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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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メルボルンに向う
キャンベラの滞在は、ここまで・・・・
これから空路、メルボルンに向う。

445_convert_20140618205410.jpg (キャンベラ空港)

午後2時、空港に到着・・・・
午後3時発のメルボルン行き、QF815便に乗るのだが・・・・
あらら・・・・
飛行機のチェックインは各自で機械を使用してチェックインするのだという。(大汗)
ゲゲゲッ・・・・である。(大笑)
なにせ、拙者は“機械”が苦手なのである!
成田空港で、何度も失敗しているのである!(大笑)
あららぁ~・・・・でも、やるしかない・・・
ここはオーストラリアである!
当然、画面に表示される文字は英語・・・・(大泣)
日本語の指示に従っても、変なボタンを押してドジを踏むというのに・・・
英語ですかぁ~(大汗)

他のツアー参加者も困った様子・・・・
とりあえず、ガイドさんがやってくれているが、その後ろにズラッと並んでも仕方があるまい。(笑)
機械は何台も並んでいるんだし・・・・
「英語がわからねぇ~」と騒いでいるご高齢者のお手伝いをすることにした。
拙者はおせっかいを焼くのが趣味なのである。(大笑)
非常に不思議なことなのだが・・・
自分のことは全然ダメなのだが、他人を手伝うとなると、俄然とシッカリしちゃうのである。(大笑)
なんと!読めないはずの英語が理解出来ちゃった!(大笑)
「ファーストネームを入力して下さい」
他の人は、どうもフルネームを入力してエラー続出のご様子・・・・
「ファーストネームだから名前ですよ。苗字は入力しないで!」
「え?何で?」
「だって、そう書いてあるんだもん・・・」(笑)
おお、英語が読めてるジャン!
「機内に預ける荷物は何個ですか?」
「1個なら、ここを押して・・・で、OKを押して・・・」(笑)
まるで何度も経験しているような“知ったかぶり”・・・・(大笑)

他人のをやってあげた後に、自分のを続いて行なう。
知らない単語は“見なかった”ことにしてやったわりには無事に問題なくできた!(大笑)
搭乗券とスーツケースに付ける長いタグが出てきて、このタグをスーツケースに自分で付けてカウンターへ持って行き・・・・
これでチェックインは完了である。
あ~・・・・なんとスムーズな・・・・(喜)

446_convert_20140618205531.jpg

キャンベラからメルボルンまでは、約1時間のフライトである。
それでも機内食は出る!(喜)
クラッカーだのクッキーだのという軽食(おやつ?)である。

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午後4時過ぎ、メルボルン空港到着・・・

449_convert_20140620104234.jpg (メルボルン空港)

今日の午後は「移動」だけで終る・・・
真っ直ぐホテルにチェックイン・・・・

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時刻は午後5時40分・・・・
夕食まで時間があるので、一人でホテル周辺を散策することにする。

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ホテルは「フリンダース・ストリート」駅の目の前・・・・
この建物・・・・いいなぁ~(喜)
こういう建物・・・・好きなんだよなぁ~(大喜)

拙者は筋金入りの方向音痴である・・・(大笑)
ということで・・・・
ホテルを出て左へ曲がり、最初の交差点を左に曲がり、次の交差点を左に曲がり・・・・
という具合に歩く・・・

458_convert_20140620131213.jpg (ライトアップされた駅舎)

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狭い路地に、なにやら落書きが・・・・(笑)
なぜか、ここだけに落書きがあるところを見ると、ここは落書き専用の路地なのか?(大笑)

ブラブラしながら、左、左に曲がっていけば、迷わずグルリとホテルに戻ってこれる・・・・はずだったが・・・・(笑)
自分のホテルを見失って通り過ぎちゃった!(大汗)
相変わらずである・・・(大泣)
次に、今度は、ホテルを出て2つ目の交差点を左にまがり・・・
という具合に、歩く範囲を徐々に伸ばす。
これなら、ホテルの近くに戻ってきたときには、最初に回ったときに見た景色が見えるので、不安感が和らぐ・・・
と・・・ここまで考えて歩くのだが・・・・
それでも、どっちに向って歩いていたのかがわからなくなるんだから、かなりの方向音痴である。(大泣)
が・・・なんとか迷子にならずホテルに戻れた・・・・(笑)
あれほどの目立つ駅舎がホテルの前にあるんだから、戻れないほうがおかしいか?(大笑)

夕食は外でとるという・・・・チャイナタウンの中華料理だそうである。
ということは・・・・
どうやら“論客”の皆様の要望らしい・・・
現地のガイドが関わっていない様子なので、たぶん間違いないだろう。(笑)

タクシーを頼んだようだが、ホテルの前の道は大渋滞・・・・
いつまで待ってもやってこない。
中華料理屋の場所を尋ねたら、どうも拙者が先ほど歩き回ったところから、さほど遠くない・・・
3本ばかり先の道を右折すればチャイナタウンらしい・・・・(笑)
もう15分以上もタクシーを待ってるんですけど・・・・
徒歩で行っても、この間に十分、お店に到着しちゃうと思うんですけど・・・(汗)
というわけで・・・・タクシーをキャンセルし、徒歩でお店に向う。

予約を入れていたらしいが、店内は大混雑!
一度座ったら立ち上がれないというくらい狭い場所に座らされ、身動きが取れない・・・・(大笑)
写真を撮るなんてもってのほか・・・・
“論客”の皆様は、得意の(?)中国語でウェイトレスを呼びつけ、何だかんだと大声で注文する。
その得意満面の笑顔を見ていると、やっぱり、この人達は中国の悪口を言っている割には中国が大好きなのではないかと思ってしまうのである。(大笑)
「本当は中国が好きなんじゃないですか?」と言ったら、“論客”の皆様は苦笑い・・・・
だって、その得意気に話す中国語を聞いていると、そうとしか思えないんですけど・・・・(大笑)
何だかんだとケチをつけている割には、嬉しそうに食事を食べているし・・・・(大笑)

結構、美味しい料理だったが・・・・
なんと、支払いは“論客”の作家先生“ミヤザキさん”が支払ったという!
あらら・・・ご馳走になっちゃった・・・
かたじけない・・・・感謝、感謝・・・・

食事を終え、店の前で解散・・・・
“論客”の皆様と穏健派の(大笑)他の参加者と2つのグループに分かれる。
“論客”グループは、このままチャイナタウンに残り、我々“穏健派”(大笑)は徒歩でホテルに戻る。
帰り道の案内役は・・・・拙者!
この方向音痴が案内役である!(大汗)
途中、他の参加者から「ここを曲がるんじゃないですか?」などと言われたが、「いや、いや、このまま真っ直ぐです!」と、いかにも自信ありげなことを言いながらの先導であるが・・・・(大汗)
内心は、かなりドキドキものである。(大笑)

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この建物は見た記憶があるから・・・・間違いあるまい・・・・
このまま真っ直ぐ行って右に曲がると駅が見えるはずである。

463_convert_20140620153711.jpg

おお!駅が見えた!
「さすがですねぇ~たいしたもんですねぇ~」と褒められたが・・・・(大笑)
本当は方向音痴なんですけど・・・・(大笑)

無事にホテルに到着・・・・
コーヒーでも飲みたいねぇ~という人がいたので、散歩がてらコーヒーでも飲みに行きますかぁ~ということになり、有志5名ほどでコーヒーショップ探しに出かける。
「では、案内役、よろしく!」と言われたが・・・・(汗)
マズイ・・・
この周辺は歩いたことは歩いたが、どこに何のお店があったのか覚えていない!(大汗)
拙者は方向音痴に加えて記憶力も悪いのである・・・・(大涙)

散々ウロウロして、ようやく「スターバックス」を見つけ、そこでコーヒーを頂きながら、おしゃべりをする。
こういう時間というのも拙者は好きである。(喜)
同じツアーに参加していても、なかなかゆっくりとおしゃべりする機会はないからねぇ~

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旅行 | 20:50:39 | Comments(0)
戦争記念館へ行く
次に向かったのは「オーストラリア戦争記念館」
ここでは内部の見学をするという。(大喜)

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ここで与えられた見学時間は1時間半・・・・
ここにはシドニー湾で撃沈された我が日本海軍の特殊潜航艇が展示されているということは、事前の“お勉強”で知っていたので、楽しみである!

館内は、「第一次世界大戦」や「第二次世界大戦」などのコーナーに分かれているようで・・・・
職員の方が「第一次世界大戦のコーナーは改装中なので見学は出来ません」と教えてくれた。
が・・・こちらとしては、興味があるのは第二次世界大戦のほうである。(笑)

364_convert_20140617101221.jpg

太平洋戦域における航空戦の展示・・・・
いきなり・・・零戦とご対面!
あららぁ~!
その他、細々した展示が・・・・
あらら・・・こりゃ大変だ・・・・(大汗)

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367_convert_20140617103750.jpg 369_convert_20140617103843.jpg

あ~あ~あ~・・・参ったぞ、こりゃ!
「記念館」というから大したものは展示されていないのだろうと思っていたのだが、なんと、これでは「戦争博物館」と言う方が正確ではなかろうか?
日本軍関係のものだけでもかなりの量がある。
与えられた時間は1時間半・・・・
説明文は全て英文だから、読むのに時間がかかる・・・・(大泣)
これが日本文ならササッと読んで次に向えるのだが・・・・
英文では指でなぞるようにして一語一語読まねばならぬ。
しかも、辞書なんて持ってきていないから、知らない単語で突っかかる・・・(大笑)
拙者は英語が大の苦手なのだ・・・
参った・・・

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館内は薄暗いところにきて、間接照明!
写真を撮るのには苦労する“環境”である。
一般的に、博物館内でのストロボ撮影は禁止である。
仮にストロボを使用して撮影しても、手前ばかり明るく写り、奥のほうは真っ暗となる。
ショーケースの場合は、ガラスに反射してしまい内部が写らないということになる。
ということで、どうしてもストロボを使用しないで撮影することになるが・・・・
そうなると、今度は“手ブレ”が生じる。
最近のデジカメには「手ブレ防止機能」が付いているが、それでも、こういう薄暗い場所では完璧ではない・・・・
昨年のロシア旅行では散々苦労したので、新たにデジカメを買い直して、今回の撮影に臨んだのだが・・・・
それでも、どうしても“手ブレ”が起こる。(大泣)
時間に追われて焦っているせいもあろうが・・・・(大笑)
こういう場合は、三脚を使用して撮影したいところだが、三脚の使用は、こういう博物館では原則、禁止である。
これは常識・・・・

マイッタァ~・・・・何度撮影しても上手くいかぬ・・・・
そのうち、なんと!
カメラのバッテリーが無くなって来た!!(大汗)
予備のバッテリーは、いつでも取り出せるようにショルダーバッグに入れてあるが・・・・
そのバッグ自体をバスの中に置いてきちゃった!!(大涙)
ドジッた!!(大泣)
アホである・・・・

あと何枚撮影可能なのか・・・マズイ・・・非常にマズイ・・・(大汗)

お目当ての特殊潜航艇・・・・
これは2隻の特殊潜航艇を繋ぎ合わせたものだと聞いていたが、そういう違和感を感じないところが不思議・・・・
一隻の特殊潜航艇の中心部分が破壊された・・・・というようにしか見えない。

他の参加者から「思ったより大きいなぁ~」という声が上がり、拙者に質問されたが・・・・
もしかして・・・皆さんは「人間魚雷・回天」を想像していません?
あれは全く別のものなんですけど・・・・(汗)

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(特殊潜航艇の部品や遺品)

隣りのコーナーには第一次大戦の複葉機が展示されていた。

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機体の他に各種細々したものの展示もあったが、その中に偶然にもリヒトフォーヘンの遺品があるのに気がついた。
リヒトフォーヘンはドイツ空軍の撃墜王で、有名なパイロット・・・・
彼の飛行機は真っ赤に塗られた飛行機だったので、彼は「レッド・バロン」とも呼ばれていた。
小学生の時に、このレッド・バロンの飛行機のプラモデルを作ったことがある!(笑)
うわぁ~懐かしい人の名前を久々に目にしたなぁ~(喜)
この遺品、どうも撃墜された時に彼が履いていたブーツのようである。
どうも、彼を撃墜したのはオーストラリア軍だったらしい・・・・
そういうことで、ここに展示されているようである。
とにかく、時間がないから説明文をゆっくり“解読”する暇もない・・・・(涙)
ついでにカメラのバッテリーも残り少なく写真撮影は厳選しなければならず、この遺品の撮影は我慢することとした。(涙)

あ~なんたることか・・・・

いつの間にか、我がツアーの仲間の姿がどこにもない・・・・(唖然)
ササッと見て、どこかに行ってしまったらしい・・・・(笑)
おい、おい、拙者だけなのか?・・・・残っているのは・・・・
とにかく時間がない!
急がねば・・・

隅っこの目立たぬ場所に機体の残骸が・・・・

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おお・・・これは日本陸軍の戦闘機、「隼」の残骸ではないか!(喜)
こんな目立たないところにあったとは・・・・危うく見落とすところであった。
説明文を読んでいる余裕はない!
写真を撮って、あとから読むしかない・・・・

さらに別のコーナーに行ったら、白人のグループが、ガイドさんか説明係の職員の方か、そういう方から日本軍との戦闘についての説明を受けていた・・・
ん?・・・・ちょっと興味がある・・・・
いったい、彼は我が日本軍に対して、どういう説明をしているんだろう?(笑)
ちょっとだけこの団体の後ろにくっ付いて説明を聞いていたが・・・・
あ~あ~!!!時間がない!
ダメだ・・・断念!

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その他、日本軍関係の品々がショーケースの中に展示されていたが・・・・
一つ一つを撮影する余裕はない・・・(涙)

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こちらは日本軍の降伏、捕虜、戦犯関係の資料らしいが・・・・
説明文を読んでいる時間的余裕がない!(大涙)

1時間半の見学時間では、拙者にとっては全然足りない!!
気ばかり焦って飛び回ったので、多分、いくつもの展示品を見逃しているだろう。
う~ん・・・ここをジックリ見学するとなると、丸一日はかかるだろうなぁ~(大笑)
ダメダァ~・・・・一人でまた来るようだぁ~(大涙)

残りわずか5分!(笑)
ミュージアムショップに行き、何か手頃な本がないか探す。
シドニー湾攻撃の話とか、ニューギニア戦の話とか・・・・英文でもいいから、何かないものか・・・
オーストラリア軍から見た戦争の話も読んでみたいのだが・・・・
あ~・・・・・ダメだ・・・・
アルファベットが、ずらずらと並ぶ書名は読みづらい・・・(大汗)
え~と・・・これは何について書かれているんだ?
・・・・と、1冊、1冊手にとって見ている時間もない。
時間切れだ!・・・・・残念!!

