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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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かくしゃくとしてますね・・・って?
朝の天気は・・・イマイチ・・・
が・・・やはり行かねばなるまい・・・戦没馬の慰霊祭!

風は相変わらず強く、やっぱり途中で我が特急は徐行運転となり、上野駅到着が遅れた・・・
昼食を食べている暇はない・・・
昼食抜きで急いで靖国神社に向かう。
遅刻ギリギリ・・・

慰霊祭の参列者は30名いるかいないか・・・という感じ・・・
かなり減ったなぁ~
昨年から軍馬、軍犬、軍鳩の合同慰霊祭となったのだが・・・
天候のせいもあるかもしれないが、先々はどうなるか・・・

そのうち天候も回復し、晴れ間が見える・・・
こうなると、やっぱり来て良かったと思う。
これで欠席したら何と言われるか・・・(笑)

慰霊祭後、参加者のうち希望者だけが昇殿参拝をする。
その間、拙者は喫茶へ行き、遅めの昼食・・・(笑)

その後、「直会」が偕行社で行なわれ、当然、拙者も参加・・・
参加者の半数以上は偕行社の関係者のようで・・・
我が騎兵連隊関係者は拙者を含めて5名・・・(涙)

我が騎兵第14連隊からの出席者は“オオクボさん”(93歳)だけ・・・
「オオクボ少尉殿!」と言ったら、「なに?少尉?俺は大尉だ!」と叱られた。(大笑)
「あれ?連隊本部付きの少尉じゃなかったでしたっけ?」
「何を言ってるんだよぉ~俺は大尉だったんだって!」
「ありゃぁ~間違えた!」(大笑)
「でも、嬉しいねぇ~、あんただけは来てくれると思ってたんだ!いやぁ~遠くから本当にありがとう!嬉しいねぇ~」と言われりゃ、強風の中、無理して来て良かったとつくづく思う。
こんなに喜んでもらえるとはねぇ~(笑)

最高齢は95歳の方・・・
拙者も入会していた騎兵第15連隊の戦友会の方。
昨年、戦友会は解散してしまったが、以前、何度かお会いしていてお顔だけは覚えている。
日米開戦時には騎兵から戦車に移り、終戦まで内地にいた方で、本土決戦要員で終戦を迎えたという。
で・・・この方が乗っていたのは一式中戦車・・・指揮官として教育を担当していたという。
昨年お会いした時に「あんたは戦車師団の方だよね?一式中戦車の操縦の仕方がどうしても思い出せなくてねぇ~この歳になったら忘れちゃってねぇ~。あんた、操縦の仕方覚えていないか?」と言われた・・・(大笑)
拙者は戦後生まれである・・・日本陸軍の戦車の運転の仕方なんて知るわけが無い・・・(涙)

もうお二方は、共に騎兵第13連隊の方で、94歳と92歳・・・(笑)
95歳、94歳、93歳、92歳・・・我々騎兵のテーブルだけが超高齢者!(大笑)
騎兵第13連隊と騎兵第14連隊は、同じ騎兵第1旅団の「兄弟連隊」である。
騎兵第1旅団は中国大陸で戦った部隊・・・
自然と話は中国戦線の話となる。
「あの○○小隊長、ハンサムな人だったねぇ~一番最初に戦死しちゃったけど・・・」と“オオクボさん”
「そうだったなぁ~かわいそうだったなぁ~」とみんなが言う・・・
次から次へと中隊長やら小隊長やら、ベテランの軍曹の名前やら、スラスラ出てきては思い出話に花が咲く。
なんでそんなに記憶力がいいのか・・・この超高齢者の皆さんは・・・(笑)
拙者などは、自分の高校時代の同級生の名前すら殆ど覚えていないのに・・・・

“包頭(ポウトウ)”で戦ったという92歳・・・
「包頭には旅団司令部がありましたよね?」と拙者が言ったら、包頭戦で話が盛り上がる。(笑)
「常盤小隊長が城外から反撃に出て・・・」と拙者が言ったら、皆さんはポカ~ン・・・
あ・・・時代を間違えた!
この方々が入隊する前の話だった・・・(汗)
「あんた、俺達の知らない先輩のことを何で知ってるの?」と笑われた。(笑)

「この人、安北(あんぽく)に行ったことがあるんだよ」と“オオクボさん”が拙者を指して言う。
「おお!安北!行ったの!」と皆さん・・・今度は「五原(ごげん)作戦」の話で盛り上がる。
いやはや、こちらも大変である・・・(大笑)
一番盛り上がっているのは我が騎兵連隊のテーブルである。(大笑)

