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■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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台湾歴史探訪の旅(11)
ホテルに戻って・・・あっ・・・マッサージを呼ぼう!(笑)
フロントに尋ねたら・・・通じない・・・(大笑)
“モミモミ”のジェスチャーでようやく理解してくれたようだが・・・
フロントの女の子が両手で自分の目を隠した・・・
はぁ?
“いないいない、バ~”の仕草である。(笑)
拙者は赤ん坊ではないのだが・・・(大笑)

あ~・・・もしかして目が見えないということかな?
確認したら「そうです」という仕草・・・
目が見えないマッサージ師は、昨晩の台南のホテルで経験済みである。(笑)
なにごとも経験すべきである。
うまくコミュニケーションを取る自信がついているよぉ~・・・(大笑)
「大丈夫、大丈夫、OK!OK!」

と・・・彼女が流暢な日本語で「ちょっと待ってて下さい」と言う。
あれ?日本語、話せるの?・・・・と尋ねたら・・・
日本語は、殆ど話せないという仕草・・・(笑)
日本語は2つか3つくらいしか知らないらしい。
はぁ?・・・・
日本語を知らないと言いながら「ちょっと待ってて下さい」は完璧な発音である。(大笑)
不思議なフロントの女の子である。(大笑)

まもなく部屋にマッサージさんがやって来た。
ドアを開けたら、白い杖をついた“お婆さん”が、いきなり大声で中国語をしゃべりだした。
へぇ?
「この部屋でいいでしょうか?」と言っているに違いないと、勝手に解釈する。(笑)

あとは・・・・
昨晩の台南のホテルと同じパターンで進む・・・(笑)
一度経験していれば、もう、なんということもない・・・
“お婆ちゃん”は、勝手に一人で中国語で話し続ける・・・・
で・・・拙者は日本語で適当に話をする・・・(笑)
絶対、お互いの話は噛み合っていないと思うけど・・・・(大笑)
たいした問題ではない。(笑)

マッサージも終わり、お金を支払い、ドアのところへ手を引いて行ったら・・・
なんと、“お婆ちゃん”が中国語でワーワー騒ぎ出した。
というか・・・中国語って、とんでもないことが起こって大騒ぎをしているように聞こえるのである。(大笑)
何事だ?

と・・・“お婆ちゃん”が拙者の手首を掴み、廊下に引きずり出そうとするのである!(驚!)
「チョ、チョ、チョ、チョット待って!チョット待ってって!」と思わず日本語・・・・
このホテルの部屋・・・ドアはオートロックなのである!
このまま廊下に出てしまったら、拙者は部屋に入れなくなる!(大汗)
部屋の鍵を取ってこなくては・・・・
「ちょっと待って!鍵!鍵!」と“お婆ちゃん”の手を振りほどく・・・
と・・・益々“お婆ちゃん”は大騒ぎ!
ワーワー!!大変だぁ~!!

はっ!
フロントの女の子が「ちょっと待ってて下さい」という日本語だけが流暢に話せる訳がわかった!
これだ!(笑)
「ちょっと待ってて下さい」は意外にも一番重要な言葉なのである!
この言葉さえ相手に通じれば、相手は大人しく待ってくれるのである!
で・・・その間に時間稼ぎをして、通訳を探せばいい訳で・・・(笑)
そうか・・・そういうことか・・・
変な女の子だと思っていたが、そうではない・・・
かなり賢い女の子である!(笑)
それに比べ・・・拙者は「チョット待ってて下さい」を中国語で何と言うか知らない・・・
だから、突然拙者が“消えた”ために“お婆ちゃん”は更に大騒ぎとなったのである。
いやぁ~・・・こりゃ勉強になったぞぉ~

「○×△*$#・・・!」・・・“お婆ちゃん”はドアのところに立って大騒ぎ・・・
多分、エレベーターまで連れて行ってくれって言っているに違いない・・・
「はい!はい!チョット待って!今、鍵を持ってきますから!」と拙者は日本語・・・
もう、こうなったら何でもいいから声を発するしかない・・・(笑)

