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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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外国人兵士の墓
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外国人兵士の墓

第一次世界大戦の青島戦で日本軍の捕虜となり、本市や青野ヶ原廠舎に抑留中、病気のため陸軍病院に入院。
不幸にして病歿した6兵士のうち、3名は他の捕虜たちに抱かれて帰国したが、残った下記3兵士の遺骨は引取人無きため、ここに祀ってその霊をなぐさむ

海軍二等水兵 Janos Vita(ヤノス・ヴィータ)
(大正5年5月25日歿、ハンガリー国ホルトマロス出身)

海軍二等水兵 Theophill Gomolka(テーオフィル・ゴモルカ)
(大正5年6月17日歿、オーストリア国ガリシヤのピールヒャウ出身)

海軍一等水兵 Anton Jellovcic(アントン・イエロフチッチ)
(大正8年9月9日歿、オーストリア国スブルダ出身)

(高知大学名誉教授 瀬戸武彦『独軍俘虜概要』より)

(説明板より)



兵庫県姫路市・名古山霊苑内の陸軍墓地



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史跡 | 17:27:12 | Comments(0)
歩兵第39連隊兵営の跡
『兵ども乃 あゝ三九 庭の跡』碑

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歩兵第39連隊は日清戦争後姫路に創設せられ第二次大戦の終るまで姫路城内に屯し文武両道を練磨すること五十有余年平時は國家の中堅となり出でては北満より南洋に至るまで勇躍國難に当たり赫々たる偉勲を樹つ
我等戦友は関連諸部隊と相計り往年の面影を偲び茲元営内跡に記念碑を建て血染の軍旗の一部を地下に浄めて永へに顕彰せんとす

昭和51年11月
姫路 三九会

(碑文より)



兵庫県姫路市本町・兵庫県姫路聴覚特別支援学校脇の公園



史跡 | 16:55:30 | Comments(0)
“シミズくん”と合流!
今日は、姫路を“観光”してから帰宅しようかと思っていたが・・・
“シミズくん”が、ちょうど東京に来ているという。
で・・・帰りの特急で一緒に帰りませんか?・・・というお誘いがあった。
普通なら、折角、旅に出たのだから日が暮れるまで観光をして最終の特急で帰るところだが・・・
親父の夕食用の駅弁を買って、夕食時間までには帰宅しなくてはならない。
どうせ早く帰らなければならないんだから・・・“シミズくん”と上野駅で合流することにした。(笑)

で・・・時間を逆算してみると、午前中、少しは時間に余裕がありそうである。(喜)

ということで・・・1ヶ所・・・行く事にした・・・
場所は・・・自衛隊の駐屯地・・・(笑)
姫路に来ていながら、姫路城を見に行かないという“観光客”は拙者だけかも・・・(大笑)

駅前でタクシーに乗り込む・・・
「運転手さん!ちょっと変なことを言いますけど・・・姫路の陸上自衛隊の駐屯地の周りをぐるっと回って、姫路駅に戻ってくれますか?」(笑)
「はぁ?自衛隊の周囲を回る?」
「なんか、怪しいことを言って申し訳ないんですけどね・・・」(笑)

この自衛隊の駐屯地・・・
拙者の祖父の部隊・・・騎兵第10連隊があった場所なのである。(笑)
祖父は満州に駐屯していた部隊に連隊長として赴任したから、この場所に来たことはなかっただろうと思うけど・・・(笑)
赴任する前に立ち寄ったかな?(笑)
たしか、ここには騎兵と野砲兵部隊が隣接して駐屯していたと思う。
その跡地が、自衛隊の駐屯地と小学校と中学校の敷地となっているはずなのだ。
そこを見てみたい・・・それだけの話・・・(大笑)

かなり昔・・・拙者が子供の頃、学校の敷地で祖父の部隊の慰霊祭が行なわれていたと思うのだが・・・
祖父のアルバムに慰霊祭の写真があった記憶がある・・・
もし、慰霊碑か何かがあれば、写真を撮ろうと思ったのだが、車窓からでは、わからず仕舞い・・・

駐屯地前に差し掛かったら「自衛隊の方に尋ねてみてはどうですか?」と運転手さん・・・
たしかに、それはそうなのだが・・・
何だかんだで時間を潰すことになったら、東京へ戻る時間に間に合わなくなる。
駐屯地内に「連隊跡」の碑があることは知っている。
立ち入りの許可は事前に取ったほうが話がスムーズであろう。
今回は“下見”・・・どんな場所なのかだけわかればいい。(笑)
後日、余裕を持って訪問しようと思う。

姫路駅に向って戻る途中、運転手さんとの会話の中で「このあたりに昔は歩兵連隊があったんですよねぇ~」と言う。
と・・・公園の一角に石碑を発見!(狂喜!)
タクシーを停めて写真を撮りに行く!(笑)

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建っていたのは「歩兵第39連隊」の“兵営跡地記念碑”であった。

