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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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記帳に行けない!(大涙)
三笠宮殿下への弔問・・・・
三笠宮邸前に記帳場所が設けられているとのことなので記帳に伺おうかと思ったのだが・・・・
親父に東京へ行きたいと言ったら・・・泣きそうな顔をされて拒否された。(唖然)
三笠宮殿下だぞ!
記帳に伺わなかったら申し訳が立たないだろ!
しかし・・・ダメ・・・・
拙者が留守中、一人で留守番をしていて寂しかったらしい。
で・・・やっと帰宅したかと思ったら東京へ行ってくると言われショックなようだ。
緊張の糸が切れたところだからだろう・・・「もう、どうしていいか、わからない」と泣き言を言う。
参ったなぁ~
これが予科練のなれの果てかよぉ・・・・
情けない・・・・

帰国後、次々と予定が入ってしまい、空いてるのは月曜日だけである。
この日しか記帳に行くチャンスがないというのに・・・・
参ったぁ~
いくら説明しても・・・・ダメ・・・・

拙者は子供の頃から親父にバカにされて来た・・・
「他人のことなど構うな。自分のことだけを考えろ。お前はお人よしだからダメなんだ」とバカだのアホだのと言われて来た。
じゃぁ、自分のことだけを考えればいいんだよねぇ~?(大笑)
親のことなんか考えず、自分のやりたいことをやっていいんだよねぇ~?・・・ということになるのだが・・・
じゃぁ~東京にでかけていいよねぇ?
「俺のことを考えてくれ」と親父は言う。
それ・・・矛盾してるだろ?
「俺はは自分のことしか考えないが、お前は俺のことを考えろ」とはおかしいだろ?(怒)

こんなことなら、帰国した当日に伺えば良かったと思ったが・・・
あの時は雨が降っていたし・・・(苦笑)
半分寝ぼけていて、そういうことに頭が働かなかった・・・(涙)
慰霊祭に行っていたので、黒のネクタイを持っていたから、そのまま、行けたんだけどなぁ~
大失敗である!
まさか親父に反対されるとは思ってもみなかった・・・(涙)

かといって、親父を置いて強引に出かけるというのもできぬ・・・
それが拙者の弱いところである。
世の中には平気で親を見捨てることが出来る奴がいるというのに・・・(苦笑)
そういうことができる奴が羨ましい・・・(苦笑)

殿下が知ったら「そこまでして来なくてもよろしい!」と一喝されるに違いない・・・
絶対、殿下は、そうおっしゃる・・・な・・・
ダメだな・・・親父が納得してくれないなら、親父を置いて行くわけにはいかないな・・・
殿下には申し訳ないが・・・・ご勘弁願うしかない。

あ~あ~・・・落ち込むなぁ~
“子の心、親知らず”である・・・(怒)

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日記 | 21:28:52 | Comments(0)
帰国しました!
昨日、無事に帰国しました!

今回は、体調も崩さず絶好調!(大笑)

インドネシアよりフィリピンのほうが拙者には合うみたい。(大笑)

日記 | 00:37:41 | Comments(0)
帰国する
午前4時・・・モーニングコールで目が醒めた・・・(苦笑)
さすがに午前4時というのはキツイ・・・・
モーニングコールを頼んでおいて正解だった。
たぶん、モーニングコールで起こされなかったら、100%寝坊していただろう。

ホテルのレストランは午前6時にオープンする。
それでは出発時間には間に合わない。(苦笑)
ということで・・・“ステラさん”を通してホテルに朝食の“弁当”を作って部屋に届けてくれるように頼んでおいた。(笑)
午前5時15分、朝食が部屋に届く・・・
サンドイッチとパイナップルとスイカのみ・・・(大笑)
まぁ、そんなものか・・・(苦笑)
で・・・気が付いた!
飲み物を買っておくのを忘れてた!(大汗)
やむをえない・・・部屋に置いてある無料のミネラルウォーターでサンドイッチを胃袋に流し込む・・・
で・・・再び気が付いた・・・・写真を撮るのを忘れた!(涙)

午前5時45分、チェックアウト・・・・
極めてスムーズなチェックアウトだった。(笑)
“ステラさん”が迎えに来てくれる。
朝早くから申し訳ない・・・
本来ならタクシーで空港に向かってもいいのだが、マニラのタクシーには出来れば乗りたくない。(苦笑)
まず、ぼったくられることを覚悟しなくてはならない・・・(大笑)
だから安全のため、旅行社に送迎もお願いするのだが、“ステラさん”は拙者より早く起きて自宅からこちらに来るわけで・・・
う~ん・・・仕事とはいえ、申し訳ない気もしないでもない。

約40分で空港に到着・・・
チェックインカウンターで搭乗手続き・・・
通路側の座席を希望したところ「ありません」とカウンターの女の子・・・
真ん中の座席しかないというので、本当にないのかと再確認したら、最後部にはあると言う。(唖然)
じゃぁ、あるんじゃねぇかよぉ~
なんで「ない」って言うんだよぉ~
で・・・「機体後部の座席になるけど、本当にいいのか?」と言うのである。
ダバオ行きの時と全く同じ・・・
なんでこうなるんだろう?
もしかして、人気のない真ん中の席に座らせるため「ありません」と、わざと言っているのではあるまいか?
どうもフィリピンの空港職員は信用できないんだよなぁ~(苦笑)

出国手続きを終えて、搭乗口前のセキュリティチェックまで来て気が付いた・・・
拙者の航空券には空港利用税が含まれていないので、納税のブースで750ペソ(約1800円)を払わなければならなかったはずなのだが・・・・(汗)
あれ?・・・・なんでスムーズにここまで来ちゃったんだろう?(苦笑)
あれ?・・・納税のブースなんかなかったよな?
こういうところが、この国のいい加減なところである。

最後のセキュリティチェックを終えて、搭乗口に向かおうとしたら、若い男の職員がやって来て「ライタ―!ライター!」と叫ぶ。
ん?・・・ライターがどうしたって言うんだ?
この野郎・・・そっぽを向いたまま手を差し出して「ライター!」と怒鳴る。
「ライターがどうしたって言うんだ?」と尋ねても、そっぽを向いたまま「ライター!」と怒鳴る。
ガキのくせして何を偉そうな・・・・
いつからライターの持ち出し禁止になったんだ?
入国じゃなくて出国だというのに・・・・
この国は、いつの間にか、「持ち出し禁止品」が決まるのである。
ついこの間までは折り畳み傘を手荷物に入れて出国しても問題なかったのに、次に来たときは有無を言わさず没収である。(怒)
自分の欲しいものを勝手に「禁止品」に指定して取り上げているのではあるまいか?
しかも、その態度が横柄なのである。(怒)
何度、ぶん殴ってやろうかと思ったことか・・・(大笑)
拙者に権限があったら、こんな奴ら、片っ端からクビにするんだけどなぁ~(涙)

午前8時45分発、フィリピン航空PR422便で羽田空港に向かう。
搭乗した途端、ドッと疲れが出て眠くなった・・・・(苦笑)
午前4時起きのせいか?(苦笑)
4時間の飛行中、とうとう機内で映画を見ることもなく寝たり起きたり・・・ウトウト・・・気が付いたら羽田空港・・・
はて?・・・機内食を食べたのかどうかも記憶にない・・・(苦笑)
たぶん食べたのだろうが・・・何を食べたのか記憶にない!(大汗)

午後2時・・・羽田に到着・・・
スーツケースを受け取り税関へ・・・・
で・・・税関職員から質問・・・・
「お仕事ですか?観光ですか?」
「え~と・・・・あれ?・・・・あっ!・・・観光です・・・たぶん・・・」
「観光?・・・いろんなところに行ったんでしょうねぇ~?どちらに行かれました?」
「は?・・・・え~と・・・・あれ?・・・どこに行ったんだっけ?」
「はぁ?」
「あれ?思い出せない・・・あっ・・・インドネシアのダバオ・・・いや、違った!・・・フィリピンのダバオです」
「はぁ・・・・」(唖然)
あ~!寝ぼけてる!完璧に寝ぼけている!(大汗)
全然頭が働かないのである!(大泣)
よく“挙動不審”で捕まらなかったものだと思う・・・・(大笑)

半分寝ぼけたまま・・・・無事に帰宅する・・・(大笑)

旅行 | 12:08:36 | Comments(0)
マニラに戻る
午前6時30分起床・・・・
今日は、このままマニラに戻る。

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(部屋の窓から見た景色)

山裾に雲がたなびいているっていうのがいいなぁ~(嬉)

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1階のレストランで朝食・・・

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食後、ホテルの周囲を、ちょっとだけ見てみる。

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(拙者が泊まった「ピナクルホテル&スイーツ」)

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(ホテルの前の道路)

前回は、時間的に余裕があったので、ホテルの周囲を歩いてみたが・・・・
今回は、時間的余裕がない。
というわけで・・・このホテルの周囲を散策したかったが諦める。(苦笑)
いつか、またこのホテルに宿泊した時の楽しみに取っておこう。

午前9時、チェックアウト・・・・
ここで困ったことが起きた・・・(苦笑)
フロントの女の子が何か言っているのだが、何を言っているのか全く分からないのである。
あまりにも早口なので、何度も聞き返したのだが・・・それでもわからない・・・(大汗)
“流暢な英語”も結構ですけど・・・・お客のレベルに合わせてくれないかなぁ~(大涙)
最後の手段・・・・
ペラペラとしゃべる女の子の話を全て聞き流し・・・・(大笑)
「結局・・・何の問題もないんでしょ?」と言ったら「イエス」と言われた・・・(大笑)
ん?じゃぁ、今までの、その訳の分からん話は何だったんだ?(大笑)

チェックアウトの手続きがすべて完了したと思ったら、そうじゃなかったらしい。
ベルボーイが「今、部屋の中をチェックしているので、それが終わったらチェックアウトが完了しますので、それまで、ロビーのソファーに座ってお待ちください」と言う。
おお!・・・・彼の英語のほうが聞き取りやすい!(喜)
そういうことね・・・待てってことね?
そのことをフロントの彼女は言っていたのかな?(大汗)
よくわからんが・・・
まもなく、フロントの女の子から合図があったようで、ベルボーイが「全く問題ありませんでした。チェックアウト完了しました」と言いに来てくれた。(笑)
“持つべきものは友”ならぬ“持つべきものは理解しやすい英語を話すベルボーイ”・・・だな。(大笑)

空港へはタクシーで向かうことにしていたので、チェックアウトの手続き前にベルボーイに、そのことを話しておいたところ、すでにタクシーを手配してくれていて、エントランスのところにタクシーが待機していた。(喜)

このタクシーの運転手は真っ黒いサングラスをかけた若いアンチャン・・・・
どうみても暴走族のアンチャンっぽい・・・(苦笑)
しかも無口・・・行き先を尋ねた時にしゃべっただけで、あとは一言もしゃべらない・・・
“感じが悪い”と言えば、言えなくもない・・・
いつもタクシーで空港に向かうが、だいたいドライバーはオシャベリなので、空港に着くまでの間、何だかんだとオシャベリをして英会話のお勉強になるのだが・・・・(苦笑)

幹線道路は大渋滞・・・・いきなり脇道に入り、狭い路地を走る。
一瞬、不安がよぎる・・・本当に空港に向かっているのか?(大汗)
どこか人気のないところで強盗に早変わり・・・なんてことになるんじゃあるまいか?(大汗)
が・・・無事に空港に到着!
しかも、大渋滞の中、通常と同じ30分弱の時間で到着したんだから良心的である。(笑)
料金はメーター通り・・・・
これがマニラだったら、必ずと言っていいほど「メーターは故障している」と言われ、高額な金額を請求されるのである。
過去に何度か、それで運転手とケンカしたことがある・・・(苦笑)
ここダバオは、その点、安心できる。
いまだかつて、ぼったくられたことはない。
このダバオは、あのドゥテルテ大統領が市長をやっていた時に犯罪を撲滅したという町である。
そのせいか、“悪い奴”に会ったことがない。(大笑)
今回も、意外にも良心的なドライバーだった・・・・(笑)

ホテルから空港まではだいたい300ペソくらいかかるだろうと思っていたのだが、メーターは150ペソ程度(約350円)だった。
あれ?安いな?・・・・そのメーター、故障してるんじゃないの?・・・もしかして?(苦笑)
ところが運悪く小銭を持っていなかった・・・(笑)
仕方がないので500ペソ紙幣を渡し「200ペソ持ってるか?おつりは200ペソだけくれればいいから」と言ったら、愛想のなかったドライバーがニコニコ顔・・・(大笑)
「これで子供の食べ物を買うことが出来ます!サンキュー!サンキュー!」と言う。
ちょっと、大げさな気がしないでもないが・・・・(大笑)
いつまでも「サンキュー!」を言い続けるのには大笑い。
いいから、もうやめろって・・・(大笑)
結局、メーター料金の倍の300ペソを払ったことになるが、最初から300ペソくらいかなと思っていたんだから、これでいい。
ドライバー君も今日は幸先のいいスタートがきれて嬉しかろう?(笑)
自己満足に浸る・・・(大笑)

11:40発フィリピン航空PR1814便でマニラに向かうのだが、ちょっと早く着いてしまった。
他の航空会社のカウンターには長蛇の列ができていたが、フィリピン航空のほうはガラガラで、チェックインもスムーズ・・・・
余裕があったので空港内の土産物屋を覗いてみる。
と・・・いつもは売っていないステッカー類が売っていた!(喜)
自分の“お土産”は、スーツケースに貼るステッカー・・・・
どの国に行っても、必ずステッカーを探すのだが、これがなかなか売っていないのである!
以前は、ダバオにもなかったのだが、なぜか、今回、ステッカーが何種類も売っていた。
殆どが、ドゥテルテ大統領のステッカーだが・・・・(大笑)
我がダバオから大統領が出た!・・・・ということだろうか?(大笑)
ついにステッカーまで出すとはねぇ~(大笑)
早速、購入する!(大笑)
ドゥテルテ大統領の顔写真入りのステッカーをスーツケースに貼っちゃおう!(大笑)

空港内の、いつものカフェで時間をつぶす。
いつものパターンである。
こういう“ワンパターン”が、精神的に落ち着いて良い・・・(笑)

