碑は中村公園にあったのだが・・・
なんでここに碑を建てず、向こうに建てたんだろう?(苦笑)
この「常泉寺」は「中村公園」に隣接するような場所に位置しているので、「この一帯が生誕の地」ということになるのだろうか?
豊臣秀吉が、そんなに広大な屋敷で生まれたとは思えないのだが・・・(苦笑)
この寺の境内に「豊太閤産湯の井戸」というのがある。

DSCN4446_convert_20170623221256.jpg (産湯の井戸)

それにしても、加藤清正と豊臣秀吉ってご近所同士だったのか?(大汗)

時刻は午後4時・・・・
今日は名古屋駅前のホテルに宿泊する。
ここまでは名古屋駅から電車に乗ってやって来たが、帰りも電車では芸がない・・・(笑)
ということで・・・・徒歩で名古屋駅まで向かうことにする。
約1時間歩いてホテルに到着!
う~ん・・・いい運動になった!(笑)

旅行 | 16:05:12 | Comments(0)