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Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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ホーチミンに戻る
さて、昼食会場は・・・
先ほど休憩をしたホテルのレストランであった・・・(笑)

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で・・・この後は・・・何も無いと言う。(大笑)
もう、見るべきところはないそうである。(本当かな?)(笑)
時刻は11時を少し回ったところである。
コンダオ島発ホーチミン行きの飛行機は午後2時半出発なので・・・
その間、何もやることがない・・・
ということで、このホテルでノンビリと時間潰しをすることとなった。(笑)
我がツアー客の中には、ホテルの売店で海水パンツを買って海に入った人もいたが・・・(笑)
拙者はテラスの椅子に座って、ボケェ~と過ごす・・・・
こんなことなら文庫本を持参して来ればよかった・・・と少々後悔・・・(笑)

約2時間弱、ホテルで時間を潰し空港へ・・・

337_convert_20130606124945.jpg(空港ターミナル)

336_convert_20130606124906.jpg(ターミナル内部)

ターミナルは結構狭いのである。(笑)
搭乗手続きが始まるまでは、ここで待たねばならない。
で・・・余りにも暇なので建物内をブラブラするが、5分とかからず一巡できてしまう。(大笑)
空港内のお土産屋さん・・・
オバチャンが「買って!、買って!」と言うが、ウ~ン・・・欲しくなるような土産はない。(大笑)
代わりに許可を得て写真を撮影する。
これが拙者の“お土産”・・・・(大笑)

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搭乗手続きまでの間、椅子に座って“ミヤガワのおばあちゃん”と二人で雑談・・・
と・・・隣りに座ってきたベトナム人の30歳代の女性に“ミヤガワのおばあちゃん”がいきなり英語で話しかけた。(驚)
このおばあちゃん・・・80歳だが英語が上手なのである・・・
拙者より上手である。(大汗)
へぇ~知らなかった・・・そのお歳で英語が話せるとはねぇ~(驚)
「わたし、日本から来たんだけどね、あのね・・」と言った調子で話しかける。
外国人と会話するなんてなんということはない・・という調子だから、このように海外旅行に参加できるんだろうなぁ~

で・・・拙者は黙って相槌を打つだけ・・・(大笑)
話が行き詰った時だけ下手な英語で(笑)、助け舟を出す。

この女性と“ミヤガワのおばあちゃん”は大いに話が盛り上がっているのだが・・・
添乗員さんはハラハラしているようで・・・
「まさか、そういうことはないと思いますが、あまり親しくなるのも危ないと思うんですよ。スリに遭ったりする可能性もあるので・・・まさかとは思いますが・・・ほどほどにしたほうが・・・」と拙者に忠告してきた。
なるほど、確かにその可能性は否定は出来まい。
そこで“ミヤガワのおばあちゃん”のカメラでツーショットを撮ることを思いついた。
一緒に写真を・・・と言われて拒否するようだったら・・・怪しい・・・(大笑)
写真を撮られたら、そうそう“悪さ”はできまい?
何かあっても、写真を見せて「この女性に財布を盗まれた」と空港職員に訴えれば、人相特徴、服装などを説明するより話が早い・・・
つまりは・・・危機管理・・・である。(笑)
抑止力・・・である。(大笑)
快く、彼女がツーショットに応じたので、多分、大丈夫だろう。
この女性からは「あなたは戦争に行ったのですか?軍人ですか?」と尋ねられ、思わず笑ってしまった。
どうも海外へ行くと、拙者はよくこの質問を受ける・・・(大笑)

搭乗手続きを終え、搭乗口前の待合所へ・・・
ベトナム人の若い女性とその友人の女性も我々が乗る飛行機と同じだと言う。
が・・・我がツアーは一箇所に集まって待つというので、彼女達に別れを告げる。
で・・・“ミヤガワのおばあちゃん”・・・
「さっき、私が鞄を開けたら、あの女の子、やたらとチラチラ私の鞄の中を覗き込むのよ。彼女、ちょっと怪しいと思ったんだけどねぇ~何も取られてはないみたいだから・・・大丈夫かな?」と言う。(大笑)
おお、おしゃべりに夢中になっている割には、ちゃんと気をつけていたんだぁ~(大笑)
さすが、お年寄りは侮れないね。(笑)
「万が一を想定して、ミヤガワさんのカメラで写真を撮っておきましたから、もしかして悪い人だったとしても顔写真を撮られているから手も足も出せなかったでしょ?」
「え~!そういうことで写真を撮ってくれたわけ?」
「いや、何事もなければ、いい旅の思い出・・・何かあったら犯罪の証拠写真・・・ということです」(笑)
「なるほどね!さすが!アハハ・・・」

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午後2時35分発、VN8058便にてホーチミンに向かう。

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行きも帰りも偶然にも窓側の席・・・
窓から見る大空・・・
高所恐怖症の割にはなぜか好きなのである。(笑)
昔、こうやって空を飛んでいたような・・・そんな懐かしい思いがするのである。(笑)

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1時間弱でホーチミン上空に到着・・・

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下を見ると・・・・
どこだろう・・・川に工事中の橋が見える。
これも日本のODAなのだろうか?

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で・・・・窓の下を眺めているうちに・・・着陸!(笑)

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空港を出てホーチミン市内へ・・・
当初の予定では、これから『戦争証跡博物館』へ行く予定なのだが・・・
我がツアー客からは、あまりいい返事がない。
あそこには、確か枯葉剤で奇形となったホルマリン漬けの胎児などが展示されていたような・・・(汗)
確か、10年前に行ったことがあるような・・・気がする。
正直言って、また見ようという気は起こらない。
時間の関係もあり、皆さんから「行かなくてもいいんじゃないか?」の声もあり・・・
『戦争証跡博物館』の見学は取り止めとなる。
博物館には米軍の戦車や装甲車、飛行機なども展示されていたような記憶があるが、米軍のものには殆ど興味はないから別に行かなくてもよい・・・・(笑)
旧日本軍のものなら是非行くが・・・(笑)

で・・・代わりに『中国人町』へ行こうと急遽参加者の提案で行くことになったが、ガイドさんの話では「中国人町」というのは存在しないとかって言っている・・・
どうも参加者の話では、「チョロン」という場所らしく、そこには多くの華僑が住んでいるらしく、そこが「中国人町」らしい・・・
が・・・商店は閉店していて閑散とした様子・・・
バスの窓から見学するが、どこが「中国人町」なのか、拙者にはさっぱりわからず仕舞い・・・

で・・・今度は『マーケット』に行こうという話が参加者から持ち上がった。
バスは、その『マーケット』という場所へ向かったが、残念ながら閉まっていて、ここも閑散としていた。(笑)
アララ・・・

で・・・苦し紛れにか・・・(大笑)
どこかのお寺に連れて行かれた・・・(大笑)
誰がここに行こうと言い出したのかは知らない。
どうもベトナム最古の華僑のお寺らしい・・・

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天井から渦巻状のお線香が下がっている・・・
まぁ・・・それだけのお話で・・・(笑)
で・・・時刻は午後4時を過ぎた・・・
ここを10分程度見学してバスに戻る。

さて・・・今日は、もうこれ以上見に行く所はないそうで・・・(大笑)
とりあえず、夕食までには時間があるので、一度、ホテルに戻る・・・ということになる。(大笑)

ホテルに戻る途中、『ベンタイン市場』の前を通過・・・
この市場は、有名な市場なのだそうだ。(拙者には興味が全くないが・・・)(笑)
建物は1914年に建てられたもので・・・(日本では大正3年である)
第二次世界大戦で被害を受け、改修されたものだという。
ん?ベトナム戦争の時には被害は受けなかったのか?

360_convert_20130606162343.jpg 361_convert_20130606162420.jpg(ベンタイン市場)

ホテルに到着・・・
夕食までには軽く2時間も余裕がある。(笑)
その間が暇である・・・
ということで・・・ホテルの周辺を一人で散策してみることにした。

まずは、拙者が宿泊している『マジェスチィックホテル』・・・
これを正面から写真を撮ろうと思ったのだが・・・
なんと・・・ホテルの前の道路は行き交う車やバイクが多くて危なくて渡れない!(涙)
フィリピンで慣れているはずの拙者だが、さすがにこの交通量の中では恐くて渡れない・・・(大笑)
というわけで・・・正面からの撮影が出来なかった・・・(大涙)

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この『マジェスティックホテル』は1925年(日本では大正14年)に建てられたホテル。
大東亜戦争時、日本軍がここに進駐した時に日本軍が使用することになった。
話によると、フランス植民地政府から“貸し出された”のだとか・・・
この時にホテル名は『日本ホテル』と改称したらしい。

そういえば、この間お会いした拙者の祖父の上官のご子息の“クワキさん”・・・
軍医としてビルマに赴任途中にサイゴンに立ち寄り、この『日本ホテル』に宿泊したと御著書に書いてあった。
これは、早速、帰国したらご報告をしなくてはなるまい。(大喜)
サイゴン(現:ホーチミン)は、戦時中、日本陸軍の南方総軍司令部が置かれた場所である。
多くの日本軍人が宿舎としてこのホテルを使用していたことだろう。
う~ん・・・そのホテルに泊まっちゃった!・・・感無量である。(大喜)
しかし、部屋に置いてあったホテルのパンフレットによると、どうも2015年に新しいビルに建て直すようなことが書かれていた・・・
本当だろうか?
となると・・・この歴史ある建物は壊されちゃうのか?
いやぁ~もったいないなぁ~・・・・何とかならんかなぁ~

ホテルの裏のほうを歩いてみる。
10年前は、どのあたりを歩いたのか全く記憶がないが・・・
町並みが近代的過ぎて・・・昔の記憶と合わない・・・(笑)
“10年一昔(ひとむかし)”とは、本当だな・・・
東京のどこかの街を歩いているようで、ちっとも面白くない・・・

午後6時、バスに乗って夕食会場へ・・・
食事後、ホテルに戻る時には道路は交通規制で大混雑・・・
今日はベトナムの解放記念日だそうで、ホテルの目の前の川の所で花火が打ち上げられるのだそうだ。
で・・・その場所取りの為に大混雑・・・
あらら・・・である。

ホテルに戻り、ガイドさんにお願いしてマッサージに連れて行ってもらう。
ついでに2名ほどが一緒に行きたいと言うので3名でホテルの近くのお店に行くが・・・
マッサージ中に花火の音が・・・
あっ!いけねぇ!忘れてた!(大笑)
どんな花火が打ち上げられたのか・・・気になるところだが・・・(笑)
花火の音は、ものの10分か15分程度で鳴り止んだ・・・
う~ん・・・たいした花火じゃなかったかも・・・(大笑)

夜遅くなって喉が渇いた・・・(笑)
部屋の冷蔵庫の飲み物は値段が高い・・・・
普通のホテルなら無料のコーヒーがあっていいはずだが、なぜかこのホテルにはなかった。
日本のホテルなら自動販売機がホテル内にあるが、こういう高級ホテルにあるわけがない・・・ベトナムだし・・・(笑)
ということで、“夜の冒険”を兼ねて、夕方、確認しておいたホテルから少し離れた場所にある小さなコンビニへ行く。
そこまでテクテク歩いていたら、暗やみからオッサンが・・・・(大笑)
「オンナ!ショウカイスルネ!ミンナ、カワイイネ!ミルダケ、ミルダケ!」と、しつこい・・・(笑)
「女はいらねぇって!」と言っても、どうも通じない・・・(笑)
一方的に、こっちです、どうぞ・・・と引っ張ろうとする。
「おい!こら!あのな!いらねぇって言ってるんだ!」と睨みつけたら「スミマセンデシタ!」と意外にも素直に謝ってきた。(大笑)

コンビニで買物・・・
コーラとミネラルウォーター・・・
どのミネラルウォーターがいいか・・・アルバイト学生らしい女子店員に決めてもらい、レジへ・・・
で・・・米ドルを出したら、「米ドルはダメです」とアルバイト学生らしい男子店員に言われてしまった!
ウソ!(驚)
拙者は米ドルしかもっていないのだ・・・
仕方がないから買うのを諦めて、ホテルに戻り、フロントで両替をする。
で・・・再びコンビニへ・・・
今度は別の客引きのオッサンが声をかけてきた!(大笑)
こいつもしつこかったが・・・撃退!
今度こそは、ベトナム・ドンで支払い、コーラとミネラルウォーターを購入するが・・・
とにかくベトナム・ドンは金額が大きすぎてよくわからんのです。(大笑)
例えば・・・コーラ、1本・・・2万5千ドン・・・という感じ・・・
ん?2万5千円?(大笑)
10万ドンを出してお釣をもらったが、お札の“0”の数が多すぎて、よくわからない・・・(大笑)
100000の札を出したら50000と10000のお札が戻って来て・・・
一瞬・・・ん?・・・このお札は、いくらのお札?・・・
「いち、じゅう、ひゃく、せん・・・」・・・あ~!面倒くさい!(笑)
なんとかしてくれないかなぁ~・・・この・・・ドン!(大笑)

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旅行 | 20:51:06 | Comments(0)
再び収容所・・・(苦笑)
約1時間の休憩後、次に向かったのは・・・・
またもや収容所!(苦笑)
「歴史の旅」は、なかなか手ごわい・・・そうそう簡単には別の場所には連れて行ってはくれないようである。(大笑)

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英文の説明板によると・・・
この収容所は、1971年に造られたもので、A~Hまでの8つのセクションに分かれていたという。

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315_convert_20130603125649.jpg(独房)

A~Hの各セクションには、それぞれ48の部屋(独房?)があったそうである。

ここの見学は15分程度で終了・・・
続いて向かったのは・・・お墓・・・霊園である。

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324_convert_20130603204700.jpg(モニュメント)

319_convert_20130603204405.jpg(敷地内で咲いていた花をパチリ!)

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処刑された人達のお墓・・・
名前が判明している人は名前が刻まれているが、名前がわからない人もかなりの数あるようで・・・
何も刻まれない墓標が建っている・・・

この墓地で一番有名なお墓が・・・これ・・・

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ヴォーティサウ(ボーティーサウ、ボーティサウ、ボーティサオ・・・)さんのお墓・・・
なにせ発音の日本語表記が難しい・・・(笑)
とにかく、こんな感じの発音の名前の人のお墓で・・・
この人はフランス植民地軍によって1952年に17才で処刑された少女・・・
“革命戦士”だったという。
「あ~あの少女の・・・」とツアー参加者から洩れ聞こえる。
ん?拙者には何のことやらさっぱりわからんが・・・(笑)
まぁ~見るほうの立場によっては、テロリストにもなるし英雄にもなる・・・

次に向かったのは・・・ここからしばらく行った場所にある牛舎・・・・

327_convert_20130603221934.jpg(牛舎)

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で・・・ここの牛のウンチを使って拷問をしていたのだとか・・・(汗)

329_convert_20130603222059.jpg 330_convert_20130603222131.jpg(内部)

『牛糞拷問所』というらしい・・・小屋・・・・
なんというか・・・ウンチ攻め?(唖然)

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この『牛糞拷問所』のすぐ近くに慰霊碑らしきものが・・・
英文の説明文を読んだが・・・英語の苦手な拙者は正確には訳せないのだが・・・(大笑)
どうも1862年6月28日にフランス植民地政府によって最初の流刑者グループが、このコンダオ島に流刑されたらしい。
で・・・フランス陸軍の中のベトナム人兵士によって組織されたグループが反乱を起こし、官公庁を破壊し、コンダオ刑務所に火を放ったらしい・・・(この辺あたりから拙者の英文和訳は怪しくなる・・・大笑)
(流刑者が反乱を起こしたのではなく、フランス軍のベトナム兵が起こしたのか?)
で・・・この反乱軍は残念ながらどうやら本土へ行く方法を見つけることが出来ず、この島の支配者(?)であるフィーリクス・ルーセル(?)とかという人物が半年後(?)に全島に対し掃討作戦を開始したらしい・・・
で・・・この反乱軍狩りは13日間続き・・・
100人以上が死に、20名が生きて捕らえられた・・・
刑務所長(?)は生き残った20名に砂丘(?)に大きな墓を掘らせて死者を葬らせ、その後、この20名を生き埋めにしたらしい。(ん?ちょっと怪しい和訳か?生き埋めでいいのかな?・・・笑)
まぁ、いずれにせよ・・・
ここがコンダオ刑務所(収容所)の最初の埋葬地だという・・・

なんとなく・・・わかったような・・・(苦笑)

で・・・時刻は11時・・・

お昼までには少し時間があるが、昼食をとるため、レストランに向かうこととなる。

旅行 | 13:39:05 | Comments(0)
収容所巡り・・・(涙)
次に向かったのは・・・収容所・・・(笑)
まぁ、「収容所の島」「監獄の島」ですから・・・

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この収容所は島で一番古い収容所だったらしい。
1862年に造られたという。
日本では・・・江戸時代・・・
「寺田屋事件」とか「生麦事件」とか、「和宮様が降嫁した」という年である。
ここベトナムでは、フランスの植民地となり統治が始まった時期である。

といっても・・・この収容所が当時のままというわけではない。(笑)
1956年、1960年、1963年、そして1974年と何度も収容所名が変更となっているから、その度に施設は改築や増築をされたのではあるまいか?