泣く泣くミュージアムショップを出て、集合場所へ向う・・・・

438_convert_20140617150934.jpg (オーストラリア戦争記念館)

時刻は12時半・・・・・
昼食は、記念館の向かい側にあるレストランでとる。

442_convert_20140617151418.jpg (レストラン)

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約1時間の昼休み・・・・
う~ん・・・・拙者としては、昼食時間を削ってでも見学をしたかったのだが・・・・
こういうところがツアーの辛いところである。(大涙)

旅行 | 13:53:31 | Comments(0)
キャンベラの観光
午前7時に朝食・・・・8時、チェックアウト・・・・・
今日はシドニー市内の観光である。

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319_convert_20140614232722.jpg (宿泊したホテル)

最初に向かったのは「オーストラリア国立博物館」・・・・・ですが・・・・
博物館の駐車場を一周して終り・・・・(大笑)
「ここが国立博物館です」とドライバー兼ガイド・・・・
時間の関係で内部の見学は出来ない・・・・
う~ん・・・・残念だ・・・・
博物館が大好きな拙者としては何とも残念だ!(大涙)
博物館というものは、外観ではなく、内部の展示物を見学するものなんですけど・・・・(大笑)
こりゃ、いつか一人で来て見るしかなさそうである。(涙)
今回は、下見だということで割り切ることにする。

320_convert_20140614233537.jpg (橋の上から見た国立博物館)

続いて向かったのは、「旧・国会議事堂」・・・・
まぶしいくらい真っ白な建物・・・・

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338_convert_20140615102356.jpg 342_convert_20140615102532.jpg

この旧・国会議事堂の前の広場に“抗議小屋”のようなものがあった。
オーストラリアの先住民族であるアボリジニの“抗議小屋”らしい。
我がツアーの“論客”の皆様は、大喜びでそちらに向かい、写真を撮っている。
“論客”の皆様は、そちらのほうに興味があるらしい。(笑)
拙者は、まったく興味がないので・・・・周辺を一人でブラブラして写真を撮る。

328_convert_20140615103423.jpg

前庭に、銅像を見っけ!(喜)
誰の銅像かというと・・・・ジョージ5世というイギリスの国王の銅像だった。

335_convert_20140615103536.jpg

この人は、1910年(明治43年)から1936年(昭和11年)まで、国王だった人である。

ここでの見学時間は約20分・・・・外をブラブラするには時間がありすぎる。
建物の中に入れないのだろうかと、勝手に一人で中に入ってみた。(笑)
受付の職員に尋ねたら、中に入ってもいいと言う。
入館料も必要ないそうで、写真撮影も構わないという!
おお!ラッキー!(大喜)

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内部は資料館になっていた!
うそ!
これ・・・見学したい!(大笑)
が・・・・見学するほどの時間的余裕はない。(涙)
集合時間まで、残り10分弱である!!
う~ん・・・・残念だ!(大涙)

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社会科見学の生徒達だろうか?
何やら“お勉強”をしていた。
歴史的に貴重な議場だからなのだろう。
机などを汚してはいけません・・・ということなのだろう・・・・
子供達は全員、白手袋を着用している。
ほぉ~・・・・この気遣いは大したものである。
白手袋をしたら、落書きをしようなんていう気は起こらないだろう。
日本も見習うべきだな・・・・

集合時間が迫ったので、急いでトイレに行き“用を足す”(大笑)

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古いトイレである。
小便器が3つしかないとは、少ないような気がするが・・・・
ここに議員さんたちが並んで立って「おい、君は今度の議案に賛成するのかね?」とか何とか言いながら“用を足し”たのだろうか?(笑)

時刻は午前9時40分・・・・
次に向かったのは、現在使用されている「国会議事堂」である。

350_convert_20140615120019.jpg 355_convert_20140615120135.jpg

ここも外観だけの見学・・・・
内部がどうなっているのかは、わからない・・・・
それにしても、近代的というか何と言うか・・・・どこに議場があるんだろ?(大笑)
この国会議事堂は1988年(昭和63年)に完成したらしい。

次に向かったのは・・・・
各国の大使館などが建ち並ぶ、閑静な一画・・・・
“論客”の皆様と、その取り巻きの皆様の要望で、中国大使館横に停車・・・・(大笑)
写真を撮る・・・・

356_convert_20140615125505.jpg 357_convert_20140615125604.jpg

中国大使館の建物・・・・大きい・・・・(笑)

写真を撮り終えたらバスに戻るはずが、どうも大使館の正門前に「法輪功」の女性が一人で抗議活動らしきことをしていると言って、“論客”の方々を始め、皆さん全員が正門のほうへ行ってしまった!(唖然)
“あの人達”は、好きなんだよなぁ~・・・・こういうの・・・・
「法輪功」とは、中国政府から弾圧を受けている中国の宗教団体らしい。
それで大使館前で一人で抗議をしているのだろう。
大喜び・・・興奮して吹っ飛んでいった・・・・(汗)

拙者は、そういうのはまったく興味がない。
だいたい、本当に、その女性が「法輪功」の人間で、抗議をしているとは限らないのでは?
大使館の正門前で一人でやっていて、大使館員に排除されないというのは怪しい・・・(大笑)
これは、もしかして中国側の“やらせ”かも?
「法輪功」による抗議のふりをしておいて、近づいてきた人を監視カメラで撮影・・・・
同情的な言動があった場合は、“反中の危険人物”として記録しておいて・・・・
我々がいつか中国へ行ったときには、さんざん嫌がらせをするとか・・・・(大笑)
中国共産党なら、そのくらいのことをしかねまい?(笑)

わざわざ中国の公安当局に顔写真を撮られに行くようなマネをする気はない・・・(大笑)
というわけで・・・一人、バスに残る。(大笑)
こういうことをするので、拙者はへそ曲がりで協調性がないと、子供の頃から責められたが・・・・(大笑)
仕方がない・・・・性格である・・・(笑)

運転手兼ガイドさんも困った様子・・・・
「時間がないんですよねぇ~参ったなぁ~」
当初の予定では日本大使館前でバスから降りて写真を撮影する予定だったらしいが、中国の悪口を言っている割には、中国が好きな様子・・・という“論客”の皆さんのおかげで、その予定が狂いそうだという。
いい迷惑である・・・・
「あの人達は、いつもあの調子ですから・・・・」
「そうなんですか?」
「日本人なら、中国大使館の場所より日本大使館の場所を確認しておくべきだと思うんですけどねぇ~日本大使館前で時間をたくさん使うべきだと思うんですけど・・・・あの人達は逆なんですよねぇ~」(大笑)
いつまで経っても戻ってこないので、バスの中でガイドさんとおしゃべりをして時間を潰す。
まぁ、こういうのもいいかも・・・・(大笑)
なかなか、現地在住の日本人ガイドと個人的に話をする機会は少ないからねぇ~(笑)

かなり経って、皆さんが興奮して戻ってきた・・・(唖然)
何が面白いのやら、拙者にはサッパリわかりませんが・・・・(大汗)

バスを走らせ、まもなく日本大使館が見えてきた。
「右手に見えますのが日本大使館です」とガイドさん・・・・
しかし、皆さんの反応は鈍い・・・・
まったく興味がないご様子・・・・
日本大使館より中国大使館のほうがお好きなようである。(大笑)
ん?
皆さんは本当に日本人なのか?(大笑)
我が日本大使館が他国の大使館より見栄えが悪かったら政府に文句を言ってやらねばなるまい?(大笑)
国家の恥ですぞ!
しっかりと見なくていいのかね?(笑)

時間に余裕がなくなってしまったので、下車せず、そのまま通過・・・・(大笑)

360_convert_20140615201022.jpg (日本大使館)

旅行 | 10:24:54 | Comments(0)
キャンベラに向う
カウラの町を出て、オーストラリアの首都・キャンベラに向う・・・・

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窓の外の景色は・・・・草原が延々と続く・・・・
さすがに飽きてくる・・・・(大笑)
さすが、オーストラリア大陸は広いねぇ~

日本との大きな違い・・・・・
これが日本ならば、道路の脇に何かしらの広告の看板などが建ち並ぶと思うんだけど、それがない!
大草原の中を一本の道が延々と続く・・・・
その両側には何もない・・・・
それに、ここがもし日本ならば、道路の脇に、コンビニやらガソリンスタンドやらドライブインがあっておかしくないのだが、そういうものもない。
そういうものは全て“町”の中にしかない。
郊外には、そういうものがないのである。
当然、街灯もない・・・・
今は昼間だからいいが、これが夜だったら真っ暗だろう。

何時間も延々と車を走らせるわけですから・・・・
途中に何らかのお店を出せば便利なような気がするけどねぇ~(笑)

カウラから3時間ほど走り、キャンベラに到着!
真っ直ぐホテルにチェックインする。

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あら・・・ちょっと洒落た部屋である。

時刻は午後4時半・・・・
夕食まで、時間があるので、ホテルの周囲を散策してみる。
が・・・オフィス街みたいな場所に建っているので・・・・う~ん・・・面白くない。(大笑)

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夕食はホテル内のレストランで・・・・
おお・・・チョット洒落ている・・・・
「お品書き」まで用意されているとはね・・・・
毎度、毎度、フィッシュ・アンド・チップスばかりだったような気がする・・・・
たった2回しか食べてはいないのだが、2回も食べると毎日食べていたような気になるから不思議である。(大笑)
おお~今晩は・・・・肉だ!肉だ!(大笑)

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旅行 | 22:57:17 | Comments(0)
カウラ捕虜収容所跡に行く
時刻は10時半過ぎ・・・・
「カウラ捕虜収容所跡」へ向う。

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捕虜収容所跡には、当時の監視哨のタワーを模したモニュメントが建っている。

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現地には英文と日本文の説明板があった。



【説明板】

カウラ(Cowra)第12戦争捕虜収容所(跡)

太平洋戦争中、捕虜となった日本軍の将校、兵士がこのカウラ(Cawra)第12戦争捕虜収容所に集められた。
その数は次第に増え、1944年(昭和19年)に1,104名にのぼった。
彼らは、ダーウィン爆撃の際に撃墜された日本海軍の飛行兵やニューギニアほか太平洋戦線の各地で戦った将兵たちであった。

この年の8月5日午前1時50分、900名を超える日本兵が集団で脱走(ブレークアウト)を図った。
彼らは、宿舎に火を放った後、食事用のナイフ、野球のバット、毛布などを手に、鉄条網に向って突進したが、すぐさま衛兵の機関銃やライフル銃による攻撃を受け、多くが死傷した。
かろうじて収容所外に脱出できた者も程なく全員が捕らえられた。
事態の収拾にあたったオーストラリア兵にも犠牲者が出た。
日本兵の死者は231名、負傷者は108名を数え、負傷者のうち3名もまもなく亡くなった。
オーストラリア兵は死者4名、負傷者4名であった。
死亡した日本兵は、カウラ戦没者墓地に手厚く葬られ、その墓はその後カウラ復員軍人連盟(RSL)の管理に委ねられた。

1964年(昭和39年)日本政府の出資とカウラ市の全面協力を得て、「由良 滋」氏設計による日本人戦没者霊園が建設された。(北東へ約2km)。
戦時中のオーストラリアで亡くなった民間人・軍属の遺体もカウラに運ばれ、ともにこの霊園に埋葬された。
また、1986年(昭和61年)には「中島 健」氏の設計による日本庭園と日本文化センター(南へ約2km)が完成した。
カウラは恩讐を超えて、日豪親善と平和のシンボルの町として、今日に至っている。

ブレークアウトから60年となる今日、ここを訪れる日本人の方々のご参考に供すべくシドニー在住日本人有志によりこの案内を設けるものである。

2004年8月
シドニー日本人会
シドニー日本商工会議所
シドニー日本クラブ

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収容所に到着した日本兵が衣類を支給されているところ
(1944年7月1日)
オーストラリア戦争記念館提供


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収容所跡は、今は何もない野原・・・・

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建物の基礎部分があちこちに点在していたが、どうも各キャンプの管理棟跡のようである。

286_convert_20140613233611.jpg (日本兵の収容キャンプ跡)

彼らが行ったのは、「脱走」と言っても、その後のことは全く考えていない。
単なる暴動であると拙者は思うのである。
鉄条網に向って走り、銃で撃たれて死ぬ事が目的・・・・
ところが、「生きて虜囚の辱めを受けず」という言葉を持ち出して、散々扇動した人間が、結構生き残っている。
煽るだけ煽っておきながら、自分は結局、弾が当らぬように隠れていたということだろう。
事件後、仲間から責められて、発狂した挙句、自殺した者もいたようだが・・・
こういうところが、日本人の「弱いところ」ではないかという気がしてならない。
威勢のいいことを言う割には、イザとなったら・・・・というのは、昔も今も変わりない・・・
声が大きい奴に引きずられてしまうという体質・・・・これも人間の弱さか?
拙者は人一倍「諦めが早い男」なので・・・・(苦笑)・・・・ついつい、こう考えてしまうのだが・・・
捕虜になっちゃったんだから仕方がないんじゃない?
今さら、「虜囚の辱めを受けず」でもあるまい・・・・
それなら、捕虜になる前に自決すべきであって、捕虜になった時点ですでに「生きて虜囚の辱めを受けて」いるのである。
つまりは、既に手遅れなのである。(笑)
今さら「死ぬべきだ」は完全に時機を逸している。
にもかかわらず、「死ぬべきだ」と散々煽っておきながら、自分は生き残り、戦後も生き長らえた連中がいるのである。
どんな理由があっても、許されることではあるまい。
こういう「卑怯者」は、戦後、責任を取って自殺すべきではなかったか?(怒)
扇動しておきながら、生き延びるとは、捕虜になるより恥ずかしいことではあるまいか?
これを、すべて「戦陣訓」や「軍国主義」のせいにして良いものだろうか?
こういう「卑怯者」は今も昔も、どこにでもいるような気がしてならない。
人を扇動する連中というのは、最終的には責任は取らないという気がする・・・
福島の原発事故も同様で・・・・
散々、原発の危険を煽る連中がいる。
誰も放射能を浴びて死んだわけでもないのに・・・・
「被害者意識」を前面に出して、それを“売り”にしている連中がいる・・・・
日本人の弱さは、そういうものに乗ってしまうような「集団心理」「集団パニック」に陥り易いところか?(苦笑)
日本人を殺すには武器はいらぬ・・・・パニックを起こさせれば自ら死んでくれる・・・
暴動を起こしたのは900名ほどいたらしいが、死傷者は300名程度である。
ということは・・・半分以上の人達は、とりあえず暴動には加わったふりをして、実際には弾が飛んでこない場所に隠れていたということだろう・・・・
それなら最初から暴動に反対すればいいものを・・・・
他人の目を気にして、自分の意見を言わない・・・自ら思考を停止させてしまう・・・・
「長いものに巻かれる」のを好む体質か?(笑)
こういうところが、日本人の弱いところではなかろうか?
いや、「人間」の弱いところかもしれない・・・・
今も昔も変らない・・・・軍国主義など関係ない・・・・
「日本人」とは何か・・・を考えるにはいい場所である。

一番かわいそうなのは、この暴動で殺されたオーストラリア兵であろう。
捕虜達にはかなりの自由を与えて優遇していたらしい。
虐待でもしていたというなら話は別だが、実際はその逆である。
にもかかわらず「集団パニック」に陥った愚かな日本人に襲われたのだからかわいそうである。
暴動を起こして死んだ連中はかわいそうでもなんでもない・・・自業自得だと拙者は思うのである。
誰のせいでもない・・・・扇動に乗った自分が悪いのである。

いろいろ考えているうち、アホらしくなって、近くの東屋で一人佇んでいたら・・・・
一人のオーストラリア人の老人から声をかけられた・・・
が・・・この人の英語・・・・まったく聞き取れない!!(汗)
オーストラリアなまりが強いと言うか何と言うか・・・・
英語を話しているんだろうが・・・(大笑)
チンプンカンプンである。(大涙)
マイッタァ~
適当にあしらったが・・・・結局、このご老人・・・何が言いたかったのか全くわからず仕舞いで、握手をして別れる。(大笑)

続いて向かったのは、「日本庭園」・・・・・
ここで昼食とのこと・・・・

昼食までの時間があるので、庭園内を各自で見学することとなる。
時刻は午前11時20分・・・・

294_convert_20140614125737.jpg (日本庭園の入口)

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植物を見るのは嫌いではないが・・・・
あまり時間がありすぎると暇をもてあます・・・・(笑)

ちょうど、ピョンピョン跳ね回っている鳥を見つけたので、暇つぶしに追い掛け回してみる。(大笑)

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ピョンピョン跳ね回るので、写真に収めるのに苦労をしたが・・・可愛い鳥である。
何という名前の鳥なのかは知らないけど・・・・(笑)

