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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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帰国しました
昨晩、無事に(?)帰国しました。

が・・・

声が枯れて、現在、声が殆ど出ない状況・・・

これを「無事」と言っていいのかどうか・・・(苦笑)

エアコンにやられちゃったのか、過労なのか・・・(笑)

参った・・・・

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日記 | 07:35:56 | Comments(0)
帰国する
今日は帰国する日・・・・

早朝、ホテルのレストランで朝食を食べ・・・
午前7時にはチェックアウト・・・
午前9時30分発のANA便で成田に向かうのである・・・

空港内を移動中、すれ違いざまに掃除道具を持った職員(?)から「グッドモーニング!」と親しげに挨拶された・・・
“ヨシ君”が思わず笑う・・・・
「どこへ行っても知り合いばかりで・・・有名人なんですねぇ~」(苦笑)
「いや・・・あれ?・・・いや、俺は知らないけど・・・向こうが俺のことを知っているのかな?」(笑)
大笑いである。

毎度の事ながら、出国時に手荷物検査の職員から嫌がらせを受けるのだが・・・
今回は、無事に通過・・・(ホッ)
これまた毎度の事ながら拙者は喫煙できる喫茶へ向かい一休み・・・
その間、“ヨシ君”は空港内の売店を見て廻るという。
搭乗開始時間に搭乗口で待ち合わせすることにする。
いつも一緒というのでは面白くない・・・(笑)
ポイントだけを押さえて、あとは各自、自由行動というのが一番いい・・・

で・・・無事に待ち合わせに成功し、搭乗・・・・

552_convert_20160415215156.jpg (機内食)

午後3時・・・・成田空港に到着・・・
“ヨシ君”とは、ここでお別れである。
彼は空港から自家用車で帰る・・・
拙者は京成スカイライナーに乗って京成上野駅へ・・・・

そして無事に帰宅・・・・

お疲れ様でした!(笑)

旅行 | 21:39:50 | Comments(0)
コレヒドール島に行く
我々の泊まっているホテルは、朝食付きなのだが・・・
バイキング形式の朝食は面白くないといえば面白くない・・・(苦笑)
“ヨシ君”が「ホテルじゃなくて、どこか外で朝食を食べてみたい」と言うので、朝食を“外食”することにする。
向かったのは、ホテルのすぐ近くにある「ジョリビー」・・・・
フィリピンではポピュラーなファストフード店である。

拙者の“流暢な”片言英語で注文・・・(大笑)
レジの女の子に何か言われたが・・・・
当然、何を言われたのかは、わからない・・・(大笑)
ヒヤリングは相変わらずダメ・・・・
わからないくせに、適当に返事をしちゃった。(苦笑)
で・・・これ・・・
う~ん・・・・拙者はこれを頼んだんだっけ?(大笑)

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ホテルに“ステラさん”が迎えに来てくれて港まで送ってもらう。
今日はこれからコレヒドール島へ行く・・・・
コレヒドール島は定番の戦跡である。

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事前にチケットの予約を“ステラさん”に頼んでおいたので・・・・
チェックインの手続きも彼女にしてもらう。

午前11時半過ぎに出港!

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遠くに並行して軍艦らしき艦船が航行しているのを発見!
ありゃ何だ?

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カメラをズームして撮影してみるが、これがなかなか難しい・・・
船が揺れるので、ぶれてしまうのである・・・(涙)
ようやく1枚だけ良いのが撮れた!(大喜)

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どう見ても、軍艦に見えるよなぁ~
フィリピンにも海軍というのはあるが、相当、装備が貧弱だと聞いていたが・・・
あれはフィリピン海軍のものだろうか?

後で調べてみたら・・・
この船は、やっぱりフィリピン海軍の軍艦だった。
艦名は「グレゴリオ・デル・ピラール」で、もともとは米国の沿岸警備隊が使っていた船・・・
驚いたことに建造されたのは、1965年・・・つまり拙者が5歳のときである!(唖然)
50年も前に造られた船なのである!(唖然)
米国の沿岸警備隊を退役して、その後、フィリピンに売られたらしい・・・・
かなりの中古の船である。(大汗)
フィリピンは7000以上の島で成り立っている国で、周囲は海に囲まれている国であるにもかかわらず、海軍力は、かなり貧弱である。
そのことを以前から知っていたが・・・
50年も前の中古の船を使っているとは驚いた・・・
いずれにせよ・・・貴重な(笑)船を見ちゃったぞ!(喜)

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“ヨシ君”は船室内にいたが、拙者は、ずっと後部デッキに陣取っていた・・・
ここから外の景色を見たいと、以前から思っていたので、今回、“場所取り”に成功した。(笑)
昭和19年、我が戦車第2師団の機動砲兵第2連隊から一部の兵力をレイテ島に派遣することになった。
「派遣隊」は、マニラ港を出港した後、コレヒドール島をぐるっと回りこんで外洋に出た途端、米海軍の潜水艦の攻撃を受けて沈んでしまったという。
この話は、この間、淡路島の“イズミヤさん”に会いに行った時に聞いた話である。
「派遣隊」は海没したが全員戦死したわけではなかったようで、生存者を中心に再度編成しなおして、レイテ島に向かった。
第二次の派遣隊は無事にレイテ島に到着したが、その後の戦闘で玉砕している。
戦友会には、その生還者はいないので、多分、一人も生還していないと思う。
近年、我が戦友会に入会されたご遺族は、この派遣隊に属していた方のご遺族で・・・
第一次の派遣時に海没し、命からがら生き残ったのに、第二次の派遣にも加わってレイテ島で戦死している。
なんと可哀想なことか・・・

第一次派遣隊は、どのあたりに沈没したのだろうか?
海の上では何の目印もないからわからないが・・・
この海の下のどこかに大砲や弾薬を積んだまま輸送船は沈んでいるのである。
そして何人かは犠牲になられているだろう・・・
洋上から、「たぶん、あっちのほうだろう」と、個人的に慰霊をする。

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午後1時・・・・ようやくコレヒドール島が見えてきた・・・
海岸に横穴洞窟が・・・・
もしかして、あれは・・・・特攻艇の秘匿壕ではなかろうか?
ベニヤ板製のモーターボートに爆薬を積んで敵艦に体当たりをした特攻艇隊が、ここコレヒドール島に配備されていたと記憶している。
あ~・・・・あそこに行って見たいんだけど・・・

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コレヒドール島の港に到着!

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行き違いにボートが出て行った・・・
ん?・・・・何のツアーだろう?

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我々が乗ってきたボート・・・・

上陸して・・・
まずは腹ごしらえである。
時刻は午後1時半・・・ちょっと遅い昼食・・・
バイキング形式である。
この昼食は、ツアー費に含まれている。

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コレヒドール島の観光は、専用のバスで行う。
このバスが到着するまで、少し時間があるので、周辺を散策して時間を潰す。

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ここは、「サウス・ドック」と呼ばれる場所・・・日本語に訳すと「南波止場」となるか?
我々のボートが到着した港でもある。
確か、米軍が反攻時に上陸した場所ではなかったかと思う。

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砂浜にコンクリート製の「繋留ブイ」(?)が今でも残っている。
これは米軍のものだろう。

バスに乗って移動・・・・
島内観光は、このバスに乗って行われる。
英語のガイドのバス、タガログ語のガイドのバスがある。
日本人の団体客がある時は、日本語のガイドのバスが用意されるが、いまだかつて、拙者は日本語のガイドのバスには乗ったことがない。
今回は、他に日本人ツアーの人たちがいたので、日本語ガイドのバスが用意されたようである。
ラッキーである。

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拙者が初めて、ここに来たのは今から11年前のことである。
この時は日本語ガイドのバスがなく、仕方がないので英語のガイドのバスに乗ったが、女性ガイドが、散々日本軍を馬鹿にした話ばかりをしたので不愉快だった。
バスの中は、“外人”ばかりで、日本人は拙者一人・・・
しまいには親日の観光客と反日(嫌日)の観光客に分かれてしまい・・・(苦笑)
親日派の方々から「あの説明はひどすぎるよね」と慰めの言葉を頂いたことは今でも忘れられない。
あのときの事を思い出すと涙が出てくるくらい嬉しかった。

そのとき、コレヒドール島に来ている日本人は拙者だけかと思っていたら、なんと、タガログ語のガイドのバスに日本人のグループがいた。
フィリピン人の“一夜妻”と一緒に大声で騒いでいた・・・・(唖然)
これじゃ日本人が馬鹿にされるのも無理はない・・・
遊ぶなとは言わないが、場所をわきまえたほうがいい・・・
見ていて腹が立った・・・

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マッカーサーの銅像の建っている、この場所は・・・・
日本軍がこのコレヒドール島を攻略した時に、マッカーサーがここからオーストラリアへ逃げ出した場所である。
ここから魚雷艇(PTボート)に乗って島を離れたと記憶している。
この時に発したのが「アイ・シャル・リターン」という有名な言葉だったそうで・・・・・
「私は戻ってくる!」と言って、実際に戻って来てしまったのである・・・・(苦笑)

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島内の戦跡を巡る・・・・

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日本の平和祈念公園(慰霊公園?)・・・・
日本語ガイドのバスなので、ここにはタップリ時間をかけて止まってくれた。
11年前には、英語の女性ガイドが「ここには止まらなくてもいいですよね?みなさん!」と嫌がらせをされた・・・
拙者が、ここに止まって欲しいと手を挙げたら他の客からはブーイングを受けた・・・
“親日派”の乗客たちから「我々も降りて見学をする!」と言ってくれたが、ガイドは「じゃぁ、5分間だけ」と再び嫌がらせ・・・
たった5分間だけかよ!(怒)
今でもあの女性ガイドのことは許せない・・・(怒)
一緒に降りてくれた方々が、わざとゆっくり散策し、拙者に「ゆっくり見て来い」と手で合図を送ってくれた・・・
時間稼ぎをしてくれたのには、感謝、感謝・・・思わず涙が出てきた・・・
あの親切は今もって忘れられない・・・

7年ほど前に、生還者1名、遺族1名を連れて、コレヒドール島を再訪問したが・・・
この時も日本語のバスはなく、英語のバスに乗った。
そのときのガイドは男性ガイドだったが、我々に気がついて・・・
「そこの3人の方は日本の方ですか?」と尋ねられたので「イエス!」と答えたら「ちょっと不愉快な冗談を言いますけど許してくださいね」とマイクを使って言ったので車内は大笑い・・・(苦笑)
だいたい、どんなものかは知っていたので、「気にしないからどうぞ!我々はどうせ英語が分かりませんから・・・」と英語で言ったら再び大笑い・・・
見学時間に、このガイドに「一緒に来たあのおじいさんは生還者なんですよ」と話したら、驚いて、敬意をもって丁寧に挨拶をされたのを覚えている。
ガイドとしては、多少、日本軍を揶揄して面白おかしく説明をしなければならないのだろうが、あの女性ガイドとは大違い。
キチンと敬意をもって生還者に接してくれたのが嬉しかったことを覚えている。

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片隅に、戦没者の慰霊のためだと思うが、ネームプレートが埋め込まれている場所があった。
以前来たときには、こういうものはなかったと思うのだが・・・覚えがない・・・
よく見てみたら、それぞれ、戦死した日付がまちまちである。
昭和19年10月の人もいれば、昭和20年7月の人もいる・・・
こりゃ、どういうことだ?
部隊名もなにも刻まれていないので、わからないのだが・・・
なんだろう・・・これ・・・・

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公園から見た景色・・・・
う~ん・・・我が機動砲兵第2連隊「レイテ派遣隊」を乗せた輸送船は、どのあたりに沈んでいるのか・・・・

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次に向かったのは、「マリンタ・トンネル」・・・・
日本軍がフィリピンを攻略したときに、マッカーサーが最後に司令部を置いた場所で、多くの米軍将兵がこのトンネルに立て籠もった・・・
一転して大戦末期には、今度は日本軍が米軍の攻撃を受け、このトンネルに多くの日本軍将兵が立て籠もったが、最後にはこのトンネル内で自爆したという。
コレヒドール島の中でも有名な戦跡である。

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トンネルは、左右にいくつもの坑道が延びているが、立ち入ることは出来ない。
メインのトンネルをガイドに従ってまっすぐ歩くだけ・・・(苦笑)
内部は真っ暗となり、横に伸びる坑道を利用したジオラマにライトが点いて解説が流れるという形の見学・・・
いわゆる「ジオラマ劇場」・・・という感じ・・・・

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トンネル内は出入口を塞がれるため、暑いことこの上ない!(大汗)
拙者は、扇子を用意していたから、まだ何とかなったが・・・
しかも、真っ暗・・・・
これが困るのである。
手に持ったカメラのシャッターボタンが、どこにあるのかわからない・・・(苦笑)
撮影の設定もできない・・・・
なにせ真っ暗で何も見えないのだから・・・(大笑)
というわけで・・・・この内部で写真を撮るのはなかなか難しい・・・
どうしても手ブレするし・・・ピンボケになる・・・(涙)
撮影モードの設定ダイヤルやシャッターボタンにライトが点くようなカメラを開発してくれないかなぁ~(苦笑)

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本道から横に伸びるいくつもの坑道は崩落している。
当時のままの状態なのだろうか?・・・・
日本兵の遺体が埋まったままではないかという気がしないでもないが・・・
どうなんだろ?