が・・・
可哀相なのは、95歳・・・中国戦線には行っていないから話に加われない・・・
ということで、話を振れるのは拙者だけ・・・
共通点は・・・戦車!(笑)
戦車師団の戦友会の事務局長である拙者が戦車の話を持ち出して、95歳の方を飽きさせないようにする。(笑)
まぁ、これが拙者の役割と思って参加しているんだから苦でもない。(大笑)

偕行社の方は殆どが陸上自衛隊の幹部自衛官OB・・・
その中のある方が拙者にお酌に回ってきた・・・
「大先輩!どうぞ!」
はぁ?・・・
「いや、私は大先輩なんかじゃないですよ」(苦笑)
「何をおっしゃいます、大先輩!どうぞ!」(笑顔)
あ~あ~・・・なんでこうなるのよ・・・(大涙)

まもなく閉会・・・・
すると別の幹部自衛官OBが話しかけてきた・・・
「さすがは、歴戦の勇士は違いますなぁ~かくしゃくとされていますね」と言う。
「そうですねぇ~皆さんお元気で・・・」と答えたら・・・
「いや、先輩のことですよ!さすがは大先輩は違うなぁ~背筋がピンとして・・・姿勢もよく、かくしゃくとされているなぁ~って、さっきから見ていてそう思っていたんですよ」と言うのである!(大笑)
なぬ?・・・拙者のことか?(大汗)
彼ら幹部自衛官OBは定年退職された方だから、拙者より一回り以上は年上の方である・・・
「あのぉ~私は若いんですけど・・・」
「いやぁ~またまたぁ~冗談がお上手ですね!」
はぁ?・・・・(怒)
超高齢者グループと話が合うからって、拙者を90歳と思われては困るんですけど・・・
「背筋がピンとして・・・」って、そりゃ52歳だもん、背筋はピンとしてますよ・・・・
「かくしゃく」???・・・・52歳に対してそりゃないでしょ・・・

あ~あ~・・・なんでこうなっちゃうんだろ・・・(大涙)
みんな酔っ払っちゃって、どうにかなっちゃってるんじゃないの?
おかしいだろ・・・52歳が90歳に見えるなんて・・・
それとも戦友が乗り移ってでもいて、そう見えちゃうのか?(大笑)

「直会」はお開きとなり、それぞれ帰途につく・・・・

“オオクボさん”は例の如くかなり“出来上がって”いる・・・
「後のことは頼むよ!」と言う。
「それ、言っちゃマズイでしょ?」
「あ・・・後のことを頼むって言った人はみんな次の年までに死んじゃったんだよなぁ~」
「だから、マズイでしょ?言っちゃ・・・」
「え?言っちゃった?俺?」
「今、言っちゃいましたよぉ~」(笑)
「あ・・・」
「来年も会いましょう」
「そうだな・・・来年も・・・会えるかどうかわからないけど・・・会おう!」
あらら・・・だから、それを言っちゃオシマイなんだってば・・・(笑)

地下鉄の改札口まで見送って別れる・・・
93歳だからなぁ~・・・・
来年はどうなるか・・・
思いたくはないが・・・
後姿が寂しい・・・・

日記 | 22:36:05 | Comments(0)
余計なことを・・・
今日は、どうやら「爆弾低気圧」がやってくるらしい・・・
この間も、かなりの風が吹いたし・・・
あれと同じようなものが来るのだろう。

今日は、これから東京へ行く予定なのだが・・・
どうしようか・・・散々迷う。
とにかく拙者は優柔不断だからなぁ~(笑)
今晩、ホテルに泊まって、明日、靖国神社での慰霊祭に参列する予定なのである。

どうしようか・・・
土砂降りの暴風雨だったら、スーツはあっという間にビショビショだぞ・・・(大笑)

靖国神社に電話をしたら、「何があっても慰霊祭は催行します」とのこと・・・
明日の慰霊祭は戦没馬と軍犬と軍鳩の合同慰霊祭である。
本来ならば愛知県の三ヶ根で開催される「比島観音例大祭」に参列すべきなのだが、今回は、こちらを優先させてもらった。
拙者は騎兵連隊の戦友会にも入っているが、たぶん、もう戦友の皆さんも参列するのは年齢的に無理だろう。
ならば、尚更、拙者だけでも参列せねばと思っていたのだが・・・
それに取りまとめ役の偕行社の方にも久しぶりにお会いしたいし・・・

が・・・
これから「爆弾低気圧」が来るとなったら、電車がどうなるか・・・
午前中は晴れのち曇り・・・
大雨が降るのは夜になってかららしいから、今のうちに上京するのは可能だが、問題は、明日、帰宅できるかどうか・・・である。
今年は、もう2回も“悲惨な”目に遭っているからなぁ~(大笑)
運行ダイヤが乱れて、「特急は運休です」なんてことになったら悲惨である。
明日中に帰宅できなくなるかも・・・
う~ん・・・行くべきか、やめるべきか・・・

