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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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『日本人の英語勉強法』


はじめに
 「なんとなく必要そう」ふだから、続かない
 語学習得のコツは、ゆっくり確実に

PART Ⅰ 「日本人の英語」の俗説

01
俗説:グローバル化で、すべての日本人に英語習得は必須である
真相:本当に英語が必要なのは、人口の1割弱
       「英語が使える」のレベルはさまざま
       9割の人は必要な範囲で英語を使えればいい
       「教養」として楽しみながら英語を学ぶ
       途中の景色を楽しみながら、頂上を目指そう
02
俗説:日本人は英語が不得意である
真相:言葉はコミュニケーションのツール。得意も不得意もない。
       日本語と英語は違いすぎる
       日本人が英語を習得するには2200時間かかる
       仙台で出会った、あるタクシー運転手さん
03
俗説:日本人は、学校で何年も英語を勉強したのに使えない
真相:日本人は、学校でほとんど英語を勉強していない
       モノにならない学校英語
       英語を使えない教師が英語を教える
04
俗説:日本人は「話す・聞く」は苦手だが、「読む・書く」は得意
真相:日本人の「話す・聞く・読む・書く」力は年々低下している
       段落がつくれていない学生の文章
       オーラル・コミュニケーション重視の弊害
       ノリがよくても、中身のない会話

PART Ⅱ 「英語勉強法」の俗説

05
俗説:英語は「勉強」である
真相:英語は「使うもの」である
       「勉強」というモードは捨てよう
       難しすぎる教材は、やる気を奪うだけ
       今必要なことをする
       最初から100%を目指さない
       伸びないときこそ、淡々と学び続ける
06
俗説:ネイティブは100語で話している
真相:基本の2000語をマスターせよ
       100語では会話にならない
       基本の2000語で、読み物の76%をカバー
07
俗説:「単語」を覚えれば、英語はなんとかなる
真相:「単語の組み合せ」を覚えてこそ、実践に役立つ
       高校卒業レベルで3000語はインプットできている
       知っている単語ばかりなのに、なぜか意味がとれないのは?
       英語は「組み合わせ」で覚えるべし!
       「マイ・フレーズ集」で確実に暗記する
08
俗説:英語は暗記である
真相:「自分に必要な言葉」を暗記してこそ、意味がある
       アウトプット力を伸ばす「例文」の力
       自分が実際に使える例文を覚える
       覚えても使わないと、サビついていく
       アウトプットできる環境は自分でつくる
09
俗説:「文法」を学ぶのは意味がない
真相:「文法」は、外国語習得の最強のツールである
       大人の英語は、「文法」がモノを言う
       「文法」がわかれば、習得も速くなる!
       「必要に応じて、ほどほどに」のレベルでOK
       覚えた文法ルールで自分について語ってみよう
10
俗説:聞き流すだけで、リスニング力が身につく
真相:聞き流すだけでは、100%聞き取れるまで一生かかる
       聞き流すのは、BGMと同じ
       「ながらリスニング」は、じつは聞いていない
       「音」に注目する
       「まとまり」でとらえる
       意外と頼りになるのが「想像力」
11
俗説:リーディングでは、辞書を引かない
真相:途中は引かない。しかし、読み終わったら引く
       読んでいる途中は、辞書は引かないほうがいい
       その文章は、あなたのレベルに合っているか
       面白いと思って読むと、インプット力がグンと増す
       「面白い文章を書き写す」効果とは?
12
俗説:「発音」の練習はほどほどでよい
真相:「発音」がきれいなほど、コミュニケーションが楽になる
       正しい発音は、リスニング力アップにもつながる
       手鏡を見ながら、自分の口をチェックする
13
俗説:英語はネイティブに習わないと意味がない
真相:アマチュアのネイティブ講師なら、プロの非ネイティブ講師に習ったほうがいい
       アマチュアの講師には要注意!
       非ネイティブに習うメリットとは?
14
俗説:マン・ツー・マンのレッスンを受ければ、かならず伸びる
真相:「受け身」での受講は、お金と時間の無駄である
       レッスンはマン・ツー・マンが基本だが・・・・・
       講師ではなく、自分が主導権を握る
       レッスンは「本番」と思って臨むべし!
15
俗説:英語圏に留学すれば、英語がペラペラになる
真相:貧欲に学ぶ気持ちがなければ、何年暮らしても成長なし
       現地にいるからこその、学びのチャンスを生かす
       散歩で実践の、私の日本語学習法
       留学を成功させるには、事前の勉強が肝心
       留学せずに、海外の講義を受ける方法
16
俗説:40代からでは、英語の習得は難しい
真相:語学の習得は「Young is better」ではない!
       経験と知識は、記憶力に勝る!
       必要性は、語学習得の強い武器に
       学ぶキーは、「頻度」「集中」「方法」
       音読で脳の複数の部分を刺激する
       エビングハウスの忘却曲線を活用して覚える
       覚えたことは、1時間以内に復習する

PART Ⅲ 「英語ツール」の俗説

17
俗説:「英字新聞&雑誌」で読む力が鍛えられる
真相:自分のレベルに合ったものでなければ、苦痛になるだけ
       日本で編集された英字新聞からはじめよう
       英語のアウトプット力も鍛えられる
       日本語で十分に情報収集ができる
       英語での情報収集が必要なときとは?
18
俗説:「ニュース」は、優れたリスニング教材である
真相:チンプンカンプンのまま聞いても、身にはならない
       英語のニュースは、世界を知る情報源
       教材のお勧めは、NHK『ABCニュースシャワー』
19
俗説:「映画」は、日常会話を学ぶチャンスである
真相:「映画」は、文化を学ぶチャンスである
       映画の言葉には汎用性がない?
       英語の教材としてお勧めの映画もある
20
俗説:「洋楽」も勉強のツールになる
真相:「洋楽」の英語は日常会話では使えないものばかり!
       歌詞には、ネイティブにも理解不能なものも・・・・
       音楽が「勉強」になってしまってはつまらない
21
俗説:SNSやTouTubなどで、生きた英語に触れる
真相:玉石混交の英語なので、使い方には要注意!
       ウェブ上の英語は、ネイティブのものとは限らない
       ウェブでの個人的な交流には要注意!

PART Ⅳ 「使える英語」の俗説

22
俗説:目指すゴールは、流暢に話せること
真相:流暢さよりも、「中身」を重視せよ
       流暢さはそんなに大切か?
       「子供の英語」からスタートしよう
       ネイティブをイライラさせる、日本人のこの英語
       簡単な単語で言い換える習慣を持つ
23
俗説:英語力がないから話せない
真相:英語力があっても、日本語での知識が不足していると話せない
       日本語に足りないのは「雑談力」
       英語での言い方をインプットする
24
俗説:英語のコミュニケーションでは、相手の目をしっかり見ることが大事である
真相:じっと見るのは、かえって相手に威圧感を与えてしまう
       英語では「あいづち」は逆効果?
       アイコンタクトとは、じっと相手の目を見ることではない
       「ネイティブが一方的に話す」には理由がある
       「疑問文にしか反応しない日本人
       「イエス」「ノー」で答えられる質問では、会話が死んでしまう
25
俗説:中学英語でも、社内英語公用語化に対応できる
真相:ビジネスでは中学英語は通用しない
       高度な分野は英語のエキスパートの力を借りるのが賢明
       日本人同士が英語でやりとりする必要はあるのか?
       日本人同士まで英語でコミュニケーションする必要があるのか
26
俗説:TOEICのスコアは、「英語が使える」の目安である
真相:TOEICのための勉強では、英語の「ペーパードライバー」になるだけ
       スキルはあるのに、発揮できていない状態
       使えるようになるには、使うに限る
27
俗説:英語は、小学生のうちから徹底的に学ばせたほうがいい
真相:日本人として育てるなら、日本語の基礎づくりが先!
       母語が、その人の土台となる
       親はわが子に英語を「勉強」させてはいけない

おわりに
  英語で「できること」を少しずつ増やしていく
  「伝えたいこと」をつねに意識する

参考文献

付録 英語の勉強をもっと充実させるためのブックガイド


この本・・・日本人の英語に対する「俗説」について、いいところを突いている。
まさしく、その通り!・・・・と思う話ばかりである。
が・・・この本を読んだからといって、英語が話せるようになるわけではない。(笑)
あくまでも「英語の勉強法」に対する“スタンス”を確認する本だと思う。

私の場合・・・・
外人に遭うと、まず「英語が話せません」と英語で言う・・・(笑)
で・・・いかに英語ができないかを英語で説明する・・・(苦笑)
すると、相手から「十分英語を話してますけど・・・」と飽きられるのだが・・・(苦笑)
「いや、まだまだ英語を話せるなんていうレベルではない」と言ってしまう・・・(笑)
これ・・・毎度のことなのだが、一応、相手に難しい英語で質問なんかしないでね!・・・と釘を刺しているつもりなのだが、どうも通じないらしい。(大笑)
じゃぁ、どこまで行けば「英語が話せる」というレベルになるのかと自問自答すると・・・・答えがない・・・(汗)
アメリカ人のように流暢に話せることが最終目標なのかというと、そういうわけでもない。
どうせ、こっちは日本人だし・・・茨城弁のイントネーションが直せないくらいなんだから、流暢に英語を話すなんて無理であることは重々承知している。
私の英語力が進歩しないのは、もしかしたら、ここに問題があるかも・・・(大汗)
つまり・・・・目標がないのである。(大笑)
最終目標がないまま、ただ勉強をしているという感じだからダメなのかも・・・・

というわけで・・・
最近は“勉強”をしないことにした。
単語の暗記もしない!(大笑)
とにかく好きな分野の英語の本を読んだり、好きな映画を見て、大筋が分かったら英文の字幕で見るとか・・・
楽しく楽して英語に触れることにしている。
そのうち何度も同じ単語にぶつかれば、覚えるだろうなんて甘いことを考えている。(大笑)
これじゃ、何十年かかるか分かったものではないが・・・
いずれにせよ「英語をマスターする」なんてことは眼中にないんだから仕方がない。(大笑)
「いつまでやるんだ?」と問われたら「飽きるまで」としか答えようがない。(大笑)

そんな程度でいいんじゃないか?
外国語なんて・・・・



今年の読書:37冊目



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読書 | 09:13:10 | Comments(0)
『郷土河原子の人達に語り継いで置きたいお話』
『郷土河原子の人達に語り継いで置きたいお話』

著者:川上栄治
発行:平成7年11月11日
印刷所:日立高速印刷(株)
定価:不明・(自費出版・私家版?)

出版に当たって

1、河原子とゆう地名の由来
        (1)旧河原子町にあった簡易水道
        (2)河原子とゆう地名はいつごろからか(茨城県地名大辞典による)

2、河原子海水浴場の盛衰
        (1)塩ヶ浜として知られていた河原子
        (2)潮湯治が盛んだった時代
        (3)衰微した時代
        (4)現在の河原子海水浴場

3、漁港としての河原子の変遷
        (1)河原子の自然環境
        (2)漁業の最盛期について
        (3)その後の漁業の変遷

4、常磐線の開通と河原子
        (1)常磐線開通までのいきさつ
        (2)常磐線開通の概況(JR東日本水戸支社で調査)

5、河原子と塩釜市の塩釜神社
        (1)河原子の塩釜神社
        (2)塩釜市の塩釜神社について(神社の社務所から取寄せた由緒書きによる)

6、その昔、河原子に来り住んだ武士たち
        (1)川上右馬次郎利信について
            1、佐竹氏の系譜について
            2、秋田移封とその後
        (2)河原子六郎景明について
            ○保元の乱とは?
            ○武士勢力の台頭
        (3)黒沢浪江之允正光について
        (4)黒沢河内範尚について
        (5)白土義之四郎義邦について
        (6)大内瑞之佐雅成について
        (7)宮田弥太郎道房について
        (8)鈴木蔵人(くらんど)康広について
        (9)梅原兵語之佐秀について
        (10)鈴木隼人源武能について
        (11)寺門縫殿三郎信吉について
        (12)高橋内舎人厚年について
        (13)斎藤美作元経について

7、水戸藩の学者青山延寿先生と河原子

8、異国船の来航と河原子の海岸防備
        (1)水戸藩の海防
        (2)異国船の出現
        (3)異国船の乗組員大津浜に上陸
        (4)水戸藩としての対応
        (5)助川海防城の整備
        (6)河原子の海岸防備
        (7)益子民部左衛門兼辟について