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約30分間の「ジオラマ劇場」を見学して外に出る。
入って来たところとは別の場所に出るのだが、バスが先回りして待っていてくれる。

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次に向かったのは「資料館」・・・・

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以前来たときと大きく変わっていた・・・・
かなり綺麗になっていた。

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このコレヒドール島は、まさしく「おたまじゃくし」のような形をしている。

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「おたまじゃくし」の尾っぽを見る・・・・(笑)

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続いて、灯台に立ち寄る。
この灯台は戦前からあったものだが、戦後、修復されたらしい。
ここには「お土産屋さん」が何店舗もあり、ここで休憩となる。
暑いので、ここで飲み物を買って飲む。
で・・・・気になるお土産・・・(笑)
拙者は毎日早朝、親父と散歩をしているのだが、そろそろ新しい帽子が欲しい・・・(大笑)
というわけで・・・「コレヒドール」と英語で書かれている帽子を買う。(笑)
これなら、知る人ぞ知るだから恥かしくない。(大笑)
「マニラ!」とかでは・・・ねぇ~・・・ちょっと・・・(苦笑)
と・・・もう一つ・・・
11年前に来た時に見たのだが、土産物屋で日本軍の軍票が売っていた。
どうせニセモノじゃないかと思って買わなかったが・・・
あれから11年・・・(笑)
どうしても、あの軍票が頭から離れないのである!(涙)
あの時に買っておくべきだったかなぁ~
同じような思いは大学生の時に買うのをためらった古本にもある・・・(苦笑)
店の名前と場所は忘れてしまったが、どの棚にあったかはハッキリと覚えている。(大笑)
30年以上も前のことだから・・・もう買われてしまっているだろう・・・(涙)
軍票のほうは・・・どうなっているか・・・・と思っていたが、あった!まだ売ってた!(大喜)
買わねばなるまい!(大笑)

夕方6時・・・・
コレヒドール島の観光は終了!・・・・・マニラ港に戻る。
港には“ステラさん”が迎えに来てくれた。

今日の夕食はホテルの近くのデパートの中のレストラン・・・・
フィリピン料理を食べることとする。

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このデパートの不思議さ・・・・
日本のデパートならレストランは最上階あたりに集まっているのだが、なぜか1階フロアーに集まっているのである。(苦笑)
で・・・・お土産にドライマンゴーを買おうという事になり食品売り場に向かったが・・・
これまた日本のデパートなら食品売り場は地下階フロアーにあるが、このデパートでは、食品売り場も1階フロアーにあるのである。
ということは、つまり、全て1階フロアーで用が済んでしまう・・・(唖然)
これじゃ、上の階には誰も行かないんじゃないか?(苦笑)
う~ん・・・・フィリピンのデパートは不思議だ・・・(笑)

食料品売り場でドライマンゴーを買いレジへ・・・・
空いているレジに並んだら、レジの女の子が我々に向かって何か言った・・・
が・・・何を言っているのか意味不明・・・
周囲を見たら他のレジに並んでいる人たちから冷たい視線が・・・(大汗)
え?なんだ?どうしたんだ?
“ステラさん”に言われて、ようやくわかった・・・
我々が並んでいたのは、身体障害者と高齢者用の「優先レジ」だったのである。
あら・・・それで空いてたの?
よく見たら、レジのところに標識が出ていた・・・(大汗)
どうりで冷たい視線で見られたわけだ・・・
しかし、フィリピンのデパートは大したものである。
ちゃんと1レーン、身体障害者と高齢者のための優先レジが設けられているのである。
多分、割引とかがあるから、レジが違うのだろう・・・・
日本は、こういうところを見習うべきではなかろうか?

“ステラさん”は60歳を超しているので、割引があるそうで・・・
我々の買物を全部彼女に託して彼女の買物としてレジを通ってもらい、彼女の身分証明書で割り引いてもらう。
大助かり!・・・感謝、感謝!(笑)
それにしても、こういうところはフィリピンはすごいと思う。
レストランでも公共の乗物でもデパートでも、どこでも身分証明書を提出すると割り引いてくれるのだそうだ。
へぇ~・・・である。
日本は見習うべし・・・である。
高齢化社会といっている割には、本気で高齢者への優遇策をやっていないんじゃないか?

食事をし、買物もして・・・ホテルに帰る。
明日は帰国・・・
朝早い時間なので、今晩は、どこにも行かず、そのまま部屋に戻り・・・・寝る!(笑)

旅行 | 13:38:46 | Comments(0)
マニラの市内観光・・・・
今日は真っ直ぐマニラに戻る日・・・

午前8時にホテルの最上階で朝食を食べる。
いい風が吹いて気持ちいい・・・・

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ここからの景色も、これまたいい・・・(喜)

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遠くに見える山・・・
最終的に、この地区の防衛を担当していた日本軍部隊は、あの山に立て籠もって壊滅した・・・・

“タケウチさん”が、お客さんをマニラ空港に迎えに行く予定が入ったとのこと。
ホテルで見送ってもらう予定だったが、急遽、予定変更・・・
“ローリー”の運転で3人でマニラ向かい、マニラのホテルまで送ってもらい、別れる・・・・
ホテルにはチェックインを手伝うため“ステラさん”が来てくれた。
これだけのために、わざわざ来てくれたのには恐縮・・・
時間に余裕があるので、スーツケースをホテルに預けて、“ステラさん”の案内で市内観光に行く事にする。

まずは、オーソドックスな場所が“初心者”には良かろうということで、向かったのは「サンチャゴ要塞」(笑)

413_convert_20160406230421.jpg(リサール記念館)

ここには「リサール記念館」があるので、ここを見学・・・・
一応、フィリピンの有名な人ですからねぇ~

「フォート・サンチャゴ(サンチャゴ要塞)」の敷地内は、通常、ツアーではあまり見て廻らない裏のほうとか・・・(苦笑)・・・・マニアックなルートをわざと散策する。
もしかしたら、いつか“ヨシ君”が観光ツアーに参加して、再び、ここに来る事があるかもしれない。(笑)
その時に見て廻るルートとは違うルートで歩いておいたほうがいいだろう。(大笑)

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この建物は、戦時中、マニラ憲兵隊司令部だった建物・・・・
何の標識も看板も説明板もないので見過ごしてしまいそうな建物だが・・・(汗)
今もマニラ攻防戦の時の弾痕がいくつも残っている。

422_convert_20160406231647.jpg(マニラ憲兵隊司令部跡)

普通は“観光”となると、車を使ってサッサと廻ってしまうのだが・・・・
それじゃ面白くない・・・・(笑)
やっぱり自分の足で歩かねば、記憶にも残らないし・・・・(拙者だけか?)
というわけで、「フォートサンチャゴ」を出て、「イントラムロス地区」を散策することにする。

425_convert_20160406233153.jpg(マニラ大聖堂)

「マニラ大聖堂」をチラリと覗いて・・・・(笑)
世界遺産である「サン・アウグスティン教会」に向かう・・・
途中、“ステラさん”が日本語で説明してくれていたところへ、いきなり「日本人の方ですか?よかったぁ~!」と日本人の女の子が声をかけてきた・・・(汗)
いきなり・・・なに?(苦笑)
「一緒に・・・いいですか?」と言う。(唖然)
まぁ、なんと積極的な女の子であろう・・・・
話を聞いてみたら、何やらどこかの会社の企画でパスポートと旅行カバンを持って集められ、その場で抽選で訪問国が決まり、その場で空港に直行して海外旅行に出かけるという企画の参加者だそうで・・・・(唖然)
何の資料もないままフィリピンに来て一人で観光をしているのだそうだ・・・
何のことやらサッパリ分からないのだが・・・(苦笑)
とにかく到着早々資料を掻き集め、途中、電車か何かに乗ったりして、ここまで来たそうで・・・・(汗)
日本人に出会えて良かった!と喜んでいる。
この企画って何だろう?・・・さっぱりわからん・・・
今流行の“何か”なのか?
テレビ局が企画する「爆弾ツアー」とか「弾丸ツアー」とか、そういうものなのだろうか?
尋ねてみたら、似ているけど、そういうものではないとのことだが・・・・
じゃぁ「サバイバル・ツアー」か?(苦笑)
その旅行の様子を企画主催者に報告する義務があるのだそうで、短時間で急いで観光をしまくるらしい・・・
マニラの観光情報なんて、溢れるほどあると思うんですけど・・・・
企画した会社に何のメリットがあるのだろう・・・・
結局、彼女の言っていることが100%分からないまま、一緒に教会を見学することとなる。(大笑)

ここで“ヨシ君”が「実は僕はキリスト教徒なんですよ」と言う。
驚きである!(唖然)
30年来の友人だが・・・キリスト教徒だったの?
あぁ~・・・・それじゃ、教会に来てよかったね・・・・
「サン・アウグスティン教会」は教会としての部分と、資料館としての部分がある。
興味のない人では飽きてしまう内容だと思うが・・・
キリスト教徒なら・・・それはないだろうから・・・ここを案内して良かった・・・

先ほどの女の子とは、ここでお別れ・・・
結局、彼女の“旅行”が、何の“旅行”なのやらわからなかったが、とにかく女の子の一人旅・・・充分気をつけるよう注意して分かれる。

「イントラムロス」は16世紀にスペイン人によって造られたマニラ最古の地区である。
というわけで・・・・当時を偲ばせるような建物が結構建っている。
“ヨシ君”の希望で、お土産屋さんに立ち寄る。

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ホテルは「リサール公園」の近くなので、公園を目指して歩く・・・・
「リサール公園」はホセ・リサールが処刑された場所である。
また、大戦末期、ここで日米の大規模な攻防戦が展開された場所でもある。
1,000名ぐらいの日本兵がこの公園で戦死している。

無事にホテルに戻り、チェックイン・・・・
コーヒーラウンジで一服して、“ステラさん”と明日の打ち合わせをしてお別れ・・・

今晩は、共同通信のマニラ支局長と食事の約束をしている。
夜、支局長が迎えに来てくれて、マニラホテルに向かう。
彼が予約を入れておいてくれていた。
格式高きマニラホテルのレストランで食事とは、ちょっと緊張したが・・・(苦笑)
初対面の“ヨシ君”はもっと緊張したことだろう。
で・・・雑談の中で、意外な共通点が見つかった!
“ヨシ君”の住んでいる町を支局長に教えたら、彼はその町に以前住んでいたと言うのである!(驚)
“ヨシ君”はコンビニを経営しているんですよ・・・と店の場所も説明したら・・・
「あれ?そこにあるコンビニなら、もしかして、お店に買いに行ってますよ」とのこと。
「え~!(驚)」と“ヨシ君”・・・・
世の中は狭いと言われているが・・・かなり狭いぞ・・・これ・・・(大笑)
一気に緊張がほぐれた・・・・

人と言うのは話してみないとわからんものである。
どこで繋がっているか・・・どこに共通の話題があるか・・・
なにかというと「いや、チョット・・・」と自分の事を隠したがる人が多い・・・
そうなると、永遠に“縁”というものを知らないで終わってしまうのではなかろうか?
“不思議な縁”・・・“出会い”・・・・というのはあるのである。
何度も経験しているので・・・拙者は隠し事なしで何でもオシャベリしてしまうのだが・・・
(ちょっとシャベリ過ぎの感もなきにしもあらずだが・・・)(大笑)

食事を終えてホテルまで送ってもらい支局長と別れる。

さて・・・これから、どうするか・・・
明日はコレヒドール島へ行く予定。
普通は午前6時ごろホテルを出るくらい早い時間なのであるが、今回は午前の便が取れず、お昼直前の第二便の出発。
ホテルを出る時間は遅くていい・・・
ならば・・・飲みに行ってみますか・・・(大笑)
昨晩は、二人して、コーラばかり飲んでいたからねぇ~(苦笑)

いつものポン引きの“デイブ”と打ち合わせして、以前、何度か行った飲み屋に行く事にした。(笑)
知っている店なら安心して飲める・・・・
タクシーでお店に向かう時になって、同じポン引きの“アルフレッド”が、いきなりタクシーに乗り込んできた。(大笑)
「え!なんで2人も乗るの?この人・・・誰?」と“ヨシ君”が驚きの声を上げた・・・(笑)
「大丈夫!知り合いだから・・・“デイブ”の仲間!いつも一緒なんだ」
「え?何それ・・・」(唖然)
いつの間にか・・・(大笑)・・・4人で飲みに行く事となった。(大笑)
過去に行ったことがあるお店だから、拙者が案内して2人で行く事も出来るのだが・・・
念のため「ボディガード」もいたほうが安全でしょ?(大笑)
チップは、どうせ拙者がいつも通りに払ってあげるんだし・・・・
また、それが彼らの収入源なわけだから・・・・
少しは貢献してあげよう。
“女を買う”なんていうことにカネを使うより、こっちの方がいい・・・・(大笑)

