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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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やっぱりチャイナタウンに行くんだ・・・(笑)
時刻は午後5時・・・・
これから、どこへ行くのかと思ったら・・・
チャイナタウン!(笑)
やっぱり・・・(大汗)
評論家で作家の“ミヤザキさん”とジャーナリストの“タカヤマさん”、中国を専門としている大学教授の“ヒイズミさん”の「仲良し」3人が参加すると、なぜか、必ず「チャイナタウン」へ行く事になるのである。(大笑)
オーストラリアのツアーの時もそうだったし・・・
カンボジアとベトナムへのツアーの時もそうだったし・・・(苦笑)
中国に関する著書の多い“ミヤザキさん”が希望したに違いない・・・(大笑)
旧日本人街ではなく、わざわざ中国人街へ行くというのは、いかがなものかという気がするが・・・(笑)
まぁ・・・仕方がないか・・・(大笑)

059_convert_20150825133825.jpg (チャイナタウン)

う~ん・・・ここは「市場」なのだろうか?
路地にある店を見て歩く・・・・
それだけのことなのであるが・・・(苦笑)

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帰り道、小さな目立たない橋を渡る・・・
その橋のところに英語と中国語で書かれた説明板が建っていた。
この橋は、どうもフィリピンと中国の「友好の橋」らしい・・・・
いや、もしかしたら、中国系フィリピン人同士だけの「フレンドシップ」の橋かもしれない・・・(大笑)

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FILIPINO-CHINESE FRIENDSHIP BRIDGE

Her Excellency President Gloria Macapagal Arroyo proclaimed June 9 of every year as Filipino-Chinese Friendship Day by virture of Proclamation No. 148 during the 2nd Biennial Convention of the Chinese-Filipino Business Club, Inc. at the Ceremonial Hall, Malacanang Palace, Manila on January 24, 2002.
In commemoration of this historic event, thee Chinese-Filipinos Business Club, Inc., in sooperation with the Embassy of the people's Republic of China, Honorable Mayor Lito Atienza, the City Council of Manila, the chinatown Development Authority and the Manila Chinatown Barangay Organization, have renovated and renamed the Ongpin South Bridge to the Filipino-Chinese Friendship Bridge
This bridge shall symbolize the fruitful and enduring friendship linking the republic of the Philippines and the People's Republic of China.
June 09, 2002, City of Manila

Chinese-Filipino Business Club, Inc.

(説明板より)



066_convert_20150825171734.jpg (チャイナタウン)

フィリピンの中国人は、全人口の2%程度しかいないそうだが、政財界の有力者が多いのだそうだ。
というわけで・・・影響力はかなり大きいらしい。
フィリピンの日本人(もしくは日系フィリピン人)で、政財界の有力者になったという人はいるのだろうか?
そういうところは中国と日本の国民性の違いかも・・・
“国際化”と言う割には、“グローバル”なんて言う割には、日本人は全く「国際化」していないのではあるまいか?(苦笑)


このチャイナタウンで1時間も時間を潰した!(驚)
興味のない拙者には退屈な時間であったが・・・(笑)
まぁ、二度と来ることもないだろうから、いい経験だったかも・・・(苦笑)

マニラ市内に戻り、夕食・・・
向かったレストランは・・・・あれ?・・・
拙者が一人でマニラに滞在しているときに何回も来たことのあるお気に入りのレストラン・・・
なんという偶然か・・・(笑)
バイキング形式のレストランだが、「勝手知ったる他人の家」である・・・

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タバコが吸える場所は1箇所だけ・・・・
正面ドアの脇の灰皿がある場所だけ・・・
「勝手知ったる他人の家」だから・・・知っている・・・(大笑)
そこでタバコを吸い始めたら、店の外を横切った女の人が驚いた顔で叫んだ!(汗)
「あらぁ~久しぶり!」(笑)
これには、正面ドアのところにいたガードマンも苦笑い・・・
誰かと思ったら、スナックのママである・・・(大笑)
「マニラに来てたの?」
「今回はツアーでね・・・・」(大汗)
「なんでお店に来ない?暇だから今晩来て!」
「ダメ!」(大笑)