9、藤田東湖先生の来遊とその詩碑
        (1)藤田東湖について
        (2)東湖の河原子来遊と詩碑
            (1)東湖が2回目に来遊した頃の国情
            (2)東湖の詩碑建設について
        (3)詩碑建設事業に対して感あり
        (4)安政の大地震と東湖の死
        (5)東湖が立寄ったという宮田晩翠(篤親)氏について(日立市史による)

10、坂下門外の変の志士黒沢五郎さん
        (1)坂下門外の変とは?
        (2)黒沢五郎さんの墓碑

11、要害城と姫の井(要害クラブ印刷の「要害」による)
        (1)孫沢権太夫頼茂と孫沢館
        (2)孫沢原の合戦と孫沢館
        (3)要害城の構築
        (4)要害城の概要と現在
        (5)姫の井について
          ○相馬碑について

12、天満神社と菅原道真公

13、東福寺の復興と住職
        1、東福寺について(日立市史による)
        2、昔の東福寺
        3、前の前のお寺
        4、前のお寺
        5、現在のお寺
        6、東福寺の復興に尽力した歴代の住職のまとめをして見ると

14、輪王寺の宮と友部勘太郎翁
        1、宮様を助け奉れる舟夫事実譚(この資料は河原子自治会長佐藤進さんから)
        2、平潟港について(茨城県北いばらき市)
        輪王寺宮が休息された鈴木主水の家

15、河原子出身の優れた人々
        (1)河原子出身の教育者第一号、朝日哲太郎さん
            ○教員養成学校の変遷
            ○朝日哲太郎さんについて
        (2)実業家、小泉哲一郎さん
            ○小泉哲一郎さんの顕彰碑について
        (3)河原子町長もした鈴木茂さん
        (4)医学博士大和田信道さん
            (1)スポーツマンでもあった博士
            (2)テニスの同好の士
            (3)博士の現状
        (5)書道の大家、川上清亭さん
            (1)少年時代の清亭さん
            (2)上京されてからの清亭さん
            (3)書道塾を経営
            (4)東京空襲と清亭さん一家
            (5)河原子に引揚げてからの清亭さん
            (6)不運続きの清亭さん一家
        (6)講道館柔道8段後藤二郎さん
            (A)少年時代の後藤さん
            (B)函館署勤務時代の後藤さん
            (C)満洲時代の後藤さん
            (D)シベリアから日本に引上げてからの後藤さん
            (E)青少年の柔道指導に精進すること実に50年
        (7)理学博士鈴木康司さん
        (8)東福寺を更に立派にした隆栄和尚
            (1)隆栄和尚の功績
            (2)宗教家としての本道を歩む隆栄和尚

16、河原子八景について
        (1)河原子八景について
        (2)河原子八景を詠んだ民謡

17、河原子の海に関する想い出
        (1)あほうどりの飛来
        (2)岸辺近くにも魚が沢山泳いでいた
        (3)鮹(たこ)と鮹壺
        (4)無数にいたウニ
        (5)海亀の死
        (6)地曳網漁と松並木
        (7)河原子海岸のハマナスと僕の病気
        (8)夏の海と夜光蟲
        (9)シラウオの大群来襲
        (10)鮪漁と網のし
        (11)鰹漁と鰹つりの練習
        (12)磯やけと海藻や貝類
        (13)烏帽子岩の今昔
        (14)ただのように安く買い取られてしまった大魚
        (15)グゾウボウ(魚)を捕まえた時の喜び

あとがき


本書は、たまたま古書店で見つけた郷土史の本・・・・
しかも、非常に狭い地域のことだけを書かれた本であるから、一般受けはしない本だと思う。(笑)

この「河原子(かわらご)」という町は、私が住んでいる町のすぐ近くなので、親近感がある。
著者が「語り継いで置きたい」というんだから、何かしら面白い話でもあるんだろうと買ってみた。
で・・・驚いた・・・・
「移り住んできた武士」の話・・・
これはなかなか貴重な史料・記録である。
著者が地元の人・・・・ならではの話ではなかろうか?
これらの武士の苗字を見て、現在、この近くに在住している知人を思う・・・
もしかして・・・子孫なのかな?(笑)
このイマイチ、パッとしないこの町から、結構、偉い人が出ているのにも驚いた。
坂下門外の変の志士の一人が、この町の出身者であることにも驚いた。
非常に読みやすくわかりやすい記述であるが、後半は著者個人の「思い出話」が多すぎたのが、ちょっと残念。
「むかしは、こうだった」も貴重な記録ではあろうが・・・なかなか気持ちが入っていけない・・・・
それより、「河原子海水浴場」が昔は、なかなかの著名な海水浴場で有名人もよく来ていた話とかがあるはずなのだが・・・
もう少し、広範囲に話を聞き集めて書いてくれたらなぁ~という思いが少し残った。
しかし、著書の「語り継いで置きたい」の気持ちが十分に伝わる内容で、いい本である。
昔から代々現地に住んでいる友人に、この本を読ませてあげようと思う。(笑)


今年の読書:36冊目



読書 | 12:08:47 | Comments(0)
『元帥の自決』


   菅原道之

第1章 素顔の杉山 元
       母校豊津中学時代
       日露戦争に従軍
       陸軍航空隊の創設
       相沢中佐事件と2・26事件
       陸軍三長官
       元帥府に列する

第2章 日米交渉と開戦責任
       第二次近衛内閣と仏印進駐
       日・独・伊三国同盟
       日ソ中立条約と関特演
       日米諒解案
       第三次近衛内閣
       在米日本資産の凍結
       御前会議と両総長
       近衛の開戦責任
       連絡会議に於ける開戦決定
       陸海軍合同軍事参議官会議
       ハル・ノートをめぐるナゾ
       開戦決定を覆せなかった重臣会議
       限定戦を証明する「戦争終結案」

第3章 兵站無視の自滅戦
       奇襲作戦の立案と策定
       真珠湾奇襲は失敗だった
       南方作戦と杉山参謀総長
       戦場拡大と我が潜水艦隊
       バターン死の行進
       惨敗したミッドウェー海戦
       ガダルカナルの戦闘
       南太平洋海戦の虚実
       起死回生ならず失敗した「い号作戦」
       ガダルカナルからの撤退
       ニューギニア死闘戦
       捷号一号作戦

第4章 打ちつづく玉砕戦
       インパール作戦の失敗
       アッツ島の玉砕
       大義を語る
       ビアク島の玉砕
       サイパン島の玉砕
       硫黄島の玉砕
       沖縄の血戦

第5章 元帥の自決
       繆斌和平工作
       陸海軍の統合問題と杉山陸相
       小磯内閣の退陣
       竹ヤリに託した本土決戦
       ポツダム宣言の受諾
       ならぬことはならぬ
       阿南陸相の自決
       田中軍司令官の自決
       アイケルバーガー中将との会見
       ワインで元記者を歓待
       郷土史談に終始した最後の晩餐
       失敗を許されぬ自決
       元帥につづいた啓子夫人

参考文献

あとがき


本書で取り上げられている「杉山元帥」とは、陸軍大将・元帥の「杉山 元」のことである。
「元帥(げんすい)」とは、称号で階級ではない・・・・
階級は、あくまでも陸軍最高位の陸軍大将ということになる。
その陸軍大将の中で、特に選ばれた人が「元帥」という称号をもらっている。
太平洋戦争では陸軍では3名しかいない。
その一人、杉山元帥は、陸軍大臣や陸軍参謀総長などを歴任した人。
陸軍の「重鎮」であるが、明らかに開戦の責任者でもある。

人物評とは難しいもので・・・
人によって、その評価が違う事が多い。
東條英機などは「嫌われ者」でボロクソに言われることが多いが、同じように開戦に責任のあった杉山に対しては、なぜかあまり言及する人がいない。
本書では、この杉山元を取り上げているが、必要以上に「貶す」わけでもなければ「美化」するわけでもない。
淡々と戦局の推移と杉山元の関わりなどに言及し、杉山に責任があるものは、はっきりとそのことを記している。

偉くなれば誰しもが「立場上の責任」というものを持つことになる。
これは仕方がないことなのだが・・・・
お調子者に調子を合わせたり、いかにも悠然と構えているふりをして実は何も考えていないイエスマンだったり・・・となれば、「立場上の責任」以前の問題である。
杉山に対する世間の目では、一部に「ボーッとしている」とか「グズ」とかという「切れない男」という評価があるが・・・
果たして当たっているかどうかは、なにぶん、この人に関して書かれたものが少ないのでわからない。
イメージだけが独り歩きしている可能性もないとは言えない。

杉山は「開戦」に責任を感じていたのか、それとも「敗戦」に責任を感じていたのか・・・
いずれにせよ自分なりの「けじめ」として自決された。
なかなかできることではないと思う。
杉山の自決の報を受け、ただちに夫人も後を追って自刃された。
率先して国防婦人会の先頭に立って活躍し、最後には多くの日本婦人に苦しみを与えてしまう結果を残してしまったことに対する責任から自刃されたようである。
これまた、そうそうできることではないと思う。
本書ではお二人の最後の様子について詳しく記述されている。
死ねばすべてが許されるというわけではないだろうが・・・
詭弁を弄して逃げ回り、生き延びた「指導的立場」の人達は多くいたのである。
その中で、「けじめ」をつけた、お二人は偉いと思う。

日本軍は上層部、指導的立場の人達、指揮官たちが“弛緩”していたから戦争に負けたという話もある。
たしかに、それは一理あると思う。
陸軍大臣の時、陸軍参謀総長の時、杉山が“弛緩”していなかったとは言えないような場面がある。
あの時に、もう少しシッカリしていてくれたらなぁ~と思うこともある。
が・・・人間とは、そういうものかもしれない。
今も昔も変わりはない。
大企業の管理職、役所の管理職・・・同じような“弛緩”している連中が多いのではなかろうか?
昔と違うところは、誰も責任を取って自決(自殺)しないところである。
戦後の日本人・・・かなり“劣化”したなぁという気がしてならない。

杉山元帥夫妻の爪の垢を煎じて飲んでいただきたいものである。


今年の読書:35冊目



読書 | 09:35:36 | Comments(0)
映画『ラストベガス』


私が好きなコメディー映画の一つ・・・・
最近、趣味が変わってしまったのか、歳を取ってしまったのか、こういう感じのコメディー映画が好きになった。
昔はコメディーなんて見なかったのに・・・・
映画は一度見れば十分という私が、この映画を少なくとも3回は見ている・・・(笑)

題名がいい・・・・
「ラスベガス」かと思ったら「ラストベガス」である。
何のことやらと思ったが、「ラスト・ラスベガス」(最後のラスベガス)という意味で名付けたのではなかろうか?
幼馴染の4人が、50年以上も経った“いい年をしたオッサン”になったにもかかわらず、ラスベガスで大いに楽しむという話・・・
さんざんモテ続け、独身を通していたビリーが、娘くらいの年齢の若い娘と結婚を決意するところから、この話が展開する。
このビリー役はマイケル・ダグラス・・・・
あらら・・・私生活もモテモテで、こういう役にはピッタリという俳優さん。
この設定・・・思わず自分と重ね合わせてしまう・・・(大笑)
モテモテだったかは別として・・・(笑)・・・・独身を通し続けた男が極端に若い娘と結婚を決意するって?・・・
マズイ・・・私もやりかねない・・・・(大笑)

ビリーが幼馴染の友人に結婚を決意した連絡をする。
この時の電話のやり取りが笑ってしまう。
歳を取ると・・・突然の電話では、こういう会話になるという見本みたいなものである。
誰かが死んだのか?・・・・死にそうなのか?・・・病気になったのか?・・・大手術でもすることになったのか?
というたぐいの話が一発目・・・・である。(笑)

結婚するなら、ぜひ「バチェラーパーティー」をやろうということになる。
日本では、こいう風習がないから、ちょっとわかりづらいが・・・
「独身最後のパーティー」のことで、アメリカでは独身最後の夜に男仲間たちと一緒にスリップを鑑賞したりして大いにハメを外して遊ぶパーティーらしい。(大笑)
で・・・場所はラスベガスに決定・・・・幼馴染が終結し・・・“いい年をしたオッサン”の「バチェラーパーティー」が始まる。