と・・・大いに悩んでいる時に限って、親父の余計な騒ぎが始まった。(涙)
大雨が降ると側溝が溢れるから何とかしろ・・・と言う。
スーツに着替えるどころではない・・・
親父は昔から言い出したら聞かない男である・・・
側溝のそばには我が社の工場の変電設備が建っている。
ここが水没したら“爆発”すると言って騒ぐのである。
爆発なんかするかねぇ~・・・・せいぜいショートして停電するくらいじゃないの?(笑)
だいたい、こんなところに変電設備を建てさせたのは親父である。
大雨が降ったら危ないから土台の改修工事をすべきだと提言したのに、カネがかかるから嫌だといって拒否したのは親父である!(怒)
自分の判断ミスの責任は自分が取るべきである。
「お前が何とかしろ」はないだろう・・・
介護も良し悪しである・・・
昔の調子が戻って来てしまった!(涙)

やむなく側溝の掃除に取り掛かっていたら、いつの間にか親父が庭に出ていた。
で・・・何を始めたのかと思ったら・・・
庭を掘っている!
「何をしてるんだ?親父!」
「上手くいかねぇんだよなぁ~」
「何で庭なんか掘ってるんだよ!」(怒)
「雨が降ったら水はどこへ行くんだ?マズイだろ?だから掘ってるんだ!」
「馬鹿か・・・」
「じゃぁ、雨水はどこへ行くんだ?」
「土に染み込むんだろ?」
「染み込まなかったらどうする?だから掘ってるんだ!」
「穴を掘ったら、逆に雨水が溜まっちゃうだろ!」(怒)
「じゃぁ、どうすりゃいいんだ?」
「傾斜がついてるから自然と向こうに流れるんだよ!そこを掘ったら逆にこっちに来ちゃうだろ!」(怒)

あ~あ~あ~!!
この忙しい時に余計なことをしやがって!(大涙)

ダメだ・・・
拙者がこのまま東京へ行ったら、その後に何をしでかすか分かったもんじゃない・・・
今日は東京へは行くわけにはいかないな・・・(涙)
元気になってくれるのは良いが・・・こういうことが始まるから嫌なんだよなぁ~
昔から親父には足を引っ張られて、拙者の活動の邪魔をされてきたが・・・
また始まったか・・・(大涙)
こんなことなら、朝一番で東京へ行っちゃえば良かったか?

親父の場合は、寝たきり状態になったほうが丁度いいくらいなのではあるまいか?・・・とついつい思ってしまう。(笑)
結局、ホテルはキャンセル・・・
明朝の天候次第で行くかどうかを決めるしかないな・・・

まったく、余計なことをしやがって・・・

日記 | 11:22:57 | Comments(0)
大東亜戦争はまだ終わらない
大東亜戦争はまだ終らない―あるビルマ従軍医の陣中記大東亜戦争はまだ終らない―あるビルマ従軍医の陣中記
(1997/05)
桑木 崇秀

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米英両国に対する宣戦の詔書

「開戦の詔書」謹解(要約)

終戦の詔書

「終戦の詔書」謹解(要約)

 小田村寅二郎

はじめに

第1部 私の大東亜戦争

入隊前の情勢と行動
開戦・繰上げ卒業・そして入隊
短現教育時代
倉田百三先生を見舞ふ
若松歩兵第29連隊時代
いよいよ征途へ
歩兵第124連隊に着任
コヒマへ進撃
コヒマの死闘から撤退まで
白骨街道をラングーンへ
ラングーン陸軍病院時代から現役復帰まで
イラワジ会戦からシャン高原南下へ
終戦
メイクテーラでの抑留生活(1)
メイクテーラでの抑留生活(2)
帰国・復員
帰国後の生活の概略
私の大東亜戦争はまだ終わらない

第2部 軍隊時代の記録

教練日誌

病院からの手紙

ビルマ抑留時代の随筆
  「浸漬石」創刊之辞
  誌名「浸漬石」について
  浸漬石(なづし)の弁 浸漬石精神と日常生活
  君辱しめられて臣死す
  口を慎しむべし
  敗戦の原因
  祖国再建の意味
     (1)民主主義の影響と之が対策
     (2)自主性の回復と日本道義の昂揚
     (3)結語
  奴隷精神と自主独立精神
  神道宣布
  勤皇医たらん
  旅に生き旅に死した芭蕉を思ふ
  旅への憶ひ
  歌の精神について
  
