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■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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ペリリュー島の戦跡めぐり
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到着後、港のターミナルで、“イズミ教官”よりペリリュー戦の概要の説明を受ける。
で・・・・
「さて・・・もう夕方ですが、どうしましょうか?」
「日没ギリギリまで、回れるところを回ったらどうでしょうか?」と、またまた生意気にも意見を言わせてもらう。(笑)
見て回るルートを、再検討してもらい・・・
マイクロバスに乗り込んで・・・
戦跡めぐりに出発する!(喜)

最初に向かったのは・・・零戦の残骸・・・・

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4年前に訪れた時は、この周辺は泥濘になって近づくのが難しかった。
もしかして、以前は沼地だったのかも知れない。
今回は、地面が乾いていたので、近づけた・・・
零戦の操縦席周辺の胴体だけが残っている。
後部の尾翼部分は無くなっているが・・・・
もしかしたら、土の中に埋まっているのかも・・・
周囲はジャングル・・・・周辺の木をもう少し切れば、全容が掴めるかも・・・

次に向かったのは、「オレンジビーチ」・・・・
アンガウル島だけではなく、ここにも「オレンジビーチ」があるが・・・(笑)
浜辺がオレンジ色だからというわけではない。
「オレンジ」は、米軍の上陸地点の名称で、米軍は上陸地点を色分けして呼んでいた。
「ホワイト1」「ホワイト2」「オレンジ1」「オレンジ2」「オレンジ3」・・・・
島の西にある同一海岸(西浜海岸)であるが、全部で5箇所に上陸地点を分けていた。

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ここは、そのうちのひとつ・・・・1なのか2なのか3なのかは知らないけど・・・(笑)
昭和19年9月15日に米第1海兵師団の約2万1千名が上陸したのがこの場所である。

守る日本軍は、我が茨城県の郷土部隊である水戸の歩兵第2連隊を主体とする約1万500名・・・・
その中で、ここ「西浜海岸」の守備に当たったのは、歩兵第2連隊第2大隊(大隊長:富田大尉)を主力とする「西地区隊」である。

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海岸は波一つ立っていない・・・・
遠くに珊瑚礁の環礁があるので、そこで波が遮られているのだろう。
シ~ン・・・・とした静けさ・・・・
これが海とはねぇ~・・・・まるで巨大な沼か池という感じ・・・
で・・・水面はまるで鏡のようで・・・・
空の景色がそのまま映る・・・・

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この海岸から少し入ったところに米軍の記念碑が建っている。
米陸軍第81歩兵師団の記念碑である。
この海岸に上陸した米第1海兵師団は、ガダルカナル島やニューギニアで戦った実戦経験の豊富な部隊である。
それが、上陸6日目には壊滅的な損害を蒙る。
戦死傷者が全体の60%を超え、「全滅」と判定されたのである。
そこで、第81歩兵師団、約2万名と交替・・・・
日本軍の抵抗のすごさがよくわかる。
正直言って、ざまぁ~みろ・・・である。(大笑)
壊滅状態になった海兵隊の顕彰碑(記念碑?慰霊碑?)ではなく、あとからやってきた第81歩兵師団の記念碑がここに建っているとはねぇ~(笑)

