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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
58歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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梶原の井
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梶原の井

一名「かがみの井」とも云われ、壽永の昔(八百年前)源平生田の森の合戦の折、梶原景季がこの井戸の水を汲んで生田の神に武運を祈ったと伝えられる。
別説では景季がこの井の水を掬った時、咲き誇った箙の梅の花影が映ったとの伝もある。

けふもまた生田の神の恵かや
ふたたび匂ふ森の梅が香
           景季

(説明板より)

【兵庫県神戸市中央区下山手道1-2-1・生田神社境内)】

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史跡 | 16:17:56 | Comments(0)
灘五郷酒造発祥の地
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灘五郷酒造の発祥地

神功皇后の御外征以来、毎年三韓より使節が来訪しております。
その使者が入朝及び帰国するに当り朝廷では敏馬浦(脇浜の沖)で新羅から来朝した賓客に生田神社で醸造した神酒を振舞って慰労の宴を催しこれ等に賜るのが例でありました。
この酒は「延喜式の玄蕃寮」によると生田、廣田、長田(以上摂津国)片岡(大和)の四社より稲五十束ずつを持ち寄り、稲束二百束とし生田神社の境内で生田の社人に神酒を醸造させたもので、この神酒で新羅の要人の宴を賜ったと記されております。
これが灘五郷酒造の始めと伝えられておりまして、酒造王国の発祥地は実は当生田神社であると言われております。
以上により当神社境内に「酒の神」松尾神社が末社として奉斎せられております。

松尾神社 御祭神 大山咋神(おおやまくひのかみ)

(説明碑文より)

【兵庫県神戸市中央区下山手通1-2-1・生田神社境内】

史跡 | 15:31:21 | Comments(0)
兵庫県神戸護国神社に行く
10月8日に徳島県徳島市に於いて法人会の全国大会が開催される。
昨年は栃木県の宇都宮で近かったが・・・
あまりの近さのせいか、我が法人会から全国大会に参加する人がおらず、結局、広報委員会の“シミズ委員長”と広報委員の拙者の2人だけだった。(涙)
今年は四国の徳島であるが・・・
今度は遠すぎたせいか・・・(苦笑)・・・またもや当会からの参加者がいない!(唖然)
会報に全国大会の記事を書かねばならぬので、誰かは参加しなくてはならない・・・
やむなく、拙者が参加することにし、これまた無理を言って昨年同様“シミズ委員長”にも参加を願った。

しかしながら・・・拙者は大人しく徳島を往復するような人間ではない。(大笑)
ついでに「旅行」を楽しまねば!(大笑)
というわけで、委員長は大会当日に徳島に入ってもらい、拙者は大会2日前に“旅”に出る事にしたのである。(笑)

で・・・最初に向かったのは・・・兵庫県の神戸!(笑)
「どうして徳島で大会があるのに、神戸に行くんだよ!」と友人に突っ込まれてしまうのだが・・・(大笑)
う~ん・・・・「神戸護国神社にお参りに行ったことがないから・・・」と答えたら呆れられた・・・(苦笑)

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午後2時、JR六甲道駅に到着・・・
朝、家を出ても、かなり移動時間がかかるが、思ったより早く到着した。
ここから徒歩で護国神社に向かう。
タブレットの地図ではわからなかったが、結構な上り坂である。
運動不足の拙者には堪える坂道である・・・(苦笑)

護国神社に向かって歩いている途中、携帯電話が鳴った・・・
我が家からである・・・
電話をしてきたのは、拙者が留守中に午前と午後の2回、親父の様子を見に来てくれるよう頼んでおいたヘルパーさんである。
「お父さんが、電話しろと騒いでいるので・・・お父さんに代わります」とのこと。
何事かと思ったら、親父の義理の姉が亡くなったそうである。
つまりは・・・拙者の伯母さんということになるが・・・
もう何十年も親戚付き合いのない伯母さんである。
で・・・葬儀は、拙者が全国大会に出席する日との事・・・
おい、おい、今、神戸に到着したばかりなのに今から戻れっていうのか?(汗)
こちらの予定をキャンセルしろというのか?
後日、改めて弔問に行けば済むことである。
だいたい疎遠になった原因は、親父が兄弟姉妹に「兄弟の縁を切る!」と宣言したからなのである。
まぁ、そう言いたくなるほどのことを兄弟姉妹からされたからだが・・・
縁を切るって言ったことを親父はすっかり忘れてしまったのか?
それとも歳を取って急に心細くなったのか・・・
今さら、兄弟の義理も糞もないと思うのだが・・・
この旅から戻ったら、改めて拙者が弔問に行くからと言い聞かせる。
あ~あ~初日から不愉快な気分である。