このお店は、“健全な”お店なので、ある意味、安心・・・(笑)
女の子とオシャベリしながら酒を飲んで、カラオケを唄うだけ・・・
日本の「フィリピンパブ」と変わらない。
違うところは、指名する女の子がいないと、お店の女の子たちがテーブルの前にずらりと並んで・・・
その中から気に入った子を選べと言われるのが、ちょっと照れくさいくらいで・・・(大笑)
あとは、「私を買ってくれ」などというような売込みがないから気楽に飲んでいられる。(大笑)
結構、拙者のお気に入りの店なのである。
目的の違う人には、全然面白くない店だとは思うけど・・・(大笑)

いつものように「デイブ!唄え!」と彼にカラオケを唄わせる。
食べたいものがあればご馳走し、指名したい子がいれば指名させ、飲み物をおかわりしたければ、それもOK・・・・
たとえポン引き君といえども同じ扱いをすることにしている。
で・・・支払いは全て拙者である。(笑)
だから、何年も、いい関係が続いているのかもしれない。
しかし、調子に乗って図々しいことをやったら、即、クビ!(笑)
以後は、二度と相手にはしない・・・
“デイブ”は、そこそこ図々しいところもあるが、場を盛り上げてくれる。
“アルフレッド”は、飲み物は1杯だけ、ほかは全て遠慮する。
彼はチップだけが目当てなので、大人しくしている・・・(大笑)

適当に飲んで・・・さぁ、帰りますか!
ササッと、二人が店外に飛び出しタクシーを拾ってくれる。
”デイブ”が「俺たちはボス(拙者の事)のボディーガードだから!」とお店のスタッフに叫んで笑っている。
「ボス!どうぞ!」
「おお!ご苦労!」(笑)
“ヨシ君”は・・・唖然・・・・(大笑)

彼らと一緒にタクシーに乗ると、非常に安心・・・(苦笑)
ボッタクリに遭うことがない・・・・(大笑)
“デイブ”は強面なので、運転手も遠慮するのだろう。(大笑)
拙者が一人で乗ると・・・必ずと云っていいほどトラブルになる。(大笑)
こちらも強面だが、日本人だから・・・やられちゃう・・・・
倍以上の料金を吹っかけられたこともある。
その点、彼らと一緒だと安心・・・特に酔っている時は・・・・(笑)

ホテルに無事に戻り・・・解散!
ポン引き君たち2人にチップを渡し・・・グッド・ナイト!(笑)

旅行 | 22:34:11 | Comments(0)
マバラカットに行く
クラークを出て、次はマバラカット方面へ・・・・

まず、向かったのは、「マバラカット西飛行場」跡・・・

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ここの記念碑(慰霊碑?)の脇にある小高い丘に横穴洞窟が掘られている。
戦闘指揮所の洞窟跡だと思うが・・・
この中を“探検”することも考えていたので、“ヨシ君”には事前に懐中電灯も持参するように言っておいた。
ちなみに、ペンライト程度では無理・・・(笑)
拙者は以前、ペリリュー島の遺骨調査の時に使ったLEDのメチャクチャ明るいライトを持参・・・
これで照らすと珊瑚礁の欠片と遺骨との区別が出来るのである。
通常の黄色みがかった懐中電灯では、珊瑚礁の欠片と遺骨の欠片は同じ色に見えるので、判断がかなり難しい・・・
このLEDライトは、拙者の“秘密兵器”なのである。(大笑)

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入り口はかなり腰を屈めないと入れないほどの狭さ・・・・
奥は、かなり広くなってはいるが・・・
拙者が初めて、ここに入ったのは10年以上も前のことだが・・・
あの時は、もっと天井が高かったような気がしたんだけどなぁ~
内部は結構、落盤を起こしているのか、それとも天井から落ちた土を盛り上げたのか、随所に土の山が・・・
昔は、こんなものはなかったし・・・もっと奥まで行けたんだけどねぇ~
とにかく、行ける所まで入って撮影・・・・
と・・・“ヨシ君”が血相を変えて尋ねてきた・・・(汗)
「これ・・・何ですかね?・・・これ・・・マズイもの撮っちゃったんですかね?」と言う・・・
彼が撮影した写真に“変なもの”が写っていたのである・・・
「う~ん・・・気のせいでしょ・・・たまたま拙者のカメラのストロボが反射して出来た影とか・・・そういうものでしょ?」
「え?・・・まさか、心霊写真じゃないですよね・・・・」(大汗)
そういう怖い話はするなって!・・・・拙者は結構、気が小さいんだから・・・(大涙)
「とにかく・・・それは気のせい!気のせいだから・・・」(苦笑)
「・・・・・・・」(汗)

次に向かおうとした途端、目の前に“カラバオ(水牛)”が・・・(笑)
昔ながらの畑の耕し方である。
今もって、水牛を使っての耕作なんかをしているんだぁ~
へぇ~・・・・とカメラを向けたら、作業していた人に笑われた・・・(笑)

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さらに途中で下車・・・・
特攻隊員たちが出撃する前にいた丘がわかったので教えてくれると“タケウチさん”・・・・
どこかのだれだったか忘れたが、その人がその場所を見つけ出して、彼女に教えたらしい。
「ほら、あそこですよ」と指さされたが・・・・
その“あそこ”って、どこなのかサッパリわからない・・・(苦笑)
指をさしている人は、わかっているんだろうが・・・・こちらは、どこを指しているのかわからないのである。(笑)
ここが景色を見ながら“教える”ことの難しいところである。(汗)
それにしても、当時の地表はピナツボ火山の噴火の時に火山灰で埋まってしまったと思うんだけど・・・・
「あの場所にいた」の話は、真偽不明の話である・・・・(大汗)

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次に向かったのは「マバラカット東飛行場」跡・・・・
ここにも過去、何度も訪問した・・・
お参りして次に向かう・・・・

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次に向かったのは、海軍第201航空隊の本部跡・・・・
ここで、体当たり攻撃、つまり、神風特攻隊の実施が決められたのだとか・・・
ここは「神風特攻隊誕生の地」と呼ばれている。
当時の建物は取り壊され新たな建物が建ったと聞いていたのだが・・・
“タケウチさん”の話では、当時の建物だという・・・
真偽のほどはわからない・・・
一体、どっちの説が正しいのだろう?

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“タケウチさん”は、この家の持ち主とは知り合いだそうで、敷地内にお邪魔した。
残念ながらこの家の持ち主は不在だったが、留守を預かっている人が内部を見せてくれた。

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当然、家具類は当時のものではないが・・・(笑)
部屋自体は、当時のままだとの事・・・・
真偽のほどはわからないが、一応、写真を撮る。(苦笑)

時刻は午後4時・・・
今日の戦跡訪問と慰霊は、ここで終了・・・
アンヘレスへ向かいホテルにチェックイン。

ホテルの最上階でコーヒーを飲みながら一服・・・
“タケウチさん”も“ヨシ君”も二人とも「ライン」というのをやっているらしい・・・
とにかく、ひっきりなしに着信があり、二人とも携帯電話から手が放せない様子。
そして返事を書くのに忙しい・・・(唖然)
一緒に行動していても、この調子・・・・
景色を見るとか、ゆっくりオシャベリを楽しむとか・・・そういうことが・・・ない。(汗)
“タケウチさん”から「あなたもラインをやったら?これ、すごく便利ですよ」と言われたが・・・・
う~ん・・・何にとって便利なんだろう?(笑)
そこまで携帯電話に支配されたくないんだよねぇ~(苦笑)
ちょくちょく着信があって、そのたびに急いで返事を書かねばならないなんて、とても“便利”とは思えないんですけど・・・(汗)
拙者は基本的に家から一歩外に出たらメールの確認はしない・・・(大笑)
ノートパソコンを持っていないから外出先でメールを確認しようとも思っていない・・・・
携帯のメルアドは、覚えていないから他人にも教えられない・・・(大笑)
メールの確認は帰宅後にパソコンを開いて確認すればいいだけの事・・・
だいたい、そんなに急を要することなんて拙者には起こらないし・・・
緊急の要件なら携帯電話に直接かかってくるでしょ?(笑)
「ライン」・・・ねぇ~・・・・拙者には不要だな・・・(大笑)
一緒にいる人を無視して携帯電話とニラメッコするのが「コミュニケーション」なのだろうか?
甚だ疑問に感じますけどねぇ~

外のレストランで夕食をとって、歓楽街に繰り出すことにした。
「ゴーゴーバー」と呼ばれるお店に“ヨシ君”をご案内・・・
これも社会見学、話のタネ・・・ということで・・・(笑)
ステージ上で踊る女の子を見て、気に入った子がいればホテルに連れ出すというシステムらしい。
“タケウチさん”にご案内いただき、お店を“ハシゴ”して歩く・・・

1軒目では“オカマちゃん”にテンションの高い挨拶をされたので・・・
「よっ!元気?」と返事したら、“ヨシ君”から「知り合いですか?」と尋ねられた・・・(汗)
初めて来た店なんだから知り合いがいるわけがない・・・(大笑)
相手が元気よく挨拶してきたら、こちらも相手に合わせなくっちゃ悪いでしょ?(苦笑)
しかし・・・拙者が「そっちのほうの趣味がある」と思われたのでは困るので・・・(大笑)
別の店に移動・・・・

2軒目は人気店なのか混雑していてステージの目の前の席しか空いていなかった。
そこに座ったのだが・・・・見えるのは女の子の足とお尻だけ・・・(大笑)
そこへ韓国人の客が割り込んできて、女の子にチップを渡して大はしゃぎ・・・(唖然)
おい、おい、いきなり後ろから俺を押しのけるとは失礼ではないか?(怒)
カチン!・・・・と来たが我慢、我慢・・・・
2階席からは韓国人の観客が20ペソ(50円くらい)札をステージ上にばら撒く・・・
上から降ってくる札を取り合って女の子たちはキャーキャーと大騒ぎ・・・・
一瞬にして興ざめである・・・・(唖然)
どうして、こうも韓国人は品がないんだろう?
“タケウチさん”の話では、昔、日本の農協のツアーでも、こういうことをやっていたと言う。
へぇ~韓国人だけを責めるわけにもいかぬというわけか・・・(苦笑)

3軒目・・・・(大笑)
拙者は、かなり真面目な男だが(大笑)、“ヨシ君”も真面目な男である。(笑)
スタイル抜群の美人の女の子を見て「ほぉ~」「へぇ~」と言って楽しむのみ・・・(大笑)
「好みのタイプは?」
「5番と8番かな・・・・」
「だよねぇ~・・・・好みが一緒じゃダメジャン!」と大笑いして楽しむ・・・
“タケウチさん”から「好みの子なら指名してこっちの席に呼んだら?」と言われるが、その気は全くない・・・(大笑)
見ているだけで充分である。
下手にオシャベリしたらガッカリするだろうから・・・・(大笑)
ただ見ているだけで・・・あとは勝手に妄想を膨らませて楽しむ・・・(大笑)
これが一番いい・・・(大笑)
この手のお店には入場料のようなものはない。
席に座って飲み物を注文するだけ・・・つまらなかったら勝手に席を離れて帰っていいのだそうだ。
拙者はコーラを飲みながら“目の保養”・・・・(大笑)

さらに、4軒目、5軒目と“ハシゴ”が続く・・・・
女の子の中にはモデル級の美人さんもいれば、その正反対の人もいる。
美人さんは、自分が美人であることをよくわかっているから、ちょっとツンツンしていて感じが悪い・・・
その反対の子たちは、どうせ選ばれるわけがないと諦めているのか、半分ふて腐れたようにデレデレと腰を振っているだけ・・・
とても「踊っている」とは言えないが・・・・そのやる気のなさを前面に出したら、余計に選んでもらえないと思うんですけど・・・(苦笑)
表情も暗いし・・・・
「女は愛嬌」なんだけどなぁ~(笑)
「男は度胸」の“度胸”がない拙者が言うのもなんですが・・・・(大笑)

「よくもあの外見でステージに立つよねぇ~」と“ヨシ君”が呆れていたが・・・
彼女達も生活費を稼ぐのに必死なのだろう。
ハッキリ言って、ビキニ姿でステージ上で腰を振って客から指名されるのを待つというのは、かなりの「屈辱」だと思う。
それでも家族を養うためには、これしかないと、この道に入ったんだろう・・・
ブスだ、デブだ、年取ってる、醜い・・・等々、そういう目に晒されながらなんだから、かなりツライと思うねぇ~
彼女達を嘲笑することは、とてもじゃないが拙者には出来ない・・・
かといって、同情して彼女を“買う”ということも出来ないが・・・(苦笑)

「目の保養」が一番いい・・・
気がつけば、午前1時・・・
何度も“タケウチさん”には「私に遠慮しないで選んでいいんですよ」と言われたが・・・
彼女も内心、「さっさと選んでホテルに行ってくれ。私を解放してくれ!」と思っていたかもしれない・・・
大変ご迷惑をかけてしまった・・・(苦笑)
で・・・・「じゃ、ホテルに帰りますか!」ということで、“社会見学”は終了・・・・
拙者は何軒も店を廻って疲れた上に、エアコンの冷風を浴びすぎたせいか、声が枯れてしまった・・・
マズイ・・・・声がでなくなっちゃった!(大涙)

今晩は、ちょっと調子に乗りすぎてしまった・・・・(涙)