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あまりにも暑いので・・・木陰のベンチで、この施設のガイドさんから話を伺う。
が・・・拙者は全く興味がないので・・・(大笑)・・・よく聞いていなかった・・・

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地元の犬・・・
多分、何度も同じ説明を聞いているからだろう・・・飽きているご様子・・・(笑)

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277_convert_20130601152630.jpg 276_convert_20130601152548.jpg

収容所の中は、こんなふうだったんですヨォ~・・・という蝋人形・・・

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別の場所では、このように労役をさせられていたんですヨォ~・・・という蝋人形・・・

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独房(二人部屋)は、こんな感じだったんですヨォ~・・・という蝋人形・・・

正直言って・・・もう、どうでもいいやぁ~・・・という感じなんですけど・・・(苦笑)
次に向かったのも・・・収容所・・・(笑)

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こちらの収容所は先ほどの収容所の次に造られた二番目に新しい収容所だと言っていたような気がするが・・・
これまた、真面目に話を聞いていなかったので良くわからない。(大笑)
『虎の尾』とか何とかって言っていたけど・・・何のことやらさっぱりわからない。(涙)
どうも相当反抗的な人間を収容していた「秘密の収容所」らしい・・・
英文の説明板を読もうとしたら、ベトナム人らしき団体客がやってきて、説明板の前で記念撮影なんぞを始めてしまったので、近づくに近づけず、読むに読めず・・・・で立ち去ることとなった・・・(涙)

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この収容所の門扉・・・
丸い穴の開いた鉄板・・・
これは戦時中に米軍が滑走路を造った時に地面に敷いた鉄板である。
拙者はフィリピンで見たことがある。
誰もこのことには気がつかなかったようだが・・・(笑)

287_convert_20130601154815.jpg(収容所外壁)

290_convert_20130601154852.jpg(収容棟)

291_convert_20130601155748.jpg(収容棟の2階)

この2階から、下にいる囚人を棒などを使って小突き回したらしい・・・

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2階から見た階下の独房・・・
瓶に入っている白い粉は石灰・・・
この石灰を上から囚人にぶっ掛けて、水を浴びせると、チリチリとやけどをしたとか・・・
石灰とは、たぶん「生石灰」のことだと思う・・・
生石灰に水をかけると発熱して消石灰になるから・・・たぶん、そのことだろう。

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で・・・その階下の牢獄には、こんなふうに反抗的だとして女子大生たちも収容されていたんですヨォ~・・・という蝋人形・・・

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他の場所では、こんなふうに暴行も行なわれていたんですヨォ~・・・という蝋人形・・・

あ~・・・もう、十分だ・・・(苦笑)

時刻は午前9時・・・
ちょっと暑いので、どこかで飲み物でも飲んで休憩しようということになる。

近くのホテルに移動して、飲み物を飲み一服・・・

300_convert_20130602131717.jpg(ベトナムコーヒーを入れているところ)

拙者はソフトドリンクを頼んだ・・・
他の方がアイスコーヒーを頼んだので、ちょっと写真を撮らせてもらう。(笑)
で・・・このベトナムコーヒーを氷の入ったグラスに注いでアイスコーヒーを作るんだとか・・・
ツアーの某参加者が練乳を頼んだ。
それを入れると美味しいのだとか・・・
おお、そういえば、10年前に練乳を入れてコーヒーを飲んだような微かな記憶がある・・・(笑)

このホテル・・・リゾートホテルのようで・・・
ホテルの前はプライベートビーチ・・・

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昔は「監獄の島」・・・
今はリゾート・アイランド・・・・
う~ん・・・こういうところでノンビリと読書をするっていうのもいいかも・・・(笑)

旅行 | 12:08:23 | Comments(0)
コンダオ島へ行く
昨晩は、結局、ベッドの中でゴロゴロするばかりで、さっぱり寝付けなかった。(大笑)
ウトウトしているうち、午前3時!
結局2時間程度、ウトウトとした程度の「睡眠」である。

出発が早いので、朝食は「お弁当」・・・
空港内のベンチで食べる。
で・・・食べ始めてから写真を撮ることを忘れていたことに気がつき、写真をパチリ・・・(笑)

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結構、おなか一杯となる・・・
まぁ、午前5時の朝食なんだから無理もないか・・・
しかし、やっぱりベトナムのパンは美味しい!

午前5時40分過ぎ・・・
まだ外は薄暗い・・・
午前5時55分発、コンダオ島行きVN8051便に乗り込む。
プロペラ機である!(大喜)
なぜか、プロペラ機のほうが“飛行機に乗っている”という気がして好きなのである。

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ホーチミン上空・・・

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飛行時間、約1時間でコンダオ島に着く・・・


より大きな地図で コンダオ島 を表示

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まぁ~のどかな田舎の空港である!(笑)
拙者はこういう空港・・・好きなんだよなぁ~(喜)

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空港を出て、送迎車に乗ることになったが・・・
この島には大型観光バスというのは無いとのこと。
一番大きい車は・・・ワゴン車・・・
というわけで・・・ワゴン車2台に分乗して、観光することになる。

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最初に向かったのは・・・『博物館』・・・

245_convert_20130530101135.jpg(博物館)

このコンダオ島は、別名「監獄島」と言われるような収容所の島だったらしい。
フランス統治時代から、政治犯や思想犯をこの島の収容所に監禁していたそうで・・・
つまり・・・島流し・・・ということらしい。

ということで、この博物館も、その監獄、収容所に関する博物館・・・
ガイドさんの説明を最初のうちは聞いていたが・・・正直言って・・・飽きた・・・(大笑)
勝手に一人で館内の展示物を見学することにする。

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展示内容の説明文はベトナム語である。
わかるわけがない・・・(笑)
補足として、英語の説明文が併記されているものもあるが、英文を読む気は当然起こらない・・・(笑)
読んでもさっぱり先に進まず、時間ばかりかかる・・・
こういうところが英語の苦手な拙者の苦労するところである。(笑)
英語がスラスラと理解できればなぁ~・・・・(涙)

サッサと館内の見学を終え、一人で外に出る。
またもや「プチ・単独行動」・・・(笑)
どうも周囲をブラブラと見て歩かないと気がすまない性格なのである。(大笑)

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この博物館として使われている建物・・・
洒落た建物である。
誰かの邸宅だったと思うが・・・誰だったか・・・ガイドさんの説明を真面目に聞いていなかった。(大笑)

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ちょっと外へ出て博物館の入口を撮影・・・
門の脇には小さな古い大砲が置かれていた・・・

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264_convert_20130530133032.jpg(博物館の周囲の様子)

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博物館敷地内の看板によれば・・・
この島は海亀の産卵地だそうである。
その保護についての説明がベトナム語と英語で書かれていた。

博物館の周囲を散策し、木陰でタバコを吸いながら一休み・・・
ようやくツアーの皆さんが博物館から出てきた。(笑)

旅行 | 10:47:17 | Comments(0)
豪華なホテル!
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ホーチミン市内に入る・・・
なぜか、道路わきで「ぬいぐるみ」を売っている・・・なんだ?これ・・・(笑)

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相変わらず、バイクが多い・・
場所や時間のせいもあるかもしれないが、10年前よりは少ない印象を受ける。
10年前より自動車のほうが増えたような気がするが・・・

時刻は午後5時・・・
真っ直ぐ夕食会場のレストランへ・・・・

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夕食会場は、結構洒落たレストランだった。
ツアーだとバスを横付けするので、お店全体の写真が撮れないのが残念・・・

夕食を終えてレストランの外へ出たら、「物売り」のオネェチャンたちが二人、しつこく扇子などを売りつけてきた。
いらないから・・・と断ったら「アタシ、カワイソウデショ?コレ、カッテ!」と日本語で言ってくる。
いやはや驚いた。(笑)

バスに乗り込み、ホテルへ・・・
ホテルの前でバスを降りたら・・・・
「ハァ~イ!コンニチワ!マッテタヨォ~!コレ、カッテ!」と、女の子・・・
ゲゲッ!
さっきレストランの前にいた「物売り」の女の子たちである!(驚)
「お前ら、バイクで追いかけてきたのか?」
「エヘヘ・・・」

と・・・
「あら、鈴木さんって顔が広いんですのねぇ~、あの方たち、どなた?」と“ミヤガワのおばあちゃん”
「はぁ?顔が広い?」(大笑)
「親しそうに話してたじゃない!」
「あれは、さっきレストランの前にいた女の子たちですよ」
「え?」
「バイクで追いかけてきたみたいですよ」
「え~!」

ホテルの入口に向かって歩いていたら、すれ違いざまに女の子から声をかけられた・・・
「アタシ、200ドル!ヨロシク!」
「はぁ?」

「あら、今の方はどなた?」と、またまた“ミヤガワのおばあちゃん”・・・
「いやぁ~・・・何でしょうかねぇ~」(苦笑)

ホテルの入口に到着したら、サッと女の子が現れ、名刺を差し出してきた・・・
「飲みに行きますか?ガイドしてます!女も紹介するよ!ヨロシク!」と流暢な日本語で話しかけてきた。
「いや、俺、必要ないから・・・」と、ちょっと会話を交わしたら・・・
またまた“ミヤガワのおばあちゃん”・・・・
「ほら、やっぱり、あなた、顔が広いじゃないのぉ~」
「いや、だから・・・違いますってば!」(笑)

う~ん・・・これは顔が広いんじゃないよな・・・
そんなに拙者はスケベそうな顔をして歩いているんだろうか・・・
参ったなぁ~(涙)

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今晩から二泊する「マジェステック・ホテル」・・・・豪華なロビーである!
いやぁ~・・・ツアーなのにこんな豪華なホテルに泊まるの?(笑)
添乗員さんに尋ねたら、某参加者が、ホーチミンに宿泊するなら、このホテルにしろ・・・と要望を出したらしい。(笑)

で・・・・
部屋に入ってみたら・・驚いた!
豪華である!
拙者好みの部屋である!(大喜)

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ベッド脇に狭い通路のようなものが・・・
その先は、バスルームだった!
いやぁ~なんだろう・・・これ・・・
こんなに広い部屋を一人で使っていいの?(大喜)

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部屋には果物が置かれていた・・・
これ・・・飾りじゃないよね?・・・ナイフとフォークとお皿も置いてあるし・・・
食べていいんだよね?(笑)

部屋に入って間もなく、ルーム・キーパーのスタッフがチョコレートとミネラルウォーターを持ってやって来た。
どうも「ウェルカム」のサービスらしい。

受け取ったはいいが・・・素朴な疑問が・・・(笑)
以前、パプアニューギニアに行った時に、ポートモレスビーのホテルに泊まった際、ベッドの枕元に一口サイズのチョコレートが置いてあった。
多分・・・これはチョコレートなんだろうなぁ~・・・と思ったが・・・
何でベッドの枕元に置いてあったのかがわからない。(笑)
う~ん・・・果たして食べていいものやらどうやら・・・(笑)
結局、訳がわからんので手をつけなかったが・・・
このホテルでもチョコレート・・・手渡しだが、明らかに一口サイズのチョコレート・・・
何で、チョコレートなんだろう?
何か意味があるんだろうか?
わからん・・・(笑)

時刻は午後7時だが・・・・
明日は、とんでもなく早い時間に出発しなくてはならない。
午前3時起床、4時にはホテルを出て、コンダオ島へ行くために空港に向かわねばならぬのだ。(唖然)
早く寝なければ・・・(大笑)
スーツケースの荷物を整理し、明日持って行くものをショルダーバックに入れ直し、風呂に入って・・・
急いでベッドに飛び込むが・・・
寝られない!(大涙)
どう考えても、こんな早い時間には寝られない!(大笑)
参ったぞ・・・(大汗)


より大きな地図で ホテル・マジェスティック を表示


旅行 | 17:37:43 | Comments(0)
徒歩で越境!(笑)
時刻はちょうど12時・・・お昼である。
国境に到着・・・

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(バスの中から撮影)
遠くに見える塔のような建物が国境の税関らしい。

ここがバベットという国境の町らしい・・・
で・・・この国境の近くのレストランで昼食をとる。

183_convert_20130525200444.jpg(Pho Paris Hotel & Restaurant)

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昼食後、若干の休憩時間があったので、店外に出て周囲を見る。
なにせ、バスの窓から景色を見ているだけでは面白くない。
本当は少しでも歩くと、色々と見ることができて楽しいのだが、こういうツアーでは望むのは無理というものである。
食事が終わったら、はい、すぐにバスに乗って・・・ということになってしまう。
そこで短時間でも外の空気に触れなければ・・・と一人、店外へ出る。
(当然、添乗員さんには一言、断りを入れて・・・である)

187_convert_20130525201912.jpg(これから向かう国境方向)

189_convert_20130525201954.jpg(今まで通ってきた方向)

目の前の道路は国道1号線・・・
レストランの道路を挟んだ向かい側に「カジノ」があった。

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どうも、このバベットには何軒ものカジノがあるらしい。
ベトナムから国境を越えてすぐ、ここで遊んでまたベトナムに帰るのかな?(笑)
拙者は“博打”の趣味はないので、何が面白いんだかさっぱりわからないんだけど・・・(大笑)
好きな人は、わざわざ来るんだろうねぇ~・・・税関を通って・・・(笑)

午後1時・・・
我々のツアーバスは、税関の手前までしか行けないという。
ガイド君とは税関でお別れ・・・
徒歩で国境を越え、ベトナムの税関を通過したら、向こうに別のバスとガイドが待っていると言う。

192_convert_20130525203032.jpg(カンボジア側・バベットの税関)


より大きな地図で バベットの税関 を表示

バスからスーツケースを降ろし、ガラガラと転がしながら税関へ行き出国手続き・・・
なぜか・・・拙者が先頭を切って手続きをすることとなる。(笑)
ガイド君とはここでお別れ・・・
出国手続きはパスポートを窓口に出すだけで、特に荷物の検査などはなかった。
で・・・ここからベトナム側へ向かい、スーツケースを転がしながら徒歩で向かう。
初めてなんですけど・・・拙者・・・(笑)
先頭を歩きながら、チョット不安・・・(大笑)
ん?これからどうすればいいんだろ?(寂)

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税関の内部は撮影禁止だが、カンボジアとベトナムの間は、写真を撮っても大丈夫だろう・・・
と・・パチリとやっている間に2人に追い抜かれた・・・(笑)
先頭から3番目に“落ちた”ので、なんとなく安心する。(大笑)

194_convert_20130526173225.jpg(はい!ちょうどここが国境線なのかな?)

ベトナムの税関に到着・・・
入国審査のため列に並んでいたが・・・
あれれ?・・・次々と脇から割り込んで来るのである!
入国審査の窓口は1箇所にしか係官がいない。
ごった返ししてるのに他の窓口を開けようという気はないらしい。
で・・・次々とベトナム人なのかカンボジア人(クメール人)なのか、現地人が割り込んでパスポートを窓口に出していくのである!
おい!おい!・・・割り込むんじゃねぇよ!(怒)
我がツアーの添乗員が怒り出すのも無理はない・・・
拙者も当然、頭にきた!(笑)
「おい!何のためにここに柵があるんだよ!こら!乗り越えるなよ!おい!後ろに並べよ!」
が・・・連中は平然として割り込んでくる。

しかし、どうも様子がおかしい・・・
パスポートを個人で出す人もいるのだが、10冊、20冊と束にしてまとめて出す人もいるのだ。
ん?これは何か、やり方があるらしい・・・
というわけで、我がツアーも皆のパスポートを集めて一括して窓口に提出した。

「てめぇ!割り込むんじゃねぇよ!」と殴りあい寸前の険悪な雰囲気になっているのに係官は全く意に介していない。
ノンビリとペッタン、ペッタンとパスポートにハンコを押している。
あれ?本来ならば、パスポートの写真と本人の顔を確認するんじゃないの?
全く顔をあげず、ひたすら、ゆっくりと、ペッタン、ペッタンとハンコを押している。
その間に、割り込んできた連中が次々とパスポートを窓口に出すから、あっという間に数十冊のパスポートの山が出来る。
なんだ・・・これ・・・(唖然)
しかも、パスポートにお金を挟んであったりするから不思議である。
入国するのにお金なんか必要だっけ?
賄賂?・・・賄賂にしては、いくらなんでも露骨過ぎるだろう・・・
(あとでガイドに尋ねたら、やっぱり賄賂だそうで、お金を挟んで出せば早く手続きしてくれるんだとか・・・呆れた話である)

ハンコを押し終えたパスポートの束がポンと窓口から出されると、サッとひったくって行く人がいる。
ん?出稼ぎのグループのリーダーか何かなのか?
よく自分のグループのパスポートだとわかるものだ・・・
本人の顔とパスポートの写真を確認しない入国審査なら、やる必要はないような気がするんですけど・・・(笑)
なんだったら、ハンコを貸してくれれば自分で押しますけど・・・そのほうが早い気がしますが・・・(大笑)
真面目に並んで順番を待っていたため、割り込んできた連中が優先され、我々の入国はかなり遅くなってしまった。
う~ん・・・日本人は何だかんだ言っても真面目なんだよなぁ~(笑)
いや、いや、ベトナムがいい加減すぎるんだろうなぁ~・・・これ・・・

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ようやく入国手続き(?)が済み、迎えのバスに乗り込む。
後ろの建物がベトナム側・モクバイの税関・・・
建物は立派だが、やっていることはお粗末である。(大笑)

さて・・・
これから真っ直ぐホーチミン(旧・サイゴン)に向かうのだが・・・
クチというところは、ホーチミンに向かう途中にあるとベトナムのガイドさんが言う。
時間に余裕がありそうなので、寄って見ますか?・・・と添乗員さん。
ツアー客全員が賛成!
状況次第で、柔軟に対応するところがこのツアーの面白いところである。
現地ガイド君は、入場料などが別途かかるが・・・と心配していたが、添乗員さんが全部対応するということで話が決まる。(笑)
(そういえば、あとから添乗員さんから追加の請求がなかったが大丈夫だったのだろうか?)(笑)

クチという場所で有名なのは「クチトンネル」・・・・
南ベトナム民族解放戦線(べトコン)の地下トンネルがあった場所で、米軍や南ベトナム軍と戦っていたという場所である。
拙者は、ここに平成15年に一度だけ来た事がある。
(当時の旅日記)←ここをクリック!
いやぁ~10年ぶり?・・・なつかしいなぁ~(大喜)

悲しいかな記憶力の非常に悪い拙者である・・・断片的にしか記憶がないが・・・(笑)
入場口がかなり変わってしまっているような気がする。
それ以外は、それほど変わっていないような気がする。
通常のツアーなら1時間ぐらいかけて見るそうだが、我がツアーの参加者は「30分程度でいいから!」と時間短縮を要求・・・(笑)
う~ん・・・ここで1時間、時間をとってくれれば拙者は単独行動で射撃をやりに行けるのに・・・残念!
久しぶりに射撃がしたいなぁ~(笑)
ここには観光客向けの実弾射撃場があるのだ。
10年前にここで射撃をした時はAK47とM16の二種類の銃を撃った。
AK47(ロシア製の自動小銃)の癖は、弾道が上に上り易いので、少し下へ抑え気味にして撃たねばならない。
そのことをうっかり忘れて撃ってしまい、気がついた時には全弾撃ちつくしてしまったのである。(大涙)
続いてM16(アメリカ軍の自動小銃)は過去に何度か撃ったことがあるので、これはいつもの調子で撃ち、結構いい結果が出て射撃場の人から褒められたのである。
あ~あ~・・・AK47をリベンジしたいなぁ~(笑)
30分では、勝手な行動をするわけにはいかないので、我慢・・・
今度はいつここに来れるやら・・・(大笑)
また10年後となると、62歳になっちゃうんだけど・・・(大笑)

