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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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台湾歴史探訪の旅(17)
『上陸記念碑』から空港へ向かう・・・
午後2時20分過ぎ・・・
意外にも早く、15分程度で空港に到着した。
今から午後4時発の台北行きの飛行機に乗る・・・

543_convert_20130403105122.jpg(馬公空港)

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飛行機は相変わらず大揺れである。(大笑)
無事に墜落もせず、台北の「松山空港」に着陸した。(大笑)

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(台北松山空港)

ここ台北には空港が二つある。
ひとつは「桃園空港」(台湾桃園国際空港)で、国際線が主流の空港・・・
台北市内からはかなり離れている。
昔は「中正国際空港」とも呼ばれていた。
もうひとつは、ここ、「松山空港」(台北松山空港)である。
日本統治時代に建設された空港なので、歴史は古く、台北市内に近い。
「桃園空港」が出来てからは、こちらは国内線が主流の空港となったそうである。
日本で言えば・・・成田空港と羽田空港の関係のようなものだろうか?

成田発の台北行きは「桃園空港」へ、羽田発の台北行きは「松山空港」へ・・・という感じである。
当初、参加者からは「羽田空港を利用してくれたら楽だったのに」との声が上ったが・・・
成田発のほうが運賃が安かったので、成田発でツアーを組んだらしい。(笑)
都内在住の方にとっては、成田へ行く経費と時間的ロスを考えたら、羽田にして欲しかったと思うのも無理はないか・・・


より大きな地図で 台北松山空港 を表示

5時過ぎ、空港を出て台北市内に向かう。
到着早々、“お決まり”の免税店への御案内・・・・
こういうところは昔から変わらないなぁ~(笑)

途中、町中に“フラッグ”が飾られていた。

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“フラッグ”には『澳州教育面談会』・・・とある。
「澳州」はオーストラリアのことかな?
なにやら国際会議センターを使っての大々的な「面談会」らしい。
留学かなにかの面談なのかな?
台湾人はオーストラリアに留学するのか?
韓国人はフィリピンに大量に留学しているようだが・・・
台湾はオーストラリア?
それにしても大規模な「教育面談会」のようである。
どんなものなのか覗いてみたかったなぁ~(大笑)

連れて行かれた免税店は昨年と同じお店・・・
現地旅行社が同じなんだから当然か・・・(笑)
拙者は特に買いたいものはないので、もっぱら店の外でタバコを吹かす。(笑)
で・・・最後にササッと店内に戻り、一気に置物売り場へ行き、フクロウの置物を買う。(笑)
拙者の妹がフクロウの置物を集めているのである。
が・・・あれ?昨年はどれを買ったんだっけ?(大笑)
同じものを買ったのでは“芸がない”・・・・
確か、これは買ってないよなぁ~・・・というものを選ぶ。
結局、これらは姪っ子たちへのお土産とする。
大学生の姪っ子は、そのうち教育実習をするようになるだろうから、指揮棒を振っているフクロウ・・・
高校に合格した姪っ子には学帽をかぶって教科書を抱えているフクロウ・・・
甥っ子には、彼はチェロを演奏するので、チェロを演奏しているフクロウ・・・
ササッと、ものの10分もかからず3個のフクロウの置物を購入して店を出る。
余計なものは・・・見ない、買わない・・・(大笑)

夕食・・・明日は帰国するので、今晩が最後の夕食である。
で・・・今まで気になっていたが我慢していたことを話す。
澎湖島では、食事のたびに“オバタリアン”が文句タラタラ・・・
あ~でもねぇ、こ~でもねぇと、とにかく文句が多い。
さすがに、「そんなに文句ばかり言っていたのでは、食も進まなくなるのではないでしょうか?」と一言、言わせてもらったが・・・・(笑)
だいたい、日本にあるような高級中華料理店を期待するほうが無茶というものである。
日本では普段からおいしいものを食べているんだから、旅先で“ハズレくじ”を引くのも楽しいではないか?(大笑)

それと・・・テーブルマナー・・・
我々男性陣は、だいたい年長者に先に箸をつけてくれるように頼む・・・
「大先輩が先に取ってくれないと、皆さんが取りづらいので、お願いします」と言うのが通常のパターン。
「そうですか?それじゃお先に失礼して・・・」となり・・・
その後は円卓のテーブルを回して順次、自分の皿に料理を取るのである。
年長者がいない場合は「ここはレディーファーストということで・・・どうぞ!」となるのが通常である。
が・・・“オバタリアン”は、料理が運ばれると、勝手にテーブルをまわして自分のところに料理を寄せる。
年長者が取ろうとしていても目に入らないらしい。(唖然)
で・・・目的は、どうやら写真を撮りたいらしい。
誰かが年長者にテーブルを回してやろうとすると・・・「ちょっと待って!写真を撮るんだから!」と文句を言うのである。
もう少し言い方を考えるべきだと思うが・・・(怒)
どうやら誰かに手をつけられる前に写真に収めたいらしい。
それならそうと最初に一言、断っておけばいいものを・・・そういう気遣いをしないのが“オバタリアン”である。