4年前にペリリュー島に来た時に、偶然、海兵第1師団の衛生兵だった生還者とお会いしたので、個人的に当時のお話を伺ったことがある。
「第1海兵師団ですか!ニューギニアでも戦ってますよね?」
「よく知ってるね~あんた・・・でもね、私はそのときは軍隊に入っていなくて、その後に入ったんだよね。だからペリリュー島での戦闘が初めての経験なんだ」とおっしゃる。
で・・・
海兵隊には衛生兵というのは、なぜなのか存在しないのだそうで・・・(汗)
勇猛果敢で知られる海兵隊だから怪我人も死人も出ないと思っていたのか?
そういうことはあるまいが・・・(笑)
海軍の衛生兵が、海兵隊に配属になって戦場に送られたという。
この“おじいちゃん”も、入隊したのは海軍だそうで・・・海軍の衛生兵・・・・
で・・・海兵隊に配属となったという。
17歳で入隊したとおっしゃる・・・
その若さで、手足が吹っ飛んでいたり頭が無くなっていたり、内臓がはみ出しているような悲惨な負傷者や戦死者を見たのだろうなぁ~
あっちもこっちも血だらけですよ・・・・
ゲゲゲッ・・・・である。(大汗)
当時の話を伺い、最後にこの“おじいちゃん”が何か話し始めたのだが、よくわからない・・・・
アメリカに来ることがあったら是非我が家に遊びに来いと言っているような気もするが・・・(笑)
で・・・・拙者は、つい、言ってしまったのである!
「アイ・ドント・アンダースタンド・イングリッシュ!」(私は英語がわかりません!)
周囲にいたアメリカ人が全員、コケた!(唖然)
一緒にいた4~5人のアメリカ人が、本当に”コケ”たのである!(大汗)
で・・・全員が一斉に拙者を指さし・・・「ヘイ!ユー!」
「俺達でも難しくてわからない話を、お前は分かっていたじゃないか。なんで英語が分かりませんと言うのだ?」と口々に言うのである。(苦笑)
「いや、いや、私は戦争の話なら分かるのですが・・・普通の会話は全然分からないのです」と答えたのだが・・・
どうも理解できないらしい・・・
「だって、あんな難しい話を理解できたんだろ?」
「はい、わかりましたが・・・」
「じゃ、なんで英語が出来ないと言うんだ?」
「え?・・・え~と・・・英会話ができないのです・・・」(苦笑)
「信じられない・・・」(唖然)
明らかに怪訝な顔・・・・(大笑)
こっちだって、理解できないよ・・・・
明らかに戦後生まれのアメリカ人たちだが・・・・アメリカ人でしょ?英語は得意でしょ?(大笑)
なんで戦時中の話が分からないのかね?
“おじいさん”は英語で話してるんですけど・・・・(大笑)

あれは楽しい思い出である・・・・
拙者は“ご機嫌いかがですか?”のような一般会話になると、途端に頭の中が真っ白になってしまうのである!(大涙)
でも、戦争の話は、なぜかスラスラと頭に入ってくるのである。
で・・・頭の中に映像として浮かぶ・・・
だから「ですよね!そうですよね!」と話が盛り上がってしまうのである。(苦笑)
あの“おじさん”は杖をついてヨロヨロと歩く方だったが、年齢的には拙者の親父より1歳か2歳年上・・・・という方だった。
今年、87歳か88歳ぐらいになるだろう。
拙者の予備知識が貧弱だったので、あまり詳しい話が出来なかったが・・・・
「皆さんが上陸した時に、私の故郷の“茨城県”出身の兵隊が皆さんを攻撃したのです!」
「へぇ~そうなのかい?」
「ここあたりに機関銃陣地をつくりましてね。ここから撃って・・・こっちにも陣地があって、こっちからも・・・」
「あ~そうそう、横から来たよ、弾が・・・ありゃ、すごかった・・・頭が上げられなかった・・・なにせ私は18歳だろ。怖くてねぇ~」(苦笑)
「そうですよねぇ~」(笑)
もっとお話をしたかったが・・・・拙者の知識が不足していた・・・(大汗)
特に、米第1海兵師団については、ほとんど具体的な知識がなかった。
あ~あ~・・・もっと色々知っていたらなぁ~・・・もっと話が盛り上がっただろうなぁ~(苦笑)

あの“おじいさん”はお元気だろうか・・・・
ふと、思い出した・・・・
懐かしい思い出と、寂しい思いが交差する・・・・
もう会うことはないんだろうなぁ~
「一期一会」というのは、正直言ってツライ・・・・(涙)

次に向かったのは、日本軍の滑走路の近くにある戦車の残骸・・・・
この島に派遣されていた第14師団戦車隊に所属していた九五式軽戦車である。

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敵の攻撃を受けて砲塔部分が吹き飛んでしまい、車体のみが残っている。
たぶんこの戦車だと思うが・・・
戦闘終了後に米軍が写真を撮っている。
その写真では、この戦車の横に、黒焦げになった戦車兵の遺体が写っていた。
あのご遺体は、その後、どうなったのだろう・・・・
この戦車隊には、我が戦車第2師団・戦車第10連隊に一時期在隊していた人達が転属となっている。
というわけで・・・・ほんの僅かな期間しか在隊していなかったのだろうが、我が戦友会にも縁があるといえば、あるかも・・・・
我が戦友・・・・
あの黒焦げの戦車兵が倒れていたのは、このあたりだろうか・・・と一人で戦車の周りをウロウロする。

