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■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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腹が立つ!二連発!(怒)
今日は恒例の近所の公園の雑草刈り・・・
まぁ、一度関わってしまったからには、やらざるを得まい・・・(大笑)

いつものように作業が終わって・・・ふと思った・・・
この公園には花がない・・・(笑)
ここに花を植えたらどうだろうか?

拙者の玄関前にはマリーゴールドの花が満開である。
毎年、種が落ち、次々と増えている。
さすがにギッシリとなっているので、間引きがてら、この公園に植え替えてみてはどうだろうか?
あとは、上手く種が落ちて来年も芽が出てくれれば、何もしなくても、どんどん増えていくのではないか?

この公園の“管理”は、近所に住む拙者の中学時代の同級生が市役所から委託を受けてやっている。
で・・・彼にこのアイディアを話したら・・・・
「やるなら自分で責任を持って管理してくれ」と言う。
彼は昔から愛想のない男で、町内で会った時に挨拶しても顎をチョイとしゃくるような奴である。
同級生なら普通は「よぉ!」となるんだろうが・・・彼は声を出すのがもったいないと思っているらしい。
顎で返事をするのである。
彼が口をきくときは頼み事をする時と、要件を伝える時だけである・・・しかも無表情で・・・

「枝とか伸びると困るから・・・」と言う。
「あのね、花だよ!花!枝なんか伸びねぇだろ。俺の庭にある花をこっちに植え替えてみたらどうかって言ってるんだけど。俺が無料で提供するからカネはかからねぇんだけど・・・どうよ?」
「管理するならいいけど、責任もって・・・それならやってくれてもいいけど・・・」
「管理っていうほどのものは必要ねぇだろ?枯れればそのままにしておいて、種が落ちれば次の年に勝手に芽が出て花が咲くっていうのでいいんじゃないの?手間をかけなくてもいいんじゃないの?」
「管理してもらわねぇとなぁ~勝手なことをされちゃ困るんだよな~」

カチィ~ン!!(怒)
「ああそうかい!じゃぁ、やめた!管理管理って言うんならよ!タダで苗を提供するって言ってるのに・・・そういうことばかり言ってるから、この公園は雑草ばかりで花がねぇんだよ!」(怒)
「・・・・・」
周囲の人達も・・・シ~ン・・・(大笑)

拙者が期待していたのは・・・
「タダで提供してくれるの?そりゃ悪いねぇ~、うまく根付くかどうかわからないけど、やるだけやってみようか!」という答えだったのだが・・・
まったく、困った野郎だ・・・
少しでも公園を良くしようという気がないのか?
市役所から草を刈れと言われたから刈るだけ・・・か?

拙者は“ケツをまくる”のが得意な人間である・・・(大笑)
公園の管理者が同級生だから、ボランティアで手伝っているのだが、そういう口の聞き方をするのなら、もう手伝うのはやめよう!

ムカムカ腹の虫が収まらないという時に限って、火に油を注ぐようなことが起きるもので・・・(大笑)

なぜか、台所に柿の実が4つ置いてあった・・・
しかも、まだ熟していない・・・
なんだこれ?
親父に尋ねたら・・・唖然!
この柿・・・我が家の柿である!
我が庭には、拙者が大学を卒業して実家に戻ってきた時に植えた柿の木がある。
その枝が、塀から出ていて、そこに柿の実が付いていた・・・
今年の柿の実は久し振りにいい形をしていたのである!
赤くなったら取ろうと思って楽しみにしていたのだが・・・
なんと!親父がいつの間にか外に出て、勝手にもぎってしまったのである!

しかも、その理由が呆れるもので・・・・
「熟したら他の誰かに取られるから、その前に取ったんだ」と言う。(唖然)
「これ、青くて食べられないじゃないか?」
「他の野郎に取られたんじゃ面白くねぇからよぉ・・・」
「これ、食べられないから捨てるしかないだろ?もったいねぇなぁ~こんなに形がいいのは久しぶりなのに・・・」
「・・・・・」
「俺、楽しみにしていたのによぉ~」
「気になってしょうがねぇんだから・・・仕方ねぇだろ!」

親父はどういう思考回路なんだろ?
この調子じゃ、柿の実を食べに来る鳥を相手にケンカもしかねないな・・・(笑)

余計なことをしやがって!
あ~腹が立つ!
今日は最悪である!
仏滅か?(大涙)

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日記 | 10:56:21 | Comments(0)
『フィリピン戦線の人間群像』
フィリピン戦線の人間群像 (1978年)フィリピン戦線の人間群像 (1978年)
(1978/04)
守屋 正