ちょうどお昼になり、日本庭園内のレストランで昼食!
で・・・・出てきたのは・・・・

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またもや、「フィッシュ・アンド・チップス」である!(大笑)
オーストラリアは、どんな食文化なんだ?
これしかないのか?・・・・食い物は・・・・(大笑)
案の定・・・・昼食は、これだけだった・・・・
不思議である・・・・
これっぽっちの食事なのに、どうしてオーストラリア人は太っているのだ?(大笑)

時刻は1時を過ぎた・・・・

日本庭園に別れを告げ、近くの高台からカウラの町を見る。
あらぁ~・・・・思ったより小さな町で・・・・
周囲は草原(?)・・・・・ちょっと寂しい感じもするが、のどかな風景・・・・

こういう田舎だから収容所が造れたのだろうから、田舎町なのは当然か・・・・(笑)

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旅行 | 18:56:02 | Comments(0)
日本人墓地に行く
朝起きたら、部屋の前に車が停まっていた・・・・
屋根には四方八方にカメラが装着されている・・・・

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この車は、あの「グーグル」の地図にあるような「ストリートビュー」の映像を撮影する車ではなかろうか?
会社は「グーグル」じゃないから、別の、そういう地図サイトのものだろう。
へぇ~・・・・こういう車で撮影しているんだぁ~

午前7時少し前・・・・朝食まで時間があるので、モーテルの周囲を撮影・・・・

209_convert_20140601215241.jpg (拙者の部屋がある棟)

208_convert_20140601143537.jpg 206_convert_20140601143637.jpg (モーテル)

道路の木が真っ赤に色づいていて綺麗だ・・・・う~ん・・・・秋だなぁ~(笑)

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ホテルの看板を見たら・・・・
「モーター・イン」と書いてある・・・「モーテル」とは呼ばないらしい・・・・(笑)
その上に「カントリーマン」の文字が・・・・
「カントリーマン」というのは「田舎者」っていう意味じゃなかったっけ?(笑)
こういう場合は、下手に日本語には訳さないほうがよさそうである。(大笑)
田舎者の宿泊所・・・ではねぇ~(大笑)

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部屋もシンプルで広かったし、朝食も美味しかった・・・・
ホテルのおばさんも明るくて親切な人だったし・・・・
ここ・・・いいなぁ~(喜)

最初に向かったのは・・・・街の中にある「世界平和の鐘」

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英文の説明板に色々書いてあったが・・・・(笑)
この鐘はレプリカで、オリジナルは国連本部に置いてあるとか・・・
そういえば、30年前に国連本部を訪問した時に、日本の鐘を見たような記憶がある・・・
各自、鐘を突いて平和を祈願・・・・・

222_convert_20140601222310.jpg (カウラの街の中)

時刻は9時過ぎ・・・・次に向かうのは「ローズ・ガーデン」という場所だそうだ・・・・
「バラ園」??
バラの花を見に行くのか?(汗)

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行って見たら、「ローズ・ガーデン」に隣接して、「ビジターズ・センター」がある。
そこにカウラ捕虜収容所に関するミニ資料館があるそうで、そこを見学するという。(笑)
そうだよねぇ~・・・・朝からバラの花を見学するような趣味はないよな・・・オッサンのツアーだもん・・・(大笑)

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230_convert_20140601230311.jpg (カウラ捕虜収容所の全景模型)

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資料展示室の内部にはホログラム・シアターもあった。
ホログラムで現われる女の子がカウラ捕虜収容所について解説してくれるのだが・・・・
当然、すべて英語である。(大笑)
でも、まぁまぁ何とか意味はわかった。(喜)

このホログラムシアター・・・・
東京のどこかの郷土博物館で見たことがあるんだが、どこで見たのか思い出せない・・・(涙)
葛飾区だったのか、台東区だったのか、江東区だったのか・・・(大笑)
すごいもんだと思ったが、こんな田舎町(失礼!)の小さな資料展示室でもお目にかかれるとはねぇ~
やっぱり、オーストラリアは先進国か?(大笑)

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ここには、本なども販売されていたので、カウラに関する本を3冊ほど購入する。
英文の本だが、辞書を片手にボチボチ読めば何とかなるんじゃなかろうか?(笑)
それにしても、どうして英文の本というのはこんなに分厚いのかねぇ~(汗)
アルファベット文字を5個も6個も繋げてようやく一つの単語・・・・という有様だから自然と文章が長くなりボリュームが多くなるのかもしれないな・・・・
そう考えると、日本の「漢字」というのは大したものだと思う。
ついでに「文庫本」というのも大したものだと思う。(笑)

お土産物コーナーで、カウラのステッカーを見つけた!(大喜)
これも購入して、スーツケースに貼ろう!(大喜)

時刻は9時50分・・・・次は10分程度走って、「日本人墓地」に向う。

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(オーストラリア軍戦没者墓地)

ここには、オーストラリア軍戦没者墓地と日本人墓地が並んでいる。
英文と日本文の解説板が設置されていた。


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【説明板】

オーストラリア人戦没者墓地および日本人戦没者墓地

オーストラリア戦没者墓地および日本人戦没者墓地は、第二次世界大戦中カウラで起こったできごとに由来しています。

1940年代には、二つの陸軍部隊がカウラに配置されていました。
カウラの東側のシドニー街道に置かれていた大規模な歩兵隊基地からは第二次AIF(オーストラリア帝国軍)への援兵が送られていました。
およそ八万人の兵士たちがこの駐屯地に滞在した経験を持ち、訓練中の事故や病気で亡くなった兵士たちがここに葬られています。
墓の一つは、戦後すぐにオートバイの事故で亡くなった空軍兵士のものです。

町の北東の別の場所に、第十二捕虜収容所が建設されました。
カウラ捕虜収容所として知られていますが、この収容所は元々イタリア人の捕虜を収容するためのもので、後に日本人の捕虜を収容するようになりました。
この中には朝鮮人や中国人も含まれていました。
この収容所にはまた、オランダ領東インド諸島を統括していたオランダ政府により抑留されたインドネシアの民間人や商船隊員たちも拘禁されていました。

オーストラリア戦没者墓地には、1944年8月5日の早朝に起こったカウラ集団脱走事件の際に亡くなった兵士、ラルプ・ジョーンズ(ジョージ十字勲章)、ベン・ハーディー(ジョージ十字勲章)、チャールズ・シェパードも、その日の午後にカウラの北で日本人捕虜を再捕獲しようとして命を落としたハリー・ドンカスター中尉と共に埋葬されています。

カウラ捕虜収容所で亡くなったイタリア人兵士たちも当初はカウラに埋葬されていましたが、彼らの遺骨は1961年にビクトリア州のマーチソンにあるイタリア人捕虜および拘留者専用の墓地に移されました。
カウラで亡くなったインドネシア人たちは、カウラの一般墓地に葬られています。
1997年には記念碑が建立され、墓地は装いが新たになりました。

集団脱走事件以前に亡くなった日本人は、一般墓地に印をつけて埋葬されていましたが、1944年の脱走事件後は日本人の墓地は一つの区画にまとめられました。
戦後、地元の退役軍人の会が連合軍の兵士の墓と同様に日本人兵士の墓の世話をしていました。
1963年に日本政府が日本人戦没者墓地を建設することを提案し、オーストラリア政府はこれに同意しました。
オーストラリア北部で撃墜されたり、墜落したパイロットたちを含め、戦時中に亡くなった日本人の遺骨は全て、民間人のものも軍人のものもカウラに運ばれ、それ以来、第二次世界大戦中の日本人の遺骨はここに埋葬されています。

第二次世界大戦中のカウラの歴史に関する詳しい情報は、捕虜収容所跡およびカウラ観光案内所でご覧いただけます。

オーストラリア人戦没者墓地および日本人戦没者墓地はオーストラリア政府の復員軍人省を通し、オーストラリア戦没者墓地管理局が管理しています。

この碑は、元日本国総理大臣橋本龍太郎氏の経済的援助により建立されました。



説明文を読んでみると、橋本元総理が個人的にポケットマネーを出して、この説明板を設置した・・・というふうに認識いたしますが・・・
ん?・・・・元総理大臣が個人的にカネを出さないと作れないものなのかねぇ~
こういうのを国の予算(国民の税金)で設置することはできなかったのかねぇ~?
やっぱり日本の役人の出来が悪いからなのだろうか?(大笑)

この墓地のすぐ隣りに「日本人墓地」がある。

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赤や黄色の落ち葉の絨毯・・・・フサフサした参道を歩いて向う・・・・
こういうの、好きだなぁ~(喜)

ここにも別にもう一つ解説板が設置されている。



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【説明板】

太平洋戦争勃発により北米・東南アジア・オセアニア・太平洋諸島など世界各地で日本人・日系民間人が敵性外国人として抑留された。
オーストラリアで抑留された日本人・日系民間人は、最高時4300余人に達した。
これは、オーストラリア国内で検挙された1140人に加えて、近隣のニュージーランドやニューカレドニア、蘭領東インドなどの地域で拘束された3200人を受け入れたためである。
抑留者には、現地生まれの日系2世や3世だけでなく、当時日本統治下にあった台湾・朝鮮の人々も含まれた。
抑留者のうち、単身男性は南オーストラリア州のラブデー及びニューサウスウェールズ州のヘイ収容所に、家族組や女性はビクトリア州のタツラ収容所に収容された。
抑留中に病気などで亡くなった人々は、現地の一般墓地にいったん埋葬されたが、1964年にこの場所に日本人戦没者墓地が設置されたのを機会に改葬され、現在193名が墓地内に眠っている。
なお193名のうち、10名は戦争捕虜扱いになっているが、これは海業に従事していた移民労働者の取り扱いを、民間人抑留者から戦争捕虜に戦争中に変更したためである。(文責:永田由利子)



解説板の文中に「現在193名が墓地内に眠っている」と書かれてあるが、これは日本人抑留者だけの数だろう。
分かりやすく言えば、民間人の数だけ・・・という事ではないかと思う。
この説明文は、ちょっと紛らわしい書き方かな?
ここにはカウラ捕虜収容所での暴動で死亡した陸海軍軍人等231名については何も書かれてはいない。

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(昭和39年9月に建立された「日本人戦没者の墓」の碑)

事前の勉強で読んだ本によれば、この墓地にはオーストラリア各地の収容所で亡くなった522名の遺骨が埋葬されているという。
いったい、どんな人が何人埋葬されているのか、総数で何人なのか・・・というようなことを明記した説明板があるといいのになぁ~・・・・と思う。
時間の関係上、すべての墓石を確認することはできなかったが、ザッと数えて、400名を超す墓石(プレート)があるようなので、522名という数字は正しいかも・・・・

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この最前列の左端の人は・・・・
1945年4月19日に25歳で亡くなった方である。
その隣りの方は、1944年6月29日に76歳で亡くなられた方である。
この他にも、3歳とか5歳で亡くなった子供の墓もある。
年齢が明記されているということは、多分、民間の抑留者だろう。

墓地の左の方にカウラ収容所の暴動で亡くなった方々のお墓があった。
氏名と死亡日だけが刻まれているが、当然、氏名は偽名である。
捕虜になった際、殆どの日本兵は偽名を使ったので、偽名で記されている。
本当は誰なのかは誰も知らない・・・・
なんともかわいそうな気がする・・・・

墓地の一番奥の隅っこに他とは違う墓石がはめ込まれていた。

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ここには、ダーウィン上空で撃墜された3機の航空機に搭乗していた氏名不詳の12名の海軍航空兵を含む方々の名前が刻まれていた。
1942年4月4日死亡ということで7名プラス氏名不詳者3名・・・・
同じ日に8名プラス氏名不詳者6名・・・・
1機で6名ということは、陸上攻撃機か飛行艇の搭乗員か?
1943年7月6日死亡ということで、8名プラス氏名不詳者3名・・・・
合計で35名となるが・・・・
この狭い一画に35名もの遺体が埋葬されているのか?
多分、バラバラに飛び散った遺体の一部なんだろうなぁ~

一つ一つのお墓を見てお参りをしたいところだが・・・・
時間の関係上というか、他の人はあまり興味がないというか・・・(汗)
さっさとお線香をあげて帰りましょうという雰囲気だったので、一つ一つのプレートを見て歩くのを断念する。(涙)

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この木・・・・
何気なくプレートを見てみたら、三笠宮崇仁殿下のお名前が・・・・
殿下は、ここにも慰霊に来られていたのか・・・・
多分、今年98歳になられると思うが・・・・・
日本国内でも海外でも、よく殿下のお手植えの木に出会うことがある。
人知れず、戦後、慰霊巡拝をされていたようである。
殿下に最後にお会いしたのは、殿下が93歳か94歳の時だったような気がする。
ご自宅でのお誕生日会についてご質問させていただいたり・・・、食事をしながら、おしゃべりをしたのが最後である。
殿下はお元気だろうか・・・・
ご高齢なので、もうお会いすることはない・・・・
「カウラでお手植えの木を見ましたよ!」という話が出来ないのが残念である・・・(悲)

旅行 | 14:26:04 | Comments(0)
カウラに向う・・・・
カウラに向ってバスは走る・・・・
「カウラまで157km」の標識がある近くの公園でトイレ休憩・・・・
ここは・・・「ウォーレス湖」という湖の近くかな?

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177_convert_20140530193548.jpg (公衆便所)

拙者はトイレに行くより、タバコを吸うほうを優先する・・・・(大笑)

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広い公園・・・・青々とした芝生・・・・・
やっぱりここは外国だよなぁ~(笑)
不思議と、ノンビリした気分になる・・・・
なんでだろう?・・・・
日本では公園に行っても、こういうノンビリとした気分にはなれないのだが・・・・
この公園は公営の公園だそうで、ちょうど職員(?)の人が芝刈り機で芝を刈っていた・・・(笑)
で・・・・この先には我がツアーの“論客”の皆様と、その取り巻きの方々がおしゃべり中・・・
作業の邪魔になるんじゃないかと思っていたが、やっぱりである・・・・
オシャベリに夢中になっているのか誰も移動しようとしない・・・・(唖然)
さすがは“団塊の世代”の方々である・・・・他人への気遣いというものは無い・・・・(大笑)
可愛そうに、芝刈り機はUターンせざるを得なかった・・・・・(汗)
お仕事の邪魔をしてしまい申し訳なし・・・・

時刻は午後2時半・・・・

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今は日本は4月だが・・・・こちらでは・・・秋!
黄色く色づいた、この木は何という名前だろう?
綺麗である!(喜)

午後3時・・・・
たぶんここは「バサースト」という名の町だと思うが・・・・
小さな町に入ったところ、目に入ったのが、このお店!

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一見、「レッド・ロブスター」かな?・・・・と思ったのだが・・・・(笑)
「レッド・ルースター」と書いてある・・・しかもロブスターの絵じゃなくて、ニワトリの絵である!
なんと紛らわしい・・・・(大笑)
「ルースター」とは「雄鶏(おんどり)」という意味だが、「赤い雄鶏」って何よ!(怒)
そんな雄鶏がいるのかい?・・・・オーストラリアには・・・・(大汗)

町を抜けると、相変わらずの大草原が続く・・・・

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午後4時・・・・再びトイレ休憩・・・・(笑)
ここは多分、「ブレーニー」という町だと思う・・・・
この町外れにある公園の公衆便所を使用する。(笑)

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トイレは男女共用・・・・加えて身障者も共用とのこと・・・・(ドアの所に表示してあった)
で・・・中に入ったら・・・・あららぁ~
なんと広いことか!!(唖然)
落ちつかねぇ~(大笑)
身障者の車椅子のスペースにしても、かなり広く取ってある。
それにしても広すぎない?(笑)
でも、綺麗なトイレである。
日本の公衆便所とは、ちょっと違うな・・・・
落書きはないし・・・・(大笑)
考えてみると・・・日本の公衆便所も、こんなものでいいんじゃないか?(笑)
このくらいシンプルでもいいんじゃないだろうか?

