■プロフィール

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

■最近の記事
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■FC2ブログランキング
■ブロとも申請フォーム
■最近のコメント
■小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

■ブログ内検索

■リンク
■RSSフィード
■FC2カウンター

手紙を書くのは難しい
『荘子』を贈呈してくださった著者(編訳者)の“ミサキ先生”にお礼状を書かねば・・・
と・・・思うのだが、これが何ともし難いのである。
う~ん・・・と唸ったまま・・・文章が浮かばない・・・(大笑)

「とても良い本でした」・・・はありふれている感想だしなぁ~
そういう感想文は嫌というほど届いて読み飽きているだろうし・・・
「よく書けてました」では可笑しいよな・・・
どっちが“先生”なのかわからん・・・なんて生意気な奴だと怒られるだろう・・・(大笑)

あ~あ~あ~・・・・筆が進まぬ!(大涙)

相手は文章を書くプロである。
そのプロに対して手紙を書くというのは、かなりのプレッシャーなのである!(涙)
かといって・・・本を贈ってもらったのに礼状も出さぬというのは、明らかに失礼な行為である。
非常識といってもいい・・・
あ~参ったなぁ~

文体はどうしよう・・・言葉遣いは?・・・
考えただけで目まいがしてくる(笑)

ふと・・思った・・・・
拙者は『荘子』を読ませていただいたのだが・・・
これでは読んだ意味が無いのではなかろうか?
上手に手紙を書こう・・・などと考えている・・・
自分の能力以上の文章を書こうなどと背伸びをしている・・・
これは『荘子』の教えに反した行為ではあるまいか?(大笑)
自然に・・・あるがままに・・・であるべきなのに・・・

文章が下手なのは仕方がない・・・拙者の能力がこの程度なのだから・・・
字が下手なのも仕方がない・・・
言葉遣い、言葉選びが下手なのも仕方がない・・・
全て「仕方がない」・・・と開き直ったら気が楽になった。(大笑)
スラスラと文章が頭に浮かんできたので・・・・
そのままサッサと書き上げて・・・・
読み直すと自己嫌悪に陥るから読み直さず、サッサと封をしてポストに投函する!(大笑)

一件落着!

あとで「いくらなんでも文章がひど過ぎる」とか「字が汚い」とか、お叱りの手紙でも来たら・・・「荘子の教えを実践しました!」と開き直っちゃおう!(大笑)

スポンサーサイト
日記 | 20:33:03 | Comments(0)
懐かしい映画・・・・
テレビで『11人のカウボーイ』という映画を放送していた。

いやぁ~懐かしい!(大喜)

11人のカウボーイ [DVD]11人のカウボーイ [DVD]
(2000/04/21)
ジョン・ウェイン、ブルース・ダーン 他

商品詳細を見る


映画パンフレット『11人のカウボーイ』映画パンフレット『11人のカウボーイ』
()
シネマコレクション

商品詳細を見る


この映画は1972年に日本で公開された映画で・・・
ジョン・ウェインが主演の西部劇映画・・・

この映画を見たのは映画館なのだが・・・
中学生の時のこと、しかも学校の“行事”で映画を観たのである。
どういう経緯があったのかは知らないが、確か、我々の学年だけだったのか全校の生徒全員だったのかは記憶にないが、中学校から駅前の映画館までゾロゾロと徒歩で移動・・・
本当に映画を観に行くのか?・・・と半信半疑で移動したことを覚えている。
で・・・映画館を貸切って観せられたのが、この映画・・・

あれは一体、何の行事だったんだろう?(大笑)
今もって不思議なのだが・・・
この「映画鑑賞」は、この時一回だけで、その後二度と行なわれなかった・・・(笑)

ジョン・ウェイン扮する「老カウボーイ」・・・
多くの牛を運ばなければならないが、それをやってくれる男達がいない・・・
牛を運ぶより金探しに行ってしまったためである。
やむを得ず、11人の少年を雇って、少年達と一緒に牛を運ぶことになる。
この少年たちは、当時の我々と同じくらいの年齢・・・
それだけにワクワクしたものである。
牛を運ぶ途中で、牛泥棒の悪党にジョン・ウェインが殺されてしまう。
これには驚いた・・・
主役が死んじゃった・・・(笑)
ん?主役はジョン・ウェインじゃなくて、11人の少年達のほうだったのか?
牛を横取りされた少年達が、ついに反撃に転じる。
もうワクワクである。
少年カウボーイたちが銃をぶっ放すシーンなどは「やっちまえ!」である。(大笑)
牛たちを取り戻し、無事に子供達だけで目的地まで牛を運び、“任務”を完了する。
この旅で子供達が一人前のカウボーイに成長していくというストーリーであるが・・・
今、見直しても、なかなかいい映画である。
あれから40年も経っているのに・・・
名作だよなぁ~・・・これ・・・
いつまでも“色褪せない”というのは・・・

当時、拙者は乗馬を始めたばかりの頃だった。
う~ん・・・ジョン・ウェインのように馬を乗りこなせたらいいなぁ~と思った。
少年カウボーイ・・・うらやましいなぁ~、俺もカウボーイになりたいなぁ~・・・・
できれば12人目に加えてくれないかなぁ~・・・などと思ったものである。(大笑)

40年ぶりに、偶然、見てしまった『11人のカウボーイ』!!
あの時のワクワク感が甦る・・・
この映画が素晴らしいのか、それとも拙者が中学生の頃から成長していないのか・・・(大笑)

この映画を見た映画館・・・
拙者が大学生時代、帰省した時に一度だけ一人で映画を観に行ったが、観客は拙者一人・・・
あの広い館内にお客は拙者一人・・・
心細い「貸切」状態・・・・
で・・・まもなくこの映画館は閉館となり・・・随分後になって取り壊された・・・(涙)
この跡地の前を通るたびに、あの時に観た『11人のカウボーイ』をいつも思い出していたが・・・
いやぁ~40年ぶりに再び観る事が出来るとは!(大喜)

ジョン・ウェインは、この映画の公開から7年後にこの世を去った・・・
あの11人の少年カウボーイたちを演じた“俳優”たちは、その後どうなったんだろう?
拙者の乗馬もあっけなく中学時代で終わってしまい・・・もう40年近く馬には乗っていない・・・
一緒にこの映画を見た同級生達・・・この映画のことを今でも覚えているだろうか?

中学生時代にタイムスリップしたひと時だった。(嬉)

テレビ・映画 | 19:56:09 | Comments(0)
ボケている・・・
今日は、本来は予科練の慰霊祭に参列する予定だったが・・・
なにせ、この風邪・・・
一昨日は、かなり良くなったと思っていたが、昨日、また体調が悪化してしまった。(涙)
声がヒドイのは仕方がないとしても、関節が痛み出し、ゾクゾクと寒気もする。
これじゃ参列は無理だな・・・と、昨晩、関係者に連絡をしてドタキャン!(大涙)
現地で皆さんにお会いする約束をしていたのだが・・・
まさか風邪をうつしてしまったのでは申し訳ないし・・・
ここは断念するしかあるまい・・・

ということで、大人しく自宅で“静養”・・・
といっても、毎日が“静養”なので、どこも変わりはないのだが・・・(大笑)

夕方、夕食の買物にスーパーに行く・・・
で・・・駐車場に車を停め・・・
さぁ、店内へと思った瞬間・・・ふと、不安に・・・
ズボンのポケットに手をやったら・・・あれ?財布!・・・持ってくるのを忘れた!(大汗)

レジに並んでから気がつくなどというドジを踏まなくて済んで良かったが・・・
まさか財布を忘れるとは・・・
買物袋を忘れることは何度かあったが、財布を忘れるとは初めての経験である。

ボケたな・・・
風邪のせいか?
こりゃ、慰霊祭に行かなくて良かったかも。
とんでもないドジを踏んだかもしれない・・・
キャンセルして正解だったと思う・・・

日記 | 19:15:51 | Comments(2)
理事会をドタキャン
先日の永代神楽祭が無事に終わり、ホッと気が緩んだせいだろうか・・・
どうも風邪をひいてしまったらしい・・・
声が出ない・・・出てもガラガラ声・・・・
咳も少々出る・・・
明らかに・・・風邪だな・・・これ・・・
最悪である!(涙)

今日は法人会の理事会なのだが・・・
この調子で出かけたら、絶対、他の人に風邪をうつすことになるだろう。
こりゃ、行くのは止めたほうが良さそうだ・・・
皆勤賞の拙者だが・・・ついに初のドタキャン・・・である。(涙)

で・・・・
事務局に電話して欠席することを告げる・・・・
と・・・・
現在、次々と欠席の連絡が入り、このままでいくと理事会が定足数を割ってしまい、不成立になりそうだと言う。(汗)
いやぁ~そりゃ、まずいが・・・
かといって、無理して出席しても、他の人に風邪をうつしたんじゃ迷惑だろう・・・
仕方がないよなぁ~・・・・これ・・・

そもそも、今までの「社団法人」では、理事会の出席は委任状によるものも認められていた。
が・・・「公益法人」になると、理事会の「委任状出席」は法的に認められないのである。
「社団法人」から「公益法人」に移行するかどうかで理事会で議題が上がった時に、拙者はこの点が不安なので、「公益法人」ではなく「一般法人」にしたほうがいいのではないかという意見だった。
つまり「公益法人化」反対・・・だったわけで・・・
公然と反対意見を言ったので、理事会ではヒンシュクを買ったのである・・・
その影響は今も続いていて、拙者は理事会の嫌われ者である・・・(笑)

「委任状が使えないとなると、何があっても理事会には出席してもらわねばなりませんが、その御覚悟はあるんですよね?大丈夫なんですか?理事の3分の2以上に間違いなく出席してもらわないと理事会は不成立になって大変なことになりますよ」

反応は・・・シラァ~・・・
とても企業の経営者の集まりとは思えない主体性のない反応である・・・
「大丈夫じゃないのぉ~?」

で・・・恐れていた危機がついにやってきた・・・(大笑)
拙者は知らないもんね!
事前に指摘しておいたんだから・・・
「仕事が忙しいから欠席します」は通用しないと言っておいたんだから・・・
だから「公益法人化」はやめたほうがいいって言ったのに・・・
さぁ、どうなりますか・・・

日記 | 14:14:04 | Comments(0)
【新訳】 荘子
[新訳]荘子[新訳]荘子
(2013/02/07)
不明

商品詳細を見る


序章 本当の生き方を得るために

文明の進歩とはなんだったのか
生命(いのち)より大切なものはありますか?
真面目に一生懸命やった結果が・・・
儒教と道教との違い
「まごころ」で生きよ

内篇

大きな魚が大鵬(おおとり)になった
自分の物差しで世の中を測るな
至人(しじん)・神人(しんじん)・聖人
自分に見合った生き方
「朝三暮四(ちょうさんぼし)」、どちらにしても同じこと
夢も現実であり現実も夢である
名人・包丁(ほうちょう)の極意
運命から解放された心境
蟷螂(とうろう)の斧(おの)
無用の用~役に立たないものはない
人間の本当の魅力
明鏡止水(めいきょうしすい)
運命を受け入れて生きる
中身がよkれば外見など忘れてしまう
天道と人道
人生をありのままに受ける
命令には従わなければいけないのか
無我の境地
忘れられる存在になる
いいことをしているつもりが悪いことに

外篇

自然のままに生きる
仁義を掲げた聖人の罪
無為自然を行なう
寿(いのちなが)ければ辱(はじ)多し
便利さは心を失う
不肖(ふしょう)の子
なにをいわれようと聞き流せ
書物や言葉では本質は伝わらない
親孝行を意識しているうちはまだ甘い
顰(ひそみ)に倣(なら)う
名は公器なり
井の中の蛙(かわず)

雑篇

蝸牛角上(かぎゅうかくじょう)の争い

終章 目指すは良寛の生き方

老荘的生き方とは
良寛という人
「知足安分」の生き方
大賢は愚かなる如し
無為自然、無為無欲

あとがき



本書は著者(編訳者)から贈呈された本・・・・(喜!)
この「荘子」・・・
正直言って何なのかは知らないでいた。
“シミズくん”との会話の中で「老荘思想」などという言葉が出る事があったが、だから何だ・・・と、やっぱりよくわかっていなかった。
「荘子」を知るには、ちょうど良い機会である・・・ということで読んでみた。

まず、内容が非常にわかりやすく書かれている。
いや、ある意味、物足りなさを感じるくらいにシンプルな書き方である。
それだけに、読み易い・・・

以前、別の著者のものであるが、『論語』を読んでみたが・・・・
さっぱり面白くなく・・・(笑)
何が言いたいのかもわからず・・・(笑)
時間の無駄だったと後悔したが・・・
この「荘子」というのは面白い・・・というか、自分にピッタリ当てはまるところがあって楽しいのである。

私はどちらかというと、「運命論者」的なところがある。
「これも運命だろうから・・・」と思うことが多いし、そう思うことで大して思い悩むこともなく生きてきた。(笑)
「悩んだことはないのか?」と人から尋ねられても、生意気にも「こういうのは悩みのうちには入らないから悩まない」と言ってきた。(大笑)
悩んでいる暇があるなら他のことを考えて、他の方向へ進むべきである・・・と思って生きてきた。

だから「荘子」の「あるがままに・・・」の思想にも同感する。
読んでいて“楽しい”のである。

「時に安んじて順に処れば、哀楽も入るに能わざるなり」
“時の巡りに身を委ね、与えられた運命だと悟っていれば、悲しみや喜びの感情など入りこともないだろう」

とか・・・

「奈何ともすべからざるを知り、これに安んじて命に若うは、ただ有徳者のみこれを能くす」
“人生には、人間の力ではどうしようもないことがあることを自覚し、それを自分の運命と甘んじて受け入れることのできる人は、徳のある人である”

とか・・・

そう・・・だから、私は「徳のある人」なんだと満悦する・・・(大笑)

「徳に長ずる所あれば、形忘るる所あり。人は其の忘る所を忘れずして、其の忘れざる所を忘る、これを誠に忘るという」
“わが身に徳が備わっていれば、外見や形式などは気にしなくてよい。ところが人は、気にしなくてもよい外見や形式にばかりとらわれて、大事な中身の徳など忘れてしまう。忘れてはならないことを忘れる、これを本当の忘れるというのだ」

自分の外見ばかりに気を遣い、バカ面下げて電車の中でマンガを読み、携帯でゲームに興じて、高齢者に席を譲ることもしない連中・・・
こいつらは、明らかに「痴呆症」だろうな・・・(大笑)
この前半部分は、私が子供の頃から思っていたことと同じ・・・
外見より中身が大事なのだ・・・

「運命のままに・・・」「あるがままに・・・」「流れに身を任せ・・・」というのは、ある意味、危険な思想でもある。(笑)
受け取り方を間違えると「何をしても運命で決まっているからムダだ」と思いかねないのではないか?
つまり・・・努力しない、頑張らない、怠け者の思想になってしまうのではないか?(笑)
そう考えると、『荘子』は、あまり若い人間は読んではいけないような気がするなぁ~(大笑)
私の場合は、『荘子』を知らずに、そういう生き方をしてきたが・・・
(生来の怠け者ということか?)(笑)
苦しみながら生きてきた人間が“ある時期”に読むべき書だろうと思うのである。
「自然に生きる」「あるがままに生きる」・・・・
私と同様に、身体に障害がある人で、家などに引き籠もっている人は、この本を読むべきだと思う。
(私は知らずに実践していたが・・・)
どうにもならないことでウジウジしている人は読むべきである。
そして・・・大事なことは、自分なりに解釈・取り込んで、実践すべきである!
こういう学問は実践しなければ意味が無い・・・と私は思ってる。