ふと、携帯電話を確認したら、伯母から着信があったらしい・・・・(汗)
留守録を確認してみたら、三笠宮殿下が、お亡くなりになったとのメッセージが入っていた。
あ~!ショック!!(大涙)
殿下は100歳・・・12月の誕生日を迎えると101歳になられるというのに・・・・
あともうちょっとだったのだが・・・・
でも、100歳まで生きられたのだから、長寿を祝すべきなのだろうか?
殿下が92歳の時で、まもなく93歳になるという時にお会いしたのが最後・・・
差し向かいで食事をしながら、「お宅でもお誕生会というのはやられるのですか?」などと、くだらないことを聞いた・・・(大汗)
あの時の殿下とのやり取りを思い出すと、思わず笑ってしまう。(笑)
殿下を初めて認識したのは、小学生の時である。
祖父とツーショットで写っている戦時中の写真を見て、「隣の人は誰?」と尋ねたら「三笠宮殿下」と祖父に言われた。
その時、“殿下”というんだから、さぞかし偉い人なんだろうと思った…・
たぶん、天皇陛下よりも偉いんだろうと思った・・・・(大笑)
“陛下”より“殿下”のほうが偉いんだろうと勝手に思い込んだのだのだから大笑いである。
天皇陛下に申し訳ない・・・(苦笑)
初めてお会いしたのは高校生の時・・・・
殿下が「古代オリエント」についてのご講演をされるため隣の市の文化会館にいらっしゃった時である。
ご講演後、祖父と一緒にお会いしたが、カチカチに緊張してしまい、固まってしまったことを覚えている。(大笑)
次にお会いしたのは、なんと・・・拙者が40歳を過ぎてからである!(大汗)
殿下が名誉会長をされている戦友会に準会員として参加するようになってから、毎年2回、お会いするようになった。
拙者が殿下の上官の孫であることを殿下はご存じで、いつも親しく声をかけてくださった。
楽しい想い出が沢山ある・・・
殿下が100歳まで長生きしていただいたおかげである。
感謝の言葉もない・・・・
あ~ショックだ・・・・・
いつか、“この日”が来るとは、わかってはいたのだが・・・・
心のどこかで、拙者が死ぬまで長生きしてもらいたいという気持ちもあった。
あり得ない話なのだが・・・やっぱり、先に逝かれるのは寂しい・・・・
沢山の思い出をくださったことに感謝、感謝・・・・
異国の地からご冥福をお祈りする。

マニラへ向かう飛行機・・・・
ダバオに来るとき以上に大揺れに揺れた・・・
こんなに揺れた飛行機に乗るのは、32年ほど前にアメリカのアトランタからシアトルに向かう飛行機以来である。(大汗)
とにかく機体が上下・左右に大きく揺れる。
急に上昇したかと思うと、いきなりドーンと降下する・・・・
更に右にも振られ、左にも振られ・・・
機内に叫び声が上がった・・・(大汗)
ついに来たか・・・・
さすがの拙者も冷汗をかいた・・・
今までに何十回も飛行機に乗っているから、確率的に、そろそろ墜落事故に遭遇してもおかしくはないかも・・・(大汗)
拙者の運命もこれまでか・・・・(大汗)
三笠宮殿下がお亡くなりになった日に、拙者も死ぬというのもいいかもしれない・・・などと、ふと、頭に浮かぶ。

が・・・結局、墜落もせず無事にマニラ空港に着陸・・・・(大喜)
これは殿下のご加護か?
いずれにせよ、感謝、感謝・・・である。

空港には“ステラさん”と送迎担当の“サンディーくん”が迎えに来ていた。
送迎車でホテルに向かう・・・・
フロントの女の子は、一昨日の子ではないので、まるで初めてチェックインするような扱い・・・・
と・・・・ベルボーイが吹っ飛んできて、拙者のことを彼女に説明・・・
おかげでスムーズにチェックインが出来た。(笑)
ベルボーイ君に感謝、感謝である。
誰に対しても分け隔てなく親しく接しておくべきである。
相手がベルボーイだからと横柄な態度を取ってはいけない・・・
よく日本人や韓国人の中には、偉そうに、彼らを見下すような態度をとっている連中を見かけるが・・・・
そういうことはやめたほうがいい・・・
いざというときに助けてはくれない・・・(大笑)

ホテルのカフェでウェルカムドリンクを飲みながら“ステラさん”とおしゃべり・・・・
その後、部屋に戻って・・・・疲れがドドッと出たので・・・・仮眠!(大笑)
どうも歳を取って体力がなくなったようである。(苦笑)

午後6時15分、ホテルを出て、一昨日歩いた方向とは反対の方向へ行ってみる。
ホテルを出て・・・ズ~ッと歩き、突き当りまで行く。
と・・・・以前、何度も行ったことがあるレストランにぶつかった。
おお・・・ここにありましたか・・・(苦笑)
いつも車に乗せられて行くので、全然、位置関係がわからなかった。
やっぱり歩いてみるというのは大事だねぇ~(笑)
ここはバイキング形式のレストランで、フィリピン料理、西洋料理、日本料理、中華料理と何でもそろっている。
拙者は、他のものには手を出さない・・・・フィリピン料理だけ・・・(笑)
フィリピン料理しか選ばない人は皿の色が違う。
で・・・当然、料金も若干、安い・・・(笑)
ここで夕食を食べることにする。
フィリピン料理だけを食べる時は、店員に「カワヤン・ビュッフェ」と言えばよい。
お代わり自由・・・ソフトドリンクは無料で飲み放題である。

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2回も“おかわり”したので満腹である!(喜)
そこへ品(ひん)のない日本人グループがゾロゾロと入ってきた。(大汗)
たぶん、日本でも品(ひん)のない連中なのだろうなぁ~
言動が不愉快極まりなし・・・・さっさと店を出ることにする。
食事代は600ペソ(約1500円)なり。

レストランを出て、来た道とは別の1本向こうの道を通ってホテルに向かってみることにする。
ところが・・・この通りは客引きが多かった・・・・(大汗)
道端で立っていた老婆・・・
拙者と視線が合った瞬間、隣にいた若い女の子を指さして「買え」と、いきなり言って来た。(唖然)
「え?」
「この子を買え」
可愛い子ではあったが・・・(大笑)
そんな、バカな・・・である。
いきなり何を言うんだ、婆さん・・・思わず笑ってしまった。
当然、お断りである。(大笑)
バイアグラを売り付ける奴も多い・・・
しかも、しつこい・・・・(汗)
日本人を見たらバイアグラが必要だと思うのだろうか?(苦笑)
「俺には必要ない!俺は強いんだ!」と言ったら、呆れた顔をしている。
ふふん!・・・・どんなもんだい!(大笑)
「俺は強いんだ!」と言ったら、相手も呆れて、それ以上何も言えない・・・・(大笑)
うん・・・いい撃退法を見つけたぞ・・・(大笑)
当然、飲み屋の客引きも多い・・・しつこさは、かなりのものである。
「見るだけ!見るだけ!」の連発・・・・どこまでも付いてくる。
が・・・一応、テリトリーが決まっているのだろう。
ある位置まで付いてきたら、諦めて引き返す。
が・・・別の客引きが、その後を引き継ぐ形になるから迷惑千万。(苦笑)
クラブの前にはミニスカートをはいたホステスたちがズラリと並んで客引きをしていた。
なかなかの美人ぞろいでスタイルもいい・・・(だから外に立っているんだろうけど・・・)(大笑)
拙者を見た途端、「いらっしゃいませぇ~!」には参った。(大笑)
どうして日本人だってわかっちゃったんだろう?(大笑)

途中で「カフェ・ドラド」という店に入ってコーヒーを飲んで一服。
店内は禁煙なので、オープンデッキのところでタバコを吸いながら、しばしの間、“物書き”をする。
客は拙者一人だけ・・・・(苦笑)
こうやってノンビリするのも、いいものだ・・・・

午後8時・・・・ホテル脇の一昨日行ったクラブに寄る。(笑)
前回は1時間だけだったが、今晩はフィリピン最後の夜である!(笑)
3時間飲むことにした。
前回、席に着いた女の子と、新たにもう一人が席に着いたが・・・・2人とも日本語ができない!(大笑)
おい、おい、日本語ができる子はいないのか?(大笑)
で・・・・3時間も“英会話”である。(大笑)
入店した時は客は拙者一人だったが、まもなく日本人のグループが入ってきた。
どうも現地在住の日本人が日本からやって来た“お客さん”を連れて入って来たようである。
が・・・・その横柄な態度と品(ひん)のない言動には参った・・・(汗)
どうして、こういうガラの悪い連中ばかりなんだろう?
明日は朝早く出発しなければならないので、午後11時に店を出る。
3時間で約3000ペソ(約7000円)だった。(笑)

明日の朝は早いからと言っても、そうそう早く寝られるものではない。(苦笑)
酒を飲んだからって、そうそう早く寝られるわけでもない。(笑)
ということで・・・・マッサージを頼む。
ところが・・・今回は大失敗だった・・・・
マッサージの腕前は“中の下”か“下の上”という感じ・・・・
あまり上手でないのである!(涙)
正直言って・・・下手なのである!(大涙)
フィリピン最後の夜だというのに・・・・(大笑)・・・・残念!
1時間500ペソ(約1200円)・・・・損した気分・・・・(涙)

旅行 | 20:18:48 | Comments(0)
ダバオに一泊
今日は、ミンダナオ島のダバオに行く。
が・・・1泊して、明日には、またここに戻ってくるのである。(大笑)

午前6時過ぎ起床・・・・
自然と目が覚めたが、頭痛がひどい・・・(汗)
こりゃ二日酔いか?
最近、酒など飲んでいないので、久しぶりに飲んだせいなのだろうか?
それほど大量に酒を飲んだ覚えはないのだが・・・(苦笑)

午前8時前に“ステラさん”がロビーから電話をしてきた。
9時30分に出発だという。
2階のレストランへ行って朝食・・・
前回同様、品数は全くないと言ってよい・・・
今朝はレストランに日本人客が多いが、ご多分にもれず、どいつもこいつもフィリピン人の女連れである。(大汗)
あ~あ~・・・みっともねぇなぁ~
こういうのを見ると不愉快である。

「これからダバオに行くけど、また明日、ここに泊まるからねぇ~!」(笑)
と、フロントの女の子に伝えてホテルをチェックアウト・・・
9時30分に空港に向けて出発!
送迎車のドライバーは初めて見る顔だが、朝の挨拶もしないのだから困ったものである。
外部委託のドライバーなのだろう。
朝から、面白くないなぁ~・・・・こういうことならタクシーのほうがマシかも・・・

空港では、過去に何度も会っているスタッフが出迎えてくれ、チェックインの手伝いをしてくれた。
が・・・カウンターの女の子が言っていることがわからない・・・(大汗)
どうも「良い席が取れません」と言っているように聞こえるのだが、よくわからない。
「通路側の席をお願いします」と言ったら、「真ん中の席しか取れません」と言っているようである。(苦笑)
3人掛けの真ん中の席なんて絶対嫌である。(大笑)
フィリピン人は中年になると女も男も、太っている人が多いのである。(大笑)
そういう連中に両脇に座られたら最悪である!(苦笑)
「通路側の席は空いてないのか?」と再度確認したら・・・
女の子が「後ろの方にしかありません」と言っているようである。(汗)
とにかく彼女の英語が聞き取れないのである。(大涙)
どうして国内線のカウンターの女の子は、聞き取りづらい英語をしゃべるのだろう?(苦笑)
まぁ、拙者のヒヤリング力のなさを棚に上げて言うのも失礼ですが・・・(大笑)
毎回、国内線を利用するたびに苦労するのである。
何て言ってるんだよぉ~この人~・・・・(涙)
同行しているスタッフに助けを求めようと、彼の顔を見たら、彼はキョトンとしていた・・・・で・・・気が付いた・・・
そうだ!彼は日本語が話せないんだっけ!(大汗)
これじゃ、彼に助けを求めようにも、どうしようもない・・・何の役にも立たない・・・(涙)
「後ろの方・・・席・・・空いてる?・・・通路側?」
「はい・・・」
「それでいいよ」
「え!後ろの方ですけど、いいんですか!」とカウンターの女の子が驚いた。
なんで驚くんだ?
飛行機の前のほうでも後ろの方でも、べつに関係ないと思うんだけど・・・(苦笑)
わからん・・・彼女のリアクションが、さっぱりわからん・・・
「通路側だよね?」
「はい」
「通路側なら、OK!」
「後ろの方なんですけどねぇ~・・・本当にいいんですかぁ~?」
だから・・・なんで、そうなるんだよぉ~(涙)
機体の後ろの方の席に座ると何かマズイことでも起こるっていうのか?(苦笑)
わからねぇなぁ~
こういう“英会話”は本当に疲れる・・・(涙)

とにかく、最後部の通路側の座席を取って・・・無事に搭乗手続きを終えた。(苦笑)
拙者が乗る便は12:00発のフィリピン航空PR1815便である。
搭乗口の前にあるカフェでホットドッグとコーヒーの“昼食”を食べる。

飛行時間は約1時間50分・・・・
今回は珍しくかなり機体が揺れた。
「キャー」という声が上がるほどだから・・・(大笑)
なるほど・・・だから「後ろの席でいいんですか?」とカウンターの女の子が言っていたのか?(大笑)
もしかしたら、機体が折れて機体後部だけがどこかに落ちるとか?(大笑)
あの子は預言者か?(大笑)

まもなくダバオ空港に到着するという頃・・・・
定刻の5分前に、機長からアナウンスがあった・・・
「フューミニッツ」と言っている。
あと数分で到着すると言っていると思ったのだが・・・
いつまでたっても空港に到着しない。(大笑)
「フューミニッツ」だよね?
数分・・・という意味だよね?
なんで30分近く飛び回っているんだろう?(苦笑)
「30分」は「フューミニッツ」じゃないよな・・・・
通路側に座っているので外の景色が見えないのだが、もしかしたら、気流が悪く、降りるに降りられないでグルグル空港の上空を回っているのかもしれない・・・(大汗)

定刻の午後1時50分を30分も過ぎて・・・ようやく無事に空港に到着した。(苦笑)

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今回のダバオ訪問も前回同様“ミヤケさん”に会うための訪問である。
この間、東京で食品に関する国際展が開催されたので、情報収集のため展示会に行って資料を集めて来た。
拙者は部品製造業なので農業のことは全くわからない・・・(涙)
が・・・ど素人は、ど素人なりの視点というものがあろう?(大笑)
というわけで・・・“ミヤケさん”の農作物の販路拡大のヒントを得るのと、新たな農作物の需要の情報収集・・・
これら集めた資料を渡すだけの為にダバオを訪問したのである。(大笑)
「奇特な人だ」と言われてしまうが・・・こういうのも楽しいのだから仕方がない・・・