かなり前のことであるが・・・・
我が市で「自然公園」に公衆便所を設置した。
当初の予算はいくらだったのかは知らないが、完成時の建設費用は2千万円である!(唖然)
原因は、市役所の某バカ職員が、工事途中で、仕様変更を繰返したせいである。
既製品を使えばいいものを、特注品の部品を指示したり・・・・
壁は当初の予定の壁ではなく、高級な塗り壁に変更しようとか・・・
当初、タイルがなかった場所にタイルを貼れと言い出したり・・・
入札時の仕様を、入札金額が決まった後で変更するという悪質なやり口である。(怒)
結局、2千万円の公衆便所が出来上がった!
2千万円といえば、家が一軒建っちゃうでしょ?
施工業者を虐めて、予算以上の高級な公衆便所を造らせ、「やり手」との評価を手にしようとしたのだろう。
こういうバカを「木っ端役人」と拙者は呼んでいるのであるが・・・・このバカは、2千万円もの高級公衆便所を自然公園の中にポツ~ンと造ったということを恥とは思わないのだろうか?
無理か・・・所詮は「木っ端役人」だから・・・・(大笑)
2千万円といっても、税金だし、他人のカネだし・・・・ねぇ~

公衆便所というのは、ここの便所のような、こういうシンプルなものでいいだろうなぁ~
見習えよ!・・・・と言いたいが、そういう能力のある人間は「木っ端役人」なんかにはならないから無理だろうな。(笑)

このオーストラリアの公衆便所は、いいと思うんだよなぁ~・・・・拙者は・・・・(笑)

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この公園は、国際ロータリー設立百周年を記念して2005年に造られたようである。
公園の入口に記念碑が建立されていた。
へぇ~ロータリークラブって1905年に設立されたんだぁ~
1905年と言ったら、明治38年・・・・日露戦争の時ですよぉ~・・・・・へぇ~・・・・である。(笑)

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公園の前の様子・・・・
黒い雲が現われ、天気が崩れそうな気配であるが・・・・

町並みは、どこでもこんな感じ・・・・
背の高い建物はない・・・・

さて・・・
ここから真っ直ぐ「カウラ」へ向うのかと思ったら・・・・
“論客”の先生方と、その取り巻きの方々から「酒を買いたいからスーパーに寄ってくれ!」の要望が・・・・(笑)
急遽、町の中のスーパーで買物をすることとなった。
時刻は午後4時半・・・・

191_convert_20140531140755.jpg (スーパーマーケット)

時刻は午後5時・・・・・
夕日が台地に沈んでいく・・・・か・・・・
いいねぇ~こういう景色・・・・
ちょっと心が寂しくなるけど・・・・(笑)

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午後5時半、今日の宿泊場所に到着!
今晩の宿泊先は「モーテル」である!(笑)
この町には「ホテル」というものはないのかもしれない・・・

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「モーテル」の駐車場に到着し、マイクロバスから降りたら、ホテルのオバチャンがにこやかにやって来た・・・
「お部屋でコーヒーを飲むのなら、ミルクが必要でしょうから」と、ミルクの小瓶を各自に配ってくれた。
あら・・・ありがたい・・・・
こちらでは、コーヒーに入れるミルクは粉状の「クリーム」ではなく、牛乳を入れるようである。(笑)

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まもなく夕日が沈む・・・・
綺麗な夕焼けだった・・・・(写真だとイマイチだけど・・・)(大笑)

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拙者の部屋は15号室・・・・
拙者は高級な(笑)ホテルも好きなのだが・・・
「モーテル」・・・・こういう宿泊施設も好きである。(笑)
ワクワクするんだよねぇ~・・・・なぜか・・・・

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この部屋!
懐かしいなぁ~(大喜)
今から30年前にアメリカ・テキサス州のダラスに行ったことがある。
宿泊場所も決めず、放浪の(笑)一人旅・・・・
小学3年か4年生の時にジョン・F・ケネディーの伝記を読んで、ダラスの暗殺現場に行って見たいと思った。(笑)
で・・・・24歳の時に夢がかなって・・・・
1日中、暗殺現場に佇んだが・・・(大笑)
この時に、黒人のタクシー運転手に宿泊場所を探してもらった・・・・
その時に宿泊したモーテルの部屋と似ているのである!(大笑)
いやぁ~30年前にタイムスリップしたみたい・・・・うれしいなぁ~なつかしいなぁ~(大喜)
最高である!!

大きく違うところは・・・・部屋が禁煙ということぐらいかな?(大笑)
しかし、部屋の外にベンチがあり、そこでタバコが吸えるので、下手なホテルに泊まるより、こっちのほうが便利である!
これまた最高である。(大喜)

夕食の時間まで、部屋の外のベンチに座って・・・・
夕陽を見ながら、タバコをプカプカ・・・・(笑)

夕食は事務所がある建物に併設されている食堂で・・・・

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さて・・・先ほどスーパーマーケットでお酒を買った皆様・・・・(笑)
お酒と、おつまみを持ち込んで「宴会」を始めた・・・(汗)
ん?いいのかなぁ~・・・・と思ったら、案の定、ホテル側から「持ち込み」に対してクレーム・・・・
当然だろうねぇ~(汗)
皆さんは「カネを払えばいいだろ?」と言うが、そういう問題だろうか?
「持ち込み料」を支払うにしても、事前にホテル側に承諾をもらって持ち込むべきではなかろうか?
注意されてからではねぇ~・・・・・お互いに気分が悪いと思いますが・・・・
そういうことを考えないところは、さすが団塊の世代の方々である。(大笑)

酒が入れば、声が大きくなり・・・・大はしゃぎ・・・・となるのは当然予想できる・・・・
食堂には一人で食事しているお客さんが数人、それと年配のご婦人達のグループなどがいたが・・・・
いやぁ~その大声、笑い声・・・ちょっと迷惑ではなかろうか?
近くに座っていたお客さんに「ごめんね~うるさくて~」とジェスチャーで私のほうから謝ったら・・・・
苦笑しながら頷いてくれ、「仕方がないよねぇ~」というジェスチャーで応えてくれた。(笑)
言葉を交わさなくても、わかってくれたみたい・・・・(大笑)
一応、フォローしておけば、それほど日本人に対して悪い印象を持たないでくれるんじゃないかな?(笑)

夜・・・・ふと、思った・・・・(笑)
ここは南半球だよね?
ということは・・・・南十字星を見ることができるのではなかろうか!
外に出て、空を仰ぐ・・・・
満天の星空である!(感動!)
で・・・・
え~と・・・・南十字星って・・・・どこ??(苦笑)
「南十字星」って有名だから、当然、大きな十字架が、ド~ンと見えるものだと思っていたのだが・・・
星が多すぎて、わからん!(涙)
どれ?・・・・南十字星って・・・どれ?
どの星も線で結んでみると、「十字架」になってしまうのである!(大汗)

知識がないというのは情けないものである・・・・
「星座表」が必要だよなぁ~
それを見てもわかるかどうか・・・・(悲)

結局、「南十字星」が、どれなのかわからぬまま・・・・部屋に戻る・・・・(大涙)

旅行 | 19:28:15 | Comments(0)
これが世界自然遺産?(笑)
午前8時頃、ホテルをチェックアウトして・・・・
今日はカウラに向う。
その途中、世界自然遺産で有名な(?)「ブルーマウンテン」に立ち寄るという。

「ブルーマウンテン」って、そんなに有名なの?・・・・世界遺産??
「ブルマン」ってコーヒーしか頭に浮かばないけど・・・
あ~あの山みたいな大きな岩か・・・・と頭の中に映像が浮かんだのだが・・・
この間、“カジさん”にお会いした時に笑われた・・・・(大笑)
拙者の頭に浮かんでいたのは、「エアーズ・ロック」だそうである・・・(大笑)

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午前10時半ごろ、「シーニック・ワールド・エントランス」という建物に到着・・・
え~と・・・日本語に訳すと・・・・「風光明媚な世界の入口」・・・かな????(笑)
ここからトロッコ列車で下に降りるのだそうだ・・・
え?・・・・ということは、ここは山の上?(笑)

132_convert_20140529140652.jpg(ケーブルカー乗り場から見た景色)

今日は幸いにも天気が回復してくれた。
が・・・・昨日の雨のせい?・・・・霧が出ている・・・
が・・・それもまたいい景色かもしれない。

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トロッコ列車乗り場は急斜面である。
そこに下からトロッコ列車が登ってきた・・・・
う~ん・・・ディズニーランドか、そういうような遊園地にあるような、ちょっと近代的な乗り物である。(笑)
これを「トロッコ列車」と呼ぶのは、ちょっと無理があるんじゃないか?(大笑)
これはケーブルカーだろ?(笑)

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このケーブルカー・・・・横一列に4人が腰掛けるようになっている。
しかも、ふんぞり返ると言うか、仰向けに寝ると言うか・・・そういう姿勢で乗るのである。
なぜならば・・・・

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ケーブルカーは、この穴の中に“落ちていく”のである!(大笑)
あ~・・・この急角度だからねぇ~・・・・そういう姿勢じゃないと前につんのめっちゃうか?

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座席は手元のボタンで角度が変えられるように出来ている。
穴に“落ちていく”直前までは、身を乗り出して前方を見ているが、この後、穴の中に入ったら真っ逆さま!!(大笑)
急いで・・・・仰向けに寝る!(大笑)

で・・・・あっという間に到着!

142_convert_20140529145624.jpg (到着した「駅」)

143_convert_20140529145005.jpg(昔使っていたケーブルカー)

昔使っていたトロッコ列車(ケーブルカー)が展示されていたが・・・・
これじゃなくて良かったなぁ~と思う。
これに乗ったら・・・・怖いだろ?(大汗)

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ドドッと中国人観光客の団体に飲み込まれた!(大笑)
いやはや、どこにでも出没する中国人・・・・(大笑)
昔の日本の“農協”の団体も、こんな風だったんだろうなぁ~
田舎のオジチャン、オバチャン・・・・世界中に迷惑かけて観光したんだろうから、あまり中国人をとやかくいう事は出来ないかも・・・(大笑)

ここは、鉱山だったようである・・・・

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森林の中の遊歩道を歩いて移動・・・・

148_convert_20140529151618.jpg (崖崩れ?)

今度は、どこへ向うのかと思ったら・・・・ロープーウェイ乗り場・・・・
これから、今度は上に登るのだそうである。
降りたり登ったり、なんとも忙しいことよ・・・・(笑)

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霧の中からロープーウェイがやって来た!
拙者は一番乗り!
先頭の一番見晴らしのいい場所を確保する。(大笑)
あとから、ドドッと中国人たちが・・・・(大汗)

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中国人というのは、あれは、人口が多いせいなのだろうか・・・・
他人の体に触れることを何とも思っていないようである。
後ろから押してくるわ、拙者の顔の脇からカメラを突き出すわ・・・
おい、おい・・・・(汗)
ちゃんと写真が撮れる様に譲ってやるからちょっと待てって!(怒)
腰をかがめて、後ろの人が写真が撮れるようにスペースを作ってやる。
この時、ニコリと笑って会釈したのは、一人のオバチャンだけ・・・・
他の連中は、会釈もなければ何もない・・・・
無表情のまま、我先にとカメラを突き出してくる。
てめぇら!会釈するとか、サンキューぐらい言ったらどうだ?(怒)
お前等、どういう教育を受けてきたんだ?・・・・と言いたくなるところだが、中国共産党の教育を受けてりゃ、こうなるか・・・(大笑)

頂上に戻って、我がマイクロバスに乗り、今度は「エコーポイント」という場所に移動する。
「エコーポイント」??
拙者は、「エコ・ポイント」と勘違いして聞いていた・・・(大笑)
どこが「エコ」なんだろう?・・・・・なんで「ポイント」がもらえるんだろう?(大笑)
エコじゃなくて、エコー??・・・・あ・・・・あの、反響するという意味のエコーね・・・・(汗)

さぁ~・・・ここで素晴らしい景色を!!!
と・・・案内されたが・・・・

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真っ白!・・・・霧で真っ白!(大笑)
何も見えない・・・・
ほぉ~・・・・世界自然遺産ね・・・・ほぉ~・・・・どこが?(大笑)

天気が良ければ、遠くに青い山々が見えるのだそうである。
「青い山」というわけで・・・「ブルーマウンテン」・・・・
一つの山なのではなく、山々なので・・・・正確には「ブルーマウンテンズ」と複数形になる。(笑)

この展望台の直ぐ目の前に「スリー・シスターズ」と呼ばれる岩があるそうで・・・・
真っ白だから何も見えませんが・・・・(大笑)
魔法によって岩に姿を変えた3人の姉妹が、この岩だそうで・・・
それで「スリー・シスターズ」・・・
先住民であるアボリジニの伝説だそうである。

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説明板のイラストを見ながら、想像するしかないわな・・・・(大笑)
霧が晴れるのを待つが・・・・残念でした!(大笑)
ここは、標高1000メートルくらいあるようなので、さすがに下界より肌寒い・・・・
拙者は少し厚手のジャンバーを着て来たので、ちょうど良いくらいだったが・・・・
ちょっと薄着の方は寒くて仕方がなかったそうである。(汗)
いい加減、霧が晴れるのを待つのはやめようということで・・・「もう行こう!行くぞ!」と勝手にバスのほうへ戻る我が参加者・・・
はい、さすがは「団塊の世代」ですね・・・・(汗)

時刻は12時・・・・・

たぶん、「カトゥーンバ」という名前の町だと思うのだが・・・・
そこのホテルらしき洒落た建物のレストランで昼食・・・・

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え~・・・・オーストラリアには「食文化」という言葉はないのかな?(大汗)
ここでも食事が出てくるまで、散々待たされた・・・・
オーストラリアはどこでも同じか・・・・

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食後、庭に出て、タバコを一服・・・・(笑)
ついでに、庭に咲いている花を写真に収める。
花の名前は知らないし、花に関する知識は皆無なのだが・・・・
花が好きなんだよねぇ~(喜)

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ステンドグラス・・・・これもいい・・・・(笑)

余りにも時間が余りすぎて暇!
トイレに行ってみる・・・・(笑)

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オーストラリアは、こういうタイプの小便器のトイレが多い・・・・
隣の人との仕切りがないから何とも落ち着かない・・・・(大笑)

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出発するまでに、まだ少し時間があったので、建物の中を探索・・・(笑)
う~ん・・・・こういう雰囲気・・・・好きだなぁ~(大喜)

さて、午後1時を過ぎた・・・・
これから、内陸部へバスを走らせ・・・・「カウラ」へ向う・・・・

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(カトゥーンバの街の中・・・)

旅行 | 13:01:38 | Comments(0)
チャイナタウン?(汗)
フェリーから降りたら、また雨が降り出してきた・・・
タイミングがいいのか悪いのか・・・・よくわからん・・・・(笑)

向かったのは、港の近くにある住居・・・

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なんでも、この建物は「カトマンズ・コテージ」と呼ばれているそうで、「カトマンズさんの家」ということか?
シドニー最古の住居なのだそうだ・・・・
だから何だ?・・・という気がしないでもないが・・・・(大笑)
拙者は、こういう建物には全く興味はない・・・(笑)

予定では、この後に「オーストラリア海事博物館」へ行くことになっているのだが・・・
添乗員の“アサダさん”から、「海事博物館はやめにしてチャイナタウンに行く事になりました」と予定変更のお知らせ!
うそぉ~!・・・である。(大涙)
拙者が博物館好きなのを知ってか、“アサダさん”が、「本当に申し訳ないんだけど・・・」と個人的に言ってきた。
理由を尋ねたら、現地のガイドに聞いたら、時間的に見に行くのは無理だというので、急遽、予定変更となったという。

ん?・・・ちょっと怪しいな・・・その理由・・・(大笑)
なにせ、今回のツアーには、作家の“ミヤザキさん”、ジャーナリストでコラムニストの“タカヤマさん”、大学教授の“ヒイズミさん”が参加されている。
この3人は、「仲良しグループ」で、以前ご一緒した「カンボジアとベトナムのツアー」でも「この近くにチャイナタウンがあるんじゃないの?チャイナタウンへ行こう!」と騒いだグループなのである。(大笑)
なにせ著名な“論客”3名である・・・・
「博物館なんかよりチャイナタウンへ行こうよ!」と言われると、予定変更をせざるを得まい・・・・(大笑)
多分そうじゃないのかなぁ~(大笑)
肩書きと声の大きな人の勝ち・・・というやつである。(大涙)

時刻は12時を過ぎたので、港近くのレストランで昼食となる。

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出てきた食事は、これ・・・・

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これは、「フィッシュ・アンド・チップス」って言うのかな?
イギリスで有名な食べ物だそうだが・・・・
拙者は、よく知らない・・・・初めて食べるが・・・
でもね・・・これは、ただの白身魚のフライとポテトフライではなかろうか?
白身魚のフライは、我が家の近くのスーパーでも売ってるけど・・・・珍しくもない・・・・(笑)
「まさか、これだけじゃないよね?」との声が参加者から上がったが・・・・残念ながら、これだけしか出てこなかった。(大笑)
今日の昼食は、これだけである・・・・(涙)

ここで、1時過ぎまで少しゆっくりするという・・・
ふと、対岸を見たら・・・・ギョェ~!(驚)
向こう岸に、「海事博物館」が見えるではないか!