部屋の鍵をチャラチャラ鳴らしたら、“お婆ちゃん”は、ようやくわかったようである。
ウン、ウンと頷いた・・・(大笑)
では・・・行きましょうか!
マッサージの“お婆ちゃん”の腕を取り、エレベーターまで案内し、エレベータに乗せて1階のボタンを押してあげる。
「はい、1階のボタンを押しておきましたからねぇ~」と日本語・・・(大笑)
もう、こうなったら全部、日本語!(大笑)

“お婆ちゃん”は、何度もお辞儀しながら「$%&○△×・・・!!」と言う。(笑)
多分、「エレベーターまで連れてきてくれてありがとう!」と言っているのだろうと解釈する。(大笑)
「あんた硬すぎるんだよねぇ~おかげで、こっちの手が痛くなったじゃないかぁ~本当に迷惑な日本人だよ、あんたは!」と仮に言っていたとしても、拙者は中国語がわからないから平気である。(大笑)
こういう時は、自分の都合のいいように解釈しよう!(大笑)

“お婆さん”を送り出して(笑)・・・ふと、思った・・・
もしかしたら、言葉が通じないということは良いことではなかろうか?(大笑)
例えば・・・
「中国が尖閣諸島は自分の国のものだ」と言ってますよ・・・と誰かが日本語に通訳するから揉めるのではなかろうか?(笑)
通訳する人がいなければ、中国が何を言っているのかわからないんだから、日本人は怒らなくて済む。(大笑)
尖閣諸島の写真を指して中国語で何か言っていても・・・・
たぶん、「いい島をお持ちでうらやましい」って言ってるんだろうと勝手に解釈してニコニコしていられるではないか?
言葉が通じるのも良し悪しではなかろうか?(大笑)
世界中から「通訳」を無くしてしまえば、世界は幸福になるかも・・・(大笑)

そんなことを思いながら・・・部屋に戻り・・・寝る!(笑)

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旅行 | 21:51:21 | Comments(0)
台湾歴史探訪の旅(10)
部屋にいてもつまらないし・・・タバコも吸いたいし・・・(大笑)
ということで・・・外に出て、夜の街の見学を一人ですることにする。(笑)

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馬公港の商店街(?)は、結構にぎやかである。
あの夕食を食べた食堂のある場所と比べたら雲泥の差である!(大笑)
道行く“島民”は、ダウンジャケットを着ている!
誰が台湾は暑いなんて言ったんだ?(笑)
島民はダウンジャケットを着て、真冬の格好だぞ!

澎湖島の何かお土産が欲しい・・・
できれば、島の絵が入ったようなステッカー!
どこかでステッカーを売っていないかなぁ・・・
ドコモのタブレットはホテルの部屋にまた置いてきてしまった。(笑)
貴重品だから持ち歩かない・・・
だけど、あれがないとナビがないので、昨年の済州島の時のように迷子になってホテルに戻れなくなりそうで恐い。(大笑)
う~ん・・・難しいところである。
とにかく“筋金入りの方向音痴”なので、ヤバイ・・・(大笑)
細心の注意を払って商店街をウロウロと歩く・・・

ちょっと横道に入ってみたところ、面白いものを見つけた!

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『日立大飯店』・・・つまり、『日立ホテル』である!
拙者の住む茨城県日立市とは関係がない・・・
地元企業の「日立製作所」(家電の日立・・・など)とも関係ないだろう。
日立製作所が台湾の澎湖島でホテルを経営しているなんていう話は聞いた事もない。(大笑)
「日立」の名をパクったな・・・(大笑)
このホテル、看板以外は電気が点いていない・・・・潰れているのか?(大笑)

