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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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親父に隠し子?(大汗)
このところ、ちょっと親父の様子がおかしい・・・(汗)
少しボケ症状が進行しているような気がするのである。

主治医に定期的に診察を受けているが、この間の診察の時に、このことを話したら、専門医を紹介された。
というわけで、その後、専門医の診察を受けてCTスキャンで脳の画像の撮影などをした。
で・・・今日は、認知症のテストを受けることになった。

テストの前に、本人の名前の確認やら家族についての質問などがあった。
(この質問は、個人情報の保護の観点から見ると、いかがなものかという気がしないでもないが・・・)

検査員:「お子さんは何人いますか?」
親父:「3人です」
検査員:「お子さんの名前を教えてください」
親父:「○○と、××と・・・△△と・・・え~と、あと誰だっけ?名前が出て来ないんだよなぁ~」(苦笑)
検査員:「あのぉ~お子さんは3人ですよね?」
親父:「あと一人・・・名前が思い出せないんですよ」
検査員:「いえ・・・もう3人のお子さんの名前を言ってますけど・・・お子さんは3人じゃないんですか?」

検査員が、拙者の顔を見るので、答えを教えちゃマズイと思い指で3人だと知らせたが・・・

親父:「あれ?・・・どうして思い出せないのかねぇ~・・・誰だっけ?あと一人・・・」
検査員:「3人ですよね?・・・・お子さん・・・・」
親父:「え?そうなの?」(苦笑)
検査員:「最初に3人だと言ってましたけど・・・」(苦笑)
親父:「そう?そうなら・・・そうかな?・・・でももう一人・・・思い出せないんだよなぁ~」

その後のテストは、当然メチャクチャである・・・(大笑)
現在も、痴呆症を抑える薬を投与されているが、そろそろ量を増やしてもいいのではないかと拙者は思っている。
専門医も検査の結果を見て同意見・・・こちらの主治医に連絡しておいてくれるという。
とりあえず、これでいいだろう・・・

で・・・病院から帰ってきてからも親父の「誰だっけ?」が続く・・・
「どうしても思い出せないんだよなぁ~・・・誰だっけ?」
「え?俺達3人の他に子供がいるのか?」
「あれ?・・・思い出せないんだよなぁ~」
「おい、おい・・・・よそに子供を作っていたのか?」(唖然)
「バカをいうな!」(怒)
「だって、人数が合わないだろ?」
「俺に子供は3人だけだっけ?」
「なに・・・それ・・・」(大汗)
「4~5人子供がいるような気がするんだがなぁ~」
「やっぱり、どこかに隠し子がいるんじゃないの?自覚があるんだぁ~・・・隠し子!」(大笑)
「なにをバカなことをいってるんだ!そんなわけないだろ!」(怒)
「じゃぁ、何であと一人いるって思うんだよ!」(苦笑)
「う~ん・・・あ!・・・・思い出した!・・・・◆◆だ!」
「はぁ?」
「そう、そう、◆◆!・・・・なっ?・・・やっと思い出したぞ!」(大喜)
「あのさぁ~・・・◆◆って・・・それ、あんたの妹だろ!」(苦笑)
「え?・・・・・妹?」
「妹でしょ!・・・なんで妹を自分の娘だって思っちゃうのかねぇ~?」(唖然)
「あれ?・・・◆◆って・・・俺の妹なのか?あれ?・・・・俺の子じゃないのか?」(苦笑)
「こりゃ重症だなぁ~」(大笑)
「う~ん・・・たしかに重症だな」(苦笑)
「面白いから、親父に隠し子がいるって妹に電話してやろう!おい、俺達にはどうやら他に兄弟がいるらしいって言ってやろう!」(大笑)
「おい・・やめろよ・・・」(大汗)

しかし・・・これは、どう解釈すべきか・・・(笑)
ボケて、子供の数を間違えたのか・・・
それとも、ボケたせいで、今まで隠していたことをポロリとしゃべっちゃったのか・・・(大笑)
なにせ、本人は子供が4~5人いるような気がするって言っているんだからなぁ~(大笑)
我々兄弟の他に、あと2人いるってことになるんだよなぁ~(大笑)

親父の葬式の時に突然現われるんじゃあるまいな?(大笑)

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日記 | 16:39:53 | Comments(0)
妻と毒・・・・
ふと・・・思ったのですが・・・

「妻」という漢字と「毒」という漢字が・・・似ている・・・(笑)

この漢字の下半分を見ると「女」と「母」である。(・・・のように見える)(笑)
ということは・・・
結婚後も「女らしさ」がある間は「妻」で・・・
子供が生まれて「母」になったら、「妻」は旦那にとっては「毒」になるということなのだろうか?(大笑)

「妻」が「毒」になるようでは「解毒」というのが必要になるだろう。
それで「妻」を捨てて「愛人」に走るわけだ・・・
浮気をするわけだ・・・・(大笑)
で・・・・既に「毒」が全身に廻って、手の施しようの無い状態になっている我が友人達(誰とは言いませんが・・・)は、いまさら「解毒」のしようがないから、浮気には走らないわけだ・・・
決して「妻を愛している」わけではないわけだ・・・(大笑)
我が友人たちは真面目な連中ばかりと思っていたが、そういうなわけではないのだ。
「毒」のせいで麻痺しているのだ・・・(大笑)

これ・・・絶対、説得力のある説だと思うんだけど・・・どうだろ?
ダメ?・・・ちょっと違う?(大笑)

エッセイ | 22:50:30 | Comments(0)
『もっと知りたいフィリピン 第2版』


歴史的背景

1 スペイン統治下の植民地社会の形成
     大航海時代のフィリピン征服
     統治組織と行政機構
     植民地財政の支柱
     イギリスのマニラ占領と経済政策の転換
2 植民地社会の変容から革命へ
     社会構造の変容とナショナリズムへの覚醒
     フィリピン革命
3 アメリカによる支配と現地エリート層の温存
     間接統治体制の成立
     対米依存化とエリート層の経済基盤
     独立運動からコモンウェルス政府の発足へ
     アメリカ文化の浸透、大衆運動の展開
4 日本の占領
     日本の侵略と軍政
     国内の疲弊と抗日ゲリラ活動
5 独立後半世紀の歩み
     共和国の独立と反共政策
     エリート・ナショナリズムの潮流と新たな社会運動の展開
     戒厳令体制から「二月政変」へ
     議会制民主主義の復帰から米軍基地撤収まで

風土と地理

1 国土と環境
     位置
     群島の成り立ち
     降雨とその要因
     気候型
2 人口と就業
     行政区分
     人口増加
     人口分布
     移動と雇用
3 土地利用
     用途と変化
     森林破壊
     農地の利用

民族と言語

1 フィリピンとフィリピン語族
     フィリピン共和国の名称
     民族の構成
     民族の分類と分布
2 文化変容と民族問題
     アジアとの交渉
     フィリピンの華僑・華人
     イスラム教徒
3 フィリピンの言語
     フィリピン諸語の系統
     タガログ語の特徴

宗教と世界観

1 精霊信仰の世界
2 キリスト教の世界
     カトリシズム
     フィリピン独立教会
     プロテスタンティズム
     イグレシア・ニ・クリスト
     土着の教団
3 カトリックの年中行事
     無原罪の聖マリア祭
     待降節・降誕節
     黒いナザレ人の祭り
     幼きイエズスの祭り
     四旬節
     復活祭
     フローレス・デ・マヨ
     サンタクルーサン
     フィエスタ
     諸聖人の日・死者の日
4 イスラム教の世界
     イスラムの伝来と浸透
     六信五行―ムスリムとしての務め
     民間信仰
     さまざまな儀式
     イスラムの新しい波

芸術と文化

1 スペイン時代以前
2 スペイン期
     前期
     後期
     民族的目覚めの時期
3 アメリカ期
4 独立後

社会と教育

1 家族・親族、儀礼親族
2 価値体系・行動様式
3 農村社会の「伝統的」構造
     垂直的関係
     水平的関係―農民間の関係
4 伝統的社会構造の変容
     階級社会
     コミュニティの組織化
5 「拡大版フィリピン社会」論
6 外来勢力主導の教育制度の形成―スペイン、アメリカ、日本
7 フィリピン独自の教育の模様―独立後の教育政策の展開
8 教育の現状と課題
     初等教育
     中等教育
     中等後の職業教育
     大学教育
     ノンフォーマル教育
     職業訓練