無事に“ミヤケさん”と落ち合い、早速、今晩宿泊するホテルに直行する。
今回も前回同様、旅行社を通さず“ミヤケさん”にホテルの予約をお願いしておいたのであるが、今回のホテルは、前回のホテルとは別のホテル・・・
チェックインの手続きで、フロントの男性社員から「3200ペソ(約7500円)の支払いをお願いします」と言われた。
はぁ?・・・・最初に宿泊料を取るのか?
チェックアウト時に支払うのが普通だと思うのだが・・・
彼は「最初に払っていただくことになっています」と言う。
じゃぁ・・・仕方がない・・・
が・・・問題は3200ペソという金額である。
“ミヤケさん”が、噛み付いた・・・(苦笑)
「おい、2800ペソ(約6500円)の部屋を予約したはずなのに、なんで3200ペソになっているんだ!」
「グレードの高い部屋なんですけど・・・・」とフロントの男性・・・
おい、おい、勝手に部屋のグレードを上げちゃったの?(大笑)
そこにホテルの総支配人がやって来た。
“ミヤケさん”と総支配人は旧知の仲・・・「おお!久しぶり!」である。
で・・・総支配人に、金額のことを伝えたら、フロントの男性は真っ青・・・可哀想なくらい動揺しながら説明している。
その結果・・・総支配人から「グレードの高い部屋だそうだから、それで、納得してくれ。ホテルは満室で他に部屋がないんだ」とのこと。(唖然)
で・・・フロントの男性に「少し安くしてやれ」と命令・・・(苦笑)
で・・・彼が200ペソを拙者に渡して「200ペソお返ししますから・・・これでいいですか?」とオドオド・・・(苦笑)
“ミヤケさん”は納得いかない様子だったが、フロントの男性の動揺ぶりを見たら可哀想である。
予定より200ペソ(約500円)の違いである。
少しまけてもらったんだから、全く問題ない・・・(大笑)
OK!OK!…サンキュー!サンキュー!である。(大笑)

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部屋を見たら・・・・ありゃ、広い・・・(大笑)

市内のコーヒーショップに行き、そこでコーヒーを飲みながら、持参してきた資料を渡して展示会のご報告。
なかなか、これといった良い話を持って来れなくて申し訳ないが・・・
多少、何かのヒントにでもなればありがたい。
このお店は日本人が経営しているらしい。
で・・・お店の女の子と男の子が二人連れ添って、我々のテーブルにやって来た・・・
で・・・・
いち、にぃ、さん、はい、「ヨウコソ、イラッシャイマシタ!」と日本語でご挨拶。
なにも、二人して声を合わせなくてもいいと思うんですけど・・・(大笑)
一事が万事、この調子・・・
何か言うときは、二人して一度、定位置に並んで立ってぺこりとおじぎをしてから言うのである。(大笑)
まるで学芸会の何かの出し物を見ているような感じ・・・(大笑)
「どういう教え方をしたんだか・・・これが日本での丁寧なやり方だと教えちゃったんだろうけど・・・」と“ミヤケさん”も苦笑。
いや、いや、明るくて面白い人たちである。
手順を間違ってはいけないという緊張した表情と、ぎくしゃくしたロボットのような身のこなしと・・・・
うまくいったときのホッとした笑顔と・・・・
手順や日本語の“せりふ”をちょっと間違えた時の照れ笑いと・・・・
「うまくいった!」と言わんばかりの去っていく時の嬉しそうな姿を見ていると面白くて仕方がない。(大笑)
いずれにせよ、何であれ、かなりの違和感を感じないわけではないが(大笑)、“仕事が楽しくて仕方がない”といわんばかりの雰囲気の二人には、非常に好感が持てる。
やっぱり、学芸会か?・・・・これ・・・(大笑)

夕食は、以前、一度だけ連れて行ってもらったステーキハウスに連れて行ってもらう。
これは拙者の希望・・・(笑)
フレンドリーなオランダ人がオーナーの店である。
「あんた、以前にも来たことがあるね?」と拙者を覚えていてくれていた。
ここのお客は主に白人ばかりで、まず日本人はやって来ない店である。
だから、他の日本人に聞かれては困るような話は、ここで食事をしながらのほうがいい・・・
そう思って、ここに連れて行ってくれるよう頼んだ。(ステーキも食べたかったし・・・)(大笑)

ここのウェイトレスが面白い子・・・
飛び跳ねるように我がテーブルにやって来て「注文は?」とニコニコ・・・
前菜とステーキを頼んで、ついでにデザートも・・・・
「ほら、あれ、あったろ・・・シナモンがかかっていて…アップルパイだったかな?・・・あれ!あれをくれ!」と“ミヤケさん”
「シナモン?アップルパイ?はぁ?」と女の子・・・
「ほらぁ~あるでしょ・・・あの、アップルで出来てるやつ・・・シナモンがかかっていて・・・」
「あ~あ~あ~!!わかりました!はい!シナモ~ン!アプルパァ~イですね?」(笑)

で・・・ステーキが出て来た・・・
拙者は注文するときに、メニューを見ても、どれがいいのかわからなかった・・・(苦笑)
なので・・・この子に「あなただったら、どれを食べる?」と尋ねたら、「私だったら・・・これ!これ・・・最高です!」(ニコニコ)
というので頼んでみたら・・・・デカい!肉が・・・デカい!(苦笑)
「あのさぁ~この量・・・あんた、食べられるの?私だったら・・・って言っていたけど・・・」(汗)
「えへへ・・・・」と女の子・・・
でも、確かに、味はいい!・・・・美味しいステーキだった。(喜)

ステーキを食べ終え、しばし、雑談・・・・
あれ?・・・・そういえば、デザートが出てこないな・・・(汗)
女の子を呼んで「デザートは?」と尋ねたら・・・
「はい!デザートですね?はい!・・・で?」と言う。(大汗)
「で?・・・じゃなくて・・・(苦笑)・・・頼んだでしょ?」
「え?・・・何を?」
「ほらぁ~・・・シナモ~ン!アップルパァ~イ!ウィズ、アイスクリ~ム!」
「あっ!」と両手で口を押えて、彼女が驚いた・・・(大笑)
「おまえ、忘れたろ!」(大笑)
「エヘヘ・・・」
慌ててピョンピョン跳ねながら厨房へ・・・

まもなくデザートを持って現れた。
が・・・なぜか一皿だけ・・・・(唖然)
「あのぉ~・・・僕の分は?」
「はぁ?」
「はぁ?・・・じゃなくて、2つ頼んだでしょ?彼と僕の分・・・」と指を2本立てた・・・
と・・・彼女・・・「V(ヴイ)?」
「なんで、ここで俺がVサインなんかするかよぉ~(苦笑)・・・これは2個っていう意味でしょ?」(大笑)
「ああっ!」とまたもや彼女は驚き、厨房へ走っていこうとするのを“ミヤケさん”が引き留めた。
「もういい、これ以上何か言うと、どんなことになるかわかったもんじゃない・・・鈴木さん、皿を出して!二つに分けよう!」(苦笑)
「そうですねぇ~」と拙者・・・
すると、彼女は・・・「はい!それ、いいアイディアです!」とニコニコ・・・
あのね・・・1個を二つに分けたら、売り上げが上がらないんじゃないの?(大汗)

この女の子の仕草と“おトボケ”が、拙者の姪っ子にソックリなのである。(大笑)
彼女を相手にしていると面白くて仕方がない。
毎日通ってもいいなぁ~(大笑)
この店に、姪っ子を連れて来たいなぁ~(大笑)
“おトボケ”の二重奏だぞ・・・・(大笑)

食後・・・日本で言うところの「温泉センター」のような施設に行く。
実際には温泉はないので・・・サウナとマッサージのセンターということになるか?(笑)
前回は、“ミヤケさん”の体調が悪かったため行かなかったが、彼と会うと、最後にここに立ち寄ることにしている。
拙者は日本でサウナに入ったことはない。
ここ、ダバオに来た時だけサウナに入るのである。(大笑)
こういう“決まり事”を作るというのも楽しいものである。(大笑)

“ミヤケさん”は体調を崩すといけないので一足先にサウナから出た・・・
と・・・フィリピン人が一人入ってきた。
“外人”の拙者がいたので、一瞬、遠慮しようとしたようだが「どうぞ、どうぞ」と言ったのが運のツキ・・・(大汗)
そこから、おしゃべりが始まってしまったのである!(大汗)
このクソ蒸し暑い狭い部屋の中で“英会話”である。(大涙)
サウナの汗なのか冷汗なのか、さっぱりわからなくなった・・・・(大笑)
で・・・話が長い・・・あれやこれやと長話になる・・・
暑くてたまらんのですが・・・早く、ここから出たいんですけど・・・(苦笑)
彼の話の腰を折るわけにもいかず・・・(涙)
いやぁ~キツかった・・・

その後は、いつものマッサージ・・・
いつものように・・・爆睡である!
マッサージのオバチャンに笑われた・・・(汗)

午後11時30分・・・ホテルに送ってもらい、ここで“ミヤケさん”とお別れ・・・
明日は、ホテルをチェックアウトして真っすぐマニラに戻るので、見送りは不要ということでお願いする。
またの再会を約す。
丸一日、拙者にお付き合いするんだから、大変なご迷惑だろうが・・・・(苦笑)
“ミヤケさん”に会ってオシャベリするのが楽しみなので・・・・
我儘な拙者と知り合ったのは、何かの“不幸”ということで諦めていただくしかない・・・(大笑)
申し訳なし…・感謝、感謝・・・・

旅行 | 10:29:29 | Comments(0)
マニラの町を散策・・・
ウトウトしているうちにマニラ市内に入ったようである。
ドライバーの“ニコさん”が話しかけてきたのだが、頭が“英語モード”に切り替わらない・・・(大笑)
「はぁ?はぁ~・・・はぁ?はぁ~」・・・である。
と・・・・どこかで見たことがある公園に車を止めた。
で・・・「じゃぁ、行きましょう!」と“ニコさん”・・・・
はぁ?・・・・である。(苦笑)

ここは「リサール公園」である!
何で、ここに来ることになったんだ?(唖然)
寝ぼけていたのか、適当に返事をしたからなぁ~
もしかしたら、「リサール公園に行きましょうか?」「うん!」って答えちゃったのかも・・・(大汗)
ここには何度も来たことがあるので、今更“観光”をしようという気にはならないんだけど・・・(汗)

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このリサールの記念碑が立っている場所は、フィリピンの英雄「ホセ・リサール」という人が、当時フィリピンを統治していたスペイン植民地政府に銃殺刑に処せられた場所に建っている。
ホセ・リサールのお墓だという話もあるが、どうなんだろう?・・・よく知らない・・・(大汗)

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この炎天下に衛兵(?)がピクリとも動かず立っている。
いやぁ~ご苦労様である。
拙者もサマースーツにネクタイ姿・・・・かなり暑いが、彼らはピクリとも動いてはいけないのだから、もっと辛いだろう。
大したものである。
そういう姿を見ちゃうと、間違っても暑いからといって、ネクタイを緩めるというわけにはいかない・・・
衛兵に対する礼儀である。

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我が国では、戦没者の追悼は、靖国神社ではなく、別に国立の追悼施設を作るべきだという意見が出たことがあるが・・・
そういう施設を作った時に、その“モニュメント”に衛兵を立たせるようにするのだろうか?
衛兵が立つとしたら、自衛官?警察官?それとも皇宮警察の警察官?
それとも“衛兵”なんていうものは立たせず、ただポツンと施設だけを作って放置するだけなのかな?
たしか・・・戦没者のご遺骨が納められている「千鳥ヶ淵戦没者墓苑」には“衛兵”なんて立っていなかった気がする。
日本人には御遺骨や御魂を“お守りする”という考えはないらしい。
一番有名なのは、台湾の忠烈祠の衛兵だろう。
衛兵交代の儀式が“観光名物”となっている。
日本では台湾のようなことは出来ないだろうなぁ~
「日本は英霊に対して冷たい」などという批判を外国から受けるようなことになるかもしれないから、下手なものは日本は造らない方がいいんじゃないか?

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公園の中で、珍しいものを発見!
このあたりを昔、歩いた気がするが・・・・こんなもの、あったっけ?(苦笑)
「リサール噴水」と書いてあった。
史跡説明板はタガログ語で書かれていたので意味不明・・・(大笑)
プレートは英文だが、炎天下のこの暑さで我が“コンピューター(脳ミソ)”はオーバーヒート気味で、英文を読む気が起こらない。(大笑)
う~ん・・・リサールの生誕150周年を記念して造られたとか・・・というようなことが書いてあるみたい・・・(苦笑)

ドライバーの“ニコさん”が、やたらと質問をしてきた・・・・
どうも拙者の旅行の手配について興味があるらしい。
つまり、“タケウチさん”の旅行社を使わず、直接、個人的に俺を雇わないかと言いたいようである。
これは、よくドライバーたちが言ってくる・・・
直接、個人的に契約した方が彼らも、儲かると思っているのだろう。
マニラからクラークまでの片道で、ドライバー付きのチャーター料は、3000ペソ(約7000円)以上はする。
会社を通すとピンハネされて、それほどドライバーの収入にはつながらないから、直接交渉をしてもらいたいのだろう。
しかし、そう簡単にはいかないのである。
絶対安心できるドライバーでなければ、危なくて個人的にチャーターするなんてできない・・・(苦笑)
「無理だよ!俺は必ず会社を通して手配することにしているんだ」と言ったら、“ニコ”はガッカリしていた。(苦笑)
でも、今回の車の手配、送迎では、ちょっとバタバタして不安な思いをした・・・
そろそろ自分用の専属の運転手を作ってもいいかもしれない・・・(笑)
ちょっと検討してみるか・・・
毎回違うドライバーというのも、コミュニケーションを作る楽しみがあって面白いが・・・・疲れる・・・
真面目で、信頼がおけて、絶対約束を守り、会話も弾むという奴・・・いるかな?(大笑)

時刻は午後1時半を過ぎた・・・・
そろそろホテルに向かおう!
2時にはチェックインできるだろう。

無事にホテルに到着し、“ニコさん”にチップを渡して別れる・・・
どうも彼はチップの額を上げてもらうために“観光”に拙者を連れて行ったようである。(苦笑)
そんな小細工をしなくても、チップはかなりの額を渡すことを決めていたんだけど・・・・(大笑)