拙者も食事の写真を撮るが、「写真を撮りたいので・・・」と断りを入れることにしている。
「え?食べものの写真を撮るの?それが趣味なんですか?」などと聞かれたりする。(笑)
「いやぁ~友人に旅先ではどんなものを食べたんだ?と聞かれるので、面倒くさいから写真を見せることにしてるんですよ。それに旅の思い出にもなるでしょ?あそこでこんなものを食べたんだぁ・・なんて・・・」(笑)と答える。
と・・・次からは、皆さんから「まずは、スズキさん、写真を撮ってくださぁ~い!」などと助けてくださるのである。
これがきっかけで、初対面の方々とも、おしゃべりが弾んだりする場合もあるのである。
これが「コミュニケーション」というものではなかろうか?
どうも“オバタリアン”は、そういうことが出来ないらしい。
いや、“オバタリアン”だけではなく、団塊の世代は、男も女も、そういう人間が多い。
自分勝手、自己中心、周囲の状況を見ない、横柄、マナーが悪い、気遣いがない・・・(大笑)

中華料理のテーブルは時計回りに回すのがマナーである。
逆回しは厳密に言えば「マナー違反」である。
それを平然とやってのけるのが・・・“オバタリアン”である。
「テーブルは時計回りがマナーですから・・・」と一言、注意をさせていただいた。(笑)
余計なお世話だろうが・・・(大笑)
これに乗ってくれたのが“コウノさん”・・・
団塊の世代の人ではあるが・・・“オバタリアン”の横暴さに思うところがあったのだろう。(笑)
「時計回りですか?いやぁ~知らなかったなぁ~!時計回りで回しましょう!マナーですからねぇ」(笑)
フォローしていただき大いに助かった・・・
一番若い拙者が生意気にも・・・であるが・・・
旅は勉強の場でもある。

日本の女性が“天下国家”を論じても構わないが・・・(笑)
その前に、自分の行いをチェックすべきではなかろうか?
謙譲の美徳というか、謙遜というか、思いやりというか、謙虚さというか・・・
日本人の持つ“美徳”は身につけてもらいたいものである。
年長者に若輩者の拙者が言うのも失礼な話だが・・・(大笑)
自分自身が“美しい”ことをやっていないのに“美しい日本”を語るというのは、ある意味、滑稽である。
どうも“保守派”と呼ばれる女性陣にこういう人達が多い・・・
議論になると、目くじら立てて大騒ぎをするが・・・・
一般常識が欠如している人を拙者は何人も知っている。
これでは、自分は「がに股」で歩いているくせに、ファッションモデルに歩き方を指導しているようなもので・・・
(変な例えかな?)(大笑)
それでは誰も耳を貸さなくなるのではなかろうか?
実は、保守派のイメージと悪くさせるために、わざとやっているのか?偽者の“保守派”か?・・・とすら思えてきてしまう。

集合時間に遅れる、自分勝手に行動する、高齢者に気を遣わない・・・等々・・・
保守派の女性全員というわけではない・・・
ごく一部の方々だが・・・
いかがなものかねぇ~
“天下国家”を語る資格はあるのかねぇ~

夕食後、ホテルへ・・・・

このホテル・・・確か、昨年、ここのレストランで昼食を食べたホテルである。
そのことを昨年も一緒だった“ヨコヤマさん”に話したら、氏は全然覚えていないとの事。
「あんたは、よく覚えているねぇ~」と半分呆れられた。(大笑)
拙者は肝心なことは覚えられないのだが、どうでもいいことは何故かよく覚えているのである。(大笑)

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旅行 | 17:12:07 | Comments(0)
台湾歴史探訪の旅(16)
昼食後、向かったのは・・・『篤行十村』という場所・・・
拙者には何のことやらさっぱりわからないが・・・(笑)
何やら、史跡かなにかに指定されている古い家が立ち並んでいる場所らしい。

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最初に案内されたのが『張雨生故事館』という建物・・・
この張雨生(チャン・ユーシェン)という人は、なにやら台湾の有名な歌手だそうで・・・
交通事故で31歳で亡くなったそうだ。
その生家がここなのかな?・・・・良くわからないけど・・・(大笑)
内部は記念館のようになっていたけど、日本の芸能人に殆ど興味がない拙者が、台湾の芸能人に興味を持つはずもない。(笑)
写真すら撮影するのはもったいないと、写真も撮らず、サッサと外に出る。(笑)

海のほうへ向かい、岬のような断崖の上に出たら、向こうに台湾海軍の軍艦らしき船が停泊していた。

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少し、この古い家屋群の中を散策しながらバスに戻る。

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ここには、日本統治時代に「澎湖島要塞司令部」「澎湖島重砲兵連隊」の官舎があった場所らしい。
明治38年頃から建設が始められたようである。
で・・・戦後は、台湾(国民党軍)の駐屯地になったようである。
今でも、すぐ隣接する場所は台湾の軍隊の駐屯地(軍事基地)である。

この古い建物は、日本統治時代のものではないだろうねぇ~

時刻は午後2時を過ぎた・・・・
これから、今度は“日本軍の上陸地”へ向かう。


より大きな地図で 旧・澎湖島重砲連隊官舎跡 を表示


移動途中で、風力発電所を見かける。

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こういう風の強い島では、風の力を借りて発電するのは当然だよなぁ~(笑)
日本も、いつまでもグダグダ言っていないで、風のよく吹く所には風力発電、年間の日照時間の多い地域には太陽光発電をドンドンやっていけばいいのに・・・ねぇ~(笑)
周囲の様子を見ながら・・・なんていうことだから、日本はいつも後手に回ることになるんだよなぁ~
正しいと思ったら突き進む・・・これが一番じゃないのかね?
などと・・・バスの中から風力発電のプロペラを見ながらブツブツ・・・思う・・・(大笑)