30分ほど、ウロウロしてみたが、ステッカーは見つからず、ホテルまで戻り、ホテルの目の前にあるコーヒーショップへコーヒーを買いに行く。

で・・・ホッとコーヒーを頼んだのだが・・これが・・・通じない!(大笑)
メニューの「美式珈琲」というのが、「アメリカン・コーヒー」のことだと思う。
確か「美国」って「アメリカ」のことだったような気がするので、「美式珈琲」を指して、これは何とかなった。
が・・・「ホット」が通じないのである!
お店のアルバイトのお兄ちゃん・・・
肩をすぼませ、ブルブルと身震いをしながら、拙者に何かを尋ねる仕草・・・
ん?何だ?(笑)
どうも「寒い」=「コールド」=「アイス・コーヒー」・・・ということをジェスチャーで示しているらしい。
あのね・・・このクソ寒い中、アイスコーヒーなんか飲めねぇだろうよ!(笑)
あ~あ~・・・なんで店の前で連想ゲームをやらねばならんのか・・・(大笑)
「そうじゃなくて、ホット!ホット!ホットコーヒー!」
え~い!
「ホット」=「熱い」って、どうジェスチャーで示せばいいんだ?
「ポッ、ポッ、ポッ!」だよ・・・・
「え?わからない?」
「う~んと・・・ドカァ~ン!メラメラ~・・・って、これじゃ“火”になっちゃうな・・・」
「え~と・・・フ~ゥ、フ~ゥ、アジィ~!・・・だよ!」(涙)
アルバイトのお兄ちゃん・・・
拙者のジェスチャーが全く理解できないらしい・・・(大涙)
そのうち苦笑いを浮かべながらオロオロし出した!(笑)
どこからみても「誰か助けてくれぇ~」の仕草である。(大笑)

拙者の後ろに高校生ぐらいの3人の少年が立って順番を待っていたので、彼らを先にやってやれ、と手で合図をしたら、一人が中国語で何か言った。(笑)
と・・・先ほどのアルバイトのお兄ちゃんが、「あ~そうですか!」といった身振りで、「わかった!ホットですね!」と苦笑いをしながら確認してきた。
だから・・・さっきから俺はホットって言ってるじゃねぇかよぉ~(苦笑)
どうやら後ろの学生が通訳してくれたようである。

この学生が流暢な英語で「どこから来たのですか?」と尋ねてきたので、「日本だよ~」と答えたら・・・
「やったぁ!」とばかりに大喜び・・・
なぜか、他の二人はガッカリ・・・(笑)
なんだ?何事だ?
「日本人ですか!クールですねぇ~」と彼は拙者に向かって言う。
ここで言う「クール」は間違っても「寒い」ではない。(大笑)
「日本人?さむぅ~い!」では日本語がおかしい・・・
ここでの「クール」は「格好いい!」という意味であろう・・・と都合よく解釈する(大笑)
「え?俺?格好いいって?」(大笑)
いやぁ~照れちゃうねぇ~(大笑)

「ところで・・・さっき、もしかして、俺のこと韓国人か中国人かって言ってたんじゃないの?」と尋ねたら、照れ笑いしながら「はい」と答えた。
「で・・・君が俺のことを日本人じゃないかって言って当たったんだ?」と言ったら、3人が笑いながら「そうです」と頷く。(大笑)
お前ら・・・俺がどこの国籍かで賭けていたな!(大笑)

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四苦八苦して購入したコーヒー・・・・
店の外のテーブルのところで寒風に晒されながら飲む・・・
だって、ここに灰皿があるんだもん!(笑)

道の向こう側に、なぜか大きな袋を手にした人達が集まっていた。
この寒風の中、ご苦労様なことである。
バスでも待っているのだろうか?
あんな大きな袋を持ってバスに乗って、この島のどこへ行こうというのだろうか?
と・・・間もなく、音楽を流しながら車が向こうの方からやってきた。
このクソ寒い中、アイスクリームの販売じゃないだろうな?
黄色い回転灯が見える・・・・
は?ゴミ収集運搬車?(笑)

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と・・・先ほどまで寒風に晒されながら大きな袋を持って集まっていた人達が一斉に駆け寄った・・・
あの大きな袋は、どうもゴミ袋だったようである。
それにしても、真面目なものだと感心!
この風に晒されながら、ずっとゴミ収集運搬車を待っていたのである!
日本なら、ゴミ集積所にポイと置いていくけど・・・・
自分で車に投げ込むのである。
いやぁ~御苦労様・・・である。

旅行 | 20:04:28 | Comments(0)
台湾歴史探訪の旅(9)
飛行時間、約30分で澎湖島の馬公空港に着陸。
あっという間の空の旅だった。(笑)