政治と経済

1 フィリピン政治の原型
2 アメリカ民主主義のショーウィンドウ
3 マルコス戒厳令体制
4 ベニグノ・アキノ暗殺と「二月革命」
5 アキノ政権の意義
6 国民経済の概観
7 経済の歴史的背景
8 農業開発の諸問題
     初期の農業開発
     「緑の革命」
     1970年代の農業開発とその成果
     1970年代の農業開発の問題点
     アキノ政権下の包括的農地改革
9 工業化の諸問題
     第一次輸入代替工業化による戦後復興期―1946~50年代
     第一次輸入代替工業化からの脱却期―1960年代
     戒厳令下の第一次輸出志向工業化の挫折期―1970年代
     マルコス独裁政権末期の経済危機の局面―1980~85年
     経済再建への険しい道―1986年~現在

日本との交流

1 16~17世紀の日本・日本人
     貿易
     軍事
     宗教
2 フィリピンと近代国家日本
     軍事大国日本への期待
     フィリピンに夢を求めた日本人
     物の交流
3 「大東亜戦争」と「太平洋戦争」に巻きこまれたフィリピン
     開戦
     日本の軍政
     戦後のはじまり
     戦後処理
4 日本の経済進出と「ジャパゆき」
     日本の経済進出
     日本に夢を求めたフィリピン人
     今後の交流も見すえて

索引


本書は11名の大学教授・助教授・研究員が分担して執筆したものを、2名の大学教授が編纂して出来上がった本である。
ということで、いわば「研究論文」に近い内容だが、さすがに研究者向けの「論文」よりは、読みやすくなっている。
が・・・それでも、執筆者によっては、ちょっと内容が詳しすぎて一般向けしないのではないかと思われる部分もないわけではない。
旅行ガイドブック等で知るフィリピンについてだけでは飽きたらないという人には向いているかもしれない。
私のように、一般的なフィリピン旅行者よりは歴史や民族に興味があるが、専門的研究者ほどの知識は無いという“中途半端な研究者”には、もってこいかもしれない。

これは良し悪しの判断の難しいところであるが・・・
本書の装丁に、ちょっと問題があるかもしれない。
表紙に載っているフィリピン女性の写真・・・
これが目立つので、もしかして「もっと知りたい」の意味を勘違いする人がいるかもしれない。
そういう人が、この本を購入したら真面目な話し過ぎて「騙された」と思うかも・・・・(笑)
逆に、この女性の写真が仇になって、本当に歴史や文化や学術的なことを知りたいという人は、この本を敬遠するかもしれない。
多分、ナンパな本だろうと思い込みやすい装丁である。
私も本書をネットで買う際には散々迷った。
内容が全く分からなかったからである。
とにかく仮にナンパな本であったとしても、それはそれでいいかと思って買ってみたのである。(笑)
結果は、買って正解だったが・・・
「学術書」というようなイメージでは売れないから、こういう装丁にしたのかもしれないが・・・
本の装丁の難しさ・・・ということではいい例になる本だと思う。
当然、内容は非常にいい内容である。


今年の読書:72冊目



読書 | 13:50:20 | Comments(0)
この時期の苦手な質問・・・
この時期に、人と会うのが何ともつらい・・・(笑)
この時期の「ご挨拶」として、よくある質問をされるのである。
「お仕事は、いつまでですか?」
拙者にとっては恐怖の質問なのである!(苦笑)

今日も、銀行で窓口の女の子に言われてしまった・・・(大汗)
「お仕事は、いつまでですか?」(ニコッ!)
「あ~・・・・え~・・・・と・・・・」(大汗)

何と答えたらよいものやら・・・一瞬、凍ってしまうのである・・・(苦笑)

「毎日がお休みなんですけど・・・・」(苦笑)
はぁ?・・・という顔をされ・・・
他の行員は苦笑・・・
拙者が冗談を言っていると思っているらしい。

いや、冗談じゃないんだけど・・・(大汗)
我が社は実質、廃業している。
従業員も設備も何もない・・・
が・・・名前だけを残して・・・工場の建物は他社に貸しているのである。
だから事務所も何もない・・・
しかし、拙者は、公式には「会社役員」なのである。(笑)
で・・・拙者のやっていることは、経理課長に毛の生えた程度の経理業務と、総務課長に毛の生えた程度の事務的作業だけである。(大笑)
この程度の事を「仕事をしている」・・・とは言い難い・・・(大笑)
特別、これといった決まった勤務日も勤務時間もない・・・(大笑)
「いつから会社は休みに入るんですか?」などと尋ねられると答えに困るのである。
実際のところ、1年、365日、毎日が休日なのだ・・・(大笑)

年末の、この質問には本当に答えに窮する。
この時期に人と会話を交わすというのは、本当に嫌だ・・・(大涙)

日記 | 22:59:04 | Comments(0)
クリスマスケーキ!(大喜)
今日は「クリスマス・イブ」・・・・・
曹洞宗の拙者には全く関係のない日ですが・・・(大笑)

なんと!
いや、こう言っては失礼ですが・・・(笑)
どういう風の吹き回しか・・・
水戸藩士の“シミズくん”が、クリスマスケーキを届けてくれた!(大喜)

極貧生活を送っている我が家では「ケーキ」なる高価なものは年に1回食べることができればいいほうで・・・(大笑)
(極貧生活者が年に何回も海外に行くのか!・・・と、突っ込まれそうですが・・・)(大笑)
親父と二人暮らしだと、ケーキなどを食べることは滅多にないのである。
年に1回、姪っ子たちがやって来たときに、拙者の誕生日に(降臨日とも言うが・・・)ケーキを買ってくれるので、その時に食べることが出来るだけなのである!
それが、なんと!クリスマスにケーキが食べられる!
嬉しくないわけがない!(大笑)

こうなったら、曹洞宗なんてすっかり忘れ・・・
今日だけ「キリスト教徒」になろう。(大笑)

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また、このケーキが美味しいのである!(お世辞抜きで・・・)
このケーキは“タケダくん”のお店のもの・・・
拙者も知っている“シミズくん”の友人の菓子店のものである。
さすがは“タケダくん”である・・・
美味しいケーキを作るものだ・・・・
と・・・思ったが、彼は社長だから多分、ケーキは作らないだろう。(苦笑)
作ったのは、彼のお店の従業員に違いない・・・
美味しいケーキを作ってくれた菓子職人の従業員さんに感謝!
それを店頭で売った社長の“タケダくん”に感謝!
それをまた自腹を切って買ってきて、わざわざ拙者にプレゼントしてくれた“シミズくん”に感謝!
感謝の3連発である!(笑)
これぞ、クリスマス!・・・・ではなかろうか?

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このケーキ・・・拙者好みの味なのである。
ちょっと甘酸っぱいのである・・・・
どうも甘酸っぱいジャムか何かが挟んであるような・・・・
この甘酸っぱさが・・・いい!(喜)

おいしいケーキ・・・ご馳走様でした!
ちなみに・・・
拙者の誕生日(降臨日)は・・・5月4日である。
この場を借りて、“シミズくん”にお伝えしておきます・・・(大笑)
いや・・・他意はないよ・・・
何かの参考の為に・・・ということで・・・
それだけの事です!(大笑)

日記 | 16:41:19 | Comments(0)
『人間の基本』


はじめに

第1章 人間本来の想像力とは
       現実の中で生きる
       食を通して地面とつながる
       リッチ化とは貧困化
       観察眼を持つ
       自分なりの知恵を働かせる

第2章 「乗り越える力」をつける教育
       教育は強制にはじまる
       他人は自分を理解しない
       義務を果たしてこそ自由
       大宅壮一の実験
       「覚えたる罪」と「覚えざる罪」

第3章 ルールより人としての常識
       規範を破る時には覚悟が要る
       「個」とは自分の頭で考えること
       自分の好みで自身を鍛える
       ルールより常識を備える

第4章 すべてのことに両面がある
       人間全員が狡で悪と考える
       do-gooderにはならない
       侮蔑と尊敬は両立する
       乞食もまた労働である
       格差のない社会はない