戯曲「日本武尊」

すめらぎくすしのみち(皇医道)
  1、神を中心とし神を以て総てを律する思想への復古
     唯物的薬治思想
     病気も医薬も共に神のたまものであること
  2、農本立国、農村中心主義への復古
     医薬の道も農村中心、農民本位に立ち帰るべきこと
     日本古来の伝統を想起し、之を今に生かすべきこと
  3、鍛錬の医学~積極的増健への復古
     温存主義、人道主義医学への反省
  4、綜合的医学~心身一如の医学への復古
  5、西洋医学其の他の外来医学に対する態度
  6、皇道医学の建設を志す若き学徒等のために
  7、結語
  ◎皇国にふさはしき医療制度(その概観)

医学徒古事記研究の参考

第3章 孫たちとの会話

戦争はわるいことか
紙一重の差 ビルマからの生還
靖国神社と戦犯
A級戦犯とは
12月8日って、どんな日か知っているかな
細川首相は侵略戦争だった、といっているが
ハル・ノートってなんでしたっけ?
アメリカの無理難題に立ちあがった大東亜戦争
あの戦争は、日本の自衛戦争だった、とマッカーサー元帥も言っている
侵略意図は全くなかった支那事変
仕掛けられた支那事変 米・英の後押しで長期化
残虐目を覆う通州事件
東京裁判が生んだ「南京大虐殺」の虚構
満州国誕生前後の満州と中国の状況
排日抗日は、米英ソの煽りと中国の遠交近攻政策から起きた
ロシアの東亜進出野望を粉砕した日露戦争
今の平和には大事なものが抜けている
終戦時の混乱
昭和天皇のマッカーサー御訪問
昭和天皇の全国巡幸
日本が戦った相手は米英蘭軍
インパール作戦では印度国民軍も一緒に戦った
ナガの青年達の感激
ビルマ独立と日本軍
アジアの、そのほかの国では
何故、今謝罪決議なのか
謝罪決議をするとどういふことになるか
靖国神社の英霊は侵略戦争の加担者か
欧米諸国で植民地に謝罪した国があるか
不戦決議ならどうか
自衛隊は違憲か
憲法改正は何故必要か
占領中の改憲押しつけは国際法違反
現憲法可決の日議員は皆声を出して泣いた
憲法改正は可能か
今の憲法はアメリカの日本弱体化政策の産物
アメリカは日本を守ってくれるか
降伏とはどういふことか
何故靖国神社が粗末にされるのか
読売憲法改正試案の意味
日本の元首は誰か
立憲君主国は民主主義でないか
君主制はむしろ共和制よりもすぐれている
日本の天皇と外国の国王とはどこが違ふか
8月15日を迎へての昭和天皇のお悲しみ
心から平和を願はれた昭和天皇
ポツダム宣言受諾のいきさつ
昭和天皇のお悲しみと御決意
国民に対する御要望
国体を護持することこそ憲法改正の眼目

をはりに



先日、桑木さんとお会いする前に読んでおこうと思って購入した古書だが、お会いするまでに読み終える事が出来ず、今日、ようやく読了した。(笑)

「第1部」は著者の軍隊時代の経験談・・・・

「第2部」は軍隊時代にご自身が書かれた「記録」を掲載しているが・・・
日誌や手紙はわかるが、随筆などは意外だった。
理数系の学生で、東大の理数系の学部を受けたらしいが、合格確実と思われていたのに意外にも不合格・・・
植物学者のような学者になりたかったそうであるが、腕試しに受けた慶応大学の医学部に合格していたので、医学部に入り、大東亜戦争勃発により軍医となったそうである。
つまり、理数系の人間なのに、こういう随筆を書くとは意外に思った。
更に、ビルマ抑留時代に書かれた戯曲に至っては、本当に医学部の出身?
本当は文学青年ではないか?・・・・と思うほどである。

『皇道医』は終戦前にイラワジ河畔に駐屯していた時に書かれたものだが、医師としての道を説く知識の奥深さに感嘆せざるを得ない。

『医学徒古事記研究の参考』は昭和21年、抑留時代に書かれたもの。
『古事記』が頭に入っていたのだろうか?
理数系の青年なのに?(笑)
この理数系と文系のバランスの良さ・・・
ちょっと信じられないバランスの良さである。
私を含めた戦後生まれの「ばか者」には、“ついて行けない”レベルの高さである。
昔の人は人間的なレベルが高かったと唸るしかない・・・・
戦後生まれはかなりレベルが下がったな・・・と思う。(笑)
ゲームやマンガ、パチンコに興じているようでは・・・ねぇ~

「第3部」は孫たちとの会話であるが・・・
著者には孫はいない・・・
「孫との会話」という形をとって、わかりやすく戦後生まれの世代、戦争を知らない世代に、歴史と見解を語っている。
“孫”・・・つまり、後世の我々に伝えたいことを語っているわけで・・・
この部分だけでも、大いに勉強になるだろう。
いや、本書のメインのテーマはここにあるのだろう。
そう思った・・・