旅行 | 18:21:51 | Comments(0)
クラークへ行く
午前6時にモーニングコールをホテルにお願いし・・・・
午前7時に朝食・・・

今日は、これからクラークに向かう。
こちらの旅は、以前にもお世話になった“タケウチさん”の旅行社に頼んである。
が・・・“ステラさん”が念のため心配なのでということでチェックアウトの手伝いをするため、わざわざホテルに来てくれた。
申し訳なし・・・(苦笑)

午前9時に“タケウチさん”の会社のドライバーが迎えに来る予定・・・
“ヨシくん”と二人でホテルの車寄せのところでオシャベリをしていたら、車寄せの向こう側に止めた車の脇で手を挙げて親しげに挨拶してきたフィリピン人がいた。
「あの人・・・誰?」と“ヨシくん”
「あれ・・・あれはポン引きだと思うよ。日本人を見かけると親しげに挨拶して、俺の車に乗らないかって言ってくるんだよねぇ~」と拙者・・・
「へぇ~そうなんだ・・・」
と・・・まもなく・・・
“ステラさん”が「お迎えの車が来てますけど!」と言ってきた。
「車?どこ?・・・」
“ステラさん”が指さしたのは・・・・さっきのフィリピン人!(驚)
ありゃぁ!やっちゃった!(大笑)
ポン引きのオニイチャンだと思っていたら、彼は我々を迎えに来たドライバーだった!(大汗)
道理で親しげに挨拶してきたわけだ・・・
「ポン引じゃないの?」(唖然)・・・と“ヨシくん”
「いやぁ~お恥かしい!間違った!俺達を迎えに来た人だ!」
大笑いである・・・・

“ステラさん”に見送られて出発!
で・・・ドライバー君・・・以前にも拙者を迎えに来たことがあると言う。
「おお!そうか!う~ん・・・たしか・・・“ラウル君”だっけ?」
「ちがいますよ!・・・僕は“ローリー”です!」(苦笑)
またやっちゃった!名前を間違えた!(大笑)
「確か・・・アエタ族だったよね?」
「そうです!」(笑)
彼がアエタ族だというのは覚えていたのだが・・・・
顔と名前を完璧に忘れていた・・・(大汗)
どうもダメだねぇ~
記憶力が悪い・・・・

クラークでは、「クラーク博物館」の館長と昼食を一緒に食べる約束をしている。
現地で“タケウチさん”と合流し、館長の事務所に行ったら・・・
館長は「そんな話は聞いていない」と言う。(唖然)
事前に“タケウチさん”を通してアポを取ったはずなんだけどなぁ~
館長は、もう90歳になる・・・
ボケたか?(笑)
いずれにせよ、拙者が会いに来たことを喜んでくれた。
久しぶりの再会である!
お土産も持って来たし・・・(笑)
館長の“セフィー”が好きなのは日本茶と甘栗・・・
前回会った時に、甘栗を土産に持ってきてくれと言うので苦労して探して持ってきた。(笑)
突然の昼食会となったが・・・一緒に4人で、近くのレストランへ行く。

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ここのお店の従業員の女の子たちは、どうもオーナーの“趣味”らしいのだが、背が高く、スタイル抜群で、美人ぞろいなのである。(大笑)
ということで・・・結構、拙者はお気に入りである。(大笑)

“ヨシくん”を館長さんに紹介して、しばし雑談・・・
そういえば、以前は杖をついて歩いていたのだが、今回は杖なしで歩いている・・・
相変わらずのヨチヨチ歩きは変わらないが・・・90歳だから仕方があるまい。
「杖はどうしたの?」と尋ねたら・・・
「日本茶を飲んだら、杖をつかなくても歩けるくらい元気になった」と言う。
え?・・・日本茶にそんな効用があったっけ?(大笑)

館長さんとは、ここでお別れ・・・
またの再会を約束して事務所まで送る。
で・・・・ついでだから、博物館を見学に行くことにした。
今年の1月にリニューアルしたと聞いてはいたが、まだリニューアル後の博物館を見ていない。

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あらぁ~ずいぶん綺麗になっちゃってぇ~
驚きである・・・・
で・・・・拙者が整備を手伝っていた日本軍の遺品の展示の方はどうなっているかと見てみたら・・・・

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あれ?!
拙者が苦労して作った英文の説明板が消えている!
いや、それを新たに作り直して設置されているなら、それはそれでいいのだが・・・
何もない!
拙者が2年もかけて、自腹を切って行った展示品の整備・・・
すべてがパー!である・・・(怒)
このやろう!・・・と、はらわたが煮えくり返る思いである。
やった野郎はだいたい想像がつく・・・
この博物館には一人の若い男性職員がいる。
館長は、彼に何でも任せているようなのだが・・・彼の仕業だな・・・
何回も会って、おしゃべりもしているが、毎回、横柄な態度・・・
フィリピン人には珍しいほど、フレンドリーなところがない・・・
バッタリ館内で彼に会ったが、彼は気が付かないふりをして顔をそむけた・・・
やっぱり・・・この野郎の仕業だな・・・・
確信した瞬間である。

「おい、あれはどういうことなんだ?俺が作ったプレートはどうした?」
彼は、両手を広げて、「さぁ~知りません」というポーズ・・・・
ぶん殴ってやろうかと思ったが、“ヨシくん”がいるので諦めた。(苦笑)

だめだ・・・こいつらに何をしてやっても無駄だ・・・ということがこれで分かった・・・
もう二度と協力するのはやめよう・・・・

幸いにも博物館を見学した後に館長に会わなくて良かった。
90歳の館長に文句を言うところだ・・・

博物館がリニューアルされたときに館長室は撤去されたようである。
で・・・館長は別の場所の「空家」の片隅に机と椅子を与えられて“幽閉”状態・・・・
おかしいなと思ったのだが、そういうわけか・・・
館長を邪魔物扱いしているのは明らかである。
90歳だから、そう長生きはすまい・・・その後釜を狙っての事だろう。
そういうことに一生懸命になるから、いつまでたってもフィリピンは良くならないんじゃなかろうか?(苦笑)
腹が立つなぁ~あの野郎!(怒)

続いて、近くの「リリーヒル」にある観音様をお参りにいく。

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旅行 | 17:23:44 | Comments(0)
フィリピンに行く
今日からフィリピン・・・・
今回は友人の“ヨシくん”との2人旅・・・
そもそものきっかけは、彼の発言にある・・・(笑)
「フィリピンには行ってみたいと思うけど、あの国は危険なんでしょ?」と言うのだ。(唖然)
いや、いや、どこの国だって危ない場所に行けば危ないでしょ?(大笑)
危なくない場所は危なくないでしょ?(大笑)
日本だって、安全な国、犯罪率が低い国というイメージがあるが、新宿の歌舞伎町あたりをウロウロすれば、危ない目にあう可能性は高いのではなかろうか?
それと同じである。

「じゃぁ、連れてってやろうか?一緒に行こうか?」という事になった・・・(大笑)
彼は戦跡訪問や戦没者の慰霊にも興味があるというので、それなら問題はない。
じゃ、行こう!(大笑)

いつものように、成田空港17:30発のANAでマニラに向かうことにした。
で・・・空港で待ち合わせ。
彼は大韓航空のラウンジを無料で使えるのだそうだ・・・
なにやら会員になっているようである・・・(拙者にはよくわからんのだが・・・)

360_convert_20160330101922.jpg(大韓航空のラウンジ)

ここで無料の軽食をいただき、一休み・・・・
いやぁ~こういうのも、いいねぇ~(笑)
彼のおかげで、いい経験が出来た。

362_convert_20160330102301.jpg(機内食)

ボーイング787は、エコノミーの座席が3席・3席・3席と横一列に並んでいる機体である。
で・・・悲しいことに、拙者はこの3席の真ん中の席になってしまった!(涙)
しかも、窓側には巨漢の米国人、通路側には巨漢のフィリピン人・・・
その間に挟まれて窮屈この上ない!(大涙)
両脇の巨漢の腕が拙者の席まではみ出しているので、食事をしたくとも腕が動かせないのである!
あのね・・・そこまで太ったら、ビジネスクラスに乗ってくれないかねぇ~(苦笑)

窓側の太った米国人は、太っているゆえか、足が痛いそうで、どうしても股を開いて拙者の座席の方に足を伸ばさねば座りづらいらしい。(大汗)
「膝の関節が痛くて足を伸ばさねばならないんだ。すまない」と身振りを交えて言ってくる・・・
仕方がない・・・そりゃツライだろう・・・
というわけで、それでなくとも狭いスペースなのだが、拙者の座席の方へ足を伸ばしていいよと伝える。(大涙)

このツライ姿勢のままで5時間近くも乗らねばならんのか・・・
スチュワーデス(キャビン・アテンダント)に「他の席に移動できないか?」と尋ねたら「満席ですから無理です」のひと言・・・
「大丈夫でしょうか?」と尋ねられたが、この体勢が大丈夫に見えるかね?(怒)
拙者も体格がいいほうなので、ニッチもサッチもいかない状態なんですけど・・・
見りゃ分かると思うんですけど・・・
だいたい、座席が狭すぎるんだよね!
横幅が狭いのである!(怒)
子供が座るんじゃないんだからさぁ~なに、この座席は・・・とイライラする。
B-787は新型の機種だが、要注意の機種である!

午後9時過ぎに、無事にマニラに到着・・・
いつものように“ステラさん”が迎えに来てくれていた。
ドライバーは“マルコスさん”・・・
久しぶりの再会である。
ホテルに向かう途中、市内の、いつもの両替所に立ち寄って両替をし、拙者の定宿であるホテルに向かう・・・

ホテルでは、いつものようにコーヒーラウンジでコーヒーを飲みながら“ステラさん”と雑談・・・
“ヨシくん”を紹介し、今回の旅の打ち合わせを行なう。

旅行 | 09:55:23 | Comments(0)
「子供に迷惑はかけたくない」は正しいか?(汗)
最近の中年以上の人の中には「子供には迷惑はかけたくはないから・・・」と将来、子供との同居を望まない人がいる。
同居する、しないは勝手ですが・・・
私は、この「子供には迷惑をかけたくない」の言葉を聞くたびに違和感を覚えるのである。
果たして、この「子供に迷惑をかけたくない」という、この考え方、言い方は正しいのだろうか?

親が赤ん坊を授かったとき・・・
“おしめ”を交換しするなど“下(しも)”の世話をし、熱が出れば看病し、何をどうして欲しいのか泣き止まない赤ん坊をあやし・・・
そうやって赤ん坊を育ててきたはずである。
その時に、「迷惑だ」と言ったのだろうか?
「赤ん坊に迷惑をかけられている」と言う親が果たしているだろうか?
もし、いたとしたら、それは完全に親としては失格であろう。

人間は、歳を取ると、段々赤ん坊に近づいていくという気がする。
“おしめ”をするようになるし・・・(笑)
場合によっては、“下(しも)”の世話を第三者に頼るようになるし・・・
何が原因なのかわからないが、突然体調を崩すし・・・
ボケが入ってくると、何を言っているのかサッパリわからん話をするようになるし・・・(大笑)
突然の怒り出したり、駄々をこねたり・・・
こっちの言うことはサッパリ理解してくれないし・・・
まるで赤ん坊と同じである。(大汗)
違うところは、言葉が話せることと、体が大きくて重くて簡単には持ち上げられないくらいではなかろうか?(大笑)
その“大きな赤ん坊”の世話をするのを「迷惑」とは言わないと思うんですけど・・・
「世話が焼ける」「手がかかる」「手が焼ける」・・・これならわかるが・・・
「親に迷惑をかけられています」はありえないと思うのです。
その場合は別の状況を指すのであって、親の面倒を見るのを「迷惑をかけられている」と言ったのではおかしなことになると思う。
というわけで・・・「迷惑」という言い方はおかしい・・・

私は親父の面倒を見ているが、一度も「迷惑をかけられている」と思ったことはない。
「手が焼ける」・・・は日常茶飯事ですが・・・(大笑)

「自分の子供には迷惑をかけたくない」は、一見、子供に対して思いやりがある優しい親のように聞こえるが・・・
もしかして、子供に見捨てられる前に先手を打って、そういうことを言っているのか?(大笑)
それとも、自分の子供の家族さえ良ければ他人に迷惑をかけてもいいと思っているのだろうか?
それは、ちょっと身勝手じゃないのかね?
そういう人の面倒をどうして「他人」が見なくてはならないのか?(苦笑)
そういう人は、晩年は自分で自分の始末をつけてもらいたいものである・・・
本来なら、我が子より血のつながっていない他人には特に迷惑をかけるべきではあるまい?

ということで・・・
本来なら、「他人には迷惑をかけたくないから、自分の子の世話になります」・・・と言うべきではなかろうか?