時刻は午後5時を過ぎた・・・・
日がかなり傾いてきている。
急がねばなるまい・・・・(笑)
みんな・・・モタモタしないで急いでくれぇ~(・・・・と内心で叫ぶ)(大笑)

次に向かったのは、守備隊の司令部跡・・・・
当初は、海軍の司令部として建てられた建物であるが、その後、陸海軍共同の司令部になったらしい。

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弾痕が今も残る・・・・廃墟である。

時刻は5時半・・・・
ここで今日の戦跡めぐりは終了・・・・

ホテルに向かって移動・・・・
ペリリュー島には我々21名が宿泊できるような大きな宿泊施設はない・・・(大笑)
しかも、ほとんどの皆さんが「一人部屋」希望のようで・・・・
なおさら・・・無理・・・・(大笑)
拙者も、いつも追加料金を払って「一人部屋」をお願いしているが、今回は、部屋数が足りないので我慢してくれと事前に連絡があった。
ペリリュー島なら仕方がない・・・・現地の事情は知っているから快諾。(大笑)
で・・・・宿泊は2つのホテルに分かれることとなる。
拙者は、「マユミイン」という宿泊施設・・・・
う~ん・・・・民宿と言うか・・・ほとんど合宿所・・・・というか・・・(大笑)
4年前に泊まった事があるので、拙者には異存なし!(笑)
「マユミイン」には15名が、もう一つの「アイランドイン」には6名が分かれて宿泊することとなる。

で・・・到着してみて驚いた・・・・
直ぐ隣りに隣接して売店があったのだが・・・・

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台風だか高波だかで破壊されて廃墟となっていた!(唖然)
修復不能ということで、廃業してしまったらしい・・・・
あらら・・・・便利だったのに・・・・(涙)

この民宿には部屋が5つほどあるが・・・・・
その中の「大部屋」は、無理すりゃ10人は寝れるだろうという広さ・・・・
拙者はここの部屋で“雑魚寝”ということになる。
が・・・・部屋の両隅にベッドが1つづつ・・・・
添乗員の“アサダさん”から、個室が取れなかったので、申し訳ないからベッドを使ってくれとのこと。
7名ほどで寝るのだが、ベッドに寝るのは添乗員と拙者の2人・・・
他の人は、床に布団を敷いて寝る・・・
拙者より年長の“高齢者”を床に寝かして、拙者がベッドというのも気が引けるが・・・・(汗)
まぁ、ご指名だから・・・・ということで、ベッドを使わせてもらう。
ベッドの上に胡坐をかいて座っていたら、皆から「まるで牢名主のように見えますねぇ~」とからかわれた。(大笑)

チェックイン後、さっそくシャワーを浴びる・・・・
シャワー室とトイレが共用になっている。
これが4つほどある。
シャワーの水は雨水を貯めたものである。
シャワー室(トイレ)によって、お湯が出る部屋と出ない部屋とがある。
つまり、かなりのオンボロである。(大笑)
一応、皆さんにシャワー室(トイレ)の使い方を、余計なお世話でしょうが、教授・・・・(大笑)

シャワー後、買物に行きたいという人を引き連れて、近所の商店に買物に行く。
ちなみに、パラオ共和国の通貨は、米ドルである。
真っ暗な夜道を懐中電灯を手に買物へ・・・・
途中、放し飼いの大きな犬に吼えられ真っ青に・・・・(大笑)

夜空は綺麗・・・・満天の星空である!
さて・・・南十字星は、どれだろうと探したが、わからない・・・・
オーストラリアに続いて、またもや失敗・・・・
あとでガイドに聞いたら、今は、見えないとか・・・
十字星のてっぺんの星が見えるかどうかじゃないかという・・・(汗)

夕食は、「マユミイン」の食堂で・・・・
他の民宿に泊まったメンバーも合流・・・
しかし・・・突然の停電!!(唖然)
真っ暗である・・・・
懐中電灯の光だけが頼りとなる。
拙者は洞窟探検を想定してLEDのかなり明るい懐中電灯を持参してきたから良かったが・・・・
ペリリュー島へ行くなら懐中電灯は、とりあえず持って行った方がいい。(笑)
停電の原因は、よくわからない。
この民宿だけが停電である。(大笑)
工事業者が来て、なにやらやっていましたが・・・・
20分ほどで回復すると言っていましたが・・・・
なんのなんの、とんでもなく時間がかかったのであります。(大笑)
まぁ~南の島だしねぇ~
本人は大特急でやっているつもりなのでしょうが・・・・(大笑)