目的地の『澎湖島日本軍上陸記念碑』がどこにあるのか・・・
イラストマップ程度の地図しかなく、バスの運転手の勘に任せるに近い・・・
拙者はドコモのタブレットのナビで現在地を確認。
こんな辺鄙な島でもタブレットのナビが使えるとはねぇ~
いやぁ~便利な世の中である。(笑)
目的地のおおよその位置を掴んだので、ナビでバスの動きを追跡・・・
もし、迷って、おかしな方向に行ったり、通り過ぎるようだったら教えてあげよう。(大笑)
それまでは黙って・・・余計なお世話は焼かないことにする。(笑)

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何もない、荒野のような中を走る狭い舗装された横道・・・
本当にこの道だろうかと不安になった頃、ちょうど舗装が途切れる場所に看板が・・・
あった!(笑)
あれは上陸記念碑を示す看板ではなかろうか?

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標識のすぐ近くに『上陸記念碑』が・・・
この『上陸記念碑』は、ここのほかに、もう一箇所、別の場所にも建っているそうだが・・・
そちらのほうは、戦後になってからなのか、反日的な文字が書かれているそうなので、こちらの記念碑だけを観て帰るそうだ。
拙者の想像では・・・(笑)
多分、「上陸記念碑」の文字が削られ「抗日戦勝記念碑」にでも書き直されているのではあるまいか・・・と思う。(大笑)

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記念碑の前で歌を歌う・・・
多分、「君が代」だったような気がするが・・・(笑)
このツアー・・・いたるところで「さぁ~歌いましょう!」と音頭を取る方がいるので・・・(笑)
「君が代」やら「海ゆかば」やらを歌わされる。
こういうところが、他の観光ツアーとは大きく違うところである。
というわけで・・・どこで何の歌を“歌わされた”のか、さっぱり記憶がない。(大笑)
それだけ、拙者は気持ちを込めて歌っていない・・・ということになるが・・・(大笑)
ここでは、たぶん、「君が代」だったような気がする。
拙者は結構記憶がいい加減である。(大笑)

『記念碑』には・・・・
中央の大きな碑には、「明治二十八年 混成支隊上陸紀念碑」の金色の文字が刻まれていた。
文字が金色なので、ちょっと見づらい・・・(笑)
大正時代の古写真によれば、「混成枝隊・・・」と刻まれている。
いつのまにか「枝」を「支」に書き直したようである。
記念碑自体は、大正時代の古写真と同じもののようである。
右側の小さな碑には「台湾光復紀念碑」の文字が刻まれている。
この右側の碑には、本来は「澎湖島上陸記念碑」と刻まれていたらしいが、書き換えられたらしい。(唖然)

ちょうど、地元の「農夫」という感じの“オジサン”がやってきた・・・
軽く会釈をしたら、何やら話しかけてきたので、対応をガイドさんに頼む。(笑)
拙者は中国語は話せません!(大笑)
で・・・この“オジサン”が案内してくれるそうで、この碑の下にある海岸へ向かう。

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この海岸が、日本軍が上陸した海岸だそうである。
明治28年の3月23日のこと・・・
日清戦争が終わり、「下関講和条約(馬関条約、日清講和条約)」の交渉中のことである。
この海岸に1個旅団(約3000名)が上陸したらしい。
で・・・ここに駐屯していた清国軍と戦闘をしたらしいが、この時の戦死者は3名だったという。
問題は、戦闘よりも病気・・・
コレラによって、1000名ほどが病死したそうである。
軍人として戦闘ではなく病気で命を落とすとは、本人もさぞかし無念だっただろう。
ある資料によれば、コレラ患者数は1,945名で、そのうち1,257名が死亡したという。

どうも「日清戦争」となると、ピンとこない・・・
他の参加者からも「この海岸に日本軍が上陸したって・・・いつの話なんですかねぇ~」と尋ねられる。
日清戦争の・・・と答えたら、「日清戦争じゃ、大昔の話だからピンとこないよねぇ」とのこと。
戦跡といっても、あまりに昔の話じゃ、感慨は湧かない・・・・

いずれ、太平洋戦争(大東亜戦争)も、こういうふうになるんだろうなぁ~
「戦跡」と言ったら、第3次世界大戦(?)(笑)の戦跡になるだろう・・・・
「慰霊祭」と言ったら、戦死した自衛官の慰霊祭になるだろうし・・・
「戦友会」と言ったら、戦った自衛隊の各部隊の戦友会を指すことになるのだろう。
そういう日が来ないのを祈りたいが・・・
100年後はどうなるかは誰にもわかるまい。
明治時代の将兵が忘れ去られるのだから、昭和の将兵も忘れ去られるのだろう・・・いつか・・・
そんなことをフト思った・・・・

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この海岸に祠があった。
案内してくれた“オジサン”の話しによれば、昔からここには小さな祠があったそうだ。
で・・・明治・・・ここに上陸して戦死した3人の日本兵の魂もここに祀ってあると言う。
う~ん・・・本当かどうかは知らないけど・・・(笑)
とりあえず、お参りをさせていただく。

時刻は、まもなく午後2時半・・・
これから、空港へ向かい、台湾本土、台北に戻る。


より大きな地図で 混成支隊上陸記念碑(龍門) を表示


旅行 | 16:18:38 | Comments(0)
豊かな人生を送ろう!
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(台湾・澎湖島・馬公の街の中)

澎湖県政府の広告・・・

「盡孝積福」は・・・・
親孝行を尽せば福を積む事が出来ます・・・・かな?