エッセイ | 01:00:56 | Comments(0)
『脳に悪い7つの習慣』


まえがき
「脳トレ」のゲームやドリルで脳を鍛えることはできない
「脳のしくみ」にもとづいた構成だから、悪い習慣がカンタンにやめられる
脳のしくみから「脳に悪い習慣」がわかる!
脳に悪い理由を知ることで、初めて人は行動に移せる

第1章 脳に悪い習慣①

「興味がない」と物事を避けることが多い
脳は本能に逆らえない
「自分さえよければいい」と思ってはいけない
「興味がない」と考えるのはNG
脳が発達するとき、2つのクセが生まれていた
本能の過剰反応は身を滅ぼす
脳のクセを知れば、コントロールできる
興味をもつことで、脳のパフォーマンスはぐんと上がる

第2章 脳に悪い習慣②

「嫌だ」「疲れた」とグチを言う
脳は情報にレッテルをはっていた!
「おもしろくない」「すきじゃない」などマイナスの感情はもつな
人を嫌って、得することは何もない
どうしても好きになれなければ、居場所を変えてもいい
「嫌だ」「疲れた」と口にするのはNG
感動しないと脳は鈍る
表情が暗いと脳も曇る
どんな上司が部下をいちばん伸ばせるのか
「疲れる脳」と「疲れない脳」がある

第3章 脳に悪い習慣③

言われたことをコツコツやる
情報はどのように思考に至るのか
脳にとっての「報酬」とは
「だいたいできた」と安心してはいけない
「無理かもしれない」と考えるのは脳にはNG
なぜ「言われたことをコツコツやる」が脳にとって悪いのか
目的と目標は分けなければ達成できない
目標をコロコロ変えてはいけない
上司や指導者に対して従順になるな
“ここぞ”というときにリラックスをしてはいけない
マニュアルどおりにやらせるな
「気合だ」「がんばれ」と叫ぶのはNG
脳に悪い習慣は勇気をもってやめる

第4章 脳に悪い習慣④

常に効率を考えている
どのように「心」が生まれるのか
思考に欠かせない「ダイナミック・センターコア」とは
効率を重視してはいけない
くり返し考えることが、独創性を生む
日記やブログで考えを整理することは脳にもよい
本を1回読むだけでは学んだことを活かせない
「ダイナミック・センターコア」を邪魔する脳のクセ
頑固では「ダイナミック・センターコア」が活かせない
反論されてカチンとくるのはNG
考えるときは4日ごとに間を置こう
独創性はやり方次第で身につけられる

第5章 脳に悪い習慣⑤

やりたくないのに、我慢して勉強する
脳はどうやって記憶するのか
悔しい気持ちは脳の力を引き出す
記憶力をよくするには
「名前だけ」を覚えるのはNG
「だいたい覚えた」でやめてはいけない
脳のしくみを活かすと記憶力が高まる
体験記憶の落とし穴を知っておこう

第6章 脳に悪い習慣⑥

スポーツや絵などの趣味がない
脳のさまざまな力にかかわる「空間認知脳」とは
姿勢の悪さは脳に影響する
スポーツや絵などの趣味がないのはNG
リズムを無視してはいけない
寡黙でいることにメリットはない
「生まれつきだから」とあきらめてはいけない

脳に悪い習慣⑦

めったに人をほめない
脳はどうやって考えを一つにまとめているのか
「気持ちを伝えられない脳」がある
たんたんとクールに話してはいけない
「空気を読まない」のはNG
目的は共有しないと達成できない
人をほめると脳が喜ぶ
自分を捨てる勇気をもとう

「違いを認めて、共に生きる」ということ―あとがきにかえて


ほぼ、この著者が言う「脳に悪い習慣」は、なるほどと思うのだが・・・
ただ、第3章の「言われたことをコツコツやる」は、ちょっと受け入れがたい・・・(笑)
「(他人に)言われたこと」をやるのが悪いのか?
コツコツやること自体は良い事だと思うのだが・・・
他人ではなく自分で決めたことをコツコツやる分には問題はないのか?
その点が、どうもハッキリしない・・・
「継続は力なり」は脳には悪い習慣なのか?
もうちょっと分かりやすく解説してもらいたかった。

それと・・・
「A10神経群」とか「ダイナミック・センターコア」とか、何のことやらサッパリわからない話を持ち出されるのも困ったものだ。(笑)
こちらとしては既に脳が「弱く」なっているのですから・・・(大笑)
専門用語らしきものを振り回されると、なおさら理解度が低下してしまうのです。
もう少しわかりやすい言葉を使って説明してもらいたかった。
やたらとカタカナ文字を振り回す人がいるが、それは脳には良いのか悪いのか・・・

「リスペクト」という言葉をやたらと使う人がいる・・・
「リスペクト」?・・・・「尊敬してます」「敬意を表します」と日本語で言えば済むと思うんだけど・・・
「コンプライアンス」も同様である。
不祥事を起こした企業などが謝罪会見の時によく使っている。(笑)
「これからはコンプライアンスを強化しまして・・・」みたいな・・・
「法令順守」と日本語で言えば済むことである。
「法律を守ります」「違法行為はいたしません」と日本語で言えばいいことである。
「コンプライアンス」なんて、カタカナを使うから本当の意味が分からずマヌケなことをしてしまうのである。
彼らの脳は腐っているのではないかとすら思ってしまう・・・・
と・・・・こんなことに、いちいちケチをつけて文句を言うこと自体が・・・・脳に悪いか?(大笑)

う~ん・・・なかなか難しいぞ・・・「習慣」を是正するって・・・(大笑)


今年の読書:65冊目



読書 | 23:52:54 | Comments(0)
お知らせ!
またまた・・・お知らせします!(笑)

11月25日から29日までフィリピンに行ってきます!

また行くのかよ!・・・という声が聞こえますが・・・(大汗)

今回は、日程の都合でルソン島のマニラだけに行きます。

友人をマニラ近郊の戦跡に案内します。

ついでに、久し振りにクラーク博物館の館長にも会おうかなと・・・(笑)

というわけで・・・またまたブログの更新が遅れます・・・(大汗)

日記 | 11:50:50 | Comments(0)
「アイシス」なのか「アイエス」なのか?
「イスラム国」とも呼ばれるイスラム過激派が暴れている・・・
「ISIS」と表記されたりしているのだが・・・
ニュースを聴いていて気になることが・・・
「ISIS」をニュースでは「アイエス」と発音していたのである。
ん?「アイエス」(IS)なのか?
確かに「IS」という表記もあるが・・・
米国のCNNニュースでは「アイシス」(ISIS)と発音している。
日本は、なんでこういう時には米国のマネをしないのだろうか?(汗)

もしかしたら・・・「アイシス」という発音には何かしら問題があるのかも・・・
トヨタが販売している乗用車に「アイシス」という名前の車がある。
ニュースで「アイシス」を連呼すると、トヨタの車の宣伝になるから「アイシス」とは発音しないことにしたのだろうか?(大笑)
それとも日産自動車あたりから文句を言われそうだから「アイシス」と発音するのをやめたのか?
それともトヨタからイスラム過激派を「アイシス」と発音されると、自社の車のイメージが悪くなるのでやめてくれと申し入れがあったのだろうか?(笑)

できれば、世界共通の(米国中心となりますが・・・)発音に統一してもらったほうが、外人との会話の時には便利だと思うのだが・・・
たとえば・・・NATO(北大西洋条約機構)を日本では「ナトー」と発音している。
しかし、英語の発音は一般的には「ネイトー」である。
下手すると、話が通じない・・・(大汗)
PATRIOT(愛国者)も同様で、「パトリオット」と日本では発音する。
「パトリオット・ミサイル」とか・・・
でも、一般的に米国人は「ペイトリオット」と発音している。
「パトリオット」と発音して通じるのかな?(試したことはないのでわからないが・・・)(笑)

できるだけ、一般的に使われている発音に統一したほうがいいのではなかろうか?
日本人は英語が出来ない(話せない・聞き取れない)という原因の一つが、こういうところにもあるのかもしれない・・・
(・・・と、自分の勉強不足と頭の悪さを他に転嫁する・・・大笑)

エッセイ | 11:50:35 | Comments(0)
『検察秘録』


第1章 瓦解した捜査
福岡地検次席検事による捜査情報漏洩事件の背後に何があったのか。
この大スキャンダルの露見によって、政界をも視野に入れた一大汚職事件の捜査がひっそりと潰えていった・・・・・。

  プロローグ
  国税が発掘した「宝の山」
  押収手帳には政治家名がずらり
  不世出の検事、石川達紘
  福岡地検特別刑事部の出動
  朝日新聞のスクープ記事
  捜査襲った情報漏洩事件
  地検と地元警察の確執
  相次ぐ首吊り自殺
  してやられた検察捜査
  出世を急がぬ男たち
  癒着の温床、判検交流
  もたれ合う法曹三界

第2章 政治家逮捕
金丸信の罰金処理で轟々たる批判を浴びた特捜部は、組織の存亡を賭けて、起死回生の大勝負に出る。
金丸を脱税で電撃逮捕したのだ。
政界のドンとの息詰まる攻防を描く。

  学生運動の活動家だった検事長
  金丸5億円献金をめぐる暗闘
  検察、大混乱!
  脳死状態の最強捜査機関
  実名調書が法廷に提出された謎
  差し込んだ一条の光明
  入手した1枚のチャート
  いざ、乾坤一擲の大勝負
  正面突破で臨んだ日債銀捜査
  元国税庁長官、窪田弘のこと
  金丸脱税捜査の重圧
  迫る五十嵐、気圧(けお)される熊崎
  漏れなかった金丸脱税捜査
  待ち焦がれた日
  「生原、落ちる」
  ぐらり揺れた金丸の上体
  電撃の記者会見
  ワリシンが見つからない
  金丸の名言「わしはうそはつかん」
  「55年体制」の崩壊
  五十嵐紀男の述懐
  ゼネコン汚職事件へ
  スタートした“吉永検察”
  照準は中村喜四郎へ
  「不正の請託」立証の困難性
  告発断念は検察の都合にあった
  腹をくくった吉永祐介

第3章 検察内部の権力闘争
聖域だった防衛庁に腐敗のメスを入れようとする検察現場に対し、法務官僚の上層部は「待った」をかけた。
事件は消えようとしていたが、東京地検検事正の石川達紘は、極秘に捜査を復活させた。

  出頭を命じられた雑誌記者
  特捜部黄金時代の幕開け
  その逮捕は、「待て!」
  総長会食事件と連判状事件
  検事と政治家の泥仕合
  「そごう」水島会長の役割
  ニュースソース秘匿の危機
  敗北した河井特捜検察
  日通事件が残したもう一つの悲劇
  蘇った防衛庁背任事件
  防衛庁の底知れぬ腐敗
  禍根を残した平相銀事件
  不正の芽に目をつむった検察
  “ほめ殺し”と平相銀事件
  検察乗っ取りの謀略
  指揮権発動をだれが利用した
  「巨悪を眠らせない」の伊藤栄樹

第4章 検事という職業
女性スキャンダルで検事総長を棒に振った則定衛。
奇跡の復活で検事総長に就いた吉永祐介。
修羅場を生き抜く検事たちの、金、オンナ、酒、出世など、知られざる生態が明らかに―。

  石川達紘の怒り
  無防備だったエリート法務官僚
  タニマチの検察包囲網
  今度はピンクのペンキか?
  最強権力の驕り
  則定スキャンダルの背景
  調査活動費疑惑の噴出
  中村法相の「指揮権発動」まがい問題
  山口敏夫の逆襲
  覚醒剤女性とY検事
  兜町で株をやっていた検事
  事務次官より偉い検事総長
  任官時期が左右する検事の将来
  エリート、非エリートの選別
  原田明夫と石川達紘の出世比較
  検事総長になった特捜部長
  特捜部長と最終ポスト
  吉永、根来の「総長禅譲説」の真相
  カムバックした吉永祐介
  わたり合う吉永、根来両応援団
  吉永、続投意思固めて中国へ
  2千万円プレーヤーの検事
  検事も人の子
  検察支える事務官
  特任検事の死
  検事の転機は40歳
  現役と対峙するヤメ検弁護士
  判検が独占する公証人

第5章 傷だらけの特捜物語
金融腐敗一掃に突き進む検察が最後にたどり着いたのは“盟友”大蔵省の驕りが生んだ接待汚職だった。
検察は本省への家宅捜査を断行し、キャリアを逮捕する。
だが事件終結後、検察への報復が始まった。

  強大な権力握る検察官
  検察の切歯扼腕(せっしやくわん)
  野村証券を電撃の強制捜査
  不正の温床、損失補填
  摘発の武器を得た特捜部
  第一勧銀元頭取の自殺
  VIP口座に隠された真実
  大蔵の甘い検査官処分
  総なめにされた四大証券
  破綻相次ぐ金融界から怨嗟の声
  政財界から噴出した検察憎悪
  接待汚職事件捜査へ
  国を支える二本の柱石
  封印された中島疑惑
  大蔵の構造腐敗一掃を決断!
  抵抗勢力の圧力
  大蔵接待汚職事件の炸裂
  パニックの永田町と大蔵省
  新井将敬の自殺
  ついに大蔵キャリアを逮捕
  捜査の筋と意義
  国家的損失に対する判断
  事件終結
  自民党の怒り
  検事への報復
  人事院総裁賞

第6章 国税、警察との緊張関係
大物政治家と親しかった竹井博友の株脱税事件で、検察に命がけの協力をした国税に待ち受けていたのは、大蔵省による苛酷な人事だった。
国税庁兆巻以下3幹部を辞職させ、けじめをつけたのだった。