心配していたチェックインは、すこぶるスムーズ・・・・
ベルボーイ、セキュリティ(ガードマン)たちは拙者を覚えていてくれたし・・・・
フロントの女の子も同様で・・・「スズキ~!」と拙者のことを半ば呼び捨てである。(大汗)
「俺のこと覚えてる?」
「もちろん、覚えてますよぉ~」
ということで、チェックインはスムーズ・・・・
デポジットのクレジットカードの伝票も、きちんと保管されていて問題なく流用された。
今までの定宿は15年近く使っていたホテルだが、15年近く使っているのに、フロントでこういうことは一度もなかった。
「俺の顔を覚えていないのか?」と文句を言いたくなるくらい、毎回そっけない態度・・・・
拙者のことを覚えていて、フレンドリーだったのはセキュリティの連中だけである。
特にセキュリティーの“レネくん”とは8年くらいの“付き合い”である。(笑)
それに比べると、このホテルは一昨日に初めて宿泊したのに、このもてなしようである。
つい、嬉しくなってしまう・・・(笑)

DSCN3234_convert_20161114230733.jpg (部屋から見た景色)

まだ時刻は3時前・・・・
ここは初めて宿泊した地区なので、ちょっと周辺を散策しようと考えた・・・(笑)
まずは、ホテルの前の道を真っすぐ行けるところまで行って、そこからジグザグに歩いてみることにする。

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結構、古くて洒落た建物などが点在していた。
ということは・・・このあたりは、戦前は高級住宅街だったのかもしれない。

そのうち、見たことのある建物に出会った。

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日本食のお店・・・「タナベ」である。
ここには、今から5年前に、我が戦友会の会員の“フジイさん”と一緒に来た店である!
あの時は・・・・「サンマの塩焼き定食」を食べたんだよなぁ~(笑)
車で横付けだったので、位置関係がわからなかったが、こうして歩いてみると、位置関係がよくわかる。
なるほど・・・このあたりにあったのか・・・(笑)
やっぱり歩かないとダメだね・・・
あれから5年・・・“フジイさん”は91歳かな?
最近、会いに行っていないから大阪まで会いに行ってみようかなぁ~

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お店の前には円形の公園があったが・・・
いつの間にやら、ずいぶん綺麗に整備されているような気がする。

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さらにブラブラ歩く・・・・
拙者は、こういう“観光”が好きである。
“観光地”に行くより、町の中で古い建物を見つけて歩く方が好きである。
もうワクワクしてしまうのである!(大笑)
で・・・南北にジグザグに歩いたら、今度は東西にジグザグに歩くというような歩き方をしてみた。
で・・・・予想はしていたのだが・・・(大笑)・・・道に迷って現在位置がわからなくなった。(大笑)

さすがに疲れたので一休みすることにする。

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どう見ても、歩道を占拠してしまっている、このお店に入ってみることにした。(大笑)
時刻は午後4時半・・・・ここで、コーヒーを飲んで一服して、再び散策することにした。
お店の人が「また来てください」と、すこぶる丁寧な挨拶をしてくれた。

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これまた、かなり古そうな石造りの建物である。
スペイン統治時代からあった建物だろうか?
そういう雰囲気がある建物である。

一時は、どうなるかと思ったが、無事にホテルに戻ることができた!(笑)
縦横に歩いていれば、いつかはたどり着く・・・というものである。(苦笑)
時刻は午後5時30分・・・・

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(拙者が宿泊したパール・ガーデン・ホテル)

ホテルの前まで来たら、物陰からポン引きの“アンデシー”がいきなり飛び出してきて話しかけてきた。
彼はとにかく話がしつこい・・・・
こっちは、2時間以上も歩いて汗びっしょりなのである。
「これから、どこに行きますか?案内します!」
「部屋に戻るんだよ!」(怒)
見りゃわかるだろ!

シャワーを浴びて部屋で一休み・・・・読書をしながらウトウト・・・・(苦笑)

今晩は、現地旅行社の担当者と夕食を食べようかと思い、“ステラさん”を通して打診しておいたのだが・・・
一向に何の連絡も来ない・・・・(唖然)
毎回、一緒に食事をしていた共同通信マニラ支局長の“デグチさん”は、先月、東京本社に異動となり、マニラにはいない・・・
日本語新聞の『まにら新聞』の“サカイさん”は会社を辞めて、先月、インドネシアの日本語新聞『じゃかるた新聞』に移籍してしまいジャカルタにいる・・・・
あらら・・・一緒に食事をしてくれそうな人が誰もいなくなっちゃった・・・(涙)
しかたがない・・・一人で食事をするか・・・

午後7時・・・夕食を食べるために外出する。
幸いにもしつこいポン引きの“アンデシー”はいなかった・・・(大笑)
夕方にコーヒーを飲んだお店に行って夕食を食べようと思ったのだが・・・・
さて・・・あの店は、どこにあったのか?(苦笑)
もう、忘れている・・・
確か、こっちのほうかと歩いて行ったが、途中で完璧に方向を間違えていることに気が付いた!(唖然)
拙者は、どうしてこうなんだろう?
部分的に記憶している建物などを目印に歩き回って、ようやく、先ほどのお店に到着する。
お店の人が、再び拙者がやって来たので驚いていた。(大笑)
で・・・お店の人が発した言葉が・・・「コーヒーですね?」である。(大笑)
「違うよ!夕食!今度は食事をするんだよ。メニューある?」(苦笑)

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チキンプレートにサラダにコカ・コーラ…
これに食後のコーヒーをつけて、約400ペソ(約950円)なり・・・・

一旦、ホテルに戻り伝言の確認をしたが、現地旅行社からは何の連絡も入っていなかった。
ということは・・・たぶん、忙しいから会えないということなのだろう。
ならば・・・“夜の観光”ということで、再び外出する。(笑)
ホテルを出たら、すぐにポン引き“アンディー”が飛び出してきた!(唖然)
仕方がない・・・・一昨日の晩に行ったお店に行って、酒を飲んで、“アンディー”のカラオケを聞いて・・・・1時間・・・・
1時間、2人で飲んで5000ペソ(約12000円)・・・・ん?前回より高くないか?(汗)
「あと1時間延長してくれ」と“ママさん”に頼まれたが断わる。
前回の時「今度来た時にはサービスします」と言っていたが、サービスどころではなく逆に高くなったのでは話にならない。(怒)

さて・・・今度は一人で“夜の観光”をしようかな・・・(笑)
と・・・“アンディー”が、「次はどこに行きますか?ソープランドですか?女ですか?私が案内します。一緒に行きましょう!どうぞ!こっちです!」とうるさい・・・(苦笑)
「ここからは俺が一人で歩くから、君とはここでさようならだ。いいな?わかった?」
「はい、わかりました。で・・・どこに行くんですか?案内します!」
「だから・・・一人でブラブラ歩きたいんだよ!邪魔をするなよ」
やっと別れて歩きだしたら、別のポン引きが話しかけて来たので、断った途端・・・・
“アンディー”が「はい!どこに行くんですか?私が案内します!」といきなり後ろから飛び出してきた。(驚)
この野郎!
「しつこいんだよ!てめぇ!」(怒)
完全に拙者はプッチン切れた・・・・(酒を飲んでいたし・・・大笑)
これ以上、しつこくされたら2~3発ぶん殴っていたかもしれない・・・・
自分でも驚くほどの大声で怒鳴りつけたので、さすがの“アンディー”も退散・・・(大笑)

以前は、こうやって夜、歩き回ろうとすると、必ずポン引きが「独りで歩くのは危ないですから、私が案内します」などと言って、次から次へと近寄ってきたが、過激なドゥテルテ大統領が就任したことで安全になったのだろうか、誰も「危険ですから」とは一言も言わないのである。
不思議である・・・・(大笑)
が・・・危険なことは危険である。
安心はできない・・・・
海外では、100%安全などという場所はないと思うべきである。
危険な目に合うかどうかは確率の問題だろう。
“やられた”ときは自業自得と諦めるべきであると拙者は思っている。
で・・・その緊張感がたまらなく好きなのである。(大笑)

夜の街の中をウロウロしていたら、マッサージ店を見つけたので入ってみた。(笑)
すこぶる真面目なマッサージだった・・・(大笑)
1時間400ペソ(約1000円)なり・・・・

マッサージを終えて外に出たら・・・今頃、気づいた・・・・
夕食を食べたカフェの2軒隣だった!(大笑)
というわけで・・・・またもやここで今度はコーヒーを飲んで一服・・・
さすがに今日3回目の来店・・・・店員が苦笑していた・・・(大笑)

このカフェからホテルに帰る道は、さすがに覚えている。(大笑)
無事にホテルに戻る。
さっき怒鳴りつけたせいだろうか・・・“アンディ”はどこかに隠れているのか見当たらない。(苦笑)
ホテルのすぐ隣に「クラブ」がある。
ホテルに出入りするたびに、お店のママさんとチーママから誘われていたが、毎回断り続けていた。
さすがに、毎回断っていたのでは可哀想か・・・ということで、1時間だけ、この店に入ることにした。(笑)
席に着いた女の子は、まだ日本語がほとんど話せない子だった。
ここは日本人の客がよく来る店だとママが言っていたが・・・・(唖然)
普通の観光客なら日本語が話せないのであれば・・・と女の子をチェンジしてもらうだろう。(笑)
が・・・これも何かの縁・・・面白いではないか?
ということで・・・英語でおしゃべり・・・(苦笑)
またまた英会話のお勉強である。(大笑)
1時間飲んで・・・料金は1200ペソ(約3000円)なり・・・
あれ?・・・ずいぶん安いではないか?
「計算を間違っているのではないか?」とママに言ったら「安いですか?」とキョトンとしている。(苦笑)
計算は間違ってはいないというのだから驚きだ。
最初からこの店に来ればよかったんだよねぇ~・・・・「灯台下暗し」とは、まさにこのことか?(大笑)

午前0時・・・部屋に戻り、シャワーを浴びて・・・・寝る!

旅行 | 21:36:31 | Comments(0)
慰霊祭に参列する
目覚まし時計のベルの音で起こされ・・・・午前4時起床!
ここ数年、目覚ましなど使わないでいたが、さすがに不安になり目覚ましをセットしておいて正解だった。(笑)

今日はこれから「慰霊祭」ですから・・・
ダークスーツにネクタイと・・・身支度をしてレストランに向かう。
午前5時、朝食・・・

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で・・・腹が減っていたので、うっかり、写真を撮らずに食べ終えてしまった!(大汗)

午前5時45分、ホテルをチェックアウト・・・
スムーズにチェックアウトができるかと思ったら、フロントの女の子が「100ペソ支払ってくれ」と言って来た。
「何で?」(唖然)
「キャンドルを使ったでしょ?」と言う。
なんだって?・・・・キャンドル(蝋燭)を使ったって?(唖然)
バカ言ってんじゃねぇよ・・・・
蝋燭なんて何に使うんだよ・・・停電でもしない限り使わねぇだろうに・・・
だいた、キャンドルなんて部屋のどこにあったんだ?(苦笑)
今、部屋を確認に行ったスタッフからの連絡だそうである。
「キャンドルなんて絶対使っていない!」(怒)と言ったが、とにかく伝票にサインだけでもしてくれと、しつこい・・・
どういう神経なのだろうか?・・・・小銭を稼ぎたいのか?
結局、伝票にはサインしたがカネは支払わなかった。
後のことは・・・知らん!(大笑)

外から、一人の日本人青年がやって来た・・・
声をかけたら“クロカワさん”だった。
彼は数年前、拙者にマバラカットの特攻隊の戦跡等について質問のメールを送ってきた人である。
現地に行きたい・・・というので、“タケウチさん”の旅行社を紹介してあげた。
その後、全く連絡がなかったのだが、昨晩、彼が慰霊祭に参加するという話を“タケウチさん”から聞いていたので、声をかけてみたのである。
メールだけのやり取りしかしていないので、今回、ここで改めて初対面のご挨拶・・・
彼は、別のホテルに宿泊していて、ここからみんなと一緒にワゴン車で会場に向かうという。

6時ちょうどに一緒に行く4人グループがやって来たので、ご挨拶・・・・
昨晩の“タケウチさん”の話では、京都の方から来たグループで、アエタ族の子供たちを支援するNPOを立ち上げるつもりらしい。
それで、昨日は、アエタの子供たちへのボランティア活動をしたようである。
拙者より若い連中のようだが、奇特な人たちもいたものだと感心・・・(拙者も“奇特な人”の部類に入っているか?)(大笑)

式典は7時からだが、ホテルから30分もかからず早めに到着してしまった。(笑)
マバラカット市の観光局長の“ガイ氏”に会い、挨拶・・・・
相変わらず、テンションが上がっていて、挨拶など上の空の様子・・・
なにせ、式典で“仮装”して走り回るのが好きなようで、とにかく目立ちたいのだろう。(大笑)
それで大興奮といった感じである・・・(苦笑)
“ナカムラさん”ともご挨拶・・・
氏とは時々、メールや電話で交流があるが、久しぶりの再会である。
「ネクタイまでして参加されるのは鈴木さんくらいですけど・・・」とからかわれる。(笑)
ん?慰霊祭なら、このくらいの格好をして参加するのは当然でしょ?(笑)
主催をしている現地の方々への日本人としての礼儀でしょ?(大笑)
“ナカムラさん”がマバラカット市長に拙者を紹介してくれた。
あら・・・こりゃ・・・どうも・・・である。(苦笑)
いきなりのことでビックリ・・・・
しかも、なぜか記念写真!・・・・突然、引っ張り出されて・・・一緒に写真を撮られる・・・
“ナカムラさん”が、「明日の新聞に写真が載るかもしれませんよ」と笑う。
なぬ?・・・新聞?
今、写真を撮ったカメラマンは新聞社のカメラマンなのか?(唖然)
拙者は“何様”として市長と一緒に新聞に載るんだ?(大汗)
偉くもないのに・・・(大笑)

一昨年他界されたディソンさんの息子さんにも会いたかったが、彼は風邪を引いたらしく、今年は欠席するという。
いや、病気だというのは本当かどうかわからない・・・・と“タケウチさん”が言っていたので、本当の不参加の理由は別にあるのかもしれない。
彼は拙者が、今日、参列することを知って非常に会いたがっていたと“タケウチさん”から「よろしく伝えてくれ」の伝言。
また、いつか再会する機会もあろう・・・・