幼馴染の友人・・・・
息子の過剰な介護に嫌気がさしているアーチ―・・・・モーガン・フリーマンが演じている。
私の好きな俳優の一人だが、彼が息子の目を盗んでラスベガスに行くために家を抜け出すシーンは何度見ても笑ってしまう。
なんとか観客を笑わしてやろうという、わざとらしい演出ではなく、ごく自然の行動なのだが、これが笑ってしまう。
「コメディー」とは、本来こうあるべきだ・・・
“ドタバタ劇”や“悪乗り”“悪ふざけ”“大はしゃぎ”が「コメディー」というわけではなかろう。
もう一人の幼馴染・・・
空港へ奥さんに送ってもらい、ついでにコンドームを手渡されたサムはケヴィン・クラインが演じている。
この俳優さんのことは全く知らないが・・・「ひょうきんなオッサン」を好演している。
愛妻家の彼が、奥さんから浮気を公認されたことを喜ぶシーンなんて笑ってしまう。
幼馴染4人目は・・・・
妻を亡くして落ち込んだまま生きているというパディー・・・・
ロバート・デ・ニーロが演じている。
この人も私の好きな俳優さんの一人である。
若い頃のデニーロは、あまり好きではないが、歳を取ってからの彼の演技は大好きである。(笑)
パディーは、かなりの“偏屈オヤジ”“気難しいオッサン”“ひねくれ者”である。
う~ん・・・・どこか自分とダブっているような気がしてならない・・・(大笑)
妻は同じ幼馴染だが、マイケル・ダグラス演じるビリーと過去の“ある出来事”での確執がある。
ここが、ただの「バカ騒ぎ」のコメディーとは違うところ。
結構、真面目なしんみりとした、シリアスな部分もある。
それぞれの立場・・・わかる、わかる・・・となる。
だから、笑いが引き立つのかも・・・

歳を取っても、こういう関係っていいなぁ~というストーリーである。
「奇想天外」の話というより、私の場合・・・・やりかねない・・・という話である。(大笑)
我が友人たちは、嫁の尻に敷かれ、子供に振り回され、生活費を稼ぐことで四苦八苦である。
とても、「こんなことをしよう!」・・・なんて言っても誰も乗ってこないだろう。(それが普通だが・・・)(大笑)
現実には出来ないことを映画でやってくれるから・・・だから見ていて楽しいのだろうねぇ~
映画とは、こうあるべき・・・・という見本ではなかろうか?

DVD | 12:41:20 | Comments(0)
冷汗をかく夢ばかりを見た!(大汗)
昨晩見た夢・・・・

拙者は会社の事務所にいた・・・・
時刻は午後4時・・・
パートの従業員の“トベさん”(すでに故人)が拙者の席にやってきた。
「お給料は?」と言う・・・・
「給料?え?今日は給料日だっけ?」
「そうですけど・・・」
しまった!
うっかり忘れてた!

ちょっと待ってくれと言って、自宅に戻り、パソコンをいじる・・・(なぜか自宅・・・笑)
しかし、どうしても給料計算のソフトが見つからない・・・(大汗)
しかも、使い方が思い出せない・・・(大汗)
あれ?・・・給料って、どうやって計算したんだっけ?

さらに最悪なことに気が付いた!
拙者の会社は給料は現金支給なのである。
が・・・銀行に行ってお金をおろしていない!(唖然)
しかも、時刻は午後4時・・・・
もう銀行は閉まっている!(大汗)

給料計算のソフトの使い方はわからないわ、支払う現金はないわ・・・最悪である。
時計を見たら、時刻は午後4時50分!
あと10分で、今度は正社員の給料を支給しなくてはならないのである!(大涙)

我が社は昭和28年に創業以来、給料の支払いが遅れたことは一度もない・・・
と・・・拙者が入社した時に古参の従業員から言われたことがある。
「どんなに苦しい時でも給料が一日でも遅れたことはなかった。あんたが経営者になっても、これだけは守ってくれ。これはこの会社の伝統なんだから」と言われた・・・
ついに、ここにきて給料の遅配をすることになるのか!(大汗)
あ~あ~・・・やっちゃったなぁ~・・・どうしよう・・・・
と・・・思った瞬間、目が覚めた!(大笑)

時刻は午前4時30分!(唖然)

なんで、こんな夢を今頃になって見ちゃったんだろ?(苦笑)
あ~疲れる・・・・

こうなると、目が冴えて眠れない・・・
仕方がないので、テレビをつけてCNNのニュースを見る。

と・・・・そのうち再び寝てしまったようである。
なぜか・・・母の菩提寺の住職が現れた。
ペラペラと流暢な英語で話をしている。(唖然)
住職は英語が話せたのか?
そのうち、もう一人の人物が現われ、英語で議論となった・・・
と・・・思ったら、拙者に話を振ってきた!(大汗)
ゲゲッ・・・何の話しやら、さっぱりわからないんですけど・・・(大汗)

え~と・・・・え~と・・・と焦っているうち、目が覚めた!!(大汗)

冷汗の2連発である!(大涙)
テレビからはCNNのトーク番組か何か、英語が流れていた・・・(苦笑)
こいつのせいだな・・・英語の夢は・・・・

もう朝からクタクタである・・・(大涙)

日記 | 07:19:11 | Comments(0)
元通信兵に会いに行く
先日、元通信兵の“ハラさん”からメールをいただいた。
“ハラさん”は95歳・・・・現在、神奈川の老人介護施設に入所されている。
「おしゃべりをしたいので、こっちに来る機会があったら立ち寄ってほしい」とのこと。
う~ん・・・・
神奈川のほうへ行く用事は全くない・・・(苦笑)
かといって、ご年齢を考えると、“いつかそのうち・・・”と言うわけにはいくまい。
スケジュールを調整して、親父の為にヘルパーさんの手配をして、急きょ、会いに行くことにした。

“ハラさん”と初めてお会いしたのは今から6年ほど前のことである。
たぶん、氏が89歳ごろの時だったと思う。
拙者のホームページを見てメールを下さり、その後、愛知県三ヶ根での慰霊祭の時に初めてお会いした。
パソコンを自作するというので驚いたら「通信兵だったんですから、パソコンを組み立てるなんて簡単ですよ」と言われて驚いたことを覚えている。(大笑)
まもなく90歳になるというのに・・・パソコンを自作するとはねぇ~
さすが、昔の人は優秀だなと思ったが・・・
こうなると、“老人”とは何か・・・という気がしないでもない。
本当は“ハラさん”は「青年」ではなかろうか?(笑)
で・・・・パソコンを自作できない拙者のほうが「老人」ではなかろうか?(大笑)
“老人”という定義は、ちょっと考え直す必要があるのではなかろうか?(大笑)

初めて氏にお会いしてから、あっという間に6年も経ってしまった・・・
その間、一度もお会いしていない・・(汗)
こりゃ、いかん・・・会いに行かねば・・・・

上野から京浜東北線で東神奈川駅まで行き、そこで乗り換えて、氏の入居している施設のある駅まで行くのだが・・・
途中の駅名・・・・なぜか聞き覚えのある駅名がいくつも出てくる・・・
おかしい・・・
拙者は、この線には初めて乗るはずなのだが・・・・
なんで聞き覚えのある駅名がこんなにあるんだろ?
昔、乗ったことがあるのか?
どう頭をヒネッても思い出せない・・・・
こうなると、記憶力がいいのか悪いのか、さっぱりわからん・・・(苦笑)

駅からはタクシーで施設に向かう。
入り口で「面会者名簿」にサインして職員の方に案内してもらう。
で・・・6年ぶりに“ハラさん”と再会!(大喜)

談話スペースに移動して、おしゃべりを楽しむ・・・
「あなたは何年生まれ?」と尋ねられ「昭和35年です」と答えたら、即座に「56歳ですか!若いですねぇ~」と言われてビックリ。
なんと計算の早いことか・・・・(唖然)
95歳なのに全然ボケていない・・・
一瞬、「俺は56歳で間違いないか?」と思ったんだから、こっちのほうがボケている・・・(涙)

ご自身の部隊に関する資料等を用意していて、それを拝見しながらの楽しいオシャベリ・・・
おかしな話なのだが、従軍経験者、実戦経験者とのオシャベリは楽しくて仕方がないのである。
拙者は戦争には行っていないのだが・・・・(汗)
戦友気分・・・・(大笑)

最後に、ツーショットで記念写真を撮ってもいいかと言われた。
もちろんOKだが・・・・
スマホをセットして、リモコンで撮影するのである。(唖然)
スマホ・・・使いこなせるんですか!(大汗)
手に持ったリモコンを操作して・・・パチリ!
へぇ?・・・それどうやって設定したんですか?(汗)
機械オンチの拙者には魔法を見ているようである・・・(大笑)
拙者の携帯は“ガラ系”と呼ばれる古いもの・・・
スマホなんて使いこなせないし、だいたい、携帯で写真を撮るのって、どうやればいいのかすら知らないのである。(大笑)
「写真をプリントアウトして渡すから、病室に戻りましょう」とおっしゃる・・・
はぁ・・・?
病室のベッドはパソコンやらプリンターやら、関連機器や資料やプリント用の用紙やらで囲まれている。(笑)
スマホから赤外線か何かでプリンターにデータを送って、あっという間にプリントアウト・・・・(唖然)
初めて見た・・・・赤外線通信・・・(大汗)
完璧に使いこなしている!(驚)
ほんとうに95歳?(苦笑)
56歳の拙者は全く使いこなせないんですけど・・・・やったことないんですけど・・・・やり方、知らないんですけど・・・(大汗)

各種資料をお貸しいただき、プリントアウトした記念写真をもらい帰途につく・・・・
いやぁ~楽しいひと時を過ごすことができた・・・
感謝、感謝である。

次回は、なるべく早めにお借りした資料を返しに再訪問せねば・・・

玄関で、「面会者名簿」にサインして外に出ようとしたら・・・・
見知らぬ“おばあさん”から「先生ですか?」と声をかけられた。(笑)
「え?・・・いや、私はただの面会者ですけど・・・」
「あらぁ~間違えた!立派な体格をされているので、てっきりお医者さんかと思ってしまいましたぁ~」とおっしゃる。
どうも、この方は入所されている方(もしかしたらご主人?)に面会に来られたようである。
付き添いのご家族や周囲の職員も大笑い・・・・「たしかに、そんな雰囲気がありますねぇ~」と笑う。
「そうでしょ?そう見えるでしょ?間違えてもおかしくないわよね?」とおばあちゃん・・・・
なんで、拙者が医者に見えるのかは知らないけど・・・・(大笑)
これまた、見知らぬ方とのオシャベリで面白かった・・・・(大笑)

日記 | 22:02:35 | Comments(0)
『腐敗の時代』


腐敗の効用(ある時代への葬送曲として)
  英語に外来語が多い理由
  英国政界を揺るがした大バブル事件
  議員1人1人に値札をつけた首相
  “正義では平和を保てない”ことを知っていた男
  自由と内政重視が生み出した繁栄
  “外国崇拝”からの脱却を果たした英国
  金権政治、必ずしも腐敗にあらず
  “平和度と政治的満足度は反比例する”という皮肉
  なぜ田沼時代が見直され始めているか
  “クリーン政治”といわれるものの功罪
  軍閥台頭に利用された腐敗糾弾
  許される腐敗、許されない腐敗

タブー用語について(言葉いじりの意味するもの)
  偏見は言語から生み出されているのか
  黒人をブラックと呼べない不自然さ
  “ヒューマン”を差別的表現と見る感覚
  “こだわりがより偏見を強めている”という現実
  ジャパンをニッポンと改めようとする真意
  百害あって一利なしの言語タブー化

手造り文化の時代(百年前のウィリアム・モリス)
  産業革命―二百年後の検証
  富裕階層が社会主義者を輩出したもう一つの理由
  工業製品がクリアできないハードル
  質の低下に拍車をかけたもの
  両立できない“質”と“量”

歴史を見る目(進化論は自然科学に非ず)
  若者に関する先進各国共通の嘆き
  進化論は人を傲慢にした
  “人類は進歩している”という幻想の根拠
  行き詰まりを認めようとしない悲喜劇
  崩れ始めた進化論神話
  白人至上主義で進められてきた自然科学分野
  つながらないサルからヒトへの系譜
  “突然変異”という御都合主義
  歴史は前進ではなく反復しているにすぎない