今年の読書:16冊目



読書 | 23:31:59 | Comments(0)
ガラが悪くなるサングラスを下さい!
先週、親父の腕時計を整備に出した・・・
拙者が高校生の時に親父に頼まれて買った腕時計である。
もう30年以上も前のシロモノである。(笑)

どうやら昨年、入院中に電池が切れたのか動かなくなった。
“竜頭”を回そうとしたが動かない・・・
そこで、電池交換のついでに清掃整備をしてもらうことにしたのである。
防水パッキングも劣化していて、整備には時間がかかり、本日、ようやく受け取りに時計屋さんに行く。

清掃整備、電池交換で1万円なり!
まぁ、新しいのを買うよりは安い・・・
ここで新しいものを買っても、親父があと何年生きるか・・・(笑)
そう考えると、修理して使ったほうがいいだろう。
いずれ、これは親父の形見の品となるんだし・・・歴史が刻まれているほうが形見らしくていいだろう。(大笑)
と・・・言ったら、時計屋さんに呆れられた。(大笑)

で・・・ついでにサングラスを買うことを思いついた・・・

「できれば、ガラが悪く見えるサングラスがいいんですけど・・・」
「はぁ?ガラが悪く見える・・・ですか?」
「そう、普通はガラが悪く見えないサングラスって言うでしょ?でも、僕の場合は逆がいいんですよ」(笑)

昔、昔・・・若かりし頃・・・
拙者が他人に注意をすると、みんな大人しくなったのだが・・・
最近は注意すると逆切れして刃向かってくる奴が多くなったのである。
どうも歳を取ったせいか、“凄み”が無くなったようである。(笑)
もしくは・・・恐いもの知らずの馬鹿が多くなったのか?(大笑)
その昔は、チンピラも道を譲るくらい「恐い人」だったのになぁ~(大笑)
そこで、やむを得ずサングラスを使うことにした。
目的は、“凄み”を戻すためである。

「そういう理由なんですか!」と店員が笑う。
「そう、そういう訳なんで・・・」
「じゃ、これはどうでしょ?」
「これ?似合う?・・・・あれ?どう見てもチンピラになっちゃう感じですけど・・・」(汗)
「ダメですか?」
「チンピラじゃなくて、凄みのある紳士・・・っていうのが理想なんですけど」(笑)
「紳士・・・ねぇ~・・・(笑)、じゃ、これは?」
「これ・・・どう見ても“目が不自由な人”に間違えられそうな気がしますが・・・」
「あ・・・そうですね・・・」(汗)

何だかんだと次から次へと“ファッションショー”・・・・(大笑)

面白いことに、年配の店員さんと若い店員さんでは「恐い」の基準が違うのである。(大笑)
二人に意見を求めると、意見が分かれてしまうのである!
対象を絞るとなると・・・若い店員が「この人、ヤバイ人かも・・・」と思うサングラスのほうがいいな。(大笑)
ということで、最終的に若い店員が薦めるものに決定した。(大笑)
しかも、この若い店員が薦めた商品のほうが、年配の店員が薦めたものより値段が安いのだから文句はない。(笑)

「確かに、最近、非常識なことをする人が増えましたよねぇ~文句を言いたくなるときもありますよ、私も・・・」と年配の店員・・・
「でしょ?」(笑)
「じゃぁ、頑張って下さい!」と若い店員・・・
「おお!頑張って“うるさい親父”をやるぞ!」(大笑)

と・・・
意気揚々と店を出たが・・・
どうも“大人気ない”ことを考えているような気がしないでもない・・・
ちょっと幼稚かも・・・という気がしないでもないなぁ~(大笑)

まぁ、いいか・・・(大笑)

日記 | 22:27:48 | Comments(0)
散歩!
このところ、お天気が良ければ親父と一緒に散歩をしている。
親父はテレビで何かを勉強したらしく・・・・
「15分以上散歩が出来ないようでは病気です・・・って言っていたんだ」と言う。(笑)
というわけで・・・いつも20分間、町内を散歩することにした。(笑)
「20分間散歩できれば問題ないんだよな?」と拙者・・・
「まぁ、そういうことだな・・・」と親父・・・

で・・・今日は・・・・
訪問リハビリの日である。
リハビリの先生と散歩してもらうことにしている。
「20分間散歩するということで・・・よろしく!」(笑)
「20分間ですか?」とリハビリの先生・・・
「そう、20分間って決めて毎日散歩してるんですよ~本人が、15分以上散歩できないようでは病人だ・・・と言っておりますから・・・5分オーバーさせて20分ということで・・・」(笑)
「あらぁ~ご自身で時間を決めていらっしゃるのですか?」(大笑)
「そうだよ!15分じゃ病人だから、20分!」と親父は元気がいい・・・
15分も20分も大して変わらないような気もするが・・・まぁ、いいかぁ~(笑)

簡単に室内で運動をした後、20分間の散歩に行かせる。
もう、拙者は同行しないからね!
若い女の子と二人で散歩してちょうだい!(大笑)

日記 | 22:15:30 | Comments(0)
仕事と作業
大前研一氏が、こういうことを言っていた。

人に出来ないことをやるのが「仕事」・・・・

誰でもできることをやるのは「作業」・・・・

なるほどねぇ~
確かに、言えてる・・・

私が今やっているのは・・・・どっちだろう?