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港には、帆船、潜水艦、軍艦が係留されている。
多分、見学が出来るだろう・・・・
すぐ目の前にあるじゃないですか!(汗)
チャイナタウンでは1時間ほど時間を取るとのこと・・・
それなら、あの博物館をササッと見学できると思うんだけどなぁ~
悔しいなぁ~(大涙)

なんとも残念だが、ツアーである以上、従うほかあるまい・・・・(大泣)
再び一人でシドニーに来るようか・・・・
今回は「下見」ということで諦めるしかないな・・・・(大涙)

115_convert_20140528120330.jpg (チャイナタウン)

チャイナタウンに入ると、やたらと声をかけられ、何か売り込んでくる・・・・
が・・・中国語で話しかけてくるから何を言っているのかわからない・・・・(汗)
英語で質問しても、相手は中国語のまま・・・・
あのね・・・(大汗)
最後には、「俺は日本人!中国語なんかわからねぇんだけど!わかる?ん?中国語なんか全然知らないんだけど!」と日本語で言い返しても、それでも相手は中国語で何か言っている・・・・
どういう神経してるんだろう・・・こいつら・・・(汗)
バカじゃあるまいか?(大笑)
言葉が通じねぇっていうのに、わからんのかね?
自己中心なんだよなぁ~
ここはチャイナタウンだから、観光客は中国語を理解しろとでもいうのか?(大笑)
英語を話せよ!・・・・ここはオーストラリアなんだから・・・・(笑)
こういう連中の集まったものが「中国」という国なんだろうから、尖閣諸島も俺のもの、あの島も、この島も俺のもの・・・と言い放つのもわからないでもないな・・・・(大笑)

こんなところで1時間もブラブラする気はさらさらない・・・・
皆から離れて別行動をとることにした。(大笑)
食後のコーヒーを飲みたい!(大笑)
皆さんから離れて別行動を取ろうというのを感知したのか・・・(大笑)
すかさず、福島県から来た“サトウさん”が追いかけてきた。
「私もご一緒させてもらっていいですか?」(笑)
「コーヒーでも飲もうかと思っているんですけど・・・」
「それ、いいですね!お供させて下さい!」(笑)
“サトウさん”とは「カンボジア・ベトナム」のツアーでもご一緒したことがあるが、お話をしたことはない・・・
というわけで・・・・
カフェでコーヒーを飲みながら、集合時間までの間、大いにおしゃべりをして時間を潰す。(大笑)

さて・・・コーヒーについてですが・・・・
お店に「コーヒー」と言っても、そういうメニューがないのである!
あるのは「ロング・ブラック」とか「ショート・ブラック」という名称・・・・
何のこっちゃ?(大汗)
何がロングなんだ?(大汗)
拙者は普通のコーヒーが飲みたいんだけど・・・・
店員に説明を求めるが、これがよくわからん・・・・(大笑)
「ショート・ブラック」とは、「エスプレッソ」みたいな濃いコーヒーらしい・・・・
で・・・これにお湯を足して薄めたのが「ロング・ブラック」らしい・・・・
薄めちゃうのか?(唖然)
全てが「らしい」・・・としか理解できないから情けない・・・・(大涙)

「レギュラーコーヒーっていうのはないのか?」
「レギュラー????」と中国人の愛想のない青年が首を傾げる・・・(大笑)
「ロング・ブラックがいんじゃないか?」と言う。
「そのロングって何のことだ?」
「はぁ?」と青年・・・・
クソ忙しい時に、わけのわからん質問をするなと言わんばかりの表情である。(笑)
はい、はい・・・もう何でももいいです・・・・「ロング・ブラック・・・ちょうだい!」(大笑)

「ロング・ブラック」は普通のコーヒーだった・・・・正解である。(大笑)

どうもオーストラリアには「アメリカンコーヒー」とか「ブレンドコーヒー」とかというのはないらしい・・・
海軍記念館で飲んだときは、なんだかわからないので「ウン、ウン」と適当に答えて頼んじゃったから、よくわかっていなかった。(大笑)
オーストラリア人というのは、おかしな人種だな・・・(笑)
ロングだのショートだの・・・・
容器の大きさかと思っちゃうじゃないか?(大笑)

集合時間が迫り、バスに戻る。
途中、街の中の写真を撮る・・・・

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117_convert_20140528133609.jpg 118_convert_20140528133656.jpg

チャイナタウンの散策を終え・・・・次に向かったのは・・・ホテル!
午後2時半過ぎ、ホテルにチェックインする。

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なんと!・・・今日のツアーはこれで終りだそうである・・・・
こんな早い時間にチェックインするなら、「海事博物館」に行けたんじゃないか?(涙)
(相変わらず根に持っている?)(大笑)

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さて・・・早速トイレを使用したのだが・・・・あれ????
何かおかしい・・・・(汗)
コックがない!
どこを探しても、汚水を流すコックが見当たらない!(大汗)
このトイレ・・・・どうなっているんだ?

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ふと、鏡の下にボタンがあるのを発見!
浴室の電灯は全部点いているし・・・・
このボタンは何だろう?????
電灯のボタンと同じ形なんだけど・・・・
試しに押してみたら・・・・・ゴゴゴッ~っとトイレの水が流れた・・・・(唖然)
この小さなボタンがトイレのボタン?(笑)
オーストラリア人の感覚がわからん!(怒)

夕食まで時間がありすぎる・・・(泣)
部屋にいても仕方がないので、買物がてらホテルの周囲を散策することにする。

122_convert_20140528173713.jpg (拙者が泊まったホテル)

ホテルの中は禁煙である・・・・(涙)
というわけで・・・このホテルの前の歩道にある灰皿のところでタバコを吸うしかない・・・・
なんと面倒な・・・(笑)
いっそのこと喫煙をやめればいいものを、やめないんだから拙者は大したものだと思う。(大笑)

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ホテルの向かい側に地下鉄の駅がある。
地下にお店が何件かあるという話なので行ってみる。
ミネラルウォーターでも買って、お湯を沸かしてインスタントコーヒーを飲もうかな・・・と・・・・
地下にいくつかの売店とスーパーマーケットがあった。
で・・・・ミネラルウォーターを探してみたら・・・・
店ごとに値段が違うのである!(唖然)
おい、おい、こりゃ、どういうことだ?
ウロウロと歩き回ったので・・・・さて・・・一番安い店はどこだったか・・・忘れてしまった!(大笑)
相変わらず頭が悪い・・・・(涙)

地下鉄駅の改札の写真を撮ろうと思ったのだが、近くに警官がいたのでやめる。(笑)
テロリストの下見だと思われたら困る・・・・(大笑)

駅の反対側の出口を出てみたら・・・・

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なんの特徴もない、ビジネス街という感じ・・・・面白くない・・・
いい加減、このあたりで引き返さないと迷子になりそうなので戻ることにする。
時刻は午後4時・・・・

結局、ホテルの近くのコンビニで、淹れたてのコーヒーを買ってホテルに戻る。
ホテルのエレベーターで白人のオバチャン二人組みと一緒になる。
「あらぁ~コーヒーのいい香りがするわねぇ~」と笑われた・・・・(大笑)
こういう場合、英語で何と答えていいものやら・・・・(大汗)
笑って誤魔化すしかない・・・(大笑)

夕食は、徒歩で港の方まで行って食べるのだそうだ。
一応、雨は止んだようだが、途中でまた降り出しそうな感じ・・・
なんとも不安定な天気である。

夕食には“ミヤザキさん”の知人で、現地在住の日本人ご夫婦が合流・・・・
お話によると・・・・
どうも、オーストラリア在住の韓国人たちが、この地にも従軍慰安婦の銅像を建てようと画策しているそうで・・・・
これに対抗して、何とか阻止しようとしているそうだが、日本人は団結心が乏しいらしく、なかなかまとまらないそうである。
従軍慰安婦なんて「他人事」・・・ということなのだろうか?
日本で食っていけなくて、国を捨ててオーストラリアに移住したような人に「愛国心」を求めても、そりゃ無理かもね・・・(大笑)
一部の「まともな日本人」が孤軍奮闘か・・・(汗)

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夕食のメニューはステーキである!

昼食の時もそうだったが、この夕食の時も同様・・・・
とにかく食事がなかなか出てこない!
乾杯用にビールを頼んでも、それすら出てくるのに時間がかかるという有様・・・
なにをモタモタしているのやら・・・・と思うが・・・・
これが、ここでは普通なのだそうだ。(唖然)
手際が悪いと言うか何と言うか・・・・・
オーストラリア人は怠け者と言われるのは、こういうところから来るのかも・・・・(大笑)

旅行 | 16:32:31 | Comments(0)
シドニー湾
続いて向かったのが・・・・シドニー湾!(喜)
日本の特殊潜航艇が特別攻撃(特攻)をかけた場所である。

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フェリー4番乗り場から、フェリーに乗って「ガーデンアイランド」にある「オーストラリア海軍記念館」に向う。
外は雨・・・・
写真の撮りようもないので、大人しく船室の座席に座る・・・・(涙)

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ここは海軍の敷地だそうで、この中に「記念館」がある。
午前10時過ぎに到着・・・・
この記念館(ヘリテージセンター)は入館料が無料のエリアと有料のエリアに別れていて、この無料のエリアに「特殊潜航艇」の残骸が展示されていた。

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昭和17年5月31日、伊号潜水艦に乗せられてオーストラリアまで来た3隻の特殊潜航艇が、ここシドニー湾に侵入した。
湾の外で伊号潜水艦から発進した特殊潜航艇は「中馬艇」「松尾艇」「伴艇」の3隻。
ここに展示されている残骸は、そのうちの「松尾艇」の司令塔部分である。
松尾艇の搭乗員は、松尾敬宇大尉と都竹正雄二等兵曹の2名。
オーストラリア海軍に発見され、爆雷攻撃を受け、沈没・・・・
戦闘後に引き揚げられた特殊潜航艇の中で、松尾大尉、都竹二等兵曹の2人は拳銃自殺をしていた。
この残骸部分が、彼らが自決した、まさしくその場所なのである!

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船体は真円にはなっていない・・・歪んでいる・・・・
爆雷攻撃の激しさを物語っているといっていいだろう。

彼ら2人の遺体を収容後、オーストラリア海軍は中馬艇の乗員の遺体と合わせて4名に対し丁寧に海軍葬を行い、日本に送還した。
この時に、国内からは敵国の軍人に対して、海軍葬などはもってのほかという非難の声もあったようだが・・・
同じ海軍軍人として、敵ながら天晴れとの敬意があったそうで・・・
また、日本の捕虜になっているオーストラリア軍人に対して不当な扱いをされないように・・・との思惑もあったらしい。

この入館料無料のエリアは喫茶にもなっている。
他の参加者は早々と有料エリアの資料館見学に向ったが、拙者はもう少しここにいたい・・・(笑)
というわけで・・・一人、ここでコーヒーを飲んで一息つくことにする。(大笑)

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今から3年前・・・・
拙者は熊本県へ行った・・・
この時に菊池神社に松尾敬宇大尉の銅像があると聞いていたので、その写真を撮りに菊池に立ち寄ったのである。
神社の中の資料館(宝物館?)には、松尾大尉の遺品なども展示されていた。
その時に、いつかはシドニー湾を訪れたいと思っていたのだが、こんなに早く訪問できるとはねぇ~
そして、今、拙者の目の前には松尾大尉の特殊潜航艇があるのである!
あ~感無量である・・・・

続いて有料エリア内の資料館を見学する。

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ここには特殊潜航艇の部品も展示されていた。
部品には当時のタグが取り付けられていて、どうやらこれら特殊潜航艇の部品を販売して寄付を募っていたらしい。
あらら・・・であるが・・・・
日本では鍋や釜を供出していたんだから、戦争になるとどこでも同じようなものか・・・

見学を終えて、外に出る。
皆さんはもう外にいて暇をもてあましている様子・・・・

我々が乗ってきたフェリーには、お客は我々ぐらいしか乗っていなかったが、一人、インド人の女の子が乗っていた。
彼女も「海軍記念館」を見学に来たようで・・・・
ちょっと話をしてみたら、親戚がシドニーに住んでいるので、それを頼って遊びに来ているという。
「海軍に興味があるのか?」と尋ねてみたら、そうじゃないらしい・・・
今日は暇なので、どこかを観光をしようと思ってやって来たのだという。
彼女が住んでいるのはインドのムンバイとのこと・・・・
「ムンバイ」と聞いて、“ミヤザキさん”がやってきた!(笑)
「ムンバイ?ムンバイには行ったことあるよ!」(笑)
“ミヤザキさん”は若い頃、ベトナム戦争中、現地に行って取材していたということをおっしゃっていた。
結構外国に行っていたらしく、今でも奥様同伴で海外に行く事があるという。
で・・・話が盛り上がったところで、インド人の女の子のお相手は“ミヤザキさん”にお任せする。(大笑)
“ミヤザキさん”はまもなく70歳になられるだろうが、英語が話せるので、すごいものだと思う。
拙者が70歳になるころは、どうなんだろう?・・・相変わらず英語が話せないままか?(苦笑)

旅先での外国人との出会い、交流というのは楽しいものである。
また、こういうことでお互いの国に親近感をもつというのが、先々の国際関係には大事だと思うのである。
中国人や韓国人のように他国の人に対して横柄な態度を取ってはいけないのである!(大笑)

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シドニー湾・・・・
写真の左のほうから延びる陸地が「ブラッドレー岬(ブラッドリーヘッド)」で、あの岬の向こう側で「松尾艇」が沈没しているのが発見された。
写真中央の奥のほうが湾の入口方向で、向うの方に「防潜網」が設置されていた。
この網は名前のとおり、潜水艦が湾に侵入するのを防ぐための網である。
その網に絡まってしまい、やむなく自爆したのが、中馬兼四大尉と大森猛一等兵曹が乗り込んでいた「中馬艇」である。

