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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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『一海軍特務士官の証言』
一海軍特務士官の証言―戦争と人間の記録 (1978年)一海軍特務士官の証言―戦争と人間の記録 (1978年)
(1978/07)
二藤 忠

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はしがき

序章 ある大尉の死

木幡大尉の不可解な死
  意外な真相
  河和空のダニ隊長
  手がかりを求めて
  自分ガヤラネバ誰ガヤル
  未亡人と会う
「公務傷死」のかげに
  死の前後
  死体検案書
  海軍三馬鹿将校
志岐との対決
  「魔がさした」という元隊長
  「特准など信用できない」
  抜けない習性
  でたらめな弁明
鎮魂のうた
  風は心を・・・・

第1章 兵・下士官の道

戦争への怒涛の中で
  海軍は合理的だったか
  狂気を装い退団する者も
  鬼戦艦「金剛」
  リンチ(私刑)
  赤旗掲揚事件
  往復ビンタで聴力を損う
  霞空の権威主義
  ハレンチ分隊長
  館山空の珍事件
  2・26事件の思い出
  捕虜の悲劇
エリート飛行将校の実像
  卑劣な中尉
  飛ばない司令
  臆病少佐
  逃げ足の早い指揮官機
  たたき上げへの不当な差別
艦隊勤務
  凍る海へ飛びこむ
  武人副長と青二才少尉
  迫りくる戦火
  姑根性の分隊長
  下いびりの上へつらい
  太平洋戦争勃発
  悪いやつほど生きのびる

第2章 出陣~ソロモン基地へ

敵弾の洗礼
  出陣命令
  横須賀出港
  敵機来襲
  被弾、負傷
  部下を失う
  最前線の泊地
  無念の初陣
  横臥して指揮
南溟穏やかならず
  日記より
  エリート飛行長の暴言
  人命の価値
  救急設備のない部隊
  6機帰投せず
  逃げまわる将校
  友との再会
  不足する操縦者
  悪化する戦況

第3章 悲報相つぐ南太平洋の日々

ヤルート、楽園の基地?
  4千キロの転進
  母隊は南洋ボケ
  迫る戦雲
  山本長官の訃報
  別天地マキン
  邦人スパイの手引きで大空襲
  不可解な公刊戦史の記述
  トラックへの転属
  水中での徹夜修理
  窮乏下の祖国への出張
  間一髪、便乗予定機が墜落
戦意のうすい軍上層
  トラック要塞壊滅
  玉砕命令
  決定的な制空権
  デタラメな情報

第4章 狂瀾既倒にかえらず

焼土無残
  相模野航空隊へ
  航空本部勤務
  海軍省防空壕
  東京大空襲
  無意味な机上事務
  江田島は何を教育したのか
  最後のビンタ
敗戦前後
  右往左往する高級士官
  さらば海軍
  米軍からの出頭命令
  目でみる民主主義
  帰郷

あとがき



兵・下士官から累進した兵曹長を「准士官」という。
この准士官から少尉以上の「将校」になった者を「特務士官」と呼んだ。
これは海軍特有の身分制度で、中学校から試験だけで海軍に入った、いわゆる「エリート」と呼ばれる海軍兵学校出身の「将校」とは一線を画す。
つまり、「特務士官」は海軍に何年も務めている、下からの叩き上げの将校なのである。

本書の著者は、この「特務士官」・・・・
下からの叩き上げで、海軍大尉として終戦を迎えた人である。

この叩き上げの人から見た「エリート」海軍士官に対する恨みつらみを綴ったのが本書であるといってもいいと思う。
しかし、これは個人の妬みの発散というより、海軍の実態の暴露と捉えるべきだろう。

軍隊も「役所」の一部だと私は思っている。
他の「役人」と違うのは、制服を着て武器を持っていることだけで、「中身」は、自己保身と栄進に汲々とする他の役人と同じである。

本書では、よほどのことがない限り実名をあげて批判している。
それだけに著者の怒りの大きさがわかる。
呆れたのは、「あのクズ野郎、クソ野郎」という海軍エリート士官が、戦後には自衛隊に入って将官にまで進級していることである。
人物、性格的にかなりの問題がある者が、自衛隊では将軍となり、定年後は天下り・・・
そりゃ腹も立つだろう・・・実名を挙げて非難したくなる気持ちもわかる。

本来は下からの叩き上げこそが「エリート」であるべきなのだが・・・
進級で差別され、戦後は恩給でも差別されている。
昔も今も、学歴偏重の風潮は変わっていない。
もし、下からの叩き上げが「エリート」として、中堅幹部以上の地位に付いていたら、多分、大東亜戦争の内容もかなり変わったのではないかと私は思うのである。
もしかしたら勝てたかも・・・いや、少なくともこんな負け方はしなかったのではなろうか?
戦争は学歴で戦うものではないはずなのだが・・・
平時と戦時の切り替えが出来なかったことが、大国と戦ったということより敗戦の原因ではなかろうか?

相変わらずの学歴偏重のままでは、多分、今の自衛隊も、いざとなったら使い物にならないだろう。

虐げられたベテラン士官が怒りをぶちまけた本ではあるが・・・
薄っぺらい「反戦」を叫ぶ“左に傾いた”本よりは数段勉強になる本である。
一読の価値あり・・・である。



今年の読書:42冊目



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読書 | 23:48:30 | Comments(0)
室温38度!
ついに、我が家に猛暑到来!(笑)

今までは、西日がよく当る拙者の部屋でも34度だったというのに・・・
今日は、まだ西日が当っていないのに38度!(大笑)
これで西日が当ったら、どうなることやら・・・

因みに、親父のいる茶の間は、30度を超すことがなかったが、ついに34度を記録した!
我が部屋と4度も気温差があると、茶の間に行くと涼しく感じるから驚きである。(大笑)

今年は8月が終わろうという時になって、この暑さであるから、まだマシなほうであろう。
以前は、食品用の保冷材をタオルで巻いて鉢巻したり、保冷材でパソコンを冷やさなくてはならないほど暑い年もあったのだ。
(残念ながら、そのときは温度計を持っていなかったので何度だったか知らないが・・・)
あの年から比べたら、全然楽である。(大笑)
保冷材を持ち出さなくていいんだから・・・(大笑)

一応、「38度」は記録としてブログに残しておこう・・・(笑)

日記 | 21:24:00 | Comments(0)
30数年ぶり・・・
一昨日、中学時代の友人の“ムラタくん”が訃報を報せてきた。
中学時代の同級生“コトクくん”のお父さんが亡くなったと言う。

彼は中学時代は剣道部の主将・・・
“ムラタくん”と拙者は剣道部員だった・・・
そういう仲だったが、“コトクくん”とは中学校を卒業してから一度会った事があったかどうか・・・
もう30年以上も会っていない。
当然、彼のお父さんとは全く面識はない。

彼とは卒業以来、ずっと年賀状のやりとりはしてきたが、彼の住居は千葉県・・・
つまり、長男であるにもかかわらず“故郷を捨てて”出て行ったわけである。(大笑)
彼は学業優秀な男だったので、そういう“エリート”というのは考えることが違うんだろうなぁ~
当時から、何事もクールに割り切る男だったが・・・
長男も何も関係ないということだろう。
親の面倒を見るということより、“自分の生活”の方が優先なのかな?
ご両親は、わが町にそのまま住んでいる。
ということで、葬儀は、わが町で執り行うことになったようである。

30数年ぶりに顔を見に行って見るか・・・(笑)
亡くなったお父さんを“送る”というより息子の顔を“見に”行くのだから、不謹慎といえば不謹慎だろうが・・・
葬儀なんてそんなものではなかろうか?(笑)

一人でノコノコと葬祭場へ行く。
連絡をしてきた“ムラタくん”は来ていない・・・おい、おい・・・教えておいて何で自分は来ないんだよ・・・(汗)

葬祭場には3つの会場がある。
一番大きな会場と、中位の規模の会場と、小さな小部屋・・・
我々は、通常、葬儀といえば、この一番大きな会場か二番目の会場である。
経営者仲間や各種団体に関係していた人の葬儀は、お付き合いも多いせいかかなりの人数が集まる。
だから、この二会場のうちのどちらかとなる。
廃業をしたとはいえ、我が家でも母の葬儀は一番大きな会場を使って行ったのである。
人付き合いの多さに比例して・・・ということになる。

が・・・彼の父親の葬儀は、一番小さな式場との案内板が出ていた。
拙者は、その式場には今まで行ったことがない・・・
入口がどこにあるのやら・・・
葬祭場で散々迷ってしまった。

ようやく、見つけたはいいが・・・知っている人は誰もいない。
それもそのはずで・・・・
彼の父親は市内にある大手企業のサラリーマンだったので、葬儀に集まった人達は、皆さん、退職したサラリーマンばかり。
知人がいるわけがない・・・(苦笑)
加えて、同級生仲間は誰も参列していない・・・拙者だけである・・・(冷汗)

サラリーマンの葬儀は、なんと、こじんまりとしているものなのか・・・
いつも数百名が参列する葬儀ばかりに参列しているので、どうしても違和感を感じてしまう。
これが普通なんだろうなぁ~
拙者の感覚がおかしいのかもしれないなぁ~・・・などと思う。

式が始まるまでの間に参列者を数えてみたら、60名そこそこである。
親族を除くと、40名程度か?
そこに遅れて来た参列者が20名ほどいたから、最終的には80名程度の葬儀か・・・
やっぱり、サラリーマンの葬儀は、なんとも寂しいなぁ~

と・・・他人のことを、とやかくは言えそうもない・・・(笑)
拙者が死んだ場合はどうなるんだろう?
今、この瞬間に死ねば、結構な人数が“お見送り”に来てくれるだろうが・・・
あと10年か20年後に死んだら・・・誰も来ないかもしれない・・・(大笑)
独身で死ぬわけだから・・・(笑)
妻の知人も、子供たちの知人も“義理で”参列してくれるという人もいないわけで・・・(大笑)
そうなると・・・あれれ・・・もっと寂しい葬儀になるな・・・
拙者の場合は、自宅の8畳間の部屋で十分かも・・・(苦笑)
あらら・・・
寂しく、一人であの世に旅立たねばならんのか・・・(汗)