エッセイ | 22:04:57 | Comments(0)
勇気をもらった?
最近、私にとって耳障りで嫌いな言葉が、「勇気をもらいました!」である。

何かと言うと、すぐに「勇気をもらいました!」「勇気をありがとう!」の連発である。

そもそも、“勇気”って他人からもらうものなのだろうか?
自分の内部から発生するものではないだろうか?
高所恐怖症の私が、バンジージャンプをするとしよう。
とてもじゃないが、足首にゴムひもを繋いで飛び降りるなんて・・・出来ない・・・
この「飛び降りる」という“勇気”を他人がくれるのだろうか?
他人から“勇気”をもらったら気楽に飛び降りることができるのだろうか?
それは“勇気”ではなく、“度胸”です・・・と言われれば、それまでの話だが・・・(大笑)

百歩譲って、他人様から“勇気”をいただくことが出来たとしましょう。
で・・・その“勇気”って、何に対する“勇気”なんだろう?
ご本人様は「もらった」というだけで、何も具体的なことは言わないでいるけど・・・
何に対する勇気?
その勇気をもらって、あんたは何をするっていうんだ?
他人から勇気をもらわなければ出来ないことって何なんだ?
・・・と、ついつい、突っ込みを入れたくなるのである。

「勇気をもらいました!」なんて軽々しく言う奴は馬鹿にしか見えないのである・・・(大笑)

エッセイ | 18:42:50 | Comments(0)
同窓会名簿調査
高校の同窓会から「おしらせ」が郵送されてきた。
同窓会が業者に委託して「同窓会名簿」を作成するらしい。
そういえば・・・もう何年もそういう通知を受け取った覚えはないなぁ~(笑)
しかし、なんで今頃、同窓会名簿なんかを作ることにしたんだろう?
景気が悪いから、営業ツールとして活用したいからなのか?
それとも選挙がらみか何かか?(大笑)
誰か立候補でもするつもりの人間でもいるのか?(大笑)

代金は4200円・・・
協賛金1万円を振り込めば、名簿を1冊無料で(笑)送ってくれるそうだ・・・
一応、協賛金を支払って“あげる”ことにした。(大笑)
次回の発行時には拙者は生きているかどうかわからないし・・・(笑)
協賛者一覧に、我が名を残しておくのも面白いだろう。(大笑)

同窓会名簿・・・・
同窓生って言っても、拙者は高校の時の同級生の名前を殆ど覚えていない・・・
自分が何年の時に何組で、担任の先生が誰だったのかも覚えていないのである。
これが最近よく一緒に飲む“ナナイくん”から叱られるところなのだが・・・(笑)
記憶にないものは仕方がない・・・
思い出そうにも「真っ白」なんだから、どうしようもない・・・
そういう状態なのに「同窓会名簿」なんて手に入れてもムダなのだが・・・・
まぁ、お付き合いということで・・・(大笑)

郵便物の中に、住所不明者の一覧も入っていた。
同期生で、かなりの「住所不明者」がいる・・・・
が・・・記憶に残っている友人は少ない・・・(大笑)
なんとなく、そういう名前の人がいたかも・・・という程度で顔を覚えている同期生は少ない・・・

“オオワダ君”・・・・
彼は高校を卒業後、東京の拙者の下宿の隣の部屋に転がってきた・・・
まもなく「自殺する!」と騒いだことがある。
人間関係が上手くいかず、自殺すると言うのだが、相手が悪いだけじゃなく彼のマイペースの性格にも問題があると拙者は高校時代から思っていたのだが・・・
「自殺したいなら、どうぞ・・・」
「死体の確認は俺がやるようだろうから、確認したらお前の親に連絡してやるから、親の名前と連絡先を書いてくれ」とメモ帳とボールペンを渡したら、「お前は冷たい奴だ!」と逆切れ・・・(大笑)
これで友情は壊れた・・・
「高校の同級生ですが、親の連絡先は知りません」では、拙者としても格好がつかないからなぁ~
1年後、拙者は別の場所に下宿を移し、その時に彼に電話をして「オオワダ君ですか?」と尋ねたら「違います!」と言って電話を切られた。
何度も電話をかけたら、両親が離婚して母親の姓に変わったと言う。
そんなことはこちらが知るはずもない・・・
電話をかけてきたのが拙者だと知っていながら「違います」には呆れた・・・
「これから引越しをするが俺のことを探さないでくれ、友人達にも俺のことは言わないでくれ」と言う。
だいたい、彼には「友人」はいないのである・・・
唯一、付き合っていたのは拙者だけなんだから・・・・(笑)
結局・・・行方不明になっているのか・・・
やっぱりねぇ~
あの性格じゃ無理もないか・・・