002_convert_20151225200314.jpg(兵庫県神戸護国神社)

境内には、第14飛行団司令部・飛行第68戦隊・飛行第78戦隊の「雄魂碑」や、歩兵第170連隊の「慰霊碑」、陸軍少年飛行兵の「顕彰碑」、響第5333部隊(内蒙古に派遣された独立混成第2旅団独立歩兵第2大隊)の「慰霊塔」などが建っていた。

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この境内にある「慰霊碑群」の中で、ちょっと他では見たことのない碑が建っていた。
特務機関に関する慰霊碑のようで・・・「大戦殉難 北方異民族慰霊之碑」と刻まれている碑である。

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【副碑・碑文】
過ぐる大戦に於て無数の白系ロシア人、ギリヤーク人、オロッコ人が中野の子等と共に理想に参画し、非情なる最後を遂げ、帰るに安住の祖国さえなき事実を知らざる者、今日余りにも多い。
永久凍土(ツンドラ)を吹きすさぶ風に、或いは北大洋の怒涛音にこれら北方異民族の亡き同志の声を聴くものは日に日に少なくなって来ている。
この碑はこれら残り少ない生き証人にかわって死の意味を問いつづける昭和の語部(かたりべ)となろう。
そしてこの碑の祈念するところは、余りにも報われることのない故北方異民族同志への鎮魂であり、磐石深く刻み込まれたものは祖国の永遠の安泰であり、平和の二文字である。

昭和50年5月19日
全国壱萬参阡五百有余名

建立同志会代表 扇 貞雄


碑文の中の「中野の子等」とは陸軍中野学校(スパイ学校)の出身者を指すのではないかと思う。
間違っても「中野さんの家の子供達」という意味ではなかろう。(大笑)
しかし、この碑文だけでは、この北方異民族の身に何が起こったのかサッパリさからない・・・
「昭和の語部」との記述もあるが・・・この碑が語部になるだろうか?
どうも「謎かけ」に近い文面なので、ちょっとわからない・・・
この碑の裏には「元樺太敷香陸軍特務機関長 同志会会長 元陸軍少佐 扇 貞雄建之」の文字が刻まれている。
ということは、樺太の特務機関が北方異民族を使って何かの秘密工作を行い、多くの死亡者を出したのか?
おおよそ、そういう想像はできるが・・・具体的な話が全く語られていないので、わからないのが残念である。
関係者が全員、この世を去ったら、まったくわからなくなり、この碑の意味を知りたくても知ることは出来なくなるのではなかろうか?
残念である・・・・

043_convert_20151229205240.jpg(護国神社社殿)

お参りを済ませて帰る途中、石段に座っているお婆さんと視線があった。
そういえば、しばらく前から座り続けていたような気がする。
具合でも悪いのかとちょっと気になり、目をやったら、視線が合ってしまったのである。(汗)
会釈をしたら・・・・「お参りですか?」と声をかけられた・・・
「はい、戦没者の慰霊を・・・」
「そうですか、息子さんが戦死されたのですか?」と言うのである!(唖然)
はぁ?・・・拙者の息子が太平洋戦争で戦死??????
それじゃ、拙者は何歳なんだ?(大汗)
たぶん「戦死した人の息子さんですか?」と言うつもりだったのだろう・・・と・・・思う・・・(苦笑)
それでも問題である・・・息子ではなく孫の世代なのであるから・・・