『荘子』・・・面白かった・・・
出会いをくださった著者(編訳者)に感謝である。



今年の読書:25冊目



読書 | 01:02:54 | Comments(2)
永代神楽祭
今日は我が部隊の永代神楽祭である。
万が一のことがあるといけないので・・・(なにせ常磐線は、しばしば人身事故が起こるから・・・)
昨晩のうちに上京してホテルに前泊である。
参加者に配布する資料もギリギリ間に合った。(笑)

戦友会の“マエダ会長”とお会いするのは、戦友会の集まりの時だけ・・・
普段はメールのやり取りで要件のみを伝えている。
今回は少し早目に靖国神社に行き、神楽祭が始まる前に、一緒に昼食でも食べながら各種打ち合わせ等をしようということになった。
“マエダ会長”は名古屋から当日上京してくるので、ちょっと大変かもしれないが・・・

靖国神社遊就館の喫茶で昼食を食べながら雑談する。

113_convert_20130711100341.jpg

初めて「海軍カレー」なるものを頂く・・・(大笑)

我が戦友会の慰霊祭及び総会は、本来ならば、4月に愛知県蒲郡の三ヶ根山で開催する予定だった。
昨年から予定されていた事だが、拙者の親父の状況と介護がどの程度必要となるか、年初の段階では何とも言いようがなかった。
事務局長の拙者が愛知県に向かえないとなると、慰霊祭も総会も開催できない・・・
ということで、予定の慰霊祭・総会は見送ることとなった。

で・・・この永代神楽祭は毎年5月19日に開催される。
曜日も関係なく・・・だが、今年は幸いにも19日は日曜日である。
例年は東京と近郊在住の会員のみで開催されている行事だが・・・・
今年はこれに総会も合わせて開催することにしたのである。

で・・・全国の会員に案内をお送りしたところ、拙者を含めて14名の参加予定者を確保できた。(笑)
近年、10名を越すなど珍しいのである。
それだけ、生還した戦友も亡くなったり、遺族も高齢化して外出できなかったりで、“会合”に集まる人は殆どいなくなってしまった。
これも時代の流れで仕方がないのだろうが・・・
だから、各戦友会は次々と解散してしまうのでしょうが・・・
我が部隊は・・・そうそう簡単には“白旗”を揚げる気はない!(大笑)
易々と解散したのではフィリピンの山奥で最後の最後まで戦い続けた我が部隊の英霊達に申し訳ない。
トコトン頑張れるまで頑張る・・・それが拙者の思いなのである。(笑)

今回は14名・・・有難い事である!

靖国神社の参集殿にお集まりいただき、資料を配布しながら出欠の確認・・・
“戦友”として参加予定だった輜重隊の“マツナガさん”は、直前に倒れて入院したとのことでドタキャン・・・
ご高齢だから突然体調不良となるのは仕方のないことである。
その“マツナガさん”の友人の“エトウさん”は非会員ではあるが参加してくれたのだが、もうお一人は現れなかった・・・
遺族の方も高齢化が進み、いつもの顔ぶれが少なくなった・・・
山梨県の“ヤナギモトさん”は欠席だが、代理として東大生のお孫さんが一人で参加してくださった。
東京の“カンダツさん”は当初の予定では娘さんと一緒に参加予定だったが、急遽変更となり孫娘さん2名を従えての参加となった。

というわけで・・・今年は戦没者の“孫”の世代が5名も参加してくださったのは嬉しい!
拙者を含めて6名である!(笑)

その中でも一番嬉しかったのは、福井県からご遺族が参加してくれたこと。
お兄さんが戦死されたという方で、88歳の方・・・
「同伴者なし」で一人で「参加」で出欠回答の葉書が届いたが・・・
88歳の方が一人で福井県から来るのか?
とてもじゃないが信じられない・・・
「欠席」の所に丸印をつけるのを間違えて「出席」に丸印を付けてしまったのではと疑っていたのだが・・・
本当に来て下さったのには驚いた!
初参加で、初対面・・・である。
折角遠方から参加してくださったのだから、ゆっくりお話をしたかったのだが、なにせ、一人で全部こなさねばならぬので、あまりお話が出来なかった・・・
申し訳なし!(涙)

ご高齢な遺族も、若い“孫の世代”も、必ず毎年参加しなくては困る・・・などという考えは拙者にはない。
来れる時に来てくれればそれでいい・・・
いつでも参加できるように、できるだけ永く会を維持するのが事務局長である拙者の務めであると拙者は思っている。

結局、参加者は・・・
非会員の戦友(従軍経験者)1名。
戦没者または戦後に亡くなった物故者の子が4名。
戦没者の兄弟が1名。
戦没者の甥が1名。
戦没者または戦後亡くなった物故者の孫が6名。
残念ながら賛助会員の参加者は0名・・・
で・・・合計13名となった。

本来ならば、「総会」は場所を用意して行なうべきなのだが・・・
昔のように、50名近くの会員が集まり大型観光バスで温泉旅行を兼ねて・・・などということはもう出来ない。(涙)
もう、どちらかというと“形骸化”した総会や懇親会には参加したくないような雰囲気を感じるのである。
慰霊祭が終わったら、さっさと帰る人が年々多くなり、下手すると会長と拙者の二人だけの総会・懇親会になりかねない状況である。
本来の目的が「戦没者に対する慰霊」なのだから、それでも構わないとも思う。
「慰霊祭」に参列してくださるだけで会としてはありがたいと思うべきだろう。

というわけで・・・・
総会の会場は用意せず、参集殿の控え室で簡単に開催することにした。
控え室には、当日同時に神楽祭を行なう他の遺族もおられるので、少々迷惑をかけてしまうが・・・(汗)
資料を配布して、簡単に説明だけを行ない、これをもって「総会」という形をとることにした。

神楽祭終了後、参加者みんなで記念写真を撮影・・・

懇親会は・・・遊就館の喫茶でコーヒーを飲む・・・ということにした。(笑)
すべて略式・・・“簡易版”である。(大笑)
で・・・このコーヒーを飲みながらおしゃべりをするという「懇親会」への参加者は拙者を含め4名のみ・・・(笑)
仕方がないかぁ・・・

緊張しまくりの永代神楽祭を無事終え、ドドッと疲れが出る・・・(大笑)

日記 | 17:35:34 | Comments(0)
相変わらずバタバタ・・・
今度の日曜日は靖国神社で我が戦友会の「永代神楽祭」が執り行われる。
で・・・ついでに「総会」も開催する予定・・・
にもかかわらず・・・
まだ何の準備もしていない!(大汗)
いつもの如く・・・である。(大笑)
本来ならば、山梨へ旅行に行けるような状況ではないのだが・・・
まぁ、なんとかなるかなぁ?・・・なんて甘いことを考えていた。

さぁ~大変だ・・・
今からドタバタと配布資料等の作成に取り掛かる!
間に合うか?(笑)
ヤバイ・・・・

日記 | 17:34:59 | Comments(0)
40年ぶりの富士山!
091_convert_20130707144741.jpg

午前8時半、ホテルをチェックアウト・・・
まもなく、「お土産屋さん」に到着・・・
ここでお土産買い・・・・(笑)

今日は帰宅する日・・・
途中、時間があれば、富士山に立ち寄り帰宅するという。

で・・・途中・・・
富士山がよく見える場所で、バスを停め、富士山の写真撮影をする。
これは・・・山梨県側から見た富士山ということになる。

092_convert_20130707144820.jpg 093_convert_20130707144853.jpg

このビューポイントはバスガイドさんが知っていて、本道から脇に入ったところにバスを停めた。
いやぁ~バスガイドさんは、良く勉強をしている・・・感心した・・・(笑)

やっぱり、富士山というのは遠くから見るのが一番ではなかろうか・・・(笑)

11時ごろ・・・富士山の5合目に到着する。
ここ・・・中学校の修学旅行で来たことがあるような微かな記憶がある。

096_convert_20130707150741.jpg

多分、あの時も、この角度から写真を撮ったのではあるまいか・・・(笑)
なんとなく、この景色・・・憶えているのである。
あの時も、富士山は遠くから見たほうがいい・・・と思ったことを憶えている。
ここでは自由行動ということになっていたが、与えられた時間は30分・・・(笑)
どこかでコーヒーを飲みたいと思ったのだが、どこも観光客で混んでいるようで、集合時間に間に合わないとマズイので諦める。

韓国人観光客が目立つ・・・
反日感情が強い国民なのに富士山を見に来るのか?
まさか、富士山を征服した気分に浸っているわけではあるまいな?(大笑)

修学旅行以来となると・・・約40年ぶりの訪問ということになる・・・
あれからもう40年も経ってしまったのか・・・月日が過ぎるのは早いものである。(汗)

104_convert_20130707151123.jpg

しかし、あの頃は、こんなに建物なんて建っていなかったような気がするが・・・(笑)

富士山5合目を降り、ふもとの町へ・・・
そこで昼食・・・・

110_convert_20130707155154.jpg 107_convert_20130707155113.jpg

ここは1階が「印傳」というのを売っているお店で、2階がレストランになっている。
「印傳」とは何のことなのか拙者にはさっぱりわからんが、他の年配の人達はご存知のようである。
どうも革製品のことを指しているようである。
この「印傳」は、山梨県の伝統工芸品なのだそうだ。
拙者は、買う気は全くなかったのだが・・・
そういえば・・・拙者の名刺入れは長年使っていてボロボロであることを思い出した。
そうだ・・・こういう時に買い換えるのもいいだろう・・・
かなり値段が高いが・・・印傳の名刺入れを自分用のお土産として購入する。(笑)
使い込んでいくうちに革が軟らかくなると店員が言っていたが・・・
革が軟らかくなるまで何年かかるか・・・(笑)
それまで生きていればいいが・・・(大笑)

高速道路(新東名?)を走り、途中のサービスエリアで休憩・・・

111_convert_20130707155225.jpg(駿河湾沼津SA)

へぇ~・・・洒落た建物である!

トイレに行って見たら、これまた驚いた!
へぇ~・・・洒落たトイレである・・・

112_convert_20130707155300.jpg

奥にある「大」用のトイレ・・・
ドアのところに大きなランプが・・・・
赤は使用中、青は空いてます・・・ということなのだろう。
これだけ目立てば、ドアをノックしていいものやら・・・と気を使うこともない。
こういうトイレは高齢者にもわかりやすくていいのではないか?
ドアのノブのところに小さく見える「赤い印」では、高齢者には見づらいだろう・・・
う~ん・・・こういうトイレは全国に普及してもらいたいものである。(笑)

午後8時頃・・・わが町に到着!
自宅に戻る途中、遅い夕食をファミレスでとってから帰宅する。
いやぁ~予想以上に楽しいバス旅行であった。
亡き母、伯父に感謝だな・・・総代だった祖父にも感謝だな・・・(笑)

旅行 | 14:43:59 | Comments(0)
宴会!
ホテルにチェックインして部屋割り表に従って移動・・・・
ここでようやく我が寺の檀家さんが誰なのかわかった・・・(笑)

拙者の部屋は同じ檀家同士で一部屋なので3人部屋である。
通常は4~5人が宿泊する部屋だから、かなり余裕がある・・・
で・・・早速、雑談がてら自己紹介・・・・

“モトジさん”はバスの中で散々バスガイドをからかっていたうるさい“爺さん”だった・・・
(バス旅行などでは、こういう人は、どういうわけか必ず一人は、いるのである)(笑)
このおしゃべりな爺さんが、まさか同じ檀家の人とは知らなかった・・・(大笑)
「名簿に載っているあんたの名前、俺の村にはこんな人はいないけど、どこのどいつなんだと住職に聞いたんだよ」と言う。
なにせ、過疎化した村である・・・・
しかも村民の殆どが同じ姓なのである。
別の姓の人は、そもそもこの村の住人ではなく“流れ者”だと言われてしまうような村なのだそうで・・・(笑)
今回の旅行に参加した我が寺の檀家は全員が同じ姓・・・
他の寺の檀家さんから「みなさんご親戚の方ですか?」と尋ねられたほどである。(大笑)
拙者の両親は偶然にも姓が同じだったので、嫁いでも母の姓は変わらなかった・・・
だから・・・ややこしい・・・(笑)
結婚して村を出て行ったが姓が変わっていない・・・
みなさんと同じ姓でも、村民とは限らない・・・・(大笑)
母の父親である、連隊長だった祖父は生前はお寺の総代をしていた・・・
“モトジさん”は同じ役員として生前の祖父のことを知っていた。
「あ~お孫さんかぁ~!」(笑)

もう一人の檀家・・・“カツイチさん”は母のことを話したら、母の教え子だと言う。
これにはビックリした!
母は独身の時に小学校の先生をしていたのである。
この村の60代後半の人は、みなさん、拙者の母の教え子ということになるか?
「小学3年の時に教わったんだ」と言う。
母はこの村の小学校で一番若い先生だったらしいから、生徒との歳の差は10歳程度である。
「住職も母の教え子ですよ」と話したら逆に驚かれた。(笑)
だから、この住職にお経をあげてもらうほうがいいと思って、母のお墓をこの村に建てたんだけど・・・(苦笑)

初対面であるが、一気に打ち解けて、話に花が咲く!
いやぁ~これもいいものだ・・・
母に感謝だな・・・これ・・・
あの世で喜んでいるだろうなぁ~
自分の息子が教え子と、おしゃべりしているなんて・・・
拙者は子供の頃から人見知りが激しかったので、初対面の人とは口をきくなんて絶対できなかったのだが・・・
戦友会で活動してきたせいで、少しずつ初対面の人相手でも何とかなるようになったようである。
う~ん・・成長したなぁ~・・・と我ながら感心・・・(大笑)
戦友会の皆さんにも感謝だな・・・これは・・・・
鍛えていただいた・・・

温泉に入ってサッパリして、宴会が始まるまで延々と部屋でオシャベリ・・・

で・・・午後6時半・・・宴会開始!(笑)

084_convert_20130707114417.jpg

席は各お寺ごとに決まっていた。
が・・・どうもおかしい・・・
下座にズラリと坊さんが座っていて、我々檀家は上座になっている・・・
「あれ?これ・・・どっちが上座?・・・おかしいですよね?」
「ん?これでいいんだ!俺たちが上座!坊さんは下座!」と“モトジさん”
「え?何で?」
「はぁ?俺たちゃ、檀家の役員だっぺよぉ~。この旅行は坊さんが俺たち檀家の役員を接待する旅行なんだから、坊さんが下座、俺たちが上座・・・これでいいんだぁ~」と言う。
へぇ?檀家の役員の接待?
あれれ???・・・拙者は檀家の「研修旅行」って聞いて参加したんだけど・・・(大汗)

087_convert_20130707115039.jpg

第3教区の会長さんであるお坊さんが話しかけてきた・・・
話題はお寺と檀家の関係について・・・(笑)
「お寺としては檀家さんに積極的に貢献してもらわないと困るんですヨォ~」と説教というより、愚痴とも嘆願ともいえる話・・・
ん?なんで初参加の拙者に、そういう話をするんだ?(笑)

次に市議会議員をやっているらしいお坊さんが来て議会運営についての話・・・(大笑)
拙者は隣りの市の住人だから、おたくの市のことは何も知らないんですけど・・・(汗)
しかも、初参加で、みなさんとは初対面なんだけど・・・
どうして、そういう難しい話がいきなり出てくるのかね?(笑)

どうもおかしい・・・
と・・・何でも、拙者のことがお坊さん仲間の間で話題になっているらしいことがわかった。(大笑)
かなり目立つのかなぁ~・・・拙者は・・・(笑)
彼は何者だ?・・・ということらしい。
で・・・多分、うちのお寺の住職か、高校の同級生の坊さんが拙者のことを話したのだろう・・・
拙者の母の兄・・・つまり伯父は、元・市長なのである。
というわけで・・・
「檀家総代の孫」「小学校の時の担任の先生の息子」の肩書きに「元・市長の甥」という肩書きが加わったようだ・・・
多分、拙者の素性を聞いて、話しかけてきたのだろう。
いやはや・・・・参った・・・
拙者は伯父のような立派な人物ではない。(笑)
ただの“プー太郎”なんですけど・・・何の力もないよぉ~(大笑)
しかし、亡き伯父にも感謝だな・・・
甥ということで、皆さんが話しかけてくれるんだから・・・感謝、感謝である。

約2時間の宴会も終わり、解散・・・部屋に戻って、おしゃべり大会・・・
で・・・「そろそろ寝よう!寝るぞ!」と“モトジさん”・・・
う~ん・・・年寄りは寝るのが早い・・・
と・・・そこへ住職が「今から外へ飲みに行きませんか?」と誘いに来た。
途端に“モトジさん”・・・「はい!行きましょう!」と言う。
おい、おい・・・今しがた「寝るぞ!あんたも寝ろよ!」と言ってたくせに・・・(唖然)

浴衣に草履姿で・・・4人でホテルの近くのスナックへ飲みに出かける。
で・・・まもなく・・・
他のお寺の坊さん達が乱入!(驚)
「あ!ここにいやがった!ほら、行くぞ!来い!」と・・・我が寺の住職を連れて行ってしまった!(唖然)
浴衣を引っ張られながら住職が「あとは3人で飲んでぇ~」と言いながら連れ去られる・・・(大笑)
ん?拉致?(大笑)
どうやら坊さん達だけで飲む予定だったらしいが、我が寺の住職は、こっそり抜け出して拙者たちを“接待”しようとしたらしい。
で・・・姿が見えないので、みんなで近くのスナックを探し回っていたらしい・・・(笑)
酔っ払った坊主頭の団体が「このやろう!こんなところにいやがった!」と言って拉致するんだから・・・
僧侶なのかヤクザなのか区別がつかぬ・・・(大笑)
宴会でさんざんお酌され・・・拙者も酔っていたので・・・「はぁ~い!バイバ~イ!」と住職に手を振ってしまった!(大笑)
やっちゃったぁ~(大汗)

結局、午前0時まで飲んで無事にホテルに戻り・・・・爆睡!