英語教育考(亡国の「英語教育改革試案」)
  恨みこそ改革の原動力である
  進駐軍の効用
  “受験の必要悪”と言われる英語教育
  漱石に見る優秀な英語教師像
  聖徳太子までさかのぼる日本の外国語学習の原点
  英語教育=英会話というそもそもの誤謬
  幼児期からの英語英才教育への警鐘
  なぜ学校教育に微分・積分があるのか
  語学を単なる暗記物と誤解している日本人
  学力の将来を左右する記憶力
  入試から語学だけははずせない理由
  学校教育と実務教育との明確な線引き

テレビと国柄(テレビに見る民俗パタンの継承)
  シェイクスピアではわからない“イギリスらしさ”
  テレビ局事情からもわかる日英両国の類似性
  国民性が凝縮しえいるテレビ

戦後啓蒙のおわり・三島由紀夫
  右翼復活の端緒が社会党だったという皮肉
  『青い山脈』が実在していた焼け跡の日本
  “新しい”というだけで“善”とされた時代
  切れ始めた啓蒙という妙薬の効果
  ギリシャ的知性に期待をかけた三島
  なじめなかった“戦後の光”
  静かに醸成を始めたオカルティズム
  大塩平八郎、西郷隆盛への重ね合わせ
  行動の指針となった神秘体験

真の戦闘者・徳富蘇峯
  “オポチュニスト蘇峯”の烙印
  歴史の大家としての知られざる側面
  史書を貫く公平無私な眼
  その生い立ちと神童ぶり
  エリートコースを自ら外れた理由
  25歳で確立したオピニオン・リーダーの地位
  国家主義へ転向せざるをえなかった事情
  “責任ある立場”から見た日本
  持論貫徹に払った多大すぎる犠牲
  不遇ともいえる後半生

文庫版のためのあとがき

解説 谷沢永一


今年の読書:34冊目



読書 | 21:28:10 | Comments(0)
『本を読む本』


日本の読者の皆さんへ

第1部 読書の意味

1 読書技術と積極性
       積極的読書
       読書の目的―知識のための読書と理解のための読書
       「読む」ことは「学ぶ」ことである―「教わること」と「発見すること」との違い
       教師のいる場合、いない場合
2 読書のレベル
3 初級読書―読書の第一レベル
       読みかた学習の諸段階
       段階とレベル
       高等教育と読書
4 点検読書―読書の第二レベル
       点検読書1―組織的な拾い読み、または下読
       点検読書2―表面読み
       読書の速度
       目の動き
       「理解すること」
5 意欲的な読者になるには
       積極的読書への4つの質問
       本を自分のものにするには
       書きこみの方法
       読書習慣を身につける
       多くの規則から一つの習慣へ

第2部 分析読書―読書の第三レベル

6 本を分類する
       分類の重要性
       書名から何がわかるか
       理論的な本と実践的な本
       理論的な本の種類
7 本を透視する
       構想とプロット―本の統一
       アウトラインをつかむ
       読む技術と書く技術
       著者の意図を見つける
       分析読書の第一段階
8 著者と折り合いをつける
       著者の使う言葉に注意する
       キー・ワードを見つける
       専門用語と特殊な語彙
       単語の意味をつかむ
9 著者の伝えたいことは何か
       文および命題
       キー・センテンスを見つける
       命題を見つける
       論証を見つける
       著者の解決を検討する
10 本を正しく批評する
       学ぶことの効用
       修辞の役割
       判断保留の重要性
       けんか腰はよくない
       反論を解消する
11 著者に賛成するか、反論するか
       思いこみと判断
       著者の主張は、果たして妥当か
       論証は、果たして完全と言えるか
       分析読書の第三段階
12 読書の補助手段
       「経験」の役割
       他の本から手助けを得る
       注釈書や抜粋参考図書の使いかた
       辞書の使いかた
       百科事典の使いかた

第3部 文学の読みかた

13 小説、戯曲、詩の読みかた
       文学を読むとき、してはならないこと
       文学を読むための一般法則
       小説の読みかた
       戯曲の読みかた
       抒情詩の読みかた

第4部 読書の最終目標

14 シントピカル読書―読書の第四レベル
       シントピカル読書における点検の役目
       シントピカル読書の5つの段階
       客観性はなぜ必要か
       シントピカル読書の実例―進歩の観念について
       シントピコンとその利用法
       シントピカル読書の原理について
       シントピカル読書のまとめ
15 読書と精神の成長
       良書が与えてくれるもの
       本のピラミッド
       生きることと精神の成長

日本人の読書―訳者あとがきにかえて (外山 滋比古)
  若年読書
  短篇読書
  難解信仰
  返り点読み
  変化


本書の第一刷は1940年にアメリカで発行されたそうである。
それからずっと版を重ねているようで、世界各国の言語にも訳されている。
原書名は『How to Read a Book』・・・
直訳すれば『本の読みかた』ということになるが・・・・・
この日本語に翻訳された『本の読みかた』の題名は『本を読む本』・・・・
おもしろいネーミングを付けたものだと思う。
で・・・・確かに、その題名の通りの内容だった。

本書は、「読むに値する良書を、知的かつ積極的に読むための規則を述べたもの」と著書はいう。
ということで、名著と言われるような本を読むときの読みかたを述べている。
くだらない本を読むには向いていない・・・・と言えるかも。
「世界の名著を読み、考えることによって自らを教育し高めていく手引きとして」・・・活用して欲しいと著者はいう。
あ~そういう考え方・・・好きだなぁ~
ごもっとも!・・・・である!
二度三度と精読するに値する名著を読むための手引書・・・・
しかし、この本自体が「名著」だから、これは大変だ・・・・
二度三度と精読せねば・・・・

思ったより読みやすくわかりやすい本だが・・・・
やはり二度三度と精読しないといけないなと思わせる、いい本である。


今年の読書:33冊目



読書 | 14:07:56 | Comments(0)
妹を見送る
今日は羽田空港へ行く・・・・
たまたまなのだが、我が妹と姪っ子がドイツに行くのである。
よくは知らないが・・・・
なんでもドイツの音楽大学で短期の夏期講習を受けるらしい・・・
よく話を聞いていないのが、たぶん、そういう話らしい・・・(大笑)

たまたま土肥原さんのお墓参りのため上京していたので、それじゃ、ついでに見送ってやるか・・・
ということで、羽田空港で待ち合わせ・・・
だいたい、妹の行動パターンはわかっている・・・・
時間ギリギリにバタバタして駆けつけてくるに違いない・・・(大笑)
女って、大体そういうものである。(汗)
だから・・・拙者は結婚なんかしたくないのだ・・・(大笑)

見送る側としては、ギリギリというわけにもいかないから、少し早めに到着して・・・・待つ!(笑)
で・・・早めに着きすぎたので、空港内を散策して時間をつぶす・・・(笑)
と・・・待ち合わせ時間、ギリギリに妹からメールが・・・
「ターミナルは第1?第2?」とのこと・・・
何を言ってるんだ?
国際線のターミナルは1つしかないだろうに・・・・
第1とか第2とかは国内線のターミナルである。
あれ?・・・まさか国内線のターミナルに行ってるんじゃあるまいな?(大汗)
ドイツに行くというのに・・・・(大笑)

まもなく、無事に待ち合わせに成功・・・・
が・・・大きなスーツケースを3つも引きずってやって来た・・・(苦笑)
2人で、スーツケースが3つ?
どうやって運ぶんだ?(苦笑)
昨晩は旅行の準備を徹夜でやって1時間しか寝ていないという・・・(唖然)
やっぱり、ギリギリになってからドタバタやったんだ・・・(苦笑)
これは、我が兄妹の特徴なのかね?

姪っ子に頼まれていた「軟膏」を渡す。
我が町の某薬局で作っている軟膏なのだが、これがなかなかいいもので、よく効くのだそうだ。
それを買ってきてくれと、直前に連絡をもらったので、上京前に急いで購入して持ってきた。(汗)
薬剤師さんからは「え?わざわざこれを羽田空港まで届けるんですか!いやぁ~ご苦労様です。なんて優しい伯父さんなんでしょう!」などと誉められたが・・・(大笑)
もっと早く言ってくれれば、郵送で送ったのに・・・(涙)
たった20gの軟膏である・・・・(涙)
母が母なら、娘も娘だ・・・・(大笑)

「楽譜をコピーしていない」とかなんとか、妹が騒いでる。
なんのことやら、さっぱりである。
どうも楽譜をコピーして娘に渡さねばならないのだが、それをやっていないということらしい。
羽田空港にコピーができる場所なんてあったっけ?(汗)
話によると、向こうへ到着したら、電車に乗って・・・
娘は途中下車してホームステイ先へ・・・
我が妹はそのまま電車に乗って、さらに先の駅まで行ってホテルに宿泊するのだそうだ。
それで、楽譜をコピーして娘に渡さねばならないのだそうだが・・・・
あのね・・・そういうことは、もっと早い段階でやっておくべきことじゃない?(唖然)
コピー?・・・拙者に言われてもねぇ~・・・・しらねぇよ・・・(苦笑)

で・・・我が妹・・・・
独りでホテルに向かうのはいいが、大きなスーツケースを2個持って行くのだそうだ・・・・(唖然)
このデカいのを2つも持って、どうやって移動するの?
「そこが問題なのよぉ~」と妹・・・
考えられない・・・拙者には考えられない・・・
荷物は1つにまとめるのが旅の鉄則ではあるまいか?(大汗)
「そういうことなら、先に言ってくれれば、一緒にドイツに行ってあげたのにぃ~」(大笑)
旅費を出してくれるなら、荷物運びを手伝ってあげたのに・・・(大笑)

ところで・・・「ドイツのどこへ行くの?」
我が妹は拙者が何でも知っていると勝手に思ってしゃべっているが・・・
拙者は今回の旅については、ほとんど何も聞いていないのである!(大笑)
「ミュンヘンって言ってなかったっけ?」
「ミュンヘン?あれ?昨日か一昨日にテロがあった場所?」(苦笑)
ミュンヘンの空港は入国はできるが出国はできないという厳戒態勢・・・・
電車も運行停止中、高速道路も閉鎖されていると聞いている。
「へ?・・・・どうやって空港から目的地までいくの?」
「それが、わからないのよねぇ~どうしよう・・・行くのをやめようかなぁ~」
「はぁ?何をいまさら・・・」(唖然)
「キャンセルしたら、おカネは戻ってくると思う?」
「自己都合で飛行機に乗らないんだから戻ってくるわけないでしょ!」
「やっぱり・・・」(苦笑)

当初の予定では夕方にミュンヘンの空港に到着し、2人で電車に乗って姪っ子だけが途中下車し、その駅にホームステイ先の家族が迎えに来てくれることになっているという。
で・・・翌朝には音楽大学へ行ってレッスンを受けるのだそうだ・・・
はぁ?・・・普通は、現地に慣れるため1日ぐらい早く現地に行くんじゃないの?(唖然)
なんという計画か・・・・
「で・・・ホームステイ先の人のことは知ってるの?」
「ん?・・・知らな~い!初対面!」と姪っ子・・・・
なんと、アッケラカンな・・・・(汗)
よく泊まれるよなぁ~(苦笑)
ところで、空港から電車に乗れないとなると・・・どうなるんだろう?(苦笑)
「とにかく、親切な人の車に乗るとか相乗りっていうのはやめろよ、映画の『96時間』みたいなことになったら大変だからな!」
「あ~あの映画ね!」
「誘拐されても、おじちゃんはリーアム・ニーソンみたいに助けには行けないからな!」(笑)
「だよねぇ~」(笑)
「おじちゃん、ドイツ語、話せないし・・・行ったら迷子になっちゃうと思うし・・・」(笑)
「だよねぇ~」(大笑)
「申し訳ないけど、見捨てるから・・・」(大笑)
「なに・・・それ・・・」(汗)

テロの直後に現地に行くというのは、いかがなものかという気もするが・・・
なぜか、全然、心配にならないのである。
これは拙者の勘・・・・結構、この勘は当たるのである。(笑)
なんとかなるんじゃないかと思うのである・・・(大笑)
しかも、空港も市内も厳戒態勢だろう・・・
かなりの数の警官や軍隊が出ているはずである。
となると・・・逆に安全かも・・・
スリや置き引きなどの軽犯罪に遭う可能性は低くなるのではなかろうか?
そういった点では、グッドタイミングのような気がする。
我々兄妹は、昔から幸運に恵まれている。
とにかく運がいい・・・運が強いともいえるかも・・・
だからといって、あまり運の強さを過信するのはよくないのだが・・・・(大笑)
たぶん・・・大丈夫だろう・・・(笑)