不愉快だったのは、参列者達・・・
お亡くなりになられた方の元同僚達である・・・
あ~でもねぇ、こ~でもねぇ、病歴自慢と薬自慢・・・
定年退職後、久し振りに集まったのだろう、「同窓会」なみの、オシャベリである。
あ・の・ね・・・もう葬儀が始まっているんですけど!(怒)
怒鳴りつけてやろうかと思うほどである。
静かに見送ってやったらどうなのかねぇ~
所詮、大企業に勤めていた“労働者”は、この程度の連中か・・・・
亡くなった方や遺族に失礼だと思うのだが・・・

式場は小部屋なので、喪主も親族も我々と同じ方を向いて座っている。
だから・・・顔が見えない・・・(笑)
後ろ姿には彼の面影がない・・・
ん?・・・まさか・・・式場を間違えたか?(大汗)
なにせ、30年以上、40年近くも会っていないのである。
拙者の記憶にあるのは中学生の“コトクくん”なのである。
あれれ?・・・別の人の葬儀に来ちゃったのではあるまいな?(大笑)
あの人が・・喪主?・・・“コトクくん”?(笑)

一般焼香の時に、喪主に一礼したら・・・彼がニヤリと笑った。
おお、その笑い方・・・やっぱりあの頃と変わっていない。(大笑)
クールな主将である・・・・

喪主の挨拶・・・
しゃべり方というのは、年を取っても変わらないものなのかな・・・
しゃべる時に少し首を傾げる癖も、中学生の時のままである。(大笑)
で・・・相変わらずクールなしゃべり方である。
なんとも懐かしい・・・主将の声・・・(笑)

式場を退出する時に喪主の見送りを受けた。
ゆっくり話などをする暇はない・・・
喪主に軽く会釈をした瞬間・・・「ずいぶん貫禄が付いたなぁ~」と喪主に笑われた。(大笑)
「ん?老けたってことか?」
彼はニヤリ・・・・拙者もニヤリ・・
葬儀でニヤリ・・はマズイだろうが・・・(笑)

彼は、どうみても若く見える。
軽く10歳は若く見える・・・
奥さんと大きな子供も一緒だったが・・・一人でいたら、無理すりゃ30歳代でも通用するかも・・・(笑)
対する拙者は「戦争に行ったのですか?」と尋ねられるくらいの年齢に見えるらしいので・・・(怒!)
とても同級生とは思えない・・・か・・・・(大笑)

お亡くなりになったお父様には失礼かもしれないが・・・・
30数年ぶりに“コトクくん”に会えて嬉しかった。

日記 | 19:15:36 | Comments(2)
杞憂だった?
今日は法人会の理事会である。
毎年、同じ議案なので、特にこれといった変化は無い・・・(笑)

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休憩時間に、みんなから声をかけられた・・・ドキッ!(汗)
「会報の記事読んだよぉ~」・・・・ドキッ!(汗)
「相変わらず面白い記事を書いてるねぇ~」・・・・あれ?
軽い読み物にするために、ちょっと冗談話で最後を締めくくったのだが・・・
ん?
あのぉ~・・・誤字のほうは・・・???
誰も気が付いていない?
「渡部崋山」・・・・

あらら?
これを世間では「杞憂」と言う・・・(大笑)

483_convert_20131003153351.jpg(懇親会)

日記 | 15:30:58 | Comments(0)
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明治天皇

総論
自ら体現された「無私のまこと」こそ、明治の精神だった
   (中西輝政・京都大学名誉教授)
 「公」の心を忘れた腐敗や不正義は断じて許さず
 日本人らしい心根を尊ぶことの大切さ
 国家の行く末を照らして正しく導く
 一歩一歩の積み重ねで、遥かな高みにまで
天皇は祈る存在である・・・父・孝明天皇の後ろ姿から学んだもの
   (竹田恒泰・作家、慶應義塾大学講師)
 出生と、病気がちだった生い立ち
 祐宮をこよなくかわいがった孝明天皇
 祈る存在としての天皇
 父帝の後ろ姿の記憶
民の親として・・・若き日に心を通わせ合った西郷の薫陶と願い
   (堂門冬二・作家)
 民の親としての「敬天愛人」
 「田舎者」がなした宮中改革
 浄化装置としての誠の心
立憲は祖宗の重責・・・日本の歴史と伝統に立脚した憲法を撰んで
   (勝岡寛次・明星大学戦後教育史研究センター)
 板垣退助事件の批評に逆鱗された明治天皇
 日本の歴史と伝統に立脚して、万機公論に決する
 皇子薨去の悲報にも憲法審議を止めず
「私も心がける。一緒に努めよう」不易流行の心を教育勅語に
   (渡部昇一・上智大学名誉教授)
 「和魂」と「洋才」の両立という幸せなパラドックス
 教育に「不易流行」の心を求めて
 近代日本の「心の隙間」を埋めた教育勅語
まことの心で御製に接した時に、はじめて伝わる清々しさ
   (中島精太郎・明治神宮宮司)
 私たちの心に勇気の灯をともしてくれる御製
 絶えず求めておられた「まこと」の境地
極寒も酷暑も分かちあい・・・将兵の無事を祈った日露戦争の日々
   (江宮隆之・作家)
 躊躇われた開戦のご決断
 兵士たちに思いをいたされて
 早朝であろうと、真夜中であろうと
忠魂無私の乃木しかいない・・・打算なき武士に皇孫の教導を託す
   (秋月達郎・作家)
 叡覧されていた乃木の無私なる心根
 学習院院長就任を望まれた御心
 明治の終焉

特集
福島、宮城、岩手
東北三県の夏まつりをゆく

「ヒトラー日記」の幻
第3回 ペン先で独裁者を甦らせる
   (吉田一彦・神戸大学名誉教授)
 事実とフィクションの区別に無頓着な男
 いかにして「宝物」を発掘したか
 歴史を自在に操る快感

駐日米大使グルーの昭和史
~天皇を敬慕し、開戦回避に尽したアメリカ人~
第17回 開戦前夜の混乱とハル・ノート
   (太田尚樹・東海大学名誉教授)
 日米首脳会談の頓挫
 「軍を押さえられる唯一の人間」の登場
 ソ連の秘密工作員が書いたハル・ノート

「何事も楽しんでみなさい」今こそ見直したい孔子の教え
   (守屋 淳・中国古典研究家)



今年の読書:41冊目



読書 | 10:39:27 | Comments(0)
ショック!
法人会の会報が届いたので、さっそく見てみる。
今回、久しぶりに原稿を書いたので、自分の文章を改めて読んでみたら・・・・

ギャッ!ゲゲッ!やっちまったぁ!(大汗)
誤字を発見!(大汗)
しかも、人名である!(大涙)

今回の原稿は、銅像について・・・
昨年、隣りの市の駅前に銅像が建った。
地理学者・地政学者の長久保赤水の銅像である!
本来ならば、この人は全国レベルで有名になっていいはずの郷土の偉人なのだが・・・
その座を伊能忠敬に奪われている(涙)
日本地図といえば伊能忠敬・・・・う~ん・・・なんとも悔しい・・・
伊能忠敬の地図は幕府が管理したので、一般には使われていない、日の目を見ていない地図と言ってよかろう。
対して、長久保赤水の地図・・・「赤水図」は広く一般に普及して、明治初期まで庶民に使われていたのである。
ということは、長久保のほうが親しみがあろうというものではないか?
にもかかわらず・・・マイナーな人物となっている。
これは今までの“顕彰”が足りなかったせいなのか?
「偉人の顕彰なんてくだらねぇ~」という“水戸っぽ”根性のせいなのか?

ようやく、平成の世になって・・・銅像が建った!(大喜!)
銅像大好き中年としては、待ちに待ったり!・・・である。

で・・・今回、会報に載せた記事は、銅像についての記事・・・
地元の人間(会員)に、長久保赤水という人は、どういう人だったかなどとを書いても仕方があるまい。
この銅像をメインに据えて、全国にある有名人の銅像を写真入りで紹介することにしたのである。

面白いことに、学者さんの銅像というのは「正座」している姿が多いのである。
今回建立された長久保赤水の銅像も正座した「座像」である。
同じような姿の銅像が、他にもありますよぉ~・・・という紹介も兼ねての、銅像をテーマにした「軽い読み物」を書いたのだが・・・

なんと!
愛知県田原市にある「渡辺崋山」の銅像の説明文・・・
人名を「渡部崋山」と書いちゃった!(大涙)

いやぁ~マイッタァ~
原稿を提出する前に何度も目を通したんだけどなぁ~
どうして気がつかなかったんだろう?(苦笑)
まさか人名を間違えるとは・・・「渡部」はマズイよなぁ~(笑)

だから、拙者は印刷されるものは苦手なのである。
印刷されてしまったら、もう訂正のしようがない!(涙)
法人会の会報だから・・・たしか2000部くらいは配布しているはず・・・
あ~あ~あ~!!
ショックだぁ~!

こうなったら、我が法人会の会員が「渡辺崋山」と「渡部崋山」の区別がつかないくらい“学が無い”ことを願うのみである。(大笑)
誰も気が付かないでくれるといいのだが・・・(笑)
渡辺崋山さんには申し訳ないけど・・・(笑)

日記 | 23:22:39 | Comments(0)
人の褌で相撲を取る気か?
某テレビ局の番組制作会社から突然メールが届いた・・・
拙者のホームページに掲載している写真を使わせて欲しいと言う。

時々、こういう申し出がメールで届くが、なぜか皆さん同じことを言う。
「謝礼は払えませんが、写真を使わせてください」・・・・

関東地方の某大手テレビ局の番組に使用したいそうだが、謝礼は払わないと言う。(唖然)
他人の所有物をタダで使って番組を作るのか?(笑)
まさに“人の褌で相撲を取る”・・・である。

ちなみに・・・
“他人の念仏で極楽詣り”とか“人の提灯で明かりをとる”も同じ意味だそうである。(大笑)

「謝礼は現金とは限りませんけど・・・番組のグッズとか何でもいいんですけど」と言っても・・・
「予算がありませんから」の一点張り。(唖然)
「初対面の人にものを頼む時には、我々は菓子折りの一つくらい持参しますよね?」と言っても通じない。
こういう“常識”はマスメディアには存在しないのだろうか?