ここからでは、いずれにせよ、両艇が沈没した場所は見ることができない・・・・
どこか高台から湾を一望したいところだが・・・・
ツアーだから、そういう自由は利かないのが残念・・・・(涙)

現場に立って見ると、この湾の狭さがよくわかる。
こんな狭い場所に操縦の難しい特殊潜航艇を操縦して侵入したとはねぇ~
やっぱり用法を間違っていたのではあるまいか?
特殊潜航艇は、こんな狭いところに突っ込ませるような兵器ではないのではなかろうかという気がする。

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この湾の中を潜望鏡を上げて、そこから景色を見ながら侵入して行ったのだろうが・・・
とにかく操縦は難しかったようで、波に煽られたりバランスを崩すと船体の一部が海上に飛び出してしまうのだという。
そういうところを見つかってしまったのだろう・・・・
オーストラリア海軍の軍艦に砲撃を受け、さらには爆雷で攻撃をされたのである。

「松尾艇」と「伴艇」は、この写真の中心あたりまでは侵入していたようである。
「松尾艇」はこのあたりで敵艦に見つかり攻撃を受け、Uターンして湾外に脱出する前に、右側の写真に写っている岬の裏あたりで撃沈されたのである。
「伴艇」には伴勝久中尉と芦辺守一等兵曹が乗り組んでおり、この辺りから、拙者の立つ海軍基地に向かい魚雷を発射。
岸壁に停泊中の「クッタバル」という宿泊船を撃沈して、湾外に脱出したが、その後の消息は不明・・・・
2006年になって、湾外のシドニー北部沿岸から5kmほど離れた海底に沈んでいるのが地元のダイバーによって発見されている。
攻撃隊を収容する伊号潜水艦の待つ海域とは全く正反対の場所に沈んでいるということは、ジャイロコンパスが故障したのか、操縦不能だったのか・・・
上手く湾外に脱出できたのに生還できなかったとは・・・・

ちょうど雨も止み始め・・・・ポツリ、ポツリ・・・
これが「涙雨」というなら、ちょうど泣き止んだところか・・・(笑)
海を(湾を)眺めて感無量・・・・
他の人達は、この特殊潜航艇の攻撃に関しては全く興味が無いようで、オシャベリしていて海なんか見ている人はいない・・・・

特殊潜航艇の人達は、どんな思いをして、あのあたりを走行していたのだろう・・・
そう思いながら海を眺めているだけで、拙者は全然飽きないんですけど・・・・(笑)

まもなく帰りのフェリーが来る時間・・・・
フェリー乗り場に戻る。

088_convert_20140526211612.jpg(フェリー)

090_convert_20140526211804.jpg(フェリー乗り場)

雨は完全に上がったので、拙者はデッキに出る。
皆さんは、なぜか船室にこもったまま・・・・(笑)
え?外の景色を撮影しようとか・・・そういう気はないのでしょうか?(大笑)

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フェリーの2階席・・・向うの方(船の前方)に座っているのが我がツアーの面々である。
船内は・・・ガラ~ン!(汗)

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「ガーデンアイランド」とはお別れ・・・・
拙者は、船の後部デッキに出て景色を堪能する!(喜)

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この狭い湾の中で彼らは戦ったんだよなぁ~
この水の下で・・・・・
う~ん・・・・いくら見ていても飽きない・・・・(笑)

このシドニー湾を周遊するような観光フェリーはないものか?
それに乗れば、もっと楽しめるかも・・・・
もっと彼らの戦った海を見ていたいんだけど・・・
一人でシドニーに来るしかないか・・・ツアーじゃダメだな・・・・

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湾の中にポツンと小島が一つある・・・・
こんなところに・・・この島・・・・かなり邪魔な存在だと思うのだが・・・・(笑)
この小島は「フォート・デニソン(デニソン砦)」というらしい。
昔々、100年以上も昔は、囚人の独房として使われていた小島だそうで・・・・
だいたい、オーストラリアっていうのは、イギリスあたりから追い出された犯罪者が居付いた国じゃなかったっけ?(笑)
移民のほとんどが犯罪者?(大笑)
にもかかわらず、さらに、この小島に閉じ込められる囚人って、どんな奴だったんだ?(大笑)
よっぽど悪い奴だったんだろうなぁ~(大笑)
この島は、その後、砦となり、灯台となって、今は博物館になっているとか・・・・
う~ん・・・どんな博物館なのか見て見たいものだ・・・・(笑)

この島が灯台だった頃は・・・
「松尾艇」や「伴艇」は、この灯台の明かりを針路の目印として潜望鏡から見ていたのではなかろうか?
・・・・という気がするが・・・・どうだろうか?

まもなく、港に到着するという頃になって、右手に見たことのある建物が見えてきた。
(針路に対して後ろ向きに立っているので右手となる)

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「オペラハウス」である。
へぇ~・・・・あれがねぇ~・・・・写真で見たことのある、あの有名な「オペラハウス」ねぇ~
賛否両論、好き嫌いはあるとは思いますが・・・(大笑)
「オペラハウス」の写真を見れば、すぐにオーストラリア!ってわかる建物である。
へぇ~・・・・こんなところに建っているんだぁ~(大笑)
日本では、こういう有名な建築物ってあるのだろうか?
外国人が誰でも知っていて・・・一目見て、あ~!日本の・・・ねぇ~っていう建物・・・・
う~ん・・・・姫路城?(大笑)

左手に見えるのは・・・・

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これも「オペラハウス」と並んで有名な「ハーバーブリッジ」である。
向かい合わせになっているから有名になっちゃってるのかもしれないが・・・(笑)
1932年に完成した橋だそうである。
ということは・・・日本では昭和7年・・・・満州国が建国したり、5・15事件で犬養毅が暗殺された年である。
拙者は、あまり橋には興味がないので感動はしないが・・・(笑)
感動する人はするんだろうねぇ~(大笑)
石造りの橋脚はたいしたもんだと思うよ・・・・この部分だけは好きである。(足だけ?)

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ハーバーブリッジとオペラハウスを1枚に収めてみる。(笑)
なんとか出来た・・・(喜)

時刻は11時半・・・・港に到着・・・

船を下りるときにみんなから言われた・・・「あんた、どこにいたの?」「姿が見えないからどうしたのかと思ったよ」等々
「へっ?デッキにいましたけど・・・」と答えたら呆れた顔をされた・・・・なんで?(笑)
不思議なことをする奴だ・・・と言わんばかりの顔である。(大笑)
拙者からすると、船内の椅子に座って外の景色を見ていないほうが不思議なんですけど・・・・(大笑)

旅行 | 13:15:11 | Comments(0)
シドニー観光
ウトウトとしているうちに朝食の時間である!
キツイなぁ~・・・これ・・・
日本時間で午前3時半頃である!(涙)

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現地時間で午前7時にシドニー空港に到着・・・・
日本時間は午前6時・・・
時差は日本時間に1時間プラスということである。

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写真の飛行機は拙者が乗ってきた飛行機ではないが・・・・(笑)
垂直尾翼にカンガルーの絵が描いてある・・・これがカンタス航空のマークである。
(ただそれだけの話・・・)(笑)

到着早々、拙者と“ミヤザキさん”はタバコを吸いに建物の外へ「飛び出す」!(大笑)
“ミヤザキさん”は評論家で作家・・・・
「カンボジア・ベトナム旅行」の時に一緒だった方で、喫煙者。
今回、氏が参加されたことで、喫煙者は拙者一人・・・とはならずに済んだ。(大笑)
感謝、感謝である。

009_convert_20140523224619.jpg(シドニー空港)

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我々が乗るマイクロバスは後ろにカーゴ(荷物車)を牽引している。
このカーゴに我々の荷物を乗せるのだそうだ。
ちなみに、オレンジ色のスーツケースは拙者のものである。(大笑)
1週間の旅行の割には小さいスーツケースで収まった・・・(結構、持参品の選択には苦労したんだよねぇ)(笑)
それにしても、これを引いて町中を走るとは驚きである。(唖然)

012_convert_20140523225505.jpg 013_convert_20140523225600.jpg

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午前8時過ぎ、空港の駐車場を出発!

街の中の景色・・・・
バスの中からでは上手く撮れない・・・(涙)

このバスには「ガイド」さんは乗っていない。
運転手がガイドも兼ねるのだそうで、運転手さんは現地在住の日本人の方・・・・
ヘッドセットを付けて解説しながらの運転である。
いやはや、大丈夫?
話に夢中になって信号無視とかしない?(笑)
後ろにカーゴを牽引して走っていることだし・・・・

さすがはヘッドセットである!
マイクが声をきちんと捉えてくれるので、解説は明瞭に聞こえる。
これ、いいいねぇ~
感心した・・・(笑)

午前8時半過ぎ・・・最初の訪問地『アンザック戦争記念館』に到着する。
と・・・雨がチラチラ降り出してきた!

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「アンザック」とは、「オーストラリア・ニュージーランド連合軍」の略だそうである。
「Australian and New Zealand Army Corps」を略して「ANZAC」と書く・・・・
この建造物は戦没者の慰霊碑なのだそうで、内部には資料の展示があり見学出来るようになっているという。
が・・・休館日だったのか、開館時間前だったのか、入り口が閉まっていたので外観だけの見学となる。

019_convert_20140524094955.jpg 020_convert_20140524095041.jpg

外壁には、戦争の様子を描いたレリーフが取り付けられている。

わずか10分弱の見学を終え、バスに戻る・・・・(笑)

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なんだかなぁ~・・・・ゴミ箱を引いているようにも見えるんですけど・・・・これ・・・・(大笑)

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シドニーには地下鉄も走っているようである。
レンガ造りの地下鉄の駅・・・・

時刻は午前9時・・・・
次に向かったのは『セント・メアリー(セント・メリーズ)大聖堂』

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オーストラリアで最初に建てられたカトリックの教会だそうである。
へぇ~・・・・
内部も見学できるそうで、中に入ったら、ちょうどミサの最中・・・・
あまりウロウロもできないので、入口附近のステンドグラスなどを見て外に出る。
雨は相変わらず・・・・
あらら・・・である。

旅行 | 12:04:01 | Comments(0)
オーストラリアに向う!
午後6時30分、成田空港第2ターミナル集合・・・・
少し早めに到着し、旅行保険の申し込みとオーストラリアドルの両替を行なう。

今回のツアー参加者は11名。
なんと、全員、過去のツアーで一緒になった方々ばかりである。(喜)
何回もツアーに参加していると、ついにはこういうことになるのか・・・(笑)
拙者もついに「常連」の仲間入りか?(大笑)
ただ、顔は存じ上げているが、いつ、どこに行ったツアーで一緒だったのかが思い出せない方もおられたが・・・(笑)
相変わらず、記憶力の悪い男である。

午後8時30分発、カンタス航空022便でシドニーに向う。

夕食は機内食である・・・(笑)

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今日は機内泊である。
狭いエコノミー席で・・・・(涙)
寝られるわけがない・・・

旅行 | 21:52:23 | Comments(0)
まさかの歯痛!
昨日から、前歯の付け根に違和感が・・・・
今日は、さらにひどくなって、前歯の付け根にズキン、ズキンと脈打つような違和感が続く。
ん?
これは、もしかしてヤバイんじゃないか?

「痛い」というほどではないが、何かおかしい・・・・
食事をして「しみる」というわけでもないが、やっぱりおかしい・・・・

明日から海外旅行である。
そういう時に、なんということか・・・
思い切って友人である歯科医の“キタミさん”に電話する。

「あのぉ~・・・・明日からオーストラリアに行くんですけどォ~」(笑)
「なに!明日から!」(大笑)

急遽、歯の様子を見てもらったら、どうも歯周病(歯槽膿漏)のようである。
歯の根っこののところの骨が溶けて、歯がぐらつき始めているそうである。
それがどうも原因らしい。
とりあえず、化膿止めと痛み止めの薬を処方してもらう。
旅行中は、これで何とか誤魔化すしかないそうだ。(大笑)

歯周病は、歯垢と喫煙に原因があるそうだが・・・
拙者の場合は、歯垢はそれほどないそうで、原因は明らかに喫煙である。(大笑)
なっちゃったものは、もう元にはもどらないそうで・・・・(涙)
治療といっても、元には戻らないから、いかに進行を遅らせるか・・・というしか手段はないそうだ。
自業自得だな・・・・これは・・・・(涙)

とにかく、薬をもらえたので助かった!
明日からの旅行はなんとかなるだろう。(大喜)

日記 | 10:16:54 | Comments(0)
キツネが運転?
今日はお天気もいいし・・・月命日だし・・・
ということで、母の墓参りに出かけた。

山道を走っていたら、いつの間にか前を走っていた軽自動車に追いついた。
と・・・なにやら手を振っているようである。
後部座席に乗っている子供が拙者に手を振っているのかな?

しかし・・・どうもおかしい・・・
あれは・・・手ではない・・・
尻尾のようである。
キツネの尻尾のようなものが、ゆらゆらと左右に揺れているようである。

はぁ?(汗)
運転席に乗っている人の頭が見えるが、ちょうど背中あたりに左右に揺れる尻尾らしきものが見える・・・
ウソ!ゲゲッ!
キツネ???
キツネが車を運転しているのか?(愕然!)

過疎化した村に向うこの山道・・・
昔々、拙者が小学生の頃、夜にこの道を走るのは怖かった・・・
特に霧が出た時などは、とてもじゃない・・・
道端に鎧姿の武将が立っていたような・・・・
車の前を誰かが横切ったような・・・(冷!)

車のヘッドライトが霧に反射して、おかしなものを見たのかもしれない・・・
それとも、あの当時よく見ていたテレビ番組の『怪奇大作戦』とか『ウルトラQ』とかの影響かもしれない。
とにかく・・・怖い!!
霧の中を抜けたら四次元の世界に迷い込んでいたりして・・・とか・・・(汗)

当時は、車1台走るのがようやくという道幅で、対向車が来たら大変・・・という山道だったのである。
だからなおさら怖い・・・
30数年前に道路が整備され、二車線となって、ずいぶん走りやすくなり、拙者も大人になって自分で運転するようになったが・・・
それでも夜、この道を走るのは今でも怖い・・・(大汗)
真っ暗な中、ヘッドライトの光だけを頼りに運転をする・・・
周囲は真っ暗闇である・・・
間違ってもバックミラー(正確にはリヤ・ミラーか?)で、後部座席を見ようなんて思わない。
いつの間にか、後部座席に見知らぬ人物が乗っていたらどうしよう・・・と思ってしまうのである。(大汗)

が・・・これは夜の話である。
昼間から、そういう“変なもの”を見るわけがないと思うのだが・・・
しかし、どうみてもキツネが運転しているように見えるのである。(汗)

気になるが、あまり接近しすぎると追突する危険がある。
適当な車間距離を取っているので、よくわからない・・・

と・・・・
カーブの“頂点”で、ウィンカーを点滅させて左に寄せて止まった・・・
あのね・・・この山道のカーブの“頂点”で停車するとは、バカじゃなかろうか?
こいつは山道の走り方を知らないのか?
まぁ、ドライバーがキツネなら無理もないが・・・

こんなところで道を譲られてもなぁ~(大汗)
しかたがない、追い越すか・・・・
追い越しながら、どんな奴が車を運転しているのか見ようと思ったら・・・

ウワッ!
カーブの向うから対向車が!!
あやうく正面衝突するところだった!(大汗)
わき見運転するどころじゃない!
ギリギリで対向車をかわして一気に走り抜ける・・・・

しかし・・・この滅多に対向車に出会うことのない山道で・・・
ちょうどカーブのところですれ違うとは・・・・
このタイミングは何だ?
キツネの仕業か??(大汗)
わざと仕組んだのか?(大汗)

追い越す瞬間、チラリと見えたのだが・・・
どうも後部座席に犬を乗せていたような・・・(笑)
ちょうど、後ろから見ると、運転手の背中に犬の尻尾が重なるような位置関係だったのだろう・・・
まさか、いくらなんでも、昼間っからキツネが車を運転するわけはあるまい・・・(大笑)
ん?
う~ん・・・そう信じたいが・・・・(笑)

その後、いくらゆっくり走っても、後ろからさっきの軽自動車がやってくる姿が見えない!
あれ?
どうして?
道路は一本道なんだけど・・・・(汗)

やっぱり、あれはキツネが運転していた車だったのか?(笑)
キツネに馬鹿されたのか?(大汗)
ゲゲゲッ・・・である。

日記 | 16:04:04 | Comments(1)
お知らせ
お知らせします。(誰に?)(大笑)

4月26日(土)から5月2日(金)まで・・・・

オーストラリアに行ってきます!


