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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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雪の告別式
今日は“ウメちゃん”のお父さんの告別式である。
外は・・・真っ白!(涙)

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(拙者の部屋から見た外の景色・・・)

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(玄関から外に出たら・・・ゲゲッ!)

あ~あ~・・・こりゃ参ったなぁ~(大汗)
昨日以上にヒドイ状況である。(大笑)

午後1時から告別式である。
こうなったら、坂道の下に車を乗り捨てて、長靴を履いて徒歩で葬祭場まで上るしかないか・・・(大汗)
と・・・思っていたら、今日も“アライちゃん”が一緒に行こうと誘ってくれた!
今日は“アライちゃん”の車で向かうこととなる。
いやぁ~なんて拙者はラッキーなんだろう。(笑)

葬祭場へ向う坂道・・・昨日より更に雪が積もっているような気がするが・・・
それよりも・・・あと1時間後に、この先で告別式があるんですけど!
どうして除雪が出来ていないんだ?(怒)
ブルドーザーが1台・・・モタモタと除雪をしていたが、葬祭場までの道のりの1/3も除雪が出来ていない。

このブルドーザーを避けたために・・・雪にはまってしまった!!
“アライちゃん”の車のタイヤがスリップして空転する・・・・(大汗)
あ~あ~あ~やっちゃった!(大涙)
今日は運転手の“アライちゃん”と同乗者の拙者のみ・・・
ということは・・・車を押すのは、自然と拙者の役割ということになる・・・(涙)
「楽チン!楽チン!ラッキー!」などと浮かれているわけにはいかなくなった。
拙者は礼服姿なんですけど・・・(涙)
多少、泥だらけになってもやむを得ない・・・車を押す・・・
それにしても、除雪作業をしている人・・・シラ~ッと見ているだけで手を貸してくれない。(怒!)
葬式に向う人だってことは、この服装を見りゃわかると思うのだが・・・
てめぇらが除雪をサッサとしないから、こういうことになったんだぞ!!(怒)

ようやくアイスバーンから抜け出して、駐車場へ・・・
で・・・唖然!!!
駐車場は雪で真っ白!
昨晩の通夜式に来た人が置いていった車だろう・・・1台だけが雪に埋もれているだけ・・・
ありゃりゃ・・・どこに車を駐車しようか?(笑)
ズブズブと雪の中に車を突っ込み駐車する。
次に来た車が雪の深いところにはまってスリップして、ついにニッチもサッチもいかなくなってしまったようである。
もう、こうなったら、どうなってもいいや・・・
さっき“アライちゃん”の車を押したついでである。
この人の車も押してあげる。
う~ん・・・拙者は車を押すために、ここに来たのか?
あ~あ~、こうなるなら長靴を持ってくればよかった・・・

葬祭場の前も雪が積もったまま・・・殆ど足跡もない・・・真っ白・・・
あのぉ~・・・1時間後には告別式なんですけど・・・
職員は雪かきをしなかったのか?(唖然)
この葬祭場は市営なんですけど・・・市役所は何をやっているんだ!(怒)

まもなく“ウオちゃん”から電話が・・・
坂の途中で、先頭を走っていた車がスリップして立ち往生してしまい、大渋滞となり動かないという。(汗)
あらら・・・下のほうでは、とんでもねぇことになっているようである。
早めに上ってきて正解だった。(喜)
俺達もスリップして一瞬、立ち往生しちゃったけど・・・(笑)

この“大雪”の中、続々と参列者が集まってきた。
昨晩の通夜式と同じくらい集まったような気がする。
まもなく開式の時間・・・
あれ?
“ウメちゃん”たち遺族の姿が見当たらないんですけど・・・(汗)
そこに館内放送・・・
まだ火葬場から戻ってこないということで・・・(唖然!)
開式は遅れるとのこと・・・あらら・・・