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こんな感じで地面からひょこっとべトコンが現れ、再び穴の中にもぐっていたのです・・・という実演。

198_convert_20130526133137.jpg(トンネルの出入口)

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これは、落とし穴の「罠」・・・
蓋が回転・・・穴の中には鉄製の太い「針」・・・
米兵がこれに落ちてグサリと串刺しにされるというわけで・・・想像しただけでゾッとする。

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こんな感じの場所にトンネルが掘られていたのです・・・
いわゆる「ジャングル戦」と同じだから、米軍も苦労したのは当然かも・・・
地面の下から神出鬼没のべトコンと落とし穴等々では・・・恐くて足がすくむよなぁ~

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古タイヤのゴムを利用して履物を作っていました・・・という実演・・・

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屋根があるところがトンネルの出入口・・・
当然、当時は屋根などは付けられてはいなかったのですが・・・
我がツアー客は皆さん内部に入られたが、拙者は入らなかった。(笑)
決して閉所恐怖症というわけではない。
中は狭くて、前の人のお尻しか見えないから面白くないのである。(笑)
写真の撮りようもない・・・というのは10年前に経験済み。
まさか10年経ったら、トンネルが広くなったということもあるまいから・・・入らないことにしたのである。(笑)

トンネルに入った人達は「いやぁ~狭いんだねぇ~」と言うが、当たり前である。
小柄なベトナム人が動き回れて、大柄な米国兵には狭くて動けないという大きさじゃないと意味が無い。(笑)

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米軍の爆撃機B52から落とされた爆弾で出来た穴・・・
思ったよりも小さい「クレーター」である。
多分、500ポンド爆弾(250kg爆弾)だと思うが・・・
この爆弾の破片は600m~1kmくらいまで飛散する。
投下地点を中心に40m内外にいたら、即死・・・ということになる。
ベトナム戦争当時、B52は、この500ポンド爆弾を1機あたり100発以上搭載してばら撒いた。
それでもクチトンネルにいるべトコンを壊滅できなかったとはねぇ~・・・・

209_convert_20130526134541.jpg(べトコンの蝋人形)

時刻は3時半を過ぎた・・・
バスに戻り、一路、ホーチミン(旧・サイゴン)へ向かう・・・・

旅行 | 15:44:49 | Comments(2)
ベトナムへ移動する
午前6時朝食・・・(笑)
朝食はバイキングだが、今日はコックさんにオムレツを作ってもらった。(嬉)

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午前8時、ホテルを出発・・・
今日は陸路、ベトナムに向かう・・・

164_convert_20130524120622.jpg(プノンペンの町の様子)

約1時間半ほどでネアックルーンのフェリー乗り場に到着する。
ここでフェーリーに乗って河を渡るが、いつ乗れるかはわからないとのこと。
直ぐに乗れるかもしれないし、1時間ぐらい待たされるかもしれないので、どうしてもトイレに行きたい人のみバスから下車してもいいが、それ以外の人はバスの中に乗っていてくれという。
拙者は大人しく指示に従ったが・・・
そうそう大人しく指示に従う人ばかりではない・・・(笑)
俺も俺もとバスから降りる人がいる。
自己中心、我儘な“団塊の世代”のオッサンには困ったものである。(大笑)
何かあっても自己責任だよな・・・(大笑)

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フェリー乗り場には「物売り」の人の他に「物乞い」をする子供の姿が見える。
腕や足の無い「不具者」の子供を抱いて・・
もしくは、「不具者」本人が物乞いをしている。

「不具者」という言葉は差別用語かもしれないが・・・
「身体障害者」というと何となく違うような気がするので、拙者は敢えて「不具者」と書かせていただく。
(身体障害者の拙者が言うぶんには多少は許していただけるだろう?)

今から30年ほど前にインドに行ったことがある。
この時も、彼らと同じように腕や足の無い幼い子供を抱いて物乞いをするインド人達を大勢見かけた。
話によると、わざと幼い子供の腕や足を切断して、その子供を「商売道具」として貸し出す商売があるのだと聞いた。
そこまでして物乞いをするのかと呆れたが・・・
このカンボジアでも同じことをしているのだろうか?
カンボジアには今でも多くの地雷が残っているのだという。
その地雷によって怪我をする子供が今でも結構いるらしい。
となると・・・一概にはインドの物乞いと同じだとは断言できないが・・・
原因が何であれ、「不具」(身体障害者)であることを“売り物”にして、同情を買って金銭を得ようという行為には変わりは無い。
見ていて不愉快なだけである。

そういえば、今回のカンボジア滞在中には、クメール・ルージュ、ポルポトの虐殺の話ばかりしか出なかった。
カンボジア内戦の時に埋設された大量の地雷の話や、ベトナム戦争の時に米軍が落とした大量の爆弾の不発弾が大量に埋没している話が全然聞こえてこなかったのは何故だろう?
失敗したなぁ~・・・ガイドさんに地雷や不発弾の現状について尋ねればよかった・・・

この現地ガイドの青年は、なかなか知識も豊富で日本語も上手な人で、かなり優秀な人物・・・
ところが我がツアーの“保守派のオッサン”の某氏は、彼に対して殆ど吊るし上げに近いものの言い方をする。
政治の話や民族間の話、人種間の問題等などは微妙な話なので慎重にならねばならぬのだが・・・
そういうものに関して、質問というよりは“詰問”するのである。
「カンボジア人はベトナム人のことが好きじゃねぇよな?そうだろ?好きじゃねぇよな?」とか・・・
「どう考えてるんだ?本当のところはどうなんだ?」といった具合・・・
ガイド君は精一杯、その質問に答えているのだが・・・
「そんな答えは納得できねぇなぁ!適当なことを言って誤魔化すんじゃねぇよ!」という暴言を平気で吐く。
「いくらなんでも、そういう言い方をしたら可哀想でしょ」という声も上ったが、本人は平然と言い続ける。
困ったオッサンである。
日本人のイメージダウンだな・・・
ガイド君は、かなり真剣に受け答えをしているのは聞いていてよくわかる。
決して誤魔化してなどはいない。
誤魔化すのなら、もっと適当なあしらい方があるが、それをしないんだから真面目に受け答えをしている。
どちらかと言えば、そこまで言っちゃっていいの?・・・と、こちらが焦るくらいである。
にもかかわらず・・・この発言・・・
結局、自分の考えていた答えと違う場合は「受け入れない」というお粗末な思考回路の持ち主らしい。
だったら、わざわざ尋ねることはなかろうと思うのだが・・・(笑)
拙者の経験から言うと、こういう輩は“団塊の世代”に多い・・・(苦笑)
困ったものである・・・

それほど待たされることもなく、スムーズに乗船出来るようである。
多分、20分程度しか待たされなかったのではあるまいか?


より大きな地図で ネアックルーンのフェリー乗り場 を表示


より大きな地図で ネアックルーンのフェリー乗り場 を表示

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フェリーって言っても・・・かなり小さな「平船」である。
これに大型バスやなんかが何台も乗って沈まないのだろうか?・・・などと余計な心配をする。(笑)

さて・・・これから渡る川は・・・多分、メコン川・・・だと思う。(笑)
多分そうだったと思うのだが・・・(笑)
今回の旅行にもドコモのタブレットを持参したが、カンボジアでは全く使えなかった。
電波が飛んでいないというか・・・何というか・・・
ナビが使えなかったので、一体、自分がどこにいるのかがわからない・・・(涙)
カンボジアでは携帯電話は普及していないのか?(笑)
あ~・・・これもガイド君に尋ねるのを忘れた・・・
どうせ使うことはないので、成田から携帯電話の電源を切ったままだったから、自分の携帯が使えるかどうかも確認していなかった。

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写真では、ちょっと見づらいが、向こうのほうに橋桁が見える。
日本のODAで建設中の橋らしい。
あの橋が完成すると、このフェリーは廃止されることになるのかな?
“微妙に”前進しているという、このフェリーも風情があって楽しいのだが・・・
ものの10分ほどで対岸に到着する。

173_convert_20130524152300.jpg(対岸のフェリー乗り場)

ここからスバイリエンという場所へ向かう。

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途中のガソリンスタンドでトイレ休憩・・・
拙者はトイレに行かず、タバコを一服・・・
今回のツアー客15名中、タバコを吸うのは拙者ともうお一人の方と二人しかいない。(笑)
いやぁ~この方がいたから良かったが、拙者一人だけだったら、肩身が狭いなんていうもんじゃなかっただろう。(大笑)

175_convert_20130524212450.jpg 176_convert_20130524212533.jpg

移動途中の景色・・・・
周囲には何もない、平坦な地形・・・
多分、農地だと思うが・・・・

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このあたりが、スバイリエンという町だと思う・・・・(笑)
なにせ、地図がないから確証が持てない。
このスバイリエンという町があるあたりは『オウムの嘴(くちばし)』とも呼ばれている地域で、隣接するベトナム領に“オウムのくちばし”のようにカンボジア領が突き出ているため、そう名付けられているらしい。
まぁ、陸続きだから、どのように突き出ているのかはさっぱりわからんが・・・(大笑)
この『オウムの嘴』地域に、ベトナム戦争中、米軍と南ベトナム軍が陸と空から進攻してきたということで有名な場所らしい。
どうもこの辺のことが、ベトナム戦争について知識のない拙者には良くわからないのだが・・・(汗)
北ベトナム軍は、ラオスやカンボジアの国内を通って南ベトナムの「南ベトナム民族解放戦線(べトコン)」への補給路(ホーチミン・ルート)を作っていた。
べトコンは親北ベトナム、反南ベトナム、反米の勢力・・・
ということは、南ベトナムは親米と反米で内乱状態ということかな?
で・・・米軍と南ベトナム軍は、このべトコンへの補給路を断つためカンボジア領にまで侵攻したらしい。
加えて米軍による激しい空爆もあったようである。

で・・・今回の旅・・・
『ベトナム戦争の戦跡巡り』なのだが・・・
そういう地域だったにもかかわらず、これといった“戦跡”は無いのか、サァ~ッと町を通過した。(大笑)
あらら?・・・ベトナム戦争時の戦跡は無いのか?(唖然)
資料館とか博物館とかも無いのか?
資料館は内乱の時の“虐殺”のものばかりか?
う~ん・・・よくわからん・・・

旅行 | 11:46:55 | Comments(0)
もう十分です・・・(笑)
時刻は3時を過ぎ、まもなく4時になる・・・
次に向かうは『キリングフィールド』という場所だそうだ。
「あ~あのキリングフィールドね。見た、見た」
「そう、俺もあれを見ましたよ」
という声が上ったから、多分、映画の話なんだろうなぁ~

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拙者はこの映画・・・題名は聞いたことがあるが、見た覚えがない・・・
カンボジアの内戦を取材した米国人ジャーナリストの体験に基づく実話を映画化したらしい。
クメール・ルージュによるカンボジア人の虐殺が取上げられているらしい。

我々が向かったのは、チュンエクというところにある、虐殺が行なわれた刑場(キリング・フィールド)跡である。
この刑場は、先の「トゥール・スレン」政治犯収容所に付属する“刑場”だったらしい。

バスで移動中、スコールがやみ始め、チラチラしか降らなくなったので助かった。

133_convert_20130521212258.jpg(キリング・フィールドの入口)

この入口には、「チュン・エク・ジェノサイト(虐殺)・センター」と書かれていた。
入って直ぐ、真正面に「慰霊塔」がある。

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この「慰霊塔」の中にも人骨が・・・・
なにもわざわざガラス張りにして「さらし者」にする必要はないと思うのだが・・・

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この「慰霊塔」の裏手に、処刑された犠牲者が発掘された場所がある。

139_convert_20130521220145.jpg(400名以上の遺体が発掘された場所)

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「1980年に骨や歯の破片が発掘された」と説明板に書かれていた。
この場所は、処刑場となる以前は、中国人(中国系カンボジア人?)の墓地だったらしい。

144_convert_20130521220317.jpg(166体の首なし死体が発掘された場所)

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この木には子供が縛り付けられ虐殺されたらしい・・・

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158_convert_20130521221818.jpg(花!)

地面から、当時の犠牲者の衣服だろうか・・・ボロ布が、いくつも顔を覗かせていた。
が・・・どうも不自然な気もする。
当時のものをそのまま放置しているとは思えない・・・
となると、人為的に作られたものか?
そうなると、“ヤラセ”ということになる。
処刑場だったことも、ここで虐殺が遭ったことも、多くの人骨が発掘されたことも事実だろうが・・・
もし、一つでも“ヤラセ”があったら、興ざめとなる。
本物も偽物と疑われてしまうのである。
「こういうイメージです」と説明板があれば話は別だが・・・

以前、鹿児島の知覧にある「特攻平和会館」に行ったことがあるが・・・
この中の展示品の中に、明らかに偽物の「寄せ書き」が展示されていたのを見つけたことがある。
同じ墨の濃さ、同じ筆跡の「寄せ書き」はありえない。
複製品なら「複製品」と明記せねばならない。
遺品に涙する参観者がたくさんいたが、拙者はこの偽物を見てからは白けてしまい、それ以降、この資料館を“評価”しないことにした。
一つでも偽物を本物のように見せかけて展示しては、全てがパーになるのである。
特攻隊員の遺書も果たして本物かどうかわかったものじゃないな・・・ということになってしまうのである。
そんなこともわからぬようでは・・・お粗末である。

さて・・・この処刑場跡の地面から顔を出している衣服類・・・本物かどうか・・・????

さすがに飽きた・・・(笑)
ここで処刑された犠牲者の皆さんには申し訳ないが・・・
こういうのは、あまり好きではない。
悲惨だからとか、気持ち悪いから・・・というわけではない。
「被害者意識」丸出しの、こういうのが好きではないのである。
他人から同情を買おうとする行為に対して拙者は潔しとしない性格である。
何の罪も無いのに「共産党」に虐殺されたんだから可哀想ではあるが・・・
「虐殺されたんです。見て下さい。こんなにヒドイ目に遭わされたんです」・・・だけなのか?
「だから何だ、だからどうしたいんだ?」と突っ込みたくなるのである。
共産主義者に仕返しはしないのか?
復讐しないのか?
「犠牲者」であることを「売り物」にして、それだけで済ませてしまうのか?
同情を買ってもらって、それだけで終わらせてしまうのか?
ここは、ただただ同情を買うための施設なのか?
どうもわからない・・・わからないから気分が悪い・・・
これ以上ガイドの説明を聞く気も起こらない・・・
なぜかイライラする・・・
ガイドの説明を聞いている皆さんから離れて、周囲をウロウロする。

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敷地内にある資料館へ行く。
ちょうど灰皿が置いてあったので、タバコを一服・・・と思ったら・・・
掃除婦のオバチャンが持っていた棒で看板を叩きながら「ノー!ノー!」と言う。
ん?何事だ?
見たら、看板に「ノー・スモーキング」と書いてある。
ん?ノー・スモーキング?
だって、これは明らかに灰皿でしょ?どこから見ても灰皿でしょ?
「これ、灰皿だよね?なんでノー・スモーキングなの?」と言ったが、話が通じない・・・
「フン!」とばかり顎を上げて拙者を見下したような態度で、再び棒を振り回し、看板を叩きながら「ノー・スモーキング!」と言う。
なんだ、その横柄な態度は・・・
拙者は横柄な態度をとられるとカチンと頭にきてしまう性格なのである。
「おい!ふざけたことを言ってるんじゃねぇよ!ここに灰皿を置いておいて、ノー・スモーキングとはどういうことだ!え?何これ?灰皿でしょ?ノー・スモーキングなのに、なんでここに灰皿があるの?おい!説明しろよ!」(怒)
もうこうなったら拙者はおさまらない・・・(大笑)
日本語と英語のチャンポンで、さんざん文句を言う。
が・・・このオバチャン・・・相変わらず拙者を見下した態度・・・
頭にくるんだよなぁ~その態度・・・
もしかして、若いときは収容所の看守でもしていたのではあるまいか?・・・と思いたくなるほどの態度である。

あとからやって来たツアー仲間が「何事ですか?」と騒ぎ出したので、これ以上、このオバチャンを相手にするのはやめたが・・・(笑)
頭に来るんだよなぁ~・・・同じことを言うにも言い方があるだろう。
間違って灰皿を置いていたなら、間違って置いてしまったので・・・と笑いながら撤去すれば「あ~そうなんだぁ~」とこちらも笑って対応するから、話は簡単に済むのである。
灰皿を置いておきながらノー・スモーキングっていう話はないだろう。
灰皿があれば、ここでタバコを吸っていいと誰もが思うだろう。
にもかかわらず、拙者を睨みつけるとは・・・ケシカラン!

