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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
58歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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高松へ行く
駅まで戻り・・・
“シミズ委員長”が「何かお土産を買いたい」と言う・・・
「はい、それでは地下に名品店がありますから覗いて見ますか?」と拙者・・・
「よく知ってるねぇ~」
「はい、昨日、下調べしておきましたから・・・」(笑)

地下の名品店でお買い物をして・・・
まだバスに乗るまでに時間がある。
「どこかでコーヒーでも飲もうか?」と委員長・・・
「いや、その前に空港行きのバスがどこから出るのか確認したほうがいいんじゃないですか?」
「大丈夫だろ?ここまで来たら・・・」
「いや、その気の緩みで飛行機に乗り遅れるんですよ」(笑)
「細かいねぇ~君は・・・」(唖然)
「今度、帰りの飛行機に乗り遅れたらマズイんじゃないですか?」
「あ・・・もうお金がないから航空券は買えない・・・」(汗)
「でしょ?僕は知りませんからね!」(苦笑)

駅前のバス乗り場へ行く・・・
路線バス、高速バス、空港シャトルバス等、いろいろあるようだが・・・
「さて・・・空港へ行くバスは何番乗り場だ?」(汗)
「ほら・・・やっぱり、イザとなったら迷うでしょ?」(笑)
実際にこの目で確認しないとね・・・
ここで間違いなし・・・という確認を取らねば安心できぬ。

「あと15分ぐらい時間があるからコーヒーでも飲めるんじゃないか?」と委員長・・
「いや、やめたほうがいいでしょう」
「え?ここまで来たら、もう大丈夫だろ? 1~2分もあればここに戻れるだろ?」
「その考えが甘いんですよねぇ~もしかしたら、1~2分早くバスが出ちゃうかもしれませんよ」(笑)
「おい、おい、脅かすなよ・・・」(苦笑)
「だって、コーヒーを注文するでしょ?飲むでしょ?片付けるでしょ?レジで支払うでしょ?・・・これを10分程度で済ますというのは忙しいでしょ?この時にレジが混んでいたらアウトですよ。で・・・泡食って飛び出して、行き先を確認せずにギリギリでバスに飛び乗ったら空港行きじゃなかった・・・とか・・・・」(大笑)
「おい、おい、お前は本当に細かいねぇ~」(唖然)
「だから・・・コーヒーは諦めて下さい」(笑)
ということで・・・バス乗り場のベンチに座って、おしゃべりをして時間を潰すことにした。(大笑)

まもなく、空港シャトルバスのようなバスが向うの方に停車したのが見えた・・・
「あれ?あれが空港行きのバスじゃないか?乗り場はあっちじゃないか?」と委員長・・・
「いや、ここでいいと思うんですけど・・・」
「いや、向こうじゃないの?あそこにバスが止まったし・・・」
「あれは時間調整で、あそこに止まっただけかも知れませんよ。もしかしたら回送するバスかも・・・」
「ほんと?」
「いや、知りませんけど・・・」
「・・・・・・」(汗)
「ほらね。焦るでしょ?コーヒーなんか飲んでるどころじゃないでしょ?」(笑)
「・・・・・」(苦笑)

まもなく空港行きのバスが到着・・・・
おやべりしているうちに、あっという間に時間が過ぎた。
で・・・さっきのバスは空港行きのバスではなかったようである。(大笑)
「じゃ!」と委員長・・・
「空港に行ったら早めに搭乗口に行ってくださいよ。ノンビリして遅れないように!」(笑)
「わかってるって!」(苦笑)
「乗り遅れたら大変ですからね」
「わかってるって・・・・で・・・君はこれから高松か?」
「はい、JRで向かいます」
「おお、じゃ、気をつけて!」
「はい!どうもお世話になりました。お疲れ様でした!」
「じゃぁね」
「くれぐれも乗り遅れないで下さいよ。早めに搭乗口へ・・・」(苦笑)
「わかってるって!」(苦笑)