30分ほど遅れてご遺族のみなさんが戻ってきた・・・
ご遺骨を抱いた“ウメちゃん”が式場の後ろから入って来た・・・
すでに式場内には参列者が着座して待っている。
その真ん中を通過して祭壇へ・・・
いやはや、異例の珍事である。
もう“ウメちゃん”の頭の中はメチャクチャに混乱しているだろうなぁ~(笑)
こりゃ、思い出に残る告別式になっちゃったね・・・と周囲の人達が言う。
確かに・・・拙者もそう思う・・・
お亡くなりになったお父さんの演出か?(笑)

告別式の開始は遅くなったが、その後は滞りなく式典が進み、無事に終了。

式後、“ウメちゃん”と話をしたが・・・
なんと!
葬儀社のマイクロバスがノーマルタイヤだったため、スリップしてなかなか動かず親類が集まるのが遅れたという。
あのね・・・この雪の中をノーマルタイヤで走るってどういうこと?(唖然)
さらに、火葬場の職員が雪の中で遅刻・・・
これでは告別式に間に合わなくなるから、順序を逆にして告別式の後に荼毘に付したら・・・と言ったら拒否されたという。(笑)
で・・・火葬を終えて式場へ向おうと思ったら、今度は出口に車が止まっていて出られなかったようで・・・
もう踏んだり蹴ったりだったそうである。
火葬場と葬祭場は目と鼻の先なんだけど・・・結局、大幅に遅れてしまったという。
みんなを待たせてしまい申し訳ない・・・と恐縮しきり。
いやはや、大変な思いをしたようである。

でも、無事に告別式を終えることが出来て本当に良かった。

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日記 | 14:02:55 | Comments(0)
『わが戦車隊ルソンに消えるとも』
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わが戦車隊ルソンに消えるとも
獅子奮迅の活躍をみせた若き戦車兵の熱血戦記
(戦車第7連隊員・砂川恒雄)

  1 胸をうつ母の涙
  2 鬼軍曹との出会い
  3 そこは最前線だった
  4 不吉な毒ヘビ事件
  5 出撃の日きたる!
  6 強敵M4との対決
  7 2人だけの先兵中隊
  8 よみがえった死者
  9 われに突撃あるのみ
 10 重見旅団壊滅す!
 11 たった5名の敗走兵
 12 不運の斬り込み隊編入
 13 生きる道は脱出作戦
 14 抹殺された日本軍主力
 15 暗雲下のベンゲット
 16 ゲリラと激突
 17 あわれ班長の死
 18 米を食す兵もなし
 19 異郷の日本原始人
 20 意外なる真相
 21 無言の行進かなし

あゝ特攻戦車挺身隊
戦車第5連隊始末記/少年戦車兵の青春記録
(戦車第5連隊員・水野 孝)

  1 涙でかすむ校門を後に
  2 兵長どの誕生す
  3 出陣の日はきたる
  4 国境をこえると満州だ
  5 戦車第5連隊へ
  6 豆タンの誇りと悲しみ
  7 血のにじむ猛演習の中で
  8 鋼鉄もこおる酷寒に
  9 唯一の敵は満州ボケ
 10 悲報、南方よりきたる
 11 若き助教殿のなげき
 12 無敵関東軍すでになし
 13 決戦の日に咲くさくら
 14 本土防衛の鉄壁
 15 敵は房総か相模湾か
 16 炎の中の緊急脱出
 17 新鋭戦車が登場する日
 18 怒りくるった愛車
 19 あゝ最後の雨中行進

堅陣「ジットラ・ライン」奇蹟の突破行
不落といわれた英軍の防御線を突破する電撃部隊の軌跡
(捜索第5連隊第2中隊長・内海庄三)

  1 連隊長は“信長”流
  2 とんだ先陣あらそい
  3 上陸地点はいずこ?
  4 目的地はマレーだ!
  5 静かなり上陸前夜
  6 暁闇の前進命令
  7 タイ国兵からの第一弾
  8 “大本営が震えた日”
  9 裸と鉄の血闘
 10 辻参謀、最前線をゆく
 11 前面の堅陣ジットラ
 12 実現した待望の縦隊
 13 敵陣をぬく長槍
 14 火と硝煙のあらし
 15 佐伯挺進隊長の決断
 16 第1中隊の危機
 17 連隊長の死の突撃
 18 ジットラ陥落のとき