チェックインを済ませ・・・搭乗まで1時間ほどある・・・
「1時間ぐらい余裕があるから、お茶でも飲んでおしゃべりしようか」と妹・・・
唖然である・・・
「まだ1時間もある」じゃなくて「あと1時間しかない」のである。(苦笑)
「何事も早め早めに行動しろよ。お茶なんかどうでもいいから、早めに搭乗口に行っておけ」
どうして余裕があるなんてノンビリ構えるかなぁ~(苦笑)
だから、直前になってバタバタするんだよな・・・
女って、どうして、こうなのだろうか?
(と・・・言うものの、拙者もあまり人のことを、とやかくは言えないが・・・)(笑)

追い立てるように「出国手続き」へ向かわせる。(大笑)
バイバ~イ!(大笑)

さぁ、約1ヶ月弱の滞在らしいが・・・・どうなりますか・・・・
土産話が楽しみである。

日記 | 23:07:15 | Comments(0)
墓参りのため上京
今日はお墓参りのため上京する。
毎年12月には、A級戦犯で処刑された土肥原閣下のお墓参りに行っているのだが、今回は、その二男のお嫁さんだった千嘉子さんのお墓参り・・・・

千嘉子さんに初めてお会いしたのは・・・
平成3年に拙者の祖父が亡くなった後だから、平成4年か5年のことだと思う。

たまたま12月・・・出張で上京して地下鉄銀座線に乗っている時、突然、土肥原閣下のことを思い出した。
「そうだ・・祖父が亡くなったことを墓前に報告しよう」と思ったのである。(笑)
祖父は、昭和11年、当時、留守第1師団の留守司令官(なぜなのかは知らないが、第1師団だけは「留守司令官」と呼び、第2師団以下の留守師団の場合は「留守師団長」と呼ぶ)の副官だった。
で・・・土肥原さん(当時は中将)が第14師団(宇都宮で編成)の師団長に転出し、中国大陸へ行くときに、副官である祖父に「土肥原家の墓」を建てる手配をするようにと命令されたという。
で・・・・拙者が大学生の時に、その話を聞いて、土肥原家の墓をお参りした。
その後、全くご無沙汰していたのだが、突然、なぜか、ふと頭に浮かんだのである。

久しぶりの、2回目のお墓参りの時に、会社の名刺を「名刺受」に入れておいた。
名刺の裏に、祖父が閣下の副官だったことを書いて・・・・
で・・・帰宅した翌日、会社に千嘉子さんからお電話をいただいた。
なんと、たまたま閣下の命日の前日に拙者は偶然にもお墓参りをしたのである。
まったく御命日のこと(処刑された日)に気づかず、たまたま・・・・だったのであるが・・・
「命日に墓参りをしたら、名刺があったので・・・・」とお電話を下さったのである。
あの時の驚きは今でも忘れられない・・・・

その後、まもなくして、拙者は戦時中のアルバムや祖父が閣下からいただいた手紙などを従兄から借りて、千嘉子さんに会いに行った。
それから20年以上も年賀状のやり取りを続けていたが・・・・
再び会いに行くことをしなかった・・・
またまた、大失敗である!(泣)
どうして、こうなんだろうねぇ~・・・・拙者は・・・・

もう10年以上も前のことになると思うが・・・・
お電話をいただいた・・・
「入院中、あなたの声が聞きたくて・・・・昨日退院したので早速お電話をしたんです」とおっしゃっていた。
「私の声で良ければ、いつでもどうぞ!」(笑)と答えたのだが・・・・
これがお電話で話をした最後となった・・・・
今思えば、あの電話は、会いに来て欲しいということだったのではないかという気がしてならない・・・・
なんで気が付かなかったんだろう・・・・
大間抜けである。

お亡くなりになってから、お墓に会いに行っても意味がないのだが・・・
今日は、千嘉子さんの御命日の2日前である・・・お墓参りをしないと気が済まない・・・
申し訳なし・・・・本当に申し訳なし・・・・

日記 | 13:55:14 | Comments(0)
“ヤスダさん”からお電話・・・(大汗)
携帯に、別府にお住いの“戦友”である“ヤスダさん”からお電話・・・・
戦時中、師団司令部の電話交換手をしていた93歳のおばあちゃんである・・・・

「その後、どうしたのかしらと思って・・・」とおっしゃる。
しまった!やっちまった!(大汗)
この間、別府に行ってお会いしてきたが、迂闊にも、無事に帰宅したという連絡をするのを忘れていた!(大汗)

「参議院選挙でお忙しくて、忘れていたんでしょ?」とおっしゃる・・・
「いやぁ~・・・・本当にすみません!うっかりしてました!」
「今度は東京都知事選でお忙しいのでしょうが、どうしてるかなって思って・・・・」
「へ?・・・私はべつに都知事選に立候補するつもりはありませんが・・・」(汗)
「参院選や都知事選でお忙しいと思って様子を見ていたんですけどね・・・」
なんで、拙者が選挙なんかで忙しいと思っているんだろう?
あれ?・・・・もしかして、これは・・・・嫌味?(苦笑)

もう、言い訳のしようもない・・・・
完璧に拙者のミスである。
平身低頭あやまるしかない・・・・(苦笑)
お会いした後、「無事に帰宅しましたよ」とご連絡するのが礼儀である。
なんというドジを踏んでしまったのか・・・・(大涙)

「あの・・・私は、都知事選に立候補するわけじゃないんで、忙しくはないんですけど・・・」
「あたりまえです!立候補するなんていう、みっともないことはしないでください!」(大笑)
ピシャリと言われてしまった・・・・(大笑)
93歳なれど…頭脳明晰、お元気である。
この調子だと、まだまだ大丈夫ではなかろうか?(苦笑)

93歳にご心配をおかけしてしまい、本当に申し訳なし。
“穴があったら入りたい”とは、まさしくこのことぞ・・・・(涙)

日記 | 13:16:47 | Comments(0)
「大古書市」に行く
今日は水戸藩士の“シミズくん”と「大古書市」に出かける。
年に1~2回の我々の恒例の“行事”である。

で・・・またもや“病気”が再発!(大笑)
ゴソッと古書を買っちゃった!(大笑)
前回、前々回に買った古書をまだ読み終えることもなく、部屋の中に積んであるというのに・・・・(涙)
さらに買っちゃった・・・・(苦笑)

読み切れないというのは、わかっているのだが・・・・
どうしても“手元に置きたい”って思っちゃうんだよねぇ~
ここで出会ったのも“何かの縁”って思っちゃうんだよねぇ~
どうしようもない病気である。(大笑)
これは治しようもない・・・・

これで速読ができれば、かなり読破できるのだろうが・・・・
チビチビと読むものだから、分厚い本は、なかなか読み終えることができない。
しかも、よりによって欲しくなる本は、かなり分厚い本だったりするのである。(大笑)
悪循環である。
たぶん、生きている間に我が部屋に積み重ねられている本をすべて読むのは無理かもしれない・・・(大汗)
「わかっちゃいるけど、やめられない」・・・・・
最後の手段は・・・刑務所か?
何かしらの犯罪を犯して、刑務所に入れば一日中やることがないだろうから・・・(大笑)
かなり読書ができるかも・・・・
う~ん・・・・刑務所に入るか?・・・・読書のために・・・(大笑)

日記 | 13:38:30 | Comments(0)
伯父とお別れ
昨日上京して伯父の通夜式に参列し一泊した。
これまた不思議な事なのだが・・・・
昨日は、我が妹のライブコンサートがあるので、当初から上京の予定を組んでいたのである。
夜の開演なので、ホテルも早々と取って、留守番の親父の為にヘルパーの手配も済んでいる。
なんというグッド・タイミング!
当初の予定を変更して、妹のライブを聴きに行くのをやめて、通夜式に出るだけである。
なんの苦労もなく、予定通りの上京と通夜式への参列・・・・
そうでなけりゃ、ギリギリでホテルの手配やらヘルパーの手配で、てんてこ舞いだったろう。
伯父は、まるで、拙者が上京する日をわかっていたような・・・・
そんな気がするほどだった。

親戚は、遠方ということで通夜式には参列しなかったので、かなり寂しい通夜式となったが・・・
「悪いねぇ~遠くからわざわざ来てもらって」と苦笑いする伯父の顔が浮かぶ・・・・

通夜式のあと、ホテルに戻り一泊・・・・
今日は告別式。
親戚はマイクロバスに乗り合わせて早朝に茨城を発ち参列する。
拙者は電車・・・(笑)
駅で礼服を着た女性とバッタリ・・・
東京に住んでいる従姉である・・・・
礼服じゃなくて、私服をを着ていたら、すれ違っても気が付かなかっただろう。(苦笑)
拙者の記憶にあるのは、20歳そこそこのピチピチギャルの頃の姿である・・・
それが60歳のオバサンになっているのだから気が付くはずがない・・・(大笑)

火葬場へ行く前に最後のお別れ・・・
伯父の死に顔を見て驚いた。
祖父にそっくりなのである。
生前、伯父が祖父に似ているなんて全然思ったことはなかったのだが・・・・
生きている時と死んだ時とでは人間の顔って変わるのだろうか?

もう、伯父の照れ笑いや苦笑いを見ることができない・・・
伯父は豪快に笑うタイプの人ではなかった。
照れ笑いか苦笑いである・・・
あ~もう、その笑顔が見られないのか・・・・(涙)

また会いたいな・・・と思う人は、この世よりあの世のほうに多くいるようになった・・・・(苦笑)
歳を取るというのは、こういうことなのだろうか?

日記 | 11:24:51 | Comments(0)
『書きたいのに書けない人のための文章教室』


はじめに ― 何のために書くのか?

第1章 なぜ書けないのか?
― 思い込みを捨てよう

1 文章はだれでも、何歳からでも書ける
2 残念な大人たち
3 肩書を脱げない人 ― プライドが邪魔をする
4 いつも言い分けする人 ― 競争心はいらない
5 活字まみれの時代の「自分づくり」
6 「My名文」を書き写そう
7 「気になる言葉」を集めよう
8 「400字」でまとめよう

第2章 何を書くか?
― 「自分にしか書けないこと」を書く

1 何を書けばいいのか分からない
2 作文の呪縛 ― 「立派な意見」は必要ない
3 紋切り型の誘惑 ― 自分の素顔を見つける
4 虫の居どころ ― 心の声に耳を澄まそう
5 ささやかな「忘れそうもないこと」を書く
6 きれいごと抜きの自分観察日記
7 「何事も起きなかった日」をどう書くか
8 あなたの「徒然草」 ― 自分自身を発掘する

第3章 どのように書くか? Ⅰ
― 「だれが読んでも分かる」ように書く

1 「ありきたり」と「独りよがり」
2 出来事ではなく「体験」を描く
3 描写力 ― 五感を取り戻そう
4 記憶の泉 ― 「一番古い記憶」「忘れられない人物」を書く
5 観察力を磨く ― コップから広がる世界
6 想像力の源 ― ベランダに宇宙人?