まるで、小学生の子供を初めて飛行機に乗せるような騒ぎとなってしまった・・・・(大笑)
先輩に対して失礼だったかな?(大笑)

さて・・・委員長を無事見送ったし・・・・
拙者の乗る特急までは時間がかなりある。
ということで・・・・駅構内のコーヒーショップでコーヒーを飲んで時間調整・・・(笑)
う~ん・・・・“シミズ委員長”に申し訳なし・・・(大笑)

15時28分発、「うずしお」20号に乗って高松へ向かう・・・
約1時間後にJR高松駅に到着。

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駅構内のモニュメント・・・・
「うどん県さぬきうどん駅」と書いてある・・・・(唖然)
いつから「高松駅」は「さぬきうどん駅」になったんだ?(大汗)
いかがなものか・・・このネーミング・・・(苦笑)
我が茨城県の水戸駅を「納豆駅」と言うようなものではないか?(大笑)

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JR高松駅の駅舎・・・
目玉が描かれているようなのですが・・・・
なんだろ・・・これ・・・・(唖然)

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駅前の広場に石像が・・・(汗)
「ようこそ香川へ 親切な青鬼くん」と台座に書いてある。
親切な青鬼?
鬼が親切なのか?(笑)
親切な鬼などがいるのか?
ということは・・・
高松には「親切な鬼ババァ」とか「親切な詐欺師」とか「親切なヤクザ」とか・・・そういうのもいるのかな?(大笑)
これは香川県の「観光客を温かく迎える親切運動」のマスコットなのだそうである・・・(唖然)
観光客を鬼が迎えちゃうのかい?(笑)
この青鬼くんは、童話の「泣いた赤鬼」に登場する青鬼だそうである。
あらら・・・そもそもの「泣いた赤鬼」の童話を拙者は知らない・・・(大涙)
故郷を去った青鬼が、香川県の「おせったいの心」に感動して、笑顔で親切の輪を広げているのだそうだ。
へぇ~・・・・青鬼くんが感動してねぇ~(笑)
で・・・・赤鬼くんのほうは、どうしているんだろう・・・・(笑)

どうもJR高松駅というのは、不思議なものが、いくつもあるなぁ・・・・(大笑)

駅から30分ほど歩いてホテルに到着・・・
今回は、わざと駅から離れたホテルを予約した。
ちょうどいい運動になる・・・(笑)

午後5時過ぎに無事にチエックインを果たす・・・

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旅行 | 18:46:36 | Comments(0)
駆逐艦追風の記念マスト
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大日本駆逐艦追風
記念マスト
昭和7年 徳島市海軍班創建
昭和43年 徳島県海交会復元

徳島市海軍班は 国家の興隆と民族の安泰を希い日清 日露に歴戦した駆逐艦追風の檣をここに移し その象徴とする
昭和四十一年 台風により倒壊し修復に■えす
旧海軍々人の有志相謀り明治百年を期としてこれを原形に復元し殉国の霊を慰め 永遠の平和を祈念する

(碑文より)


【徳島県徳島市・徳島城跡】

史跡 | 16:38:52 | Comments(0)
徳島城鷲の門
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徳島城鷲の門

徳島城(別名 渭津城)は、天正13年(1585年)に阿波に入国した蜂須賀家政が築城した屋形造りの平山城であった。
幕藩時代を通じ蜂須賀家が14代にわたって居城し、280余年の間、阿波・淡路両国25万7800石を支配した。
鷲の門は、この徳島城の巽(南東の方向)に位置する表口見付の門で、その造りは脇戸付きの薬医門であった。
幕府に鷲を飼うからと申し立て建造したところから鷲の門の名があると伝えられている。
廃藩置県の後、城郭の建造物は取り壊され、唯一残された鷲の門も昭和20年(1945年)7月4日早暁の徳島大空襲によって焼失した。
現在の鷲の門は、平成元年(1989年)9月27日、徳島市制百周年を記念して、吉井ツルヱ氏(徳島市出身)より復元寄贈されたものである。