“ハカマヅカ君”・・・
彼とは、高校3年の時に一緒に東京へ模擬試験を受けに行ったことがある。
確か、お父さんは少年刑務所の警務官だったと思う・・・
彼はちょっと変わった奴で・・・(拙者もか?)(笑)
どう見ても中学生にしか見えない高校3年生だった・・・(大笑)
彼も「住所不明」か・・・

どうも人付き合いが悪い人間は「住所不明者」になるようである。

当然、“ナナイ君”の名も掲載されていた・・・
彼は“訳あり”で逃げ回っているから、住所は誰にも知られたくないそうだ。
まぁ、それじゃ仕方があるまい・・・

“ゴチョウ君”も同様・・・・
彼は、高校を出たあと「ネズミ講」に嵌って、散々周囲に迷惑をかけた。
拙者も誘われたが、断ったらそれっきり音信普通となった・・・
生きているのか死んでいるのか・・・
彼も“訳あり”で逃げ回っているのかもしれない・・・・

“ワラガイ君”は、幼馴染だったが、父親が借金を残して自殺・・・
それまでは羽振りのいい金持ちの“お坊ちゃま”だったが・・・・
残された家族はどん底に落とされた・・・
一時、行方不明になったが、何故か10年に一度くらいバッタリと町で会うことが何度かあった・・・・
ある時は居酒屋の店長、ある時は遠くの町で偶然入ったレストランでバッタリ・・・店長をしていると言っていた。
職を転々としている様子・・・
しかも“人相”が会うたびに悪くなっていたのには驚いた・・・
あの“ボンボン”がねぇ~・・・・
彼も“訳あり”で逃げ回っている口なのだろう・・・・

拙者は、こういう風にはなりたくなかったから、今の態勢に持ち込んだのである。
借金を抱えて倒産したら、“訳あり”で逃げ回ることになる。
それを避けるために「廃業」に持ち込んだのである。

名前を見ても全く記憶がない連中は・・・多分、同級生になったことがない連中だ・・・

女生徒でも「住所不明者」が何人もいるが・・・
拙者は3年間、男子だけのクラスだったので女生徒のことはよく知らない・・・
が・・・・
当時、美人だの可愛いだのと言われ、チヤホヤされていた人の名は覚えている・・・
2人・・・その2人とも「住所不明」である。
高校を卒業後もチヤホヤされ過ぎて人生を踏み外したか?

人生などは、どこでどうなるかはわからない・・・・
まさかこんなに「住所不明者」がいるとはねぇ~・・・・
なんとも悲しい気分に陥る・・・

日記 | 14:31:34 | Comments(0)
“クワキさん”宅を訪問
午前11時、“クワキさん”宅を訪問する。
事前にネットで場所を確認しておいたので、迷わず到着する。
住宅街の中の狭い路地に面している御宅で、わかりづらいところにあるのだが、グーグルのマップの「ストリートビュー」という機能で見てみたら、ちょうど“クワキさん”のご自宅の玄関前の映像が写ったのである。
いやぁ~これは便利・・・
どういう家なのか視覚で確認できたので、住宅密集地でありながら、どの家が“クワキさん”宅なのかすぐにわかった。(喜)
便利は便利だが・・・ふと・・・
本人が知らぬうちに、自宅の写真を撮られているわけだから、これは、プライバシーの観点からはどうなのだろうかという気がしないでもない・・・と思う・・・・

“クワキさん”は拙者の祖父の上官、“桑木中将”のご子息である。
数えで98歳、満97歳だそうである。
先日の講演会でお会いした時に「遊びに来なさい」とのお言葉を頂いたので、お邪魔した次第・・・

そもそも“クワキさん”の講演会を知った経緯から始まって、お父様の“桑木閣下”の話をさせていただく。
小学生の頃から“桑木閣下”のことは祖父から聞かされていたので、もう嬉しくて仕方がない・・・
目の前におられるのは息子さんなのだが、どうしても“桑木閣下”とお話をしているような錯覚に陥ってしまうのである。(大笑)
昭和12年ごろの“思い出話”を語る52歳の訪問客には、“クワキさん”も呆れた事だろう。(大笑)
当時、“クワキさん”は師団長官舎から大学へ通っていたから、師団副官だった祖父に会ったことがあるはずである。
40年以上も前に聞かされた祖父からの話・・・溜まりに溜まっていた話を一気に放出!(大笑)
取り止めもない話ばかりで、ご迷惑をおかけしたかも・・・(大笑)