ムカムカしながら展示品を見ているとロクなことはない。(大笑)
ついつい、展示品にケチをつけたくなるのである。
いわゆる・・八つ当たり・・・というやつである。(大笑)

展示されていた写真パネル・・・
明らかに“怪しい”写真である・・・
発掘直後のものらしく、頭蓋骨がズラリと並んでいるのだが、最前列の頭蓋骨には目隠しの布が巻かれている。
これが“怪しい”・・・(笑)
多分、犠牲者たちは布で目隠しをされて虐殺されたのだろうが・・・
その遺体は埋められ、肉は腐って土になり、骨だけが残る。
ならば目隠しの布の下の肉も同様に腐って消滅しているはずだから、いくらきつく布で目隠しをされていても布は緩むはずである。
が・・・写真から見るに、骸骨に巻かれている目隠しの布は皺の様子から、かなりきつく巻かれている。
そんなはずはあるまい・・・・
この布の下の肉も目玉も腐らずに残っているというのか?
明らかに発掘後に改めて布を巻いたとしか思えない。
しかも、ズラリとならんだ頭蓋骨の最前列のものだけに目隠しの布が巻かれているというのもおかしい。
「目隠しをされて虐殺された」ことを示すためにやったことだろうが・・・
発掘後に人為的に手を加えてしまったのでは、厳密に言えば「証拠写真」とはならないのではないか?
こうなると同情を買うための“ヤラセ”写真と言わざるを得ない。
こういうものは拙者を白けさせるだけだ・・・
お粗末な内容にガッカリ・・・である。

時刻は4時半・・・
今日の見学はこれで終了・・・ホテルに戻る。


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旅行 | 14:59:56 | Comments(0)
あ~気持ちが悪い・・・
次に向かったのは『トゥール・スレン博物館』・・・・
ただの博物館ではない・・・“虐殺博物館”である。

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より大きな地図で トゥール・スレン虐殺博物館 を表示

カンボジアのクメール・ルージュ(カンボジア共産党)が1976年ごろに、廃校となっていた学校の校舎を政治犯の「収容所」として使用し始めたらしい。
1976年(昭和51年)だから、拙者が高校生の頃である。
ここに約3年弱の間に2万人近くの「政治犯」が収容され、反革命分子をあぶりだすために取調べが行なわれた。
が・・・簡単に言うと拷問をして殺してしまったのである。
ここに収容されていた「囚人」の中で、生き残ったのは7名しかいないという。
つまり、虐殺を行なったわけで・・・
ここの看守は少年・少女の看守が多かったらしいが、彼ら少年少女も虐殺の事実が外に洩れるのを防ぐためだろう、後に処刑されている。

クメール・ルージュ(カンボジア共産党)は極端な毛沢東主義であり、この虐殺を命じたという(本人は否定しているらしいが・・・)ポル・ポトは、毛沢東主義の忠実な“実践者”だったらしい。
ほらね、中国共産党、毛沢東、なんていうのはロクなもんじゃない・・・(笑)
この収容所の所長は中国系の元高校教師だったらしい。
ほらね、中国人というのはロクなもんじゃない・・・(笑)

で・・・その収容所跡を、そのまま「博物館」にして公開しているのだそうだ。

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昔の「教室」は、取調室というか拷問室というか・・・そういうのに使われていたようである。
拷問の果てに殺害された遺体の写真が部屋に飾ってある。
拙者が高校生の時、ノホホンと京都へ修学旅行に行っているような時に、このようなことがここでは行なわれていたのである。
そう思うと、なんとも不思議な気がしてしまう。
そんな馬鹿な・・・・と信じられないのである。

あの毛沢東の思想が悪いんだよな・・・・
日中戦争の時に中国共産党をやっつけて、日本軍は毛沢東を殺しておくべきだったな・・・

日中国交正常化の日中共同声明が出されたのは1972年である。
福田赳夫総理が日中平和友好条約に調印したのは1978年である。
毛沢東思想の忠実なる“実践者”のポル・ポトが虐殺をしている頃に、日本は中国(中国共産党)とニコニコと握手をしていたわけである。
あ~気分が悪い・・・・

で・・・現在は中国(中国共産党)に媚を売って日本企業は中国に進出、カネ儲けに勤しんでいるわけである。
日本駐在員が虐殺されないと目が覚めないのかね?・・・日本は・・・
こいつら中国(中国共産党)に、南京大虐殺がどうのこうのとは言われたくないものである!(怒)

“中国”は決して悪い国ではないが、“中国共産党”は悪い!
というわけで・・・その中国共産党一党独裁の“中華人民共和国”は当然悪い国である!
・・・と、拙者は思うのである・・・(笑)
そうなると、その中国に媚を売る日本は、もっと悪い国!・・・ということになるのではあるまいか?(大笑)

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手前の棒のような物が「足かせ」の道具・・・・
向こうの弾薬箱が「トイレ」・・・排便はこの弾薬箱にさせられたのだそうだ・・・
我が家は、この頃は水洗トイレだったのであるが・・・・

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(逆さに吊るして「水責め」をした場所)

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(虐殺された人達の写真や遺体の写真などが展示されている)

子供の頃に「死体」の写真を見てから、それほど「遺体」の写真を見るのは苦痛ではないのだが・・・
それでももう十分・・・という感じ・・・
あまりしつこく見せられてもねぇ~

121_convert_20130520153041.jpg(独房跡)

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(拷問の道具)

「私はベトナムのスパイです」「私はアメリカ帝国主義の手先です」と言えば拷問の苦痛から解放されるが、生きて解放されるわけではない。
殺してもらうことで苦痛から解放されるのである。
まぁ~中国共産党の“教え”のすばらしいこと・・・呆れるばかりである。

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最後の仕上げは・・・人骨の展示・・・
あ~あ~・・・なんとも残酷な・・・
人骨を展示すること自体、いかがなものかと思うが・・・
この人達、一人ひとり、それぞれの人生があったろうに・・・

ガイドさんが丁寧に時間をかけて説明をしてくれていたが、拙者は、それほど真剣に聞く気が起こらなかった。
もう、どうでもいいやぁ~・・・うんざり・・・である。
途中で見学をやめて早々と敷地内のベンチに移動し、のんびり構えている参加者も数名見受けられた。
まぁ、気分が悪くなるよなぁ~
こんなものばかり延々と見せられたんじゃ・・・

拙者はササッ~と軽く見学を終え、「ミュージアムショップ」へ・・・・
といっても、ただの売店だが・・・
自分用の土産にスーツケースに貼るためのステッカーを探す。
店員に尋ねたら、ステッカーなどは無いと言う。
で・・・しつこいようだが・・・(笑)、じっくりと店内を見て回ったら、薄汚れたショーケースの中に、それらしきものを発見!
「ちょっと、これ、ステッカーじゃないのか?」
「え?ステッカー?」
おい、おい、自分が売っている物くらい把握しておけよ・・・(汗)
「ちょっと、鍵を開けて見せて!」
で・・・見せてもらったら、カンボジアの国旗のステッカーではないか!
見っけ!見っけ!(狂喜)
1枚1ドル(アメリカドル)だと言うので、1枚だけ買う。(笑)

ステッカーを1枚買って大喜びしている拙者を見て店員は呆れ顔・・・
店員のこのオバチャン、こんなステッカーより、本を売りたくてしょうがないらしい。
一生懸命、英語で説明してくれるが・・・
カンボジアの虐殺の本を買う気はサラサラ無い・・・(笑)
「ここでしか入手できない本なんですよ。他ではどこにも売っていない本なんですよ」と言う。
そりゃ、貴重な本なんだろうけど・・・興味がないんだから買う気はない。
「あのね、俺、ツアー客なんだけど、この後、俺の仲間がたくさんここを通るから、彼らに売り込みなさい」と言って・・・逃げる・・・(大笑)

まもなく集合時間となるので、集合場所の「入口」のところで待っていたが、時間になっても誰も来ない。(笑)
なんとノンビリと見学しているのやら・・・
と・・・まもなく生暖かい風が吹き始めた・・・
ん?これは・・・ヤバイ・・・
もしかしたらスコールの前触れではないか?
それまでカンカン照りだったのだが、すぐに真っ黒な雲が空を覆い出した・・・
絶対ヤバイ・・・(大笑)
来るぞ!来るぞ!
ようやくツアーのみんながやって来たが、予想通りノンビリと歩いている。
「ヤバイですよ。これ、降り出しますよ!早く歩いたほうがいいですよ!」と声をかけたが、誰も応じない。
完全に無視された・・・
なんでこの野郎は焦っているんだ?・・・といわんばかりに相変わらずノンビリと歩いている。
いつもは拙者はグループの一番後ろを歩くことにしているのだが、こうなるとその気は起こらない。(笑)
先頭切って、バスに乗り込む。
で・・・人数確認を始めた途端に、一気に雨が降りだした!
危機一髪だった。(大笑)
どうせなら、もう少し降りだすタイミングが早かったほうが、ノンビリ歩いている連中がずぶ濡れになって面白かったんだけど・・・(大笑)
正直って・・・残念・・・(大笑)

旅行 | 13:05:53 | Comments(0)
常識がない?
昼食は、レストランでバイキング・・・
まぁ、拙者は食事の内容なんて何でもいいのだが・・・
世の中には、そうじゃない人もいるらしい。

この間の、台湾への歴史探訪の旅・・・
“保守派の女性”たちのグループが参加したが、旅行後に旅行社の社長に直接メールで抗議をしてきたらしい。
いろいろと“ご不満”な点があったようだが・・・
その抗議の一つに、呆れた事に「旅行中の食事にフカヒレのスープが出なかった」ということが含まれていたそうである。(唖然!)
『フカヒレを楽しもう』というグルメツアーだったならわかるが、このツアーは『歴史探訪』のツアーだったのである。
ツアー名にも、そう明記してあるのだが・・・
食事の内容にケチをつけるとはねぇ~
ツアーの目的が全然分かっていない・・・
さすがは保守派のオバタリアンである。(大笑)
常識がない・・・・(大笑)

残念ながら”保守派の女性”だけが常識がないだけではなく、男性にも常識のない者がいる。
この昼食時、拙者は飲み物としてジュースを注文したところ、拙者の目の前に座る参加者から面と向かって非難された。
「食事の時にジュースを飲むんですか!いやぁ~信じられねぇなぁ~非常識だね!常識がないよな!」と言い放ったのである。
冗談で言うなら笑えるが、真顔で言われたんじゃ腹が立つ。
が・・・今日は旅行の実質初日でもあるし・・・
相手は拙者より一回りも年長であるから、“反撃”は遠慮したが・・・
ムカムカ腹が立って食欲なぞは一気に失せてしまった。
「非常識とは何だ!誰に向かって言ったかわかっているのか?」と・・・
店の外に連れ出して脅してやってもいいのいだが・・・(笑)
いや、いや、マズイだろう・・・それこそ“非常識”になってしまう。
我慢、我慢・・・同じ旅費を払っていながら不愉快な思いをさせられて我慢しなければならぬとは納得できないが・・・(大笑)
拙者から言わせてもらえるならば、昼間からビールを飲むなぞは「非常識」なのだが、だからといってビールを飲む人を非難はしない。
酔って他人に迷惑をかけないのなら、別に構わない。
拙者が昼食時にビールを飲まずジュースを飲むと誰かに迷惑をかけることになるのかね?

こうなると、“保守派のオバタリアン”も“保守派のオジン”も同じレベルということになるが・・・
“保守派”だからというより「団塊の世代」だから常識がないのではないかという気がしてならない。(大笑)
初対面でありながら“上から目線”での物の言い方には腹が立つ・・・

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頼んだジュースに手をつけないので、他の参加者から声がかかった。(笑)
「飲まないんですか?折角頼んだのに・・・もったいないでしょう」
「そうなんですけどね、何だか急に飲む気が無くなりましてね」
「え~・・・それ高いのに・・・もったいないなぁ~」
「そう、もったいないんですけどねぇ~でもねぇ~飲む気がなくなっちゃったんで、仕方がないんですよね。カネを捨てることになっちゃいますけど・・・仕方ないですね」(笑)
「・・・・」

目の前に座っている暴言を吐いた保守派の某氏に嫌味を言う。(大笑)
今度また暴言を吐いたらタダじゃおかねぇぞ・・・である。(大笑)
団体旅行には、いろいろな人が参加してくるわけだから、極力相手に不快感を与えないように気を使うのは常識というものではなかろうか?
できるだけ楽しく旅が出来る様にお互いに心がけるのが団体旅行ではあるまいかと拙者は思うのである。(笑)
一期一会・・・意味がわかってるのかな?・・・このオッサンは・・・(大笑)

食後は、『セントラル・マーケット』の見学・・・・

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移動途中で見かけたビル・・・バスの中から撮影・・・
このビル・・・オンボロである。
なにせコンクリートがあっちもこっちも剥がれ落ちている。
危ねぇんじゃないかぁ~・・・これ・・・
写真を撮って帰国したら“ウメちゃん”に見せてやろう・・・と、パチリ!(大笑)

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(セントラル・マーケット)


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このマーケットの内部が凄い・・・
ドームの中心にあるお店の殆どが宝石関係、アクセサリーとかのお店・・・
ここから放射線状にお店が延びていて、そこは衣服関係ばかり。

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ここで参加者最高齢の“ミヤガワおばあちゃん”がベルトを買いたいと言う。
今回の旅行に日本からベルトを持ってくるのを忘れたとか・・・
80歳の高齢者なので(笑)迷子になるといけないから添乗員さんが同行するはずだったが、“ミヤガワさん”は宝石売り場から動かない。(大笑)
「これいいわねぇ~、あら、これもいいわねぇ~」と延々・・・
結局、添乗員さんから「鈴木さん、お願いしてもいいですか?」と頼まれ、拙者がボディガード役を務めることになる。(大笑)

ここでの自由行動時間は30分程度しか与えられていない。
ベルトを買いたいのなら、さっさとそちらを探しに行かねば・・・と、無理矢理、宝石売り場から引き離し・・・(笑)、革製品のお店を探す。
革製品のお店は、このマーケットの外側に張り付くように並んでいた。
う~ん・・・東京の「アメ横」状態である。
いくつかの店を覗き、ようやく1軒、よさそうな店を見つけて交渉に入る。
「いくらに値切ったらいいかしら?」と言うので「半額から交渉してみたら?」と無責任な回答をする。(大笑)
当然、半額なんて問題外だと言われる。(そりゃそうだろうねぇ~)
このお店の“お父さん”と“息子さん”の二人を相手に“ミヤガワさん”は一人で交渉・・・(笑)
その間、拙者は、少し離れて彼女の鞄がスリに遭わないように監視・・・(笑)
と・・・
店員の青年が英語で話しかけてきた。
が・・・何を言っているのかがわからない。
何度聞き返してもわからない・・・(汗)

ようやく彼がオランダについての話をしていることがわかるまでにかなり時間がかかった。(大笑)
しかし、いきなりオランダの話とは・・・一体どういうことか・・・
拙者は日本人である・・・オランダ人ではない・・・(大笑)
日本人観光客相手の話題が、いきなりオランダの話って・・・どういうことよ?
「オランダが好きなのか?」
「え?オランダ?別に好きじゃないんだけど・・・」
「じゃぁ、なんでオランダなんだ?」
「オランダの首都って、どこだか知ってる?」
「アムステルダムでしょ?」
「だけど、本当はハーグなんだって知ってる?」
「そうだっけ?」
「勉強したんだ」
「オランダを?何で?オランダに行くのか?」
「いや、別に・・・」
はぁ?こいつ何を言っているんだ?(大笑)
訳がわからん会話である。

が・・・彼は拙者と英語で話が出来たことに満足そうな顔をしている。(大笑)
「俺は日本人と英語でオランダについて語り合ったんだぞぉ~すごいだろぉ~」というところなんだろう。
ニコニコ嬉しそうな顔をしている。(大笑)

その間、電卓をお互いに叩きながら交渉をしていた“ミナガワさん”は交渉が成立したらしい。(笑)
無事にお目当てのベルトを購入!
それじゃ、記念にと“ミナガワさん”のカメラでお店のご主人と息子さんとのスリーショットを撮影してあげる。(笑)
と・・・お店の主人が拙者にプレゼントをくれた・・・(笑)
キーホルダー!
はぁ?拙者は何も買ってないんですけど・・・(大笑)
なんと人のいい“お父さん”か・・・
拙者のカメラでも写真を撮っておくべきだったな・・・失敗した・・・

さて、もうそろそろ集合時間である。
同じコースで戻るのも面白くないので、別のルートでグルリとマーケットの周辺を回りながら帰ろうと思ったら・・・
やっちゃった・・・迷子・・・(大笑)
臨時ガイド兼ボディーガードの拙者は筋金入りの「方向音痴」なのである!(大笑)

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迷子になったとは言え、花屋の写真を撮影する余裕はあるのだから不思議である。(大笑)

と・・・想像していた場所とは違う場所に出て・・・周囲を見渡したら・・・
遠くの方に早々と集合している我がツアー客が見えた!
おお!あそこにいる!(大笑)

無事にランデブーに成功・・・

旅行 | 12:58:09 | Comments(0)
工事中!
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(カンボジア・プノンペン市内)

クメール文字は読めないので意味がわからないが・・・
どこから見ても「工事中!」の看板であろう。
標識が黄色なのは、注意を喚起するためであろう。
この色は、世界各国共通なのかも・・・・


看板・標識・標語など | 11:33:18 | Comments(0)
日本のODA?
次に向かったのは・・・『国立博物館』
ここにあるのは、ほとんどが彫像、仏像のたぐい・・・・
興味のない人には退屈かもしれない。

063_convert_20130518090415.jpg(国立博物館)

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これは、館内にもあったが、庭にも展示されていた「物」・・・・
上に乗っているのが“男性のシンボル”で、下にあるのが“女性のシンボル”・・・
だから、それが何だ?・・・ということになるのだが・・・
え~と・・・これが何を意味するのかをガイドさんが説明してくれた筈なのだが、よく聞いていなかった・・・(大笑)
というより、写真を撮ったり・・・とウロウロしちゃうので・・・ガイドさんから離れてしまい聞き逃したのである。(笑)
こういうところが団体行動の不便なところで・・・
個人的にガイドを雇っての個人旅行なら、そういうことにはならないのだが・・・(笑)
(・・・と言い訳を言う・・・)

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(国立博物館の前の町並み)

博物館好きの拙者には考えられないことなのだが・・・“国立博物館”という国を代表する博物館を約40分間という超高速スピードで見学する。(笑)
日本ではちょっと考えられない・・・日本では40分程度では見学し切れない・・・
まぁ、展示品も少ないし、似たり寄ったりの彫像が主体だから仕方がないかも・・・
日本なら古墳の副葬品やら縄文土器から始まり現代まで・・・となるのだが、カンボジアは歴史が浅いせいもあるのかも。
そう考えると・・・日本という国は凄い国である。
残念だったのは、展示の仕方・・・
歴史の流れがさっぱりわからない・・・(笑)


より大きな地図で カンボジア国立博物館 を表示

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市内で見かけたモニュメント・・・独立記念塔である。
いいデザインだなぁ~
なにかSF映画に出てくるような・・・
近づいてじっくり見てみたいものだが、ロータリーの真ん中に建っているから無理か・・・

次に向かったのは・・・なぜか“お買物”・・・・(大笑)
「黒胡椒を買う」とかと、このツアーの昔からの“常連さん”が言っているようなので、どうやらその方々の希望で立ち寄ることになったようである。(笑)

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『クラタ・ペッパー』というお店・・・
知る人ぞ知る有名なお店らしい。
日本人の“クラタさん”という人のお店らしい。
拙者は黒胡椒に興味はないし・・・(大笑)
胡椒を買っても料理しないし・・・(大笑)
皆さんがワイワイ買物をしている間、一人、外に出て店の周囲を見て歩く。(笑)

お店の前で何やら工事が・・・

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近づいてみたら、工事の看板に日本の国旗が・・・
左がカンボジアの国旗、右が日本の国旗・・・
これは日本とカンボジアの共同プロジェクト?日本のODAか何かなのか?