彼女からすればグッドタイミング・・・拙者にとってはバッドタイミングである・・・(大涙)
あと1分でも時間がずれていたら遭う事はなかったのに・・・(涙)
まさか、ここで遭うとはねぇ~(唖然)
昨年、6年ぶりぐらいで彼女のお店に行ったきり・・・1年も経つのに・・・
どうして拙者のことを覚えているのかねぇ~(大汗)
とにかく今回は飲みに行かない!(大笑)
なにせ、明日は午前2時起床、3時に出発なのである!(汗)
お酒なんか飲んだら寝坊してしまう。(大笑)
絶対お断りである。

午後8時、ホテルにチェックイン・・・
以前、このツアーに参加したときと同じホテル「JEN」である。
このホテルのいいところは・・・部屋でタバコが吸えること・・・(大笑)

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このホテル、タバコが吸えるし、部屋も広くて綺麗で、決して悪いホテルではない・・・(笑)
が・・・残念ながら立地場所がイマイチ・・・・
近くには昔は、レストランだったのか、飲み屋だったのか・・・という廃屋・・・
コンビにまでも遠いし・・・・
裏のほうは、「ここは貧民街か?」と思うようなトタン屋根の家がゴチャゴチャとしている。(苦笑)
対して、我が定宿のほうは、隣が両替所、その隣がコンビニ・・・・
道の向こうは中華レストランとファストフード店、交差点の向かい側はコーヒーショップ・・・
ホテルから歩いて1~2分ですべてが事足りる・・・
そうなると、部屋が古くても、タバコが吸えなくても・・・やっぱり今までの定宿のほうがいいかな・・・(苦笑)

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(部屋の窓から見た夜景・・・・)

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旅行 | 16:28:29 | Comments(0)
マニラ市内観光
午後1時過ぎにマニラ空港に到着するが・・・・
健康チェックの「イエロー・カード」の提出場所が、なんと、飛行機を降りた空港の通路部分・・・
このため、他の飛行機からのお客も合流したので、通路は大混雑で動かない・・・(汗)
ただ、カードを提出するだけなのだが・・・
カードに記載漏れがあったのか、それともカード自体を無視して何も書かなかったのか・・・
そういう乗客がその場で記入をし始めたりするので、ますます混雑・・・
カードを受け取る職員の方も手際が悪い・・・
どうして、こういう場所で、こういうことをするのかねぇ~・・・(唖然)
国民性なのか、この手際の悪さにはイライラする・・・

ようやく空港から出て、迎えに来たバスに乗り、早速、市内観光となる。

最初に向かったのは「リサール公園」

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モニュメントは、スペイン統治時代に、ここで銃殺されたホセ・リサールの記念像。
この公園は、戦時中は確か「ルネタ広場」と呼ばれていたと思う。
米軍がマニラに進攻した時、この公園を中心として日米の攻防戦が繰り広げられた。
この公園は日本軍のタコツボと米軍の砲撃で出来た穴で、メチャクチャな状態だったという。
ここで1000人だか2000人だかの日本兵が戦死したという話を聞いた覚えがある。



JOSE RIZAL NATIONAL MONUMENT
(1913)

ACT No.243 GRANTED THE USE OF PUBLIC LAND IN LUNETA AS A SITE FOR THE JOSE RIZAL MONUMENT, 28 SEPTEMBER 1901.
THE MONUMENT, ENTITLED "MOTTO STELLA," WAS THE ENTRY OF SWISS SCULPTOR RICHARD KISSLING TO THE INTERNATIONAL DESIGN CONTEST FOR THE RIZAL MONUMENT, 1905-1907.
THE MONUMENT WAS CONSTRUCTED OF BRONZE AND GRANITE, 1912.
THE RIMAINS OF RIZAL WERE TRANSFERRED FROM BINONDO TO THE BASE OF THE MONUMENT, 30 DECEMBER 1912.
UNVEILED, 30 DECEMBER 1913.
DECLARED A NATIONAL MONUMENT, 15 APRIL 2013 AND NATIONAL CULTURAL TREASURE, 14 NOVEMBER 2013.