  検察と国税の蜜月捜査
  逮捕を逃れた元国税局長
  修正申告か、刑事告発か
  国税調査に政治家介在
  国税首脳の悲劇
  肥大する検察捜査
  警視庁のぼやき
  東北談合事件の行方
  奈良県警の身内のかばい合い
  腰上げぬ神奈川県警
  国家ぐるみの事件揉み消し
  検察の組織防衛論

第7章 正念場の特捜検察
若手検事の取り調べでの暴行事件をベテラン検事が嘆く。
「最近の若い検事には相手にいやなことを聞く取り調べが苦痛だという」。
最強の権力を行使できる検事たちに、今、何が問われているのか。

  検察の“牽引車”たる特捜部
  特捜部誕生のきっかけ
  台湾に日本式特捜検察が
  タブーへの挑戦
  暴力団、総会屋、エセ同和・・・・
  多発する自殺者
  負担増加する国策捜査
  割らん検事は飛ばぬ鳥
  若い検事はなぜ殴るのか
  様変わりする司法環境
  熊崎の「特捜部改造計画」
  不発事件の情報開示
  検事の依頼人は国民すべて

あとがき

参考資料① 検察庁の機構
参考資料② 検事の序列
参考資料③ 東京地検と特捜部
参考資料④ 法務省の機構
参考資料⑤ 本書に関する主な法律、条文
参考資料⑥ 特捜部が摘発した戦後の主な事件


今年の読書:64冊目



読書 | 00:45:05 | Comments(0)
再犯率の数値目標?
15年版犯罪白書によると・・・
年々高齢者の刑務所への入所者が増えているのだそうだ。
しかも再犯率が高いという。
これは、刑務所を出所しても住むところもなければ働くところもないため、犯罪を繰り返してしまうということらしい。
そのため、服役期間が長期化してしまい、刑務所が「福祉施設」化しまっているらしい。

なるほど、それは言えるかもしれない・・・
出所したところで、働く場所がなければ犯罪に手を染めるしかあるまい。
ただ刑務所に入れれば「もう二度とやりません」と反省して再犯はしないというものではあるまい。
出所後の面倒まで考えなければ再犯は防げないと思うのである。

で・・・考えたのだが・・・
いっそのこと「公務員」にしてしまうというのはどうだろう?(大笑)
「特別公務員」!!
官舎に住まわせ、給料もシッカリ支払うが、他人の嫌がる仕事を「強制労働」させるのである。(笑)
役所には役人がやりたがらない仕事もあるでしょ?
例えば税金滞納者に対する税金の取立てとか・・・(大笑)
なにか、そういう仕事を「強制的に」やらせてはどうだろ?
犯罪者には職業選択の自由は認めないという、基本的人権のある程度の制限があってもいいんじゃなかろうか?

政府は、刑務所を出てから2年以内に再入所する人の割合を16%以下にする数値目標を掲げているそうだ。
ん?・・・16%以下?・・・その数値はどこからきたのだろう?
ということは・・・16%までは「再犯」してもいいということ?(大汗)
基本的に再犯率の目標は0%でしょ?(大笑)

「16%以下」という数値目標を掲げると、役人は何をするかというと・・・
検挙しない!(笑)
裁判を長引かせて、結論を出さない・・・つまり刑務所になかなか送らない・・・(笑)
そうやって、16%以下の数値目標を達成しようとするのではあるまいか?(大笑)

平成14年に交通事故を除く一般刑法犯で検挙された人のうち再犯者は11万8,383人で、昨年より4257人減っていて、これで8年連続で減っていると「喜んで」いるようですけど・・・(汗)
11万人も再犯者がいるんですよ!(唖然)
刑務所に入れても、全然反省してないってことでしょ?
我々の税金で飯を食って風呂に入って屋根のあるところで寝泊りして・・・
これ、刑に服していると言えるのかね?・・・(汗)

再犯者は、8年連続で減っているって言っても、検挙人数に占める再犯者の割合は過去最高の47.1%で、18年連続の増加だそうである。
つまり、「はじめて犯罪を犯しました」という人より、「またやっちゃいました!」という人がだんだん増えているということである。
これでいいのだろうか?

いっそのこと、尖閣諸島とか、無人島の離島で「防人(さきもり)」となって国防に任ずるとか・・・(笑)
11万人の再犯者が日本列島周辺の離島に駐屯するのである!
ちゃんと衣食住を無償支給して、さらに給料も・・・(お金もらっても、無人島では使い道はないかもしれないが・・・)
自衛隊よりすごい人数だぞ・・・これ・・・(大笑)
で・・・戦わなくていい。
異状を発見したら海上保安庁と自衛隊に通報するだけ・・・
あとはプロに任せる。
これを法律にすれば・・・再犯したら「離島行き」・・・
再就職先は強制的に「防人」・・・
絶対嫌だという人は再犯しなくなるだろう。(大笑)
出所後の面倒を何か考えるべきだと思うんですけど・・・
刑務所で何度も何度もタダ飯を食わせるより、国民のため役に立つような仕事を与えるべきではなかろうか?
そのほうが、一石二鳥で、税金の無駄にはならないと思うんですけど・・・

エッセイ | 22:03:26 | Comments(0)
縄文人は短足?
縄文人というのは短足だったそうだ・・・
縄文人が聞いたら「余計なお世話だ!」と怒ると思うが・・・(大笑)
国立科学博物館が63人分の縄文人の骨を調べたら、そういう結果になったそうである。
当初は、縄文人というのは、顔の形の研究などから南方の出身とする説が昔からあったそうで・・・
南方の温暖な地域からやって来たので、脚が長いと想像されていたそうである。

一般的には、温暖な地域では胴に比べて手足が長く、寒冷な地域では手足は短いとされているのだそうだ。
そんな馬鹿な・・・という気がしないでもないが・・・(苦笑)
それなら北海道の人は短足胴長で、九州の人は手足が長いというのか?
北海道で生まれた人に失礼ではないか?(笑)
道産子馬が脚が短いから人間も脚が短いとでもいうのか?

弥生人は、寒冷地に住んでいたので、脚が短かったそうだ・・・
で・・・縄文人は南方からやって来たから脚が長かったそうだ・・・
それが、今回の調査で、縄文人も弥生人と同様に脚が短かったということになると・・・
じゃぁ、弥生人と縄文人の区別がつかないではないか?
古代の原始人を縄文人と弥生人とに区別したことが、そもそも間違いなのではなかろうか?(笑)

最近の子供達を見ていると、やたらと脚が長いんですけど・・・
あれは、どういうことなのだろう?
地球温暖化のせいなのか?
もし、そういうことであれば、大昔の地球は「南方」と言っても温暖ではなく寒かったのかもしれない。
「南方」は暖かい・・・というのは現在の我々の認識であって、何千年も前の「南方」は暖かかったとは限るまい?(苦笑)
地球が何千年もの間、だんだん暖かくなったから脚が長くなったのかもしれない。

さらに、この調査では、94人分の江戸時代の人の骨を調べたところ、江戸時代の人は縄文人や弥生人よりも更に胴長短足だったという。(大笑)
益々「余計なお世話」である!(大笑)
こうなると、またまたおかしな話になる・・・
どうして江戸時代の人が極端に短足だったのか・・・
江戸時代は、縄文時代や弥生時代より寒かったのか?

いずれにせよ、短足だから何だと言うんだ・・・という話である。(大笑)

エッセイ | 21:15:43 | Comments(0)
『生命保険の「罠」』


まえがき

序章 「社長歓迎!」ポスター
 「社長が支社にやってくる!」
 社長を拍手でお迎えする練習
 感謝する相手が違う

第1章 「一生涯」とは106歳?
 美味しい業界?
 「マイナス30%」からの資産作り?
 「無知」が支える広告効果
 「分割払い」への素朴な疑問
 誰もが106歳まで生きる!?
 お客様をバカにしていないか?
 約50年分の前払い
 「美味しい話」などどこにもない
 今こそ賢くなるべきです

第2章 「おまけ」で釣る
 3つの手口
 「お祝い金」とはよく言うよ・・・
 欲しくないものも買わせる?
 保険会社が大勝ちできるギャンブル
 「思考停止」を誘うパッケージ商品
 ガクンと下がる保障
 突然、保険料が2倍に!
 もう会わないかもしれないじゃん?
 お詫びのプロが付き合ってくれる
 「医療保険」などでも同じことが・・・・
 バラ売り商品のパッケージ化

第3章 「極論」に振る
 実は夫を「がん」で亡くしまして・・・・
 パンフレットから見える「答え」
 「使用頻度」や「価格の合理性」は?
 「死ぬんだったらいいんですよ!」
 少年に5000万円の保険?
 最悪のケースばかりを想定
 降水確率10%未満でも傘は必要!?
 病気で死ぬ確率は極めて低い

第4章 お客様を「信者」にする外資系
 たった5年で退社している!?
 「啓蒙された!」「感動した!」
 外資系営業マンからの絶縁メール
 外資系の情報操作
 「更新=値上がり」は大間違い!
 「掛け捨てでいいのですか?」
 ガードマンを雇ったお金は戻らない
 「保障」と「貯蓄」を兼ねるには
 外資が隠した(?)「終身保険」の正体
 ベンツが買える高額な買い物

第5章 進学は「万が一」起こることなのか?
 「痛手の大きさ」を考える
 保険の究極の存在意義
 「確率」と「影響」
 「保険貧乏」にならないために

第6章 「○○コープですか・・・・!?」
 「やる気あるの!?」
 役に立った「極論」
 お客様の怒り
 何回疑うんだ!?
 生保の常識は世間の非常識
 アフター・サービスは時間のムダ
 「君の会社はお役所以下だ!」
 「断られる理由」もわからない
 1社専属に見切り
 お笑い、出勤コンテスト!
 乗り合い代理店
 販売チャンネルの多様化はいいけれど
 銀行なら信用できる?
 FPにも素人が・・・・
 ステイタスはいらない
 「××生命」のあなたがなぜ・・・・

第7章 プロが入っている保険
 「自分たちは全然入っていないの」
 保険の本質を見据えた入り方
 月々6872円で「完璧!」
 見事な優先順位のつけ方
 保険料を抑えるのは簡単!
 保険額は下がっても構わない
 大病時の一時金がメイン
 入院についての「まやかし」
 「更新」は怖くない
 「お祝い金」好きは素人さんだけ

終章 保険会社への期待

あとがき


この本は、なかなか面白い本だった。
「暴露本」の一種になるのかもしれないが、私としては常日頃から思っていたことが、保険業界の人間である著者も書いていたので、「やっぱりね」の思いである。
言葉は悪いが・・・基本的に、生命保険というのは「恐喝」の一種だと私は思っている。
「病気になったらどうするんですか?」と相手の不安を煽って売り込むのであるから、「まともな」商売ではない・・・(大笑)
「じゃぁ、病気にならなかったらどうするんだ?」の答えはない・・・(大笑)

本書の驚いたところは、保険会社の実名をあげているところ・・・
これは「内部告発」というものではない。
保険の売り手である人間が見ても「これはおかしくないですか?」という話である。
著者は保険業界が、もう少し「まとも」になってほしくて本書を書いたようである。
大いに好感が持てる。

この手の「暴露」に対して、「相手にしない」という人もいる。
「負け犬の遠吠え」扱いをする人もいるが、ここは真摯に耳を傾けるべきだ。
「いい加減な詐欺まがいな恐喝行為」に違和感を持たなくなったら、さらにエスカレートして最終的にはトンデモナイことも起こり得る。
だから、業界の人はちょっと考えたほうがいい。
特に経営陣は・・・

我々を「お客様」と呼ぶ割には、お客“様”の希望する保険商品がないのが不思議である。
本当に、我々「お客様」のことを思っているのやら・・・である。

その昔、某温泉観光地のホテルに宿泊したことがあった。
で・・・たまたま偶然に私の入っている保険会社の団体を見かけた・・・
その中には、私の担当者もいたのであるが・・・
その行状・・・・お土産の爆買いなどを見ていて嫌になった・・・
「だから、俺の保険料は高いんだ」と思ったのである。(大笑)
この会社はその後倒産しましたが・・・(大笑)
「もう危ない」という情報を得ていたたので、担当者が「別の保険に切り替えましょう」と平然と勧誘に来た時に、逆に保険を解約した。
その後、1カ月くらい経って、この会社は倒産した。
彼らは倒産寸前まで平然と勧誘をしたのである。(唖然)
こんな連中に大金を預けられるか・・・と思ったものである。

大手保険会社「N」は、ネットを使って手続き等をしてくれと言う。
で・・・パスワードの登録をしてくれと、しつこく言われた。
が・・・・それっておかしくないか?
生命保険だから、病気での入院費の請求は別としても、私が死んだときに、どうやってネットで死亡保険金の請求をするのだろうか?
「ご家族にパスワードを教えておいてください」と支店長がいう。
「私が死ぬのは30年後として、30年間も私の妹がパスワードを保管できると思いますか?」
「とにかく、キチンと保管していただいて・・・」と支店長は言う・・・
馬鹿か?
この程度の人間が「支店長」なのか?
本社の方針なのだろうが、本社の役員の頭はおかしいのではあるまいか?
というわけで・・・しつこく何度も言われているが・・・私は今もってパスワードの登録は拒否している・・・(大笑)
必要があれば、電話で済むはずである。
「お客様」の希望に沿わず、一方的に会社の都合を押し付けるとは失礼な話である。

本書は10年ほど前に書かれた本だからか、こういう話は載っていませんが・・・・(笑)
基本的な「罠」の話が載っているので参考になるだろう。
決して、「生命保険には入るな」とは言ってはいない。
人それぞれの「環境」があるのだから、それに見合った保険を上手に選べということであろう。
勧誘に軽々と乗るな・・・ということである。

「持病があっても入れます」?
入れるけど支払うとは明言していないよね?
「一生涯保障します」?
その月々の保険料は納得できる額かどうか・・・
納得できるなら入ればいい・・・・
「罠」を「罠」と知った上で、この程度の「罠」なら許せるかどうか・・・ということになるか?