歩兵第39連隊長は永吉さん。
第10師団は満州から移動して台湾警備の任に就き、そこからフィリピンへ送られたが、マニラに到着してすぐに、一部がレイテ島に送られることとなった。
すでに、この時にはレイテ島には米軍が上陸していたので、そこを後ろから襲うという「逆上陸部隊」として派遣されることになったのである。
この「逆上陸部隊」として、この歩兵第39連隊を主力とする「永吉支隊」というのが編成された。
我が祖父の部隊も、この「逆上陸部隊」となった。
祖父の記憶では、祖父の部隊は「永吉支隊」に配属されたというが、永吉支隊長の記録では、祖父の部隊は含んでいないことになっている。
多分、複数の輸送艦に乗って同時に行くが、上陸地点が違うため別部隊という扱いだったのではなかろうか?
この時、永吉連隊長は「逆上陸なぞやったことがないので訓練をしてから出撃したい」と方面軍参謀に逆上陸の指導をしてくれるよう要請したらしい。
それから毎日、訓練をするのだが、方面軍司令部からは「もう、訓練はいい加減にして早く行け」と催促されたらしい。
「逆上陸」と言ったって、やったことがないんじゃ話しにならないと思うのだが・・・
上級司令部は「とにかく、なんでもいいから行け!」という態度だったらしい。
だからエリートと呼ばれる連中は困った存在なのだ。
机上で駒を動かして「戦争ごっこ」をしているとしか思えない。
彼らエリートが日本を敗戦に導いてしまったのではあるまいか?
訓練も途中で強引に出撃が決まり、出撃する日の朝・・・
米空母の艦載機によるマニラ大空襲・・・
幸い艦船の被害は大きくはなかったが、近くに敵の機動部隊がいるのは明らかとなった。
そんなところで、出撃などしたら、輸送艦部隊が途中で攻撃を受けるのは明白・・・・
護衛の駆逐艦も犠牲になる。
貴重な軍艦を輸送艦の護衛のために失いたくはないと海軍が護衛を拒否したため、歩兵39連隊を主力とする「永吉支隊」と拙者の祖父の部隊の出撃が取りやめとなった。
で・・・永吉支隊はバターン半島へ回され、そこで戦って終戦を迎えた・・・・
拙者の祖父の部隊は、ルソン島北部の山岳地帯へ回され、そこで戦って終戦を迎えた・・・
歩兵第39連隊の永吉連隊長が「訓練をシッカリやってからでなければ出撃しない」と上級司令部に対し頑強に抵抗したため、無駄死にしないで済んだのである。
おかげで拙者の祖父の運命も変ったわけで・・・
この時に方面軍司令部の言いなりになって出撃していたら、途中の海で沈められた可能性が高い。
多分、祖父は海の藻屑となっていただろうし、そうなると、拙者はこの世には生まれてこなかっただろう。
なにせ、戦後、お互いの父親同士がバッタリ食堂で会ったのがきっかけで、拙者の親は見合いをして結婚したんだから・・・(大笑)
父親同士の出会いがなければ、当然結婚していないわけだし、そうなると、拙者は生まれてこなかったわけである。(冷汗!)
仮にうまく敵前上陸したとしても、あのレイテ島である・・・玉砕した可能性は高い・・・
ある意味、永吉連隊長の“ねばり”に感謝しなくてはなるまい。

その歩兵第39連隊の兵営があったのは、この場所だったのか・・・
う~ん・・・感無量である。

ついでに「陸軍墓地というのが近くにありますよ」と運転手さん。
駅からそれほど離れていないと言うので、そこにも立ち寄ってみることにした。(笑)
大きな霊園の一角に「陸軍墓地」があった。

243_convert_20140107232538.jpg(陸軍墓地)

ここには明治の戊辰戦争からの戦没者や日清・日露からの第10師団の戦没者が祀られ、さらには戦後になって殉職自衛官も祀られて、その数は11万1500余柱だという。

ここには、第一次世界大戦で捕虜として日本にいたときに病死した外国人兵士の墓もある。

241_convert_20140107233304.jpg(外国人兵士の墓)

時刻は11時・・・
もうそろそろ東京に向わねばならない時間となったので姫路駅に向う。

で・・・運転手さんとオシャベリしていたら、またもや驚いたことに、拙者ガ住んでいる日立を知っているという。
昔、若い頃にトレーラーの運転手をしていたそうで・・・
姫路から日立まで、よく荷物を運んだので、良く知っているというのだ・・・(唖然)
当時は高速道路がなかったので、片道、3日もかかったという。
あらら・・・
それにしても、今回は、やたら、何かしら縁のあるタクシーの運転手さんばかりに会ってしまった・・・
なんだろ・・・これ・・・(大笑)

駅の構内の食堂で、急いで昼食を食べ、新幹線に乗り東京へ・・・
上野駅で無事に“シミズくん”と合流!
いつもの上野駅構内の喫茶で、コーヒーを飲みながらオシャベリ・・・
で・・・車内でもオシャベリ・・・(大笑)

今回の旅は、思ったより盛りだくさんになって面白かった・・・
満足、満足・・・皆さんに感謝、感謝・・・・

旅行 | 15:08:05 | Comments(0)