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旅行 | 14:39:49 | Comments(0)
ペリリュー島へ向かう
港の出入口・・・
この防波堤の端に、米軍のM4シャーマン戦車の残骸がある。

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岩と同じ色だし・・・
錆びてしまって、岩なんだか戦車なんだか、よくわからんとは思いますが・・・・(大笑)
とにかく、ここに戦車の残骸があるのです。(汗)

時刻は午後3時半・・・・

港から外に出るのにも一苦労・・・・
グワァ~ン、グワァ~ン、ガガガガガ・・・ドドドドド・・・とエンジンは唸りをあげるが、船体は全く進む様子が無い。
港に向かって打ち寄せてくる波のタイミングを計っているのだそうだ。
これを間違える、舳先が持ち上がり・・・・転覆するという。
今か?今か?・・・・緊張の一瞬・・・・
今だ!それっ!とばかりに、いきなり最大スピードで波に向かって突っ込んでいく・・・(大汗)
あまりの恐怖に、写真を撮るのを忘れた!(大涙)
ズシ~ン、ズド~ン!・・・・上手く波を乗り越え外洋にでる・・・(大汗)
あ~怖かった・・・(苦笑)
さすがは船長!うまいもんだねぇ~・・・・と大拍手!

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海から見たアンガウル島・・・・さらば!アンガウル島よ!

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あのマリア像が見える・・・・
那須岬か・・・・
左のほうで潮が噴いているのが見えた・・・
おお、あそこがブローホールか・・・
やっと位置関係がわかったぞ・・・(笑)

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望遠で撮影・・・(島に近づいているわけではない・・・・笑)
ド~ン!ド~ン!と波が打ち上がる・・・
写真で見ると大したことはなさそうにみえるが・・・
実際に見ると感動ものである。(喜)
まるで砲撃を受けているみたいに見えるのである・・・
う~ん・・・すごい・・・・

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港を出て約20分後・・・・
遠くにペリリュー島が見えてきた!(大喜)

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ペリリュー島に近づく・・・・
ちょっと波がキツイかな・・・・(汗)

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時刻は午後4時・・・・
アンガウル島の西港を出発して、30分で、ここペリリュー島の「南波止場」に到着!

ちなみに、コロール島から直接、ペリリュー島に向かうと、到着するのは「北波止場」である。

旅行 | 13:04:00 | Comments(0)
アンガウル島・戦跡めぐり
「潮吹き」の場所から、少し先に進む・・・
島の西海岸から北へ向かう形となる。
ここから海の向こうを見る・・・

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水平線の向こうにペリリュー島が見える!
肉眼で見ると、かなり近くにあるような気がする・・・
写真に撮ると・・・・全然わからない・・・(大笑)
なにせ平坦な島なので、水平線のどこにあるのやら・・・・
望遠にして撮影しても・・・・この程度・・・・(汗)

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ペリリュー島に米軍が上陸したのは、昭和19年9月15日である。
ここアンガウル島に米軍が上陸したのは、その2日後のこと・・・
ここからペリリュー島が猛攻撃を受けている姿を、守備隊の将兵は見ていたのではなかろうか?
どういう気持ちだっただろう?
猛烈な艦砲射撃と空爆の爆煙ですごいことになっていたのではないだろうか?
それを見ながら・・・・「明日はわが身」・・・・
怖かっただろうなぁ~
周りが海では、どこにも逃げようがないし・・・(汗)
全身から血の気が引くよな・・・

次に向かったのが「島民解放記念碑」・・・・

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この碑のすぐ脇に洞窟がある。
米軍が上陸してきた9月17日から、10月8日まで、島民100名ほどが、この洞窟に避難していたという。(大汗)
で・・・・戦闘が終わって出てきたので・・・・「解放記念」・・・・?
ちょっと気になるな・・・それって・・・
日本軍は米軍がどうやらこの島にも来るようだと感じて、島民をパラオ本島に避難させる予定だったのである。
が・・・どういういきさつがあったか、想像できないこともないが・・・
島民が200名ばかり移動できず、島に残ってしまったのだとか・・・
その「島民」には在留邦人も含まれていたのだろうか?
戦史をよく調べてこなかったので、よくは知らないが・・・
いずれにせよ、この島に住んでいた民間人も戦闘に巻き込まれたわけである。