徳島市

(説明碑・碑文より)


【徳島県徳島市・徳島城跡】

史跡 | 14:21:33 | Comments(0)
錦竜水
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錦竜水(きんりょうすい)

この眉山のふもとの湧き水を錦竜水(きんりょうすい)と言います。
徳島には、この錦竜水のほか、東山手町の瑞厳寺の鳳翔水(ほうしょうすい)、西冨田の八幡神社の八幡水などの湧き水があります。
江戸時代の徳島城下の人々は、これらの眉山の湧き水を買って飲み水としていました。
特に歴代の阿波藩主は、この錦竜水を愛用し、水番所を置いて保護しました。
今も、錦竜水は、歴史的名水として多くの市民に親しまれています。

(説明板より)


【徳島県徳島市寺町】

史跡 | 13:31:17 | Comments(0)
八木瑞堂先生之碑
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揚心流創祖
八木瑞堂先生之碑

【主碑・碑文】

揚心流日本朗詠会信条
誠実  和敬  謙譲

瑞堂八木顕先生は明治40年徳島市八百屋町の老舗印判店八木家の嫡男として出生。
徳島県立工業学校卒業後家業に専念する傍ら古杉天真先生に師事して棒術を修め古杉天真流二世を拝授される。
更に眉山錬武館に於て柔道を修得。
亦詩吟剣舞道に精進し、その奥義を極められた。
昭和3年徳島健児社を創立。
詩吟剣舞を以て青少年の心身の練磨と情操の深化に努められ、乞われて徳島県嘱託となり県民修練所講師として県下を東奔西走県民の士気の昂揚に尽された。
太平洋戦争後の混乱期にはいち早く社会秩序の浄化と若人の健全育成と必要を痛感され健児社を揚心流日本朗詠会と改称。
学校など教育機関を通じて詩吟剣舞の再興を図り誠実和敬謙譲の三信条の下明るい人造り、社会造りを推進し情操教育と人格の陶冶に献身的に努力された。
昭和33年徳島県詩吟剣詩舞道連盟を創立。
初代理事長に就任。
徳島県邦楽協会副会長、中四国剣舞道連盟徳島県本部長、全日本剣舞道連盟顧問、日本吟詠総連盟運営委員等の要職を兼任。
県内は勿論全国的に斯道発展の為活躍された。
先生は昭和47年病没されるまで実に65年の生涯を通じて常に自己に厳しく、人を愛し和を尊び社会奉仕の一念に徹し、その崇高な精神は偉大にして不滅であり我等揚心流日本朗詠会々員一同先生の遺徳を偲び茲に顕彰碑を建立するものである。

昭和57年5月30日

【副碑・碑文】

用地由来記

当地は徳島市眉山町茂助が原二番地、地目山林である。
所有者は徳島市北矢三町二丁目五番地の五、
高畠正己氏であり、このたび揚心流創祖八木瑞堂先生之碑建立にあたり所有者より、揚心流日本朗詠会に永代無償使用として提供された。
ここにこの碑を建て感謝の意を表す。

昭和57年5月30日
揚心流日本朗詠会々員一同


【徳島県徳島市・眉山山頂】

史跡 | 11:31:40 | Comments(0)
モラエス顕彰碑
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【碑文】

ヴェンセスラオ デ モラエスは1854年ポルトガルのリスボンに生れ海軍中佐マカオ港務副司令を経て神戸総領事となった
大正2年その職を辞して亡妻ヨネの郷里である当市に来りヨネの姪コハルと共に純日本的生活に浸りながら文筆に親しんだがやがて同女とも死別の後は両人の追慕と著述に孤独の余生を送り1929年(昭和4年)7月1日逝去した
著書に『日本精神』『徳島の盆踊』『おヨネと小春』等20冊あり「日本の魂に取替えた人」と評される程日本を心から愛し「故国の銀河を遠く離れて燦と輝く明星」と讃えられた麗筆でわが国の文化や人情風俗などを広く海外に紹介した。
碑の附近一帯は翁が朝夕好んで逍遥したゆかりの地である