あの有名な番組で使用してやるんだから、ありがたいと思え・・・とでも思っているのだろうか?(呆)

最終的に・・・「それでは結構です!」で交渉は決裂する。
どこのテレビ局も制作会社も言うことが同じなのには呆れる。

唯一の例外は大阪毎日放送・・・
謝礼金は払えないが、番組のロゴ入りのメモ帳と番組で撮影だけに使ったインスタントラーメンでよければ・・・と送ってくれた。(笑)
「こんなものしかないのですが・・・いいいですか?」
「いやぁ~感謝、感激です!」(大喜)
金額でも内容でも量でもない・・・気持ちですよ、気持ち・・・これが大事です!

テレビ局の番組というのは、明らかに“営利事業”である。
拙者は、“営利事業”に使用される場合は無料では提供しない方針を採っている。
なにがしかの見返りがなければ提供はしない。
本来はプロのカメラマンに依頼して現地へ行ってもらい撮影してきてもらうべきものである。
当然、撮影料や交通費が発生する。
それをネットでタダで手に入れようというのだから失礼な話である。
たかだか千円程度の“謝礼”すら払わないとは言語道断である!(怒)

拙者が無料で提供するのは、教育関係、学術関係だけである。
今までに、教育委員会や学校が作成する教材、、社会科の副読本を制作する目的で依頼をしてきた出版社、大学の研究者の発表資料などには無料で提供してきた。
子供たちへの教育に使われるのなら当然である。

営利事業者が、人の褌で相撲を取るというのは論外である!
恥を知るべし!(怒)

日記 | 22:25:28 | Comments(0)
戦友会会報の原稿を渡す
我が戦友会の会報・・・・
拙者が一人で執筆、編集、発行を行なっている。(笑)
会員に「何か書いて下さい」とお願いしても、みなさん御高齢である・・・
最前線で戦って生還した戦友も、もう90歳を超している。
文章を書くなんて・・・とても、とても・・・無理!(大笑)

その昔、若いときに体験談を書いていた方々も、もう何度もは書かないし、書けない・・・
過去に書いた体験記でもいいから提供してもらいたいのだが、これもなかなか難しい。
こちらのほうは、どうも精神的に・・・という感じのようである。
つまり、戦友会の会報などに下手に体験談を載せると、他の戦友から何だかんだとクレームがつくらしいのだ。
「日付がちがう」「名前が間違っている」「地名が違う」「そんなことが本当にあったのか?俺は見ていないぞ」等々・・・
本人は自分の記憶に従って書いているのだが、あ~でもねぇ、こ~でもねぇと、後から色々言われたり手紙が届いたりするらしい。
過去にそういうことを少なからず、皆さんは経験しているようで、お願いしても「いやぁ~勘弁して」と苦笑いを浮かべ逃げてしまうのである。(笑)
う~ん・・・この気持ちはわからないでもない・・・

その証拠に、戦友会以外の、たとえば老人会の会報などには体験記を投稿していたりする。
同じ戦場で戦った人がいないのならば・・・と、気軽に体験談を披露できるからだろう。
その気持ちもわからないでもない。(笑)

面白いことに、最前線で弾の下をくぐってきたような“歴戦の勇士”ほど、自分の体験談や手柄話のようなことを自分から積極的に話したり書いたりしない。
みなさん、遠慮深いのである。
反面、やたらと自慢話をするような人は、詳しく聞いてみると、たいして弾の下はくぐっていない・・・(笑)
我が戦友会の方ではないが・・・靖国神社などでやたらと知ったかぶりして偉そうなことや、威勢のいいことを言っている人に会うことがあるが、聞いてみると最前線には行っておらず、内地で終戦を迎えていた・・・なんていう人が多い。

実戦経験者には、結構、遠慮深く大人しい人が多い。
だからこそ、そういう人の貴重な体験談を是非お聞きしたいのだが、そういう人だから、なかなか話してくれない。(涙)
拙者の祖父もそうだったが、戦場でのことは、なかなか話してくれないのである。

部隊の記録として、キチンとしたものを残そうという人達は、「部隊史」の編集員として戦友に声をかけ、体験談や資料を集め、「部隊史」を制作している。
そういう方々は、悲しいかな、大役を終えたというわけだろうか、早々とこの世を去っておられる。
編集員をやった、こういう方々なら何か原稿を書いてくれるかなぁ~と思うのだが、不思議なことに、こういう方々がお亡くなりになってから、拙者が戦友会に関わるようになり、会報を担当することになったのである。
戦友会としてはグッドタイミングかもしれないが・・・(笑)
拙者としては・・・(苦笑)・・・である。

というわけで・・・誰も原稿を書いてくれないから、自分で書くしかない。(大涙)
で・・・何を書くかで毎回頭を痛める・・・(笑)
内容が薄い会報を発行するのは、カネの無駄遣いである。
なんとか内容を充実させようと思うのだが、これがまた難しい・・・

今回は、拙者が現地に行った時の、慰霊と戦跡訪問の「旅行記」で埋めたが・・・
次号はどうしようか・・・すでに次号のことで頭が痛い。(笑)

本来は、毎年、決まった時期に発行すべきなのだろうが・・・
こんな調子だから、遅れに遅れる・・・
特に締切日を決めていないから、遅れるのは当然だし、自分ひとりでやっていることだから、怠けやすい。(大笑)

今回も、「8月には発行します」などと会長に調子のいいことを言っておきながら・・・遅れた・・・(笑)
昨日、ようやく原稿が仕上がった。(大笑)
もう8月も終わりなんだけど・・・(大汗)
一応、原稿はレイアウトまで拙者が行なうことにしている。
ほぼレイアウトそのままに印刷にかけるわけだが、それでもゲラのチェックは必要で・・・
何度も確認したはずなのに、この段階で誤字や脱字が見つかることがあるのだ。
拙者がいかにオッチョコチョイであるかを確認する作業でもある。(大笑)
これからゲラのチェックと印刷だから・・・会員の手元に届くのは9月だな・・・(大汗)

印刷物の苦手なところは、一旦発行してしまうと訂正がきかないところである。
これがウェブサイトだったら、直ぐに訂正してデータを更新をすればいいだけだが・・・
印刷物となると、そういうわけにはいかない。
何度も読み直しているうちに、言い回しや内容を変えたくなって・・・
仕舞いには全部を書き直したいという衝動に襲われる。
こうなると、いつまで経っても「完成」しない・・・(大笑)
えい!やっ!・・・と思い切って無責任にならないと、精神的に参ってしまうのである。

今回も同様・・・(大笑)
もう、これでいいや!・・・と半分無責任になって・・・(大笑)
本日、印刷屋の“シンゴちゃん”に原稿のデータを渡す。

日記 | 21:51:29 | Comments(0)
『日本の地下水が危ない』
日本の地下水が危ない (幻冬舎新書)日本の地下水が危ない (幻冬舎新書)
(2013/01/30)
橋本 淳司

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はじめに

第1章 水源地を買う外国人

   水目的で水源地を買収
   明らかになった森林買収
   諸外国の先例が日本でも起きる
   北京は水不足で崩壊する
   深刻な水質汚染
   周辺国の水を奪う中国
   メコンの水を独占
   インドの水を奪う
   気候を変えて水を奪う
   日本を買いあさる中国
   シンガポール資本による投資
   山林を売りたい日本人
   グローバル化によって売られる土地
   いき過ぎたグローバル化への不安

第2章 地下水を売る日本企業

   自前の水源を確保する動き
   地下水ビジネスの広がり
   前年比26%増のペットボトル市場
   ペットボトル水の激しい競争
   宅配水は過去4年間で3倍強に拡大
   中国富裕層がターゲットの輸出向け商品
   水とイメージ戦略
   深刻な水道水離れ

第3章 国境を越える水

   水を運ぶコストは割に合わない
   トルコが行なう水の輸出
   水を他国商材にするリスク
   水価格が上昇すれば商売は成り立つ
   経済活動と環境活動の矛盾
   土地を買えば水は奪える
   食料生産に使う水を奪う方法
   水と土地が奪われれば文化も消える

第4章 水を守る法律がない

   理念だけの条例では水は守れない
   土地取引ルールは「見える化」がねらい
   地下水採取ルールが必要
   改正前の地下水保全条例
   質と量の情報を共有し上流域と下流域の一体化を図る
   地下水涵養型の安曇野ルールができるまで
   条例策定担当者は行政訴訟を恐れる
   条例の根拠はどこにあるか
   損失補償を懸念する自治体
   水を切り売りする自治体
   涵養ルールは地域ごとに変わる

第6章 水は田んぼで育まれる

   ごはん1杯、地下水1500リットル
   減反政策は減水政策
   涵養事業のはじまり
   転作田に水を張れ
   冬水んぼの底力
   パン食が地下水を減らす
   くまもと地下水財団の設立
   避けて通れない運営資金の問題
   将来のための話し合い
   涵養に使う水はどこから
   食料輸入大国の限界
   コメづくりは一石三鳥の策

第7章 その水はなぜ必要か

   陸の水を海に流すな
   流域の健康を取り戻す
   荒廃した山への植林
   間伐によって森がよみがえる
   身近な水を使うと二つの森が守れる
   雨水は生活用水に利用できる
   持続可能な水マネジメント「生態共生管理」
   供給管理と需要管理
   生態共生管理というパラダイムシフト
   いかに水を少なく、ではなく、なぜ水を使うか
   生態共生管理が生む水を代替するもの
   流域の水を守るアクアマスター
   高齢化地域で求められる新たな水確保策