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この「平和祈念式典」は、通称「神風特攻隊慰霊祭」とも言われている。
地元主催で、市長を始めフィリピン空軍の司令官や兵士たちも参列する。
今回で19回目だそうだ・・・・
で・・・・15年以上まえから、日本の某宗教団体と某医療法人が、これに関わってきた。
たぶん、資金面で援助をしているのだろう。
日本には特攻隊を慰霊、顕彰する団体もあるが、過去に参列したことはあるそうなのだが、その後は全く参列していない。
メインの行事は日本の某宗教団体が執り行っているため、変な噂を立てられたのでは困るので避けているのだろう。
“ナカムラさん”や“タケウチさん”は納得できないようだが・・・(苦笑)
下手に会の役員が参列して、この特定の宗教団体と何らかの関係があると誤解されては組織としては大変なことになる。
当然のことと拙者は思うが・・・
拙者もこの特攻隊を慰霊、顕彰する会の会員ではあるが、拙者が参列するのは、“ナカムラさん”や“タケウチさん”との縁で・・・ということと、この地区で戦った機動歩兵第2連隊が我が戦車第2師団隷下の部隊だということで、拙者は師団の戦友会の役員なので参加している。
ことさら、“戦友会”をアピールしていないので、来賓扱いではないが・・・(大笑)
慰霊は“気持ち”の問題でやるもので、“肩書”でやることでも、“自己顕示”のためにやることではないと思っているので、一参列者として参列することにしている。

これは、会場で聞いた「噂話」だが・・・
どうも先月のことらしいのだが、どこかの宗教団体か何かがマバラカットの西飛行場(だと思う)の慰霊碑のところで大々的に慰霊祭を行ったらしい。
が・・・問題は、市に対して何の許可も得なかったこと。
個人的に慰霊をするのには許可は求めないようだが、地元に無断で大々的に(どのくらいの規模なのかは不明だが、大掛かりな祭壇を設けて執り行ったとかという噂)やられたのでは、市としても、面白くなかったのだろう。
へそを曲げてしまったらしく、以後、マバラカット西飛行場(だと思う)の慰霊碑への立ち入りが全面的に禁止されたらしい。
この団体・・・何という事をしてくれたのかという気がする。
“良いことをする”のだから、何をやってもいいというものではあるまい。
あくまでも、そこは「他人の土地」なんだから・・・・
どの程度の規模で、何人ぐらいでやったのかはしらないが、無許可で大々的にやっちゃ、マズイよな・・・

更に、特攻隊関係の慰霊祭は、公式的には市は、この慰霊祭しか認めない方針にしたとかという噂を聞いた。
もし、資金的に援助を受けているとしたら、そういうことになるだろう。
カネをくれるほうになびくのは当然である。
フィリピンというのは、そういう“お国柄”なのだから・・・
今後は、他の団体が現地で神風特攻隊の慰霊祭を開催しようとしても、市当局は認めないかもしれない・・・

なぜか「神風特攻隊の慰霊」というのが特別扱いになっているような気がしてならない。
布団爆弾を抱えて敵戦車に飛び込んだ陸軍の兵士たちも「特攻」といえば「特攻」ではなかろうか?
どのような形で戦死・戦病死したにせよ、戦死・戦病死した人たちを分け隔てなく慰霊してあげることを、なぜしないのだろう?
やたらと「神風特攻隊」だけを特別視するのは、拙者には納得がいかない。
「うちの団体は神風特攻隊の慰霊をしてきたんですよ。すごいでしょ?」ということであれば、動機が不純な気がしてしまう。
自分たちの売名行為に利用したのか?・・・・と言いたくなってしまうのである。

式が始まってまもなく、少し遅れて館長が到着したのが見えた。
拙者は来賓席がある側に座っていたが、拙者とは反対側にある席のほうに向かっていた。
急ぎ駆けつけ、館長にご挨拶。(喜)
“タケウチさん”は、「館長は毎回、参加すると言いながら、いつも来ないから、今回も来ないのではないか?」と言っていたが、ちゃんと拙者との約束を守ってくれたので嬉しかった。(大喜)
館長は高齢で歩くのもヨチヨチ状態・・・
来賓席のほうに案内したいのだが、ここでいいと、一般の現地の方々が座っている席に座り、拙者に「あなたは自分の席についていなさい」と言う。
なんとも申し訳ない気がしたが・・・・やむを得ない・・・・

DSCN3198_convert_20161113215940.jpg (市長のスピーチ)

かなり遅れて某団体が到着したらしい・・・・
で・・・同時に、ミニスカートをはいた派手な格好をしたフィリピン女性を伴って拙者の席の近くにやって来た日本人がいた。
タイミング的には、この某団体の関係者だろう。
フィリピン人女性を同伴して参列するなとは言わないが・・・・
その派手な格好は、いかがなものかと思う。
この男・・・・来賓がスピーチしているにもかかわらず、日本語で、同伴しているフィリピン女性とベラベラとおしゃべりを始めた。
あのね・・・スピーチ中ですけど・・・(怒)
なんということか・・・恥を知らないというか・・・
こういう“みっともない”ことを平然とやる“オヤジ”が、今でもいるんだぁ~(唖然)
この女性、日本語が通じるようだから、もう少し大人しい恰好をするように言えたと思うが・・・
「慰霊祭」という“式典”に派手な色の服で、しかもミニスカートというのは・・・・非常識ではあるまいか?
それとも、目立ちたかったのかな?
「いい女を連れているんだぞぉ~羨ましいだろぉ~」って言いたかったのか?(苦笑)
対面する向こうの席には現地のフィリピン人がズラリと座って、こっちを見ているのである。
同じ日本人として恥ずかしいったらありゃしない・・・・
どこから見ても「昨晩、カネを払って女を買って、ホテルでHしたあと、そのまま、その女を連れてきましたぁ~」としか見えないんですけど・・・・(大笑)
たぶん、そうではないと信じたいが・・・かなり誤解を招く服装と態度である。
いずれにせよ、バカ丸出しである。(怒)
こういう非常識な奴がいるような団体が関わっている慰霊祭なの?・・・これ・・・・
恥ずかしいから次回の参列はどうしようかなぁ~(苦笑)
(後日、主催者側にドレスコードに関する意見を言わせていただいた)

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護摩を焚くとき、“タケウチさん”から護摩木の購入を頼まれた。
木札1本、500ペソ(約1200円)なり・・・まぁ、このくらいの協力は厭わない・・・(笑)
で・・・この木札に自分の名前と願い事を書いて火にくべるのだそうだ。
さて・・・どうしようか・・・と思ったとき、気が付いた!
そうだ!館長さんに書いてもらおう!(笑)
館長のところへ行き、木札に自分の名前と願い事を書いてくれるように頼む。
90歳の館長はヨチヨチ歩きで歩行が困難なのだが、ここは無理を言って一緒に火に護摩木を投じてくれるよう頼む。
2人で一緒にやろうよ!・・・・である。(笑)
会場の真ん中まで館長の手を取りながら進み出て、護摩木を火の中に投げ入れる。
と・・・・市長さんが吹っ飛んできて館長さんにご挨拶・・・
「いやぁ~お久しぶりです!」と市長さん・・・
館長は町の有名人なのだ。(笑)
他の人からも、「よく館長さんをこの慰霊祭に引っ張り出してくれた」と誉められ、少々照れ臭かった。(大笑)

館長が「帰りに事務所に立ち寄ってくれ」と言う。(・・・と言っていると思った・・・笑)
「あなたは自分の車で来てるんでしょ?」とも言う。
おや?何かおかしい・・・拙者の勘である。
何度も聞き直して、ようやく彼女の言っていることがわかった・・・・
「あなたが自分の車で来ているのなら、自由が利くでしょうから、私を事務所まで送ってくれないか?」と言っていたのである。(笑)
「時間に余裕があるのなら、帰りに寄ってくれ」と言っていたのではない・・・(大汗)
「時間に余裕があるのなら、私を乗せていってくれ」なのである。(大笑)
どこでどう聞き違えちゃったかなぁ~(苦笑)
相変わらず拙者の語学力は低い・・・(大涙)

さて・・・問題は、その“私の車”だが・・・どこにあるのやら・・・(大汗)
何台もの車が会場周辺に停まっていていて、どの車が自分の車なのかわからない・・・
と・・・ドライバーたちのグループが声をかけて来た。
「ミスタースズキ!スーツケースはこの車に間違いなく載せてありますから!」と言う。
拙者がカバンを探してウロウロしていると思ったらしい・・・が・・・・ワゴン車である・・・(汗)
「おい、今からマニラに戻るんだよな?」
「はい」
「このワゴン車に俺一人が乗って戻るのか?」
「いえ、他の人も乗ってマニラに行きます」
「ダメだよ、俺は一人でマニラに戻るんだから・・・他の人たちとは別行動!俺の車はどこ?」
「そんな話は聞いていません」とドライバーたちが口々に言う。
今回、“タケウチさん”の関係者は3台の車に分乗して会場にやって来ているという。
そのドライバーたちは、拙者の予定は何も聞いていないというのである!(唖然)
参ったなぁ~
“タケウチさん”を探すが、どこか吹っ飛び歩いていて見つからない。
関係者たちは、もう舞い上がっちゃって、“行者”の格好に仮装しているので、記念写真を撮ったりとバタバタしているのだ・・・
「おい!会社に電話して打ち合わせてくれ!乗用車を1台手配してくれ!よろしく!」
館長さんは一人ポツンと椅子に座ったままでいるので気が気ではない。
心細いだろうから、早く事務所に連れて行ってあげねば・・・

まもなく「車の手配ができました!」と呼ばれ、ようやくマニラに戻れることとなった。
“タケウチさん”が見当たらないので、“ナカムラさん”だけにご挨拶して会場を辞する。
「ドライバーは誰?」
「私です!」と“ニコさん”・・・・
「お~!ニコなら安心だ!」(大笑)
スーツケースをワゴン車から乗用車に乗せ替え、館長さんを車に乗せ、まず最初に事務所に向かうように頼む。
「疲れたでしょう?」と館長に声をかけたら、「それよりお腹が空いた」と言う。(大笑)
朝早かったからねぇ~(笑)
まだ10時半だが・・・・どこかで何か食べますか?・・・ということで、近くのハンバーガーショップに立ち寄る。

館長が「マッシュルームの入ったハンバーガーがあるかどうか聞いてくれ」と英語で拙者に頼んできた。
で・・・拙者が英語でカウンターの子に尋ね・・・・
女の子の回答を、これまた拙者が英語で館長に伝える。
でもね・・・これ・・・おかしくない?
目の前にいるんだからさぁ~・・・・フィリピン人同士で直接話をした方が早いんじゃないかなぁ~(苦笑)
なんで下手な英語を話す拙者が間に入らねばならないんだろう?(大笑)

ハンバーガーを食べながら館長が「昨日の女の子、どうだった?」と聞いてきた。(大笑)
「美人でしょう?どう?どう?」と聞いてきた・・・(大汗)
こちらはシドロモドロである。(大汗)

「あなたが、こっちに来ている間、お父さんはどうしてるの?」と館長・・・・
「ヘルパーさんが1日1回、様子を見に来て、掃除や洗濯や買い物に行ってくれています」
「それはいいわねぇ~」(笑)
館長は90歳の割には記憶力が非常にいい。
拙者の親父が介護を受けていることや、拙者が会社を実質辞めて“自由の身”であることを以前話していたのだが、そのことをよく覚えていて、改めて詳しく尋ねて来た・・・・
たぶん、今まで質問することを遠慮していたのだろう。
で・・・ご自身の身の上話も聞かせてくれた。
今までプライベートな話は失礼かと思い、こちらからは尋ねもしなかったのだが・・・・
今回は、フライべーとな話も含め、会話が途切れることなく大いに会話が盛り上がる。(大喜)
それだけ、親しくなったということかな?(笑)

「さっき木札に書いた願い事はねぇ・・・」と館長・・・
拙者との友人関係が、このままずっと長く続きますように・・・と書いたという。(笑)
そう言っていただけるとは・・・・嬉しくて仕方がない・・・(大喜)

館長を事務所に送り届けて、お別れ・・・・
出来るだけ早い機会に再び会いに来ることを約束する。

館長と別れたら、途端に寂しくなった・・・・
90歳である・・・・あと何回会えるだろうか?
毎回、彼女と会うたびに、そう思う・・・
「好き」という感情は不思議なものである。
これは理屈ではなさそうで、国籍や人種や言語も関係ないようである・・・・
拙者が何で館長のことが好きなのか・・・自分でもよくわからないのだが、とにかく好きなのである。(笑)
また会いたい・・・と思うのである。
実の祖母でもないのだが・・・

さすがに今日も寝不足・・・・朝4時起床はキツかった・・・・
しかも式典で市長に会ったりして緊張したし、今日もまた英語漬けに近い状態だったし・・・・
というわけで、ドッと疲れが出て・・・・
車内でウトウト・・・・(笑)

旅行 | 13:33:59 | Comments(0)
食べきれない焼き飯・・・・
午後2時半過ぎにホテルに到着・・・・
初めて見るホテルである。
てっきり前回泊まったホテルだと思い込んでいたので焦る。
「本当にここ?違うんじゃないの?」(汗)
なにせ、前回泊まったホテル名を覚えていないのだから違うかどうかもわからないまま、なんとなくそんな気がして不安となった。
で・・・・とりあえず、車を待たせて、フロントへ行き、予約の確認をしたら、間違いなく予約が入っているという。
あら・・・このホテルで正解だった・・・(大汗)

ドライバーの“ニコさん”に明日の送迎について尋ねたら、何も知らないという。(唖然)
いつ、誰が迎えに来るのか知らないというのだから呆れたもんだ・・・
いったい、どうなっているのやら・・・・
一応、明日の慰霊祭は午前7時からとのことなので、6時半に誰でもいいから迎えに来るよう伝える。
彼とは、ここでお別れ・・・・

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(拙者が泊まったホテル・パシフィック・ブリーズ)

午後2時を過ぎているのでチェックインできると思ったら、まだ部屋の準備が出来ていないという。
はぁ?・・・・
「どこかで1時間ほど時間を潰してください」と言うので、荷物を預かってもらい、ホテルの周囲を散策することにした。

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この通り・・・・「ウォーキング・ストリート」はアンヘレスでは有名な通りである。
「ゴーゴー・バー」と呼ばれるクラブ(?)が建ち並んでいる繁華街である。
夜になるとネオンがギラギラ・・・音楽がガンガン・・・・
以前、ここを散々歩き回ったことがある。(笑)
昼間は何の面白味もない汚い町である。(大笑)

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以前に入ったことのあるカフェでコーヒーを飲んで一服・・・・
で・・・・再び周囲を歩いてみたら・・・やっちゃった・・・迷子になった!(大汗)
あれ?・・・・ホテルはどっちだっけ?
ようやく、あの建物がホテルだろうと、それらしき建物を目標に歩いたのだが、途中で道が無くなっている!(汗)
どうも細い路地が入り組んでいて、必ずしも碁盤の目のようにはなっていない。
ありゃりゃ・・・右へ左へと曲がっているうち・・・・またもや方向音痴・・・
やっちまったぁ~!
1時間ほど時間を潰す予定が大幅に遅れて・・・・午後4時にチェックイン。(大涙)
こんな狭い地域で迷子になるとは・・・情けない・・・・