推敲しよう ― 初級編
  ①「文体」を統一する
  ②「人称」を選ぶ
  ③誤記に注意する
  ④「句読点」のつけ方
  ⑤主語と述語、開始と末尾を呼応させる
  ⑥「ので」「から」「ため」などを濫用しない
  ⑦「そして」「そん」「それ」などを濫用しない
  ⑧文末に変化をつける

第4章 いつ、どこで書くか?
― メモ帳をもって街に出よう

1 文章がまとまらない
2 「作品」になったメモ ― 宮澤賢治「雨ニモ負ケズ」手帳
3 増殖するアイデア ― 吉行淳之介『暗室』創作メモ
4 メモは放射状に書く
5 街角でスケッチしよう
6 旅先でスケッチしよう
7 心に「書斎の時間」をもとう

第5章 どのように書くか? Ⅱ
― 「心をつかむ」文章の秘訣

1 文章に「装い」をこらす
       村山春樹の「比喩」 ― 個性的なアクセサリー
       川上弘美の「書き出し」と「結び」 ― 組合せの妙
       山口瞳の「タイトル」 ― いかに興味を惹くか
2 発想力を鍛える
       逆転の発想 ― 柔軟なユーモア
       妄想を育てる ― 超現実のエネルギー
3 自分の「文体」をつくる
       短い文体 ― ドラマチックな効果
       おしゃべりな文体 ― 話し言葉のリアリティ
       精密な文体 ― 発見の驚き
       無口な文体 ― 余白を生かす

推敲しよう ― 上級編
  ①一文を短く区切る
  ②「紋切り型」の表現を避ける
  ③効果的に「比喩」を使う
  ④「書き出し」の文章を工夫する
  ⑤「結び」の文章を工夫する
  ⑥「タイトル」のつけ方

第6章 だれのために書くのか?
― 大切な人へのメッセージ

1 毎年の遺書 ― 死と向きあう
2 文章という個人遺産
3 30年後のラブレター ― 「母の恋文」
4 大切な人に手紙を書いてみる
5 自分の「元素」を書きのこす

あとがき


“書きたいのに書けない人”とは・・・・まさしく私のことだが・・・(大笑)
本書に書かれていることは、非常に“まともな話”“常識的な話”なのだが・・・・
私が書けない理由は・・・・
原稿用紙!
1ページに何文字、何行で書けばいいのかと悩み続けて、もう数年経つのである。(大笑)
あとで、全部書き直すことになると面倒だから・・・・と思うと・・・・書けない!
で・・・それに関する答えは、本書にはない・・・・(苦笑)

文字にして、本にするということは、印刷されたら、もう直しようがないということである。
これが、また筆が進まぬ理由でもある。
全て書き上げて、印刷し終わって、本になった途端・・・・
間違った記述、手直ししたい部分が出て来たらどうしようと思うと、手も足も出なくなるのである。(大笑)
で・・・これに対する答えも、本書には出てこない・・・(苦笑)

なにせ、メンタルな部分が障害になって書けないのである。
こうなると、どうしようもないのではなかろうか?
書きたいのに・・・・う~ん・・・・と唸るばかりである。

本書では「推敲」について、書かれている。
この「推敲」は非常に大事・・・
各種会報などにコラム記事等を書いたりするが、当然のことながら推敲を何度も繰り返している。
基本的には原稿を書き上げてから数日放置して、改めて読み直して手を入れたりする。
が・・・これは「コラム記事」程度の原稿用紙数枚の原稿である。
本を書こうと思ったら、こんな枚数で済むはずがない。
それを考えると・・・またもや・・・う~ん・・・・と唸るしかない。(苦笑)

短い「駄文」なら、なんとか書けるのだが・・・・
それ以上のものとなると・・・う~ん・・・・

もう、どうしようもない・・・
私のような「石橋を叩いても渡らない」という人間の場合は、どうしたらいいのだろう?
残念ながら、本書から答えを見出すことはできなかった・・・・(大汗)

でも、一般論としては面白い本だった・・・・


今年の読書:32冊目



読書 | 23:26:38 | Comments(0)
伯父が亡くなった・・・(涙)
今日、訃報が入った・・・・
東京に住んでいる伯父(父の兄)が夜中に亡くなったという!
大ショックである・・・

伯父には、幼い頃から可愛がってもらった・・・
拙者が読書好きになったのは、伯父のおかげでもある。
毎年、正月やお盆の時には親戚一同が祖父母の家に集まる。
伯父は毎回、東京から拙者の為にお土産を持ってきてくれた。
ディズニーの絵本!
毎回2冊づつである。
第1巻から十数巻まであったと思うが、毎回、ダブることもなく抜けることもなく、きっちりと続編を買ってきてくれるのだ。
記憶にある包み紙からすると、デパートの松坂屋の包み紙だったと思うが・・・
それで、拙者は、幼い頃から伯父はデパートの本屋さんに勤めていると思っていた。
が・・・・ずいぶん大きくなってから、会計事務所に勤めていることを知って驚いたことを覚えている。(大笑)
最終回・・・・楽しみにしていたが、なんと、最後の1冊が手に入らなかったという!(唖然)
そのかわりに、おもちゃを買ってきてくれた。
伯父が「おもちゃ」を買ってきてくれたのは、この時が初めてである。
これはこれで、嬉しかった・・・・
今でも、この「おもちゃ」をよく覚えている。
スキューバ―ダイバーの人形の玩具で、酸素ボンベのところに赤と青の錠剤を1個づつ入れる。
それを水を張った盥に浮かべると、そのうちダイバーが水に沈むが、まもなく自然と浮き上がってくるという「おもちゃ」だった。
本のほうは、その後どうなったのか覚えていない。
のちに最後の1冊を入手して持ってきてくれたのか、それともそのまま全巻揃わないままで終わってしまったのか・・・
申し訳ないことに全く記憶にない。
今思えば、何年にもわたって2冊づつ購入していたのだろうから、数年後には最終の巻は本屋から消えてしまっていたのだろう。

自分が大人になって“伯父”となり、甥っ子や姪っ子に、東京の伯父の真似をして本を買ってやったが・・・
さて・・・前回は何の本を買ったのか忘れてしまい、何年にもわたって、キッチリと買い続けてくれた伯父の偉大さを改めて感じた。
そんな思い出話を伝えることもできぬまま、伯父は旅立ってしまった・・・・(涙)
改めてお礼を言う機会を永遠に失ってしまった・・・・

伯父は90歳だった・・・
うっかりしてた・・・・伯父は全然歳を取らないものだと思い込んでいた・・・・
大失敗である。

昨晩は、法人会の会報のための原稿を書いていた。
テーマは「ホタル」・・・・
ホタルと言えば、伯父と一緒に「ホタル狩り」をした時の思い出が甦った。
草むらに2つのホタルが並んで光っていたことがある。
「ホタル2匹、見っけ!」と喜んだら、伯父が「ちょっと待て!手を出すな!」と叫んだ。
伯父がやってきて・・・草むらを覗き込み・・・
「ホタルじゃない!蛇の目玉だ!」と叫んだので、びっくりしてその場から逃げたことを覚えている。
「草の中で2つの光が並んでいたら、蛇の目が光っていると思え。絶対、手なんか出すんじゃないぞ!」と教えられた。
蛇の目が光るというのを、この時に初めて知った。
「ホタルは、飛んでいる奴を団扇で叩いて落としてから採れ」と言われた・・・・
この教訓は、その後、甥っ子や姪っ子を「ホタル狩り」に連れて行ったときに教えてやった・・・・
伯父からの受け売りである。
そうそう、こういう話も入れようかと原稿を書き上げて・・・読み直して・・・・
やっぱり個人的体験談を入れるのは良くないだろうと思い直して、全文削除・・・
改めて書き直して、完成したのが午前1時過ぎ・・・
どうも、その時間に、伯父は息を引き取ったらしい・・・・(驚)
なんという偶然か・・・・
亡くなった時間を聞いて驚いた・・・・
こういうのを「虫の知らせ」というのだろうか・・・・
まさか、伯父との思い出話を削除した時に息を引き取ったとは…・(汗)
なんか、とんでもなく悪いことをしてしまったような気がして落ち着かない・・・(涙)

大学時代・・・
よく伯父の家に遊びに行って、夕食を御馳走になったが・・・・
社会人になってからは一度も会いに行かなかった。
うっかりしていた・・・・(大汗)
30年以上も疎遠になってしまったのである。
あ~あ~・・・・やっちゃった・・・・
幼い頃から可愛がってもらっていたのに、大人になったら30年もご無沙汰である・・・・(大汗)
いずれ、この仕返しは、甥っ子や姪っ子から受ける時が来るのだろうなぁ~
そうなったら・・・それは“因果応報”ということか?(苦笑)

伯父に最後に会ったのは、5年前の伯父(父の一番上の兄)の葬儀の時である。
あれ?・・・・あれからもう5年も経つのか?
長男が亡くなって5年となると・・・二男の“東京の伯父”が亡くなってもおかしくないのか?
伯父さんは不死身のような気がしていたんだけど・・・・
となると・・・三男の親父もまもなくか?(苦笑)

いずれ、拙者も、この世を去る時が来る・・・・
その時に、甥っ子や姪っ子は、拙者とのどんな思い出を思い出してくれるのだろう?
それだけの思い出を作ってやれただろうか?
彼らに、いい影響を与えてやれただろうか?
それを聞きたくても、その時には既に拙者は棺桶の中である・・・聞けない・・・(苦笑)
“伯父”とは、そういうものか・・・・
東京の伯父には寂しい思いをさせてしまったのではあるまいか?
拙者があの世に行ったら、伯父に改めて詫びよう・・・・

日記 | 16:34:41 | Comments(0)
映画『007 スペクター』


007の映画は、昔から好きだった。
初めて映画館で観たのは、確か中学生の時だったと思う。
見たのは『007 死ぬのは奴らだ』・・・・
しかし、これは途中から映画館に入ったので、後半部分しか見ていない・・・(笑)
確か、次に見たのは『007 黄金銃を持つ男』・・・・
きちんと最初から最後まで見た最初の作品ということもあり、私の結構お気に入りの作品である。
この時のジェームズ・ボンド役は3代目のロジャー・ムーア・・・
私が一番好きなジェームズ・ボンド役の俳優である。

で・・・・現在のジェームズ・ボンド役は6代目のダニエル・クレイグ・・・
彼の代になってからジェームズ・ボンドは、かなり変わったような気がする。
ロジャー・ムーアの頃は、かなり殴り合いをしても汗だくになったり鼻血を出したりはしなかった。(笑)
ジェームズ・ボンドは常に格好いいのである・・・が・・・・
ダニエル・クレイグになってからは、かなりリアルになり、汗はかくわ、鼻血は出すわ・・・である。

今回、最新作の『007 スペクター』は、ストーリーも益々ミステリアス・・・・
まるでサスペンス映画のようになってしまっている。
それはそれで楽しいと思う人もいるかもしれないが、昔を懐かしむ私としては、どうも好きになれない。
ただただ、面白い、楽しいと、気楽に見ることができなくなってしまった。
単純な娯楽映画から、理屈っぽいサスペンス映画になってしまったような気がする。
決して出来が悪い映画というわけではないが・・・・
映像としては、かなり出来がいい映画だとは思うが・・・
何度も見直さないと、“話”が分からないというのでは・・・ちょっと辛い・・・・

DVD | 12:33:25 | Comments(0)
『スーチー女史は善人か』


はじめに ―嘘を重ねる―

第1章 本物の悪党は誰だ
       犯罪は下僕の装いで
       たかが武器商人のくせに
       成田の有意義な使い道
       たかり役人は頭を垂れて
       馬鹿な判決は聞きたくない
       キョーサントーがよく似合う
       アウンサン・スーチーは善人か
       本物は一目でわかる
       朝日系学者は使い捨て
       居候のクーデター

第2章 朝日の記事は奥が深い
       リー首相の玉なし
       人のふり見て我がふり見ず
       民族性はわかりやすい
       「天声人語」は不適切につき
       反米なら事実も曲げる
       非道な支那の去りどき
       小日本論の愚
       残忍な米国ならいざ知らず
       公益法人を名乗る犯罪者
       朝日の記事は奥が深い

第3章 いつの時代も役人どもは
       真犯人オランダの自供
       傲慢役人に祟る大鳥居
       アフガンを持ち上げた罪
       カンボジアが支那を嫌う理由
       領事館は冷酷無知
       変節漢への死に化粧
       将門分祀から学ぶこと
       東京特派員はいなかった
       「殴られる女」症候群
       検証されない嘘

第4章 支那に見のほどを教える
       朝日の浅知恵
       「七歳の捕虜」が語る真実
       不潔な国は恥も知らず
       害毒国家は毒で制す
       支那人なみにはなりたくない
       隠せばつけ込まれる
       ペルー再建の立役者なのに
       宮崎勤評論家は社会悪
       「胡散臭さ」は正しかった
       女性蔑視では支那どまり

第5章 国を貶める哀れな人
       ”一流紙”は変質者の味方
       タイへの恩は忘れない
       朝日記者の指詰め伝説
       日系は妬む
       いい役人なんていたか
       騒ぎ立てる奴が悪い
       「ユダの花」の謂れ
       NOの武鉉なら洒落ている
       包茎が世界を揺るがす

解説 西尾幹二


今年の読書:31冊目



読書 | 02:25:20 | Comments(0)
『幾山河』


はじめに

第1章 幼少期から陸大卒業まで
【明治44年~昭和15年】

我が故郷~幼年学校卒業
     我が故郷
     瀬島家
     親鸞の「他力本願」
     両親、兄弟
     少年時代
     特別大演習と軍人志望
     陸軍幼年学校
陸士入学~陸士卒業~歩兵第35連隊勤務
     陸軍士官学校予科入学
     夏休みと母
     隊付勤務(士官候補生)
     陸軍士官学校本科
     富山歩兵第35連隊と任官
     初年兵教育
     連隊旗手
     富山連隊史の編纂
     連隊と郷土との関わり
     将校団の歴史と概要
結婚~満洲出動~陸大受験
     私の青春
     母の重態と私の結婚
     原隊の出征
     2・26事件
     陸軍大学校受験
陸大入校~卒業~師団・軍参謀
     陸軍大学校
     初めての参謀勤務(師団参謀と軍参謀)
参謀論
     軍の教育系統について
     参謀とは何か