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電光掲示板を見てみると、台北からも飛行機が飛んでくるようだ。
まぁ、当たり前か・・・・(笑)

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空港を出て迎えのツアーバスに向かう・・・

外は曇り空・・・
雨が降っているんじゃないかと心配したが大丈夫だった。
が・・・風が強い!メチャクチャ風が吹く!
どうりで飛行機が揺れるわけだ・・・(笑)
で・・・寒い!(涙)

旅行の案内書では、台湾は晴れた日であれば27~30℃くらいまで気温が上るとのこと。
夜は冷え込みやすく、日中とは寒暖の差が激しいのでセーターか上着を持っていくと良いと書いてあった。
毎度のことながら、洋服選びに手こずるのに、更に悩んだ末、ようやく持参する服を選んだのである。
基本は長袖シャツ、半袖のシャツは1枚だけ・・・それにセーター1枚と薄手のブルゾンジャンバーを持参したのである。
澎湖島は台湾の南の方だし・・・台北と比べればフィリピンに近いのだから、かなり暑いかも・・・
ということで、本日は唯一の半袖シャツを着用し、高雄にいた時は、まだ良かったが・・・
ゲゲッ!
怖ろしく寒い!
風がビュービュー吹くので、尚更、寒い!(涙)

“オバサン”たちも大騒ぎ・・・(大笑)
成田空港にコート類を預けてきた人は、預けずに持って来れば良かったとボヤいている。
そうだろうねぇ~・・・日本と変わらぬ寒さなんだもん・・・(笑)


より大きな地図で 馬公空港 を表示

午後6時を過ぎたら、あっという間に周囲が暗くなる。
平坦な島なんだと思うが・・・暗くて外の景色がよく見えない。(笑)
中国大陸の荒野の中を走っている感じ・・・
街灯も滅多にない・・・
バスのヘッドライトが頼り・・・という感じである。

ようやく町らしき場所が現れ・・・(大笑)
一軒の小さな食堂に案内される。
ここで夕食を食べるらしい。(笑)
日本の田舎の小さな大衆食堂のような食堂である。
まぁ・・・この島・・・いったいどんな島なんだろう?(大笑)
旅行社もすごいお店に予約を入れたもんだ・・・(大笑)
拙者は、豪華な中華レストランも嫌いじゃないが、こういう庶民的な店も嫌いじゃない。
(日本ではまず入ることはないが、海外では結構抵抗を感じないのである)

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すごいのは、食堂だけではない・・・(笑)
ここの料理!
これがまた凄い!・・・驚きものである!(笑)
全ての食べ物が甘いのである!
味噌汁らしきものが出たので、飲んでみたら・・・甘~い!(大笑)
次から次へと、これでもかって言うほど甘い料理が出てくるのである。
“コウノさん”が「さて、次の料理はどうでしょう?甘いですかね?」と笑いながら拙者に尋ねてくる。
「え~このテカリ加減ですと・・・このチャーハンも甘いような気がしますが・・・」と拙者。
「では、味見をお願いします」
「はい・・・では・・・お先に失礼して・・・ゲッ!」(笑)
大爆笑である。
もう皆さん大騒ぎ・・・文句タラタラである。
お茶でなんとか口直ししようと思っても、このお茶がまた砂糖がタップリというような甘いお茶!
“オバサン”たちがブーブー文句を言う。
甘くないお茶を頼もうとしたが、予想通り、言葉が通じない・・・(大笑)
ガイドの“張さん”を呼んで通訳してもらったら、“普通のお茶”はペットボトルしかないと言う。
仕方がないので、ペットボトルのお茶を買う破目となる。

“コウノさん”と、これは一体どういうわけかと推理して遊ぶことにした。(大笑)
拙者の説は・・・
1)この島の住民は全員が甘党だから・・・
2)日本人は甘いものが好きという間違った情報を得たので、大サービスで甘くした。
3)コックが塩と砂糖を間違えたまま、味見もせずに料理を作り続けた
4)コックが不在のため、子供に料理を作らせたら砂糖ばかりを入れやがった!(笑)
すべてありえる話だと大笑い。
もう、こうなったら遊ぶしかない・・・(大笑)
さて、次の料理は甘いか甘くないか・・・
(結局すべて甘かったのだが・・・)(笑)
本気で文句を言っていたのは“オバチャン”たちである。
さすがは“保守派”のオバタリアン・・・(大笑)
恐い・・・・(大笑)