(解説碑・碑文)



バスを降りて暑い中・・・(苦笑)・・・公園の端でモニュメントをチラリと見て、再びバスに戻る。
相変わらず「物売り」がしつこい・・・

続いて「サンチャゴ要塞」に向かう。

敷地内で、どうも歴史的な建物らしきものを発見!(笑)
ここには何度も来ているが・・・今まで全然気がつかなかった・・・(大笑)
この建物は、1591年に建てられた倉庫らしい。

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ALMACENES REALES

The Almacenes Reales or Royal Warehouses were built in 1591 and used as storehouses for goods unloaded along Pasig River.
In 1690, new warehouses were built closer to the riverbank and continually renovated until its completion in 1739.
The former almacen remained in use until the building was renovated as soldiers' quarters after the 1863 earthquake.
The riverside section of the walls lasted until 1903 when American military engineers demolished the walls for river wharves.

(説明板より)



そして、もう一つ・・・銅像が・・・
これまた、いつここに作られたのか・・・(汗)

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左がオスメニア大統領で、右がマッカーサー・・・・
マッカーサーは「アイ・シャル・リターン」の言葉通り、フィリピン亡命政府のオスメニア大統領を伴ってフィリピンに上陸した。
というわけで、二人の銅像なのだろうが・・・
このベンチに座る二人の「距離」が微妙な感じ・・・
しかも、オスメニア大統領が何やら説教していて、マッカーサーがイジケテいるようにも見える・・・(大笑)

さらに進んで、サンチャゴ要塞の城門に到着・・・

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FORT SANTIAGO

One of the oldest fortifications in Manila.
Built in 1571, on the site of the native settlement of Raja Soliman.
First fort was a palisaded structure of logs and earth.
Destroyed in the Limahong attack in 1574.
Stone fort built between 1589 and 1592.
Damaged in the 1645 earthquake.
Repaired and strengthened from 1658 to 1663.
Became the headquarters of the British occupation army from 1762 to 1764.
Repaired and renovated in 1778.

Former headquarters of the Philippine Division of the U.S. Army.
Occupied by the Japanese military in 1942 where hundreds of civilians and guerillas were imprisoned, tortured and executed.
Destroyed in the Battle of Manila in 1945.

Used as depot of the U.S. Transportation Corps before turnover to the Philippine Government in 1946.
Declared Shrine of Freedom in 1950.
Restoration and maintenance of the fort began in 1951 under the National Park Development Committee.
Management was turnned over to the Intramuros Administration in 1992.

(説明板より)



この門を潜り、中庭に入ると、その隅のほうに「リサール記念館」がある。
何度か訪れたことがあるが・・・・
いつの間にか綺麗にリニューアルされていた!(驚)
写真撮影禁止なのが残念だが・・・
売店でリサールに関する本でも買おうかと思っていたのだが・・・
売店には誰もいない・・・
なんと、商売気のないことか・・・(唖然)
皆がサッサと行ってしまうので、残念ながら売り子を探すことも出来ず何も買えなかった・・・(涙)
こういう時は、団体行動は不便である・・・

バスに戻る途中・・・古い建物が・・・・

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説明板などはどこにも設置されていないが、この建物は戦時中のマニラ憲兵隊本部の建物である。

020_convert_20150822184424.jpg (観光用の馬車)

次に向かったのは、ユネスコの世界遺産に登録されている「サン・アグスチン教会」・・・
フィリピン最古の石造り、バロック様式の教会で、フィリピンで最初に世界遺産に登録されたそうである。
1606年に完成した教会とのことだから・・・日本でいうと慶長11年、関ヶ原の戦いも終わって落ち着いちゃった頃か?(笑)