第5章 プロの仕事は道楽と酔狂
       才能と辛抱は重なる
       プロの仕事は命がけの道楽
       道楽は酔狂でもある
       附和雷同は道を閉ざす
       修羅場が人を育てる

第6章 ほんとうの教養
       穏やかに本質を突いた人々
       「昨日のことを今日の目で見ない」
       アナクロニズムの二つの面
       教養とは肝の据わり方
       世間の機微を知る

第7章 老・病・死を見すえる
       何かしらプロダクティブに
       生きることへの緊張感
       死をみつめてこその自分
       人間を取り戻すために
       人間は神様の道具

第8章 「人間の基本」に立ち返る
       超法規では一人ひとりで対処する
       自分で考え、臨機応変に
       不平等は当然である
       非常時に備える
       運に向き合う訓練を
       悲痛な義務として「喜べ」
       『渚にて』と「日記」の間で
       人間を作り上げるために



今年の読書:71冊目



読書 | 20:27:53 | Comments(0)
石和八幡宮
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八幡神社と絵馬 (市指定民俗文化財)

建久3年(1192)石和五郎信光(いさわごろうのぶみつ)が、景行(けいこう)天皇時代に祀られた物部(もののべ)神社の社地に、鎌倉鶴ヶ岡八幡宮を勧請(かんじょう)して祀った社(やしろ)で石和八幡宮と称する。
祭神は、応神(おうじん)天皇、仲哀(ちゅうあい)天皇、神功皇后(じんぐうこうごう)である。
正治2年(1200)信光が、兄武田有義(たけだありよし)の死により武田宗家(そうけ)をうけ、武田信光と称し甲斐守護職となり政庁を石和に置いてから、永正16年(1519)、信虎(のぶとら)が館を躑躅ヶ崎(つつじがさき)に移すまで武田氏の尊崇を受けた。
天正10年(1582)織田氏の兵火(へいか)により、社殿はすべて灰燼(かいじん)に帰したが、翌11年徳川家康の保護を得て再建された。
浅野長政いらい歴代の国主、甲府勤番支配は参拝するのを例とした。
拝殿には、徳川時代のものと思われる絵馬多数が奉納されており、鷹図(たかず)・朝鮮王宣和(せんわ)との講和図・伊勢神宮湯立(ゆたて)図などをふくめ11点が市指定文化財となっている。

(説明板より)

【山梨県笛吹市石和町市部1094】

史跡 | 15:35:21 | Comments(0)
石和本陣跡
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石和本陣跡 (市指定史跡文化財)

宝暦11年(1761)信州高遠(たかとう)城主内藤大和守が参勤交代のため、初めて本道中を通行することになり、石和宿仲町の後藤甚兵衛に本陣を命じたことがはじめといわれる。
以来子孫が継承して明治に至った。
明治以降も旅篭(はたご)として利用したが、明治13年(1880)6月7日の石和の大火により焼失し、現在はわずかに土蔵1棟と諸大名通行の書状および古記録文書等が残っている。

(説明板より)

【山梨県笛吹市石和町市部1051番地】

史跡 | 12:49:22 | Comments(0)
鵜飼山遠妙寺
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鵜飼山遠妙寺(うかいざんおんみょうじ)と仁王門(におうもん)
(市指定文化財建造物)

遠妙寺は、日蓮宗身延五ヶ寺の一つで、本尊は十界曼荼羅(じっかいまんだら)である。
本堂、庫裏(くり)、客殿、総門、仁王門、鐘楼、七面堂、漁翁堂(ぎょおうどう)、願生(がんしょう)稲荷堂などの風格のある建物を有する寺である。
弘安年中、日蓮の弟子日朗(にちろう)が一宇(いちう)を設け鵜飼堂(うかいどう)と称し、後、慶長年間(1600頃)日遠(にちおん)が鵜飼山遠妙寺に改めた。
寺記に平時忠(たいらのときただ)漂泊の郷が石和(いさわ)とされ、時忠は鵜使いを生業としたが、禁漁を犯し、簀巻(すま)きの刑に処せられて沈殺(ちんさつ)された。
その怨念を持って石和川の鬼となった亡霊を、文永11年(1274)日蓮が石和川岩落(いわおち)にて済度(さいど)し、給(たも)うたと伝える。
世阿弥(ぜあみ)の謡曲(ようきょく)「鵜飼」とのかかわり深い寺である。
なお鵜飼漁翁は、鵜飼勘作(かんさく)として知られている。
寺宝に日蓮真筆本尊、鵜飼の経石(きょうせき)7個などがある。
仁王門は、三間一戸側面二間楼門重層入母屋造瓦葺で江戸末期のものである。
再建は寛政元年(1789)とあり未完成の部分が多く見られたが、平成16年の解体修理で完成した。
安置仏は密迹金剛神(みっしゃくこんごうじん)、執金剛神(しゅうこんごうじん)の2体で6尺2寸(2m余)の躯高(くこう)を持っている。
石和町唯一の仁王門として貴重な建造物である。

(説明板より)

【山梨県笛吹市石和町市部1016】

史跡 | 11:24:19 | Comments(0)
土肥原さんの墓参りに行く
今日は祖父の上官だった“土肥原閣下”のお墓参り・・・・

午前6時に目が覚めた・・・・
で・・・もったいないから、もうひと寝入り・・・(大笑)
午前7時過ぎ、再び起床!
温泉に入ろうかと思っていたが、やっぱりやめる。
こちらに来る前から肩と背中に痛みがあったが、相変わらず背中に痛みがある。
温泉で温めたほうがいのか悪いのかがわからない。
いずれにせよ朝の大浴場は混雑するだろうから入浴は諦める。
(それでは何しに泊まったのか?・・・・となるが・・・)(大笑)

朝のニュースの字幕速報・・・・
午前7時18分頃に茨城県で地震があったようである。
「震度3」と、我が市の名前が出た。
どうも最近は拙者が家を留守にしているときに地震がよく起きるような気がする。
気になるのは、我が市の名前が字幕に出たこと・・・
もしかしたら、淡路島の“イズミヤさん”が自宅に電話してくるかもしれない。
いつも地震が起きると「テレビの速報で、あんたの町の名前が出たから電話したよ!大丈夫かぁ~?!」と電話をくれるのである。
95歳の方にご心配をおかけして恐縮である。
もし、自宅に電話があったら、我が親父は応対が出来るだろうか?
失礼なことを言ったりするのではあるまいかと、地震自体より、そちらのほうが気になる。(大汗)

朝食会場で朝食を食べた後、午前8時45分に旅館をチェックアウトして徒歩で駅に向かう。
旅館の方から「車で送ってあげますよ」と言われたが、いや、いや、車で駅に向かったのでは面白くない。
結構駅までは距離があるが、時間には余裕があるので、ブラブラと歩きながら駅に向かう。

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途中で見かけた「案内板」・・・・
これが、なかなか素晴らしいもので・・・
普通の「地図」も載っているのだが、下の青いボードは「音声・触知案内図」となっている。
つまり、視覚が不自由な人のための案内図で、指で触ってもわかるし、ボタンを押すと音声でも案内してくれるらしい。
いやぁ~これはなかなかいいではないか?
わが町にも欲しいものだ。
拙者が、市長になった暁には、これを設置するか・・・(大笑)

途中で「遠妙寺」というお寺を見かけたので、ちょっと立ち寄る・・・

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鵜飼山遠妙寺(日蓮宗)

弘安年間(1280頃)日蓮上人の弟子日朗上人宗祖日蓮が鵜飼勘作の亡霊に法験を遺した旧地に近い所に一草庵を結び鵜飼の寺と称し、のち慶長年間(1600年頃)鵜飼山遠妙寺と改めた身延五ヶ寺の一つで、同宗川施餓鬼の根本道場であり、毎年九月二十九日盛大な川施餓鬼を執行する。
同寺には鵜飼勘作の伝説に関するものが多く鵜飼堂(勘作の墓を納む)鵜飼天神、また以前鵜飼河畔にあった勘作の供養塔も甲府バイパス開設の敷地内になったため、現在は鵜飼堂の前に移してある。
寺には多くの寺宝があるが、特に、経石七個、鵜石一個、ビク石一個、大黒石一個などは、いずれもその昔鵜飼川で拾ったものと言われている。
境内に願生稲荷が祀ってある。
昔古城(今の武田神社)の稲荷が当宿原山七右ヱ門老母の体を借りて、法華経の功徳を得んと鵜飼山遠妙寺に勧請してもらったとのいわれがある。
謡曲鵜飼は勘作の伝説を世阿弥元清が作ったもので今日に伝えられている。