旅行 | 22:59:28 | Comments(0)
加藤光泰の墓
080_convert_20130705214359.jpg

甲府市指定史跡
加藤光泰の墓

指定年月日 昭和62年3月31日
所在地   甲府市善光寺3丁目36番1号
所有者   善光寺

加藤遠江守(とおとおみのかみ)光泰は、天正19(1591)年から文禄2(1593)年まで甲斐国の領主であった。
文禄2年に豊臣秀吉の命を受け朝鮮へと出兵するが、同年8月29日に病死する。
甲斐国在任中の2年間に甲府城の築城工事を受け継いだが、完成を見ることなく死亡した。
この五輪塔は江戸時代中頃の元文4(1739)年に、彼の子孫によって建てられたもので、光泰の死後146年経ってから建てられた、祖先崇拝の供養塔である。

昭和63年2月
甲府市教育委員会

(説明板より)

史跡 | 19:59:43 | Comments(0)
善光寺銅鐘
077_convert_20130705214323.jpg

山梨県指定有形文化財・工芸
善光寺銅鐘

所在地 甲府市善光寺町2、669
所有者 善光寺
指定年月日 昭和54年2月8日

本銅鐘は、正和2年(1313)に補鋳されたことが銘によってわかる。
治承3年(1179)と文永4年(1267)の善光寺火災の折、火をうけて、その都度修理されている。
鐘の周囲は4つに区分され、八葉複弁(蓮の花)をきざんだ憧座があり、鐘乳は、総計100個つくられている。
鐘の肩の部分は大変力強く、鎌倉時代の風格を表わしており、美術的価値の高い遺品である。
なお本鐘は、武田信玄によって長野市善光寺より、本尊その他とともに移されたものである。

総高 200センチ
口径(内側) 135.2センチ

昭和60年10月
山梨県教育委員会
甲府市教育委員会

(説明板より)

史跡 | 18:42:18 | Comments(0)
引き続き観光・・・・
『武田神社』を出発し、次は『甲斐善光寺』に向かう・・・
山梨県に善光寺があるとは知らなかった・・・(笑)
移動中、タブレットで地図を見ていたら・・・
あ!なんと!『武田神社』の近くに『護国神社』があるではないか!
あ~あ~!!
拙者はまだ『山梨県護国神社』にはお参りしたことがないのである!
あ~あ~!!
善光寺より、こっちに行きたいなぁ~(笑)
仕方がない、次回一人で来るしかないな・・・

午後2時半、『善光寺』に到着・・・・

072_convert_20130705174059.jpg

本堂のすぐ目の前が駐車場・・・・
はぁ?・・・境内が狭い!(驚)
長野の善光寺を想像していたので、あまりの狭さに驚いた。(笑)
境内が狭いからなのか、本来はかなり大きいのであろう本堂が、たいして大きく見えない・・・
はぁ~・・・ここが善光寺・・・・か・・・(汗)

本堂で現地の説明員からご説明をいただく・・・
このお寺は・・・「浄土宗 定額山 善光寺」というのだそうだ・・・
浄土宗!・・・我々は曹洞宗なのだが・・・(大笑)
我がツアーのお坊さんたちは、お坊さんだと直ぐにわかる、それなりの格好をしているのだが・・・
善光寺のお坊さんは特に挨拶するでもなく声をかけるでもない・・・・
説明員は、他の観光客に対するのと同じような態度で説明をする。
この雰囲気に拙者は違和感を感じるのである。
「ただの観光客でしょ?勝手にどうぞ~」・・・・と、しら~っとした感じ・・・
仏教というのは宗派が違うと相手にされないのか?(笑)

この本堂の天井に、日本一の規模の「鳴き龍」がある・・・というか、描かれている。
その説明中に早くも拍手する“ジジイ”たちがいる。(汗)
「見学の最後に・・・」と説明員が言っているのに・・・
老い先短いからって・・・そんなに慌てて拍手することもあるまいと思うのだが・・・
“ジジイ”は本当に困る・・・(大笑)

説明後、本堂の地下を歩くのだそうで・・・
「胎内巡り」とか「お戒壇廻り」とか・・・なにやらそういうものらしい。
拙者は初めての経験・・・
階段を降りると・・・真っ暗・・・何も見えない・・・(汗)
これではスリに遭ってもわからんなぁ~(笑)
手探りで前進・・・前の人にぶつかり停止・・・
渋滞しているようだと思って、しばらく待つ・・・
で・・・前に手を伸ばしたら・・・誰もいない!
しまった!“置いてきぼり”を喰らった!(大汗)
拙者が“先頭”になってしまった・・・
後ろの人は、やたらと拙者の腰やら背中を触る・・・
う~ん・・・気持ち悪い・・・(笑)
こういう場所には“ジジイ”や“ババア”のツアーでは来たくはないな・・・(大笑)
どうせなら、うら若き女性たちのグループに混じって・・・というのが最高ではなかろうか?(大笑)
真っ暗だし・・・(大笑)
・・・というような、不謹慎なことを考えながら「胎内巡り」を終える・・・(大笑)
どうせ拙者は、いい加減な檀家なのだから仕方がない・・・(笑)

で・・・この後に「鳴き龍」・・・(笑)
ここにきて初めて拍手をするのである。

本堂を出てから、少し自由時間が・・・
広くもない境内を散策する。(笑)

次に向かったのは・・・・「ワイン工場」!
時刻は午後3時半・・・

082_convert_20130705210817.jpg

工場の“美人さん”にご案内いただき、ワインの製造工程等の説明と見学をする。
で・・・最後に「試飲」・・・・
拙者は全く飲む気がないので・・・飲んでも味なんかわからないし・・・(笑)
ぶどうジュースをいただく・・・(大笑)
他の方々は・・・まぁ、飲むわ飲むわ・・・・
片っ端から試飲・・・
う~ん・・・神をも恐れぬその行為・・・飲みすぎて罰が当たらねば良いが・・・(大笑)
拙者は早々と外に出て・・・例の如く・・・一服!

083_convert_20130705212852.jpg

工場入口の脇にビニールハウスのような建物が・・・
葡萄の枝が伸びている・・・
その下で、何やら屋外パーティが出来る様な「施設」のようである。
で・・・この葡萄の木・・・1本しか植えられていない・・・
1本の木で、向こうの方まで枝が伸びているのである!
へぇ~大したものだ・・・

時刻は午後4時半・・・
本日宿泊予定のホテルに向かう・・・
今日の観光は、以上で終了・・・

旅行 | 17:30:23 | Comments(0)
さざれ石
040_convert_20130702201708.jpg さざれ石(山梨県甲府市・武田神社)

「さざれ石」解説

このさざれ石は岐阜県揖斐川町(旧揖斐郡春日村笹又)産です。
平安時代、文徳天皇の皇子惟喬(これたか)親王に仕えた藤原朝臣石位左衛門が伊吹山中春日村の谷間の渓流にあるさざれ石の巨岩(現岐阜県天然記念物)を見て皇子たちを偲び、弥栄を祈って詠んだ

  わが君は千代に八千代にさざれ石の
  巖となりて苔のむすまで

古今和歌集に載るこの歌を元歌として、国家『君が代』は出来上がったと言われています。
昭和36年、昭和の石聖と呼ばれた小林宗一氏により発見され、これにより岐阜県揖斐川町(旧揖斐郡春日村笹又)は国家発祥の地と言われています。
大きなものでは皇居、明治神宮、伊勢の内宮、外宮などにそれぞれ約3トンの巨石が奉納されています。
この石は約4トン弱あり数少なく大変貴重なもので、石の姿形から宮司により「亀石」と命名されました。

(説明板より)


史跡 | 15:15:28 | Comments(0)
武田氏館跡
032_convert_20130702150945.jpg

国指定史跡
武田氏館跡(躑躅ヶ崎館跡)

指定年月日 昭和13年5月30日
所在地   甲府市古府中町・大手3丁目・屋形3丁目
管理団体  甲府市

「武田氏館」は、「躑躅ヶ崎館」とも呼ばれ、武田信玄の父、信虎が、永正16年(1519)に石和からこの地に、館を移したことから始まります。
その後、信玄・勝頼と、武田家当主の館として使われました。
そして武田家の滅びた後、文禄年間に館の南方に今の甲府城が作られるまでの、約70年にわたり、この館一帯は、領国の政治・経済と文化の中心地として発展しました。
館は、一辺が約200メートルの正方形の主郭(現 武田神社)を中心に、その回りのいくつかの副郭とによって構成された平城形式のものです。
館の回りには、家臣の屋敷が建てられ、南方一帯には格子状に整備された道路に沿って、城下町が開けていました。
この館と城下町は、戦国時代の大名の本拠として、第一級の規模と質を誇るものです。

平成元年3月

文化庁
山梨県教育委員会
甲府市教育委員会

(説明板より)


史跡 | 14:55:11 | Comments(0)
観光・・・
011_convert_20130702143142.jpg

昼食後は、ここで1時間ほど自由行動とのこと。
一人で、渓谷沿いの遊歩道へ向かい散策することにする。

013_convert_20130702143218.jpg 015_convert_20130702143248.jpg

016_convert_20130702143353.jpg

こういう景色も悪くはないねぇ~(笑)
一人でブラブラ・・・
最近は海外旅行はツアーに参加するほうが多くなったので、こうやって一人で歩くというのも、他人を気遣わなくて気が楽である。(大笑)

ただし・・・時間に制約があるので、そうそう勝手に遠くまで歩き回るというわけにはいかないのが辛いところである。
もう少し“奥”まで行ってみたかったが諦めて引き返すことにする。

019_convert_20130702144119.jpg

途中、岩壁の割れ目に1円玉がたくさん挟められていた。
これは・・・なに?(笑)
一体、誰がやり始めたのやら・・・・

020_convert_20130702144151.jpg

“行きはヨイヨイ、帰りはコワイ”・・・・である。(笑)
う~ん・・・・運動不足の身には、この階段はキツイ・・・
案の定、膝がガクガクである。(大笑)

021_convert_20130702144227.jpg

ちょっと早めに集合場所に戻った・・・
理由は・・・どこかでコーヒーが飲みたい!(大笑)
集合場所近くのお店でコーヒーをいただきながら一服・・・・

バスに乗り・・・次に向かったのは・・・・『武田神社』・・・・
午後2時前に到着・・・
各自、適当にお参りをして周囲をブラブラ・・・

032_convert_20130702150945.jpg 041_convert_20130702151108.jpg

『武田神社』は武田信玄の館があった場所だそうだ・・・
『躑躅(つつじ)ヶ崎館』ともいう。
そうそう、そんな名前を聞いた覚えがある・・・難しい漢字で・・・読めないが・・・(笑)

039_convert_20130702151031.jpg

神社本殿の脇に「さざれ石」が置いてあった・・・
みなさんは「え!これが、さざれ石だってさ!」と驚いたような声をあげていたが、結構、最近では、護国神社などの神社で見かけるんだけど・・・
この人達は護国神社にはお参りに行かないのか?・・・・曹洞宗だから?(大笑)

『武田神社』は想像以上に小さな神社だった・・・・
武田信玄を祀っているなら、もっと大きいと思っていたのだが・・・
他の人達は時間を持て余しているようだが、拙者は逆に時間が足りない!
早歩きで走り回りながら写真を撮る!(笑)

043_convert_20130702151733.jpg(西曲輪)

ここには何があったのだろう・・・
ただの広い空き地になっていたが・・・奥のほうに何かの石碑らしきものが見えるが、そこまで行く時間的余裕がない!(涙)

049_convert_20130702151809.jpg

敷地の隅に「慰霊塔」のようなものが・・・
明治時代のものらしい・・・
「陸軍大将」の文字が見えるので、日清・日露の戦没者の慰霊塔か?
残念ながら逆光で・・・加えて周囲の木々の枝が邪魔をしているので、碑文が読めない!
なんとか読みたいのだが・・・時間が無い!(大涙)
断念・・・
こういうのは、説明板を設置してもらいたいものである!(怒)

本殿の向こう側(東側)に、チラリと開けた場所が見えたので行ってみる。
と・・・そこは「史跡公園」!
武田館の発掘した状況をそのまま公園化したものだった!
急いで写真を撮り歩く!
たった30分程度の見学時間では足りない!
あ~こういうところが団体旅行の辛いところである!(涙)

070_convert_20130702154429.jpg(武田館の大手)

055_convert_20130702154656.jpg 061_convert_20130702154312.jpg

063_convert_20130702154352.jpg(厩跡)

神社に戻ったら・・・誰もいない!(汗)
そうだろうねぇ~・・・興味のない人には30分も時間はいらないよねぇ~(笑)
みんな、早々とバスに戻ってしまったのだろう・・・
ヤバイ・・・
急げ!急げ!・・・集合時間5分前にバスに到着!(大汗)

旅行 | 12:26:00 | Comments(0)
護持会の研修旅行
今日から一泊二日で、曹洞宗の「第3教区護持会」の研修旅行に出かける。
茨城県の県北にある曹洞宗のお寺で「第3教区」というのが構成されているらしい・・・
その各寺の僧侶と檀家さんの“研修旅行”だそうで・・・拙者は初参加・・・
だいたい、曹洞宗ってどんな宗教なのかも知らない・・・
それで、「私は檀家です」なんて言っていいものやら・・・そんな不謹慎な檀家が参加していいのか?・・・という気もするが・・・(大笑)
しかも“研修”って何をやるのかも知らない・・・
それぞれお寺の檀家さんが参加するので、我が寺から誰も行かないというのでは格好がつくまいと思い、参加することにしただけなのである。
だから、何の旅行かも知らないのだが、話によると「ただの旅行」らしい・・・ということは“慰安旅行”のようなものか?(大笑)