それにしても、日本の「日の丸」は目立たない・・・(笑)
白地に赤の“丸”だけでは、看板の下地が白色だと全然目立たない!(大笑)
あまりにもシンプル過ぎる・・・
日本は国旗を変えたほうがいいのではなかろうか?(大笑)
少なくとも「旭日旗」にでもすれば目立つと思うんだけどなぁ~
出来れば赤と白の二色ではなく、三色とか四色の色を使ったらもっと目立つんだけどなぁ~
今更、国旗を変えるのは無理だな・・・(笑)
マッカーサーに占領されていた時がいいチャンスだったのだが・・・(笑)

看板は英文とクメール語の併記で工事の説明が書かれていた。
ちなみに、カンボジア語は正式には「クメール語」というらしい。
我々は「カンボジア人」と呼ぶが、本来は「カンボジア人」と云う言葉な存在しないのだそうで、カンボジアの人達のことは「クメール人」と呼ばねばならぬそうだ。

英文を読んでみると日本の企業は「三井住友建設」が関わっているようで、工期は2012年1月から2015年12月31日までである。
へぇ~3年もかけるの?
で・・・どのくらいの範囲を工事するんだろう?

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工事は、こういう感じの工事です・・・という説明幕・・・(看板ではなく幕である)

説明板のほうにも「洪水防止」と「排水改善」のプロジェクトである・・・と書いてある。
昨日見かけた、あの冠水・・・
この下水道の改善がなされれば、町も随分良くなるだろうし、衛生的にもよくなるだろう。
こういう“支援”を日本は各国でやっているのだろうが・・・どう目立たない・・・
恩着せがましいことは良しとはしない国民性だからなのかも・・・・

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工事をしている人は現地の人・・・現場監督らしき人も現地人である。
断りもなく勝手にパチパチ写真を撮って怒られるかと思ったが、彼らは何も言わない・・・(笑)
拙者の気のせいかもしれないが・・・
現場監督が急にテキパキと動き出して作業員に指示を出し始めたような・・・(大笑)
もしかして・・・日本人が見学しているから・・・というわけでもあるまいが・・・(大笑)

時刻は11時半を過ぎた・・・
皆さん、“お買物”が済んだようで・・・店から出てきてバスに乗り出したので急いで戻る。

旅行 | 10:54:15 | Comments(0)
プノンペン観光
なにせ、このツアーはハードスケジュールなのである。(笑)
朝、6時には朝食である!
朝寝坊の常習犯としては、結構これがキツイ・・・(笑)

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朝食後の午前7時、ホテルの周辺をちょっとだけ歩いてみるが・・・・暑い!(笑)
朝から、もう暑いのであるから、日中はどうなることやら・・・
体感温度は・・・30度前後という感じである。

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(昨晩と今晩、2泊する「プノンペンホテル」)

023_convert_20130516170053.jpg 024_convert_20130516170139.jpg
(プノンペンホテルの前の様子)

今日はプノンペン市内の観光である。
まず最初に向かったのが「王宮」・・・・

032_convert_20130516172217.jpg(王宮の入口)

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王宮のエントランスの通路沿いに小さな仏像が並んでいる。
なぜなのかわからないのだが、日本の仏像より拙者は親しみを感じてしまうのである。

041_convert_20130516172546.jpg(王宮の即位殿)

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王宮を見て、資料館を覗き・・・同じ敷地内の「シルバーパゴダ」に向かう・・・
途中の回廊に、古い壁画が・・・

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この壁画・・・
「ラーマヤナ物語」の絵だそうである。
この物語はヒンズー教の神話の話なので、カンボジアの「お話」ではない・・・
カンボジアは仏教とヒンズー教の二つが存在していたらしく、特にアンコール朝時代にはヒンズー教の寺院が多かったようである。
あまり興味のある話ではないので、ガイドの説明を真剣に聞いていなかったんだけど・・・(笑)
多分、そんなことを説明していたような気がする・・・(苦笑)

「ラーマヤナ物語」というのは、名前には覚えがあるが、内容は覚えていない。
大学3年の時にインドへ行った時か、大学4年の時にインドネシアに行った時に、話を聞いたか、もしくはその舞踏劇を見たような気もするのだが・・・(大汗)
なんとも、曖昧な記憶である。
あの時に、ちゃんと頭に叩き込んでおけば良かったんだろうけど・・・
若いときから頭が悪かったんだなぁ~・・・と、あれから30年以上も経って改めて自覚する。(笑)
ちゃんと覚えるべき時に覚えておけば、この壁画を見て、何の話の絵なのか、第何幕目の物語か・・・ということがわかって面白く見られただろうに・・・

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(シルバーパゴダ=銀寺)

このシルバーパゴダ(銀寺)・・・銀色ではない・・・(大笑)
銀色じゃないのに「銀寺」というのもおかしな話だが、この寺の床には重さ1kgの銀のタイルが5329枚、敷き詰められているので「銀寺」と言うのだそうだ。
(今度はガイドの話をちゃんと聞いた・・・笑)
内部を見学・・・
銀のタイルの床の上に絨毯が敷かれているので、よくわからないが、一部だけ見ることが出来るようになっていた。
内部の撮影は禁止だったのが残念だが・・・

ここで見たのだと思うが・・・
小さな仏像(彫像?)が何体もあった・・・
その中の一つを見て驚いた・・・このニヤケているように見える、この表情・・・
夢で見たあの仏像の表情にソックリだ!(驚)

2008年3月20日に見た夢の話)←ここをクリック!

しかし、必ずしも全てが夢と同じというわけではない。
夢の中では添乗員さんは女性だったが、このツアーの添乗員さんは男性である。(大笑)
仏像の大きさも夢で見たものよりかなり小さいし・・・
夢に出てきた仏像は金色に輝いていたが、この仏像は風雨に晒されていたのか表面が劣化していて汚い。(大笑)
夢との共通点は・・・
ツアーで訪れたということと、仏像がショーケースの中に収まっていたことぐらいなのだが・・・

う~ん・・・この表情・・・見たことあるんだよなぁ~(笑)
「正夢」になっては一大事である。
夢の中で拙者はツアーバスに置き去りにされたのである!(笑)
それだけは避けねば・・・と、途中から出来るだけツアーの先頭を歩くことにした。(大笑)

いやぁ~・・・夢で見た仏像に会っちゃった・・・ちょっと興奮・・・
ここを訪れるというのは拙者の「運命」だったのかも・・・(大笑)

058_convert_20130517133014.jpg(歴代国王のお墓)

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カッパ・・・みたいな彫像を見つけた・・・
これは神様なのかな?
インドの神話のガルーダという鳥に顔が似ている気がしないでもないが、羽根が生えていない・・・
ん?ただの猿?
いや・・・なんだろ、これ・・・ガイドに尋ねるのを忘れた・・・(笑)

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060_convert_20130517224708.jpg(花!花!花!)

王宮を出て、バスに戻る途中、路上で屋台を見かける。
これは・・・果物?
急いでバスに戻らねばならぬので、写真を撮るだけで精一杯だった・・・(笑)

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旅行 | 09:55:24 | Comments(0)
カンボジアへ向かう
ホテルを6時過ぎにチェックアウト・・・
朝食は、前日にホテル内のコンビニで購入しておいたサンドイッチで済ませる。
朝はホテルのレストランが混むので、拙者はホテルのレストランでは食事をとらないことにしているのである。(笑)

7時前には成田空港に到着し、忘れぬうちに旅行保険の手続きを済ませる。
これまたいつものパターンである。(笑)

今回は『ベトナム戦争戦跡巡り7日間』のツアーである。
参加者は15名・・・
前回の台湾旅行の時にも一緒だった“ヨコヤマさん”も参加されていた。
ここで、この間の台湾旅行の時にお世話になったお礼を言うのもおかしなものだが・・・(大笑)
参加者の中に顔見知りがいるというのは、なぜか嬉しいものである。
ちなみに参加者の中で拙者は2番目に若い・・・(笑)
最高齢は紅一点の“ミヤガワさん”80歳・・・である。

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今回乗るのは、午前9時半出発のベトナム航空301便(VN301)である。
地味な色合いの機体なのだが、逆にそれが目立つような・・・(笑)
カンボジアのプノンペンには成田からの直行便はないらしい・・・
成田からベトナムのホーチミンへ飛び、そこで乗り換えてカンボジアのプノンペンに向かうのだそうだ。

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成田からベトナムのホーチミンまでの飛行時間は約6時間である。
日本とベトナムの時差は「マイナス2時間」・・・つまり日本時間から2時間引いた時間が現地時間である。

現地時間午後2時過ぎにホーチミンの空港に到着・・・
ここで乗り換えに2時間ほど待たされることになる。

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(ホーチミンのタンソンニャット国際空港)

午後4時過ぎ発のベトナム航空920便(VN920)に乗りカンボジアのプノンペンに向かう。

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乗客が機内に乗り込み、さぁ、出発・・・という時に、客室に白い煙が・・・
(写真を撮ったが、うまく写ってないけど・・・)
一瞬、騒然としたが・・・どうも急速に客室を冷やそうとしたのか、エアコンから霧が発生したらしい。(笑)

ベトナムのホーチミンからカンボジアのプノンペンまでの飛行時間は約1時間半強・・・というところである。
午後5時ごろ、カンボジアのプノンペン国際空港に到着・・・

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この「プノンペン国際空港」・・・・
どう見ても、どこかのショッピングセンターのようにしか見えない・・・(大笑)


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我々のツアーバス・・・ピンク色である!(大笑)
派手だ・・・・
時刻はまもなく午後6時になろうというところだが、意外にも外は明るかった・・・

市内に入ると・・・
どうやらスコールが降った後らしく、道路が冠水している箇所が結構ある。
あのね・・・これ、ちょっとやそっとの水たまりではないでしょ?
ザザザッ!と、この水たまりの中をバイクも車も走っていくんだから驚きである・・・
どうもプノンペンは下水道の施設がお粗末なようである・・・

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市内のレストランで夕食会・・・・その後ホテルに直行・・・
夜8時半、チェックイン・・・

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部屋は、なかなか洒落た部屋である。

で・・・暇・・・(大笑)
いつものようにマッサージを受けようとしたが、どうもマッサージは館内の「スパ」にあるらしい。
エステっていうの?
う~ん、マッサージを受けてからまた部屋に戻ってくるというのは面倒である。
気持ちの良いまま、そのままベッドで寝たい・・・(笑)
というわけで、ベルボーイに部屋でマッサージを受けられないかと尋ねたら、外に出ればマッサージ店があると言う。
あ・の・ね・・・・部屋の中で・・・って言ったんだけど・・・(汗)
「あっ!部屋ね!10分待ってください、いや、5分!5分で呼びます!」とベルボーイ・・・
なにも、そんなに慌てなくても・・・(大笑)
「5分?」
「はい、5分!」と言う。
ホントかねぇ~・・・5分で来るかねぇ~・・・
と・・・5分は過ぎたが、確かに10分もかからずにマッサージ嬢がやって来た。(大笑)
嘘のような速さである。
が・・・私服を着た若い美人の女の子である・・・(笑)
ということは、ホテルの中のマッサージの人じゃないよな?(笑)
あのベルボーイ・・・どこから呼んで来たんだろ?(大笑)
確認したら、確かにこの子はマッサージさんだそうだ・・・(大笑)
太ったオバチャンが来ると勝手に想像していたのだが・・・(大笑)

で・・・マッサージ・・・
ちゃんと真面目にマッサージをしてくれたが・・・
開口一番、「韓国人ですか?」の質問には参った・・・(苦笑)
拙者はどこへ行っても韓国人に間違えられることが多いのである。
う~ん・・・カンボジアでも間違われたか・・・(涙)

旅行 | 22:04:48 | Comments(0)
明日からカンボジアとベトナム!
明日からカンボジアとベトナムへ行く!
というわけで・・・今日は前泊・・・
成田空港近くの「ホテル日航成田」に宿泊することにした。

いつもの定宿は京成成田駅近くにある某ホテルだったのだが・・・
ここのフロントの女の子が「超」が付くくらい“切れない”人で・・・
毎回、不愉快な思いをさせられているので、ついに「定宿」として使うのをやめたのである。(大笑)

さて・・・
毎回、頭を悩ます「荷造り」・・・・
今回は意外とスムーズに出来てしまった・・・(大笑)
今回の旅行は、前泊を含めると7泊8日である!
大型のスーツケースを使うしかないと思っていたのに、なぜか、コンパクトにまとめることが出来て、いつも使っている4~5泊用の小型のスーツケースに収まってしまった。
これも困ったもので・・・(笑)
こんなにスムーズにコンパクトに収まってしまうと逆に不安で仕方がない・・・(大笑)
7泊8日なんだけど・・・
そんな馬鹿な・・・
何か“大きなもの”を忘れているのではなかろうか?(笑)
結局、いつものように、自宅を出発する直前まで、荷物を出したり入れたり・・・を繰り返す。(大笑)
上手くいけばいったで、頭を悩ますんだから、お目出度い性格である。(大笑)

何度チェックしても、忘れ物はなさそうなのだが・・・
ホテルに到着しても不安で仕方がない・・・(大笑)
本当は何か忘れ物をしてるんじゃないのか?
おかしいんだよなぁ~・・・
こんなにコンパクトにまとまるわけがないんだよなぁ~

というわけで・・・いつものように、出発前に既に疲労困憊となる・・・(大笑)
だから拙者は本当は旅行が好きじゃないんだよねぇ~(大笑)

日記 | 21:35:12 | Comments(0)
飲み会はいつも雨・・・
今日は、久しぶりに歯科医の“キタミ先生”と二人で飲み会・・・
春・夏・冬と、年に3回と回数を決めての“恒例の”「飲み会」」である。
が・・・なぜか、いつも天気が悪い。

この飲み会の開催日は、“先生”の診察日の都合等などを考慮して、意外にも早い時期にいつも決めている。
「再来週の水曜日か金曜日」・・・というような調子である。
で・・・「どちらでもいいけど・・・どっちにする?」という話になり・・・
「じゃぁ、金曜日にしようか!」と決めたとする。
と・・・
必ずと言っていいほど、選ばなかった水曜日は天気が良くて、なぜか選んだ金曜日には雨が降るのである!(大笑)
「あ~あ~こんなことなら水曜日にしておけばよかった・・・」ということになる。

なぜか、“キタミさん”と飲む時は、ほとんどがこの調子・・・
今回は大丈夫だろうなんて思っても・・・日中、天気が良くても、午後から曇り出し・・・夜は小雨・・・(大笑)
というわけで、いつも傘を持参しての「飲み会」となるのである。

今回も・・・いつもの如く・・・雨・・・
しかも、これが不思議なことに大雨ではなく、いつも小雨なのである。(笑)
傘をさそうか、さすまいか・・・判断に苦しむ降り方だったり・・・
店の中で飲んでいるうちに雨が上るんじゃないか?・・・というような微妙な雨なのである。(笑)

「しかし、いつも雨だね・・・飲もうっていう時は・・・(笑)」と“キタミさん”
「俺、雨男じゃないですよ・・・」と拙者・・・(笑)

本当に不思議なんだよなぁ~
何でなんだろう?