石和町

(説明板より)



う~ん・・・申し訳ないが、説明板を読んでみても、サッパリわからん・・・(大汗)

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境内に「鵜供養塔」というのがあった。
鵜!・・・鵜といえば・・・
我が町は日本で唯一の鵜の捕獲地なのである!
お~・・・縁があるではないか!(喜)

さらに、しばらく歩くと・・・「石和本陣跡」の石碑に出遭った・・・

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石和本陣跡

本陣は江戸時代大名公家幕府の役人高貴の人の宿泊する所である。
石和御本陣は寛永年間(1625頃)幕府の命により此処に置かれた。
特に大名が宿泊し信州松代城10万石真田伊豆守及び松平甲斐守15万石を初め全国の諸大名が宿泊し大名宿とも言われ明治維新まで続いた。
建物は書院造り、門・玄関・上段の間を備えて広大な構えであった。
明治13年6月19日明治天皇御巡幸のみきり御休憩の御予定のところ同月6日、大火に依り焼失し現在土蔵一棟のみ現存している。

所在地 石和町市部1,051番地

石和町

(説明板より)


さらに進むと「八幡宮」があった。
で・・・ここもお参りをすることにする。(笑)

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石和八幡宮

第十二代景行天皇の御弟 稚城瓊入彦命は東国視察からやがて甲斐の国に入られここに行宮を建て一年有余滞在された。
命に随行しこの地を治めた和邇臣(わにおみ)氏は、のちに行宮跡に命と一族の始祖 天足彦国押人命の御霊を合わせ祀って一族の氏神として奉祀した。
時は下って今から八百余年前甲斐の国北部に甲斐源氏が勃興しやがて石和の地に進出した武田信光は石和五郎信光と称し建久三年(1192)先の古社に鎌倉の鶴ヶ岡八幡宮を勧請し石和八幡宮と奉称し甲斐源氏の総鎮守と定めた。
造営に当たっては鎌倉の将軍・源頼朝から五百貫の寄進と 「うつしては同じ宮囲の神に汲みてあいかむ美たらしのみず」 の和歌の奉納があったと伝えられている。
以来武田氏の尊崇極めて厚く源氏が最も重んじた「射法相伝」の儀式はすべてここで行われた。
天正十年(1582)織田信長が甲斐に侵攻し武田氏は滅亡した。
その折当八幡宮は焼き討ちにあい社殿社宝尽く失った。
翌年徳川家康が入甲して近郷九ヶ村に十八石の神領を献じて再建した。
以来浅野幸長はじめ歴代領主・甲府勤番支配・代官はここに参拝することが例とされた。
当時本殿は三社別殿で中央に八幡大神左右に上古二神が祀られていたが安永三年(1774)の改築で一棟に合祀された。
往時は総回り五十間に及ぶ泉水に築山・石橋を配し杉檜の巨木の森に十三の摂社と神官屋敷を具えた荘厳な社であった。
明治四十年の大水害で辛うじて本殿拝殿随身門は残ったものの他は流出埋没し森は枯死し荒廃してしまった。
氏子の長年の努力で復興し祭祀が守られてきたが平成十八年十月随身門を残して焼失した。
唯一豊臣時代から江戸時代の絵馬の献額十一点(市指定文化財)が現存している。
幸い広く地域の奉讃を得て新社殿が造営され平成二十一年十二月遷座式が挙行された。
当八幡宮は、国家鎮守・衆生済度の菩薩神・聖母菩薩神の八幡信仰の社(やしろ)であるとともに甲斐の国発祥の上古の時代からの歴史を秘めた氏神杜(もり)である。

(説明板より)


時刻は午前9時半を過ぎた・・・
もう、寄り道は出来ないぞ・・・(苦笑)
駅に向かう!

余計な場所を立ち寄りながらブラブラ歩いたので、40分ぐらいかかってしまったが、真っ直ぐ駅に向かえば20分ぐらいで駅に着いたかも。
いつもの駅前の「お土産屋さん」に立ち寄る。
お店の小母さんは拙者のことを覚えていてくれた。
「たしか・・・この間来たときは、これから富山に行くって言ってたんですよね?」(笑)
「はい、よく覚えてますねぇ~」(笑)
「こちらにはお仕事で?」
「いえ・・・温泉に入りに来るんですが・・・」
「へぇ~・・・」(苦笑)

まだ電車に乗るまでには時間があるので、とりあえず・・・コーヒー!(笑)
やはり、どうもコーヒーを飲まないと調子が出ない。(笑)
近くの喫茶店でコーヒーを飲み、時間調整・・・

午前10時37分発の「あずさ10号」で新宿駅に向かう。
12時過ぎに新宿駅に到着し、こんどは山手線で池袋駅に向かった。
が・・・・
相変わらず車内で化粧する“バカ女”がいた・・・(唖然)
もうお昼だというのに化粧もしないで家を出てきて、電車の中で化粧ですか?
多分、そう質問したら「私は化粧する暇もないくらい忙しいのだ!」と答えるのだろうなぁ~
忙しそうにバタバタすることが何か格好いいと思っているのだろう。
この世で、秒刻みのスケジュールをこなさねばならないという人は少ないと思うのですが・・・
逆に、そういう身分の人は山手線などという電車などでは移動しないだろう。(笑)
運転手付きの車で移動するんじゃないか?
忙しそうにすることで自分のテンションを上げるのだろうが・・・
それは別の見方をすると、要領が悪いとしか見えないのである。(大汗)
しかも車内での化粧となれば「恥を知らない女」「常識を知らない女」ということになろう。
みっともないんだけどねぇ~
そして、化粧後の仕上がりは、全然変わらないのだから、こうなると「無駄な抵抗」をしているとしか思えない。
ビフォアーとアフターが同じじゃねぇ~(大笑)

池袋駅で地下鉄有楽町線に乗り換え「護国寺駅」へ向かう。
またまた呆れた人間が乗り込んできた。(大汗)
母娘の二人連れだが・・・
娘は中学生くらいか?
その母親は携帯のメールを書き込みながらの乗り込みである。
前も見てない、周囲も見てない、当然、娘の方も見ていない・・・(唖然)
見ているのは携帯の画面のみ。
いったい、どういう母親なのかとシゲシゲと顔を見てしまったが、この母親も「私はとにかく忙しいのだ!」ということか?
“バカ女”である・・・・(苦笑)
いや、ここまでくると、さすがにバカというより“幼稚”である。
で・・・ようやくメールを書き終えた母親が娘とオシャベリを始めたが・・・
その口のききかた、話の内容は・・・“幼稚”だった・・・
車内で「バカ丸出し」というのは、恥かしいことだと思うのだが・・・(汗)
こういうのが「親」ねぇ~・・・あ~嫌だ、嫌だ・・・

さらに車内を見渡すと、なんと!・・・座席に座っている乗客のほとんどが携帯電話を手にしている。
文庫本を読んでいるなんていう人は皆無・・・・(唖然)
拙者の隣に座った男性客も携帯電話を手にしていたので、ちょっと覗きこんでみたら“ライン”というのをやっていた。
他にやることはないのかねぇ~(大汗)
携帯電話に振り回されているって恥かしいことだとは思わないのかねぇ~(苦笑)

12時40分、護国寺駅に到着。
まずは昼飯!(笑)
以前、行った事があるファミレスへ行く。

食後、護国寺に行き、土肥原閣下のお墓参り・・・・
本来の命日は明日なのだが・・・
墓所の「名刺受け」の中に雨に濡れて、かなり劣化した名刺が1枚入っていた。
昨年も名刺受けの中にメモが入っていたので、土居腹閣下のご家族にご連絡を差し上げたのだが、さすがに2年も連続で連絡をすると、いかにも土肥原閣下の命日に家族が墓参りに来ていないことを責めることになるのではないだろうか?
今回は、名刺には何も書かれていないし、かなり劣化していていたこともあり、ご家族にお知らせするのはやめることにする。