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次に来るまで5分ほど移動して「シャーマン戦車」の残骸がある場所に向かう。
もう、ここがどこなのかサッパリ分からん。(大汗)
とにかく、ジャングルの中・・・としか言いようが無い。(笑)
若い連中は、サッサと先に行って戦車の残骸に登り、なかなか降りてくれない。
こちらは、高齢者や女性陣の足元に注意を払って手を貸したりしているので、どうしても到着が遅れる。
で・・・シャッターチャンスを逃してしまうのである。(涙)
少しは“弱者”に手を貸してやれよ!・・・と言いたくなるが・・・
今時の若い者は・・・・話しにならん!(怒)
できれば、いち早く現場に行って他の人が入らないように写真を撮りたいのだが、無理だ・・・
かといって、性格的に、他人ことを無視して我先に行くということも出来ない・・・
う~ん・・・拙者の性格に問題ありだな・・・(大笑)

099_convert_20141106120054.jpg (M4シャーマン戦車の残骸)

続いて再び海岸のほうへ向かう。

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で・・・この先に何があるかというと・・・「水際陣地跡」

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「ほら、あそこにあるでしょ?」って言われたってわからない・・・(大笑)
望遠で撮影してみる・・・

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これで、分かったかな?(笑)
さらに近づけば・・・・

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これで分かったでしょ?(大笑)
珊瑚礁の岩を利用し、コンクリートで造られた四角い銃眼・・・・
向いている方向が、こちらということは、上陸する米軍を横から銃撃する為に造られたからである。
これが有効な造り方である。
海のほうからでは見えない・・・・
上陸間際に横から銃撃されて初めて気付くことになる。
が・・・・残念ながら、ここには米軍は上陸しなかったようである。(残念!)
あのトーチカの裏側に行って見たいが・・・・残念ながら、ここから”見学”して移動となる。
こういうところが団体行動の辛さである・・・・(涙)

さらに車で10分程度走り・・・・
再び海岸へ・・・・

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着いたのは「レッドビーチ」と呼ばれる海岸・・・
ここが米軍の上陸地点。
「オレンジビーチ」と違って砂の色は白い・・・なのに・・・「レッドビーチ」(大笑)

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この海岸に米軍の水陸両用トラックの残骸が4~5台放置されていた。
日本軍の攻撃で破壊されて放置されたものではなかろうか?
これらの車両はLVTと呼ばれている。
LVTとは、ランディング・ヴィークル・トラックの略で、「アムトラック」とか「アリゲーター」とか呼ばれていたと思う。
もう、錆びてボロボロの状態で、元の形がさっぱりわからない・・・

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こういうのが何台も海の向こうからドドドッとやってくるんだからねぇ~
想像しただけで、あ~いやだ、いやだ・・・・(汗)
拙者が守備兵だったら・・・さっさと逃げ出すだろうなぁ~(大汗)

この島を守っていたのは宇都宮の歩兵第59連隊である。
当初は1個連隊が守備についていたが、ペリリュー島の防衛に兵力を割いた為、パラオ本島の防衛が手薄になってしまった。
よって・・・連隊は1個大隊のみをここに残してパラオ本島に移動。
このため、この島を守る兵力は第59連隊第1大隊の約1250名だけとなる。
これに対して、上陸してきた米軍は第81歩兵師団の約2万1000名!
ん?・・・桁違いである・・・・(大汗)
敵の20分の1に近い僅かな兵力でこの島を守ろうっていうんだから悲壮である・・・・

次に向かったのは・・・・米軍機の残骸のある場所・・・(笑)
う~ん・・・・プロペラだけ?(汗)

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米陸軍航空隊のB-24爆撃機のプロペラかな?
機体の残骸もあるようだが、草の中に埋もれていて、よくわからない・・・・
まぁ・・・米軍の残骸だから・・・・拙者は関心はない・・・(大笑)
さらに移動する・・・・

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飛行場の滑走路跡を横切る・・・・
この滑走路は日本軍が造ったものではない。
このアンガウル島には、飛行場建設の適地があるので、日本軍もここに兵を置いたのだろうが、実際の建設には至っていない。
米軍も同じことを考えていたようで・・・・
ここに飛行場用地として適した場所があるので攻めたようである。
で・・・この島を攻略後、この滑走路を造ったのである。