昭和29年7月1日
徳島市長 長尾新九郎


【徳島県徳島市・「阿波おどり会館」前】

史跡 | 10:06:17 | Comments(0)
徳島を市内観光
今日の午後、“シミズ委員長”が帰宅する。
半日ほど余裕があるので、その間、市内観光をすることにした。

ホテルをチェックアウトして・・・・
さて・・・どこに行きますか・・・(笑)
まずは、駅から遠い観光地から始めて、だんだん駅に近づいて、最後に駅前からバスで空港に向かうというのがいいだろう。
ということで・・・最初に向かったのが「眉山」・・・

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(駅前通から見た「眉山」)

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この山の山頂へはロープーウェイで登る。
このロープーウェイ乗り場は「阿波おどり会館」でもある。
いや、「阿波おどり会館」がロープーウェイ乗り場を兼ねているのか・・・(笑)

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想像以上に小さなロープーウェイだった・・・(笑)
たまたま、一緒に乗ったのが、長崎のほうの法人会の会員さんと、「お遍路」をされているオバサン・・・
しばし、オシャベリを・・・(大笑)
「お遍路のオバサン」は昨晩、15箇所ほどホテルに電話をかけまくったが空室がなくて苦労したとおっしゃる。
あらら・・・我が法人会の全国大会でどこもかしこも満室だったのだろう。
「いやぁ~それは申し訳ないことをしました」・・・・
とは言うものの、拙者は大会役員じゃないんだから何の責任もないのだが・・・(大笑)

見ず知らずの初対面だが、狭い空間の中で黙っていつづけるというのは息苦しいものである。
何だかんだと、おしゃべりしたり、冗談を交わすと旅というのは楽しくなるものなのだが・・・
最近の人は、そういうことはしないようだ。
自分にとって都合のいいときだけ「一期一会」、「これも何かの縁」・・・・という言葉を使い・・・
それ以外の時は・・・スマートフォンと睨めっこ・・・か?(苦笑)
幸い、気さくに話せる方々が同乗してくれたので、楽しかった・・・(喜)

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眉山(びざん)の頂上・・・・
この眉山の由来について説明板には、こう書かれていた。


眉山(びざん)は、徳島市のほぼ中央にあります。
東西約6.5キロメートル、南北約3キロメートル、標高276.7メートル(一等三角点)で徳島市の緑のシンボルになっています。
佐古山、富田山、八万山、名東山等と部分的に呼ばれていた山地一帯を、藩政末期頃から眉山と呼ぶようになりました。
「眉のごと雲居に見ゆる阿波の山かけて漕ぐ舟とまり知らずも」万葉の歌人船王(ふねのおおきみ)により、眉のように雲のあるところに見える阿波の山と万葉集に詠まれています。
稜線が緩やかで眉の形のように見えるため、眉山と名付けられたようです。


う~ん・・・「眉毛山(まゆげやま)」とは名付けなかったんだ・・・(苦笑)

頂上には「パゴダ」があった。

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平和祈念塔 パゴダのご案内

このパゴダ(仏塔)は、かつてビルマ戦線で散華した戦友をしのび、恒久の平和を願うシンボルとして、徳島県ビルマ会により、昭和33年に建立されました。
高さ25米、円錐形ドームのビルマ独特の様式で、国内のパゴダの中では、最大級唯一のものです。
塔内には、仏舎利(お釈迦様の遺骨)が祀られ、戦没者の英霊が奉安されています。
この仏舎利は、当時のウ・ヌー ビルマ首相より贈られたものです。
また、ミャンマーを始め、東南アジア各国の生活の紹介や戦争資料などを展示しています。
このパゴダは、平成元年に徳島県ビルマ会より、徳島県仏教会に移管され、現在に至っています。
このたび、パゴダ建立50周年を記念して、大改修を行い、塔内外の景観を一新しました。

平成21年3月
社団法人 徳島県仏教会
       徳島県ビルマ会

(説明板より)


話によると、内部は資料館のようになっているそうだが、改修中のため見学は出来ないとのこと。
う~ん・・・残念だ・・・(涙)
説明板には、平成21年に大改修をしたと書いてあるんだけど・・・また改修したのか?(苦笑)

この山頂で、景色を見ながらブラブラと30分ほど時間を潰して、再びロープーウェイに乗って山を降りる。

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町の真ん中にある緑の小山は・・・あれが、徳島城がある場所かな?