「行善有報」は・・・
善を行なえば報いがあります・・・かな?

「致禮得縁」は・・・
礼を致せば縁を得ることができます・・・かな?

で・・・最後が・・・
「最富人生」・・・・
う~ん・・・これはどう読む?
「そうすりゃ、最高に富んだ人生が送れます!」かな?(笑)

とにかく・・・いい標語だ!

看板・標識・標語など | 15:33:57 | Comments(0)
澎湖県・第一賓館
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(台湾・澎湖島)

第一賓館

【建築の特色】

第一賓館は和洋折衷の建築様式となっています。
内部の空間は「洋風空間」と「和風邸宅」の二つの部分に分かれています。
洋風空間には「表玄関(正面玄関、広間)」、「応接室(洋風の客間)」、寝室があります。
和風邸宅は「内玄関(側面玄関)」、二組の「座敷(和風の居間)と次の間(座敷の隣の部屋)」からなっています。
入り口の玄関は当時流行していた「入母屋造」の屋根と洋風門扉の構造になっており、家屋の外壁は主に烏石で造られた耐力壁構造になっています。
内壁の間仕切り壁は当時最先端だった洋風の「木摺漆漆喰(板に漆喰を塗って仕上げた壁)」と伝統的な和風の「竹木舞造壁(竹を組んで漆喰を塗った壁)」による工法が用いられています。
座敷と次の間を仕切る引き戸の上の欄間にはヒノキの板に富士山の景色を透かし彫りした特殊な工法が用いられています。
入口玄関の地面と壁面には澎湖特産の「洗砂頭」、「洗石子」、「レンガ造漆喰壁」の工法と材料が使用されています。
屋根は切妻屋根となっており、セメント製の理想瓦(上瓏瓦)が張られています。
1956(民国45)年に澎湖が修築した際、内部の間仕切り壁を一部改築しました。
また板張りだった廊下にじゅうたんを敷き、寝室の畳を外してフローリングに改造しました。

第一賓館はその建築の特色と歴史的な意義により、1998年12月10日に県指定の史跡となりました。
2000年には頼峰偉県知事が軍の協力を得て第一賓館を県の管理に置きました。
県では2002年に調査研究および修復計画をまとめ、2006年に改修工事に着手しました。
そして2008年7月30日、王乾発県知事が上棟式を主催して新たな看板が掲げられました。
2009年に改修工事が完了し、2011年5月18日に開館を迎えました。

(日本語リーフレットより)

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建物 | 14:26:04 | Comments(0)
台湾歴史探訪の旅(15)
続いて向かったのは、『第一賓館』という場所・・・
日本統治時代は『貴賓館』と呼ばれていたそうである。
澎湖庁により、昭和15年から建築が始まり、昭和18年に落成したという。
戦後、蔣介石が澎湖島に来たときに蔣介石の宿舎となり、名称を『蔣公行館』とされ、その後『第一賓館』と改称されたらしい。

512_convert_20130329171204.jpg(第一賓館の入り口)

敷地内に、蔣介石の銅像を発見!(大喜)
もう、ガイドの説明など、どうでもいい・・・(大笑)
何とかして、間隙をぬって銅像の写真を撮りに行かねば!
拙者は“銅像大好き中年”なのである!(大笑)

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見学の受付に手間取っている間にササッと皆さんから離れて銅像のところへ行き、写真をパチリ!
拙者以外は誰も来ない・・・
皆さんは、どうも蔣介石が嫌いなようで・・・散々けなしている。(大笑)
中国大陸から台湾へ逃れてきて、その後、台湾人を弾圧した“極悪人”との認識のようである。
一方から見れば、確かにその認識は間違っていないとは思うけど・・・
他方から見れば、終戦時に日本兵の復員にかなり便宜を図ってくれたり、連合軍による日本に対する分割統治や天皇制廃止の考えに反対したりと、必ずしも何でもかんでも悪いことをしたというわけでもないと思うが・・・
いずれにせよ、拙者は、そういうことは関係ない・・・(笑)
単純に「銅像」が好きなだけである。
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」・・・という考えはないのである。

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503_convert_20130329185806.jpg 468_convert_20130329190129.jpg(和室)

494_convert_20130329185458.jpg(蔣介石の執務室)

502_convert_20130329185700.jpg(蔣経国の執務室)

498_convert_20130329185601.jpg(食堂)

館内の見学をサッサと終えて外に出る。
当然・・・タバコが吸える場所を探すためである。(大笑)
と・・・他の参加者からトイレに行きたいのだが・・・と声をかけられる。
係員の“お兄ちゃん”にトイレの場所を英語で尋ねたら、この建物が建っている丘の下を指さす。
この下に?
「建物の中にはトイレはないのか?」と尋ねたら、首を横に振る。
この丘の下に公衆便所でもあるのか?
キョロキョロしていたら、この“お兄ちゃん”が案内してくれた。

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「ここです!」と“お兄ちゃん”が指さす。
どう見ても、不思議な形の入り口なんですけど・・・(笑)
公衆便所には見えないんですけど・・・
「ここ?」(汗)
彼はウン、ウンと頷き、「どうぞ、どうぞ」と手で合図・・・
そう親切に案内されたのでは、入らないわけには行くまい・・・(笑)

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階段がズッと下に続いている・・・
ここがトイレ?