地下水があぶない!・・・・・
最近、外国人による(特に中国人による)水源地の買収が物議をかもしている。
本書の話も、そこを導入としている。
が・・・問題の本質は実はそこではないそうだ。

驚いたことに、日本には地下水に関する法律が存在していないらしい。
これには驚いた!
「規制緩和」はよく聞くが・・・
規制が全くないとはねぇ~

結局、そこに住む日本人が地下水を危なくしているわけである。
水源地は、その土地の持ち主の善意と良識に任せているということか?(唖然)

地下水の水源・・・
山だけだと思ったら、そうではないらしい・・・
一番の水源地は「田んぼ」らしい・・・
へぇ~・・・・である。
田んぼが地下水の“水源”となっているとは・・・
その田んぼが減り続ければ、当然、地下水も危うくなる・・・
JAが悪いんだな!(大笑)
いかに農業を維持するかに力を入れず、安易に田んぼを潰させてアパート経営なんかを奨めているんだから・・・

工業用水としても地下水は利用される。
我が社も地下水を利用していた・・・
当然、水道料金などは支払っていない。(笑)
まともに水道の水を使ったら多額の支払いが生じるから地下水を利用していたのである。
そういえば・・・特に何かの法律で地下水の利用を規制されたという覚えがないなぁ~

大企業になれば、地下水の利用量は莫大となる。
これを安易に水道と同じように「料金」を取ったり、水道に切り替えさせて「料金」を取るようにすると、かなりの経費が発生する。
そうなると・・・製品原価に跳ね返り・・・国際競争力が更に落ちる可能性が出てくる。
頭が痛い問題である。
が・・・それを放置するわけにもいくまい。

水源地から直接、もしくは地下から水を汲み上げ「天然水」としてミネラルウォーターを作ったりしている会社もある。
昔、私が子供の頃は、ミネラルウォーターなんぞは存在もしていなかったが・・・
今は、どこにでもミネラルウォーターがある。
当然、大量に汲み上げているのだろうから地下水に悪影響を与えているにちがいない。
枯渇の危機である。

本書は、わかりやすく問題を提起・・・・
併せて地下水の保全に関する提言もしている。
傾聴に値する話が満載である。

これは、なかなか勉強になる・・・いい本である。


今年の読書:40冊目



読書 | 14:59:10 | Comments(0)
久しぶりの雨!
今日は久しぶりに雨が降ってくれた!
もう2週間ぐらい雨が降っていなかったような気がする・・・
“恵みの雨”・・・である。

こうも毎日晴天が続くと・・・
拙者は毎日、我が邸宅の広大なる庭園(?)に、お水を撒かねばならんのです!

ダムの水位が下がり続け・・・・
給水制限をしようかどうしようかという時に・・・
“我が邸宅の広大なる庭園”に水を撒くというのは、なんとも罪悪感を感じるのである。(汗)

「水道料金を払っているんだから文句はねぇだろう!」というような口をきけるほどの勇気は持ち合わせてはいない・・・(笑)
コソコソっと・・・近所の目を盗んで・・・水撒き・・・(大笑)

「庭を持ってねぇ奴に、この苦労がわかるか!」というような暴言をアパート住まいの“下々の者”に投げかける勇気も持ち合わせていない・・・(大笑)
「申し訳ございませんねぇ~」と・・・コソコソっと・・・水を撒く・・・(笑)

これ・・・精神衛生上よろしくないんだよねぇ~

で・・・遂に!雨が降ってくれた!(大喜)
これで、今日は庭木に水をやらないで済む!
あ~ありがたや、ありがたや・・・

日記 | 08:06:37 | Comments(0)
気分の悪い夢・・・
昨晩、久しぶりに夢を見た・・・
と言うより・・・
いつも夢は見ているようなのだが、目を覚ました瞬間、忘れてしまうのである。
どうも夢の中には、記憶に残るものと、瞬間的に消えてなくなってしまうものがあるらしい。(笑)

今回は、久しぶりに記憶に残った夢・・・ということになる。

どこかの道を歩いていたら、人が集まっていてワーワーと騒いでいる。
覗いてみたら、道端に蒲団を敷いて、20歳後半ぐらいの男女が横になっている・・・(唖然)
と・・・
その女のほうが「今から自殺しまぁ~す!」とニコニコ笑いながら言うのである。
男の方もニコニコと笑っている・・・
二人とも満面の笑み・・・
はぁ?

この二人・・・どこかで会った事があるような気がするのだが思い出せない。
会ったのではなくて、テレビで見たことがあるのかな?
タレント?
「テレビショッピング」か何かで見たのか?(笑)

女が「毒入りチョコレートを食べて自殺しまぁ~す!」と笑いながら言う。
自殺するというのにニコニコ笑いながら・・・
しかも元気溌剌というのは、どういうことだ?
こいつは少し頭がおかしいのではないか?

周囲に集まっているのは彼らの友人達らしい・・・
軽く30人ぐらいは集まっていただろう・・・
「よし!やれぇ~!いいぞ!いいぞ!やれぇ~!やれぇ~!」と大歓声・・・
ウソぉ~・・・・(汗)

と・・・男がチョコレートをガブリと食べた・・・
で・・・ニコニコ笑いながら拙者の顔を見て、「どうしてこうなっちゃったのか・・・本当は死にたくないんですけどねぇ~」(大笑)と言うのである。
満面の笑みで・・・
はぁ?
彼の目も笑っている・・・まるで心の底から喜んでいるような表情なのだが・・・
言っている内容と合わないではないか?
普通ならば、顔が笑っていても目は笑っていないはずなのだが・・・
彼の目も、嬉しそうな目をしている・・・
うそ・・・
普通は悲しそうな目になるんじゃないか?
こいつも頭がおかしいのではあるまいか?

続いて女がチョコレートを齧り、「チョコレートを食べましたぁ~!それじゃ、死にま~す!」と言いながら、二人並んで蒲団にもぐりこんだ・・・
と・・・直ぐに痙攣が起こり・・・七転八倒・・・・
手足をバタつかせ、もがき苦しんでいる・・・
あらら・・・本当に毒が入っていたの?(唖然)

まもなく、ピタリと動きが止まり・・・静かになった・・・・
あらら・・・本当に死んじゃった!(大汗)
いやぁ~こりゃ、参ったなぁ~・・・と、周囲を見たら・・・
さっきまで散々煽っていた友人達がいない!(驚)
あれだけワイワイ言って応援していた連中は脱兎の如く逃げてしまったらしい・・・
ウソぉ~・・・・なんていう連中だ!(怒)

どうするの・・・これ・・・

と・・・思った瞬間・・・目が覚めた・・・・

う~・・・気分の悪い夢を見てしまった・・・(大涙)

日記 | 09:15:26 | Comments(0)
歴史群像2012年12月号
歴史群像 2012年 12月号 [雑誌]歴史群像 2012年 12月号 [雑誌]
(2012/11/06)
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零戦黒雲一家

戦史の名画をよむ
革命の“暴力”と対峙したスイス衛兵の最期
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銘艦STORY 最終回
“ビッグE”を襲名した世界初の原子力空母
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アキャブの戦い
 日本軍のビルマ制圧
   第十五軍のビルマ進攻作戦
   アキャブの戦略的価値
 第一次アキャブ作戦
   第十五軍の二十一号作戦準備
   英インド総軍のアキャブ攻略準備
   第14インド歩兵師団の前進
   第五十五師団の投入決定
   第14インド歩兵師団の猛攻
   三十一号作戦の発動
 第二次アキャブ作戦
   第二十八軍のインパール牽制作戦
   英連邦軍第14軍のアキャブ攻略作戦
   「ハ」号作戦の発動
   桜井兵団による包囲作戦
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   日本軍の作戦失敗の原因は?

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未明の宮城を震撼させた“近衛の姿”
叛乱
終戦クーデター未遂事件(後編)
   蹶起への懊悩
   森近衛師団長斬殺
   偽命令
   玉音盤の捜索
   陸軍大臣自決す!
   潰えたクーデター

WWⅡ イギリスの対独戦略爆撃

CG彩色でよみがえる日本海軍機動部隊の初陣
真珠湾攻撃

インタビュー 戦艦『霧島』主砲員
帆足宗次
  叩き上げの“鉄砲屋”として
  機動部隊護衛で活躍する『霧島』
  念願の戦艦対決と『霧島』の最期
  敵味方問わぬ供養のために

西洋戦史研究
フランス革命戦争

各国陸軍の教範を読む
第26回 防御 その3 ドイツ軍Ⅲ

ローマ帝国再興を目指したイタリアの野望
エチオピア戦争



今年の読書:39冊目



読書 | 00:12:25 | Comments(0)
古書店へ行く
今日は、久しぶりに水戸藩士の“シミズくん”と古書店へ行く。
彼の運転で高速道(正しくは、ただの自動車道だが・・・)を飛ばして・・・(笑)

で・・・またまた悪い虫が騒ぎ出し・・・
買っちゃった!・・・
本・・・・
しかも・・・6冊も・・・

こうなると、もう病気である・・・
それじゃなくとも、我が部屋と隣の部屋には、まだ読んでいない本が山積みだというのに・・・(笑)
またまた買っちゃった・・・(涙)

多分、拙者は本を読むのが好きなわけではなさそうである。
本を買うのが好きなだけのようである。(汗)

う~ん・・・贅沢な趣味だよな・・・これ・・・(大笑)

日記 | 11:58:06 | Comments(0)
終戦記念日
68回目の終戦記念日・・・
(私は「敗戦記念日」と言うべきだと思いますけど・・・)
安倍首相がアジア諸国への加害と反省に関して明言しなかったとマスコミが言ってますけど・・・
これ・・・どうなんでしょう?