ロープーウェイ乗り場を兼ねている「阿波おどり会館」は、阿波踊りに関する資料などが展示されている資料館になっているので、ここを見学する。

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“シミズ委員長”は、館内の売店で阿波踊りのDVDを購入・・・
これを見て、阿波踊りを覚えるのだと言う・・・
ゲゲッ・・・ウソ・・・(唖然)
「また必ず徳島に来ますから!今度は踊りに参加しますから!」と店員さんなどに言うのである。
それ・・・マジ?(大汗)
どうも委員長は阿波踊りに“はまって”しまったようである。
あ~・・・昨晩の懇親会がいけなかったんだよなぁ~(大笑)
中途半端で終わっちゃったから・・・(大笑)
「また来るのなら・・・私は踊りませんけど・・・お供しますよ」(大笑)
「おお!また来るよ!」と軽くおっしゃるが・・・本気かなぁ~(大汗)

時刻は11時・・・・
会館から出て街中をブラブラ歩きながらホテルに戻る。

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(歩道橋の上から駅を見る)

ここで、フロント預けておいたカバンを受取り・・・
さて・・・お昼はどうしましょうか?
「ラーメンを食べたいねぇ~」と委員長・・・
またですか?・・・昨晩も食べたのに?(唖然)
また別の店で「徳島ラーメン」を食べてみないと・・・と、言うのでフロントの女の子にお店を紹介してもらい、ホテル近くのお店へ行く。

446_convert_20160119154230.jpg(徳島ラーメン)

昨晩行ったラーメン屋さんの「徳島ラーメン」は、コッテリしていて、かなり濃いスープ・・・
ホテルのフロントの女の子は、その店より、こっちのお店のほうがサッパリしていて食べ易いと言っていた。
たしかに・・・昨晩のお店のものよりサッパリしている。
で・・・「徳島ラーメン」には生卵を入れるのが普通だそうで・・・
この生卵をかき混ぜて食べるのだそうだ。

食後・・・まだ時間があるので、今度は駅の向こう側にある「徳島城」に向かうことにする。

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国指定史跡(平成18年1月26日指定)
徳島城跡

徳島城は、天正13年(1585)に阿波国(17万6千石 ※ )の領主となった蜂須賀家政(はちすかいえまさ)(1558~1638)によって建設されました。
築城にあたっては、天下人豊臣秀吉の命により伊予の小早川隆景(こばやかわたかかげ)や土佐の長宗我部元親(ちょうそがべもとちか)、比叡山の僧侶が協力しました。
徳島城は標高約61mの城山と北を助任川、南を寺島川(現在のJR線路)に囲まれ、東には堀を設けた、自然の地形を巧く利用した城でした。
徳島城の構造は、山上の本丸・東二の丸・西二の丸・西三の丸、南麓の御殿(一部は現徳島城博物館)、西麓には隠居した藩主等の住んだ西の丸からなる平山城でした。
藩主が暮らしたのは、天守のある城山ではなく麓の御殿でした。
御殿は藩主の居間や藩主が家臣たちを引見する広間(121.5畳)や大書院(110.5畳)のほか、重臣たちの詰めた部屋のあった「表」と藩主の側室・子どもとその身の回りの世話をした女中たちが住む「奥」に分かれていました。
「奥」は藩主とその家族以外の男子は入ることができませんでした。
藩主の居城として徳島藩のシンボルであった徳島城は、明治になると役目を終え、明治8年(1875)に解体され、現在では石垣や表御殿の庭園を残すだけとなりました。