というわけで・・・・
それでなくとも、更新が遅れに遅れている、このブログは、またまた更新が遅れます。(大笑)



日記 | 15:28:28 | Comments(2)
『甲標的』
甲標的―無慚なり!栄光よ 特殊潜航艇のドキュメント (1974年)甲標的―無慚なり!栄光よ 特殊潜航艇のドキュメント (1974年)
(1974)
栗原 隆一

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1 機密兵器「甲標的」の誕生
     神様の叱責
     魚雷肉攻案
     新兵器の着想
     岡田大将の決断
     対潜爆撃標的
     第一次試作艇
     あわや大惨事
     標的搭載艦
     標的外洋実験
     搭載艦の起工
     失意の岸本大佐
     第二次試作艇
     甲標的と命名
     二基の試製訓令
     亀ヶ首実験場
     実験始まる
     艦からの発進
     荒天襲撃運動

2 特別攻撃隊の編成と訓練
     第一期講習員
     第二期講習員
     洋上訓練終る
     港湾襲撃訓練
     真珠湾
     長官の執念
     軍令部との対立
     ハワイ作戦決定
     特別攻撃隊
     搭載工事
     最後の帰省
     先遣潜水部隊
     臨戦準備
     作戦打合わせ
     作戦実施計画
     山本長官の心中
     出撃前夜

3 真珠湾攻撃
     壮途につく
     成功を期す
     新高山ノボレ
     開戦二日まえ
     遺書
     搭乗員乗艇す
     攻撃態勢成る
     甲標的発進
     ジャイロの故障
     空襲部隊発艦
     最初の接敵
     甲標的の攻撃
     万事塞翁が馬
     収容配備につく
     捕虜第一号
     真珠湾よさらば
     戦闘詳報
     第二次攻撃隊
     技術者の嗟嘆

あとがき



シドニー行きの事前勉強第5弾!(笑)
いい加減、疲れてきたが・・・(大笑)
読んでみたら、真珠湾を攻撃した特殊潜航艇の話だった・・・
あらら・・・あてが外れた・・・・(笑)
シドニーの話は・・・ない・・・・
が・・・真珠湾攻撃に関しては、勉強になるだろう。


今年の読書:27冊目



読書 | 00:50:50 | Comments(0)
『「烈兵団」インパール戦記』
「烈兵団」インパール戦記―陸軍特別挺身隊の死闘 (光人社NF文庫)「烈兵団」インパール戦記―陸軍特別挺身隊の死闘 (光人社NF文庫)
(1999/04)
斎藤 政治

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第1部 血戦場コヒマに潜行す
       牙城コヒマへの道
       敵兵とのハチ合わせ
       不安はつのって
       橋だ、攻撃目標だ!
       連絡兵かえらず
       火を吐く戦車砲
       わが忘れざる日
       生と死の間で
       真夜中の突撃行
       友軍機、現わる
       長き一日の暮れ

第2部 われインパール道を転進せり
       うらみの迫撃砲弾
       泣くな、怒るな
       男同士の熱い涙
       “万骨”の書類
       水島候補生
       兵団長と兵
       おんぼろ兵の怒り
       くたばれ上官
       雨の靖国街道
       舟泥棒の叫び
       あゝおコメ様
       高僧の功徳
       心を病む人
       虎造節哀し

第3部 地獄の戦線を行く
       泣きっ面に砲弾
       別働隊8名の面々
       待ち人きたらず
       従軍手帖の中の写真
       “罪ほろぼし”道中
       “出ものはれもの”
       涙で見た南十字星
       連隊長の慧眼
       暗やみに“火車”がゆく
       “途中割愛”のバツ
       悲しき留守番
       パゴダは残光に映えて

第4部 工兵功績班奮戦す
       遺骨引き取り人
       及川伍長との4年間
       牛にひかれて地獄参り
       思い出の糸
       飛び入り法要
       タダウ村滞在記
       屈辱にも耐えて
       親泣かせ「強盗団」
       工兵司令官の激怒
       ある中隊長の悲劇
       敵機にねらわれて
       野良犬と化した狼
       陽もかげる重爆群
       果てしなき星空の出発

あとがき



著者は第31師団(烈兵団)・工兵第31連隊の軍曹・・・


今年の読書:26冊目



読書 | 19:13:47 | Comments(0)
講演会に行く
今日は久し振りに日本国防協会の講演会を聴講するため上京する。

今月の講演会は・・・・
『朝鮮半島の地政学「10則」』・・・・
講師は、福山 隆 氏である。

今回の、この講演を聴いている時に、ふと、頭に浮かんだんですけど・・・・
日本は北朝鮮を“敵視”しているが、これは間違いじゃなかろうか?(笑)
確かに、日本人を拉致したけど・・・
その他には、これといって日本には害は及ぼしていないような気がするんですけど・・・
対して、中国は?
靖国問題だの、南京事件だの・・・相変わらずの「反日」である。
韓国も同様・・・
従軍慰安婦の銅像まで建てまくっての「反日」ぶりである。
対して北朝鮮は?
「反日」っぽくないんですけど・・・(笑)

反日の中国と、反日の韓国の間に存在するのは、北朝鮮である。
ということは、地政学的にいうと、この北朝鮮を日本の味方につけさせれば、かなり日本の国防には有効ではなかろうか?(笑)
北朝鮮を「危険な国」と見なすか、「友好国」とするかで、日本の将来の運命は大きく変わるのではあるまいか?

地政学的にも歴史的にも、朝鮮は中国の影響を受けている。
昔から朝鮮は中国の「従属国」であったと講師は言う。
地政学的にも、日本への”進出”のルート・・・
いわば朝鮮半島は日本に突きつける中国の「匕首(あいくち)」という関係である。
そのど真ん中に北朝鮮という日本の「友好国」があったら?
面白くなるのではないか?

・・・などと、一人で物思いに耽っていたら・・・・講演会は終ってしまった!(大笑)

日記 | 19:32:22 | Comments(0)
頭が働かない・・・
今日は妹のライブ・・・
お昼からなので、昨晩のうちに上京・・・(笑)
久し振りに“カジさん”にお会いして、おしゃべりをする。
一緒に食事に出かけたお店・・・
前回お会いした時に行ったお店なのだが、道順を全く覚えていない!
「え?こんなお店に来たことがありましたっけ?」(汗)
店内に入って、ようやく、前回ここに来たことを思い出す始末・・・
いやはや、なんと記憶力の悪いことか・・・・

さて、本日のライブ会場は神楽坂にあるお店・・・・
前回も行ったことがあるお店でのライブなので、何ということはない・・・簡単に行けると思ったら大間違いだった!(涙)
地下鉄の「神楽坂駅」を出て・・・・
あれ???
町並みは似てるんだけど・・・どこかおかしい・・・
こんなところにコンビニなんてあったっけ?(大汗)
あれ?・・・目印のお店が見当たらない!!
おかしい・・・
しばらくの間、道端に立ちすくんで考えていたら、ようやく思い出した!
駅が違う!!(大汗)
場所は神楽坂だが、神楽坂駅では降りてはいけないことを思い出した!
慌てて地下鉄を乗り直す・・・
おかげで開場時間ギリギリで到着する。
完璧にボケている・・・・(涙)

会場で、一人の美人が笑顔で拙者の席にやって来た!
え?・・・なに?・・・・(汗)
挨拶されたが、こんな美人さんは全然覚えが無い・・・
「あのぉ~・・・お兄さんですよね?」と言われて、やっと気がついた!
あっ!妹の知り合いだ!(大笑)
以前、何度か紹介されたのだが・・・・忘れていた!
ナンパされたかと思った拙者はマヌケである。(大笑)

今日のライブには妹家族が総出で聞きに来た。
昨日、一足先に東京に戻った甥が“アンディー”を連れてやって来た。
“アンディー”はハンガリー人の女の子で、日本に興味があって一人でやって来た28歳(?)の女性である。
半年ほど前から妹が世話をしてあげている。
話には聞いていたが、会うのは初めて・・・
と・・・すかさず・・・高校生の姪っ子が「こちらは私の伯父です。英語が話せます」と英語で言いやがった!(驚)
「え?はぁ?・・・いや・・・え~と・・・私は英語は話せません・・・・」(汗)
すかさず、甥っ子が「伯父はフィリピンに行って英語をよく話しています!英語は話せます!」(笑)
ゲゲッ!なんということを・・・・(大汗)
「へっ?・・・はぁ?・・・あ~・・・え~・・・アイキャントォ~・・・・スピーク・・・イングリッシュ!」
「あのォ~・・・ちゃんと英語を話してますけど・・・」(笑)と“アンディ”・・・・
「へっ?・・・私が?・・・英語を話してる?・・・」(大笑)
だめだ・・・支離滅裂である・・・(大笑)
頭の中は真っ白・・・・英単語が浮かんでこないんですけど・・・・(大涙)
今度、オーストラリアに行く話などをして・・・・(どうでもいい話なんだけど・・・)・・・誤魔化す。(大笑)
なにせ、彼女は、すらっとした背の高い美人さんなので・・・・
どうも、拙者は美人を前にして急性痴呆症になったようである。(大笑)

ライブでは、甥っ子が一生懸命、英語で“アンディー”に説明をしている。
ほぉ~大したもんじゃないか・・・・(嬉)

ライブ後、拙者は急ぎ帰宅せねばならない・・・・
親父に駅弁を買って帰らねば!
「それじゃね!アンディー!またねぇ~」(笑)
「はい!・・・あのぉ~・・・英語を話してますけど・・・」(笑)
「え?英語・・・話した?・・・俺が?・・・」(大笑)

どうも歳を取ったせいか、頭が働かぬ一日だった・・・・(大笑)

日記 | 19:26:07 | Comments(0)
またもやオレオレ詐欺?!
夜・・・「非通知」の電話がかかってきた・・・

「○○○(拙者の弟の名前)だけど・・・」と言う。
が・・・明らかに声が違う・・・(大笑)
で・・・何だかんだと言うのだが、用件が良くわからぬ。

この手の電話・・・そういえば、去年もかかってきたんだよな?(笑)
話の内容が殆ど同じである。

「最近、変な電話が多くてさぁ~」
「ほぉ~」
「警察に相談したら携帯の番号を変えるように言われたんだよね」
「へぇ~そうなのか・・・」
「新しい電話番号を教えるから・・・で・・・今までの電話にはかけないでよ。何かトラブルに巻き込まれるといけないから」
「おお!わかった!」(笑)
「明日の午前中、家にいる?」
「おお、いるよぉ~」(笑)
「ちょっと話したいことがあるから、明日電話するわ」
「話?話って何?今すれば?」
「いや、今、仕事中だから」
「ほぉ~・・・ところで、声がおかしいけど、どうかしたのか?」
「いやぁ、風邪をひいちゃってさぁ~」
「ほぉ~、お前、風邪ひくと、そういう声になるんだっけ?」
「・・・・」
「ちょっと聞きたいことがあるんだが・・・」
「何?」
「お前が飼っている犬の名前、言ってみな?」(笑)
・・・ガチャン!・・・プープープー・・・

ほぼ、昨年かかってきた「変な電話」と同じである。
大きく違うところは、昨年は「俺だけど」と言ってかかってきたが、今回は明らかに弟の名前を口に出しているところである。
卒業名簿か何かを見てかけてきているのか?
同居していないことを知っていてかけてくるわけだから、何かそういうデータを持っているのだろうが・・・

「明日、午前中は家にいる?」は前回と同様である。
同じマニュアルを使っているのか、同じ組織による電話なのか?
午前中に電話をしてきて「ちょっと話がある」ということは・・・・
銀行へ行ってカネをおろさせる余裕をみて・・・・ということかな?(笑)

昨日、東京から甥っ子がやってきていたので、この話をしたら・・・
「おじちゃん!ダメジャン!もっと話を引き延ばして楽しまなくっちゃ!」(大笑)・・・と言う。
あ~あ~あ~・・・
この甥っ子・・・拙者の血が結構混じっているかも・・・(大笑)

でも、拙者も、親父のふりをして、年寄りの声を出して楽しんだんだけどなぁ~(大笑)
それだけじゃダメ?(笑)

明日の午前中、電話がかかってくるのを待つというのは面倒くさいんだよねぇ~(笑)
ちょっと早まっちゃったか?(大笑)

日記 | 22:07:22 | Comments(0)
『撃沈戦記PARTⅣ』
撃沈戦記〈PART4〉 (新戦史シリーズ)撃沈戦記〈PART4〉 (新戦史シリーズ)
(1993/12)
木俣 滋郎

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第1部 第二次大戦以前

1 スペイン巡洋艦マリア・テレサ
    米西戦争、サンチャゴ海戦
    アメリカ戦艦の登場
    サンチャゴ、閉塞戦
    追撃戦
    自爆、また自爆
2 イギリス水上機母艦エンガーダイン
    ジュトランド大海戦にも
    フィリピン船に変身
    日本潜水艦伊124
    米魚雷艇の救助

第2部 第二次大戦/ヨーロッパ編

3 イタリア潜水艦ガリレオ・ガリレイ
    イタリア紅海艦隊
    潜水艦ガリレオ・ガリレイ
    初めの戦果
    有毒ガス、発生
    暗号、盗まる
4 ソ連重巡キーロフ
    抜きん出た新鋭艦
    バルバロッサ作戦発動
    ロシア版ダンケルク撤退
    ドイツ海軍の出撃
    地獄編
5 イギリス護送空母オーダシティ
    ドイツ商船ハノーバー
    防空用護衛空母の誕生
    最初の戦果
    第二回目の航海
    Uボートがぞくぞくと
    オーダシティ沈没
6 ソ連砕氷艦シビリヤコフ
    大手柄のシビリヤコフ
    東西の握手に成功
    ドイツ戦艦アドミラル・シェーア
    ノルウェエー北岸へ進出
    戦艦対砕氷艦の戦い
7 イギリス駆逐艦シークとズル
    ロンメル中将のアフリカ軍団
    英駆逐艦シークとズル
    英艦隊の到着
    作戦失敗
    空襲!
    その後のトブルク
8 ユーゴスラビア巡洋艦ダルマチア
    生き残ったドイツの軽巡
    ダルマチア拿捕される
    ニオベの活躍
    英魚雷艇、現る
9 ドイツ潜航艇ジーフント
    Uボートでもあった潜航艇
    ミニ潜水艇司令官ヘイ少将
    ジーフント出撃
    フランス護送駆逐艦ラ・コンバタント