第2章 大本営時代
【昭和15年~20年】 

大本営陸軍部作戦課
     大本営陸軍部作戦課へ着任
     大本営の編制組織、作戦部(課)の任務、陣容
     昭和14年末の内外情勢と部(課)内の空気
     国防方針、国防所要兵力、用兵綱領、年度作戦計画、同細項について
     対ソ国防
     作戦課業務(上奏)
国防方針の決定
     世界情勢の推移に伴う時局処理要綱
     南方作戦の研究
     北部仏印進駐
     日独伊三国同盟の締結
     昭和15年末の情勢と国運の選択
     独ソ開戦と関特演
     南部仏印進駐と対日資産凍結
開戦決定と作戦遂行
     16年8月ごろの情勢と「帝国国策遂行要領」の決定
     9月以降の情勢と陸海軍の作戦準備
     陸海軍の全般作戦計画
     戦争(作戦)見通しの問題
     米国政府の覚書、東条内閣出現、国策再検討
     御前会議による「帝国国策遂行要領」の決定と作戦準備の推進
     ハル・ノート、御前会議と開戦の決定
     開戦前夜
     12月8日と南方要域攻略作戦の遂行
     南方要域攻略(第一段作戦)後の作戦の検討とその実態
     ガダルカナル作戦
戦争終結へ
     昭和18年の作戦と絶対国防圏戦略
     昭和19年前半の情勢
     昭和19年後半の情勢
     昭和19年秋より20年初夏
大東亜戦争全般の一考察
     開戦までの経緯
     大東亜戦争の性格
     戦争計画なき戦争
     戦争回避の道
     各種の教訓
作戦業務の回顧と反省
     用兵作戦上の諸問題
     陸海軍協同作戦問題

心に残る人々

第3章 シベリア抑留
【昭和20年~31年】

満洲赴任
     関東軍参謀発令
     発令時の諸情勢
     ソ連軍の満洲侵攻
     終戦
     ジャリコーウォの会談
     関東軍の最後と入ソ
     終戦時の関東軍に関する考察
虜囚の始まり
     アムール(黒龍江)河畔の収容所
     第20分所(第16収容所)   
     監獄
     第14分所
東京裁判
     ウスリー河畔の小屋
     東京裁判出廷
     ハバロフスク帰着と第5分所
不当裁判と受刑
     第45特別収容所
     第13分所
     シベリア民主運動
     “地獄谷病院”
     裁判
     第16分所
第21分所
     団長任務に就く
     団の構成と将来構想
     作業ノルマの判定
     「ラーゲリ文化」
     団長解任
     スターリンの死
     大堀事件とハバロフスク事件
祖国の土
     家族との再会
     最終梯団の帰国
抑留11年の回顧
     シベリア11年と私の人生
     ソ連の暴虐と抑留日本人
     共産主義とソビエト社会
     人間性の問題

心に残る人々
抑留11年の年譜

第4章 伊藤忠商事時代
【昭和31年~56年】

浪人時代
     「自衛隊だけはやめてください」
     伊藤忠商事内定
伊藤忠商事入社
     嘱託時代
     アメリカ出張
     営業ラインの勤務
     機械第3部長就任
業務部長に就任
     「素人の君が適任」
     業務部の機能とそのあり方
     総合緊急対策
経営全体の諸問題について
     昭和37年当時の情勢判断
     中長期的経営構造の改革
     本社における海外店統括機構の整備
いすゞ・GM提携問題
     クライスラー社へのアプローチ
     フォード社へのアプローチ
     GMへのアプローチ
     GMトップとの会談
     いすゞ・GM提携内容に関する主要問題
     その後の経過
     提携交渉の思い出
対中国正常貿易の再開
     対中国貿易の紆余曲折
     米中関係の急展開
東京本社ビルの建設
     東西二本社制の決定
     大多数の反対を超えて
管理部門の改革
越後社長から戸崎社長へ
     嵐の2年余り
     越後社長の退任
安宅産業の合併
     安宅産業救済依頼とその対応
     その後の経過
     総括的所見
臨調委員内定
     取締役会長と商工会議所役員に就任
     取締役会長辞任と臨調委員内定
総括的所見
     伊藤忠商事に対する感謝
     常に心がけてきたこと
     失敗についての反省

心に残る人々

第5章 国家・社会への献身
【昭和56年~】

臨時行政調査会
     臨調のスタート
     臨調全体の運び方
     基本的諸問題について
     臨調2年間の経過概要
     三公社改革の全容
     国鉄改革
     電電公社の改革
     第一次行革審
     第二次行革審
     行革9年の総括
臨時教育審議会
     教育改革
     構成をめぐる諸問題
     基本的な理念の問題
     大学の問題
     教育財政について
     教育基本法
     皇室、国旗、国歌
     教育に関する私の見解
平和問題研究会
     平和研の設置とその背景
     経過
     所見
観光政策審議会
     観政審会長就任
     今後の課題
日韓関係
     私の考え方
     韓国の友人、知人関係
     朴大統領の暗殺事件から全斗煥将軍の大統領就任まで
     鈴木内閣時代の協力
     中曾根内閣時代の協力(その1)
     中曾根内閣時代の協力(その2)
     竹下・海部内閣時代の協力
外交強化懇談会
     背景
     審議と答申
商工会議所(東京商工会議所、日本商工会議所)
     商工会議所役員に就任
     永野氏とその「遺書」
     五島会頭
千鳥ヶ淵戦没者墓苑
     墓苑の由来
     財団法人千鳥ヶ淵戦没者墓苑奉仕会
亜細亜学園(亜細亜大学)
     学園の歴史
     学園理事長就任
同台経済懇話会
     親睦、研鑽、協力
     心のふるさと
稲盛財団(京都賞)
     稲盛財団会長に就任
     心に残る受賞者
     ノーベル賞授賞式に参列
東京国際映画祭
日本美術協会
     高松宮殿下記念世界文化賞
     訪米
サンタ・マリア号協会
     コロンブスの宿願
     決行
西本願寺
ハーバード大学への出講
シベリアにおける戦没者の慰霊公苑建設
特攻隊戦没者の慰霊事業
旅順戦跡の訪問
勲章拝受、金婚祝い
昭和天皇をしのぶ
     天皇の重さ
     平和愛好の御信念
     御仁慈
     アッツ島山崎部隊の玉砕
     人間天皇

第6章 思い出の人々

越後正一、土光敏夫、永野重雄、五島昇、田実渉、李秉喆、古海忠之、越智啓介、竹田恒徳、原四郎、杉田一次の各氏、心通う人

おわりに

兵籍
戦後の履歴
主要参考文献


本書は、元大本営陸軍部参謀だった瀬島龍三氏の回想録である。
戦時中は軍の中枢で各種作戦に関わっている。

氏に関しての有名な話は「シベリア抑留の密約説」ではないかと思う。
戦後、ソ連と密約を交わし、捕虜の日本兵を労役に使用することを申し出たというもの。
おかげで、多くの日本兵捕虜が過酷な労働の下で命を落としたとされ、関係者から非難の声や恨み言が出ている。
さて、それは本当にあったことだろうか?
この回想録が世に出た時は、多くの人が興味をもって購入したのではないかと思うが・・・
残念ながら、本人は、この疑惑には答えていない。
「証拠を出してみろ」というだけのことしか言っていない。

「エリート参謀」というのは、軍の中でも選りすぐりの優秀な軍人である。
その優秀さは、試験の点数がいいとか、文章の書き方がうまいとか・・・・そういうもので、必ずしも“人格者”というわけではないと私は思っている。
で・・・加えて、自己保身に走りやすい人種ではないかと思う。
これは仕方がないことかもしれない・・・
軍の中の競争社会を勝ち抜いてきた優秀な人間なのだから、百姓上がりの兵隊たちと一緒に死にたくはあるまい。
どんな手を使っても、どんな詭弁を弄しても生き残ろうとする。
実際そうして、戦場から一足先に脱出し、戦後を生き続けてきた「エリート」はたくさんいる。
著者は明らかな“エリート”であるから、当然、同類と見ていいのではないかと思う。
かなりの偏見だとは私自身思っているが、やっぱり、どうしてもそう思ってしまう。
他にも私のような者はいるのだろう。
だから、「密約説」も出てくるのだと思うが、本人は本書を出版した12年後に95歳で他界している。
当たり障りのない話を残し、肝心の話には口を閉ざして・・・・

戦後は、伊藤忠商事に入社し、そこを皮切りに財界や政府、民間団体の要職についたりしている。
さすが、エリートは上手な世渡り方をする。
警察関係では、瀬島氏はソ連のスパイであるとして監視対象になっていたようで、これは有名な話・・・
いくつもの要職に就くことで、官憲の目を欺こうとか、官憲に対して何らかの圧力をかけようとしたのか、それはわからない。
まさか自身の回想録で「ソ連のスパイでした」とは間違っても書くわけがない。

伊藤忠という商社・・・
私にとっては個人的に、あまりイメージの良くない商社なのである。
ずいぶん昔に、中国で伊藤忠の現地支店長と会ったことがある。
この人物、とにかく態度が横柄で、口のきき方も悪く、人を見下したような態度をとる人物で、非常に不愉快な思いをしたことがある。
同じ日本人かと思うほど、その“人格”には疑問を持つほどだったが・・・
このくらいの癖のある人物でないと、中国人相手には商売はできないのかも・・・と思ったが、それでも私の“限界”を超える人物だった・・・
この人物のおかげで、一気に伊藤忠に対する私のイメージは悪くなった。
また伊藤忠は、中国にかなり食い込んでいる商社である。
何か裏があるんじゃあるまいかと思ってしまうほどで・・・場合によっては、中国に媚びてるんじゃあるまいかと思ってしまうこともある。
共産主義国家に媚びてるのか?
日本を売る気なのか?
と考えると…・
瀬島氏は、その伊藤忠の会長に就任しているから・・・
あのシベリア抑留のソ連との密約も、あながち嘘ともいえまい・・・となるか?
またまた印象が悪くなる。
これまた私の偏見だろうが・・・・

戦没者の慰霊関係でも、いくつもの要職についていたが・・・
遺族や戦友関係者から、あまり良い評価を得ていないというような話を聞いたことがある。
”売名行為”か“形だけの・・・”という意味だったような気がするが、この点に関しては、高く評価する、いわゆる“瀬島ファン”と、そうじゃない人たちと意見が分かれるので、なんとも言えない。
本書では、戦没者の慰霊については簡単に触れられているだけなので、そつなくかわしているように感じる。

多くの人が、戦時中、参謀時代の瀬島氏について多くの疑問や知りたいことがあったのではなかろうかと思う。
が・・・500ページを超す分厚い本書には、その答えは何も書かれていないと言ってよい。
エリート参謀は、そつなくかわし・・・当たり障りない話しかしない・・・
しかも、どこかの誰か、つまり第三者が書いた文章が点在しているのである。
これは、ゴーストライターが書いたものなのか?
それとも誰か他に編者がいるのか?
どうも、そのあたりがよくわからない・・・
編者名とか共同執筆者名が書いてあるわけでもない。
これは、“逃げ”を作っているのではなかろうか?
どこかの誰かに“突っ込み”を入れられても、「読めばわかりますが、全文、私が書いたというわけではないので・・・」と言い訳をするためなのだろうかと、思ってしまうのだが・・・・
こういうところが「エリート参謀」の上手なところかも・・・

本書が出版された当初は、かなり話題になって売れたという記憶がある・・・
本書は古書店で購入したのだが、かなり格安の値段だった。
古書というのは正直である。
価値のある本は、いつまで経っても、値段が下がらず、ものによっては定価以上の値が付く。
格安の値段ということは・・・・
内容的に特に価値のある話が書いてあるわけではないということかな?
そういうことではなかろうか・・・・
期待を持って読むとガッカリする本である・・・・と思う。