なにせ、出発時間が早い・・・
午前6時には集合場所でバスに乗らねばならぬ・・・
ということで・・・午前4時起床!(汗)
昨晩の“弟らしき男”からの電話のおかげで、ほとんど寝ていない・・・(涙)

午前4時では親父は起き出してこないだろうと思ったら・・・起き出して来た・・・
寝坊癖のある息子が心配で、拙者を起こそうと思い起き出したそうである。(大笑)
いやぁ~申し訳ないねぇ~何歳になっても親に心配かけて・・・(大笑)

昨晩の・・・というか、数時間前の「オレオレ詐欺」らしき電話のことを伝える。
さすがに親父も呆然・・・
「おい、電話があったらどうすればいいんだ?」
詳細は手紙に書いておいたから読むように・・・(笑)
で・・・お昼に、旅先から電話をするから・・・と伝える。

どうせ一泊二日の“留守”なので、ヘルパーさんは頼んでいない・・・
ん?・・・親父を不安がらせてしまったか?
もしかして、拙者は親不孝なことをしてしまったのかな?(笑)
しかし、この“事件”のことは事前に教えておかないといけないしなぁ~
よりによって拙者が留守になる時に・・・とは、何ともタイミングが悪い・・・

不安な表情の親父を一人置き去りにして・・・家を飛び出す・・・(大笑)
まぁ、今日からの二日間は緊張感を持って生活していただきましょう!
半分ボケているとはいえ、そういう緊張感は必要でしょ?(笑)

今回のバス旅行・・・行き先は山梨県・・・
参加者は総勢約60名・・・バス2台に分乗する。
教区を南北に分け、南が1号車、北は2号車・・・
拙者は南に住んでいるので1号車に乗る。
で・・・母の菩提寺は北にあるので、うちのお寺の住職と檀家さんは2号車に乗っている。
高速道路のパーキングエリアでトイレ休憩がてら合流し、この時に拙者は2号車に乗り移る。
が・・・拙者は自分のお寺の檀家さんが誰なのか知らない・・・(笑)
住職の顔しか知らないのである。
つまりは、知っている人が誰もいないというバス旅行に一人で参加したわけである。(大笑)
名簿によれば、拙者を含めて檀家は男性3名、女性2名の合計5名が参加しているはずなのだが・・・(笑)

2号車に乗り移ったら、高校時代の同級生に出会った。
彼は拙者の親父の実家の菩提寺の息子・・・(笑)
高校の同級生だが、思い出はない・・・
あまり“仲が良くなかった同級生”ということしか憶えていない・・・(大笑)
何度か祖父の実家での法事で読経をしてくれたことがあったことしか憶えていない。
20数年ぶりの再会である。(笑)
「九分九厘間違いないと思うけど・・・同級生だよね?」と彼・・・
「おい、おい、この顔を忘れるとはねぇ~(笑)」
「たしか、法事で何度か会ったことがあったよね?」と彼・・・
おお、憶えてたのか・・・
法事後、同級生のよしみで挨拶してもツンとしていたから憶えていないのかと思っていたけど・・・(笑)
「何で、ここにいるの?」と彼・・・
「お袋の菩提寺の檀家として参加したんだよね」
「あ~お袋さんの方の・・・」
ん?言外に“何で俺の寺の檀家にならなかったんだ?”と言われているような・・・と考えるのは、ちょっとうがった見方か?(笑)
全く知らない人ばかり・・・と思ったら、意外にも知った人がいるものである。
他にもう一人、我が町の元市議会議長さんも他のお寺の護持会の役員ということで参加されていた・・・(笑)
旧知の方なのでご挨拶する・・・

高速道路を突っ走り・・・(笑)
山梨県に入って最初に向かったのは、『昇仙峡』・・・・
名前は聞いた覚えはあるが、見たことはない・・(笑)

007_convert_20130702120943.jpg 006_convert_20130702121032.jpg

観光協会の看板が設置されていて・・・
それによれば、読売新聞の読者投票で「平成の百景」の全国第2位に選ばれたそうだ・・・
拙者は読売新聞を購読していないので全然知らなかったが・・・(笑)
へぇ~ここがねぇ~・・・・全国第2位?
全国第1位はどこなんだろう?(笑)
ここで、バスごとに記念写真を撮影する。

時刻は11時半・・・・

到着早々・・昼食である!(笑)
朝4時に朝食を食べたきりなので、さすがに腹が減って辛かった・・・(大笑)
『昇仙峡』なんてどうでもいい・・・“花より団子”である・・・・(大笑)

008_convert_20130702122046.jpg 009_convert_20130702122131.jpg

鍋は・・・山梨の郷土料理の“ほうとう”・・・
随分昔に一度だけ食べたことがあるような微かな記憶があるのみ・・・・(笑)

急いで食事を済ませ、レストランの外に出る。
幸いにも携帯の電波が届く!
早速、親父に電話・・・
親父の話によると、午前10時に“弟を名乗る男”から電話がかかってきたという。
が・・・ボソボソ話すので何を言っているのかわからなかったそうで・・・
「何を言ってるのかわからねぇ!お前は誰だ!」と怒鳴ってしまったそうで・・・(大笑)
それに動揺したのか、この“弟と名乗る男”、さらにボソボソ・・・・
結局は何を言っていたのか、とうとうわからぬまま、電話が切れたのだそうだ。(大笑)
「で?警察からは電話があったか?」と尋ねたら、警察からは無いと言う・・・
「カネの話は出たか?」と尋ねたが、何を言っているのか聞こえなかったのでわからないという。(笑)
耳が遠いというのも、こういう時は便利である。(大笑)
が・・・
親父がやたらと心配し始めた・・・
「もしかしてかなり体調が悪いんじゃあるまいか?」
「話し方がおかしかったから、もしかしてノイローゼか何かで頭がおかしくなっているのではないだろうか?」
・・・と言うのである。
う~ん・・・確かに仕事のストレスで頭がおかしくなってしまったという可能性も否定できないよなぁ~(笑)
カネの話を持ち出してくれれば、詐欺だと言えるのだが・・・
それを持ち出さないって、どういうことだろう・・・
10時以降、電話はかかってきていないと言う。
ならば、そのまま放置・・・
また電話があったら、拙者の作ったマニュアル通りにやってもらい、あとは帰宅後に拙者が対処することを伝えて電話を切る。
あ~あ~本当に迷惑な話だ・・・



大きな地図で見る


旅行 | 10:22:14 | Comments(0)
オレオレ詐欺か?
夜遅く、“弟らしき男”から自宅に電話がかかってきた。(笑)
内容は、「カバンを置き忘れて無くしてしまい、財布も携帯も無くしてしまったのだが、警察から何か連絡はなかったか?」という話・・・
どうという話ではないのだが・・・怪しい・・・(大笑)

拙者の弟は、もう何年も我が家に電話などしてきたことがない。
年に1回も我が家に来たこともない。
正直言って、生きてるのか死んでいるのかすらわからないのである。(大笑)

怪しい・・・と思ったのには理由がある。

まず、“非通知”で電話をかけてきたこと・・・
弟から電話などかかってきたことはないので、自宅の電話を非通知に設定しているのかどうかはわからないが、普通は“非通知”の設定などはしないのではなかろうか?
弟のことだから非通知に設定する可能性はありえるけど・・・(笑)

次に、“弟らしき男”の声である。
全く声の調子が違う気がする・・・が・・・何年も声を聞いていないので、正直言って別人だと言い切れる自信はない・・・(笑)
しかも、「風邪を引いちゃって」と始めから言っている以上、「声がおかしい」とは、こちらとしても言いづらい。(笑)
先日、妹から電話があったが、風邪をこじらせガラガラ声・・・
それを聞いていたので、まぁ、この時期は風が流行っているのだろうと思うと尚更、声の調子で云々できない。

不思議なのは、拙者が誰なのかを確認しないところである。(笑)
妹や孫たちはチョクチョク電話をしてくるが、実は、拙者と親父は電話の声がソックリなのだそうだ。(笑)
だから必ず彼らは「おじいちゃん?それとも、おじちゃん?」と毎回確認をしてくるのである。
が・・・この“弟らしき男”は、その確認をしない。
自分が話している相手が父親なのか兄なのかわかっているのだろうか?(笑)
一方的に話をしてくるのである。
まぁ、カバンを無くして動揺しているから・・・とも考えられるが、ちょっと引っかかる・・・(笑)

もう一つの不思議・・・
「カバンが見つかった場合の連絡先として、そっちの(我が家の)電話番号を警察に伝えた」と言うのである。
何を馬鹿なことを・・・
だいたい、神奈川県に住んでいながら、カバンが見つかった連絡を茨城県に住む我々に報せるように手配するってどういうことよ?(笑)
そんな連絡を受けても、こちらとしてはどうしようもないじゃん!(大笑)
普通は、自分の職場の電話番号を警察に教えるんじゃないか?
ん?まさか、いつの間にか会社を解雇されているとか?(大笑)
他人から説教されるのが嫌いな弟なので・・・(笑)
これを言ったら、逆切れして怒り出すかもしれないので言うのはやめる。(大笑)

決定的におかしいと思ったのは、この男が言った言葉である。
「携帯を新しくしたから、以前の電話番号にはかけないで欲しい。警察からも、下手にかけて余計なトラブルに巻き込まれるといけないからと言われているから、絶対かけないでくれ」と言うのである。
“携帯電話の番号が変わった”はオレオレ詐欺の常套手段だろ?(笑)
まるでオレオレ詐欺のようなことを言う奴だ・・・(大笑)
まぁ、本当に携帯を無くしたのなら、番号が変わることはあるだろうから何とも言えないが・・・
う~ん・・・それにしても何ともおかしい・・・

弟とは特別、合言葉なんて決めてはいないから(大笑)・・・本人かどうか確認のしようがない。
テレビ電話だったら簡単なんだけどねぇ~(笑)
で・・・聞いてみた・・・
「今度の法事の連絡、いっているよな?」
「あ・・・・」
どうも怪しい答え方である。
「で・・・何人で来るんだ?」
「え・・・・あ・・・・」
どうも動揺しているようにも聞こえるが・・・
普通なら、この質問をされたら弟なら怒るはずである。(笑)
「何言ってるんだ!一人に決まってるだろう!」と答えるものと思っていたのだが・・・
「あ・・・一人・・・」とボソボソと言う。
う~ん・・・わからねぇなぁ~・・・本物かどうか判断しかねる・・・
まさか「さて、誰の法事なのか言ってみろ」と聞くわけにはいくまい。
「何を言ってるんだ!」と怒り出されたら後が面倒だ・・・(笑)
こういう時に、普段、交流がない兄弟というのは扱いに苦労する・・・・

「とにかく、明日の午前10時に、警察から連絡があったかどうか、また確認の電話をかけるから・・・」と言って、この“弟らしき男”は電話を切った・・・
あれれ????
カネの無心はないのか?
オレオレ詐欺ならカネを振り込んでくれとか・・・そう言い出すのではないかと思っていたのだが・・・
あっさりと電話を切りやがった・・・(笑)
ということは・・・こいつは“本物の弟”か?(大笑)
わからんなぁ~・・・・

親父は既に寝てしまっている・・・
拙者は明日、朝早く、お寺の檀家さんの「研修旅行」に出かけねばならない。
この件を話しておかねばならないが、親父と顔を合わせることはないかも・・・
というわけで・・・親父に手紙を書く・・・(涙)
あ~面倒くさい・・・

ことの次第を簡単に報告し・・・親父に対する指示を書く。
「“警察の者”という人物から電話がかかってきて、もしカネの話が出たら、間違いなく詐欺なので電話を切りなさい」(笑)
「同様に“弟らしき男”からの電話も、カネの話しが出たら、間違いなく詐欺なので電話を切りなさい」(笑)
「その他の要件ならば、俺が帰宅した後に対処するから連絡先を聞いておくこと」

以前からオレオレ詐欺の報道は耳にタコができるほど聞かされているが・・・
なぜか、今もって引っかかる奴がいるんだから驚く・・・
何でだろう・・・という話をテレビのニュースを見ながらよく親父と話していた。
多分、よほど親とは交流していない息子なんだろうなぁ~
(なぜか娘はオレオレ詐欺の電話をして来ない・・・なぜか息子なのである・・・不思議なのだが・・・)
で・・・
「しばらく音沙汰がないと思ったら、大問題に巻き込まれていたのか!それは大変だ!直ぐカネを送るから!」ということになるのではあるまいか?
しょっちゅう連絡があれば、「昨日電話をしてきたくせに何を言ってやがる!」と直ぐに詐欺だとバレるはずである。
かなり「音信不通」の息子を抱えている家庭が引っかかるんだろう・・・
というような話を親父としていたのである。
で・・・
我が家で言えば・・・まさしく弟だな・・・(大笑)
というわけで・・・
以前から、もし“弟を名乗る男”から電話がかかってきたら要注意!・・・ということになっている。(笑)
カネを無心してきたら詐欺だと思え・・・と耳にタコができるほど親父には言っているのである。
このくらいしつこく話しておかないと半ボケの親父は忘れてしまうからなぁ~(大笑)

だいたい、大金を「振り込んでくれ」とか、「代理の人間に渡してくれ」などとは言語道断である。
大金を無心するなら、直接会いに来て顔を合わせて事情を説明するのが筋というものである。
これには親父も同意見・・・
カネを無心してきたら「どうしても必要なら取りに来い!」と言ってやれ・・・と話してある。
「時間がない」とか「仕事がある」とかグダグダ言ったら、「どうなっても俺は知らん!自業自得だ!」と言ってやれ・・・とも話してある。(大笑)
一応、念のため、“想定問答集”のように手順を書いておくことにした。
こう言われたら、こう言い返せ・・・と・・・(大笑)

夜遅く、こんな「手順書」を書かねばならぬとは・・・(大涙)
いい迷惑だ・・・

日記 | 23:23:22 | Comments(2)
今日は母の日?
妹から宅配便でアジサイの鉢植えが贈られてきた・・・
ん?・・・何でだ?・・・
拙者の誕生日には花束をもらったが・・・
何で今頃、またもや花を送ってきたんだ?
花束だけじゃ足りないと思って追加で鉢植えを送ってきたのか?(笑)
親父と二人で首を傾げた・・・

台所にいたら、茶の間にあるテレビから、母の日がどうのこうの・・・と聞こえて来た・・・(笑)
ん?
母の日?
あれ?
今日は母の日?

ありゃぁ~!(大笑)

なんでも自分宛に送られてきたもの・・・と思っちゃうんだろうねぇ~
何と浅ましい・・・(大汗)
「あ!これ、母の日のプレゼントだわぁ~!俺宛かと思ったら違ってた!」(大笑)
さすがの親父も苦笑・・・・

というわけで・・・仏壇に供えることにした。
「お母さん、すみません・・・ちょっとの間、横取りしてしまいました!」(大笑)
お線香をあげて・・・チ~ン!