お墓参りを終えて池袋駅に戻り・・・上野駅に向かう。

上野駅の構内で、ショートパンツをはいた、足の長い女の子を見かけた。
今の若い子の中には、異常に(笑)足の長い子がいるが、どうしてそんなに足が長いのだろう?
食生活が変わったのか?
それとも外国人の血が混じった混血による遺伝子の変化によるものなのだろうか?
日本人の体型がずいぶん変わりつつあるような気がする。
しかし・・・残念なのは、この女の子の歩き方である。
“ガニ股”で歩いているのである!(唖然)
これでは、折角の足の長さも台無しである・・・・(大笑)
みっともない・・・・

上野駅のいつもの喫茶でコーヒーを飲み、時間調整・・・・
予定通り特急に乗って無事に帰宅する。

日記 | 10:38:27 | Comments(0)
温泉に行く
明日は、祖父の上官だった土肥原閣下のお墓参りに行こうと思った。
で・・・今日のうちに上京・・・
が・・・いつものように東京のビジネスホテルに宿泊するのでは面白くない。(笑)
ということで・・・以前にも宿泊した石和温泉まで行って温泉宿に泊まろう!(大笑)
お墓参りに行くのがメインなのか、温泉に入りに行くのがメインなのか・・・
土肥原閣下に突っ込まれるような気がしないでもありませんが・・・(苦笑)

特急に乗り、上野駅まで約1時間半・・・
それから新宿駅に向かい、午後1時半発の「かいじ109号」で「石和温泉駅」に向かう。

途中、三鷹駅を通過・・・
昔の面影は全くない。
もう36年も経つのだから無理もないかもしれないが、寂しさを感じる。
高校を卒業して、初めての一人暮らしは、ここ三鷹だったんだよなぁ~
この時に住んだ下宿は矢崎さんと言ったか・・・
あのお婆ちゃんは、もうこの世にはいないだろう。
娘さんとの二人暮らしで、自宅の後ろに部屋を増築して4畳半の部屋の「アパート?」を経営していた。
この娘さんは小児麻痺か何かで寝たきり状態・・・
あの娘さんはどうしているのだろう?
お婆ちゃん一人で面倒を見ていたからなぁ~
三鷹駅北口にあった「お惣菜屋」さんはどうなっているのだろう?
よく惣菜を「おまけ」してくれた小父さんと小母さん・・・どうしているだろう?お元気だろうか?
おかげさまで、こんなに立派になりました!・・・と言っても覚えてないか・・・(大笑)
下宿の近くの中華料理店もどうなっているだろう?
毎晩のように、中華丼を食べに行った店である。
なにせ自炊はたまにしかしなかったから、栄養補給はもっぱらここの中華丼だった。(大笑)
ほとんど毎日通っているのに愛想のない店だったが、大学生になり自動車教習所に通っている時に、この店の奥さんとバッタリと出会った。
こちらは顔を忘れていたが(大汗)、相手は覚えていてくれていたようで「その後ずっと姿が見えないのでどうしているかと思っていた」と話しかけられた。
あれほど愛想のない人が、拙者を気にしてくれていたとは驚いた。
隣町に転居したので、その後、このお店には行かなくなったのだ。
「またお邪魔します!」と応えたが、その後、一度も行っていない。
あれから・・・35年ぐらい経ってるよなぁ~・・・・嘘ついちゃったなぁ~(大汗)
お店の場所は何となく覚えているが、お店の名前は全く記憶にない。
今でもお店を続けているだろうか?
三鷹は、思い出の多い町だが、その大半は嫌な思い出・・・(苦笑)
正直言って北口を歩く気になれない・・・
精神的に深い傷を付けられた町である。
36年経っても、駅の北口には降りることが出来ないのである。

隣りの武蔵境駅・・・・
ホームは高架になり、かなり近代化して立派になっていた。(唖然)
昔の面影は全く残っていない。
こんなに変わると知っていたら、あの頃に写真を撮っておけば良かったと思うが、あとの祭りである。

午後3時過ぎに石和温泉駅に到着・・・
雨が降っていたので徒歩で旅館に向かうのを諦め、タクシーで向かう。
おかげで午後4時チェックインで予約していたのだが、かなり早く到着してしまった。

旅館は、それほど大きくはなく、かなり古い建物・・・
笛吹川河畔に建っている。
部屋も古くそれほど豪華な部屋ではないが、どうせ泊まるだけである。
寝られればいい。
窓の外にバスタブがある。露天風呂付きの部屋である!(喜)

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さて、部屋に案内してくれた仲居さんに「心付け」を渡すタイミングは、どのタイミングがいいのだろうか?
簡単な部屋の説明の後というのもいかがなものか。
食事を運んできてくれた時にでも渡すことにするか。

夕食は午後6時からなので、先に温泉に入ることにする。
午後4時に大浴場へ・・・・
天然温泉掛け流しらしい。
団体客が入る時間を偶然避けられたのか、大浴場には拙者だけ!
貸し切り状態である!(大笑)
露天風呂にも入るが、そうそう長時間は入っていられない。
結局30分で部屋に戻る・・・(涙)

食事は部屋食だが・・・・
一人で食べるというのは、なんとも淋しい・・・(苦笑)
こういう時は、やっぱり「妻」か「彼女」が一緒じゃないとねぇ~
いや・・・「妻」じゃ面白くないな・・・やっぱり「彼女」のほうがいいな・・・(大笑)
普段は、まったく晩酌なんかはしないのだが・・・
う~ん・・・食事だけをパクパク食べるのもねぇ~(苦笑)
仲居さんに勧められるまま、ビールを・・・
で・・・普段飲んでいないから・・・・酔っ払った!(大汗)

部屋の露天風呂・・・
こちらも天然温泉らしいので、入ってみたら・・・
ぬるい!・・・・超ぬるい!
湯船に浸かったはいいが、寒くて出られない!(大笑)
マイッタァ~
大浴場のほうは、なかなかいい湯だったんだけどなぁ~
部屋に届くまでの間に冷えちゃったのか?
こりゃ、季節を考えて入らねばいかんねぇ~(苦笑)
次回は、夏に泊まろう!(大笑)

日記 | 14:03:31 | Comments(0)
『昭和史の怪物たち』


はじめに

森 格 昭和動乱の点火者
     5・15事件当夜の怪
     正式には「つとむ」
     中国革命と三井財閥
     満州買収計画
     政友会に入る
     朴烈事件の黒幕
     東方会議のもたらしたもの
     田中上奏文
     張作霖爆殺事件
     河本大作への援助
     幣原喜重郎の失言
     内閣書記官長となる
     政党政治の終わり
     森・鈴木・白鳥トリオ
     石川信吾との関係
     陸軍内部の人脈
     親友・鳩山一郎
     徹底した中国蔑視
     長男は戦死

久原房之助 先読みの怪物
     銅山王、政界に登場
     叔父・藤田伝三郎
     財閥への道
     田中義一、喜ぶ
     資金力の謎
     波乱の入閣
     将来の外相、首相
     反乱幇助容疑
     北一輝との関係は
     政友会分裂と再起
     鳩山一郎へ接近
     斉藤隆夫除名
     近衛新党と既成政党
     大政翼賛会誕生
     東條の強権政治と翼賛選挙
     中野正剛自刃
     先読みの結果は
     スターリンとの会談
     ソ連への使節
     朝鮮独立論
     糸のない凧
     82歳の代議士

宇垣一成 挫折と自信の野心家
     近衛内閣外務大臣
     日中和平交渉の段どり
     軍部の妨害
     葉山の怪
     わずか4ヵ月で辞任
     辞任の真因は?
     三月事件
     徳川義親がスポンサー
     宇垣は関与していたか
     昭和動乱の根源
     永田鉄山斬殺
     大命降下
     石原莞爾の批判
     遂に組閣断念
     もし宇垣内閣が誕生していたら
     吉田茂の宇垣擁立運動
     またまた擁立の動き
     連絡役は河野一郎
     宇垣を阻んだもの
     下克上の時代
     宮中グループ
     昭和天皇の不信
     “悲運の政治家”だったか