今回も小雨の中、傘をさして出かけ・・・
飲み歩いているうちに雨が上った・・・(大笑)

日記 | 21:14:09 | Comments(0)
1日早い墓参り
本来ならば、明日が母の“月命日”なのだが、明日は訪問看護師がやってくるので、1日早く、本日、母の墓参りに行く。

で・・・いつものように母と祖父母と伯父と伯母とご先祖様の墓参りを済ませ、今回はお寺に立ち寄る。
6月に母の七回忌の法要を行なうのである。
母がこの世を去ってから、もう6年も経つとはねぇ~
いやぁ~なんて早いんだろう。
ボ~ッとしているうちに6年である。
その間、一体何をしたのかというと・・・特にこれといって何もしていない。
いつものようにブログを書いて・・・という日々である。
6年間・・・無駄に過ごしてしまったのではないかと少々不安になる。
このままボ~ッと過ごしているうちに、あっという間に拙者が墓に入る日が来るに違いない。(大笑)
参ったなぁ~
何かしなくちゃならんだろうが・・・何をしよう?(大笑)

住職と七回忌の日程の打ち合わせを簡単に済ませ帰途につく。

七回忌の次は13回忌か?
あと6年後ということになるが、多分、これもあっという間に来るんだろうなぁ~

日記 | 18:58:12 | Comments(0)
“シミズくん”と土浦へ行く
“シミズくん”に、土浦市立博物館で開催されている特別展を見に行かないかと誘われる。
久しぶりにドライブ!(笑)
運転は当然(笑)後輩の“シミズくん”であるから、拙者は楽チン!・・・断る理由などあろう筈もない。(大笑)

この特別展・・・・
『婆裟羅たちの武装~戦国を駆け抜けた武将達の甲冑と刀剣~』という展示・・・

この「婆裟羅(ばさら)」とは・・・
梵語(サンスクリット語)のVajraから転化した言葉だといわれているそうで・・・
もともとは南北朝時代の内乱期にみられた風潮で、華美な服装で飾り立てた風体や、派手で勝手気ままな遠慮のない常識はずれの振る舞いや様子を表す言葉だそうだ。
ということは・・・現代日本人にはかなりの「婆裟羅」がいるような気がしないでもない。(笑)
「勝手気ままで遠慮のない常識はずれの振る舞い」ときたら、もう、まさしく中国人、韓国人がピッタリ当てはまるのではないか?(大笑)
彼らはまさしく「婆裟羅」だな・・・
なにもわざわざ博物館に見に行かなくても・・・と思わないでもないが・・・(大笑)

今回の特別展は特に人気があるようである。
人気の戦国ゲームソフトとコラボレーションした結果らしい。
たしかに、“その手のマニア”らしき若い男女が来ている。
会場にはゲームのキャラクターの絵なども貼り出され、何やら記念写真が撮れる場所も用意してある。
拙者に言わせれば、知的レベルの高い人と知的レベルの低い人のコラボレーションとしか思えないが・・・(大笑)
まぁ、入館数が多くなれば、なんでもいいんだろう。(笑)

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博物館や美術館に行くと必ず“バカ”がいる。
自分の知識を得意然としてご披露している“バカ”である。
うるさくて仕方がない・・・
気が散るんだよなぁ~
「あんたの解説を聞きに来てるんじゃねぇんだよ!うるせぇ!静かにしろ!」と叱りつけたくなる。
黙って展示品を鑑賞するということが出来ないのかね?
まさしく・・・「婆裟羅」である。(笑)
見ちゃった・・・生きている「婆裟羅」を・・・(大笑)
着ている物が派手じゃないので残念だったが、頭の中身は、まさしく「婆裟羅」だ・・・

若い女の子たちは何やらキャーキャーと“感動”(?)しながら展示品を見ている。
どうも戦国ゲームのキャラクターとオーバーラップしているらしい・・・
う~ん・・・
こういう“人種”がフィクションとノンフィクションの区別がつかなくなる“人種”かもしれない・・・(笑)

刀剣などは重要文化財クラスのものが展示されていたようだが、拙者にはその良し悪しがわからない。
ここは居合いをやっている“カジさん”などに説明を聞かないとわかりそうもない。
いや、説明を聞いてもわからないかも・・・(笑)
中に、細身で切っ先の長い刀があった・・・
どうみても「斬る」というよりは「刺す」ために作られたような印象を受ける。
実戦的と言えば実戦的な刀かも・・・

鎧は、お目当ての佐竹家のものの展示が終わってしまっていて見ることができなかった。
このことに“シミズくん”は残念がっていたが、拙者は秋田で見たことがある。(笑)
鎧兜は全国から集められて展示されているので、全国を旅している拙者は、見る機会に恵まれるのだ。
が・・・結構、記憶に残っていないのが「玉に瑕」である。(笑)
記憶力が悪い・・・・
『上田市立博物館蔵』『大阪城天守閣蔵』『彦根城博物館蔵』・・・・等々、各地から集められた鎧兜・・・
現地で実際に見てきているはずなのだが・・・何とも情けないことに初めて見たような感覚・・・
かなり拙者は頭が悪いようである・・・・

博物館を出て、ちょっと時間つぶし・・・
生憎の雨模様・・・
今日は「かすみがうらマラソン」があるらしく、商店会などが出店を出して駅前が賑わっていたが・・・・
我々の次の目的は・・・古本!(大笑)
土浦駅前に大型の古書店がオープンしたらしいので行ってみた。

“シミズくん”も拙者も古書好きである。(笑)
が・・・彼のほうがかなり高尚な本を買う。
テーマが全く拙者とは違うので、広い店内では各自自由行動とする。
約1時間・・・本を見て歩く・・・・
「軍資金が足りなきゃ、貸してやるから買え」と“シミズくん”を煽る。(大笑)
あとで・・・などと思うと、入手できなくなる。
見つけたときに買わねば・・・というのは古書購入の常識である・・・と拙者は思っている。
だから、カネを貸すから欲しい本が見つかったらドンドン買え・・・となるのである。
で・・・拙者の方は、買いたい本がいくつも見つかったのだが、それでなくとも読んでない本が部屋の中に山積み状態なのである。
これ以上買ったら・・・数年分となりかねない・・・
拙者は図書館を作ろうと思っているわけではない・・・
我慢に我慢して・・・3冊に留める。(大笑)
“シミズくん”は何冊買ったんだろう?(笑)
大きな袋2つを両手に下げて・・・という格好となる・・・(大笑)

「いいねぇ~ここ・・・」と意見が一致・・・
また定期的に覗きに来ようということで話が盛り上がる。(笑)

かなり遅めの昼食を駅前で食べて・・・帰宅する。
う~ん・・・充実した一日が過ごせた!
“シミズくん”に感謝!

日記 | 13:10:16 | Comments(2)
あなたのすぐ隣にいる中国のスパイ
あなたのすぐ隣にいる中国のスパイあなたのすぐ隣にいる中国のスパイ
(2013/04/06)
鳴霞、千代田情報研究会 他

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第1章 李春光事件は氷山の一角
 スパイとは何か
 中国人スパイの暗躍を世に知らしめた民主党政権と李春光
 日籍華人連誼会と国会議員秘書
 50を超える友好関連団体の正体
 「孔子学院」はスパイの巣窟
 中国人学者たちの怪しい行動
 美女スパイの手口

第2章 嵌められても気づかない国会議員たち
 世界のどこよりも簡単な日本政界工作
 熱烈歓迎(訪中)の中身
 安倍首相婦人はなぜ京劇に嵌ったのか
 籠絡される日本企業、経済人
 「合弁会社」での「地下党組織活動」
 朝日新聞の「スキャンダル」

第3章 日本の経済援助が中国のスパイ活動を巨大化させた
 中共と中国を混同する日本人
 中共スパイの原点は周恩来
 南京大虐殺が1979年までの中国歴史教科書に一切掲載されていない不思議
 中国の情報組織とその役割
 中共統一戦線と対外宣伝工作

第4章 欧米、台湾における中国スパイ事件
 オーストラリアでは政権がスパイに壊滅させられかかった
 日中文化交流事業の裏で暗躍する統一戦線部
 アメリカとのスパイ戦争で明らかになった中共スパイの特徴
 台湾が恐れる「大陸の花嫁」
 狙われる独身の台湾軍人やハイテク技術関係者
 台湾人と中国人の結婚の特徴
 中共は中国人のいる場所すべてにスパイを送り込む
 英国、ドイツからの警告

第5章 日本の安全保障は大丈夫か
 自衛隊「防衛機密」保持の危うさ
 世界最大の中国ネットインフラ企業「ファーウェイ」の正体
 リベラル・反体制を気取って中国にからめ捕られてしまった日本の巨大メディア
 習近平の中国はどう動くのか

あとがき



著者は「鳴霞」(メイカ)という名の元・中国人・・・・
現在は日本に帰化している女性だという。
中国共産党のエリートコースを歩んでいたそうだ。
ここに取上げられた話・・・「そうだろうねぇ~」という内容の話なのだが・・・
この人が、どうしてこれだけの話を書くことが出来たのかが私にとっては疑問なのである。
「日本に帰化した元中国人」というだけでは、ここまでは書けないのではあるまいか?
どうして元中国人が、ここまで書くのか・・・も気になるところである。
内容に信憑性があるだけに、そっちのほうが、ますます気になってしまった。


今年の読書:21冊目



読書 | 21:34:46 | Comments(0)
英語が話せない!
今日は、米海軍の元提督、ヘイズ大将を歓迎する会合に呼ばれたので日帰りで東京に出かける。
この「歓迎する会」・・・
予科練の戦友会の有志の主催である。
ヘイズ提督が来日したので、「歓迎会」を開こうということになったらしい。
過去に、予科練の有志のツアーで、グアム、硫黄島、ハワイ、ミッドウェイなどの戦跡訪問と日米合同の戦史シンポジウムに参加したメンバーが誘われた。
ヘイズ提督からも、過去に何度か会った“日本の友人達”に是非会いたいとのこと。
昨年も、同様の企画があり、拙者は参加しているので、久しぶりにお会いしたいと思って出かけることにした。

このところ毎日、強風が吹き、列車のダイアが乱れるので心配したが、幸いにも遅刻せずに済んだ。(笑)
会合場所は霞ヶ関ビルの35階・・・
初めて訪れる場所である。

そうそう、その昔、拙者が小学生の頃に『37階の男』というテレビドラマがあったっけ・・・
刑事ドラマか探偵物のようなドラマで、残念ながら今ではストーリーは全く覚えていない。(笑)
中丸忠雄という俳優さんが主演だった・・・
このドラマが好きでよく見ていたが・・・
たしか、霞ヶ関ビルが出来て早々に作られたドラマだったような気がする。
オープニングかエンディングに霞ヶ関ビルを空中から撮影したシーンが写っていたような記憶がある。
へぇ~こんな高いビルがあるのかと驚いた。
霞ヶ関ビルは36階しかないのに、「37階」とは不思議だと思ったことを覚えている。

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35階の会場から外を見てみる・・・
と・・・他にも高いビルが・・・
「霞ヶ関ビル」は超高層ビルだと思っていたのだが・・・時代は変わったんだなぁ~(大笑)
あの『37階の男』を思い出し、あのドラマのビルの中に自分はいるのかと思うと感無量である。
頭の中は小学生時代にタイムスリップ・・・である。(笑)

ちなみに、主演の中丸忠雄さんを最近見かけないなぁ~と思ったら・・・2009年に76歳でお亡くなりになっていた。

ヘイズ海軍大将は、元・米太平洋軍司令官・・・
副官のギャリー海兵隊中佐も一緒に来ていて、“旧交を温める”はずだったが・・・・

いやぁ~久しぶりです!お元気でしたか?・・・と声をかけられたが・・・・
なぜか、拙者の頭の中は真っ白・・・(大汗)
それから何を話しかけられても、何を言われているのか全くわからない・・・
彼らの声が右の耳から入って左の耳から抜けてしまっている感じ・・・

前回、お会いした時には片言英語でオシャベリをしたので、ヘイズ提督もギャリー副官も、拙者が英語が話せると思っているせいか、ペラペラペラ~と英語で話しかけてくる。
ところが・・・拙者の脳みそは「本日休業」状態・・・・
ポカァ~ン・・・
マズイ・・・こりゃマズイ・・・と焦れば焦るほど頭の中は真っ白となる。(大汗)

何かしゃべろうにも英単語が一つも頭に浮かばないのである!(大汗)
いやぁ~なんだろう・・・これ・・・
完璧に思考が停止してしまっている。
参ったなぁ~(涙)

さすがに拙者が何も言わないので、ヘイズ提督もギャリー中佐も怪訝な顔をする。
そりゃそうだろう・・・
もう泣き出したいくらいである。
何で急に頭が働かなくなってしまったんだろうか・・・

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立っているのがヘイズ提督。
手前の立っている人は、通訳をしてくれたハワイの太平洋航空博物館のコイケさん。
ヘイズ提督の隣りで座っているのが副官のギャリー海兵隊中佐。

会合を終え、解散・・・・
上野駅まで地下鉄で向かうが、ちょうど、初対面の予科練の戦友会の会長さん、副会長さんと一緒となったので、電車の中でおしゃべりしながら上野駅に向かう。
日本語はしゃべれるんだけど・・・
なんで英語が全くしゃべれなくなっちゃったんだろう・・・
どうしても不思議で仕方がない・・・
少し疲れが溜まっていたのか・・・???

この頭の出来の悪さ・・・自己嫌悪に陥る。(大涙)

日記 | 17:58:21 | Comments(0)
自虐史観から脱却して誇り高き日本へ
自虐史観から脱却して誇り高き日本へ―大東亜戦争生き残りの老医が語る歴史の真実と日本の使命自虐史観から脱却して誇り高き日本へ―大東亜戦争生き残りの老医が語る歴史の真実と日本の使命
(2012/05)
桑木 崇秀

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はじめに

巻頭篇

1.米英両国に対する宣戦の詔書
2.「開戦の詔書」謹解(要約)
3.終戦の詔書
4.「終戦の詔書」謹解(要約)
5.教育勅語

私と大東亜戦争
  私と大東亜戦争

第1篇 大東亜戦争の真実

 1.大東亜戦争開戦と緒戦の戦果~大東亜戦争か太平洋戦争か~
 2.大東亜戦争は何故始まったのか~ハル・ノートという最後通牒~
 3.日本の真珠湾攻撃はだまし討ちだったのか
 4.「あの戦争は日本の自衛戦争だった」とマッカーサー元帥も言っている
 5.自衛戦争であったと共に植民地解放戦争でもあった
 6.植民地から解放された国々
   (1)ナガ(インド)の青年達の感激~インパール作戦とインドの独立~
   (2)ビルマ独立と日本軍
   (3)インドネシアの独立のために注いだ日本人の情熱
   (4)日本の敗戦とインドネシア独立戦争
 7.大東亜会議の開催
 8.物量の不足~苦戦に次ぐ苦戦
 9.特攻隊の活躍
10.敗戦~しかし植民地は解放され人種差別はなくなった~
11.侵略意図は全くなかった支那事変~盧溝橋事件は中国が起こした~
12.国民政府軍を抗日へと仕向けた西安事件~国共合作で支那事変を拡大~
13.残虐目を覆う通州事件
14.上海事変の勃発から南京攻略へ
15.東京裁判が生んだ「南京大虐殺」の虚構
16.『戦争とは何か』という宣伝本
17.目撃者の居ない南京大虐殺の茶番劇
18.南京陥落当時の実情~新聞は何と報道したのか~
19.「南京大虐殺」の責任者として処刑された松井大将
20.南京陥落後の蔣政権の動向と汪精衛の南京国民政府の誕生
21.満洲事変前後の中国ことに満洲の」状況
22.満洲国の建国とリットン報告書
23.王道楽土「満洲国」を守るための日本軍の戦い
24.排日・抗日は米英の煽りと中国の遠交近攻策から起きた
25.しかし抗日の元凶はコミンテルン~毛沢東の証言~
26.ロシアの東亜進出野望を粉砕した日露戦争
27.ソビエト共産政権の誕生とコミンテルンの暗躍
28.大東亜戦争とコミンテルン(ソ連)
29.ソ連のシベリア抑留と終戦時の不法の数々
30.ソ連軍の不法命令書と日赤看護婦22名の集団自決~青葉慈蔵尊と現状~
31.樺太眞岡郵便局員の集団自決
32.終戦時の混乱
33.昭和天皇のマッカーサー御訪問
34.昭和天皇の御巡幸

第2篇 米国の占領政策と自虐史観の形成

35.マッカーサーの占領政策
36.東京裁判は復讐裁判
37.国際法違反の東京大空襲と原爆投下
38.A級戦犯とB・C級戦犯
39.A級戦犯の靖国神社合祀
40.マッカーサー憲法の押しつけ
41.現憲法可決の日、議員はみな声を出して泣いた
42.マッカーサー占領政策の成果
43.左翼勢力ことに日教組の影響力の増大
44.マレーシアと村山首相(当時)
45.日本は何故今、謝罪、謝罪と言うのだろうか
46.謝罪決議をするとどういうことになるか
47.謝罪決議の流産と村山談話
48.靖国神社の英霊は侵略戦争の加担者か
49.欧米諸国で植民地に謝罪した国があるか
50.慰安婦問題は世界共通の問題
51.日本の戦場では慰安婦はどうなったか
52.従軍慰安婦強制連行というつくり話と河野官房長官(当時)談話
53.河野談話の波紋
54.南京問題のむし返しと百人斬り訴訟
55.中国各地に存在する抗日戦争記念館~嘘の歴史宣伝~
56.自衛隊はどこまで海外で活動できるのか
57.憲法第9条のしがらみ

第3篇 これからの日本の進むべき道

58.憲法改正は何故必要か
59.憲法はいつ行なわれるのか
60.外国での憲法改正
61.アメリカは日本を守ってくれるか
62.降伏するとはどういうことか
63.今のままで日本は守られるのか
64.非核三原則の幻想と国連信仰を捨てよ
65.憲法改正の具体的材料としての読売試案
66.日本の元首は誰か
67.立憲君主国は民主主義ではないのか
68.君主制はむしろ共和制よりすぐれている
69.日本の天皇と外国の国王とはどこが違うか
70.皇室典範改正問題
71.外国人は日本の国体の美しさをどのように評価しているか
72.大東亜戦争についても外国人で正しく評価している人は沢山居る
73.東京裁判で日本無罪を唱えたパール判事
74.「東京裁判は誤りであった」とアメリカの判事さえ言っている
   ~アメリカのオレンジ計画と原爆~
75.第二次東京裁判の開廷を提唱するセント・ジョン弁護士
76.「A級戦犯」とされた人は犯罪者でなくむしろ功労者だ
   ~日本人よ目を覚ませ~
77.靖国神社と鎮霊社と護国神社~その設立のあらまし~
78.昭和天皇と靖国神社
79.靖国神社問題とは何なのか
80.それでも国は英霊との約束を守らなければならない
81.韓国人の日本に対する複雑な国民感情
82.台湾と日本の関係は?
83.終戦の詔書から見た昭和天皇の国民への御要望
84.これからの日本が為すべきこと
85.大東亜戦争の総括~日本の昭和天皇にこそノーベル平和賞を~

付録篇

付録1 参考文献(推薦図書)
      1.靖国神社関連
      2.皇室関連
      3.歴史関連
      4.東京裁判関連
      5.南京事件関連
      6、原爆投下関連
      7.自虐史観の克服(日本の誇り復活)
      8.倉田百三関係
      9.外国人の見た日本~その使命
     10.韓国関連
     11.台湾関連
     12.その他
付録2 日本人が決して忘れてはならない場所~是非行ってほしい所~
      1.靖国神社関連
      2.伊勢神宮
      3.橿原神宮
      4.明治神宮
      5.パール判事顕彰碑
      6.大東亜聖戦大碑
      7.興亜観音
      8.三ヶ根山
      9.知覧特攻平和会館
     10.沖縄魔文仁の戦跡
     11.広島・長崎の原爆の碑
     12.青葉慈蔵尊
付録3 日本人の若者に参加してほしいボランティア活動
      1.靖国神社崇敬奉賛会関連
      2.JYMA・日本青年遺骨収集団
      3.国民文化研究会(略称・国文研)
      4.新しい歴史教科書をつくる会