001_convert_20130628223157.jpg

母の日のプレゼントといえば、カーネーションが普通だが・・・
生前、母はよくアジサイを庭に植えていたのである。
母は花が好きな人だったが・・・多分、アジサイも好きだったのだろう。
何種類かのアジサイが庭に植えられている。
というわけで・・・・新種のアジサイなのかな?・・・これは・・・
妹はそれを知っていて、アジサイの鉢植えのプレゼントを送ってきたのだろう。

妹に電話して尋ねたら、やっぱりそういうわけであった・・・(笑)
で・・・
「あとで庭に植えてね!」と言う・・・
う~ん・・・どこに植えようかな・・・庭には余裕がないんだけど・・・(笑)
で・・・育てるのは拙者の役目か・・・
責任重大である・・・
もしかして「母の日」を忘れていた罰?(大笑)

日記 | 22:19:17 | Comments(0)
WiLL 2013年4月号
WiLL (ウィル) 2013年 04月号 [雑誌]WiLL (ウィル) 2013年 04月号 [雑誌]
(2013/02/26)
花田紀凱 責任編集

商品詳細を見る


告発スクープ!

第2のリクルート事件か
稲盛京セラが50億円購入
疑惑のJAL株再上場
(西田昌司・自民党参議院議員)
  再上場自体が問題
  JALとウィルコムを再生
  JALは事実上無借金
  さらなる疑念
  新たな第三者増資
  国民に対する背信行為
  京セラの突出した出資
  リクルート事件にも匹敵
  圧倒的に有利な税優遇
  国交省の手厚い配慮
  儲かる路線のみ増やす
  国民の財産を再び損なう
  外国人持株比率の疑惑
  鶴だと思ったらサギだった

アルジェリア人質事件

殺された企業戦士十名への鎮魂曲
(西村眞悟・衆議院議員)
  痛恨の「傍観体制」
  政府対応に疑問
  「仇をとる」と言え!
  日本の「恥ずべき弱さ」
  「傍観国家」のツケ
  指導者の「決断」が必要
  同胞を危険にさらし続ける
  「総理の決断と決行」の欠如
  戦後の惰性から醒めよ

独占手記

志半ばで逝った夫・中川昭一のメッセージ
(中川郁子・衆議院議員)
  突然の死
  達成感と誇りを持って帰国
  笑わせてあげたかった
  「僕は土下座しないよ」
  人生の不思議な縁
  違う涙が溢れてきた
  夫らしい優しさ
  プロポーズされた日
  天国から厳しい言葉を

総力大特集
中国は一線を越えた!

危険な挑発 中国のレーダー照射
(古庄幸一・第26代海上幕僚長)
(杉本正彦・第30代海上幕僚長)
  レーダー照射の衝撃
  「尖閣強奪工程表」どおり
  尖閣に人を置くべし
  「我々は13億人いる」
  「日中共同訓練」を
  「何もできない」自衛隊
  人も装備も足りない
  「人は城」の自衛隊
  “擬装”をやめろ!
  国際法の順守が第一
  即刻、法整備を!

レーダー照射は現代版「盧溝橋事件」
(一色正春・元海上保安官)
  まぎれもない戦闘行為
  屈辱の撤退
  法令がないというけれど
  先の大戦の敗北に学べ

民主化運動のリーダーが警告!
中国大変革の可能性
(櫻井よしこ・ジャーナリスト)
  民主化の流れを確信
  必要なのは「転換」
  中国共産党統治の異常
  時代の転換を暗示
  いまは転換期にある
  「九二派」と呼ばれる人々
  日中関係改善の呼びかけ

PM2.5は13億人の「人体実験」だ
(福島香織・ジャーナリスト)
  人民よりメンツ
  排ガス規制の効果は
  米大使館データが波紋
  石油利権に殺される
  「汚染は日本のせい」?

東日本大震災を忘れるな!

大震災3年目の教育現場から
(佐々木敏夫・宮古市教育委員会教育長)
(相模貞一・宮古市立宮古小学校校長)
  短い2年間だった
  校庭の3分の2まで津波が
  子供たちに津波を見せる
  悩んだ引き渡し対応
  現場の校長に任せる
  「宮古市で一丸となって」
  コミュニティの力の発揮
  二度の津波体験を残したい
  3・11を無にしないために

生き抜く経済学(11)

日銀の欺瞞を許すな
(三橋貴明・中小企業診断士・作家)
  インフレと失業率の関係
  驚くべき進歩
  インフレは「いいこと」?
  「高インフレの利益」とは
  日本経済の“曲者”
  「日本式」の弊害
  巧妙なすり替えを許すな

エネルギーと日本の未来(12)

活断層問題と規制委員会の暴走
(澤田哲生・東京工業大学助教)
  はなから職務を放棄
  規制委員会のバイブル
  「40万年前」への異論
  田中俊一委員長とは何者か
  電力会社を縛り上げる狙い

「生のかたち 死のかたち」(1)

「自分の行く末」くらい決めさせなさい!
(金 美齢・評論家)
  「さっさと逝かせて」
  「死」にナーバスな日本人
  権利の行使は謙虚に
  “漂流”“無縁”の背景は
  「人権派」の欺瞞

追悼 東條由布子

「凛とした少女」との出合い、そして別れ
(山口 隆・元第一生命副社長)
  両手を自分の肺に
  使命感からの遺骨収集
  最後の仕事は「宣誓供述書」

総力大特集
中国は一線を越えた!

中国最大の弱点「カイロ密談」の真相
(遠藤 誉・東京福祉大学国際交流センター長)
  決定的な機密情報を発見
  完全なる密室会談
  始まりは「カイロ密談」から
  蔣介石が避けたかった事態
  米公文書館で議事録を発見
  蔣介石のさらなる秘密
  カイロ密談を最大限に活用

軍事戦略の大転換 中国、日本侵略へ
(柏原竜一・情報史研究家)
  「開戦前夜」の緊張状態
  民兵を漁師に擬装させ
  「対日協調工作小組」の真意
  中国のインテリジェンス
  戴清民少将のサイバー戦略
  米国政府機関への攻撃
  米国の金融インフラを攻撃

レーダー照射事件は習近平の「暴走」だ
(石 平・評論家)
  日本の議論は不毛
  超タカ派政権の誕生
  政府と軍は同じ歩調
  「戦争には必ず勝利する」
  対日強硬政策は今後強まる

蒟蒻問答 第83回

安倍に反対なら代案を出せ!
(堤 堯・ジャーナリスト)
(久保紘之・ジャーナリスト)
  通貨発行量伸び率最下位
  野田佳彦はホンマに阿呆だ
  おトモダチはタダじゃない
  言わないことのデメリット
  この内閣は戦時内閣
  参院選を自己目的化するな
  憲法廃棄論の問題点
  石原の宇宙規模の励まし
  原発こそ最大の成長戦略
  レーダー照射の意味合い
  国内でモノを作る幸せ
  世襲は悪いものじゃない

特集 安倍政権、本格始動!

官僚匿名座談会
菅、鳩山は「元総理」と呼びたくない
(横田由美子・ジャーナリスト)
  「元議員」の暴走
  民主党の「負の遺産」
  思い出したくもない2人
  国家の恥さらし
  民主党、社民党への道

加藤紘一、河野洋平、鳩山由紀夫・・・
中・韓が大歓迎する「国賊」政治家たち
(山際澄夫・ジャーナリスト)
  中国のスポークスマンか
  「照射は本当か」
  中国の「友好人士」工作
  またぞろ「日本は反省を」
  なぜか日本を攻撃
  「日本の功績」には触れず
  ヤツらを許すな!!

アベノミクス批判に全て答える
(浜田宏一・イェール大学名誉教授)
(上念 司・経済評論家)
  「期待」を通じての効果
  デフレの「正体」は人工減?
  日銀のレポートはインチキ
  文句言われる筋合いはない
  白川氏が「作戦指揮」を
  「さるかに合戦」と同じ
  林業に復活の兆しが
  「お金がジャブジャブ」の嘘
  ハイパーインフレの脅し
  日銀法改正の手を緩めるな

誰が「南京大虐殺」を捏造したか(12)

日本の外交官は見ていた
(古荘光一・フリージャーナリスト)
  日本軍釣りだしに成功
  「上海」安全地帯の前例
  覆面を脱いだ安全委員会
  市内は平穏だった
  南京を密室化
  パナイ号沈没の謎
  南京防衛の意図なし
  でっち上げのために
  人命軽視の戦術思考
  なにもない事件現場



今年の読書:24冊目



読書 | 10:22:15 | Comments(0)
昭和史発掘 6
『昭和史発掘 6』

著者:松本清張
文春文庫
1978年9月25日 第1刷
定価:340円

  京都大学の墓碑銘

  天皇機関説

  陸軍士官学校事件



学問や思想についての統制が強まり、戦争への道へ進んでいく・・・という「昭和史」の部分を取上げている。
が・・・
京都大学の事件、美濃部達吉の天皇機関説への攻撃・・・この手の話は私には全然興味のないものなので、残念ながら、さっぱり面白くなかった。
陸軍士官学校の事件は、この後に起こる2・26事件へ繋がるので取上げたのだろう。
いわば青年将校たちの“暴発”の出発点といえるかもしれない。
この事件は「11月事件」とも呼ばれるが、あまり有名な事件ではない。
これは辻政信によってでっち上げられた、青年将校(候補生)たちによるクーデター事件・・・
昭和9年に起こった事件であるが、(2・26事件は昭和11年)一般に表沙汰にならなかったせいかもしれない。
この事件に斬り込んだこの『陸軍士官学校事件』だけが読み甲斐があったが・・・私にとっては、他の2作品は、読むだけ時間の無駄だった。(笑)
まぁ、2~3回読めば感想が変わるかもしれないが・・・
1回だけ読んだくらいでは面白くもなんともない・・・
第6巻も第5巻に引き続き「ガッカリ本」だった。


今年の読書:23冊目



読書 | 22:32:21 | Comments(0)
タケノコ・・・不作!
今日は“ウメちゃん”の奥さんの実家の山のタケノコ掘り・・・
毎年、この時期にはタケノコ掘りをするのだが、そういう時に限って拙者は海外旅行・・・(笑)
「役立たず」と“ウメちゃん”に呆れられるのだが、ついついタケノコ掘りの行事を忘れて旅行の予定を入れてしまうのである。
決して“悪意”があってやっているわけではない・・・(大笑)

帰国早々、タケノコ掘りの手伝い・・・
これをしなかったら、何を言われるかわかったもんじゃない・・・(大笑)
多分、来年までの1年間、散々言われるに違いない・・・(大笑)

“ウメちゃん”の義母・・・“小母さん”が亡くなって、実家には主がいない・・・
いつも声をかけてくれた“小母さん”の声を聞くことがない・・・
寂しいなぁ~

いつもの、実家の裏山・・・竹林に行くと・・・
ありゃぁ!(驚)
竹林の竹がバッサリと切られて何もない!
話によると、財産を相続した義兄が業者に頼んでバッサリとやったらしい・・・
あらら・・・・
義兄は地元に住んでいないからなのかもしれないが・・・
この感覚は拙者には理解しがたい・・・
拙者は、母が亡くなった後も、できるだけ母が生きていた時と同じ状態を保つようにした。
家の中も・・・庭も・・・・大きく変えるようなことをせず・・・
母が育てていた鉢植えもそのまま育ててきた。
だから、亡くなった途端にバッサリ・・・というのは、考えられないのである。
いやぁ~・・・何これ・・・(唖然)
“小母さん”がかわいそうな気がするんですけど・・・
「あの世」から、この状況を見て“小母さん”はどう思っているだろう・・・
仕方がないかなぁ~・・・人それぞれ、価値観が違うからなぁ~

で・・・タケノコ・・・
例年ならば、軽く100本は掘らねばならないというくらい“雨後のタケノコ”状態なのだが・・・
今年は・・・見当たらない!(唖然)
例年の10分の1程度・・・10本ぐらいしか見つからない。
たぶん、“小母さん”が亡くなり、誰も住んでいないことを知っているのだろう・・・
近所の人がやったのか、所々タケノコを掘った穴が目に付く。
我々は掘ったら必ず穴を埋め戻すが、こういう輩は掘りっ放しである。
まぁ、他人の山に勝手に入ってタケノコを盗むくらいだから、掘りっ放しは当然か・・・
それにしても、その穴の数を数えても数箇所程度である。
う~ん・・・今年は不作なのか?
“小母さん”がこの世を去り、タケノコたちも意気消沈しているのか?
植物は人間のことがわかっているからなぁ~(笑)
声をかけて可愛がってやると、必ずそれに応えてくれるし・・・
無視して放置しているとへそを曲げて花も咲かせないのである。(大笑)

あ~あ~・・・寂しくなっちゃったなぁ~
拙者はようやく見つけた数本を掘り出した程度で作業は早々と終了・・・となる。

日記 | 15:23:42 | Comments(2)
ついに53歳!
今日は拙者の誕生日・・・・(苦笑)
あ~あ~あ~・・・また歳を取ってしまった!(涙)
ついに53歳である!

で・・・
妹から誕生日のプレゼントの花束が宅配便で届いた・・・
あらら・・・こりゃ、すごい・・・

634_convert_20130624220153.jpg

茶の間に飾ろうかと思っていたが、親父は自分の花なんだから自分の部屋に置くほうがいいと言う。
確かにそれもそうだが・・・
自分の部屋に飾るのももったいない・・・(笑)
これは、玄関に飾ったほうが玄関がなんとなく明るくなっていいのではなかろうか?(笑)
というわけで・・・玄関に置くことにする。

635_convert_20130624220224.jpg

で・・・53歳になった抱負・・・
何もない・・・・(涙)
ダラダラと相変わらずの生活を送るか?
う~ん・・・何か考えねばなるまいが・・・何も頭に浮かばないというのは情けない・・・
拙者の余命は・・・・
うまくいけば、あと40年くらいあるか?
普通に考えて・・・親父と同じぐらい生きると考えれば30年程度か?
もしかしたら、母親の死んだ歳と同じ程度しか生きないとなると、あと20年ぐらいか?
最悪、あと10年程度しか生きられないかもしれない・・・
そう考えると焦るのだが・・・
とにかく“死”に向かって坂道を転げ落ちていく年齢だということは確かであろう・・・
どうすれば充実した残りの人生を送ることができるか・・・
それを考えている間に死んじゃうかもしれない・・・(大笑)
ヤバイ、ヤバイ・・・非常にヤバイと思う・・・

日記 | 21:56:54 | Comments(2)
『アジアを旅する』
img111_convert_20130623235513.jpg

『アジアを旅する~フィリピンからインドまで~』

松元 宏 著
麻布文庫14
発行所 麻布中学校・麻布高等学校
2013年1月20日 発行

まえがき

フィリピンの旅
 旅のきっかけは
 さあ、フィリピンへ飛ぶぞ
 マニラ
 革命後マニラで一番の見物といえば
 スラム
 リンガエン湾からバギオ
 ミンダナオ
 ノンビリとしたいのだが・・・
 ダバオを歩く
 ミンダナオ島をバスで走る
 スリガオ
 さて、出発だ・・・
 セブ島
 フィリピンの観光地といえばセブ島
 レイテ島
 サマール島
 再びマニラ

ヴェトナムの旅
 ぼくの学生時代はヴェトナム戦争
 ハノイへ飛ぶ
 ハノイを歩く
 ヴェトナム料理
 ハロン湾h向かう
 鉄道
 ヴェトナム中部
 一杯食わされる
 ホーチミンへ入る
 戦場の跡、クチへ行く
 メコン・デルタへ
 カントー
 ヴェトナム南端のハーティエンへ
 寒村ハーティエン
 国境沿いを走る

タイからカンボジアへの旅
 アンコール・ワットはどこの国?
 大都市バンコクへ
 バンコクから国境の町へ
 国境を渡る
 バスは荒地を走る
 アンコール・ワット遺跡へ
 トンレサーブ湖へ
 カンボジア人の家
 シュリムアプからバンコクへ