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まえがき

Ⅰ 南十字星の下へ
     再度の召集令
     当てのない面会人
     輸送船上の名月
     8ノット船団
     台風下の出帆
     台湾
     北サンフェルナンドへ
     上陸

Ⅱ 敗走のための前進
     バウアンを経てマニラへ
     マニラ
     マウバンとバライ陣地
     サンパロックの宿営
     マビタックの惨劇

Ⅲ 逃げ場のない陣地戦
     ピリリアとタナイ
     鍾乳洞内の生活
     マニラ東方山地の戦闘
     神力山麓の惨劇

Ⅳ 飢えと死の高地
     四百高地
     四百高地の斬込隊
     四百高地の生活

Ⅴ 戦闘部隊の失格
     パオ高地への転進
     完全な退却行
     第1中隊の解体

Ⅵ 剣山のふもとにて
     敗残兵部落の分布
     海軍のバハイ
     階級なき共同体
     森の中の生と死
     こうもりとりと環境の悪化
     ジャパンゲリラ
     高橋、松本両君の友情
     少年兵との邂逅
     少年兵たちの斬込までの行動
     ラグナ湖の逆上陸と少年兵の山中彷徨記

Ⅶ 永井少尉の死
     心の友
     運命の8月

Ⅷ 終戦を迎えて
     終戦と秋川副官の死
     捕虜収容所へ

Ⅸ 捕虜生活
     米軍第174兵站病院
     新病院
     ラボラトリー
     PWの知恵
     帰国

あとがきに代えて



著者は、陸軍の海上挺進基地第7大隊に配属された軍医さん。
「海上挺進基地第7大隊」は「海上挺進第7戦隊」と対になって行動する。
“戦隊”のほうは、爆薬を積んだベニヤ製のモーターボートの体当たり特攻隊・・・
特攻隊員たちは少年兵だったという。
対して、“基地大隊”のほうは、特攻艇の基地を作ったり、身の回りのお世話をする「支援部隊」である。
こちらは、どちらかというと“老兵”が多かったという。

この部隊は、大戦末期にフィリピンに派遣された。
本書は、その“基地大隊”の軍医さんの体験記である。

部隊はルソン島東部の海岸に配置された。
マウバンという町の名前が出てくるが、以前、この小さな港町に行ったことがある。
このあたりに特攻艇の部隊が配備されていたことは知っていたが、どのあたりだったのか・・・
探してみたかったが、残念ながら慰霊巡拝のツアーで行ったので、個人行動ができなかった場所である。
多分、川を遡ったあたりに特攻艇を隠すはずだが・・・それが、どの川なのか・・・
本書で、その川の名前が、バライバライ川という川だということがわかった。

この特攻艇部隊は、実際には「特攻攻撃」をすることもなく、部隊は散り散りとなりながらマニラ東方高地(マニラ東方山地ともいう)に入り込んで“陣地戦”を戦うことになる。
「マニラ東方山地」の「神力山」などの山の名は日本軍が名付けたものである。
その当たりは、高台から一望したことが何度かあるが・・・
どの山が「何山」なのか、今もってよくわからず困っているが・・・
「神力山」は、確か、大きな三角形の形のいい山が、そうじゃなかっただろうか?
あ~あの山での出来事か・・・と頭に景色が蘇った・・・

実際は、戦闘というより自給自足の逃避行というのが正しいかもしれない。
この地域には多くの部隊が配置に付いていたが、どの部隊も殆どが壊滅状態で終戦を迎えている。
戦死より病死や餓死が多かったようである。
終戦時の生存者はわずかしかいない。
当然、この地域の戦闘についても正確な記録が残っていないし、体験談も少ない。

本書は、そういう意味でも、個人的な体験談ではあるが、貴重な記録である。
略地図や、捕虜収容所に収容されていた時に思い出しながら描いたのであろう、現地のスケッチなどがあり、当時の様子がよくわかる一冊である。

惜しむべくは・・・書名・・・
『フィリピン戦線の人間群像』だけで、副題は付いていない。
これではマニラ東方での彷徨の記録だということは誰にもわからない。
もし、「マニラ東方」の文字か、殆ど戦記が存在していない「海上挺進部隊」の文字が、どこかにあれば、遺族の方々にとっては貴重な資料となったのではなかろうか?
本書の存在を知らぬままのご遺族も多いのではなかろうか?
その点が、ちょっと残念・・・・

終戦間際のマニラ東方山地では、日本軍はどういう状況だったのか・・・
貴重な記録ではないかと思う。



今年の読書:50冊目



読書 | 00:46:01 | Comments(0)