※ 元和元年(1615)、初代藩主至鎮は、大坂の陣の功績により淡路一国を加増され、蜂須賀氏は阿波・淡路25万7千石の大名となりました。

(説明板より)


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徳島城には天守閣が残っていない・・・復元もされていない・・・
石垣と堀・・・内部は公園・・・・いわゆる「城址公園」になっているようである。

この城跡に「徳島市立徳島城博物館」があるので、早速、内部を見学・・・

490_convert_20160119223943.jpg(徳島城博物館)

その後、「表御殿庭園」を眺める・・・

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旧徳島城表御殿庭園
昭和16年12月13日 国指定名勝

この庭園は、近世に阿波・淡路を領した徳島藩蜂須賀家の居城・徳島城の内部に位置し、表御殿の書院と、藩主が普段暮らす中奥(なかおく)に面して築かれたものです。
庭園作りを手がけたと伝えられる上田宗箇(うえだそうこ)は織豊(しょくほう)時代から江戸時代初期にかけての武将で、「利休七哲(りきゅうひちてつ)」に数えられる茶人、作庭の名手など、様々な顔を持つ当時第一級の文化人でした。
その様式は、水を用いずに自然風景を表現した枯山水庭(かれさんすいてい)と、池と築山を備える泉水庭(せんすいてい)が組み合わされたもので、見方によって異なる趣を楽しめる工夫が凝らされています。
庭園には阿波特産の「青石」(緑泥片岩)(りょくでいへんがん)が数多く使用され、中でも枯山水庭に悠然とよこたわる、初代藩主の蜂須賀至鎮(はちすかよししげ)が踏み割ったという伝説がのこる巨大な石橋は、圧倒的な存在感を誇っています。
また、庭園最奥部にある観音山を源流とする渓谷と、それが注ぎ込む心字池(しんじいけ)は、無数の青石を用いた石組によって鮮やかに彩られた、力強い壮麗さを湛(たた)えるものです。
青石という地方的特色を見事に取り入れた本庭園は、桃山様式を伝える数多くの庭園の中でも、傑出したものといえるでしょう。

庭園指定面積 5024.79㎡(1520坪)

(説明板より)



この庭園・・・なかなかいいのですが・・・
角度によっては・・・この景色・・・

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後ろに見えるビル(マンション?)が目障りなんだよなぁ~(苦笑)
なんとか出来なかったのかね?
よく建築許可を出したものだ・・・・(苦笑)
景観が台無しである。(怒)

公園の中で銅像を見っけ!(大喜)
“シミズ委員長”は、拙者がお城好き、博物館好き、銅像好きなのは先刻ご承知・・・
その上で、“お付き合い”してくれているので、気を遣わないですむのである。(笑)
「銅像だ!」・・・・で、大笑い・・・・

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蜂須賀家政公銅像

蜂須賀家政公(藩祖)は、天正13年(1585)豊臣秀吉の四国平定の大功により阿波一国をたまわり、天正14年(1586)に一宮城から中世に築造された渭津城を修築して徳島城とし、藩政の中心地とした。
入国の後は、藍、塩などそれまで阿波になかった産業を取り入れ、新しく製塩・製藍工業を起こし盛んに日本中に売り広めた。
また、全国でも有名な阿波踊りも家政公の時代に始まったと伝えられる。
戦前は、野太刀と長槍を持った甲冑姿の蜂須賀小六正勝公(家祖)の銅像が立っていたが、戦時中に供出されてしまった。
それが昭和40年(1965)に裃姿の家政公の銅像に生まれ変わった。

台座 高さ2m、幅1.8m
銅像 約2m
竣工 昭和40年1月1日

徳島市公園緑地課

(説明板より)



時刻は、まもなく午後2時となる・・・
公園内の茶店で飲み物を買って一服し・・・
駅へ戻ることにする。

旅行 | 09:28:46 | Comments(0)