第3部 第二次大戦/太平洋編

10 オーストラリア軽巡ホバート
    敵、重巡を発見!?
    オーストラリア軽巡ホバート
    英コリンズ代将
    鹿屋航空隊
    その後のホバート
11 オーストラリア軽巡パース
    栗田少将と重巡「最上」
    マレーから蘭印へ
    オーストラリア軽巡パース
    栗田中将、退却す
    「吹雪」の魚雷、味方に命中
    パースの沈没
12 日本重巡「三隈」
    僚艦を守って身代わりとなる
    米潜水艦タンバー
    衝突、置き去り
    米海兵隊機の体当たり
    米空母機の追撃
13 日本戦艦「比叡」と駆逐艦「夕立」
    第三次ソロモン海戦
    三式弾
    先頭をゆく駆逐艦隊
    米巡洋艦隊の登場
    「比叡」先頭となってしまう
    至近距離でのなぐりあい
    初弾命中!
    乱戦
    「比叡」の最後
14 米重巡ソルトレーク・シティ
    陸軍輸送船あかがね丸
    細萱中将と霧の北方水域
    マクモリス少将と重巡
    砲撃開始
    ソルトレーク被弾
15 日本救難曳船「長浦」
    米第58機動部隊、トラック島を空襲
    ラバウルより引き揚げ
    整備員らの撤退
    米第23水雷戦隊
    あわれ「長浦」
16 アメリカ空母サラトガ(Ⅰ)
    空母への変身
    ウェーク島を目指して
    サラトガが雷撃さる
    第二次ソロモン海戦
    二度目の雷撃を受ける
    英米空母の協動作戦
    スマトラ油田を爆撃
17 アメリカ空母サラトガ(Ⅱ)
    硫黄島へ米軍上陸
    サラトガ硫黄島へ
    大破、炎上するサラトガ
    原爆実験の標的に
18 日本重巡「熊野」
    歴戦のあとに
    米軍機の反跳爆撃
    レイテ湾海戦に取り残されて
    マタ31船団を守って
    敵潜水艦の攻撃に生き残る
    米空母機により沈没
19 ソ連潜水艦 L19
    日本海に米潜侵入
    敷設成功す
    ソ連太平洋艦隊
    日本人の樺太脱出行
    2隻沈没、1隻大破

第4部 第二次大戦以後

20 アメリカ情報収集艦リバティ
    貨物船の大量生産
    空母アメリカ
    イスラエル魚雷艇ターマス
    リバティの運命
    「作戦中止。引き返せ!」
21 南ベトナム砲艦ヌータオ
    南ベトナム海軍
    中国・海南クラス快速砲艇
    上陸開始!
    海戦はじまる
    追撃戦にうつる
22 アメリカ・コンテナ船マヤゲス
    コンテナ船捕らわる
    カンボジア魚雷艇
    緊急無電
    米空母コーラル・シー
    駆逐艦ホルト、マヤゲスを救出


本書は、あまり“有名”ではない艦船の話が多い。
私にとっては・・・・であるが・・・
どちらかというと知る人ぞ知る・・・の部類ではあるまいか?
マニアックとも言えるかも・・・

しかし、著名な戦艦『大和』とかの話に飽きてきた人には、いい本だと思う。
なかなか面白い。

それにしても、よくこういう話を知っているよなぁ~・・・著者はすごいなぁと感心・・・
いい本である。


今年の読書:25冊目



読書 | 22:48:22 | Comments(0)
寝不足!(涙)
夕食を食べ・・・・おしゃべりをして・・・・床につく・・・・
和室に敷いた布団に、会長、拙者、“マツナガさん”の順で“川の字”に並んで寝る。

で・・・・真夜中・・・・
いきなり腹を殴られた!(驚)
それも3発!
しっかりと拙者のみぞおちに、パンチ!
ゲッ!(痛)
「どうしたんですか!マツナガさん!」
「え?・・・・あ・・・・いや・・・・・」
「どうしたんですか?」
「いやぁ~いつも一人で寝てるから・・・・隣に何があるのかと思ってさぁ~・・・あ・・・・・すまん・・・あんただったか・・・」
「・・・・・・」(唖然)

まぁ、仕方がないか・・・・90歳を遥かに超しちゃっている人だし・・・・(苦笑)

ウトウト寝始めたところに、今度はゴソゴソと物音が・・・・
ん?・・・・なんだ?
ふと見ると、真っ暗な部屋の中を四つんばいで移動する物体が・・・・
で・・・押入れの襖を開けて、中に入り、ガリガリと引っかき始めた・・・(唖然)
「あれ?マツナガさん?・・・・トイレに行くんですか?」
「あ・・・そうなんだけどさぁ~・・・・おかしいんだよな・・・・」
「そこは押入れですけど・・・・」(苦笑)
四つんばいだったので、スッポリと押入れに入ってしまったらしい。(笑)
で・・・・出口を探すが、中は壁だけ・・・・(大笑)
そこでガリガリと引っかいていたらしい。
“マツナガさん”は箱に閉じ込められたカブトムシみたいになっていた・・・・(大笑)
押入れから引っ張り出して・・・・(苦笑)・・・・トイレに連れて行く・・・・・

で・・・・また、寝始めてまもなく・・・・
今度は“マエダ”会長が「ギャァ!」と叫び声をあげたので目が覚めてしまった。
何事かと思ったら、“マツナガさん”がまたトイレに行ったらしいが、布団を間違えて会長の布団にもぐりこんだらしい・・・
そりゃ叫び声を上げるわなぁ~(大笑)
叫び声に驚いた“マツナガさん”・・・・今度は拙者の布団にもぐりこんできた!(苦笑)
「マツナガさぁ~ん・・・これは僕の布団で~す!マツナガさんのは隣り!」(苦笑)
「おお・・・そうか・・・いや、すまん、すまん・・・・」

いやぁ~もうダメだ・・・・
可笑しくて可笑しくて笑いが止まらない・・・(大笑)
参ったなぁ~・・・これ・・・・
眠れない!!(笑)

迷惑というより、可笑しくてどうしようもない・・・・
“マツナガさん”は・・・・たしか94歳だと思うが・・・・
多分、この慰霊祭に参加するのも今回が最後になるかもしれない・・・・
こうやって枕を並べて寝るのも、今回が最後かも・・・・
この“事件”も、あとになって、いい思い出になるんだろうなぁ~
寂しくなるなぁ~
そう思ったら、今度は泣けてきて、ますます眠れなくなってしまった・・・・

当然、翌朝は寝不足である・・・・(大笑)

“マツナガさん”を送り出し・・・・
会長と会務の打ち合わせ、会計の処理などをしてから帰途につく・・・・

眠い・・・眠いが・・・・これも、いい思い出になるだろう・・・・

日記 | 21:08:43 | Comments(0)
比島観音例大祭に行く
今日は愛知県の三ヶ根山で開催される「比島観音例大祭」に参列する。
昨年は、靖国神社で執り行われた「軍馬・軍鳩・軍犬の合同慰霊祭」のほうに参列したので例大祭は欠席した。
今年は、例大祭に引き続き、我が戦友会の「碑前祭」を行なうことになっているので、事務局長としては、絶対参列しなくてはならない・・・・
こちらの例大祭も、靖国神社の軍馬のほうも、どちらも4月の第一日曜日に開催となっているので、なんとも困ったものだが・・・・
今年は例大祭を優先、軍馬のほうは欠席させていただいた。

いつものように前日に豊橋駅前のホテルに前泊する。

2年ぶりの参列なのだが、いつもはどういう行動パターンだったのか、すっかり忘れているのだから情けない・・・・(涙)
かなりボケちゃったなぁ~(笑)

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何時に駅に行けばよかったのか・・・(汗)
すっかり忘れている・・・・
とりあえず、9時過ぎにJR三ヶ根駅に到着。

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駅の西口出口わきにある「コミュニティホーム」の建物の中でコーヒーを飲んで時間を潰す。(笑)
ここでコーヒーを飲むことにしているということは覚えているんだよなぁ~(大笑)
ここはただの売店だと思っていたのだが、「コミュニティホーム」という名称なのだそうだ。(笑)

以前は、大型観光バスで三ヶ根山頂の慰霊場までピストン輸送していたが・・・
ついに参加者が激減し・・・・今年は、マイクロバスである。(笑)

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マイクロバスになったにもかかわらず、それでも満席にならないのだから、参加者がかなり減ったといえる。
遺族の方々、生還者、関係者の皆様もご高齢になったということか・・・・
もう電車に乗ってやってくる“元気な”方々も少なくなったようである。

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(霊場の駐車場から観た三河湾)

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10時45分、会場に到着・・・
2年ぶりにやってきたせいか、数人から「お久しぶりです!お元気でしたか?」と声をかけられる。
が・・・いつものごとく・・・・誰なのか思い出せない・・・・(大涙)

式典の前に、歌や踊りの奉納が行なわれるのだが・・・・
会場はガラ~ン・・・・
ほとんど人がいない・・・・

山頂は寒いし風も強い・・・
天候も崩れ、一時であったが、いきなりザーッと雹が降ったのには驚いた!(唖然)
今回は、コートを着ていてもガタガタ震えるくらい寒い・・・・
毎度のことなのだが、この時期はいつも天候が不安定なのである。
強風が吹いたり、豪雨だったり・・・・
一体、誰が4月の第一日曜日って決めたんだろう?(笑)
第二日曜日にしてくれれば、少しはマシだと思うのだが・・・・
寒さに強風が加わり、体感温度はかなり低い・・・
いやぁ~参った・・・・
これじゃ、高齢者は、もう今年で行くのはやめようと思うだろうなぁ~
来年が不安である。

式典が始まっても、さほどの人数はいない。
一般焼香になって、多少増えたか?
出たり入ったりで、多分、延べ人数で200名程度ではなかろうかという気がするが・・・・

例大祭の式典が終って、引き続き、我等の「碑前祭」を開催する。
短時間でセッティングしなくてはならないので、大忙しである。
参加者は拙者を含めて7名ほどである。
減りに減ったり我が戦友会・・・・(涙)

今回、偶然にも我が部隊のご遺族の方が見えられていた。
会員ではないのだが、これも何かの縁ということで飛び入りで参列していただく。
一人でも参加者が増えて大助かりである。(喜)
会にも入会してくださるというので、嬉しいことこのうえなし・・・・

今回、戦友として唯一の参加者である“マツナガさん”が現地に泊まりたいというので、三ヶ根山にあるホテルに宿泊を予約・・・・・
今回の「碑前祭」に宿泊希望者が誰もいなければ、そのまま帰宅するつもりでいたが・・・・
一人でも宿泊希望者がいるのでは、立場上、拙者も宿泊せざるを得ない・・・・(涙)
というわけで・・・会長と拙者が付き合って3人で宿泊することとなる。

日記 | 14:37:05 | Comments(0)
『決戦特殊潜航艇』
決戦特殊潜航艇 (文庫版航空戦史シリーズ (47))決戦特殊潜航艇 (文庫版航空戦史シリーズ (47))
(1984/09)
佐々木 半九、今和泉 喜次郎 他

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まえがき

第1章 特殊潜航艇

1 特潜故国に帰る
    特潜引き揚げられる
    特潜故国に帰る
    艇員二人の姿はない
    九軍神の慰霊祭
2 特潜の誕生
    特潜の着想
    新兵器の試作実験
    搭乗員の養成訓練
3 特別攻撃隊の発想
    海軍の対米戦回避
    真珠湾奇襲攻撃の着想
    特潜の真珠湾奇襲参加の発想
    真珠湾奇襲攻撃の決定
4 編制なる
    特別訓令工事の実施
    特潜を搭載
    連合訓練と臨戦準備
    特別攻撃隊を編制
5 作戦計画
    収容計画に意見なし
    作戦打ち合わせ
    特別攻撃隊作戦計画
    出撃の前夜
    艇員の人命保護に配慮
6 祖国よ、さらば
    特潜を抱いて
    一路真珠湾へ
    新高山登れ

第2章 真珠湾攻撃

1 特潜発進す
    最後の発進準備
    松尾中尉のすわり込み
    最後の会食
    特潜艇員乗艇す
    来たり見たり勝てり
    発進用意よし
    真珠湾口の監視
2 かく戦えり
    当時かく判断した
    特潜の奮戦
    特潜の戦果
    真珠湾特攻作戦の教訓
    伊六九潜の苦闘と中岡司令
3 ついに帰らず
    収容地点へ急ぐ
    子の帰りを待つ母親
    勇士ついに帰らず
    九軍神になった事情
4 勇士の面影
    余栄
    散る若桜
    特潜艇員の墓
5 基地へ
    ハワイをあとにして
    ジョンストン島の砲撃
    クェゼリン基地へ急ぐ
    基地の年末年始
6 再びハワイへ
    航空母艦発見追尾
    ハワイ諸島の監視
    フレンチフリゲート礁の偵察
    ミッドウェイ島の偵察および砲撃
    横須賀帰着
7 研究会と戦況報告
    潜水艦作戦研究会
    軍令部へ戦況報告
    連合艦隊司令部へ戦況報告
    拝謁仰せつけられる

第3章 針路を南へ

1 豪州戦争記念館
    シドニー特攻隊の戦跡をたずねて
    血染めの千人針
    豪州連邦戦争記念館について
2 第二次特潜計画
    第二次攻撃の可否論議
    兵器の改善と訓練
    第二次特潜攻撃の方針
    東方先遣支隊攻撃実施要領
3 再び征途に
    長官訓示
    ドーリットル東京空襲
    トラック基地にて
4 飛行偵察
    人の運命
    ヌーメア偵察と交通破壊戦
    スパおよびオークランド飛行偵察
    ブリスベーンおとびシドニー偵察

第4章 シドニー攻撃

1 攻撃計画
    攻撃の決定
    飛行偵察
    シドニー特潜攻撃実施要領
    特潜発進す
2 戦いの跡
    シドニー特攻の発表
    シドニー軍港の防備
    特潜の苦闘
3 特潜再び帰らず
    勇士再び帰らず
    シドニー攻撃の戦果と教訓
4 忠魂よ永遠なれ
    九軍神に続く忠魂
    オーストラリア海軍の善意
    勇士の面影
5 シドニー攻撃後
    交通破壊戦
    要地砲撃
    戦いを終えて

第5章 ディエゴスワレス攻撃

1 勇躍出撃
    期待をになう新作戦
    味方の砲撃を受ける
2 インド洋へ
    油断大敵、筒に漏水
    敵船を捕らえる
3 荒波に苦しむ
    三艦故障の大打撃
    攻撃地点決定す
4 満月下の発進
    目標眼前、緊張高まる
    二勇士、沈着な発進
    筒ついに帰らず
5 輝く武勲
    待望の快報
    戦果を確認
    英戦史に残る勇士の最期

第6章 その後の特殊潜航艇

1 ガダルカナル
    輸送強化で打ち切り
2 フィリピン
    作戦に至るまで
    行動海域、行動要領
    当時の甲標的と隊の編制
    攻撃方法
    敵哨戒状況と気象
    戦果と被害の概要
    基地での整備、休養
    忘れ得ぬ回想
3 最後の奮戦、沖縄
    蛟竜隊の死闘

第7章 松村艦長と醍醐長官

1 松村艦長の思い出
    松村艦長と私
    敵飛行機と一騎打ち
    九死に一生
    魚雷が出ない
    敵輸送船から反撃
    その他のこと
2 醍醐長官の面影
    醍醐長官と潜水艦
    醍醐長官と終戦
    醍醐長官の最後

特殊潜航艇とは何であったのか
(多賀一史)



シドニー行きの事前勉強第4弾!(大笑)
もう、こうなると“特殊潜航艇漬け”状態である・・・(大笑)

本書の著者2名は、どちらも特殊潜航艇を送り出した当事者たちである。
佐々木半九さんは、真珠湾やシドニー湾の特殊潜航艇による攻撃の指揮官。
今和泉喜次郎さんは、潜水隊司令を歴任された方である。

というわけで・・・特殊潜航艇や潜水艦の作戦について、かなり詳しく書かれている。

佐々木さんは昭和45年に、今和泉さんは昭和58年にお亡くなりになっている。
貴重な記録を残していただき感謝である。



今年の読書:24冊目



読書 | 23:19:56 | Comments(0)

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