で・・・ここからが大変・・・(涙)
延々と、このお婆ちゃんの身の上話を聞かされる羽目となる。
しかも、その殆どは、同居している実の娘の悪口である。(大笑)
「とにかくカネに汚い女で・・・私の預金通帳もハンコも年金も全部娘が握っていてね・・・」とおっしゃる。
まぁ、よくある話しだと思うが・・・・
「うちの娘は、とんでもない女でね。どうしてあんな娘が出来たのか・・・すべて私の母親が悪いんですよ」とおっしゃる。
「え?お母さんが?」
「そう、うちの母親が悪いんですよ」
意味がよくわからんが・・・(汗)
このお婆さんの話によれば、自分の母親が私をキチンと育てなかったから、私が自分の娘をキチンと育てられなかったのだ・・・と言うのである!(唖然)
自分の子育ての失敗の原因は、すべて自分の母親のせいなのだという、この論法には思わず笑ってしまった。(苦笑)

このお婆さんは、元々、姫路にお住まいだったそうで・・・
一人暮らしだったところを「無理矢理」娘に神戸に連れて来られて同居することになったという。
姫路では一戸建てに住んでいたのに、こっちではマンション住まいだと不満げ・・・
しかも、娘の旦那にも話が及び「朝、顔を合わせても挨拶もしないような男なんですよ!」と文句・・・(苦笑)
今度は娘さんの旦那に“飛び火”した。(笑)
いやはや参った・・・・言いたい放題である。(苦笑)
「こっちには知り合いがいないから話相手もいなくて寂しいんですよ」とホンネがポロリ・・・
そうだよなぁ~高齢になるとねぇ~・・・子供の住んでいる街に転居すると、そういうことになるよなぁ~

で・・・・30分近くも立ち話・・・・(大笑)
その間、延々と愚痴を聞くことになったが・・・(苦笑)
さて・・・いい加減、移動したいんですけど・・・・(汗)
もうそろそろホテルに向かいたいんですけど・・・(笑)
で・・・お別れする段になって・・・
「いろいろと話を聞いてもらって・・・無理矢理足止めしてスミマセンでしたねぇ~、これ、帰りにどこかでお茶でも飲んでください」とお金を渡そうと財布を開けた・・
いや、いや、お金をもらうことじゃないし・・・(汗)
おしゃべりをするのは嫌いじゃないから、別に平気ですし・・・
それに、ここで年寄りからカネを受け取ったのでは、英霊に怒られそうだし・・・(大笑)
とにかくお断りするのに苦労する・・・(苦笑)
「もうあなた様にお会いすることはないでしょうから、恩返しが出来ないし・・・」と、なかなかしつこい・・・(大汗)
「じゃぁ、どんな人とおしゃべりをしたのかわからないというのも気になるでしょうから・・・」と名刺を渡すことにした。
戦友会の事務局長をしてるので、お年寄りと、おしゃべりするのは嫌いじゃないんですよぉ~(笑)
全然、迷惑じゃないですから・・・楽しかったですから・・・
ということで・・・ようやくお別れすることができた・・・・(苦笑)

再び六甲道駅まで戻り、電車に乗ってJR三ノ宮駅に向かう。

052_convert_20151229225813.jpg(JR三ノ宮駅)

時刻は午後4時半・・・
今晩宿泊するホテルに向かう途中、「生田神社」という神社を見かけたので立ち寄ってみる。

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ここは何やら「源平合戦」と関係があるらしい・・・
拙者は、この時代のことにはまったくと言っていいほど興味がないので知識はない・・・(汗)



源平合戦の古戦場
史蹟 生田の森

世に有名な『源平合戦』の折、西は須磨の一ノ谷から、東はこの生田の森にかけての一帯が戦場となりました。
平家はこの生田の森を大手の木戸口とし、知盛大将軍・重衡副将軍が陣取り防備を固めていましたところ、ここへ源範頼の軍勢が攻め入りました。
この時源氏の若武者・梶原源太景季が境内に咲き誇った梅の一枝を箙(えびら)に挿して戦ったことは武士の風流として語り継がれ、現在も「箙の梅」として老梅が境内に植わっています。
この他にも生田神社の境内には、源平の合戦に因んだ史蹟が多数残されています。
古くより文人墨客に愛され多くの歌に詠まれてきたこの森も、現在では都会の真中のオアシスとして、また、パワースポット・ヒーリングスポットとして親しまれています。
また、春にこの『生田の森』にて開催される『曲水の宴』は平安の歌遊びを再現した雅な行事としてお楽しみ頂いております。