ラオスの旅
 遠い国
 バンコクからラオス国境へ行く
 ビルマ国境から首都へ
 首都ビエンチャン
 社会主義国ラオス
 奥地へ
 古都ルアンパパーン
 さらに北へ
 中国国境を目指す
 ルアンナムター
 山岳民族
 タイ国境の村ファイサーイ
 メコン川を渡り、タイへ

ビルマの旅
 軍事独裁の国へ
 首都ヤンゴン(ラングーン)とは
 人懐っこいのか、ビルマ人
 ビルマのバス
 マンダレー
 居心地の良さ
 イラワジ川を下り、バガンへ
 仏教遺跡バガン
 再びヤンゴンへ
 ビルマとの別れ

バングラデシュの旅
 なぜバングラデシュへ?
 空港を出ると真っ暗闇
 昨夜の続き
 都会を出る
 国境近くの村へ
 バンドルボンの町
 さらに南へ
 バングラデシュの生活
 ダッカから西へ飛ぶ
 北へ、北へ
 1000年前の仏教都市遺跡
 南下する
 ゴラク君一家
 再び、ダッカへ
 ジョイヌル・オベディン

インドの旅
 いよいよインドへ
 2005年の旅
 インドの列車
 車内風景
 アグラからカジュラーホへ
 僻村が誇る生々しい世界遺産
 部落
 宿の主人と交流
 アウランガーバード行き列車
 アジャンター、エローラ遺跡を見てアラビア海へ
 バスの中
 気になるカースト制度
 ムンバイの町
 2007年の旅
 コルカタ
 タゴールとガンディー
 ブッダ・ガヤーから仏教の旅
 ブッダの道
 私設学校
 さて、どこにするか
 天空の宿
 下痢
 ダージリン・ヒマヤラ鉄道
 再び、サダム・ストリート
 2009年の旅
 聖川に沿って歩く
 ヒンドゥーの町を回る
 日本人旅行者
 夜と朝
 どこへ向かおうかな?
 ブバネーシュワルでのトラブル
 南インドのチェンナイへ
 今回の最南端
 旅の終わり

インドネシアの旅
 ジャワ島
 ジャカルタを歩く
 これが電車なのか
 ジャワ島の東方、ジョグジャカルタへ
 ジョグジャカルタからボロブドゥールへ
 ボロブドゥール
 バスで世界遺産のプランバナンへ行く
 ラマダン後の食事風景
 ジャワ島をさらに東へ
 港町チルボン、そしてバンドゥンへ
 イスラム教徒の村
 ヒッチハイク
 夜中、ジャカルタ着

あとがき



この本は妹からもらった本・・・
どうも、我が妹は、この本の著者に会ったらしく、その時に頂いたらしい。
「海外の話をしたら、お兄ちゃんと話が合うと思う」と言って渡された。(笑)

著者は、パック旅行ではなく、一人で路線バスや電車などに乗って旅をするスタイル・・・
1986年から2011年までの旅の記録が本書である。
著者はリュックにスケッチブックと水彩絵の具を持参して・・・という姿で旅をする。
本書にも、いくつか、現地でスケッチした絵が掲載されている。
一人旅だから出来るようなもので、私などは時間がなくてカメラで写真を撮るのにも苦労するが・・・
自分の見た景色などをスケッチする余裕のある旅というのも羨ましい・・・
著者は私より一回りほど年上の麻布学園の英語教師・・・
英語の先生だから言葉には不自由をしないから、こういう旅ができるのだろうと、これまた羨ましい限りである。

アジア各国を旅した「旅行記」が本書であるが・・・
私も行った事がある国も、もちろん載っているが、まだ行った事がない、正直言って行く気も起こらないような(笑)国も載っている。
いずれも、読んでいて面白い。

懐かしいのは、インドネシアのプランバナンの遺跡・・・
あそこには30年ほど前に行ったが、特に「ある思い出」がある場所なので、もう一度行きたい場所である。
へぇ~今はどうなっているんだろう・・・と、著者からもっと話を聞きたい気分になる。

著者のような旅の仕方が出来ない人にとっては、新鮮で興味深い「旅行記」ではあるまいか?
とにかく、こういう旅・・・羨ましい限りである。



今年の読書:22冊目



読書 | 23:48:01 | Comments(0)
無事、帰国!
成田行きVN310便は、成田到着予定は午前7時30分過ぎだが、予定到着時間よりかなり早く成田に到着したような気がする。(笑)
追い風にでも乗ったか?(笑)

で・・・・
出国して向かったのは・・・トイレ!(大笑)
拙者の機内持ち込みの手荷物に、昨日のうちに電動カミソリを入れておいたのである。
で・・・・トイレでヒゲソリ・・・(大笑)
なにせ、身だしなみというのは大切であろう?(大笑)
“機内泊”の場合・・・機内でヒゲが伸びるのである!(大笑)
というわけで、電動ヒゲソリをスーツケースなどに入れたままでは、あとが面倒なのである。
“機内泊”の場合は、必ず手荷物のほうに入れておかねばならない・・・
これは、拙者の“鉄則”である。
ということで・・・トイレに飛び込み、洗面台の前でササッとひげを剃る・・・(大笑)

身だしなみを整えて・・・(大笑)
急ぎ、自宅へ向かう。

で・・・我が親父・・・
元気だった・・・(大笑)
留守中、買物がてら、ヘルパーさんと“散歩”するように介護計画を頼んでいたが・・・
結局、お買物には出かけなかったとのこと。
拙者が一緒じゃないと不安で仕方がないからやめたと言う。
拙者の留守中に万が一転んで怪我でもしたら悪いと思ってのことなのだろう。(笑)
まぁ、そのくらい慎重なほうがいいかな?・・・(笑)

旅行 | 22:50:41 | Comments(0)
拙者は乞食ではない!(怒)
今回の旅行の最後の夕食はフランス料理・・・
洒落たレストランでの食事会である。

631_convert_20130623213415.jpg

10年前に家族だけで経営しているらしい小さなフランス料理のレストランで食事をしたことがある。
あの時のフランスパンの美味しさが忘れられない。
ベトナムのフランスパンは本当に美味しいのである。
今回も期待したら・・・その期待を裏切ることなく・・・美味しい!
いやぁ~溜まらんなぁ~この美味しさ!(大喜)
レストランのボーイに尋ねたら「おかわり無料」だそうなので、さっそく「おかわり」を頼む・・・

と・・・
今回の旅の当初に、拙者が昼食時にビールを頼まずジュースを頼んだら「非常識だ!」と言い放った、“団塊の世代”のオッサン・・・
「そんなに好きなら、俺のを食べろよ!ホラ!食えよ!俺のをやるから食えよ!」と言う。
「いやぁ~結構ですよ。今、おかわりを注文しましたから・・・」
「さっき、あんた、もっと食べたいって言ってたんだろ!いいから俺のを食えって!やるから、ほら、食えよ!」

カチィ~ン!(怒)
「ほら、食えよ!」とは失礼な言い方である。
拙者は乞食ではない!(怒)
この野郎!・・・と喧嘩をしようと思ったが、我慢する。
ここで喧嘩をしたのでは今回の旅の思い出が台無しになってしまうだろう。

しかし、なんで拙者が我慢しなければならないのかと思うと腹が立つのだが・・・
どうして、こんなふうに、まともな口の利けない“大人”がいるのやら・・・
こういうのが天下国家を語るんだから興ざめである。(苦笑)
自分は常連だからとのぼせ上っているのか・・・
拙者が年下だからと舐めてかかっているのか・・・
“先生”などと呼ばれていたようだが、どこが“先生”と呼ばれるに値するか・・・
いずれにせよ、「育ちが悪い」のだろうなぁ~
これだから“団塊の世代”は嫌いなのである。(笑)
最後の夜にまた不愉快な思いをさせられた・・・
あ~面白くねぇなぁ~

632_convert_20130623213458.jpg

最後にデザートが・・・・
と・・・またもや、このオッサンが言い放った・・・(笑)
「俺はこれは食わねぇから、あんた、これを食えよ!やるから食えって!」
何度も遠慮したが、こんどもしつこい・・・
デザートの皿をひっくり返して凄んでやろうかとも思ったが・・・
まてよ・・・どうせなら、平気な顔して食っちゃったほうが得ではなかろうか?(大笑)

本当は、このオッサンは心優しい人なのだろう・・・
親切心から、わざわざ拙者に食べさせてあげようと言ってくれているに違いない・・・
ただ・・・日本語が上手ではないだけなのだ・・・
可哀想に、日本語が上手く話せない人なのだ・・・
と・・・思えばいい・・・(大笑)

というわけで・・・「じゃぁ、頂きますねぇ!」とデザートの皿を受け取る。(大笑)
下手なプライドを振り回すより遠慮なく食べたほうが得である・・・(大笑)

夕食後、空港へ・・・
成田行きVN310便は午前0時30分発の予定・・・
空港で約3時間ほど時間を潰さねばならない・・・
我がツアーは空港内で自由行動ということで一時解散・・・
拙者は一人で空港内を“探検”・・・
と・・・上の階に「ラウンジ」があり、女の子が呼び込みをしていた。(笑)

普通、「ラウンジ」というと、ビジネスクラスの乗客とか、航空会社のカードを持っている客とかが対称なのだろうが・・・
暇だったのか、お金を払えば「ラウンジ」が使えると言う。
で・・・飲み放題、軽食食べ放題で、しかも喫煙室も用意されていると言う。
少しお金を払っても、そのほうが得ではあるまいか?(笑)
で・・・呼び込みの可愛い女の子から「友達も誘ってきて欲しい」と頼まれ、つい、その気に・・・(笑)
旅の間、御世話になった“作家先生”や“元ジャーナリスト先生”など4名ほどをお誘いしてラウンジに戻る。(笑)
で・・・拙者は途中で中座し、マッサージルームへ・・・(笑)
なにせ、帰りの飛行機は「機内泊」だからねぇ~・・・
少し“凝り”をほぐしておかないと・・・・(笑)
マッサージから戻り、皆さんのお話を聞かせていただきながら飲み物などを飲んでいるうちにあっという間に時間が過ぎる。
この「ラウンジ」に偶然出会って本当に良かった・・・ハノイの空港はいいなぁ~

午前0時を過ぎ・・・搭乗・・・
帰国の途につく・・・

旅行 | 21:31:35 | Comments(0)
ラブホテルで着替え?
バスで移動中、窓から見た家・・・
う~ん・・・やっぱり徒歩でブラブラ歩きながら見たいものである!(笑)

566_convert_20130619211440.jpg 567_convert_20130619211516.jpg

568_convert_20130619211546.jpg 569_convert_20130619211945.jpg

午後2時20分過ぎに『革命博物館』に到着・・・
早速館内を見学・・・
約1時間で見学をするというが、結構大きな博物館なので丁寧には見ていられない。

570_convert_20130619212456.jpg(革命博物館)

572_convert_20130619213625.jpg 574_convert_20130619213730.jpg

ここに、日本軍の写真も展示されていた・・・

583_convert_20130619213805.jpg

ベトナム語と英語、フランス語で解説がつけられているが・・・
英文の解説を読んでみると・・・
『1940年(日本では昭和15年)の9月にランソン県に来た“日本のファシスト軍隊”』と書いてある。(笑)
ファシスト?・・・はぁ?(汗)
これはどう訳せばいいだろう・・・日本の帝国主義者の軍隊が・・・とでも訳すべきなのかな?(笑)
ファシストねぇ~・・・・
違和感を覚えるんだけど・・・(笑)

ちなみに、ランソンには仏印軍の要塞があって激戦が展開されたらしい。
この写真は、その激戦後、占領した後に撮られたような気がする・・・

584_convert_20130619213843.jpg

この写真の解説は・・・
『1941年(日本では昭和16年)の8月3日にサイゴンの通りを行進する“日本のファシスト軍隊”』と書いてある。(笑)
どこの部隊だろ?・・・・なんとなく海軍陸戦隊のような感じもするが・・・

586_convert_20130619223113.jpg 587_convert_20130619223200.jpg
(ホーチミンの銅像)

英文の解説文によれば・・・この銅像は・・・
1945年(日本では昭和20年)の9月2日にハノイのバー・ディン広場でホーチミンがベトナムの独立とベトナム民主共和国の設立の宣言をしている姿・・・と書いてある。
8月15日に日本が負けた後すぐにベトナムは独立宣言をしたとは知らなかった。(汗)
ところで、この英文では“リパブリック・デモクラティック”(民主共和)って書いてあるんだけど・・・
ベトナムって社会主義共和国じゃなかったっけ?(笑)
おかしいなぁ~と思ったら、独立した時は「民主共和国」として独立して、1976年(昭和51年)、拙者が16歳の時に「社会主義共和国」に改名したのだそうだ・・・(笑)
へぇ~・・・それも知らなかった・・・(笑)

595_convert_20130620141648.jpg 603_convert_20130620141732.jpg

展示品が多すぎて(笑)、1時間程度では見切れない・・・
しかも、解説文は英語なので“解読”するのに、とてつもなく時間がかかるのである。(大笑)
というわけで・・・ジックリ見るのは諦めて、サッサと走るように見る。(笑)

616_convert_20130620141811.jpg

この建物の外にガラス張りの小屋に展示されている1台の車が・・・
説明板によると、この車は1950年(日本では昭和25年)に作られた車で、1954年にソビエト共産党からベトナム労働党に贈られた車だそうだ。
で・・・この車は特別の装甲が施されていて、ホーチミンや政治局の幹部などが1954年から1972年(日本では昭和47年)まで使用していたそうである。

時刻は午後3時を過ぎた・・・
次に向かうのは・・・定番の(笑)・・・免税品店!