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私の部屋があるフロアーは、真ん中が吹き抜けとなっていた。

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昨晩は、ちょっと寝不足・・・・
加えて、今日は英語漬けでクタクタ・・・
更に、さっきは道に迷って歩きすぎてクタクタ・・・・(大笑)
ということで・・・部屋の中でテレビを見ながらウトウトと仮眠をとる。(大笑)

午後7時・・・・目が覚め・・・・
さて・・・夕食・・・どうしようか・・・である。
再び、ウォーキング・ストリートに向かう。
今度は、迷子にならないよう、ホテルのボーイに道順を聞いておいて出発!(大笑)
先ほどのカフェとは別のオープンカフェに入り食事をすることにする。
このお店は、ストリートに面しているお店・・・
外も暗くなり、ネオンがチカチカ・・・
目の前にはミニスカートをはいた女の子たちが立っていて客引きをしていたり、出勤する女の子たちが闊歩している。
う~ん・・・いい目の保養であるが、悪趣味と言えば悪趣味か?(苦笑)
ただ、道行く人からも、こっちは丸見えなので、それを考えると、ちょっと恥ずかしい・・・(笑)
今晩の夕食は・・・「焼き飯」を頼んだ。
で・・・・出てきたのが・・・これ・・・

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いくらなんでも多すぎるだろう!!(唖然)
これ・・・何人前?
いくらなんでも食べきれねぇだろ!・・・・これ・・・・
運んできたウェイトレスは苦笑・・・
あのね・・・最初に言ってよぉ~「食べきれない量ですよ」とかさぁ~(涙)

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頑張って食べてみたが、半分まで食べるのが精一杯・・・
これ以上は食べられない・・・もったいないが残すことにする。(涙)

完璧な“食べ過ぎ”である・・・気分が悪い・・・(苦笑)
周辺を散策しながら別のカフェに行き、コーヒーを飲む。
たしかコーヒーは消化に良いと聞いたことがあるからなのだが・・・(笑)

今晩は、大人しく(大笑)、ホテルに帰ることにする。
以前、“タケウチさん”の案内で「ゴーゴー・バー」に行ったことがあるが、音楽はうるさいわ、韓国人の客は横柄だわ、で不愉快極まりない。
こんなお店の何が面白いのかという気がする。
だから・・・行かない!(大笑)
客引きのミニスカートの“おねぇちゃん”達を見ているだけで十分である。(大笑)

ホテルに戻り、今晩もマッサージ・・・・(笑)
1時間400ペソ(約1000円)だった。

マッサージを終えて、まもなく、“タケウチさん”から部屋に電話がかかってきた。
ロビーにいるという!
あら・・・グッドタイミング!
早速、1階のレストランで、今回の旅費を支払いながらオシャベリ・・・
“イエペス館長”と無事に会って皆で昼食を食べてオシャベリをした話をしたら笑われた・・・・
「ドライバーにまで御馳走する日本人観光客なんていませんよ。鈴木さんぐらいですよ」と呆れられた。(大笑)
普通の日本人観光客は、フィリピン人の女の子にはカネは使うが、ドライバーなんて無視しているのだそうだ。
へぇ~・・・・拙者は昔から、このスタイルなんだけど・・・・(苦笑)
一緒に“旅”をしてるんだから、ドライバーも一緒に飯を食おうよ!・・・というのは当然だと思うんですけど・・・
「さすがは鈴木さん!」と誉められた・・・(大笑)

明日の迎えの件・・・
このホテルに、明日の慰霊祭に参加するグループが泊まっているので、その人たちと一緒にワゴン車で会場に向かってくれとのこと。
う~ん・・・そういうことなら、それでもいいですけど・・・(苦笑)
マニラへ戻るのも、一緒のワゴン車で・・・と勧められたが、これはお断り。
彼らは買い物に行くらしいので、それに付き合っていたら時間の無駄になる。
マニラへは車1台を用意してもらい、一人で真っすぐホテルに向かいたい・・・・
・・・・等々の打ち合わせをして別れる。

明日も早起きせねばならない。
出発は午前6時・・・・
ということは・・・遅くとも5時には起きねばならない。
フロントで朝食の時間を確認したら、レストランは24時間オープンしているという。(唖然)
さすがは“お遊び”の町のホテルである。
24時間オープンなら、早朝でも大丈夫だな・・・・(笑)

寝坊したら大変である。
急いで寝る!(笑)

旅行 | 21:58:39 | Comments(0)
館長に会いに行く
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(部屋から見た景色)

午前6時起床!
昨晩はマッサージなどを受けて寝るのが遅かったのに、よく早起きできたものだと我ながら感心する。(大笑)

朝食はホテルの2階のレストラン・・・・
広いレストランで座席も多いが、客がほとんどおらずガラガラである。
こんなに早起きして食事をする観光客はいないのかも・・・(苦笑)
残念ながら食べるものがほとんどない・・・
パンとコーヒーとジュース、卵料理、フルーツ程度・・・
フィリピン料理も2~3品あったようだが、朝からご飯を食べる気はない。
まぁ、日本のビジネスホテルの「無料の朝食(パンとコーヒー程度)」と同じと思えばいいか・・・(笑)
品数の極端に少ないバイキング形式の朝食だが、レストランのマネージャーが笑顔で一生懸命、気遣ってくれたのは嬉しかった。
気持ちよく朝食を食べることが出来た。(喜)

DSCN3171_convert_20161109154303.jpg (朝食)

ホテルをチェックアウト・・・
昨日のチェックインの際にデポジットとしてクレジットカードで伝票を切っている。
本来なら、ここで破棄してもらうのだが、明日の晩には戻って来て、再びこのホテルに宿泊するのである。
毎度毎度カードを切っていたのでは面倒くさい・・・・(笑)
「明日、再びここに宿泊するんですけど」と言って、この伝票を残してもらい、明日のチェックインの時に流用してもらうことにした。
あとは・・・ちゃんと、それをしてくれるかどうかだな・・・(苦笑)
明日のチェックインは自分でやらねばならないので、うまく英語で説明できるか・・・(大笑)
ある意味、楽しみでもある。

今回の旅行・・・
以前同様、2つの旅行会社を使っている。
日本からの往復航空券と、空港送迎、マニラのホテル、ダバオへの国内線の手配は15年ほど利用している旅行社に・・・
マニラからアンヘレスへの送迎とホテルは現地在住の日本人である“タケウチさん”が経営する旅行社に・・・・
一つの旅行社にまとめたほうがいいのだが、それぞれの“顔を立てる”という形をとる。(笑)

8:30、“タケウチさん”の旅行社から迎えの車が来るはずなので、8時過ぎにはチェックアウトを済ませてロビーで待っていた。
と・・・・一人の男がやって来て・・・「ミスタースズキはどこ?」とベルボーイに尋ねている。
「ん?“タケウチさん”のところのドライバーか?」と尋ねたのだが、要領を得ない・・・
どうぞ、車に乗ってくれと言うのだが・・・・あんた、どこのドライバー?(苦笑)
「アンヘレスに行くんだよね?」と言うから間違いはなかろうが・・・・
いつもの“ローリーくん”が迎えに来ると思ったら見たこともない男なので困った・・・・
話をしているうちにわかったのだが・・・・
“タケウチさん”は、どうやら送迎を「ドライバー会社」に丸投げしたらしい。
で・・・この「ドライバー会社」が自分が抱えている運転手に仕事を振り分けたそうだ。
だから、元請けの“タケウチさん”のことは知らないらしい。(唖然)
とにかくマニラに行ってスズキという日本人を乗せてアンヘレスに送り届けろ・・・としか言われていないらしい。(唖然)
このいい加減さ・・・・フィリピンらしい・・・
が・・・・こっちは不安でしかたがない・・・・迷惑である。(苦笑)

「で・・・アンヘレスのホテルは何というホテルですか?」と尋ねられて驚いた・・・
「ん?あれ?・・・どこだっけ?・・・・俺は知らないけど・・・・あんた、聞いてないの?」(大汗)
参ったぁ~・・・・
“タケウチさん”とはメールで「適当なホテルを予約してくれ」としか言っていない。
正式の旅行計画書や請書のような書類はない・・・・(汗)
そういえば、回答のメールに、ホテル名が書いてあったような・・・・(汗)
タブレットで、パソコン用のメールを開き確認する。
慣れてくると、こういうことになるという、いい例だ。
当然、ドライバーは、こちらの要望をすべて知っていると思っていたのだが・・・・
やっぱり念のためプリントアウトするとか、メモをしておくとか、やっておくべきだった。
反省、反省・・・・

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マニラ市内の様子・・・・
高速道路(自動車専用道路?)を建設中である。
ドライバーに尋ねたら空港から市内に向かう道路を作っているそうだ。
この高架道路が完成すると、少しは交通渋滞が緩和されるか?

ドライバーが「ホテルに行けばいいんですよね?」と言う。
おい、おい、何の話も聞いていないのか?
今日は、このままクラークに向かい、博物館の館長に会って昼食を食べる予定なのである。
真っすぐホテルに連れて行かれては困る。
こちらの予定を伝えたが、本人は、わかったような、わからないような返事・・・・

移動途中で、サービスエリアで一服し、“タケウチさん”の携帯に連絡を入れたが、応答なし・・・・
電話に出ない!(大汗)
こういうのが一番困るんだけどなぁ~
拙者が伝えてある予定は、現地ではどこまで打ち合わせができているのかがわからない・・・(涙)
参ったぁ~

約2時間後の10:30頃にクラークに到着・・・
ドライバーは館長のオフィスがどこにあるのか知らないので、拙者が道案内・・・・(唖然)
無事にオフィスに到着し、2月の訪問以来の、今年2回目の再会である。(笑)
事前に“タケウチさん”に面会のアポを取っておいてもらったのだが、今回は「通訳」は同行しない、拙者単独の訪問である。
最初から最後まで全部英語で話をしなくてはならない。(当たり前のことなのだが・・・)(大笑)
誰も助け船を出してくれない英会話・・・(大笑)
どうなることやらと心配したが、結構話が弾んだんだから不思議なものである。
何度も会っていると以心伝心となるのだろうか?・・・・外国人相手でも・・・・(大笑)

館長がいきなり、また始まった・・・
「日本語のできる女性がいるので紹介したい。すごい美人だから会いなさい」
「はぁ?」(大笑)
また始まったのである・・・・“紹介癖”・・・・
以前にも、「こんな年寄りと食事なんかしないで、もう少し若い人と食事をしたほうがいいから、いい女性を紹介する」と言って来たことがあるのである。(苦笑)
「いつもお世話になっているから・・・」と言うのだから、たぶん、恩返しのつもりなのだろう。(苦笑)
拙者としては、90歳の館長さんに会うのが楽しみで、会いたくて会いに来てるんだけどなぁ~
若い女性より、90歳の館長さんの方が好きなんだけどなぁ~(大笑)

「で・・・いつ会う?」と館長・・・・
なんと早急な話か・・・歳を取ると誰でも“せっかち”になるようだ。(大笑)
「今から一緒に食事をするでしょ?だから、それに間に合うのであれば、その時に会うのはどうですか?」
「わかった!じゃ、今すぐ電話してみるから!大丈夫、絶対彼女は来ますから。ここから近いから・・・」と館長は大乗り気である。(大笑)
参ったぁ~

お昼までには、まだ1時間ほど時間がある・・・・
仕事の邪魔をしても悪いので一度事務所を辞して、お昼に改めて訪問することにした。
が・・・特に行くところがない・・・(大笑)
これまた参ったぁ~
仕方がないので近くの公園の駐車場でドライバーとおしゃべり・・・
彼の名は“ニコさん”・・・拙者より年上かと思ったら、46歳だとか・・・・(唖然)
どう見ても拙者より10歳も年下には見えないんですけど・・・(汗)
で・・・彼と延々と英会話で時間を潰すことになった。
いやはや、これまた大変である・・・・(涙)

お昼になったので再びオフィスを訪問して館長とおしゃべりをしていたら“彼女”がやって来た。(笑)
日本語で自己紹介・・・
やっと日本語が話せる!(大笑)
英会話から解放された!(大喜)
「いきなり電話がかかって来て、日本人を紹介するからすぐに来いといわれてビックリした」と彼女は苦笑い・・・
そうだろうねぇ~・・・・こっちも同じである・・・・(大笑)
彼女の名は“アニー”といい、51歳とのことだが、実年齢より若く見えるスレンダーな美人さんである。
以前、日本人と結婚したが死別したためフィリピンに戻って来て6年ほど経つという。
ちょっと乱暴な日本語を話すが、日本語はペラペラだし、言葉遣いの割には気は良さそうな人である。
気が強そうなのは・・・・フィリピン人の女性はみんなそういうタイプだろうから仕方がない・・・(大笑)
だいたい、館長がいい例である・・・・かなり気が強い・・・(大笑)
だからフィリピン人の中では平均寿命をはるかに超える90歳なのにお元気なのだろう。(大笑)

早速、すぐ近くのカフェレストランで昼食を食べることにする。
このレストランは拙者のお気に入りの店である。
で・・・・“アニーさん”は、実のお兄さんが運転する車で、ここまでやって来たという。
「え?じゃ、お兄さんは外で待ってるの?」
「あ、大丈夫です!」
そんな馬鹿な・・・・お兄さんを外で待たせて我々だけで食事というわけにはいくまい。(苦笑)
お兄さんも呼んで、拙者のドライバー“ニコさん”も呼んで、5人で昼食を食べることにした。

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5人でのおしゃべりというのは意外にも面白いもので・・・・
拙者以外の4人はタガログ語で話をする・・・
拙者は館長や“お兄さん”、“ニコさん”と話すときは英語で、彼らも英語で応えてくれる。
で・・・“アニーさん”とは、日本語で会話するが、他の3人には我々2人が何を話しているかはわからない。(笑)
そこで、彼女がタガログ語で説明するか、拙者が英語で説明することになる。
ということで・・・タガログ語、英語、日本語が飛び交い、なんとも忙しい食事会となった。(大笑)

日本語がわからない館長のために、英語で、拙者と“アニー”が日本語で何の話をしているのか説明すると、館長は「あなたたちが日本語で話をしているのを聞いているだけで楽しいから気にするな」とニコニコ顔・・・・
あれ?・・・なに・・・その満足そうな顔・・・(苦笑)
もしかして、お見合いの仲人をしているような気になっているのかも・・・・(大笑)
う~ん・・・・親族(彼女のお兄さん)立ち合いの下での“お見合い”????(大汗)
おい、おい・・・・(大汗)
拙者は誰とも結婚なんかする気はないんですけど・・・・(苦笑)

オシャベリしているうち、あっという間に時間が過ぎて・・・午後2時・・・・
そろそろお開きにしましょうということで解散する。
支払いは拙者・・・・当然である。(お見合いだから・・・大笑)
5人で約5000ペソ(約12000円)なり!