厳密に言ったら、戦争には“加害国”も“被害国”もないと思うんですけど・・・
宣戦布告をしたほうが“加害国”ということかな?
その“加害国”が、もし、戦争に勝った場合でも、戦争に負けた“被害国”には謝って反省をするのだろうか?
そう考えると、どうもおかしい・・・

「アジア諸国への加害」と言うが・・・アジア諸国とはどの国を指しているのか・・・
首相の靖国神社公式参拝に文句を言っているのは中国と韓国ぐらいではあるまいか?
2国だけが「アジア諸国」か?
他にもタイ、マレーシア、ビルマ、パラオ、フィリピン、パプアニューギニア・・・等々、たくさんあると思うんですけど・・・
中国と韓国の言い分だけを気にするというのも、いかがなものか・・・
他の「アジア諸国」の意見も聞いてみるべきではなかろうか?
多数決を取ったらどうなるだろう?
中国や韓国にとって都合の悪い結果になるのかな?(笑)

「アジア諸国への加害」・・・ですけど・・・
当時は、台湾と韓国は日本ではなかっただろうか?・・・という気がするんですけど・・・(笑)
そうなると韓国が被害者意識でものを言うのはどうしたものかと思いますが・・・

他のアジア諸国も、タイを除いて、その他の国々は欧米の植民地じゃなかったでしたっけ?(笑)
本来の被害国は、イギリス、フランス、オランダ、アメリカ・・・などではないでしょうか?
本来ならば、彼らが日本に文句を言うべきではなかろうか?
植民地を“侵略”されたんだから・・・・

どうも日本のマスコミが言っていることが理解できないんですけど・・・(大笑)

「終戦記念日」に靖国神社に3名の閣僚が参拝したと報道・・・
テレビ局はマイクを向けてコメントを求めたりしていたようですが・・・
それはそれでいいのですが・・・
参拝しなかった人にもコメントを求めるべきではなかろうか?
「どうして参拝しなかったんですか?」って・・・(大笑)
そうしないとバランスが取れないんじゃないのかねぇ~

私の場合・・・8月15日には靖国神社には参拝しない・・・したことがない・・・
理由は・・・混むから・・・(大笑)

毎日が英霊のどなたかの命日である。
いつでもお参りするのが当然でしょ?
なにも8月15日に特定する必要はないんじゃないのかなぁ~
8月15日にお参りしないのはケシカラン・・・というのも極論だと思うんですよね。
8月15日に参拝したと、ことさら自慢げに語る人がいるが・・・いかがなものか・・・
1年に1回だけで・・・そんなに威張るの?(笑)

総理大臣も、こうすれば良いと思うんですよね・・・
「私は毎月1回、月初めにお参りに行っているので、15日には行きません!」って・・・(大笑)
なにも8月15日じゃなくてもいいんじゃないの?・・・靖国参拝は・・・

エッセイ | 22:04:27 | Comments(2)
牛と馬を忘れた!
母のお墓の掃除とお参りを終え・・・
母のご先祖様のお墓と仏壇にお参りをし・・・
父のご先祖様のお墓参りをし・・・

帰宅・・・

これでいいんだったよな?(笑)

と・・・ノンビリ構えていて・・・気が付いた・・・
自分の家の仏壇!
何もしていない!(大笑)

母が亡くなり6年も経つと・・・
段々手抜きしたくなるのである・・・(大笑)
もういいんじゃないかぁ~?(笑)
今年は帰ってこないんじゃないか?(大笑)

盆提灯を出して・・・盆棚を用意して・・・
お供えは・・・果物だけでいいよね?(明らかに手抜きである)(大笑)
ダメ?
じゃぁ、食事も少々ご用意しますか・・・
「盆棚の飾り方」の説明書はお寺さんからもらっているが・・・
書かれていることを真面目にやる拙者ではない・・・(大笑)
はい!略式!略式!(大笑)

母はコーヒーが好きだったので、コーヒーも供えてやろうと思ったが・・・
うっかり全部飲んじゃった!(大笑)

まぁ、こんな息子がいるところには帰ってこないと思うんだよなぁ~
お盆の準備をする必要があるかなぁ?
などと・・・なんとか怠けようという気持ちが頭をもたげる・・・

で・・・とりあえず、それなりの格好は付いたと思う。(笑)

夕方には、妹と姪っ子たちがやってくる。
彼らが到着したら、迎え火を焚けばいいか・・・

昔はチビ達に馬や牛の供え物を作らせたっけ・・・と、ふと思い出した・・・
あああ~!!!
やっちゃった!
馬と牛!
作ってない!(大笑)

う~ん・・・
キュウリと茄子・・・ない!
我が家にある野菜は・・・玉ねぎとジャガイモだけである。(汗)
う~ん・・・
玉ねぎとジャガイモでは、牛も馬も・・・無理か・・・

今年は、馬も牛も無し!・・・ということで母には勘弁願おう・・・
馬に乗って早く来て、牛に乗ってゆっくり帰るというのは無理だな・・・
ゴメン!歩いてきてぇ~!(大笑)

日記 | 13:05:08 | Comments(2)
無縁様の墓参り
今日はお盆の入り・・・
迎え火を焚く日である。

母のお墓まで高速道(本当は自動車道だが・・・)を飛ばし、お墓参り・・・
危うく卒塔婆を持っていくのを忘れそうになったが・・・(大笑)
母のお墓、祖父母、伯父伯母のお墓もお参りして・・・

で・・・今回は、以前から気になっていた無縁仏の墓地もお参りすることにした。
この無縁仏の墓所は、拙者のご先祖様が作ったものらしい。
どのご先祖様が作ったのかは知らないが・・・(笑)
ズ~ッと昔の無縁様である。
お盆やお彼岸の時には、先祖代々、このお墓をお掃除してお参りをすることになっているそうで・・・
現在では跡を継いでいる従兄が、この墓地の面倒を見ている。
拙者が最後にお参りしたのは、母や伯母達と一緒に来たのだから・・・15年ほど前のことだろう。

なんで15年も経って、ふとお参りしようなどと思ったのだろう?
不思議である・・・
こういう時は、自分の思いに素直に従って行動するのが良い・・・
ということで・・・「ついでに」お参りすることにした。(笑)

この無縁仏の墓所・・・不思議なのである。(笑)
我がご先祖様は、代々土饅頭のお墓なのである。
木製の墓標が腐って倒れたら、その後には何も建てず、土饅頭だけが残る・・・
それが、代々の“しきたり”のようである。
だから、拙者は、どの土饅頭が誰のお墓なのか知らない・・・
知らないでお線香を上げているんだから、いい加減なものであるが・・・ご先祖様には違いなかろう。

曾祖母の土饅頭は、生前、母に教えてもらったことがあったが・・・
記憶力がかなり悪いので・・・2つ並んでいる土饅頭の右の方だったか、左の方だったか、今ではもうわからなくなってしまった。(大笑)
仕方がないので、「ごめんね!ひいおばあちゃん!どっちだか忘れた!」と謝りながら、いつも2つの土饅頭にお線香をあげているのである。
いい加減な曾孫である・・・(大笑)

この本家のご先祖様たちのお墓が土饅頭だというのに、なぜか無縁様のほうは石でできたお墓が並んでいるのである。
15年ほど前にお参りしたときに、苔むした墓石の文字を丁寧に読んだ覚えがある。
かなり古いものであるが・・・
たしか、天正とか文禄年間、織田信長だとか豊臣秀吉の時代のものや・・・
天保の大飢饉があった、天保年間のものもあったように記憶している。
墓石には、かなり硬い石を使ったようで、彫られた文字がそれほど磨耗していないのに驚いた覚えがある。
その墓石が10基ほど、ずらりと並んでいる。
で・・・全ての墓石には戒名の下に「信女」と刻まれていたと思う。

この無縁様が全て女性だということは伯母たちも知らなかったらしい。
説明したら驚かれたのを憶えている。
どうして女性ばかり、お墓がズラリと並んでいるのだろう?
この山奥の村に、流れ流れて来て、最後にここでお亡くなりになられた方々なのだろうか?
無縁仏ということは、そうとしか考えられない・・・

ずいぶんの間、お参りしてあげていないから、お線香をあげてあげようと、拙者のご先祖様たちの墓所から少し離れたところにある無縁様の墓所に向う・・・
で・・・道に迷った・・・(大笑)
ご先祖様の墓所と目と鼻の先、わずか数十メートルしか離れていないのに・・・迷った・・・(笑)
あの杉の大木の裏に道があったと思う・・・と行って見たら道がない・・・
こっちの道かと向ったら、他家の墓所・・・
すぐ目の前に見えるんだけどなぁ~
入口がわからない!(大汗)
山の中の墓地は、どうもわかりづらい・・・狸か狐に化かされている感じ・・・(笑)
15年も行かないと、道を忘れてしまうのか?
かなり記憶力が悪くなっているようである。

ようやく無縁様の墓所に到着・・・
で・・・あれ?????

墓石の数が少ない!5基程度しかない・・・・
しかも、拙者の記憶にある墓石ではない!
あれれ???
一つ一つ読んでみると、大正時代、明治時代の墓石である。
天保時代の墓石は一つだけ・・・
あれ?天正とか文禄とかの墓石は・・・????
拙者の記憶がおかしいのか?
確かに10基以上がずらりと並んでいたはずなんだけどなぁ~
やっぱり狸か狐に化かされているのだろうか?(大汗)

墓石はセメントで固定されていた・・・
ということは・・・2年前の震災の時に倒れたのでセメントで固めたのかも・・・
へっ?他の墓石は?あの昔々の墓石はどこへ行っちゃったんだろう?