こういう当たり外れも旅のいい思い出になるのではないかと、拙者は“コウノさん”と一緒に楽しんでいたが・・・
“保守派”のオバタリアンは、そういう気持ちの余裕はないようである。
視野が狭いのかな?(大笑)

ひでぇ食事だったが面白かった・・・が拙者と“コウノさん”の感想・・・(大笑)
不味かったのではない・・・
食材の味を全て台無しにするほど甘すぎただけである。(大笑)

夕食後、バスで馬公港まで移動・・・・
午後7時45分過ぎ、ホテルにチェックイン。
今日のツアーはここまで・・・解散!

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部屋は非常にシンプルである。
テレビ以外は・・・何もない・・・・(大笑)
このクソ寒い中、バスタブがないというのは、ちょっと寂しい気もするが・・・
まぁ、お湯が出るだけ良しとしよう。
フィリピンの山奥では、お湯もなく涼しい中、水を浴びざるを得なかった経験からしたらマシなほうである。(大笑)
ただ、悲しいかな・・・
部屋は禁煙!(大涙)
窓を開けてタバコを吸えばいいかと思って、窓を開けたら、台風並みの風が吹き込んできた。
これじゃ、タバコの火の粉がどこへ飛び散るやら・・・
あ~あ~参った・・・・(涙)

旅行 | 16:47:37 | Comments(0)
台湾歴史探訪の旅(8)
続いて向かったのは・・・高雄市・・・
むかし、むかし・・・今から30年も前に一度だけ来たことがある街であるが・・
あ~・・・全く記憶に残っていない・・・(大笑)
う~ん・・・どこか、池があって、中国風の五重塔のような塔が建っている場所で写真を撮ったような記憶がかすかにあるのだが・・・何しに行ったんだろ?高雄に・・・(大笑)

高雄の海軍基地に向かう・・・
ここは、日本統治時代は『高雄警備府』という日本海軍の施設があった場所。
現在は台湾海軍の『海軍左営基地』となっているが、正門が日本統治時代の遺跡として残っている。
基地の前なので、バスから降りず、車窓から見る。(笑)

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昼食を食べて、次に向かう・・・
町並みを見ても記憶はない・・・(大笑)
古そうな建物は30年前からあったと思うのだが・・・
ん?龍のようなモニュメント・・・
これだけ大きけりゃ記憶に残っていておかしくはないはずなのだが・・・(笑)
やっぱり記憶にはない・・・(大笑)

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次に向かったのは、『戦争與和平紀念公園』・・・・
ここには台湾籍の日本将兵の慰霊碑と資料館がある。
で・・・向かったはいいが、道路が大渋滞!
時刻は午後3時を回っている・・・
まずい・・・
この後、空港へ向かい、午後5時の飛行機で澎湖島(ほうことう)へ向かわねばならないのである!
道路は狭く、1本道・・・
全く車が動かなくなった・・・
対向車線も大渋滞・・・大型観光バスがUターンできそうな感じではない。(汗)

大渋滞の原因は・・・・

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地元のお祭りの行列のせいのようである。(唖然!)
お祭りに参加している方々の協力を得て、交通整理をしてもらい、なんとか大型観光バスをUターンさせる(笑)
お祭りの参加者達が手を振ってくれる・・・
こういう時は、こちらも精一杯手を振って御礼の意思表示をせねばなるまい!(笑)
ということで・・・窓にへばりつきみなさんに手を振って応える・・・
こんなことをしていたのは拙者だけかもしれないが・・・(大笑)
こういう、ちょっとしたことが、親日の人を作るか、反日・嫌日の人を作るかの“分かれ目”だと拙者は思うのである。
ボケェ~ッとバスに乗っていたのではいけないのである!(大笑)