次に向かったのは、「ブルービーチ」と呼ばれる海岸・・・・
ここも米軍が上陸した海岸である。
米軍は「レッドビーチ」と「ブルービーチ」の2つの海岸から上陸している。

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海岸は、台風の被害で荒れていた・・・(唖然)

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真ん中に川のような水溜りがあるのは、台風で海から砂(主に珊瑚の欠片だと思うが)が押し寄せ、海岸線に自然の堤防が出来てしまったためだと思われる。
海水が、真ん中に閉じ込められた格好となっている・・・・
ということは・・・本来の海岸線は拙者の足元あたりまでということになるか・・・
日本では海岸の砂が海に流れてしまい、浜辺が狭くなっているというのに、こちらでは台風が来ると浜辺が広くなってしまうのか?(笑)
うらやましい限りであるが・・・・(大笑)
戦跡としては、海岸線が変形してしまうので、ちょっとマズイかな?(苦笑)

146_convert_20141106203348.jpg (米軍の残骸)

時刻は午後1時半を過ぎた・・・・腹ペコである!
ようやく仕出し弁当の昼食にありつけたが・・・・
あまりの空腹感で慌てて食べてしまったため、うっかり写真を撮るのを忘れてしまった!(大泣)
この島には宿泊施設はないらしい・・・
ということは、レストランなどというものもないということになるか・・・
コロール島からボートに乗せてきた「仕出し弁当」が我々の昼食である。
これが結構、おいしい・・・(喜)

151_convert_20141107105407.jpg (完食!)

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昼食を食べた場所は「シニア自然センター」という場所・・・・
多分、そのセンターが昔あったという「跡地」だと思うんだけど・・・
まさか、この柱と屋根しかない“建物”が「センター」というわけはあるまい?(大笑)
しかし、その「シニア自然センター」って何だ?
話を聞くのを忘れた・・・・(大笑)

ここで昼食後の休憩時間がある程度あったので、目の前の海岸に一人で行ってみる。

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う~ん・・・・ここで昼寝がしたい・・・・(笑)

時刻は午後2時15分・・・・再び戦跡めぐりに出発する。

で・・・向かったのは、別の海岸にある日本軍のトーチカ・・・・
もう、どこをどう走っているのかわからない。(笑)

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車から降りて、海岸に出て、しばらく歩く・・・・
と・・・海岸に四角いコンクリートが・・・・
これが日本軍のトーチカ・・・・
台風でやられたのだろうか?
かなり砂に埋まってしまっているが・・・・(汗)

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コンクリートで舗装された道路・・・たぶん、これが、この島のメインストリートだと思うが・・・
ここを走って次に向かう。

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到着したのは、アンガウル小学校・・・・
ここは、歩兵第59連隊の江口連隊長の官舎があった場所である。
まぁ、小学校の建物が、当時の官舎という訳ではあるまいが・・・(笑)

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次に再び滑走路へ・・・・
どこをどう走ったんだ?(笑)
添乗員さんから「どうしましょうか?」との声があり、すかさず「一旦降りて写真でも撮ったら?」と言わせてもらう。(大笑)

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滑走路の長さは2100メートルだと言う・・・
米軍の爆撃機用滑走路である。

これで、島内の戦跡めぐりは終了・・・・
島には日本軍の慰霊碑がいくつもあったそうだが、台風と高波で破壊され消失したという。(涙)

午後3時20分・・・・港に到着・・・
ここで数分間のトイレ休憩・・・・

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港に残る赤錆びた金属は・・・・戦時中の残骸か?