墓所は綺麗に掃除されていて、先日のお施餓鬼の時に受けた真新しい卒塔婆も立っていたが・・・
う~ん・・・これは従兄に聞いてみないとわからんなぁ~・・・・
どうも頭が混乱してきた・・・

この墓所には「籠屋のナントカさん」と呼ばれていた人の土饅頭もある。
15年前に、ここに来た時に母から話を聞かされた・・・
流れ流れてこの村に来た人で、大酒飲みのオジサンだったらしい。
昼間から酒を飲み赤い顔をしていたと言う。(笑)
が・・・竹で籠を編ませたら天下一品・・・すばらしい籠を編む人だったそうだ。
“流れ者”なので身寄りがない・・・
亡くなった後、ここに埋葬して供養してあげていると母が言っていた。

が・・・その土饅頭・・・
拙者の記憶と、位置が、ちょっと違うのである・・・(大笑)
う~ん・・・・参った・・・
拙者の記憶力はかなりいい加減なようだ・・・(大涙)
母から聞いた、このオジサンの名前が思い出せない・・・
「すみません!籠屋のオジサン!名前、忘れちゃった!」(笑)
と言いながらお線香を上げる・・・多分、呆れているだろうなぁ~
すみません・・・

結局・・・あれぇ~?おかしいなぁ~の連発という墓参りとなる・・・

日記 | 10:10:27 | Comments(0)
『老子・荘子』
老子・荘子 (講談社学術文庫)老子・荘子 (講談社学術文庫)
(1994/12/05)
森 三樹三郎

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まえがき

Ⅰ 老荘の思想

1 老子の思想
1 老子の出発点ー自然主義
    自然に帰れ
    孔子と老子
    孔子をののしる老子
    知識の否定
    無知無欲が人間の自然の状態
    善悪の彼岸ー和光同慶
2 理想郷の農村共同体と無為自然の政治
    小国寡民の理想郷
    老子は無政府主義者ではない
    国家による自然社会の保護
    無為の政治
    非情と不仁の政治
    神の信仰に代わる自然の摂理への信頼
3 老子の人生哲学
    政治的関心から人生論へ
    柔弱の徳ー赤子に帰れ
    女性原理の哲学ー柔は剛に勝つ
    水の哲学
    不争の哲学
    保身処世の道ー功成りて身退くは天の道なり
    名声欲の否定
4 道と無の形而上学
    政治的関心から哲学へ
    誌的な哲学の書としての『老子』
    言葉によらない直観の哲学
    道の形而上学の出発点
    無限者としての道
    道の神秘的体験
    一としての道
    無としての道
    無からの万物の成生
    無と無限ー鏡のたとえ
    有限の無と無限の無ー相対無と絶対無
    東洋における無の哲学の先駆者

2 荘子の思想
1 無限者による絶対無差別の世界の実現ー万物斉同の思想
    政治的人間と宗教的人間
    政治はアヘンである
    老子から荘子へ
    ありのままの真理ー認識論からの出発
    万物斉同の理
    有無の対立を包みこむ無限の世界
    鏡のように虚である者のみが万物を包容する
    万物斉同の世界の体験
2 人間の運命の肯定ー死生を斉(ひと)しくす
    人生と運命
    自然必然と運命
    万物斉同の立場による運命の肯定
    死の世界の賛美
    生と死は循環する
    死の哲学
    運命の主催者は存在しない
    中国民族の運命観
3 人間の内にある自然ー『荘子』外篇・雑篇の思想
    内篇の天命と外篇・雑篇の天性
    人性論の歴史
    自然の性に帰れ
    性の内容を虚無とするもの
    性を天分とするものー自得の思想
    性を生とするものー養生説の発生
    養生説は神仙説の萌芽を準備した
    性を天真の情に求めるものー儒教道徳への接近
    性を本能的欲望とするものー享楽主義の発生
    豊屋・美服・美味・美女
    本性自然の解釈の分裂
    絶対無差別から相対差別へー内と外の対立

Ⅱ 老子と荘子の生涯

1 老荘の生きた戦国時代
    周の封建制の崩壊
    戦国時代の諸子百家と老荘
2 老子の伝記
    老子の生まれた地
    老子の生存した年代ー孔子よりも後
    『史記』にあげられた3つの異説
    3つの異説の検討
    老子は単数か複数か
3 荘子の伝説
    『史記』の荘子伝
    荘子の生国
    荘子の生卒年代
    荘子のエピソード

Ⅲ 老子・荘子の書

1 『老子』の書の成立
    文体からみた『老子』ー武内説と小川説
    思想内容からみた『老子』ー長谷川如是閑の説
2 『老子』の書の構成
    現本『老子』の構成
3 『老子』の注釈書
    王弼注と河上公注
    その後の『老子』の注解書
4 『老子』の訳文と解説
    無限の道と言葉
    和光同塵ー万物の根源としての道
    無である道からの有である徳の発生
    一としての道
    虚静の道への復帰
    儒教の道徳と老子の道徳
    道は隠れて名なしー偉大なものは卑小にみえる
    絶対無差別の立場
    名句集ー怨みに報ゆるに徳をもってす
    足るを知るものは富む
5 『荘子』の書の成立
    内篇と外篇・雑篇
    郭象による『荘子』定本の出現
6 『荘子』の注釈書
    最も古い郭象の注
    郭象注の長所と欠点
    その後の荘子注
7 『荘子』の訳文と解説
    (a)内篇
      1 逍遥遊(しょうようゆう)篇
        上空をとぶ大鵬の目からみた地上の姿
        小鳥は大鵬の志を知ることができない
        無用の大木ー広漠の野に寝よ
      2 斉物論(せいぶつろん)篇
        是非の対立を越えた真理を知るための明知
        彼此や是非の対立の消失する境地
        自然の道ではすべてが一つである
        朝三暮四
        まだ無がなかった始め
        道は無限のものである
        動物は美女を見て驚き恐れるー価値の相対性
        死は故郷に帰ることである
        胡蝶の夢
      3 養生主篇
      4 人間世(じんかんせい)篇
        心斎ー虚心の説
        忠孝の道も運命によって定められる
        無用の大木
        身体の不自由な者のみが幸福な人生を送りうる
      5 徳充符篇
        万物斉同の境地にあある者
        醜男の達観ー物と春をなす
      6 大宗師篇
        生死をひとしく見る真人
        死生の運命を愛する
        生は労役であり死は休息である
        青春をよしとし老年をよしとする
        造物者の悪戯
        座忘
      7 応帝王篇
        造物者を友とする
        神巫と壺子の術くらべ
        鏡ー来たる者は拒まず、去る者は追わず
        混沌に七つの穴をあけて殺す
    (b)外篇
      8 駢拇(べんぼ)篇
        鶴の足は長く鴨の足は短いー自得のままに生きよ
      9 馬蹄(ばてい)篇
        自然の道徳の破壊者は聖人である
      10 胠篋(きょきょう)篇
      11 在宥(ざいゆう)篇
        物を物とすー主体性の強調
        仁義礼法の消極的肯定
      12 天地篇
        はねつるべを拒む老人
      13 天道篇
        古人の糟粕(そうはく)をなめるー言語文字の限界
      14 天運篇
        美人の西施のまねをする醜女
      15 刻意(こくい)篇
        理想への努力の否定
        養心の道
      16 繕性(ぜんせい)篇
      17 秋水篇
        生死は循環する自然である
        邯鄲(かんたん)の歩を学ぶ
        泥の中で尾をひきずる
        濠上に知る
      18 至楽(しらく)篇
        妻の死に盆をたたいて歌う荘子
        死の世界の楽しさを説く髑髏
      19 達生篇
        酔っぱらいは車から落ちても死なない
        養生して虎に食われた男
        恐るべき危険は寝床の中にある
        蝉取りの名人ー練達自然
      20 山木篇
        虚舟に腹を立てるものはいない
        醜女は美人よりも愛される
      21 田子方(でんしほう)篇
        目撃して道存す
        画をかかない画工
      22 知北遊篇
        生死は一気の集散である
        弁ずるは黙するにしかず
        道は屎溺にあり
        狂言を蔵す
        無を無しとす
    (c)雑篇
      23 庚桑楚(こうそうそ)篇
        老子の禅問答
        自然の性の発動は真為であって作為ではない
        やむを得ざるによるー有為自然
      24 徐無鬼(じょむき)篇
        空谷に足音を聞く
      25 則陽篇
        蝸牛(かぎゅう)角上の争い
        言葉は符号にすぎない
        宇宙の主宰者の有無ー非言非黙
      26 外物篇
        小説の語の出典
        墓どろぼうをする儒者
        筌蹄ー意を得て言を忘る
      27 寓言(ぐうげん)篇
        荘子に寓言が多い理由
      28 譲王篇
      29 盗跖(とうせき)篇
        盗跖の享楽的自然主義
      30 説剣篇
      31 漁父(ぎょほ)篇
        真悲は声なくして悲しむー天真の情の尊重
      32 列禦寇(れつぎょこう)篇
        自力を越えた天命のままに安んぜよ
      33 天下篇
        死人の道を説く慎到