(説明板より)



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どうやら、この社殿の裏あたりに「生田の森」があるらしいので、行ってみる。

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ここが「生田の森」なのか?
どこかの児童公園並みの狭い庭にしか見えないが・・・・
これが・・・森?
ガッカリである。

ホテルにチェックイン後、夕食を食べに夜の繁華街に出かけ、ウロウロと探検する。
で・・・折角、神戸に来たのだから「神戸牛」を食べようと、某レストランに入る。
どうやら神戸牛の専門店らしく、何にかの賞を取った牛の肉を提供しているようだ。
まぁ・・・どんな賞を取ろうとも殺されて食べられてしまうのでは牛は嬉しくもないだろうが・・・(大笑)
店員の勧めで、高価で貴重な部位の「おすすめ」の神戸牛のステーキを頼んで食べたが・・・
う~ん・・・脂っこくて美味しくなかった・・・(大涙)
この値段なら普通のステーキを3人前くらい食べられたかも・・・
あ~損をした!
店員の言いなりになるんじゃなかった・・・(大涙)
大失敗!

旅行 | 14:32:09 | Comments(0)
『習近平よ、「反日」は朝日を見倣え』


はじめに

第1章 日本の本当の素晴らしさを知っていますか
 ドイツ軍は北京を略奪した
 GE社の欠陥を隠した朝日の大罪
 外国と同盟を結ぶ本当の意味
 ニューヨーク・タイムズは大豆油が好き
 周近平の「完食の勧め」
 白人がいまだに怖がる日本軍の実力
 中国人は知っている「日本軍は善玉」
 ノルマンディで中国が外された理由
 小泉純一郎が「反原発」に転向したわけ
 朝日は「危ない韓国機」をなぜかばう?

第2章 これだから中国は「立派な国」になれない
 「原爆投下」以外は全て嘘で固めたエノラゲイ
 最高裁は「正しい不倫」を認めたのか
 新聞業界にも倫理規定が必要だ
 満州王朝を倒した日本の責任
 胡錦濤は朝日新聞の凋落を知っていた
 朝日は李香蘭を反日にした
 オランダ人の祖先は韓国人という説
 満州を最貧の地にしたのは中国人だ
 「イスラム国」の強さの秘密
 英語を話す人たちの程度を知ろう

第3章 嘘の伝わり方は実に様々
 朝日のお家芸は「書かない嘘」
 「京都を守ったのは米国人」という嘘
 産経ソウル支局長の「記者冥利」とは
 米国は江戸時代の日本にも敵わない
 朝日が言う“コスタリカに倣え”の嘘
 米国はサダムの「毒ガス」をなぜ隠した
 日本にもあったキューバの矜持
 米国が完成させた「最高の拷問」
 キリスト教徒を締め出した日本の叡智
 傲慢「シャルリー・エブド」が襲われたのは当然だ

第4章 世界情勢を正しく知るために
 アフガンに見るイスラム圏の歩き方
 「イスラム国」より残酷なのはやっぱり中国
 欧米人が好きな「性器の破壊」
 タイタニックに乗っていた中国人
 「命の価値」を肌の色で決める米国人
 韓国人はどうしてキレやすいのか
 モディはインドの戦後を終わらせた
 東京大空襲にはマニラ大虐殺が似合う理由
 NHKに住んでいる各国の「反日放送局」

第5章 70年もつき続けた歴史の嘘
 JR福知山線事故の真犯人は労組だ
 朴槿恵の「旭日旗は韓国のためになる」と教えよう
 結局、オバマで米国は何が変わったのか
 元駐日英大使・コータッチの偏見と無知
 「バターン死の行進」は白人による嘘
 インドネシアでオーストラリア人が死刑になった理由
 「馬鹿げた訴訟」を煽る朝日の根性
 米国人がアジアの性被害者たちを作った
 何でもナチスのせいにするドイツの悪癖
 朝鮮人軍属にもこんな立派な人物が


今年の読書:57冊目



読書 | 00:39:30 | Comments(0)