結びのことば



この本は、著者から直接いただいた本・・・

本書の項目は、かなりの項目数だが、文章が短いので読み安い。
どの話も、「ごもっとも」という内容で、こういうことを“今の人”が知らないことのほうが怖ろしい・・・(笑)
97歳の著者が、後世に伝えたいことを書いているわけだが、若い人には是非読んでもらいたいものである。
ご高齢にもかかわらず、これほど多岐にわたって書くには、かなりの体力と気力を必要としただろう。
本当に「御苦労様です」と言いたい。


今年の読書:20冊目



読書 | 01:41:49 | Comments(0)
上京する
今日は日本国防協会の講演会を聴きに行くため上京する。
講師は参議院議員で防衛大臣政務官の佐藤正久さん・・・・
元自衛官・・・
自衛隊のイラク派遣の時に“ヒゲの隊長”で有名となった方である。
で・・・拙者より年上だと思ったら・・・あらら・・・同い年だった・・・(大笑)
演題は『守るべきものは何か』・・・・
この日本国防協会は、その名の通りの組織なので、自衛隊OBの方々が多いようで・・・
大先輩方を前にしての講演は大変だったろうなぁ~・・・と思う。(笑)

お話は、非常にわかり安く、誠に常識的な話ばかりである。
「領土」という問題に関してのお話は、なるほどなぁ~と思う。

“目からうろこ”だったのは、「地位協定」の話・・・・
「地位協定」というと、いわゆる「日米地位協定」しか頭に浮かんでこないのだが・・・
実は、もう一つあると言う。
それが朝鮮戦争時の国連軍との地位協定・・・
朝鮮戦争は“終結”していないから、この「国連軍地位協定」は今も生きているということになる。
さて、北朝鮮の出方次第ではどうなることやら・・・という気がしてきた。
わが国は馬鹿の一つ覚えのように「日米安保条約」を持ち出すが・・・
米軍は国連軍でもあるのである。
米軍基地の中にはこの「国連軍地位協定」が有効な証拠に米国旗の他に国連旗も掲げている基地もあるのである。
となると・・・・
米軍は日米安保条約に従って「米軍」として行動するのか、それとも「国連軍」の一員として行動するのか・・・
そうなると、日本はどうなるのか?
この点を我が国民は全く知らない・・・
だいたいマスコミも取上げないから、知るはずもないか・・・
「国連軍」は米軍だけではないから・・・
米軍以外の「国連軍」・・・例えばイギリス軍とかオーストラリア軍とか、「国連軍」を構成する国の軍隊が、いざとなったら、日本国内の米軍基地(国連軍基地)を自由に使うことが出来るはずである。
確か・・・11カ国ほどが「国連軍」を構成していたと思う。
あらら・・・である。
朝鮮半島に有事が発生し、日本に火の粉が降った場合・・・
日米安保条約で米軍さん、わが国を守ってね・・・と言っても、うちは「国連軍」ですから・・・と言われかねないなぁ~(笑)
やっぱり、日本は自分の力で自国の領土・領空・領海、国民の生命と財産を守るための法整備と戦力を整備しておかねばならんのではなかろうか?

久々に歯切れのいい、まともな、いい話をいくつも聞かせてもらった。
なるほどねぇ~・・・・である。

講演会の最後に笑い話・・・・
講師の佐藤さん・・・「ヒゲ」のほうが有名だが、投票の時に「ヒゲの隊長」と書かれたのでは無効票となるそうで・・・(笑)
なんとか「佐藤正久」という名前を覚えてもらいたいが、なかなか上手くいかないそうである。(大笑)
「ヒゲの隊長」で有名になってしまうと、こういうところで裏目に出てしまうのか・・・(大笑)
しかし、こういうビシッとした人が国会には必要だと思う。
応援しよう・・・・(笑)

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講演会後、急いで上野へ向かう・・・・
これから“カジさん”と久しぶりの食事会なのである。
先日、フィリピンへ行って帰国されたので、そのご報告を聞く。
拙者が昨年訪問したサラクサク峠に行かれたが、拙者が碑文を修復した慰霊碑は、残念ながら更に碑文が消えて読みづらくなっていた部分があったそうで、“カジさん”が追加で修復をしてくれたという。
感謝、感謝である。


日記 | 21:28:24 | Comments(0)
ニューギニア 地獄の戦場
ニューギニア 地獄の戦場―人間の記録 (徳間文庫)ニューギニア 地獄の戦場―人間の記録 (徳間文庫)
(1994/08)
御田 重宝

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文庫本まえがき

鎮魂の旅
  戦跡巡拝団を組織
  悲劇の地へ
  ソロモン海を飛ぶ
  モレスビー作戦の基地ラバウル
  南海支隊のラバウル占領
  東部ニューギニア上陸作戦
  敗残の跡
  珊瑚海海戦と海路進攻の中止
  悲劇の序章、陸路攻略作戦
  無謀の作戦計画
  悲劇の41連隊

生き残った兵士たち
  ココダ・トレール
  部下を射殺
  ポポンデタへ
  クムシ河渡河点
  ギャップの戦闘指揮
  反転命令
  補給を絶たれて
  飢えのはじまり
  撤退開始
  死の渡河

よみがえる悲痛の戦場
  海岸陣地の死闘
  バサブア守備隊の全滅
  ブナ~死と生
  ある虐殺
  ギルワ陣地跡をもとめて
  慟哭の海

初刊本あとがき

  南海支隊主要将校

  参考文献



本書は、ニューギニア戦からの生還者の巡拝団に同行するところから話が始まる。
歩兵第41連隊の生還者の証言だけではなく、実際に現地に行っての話が書かれているので、なかなか読み応えがある。
が・・・本書が世に出たのは昭和53年、1978年であるから、かなり古い。
本書で証言された方々は、もう既にこの世を去っているのではなかろうか?
そういう意味では貴重な記録である。
また、現地の様子もよく描かれており、戦跡巡拝の参考にもなると思うが・・・
私も現地に行ったことがあるので、わかるのだが、残念ながら、若干の間違った記述と、現在と取材当時との現地の様子に違いがあることに気付く。
これは現地に行った人じゃないと、本書を読んだだけではわからないかもしれない。
ということで、本書の内容のうち、証言者の証言部分を除いた部分を丸々鵜呑みにすると現地訪問時には、戸惑うと思う。
が・・・かなり参考になる資料であることは間違いない。


今年の読書:19冊目



読書 | 00:12:07 | Comments(0)
それで本人確認できるの?
今日は親父の預金を下ろしに銀行へ行く。
会社の通帳の記帳と、拙者の預金も同時に行なう予定・・・・

で・・・親父の預金を下ろそうとしたら、案の定、いつもの質問である。
「ご本人様ですか?」
「いいえ、代理ですけど・・・息子です」
「同居されている息子さんですか?」
「そうですけど・・・」

窓口の女子行員が言う・・・・
「では、本当に預金を下ろしていいと言われて来たのかどうかご自宅へ電話をして確認させていただきますけどいいですよね?」

「なんで?」
「ちょっと常識ハズレの金額を下ろされるので・・・」
「常識ハズレって、100万円が常識ハズレなんですか?」
「何にお使いになるんですか?」
「生活費ですけど・・・」
「生活費にはしては、一般の人の金額から比べると多すぎるので・・・」

カチィ~ン!・・・・短気な拙者はプッツン切れた!(怒)

「ほぉ~・・・一般の人って、いくらが常識な生活費なんですか?」
「それは、お教えできません」
「なに!教えられないんじゃ、いくらが限度額なのかわからんだろ!おい!いくらが一般的な金額なんだって!言えよ!」
「え・・・・」
「こっちは会社の社長なんだぞ!非常識な額ってなんだ!2か月分くらいまとめて下ろして何が悪い!」

「いずれにせよ、確認の電話をさせていただきます」
「いいけど・・・親父が電話に出るかどうかわからんよ。親父は耳が遠いから電話を嫌がってるから」
「とりあえずかけてみますけど・・・」
「もし、何をいっているのかわからないって言って電話を切ったら?」
「その時は預金は下ろせません」

最近は、わけのわからん勧誘の電話が多い・・・
下手に「はい」などと答えたらろくなことにならないので、親父には知らない電話がかかってきたら「わかりません」と言って電話を切れと言ってあるのである。(大笑)
銀行から「下ろしてもいいですか?」などと電話がかかってきても、下手すると本当に銀行からの電話かどうか親父は疑うかもしれない・・・(笑)
だいたい、電話をかけてくる銀行だって本当に「銀行」からだという証明はできまい?

「一応、本人確認を・・・」
「ほぉ~・・・どうやって電話で俺が息子かどうかって確認するの?」
「・・・・・」
「目の前に顔を火傷して指がない人が来てますが、この醜い人は、おたくの息子さんですか?って聞くのか?」
「いやぁ・・・そんなことは言えません・・・」
「人相特徴を言わないで、どうやって窓口に来ている人間が息子かどうかって確認するんだよ!」(怒)
「・・・・・」
「じゃぁ、例えば、チビでハゲでデブの客が来た場合は、どう確認を取るの?」
「・・・・・」
「チビでデブでハゲが窓口に来てますが、この人にお金を渡していいですかって聞くしかないだろ?そう言わなきゃ相手だって、チビでデブでハゲてるのならば、間違いなくうちの息子ですから、お金を渡していいですよってなるんじゃないの?そうじゃなけりゃ、良いか悪いか相手だって言えないんじゃないか?」
「いやぁ~・・・・」
「電話なんかじゃ本当は確認は取れないんじゃないの?顔が見えないんだから・・・」
「・・・・・」

「だいたい、こんなこともあろうかと、会社の通帳や俺の通帳も持ってきてるんだけど・・・これで、俺がどういう立場の人間かわかるんじゃないの?」
「・・・・、お顔を見かけたことはないので・・・いつもご利用してるならわかるんですけど・・・」
「なに?・・・ATMで記帳してるんだから窓口なんかに来るわけねぇだろ!だいたい、何十年も取引してるんだぞ!窓口の担当者の方ががコロコロ変わるから俺の顔を覚えられないんじゃないのか?そっちに問題があるんじゃないの?」
「・・・・」

段々怒り心頭に達し・・・(大笑)
ついつい大声になってしまう・・・・(大汗)
銀行内は・・・行員も客も・・・シィ~ン・・・・・(大笑)

「とにかく、電話をかけさせていただきます」
「ああ、いいよ~・・・やってみたら?」(笑)

まもなく、「電話で確認が取れました」と言う。(大笑)

ふぅ~ん・・・・確認取れたの?
その電話口に出たのが本当に俺の親父だってどうやって確認を取ったんだろう?(大笑)
偽者かもしれないだろ?
・・・と、言いたくなったが、これ以上虐めたら可哀想なので口に出すのはやめる。(大笑)

「身分を証明する運転免許証とか保険証とかはお持ちですか?」と窓口の女子行員。
運転免許証を提示したが・・・・
拙者の住所は親父と同じ、会社の住所も同じである。
これで十分証明できてるだろ?
しかも、ご丁寧に運転免許証番号まで控えるんだから・・・
なんとも訳がわからん・・・

拙者が実の息子かどうかを確認したいのか・・・
親父から委任されていることを確認したいのか・・・
委任を確認する方法は何か別な方法を考えるべきではないか?

「自宅に電話しますけど、いいですね?」は、明らかに相手を脅迫している。
そう言われて、たじろいだら怪しいということで警察に通報するつもりなのだろうか?
これは、明らかに客に対する「恐喝」ではなかろうか?

だいたい預金するときは何も言わず受け取るくせに、預金を下ろすとなると、何だかんだと「いちゃもん」をつけるという、その根性が気に入らぬ!(怒)
仮に拙者が現金1千万円を預金しようとした時に「とてもお金持ちには見えませんが、このお金はどうやって手に入れたのですか?犯罪がらみではないですか?」などと尋ねる事はしないだろう?(笑)
たかが100万円程度を下ろすだけで、なんでグダグダ言われなくっちゃならないんだ?
仮に親父を騙して下ろしたとしても、それは親子の問題で、銀行は関係あるまい?
全くの赤の他人が下ろすというなら話は別だが・・・・

頭に来るんだよなぁ~・・・・こいつら!(怒)

高齢化社会になって、親が自分の足で歩いて銀行に来れない場合は、代理人に頼むしかあるまい?
まさか、ベッドに寝たまま窓口まで来いとでも言うのか?
それとも本人が来れなくなくなったら、預金は下ろせませんとでも言うのか?
人それぞれ、事情というものがあるのである。
外出できない、歩けない、耳が遠くて電話が聞こえない、口が利けないから電話で話せない・・・・等々・・・
そういう場合はどうするかを考えるのが顧客サービスというものではなかろうか?

「毎回、こんなことで嫌な思いはしたくないから何か考えなさいよ」
「え~・・・そうですねぇ~・・・上司を呼んで来ますから・・・・」

この“上司”という男に提言させていただく。
とはいうものの、果たしてこの男性行員が“上司”だという証拠はない・・・(大笑)
単なるクレーム処理係のヒラ社員かもしれない・・・(大笑)
拙者の提言は写真入のIDカードの発行である。
住所や家族構成、家庭の事情、勤務先などの個人データは支店で保管していればいい。
特定の支店のみに通用するIDを提示すれば、取引先であり、常に親父の代理として入出金をする人物だと自動的に認定することが出来る・・・とすれば、こんな不愉快な思いはしなくて済むのではないか?

「非常に貴重なご意見で・・・すぐには取り入れるのは無理ですが、検討させていただきます」とこの“上司”は言う。
「あのね・・・このアイディア・・・もう何年も前から俺は言い続けているんですけど!」
「はぁ・・・・」

“お客様”などと「様」付けで呼ぶ割には誠意がないのである。(怒)
だからサラリーマンは嫌いなのである。(大笑)
自分がやっていることが、果たして正しいのかどうか考えないのだろうか?
上からの指示にただただ従っているだけ・・・
改善ということを考えないのか?
頭を使うのは自分の出世のことと自分がもらった給料の計算の時だけか?(笑)

まぁ、これだけ大声で騒いだんだから、行員の皆さんは俺の顔を覚えたよね?(大笑)
次回、同じことを言ったら、今度は本気で暴れてやるぞ!(大笑)

ムカムカしながら帰宅する・・・・

親父が「さっき銀行から確認の電話があったぞ」とニヤニヤしている。
「ずいぶん時間がかかったなぁ~」と言うので、ことの経緯を話したら・・・・
「まぁ、まぁ、ほどほどにしておけよぉ~」とニヤニヤしている。(笑)
「仕方がねぇだろ、お父さんの血を引いてるから俺は短気なんだよ」(大笑)
「なんだ・・・それ・・・」(大笑)

あ~・・・ムカツク一日だった・・・・

日記 | 13:31:41 | Comments(0)
ケアマネさんと打ち合わせ
拙者は来週末から1週間、ベトナムへ行く・・・・
ということで、ケアマネさんと親父の介護の打ち合わせをする。
毎月、2か月分のカレンダーを作成して、ケアマネさんには、おおよその拙者の行動を教えている。
今回も、この時期に海外へ行くからと、事前に報告済み。
あとは、具体的なヘルパーさんの訪問時間や、その他の介護計画を立ててもらうわけである。

で・・・ケアマネさんが我が家に来て介護計画の最終打ち合わせ・・・・

と・・・
親父・・・
「お前らが何をしているのか、さっぱりわからん」と言う。
「はぁ?俺の留守中の介護計画の話をしてるんだけど・・・」
「留守って何だ?」

もう、ほとんど毎日のように「ベトナムに行くからね」・・・と話しているのだが、直ぐに忘れてしまうらしい。

「ベトナムだよ!ベトナムに行くの!」
「へぇ~・・・いつ行くんだ?」
「だから、今月の末っていつも言ってるでしょ?その留守中の介護の打ち合わせをしてるんだけど・・・」
「介護?・・・そんなものいらねぇなぁ~」
「はぁ?」

拙者が留守になるのが不安らしい・・・
本人が言うには・・・(笑)
飛行機が墜落して息子が死ぬかもしれないから、それが心配だと言う。(唖然)
いや、いや、そうじゃねぇだろう?
息子に死なれたら、誰が自分の面倒を見てくれるのか・・・って、そのほうが心配なのではなかろうか?(笑)

このところ天気が良ければ毎日二人で近所を散歩しているが・・・
拙者が不在中の1週間、散歩が出来なくなるので、それが気になると親父が言う。
ヘルパーさんに同伴してもらって・・・とお願いしたら、それは規則上、出来ないのだそうだ。
近所に「買物に行く」というのであれば、ヘルパーさんは一緒に付いて歩いてくれるそうだが、ただの「散歩だけ」という理由ではダメなのだそうだ。
なかなか規則は厳しいらしい。

じゃぁ、近所のコンビニにお菓子を買いに行けばいいんじゃないか?
お菓子を1個しか買わなくても買い物は買物である。(笑)

というわけで・・・
毎日1回、午前中にヘルパーさんがやって来て、散歩がてら買物に行く・・・ということにする。
さらに、2日に1回、午後に入浴の介助のためヘルパーさんに来てもらう。
不在中の1週間のうち1日だけ看護婦さんに来てもらい、体調の確認。
同じく、不在中の1週間のうち1日だけリハビリの先生にも来てもらう。
これで1週間、みっちりと誰かが入れ替わり立ち代り我が家を訪問する・・・という予定を決めた。
完璧である!(大笑)

心なしか親父は寂しげな表情・・・(笑)
「まぁ、なんでもいいけど・・・宜しく頼む・・・」
なんと気の弱いことか・・・(大笑)

とりあえず、介護計画は完成!