Ⅳ 老荘思想のその後の展開

概観
1 漢代の老子の思想
      1 老子と法家思想の結合
        老子と韓非子
        韓非子の書の内部における矛盾
        道家と法家のあゆみより
        黄老ー黄帝と老子
        漢初の黄老思想による自由放任の政治
        黄老思想を支持した竇太后
      2 『淮南子』と『列子』
        『淮南子』ー漢初の道家思想を代表する著作
        有為自然を説く『列子』-大乗性をもつ黄老思想
2 老子と神仙説・道教
      1 黄老思想と神仙説の結合
        神仙説が生まれた理由
        神仙説の先駆としての養生術
        養生説から神仙説へ
        海上の三神山と秦の始皇帝
        漢の武帝と神仙説
        巫術と祭祀
        金舟の術
        尸解(しかい)
        諸王や高級官僚の間にひろがる神仙術
        黄老思想と神仙説との結びつき
        神仙説の開祖にされた老子
        後漢の桓帝の老子崇拝
      2 道教の成立と老子
        道教という語の生まれた歴史
        神仙説から道教へ
        道教の成立を準備した宗教的反乱
        道教の基礎をきずいた五斗米道(天師道)
        民衆道教の呪術的要素と『老子』の読誦
        『老子』五千文の学習
      3 道教教理に採用された老子の思想
        葛洪の『抱朴子』
        道教の神となった老子
        抽象的概念の神格化
        老子の神仙道と儒教とは共存しうるか
        老子の政治思想による道教の補強
        『老子』の河上公注ー『老子』の神仙説的解釈
      4 道家思想と道教の異同の問題
        老荘思想は道教と本質的な関係をもつか否か
        老子が神仙説に結びついた第一の原因ー長生の思想
        第二の原因ー老子のもつ神秘的色彩
        老子は道教の長生術を否定する
        荘子と神仙説ーマスペロ氏の説
        荘子は神仙家の長生の技術を排斥する
        荘子は神仙を去ること千億里である
        知識人は老荘と道教の区別を知っていた
        道教と道家思想は全く別個のものである
3 六朝時代およびその後の老荘思想
      1 老荘学の興隆
        老荘・道教・仏教の黄金時代としての六朝
        六朝文化を育てた貴族社会
        清談の流行と礼教の否定
        王弼の『老子注』の出現
        荘子はじめて老子にならぶー向秀の『老子注』
        『荘子』の郭象注ー儒墨いやしまれ道家の言盛んとなる
        儒学にならぶ玄学ー玄儒文史
      2 社会現象としての老荘思想の流行
        第1期ー正始の風
        第2期ー元康の放縦の風
        第3期ー元康の反省期としての東晋
        第4期ー南朝貴族の教養としての玄学
      3 老荘思想と文学
        老荘思想と六朝の文学ー陶淵明
        山水の自然と老荘思想
        唐の道教と文学ー酒中の仙李白
        中国の文学と老荘思想
      4 老荘思想と仏教
        1 初期仏教の老荘的受容
            中華意識の衰退と仏教の黄金時代の開幕
            仏教受容の二方向ー教義理解と信仰
            老荘思想による仏教の理解ー挌義仏教
            仏僧の老荘研究
            仏教の空の格義的解釈ー本無義
            格義仏教の終息
        2 禅宗と老荘思想
            禅と浄土ー中国で最後まで生き残った仏教
            禅と浄土の共通点
            理屈ぎらいの中国の風土
            禅宗の遠祖ー道生の頓悟説
            六祖慧能の南宗禅の勝利
            南宗禅の坐禅否定と老荘の無為自然
            坐禅と荘子の坐忘
            不立文字と荘子の思想
            荘子が言葉を無用とする理由
            筌蹄(せんてい)と月をさす指
            以心伝心ー体験的直観
            見性成仏ー本性自然
            荘子と禅宗の相違点
         3 浄土教と老荘思想
            (a)『大無量寿経』と無為自然
                中国における浄土教と日本の浄土宗・浄土真宗
                『大無量寿経』に見える「自然」の語
                『大無量寿経』のうちにある老荘思想
                三毒五悪段と老荘の無為自然
                自然は他力なり
            (b)中国の浄土教と道教
                浄土教の起源
                浄土教の祖曇鸞ー他力易行による浄土往生
                神仙説に関心をもつ曇鸞
                道綽と善導ー民衆のための宗教
                中国浄土教のもつ道教的色彩と自力の要素
                自然はすなわちこれ弥陀国なり
            (c)親鸞の浄土真宗と自然法爾の思想
                一念と多念ー信と行
                往生を頼む念仏から報謝の念仏へ
                如来より賜りたる信心ー信心さえも向う持ち
                カルヴィニズムへの接近の危険
                人格神からロゴスへー久遠実成の阿弥陀仏
                自然法爾ーみだ仏は自然のようを知らせむ料なり
                自然必然のもたらす生死の肯定
                死の運命の肯定ー死の象徴としての阿弥陀仏
                清沢満之の絶筆ー如来の本体は天命である

おわりにー老荘思想の過去と将来

老荘思想が果たした歴史的役割
神なき時代の宗教

老子・荘子年表

(文献案内)

索引



老子は無為自然(人の手を加えず、あるがままにまかせる)を基本的な立場とする。
荘子は万物斉同を基本思想としている。
が・・・この万物斉同というのが良くわからない・・・(涙)
全てのものを等しく(斉しく)同一と見なすと言う・・・
善悪や生死というのは相対的な概念で成り立っているので、これを超越した「無」の境地に立てば、対立や差別はなくなり、全てのものは同じとなる・・・ということのようである。
が・・・
やっぱりわからない・・・(涙)
善も悪も同じ?
生きることも死ぬ事も同じ?

本書は、老荘思想や禅や浄土宗などの仏教に与えた影響など、多岐にわたって、かなりわかりやすく書いているようなのだが・・・
読み手の、こちらの能力が低すぎるので、わかったような・・・わからないような・・・
なんとも情けない話で、自己嫌悪に陥りそうになる。

が・・・
ここは「老荘思想」で・・・
わからなくても、いいんじゃないか?(笑)
あるがままで・・・(笑)

まぁ、一度読んだくらいではわからないのは当然だから、いつかまた、もう一度読み返すということにしようと思う。


今年の読書:38冊目



読書 | 20:31:36 | Comments(0)
葬式は苦手です
今日は、後輩の“トシちゃん”のお父さんの通夜式・・・
日中は猛暑!
とても礼服を着てネクタイを締めるなんて無理ではなかろうかというほどの暑さである。
と・・・夕方になり突然雷鳴とともに雨が降り出してきた!
部屋の中に涼しい風がビュービュー吹き込んで来た!
あらら・・・
1時間後には通夜式なんだけど・・・・
と思っていたら、ピタリと雨がやんだ・・・
ウソ・・・(笑)
雨が降ってくれたおかげで一気に涼しくなってくれたのである。
あらら・・・
これは、“トシちゃん”のお父さんの仕業だな・・・(笑)
こんなに暑くちゃ参列者に申し訳ないと思って雨を降らせたのではあるまいか?
涼しくなってくれて助かった・・・

通夜式には“ウメちゃん”と二人で参列・・・
で・・・
毎度のこと、困るのが・・・
参列者の中から拙者に挨拶する方がおられるのだが、拙者はその方がどなたなのかさっぱり思い出せないこと。

だから、葬式は苦手なのである。(涙)

今回もまた・・・である。

通夜式開会まで時間があったので葬祭場の外の喫煙所で“ウメちゃん”とタバコを吸って雑談・・・
と・・・私服を着て、子供の手を引いた40歳前後の女性が、少し離れたところに立って、こちらに向って2回ほどお辞儀をしてきた・・・
多分、隣接している霊園にお墓参りかお掃除に来た人ではなかろうか?
我々の周囲には誰もいないし、“ウメちゃん”は相手に背を向けているから、挨拶している相手は・・・拙者?(汗)
はぁ?・・・
・・・さらに2度ほどお辞儀をされる・・・
拙者なのかな?・・・と思い、一応、こちらもお辞儀をしたら、深々とお辞儀をして、その女性は立ち去った・・・
やっぱり、拙者に挨拶してたのか?

う~ん・・・でも・・・誰?(大汗)
全く思い当たる節がない・・・
年齢的にも、40歳前後の女性の知り合いは・・・・いないはずなんだけど・・・
誰かの奥さん?
それとも、拙者が教育実習をした時の教え子?(笑)
教え子なら40歳を超しているから可能性はあるけど・・・30年近く前の話である。
教え子の顔など覚えているわけがない。(笑)
う~ん・・・・誰なんだろう????

会場に入って着座・・・
開会までまだ少し時間があった・・・
と・・・隣りに座っている“ウメちゃん”が、「あそこの女性がさっきから挨拶してくるんだけど知り合い?」と言う。
はぁ?
通路の向こう側を見たら、年配の女性がしきりにお辞儀をしてくる。
あ!・・・・お顔はどこかで見たことがあるような・・・(大笑)
拙者が会釈をしたら、ニコリと笑ったので、やっぱり拙者に挨拶していたようである・・・
が・・・誰なのか・・・わからない・・・(大汗)
誰なんだろ?
お顔は存じ上げているような・・・気がするし・・・
以前、どこかで会話を交わしたような記憶も微かに残っているような・・・気もするのだが・・・
う~ん・・・・名前どころか、どういう関係者なのかも思い出せない・・・

あ~あ~・・・またこれだ・・・・
「何か話しかけたそうな素振りだけどいいのか?」と“ウメちゃん”
「ウッ!勘弁してくれ・・・誰なのかわからんのだ・・・」(苦笑)

参ったなぁ~・・・・どうしてこうも記憶力が悪いんだろう?
あ~あ~・・・また数日は悩むことになるんだぞ・・・多分・・・
だから葬儀の席って苦手なんだよなぁ~(大涙)

日記 | 20:39:53 | Comments(0)
『F機関』
F機関‐アジア解放を夢みた特務機関長の手記‐F機関‐アジア解放を夢みた特務機関長の手記‐
(2012/06/29)
藤原岩市

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序文

第1部 藤原機関

志士の暗躍
  三志士の密航
  秘密結社IILの登場
  日ごとに波高き太平洋情勢
  第8課の焦慮
  武官室の密談
バンコック潜行
  決意
  祈願
  バンコックへ
密会
  田村大佐の命令
  ゆらぐタイ
  初の密会
  深夜の密会
  覚書
  武装
飛電
  断
  大本営命令
  ピブン首相の失踪
  プリタムシン氏への通告
  出陣
  機上の美談
覆面を脱いだIIL
  日本軍の快進撃
  翻る自由の旗
  車中談
  同志の糾合
アロルスターへ
  国境の祈り
  十字街の盛観
  投降勧告
  市民の保護
  徹宵の討議
  会食
  連夜の協議
決起
  青天白日旗
  ペナンの大会
  タイピンへ
  接触
  モハンシン大尉の決起
スリム戦線
  イポーへ
  INA宣伝班の活動
  YMAの活動
  伝単撒布
  カンパルにおける初会見
  スリム戦線の崩壊
  大本営参謀
  マラッカ海峡の彼方に
首都クアラルンプール
  クアラルンプールへ
  INA司令部の開設
  サイドアブバカル君
  IILの活動
  モアルの激戦
  扁舟
  自慢話
  将軍(ゼネラル)
  ビルマへ
シンガポール
  総攻撃
  ブキパンジャンの十字路
  降伏
  ファラパーク
  大会
  遺恨!華僑弾圧
  アチエの急
東京会談
  招電
  岩畔大佐
  四氏の遭難
  山王会談
  機密費返上
惜別
  マレイにおける別離
  アチエの蜂起
  シンガポールにおける惜別