旅行 | 11:47:29 | Comments(0)
アンガウル島・島内めぐり
コロールの港を出発して2時間半後、無事にアンガウル島の「西港」に到着する。
なにせ、この港に入る時は、すごかった・・・
ものすごい波が港に打ち寄せていたのである。
で・・・ボートは猛スピードで港に突進する!(大汗)
普通はスピードを緩めるんじゃないのか?
港に激突するかとヒヤリとしたが・・・
あとで、聞いたら、後ろから次々と大波が押し寄せてくるので、モタモタしたら後ろから煽られてボートが転覆してしまうのだそうだ。
それで後ろから迫る波とのタイミングを見計らって猛突進しないと、港に入ることが出来ないのだそうだ。
へぇ~・・・・そういうものなのか・・・

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港・・・って言っても、実際は小さな船着場である。(汗)
他に船などない。(笑)

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港からは、車に分乗して移動する・・・
この島にはバスのようなものはないのだそうだ。(笑)
バン3台と軽トラ2台に分乗・・・
「当然、若いのはトラックに乗るべきだよな!」と、それとなく言う・・・・
へへへ・・・拙者は今回、参加者最年少ではないので、ちょっと偉そうなことを言ってみた。(大笑)

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さぁ!出発である!
拙者は、ガイドさんたちと一緒に軽トラの荷台に乗り込み、先頭を走る・・・
その後ろにバンが・・・
こちらには女性陣と“高齢者”が・・・・
最後尾は、若い陸自戦史教官等が乗った軽トラ・・・・

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軽トラの荷台は、写真を撮るには絶好の位置である。
が・・・暑い!(笑)
直射日光をもろに浴びて・・・・暑い!!(大笑)
しかも、乗り心地はすこぶる悪い!(大笑)
バンに乗っていた“コウノさん”に「いいですねぇ~そちらはエアコンが効いていて・・・」とからかったら・・・
「冗談じゃないよ。俺の車はエアコンが壊れてるんだよ!暑いのなんのって・・・窓締め切ってるし・・・」(苦笑)
あらら・・・大笑いである。
それなら風に吹かれる軽トラの荷台のほうが、まだマシか?(大笑)

最初に向かったのは「アンガウル神社跡」・・・・

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神社は、ジャングルの中に埋もれていた・・・(汗)

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次に向かったのは「オレンジビーチ」と呼ばれる海岸である。

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なぜ、ここが「オレンジビーチ」と呼ばれているのかと云うと・・・・
有孔虫の死骸とサンゴ礁が混ざった砂のため、オレンジ色に染まっているから「オレンジビーチ」なのだそうである。
他の海岸は、こういう色ではないらしい・・・・

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南洋諸島は大正8年に日本の委任統治領になったのであるが・・・
この時に、アンガウル島にも多くの日本人が移住した。
この島はリン鉱石が産出する島で、リン鉱石の鉱山があったそうで・・・
このリン鉱石というのは、肥料として使われる鉱物資源である。
ちなみに日本ではリン鉱石は全く産出しない・・・・
ということは・・・・全て輸入に頼るということになる。
当時は、肥溜めから人糞を畑に撒くことが普通だったのだろうが・・・(笑)
それでも、このリン鉱石は重要な「戦略物資」だったのではあるまいか?
現在では、なおさらのことであろう。
植物の三大栄養素は、窒素とリンとカリウムであるという。
そのうち、リンとカリウムは、リン鉱石、カリウム鉱石から採られる・・・・
農作物を育てるには、その収穫量を増やす為には、リン鉱石は必須ということになるか?
そういう意味でも、この島は重要な島だったわけである。
この島に多くの日本人が住み、学校、病院、商店などが整備された日本人の町が出来ていたというが、今では全てジャングルの中に埋もれてしまっている。

続いて向かったのは、「那須岬」近くの「マリア像」が建っている場所・・・・

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マリア像には興味が無いので・・・(笑)・・・写真は撮らなかった・・・(大笑)

この岬に「那須」と名付けたのは、この島の守備隊が栃木県宇都宮の歩兵第59連隊第1大隊だったからである。
そのため栃木県に由来する地名を付けたようだ。

073_convert_20141105133747.jpg (那須岬あたり)

この岬の近くに「ブローホール」という場所がある。
潮吹きが見られる場所である。
シャッターチャンスを掴むのに苦労したが・・・なんとか撮れた。(笑)

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旅行 | 09:18:44 | Comments(0)
アンガウル島へ向かう
今日は、アンガウル島へ行く・・・・
4年前にパラオに来たときは、ペリリュー島だけの訪問だったので、アンガウル島へ行くのは初めてである。
どんな場所なのだろうと、内心ワクワクである。(笑)

012_convert_20141103090043.jpg (WEST PLAZA HOTEL MALAKAL)

我々が宿泊したホテル・・・・
ちょっとパッとしないホテルですが・・・(笑)
ベランダでタバコが吸えるから、拙者は大満足である!(大笑)