おわりに

参考にした主な文献


今年の読書:70冊目



読書 | 08:24:52 | Comments(0)
低減税率は必要か?
このところ、消費税の軽減税率の話題をよく耳にするようになった・・・

私には、なぜ税率を軽減しなくてはならないのかがわからない・・・(苦笑)
あちらを安くするなら、こちらも安くしろ・・・で、いつまで経っても決まらないと思うのだが・・・・
そもそも、なんで消費税を増税することになったんだっけ?(苦笑)
こちらの商品は消費税10%で、あっちの商品は消費税が8%だなんて、なんという面倒くさい話か・・・

この軽減税率を適用するために他に財源を探すのだとか・・・
何それ?・・・・である。
そうなると、やっぱり、どうして増税することになったんだっけ?・・・となる。
増税するのか、現在のままにするのか、二者択一でいいんじゃないの?
そのほうがわかり易いし、手間もかからないでしょう?
数字には表れない「無駄」は排除したほうがいいと思うんだけどなぁ~

消費税が初めて導入されたとき・・・
テレビのニュースで、街頭インタビューのシーンが流れた・・・
「私達に死ねというのですか!消費税なんかを導入されたら死んでしまいます!」と言っていたオバチャンがいたが・・・(大笑)
あの人は・・・死んだんだろうね?
テレビ局には責任を持って追跡調査をしてもらいたいものである。
仮に消費税3%で死なずに済んだとしても、5%に増税になった途端に即死したと思うんですけど・・・

「100円のものを買うのに103円支払わなければならないなんて、子供に教えられない!」と言っていたオバチャンもいた・・・(大笑)
消費税が導入されて何年経つだろうか?
あのオバチャンの子供は、今はもう立派に成人していると思うのだが・・・
多分、彼女の子供は今もって買い物が出来ないでいるだろう・・・可哀相に・・・
母親を恨むべし・・・である。

こういう「愚か者」の意見が「民意」なのか?

何かというと「平等」を口にする連中がいる。
が・・・こういう時は、なぜか「平等」を口にしない・・・
「みんな平等に消費税10%にすべし!」と、なぜ言わないのだろうか?

国会議員が、こういうレベルの低い連中に媚びても、そういう連中は、そもそも選挙の時に投票に行かない連中なのかもしれないではないか?(大笑)
つまり・・・無責任な連中なのである。
そういう連中の言いなりになっても、果たして票につながるかどうか・・・・
他から財源を探して一部の商品の税率を軽減するなんて、下手な媚び方はやめたほうがいいと思う。
なぜ、消費税を上げねばならないのか・・・
本当に税率アップは必要なのか?
原点に立ち返って、よ~く話し合って・・・
その上で・・・
やるなら、やる!・・・やらないなら、やらない!・・・男らしくキッパリと決めるべし!(女性議員も・・・)

エッセイ | 23:08:08 | Comments(0)
『朝日新聞がなくなる日』


プロローグ 危機に立つマスコミ
 マスコミの偏向報道に国民が反旗
 米国では、老舗や名門がつぎつぎと買収された
 さらに時代は変革の嵐へ

第1章 マスコミの経営実態はここまで深刻だ
 朝日新聞とかけて名曲喫茶ととく、そのココロは?
 マスコミ人に先見性がなかった
 外国人派遣員協会も悲鳴
 宅配制度と押し紙
 情報を多重加工して売る時代も去った?
 英国の老舗名門「インデペンデント」が迎えた経営危機
 朝日新聞は如何にして生き延びるのか
 世論は朝日新聞の社説にあるのではなく、とうにネットに移行している
 オバマのマスコミ対策はネット専門家の引き抜きから始まった
 赤字を出すのが夕刊発行の目的か

第2章 テレビジャーナリズムの堕落
 一億総白痴化の元凶はテレビだ
 NHKの反日番組に国民の憤怒
 NHKに取材を受けた台湾人も激怒
 アイドル歌手の醜聞?
 テレビ界を襲う闇
 広告収入の激減は日本のマスコミでも顕著
 テレビから映画へ

第3章 ネットとマスコミの狭間で
 「e リーダー」の登場は時代を変える
 グーグルの挑戦
 著作権者を悩ませる大問題がおきた
 ジャーナリストの感度の鈍さが問題の核心にある
 米国の保守系メディアはどうした
 『諸君!』休刊は時代の役割を果たしたからか?
 なにが報道に一番抜けているのか
 面妖な事件は深追いも必要
 国防論議に欠けるもの
 『朝日ジャーナル』が一世を風靡する中で

第4章 米国は、もはやモデルではない
 色褪せたアメリカ流ビジネス・モデル
 リベラリズムの没落
 米マスコミの断末魔の叫びが聞こえる
 落ちた偶像
 無給休暇を導入した『USAトゥデイ』のガネット社
 雑誌媒体も変身を迫られる
 ビッグスリーの崩壊と米国経済
 日本の受けた悪影響
 「経営の神様」たちの総退場

第5章 朝日新聞はなぜ見捨てられるのか
 情報の本質はインテリジェンス
 5つのWと一つのHを反省
 中国語で「情報」とは「諜報」の意味
 なぜ中国の軍国主義を正面から断罪しない?
 「エリント」と「ヒューミント」
 広報の本来の意味も宣伝だけではない

第6章 北京の軍門に降った日本のマスコミ
 ファナティックな中華ナショナリズム
 新聞報道と実態との落差
 不安になるアメリカの杜撰な武器管理
 それでも強気の中国
 アフリカを蚕食する中国の行動を報道しないのは何故か
 小沢一郎は反米で媚中
 公式に言論の自由、複数政党制、法治、人権を否定している

第7章 反日宣伝キャンペーンに悪のりする日本のマスコミ
 朝日新聞は日本の国益を追求しない
 南京はかつて美しい都だった
 なにも改訂されていない南京虐殺記念館の展示内容
 アイリス・チャンの金箔の銅像
 台湾コーナーを新設し、外国人の証言コーナーを増やす

第8章 これでは国際情勢はさっぱり分からない
 スイス秘密口座の神話が終わる
 ポーランド、ふたたび破産の危機
 ペトロ・エコノミー
 ロシア新興成金の栄枯盛衰
 イランの真実
 トルコの地政学的戦略性を認識せよ

エピローグ 朝日新聞よ、さようなら
 朝日新聞を配達した経験から
 資源争奪の「グレート・ゲーム」と米中対決の構図
 これからは中国問題が最大のイシュー
 朝日新聞よ、さようなら


今年の読書:69冊目



読書 | 01:19:56 | Comments(0)
ウンチが真黒!(驚)
トイレに行って用を足したら・・・
あれれ?
ウンチの色がおかしい・・・(汗)
真黒なのである!!(驚)

昨日もトイレに行ったらウンチが黒かった・・・
気のせいかなと思ったのだが、二日連続となると、ちょっと気になる・・・
こりゃ、一体どうしたことだ?