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ようやく、入り口に辿り着いたが・・・
「これ、どう見ても防空壕ですよね?」と、トイレに行きたがっている某参加者に話しかけたら、この人も「こりゃ、おかしいねぇ~」と答えるが、どことなく声は上の空のような感じ・・・(大笑)

内部に入り、覗き込んだら、トイレがあった!
が・・・ドアはない・・・(笑)
便器が丸見えである。
それも広い部屋に便器が1個・・・
おかしい・・・
拙者は、もう少し先のほうを探検に行く。

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ありゃ!
ここは・・・作戦室?
それとも蔣介石の執務室?
いずれにせよ、地下の戦闘指揮所・・・であろう。
ということは・・・
慌ててトイレに戻ったが、時既に遅し・・・
トイレに行きたがっていた某参加者は既に“用”を足していた・・・(大笑)
「あのトイレ、水が出ねぇんだよなぁ~」と言う。
出るわけがない・・・あの便器は展示品である・・・(大笑)
まぁ・・・やっちゃったものは仕方がない・・・

この“地下基地”の奥に別の出口があったので、そこから外に出る。
ちょうど建物の真後ろに出た。
そこでまたトイレに行きたがっている参加者たちに声をかけられた。
拙者はトイレ案内人か?(涙)

ガイドの“張さん”を見つけて、先ほどの“お兄ちゃん”に通訳してもらったら・・・
トイレはあっちだ・・・と遠くを指さす。(大笑)
おい、おい、じゃぁ、さっきの案内は何だったんだ?
この『第一賓館』に隣接する海岸にトイレがあるらしい。
敷地内の裏木戸を通り抜けて海岸へ皆さんを案内する。
海岸は砂浜で、海水浴場のような感じ、そこに立派な公衆便所が建っていた。(笑)
海水浴場のトイレ・・・である。
ここまで来なくちゃならないのか?(唖然)

皆さんを案内した後、戻って、先ほどの“お兄ちゃん”に文句を言う。
日本語で・・・(大笑)
すまなそうな顔をして苦笑いしていたから、もしかしたら通じちゃったかも・・・(笑)
「ここと、あそこと、あっちに、“トイレはこちらです”っていう看板を立てろよぉ~」とジェスチャーを交えて話したら、どうやらわかったようである。
「うん、うん、そうですねぇ~看板をここに・・・ネッ!」とジェスチャーで答える。
「そうそう、ここに看板!こういうやつ!トイレット!あっち!って・・・ナッ!」と拙者・・・
おお!おお!と二人して大笑い。
なかなかの好青年である。

言葉が通じないのがなんとも残念・・・
う~ん・・・拙者が中国語(北京語)か台湾語を覚えればいいのか?
いや、そりゃ無理だな・・・
日本語も危なっかしいのに・・・(笑)
茨城弁のイントネーションが抜けないから、全部、尻上がりになっちゃうんだよねぇ~(大笑)
それに最近、若年性痴呆症の症状も出ているし・・・(大笑)
(“シミズくん”には「どこが若年ですか?」と突っ込まれるが・・・)
いずれにせよ記憶力が更に悪くなっているから、今から新たな語学は無理である。(大笑)
あ~・・・残念だ・・・

時刻は11時半・・・・
昼食会場のレストランに向かう。
場所は・・・
『澎湖開拓館』のすぐ近くだった・・・
小さな町なので同じところをグルグル回っている。(大笑)

で・・・興味は味付け・・・(大笑)
昨晩の食堂ほどではなかったが、やっぱり・・・甘口だった・・・(大笑)
ということは、澎湖島の料理の味付けは、全般に甘いということか・・・
いつか、この島に再訪問する機会があったら、塩と醤油を持参しなければなるまいな・・・(大笑)


より大きな地図で 旧・澎湖貴賓館 を表示


旅行 | 13:01:45 | Comments(0)
台湾歴史探訪の旅(14)
続いて向かったのは・・・・『澎湖警察文物館』・・・
あれ?昨晩宿泊したホテルの近くである。(笑)

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この建物は日本統治時代は『馬公警察署』だった建物らしい。
明治28年に、この地に水上警察所が設置され、昭和3年に、この建物が建てられたそうである。
現在は『文物館』というのだから、資料館か何かになっているのだろう。
内部の見学は無し・・・・(涙)
博物館や記念館、資料館が大好きな拙者としては残念である。
外観の見学のみで、次に向かう・・・


より大きな地図で 旧・馬公警察署 を表示

次は、この『旧・馬公警察署』の斜向かい・・・
直ぐ目の前・・・(笑)

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この建物は『電報電話局』・・・
日本統治時代は『澎湖郵便局』だった建物である。
大正13年に建てられたそうである。
なかなか面白い形をしている。
今日が日曜日のせいなのだろう・・・閉まっていた・・・(笑)
内部がどうなっているか・・・興味が湧くところなのだが・・・・

こういう特徴のある建物って見ていて楽しい。
どうして現在の建築物は、こういうふうに洒落ていないのかね?
遊び心がないというか・・・
みんな同じような形で、下手すりゃ真四角な建物に大きなサッシ窓だけ・・・
何の特徴もない・・・
あ~面白くねぇ~
これは・・・建築デザイナーの質が悪いのか?(笑)
それとも建築士のレベルが低いのか?(大笑)
それとも・・・施主さんがケチなのか・・・(大笑)
とにかく、現代建築は・・・面白くない!