拙者は明日、マバラカットの慰霊祭に参列する予定である。
ならば・・・ということで、館長も慰霊祭に行くと言う。
館長とは明日慰霊祭で再会することを約束してお別れ。
“アニーさん”とは、また縁があったら会いましょう・・・・程度の挨拶にしておく。
変に誤解されても困るし・・・・(笑)
ちょっと考えすぎか?(大笑)
皆さんとお別れして、拙者は今晩泊まるアンヘレスのホテルに向かう。

旅行 | 15:41:27 | Comments(0)
マニラに行く
昨日は、93歳の“カワムラさん”のお誘いで「近代史検証会」という会の会合に参加させていただいたので、1日早く上京して東京に泊まった。
この会は、いわば「近代史」の勉強会である。
なかなか面白いし、勉強になるが、拙者は「太平洋戦争」のことしか知らない・・・(苦笑)
ヨーロッパの「近代史」の話なんかになるとチンプンカンプンだったが、それでも面白い。
ご紹介をいただいての初参加なので、Gパンで出かけるわけにもいかず、ジャケットにネクタイ姿・・・
というわけで、今回は、この姿のままフィリピンに行くことになる。

都内のホテルをチェックアウトして羽田空港に向かう。
当初は、成田空港を利用する予定で便を頼んでいたのだが、旅行社の手違いで、羽田空港利用になってしまった。(大汗)
こういう、チョットしたミスでゴタゴタするようでは、旅行社を使うより自分でネットで予約したほうがいいという人が増えるのも当然かなと思う。
が・・・拙者は、永年利用している旅行社を使うことに決めている。
自力でネットで航空券の手配も現地のホテルの予約もできるのだが・・・(笑)
少しくらい値段が高くなっても「人との縁」のほうを大事にしたい。

久しぶりのモノレール・・・・
浜松町から羽田空港へ向かうが、たまたま乗車したのは新型車両。
それはいいが、スーツケースなどを置く場所が旧車両と比べて少ないのである。
だいた、このモノレールを利用する人は旅行客が多いと思うのだが、スーツケースを置く場所に不便な構造とは、いかがなものだろうか?
思ったより不便な乗り物である。(苦笑)

空港で海外旅行保険を申し込む。
この間のインドネシア旅行の時にも利用したカウンターに行く。
「いつもありがとうございます」とカウンターの女の子に言われ、「あれ?」と思う。
「先月も、ここで申し込んだんですよ」と言ったら・・・
「はい、私が承りました。覚えています!」と言われてビックリ。(大笑)
美人の女の子なのに何で拙者は覚えていなかったのだろう?(苦笑)
相変わらず記憶力が悪い・・・・(涙)
毎回利用するなら・・・ということで女の子が「VIPカード」を作ってくれた。
次回からは、これを提示すればスムーズに申し込みができるそうだ。
ありがたい・・・・(喜)

いつもは成田発のANA(全日空)を利用するのだが、今回はフィリピン航空・・・・
旅行社が予約をポカして、気が付いた時には航空券の料金が跳ね上がっていた。(唖然)
今から予約すると、当初の予定より10万円も高くなると言うのである!(驚)
10万円の差は大きいだろ!
というわけで・・・やむなく羽田発のフィリピン航空の便となってしまった。(涙)
拙者はフィリピン航空が好きではない。(大笑)
ANAやJALより安いのだろうが、フィリピン人の乗客が多い・・・特に女性・・・・
で・・・必ず「彼女に会いに行くのですか?」と声をかけられるのである。(怒)
日本人の男を見れば誰も彼もがフィリピン人の女に会いに行くものだと思っているらしい。
そういう失礼な質問をされるのが拙者は嫌なのである。
「バカにするな!」とつい、文句を言ってしまうのである。(笑)
おまえら「出稼ぎ水商売女」にバカにされてたまるか!・・・・という気持ちになってしまうのである。
「他の日本人と一緒にするな!」
今回は、ジャケットにネクタイ姿だったせいなのか、拙者が身構えていて目つきが悪かったせいなのか、誰も声をかけてこなかった・・・(大笑)

機内は意外にもガラガラに空いていた・・・(唖然)
しかも、フィリピン航空の機材は古くてテレビも付いていないのだが、この機材にはテレビが付いていた!(喜)
今回は意外にも快適だ!(大喜)
15:20発のPR421便でマニラに向かう・・・・

DSCN3166_convert_20161109140853.jpg (機内食)

18:55、マニラ空港に無事到着・・・・
以前と変わったところは・・・・いつもなら空港を出てすぐにタバコが吸えたのだが、今では禁煙になっているところ。(大涙)
タバコが吸えない!(大涙)
ドゥテルテ氏が大統領になったら喫煙に厳しくなったようだ・・・・

迎えに来てくれたガイドの“ステラさん”から「そのうちフィリピン全土が禁煙になるかもしれませんよ。そうなったら、二度とフィリピンには来なくなるんじゃないかとみんなで噂してました」と言われ・・・・
「もちろん!タバコが吸えないなら、もう二度とこの国には来ないよ!」(大笑)

今回宿泊するホテルは初めて泊まるホテルである。
今まで定宿にしていたホテルは全館禁煙となっているので何かと不便・・・
思い切って、繁華街の中にある、少し安くて部屋でタバコが吸えるホテルに替えてみたのである。(大笑)

いつもは“ステラさん”に夕食の場所選定から何から何までお任せするのだが、99歳の義母の介護をしなくてはならない状況となっているので、空港~ホテル間の送迎だけをお願いした。
チェックインを済ませ、ホテル内のコーヒーラウンジでウェルカムドリンクのコーヒーを飲みながら少し雑談をして別れる。
少し引き留めてしまい申し訳なかったが「気分転換にはちょうどいいんです」と言う。
どこでも同じだな・・・拙者の場合は気分転換を兼ねての海外脱出だが・・・(大笑)

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部屋は結構広くていい・・・・
タバコが吸えるんだから尚更いい・・・(大笑)
こうしてみると、どうして日本のホテルは部屋が狭いんだろうと思う。
ただ、備品が故障していて、この点では、お話にならないレベル。
テレビのリモコンは壊れているし、電話も接触不良で、うまくつながらない・・・・(唖然)
「故障しているから直してくれ」とか「どこがどう故障している」と説明する英話は必須である。(大笑)
このあたりの英語は覚えておいたほうがいい・・・
拙者は、よく覚えていなかったので・・・(大笑)・・・・苦労した・・・・(大笑)
しかし、各備品の故障を見つけるたびに修理を頼んだので、そのつどチップを払う羽目になる・・・(苦笑)
まとめて1回で説明すればよかったと後悔・・・(大笑)

さて、今晩の夕食・・・・どうしようか・・・・
たまたまホテルから出たところで“ポン引き”に声をかけられた。
ホテルの周辺には、どこのホテルでも“ポン引き”がいる・・・・
彼はアンディーという青年・・・・
ちょうどいい・・・彼に案内させて、近くの屋台に行って食事をすることにした。
豚の串焼き、焼き鳥、ご飯にシニガンスープ、コーラ・・・・締めて380ペソ(約800円)なり。
この薄汚い屋台・・・衛生状態はいかがなものか・・・・
食中毒にでもなったらどうしようかと思ったが・・・・空腹に負けた・・・(大笑)

その後、近くのパブに案内させて、そこで2人で飲んだり歌ったり。
アンディーが日本語の歌がうまいのには驚いた。
2人で4000ペソ(約9000円)を支払う・・・・
ちょっと高い気がした・・・・

明日があるので、アンディとは、ここまで・・・・
ホテルでマッサージを呼び1時間マッサージをしてもらい・・・寝る!
1時間500ペソ(約1200円)なり。

旅行 | 13:26:56 | Comments(0)
また、海外に行ってきます!(笑)
1ヶ月というのは早いもので・・・・

あっという間に過ぎ去って・・・・

またもや・・・・

10月23日から28日まで・・・・

今度はフィリピンに行ってきます!(笑)

一生懸命働いている友人たちには申し訳ないのですが・・・(苦笑)

体調は本調子に回復していないのに・・・・

またもや海外・・・・

恐縮です・・・・(苦笑)

日記 | 21:17:25 | Comments(0)
『るそん回顧』


第1部
     1 出発
     2 輸送船
     3 高雄
     4 遭難
     5 マニラ
     6 マニラから任地まで

第2部
     7 黒宮部隊
     8 陣中経理勤務
     9 陣中閑話
     10 ルクバンの思い出
     11 イポ陣地、転進

第3部
     12 飢餓行(1)
     13 飢餓行(2)
     14 飢餓行(3)
     15 脱出(1)
     16 脱出(2)

あとがき 刊行に寄せて (那須礼子)


本書はフィリピン・ルソン島で戦った主計将校の体験記である。
「主計」というのは、食糧の管理、被服等の物品の管理や人事記録まで扱う、今で言えば、会社の「総務」のような仕事を専門に行う“職種”である。
つまりは“事務職”なので、基本的には最前線での戦闘には参加はしない。
そういう方の視線から書かれた体験記である。
最終所属は、マニラの東方で戦った「河嶋兵団」と呼ばれた、第105師団の歩兵第82旅団・・・
河嶋修少将が指揮するこの旅団が独立して「河嶋兵団」としてマニラの東方にある「イポ」の防衛にあたった。
この「イポ」にはダムがあり、マニラへの飲料水の供給源として重要な場所だったと記憶している。

ずいぶん昔に「イポ」を訪れたことがある。
このあたりの戦史は詳しくは知らなかったが・・・本書に「ルクバン」という地名も出てくる。
ここにも行ったことがあるような気がする・・・・懐かしい地名である。
イポでは、戦後、戦友会や遺族会が建てたものであろう慰霊碑をお参りしたが、かなり劣化していて崩壊直前という感じだった。
地元の方から「何とかならないか?」と言われたが、私の個人の力ではどうしようもなかった。
あの慰霊碑は、今はどうなっているのだろう?
もう何年も訪れていないので、いつか、様子を見に行ってみたいと、ふと、思った・・・・

早いうちから食糧の補給が途絶え、各部隊は「現地自活」をするよう上級司令部から命じられる。
「自活」とは、すなわち、それぞれ自分の食糧を探して何とか食いつなげろ・・・ということである。
南の島にはバナナなどの果物が多く育っていて、食べ物には困らないだろうというのは大間違い。
マニラの東方高地、東方山岳地に行けばわかるが・・・何もない・・・
食べられそうなものは何もないのである。
こうなると、戦闘より飢餓のほうが怖い・・・ということになろう。
食糧探しで必死である。
特に食糧の管理を預かる「主計」は大変だっただろう。
戦友たちが次々と餓死、病死していく・・・
そういう中、食糧を探しながらの逃避行である。

本書の著者は1970年(昭和45年)にお亡くなりになっている。
本書の「あとがき」は、著者の奥様が書かれているが、この「回顧録」は、著者が捕虜収容所に入れられていた時に書いたもので、戦後、日本に持ち帰り、そのまま「筆を入れない」ままで残されたものだそうである。
それを、そのまま今回出版したそうだ。
ということは、終戦直後の記憶に基づいて書かれているわけだし、著者の感情は、その時のままということである。
戦後になって、昔を回顧して書かれた体験談は多いが、本書のような収容所で書かれたものが、そのまま・・・というのは珍しいのではなかろうか?
戦後の情報や、思想などが加わったものではない、その当時のままのもの・・・
よくぞ余計な手を加えずに出版してくれたと感謝したい。
そういう意味でも貴重な記録である。


今年の読書:54冊目



読書 | 00:25:25 | Comments(0)
『連合国戦勝史観の虚妄』


まえがき

第1章 故郷イギリスで見たアメリカ軍の戦車
       遠い世界としての第二次世界大戦
       米軍戦車を目にしたときの衝撃
       もうイギリスはアメリカに敵(かな)わないと悟った日々
       アジアで起こった大変動と日本
       日本は日本の主張を発信すべき
       少年時代に刷り込まれた日本のイメージ

第2章 日本だけが戦争犯罪国家なのか?
       チャーチルの聞くに堪えない日本人への罵詈雑言
       アジアの国々を独立させた日本の功績
       「白人植民地」を侵した日本の罪
       イギリス最大の屈辱、シンガポール陥落
       『猿の惑星』が現実となったときの衝撃
       無知が助長した日本人への憎悪
       戦勝国が日本を裁くことへの違和感

第3章 三島由紀夫が死を賭して問うたもの
       三島由紀夫との最後の会食
       右翼には期待していなかった三島
       『ロンドン・タイムズ』に掲載された私の署名記事
       5年の歳月をかけた計画的で周到な自殺
       マッカーサーの唾棄すべき傲慢と不実
       裁かれるべきは戦勝国側だった。

第4章 橋下市長の記者会見と慰安婦問題
       橋下(はしもと)大阪市長の失策
       初めて日本にやってきた日の東京での夜
       田中角栄も墓穴を掘った危険な記者会見
       戦場における「慰安婦」の歴史
       韓国の主張に対する説得力のある反論
       米国の資料に見る、日本の「慰安所」の実態
       では、日本はどのように対処すべきか

第5章 蒋介石、毛沢東も否定した「南京大虐殺」
       情報戦争における謀略宣伝(プロパガンダ)だった「南京」
       中央宣伝部に取り込まれた南京の欧米人たち
       「南京大虐殺」を世界に最初に報道した記者たち
       誰一人として殺人を目撃していない不思議
       「南京」が虚構であることの決定的証拠
       光州事件の取材経験から言えること

第6章 『英霊の聲』とは何だったか
       国家元首として次元を異(こと)にした昭和天皇
       天皇の「人間宣言」に対する三島の批判
       日本にとっての「国体」とは何か
       三島の評伝を執筆中に起こったこと
       靖国に首相や天皇が参拝できないという異常さ
       三島が檄文(げきぶん)で訴えたこと
       擬(まが)い物の国家、日本の現状