今年の読書:30冊目



読書 | 12:06:19 | Comments(0)
建築士会のお手伝い
今日は地元の建築士会のお手伝いで北茨城市に行く。(笑)

建築士会の「ヘリテージ・メンバー」による歴史的な建物の調査に同行することになった。
そもそも、この“仕事”は、建築士である水戸藩士の“シミズくん”を中心とするメンバーの“お仕事”である。
ところが・・・(大笑)・・・・
ある日・・・・同じ「ヘリテージ・メンバー」の建築士である“ウメちゃん”から呼び出しの電話をいただいた。
何事かと事務所に行ったら、今回のこの調査に同行してくれという。
話によると、建物の写真を撮るのだそうで・・・その撮影係を”シミズくん”から言われたそうなのだが、拙者が適任だろうということで、さらに拙者に話を振って来たのである。(大汗)
でも、拙者は建築士じゃないんですけど・・・・(大笑)

「デジカメで、ただ撮ればいいだけじゃないの?」
「いやぁ~、それが、そう簡単な話じゃないようなんだよねぇ~」と“ウメちゃん”・・・・
渡された資料を見て驚いた。
県のほうで出してきた写真撮影の指針の書類・・・
やれ露出はどうしろこうしろ、シャッタースピードはどうのこうの、アングルはどうしろこうしろ・・・
いやぁ~何の資料を見て作成した指針なのかは知らないが・・・
こんな面倒くさいことを言われたら誰も写真なんか撮りたくはないよなぁ~(唖然)
なにこれ・・・歴史的建物の写真展か写真集でも出すつもりなのかね?・・・・県の教育委員会は・・・
「何十万ものカネを出してプロのカメラマンでも雇って撮影するしかないんじゃないの?・・・これ・・・」
「というわけで・・・ね!・・・・君に頼む!」(笑)・・・と“ウメちゃん”・・・・(唖然)

拙者は間違ってもプロのカメラマンではない・・・・(大笑)
素人どころか素人以下である。
写真同好のアマチュアカメラマンのほうが拙者より数段上手な写真を撮ると思うんですけど・・・(苦笑)
「たしか、いいカメラ持ってたよね?一眼レフ・・・持ってたでしょ?あれで・・・撮ってよ」と“ウメちゃん”
しかし、あのカメラは、7年前に2回しか使ったことがないのである!(大笑)
その後の7年間・・・触ってもいないので、動くのかなぁ~あのカメラ・・・(苦笑)
しかも、使い方を忘れちゃっているし・・・・(大笑)

この一眼レフ・・・・
7年前にプロのカメラマンからラバウルの戦跡撮影に同行してくれと頼まれたときに買ったもの。
「君は、こんな玩具みたいなデジカメで貴重な戦跡の写真を撮っていたんじゃダメだ」と言われ、一眼レフを買うことになった・・・
で・・・・パプアニューギニアとラバウルへ行って写真撮影をした・・・
その後、米軍OBたちとのツアーで硫黄島に行った時にも持参したが、到着早々、カメラを落として壊してしまった。(大笑)
帰国後に修理したが、そのままである。
なにせ、一眼レフは重いので持ち歩きたくないのである。(笑)
だから全然使っていない・・・・

拙者が今までに撮影した写真は、書籍に採用されて表紙に使われたり、社会科の副読本に使われたり、テレビ番組でも使われたことがあるから、そんなに下手な写真ではないとは思うのだが・・・・
それでも、この指針に従って撮影するというのは、どうも自信がない。(汗)
調査報告書に添付する写真なら、それほどうるさく言わなくてもいいんじゃないかねぇ~
大きく引き伸ばして写真展に使うわけじゃあるまいし・・・・
どうして役所というのは、わざと面倒くさくなるようなことを考えるのだろう?
とにかく、いい写真が撮れなかったらゴメンね・・・ということを前提にご協力することにした。

しかたがない・・・・友人の頼みである・・・・
今日は7月7日・・・七夕なので、拙者は忙しいのである。
なにせ、織姫に会いに行かねば・・・(大笑)
年に1回の貴重なデートなのである!
写真なんか撮っている暇などないのである!
・・・・と言ったら、「お前は馬鹿か?」と呆れられた・・・(大笑)

今回の調査物件は、五浦にある、岡倉天心の旧居と長屋門である。

DSCN2663_convert_20160812142535.jpg (長屋門)

DSCN2725_convert_20160812142621.jpg (岡倉天心旧居)

調査は市の教育委員会職員立会いのもと行われた。
拙者は、一眼レフに予備として、いつも使っているデジカメと予備のデジカメ・・・合計3台と、三脚を持参して参加。
適当にパチパチと撮りまくる・・・
結局、撮影枚数は軽く300枚を超えてしまった・・・(唖然)

“ウメちゃん”もカメラ持参で撮影していたので、2人がかりで撮れば、何枚かは使えるような写真もあるだろう。(大笑)
建築士の視点での撮影と・・・・
史跡巡り好きの拙者の視点での撮影と・・・・
この2つの視点で撮れば、なんとかなるんじゃないか?(笑)

指針では「床の間は正面から撮ること」と書かれている。
拙者は、そういう撮影は嫌いなのである・・・(大笑)
少し斜めから撮るのが好きなのである・・・
というわけで・・・指針を無視する。(大笑)
また、指針では「室内ではストロボを使って撮影のこと」とも書かれている。
またまた、これにも逆らう。(大笑)
ストロボを使うと、ノッペリとした写真になりやすい。
また、埃がたっていたりすると、埃に反射してしまう。
室内のガラスや鏡も同様・・・ストロボの光が反射してしまう。
なんでもかんでもストロボを使えというのはおかしいんじゃなかろうか?
ということで・・・拙者の独断、拙者の趣味で、撮影をする。
“ウメちゃん”は、真面目な性格なので、極力、指針に基づいて撮影しているようなので・・・(笑)
うん・・・大丈夫だろう・・・使える写真は何枚か見つかるだろう。(大笑)

調査作業は午前中で終了!(笑)
お昼を御馳走になり帰宅する。
調査報告書を作成するのは“シミズくん”・・・・
拙者は何百枚もの写真を“ウメちゃん”に渡し、彼が自分のものと一緒にして、その中から報告書に添付可能な写真を選んで”シミズくん”に渡す・・・・ということで話は決まった。
自分で選ばなくて済むから気分が楽である・・・(大笑)
いい経験をさせてもらった・・・
感謝、感謝である!(大喜)

日記 | 16:32:13 | Comments(0)
“講談”を聴きに行く?
今日は、水戸藩士の“シミズくん”のお誘いで「講談」を聴きに行く。
どうも、彼は友人から無理やり(?)チケットを2枚買わされたらしい・・・・(大笑)
で・・・・誰も一緒に行ってくれる人がいないらしく・・・(大笑)
妻からも見放され・・・・(大笑)
娘からも見放され・・・・(大笑)
ついに、拙者に話が回って来た・・・・(大笑)

「講談」ねぇ~・・・・何・・・それ?(大汗)
全然、興味なんかないのですが・・・・(大笑)

大学生の時、同じような経験をしたことがある。
友人から全く興味のない「アイスホッケー」の試合の観戦に誘われたことがある。
ルールも知らないし、興味はないし、寒いし・・・で、行きたくなかったのだが、断われきれず、嫌々ながら見に行ったことがあった。(大笑)
確かに、実際に見て、やっぱり面白くない・・・(苦笑)
会場は寒くて、ガタガタ震えながら最後まで付き合わされた・・・(涙)
「なんで暖房が入ってねぇんだよ!」(怒)と文句を言ったら「お前は馬鹿か?暖房を入れたら氷が溶けちゃうじゃねぇか!」とバカにされたことを覚えている。
が・・・これが、今では、いい思い出となっている。
その後、二度とアイスホッケーを見ることはなく、これからも見ることはないだろう。(笑)
一生で一度の経験ということである。
休憩時間の時に買って飲んだコーンスープの温かさを今でも鮮明に覚えている。
この時に、テレビドラマの『刑事コロンボ』の吹き替えをしていた小池朝雄さんに会ったことも鮮明に覚えている。
試合より、そっちの方がよく覚えていて、寒くて辛い一日だったが、いい思い出となっている。

ということで・・・(苦笑)
今回の「講談」も、もしかしたら、数十年後にはいい思い出になるかもしれない・・・(大笑)
全く興味がなく、退屈かもしれないが、もしかしたら、全く別の形で、いい思い出、いい経験となるかもしれないと思い、お誘いに乗ることにした。

で・・・会場は・・・我が町の「武道館」・・・
その昔は、「見世物小屋」として建てられ、今は改装されて武道館として使用されている「文化遺産」の建物である。

会場に入ってみたら・・・・あれ?
パイプ椅子がズラリと並んだその先に、白いスクリーンが設置されていた。(はぁ?)
講談にスクリーンなんかを使うのか?
ところで、肝心の講談師の演台が見当たらないが・・・(汗)

主催者の挨拶を聞いて、思わずコケそうになった・・・(大笑)
今回で第2回目となる映画の映写会なのだそうだ。(唖然)
映画?????
シミズ君!君は一体、何に拙者を誘ったのかね?(大笑)
講談じゃなかったのかね?
本人もよくわからずにチケットを買わされたようで・・・・(大笑)
これは講談の「映画」なのだそうだ。(大笑)

img167_convert_20160810232056.jpg img168_convert_20160810232140.jpg

演題は真田幸村に関するお話らしい・・・
歴史は好きな方であるが、真田幸村・・・ねぇ~・・・・
興味は全くない・・・・
だいたいNHKの大河ドラマすら“くだらない”と思って見ないくらいであるから・・・

講談とは、落語と同じように、演者が一人で、ただ話すだけなんでしょ?
演台で、ペペンペンペンと扇子か何かを叩きながら・・・(笑)
それを映画で見るの?
え?・・・・なに、それ・・・(大汗)

ところが、いざ、始まったら、これがなかなか面白い。
講談師の話に映像が加わった「映画」なのである。
ほぉ~・・・・面白い・・・・
登場する人物名などは、やはり映像で文字でも見ないと、耳で聞くだけでは分かりづらいが、この「映画」では、その点、非常にわかりやすい。
こりゃ、いいね・・・・(笑)

やっぱり何事も先入観を持っちゃいけないね。(笑)
こりゃ、いいものを見させていただいた。(笑)
水戸藩士の“シミズくん”に感謝だな・・・・
こうなると、実際にナマの講談というのも見てみたいものだと思ったりする。
いや・・・いい経験をさせてもらった。

日記 | 15:29:56 | Comments(0)
携帯電話を忘れた!(汗)
今日は、友人の墓参り・・・・
昭和51年に亡くなったから、もう40年も経つのか?(大汗)

お花を買って・・・隣の、そのまた隣の市まで行く・・・(笑)
途中、対向車線で、いきなりの玉突き事故!(驚)
ガシャーンと、拙者の目の前で起こったのでビックリした。
交差点の赤信号で停車していた車の列が、青信号と同時に走り出したと思ったら、最後部から若い女の子が運転する車が突っ込んだのである。(唖然)
一体何をやっているのやら・・・
携帯電話のメールでも見ていたのか?
どう考えても“よそ見”運転だろう・・・・

と・・・思った瞬間・・・気が付いた!(大汗)
しまった!
携帯電話を自宅に置いてきてしまった!

参ったなぁ~・・・・どうしようか・・・自宅に戻ろうか?
しかし、ここで自宅に戻ったら、墓参りはさらに遅くなるだろうし・・・
かと言って、携帯電話を持っていないと、何かあった時に困るし・・・・
と・・・さんざん悩みながら運転をする。(苦笑)

だが、考えてみれば、携帯電話なんていうものがこの世になかったときは平然と運転していたんだよなぁ~
何かあったときは、どうしよう・・・なんて考えながら運転なんかしていなかったんだよなぁ~(苦笑)

いかに携帯電話に依存しているか・・・ということだろう。
これは完璧な「依存症」だな。
病気の一種だな・・・(大笑)

携帯電話というのは、「携帯」してこそ、意味があるのではあるが・・・(大笑)
携帯していないと不安で仕方がないというのは問題だろう。(苦笑)

よし、今日は、このまま携帯電話を持たぬまま運転しよう!
そういう携帯電話から“解放”される日があってもいいのではなかろうか?
不安感と戦って精神を鍛え直そうか・・・(大笑)

ということで・・・・自宅に戻らず、そのまま墓参りに向かう。

日記 | 22:13:19 | Comments(0)

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