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この教会には何度か訪れたことがあるのだが・・・あまり記憶に残っていない・・・(汗)
興味がないから・・・ねぇ・・・人間とは正直な生き物である。(大笑)
建物も、「バロック様式」って言ってもねぇ~
なんだか、面白みのないデザインなのである。(苦笑)

内部の見学・・・・
今回は、少しは真剣に見てみるか・・・(苦笑)

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029_convert_20150822195229.jpg (天井)

032_convert_20150822195322.jpg (祭壇から後ろを見る)

天井は凸凹に立体的な装飾がされているように見えるが、実は「騙し絵」で、実際は平らなのだとか・・・(汗)

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教会の内部は「博物館」にもなっている・・・

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2階へ向かう階段・・・この雰囲気は・・・好きである。(笑)

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高山右近が国外追放となり、ここマニラに来た時、この部屋に一時期住んでいた・・・というようなことをガイドが言っていたような気がするが・・・
相変わらず真剣に話を聞いていなかったので・・・確証はない・・・(大汗)

047_convert_20150822202701.jpg (教会の中庭)


SAN AUGSTIN CHURCHAND CONVENT

San Augstin Church is the oldest church in the philippines.
Known as the Church of Saint Paul, the first church of the Augustinian Order was built in 1571.
Destroyed by Chinese pirates in 1574.
Rebuilt a year later.
Venue of the First Dioceson Synod in 1581.
Burned in 1583.
Third church destroyed by fire in 1586.

Fourth church mede of stone was designed by Juan Macias and built from 1587 to 1604.
Looted during the British invasion 1■62.
Terms of surrender of Manila to the Americans were discussed in the vestry in 1898.

Damaged inthe Battle of Manila in 1945.
Repaired after the war.
Became the site of the first Philippine Plenary Council in 1953.
Declared a UNESCO World Heritage Site in 1994.

(説明板より)



教会の見学を終えて、外に出て迎えのバスが来るのを待つ・・・
その間、急いでタバコを吸う!(大笑)
今回も、喫煙者は、拙者と評論家で作家の“ミヤザキさん”の二人・・・(大笑)

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サン・アグスチン教会の道路を挟んだ反対側に洒落た建物が・・・
あら・・・こういう建物があったっけ?(苦笑)
以前は、車で教会に乗り付けていたので全然気がつかなかった・・・
やっぱり歩かないとダメだなぁ~
車なんかを横付けしてピンポイントで観光なんかしたのでは・・・
次回は、一人で、この辺りを歩いてみようかな・・・・

旅行 | 14:14:44 | Comments(0)
まさかのトラブル
今日から、フィリピンへ行く。
今回は、いつものツアー旅行・・・・
レイテ島とルソン島のバターン半島へ行く。

今回も、朝早い便のため、いつものように京成成田駅近くのホテルに前泊。
田舎からの参加だと(笑)、どうしても前泊、後泊が必要となる。
今回の「歴史ツアー」はレイテとバターン半島、コレヒドール島へ行く5泊6日の旅なのだが、これだと、前・後泊が必要となるので、拙者の場合は7泊8日の旅になってしまうのである。
当然、8日間も拙者が留守になるとなると・・・親父の顔が引きつる・・・(大笑)
「8日間?8日間も出かけるのか・・・」とブツブツ・・・(苦笑)
一人で留守番するのが耐えられないのだと言う。
ということで・・・仕方がない・・・少し縮めることにして・・・
今回は、出発は皆と一緒・・・コレヒドール島へは行かず皆さんと別れて、途中で帰国することにした。
早朝の便に乗れば、その日のうちには家に帰れるから・・・
前泊を含めても5泊6日に抑えることが出来る。
6日間の不在なら親父も我慢できるだろう・・・・(大笑)