大腸癌の前触れか?(大汗)
腸の中で出血でもしているのか?
いやぁ~ついに来るべきものが来てしまったか・・・
母親は癌で死に、親父も胃癌で手術を受けている。
息子の拙者が癌にならないわけがない・・・
あ~あ~・・・ついに来てしまったか・・・

こんなに真黒なウンチが出るようでは末期的症状に違いない・・・
かなりの出血だぞ、これは・・・
自覚症状はないが、大腸癌なんてそんなものなのかもしれない・・・(汗)
知らぬ間に病状が進行していて、ついに真黒なウンチが出てきてしまったのだ!
余命は何年なんだろう?
いや、もしかしたら余命数か月かもしれない・・・
あ~あ~・・・やっちゃったな・・・
残された余命を、どう生きようか・・・

真黒なウンチが出るようではねぇ~・・・
真黒・・・真黒・・・真黒?
ん?
真黒?
あれ?・・・
そういえば、一昨日、水戸藩士の“シミズくん”と外食したときに「イカスミ・スパゲッティー」を食べたんだよな・・・
あれれ?
もしかしたら・・・イカスミのような真黒ということは・・・
このウンチはイカスミの色のせいなのかな?(苦笑)

あら・・・イカスミ?(大笑)

あと数日、様子を見てみるか・・・

日記 | 13:46:11 | Comments(0)
『元大本営作戦参謀ビジネス戦記』


第1章 英雄樊噲(はんかい)の名

第2章 浅い知恵と深い知恵

第3章 一念発起

第4章 機略と度胸

第5章 戦火のサイゴン商戦

第6章 中国との超法規商法

第7章 敵の盲点を衝く

第8章 赤貧と人情

第9章 スエズ運河工事落札

第10章 人類の平和共存戦略

第11章 アフリカ偵察行

第12章 韓国の鉄道、造船所づくり

第13章 元陸軍参謀と在日韓国人

第14章 瀬島龍三元中佐の謎

第15章 悪しき遺産からの脱却

第16章 アブダビ大油田発見の道

第17章 発展途上国への助力

第18章 ジンバブエ首相への献策

第20章 イスラエル不敗の基盤

あとがき

参考引用文献


本書の題名を見ると、ちょっとピンとこないかもしれない。
ビジネス戦記?
元大本営参謀の?
なんのことやら・・・・・である。
しかし、本書は、元陸軍参謀の朝枝繁春という軍人の話。
個人の伝記みたいなものなのだが・・・
にもかかわらず、なぜ書名に「朝枝繁春」という名を冠しなかったのだろう?

この人は、太平洋戦争開戦時にはマレー・シンガポール攻略作戦を担当した作戦参謀で、当時29才だった。
終戦時は大本営・陸軍参謀本部の対ソ作戦の主任参謀をしていた。
つまり戦時中はエリート参謀だった人である。
この人が戦後、いわゆる「商社マン」として、戦後の復興・高度成長期に海外で大活躍をする。
その活躍ぶりが面白い。
まさか・・・というような話もある。
さすがは作戦参謀・・・と言いたくなる話である。
この人は、エリート参謀といっても青白い、ひ弱な、頭でっかちの「参謀」ではないようである。
こういう人が活躍した時代・・・「元気がある日本」・・・
うらやましい限りである。
現在は「頭でっかち」ばかりの人と自己保身に走る人ばかりだから、「元気がない」のかもしれない。

ここに同じエリート参謀と言われた瀬島龍三の話も出てくる。
が・・・・なんとも怪しげ・・・
どうもこの人は人間的にチョット問題があるのかも。
二人とも同じように商社に関わっているが・・・
同じエリート作戦参謀でも、対照的である。

読んでいてワクワクしてくる本である。
この時代は、ある意味、面白い時代だったんだなぁ~と思う。
この時代に活躍できた人がうらやましい・・・
やはり「あの戦争で死んでいたと思えば・・・」というのが原動力になっていたのかも。

本人は戦後、この地球から戦争を根絶するという壮大な構想を持ったらしい。
そのことが彼の本来の原動力なのだろうが・・・
とにかくスケールの大きな話なので面白かった。


今年の読書:68冊目



読書 | 00:20:42 | Comments(0)
『レバレッジ時間術』


プロローグ あなたがいつも忙しい理由
 忙しいことはカッコいい?
 1時間かかっていたことを5分で
 時間を「消費」する人、「投資」する人
 労働環境をめぐる2つの変化
 切羽詰まっている人ほど成果が上がる
 「忙しい」と言わない、をルールに
 面倒くさがり屋だから成功する
 
第1章 時間も「投資」で増やす時代
 「週90時間労働」の何が間違いか?
 「時間度外視」の仕事はありえない
 時間資産は雪だるま式に増える
 何もしないでいるほうがリスク
 時間投資の基本は「仕組み」づくり
 やりたいことの時間を「天引き」する
 増やした時間は「再投資」に回す
 「再現性」を持たせなければ意味がない
 「節約」でブレイクスルーは起きない
 リサーチ→スクリーニング→利益確定
 新人の時間投資、経営者の時間投資
 スピードだけ上げてもムダになる
 「ワークライフバランス」をめぐるカン違い
 モチベーションの低さこそ問題
 あまりに短い、日本人の「自己投資」時間
 日本人はもはや「働きすぎ」ではない
 低い労働生産性、その果てに・・・・

第2章 成果はスケジューリングで決まる
 レバレッジ・スケジューリングの三本柱
 俯瞰し、ゴールから逆算する
 カレンダーこそベストのスケジュール帳
 「課題」がなければ「成果」もない
 「ランチ」「ディナー」も3ヵ月戦略で
 準備期間1年弱で大学に現役合格
 個人の「事業計画」をなぜ持たないのか
 レバレッジ資格試験必勝法
 時間家計簿でダラダラ時間をチェック
 成果を数値化して時間の「厚み」を分析
 「インプット」の時間をまず天引きせよ
 「時間割」をつくれば頭も体も勝手に動く
 デキる人は自分の「時間割」を持っている
 毎朝の「タスクリスト」はゴールへの最短ルート
 成果を生み出さない「ToDoリスト」
 一枚のチェックリストの大きな投資効果
 出張の荷造りもチェックリストで効率化
 小さなこともリストにして習慣づけ
 パソコンと手書きをどう使い分けるか
 つくりっぱなしにせず常に持ち歩く
 「リマインダー」機能で組織の時間を効率化

第3章 仕組み化・パターン化の絶大な効果
 「時間割」のある生活は快適
 「習慣化」で集中力も高まる
 残業せずに仕事を仕上げる「仕組み」づくり
 目的は「規則正しい生活」ではない
 面倒なこと、苦手なことこそパターン化
 時間がありすぎるから、時間がなくなる
 100点が必要な仕事、80点でいい仕事
 「あいつは早く帰るヤツ」と思わせる
 セルフコントロールが苦手な人でも
 フレックスタイム制も使い方ひとつ
 「仕事90分、休憩10分」で頭を活性化
 ミーティングの時間も「1コマ単位」で
 よい睡眠は日光を浴びて起きることから
 「早寝早起き」から「早起き早寝」へ
 目覚まし時計は脳によくない
 「ビフォア9」の使い方で人生が変わる
 午後の成果を左右する「15分昼寝」
 週末も平日と同じ時間に起きる
 暗記作業は寝る前にするのがベスト
 休日は「しないこと」を決めておく

第4章 「Doing More With Less」の哲学
 モットーは「Doing More With Less」
 10分の1の時間で仕上げる方法を考えよ
 「人に任せる」は究極の効率化
 優秀な人の成果が頭打ちになる理由
 自分のKSFを見つけているか
 ビジネスも「過去問」と「合格最低点ねらい」で
 なぜ意思決定は即座でなければいけないか
 最悪なのは情報不足のまま迷い続けること
 なぜ判断に時間がかかるのか分析を

第5章 時間密度を高める「チリツモ」技術
 成果を前提にした「チリツモ」効果
 1冊1万円の雑誌でも全部を読むな
 名刺のベストな整理法は「捨てる」こと
 ノートPCより便利な「リモートメール」
 テレビはリアルタイムで見るな
 機器のマニュアルは必ず読む
 電車に乗らないという生き方
 特急電車の30分より各駅停車の45分
 「30分の自分時差」が生む大きな付加価値
 都心に住むという生き方
 メイン・オフィスはバスルーム

エピローグ 人生という時間投資
 すべては「ハワイに住む」ことからの俯瞰逆算
 物事にはうまくいくための原理原則がある
 デキる先輩の営業に押しかけ同行
 真似するなら自分に似たタイプの人を
 他人の時間を尊重する欧米人
 相手の時間を邪魔することに鈍感な日本人
 もし「ルイ・ヴィトン」を知らなかったら
 時間投資の強力ツール「パーソナルブランディング」
 他人のせいにしているかぎり変われない


今年の読書:67冊目



読書 | 23:20:02 | Comments(0)
久しぶりの西洋美術館
昨日は、国防協会の「国防問題講演会」を聴くために上京して一泊・・・

今日は、そのまま真っ直ぐ帰宅するのも、もったいないので・・・(笑)
久し振りに上野の西洋美術館に行ってみる。

ちょうど『黄金伝説』と題する展覧会が開かれていた。
これがまた、なんともすごい!
この黄金の精巧な装身具・装飾品等・・・
どうやってこんな緻密なものを作ったのだろう?
“紀元前”にねぇ~・・・・