拙者は移動中も外の景色に釘付け・・・(笑)

621_convert_20130620143516.jpg(建設中のビル)

623_convert_20130620143555.jpg 624_convert_20130620143634.jpg

午後4時、免税店に到着・・・
拙者は特に買いたいお土産はないので退屈である。(笑)
ここで買物の時間として1時間取っているそうだ・・・
一部の参加者は、本を買いに別の場所へ行きたいと言い、現地ガイドに案内を頼んでタクシーで別行動・・・
なにせ、このツアーの常連の参加者は・・・“研究者”や“論客”や“作家”やら、そうそうたる顔ぶれらしいので・・・
資料収集のため別行動をしたいと言う人が出るのは当然である。
それがまた出来ちゃうんだから、このツアーは面白い・・・(笑)

625_convert_20130620151434.jpg(免税店)

特に買いたい物もないのに1時間もここで時間を潰すというのは、ある意味、苦痛である。(笑)
無料のお茶をいただきながらツアー仲間とオシャベリしていたら店員の“オバチャン”が、フクロウのキーホルダーを売りつけにやって来た。(笑)
あ~・・・そうだ・・・
我が妹はフクロウ・グッズを集めている。
キーホルダーだから・・・甥っ子と姪っ子へのお土産にしようか・・・ということで、3個購入する。(笑)

時刻は5時を過ぎた・・・
添乗員さんから、これから「ラブホテル」へ行って、シャワーを浴びて帰国に向けて着替えてはどうかと提案があった。(大笑)
このまま飛行機に乗ると、帰国は明朝となる。
汗をかいて気持ちが悪いだろうから・・・ということらしい。(笑)
「ラブホテル」?・・・マジで・・・(大笑)
そういえば、10年前は、追加料金を支払ってホテルのチェックアウト時間を遅くして、日中、観光して一度ホテルに戻って着替えたような記憶が微かに残っている。
なんで、このツアーは延長料金を支払ってチェックアウトの時間を延長しないのだろうと思っていたのだが・・・
こういう手もあったのか・・・(笑)
何人かで一部屋を「休憩」として借りてシャワーを浴びるほうが安く上る・・・ということらしい。
利用希望者を募ったら、10名ほどが、シャワーを浴びに行く“ツアー”に参加すると言う。
「一度、話の種に行ってみてはどうですか?」と誘われたが、拙者は既に帰国の服装のままだし・・・
何人もの男で多分狭いだろう「ラブホテル」の部屋でシャワーの順番待ちをしようという気は起こらない・・・
ということで、拙者はお誘いをお断りした。(笑)

ところで、その「ラブホテル」ってどんなところなのだろう・・・とガイドに尋ねてみる。
昨晩、拙者が路地裏などを散策した時に見かけたホテルの話をしたら、そのホテルが、“そういうホテル”なのだそうだ。
あらら・・・拙者は訳もわからず「ラブホテル」の前を行ったり来たりしていたわけ?(大笑)

「ラブホテル」がある街角で“シャワーツアー”(笑)の参加者を降ろし・・・
参加しない拙者を含めた5名ほどは、ホーチミン廟近くの駐車場にバスを停めて時間を潰す・・・
我がツアー紅一点の“ミヤガワのおばあちゃん”から、この時、先ほどのお店で買ったベトナムコーヒーをプレゼントされる。
「旅行中、大変お世話になったから・・・」とおっしゃるのだが、拙者は大して御世話などしていない。(笑)
ちょっと気遣っただけのことなんだけど・・・
戦友会の旅行なんかではいつもやっていることなんだけど・・・(笑)
でも、ありがたい!・・・恐縮である・・・感謝、感謝・・・

我々“残留組”のほうには、添乗員もガイドも付いてはいない・・・
みんな「ラブホテル」の方へ行ってしまった・・・(笑)
で・・・バスの運転手は言葉が通じない・・・(大笑)
退屈である・・・
拙者は一人、バスから降りてタバコをふかす・・・
どうやらバスの運転手の携帯に迎えに来るよう連絡が入ったらしい、身振り手振りで「出発するぞ」と言う。(笑)

生憎、雨が降り出してきたが、無事に街角で“シャワーツアー”の参加者を拾い、夕食会場に向かう。

旅行 | 17:12:01 | Comments(0)
日本軍の兵器みっけ!(喜)
約1時間の昼食後・・・
今度は『ベトナム軍事歴史博物館』へ向かう・・・

道中、車窓から町並みを見る。
フランス統治時代の建物だろうか・・・古い建物が結構ある。
ホーチミンとは雰囲気が違う。

493_convert_20130618123323.jpg 495_convert_20130618123444.jpg

496_convert_20130618123520.jpg 497_convert_20130618123554.jpg

あ~・・・こういう建物・・・好きなんだよなぁ~(笑)
バスの窓からじゃなくて、ブラブラ歩きながら見て回りたい衝動にかられる。
う~ん・・・残念だぁ~
今度は一人で来て、ブラブラ歩きたいなぁ~

500_convert_20130618124343.jpg

505_convert_20130618124439.jpg 507_convert_20130618124519.jpg

午後1時過ぎ・・・『ベトナム軍事歴史博物館』に到着・・・
早速、館内の見学をする。

509_convert_20130618134247.jpg(ベトナム軍事歴史博物館)

520_convert_20130618134334.jpg 528_convert_20130618134435.jpg

529_convert_20130618134518.jpg 531_convert_20130618134552.jpg

館内の見学を終え、外に出てみたら、ズラリと大砲が並んで展示されていた。
ふと、その中の一つに目が行った・・・・
あっ!これは・・・旧日本陸軍の『四一式山砲』ではないか!(驚!)
あらあらあら・・こんなところで我が大日本帝国陸軍の大砲に出会うとはねぇ~
もう、これを見ただけで、この博物館に来た甲斐があったというものである!(喜)

537_convert_20130618182018.jpg 534_convert_20130618182108.jpg

この砲に付いている銘板等を調べてみると・・・
砲身には「四一式山砲 №1211」と刻印されている。
つまり、1211番目に製造されたということになるのかな?(笑)
で・・・
この砲身が乗っている“遥架”と呼ばれる部分に付いている銘板には「明治四十四年製 №17 大阪砲兵工廠」とある。
明治44年?
この四一式山砲が開発されたのは明治41年だから、制式採用されて3年後に作られたということになる。(驚)
かなり古い砲ということになる。
しかも17番目・・・(大笑)
ところが、この砲の“脚”の部分には「昭和十五年四月製 №1273 大阪工廠」という銘版が付けられていて、更にこの“脚”の一番後ろにある“脚”を地面に固定させるための杭の役目をする“駐鋤”という部分には「昭和十二年十二月製 №10010 奉天造兵所」の銘板が取り付けられていた。
つまり・・・
各部品の作られた時期がまちまちなのである!(笑)
これは、あっちこっちから掻き集めて再生した砲のようである。
あら・・・すごい・・・(大笑)

隣りに設置されていた、ベトナム語と英語、フランス語の3ヶ国語で書かれた説明板を見てみると・・・
どうも、この説明が拙者には物足りない・・・(大笑)
拙者の非常に頼りない英文和訳によれば・・・(大笑)
まず、表題は、「75mmの山砲の部品(もしくは一部)」と書かれている。
「四一式山砲」は口径が75mmであるので表記に間違いはないが、“piece"を「部品」とか「一部」と訳すとこういうことになるのだが・・・(笑)
これは大砲の一部なのか?(笑)
大砲そのものだと思うけど・・・
他の説明板を持ってきちゃったんじゃないのか?(大笑)

で・・・書かれている内容は・・・
第675砲兵連隊、第755中隊の英雄であるナントカカントカ(ベトナム人の名前の発音がわからない)という人が率いた第2砲兵中隊で使用されたものらしい・・・
が・・・675とか755とか、ちょっと数字が大きすぎるような・・・
北ベトナム軍って、そんなに部隊数が多かったのか?
あれ?・・・どうも不安になってきたぞ・・・拙者の和訳・・・(大笑)
で・・・この砲は、1954年3月24日から1954年5月7日の戦いで、破壊された5門の105mm砲の部品と、ディエンビエンフーに近い中央戦域(?)でフランス軍が放棄した軍需品から入手した・・・らしい・・・
書かれているのはそれだけ・・・
いくら英語が苦手な拙者といえども、おおよそのことはわかるが、わけがわからん文章である。(笑)

まず、1954年の3月から5月にかけて「ディエンビエンフーの戦い」というのが行われたのは確かで、この激戦でフランス軍はベトナムから撤退する羽目になるのである。
問題は、フランス軍から入手した105mm砲の部品という部分・・・
105mm砲の部品で75mm砲が作れるわけがないと思うのだが・・・常識から言って・・・(大笑)
わけがわからん話である。
で・・・肝心の部分・・・この砲が旧日本軍の「四一式山砲」であるということは、どこにも書かれていない!
これが拙者には面白くない!(笑)

それにしても、この砲は多分、太平洋戦争終戦後、フランス軍が日本軍から接収した大砲なのだろう。
で・・・約9年後の第一次インドシナ戦争で、フランス軍はこの“骨董品”を持ち出して戦ったというわけか?
ということは・・・日本の大砲も大したものである・・・使用に耐えたんだから・・・(笑)

う~ん・・・正確さに欠ける説明板である!(怒)
作り直してもらいたいなぁ~・・・・これ・・・(笑)

この博物館の中庭には、ベトナム戦争当時の兵器類が野外展示されていた。

549_convert_20130619122310.jpg 552_convert_20130619122400.jpg

555_convert_20130619122439.jpg(米軍のM84戦車)

565_convert_20130619122521.jpg 553_convert_20130619122746.jpg

隣りの建物にも何か有りそうなので覗いてみる。

558_convert_20130619210050.jpg 559_convert_20130619210133.jpg

560_convert_20130619210237.jpg

時刻は午後2時過ぎ・・・
次は『革命博物館』に向かう・・・・

旅行 | 15:27:36 | Comments(0)
ハノイ観光
今日はハノイ市内の観光をして、そのまま帰国する予定。
観光しながらそのまま空港へ・・となると、着替えている暇はない。(笑)
というわけで・・・
気温は多分30度を超していると思うが、今までの半袖シャツから長袖シャツに替える。
暑いが仕方がない・・・
優先順位としては、日本の気候のほうに合わせておくしかない。(笑)

拙者は自分のためのお土産というのは滅多に買う事はない。
まぁ、他人へのお土産も滅多に買う事はないのだが・・・(大笑)
唯一の楽しみは、スーツケースに貼るステッカー収集である!(笑)
これだけが唯一といっていいほどの自分に対する旅行のお土産なのである。
さて・・・このホテルにはステッカーが置いてあるだろうか?
ロビーで“ベルボーイ”ならぬ“ベルガール”に尋ねてみたが、「ステッカー」の意味がわからないようで・・・(泣)
仕方がないので、スーツケースを持ってきて、ベタベタと貼ってあるステッカーを指さして「こういうのが欲しいんだけどぉ~」と説明する。
スーツケースを持ち出して何やら“騒いでいる”からスーツケースでも壊れて文句を言っていると思ったのだろうか、マネージャーまでが飛んできた。(大笑)
「これ、こういうのが欲しいんだけど!このホテルのステッカーってないの?」
「あ~ステッカーですか!」
ん?さっきから俺はステッカーって言ってるんだけど・・・発音が悪かった?
「申し訳ございませんが、うちのホテルにはありません」
アララ・・・残念・・・
“ベルガール”が「ステッカーをコレクションしてるんですか!」と驚く。(笑)
いや、いや、コレクションというほどではないんですけど・・・(笑)
「これ、一昨日泊まったホーチミンのマジェステックホテルのステッカーなんだよ。で、これが、カンボジア、これが、フィリピン・・・」と説明してあげる。
が・・・パラオ共和国とかになると、彼女は、わからないらしい・・・ポカ~ンとしていた。(大笑)

昔は、ちょっとしたホテルには必ずステッカーが置いてあったんだけどなぁ~(笑)
もう30年以上も前の話だが・・・
今では滅多に、各ホテルのオリジナルのステッカーというのは入手できない。
ホテルの若い社員は自分のホテルのステッカーなど見たこともないんだろうから、「ステッカーをください」って言われても何のことやらわからないのも当然か・・・

日本も同様で・・・
拙者が中学生のころは観光地には必ず「ペナント」というのがお土産屋さんで売っていた。
修学旅行などで買って自分の部屋の天井に貼ったものだ・・・
今ではこの「ペナント」を見かけることはない・・・
その後、観光地の名前や絵が描かれた「提灯」が売られていたが、それも今ではお目にかかることがなくなった。
今は何だろう?
“ご当地キャラ”の「携帯ストラップ」かな?(大笑)
これも、いつこの世から消えるか・・・
ステッカーぐらいは何十年も延々と続いてもらいたいんだけどなぁ~・・・“コレクター”としては・・・(大笑)

408_convert_20130616134652.jpg(ベルガールさん)

制服が可愛い・・・
この角度からだとよくわからないが、帽子が大きいのである。
当然のマナーとして、「写真を撮らせてぇ~」と許可を得て撮影する。(笑)

409_convert_20130616134847.jpg(宿泊したホテル)

午前8時半、ホテルをチェックアウト・・・・

まず、最初に向かったのは『ホーチミン廟』・・・・
「ホーチミン廟」は名前は聞いたことがあるが、どういうところなのかは知らない。(笑)

413_convert_20130616141742.jpg

バスから降りてテクテク歩く・・・・

418_convert_20130616142226.jpg

どうやらここが入口らしい・・・

425_convert_20130616142339.jpg

屋根のついた渡り廊下を歩く・・・
写真の撮影に関しては、結構うるさいのだが、どこまで写真を撮っていいのかがよくわからない。(笑)

『ホーチミン廟』の内部にゾロゾロと進む。
なんと観光客の多いことか・・・・
薄暗い建物の内部・・・ヒンヤリと涼しい・・・
真ん中にガラスケースに入ったホーチミンの遺体があった。
当然、撮影は禁止。
警護の軍人が周囲に立っている。
ガラスケースにはスポットライトの照明が当たっていて、ホーチミンの横たわっている姿を見ることが出来る。
が・・・
なんとも悪趣味な気がしてならない。
遺体を“さらし者”にしている気がしてならないのだ。
こういう神経・・・拙者には理解できない・・・
このように「遺体」を人に見せるというのは共産主義というか社会主義の考え方なのだろうか?
遺体はミイラではなく防腐処理を施されているらしいが・・・・
真っ白な色をしていて、なんとなく蝋人形のように見える。
我がツアーの参加者の中に、以前にここを訪れた方がいて、その方が言うには「以前より遺体が白くなっている気がするが、もしかしたら蝋人形とすり替えたんじゃないか」(笑)と言う。
まぁ、ありえないこともないかな?

426_convert_20130616142624.jpg

『ホーチミン廟』内部を“見学”して、外に出て振り返って撮影・・・・
ここからなら撮影しても問題はないようである。
警備の兵隊は何も言わなかったし・・・(笑)

グルリと回って「広場」に出る。

429_convert_20130616230906.jpg

こっちが正面か?(笑)
この雰囲気・・・ロシア(旧ソ連)の『赤の広場』に似ているような気がするが・・・
(行った事はないから、よく知らないけど・・・)(笑)
真似したのか?

431_convert_20130616231036.jpg 433_convert_20130616231146.jpg

なにやら軍人さんたちが正面に集まっていた。
で・・・衛兵の交替なのか、向こうから鉄砲担いだ兵隊がやって来た。
この集まっている兵隊さんたち・・・
なんともビシッとしていない。
列は乱れているわ、フラフラ頭は動くわ・・・
多くの観光客が後ろから見てるんだけどなぁ~(笑)
なんか、みっともないんだよなぁ~
まぁ、“お偉いさん”の訓示が長すぎて飽きていたのかもしれないが・・・(大笑)

ホーチミンの遺体を警護する衛兵は、服装もビシッとしていたが、問題は其の他の場所に立っている警備の兵隊たち・・・
服装がなんともだらしがないのである。(唖然)
アイロンがかかっていないせいか、食べこぼしでもしたのかという汚れがあるせいか、それとも体のサイズに合っていないせいなのか・・・
とにかくキリッとしていない・・・
う~ん・・・ベトナム軍って、こんなにだらしがないのか?
多くの観光客の目に触れるんだから、もう少し服装はきちんとしたほうがいいと思うが・・・(大笑)
元自衛官である添乗員さんも、陸上自衛隊の特別儀仗隊の隊員と比べたら、日本のほうが数段上だと、ベトナム軍の服装と態度のだらしなさに呆れていた。(笑)

436_convert_20130616231246.jpg

この広場の向こう側で大規模な建設工事が・・・
どうも新しく国会議事堂を作っているのだそうだ。
現在の国会議事堂はどこにあるのか知らないけど・・・手狭になったのか?老朽化したのか?