午前7時半、成田空港集合・・・
今回も、常連さんが多いので、「お久しぶりです!」の挨拶・・・・
知った顔が多いというのは、楽しいものである。

Y氏も、その中のお一人・・・
以前、同じツアーで一緒だった。
ということで、一緒にチェックインすることにしたのだが・・・・
我々が利用するフィリピン航空のチェックインカウンターの前は、いつものように長蛇の列・・・・
順番が来るまで、オシャベリしていたら、S氏が妙なことを言った・・・
「このパスポートも、あとわずかで切れるんですよ」と言うのである。
有効期間の残りは3ヵ月あるかないか、だそうである。
「え?残りの有効期間が半年以上ないとダメなんじゃなかったでしたっけ?」
「そう?・・・だって、添乗員に確認したら大丈夫だって言ってたぞ」
「え?フィリピンは半年じゃなくて、3ヶ月でも大丈夫なのかな?」

順番が来て、二人でチェックインの手続き・・・
カウンターの職員というのは大したもので、ちゃんとパスポートの有効期間を確認するんですね。(大笑)
「これ・・・有効期間が足りませんけど・・・」
「ツアーだから大丈夫じゃないの?」とY氏・・・・
「申し訳ございませんが、搭乗はできません・・・」
あらら!やっぱり!
「そこを何とかならんかね?」とY氏も顔面蒼白で食い下がる。
この女子職員の話しだと、百歩譲って、出国したとしても間違いなくマニラで入国拒否をされて強制帰国(送還送還?)になるという・・・(大汗)
「強制帰国」の記録が残ったら、後々海外旅行の時にマズイんじゃあるまいか?
ここは引き下がったほうがいいだろう・・・

チェックインは拙者の分だけ・・・となる。
で・・・Y氏が添乗員に確認に行ったら、「え!まさか!」ということになった・・・
添乗員は「パスポートの有効期間は確認して置いてください」と言っておいたという・・・
Y氏は「確認したら、大丈夫って言ったよね?」と言う・・・
言った言わない、聞いた聞いていない・・・で、全く埒が明かない・・・
いずれにせよ、Y氏はそこそこの“高齢者”なので、聞き違い、勘違いをしたのだろうということになった。(汗)
結局、どう逆立ちしても出国は出来ないので・・・
Y氏はスーツケースを転がして帰宅・・・
後ろ姿を見送るが・・・こういうのはツライよなぁ~

拙者が個人でフィリピンに行く時にいつも利用する旅行社は、いつも出入国カードを事前に作成してくれて郵送してくれる。
あとは、拙者が署名すればいいという状態である。
これなら、旅行社側でもパスポートの有効期限は作成時点でわかるので、手の打ちようもあろうが・・・
このツアーは、出入国カードなどは、機内で配られたものに自分でその場で書かなくてはならない。
そうなると、パスポートの有効期限の確認は自己責任ということになる。
しかし・・・事前にパスポートのコピーを旅行社に送ってあるはずだから、旅行社でも気がつくと思うのだが・・・
全く旅行社側には否はないとは言い切れないような気がする。
参加を申し込んだ人のパスポートの有効期限ぐらいは確認するだろう・・・と思うのは甘いか?
そこまで親切なことはしないか?(苦笑)
Y氏とツアーの添乗員は知り合いなので、Y氏も安心して任せていたのだろう。
それにしても可哀想に・・・6日間、予定を空けて旅行に参加することにしたのに、即日帰宅とは・・・

本人もショックだろうが・・・一緒にいた拙者もショックである。(大汗)

ついつい、拙者も有効期限の残りを気にせず海外旅行を計画するところがある。
これは、大いに戒めねば・・・と改めて思う。

今回は添乗員を含め17名のツアーだが、そういうわけで、1名欠員し、16名となった・・・

午前9時半・・・フィリピン航空431便でマニラに向けて出発!

001_convert_20150820144757.jpg (機内食)

旅行 | 13:25:11 | Comments(0)