第7章 日本はアジアの希望の光
       日印国交樹立60周年の集い
       日本は「占領の呪い」から脱却を

第8章 私が会ったアジアのリーダーたち
       1、私欲の権化だった金大中
             民主化運動の闘士を装った金大中
             光州事件を嗾(けしか)けた張本人
             ジャーナリストとしての不明を恥じる
       2、金日成t北朝鮮という国
             金日成との歴史的面会
             トラックの荷台で運ばれていく人々
       3、北朝鮮で見たシアヌーク殿下
             シアヌークが北朝鮮で制作した日本軍の映画
             金日成の宮殿を住居とするシアヌーク
       4、インドネシア「建国の父」、スカルノ
             「九月三十日事件」直後に面会したスカルノ

第9章 私の心に残る人々
       1、日本人とユダヤ人
             ユダヤ人を救った東條英機の知られざる功績
             英仏のロスチャイルド家をひとつにした男
             固く閉ざされた世界の扉を開ける鍵
       2、日本文学を世界に伝えた人たち
             戦場の日本兵の気高さに打たれたドナルド・キーン
             『高貴なる敗北』を三島に捧げたアイヴァン・モリス
       3、日本で出会った人々
             私が見た素顔の白洲次郎(しらすじろう)
             岸信介(きしのぶすけ)と安倍晋太郎
             運をものにした中曾根康弘

終章 日本人は日本を見直そう
       韓国がけっして日本に追いつけない理由
       日本の敗戦後遺症と憲法問題
       欧米に不都合な「大東亜戦争」史観
       安倍晋三と将来の日本

解説 加瀬英明


今年の読書:53冊目



読書 | 23:39:59 | Comments(0)
『日本占領下のフィリピン』


序章 フィリピン現代史のなかの日本占領期 (池端雪浦)

1 対日協力と対日抵抗
2 二項対立の歴史を超えて
3 日本占領下の社会―本書の概要
4 戦後への負の遺産

第1章 宥和と圧政
―消極的占領体制とその行方― (中野 聡)

はじめに
1 間接占領体制における宥和の論理
     1 「新比島建設」の論理と現実
     2 エリートとの宥和
     3 戦争指導部のフィリピン認識と占領構想
     4 消極的協調の維持とその意味
2 人見宣伝隊と宥和の論理
     1 軍宣伝の二重構造
     2 宥和的宣伝の契機
     3 イロコス地方宣伝工作の「成功」
     4 パナイ島宣伝工作の「失敗」
むすび

第2章 日本軍に夢をかけた人々
―フィリピン人義勇軍― (寺見元恵)

はじめに
1 親日フィリピン人
     1 リカルテ信奉者
     2 ガナップ党員
     3 「ユナイテッド・ニッポン」
2 三つの義勇軍
     1 クーデター
     2 マカピリ結成
     3 「鉄の腕」と「秩序の義勇軍」
     4 対日協力者に対する「特別国民裁判」
むすび 真の独立をめざして

第3章 「モロ族」統治とムスリム社会の亀裂
―ラオナ州を中心に― (川島 緑)

はじめに
1 日本のモロ族統治政策
     1 戦前のフィリピン・ムスリム社会
     2 日本のモロ族統治政策
2 ラオナ州におけるモロ族統治
3 ラオナ州ムスリム・リーダーの対応
     1 国会議員・選挙制行政官層
     2 任命制州行政官層
     3 ムスイム教員・事務官・軍人層
     4 ムスリム村落リーダー層
4 日本占領の影響
     1 戦後のフィリピン・ムスリム社会
     2 国民統合・分裂問題に対する意義

第4章 鉱山開発と現地社会の抵抗
(池端雪浦)

はじめに
1 日本の鉱山開発政策
     1 基本方針
     2 軍管理委託経営
     3 比島鉱山協議会
2 開発の実態
     1 開発の全貌
     2 マンカヤン銅山
     3 カランバヤンガン鉄山とアンチケ銅山
3 住民の抵抗
     1 労働力調達への抵抗
     2 抗日ゲリラ
むすび

第5章 棉花増産計画の挫折と帰結
(永野善子)

はじめに
1 コモンウェルス期の綿工業をめぐる輸入代替政策
2 日本占領下の棉花増産計画
3 棉花栽培の実態
     1 糖業調整との関係
     2 裏作の実施
4 まぼろしの紡績産業再編計画
5 衣料品配給制度の導入
おわりに

第6章 日本占領下における食糧管理統制制度
―コメ不足とその対応策を中心として―
(リカルド・T・ホセ 永井均 訳)

1 戦前の状況と計画
2 戦争勃発と占領の開始
3 統制経済の確立
4 ラウレル政権の政策
5 戦後の状況と政策

第7章 宗教宣撫政策とキリスト教会
(寺田勇文)

はじめに
1 宗教宣撫工作
     1 宗教班の編成
     2 初期の活動
     3 工作内容
2 田口司教の構想
     1 聖職者のフィリピン人化
     2 教会財産問題
     3 学校における宗教教育
     4 ヴァチカンとの協定
3 軍政監部の宗教政策
     1 対策要旨
     2 ヴァチカンとの交渉
4 日本占領下の教会―対日協力問題の周辺

第8章 「ダバオ国」の在留邦人
(早瀬 晋三)

はじめに
1 フィリピンへの日本人移民・植民
     1 移民・植民構想
     2 「ダバオ国」の成立
2 ダバオ在留邦人の戦争協力
     1 死亡場所
     2 ダバオ攻略と在留邦人
     3 「比島民衆の亀鑑」としての在留邦人
     4 献金
     5 勤労奉仕
     6 食糧増産
     7 ダバオ在留邦人の評価
3 ダバオ在住フィリピン人のみた日本人像
     1 ダバオで起きた戦争犯罪の記録
     2 開戦直後の殺害事件
     3 憲兵による殺害
     4 敗走中の殺害
     5 在留邦人の役割
おわりに

補章 日本占領期フィリピン史に関連する図書館・文書館・博物館の紹介

1 フィリピン (リカルド・T・ホセ)
     1 マニラ首都圏
          1 フィリピン大学ディリマン校
          2 フィリピン国立図書館
          3 フィリピン国立文書館
          4 アメリカ歴史コレクション
          5 アテネオ・デ・マニラ大学
          6 アヤラ博物館・図像学文書館
          7 ホセ・P・ラウレル記念財団図書館・博物館
          8 ロペス記念博物館
          9 サント・トマス大学
         10 トマス・ジェファーソン文化センター
         11 その他の図書館や文書館
     2 マニラ首都圏以外
          1 中部フィリピン大学
          2 サン・カルロス大学セブアノ研究センター
          3 シリマン大学図書館
          4 西ネグロス歴史委員会
2 日本 (川島緑・永井均)
          1 防衛庁防衛研究所図書館
          2 国立国会図書館憲政資料室
          3 アジア経済研究所
          4 外務省外交史料館
          5 国立公文書館
          6 その他
3 米国 (中野聡)
          1 NARA・ワシントンDC地区文書館群
          2 NARA・大統領図書館群
          3 米国議会図書館古文書部
          4 ダグラス・マッカーサー記念文書館
          5 フーバー研究所文書館
          6 ミシガン大学ベントレー歴史図書館
4 オーストラリア (永野善子)
          1 オーストラリア国立図書館
          2 オーストラリア国立公文書館
          3 オーストラリア戦争記念館

おわりに

執筆者紹介
日本のフィリピン占領略年表


本書は、複数の執筆者が書いた論文を集めて作ったという感じの本である。
ということで・・・研究者の論文調なので、ちょっと読みづらいかもしれない。
が・・・・取り上げているテーマは興味深く面白い。

たとえば、第4章の鉱山開発・・・
マンカヤン銅山は、我が町にある銅山を参考にして開発されたと聞いたことがあるので、一度、現場を見に行ってみたいと思っている銅山である。

第7章の宗教宣撫政策などは、私にとっては特に興味深かった。
日本からキリスト教の司教など“信者”が派遣されて宣撫工作をしているのである。
当時、司教などの聖職者は白人が多く、フィリピン人は差別されていたので、フィリピンのカトリック教会の司教は全員フィリピン人にしようとしたというのだから驚いた。
こうなると、日本はフィリピンを“侵略”したと言い切れるだろうか?
ヴァチカンとも交渉したというのだから、軍事行動とは全く別の次元で動いていたのである。
“白人支配からのアジアの解放”の一端を垣間見るエピソードではなかろうか?
こうなると日本は悪者という一方的に偏った考え方は、通用しないだろう。

以前、日本兵から聖書をもらったという女性が、その兵隊を探していて、今も生きているのなら会いたいと言っているので、何かわからないかという問い合わせを受けたことがある。
日本兵が聖書を持ち歩いていたというのも不思議だし、そのフィリピン女性が、その日本兵を「キャプテン」と呼んでいたのも不思議だと思った。
「キャプテン」と言えば、階級は大尉である。日本の将校が聖書なんかを持ってフィリピンに上陸するか?
いろいろ当時の資料を探しているうち、これは宣撫班の人ではないかと思ったのである。
当時、フィリピン人は誰に対しても「キャプテン!」と呼ぶ癖があったようだったことを、戦史や生還者の体験記を読んでいて気が付いた。
現在、私など日本人がフィリピンに行くと客引きから「シャチョウサン!(社長さん)」と呼ばれるのと同じであろう。(笑)
「社長」じゃなくとも、日本人を見れば「シャチョウサン!」なのだ。
当時なら、日本兵はみんな「キャプテン」だったのだろう。
彼らに「大尉」という階級が分かるわけがない。
となると・・・キリスト教関係者で宣撫班にいた人なのだろうと推測したが、そこまでしかわからなかった。
具体的な名簿が見つからなかったので、残念ながら調査はそこで行き詰まってしまったのである。
本書を読んでいて、そのことを思い出したが・・・残念ながら本書の中にも、その「キャプテン」が誰だったのかを知る手がかりはなかった。
それでも、この宗教宣撫政策のことがよくわかって面白かった。

第8章のダバオの在留邦人に関する記述も、なかなか興味深い話である。
フィリピンに住んでいる在留邦人は、日本本土の日本人からは蔑まれていた部分がある。
だからこそ、頑張って日本の為に率先して協力しなければ・・・という考えに走るのは当然だろう。
在留邦人の評価を高めたいとの思いが、悲惨な結果を生むことになるのも無理はないかも。
結構、面白い話(論文だが・・・)が読めてよかった。

なかなか勉強になるいい本である。


今年の読書:52冊目



読書 | 01:26:01 | Comments(0)
『裏切りの世界史』


まえがき

第1章 西郷隆盛の予言
~西洋人を「野蛮人」と喝破したその炯眼

 世を挙げての西洋化時代に、一人背を向けた西郷
 西洋人の野蛮のルーツをさぐる
 いまも脈々と流れるバイキングという名の海賊精神
 キリスト教の排他的独善性を生んだ風土
 ただの略奪隊になりさがった十字軍
 ヨハネ・パウロ2世によるキリスト教1000年の反省
 「ダーウィンの弱肉強食」の世界観
 デカルトが生んだ「自我の肥大」という近代病

第2章 条約を守る民族、守らない民族
~日本と欧米、信義の国はどちらか

 条約を結んでは破るのが、西洋人の常套手段
 騙されやすいウブな国・日本
 「国際法」の名に隠れた欧米人の御都合主義
 万国公法をめぐる坂本龍馬の哀話
 いまも花が絶えない、松山のロシア人捕虜の墓地
 人種差別撤廃法案で露呈した白人の二十基準

第3章 非道と傲慢、西洋文明の正体
~なぜ、その非道な手口が見過ごされてきたのか

 狩猟と畜産が育んだ、殺戮と搾取のメンタリティ
 バイキングという生業の発生
 奴隷制正当化の彼らの言い分
 西洋人を蝕む「不治の病」とは
 大航海時代とは、世界規模のバイキング時代
 植民地支配にみる巧妙な奸計
 スポーツ界にみるルール改正という“日本つぶし”

第4章 破約の常習犯、ロシアの所行
~なぜ、日本はいつまでも煮え湯を飲まされるのか

 ナポレオンもヒトラーも、ロシアの自然に敗れ去った
 ロシアはなぜ、半永久的軍事国家なのか
 ロシア史の前半は、他民族による侵略の歴史
 「三国干渉」にみるロシアの破廉恥行為
 支那事変も、大東亜戦争も、スターリンの罠だった
 スターリンに和平の調停を依頼した日本の哀れ
 「北方領土」の法的根拠とは
 ロシアが今後も、北方領土を絶対に返さない理由
 ソ連の絶滅収容所に見る共産主義の正体

第5章 力と奸計、アメリカ文明の陰部
~神の名のもとにあらゆる悪行を正当化する厚顔無恥

 先住民抹殺に用いた自己正当化のあきれた論理
 西海岸で終わらなかったアメリカの侵略欲求
 「アラモ砦」と「真珠湾」の共通点
 アメリカの思惑どおりに進んだ日米開戦
 アメリカが日本に押しつけた国際法違反の数々
 無抵抗の一般人攻撃は、最悪の国際法違反
 ロッキード事件の知られざる真相
 口では平和を叫び、本音では戦争なしで生きられない

第6章 常軌を逸した無法国家、中国
~略奪、殺戮を「文化」とし、白を黒と言いくるめるその手口

 自国民を殺し尽くす匪賊の悪行
 中国の歴史は、騙しと裏切りの4千年史
 いまだに誤解される支那事変の真相
 毛沢東の口から洩れた本音と感謝
 自国民の略奪は、中国兵の伝統文化
 対中国経済援助にみる、日本政府のマヌケぶり
 アジアの解放を一人妨害しつづけた中国

第7章 グローバリズムという名の世界侵略
~英語、牛肉食などの文化侵略と、それに立ち向かう日本文明

 軍事侵略の次は、文化侵略
 世界に誇るべき、日本人の英語下手
 日本人の英語下手、第二の理由
 いまこそ打破すべき「英語帝国主義」
 ハンバーガー1個が、地球環境を破壊する
 アメリカ人1人死ぬと、インド人が50人生きられる
 なぜ、高温多湿の日本でネクタイなのか
 農耕民が太陽暦を使うことの無理
 なぜ日本は、キリスト教国にならなかったのか

終章 日本文明の責任と使命

 大陸文明から海洋文明へ
 物質文明から心の文明へ
 砂漠の文明から森の文明へ
 星の文明から太陽の文明へ
 力の文明から美の文明へ

あとがき
~「西洋は野蛮ぢゃ」~世界史認識のコペルニクス的転回の必要

 従来の日本の世界史はすべて西洋中心の思想
 太古からの平和大国、日本


もう、言っていること、すべて、「ごもっとも」である・・・・(笑)


今年の読書:51冊目



読書 | 15:05:11 | Comments(0)

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