こういう面白いデザインの建物・・・いいなぁ~
よくぞ保存してくれた・・・と台湾に感謝、感謝である。

昨晩宿泊したホテルの前を通過して、商店街を歩く。
次に向かったのは・・・病院!(笑)

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この病院・・・
現在は『行政院衛生署澎湖医院』という名の病院・・・
日本統治時代も病院だった。(多分『澎湖病院』と呼ばれていたのではないかと思う)
後藤新平が設立した病院だそうだ。
で・・・この日本統治時代の建物の裏手に、近代的な大きな病院がある。(笑)
こういう歴史的建造物を残しておいてくれているのは嬉しい限りである。
日本なら、取り壊して・・・その上に・・・となってしまうだろう。

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澎湖病院敷地内の『大病院園区』・・・多分、公園という意味だろう。
後ろに近代化された現在の『澎湖病院』が見える。
この公園に防空壕が残っていた。

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形からして、日本統治時代のものとは思えない。
多分、中国共産党との戦闘に備えて戦後に作られたものではないかと思う。
参加者の皆さんは気持ち悪がって内部を覗きに行かなかったようであるが・・・
以前、ラバウルやニューギニアで“無謀な”地下要塞探検をした拙者としては、この程度なら・・・と内部に入ってみる。

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今回はペンライトも懐中電灯も持参してこなかったので、内部は真っ暗!
何があるか・・・何が出るか・・・全くわからない。
ちなみに、拙者は「お化け屋敷」というのは大嫌いで・・・(腰が抜ける・・)(笑)
にもかかわらず・・・なぜか、こういう遺跡は好きなのである。
ちょっと、どこか頭がおかしいのかもしれない。(大笑)
カメラのストロボが光って、初めて内部の様子がわかる。(笑)
おっ!やっぱり、戦後に造られた感じである。

432_convert_20130328142530.jpg(昨晩歩いた商店街)

この後、ホテルの近くに停めているバスに戻るが・・・・
一部の女性参加者がお土産か何かを買いに行きたいと言うので、出発時間に余裕が出来た。
オバタリアンはマイペースである・・・(大笑)
拙者と一部の参加者は、サッサと商店街を通り抜けバスに戻る。
拙者は・・・早くタバコが吸いたいのだ~(大笑)

集合場所は、拙者が昨晩コーヒーを買ったお店の向かい側・・・
と・・・お店でコーヒーを買っているらしい参加者が見えた。
もしかして、注文で苦労をしているのではあるまいかと、おせっかいなことに“助け”に向かう。(笑)
声をかけたら・・・(この方は後に“ヤマサキさん”ということを知ったのだが・・・)無事に注文を済ませていたらしい。
う~ん・・・高齢者・・・恐るべし!(笑)
拙者が苦労したコーヒーの注文をたやすくこなしたようである!(大笑)

「大丈夫ですか?無事に頼めました?」
「あ~・・・頼めたような気がする」
「何を頼んだんですか?」
「う~ん・・・何だか良くわからんが・・・コーヒーだろ?」
「はぁ?・・・」
本人が何を注文したか判らないというのは、どういうことだろう?(唖然)
適当に、ウン、ウンって頷いたら注文できちゃった・・・っていう様子である。(笑)

で・・・出てきたコーヒーにはストローが挿してある。
「アイスコーヒーですかぁ~」
「いや、こんなに寒いのにアイスコーヒーは飲めないよぉ~」
「え?じゃ、ホットコーヒー?」
「多分、そうだと思うよ」
「多分?」
う~ん・・・わからん・・・このストロー・・・(大笑)

で・・・“お会計”・・・・
これが全く通じない・・・(大笑)
「ねぇ、いくら払えばいいのかね?」と拙者に聞いてくる始末・・・
「もし、コーヒーなら・・・」と昨晩の経験から料金を教えてあげる。

で・・・お年寄り特有の行動・・・
何だかわからないから、有り金全部をカウンターに出すという行動・・・(大笑)

とにかく、無事に購入できたので、店の前のテーブルに座ってコーヒーを飲むこととなった。
拙者はコーヒー大好きなのだが、今朝はまだ飲んでいない・・・
拙者も買おうかなと思ったが、まもなく集合時間である。
時間に追われてコーヒーを飲むというのは好きじゃない。
コーヒーはゆっくりと落ち着いて飲みたい性分なので、時間の関係で我慢し、この人に付き合ってタバコを吹かす。

と・・・問題は、このストローである!(笑)
ストローでホットコーヒーを飲むというのは止めたほうがいいと忠告したのだが・・・
「大丈夫!」と一気にストローを使って啜ったから堪らない!
「アチチッ!」と言いながらコーヒーが口から零れる。(笑)
「だから、ストローはやめたほうがいいですよ。やけどしますよ」と言っても聞かない。(大笑)
また、ストローで啜って・・・
「アチッ!アチッ!アジィ~!」と大騒ぎ・・・・(大笑)

さすがに見かねたのだろう・・・
別のテーブルに座っていた現地の中年男性が、カウンターの女の子に中国語で何か言ってくれた。(笑)
女の子が、「あらぁ!いやだぁ~!」と言わんばかりの笑顔で、コーヒーをこっちに持ってくるよう手招きをした。
で・・・コーヒーのカップの蓋を交換してくれたのである。
おお、この蓋じゃないとねぇ~(笑)
それにしても、どうしてホットコーヒーにストローなんか挿したんだ?
そもそも、それがおかしいのである。(笑)