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(ホテルの前の様子)

朝食は午前6時半から・・・
レストランはホテルの向かい側の建物だが、時間通りに行ってもドアが閉まっていた。(大笑)
我々日本人は時間に正確である・・・(そうじゃない人もいないわけではないが・・・)(笑)
数分遅れでドアが解除された。
従業員の女の子一人だけなのか?
朝食の準備がまったくできていない・・・(大汗)
で・・・お節介な我々は、勝手に“お手伝い”を開始・・・
女性従業員が苦笑する。
余計なことをしまして・・・すみません・・・(大笑)

朝食の準備ができるまで、今回のツアーの参加者の自己紹介をすることになった。
若い連中の中に何人か自衛隊の戦史教官がいた。
へぇ~若いのに戦史教官?
・・・と、思ったが、よく考えたら、拙者は54歳である。
そう遠くない将来には定年退職をする年令だということに気が付いた・・・(大汗)
あれ?・・・俺は結構年寄りなんだ・・・・(涙)
そうなると、彼らのような若い人間が“教官”でもおかしくはないか・・・・

朝食を終え、港に向かう。

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014_convert_20141103092359.jpg (我々が乗るボート・・・・・)

パスポートを港の管理事務所に預けて出発!
昨日まで、低気圧が近くにあったため海はかなり荒れていたそうで、とてもアンガウル島へ行く事は無理な状況だったという。
今日は、低気圧がかなり移動してくれたので、なんとか行けそうだとのこと。
いやぁ~助かった・・・・運がいい・・・(笑)

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皆さんは、どうやら船酔い止めの薬を飲んでおられていたようだが・・・・
拙者は、そういう薬は持参してこなかった。(笑)
拙者が過去に船酔いにかかったのは、中学生の時に海上自衛隊の護衛艦に乗ったときだけである。(大笑)
その後、大人になってからは、護衛艦に乗っても、フェリーに乗っても、客船に乗っても、船酔いにはかからなかった。
というわけで・・・今回も大丈夫だろう。(大笑)
大人になったら鈍感になったのかも?(苦笑)

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低気圧の影響でお天気はイマイチ・・・・
青い空に白い雲・・・エメラルドグリーンの海に緑の島々・・・
そういう景色が見られるはずなのだが・・・残念ながら・・・普通の海・・・(大笑)

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おお!この色!この色!(大喜)
やっと、一部だが、綺麗な海が見えた!

コロール島からペリリュー島までは、内海を移動するので、波はない・・・
静かなものである・・・
しかも海の色は綺麗・・・・
深い場所は濃い青色・・・群青色というのだろうか?
で・・・浅いところは青緑色・・・エメラルドグリーンというのだろうか?(笑)
なにせ、海を見ていて飽きないのである。

この海を日本軍は「大発」と呼ばれる発動機艇で移動したわけで・・・・
速度は8ノットくらいだったから、時速14kmくらいということになるか・・・
う~ん・・・・遅い・・・・(汗)
ドドドッ・・・・とエンジン音をたてて、この海を渡って、ペリリュー島やアンガウル島に向かったのだろう。
この景色を見ながら・・・・
彼らはどんなことを思っていたのだろう?

ペリリュー島は内海にあるが、アンガウル島は、ペリリュー島のさらに外側にある島である。
つまり・・・外海にあるわけで・・・・
この内海から外海に出ると、途端に波に出会う。
特に今日は低気圧の影響が残っているので、いつもより波が高い。

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ちょっと、この写真では分かりづらいかもしれないが・・・
ドド~ン!と波がぶつかって、側面にすごい波しぶきが上がるのである!(大笑)
ヒェ~ッ!!・・・・と叫び声が上る・・・・(大笑)

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この写真でも、分かりづらいと思いますが・・・(大笑)
水平線が上るのである・・・・
つまり・・・ボートが波間に沈むわけで・・・・(大笑)
おい、おい・・・(大汗)
次の瞬間、波の上に乗り上げる・・・・(大笑)
よく船酔いにならないもんだと自分でも感心する。(大笑)
拙者はジェットコースターは大嫌いなのだが・・・・こういうのはなぜか平気・・・・(笑)

港から出発して約2時間・・・・
ようやくアンガウル島が見えてきた・・・・

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旅行 | 08:50:34 | Comments(1)