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今日は充実した時間が過せた!(大喜)

日記 | 22:08:35 | Comments(0)
『暗殺国家ロシア』


プロローグ ― 2つの襲撃

第1章 悲劇の新聞

第2章 奇妙なチェチェン人

第3章 告発の代償

第4章 殉教者たち

第5章 夢想家たちの新聞経営

第6章 犯罪専門記者の憂鬱

第7章 断末魔のテレビジャーナリズム

第8章 ベスラン学校占拠事件の地獄絵図

第9章 だれが子供たちを殺したか

エピローグ ― 恐怖を超えて

あとがき
参考文献
驚くべき国家に立ち向かう人々  池上彰


本書は「ルポルタージュ」・・・・
つまり、ノンフィクションということになる・・・
決して創作された小説の類ではない。
で・・・・
ロシアの政権にとって不都合な記事を書こうとする記者は“不審な死”を遂げる・・・
明らかに“殺害”された新聞社の評論員や顧問弁護士、契約記者・・・
そこまでやるのか?
と・・・・驚く内容である。


今年の読書:66冊目



読書 | 17:38:46 | Comments(0)
お粗末な元東部方面総監殿・・・
陸上自衛隊の元東部方面総監が在日ロシア大使館の情報機関員(スパイ)に自衛隊の内部冊子を渡していたという。
この冊子は「教範」で、「機密文書」ではなかったそうだが・・・
自衛隊法の「守秘義務」に違反した行為である。
本人も違法行為と知っていて、冊子を渡したというのだから呆れたものである。
で・・・警視庁公安部に書類送検されたそうだ。

情報戦の中では、敵のスパイにある程度の情報を渡しながらも、こちらでも相手から情報を得るというやり方をする。
つまり、お互いに“エビで鯛”を釣ろうとするわけだが・・・
この総監は、相手から何かしらの有力な情報を引き出せたのだろうか?
そういうことは水面下の話なので、まず、表沙汰にはならない・・・
マスコミの報道を鵜呑みにはできないということになるのだが・・・

本当のところは、どうだったのだろう?
ご親切にも、こちらの情報を与えただけで終わったのなら、お粗末である。
元東部方面総監がロシアのスパイの片棒を担ぐということは・・・
茨城県警の元本部長が、窃盗の常習犯に「窃盗犯の摘発と捜査方法」の手引書を渡すようなものではなかろうか?(大笑)
この元総監は、退職しているが、昔の馴染みの部下達に「教範」の入手を依頼したそうだ。
部下達も、すでに退職しているとはいえ、元総監という“上官”からの依頼なので、これに応えて「教範」を渡したそうだ。
あらら・・・さすがは“お役所”である。
“上”から言われたら盲目的に従うのか?
退職幹部自衛官が「教範」を欲しがるのはおかしいとは思わなかったのだろうか?
太平洋戦争時に上官から「捕虜を殺せ」と言われたら、何も考えずに殺したような日本兵と同じタイプか?(大汗)

大丈夫かね?・・・・自衛隊・・・
「安保法案」も結構ですが・・・
それを運用する“人間”の質が落ちてはいまいか?(大汗)

それにしても、不思議なのだが・・・
こういう事件は過去にもいくつかあった・・・
元幹部自衛官がロシア(旧ソ連)のスパイに、うまく利用されたという事件・・・
なぜか・・・ロシア(旧ソ連)のスパイ事件だけが公になるのである。
日本には、ロシア以外の国もスパイを送り込んでいるはずだと思うが・・・

かなりの自衛官が中国人と結婚している。
これ・・・大丈夫か?
情報が漏れているんじゃなかろうか?
数世代前に日本人に“帰化”した朝鮮半島出身者や中国人の子孫が自衛官になっている可能性もあろう?
両親のうちの片方が中国人、朝鮮人の場合・・・
生まれてきた子供は、日本生れで日本育ちの「日本人」である・・・
外見も日本人と区別がつかず、日本語も当然流暢である。
彼らは、親の母国に忠誠を誓うのか、それとも日本に忠誠を誓うのか・・・どっちに忠誠を誓うのだろう?
「スリーパー」を作るとすれば、数世代先まで見越して手を打つのがもっとも効率がいい。
一応、日本で生まれ育った「日本人」であるから怪しまれない・・・
これが自衛官になって大人しく出世街道を走り、イザ必要となったら親の母国からの指令で動き出す・・・
まさしく、これが「スリーパー」だが・・・・
大丈夫かね?(汗)・・・そういう人・・・自衛官の中にいないか?

この間、特定秘密保護法に基づき、機密を扱う公務員の身辺を調査する「適正評価」に防衛省の職員24名と外務省の職員1名が「拒否」したという。(唖然)
適正評価の調査は・・・
テロリズムとの関係、精神疾患の有無、飲酒の程度、経済的な状況、海外への渡航歴というような内容と、家族の生年月日や国籍にも亘って「適正評価」されるという。
特に拒否するほどの事はないと思うのだが・・・
賭け事やら借金、不倫等の異性関係も項目にあったのかな?(汗)
彼ら25名が拒否した理由は定かではないらしいが・・・
酒とカネと女は敵のスパイが付け込む最も基本的な“弱み”である。
「プライバシーの侵害」を楯に拒否したとするなら、ますます怪しい・・・(苦笑)
“閑職”に配置転換をしたほうが無難だろうが・・・
すでに「表に出ない事件」はいくつも起こっていると思ったほうがいいだろう。

それにしても・・・こういう事件は本来は水面下で“処理”されるはずだと思うが・・・
どうして公になったのだろう?
ちょっと気になる・・・
何か裏があるのか?
疑ったらキリがないが・・・(苦笑)

それにしても、元東部方面総監が・・・・ねぇ~・・・・
お粗末・・・

エッセイ | 22:22:53 | Comments(0)
三笠宮殿下、100歳!(大喜)
今日は三笠宮崇仁親王殿下の御誕生日・・・
ついに100歳となられた。
ちなみに、百合子妃殿下は92歳・・・
お二人ともお元気だそうで何よりである。(嬉)

三笠宮殿下は昭和天皇の弟にあたる。
つまり、今上天皇陛下の叔父さんというわけである。
ご長男の寛仁親王殿下、次男の桂宮様、三男の高円宮様、3人の息子さんに先立たれているので、ご心痛はいかばかりかと心配していたが、ついに100歳!
先に逝かれた息子さんたちも喜んでいるのではなかろうか?

拙者にとっては、延々と永久に生き続けていただきたいお方なのである・・・
そんなことは、ありえないことは十分承知の上だが・・・
それでも拙者が死ぬまで生き続けていただきたいお方なのである。

最後にお会いしたのは・・・
殿下が93歳のときだったと思う。
ん?・・・あれからもう7年も経ったのか?
差し向かいで御食事をした・・・・
もう、感激のあまり、何を食べているのか・・・味も何もわからない・・・(苦笑)
記憶力の悪い拙者にしては、何の話を殿下としたのかは、よく覚えているのだが・・・・
何を食べたのかは全く記憶にない・・・(笑)

幼い頃より殿下の事は祖父からよく聞かされていた・・・
こう言っては失礼な話になるかもしれないが、拙者にとっては天皇陛下以上の存在なのである。
「存在」自体が拙者にとっては嬉しいのである。

ついに100歳!・・・・大感激である。
その割には、世間では全く“お祝い”の雰囲気がないのだが・・・なんでだろう?
昔だったら、奉祝の提灯行列があってもおかしくはなかろう?(笑)
殿下は、「大げさなことはするな」と怒ると思うけど・・・(笑)

ご高齢のため、もうお会いする機会が無くなってしまったのが残念・・・
お会いしてお祝いを言いたいが・・・
いつも別れるときに「どうか体を大切にね」と先に殿下に言われてしまう拙者である。
多分、直接お会いしたら・・・先に何か言われてしまい、お祝いなど言えずに終わってしまうかも・・・
多分、そうなるな・・・
陰ながら・・・心の中でお祝いを・・・ということにしよう。
まさしく、これが「葉隠れ」の「忍ぶ恋」・・・かな?(苦笑)

日記 | 00:00:20 | Comments(0)

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