お父様は学者タイプの軍人で、お父様の書かれた本も見せていただいたが・・・
「やっぱり親子だと思いますよ。似ちゃうんでしょうねぇ~」と“クワキさん”は笑う。
本当は学者になりたかったそうである。
もう何冊も本を書かれている・・・・
「お父様について書かれた本は持っていますよ」と言ったら、「ずいぶん前に書いた本だけど、それ、持ってるの!」と驚かれた。(笑)
が・・・近著はまだ入手していない・・・
ならば・・・と、近著をくださった。
残り2冊しかない、そのうちの1冊を・・・
いやぁ~申し訳ない・・・・

自虐史観から脱却して誇り高き日本へ―大東亜戦争生き残りの老医が語る歴史の真実と日本の使命自虐史観から脱却して誇り高き日本へ―大東亜戦争生き残りの老医が語る歴史の真実と日本の使命
(2012/05)
桑木 崇秀

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本を執筆するというのは、かなり体力も精神力も必要とする作業だと思うのだが・・・
97歳にして本を執筆するんだから凄い・・・

“クワキさん”は軍医としてビルマで従軍していた・・・
その経験から薬草に興味をもち、戦後は漢方医となったようである。
不思議な共通項もあるもので・・・
拙者の祖父も晩年、自宅で薬草を栽培していたのである。
で・・・薬草の話しになったが・・・
残念ながら、祖父が何の薬草を育てていたのか、まったく記憶がない・・・
祖先に漢方医がいた・・・
確か、江戸時代のころだと思う・・・
非常によく効く目薬も作る人だったそうで、この薬の評判は良かったらしい。
その作り方は代々娘に言い伝えられたが・・・
祖母は息子の嫁に、この作り方を伝えずにこの世を去った・・・
現代では、明らかに薬事法違反になるので、伝えないほうがいいと判断したのだろう。
長男の嫁である伯母さんが尋ねても絶対教えなかったそうで・・・
作り方を書いた文書はなく、代々口伝えで継承されていたから、この目薬の作り方は永遠に消滅してしまった。
その話をしたら「いやぁ~それは残念!何の薬草を使ったんだろう?」と“クワキさん”はしきりに残念がった。
97歳にしてもまだ向学の精神を持っている氏には驚いた・・・
だから若いのだろうか?(笑)

人との出会い・・・
偶然ではなく、“必然”ではないかと思うことがしばしばある。
どこかに共通点があったり・・・・
この“薬草”も、しかり・・・である。
拙者にもっと知識があったら・・・と思うと残念である。
祖父に何の薬草を育てていたのか、薬草の名前聞いておけば・・・と後悔・・・・

今年の正月に引いた“おみくじ”・・・・
「待ち人」に「来ますが、驚くことがあるかもしれません」と書いてあった・・・(大笑)
「驚くことって何だ?どんな人が現れるんだ?」と姪っ子と大笑いしたが・・・
もしかして・・・“クワキさん”のことだったのだろうか?
たしかに・・まさか、“桑木閣下”の息子さんに会えるなんて思ってもいなかったからなぁ~
多分、「待ち人」って、“クワキさん”のことなんだろう。
1月には、こういう展開になろうとは想像もしていなかったんだから、人生は面白くて仕方がない!(大喜)

あっという間にお昼になり・・・・
どこか外で一緒に食事をしましょうとご夫婦に誘われ、散歩がてら近所の中華料理屋に行くことになる。
で・・・お昼をご馳走になってしまった!
いやぁ~申し訳なし・・・・感謝、感激である・・・・

“クワキさん”ご夫妻にはお子さんがおられない・・・
お父様の“桑木閣下”の墓参りもしたかったのだが、お墓はもう撤去して今はないのだそうで、遺骨は某宗教団体の納骨堂に納めてあるという。
“クワキさん”も奥様も、いずれそこに入れてもらうことになっていると言う。
「景色がいいところだから気に入ってね。“その時”は会いに来てよ」とおっしゃる。
「じゃぁ、納骨堂のところに行って手を合わせればいいんですね?」(笑)
「ああ、是非、来てよ。景色がいい場所だから・・・」(笑)
縁起でもない不謹慎な話かもしれないが、なぜかサラッとそういう話が出来てしまうところが不思議・・・

お二人のお見送りをいただき・・・帰途につく・・・・
興奮冷めやらず・・・である。

日記 | 22:27:49 | Comments(0)
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