日記 | 18:12:17 | Comments(0)
歴史街道 2004年3月号
歴史街道 2004年3月号
PHP研究所 平成16年3月1日発行 定価:600円

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特集
あれから百年
日露開戦
なぜ、日本人は戦わねばならなかったのか

協商か、戦争か~元老・伊藤博文の苦悩~
  (保阪正康・ノンフィクション作家)
 3時間にわたる御前会議で対露開戦は決定された
 日英同盟路線とロシア協商路線
 アメリカ政府と国民の対日友好化を図る
 軍事は政治に従属していなければならない
補佐役の叡智と大将の度量~大山巖と児玉源太郎~
  (江宮隆之・作家)
 「降格人事」を進んで受けた男
 大山・児玉と乃木・伊地知
 「常識で勝てるわけがあるか!」
陸軍はいかに開戦を準備したのか
  (平塚征緒・太平洋戦争研究会)
 日本の兵力はロシアの9パーセント
 おおざっぱでのんびりした作戦計画
「ベスト」を求めた海軍が選んだ二人~東郷平八郎と秋山真之~
  (江坂 彰・評論家)
 太平洋戦争が無謀なら日露戦争もまた無謀である
 「目的に対する容赦なき徹底性」がベストの選択を生んだ
 変人の天才を活かした二人の上司
海軍はいかに開戦を準備したのか
  (平塚征緒・太平洋戦争研究会)
 山本権兵衛の思惑
 海戦で戦端を開く
「1億円を調達せよ!」~高橋是清、ロンドンで奮闘す~
  (神木哲男・奈良県立大学学長)
 イギリスの銀行家を感銘させた高橋是清の説得
 日本公債の申し込みに順番待ちの行列ができる
 外国からの借金で日露戦争は勝利できた
誤算続きだった海戦後のゆくえ
  (戸高一成・昭和館図書情報部長)
 近代戦を初めて経験した日本
 血まみれの旅順攻略戦
 海戦は少し早すぎた?
ヨーロッパの列強と日露戦争の微妙な関係
  (中西輝政・京都大学教授)
 日露開戦までの30年間、世界は・・・
 イギリス対ロシアとドイツ対フランス
 フランスの資金がシベリア鉄道建設に流れ込んだ背景
 いま、われわれが学ぶべきこと
イギリスはなぜ、日本と同盟を結んだのか
  (池井 優・慶應義塾大学名誉教授)
 貴族と成り上がり者の結婚?
 日本軍は「意外と優秀」だった
 20年にわたって存続した同盟

対談
楊家将(ようかしょう)
「三国志」にはない民族興亡の物語
  (北方謙三・作家)(加藤 徹・広島大学助教授)

特集
キリシタン大名
大友宗麟
「心の王国」づくりを夢見た戦国大名

この開明君主が語るもの
  (平松守彦・大分県文化振興財団名誉理事長)
 戦国大名としての評価は低い。しかし・・・
 「骨肉の愛」が憎悪に変わるという不幸を背負って
 異文化が最初にぶつかる地域
 400年の時を経て
大分、臼杵、津久見を訪ねて
  (北条良平・ジャーナリスト)
 大分~府内と呼ばれた大友氏の拠点
 臼杵~宗麟時代の町割が今に残る
 津久見~悲劇の戦国大名が最期に選んだ場所



今年の読書:18冊目



読書 | 09:15:59 | Comments(0)
これがプログラム?
明日は、我が町で「ロードレース」が行なわれる。
わが町の「さくら祭り」に合わせて、マラソン大会が行なわれるのだそうで・・・
今回で13回目となるらしい・・・
だいたい、拙者はマラソンなどには全然興味がない・・・(笑)

桜の花の下を走るのだそうだが・・・
今年は早々と花が咲き終わってしまっている。
桜の葉っぱの下を「花見」をしながら走ることになるようである。

で・・・マラソン好きの義弟が東京からやって来た。
以前から何回もこのマラソンには参加している。
いつもこの時期に拙者は慰霊祭などに出るため旅に出ていることが多いので留守・・・
今年は、タイミングよく自宅にいたので前泊させてくれとのこと。
義弟といっても拙者と同い年の52歳・・・
52歳で走るの?(笑)
拙者には全く理解できないのである・・・(大笑)
走ったら・・・体に悪いんじゃないのぉ~?(大笑)

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で・・・「大会プログラム」をもらったが・・・
68ページの冊子なのだが、そのうち18ページからの50ページが丸々協賛団体等の広告なのである!
「中身」があるのは10ページ・・・
「中身」のある10ページのうちの5ページが“お偉いさん”の「ご挨拶」・・・・
こんなに「中身」の薄いプログラムは珍しいと義弟が言う。
義弟は、よく各地のマラソン大会に出場しているのだそうだが、広告ばかりのプログラムというのは、我が日立の「ロードレース」だけだそうである。(大笑)
通常は、参加者一覧が載るので、記念品としても役に立つそうだが・・・
我が日立のロードレースのプログラムには参加者一覧はない・・・

ということで、このプログラム、参加者にとって必要なのは開催要領の1ページだけ・・・
ここだけを読めばいいので、読んだ後は・・・ポイ!(笑)
というわけで・・・拙者にくれたようである。
参加者は当然、参加費を取られるようで・・・
参加費だけでかなりカネが集まっていると思うが、それにもかかわらずこんなに広告を集めるとは・・・と呆れていた。

まぁ、わが町は大企業の労働者、サラリーマンの町ですから・・・
やることが、セコイ、えげつない・・・のは仕方がないでしょう。(大笑)
市役所の“下級公務員”と大企業の“下請け企業に寄生する労働者”が、ふんぞり返るような町ですから・・・(大笑)

それにしても、広告ばかりのプログラム・・・
いかがなものかと拙者は思いますが・・・
関係者は誰も「みっともない」とは思わないのだろうか?

日記 | 13:33:27 | Comments(0)
歴史群像2012年8月号
歴史群像 2012年 08月号 [雑誌]歴史群像 2012年 08月号 [雑誌]
(2012/07/06)
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歴史群像フォトギャラリー
CGでよみがえる
大日本帝国海軍

大和伝説の誕生
 日本の国民的存在・大和 
 戦後の「大和」文化史、調査・研究史概括
 第1期 大和発見の時代(昭和20~30年代頃)
 第2期 大和回想・拡大の時代(昭和40~50年代頃)
 第3期 大和歴史研究の時代(昭和60年代頃~平成~現在)
 何ゆえ日本人は「大和」を好むのか
   (1)世界に誇るべき何か
   (2)不幸な生い立ちと滅び去った者へのまなざし
   (3)残された謎
   (4)「大和」という名前
 日本人にとっての「大和」

日の丸の翼 №29
時代に追いつけなかった母艦なき“巨鳥”
海軍 艦上戦闘機『烈風』11型

伊豆 下田城

銘艦STORY
未完のままに散ったドイツ海軍の徒花
グラーフ・ツェッペリン

戦史の名画をよむ
情報操作によって描き出された“大勝利”
栄光の6月1日の海戦

連合艦隊編成史
揺籃期と躍進 明治27年~38年
 日清戦争の連合艦隊
 日露戦争時の連合艦隊
八八艦隊計画の挫折と軍縮条約 明治39年~昭和13年
 第一次大戦と幻の八八艦隊
 連合艦隊の常設化と戦時編制への移行
新たな編制と太平洋の戦い 昭和14年~17年
 航空艦隊の出現と対米英蘭戦への突入
 ハワイ奇襲と南方作戦
“空軍化”と滅亡 昭和18年~20年
 機動部隊の建制化
 決戦用基地航空部隊の新編
 第1艦隊の解隊と機動艦隊の新編
 決戦!「あ」号作戦
 連合艦隊の最後
 一貫していた用兵思想

戦艦『大和』建造への道
「八八艦隊計画」後期の戦艦整備
 『サウス・ダコタ』級に対抗するための大口径化構想
『金剛』代艦の整備計画
 軍縮期に繰り広げられた主要海軍国の新戦艦設計
 艦政本部案を否定した『金剛』代艦の平賀試案
新たな「高速戦艦」の要求
 高速戦艦に求められた敵補助兵力の撃破
『大和』に至る「重高速戦艦」
 『大和』の原計画案となった「A-140」案
『大和』型の設計完成まで
 迷走する主砲配置と排水量の選定
 未搭載に終わったディーゼル機関
『大和』型戦艦の建造と竣工
 建造が決まった2隻の『大和』型戦艦
 新型戦艦建造のため工廠施設の大拡張
 連合艦隊旗艦『大和』

帝国海軍 出師準備
出師準備の基本概念
 出師準備という用語
 出師準備と「軍備」および「作戦」
詳細に定められていた出師準備
 出師準備計画
 出師準備作業
出師準備の実際
 総力戦の登場
 日中戦争と戦備促進
 出師準備の発令
 開戦に向けて
 開戦後も続いた出師準備

チャンスを活かせなかった連合艦隊
旅順港奇襲作戦の蹉跌
日本海軍の対露開戦準備
 対決準備を急ぐ日本海軍
 ロシア太平洋艦隊の状況
 日露どちらが先手を打つか?
駆逐艦による先制奇襲攻撃
 佐世保を出航した連合艦隊
 奇襲前日の旅順港
 混乱の中で行なわれた第一撃
連合艦隊主力の攻撃
 「魚雷がいくつ命中したのかはわかりません」
 不発に終わった砲撃戦
 旅順港奇襲攻撃に対する評価

連合軍の蘭印防衛戦
ABDA艦隊の挽歌
 3年6ヶ月目の雪辱
 「極東の捨て児」の自助努力
 蘭印防衛と漸減邀撃の類似性
 ABDA司令部の設置
 唯一の勝利「バリクパパン沖海戦」
 「蘭印人」ヘルフリク提督の登場
 ポートダーウィン空襲と「バリ島沖海戦」
 崩壊するABDA
 雪辱への飛翔

20周年記念企画
厳選!戦争映画
日本海軍~海戦・空戦・etc~

将兵の心を支えた守り神
艦内神社ガイド

インタビュー
巡洋艦『熊野』航海士
左近允尚敏
 海軍一家に生まれて
 敗戦の予感
 史上最大の海戦
 サマール島沖海戦
 孤軍奮闘

教範を読む 特別編
帝国海軍
『防備厳重ナル基地攻撃法ニ関スル考察』を読む

西洋戦史研究
常備艦隊の設立と大洋への進出
近代海軍の誕生

信長の制海戦略



今年の読書:17冊目



読書 | 01:03:14 | Comments(0)
『ヒッチコック』を観に行く
今日は大学生の姪っ子が東京に帰る日・・・
というわけで、いつものように二人で映画を見に行く事にする。(笑)
姪っ子は映画を観に我が家に来ている感じだが・・・(大笑)
まぁ、それもいい・・・
何か別の楽しみを持たねば、“おじいちゃん”孝行も退屈だろう。
あと何十年か経った時に、そういえばよく映画を観に行ったなぁ~という思い出が残ってくれればいい。


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『ヒッチコック』・・・
主演はアンソニー・ホプキンズという俳優が演じている。
ヒッチコックという人がどういう人なのか拙者は知らない・・・
『ヒッチコック劇場』とかというテレビ番組を子供の頃に見たような記憶があるが、鮮明ではない・・・
が・・・多分、そこに出てきてナレーションをしていた“小太りのオジサン”がヒッチコック本人だったと思う。
その程度しかヒッチコックという人を知らないのだが・・・
アンソニー・ホプキンズがヒッチコックをねぇ~・・・・演じるの?(笑)
意外な配役なので興味を持った・・・・
で・・・スクリーンを見て・・・おお、ヒッチコックだ!・・・と思ったんだから不思議である。(笑)
本人をよく知らないのに、「ソックリだ」なんて思うのは、おかしな話だが・・・
特殊メイクのおかげもあるのかもしれないが、やっぱりこれが名優の演技というものなのかもしれないなぁ~
日本にはこういう俳優さんが殆どいないような気がする・・・
素人に毛が生えた程度の俳優が多いような気がしてならない・・・
昔、題名は忘れたが、三國連太郎さんが北一輝を演じた映画を見たことがある。
モノクロの映画だった・・・
「ああ、北一輝だ!」と会ったこともないのに、北一輝にソックリだと思った・・・
それ以来の「ソックリだ!」・・・である。(大笑)

ストーリーは『サイコ』という映画の製作に至るところがメインである。
『サイコ』という映画は、昔、子供の時に1回ぐらいテレビで放送したのを見たかもしれない・・・という程度の記憶しかない。
この『サイコ』の主演はアンソニー・パーキンスという俳優さん・・・
アンソニー・ホプキンスとか、アンソニー・パーキンスとくると、頭の中が相当混乱してしまうのだが・・・(大笑)
このアンソニー・パーキンスの役を演じたのが、ジェームズ・ダージーという俳優さん・・・拙者より15歳年下の人・・・(笑)
この人がスクリーンに現れたら、あまりにもアンソニー・パーキンスに似ていたので驚いた。(笑)
もしかしたら息子さん?・・・と思ったが、まったく違うらしい・・・
やっぱり演技のなせる業なのかも・・・・

世の中には雰囲気が似ている・・・という人がいるもので・・・
拙者などは「ジャック・ニコルソンに似てますね」と言われたことがあるが、それは頭髪の生え際の部分だけではあるまいか?・・・・(大笑)
アメリカ人から「ジャッキー・チェンの映画に出演していたでしょう?」と30年ほど前に言われたこともあるが・・・(大笑)
こうなると、拙者はどこの国の人間か?・・・と言いたくなる・・・
“雰囲気”なんだろうなぁ~・・・・
“雰囲気”で似てるって感じるんだろうなぁ~
そういう意味でも、この映画は面白い・・・・

ヒッチコックの妻のアルマ・レヴィル役にはヘレン・ミレンという女優さん・・・
拙者より15歳年上である。(笑)
以前に、この人がエリザベス女王役を演じた映画を見たことがある。
題名は忘れたが・・・(笑)
「あ~エリザベス女王だぁ~!」とやっぱり思った・・・
シャキッとした、ちょっとキツイ感じに見える、この人の雰囲気が拙者は好きである。
「凛としている」という表現が合う女優さんである。

拙者はヒッチコックもよく知らないのだから、奥さんのことなど知るわけがない。(笑)
が・・・やっぱり、「こういう人だよね」と納得してしまうんだから不思議である。

この映画は題名が『ヒッチコック』だが・・・
観るにつれて、なんとなく主役は奥さんのアルマのほうではないだろうか・・・と思ってきてしまう。
奥さんあってのヒッチコック・・・だったのではあるまいか?
題名を『アルマ』にしても良かったかも・・・(笑)

面白いのは、この映画のラスト・・・・
なんとなく続編が作られるのではなかろうか・・・と思わせるような終わり方なのである。
ならば・・・是非、続編を作ってもらいたいものである。(笑)

日記 | 23:22:48 | Comments(0)
合同委員会は6人・・・
今日はお昼から法人会の委員会・・・・
今回は、拙者が所属する広報委員会と研修委員会との合同委員会である。

ちょうど今日、東京から大学生の姪っ子がやってくる・・・
迎えに出る都合上、会議前には、こちらに来てくれるように頼む。
で・・・お昼は駅弁!(笑)
おじいちゃんのお昼を頼む。
拙者は・・・昼食が出る会議なので・・・一人、美味しいものをいただくこととする。(大笑)
おじいちゃんの面倒は姪っ子に任せ会議に向かう。

で・・・出席者は・・・
広報委員会は委員長のほか委員は2名・・・
研修委員会も同様・・・
合同委員会なのだが、総員6名に事務局2名、そこに税務署から統括官1名が参加する。(笑)
あらら・・・なんと少人数な・・・
自覚がないと言うかやる気がないと言うか・・・(笑)
まぁ、仕方がない・・・・

で・・・
あれ??・・・・
時間になっても、我が広報委員長が来ない!
委員長が来なければ会議は始められない・・・
かなり遅れてからやって来て・・・
「いやぁ~仕事の打ち合わせが長引いちゃってぇ~・・・すみません!」と言う。

いや、いや、それではダメだ・・・
仕事を言い訳に持ち出すようでは・・・(大笑)
まぁ、だいたい想像はついているんだけど、それじゃ面白くない・・・
みんなだって仕事をやりくりして集まっているんだから・・・
仕事を言い訳にしたらヒンシュクものである。

「委員長!そんな言い訳ではダメですよ。向かい風が強くて遅れましたって正直に言わなきゃ!」(笑)
今日も強風が吹いているのだ・・・
「ああ!そういう言い訳・・・いいねぇ~」とみんなが笑う。(笑)
「でしょ?僕の場合は・・・追い風が強くて早く着いちゃったんですけどね」(笑)
「そうそう、みんな、追い風が強かったから早く着いちゃったんだよねぇ~」とみんなが笑う。

散々待たされて、ムッとした中での会議では面白くない・・・
やっぱり笑いを取らなきゃねぇ~(笑)

今回の議題は、昨年度の事業報告と来年度の事業計画について・・・・
とくに問題のない議事である。(笑)
サラァ~と終わってしまい、間が持たない・・・(大笑)

で・・・またまたオシャベリな拙者が・・・登場・・・(大笑)
今度は、税務署の統括官に矛先を向け、話を振る・・・(笑)
いつも「ご挨拶」だけで、ただただ会議に黙って座っておられるのも職務上やむを得ないとしても苦痛ではなかろうか?(大笑)

「消費税っていつから上るんでしたっけ?」の拙者からの質問から始まり・・・
あ~だこ~だの話が出始まったら、統括官から・・・
「実は、あまり知られていないと思うのですが・・・」と、既に改正されて施行されている税制についての話が飛び出した。(笑)
「こちらのほうが目下、大事なことなんですが、なかなかご存知の方がおられなくて・・・是非、注意していただきたいんですけど・・・」とおっしゃる。
あらら・・・貴重なお話が・・・
俄然、参加者が身を乗り出して話しに耳を傾ける。

会議後、みなさんから「今日の会議は充実した会議だったねぇ~」と言われる。
「なかなか知らない話が出て、ああいうのを取上げてセミナーをするといいんじゃないか?」と前向きな意見も・・・
そうこなくっちゃ!(笑)

今日、合同委員会に来なかった人は損をしたな・・・とみんなで大笑いする。

日記 | 13:35:10 | Comments(0)
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