「いやぁ~ご親切にどうもぉ~。あんたはいい人だねぇ~美人だし・・・」と日本語でベタ褒め・・・
いやぁ~高齢者は恐るべし・・・である。
四苦八苦して無理して英語で何とか伝えようなんていう、拙者のようなことはしない・・・
で・・・この日本語が何となく相手に通じているようなのだから・・・これじゃ拙者は馬鹿みたいである。(大笑)

「折角の機会ですから・・・お店の女の子と写真を一緒に撮ってはどうでしょうか?記念になるんじゃないでしょうか?」と余計な一言を拙者は言ってしまった・・・(笑)
すると・・・
「おお!そうだね!写真を撮ろう!」とカメラを持ち出して、彼女を撮ろうとする。
いや・・・拙者はツーショットを・・・という意味で言ったんだけど・・・

一応、彼女に英語で写真撮影の許可を求める。(笑)
幸いにも彼女は英語が話せる子だったので、照れながら応じてくれたので助かった。
で・・・どういうわけか、彼女の「撮影会」になってしまった・・・(大笑)
まぁ・・・いいかぁ・・・と、拙者も便乗して撮影する。(大笑)

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写真の右側の女の子が英語が通じた子である。
店の奥から、何の騒ぎだと、チラリとこちらを覗いている女の子も写っている。(笑)
我々二人は、期せずして、コーヒーを飲みに来たのか、女の子の写真を撮りに来たのか、よくわからない、怪しげな日本人観光客に成り下がってしまった!(大笑)
いやぁ~・・・恥かしい・・・
拙者の余計な一言が元凶である。(大笑)

先ほど、助け舟を出してくれた、隣のテーブルのお客さんにお礼を言ってバスに戻る・・・

旅行 | 12:20:56 | Comments(0)
オートバイ用停止線
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(台湾・澎湖島)

路上の、この枠は・・・
オートバイ専用の停止位置を示しているらしい・・・

実は、この写真の右側に横断歩道がある。
ここは交差点の角・・・・

バイクは、この枠内に停車して信号待ちをすることになっているようだ。
自動車は、その後ろに停車するように・・・ということなのだろう。

日本もこういうような、明確な表示をすべきではなかろうか?

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交差点は、こんな感じ・・・・
信号機の下に・・・注目!(笑)

看板・標識・標語など | 11:46:01 | Comments(0)
澎湖開拓館
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澎湖開拓館

本館は日本統治時代の澎湖庁長官舎であり、また太平洋戦争後は澎湖県長の公館として使用されていました。
重厚な構造と優雅な庭園を有する大正昭和時期の典型的な和洋混合式建築であり、1935年(昭和10年)3月10日に竣工されました。
1999年に澎湖県政府はこの歴史的建築物を有効活用するため、澎湖県長公館の風貌を留めながら修復を施し、澎湖開拓館として装いも新たに、2003年7月に澎湖の歴史文化を知るための足がかりとして開館しました。

澎湖県長公館は大正昭和期の典型的な和洋混合式建築であり、門構え、玄関、応接間、茶の間には昭和初期に導入された鉄筋コンクリート様式を使用する一方、屋根、座敷、次の間、寝所、廊下は日本の伝統様式によって設計されています。
まず正門入り口の前庭に入ると澎湖特産の玄武岩(猫公石)を切り出したものが壁として置かれ、内と外が隔てられています。
正門入り口の廊下は洋風様式で造られており、正門はルネッサンス時代のものをかたどった内開きの木製門となっています。
玄関と外壁の台座にも洋風建築をかたどった石材が使用されています。
応接間と茶の間についても洋風の設計と素材が取り入れられており、客間の窓は当時流行していた洋風八角窓となっています。
また来客用スペースとプライベートスペースは壁によって区切られており、これも洋風建築となっております。

(日本語説明板より)

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建物 | 10:08:07 | Comments(0)
台湾歴史探訪の旅(13)
続いて向かったのは、『澎湖開拓館』という資料館・・・
時刻は午前9時20分・・・
『県庁』からバスに乗りグルッと回って向かったが・・・
拙者のドコモのタブレットのナビの地図を見れば、道路を挟んだお隣である!(笑)
歩いても直ぐなのに・・・わざわざバスに乗る必要はないような気がしますけど・・・(大笑)

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この建物は、日本統治時代は澎湖庁の長官の官舎だったらしい。
戦後は『澎湖県』の県長(県知事?)の官舎として、そのまま使用されたようである。
この『澎湖開拓館』は開館していたが、外観の見学だけをすることになった。
なんで内部の見学をしなかったのか、理由は知らない・・・(笑)

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ここの庭に菊の花が咲いていた。
たしか・・・「天人菊」という名の菊の花だったと思う。
澎湖島は別名、「菊島」とも呼ばれているそうで、その由来がこの菊の花である。
澎湖県の県の花でもある。
お~・・・この花がねぇ~(喜)
潮風だか塩水に強い花だという話をガイドの“張さん”が言っていたと思う・・・(曖昧な記憶)(笑)
ならば・・・この花を我が町の海岸に植えて育てたいものだと思う。(笑)
この鮮やかな色の花が海岸を埋め尽くしたら、わが町もかなり明るくなるんじゃないか?(大笑)

拙者はサッサと見学してしまったので、見学時間に余裕が出来た。
正直に言うと・・・タバコが吸いたかったので、早く外に出たのである!(大笑)