勇猛「佐伯挺進隊」マレー戦記
英国の誇る東洋の牙城シンガポール突入戦秘話
(捜索第5連隊第2中隊長・内海庄三)

  1 敵は灼熱の空から
  2 高熱連隊長ふんばる
  3 ヤセがまんか意地か
  4 辻参謀のウィスキー
  5 九州男子の肝っ玉
  6 袋のなかの大ネズミ
  7 ぶきみな夜中渡河
  8 “黒人部隊”がゆく
  9 戦争とはクサイもの
 10 頭上にふる要塞砲弾
 11 大いそがし“直参旗本”
 12 豪華なる“弾丸よけ”
 13 山下軍司令官きたる
 14 オンボロ兵士たちの感涙

少年戦車兵泣き笑い虜囚記
フィリピン決戦場の主兵たち/機甲部隊終戦絵図
(津守独立戦車中隊員・弓井崇弘)

  1 飢えたるものの集団怪死
  2 独立戦車隊の悪夢の一夜
  3 待望の海で見た米飛行艇
  4 ポロ岬捕虜収容所にて
  5 PWに抗してパンツ一つ
  6 PXという名の宝の山で
  7 苦肉のビール作戦成功
  8 元戦車兵のジープ操縦術
  9 脱線した地獄への超特急
 10 赤鬼所長の目にも涙あり

解説
高野 弘 (雑誌「丸」編集長)



本書は、元戦車兵によって書かれた5編の体験記を載せている。
その中で、表題にもなっている体験記を書いているのが、我が戦友会の会員である砂川さん。
この間、お宅を訪問させていただき、いろいろとお話を聞かせていただいたが・・・
まさかこのような体験記を書いていたとは知らなかった。(笑)
偶然、ネットで見つけたので購入して読んでみた。

砂川さんが所属していた戦車第7連隊は、フィリピンのルソン島、サンマヌエルで旅団長、連隊長が共に戦死して壊滅している。
人の運命とは本当に不思議だと、つくづく思う・・・
この間、砂川さんにお会いした時は、往年の少年戦車兵も、齢89歳・・・
記憶もかなり曖昧になっておられた・・・(大笑)
本書に掲載されている体験記は昭和46年に雑誌『丸』に掲載されたものである。
昭和46年ということは・・・終戦後26年経った時点だから、まだ記憶も鮮明な頃に書かれたものである。
米軍のM4シャーマン戦車との対決などは、詳しく書かれていて面白い。
この戦闘があった現場近くにも昨年、実際に行っているので、なおさらである。

ちなみに・・・他の体験記であるが・・・
「捜索第5連隊」の「捜索」とは、昔の「騎兵」のことである。
馬に乗って騎馬戦を戦っていたが、その後、機械化され、装甲車または軽戦車、およびトラックが主体の編成となった。
いわゆる「機械化」されたわけである。
私の祖父は「捜索連隊」の連隊長だったが、何で「捜索」という名称になったのかを生前尋ねるのをわすれたので、その理由は知らない・・・(笑)
とにかくその機動力を生かして、奇襲をかけたり、敵の後方を撹乱して本隊の進出まで粘るのが任務だったような気がする。
大戦末期になると、現実には、なかなかそういう使い方をされなかったようだが・・・
緒戦では、この捜索第5連隊のように、機動力をフルに生かしてマレー半島を縦断しシンガポールに進撃した部隊もあったのである。
今年の6月に、私はこのマレー進撃の足跡を辿る旅に行く予定なので、この記事は大いに参考になった。

「津守独立戦車中隊」は知る人ぞ知る・・・という部隊なので、この体験記はかなり貴重であると思う。
これもまた、大いに勉強になった。



今年の読書:10冊目



読書 | 02:34:29 | Comments(0)