入院給付金、1日1万円をもらうために、何年にもわたって保険をかけた場合、その総額はいくらになるか?
場合によっては、その分を預金しておいたほうがいい場合もあるのでは?(笑)

自分の「未来」は誰にも分からない。
大病に罹るかもしれないし、まったく病気知らずでポックリ死ぬかもしれないし・・・(笑)
85歳くらいまでは生きるだろうと思ったら、あっさり1年後に死ぬかもしれないし、100歳まで生きるかもしれない。
家族がいるかどうか、子供が何人いるか、自分が経営者かサラリーマンかでも、保険のかけかたは違うと思う。

本書は、生命保険の「基本的な考え方」を学ぶのにはいいと思う。


今年の読書:63冊目



読書 | 23:41:57 | Comments(0)
『北京は太平洋の覇権を握れるか』


プロローグ ― 米支の権益地域としての絶東
    絶東の不安定さ
    決戦の場であり終戦の場ともなる西太平洋

Ⅰ なぜ太平洋の支配権が二強国の争点となるか
    出発点は「ニクソン=毛沢東」の密約
    事情の変化
    キー・テクノロジー「W88」
    地理が「人性」と「政治風土」を決定する
    秘匿された中間目的=米国との「核対等」
    米国人のシナ人を見る目の変化
    軍事的合理性の皆無な中共の「ミサイル原潜」
    「不透明」であることの強み
    開き直っている「スパイ活動」
    南シナ海の角逐―悪いことをする奴は、それを騒がれたくない
    覚醒した米国政府はシナ封じのために各国をテコ入れ中

Ⅱ 米支開戦までの流れを占う
    自業自得の「修好通商忌避」がシナを追いつめる
    サイバー攻撃の暴走的エスカレーション

Ⅲ 想定 米支戦争

1 サイバー戦
    サイバー攻撃の応酬が、米支の敵愾(てきがい)感情をヒートアップさせる
    「サイバー戦闘」には「サイバー諜報」が先行している
    サイバー・エスピオナージとしてのフィッシング
    オペレーション・システム(OS)の穴を塞げ!
    サイバー戦の総司令部「サイバー・コマンド」
    米軍のサイバー人材確保のむずかしさ
    単純な破壊工作も有効

2 「開戦奇襲」はスパイ衛星を狙って第一弾が放たれる
    ISRとは何か
    自己宣伝が実力不相応な強気にさせる自己破滅コース
    GPS妨害は両刃の剣
    米空母の所在は静止衛星には見張れない
    「触接(しょくせつ)」には専任の飛行機が必要だ」
    宇宙のISR潰し合戦の行方
    米軍は「パラサイト衛星」にも対策済み
    グァム島周辺の海底ケーブルはトロール漁船が切断する
    ミサイル発射早期警報系に対する破壊工作
    AWACS機の駐機場等に対する各種攻撃
    米国による「挑発」は空母を囮(おとり)に使う

3 航空機の様相
    中共軍は弾道弾によって米空軍と戦う
    中共軍は巡航ミサイルによっても米空軍と戦う
    同盟国の飛行場はどう利用されるか
    グァム島にはどのような空襲があるか
    米空軍は「ミサイル基地潰し」を最優先させる

4 機雷戦の様相
    機雷によって中共は滅びるだろう
    バラエティー豊かなシナ製機雷の数々
    シナ軍による攻撃的機雷戦
    機雷戦に投入される公船
    「鉄槌」と「スウォーム」による海での奇襲開戦
    米軍によるマラッカ海峡の封鎖とコントロール
    米軍による攻撃的機雷戦
    シナ軍による防禦的機雷戦
    シナ本土沿岸での機雷戦の様相

5 陸戦を占う
    米大統領はシナ軍との陸戦を回避しようとする
    エンジン技術の低さからシナ製ヘリコプターは大不振
    ヘリ戦はどんな様相になるか
    特殊部隊とダムダム弾
    大口径化の模索
    ヘルメットと防弾衣とステロイド剤
    「地雷戦争」の悪い予感
    生贄としての「主力戦車」
    空輸できる耐地雷構造の兵員輸送車が活躍
    砲戦があるとしても大砲の出番はない
    シナ軍の専売特許であった迫撃砲でも米軍は圧倒する

6 核が使用されるシナリオ
    化学兵器と生物兵器が使用される情況
    開戦劈頭の核使用はない
    横須賀か東京が核攻撃を受けるシナリオ
    核攻撃への日本独自の報復

Ⅳ 米支戦争に日本はどうつきあうのが合理的か
    日本の改革(病巣廓清)など到底不可能なので、ひきこもりが「吉」
    吉田茂式の遁辞はいまも役に立つ
    EEZ内「敵性オイル・リグ」の爆破
    シナ人(や韓国人)が近海でしていることを日常「視覚化」せよ
    尖閣諸島への警備部隊の常駐
    「シナ占領軍」には絶対に加わるべからず
    「上海~長崎」航路帯の掃海
    再説・日本独自のISRの盲点
    「無人機母艦」が役に立つ
    独自な「対抗不能性」の追究

エピローグ ― 開戦前の宣伝に屈しないために

あとがき


今年の読書:62冊目



読書 | 22:58:39 | Comments(0)
午前4時半に起こされた・・・(涙)
親父が突然拙者の部屋にやってきて・・・叩き起こされた・・・
時計を見たら午前4時半である!
何事かと思ったら・・・
「ゴルフクラブの新年コンペにお母さんと一緒に出るんだろうけど、その間、俺はどうしたらいいのかわからない」と言う。
え?・・・一体何の話しだ?(唖然)
「それを考えたら寝られないんだ」と言う。
「あのね・・それ、夢を見たんじゃないか?だいたい、お母さんは死んでるんだぞ。コンペに出られるわけがないだろ!」
「・・・・」
「なにを寝ぼけてるんだ?」
「いや、寝てないんだって。考えていたら眠れなくて寝てないんだ。それに新年コンペの賞品は何を用意したほうがいいのかもわからなくてなぁ~」
「何でお父さんが賞品を用意するんだ?それはクラブがやることでしょ!」
「ん?俺は用意しなくていいのか?」
「当たり前だろ!」
「ふ~ん・・・それでいいのか?」
「あのね、今、午前4時半なんだけど・・・いいから、寝ろよ」

親父とは午前6時半に散歩に出かけるのを日課としているのである。

「あのな、正直にいうと、今日は散歩に行きたくないんだよな」
「散歩を中止したいのか?いいよ、行きたくないんなら今日はやめよう」
「おお、そうしてくれると助かる」

と・・・親父は階下の自分の部屋に戻っていった・・・

変な時間に叩き起こされたので、今度は、こっちが寝られなくなってしまった・・・
ようやくウトウトし出した頃・・・
階下で怒鳴り声が・・・
「お~い!行くぞ!散歩に行くぞ!」
時計を見たら、午前6時半である!
「うそ・・・」(唖然)

散歩には行かないって言ってたんじゃなかったっけ?(唖然)
なんだよ・・・これ・・・
親父のボケもひどくなったもんだ・・・
親父に文句を言ったら、「俺はそんなこと言った覚えはない」と言う・・・(唖然)
ん?
拙者が寝ぼけてたのか?
あれは夢か?
いや、そんなはずはないと思うのだが・・・
う~ん・・・何がどうなっているのやら、こっちの頭がおかしくなりそうである・・・(大汗)

あ~参った・・・寝不足で頭がクラクラする・・・(涙)

日記 | 08:28:28 | Comments(0)
上下水道使用量の不思議
市役所が検針した「上下水道使用量のお知らせ」の紙片がポストに入っていた。
2ヶ月に一度の、いつものことである。
で・・・真剣に中身を見ることなく終わるのだが・・・(苦笑)

今回は、なぜか、真剣に中身を見てしまった・・・(大笑)
で・・・素朴な疑問が・・・

上水道の使用量と公共下水道の使用量が同じ量なのである。
それはありえないと思うのだが・・・(汗)

上水道の使用量は水道栓から出てきた水の量だろうから、これはわかるのだが・・・
問題は、下水道の“使用量”なのである。
風呂やトイレ、洗濯機に使った水なら、そのまま下水に流れ込むからわかるんだけど・・・
庭に撒いた水はどうなるんだろう?
地中に滲み込んでも、下水道には流れていないと思うんですけど・・・(汗)
料理に使った水・・・例えば味噌汁とか・・・(笑)
これは私の胃袋に入るんですけど・・・
そのあと、オシッコになってトイレに流すかもしれないけど、同量ではないと思うんですけど・・・

そう考えると、上水道の使用量と下水道の使用量が同じって事はないと思うんだよなぁ~
下水道に排水される水量を正確に測ることは無理だと思うけど・・・(苦笑)
上水道の使用量より、1割とか2割とか、少しは減っていてもいいのではなかろうか?


日記 | 23:15:32 | Comments(0)
ネコの手・・・って?
ふと・・・「ネコの手も借りたい」という言葉が頭に浮かんだのですが・・・(大笑)

で・・・この言葉の意味は、忙しくて手が足りないので、どんな手でもかまわないから借りたい・・・という意味でしょ?
それは、それでいいのですが・・・

問題は「ネコの手」なのである。
猫に手はあるのだろうか?(苦笑)
猫には「前足」と「後ろ足」の“足”しかないんじゃなかろうか?

というわけで・・・
正しくは、「ネコの手」ではなく「ネコの前足」ではなかろうか?(大汗)

誰が「ネコの手」って言い出したんだろう?

エッセイ | 22:49:03 | Comments(0)
『フィリピンの歴史』


序文 財団法人フィリピン協会会長 岸 信介

著者序文 マニラにて グレゴリオ・F・サイデ

訳者序文

第1章 地理概況・住民
 地勢
 気候
 台風・地震・火山
 動植物
 国花サンパギータ
 農産物
 林産物
 国の木ナラ
 水産資源
 鉱物資源
 天然の美と驚異
 住民
 マライ移民の波
 マディヤ・アス連合

第2章 黎明期
 シュリヴィシャヤ帝国
 マジャパヒット帝国
 対中国関係
 対日関係
 イスラム教の伝来
 インド文明の影響
 中国文明の影響
 アラビア文明の影響

第3章 スペイン前の文明
 住居
 衣服・装飾
 社会階級
 結婚
 バランガイ
 法律
 マラグタス法典
 カランティアウ法典
 裁判
 宗教
 音楽
 言語・文字
 文学
 度量衡
 暦
 農工業

第4章 歴史の背景をなすヨーロッパの動き
 古代の地理知識
 ルネサンス
 十字軍
 中世の東洋旅行者
 マルコ・ポロ
 コンスタンチノープルの陥落
 羅針盤・観測儀・海図
 航海者ヘンリー王子
 ポルトガル遠征隊
 ポルトガル東洋帝国の建設
 フランシス・サヴィエル
 スペインの海洋探検
 新大陸発見にからんで
 太平洋の発見
 トルデシリャス条約

第5章 マゼランのフィリピン再発見
 フェルディナンド・マゼラン
 ポルトガル王室の忘恩
 マゼラン、スペインに赴く
 ポルトガルの陰謀
 マゼラン遠征隊
 マゼランの遺言
 船出
 サン・フリアンの暴動
 マゼラン海峡
 太平洋横断
 フィリピンに達す
 コランブとの血盟
 最初のミサ
 フィリピン占領
 セブのマゼラン
 マクタンの戦い
 セブ大虐殺
 生き残り、航海を続ける
 ヴィクトリア号の帰国
 遠征隊の結末
 歴史におけるマゼラン

第6章 マゼラン以後のスペイン遠征隊
 ロアイサ遠征隊
 カボット遠征隊
 サアヴェドラ遠征隊
 サラゴサ条約
 ヴィリァロボス遠征隊
 フィリップ二世とフィリピン植民
 ミゲル・ロペス・デ・レガスピ
 アンドレス・デ・ウルダネタ
 レガスピ遠征隊

第7章 十字架と剣による征服
 セブ征服
 メキシコへの帰路発見
 サルセド兄弟の到着
 レガスピの苦難
 諸島の征服
 第1回マニラ攻略
 第2回マニラ攻略
 ルソン平定
 ビコール地方征服
 サルセド
 十字架の役割

第8章 スペイン植民
 植民の目的
 フィリピン放棄計画
 植民地政府
 総督権限とその継承
 王立裁判所
 問責裁判
 所領制度
 エンコメンデロの職権乱用
 人頭税
 強制労働
 奴隷制廃止
 アルカディア・コレヒミエント・県庁
 市町村行政
 教会行政
 宗教裁判
 スペイン植民の評価