と・・・周囲を見てみたら・・・
古い建物の脇に何かある。

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見に行って見たら・・・充電器らしい・・・(驚)
『電動機車充電站』と書いてある。
“機車”はオートバイのことだったと思う。
ということは・・・「電動バイク」っていうのが、この島にはあるのか?
へぇ~・・・である。
最先端ではなかろうか?(笑)
経済大国、技術大国と呼ばれている日本に住んでいるのに、拙者は「電動バイク」も「充電スタンド」も見たことはない。
こんな辺鄙な島で、最先端のものを見ちゃった!(笑)
う~ん・・・果たして日本は先進国だと言えるだろうか・・・・
日本は、ちょっと遅れてるんじゃなかろうか?(大笑)

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より大きな地図で 旧・澎湖庁長官舎 を表示

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次に向かったのが『旧・台湾総督府専売局澎湖出張所』・・・・
今日、最初に行こうと思っていたのが、この場所だったらしい。
で・・・全然違う場所に案内されたわけである。(笑)
拙者の勘が当たった・・・(大笑)
最初に行ったのは、現在の専売局の出張所・・・
我々が行きたかったのは、日本統治時代の専売局の出張所なのである。(大笑)

『台湾総督府専売局澎湖出張所』は大正11年に設立されたらしい。
で・・・昭和14年に現在の場所に移転され、現在は、お酒の会社の営業所として使われているようである。

旅行 | 09:53:58 | Comments(0)
台湾歴史探訪の旅(12)
午前7時、朝食・・・・
普段から自堕落な生活を送っている我が身としては、早起きは苦痛であるが・・・(笑)
なにせ、早起きの“高齢者”の多いツアーですから・・・(失礼!)(笑)
早起きに合わせなければならない・・・・毎朝が緊張の連続となる。(大笑)

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今日の朝食はお粥である。
が・・・問題は・・・その“味”・・・(笑)
今回も甘いか?・・・と“コウノさん”と品定め・・・・
で・・・昨晩の夕食ほどではなかったが、やっぱり甘かった!(大笑)
一つだけ、ゆで卵だけは、これがショッパイ!・・・いや、塩辛いと言ったほうがいいかも。
単品では食べられないほどショッパイ!(大笑)

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というわけで・・・お粥と一緒に食べて、なんとか食べられるといった具合である。
それにしても、この島の料理の味付けは何と極端なんだろうか?(大笑)

朝食後、出発までに時間があるので、ホテルの目の前の「馬公商港」を散策する。
このツアーのいいところは、朝食から出発までに時間的に余裕があるところである。(喜)

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埠頭から町のほうを見てみる。
中央の建物が、拙者が宿泊したホテルである。

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ホテルのすぐ目の前にあった古い建物・・・

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『高雄関税局 駐馬公辦公室』と表札があった・・・
この建物は、日本統治時代は『馬公税関派出所』だった建物だそうだ。
明治38年に、馬公地区で最初に建築された公的な目的で使用される洋風建造物だったらしい。

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改めまして・・・拙者が宿泊したホテル!(笑)

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こちらは、昨晩、コーヒーを買ったお店!(大笑)

ホテルの部屋に戻り、出発の準備・・・荷物をまとめる・・・
部屋から見た景色をパチリ!

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午前8時半、ホテルをチェックアウトし、バスに乗り出発する。

最初に向かったのは、市内の『専売局跡』・・・・
しかし、どうもおかしい・・・
拙者の勘がそう言うのである。(笑)
ここなのか?
添乗員の“アサダさん”が持っている資料と合わないらしい・・・
バスのドライバーが勘違いしているんじゃあるまいか?
昔は当時の建物があったが、建て直されてしまったのではないかとガイドの“張さん”が話していたが・・・
なんか・・・違う気がするんだよなぁ~
というわけで・・・写真はこの1枚程度を撮るに留める。
多分、間違った場所だと思うから・・・もったいない。(大笑)

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午前9時・・・続いて『旧澎湖県庁庁舎』・・・現在も県庁舎として使われている建物を見学に行く。

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この建物は昭和9年に建築されたらしい。
石造りの建物である。

今日は日曜日だからか、誰もいないので、内部の写真をパチリ!(笑)

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中庭に出てみる・・・
ここまでが、日本統治時代の建物である。
この中庭を挟んだ反対側に増築された建物があるのだが、その部分は戦後の増築らしい。

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357_convert_20130326222617.jpg(中庭の花)

建物の玄関ロビーの壁に大きな絵が・・・・
この絵・・・見たことがあるぞ!(笑)
昨晩、ステッカー探して商店街を歩き回り、文房具店のような店に入ったら、この絵の絵葉書が置いてあった。
何の絵なのかさっぱりわからなかったが・・・
一瞬、卑猥な絵に見えてしまったが・・・(大笑)
男のシンボル?(大汗)
ん?拙者の目が悪いのか?

どうも話によると、澎湖島の伝統的漁法の絵らしい・・・
この絵では、さっぱりわからんが・・・
魚を追い込んで捕まえるのか?
満潮から干潮に転じたときに、ここに魚が残るようにしてあるのか?
話を良く聞いていなかった・・・
とにかく、この島伝統の漁法の絵だそうだ・・・(大笑)

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より大きな地図で 旧・澎湖県庁舎 を表示


旅行 | 09:34:57 | Comments(0)