第2部 その後

まえがき
モハンシン事件
  悲劇の因
  激突
  流謫
インパール進撃
  ベルリンのボース氏東亜に
  巨人の抱擁
  ネタージ明妙に
  チェロ、デリー
  無念!雄図挫折
デリー軍事法廷
  召喚
  レッドフォート
  デサイ博士の恩言
  ジャイヒン
  隷属民族は闘う権利あり
  独立の前夜
訊問
  チャンギー刑務所
  ワイルド大佐
  グローリアス・サクセス
附記
  慰霊の辞

私の回想 INA GENERAL モハンシン

義父のこと 冨澤暉



この間の講演会の時に購入した本・・・
最初は昭和41年に出版されたが、その後廃刊、その後、別の出版社から再出版されたが、これも後に廃刊・・・
といった具合に廃刊と再出版が繰り返されていた本で、なかなか入手しづらい本だった。
今回、再々刊されて廃刊となったものを最近、復刊したそうである。

私が大学生の時に一度だけ著者にお会いしたことがある。
我が大学で開催された教職員対象の講演会の席である。
我が大学には、当時、戦時中に特務機関員として活躍した教職員が何人も在籍していたようで・・・
この講演会は教員と職員のみで、学生の参加は認められていない講演会だった。
にもかかわらず、どういう経緯なのか思い出せないが、当時学生だった私には特別に聴講してよいと許可が出たのである。
こちらからお願いした憶えは全くない・・・(笑)
誰かが勝手に頼んでくれたような気がするのだが、誰がそれをやったのか記憶がない。(笑)

ところが、当日、私はすっかり講演会のことを忘れて大学から帰ろうとしていた。
そのとき、構内で眼光鋭い年寄りとすれ違った・・・
ん?教授にしては見かけない人である。
すれ違った時に視線が合った・・・その眼光の鋭さは“ただ者”ではない・・(大笑)
振り返って後姿を見た・・・
グレーのスーツを着こなし、背筋がピンとしていて・・・
ん?・・・俺の祖父の後姿とソックリだ。
禿げ頭のところなどは特に・・・(笑)
ん?・・・この人・・・元軍人だな・・・陸士出身か?

この時に気がついた!
藤原さんの講演会!(大汗)

「藤原岩市」の名は、以前から存じ上げていたが、失礼ながら、もうこの世にはいないものと思っていた。
まさか、謦咳に接することが出来るとは・・・(大喜)
ワクワクしながら会場へ向ったら、受付の前は教職員で混雑していた。
某教授から「おい!学生は入室禁止だぞ!」と怒られた。(大汗)
「許可を得ております!」と答えたら、周囲の人達が私を見てニヤリと笑ったのを今でも憶えている。
「おおそうか!よし!一番前で聞け!貴重な話なんだからシッカリ聞けよ!」と周囲から言われ無理矢理最前列へ・・・(汗)
目の前には藤原さん、後ろにはズラリとそうそうたる教職員たち・・・
これでは緊張しないわけがない!(大涙)
おかげで講演の内容は全く記憶にない!(大笑)

藤原さんの開口一番の挨拶・・・
目つきの鋭い怖い顔なので(失礼!)、さぞかし凄みのある声かと思ったら、少し甲高い優しい声だったので拍子抜けしたことを覚えている。
が・・・その他のことは全く覚えていない・・・(大笑)

ガチガチに緊張しているうちに、講演会は終了してしまった・・・(大笑)

というわけで・・・この本は是非とも読んでみたかった本なのである。(大笑)
え~と・・・どういう話でしたっけ?(大笑)
30年前の記憶を辿ってみると、あ~確か、そういいうことを話しておられたな・・・と思い出す部分もチラホラ・・・(笑)
藤原さんは、この講演から2年ほど後にこの世を去られている。
何度もお会いしたかった、何度も話を聞きたかった・・・・そういう人だった。

藤原さんは、インド独立運動の工作を担当した特務機関の機関長だった。
フリーダム、フレンドシップ、フジワラの3つの頭文字は同じ「F」である。
そこから「藤原機関」は別名「F機関」とも呼ばれていたそうだ。
特務機関は“謀略工作をする組織”との捉え方をしやすいが、私はそうとばかりではないと思っている。
“謀略”というと陰湿なイメージだけとなる。
それだけで目的が達成できるわけはない。
“フレンドシップ”は、必須条件だろう。
私利私欲、日本の国益のみを追求して相手を騙し利用するだけでは、本来の目的を達するのは無理ではなかろうか?
結果的に、最終的に、日本の国益につながる・・・というものでなければなるまい。

藤原さんは外国語に堪能だったわけではないのに、この任務を与えられ、それをこなした・・・
その人選のポイントとなったのは、何だったのだろう?
こういう活動に関わった藤原さんがうらやましい・・・
私がこの立場だったら、こういう任務を無事に遂行できたかどうかは甚だ疑問であるが・・・(大笑)
魅力があるよなぁ~・・・・こういう任務・・・・

他の日本人、日本軍人に理解してもらえない活動である。
読んでいて歯がゆくなる部分も多い・・・
もし、もっと他国(占領国とその国民)への理解があれば・・・と思ったりする。

今の日本はどうだろうか?
“アジア諸国”は中国と韓国だけではないのだが・・・(大笑)
他のアジア諸国、民族への対応は適切か?
この本を大いに参考にすべきである。



今年の読書:37冊目



読書 | 22:05:02 | Comments(0)
“ショウちゃん”に会う!
8月になって、ようやくセミが鳴き始めた!
先月、早々とトンボに空を飛ばれては、セミも格好がつかなかったのだろう・・・(大笑)
慌てて土中から這い上がってきたか?

今日は、母の菩提寺の『御施餓鬼』である。
親父は外出したがらないので、留守番として家に残し、一人で出かける。

お寺で、“ショウちゃん”に会った!(大喜)
“ショウちゃん”は、拙者の母が小学校の教師をしていた時の教え子である。(笑)
母が20歳になるかならないかの時の教え子だから・・・もう70歳に近いと思うが・・・
それでも“ショウちゃん”は“ショウちゃん”である。(笑)
母がそう呼んでいたので、拙者もそう呼んできた・・・だから・・・失礼ながら今もって本名を知らない。(大笑)

拙者が小学生の時のことである。
“ショウちゃん”からエアメールが届いた。
この時が、拙者と“ショウちゃん”の最初の出会いである。
“ショウちゃん”は、この時、ソロモン諸島に「青年海外協力隊」の隊員として技術指導に派遣されていた。
封書は、ソロモン諸島からのもので、中に写真がギッシリと詰まっていた。
生れて始めて見たエアメールの封筒の赤と青と白の縁取りが珍しくて、今でも目に焼きついている。

同封されていた写真・・・
今でも記憶に残っているのは、マングローブの林をバックに、撃墜されたのだろう日本軍のものと思われる航空機(零戦?)のエンジンとプロペラが波に洗われている写真・・・
それと、山本五十六連合艦隊司令長官が撃墜された場所が近くにあります・・・という一文・・・

行ってみたいなぁ~!ここ!(大笑)
大人になったら行ってみたいなぁ~!(大笑)
この時のエアメールが、現在の拙者の行動に大きく影響していることは間違いない。

その後、しばらく経ってから・・・手紙が届いたのはクリスマスの日だったから、翌年だったと思うが・・・
“ショウちゃん”が帰国して我が家を訪ねてくれた。
いやぁ~!!この人があの写真を送ってくれた人なんだぁ!
拙者にとっては「英雄」である!
遠い遠い南の島に行っていた「英雄」である!
この思いは今も昔も変わっていない・・・(笑)

母が亡くなる少し前に“ショウちゃん”の家に行ったことがある。
母の実家の村より更に山奥の小さな集落にある。
母とドライブしていたら、「この先に“ショウちゃん”の家があるんだ」と母が言うので、「それじゃ、ちょっと寄ってみようよ」と突然訪問した。
畑で農作業をしていた“ショウちゃん”に声をかける・・・何十年ぶりかの再会であった。
お茶をいただきながら、オシャベリの花が咲く・・・

そして、間もなく母はこの世を去った・・・
「まさか、あれから直ぐに亡くなるとはねぇ~」と“ショウちゃん”はショックを隠せない・・・
「あの時は既に末期癌で、もうダメだったから、最後に“ショウちゃん”にお別れをさせようと思って、連れて行ったんですよ」
「そういうことなら、そうと言ってくれれば・・・知らなかったなぁ~」
「本人を前に、それは言えないから・・・」
「そうだよなぁ~・・・・」

あの時からだから・・・6年ぶりくらいかな?
お寺で“ショウちゃん”と再会!(大喜)
その間、拙者は、パプアニューギニアやガダルカナル島へ行っている。
“ショウちゃん”の影響で、南の島に慰霊に行ったんだと話したら、喜んでくれた。(嬉)
親父が一緒じゃなくて良かった・・・(大笑)
親父が一緒じゃ、ゆっくりオシャベリも出来ぬ。
これは母の仕業か?(大笑)

卒塔婆をもらって、母のお墓参りをして帰る・・

途中、いつも立ち寄るレストランで一人で昼食をとる。

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昼食は外食・・・・
で・・・夕食は、水戸藩士の“シミズくん”と、これまた外食である。(笑)

う~ん・・・なんという贅沢な一日だ・・・(大笑)

日記 | 10:16:10 | Comments(0)

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