第9章 キリスト教とスペイン宣教師
 来島宗教教団各派
 住民の改宗
 文明の先駆者宣教師
 教育上の業績
 印刷術
 社会福祉
 科学
 芸術
 修道士の歴史的功績

第10章 教会と国家
 教会と国家の結合
 政府・教会紛争
 ラダ神父と総督ラヴェサレス
 サラサール司教、住民の権利を護る
 総督ダスマリニャス、聖職者に挑戦
 総督ファハルド、修道士を告訴
 ナヴァ事件
 ゲレロ大司教とコルクエラ総督
 ポブレテ大司教とサルセド総督
 パルド大司教とヴァルガス総督
 クエスタ大司教とブスタマンテ総督
 その後の紛争
 紛争の教訓

第11章 スペイン東洋帝国の夢
 中国、日本侵略計画
 中国宗教侵略
 日本宗教侵略
 インドシナ、シャム征服
 第1回カンボジア遠征
 第2回カンボジア遠征
 カンボジア征服に失敗
 台湾占領
 マリアナ群島植民
 パラオ、カロリン群島植民
 スペイン、ポルトガル植民紛争
 ポルトガル、はじめてレガスピに遭遇
 ポルトガルの攻撃
 ポルトガル戦争の終結
 フィリップ二世とオランダ独立戦争
 モルッカ遠征
 ダスマリニャスのモルッカ遠征
 オランダの東洋植民
 スペイン・オランダの戦争の原因
 オランダの第一次フィリピン攻撃
 ガリナトのモルッカの戦い
 アクニャのモルッカ遠征
 オランダの第二次攻撃
 シルヴァの遠征
 オランダの第三次攻撃
 オランダの第四次攻撃
 英・蘭のマニラ封鎖
 オランダ、フィリピンの反スペインを策動
 ラ・ナヴァール・デ・マニラの祭
 ゲルツェンの最後の戦い
 アブカイの大虐殺
 モルッカ放棄
 オランダ・イスラム同盟
 イスラム、オランダの反目
 オランダ戦争の結果
 アジア帝国の夢の結末

第12章 フィリピンにおける中国
 フィリピン華僑との初の出合い
 初期のマニラ・中国通商
 サンレイ
 対中国通商
 林阿鳳の侵入
 第一次対中国条約
 経済の柱石・中国人
 中国人対策
 パリアン
 第一次反乱
 第二次反乱
 第三次反乱
 第四次反乱
 最後の中国人反乱
 華僑の増加と集団追放
 中国人への感謝

第13章 日本・フィリピン関係
 初期の対日接触
 カガヤンの日本人王国
 対日通商
 在留日本人
 マニラ日本人町
 秀吉のフィリピン侵略計画
 秀吉以後の侵略計画
 日本人の反乱
 日本人キリスト教徒の渡来
 家康の親善計画
 日本鎖国
 日比関係の再開

第14章 モロ族との戦い
 モロ族
 モロ族地域への進入
 イスラムの報復
 モロ族討伐遠征
 サンボアンガ建設
 タガルの襲撃
 コルクェラとクダラト
 コルクェラのホロ島出撃
 ラナオ地方遠征
 無益な対イスラム措置
 イスラム・オランダ同盟
 スペイン・イスラム条約
 モロ族略奪の激化
 十字架の戦士、宣教師
 イスラム勢力の衰退
 最後のミンダナオ戦役
 アメリカによる平定

第15章 ガレオン通商
 アジア通商の中心マニラ
 フィリピン・メキシコ通商制限
 マニラ商人の抗議
 その後の通商制限
 政府独占
 信仰事業団
 ガレオン
 ガレオンの積荷
 乗組の役人と船員
 ガレオン航海
 ガレオンの喪失
 イギリス海賊
 ガレオン通商のたそがれ
 ガレオン通商の影響

第16章 対スペイン反乱
 反乱の原因
 ラカン・ドゥラの反乱
 トンドの陰謀
 人頭税暴動
 マガラトの反乱
 ガッダンの反乱
 タンブロットの反乱
 バンカウの反乱
 スモロイの反乱
 マニアゴの反乱
 マロンの反乱
 ダゴホイの反乱
 農民暴動
 ディエゴ・シランの反乱
 パラリスの反乱
 バシーの反乱
 ノヴァレスの暴動
 デアポリナリオ・デ・ラ・クルスの宗教反乱
 タガログ連隊の暴動
 反乱はなぜすべて失敗に終わったか
 初期の反乱の意義

第17章 イギリスの侵入
 侵入の動機
 侵入の前兆
 来寇
 マニラ陥落
 賠償金とドレイパの弁明
 イギリス総督ドウソン・ドレイク
 アンダ・ロホの論争
 アンダの戦略
 イギリスの反撃
 イギリス侵入とスペイン僧侶
 占領の終結

第18章 イギリス撤退後の国土再建
 デ・ラ・トレの再建事業
 ヴィアナの請願
 総督ホセ・ラオン
 イエズス会追放
 アンダの総督職
 アンダの覚え書き
 イギリスのスールー侵入
 アンダの死
 バスコの経済政策
 煙草の専売
 バスコの業績
 総督マルキナの改革計画
 総督アギラール治下の発展
 スペイン・フィリピン直接貿易
 フィリピン勅許会社

第19章 経済社会の発展
 スペインの重商主義政策
 マニラ開港
 シニバルド・デ・マスの経済調査報告
 銀行の出現
 各国の帝国主義
 スペインのダヴァオ植民
 商業の発展
 農業の発展
 高通通信の進歩
 物質文明発展の影響

第20章 社会生活の進歩
 キリスト教と国民生活
 土着民姓名のスペイン化
 暦の訂正
 社会階級とカシケ
 衣服の西洋化
 祭と娯楽
 スペイン時代のマニラ

第21章 教育・文化の発展
 教育政策
 カレッジ、大学
 女子の学校
 公立学校
 模範学校
 職業教育
 印刷術の到来
 文学
 音楽
 絵画・彫刻
 科学

第22章 フィリピンのスペイン議会代表権
 スペイン独立戦争とナポレオン
 第1回議会参加
 1813年議会の終焉
 ディス憲法
 第2回議会参加
 1820年議会の終焉
 第3回議会参加
 フィリピン代表権の消滅

第23章 宗教戦争とフィリピン僧侶の勃興
 教区巡視論争の始まり
 賛否の両論
 サラサール司教
 セラノ大司教
 ポブレテ大司教
 カマチョ大司教と修道士
 クエスタ大司教
 論争の終結
 フィリピン僧侶の発生
 フィリピン人僧侶の権利闘争

第24章 民族主義の台頭
 世界貿易への門戸開放
 中産階級の勃興
 スペイン革命
 スエズ運河開通
 自由主義的総督デ・ラ・トレ
 デ・ラ・トレの業績
 反動政府の復活
 カヴィテ暴動
 殉教者の死

第25章 スペイン植民統治の黄昏
 政情不安
 中央政府の腐敗
 民主主義の不在
 司法行政
 財政
 陸海軍
 教会行政
 地方行政
 地方政界における神父
 マウラ法
 フィリピン人の政治参加

第26章 プロパガンダ運動
 プロパガンダの発生
 偉大なる天才リサール
 デル・ピラール
 ロペス・ハエナ
 プロパガンダ文学
 機関誌「団結」
 1888年の請願
 カランバ農地紛争
 リサールの帰国
 フィリピン連合
 プロパガンダの終焉

第27章 カティプナン
 カティプナン誕生
 偉大なる庶民ボニファシオ
 カティプナンの頭脳ハシント
 カティプナンの教え
 加盟
 文学
 出版物・新聞
 リサールとカティプナン
 対日接近
 戦争準備
 革命計画露見す

第28章 独立革命
 革命の原因
 バリンタワクの雄叫び
 初の戦闘
 恐怖政治
 アギナルドの登場
 初期の戦勝
 リサールの処刑
 革命の拡大
 総督ポラヴィエハの出撃
 アギナルド=ボニファシオの張り合い
 イムスの集会
 テヘロスの会合
 ボニファシオの死
 ビアクナバト共和国
 ビアクナバト協定
 アギナルドの亡命
 ビアクナバト以後平和なし 

第29章 アメリカ来りスペイン去る
 アメリカ東洋来航の始まり
 アメリカの対フィリピン接近
 フィリピン領有を策す
 米西戦争
 マニラ湾海戦
 スペインの懐柔策
 アギナルドの対米協力
 革命再燃
 アギナルドのマニラ包囲
 マニラ占領
 米比同盟の破綻
 パリ条約
 条約とフィリピン人
 スペインよさらば

第30章 第一フィリピン共和国
 独立宣言
 国旗
 国歌
 革命政府
 マロロス議会
 マロロス憲法
 第1フィリピン共和国
 広報活動
 教育
 財政
 陸海軍
 外交活動
 日本とマロロス共和国
 歴史における共和国

第31章 独立戦争
 戦争への足どり
 緒戦の戦況
 マロロス陥落
 和平提案の失敗
 ルナ将軍の死
 ゲリラ戦
 南部ルソンの戦い
 ヴィサヤの戦い
 革命志士の逮捕追放
 アギナルドの逃走
 ティラド峠の戦い
 アギナルド捕わる
 戦い終わる

第32章 アメリカ、フィリピンを領有
 なぜアメリカは残ったか
 対比政策
 第1フィリピン委員会
 第2フィリピン委員会
 軍政の治績
 スプーナー修正案
 民政府の誕生
 連邦党
 民族主義の弾圧
 民族主義政党の出現
 1902年法案
 フィリピン議会
 国会とフィリピン委員会
 駐米フィリピン委員
 住民の民政参加
 非キリスト教徒統治
 ハリソン時代の始まり
 委員会のフィリピン化
 民政委任
 ジョンズ法
 ハリソンの業績
 ハリソンの後継者ウッド
 ウッド以後の総督

第33章 アメリカ統治下の発展
 土地政策
 農業の発展
 対米自由貿易
 産業の発展
 経済民族主義
 教育政策
 職業政策
 給費留学生
 私立学校教育
 教育の発達
 自国語文学
 新聞・雑誌
 芸術・音楽
 交通の発達
 通信
 公共財政
 通貨
 銀行
 住民のアメリカ化
 社会階級
 婦人解放
 国家、教会の分離
 新教の導入
 アグリパヤン教会
 カトリックの優位
 保健衛生
 労働運動
 共産主義
 アメリカ都市マニラ
 夏の首都バギオ

第34章 独立平和運動とコモンウエルスの発足
 独立平和運動の展開
 ケソン駐米委員の独立闘争
 独立使節団アメリカへ
 決意宣言
 第2回独立使節団
 独立十字軍
 トンプソン使節団
 国民投票法案
 第1回独立議会
 ヘヤー・ホーズ・カッティング法
 フィリピン、同法を拒否
 タイディングス・マクダフィ法
 憲法制定
 コモンウエルスの発足
 婦人参政権
 タイディングス・マクダフィ法修正
 コモンウエルス教育政策
 国語

第35章 第二次世界大戦
 戦争準備
 真珠湾攻撃
 日本軍侵入
 淋しいクリスマス
 バターンへの撤退
 日本軍マニラ占領
 日本軍政
 行政委員会
 ケソン・セイヤーの脱出
 バターンの戦い
 死の行進
 フィリピン降伏
 亡命コモンウエルス政権
 東条首相と独立
 憲法制定
 フィリピン共和国
 日本の宣伝
 カリバピ
 ゲリラ戦
 解放の序曲
 日本占領の末期
 アメリカ軍マニラ入城
 フィリピン解放
 戦い終わる

第36章 フィリピン共和国
 コモンウエルスの復活
 共和国誕生
 戦後問題
 ロハスの大統領行政
 キリノの大統領行政
 選挙と政党
 ナショナリスタ党の再興
 国民の大統領マグサイサイ
 地方振興
 共産フクバラハップ運動
 マグサイサイ、共産主義を阻止
 経済状況
 内外通商
 人的資源と労働
 保健衛生
 教育の普及
 賠償問題
 米比関係
 ガルシア大統領就任
 世界におけるフィリピン

フィリピン関係年史

歴代総督年譜



本書は本文が586ページにも及ぶ分厚い本である。
内容は非常に詳しく書かれていて、まるで辞典の様な感じ・・・
読み応えがあるというより、読むのが辛くなるくらいの分量であるが・・・
なかなか面白い。
私としては、やはり気になるのが日本にかかわる部分である。
秀吉のフィリピン侵略計画なんて初めて聞いた・・・
第二次世界大戦における日本軍の話では、「バターン死の行進」については、ちょっと首をかしげる内容である。
こういう内容が書かれている本に岸信介氏は序文」を書いたのか?
不思議なことに、本書には、出典、参考資料等のリストは掲載されていない。
原書ではどうなっているのかは知らないが、日本語版には載っていないので、どこから「その話」が出てきたのかがわからない。
特に日本に関する部分などは気になるところである。
が・・・いずれにせよ、大いに「参考」にはなる本だと思う。
ただし、他書と併せ読み、比較、検証をしなくてはならないとは思うが・・・・


今年の読書:61冊目



読書 | 22:40:36 | Comments(0)

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