時刻は午前10時を過ぎた・・・
次に向かったのは、『ホアロー収容所』・・・・
またもや「収容所」・・・監獄の見学である。(汗)

487_convert_20130616233644.jpg 488_convert_20130616233745.jpg

この監獄は1896年にフランスが造った監獄だそうだ。
外見は監獄とは思えないほど洒落ている。
現在は歴史的遺産として博物館のようになっている。
拙者は、監獄の展示物より、この建物のデザインのほうが気になった。
結構洒落ていると思うんだよね。
使われている色のせいもあるかも・・・

439_convert_20130617214448.jpg 445_convert_20130617214649.jpg

469_convert_20130617214733.jpg 470_convert_20130617214818.jpg

どこの“監獄”も似たり寄ったりである。(笑)
ガイドさんが丁寧に説明をしてくれるが・・・・
申し訳ないのだが、折角の説明は拙者の頭は受け付けそうもないので、一人でサッサと先に行きブラブラと見学することにした。

450_convert_20130617215736.jpg 460_compressed_convert_20130617215813.jpg

477_convert_20130617215903.jpg 478_convert_20130617215946.jpg

展示品の中には、米軍のパイロットの飛行服やパラシュートなども展示されていた。
この“監獄”はベトナム戦争当時は捕虜収容所として使用されていたそうで、撃墜された米軍パイロットなどが収容されていたという。
以前、米大統領選挙に立候補したマケイン上院議員も、ベトナム戦争当時、撃墜され、ここに5年近くも収容されていたらしい。
マケイン上院議員を「ベトナム戦争の英雄」と称える言葉を聞いた覚えがあるが・・・
苛酷な拷問にも耐えたから・・・ということなのだろう。
へぇ~・・・ここに収容されていたのか・・・
残念ながら大統領選ではオバマ候補に負けてしまったが、もしかしたら、ベトナム政府の要人(特に元・北ベトナムの・・・)は、冷や汗をかいていたかも・・・(笑)
そう思うと、マケイン候補が大統領選に勝って大統領になったら、ベトナムは困っただろうなぁ~・・・などと、ついニヤリとしてしまった。(笑)

472_convert_20130617222225.jpg

時刻は11時を過ぎた・・・・
この後は、昼食会場へ向かう。

旅行 | 12:23:24 | Comments(0)
ハノイへ向かう
389_convert_20130615144035.jpg

午後3時少し前に空港に到着・・・
これから、午後4時35分発のVN254便でハノイへ向かうのである。
ここホーチミンは10年前に一度来たことがあるが、ハノイは初めてである。(喜)

391_convert_20130615144447.jpg 392_convert_20130615144523.jpg

例によって例の如く・・・
空港では早速喫煙所を探して、タバコを吸いながら出発を待つ。(笑)

394_convert_20130615160719.jpg 395_convert_20130615160759.jpg

飛行機は定刻通りに離陸・・・
ホーチミンからハノイまでの飛行時間は約2時間である。

397_convert_20130615161121.jpg

一応、軽食の機内食のサービスがあった。(笑)

ハノイ(ノイバイ国際空港)に到着して、真っ直ぐ夕食会場へ・・・
レストランは、フランス統治時代に造られた建物で、洒落た感じ・・・
夜じゃなければ写真が撮れたのに・・・残念・・・

食後、『ハノイ・デーウー・ホテル』に移動してチェックイン。
なかなか豪華なホテルである。
韓国系資本のホテルだそうである。

400_convert_20130615161834.jpg 401_convert_20130615161916.jpg(ロビー)

部屋もなかなか綺麗である・・・

403_convert_20130615162455.jpg 404_convert_20130615162838.jpg

何が嬉しいって・・・灰皿があった!(大喜)
今ではどこでも禁煙室なのに、この部屋は喫煙できるのである!
こんな嬉しい事って、そうそう滅多にあるものではない・・・(大笑)
ウェルカムのサービスの果物も嬉しいが・・・それ以上に灰皿が嬉しい!(大笑)

405_convert_20130615162614.jpg

時刻は夜10時を過ぎた・・・

さて・・・またまた“悪い虫”が騒ぎ出してきた・・・(大笑)
ハノイに宿泊するのは今晩だけ・・・
明日は帰国である。
全然どこも見て歩かないというのはもったいない。
というわけで・・・いつものように「夜の冒険」に出かけることにした。(大笑)

基本的には、ホテルを中心に同心円状にグルグルと歩き回るのである。
そうすれば、そう滅多には迷子にはなるまい・・・と思うのだが・・・
それでも時々迷子になるから、今晩はどうなるか・・・(笑)

ホテルの周囲は閑散としているようだが・・・
どのあたりに繁華街があるか・・・・これは“本能”というか(笑)、自分の勘に頼って探さねばならない。
現代はネットを使って調べればすぐにわかるのだろうが・・・
それでは面白くないのである。(笑)
自分の勘を頼りに右に曲がり左に曲がり・・・と歩き回る。

途中、飲み屋街を見つける。
看板が日本語で書かれていたのには驚く。(笑)
ということは・・・結構、このあたりは日本人が進出しているということか?
「日本語・英語が話せる女の子がいます」などという日本語の看板まで出している店を数軒見つける。
が・・・少々疲れているし、女の子とおしゃべりしたいという気も起こらないし・・・ということで・・・無視!(笑)
近くの池の畔の公園には、もう夜も11時を過ぎているというのに若い男女のグループが車座になっておしゃべりをしていた。
こんな時間に何をしているんだ・・・こいつらは・・・と思ったが・・・
考えてみると、こんな時間にウロウロしている拙者も「何をしているんだ」と言われても仕方がない。
他人のことを、とやかく言える立場ではないか・・・(大笑)

グルリと回って、ホテルの前を通過して反対側の“地域”を散策・・・
薄暗い歩道に女の子が2人立っていた・・・
どう見ても“普通の”女の子ではなさそうである。
まもなくバイクに乗った男が近づき、何やら話をしていたかと思ったら、その女の子がバイクの後部に乗って走り去った・・・
ん?・・・そういうことか・・・ストリートガール?
更に歩いていたら、今度はバイクに跨った女の子に出会う。
薄暗いところからいきなり声をかけられたが・・・
ベトナム語である!(笑)
拙者にベトナム語で話しかけるとはねぇ~(大笑)
何を言われたかは・・・想像するしかないが・・・たぶん・・・そういうことだろう・・・(大笑)
はい・・・無視!(大笑)

1時間以上も歩き回っていると喉も渇く・・・
どこかにコンビニはないかと探したが・・・ない!
スターバックスのようなコーヒーショップはないかと探したが・・・それもない!
かといって、飲み屋に入る気は起こらない。

ついに限界に達し・・・(笑)
ホテルに戻ることにした。
“夜の冒険”は、これで終了・・・・

旅行 | 14:35:27 | Comments(0)
今日は工場見学
ホテルをチェックアウトして・・・
今日、向かうのは・・・工業団地にある某工場の工場見学・・・

なんで、工場見学なんていうのが、この日程に含まれたのかというと・・・
参加者の一人が、この工場の関係者で、ツアーから別行動をして、この工場に行く予定だったらしい。
それなら、ツアーとして一緒に行こうということになったらしいのだ。(笑)
というわけで、ベトナム戦争の戦跡を回るツアーなのに工場見学が含まれることになったのである。
まぁ、いい加減といえばいい加減・・・(大笑)
柔軟といえば、柔軟・・・
こういうところがこの会社のツアーの面白いところだと思う。(大笑)

しかも、当初の予定では、『統一会堂(旧・南ベトナム大統領官邸)』を見学してから工場見学に向かうはずだったのだが、工場へ向かう道路が混んで、訪問予定の時間に遅れるといけないので・・・
この『統一会堂』の見学は取りやめ・・・(大笑)
外から建物を覗くだけで終わり!(大笑)
優先順位が完璧に変わってしまった・・・ベトナム戦争の戦跡ツアーなのに・・・(大笑)

365_convert_20130614115201.jpg

ホーチミンから国道1号線を走る・・・

366_convert_20130614115751.jpg 368_convert_20130614115839.jpg

川を渡るが・・・この川の名前は何だろう?(笑)
メコン川なのかサイゴン川なのか、さっぱりわからない・・・
得意のドコモのタブレットで地図を見るが・・・表記がベトナム語・・・(笑)
う~ん・・・わからん・・・

約1時間ほど走る・・・
その間、この会社の関係者の参加者からバスの中でレクチャーを受ける。
今から向かうのは、どうも台湾の会社らしい。
で・・・
そもそもが、この方のお父さんと台湾人の方がビジネスパートナーを組んで始めたそうで・・・
20年ぐらい前に共同出資で中国に工場を作ったそうである。
その会社の工場が、今度はベトナムに進出したので、この方が、共同出資者の一人として(つまりは、オーナーとしてということかな?)、この会社を視察するのだそうだ。
というわけで、ついでに、我々も“見学”という形で便乗させて頂く事になったらしい。

バスの中で、中国に進出するメリットとリスクの話やら、結構、貴重なお話を伺うことが出来た。
テーマが違う、こういう話も楽しいものである。

369_convert_20130614160859.jpg 372_convert_20130614161609.jpg

約1時間後、工業団地に到着・・・
ここは、結構有名な工業団地らしい・・・
日本企業も進出しているのだそうで、他に台湾と韓国の企業が進出しているそうである。

得意のドコモのタブレットの地図で現在地を確認してみたら・・・
ホーチミン市の中心から直線では、それほど遠くはないのだが、川を渡ってグルリと大回りをしている。
対岸はホーチミン市の中心・・・という感じなのである。
問題は・・・市内を蛇行して流れる川か?
もう一本、広い道路と大きな橋を市の中心から直線コース上に設けたら、かなり便利になるのではなかろうかという気がする。
社会基盤の整備にもっと力を入れれば、もっと発展するかも・・・
現在は、工業団地内にはいくつもの広大な空き地が目立つ。

この某工場では、工場長など幹部が待っていてくれた。
全員台湾人である。
彼らから名刺を出されたが、申し訳ないが、このツアーは「企業視察ツアー」ではない。(笑)
多分、ツアーの参加者の中で製造業出身は拙者だけではなかろうか?(笑)
どちらかというと、文筆家や元ジャーナリストなど、保守派の“論客”の方々が多いような気がする。
相手も拍子抜け・・・という感じ・・・
全く商売に繋がらない相手がぞろぞろやってきたのだから・・・(大笑)

会議室での説明は、通常なら企業の概要等・・・ということになるが・・・
我々は全く畑違いの商売の方々ばかりなので、そちらの話は全くなし。
海外進出企業の一般的な話・・・がメインとなる。

この会社・・・線材メーカーだった・・・
拙者の職業はスプリング・メーカーの経営者である。(大笑)
スプリング用の線材を購入して加工するのが仕事・・・
というわけで、まさか、旧知の線材をここで見学するとは・・・なんという縁なのだろう。(驚)
ステンレス線の伸線工場を見学させてもらったが、勝手に写真を撮るのは失礼かと思い写真撮影はしなかった。
見学中、ついつい昔の仕事を思い出し、ツアーの皆さんに工程や品質管理について余計な説明を・・・(大笑)
「良くご存知ですねぇ~」と言われ、「実は・・・」と拙者の職業を明かす。(大笑)
残念ながら、このメーカーではスプリングに使用できるほどの高品質のものは作れないようである。
「日本の企業と比べるとどの程度の会社ですかね?」と尋ねられ・・・
コッソリと・・「“中の下”といったレベルですね」(笑)
「やっぱり、その程度ですよねぇ~」
でも、品質管理は結構キチンとやっていると思うよ・・・

この会社・・・
台湾から単身赴任してきた社員が“女性問題”を起こさないため、半年、長くても1年で帰国させているのだそうだ。(大笑)

ササッと見学を終え、近くのレストランで昼食。
この台湾企業の幹部も同席しての食事会だが、我々部外者には関係はない。
主としてこの企業を視察目的で訪れた某参加者がこれら幹部に対応し、我々は別テーブルで食事をとる。

ここで1時間半近く、ゆっくりと過ごし、ホーチミンに戻る。
続いて向かったのは『永厳寺』というお寺である。
これもまた、参加者の中から、この寺は戦時中、仏印(フランス領インドシナ)で亡くなった我が日本軍の将兵を慰霊している寺なので、寄ってみてはどうかという話が持ち上がってのこと。
当初の旅程にはない・・・・
日程表では、この後は真っ直ぐ空港へ向かう予定なのだが、時間に余裕があるということで、急遽、訪問することが決まった。
こういうのが、また楽しい・・・

374_convert_20130614220101.jpg 388_convert_20130614220936.jpg

このお寺は、日本に留学して修業した僧侶が建立した寺だそうで、ベトナム南部では最大級の寺院だそうだ。
旧日本軍人のお墓(?)か慰霊碑(?)らしきものがあるそうだが、残念ながら非公開だそうである。

唯一、それらしきもの・・・といえば、梵鐘くらいのものしかなかった。

378_convert_20130614220641.jpg

この鐘は日本から贈られたもののようで、鐘には以下の文章が刻まれていた。

「右大梵鐘は日本佛教徒有縁の士が越南和平を祈念し併せて元日本軍人英霊菩提の為に永厳寺に寄進する者也
 昭和43年11月吉日 
 発願主
 曹洞宗大本山総持寺貫首 岩本 勝俊」

で・・・この鐘楼の近くに碑が建っていて、そちらには、こう書かれていた。

「平和の鐘発願者顕彰碑
 日本国福島県福島市曹洞宗圓通寺住職吉岡棟一宗師はベトナム戦争の長期化を憂いテト休戦を提唱実現させ更に恒久和平を祈り1969年当寺に平和の鐘を建立した。1997年3月老師の遷化に際し生前の遺徳を顕彰し茲に建碑する。
 1997年12月 吉岡棟一門弟徹山会 一同」

「平和の鐘」って、どの鐘のことなんだろう・・・
この梵鐘のこと?
そうなると・・・鐘に書かれている内容と顕彰碑に書かれている内容が違う気がするのですが・・・(汗)
発願者と建立者は別ということかな?(笑)
よくわからない・・・

しかも、日本の一僧侶がテト休戦を提唱して実現させたとは初耳である。
「テト」とは、ベトナムの旧正月を指す。
この時には北ベトナム、南ベトナム双方とも休戦をするのが暗黙の了解とされていた・・・と言われているのだが・・・
この「テト休戦」を日本の僧侶が提唱して実現させたのか?
しかし、この暗黙の了解とされていた「テト休戦」の時に北ベトナム軍とべトコン(南ベトナム解放戦線)が攻勢に出た・・・
これが「テト攻勢」と言われる激戦で、多くの犠牲者を出したのである。
「テト休戦」によって気が緩んだところを狙われたということだが・・・
そうなると・・・「テト休戦」を提唱して実現させたことは果たして正しかったか・・・????
この日本人僧侶が「テト攻勢」を引き起こすきっかけ作りをしてしまったことにならないか?
多くの犠牲者を出した責任が発生しちゃうんじゃないのかな?
まぁ、これがきっかけで米軍がベトナムから撤退することになったんだから、ベトナムの南北統一には結果的に寄与したことになるのかもしれないが・・・

なんだろうなぁ~・・・これ・・・よくわからないんだけど・・・(苦笑)
こう言っては失礼かもしれないが・・・「テト休戦を提唱し実現させた」って、本当かなぁ~・・・・

その昔、米国で開催された、ある記念式典で、「日本の宗教界を代表いたしまして・・・」と某日本の“宗教家”がスピーチしたのを現地で聞いていて大いに違和感を持ったことがある。
本当にこの人は「日本の宗教界」から代表として認められて壇上に立っているのだろうか?
どうも話が“大き過ぎ”るのではなかろうか?
実際に、自分の肩書きや手柄を、やたらと大げさに言うような“宗教家”は存在する。
目立ちたがり屋なのか・・・
威張り屋なのか・・・
拙者がどこかの慰霊祭で「日本を代表しまして」とか「日本政府を代表しまして」なんて発言したら、他の日本人から袋叩きにされるような気がするのだが・・・(笑)
平然と言い放つような人がいる・・・・

「テト休戦」を提唱して実現させた・・・の?
違和感を感じるんですけど・・・申し訳ないのですが・・・
碑文というのは、破壊されない限り、いつまでも後世に残るからなぁ~
こういう書き方はどうなのかなぁ~
立派な人だったのだろうが・・・
どうも引っかかるんだよねぇ~・・・・こういう碑文は・・・・

15分程度、ここを見学して空港へ向かう・・・・

旅行 | 11:39:59 | Comments(0)