目的地の『戦争與和平紀念公園』は、なんと直ぐ目の前にあった・・・(笑)
なにも大渋滞を起こしている車の列に並ぶほどのこともなかったのである。(大笑)
ついに雨がチラチラ降ってきたので、傘を持ってバスを降りる。
さぁ~急げ!
時間はないぞ!(笑)

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260_convert_20130322211014.jpg(台湾歴代戦没将士英霊紀念碑)

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これは「高砂義勇隊」など日本兵(日本人)として活躍した台湾人たちや日本軍とともに戦った軍属などの顕彰モニュメントのようである。

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これは、何と言っていいか・・・
追悼碑と名付けたほうがいいのか・・・
この公園にある記念館は、元・台湾出身の日本兵だった“許 昭栄”という人が個人で作った記念館である。
その許氏は、高雄市がこの公園名を改名する決議をし、台湾政府が「台湾無名戦士紀念碑」を撤去するという、台湾籍日本兵戦没将兵に対する差別的方針に対し、平成20年に、この場所で抗議の焼身自殺をしたという。
その焼身自殺した場所が、この四角い慰霊碑(?)追悼碑(?)が置かれている場所だそうだ。
80歳にして抗議の焼身自殺とは・・・
なんということか・・・
現在の台湾政府(国民党)は中国に擦り寄っているらしいからなぁ~
悲壮な覚悟で・・・だったのだろう・・・さすがに言葉を失ってしまう。

258_convert_20130322220252.jpg(戦争與和平紀念公園主題館)

抗議の焼身自殺をした“許さん”が建てた、この記念館を見学・・・
入場料は無料だったと思う。(拙者は支払っていない・・・)(笑)
受付で、日本語の資料がないか尋ねたら、A4版用紙1枚の解説書をくれた。
館内の撮影は自由とのこと・・・
ここの係員は若い男女数名・・・
大学生のボランティアなのかな?
拙者が一番乗りした後、しばらく経って後からゾロゾロと我がツアー客がやってきたので、日本語の解説用紙のコピーをするので大わらわの様子であった。(大笑)

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「白襷隊」「台湾農業義勇団」「台湾特設労務奉公団」「海軍工員」「巡査補」「高砂義勇隊」・・・・
台湾人が関係した各種組織名がパネルに並ぶ・・・・
どういう内容なのかの説明文は中国語なので、ボンヤリとしかわからないが・・・(笑)
有名なのは「高砂義勇隊」かな?
祖父がフィリピンで戦っていたときに、祖父が台湾に駐留中に教育・訓練した「高砂義勇隊」が応援に来てくれたという話を中学生の頃に聞いた覚えがある。

この「高砂義勇隊」に関しての何か本がないかと尋ねたが・・・
あらら・・・またまた英語が通じない・・・(大笑)
男子学生(?)が困り果てて(大笑)、女子学生(?)に助けを求めた・・・(笑)
この女子学生に見える若い女性は英語が話せるようで、ようやく話が通じる。
で・・・結果は・・・日本語の本も英語の本もないと言う。(涙)
少しだけ「高砂義勇隊」に触れた部分が載っている中国語の本のみしかないのだそうだ。
仕方がない・・・中国語でもいいから1冊買っておこうか・・・

というわけで、1冊、本を買うことにしたが・・・
この女の子がDVDも一緒にくれた・・・
館内のモニターで放映するためのDVDではなかろうか?
「これ、いいの?いくら?」
「タダで差し上げます」と言う。
でもね・・・これ、DVDの表に「備品」って書いてあるんだけど・・・(大笑)
「備品だけどいいの?」(笑)
「大丈夫!大丈夫!どうぞ、どうぞ!」(笑)
あらら・・・何かとても得しちゃったような幸せな気分!(大笑)
かたじけない!

時刻は午後3時半を過ぎている!
いつの間にか、拙者が一番最後となってしまった!
急いでバスに戻らねば!(大汗)


より大きな地図で 戦争與和平紀念公園 を表示

午後4時・・・
無事に高雄空港に到着する。

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空港の中は、思ったより明るく綺麗だった。(笑)
トイレ休憩を利用して、拙者はタバコを吸いに・・・・(大笑)
空港職員に喫煙所の場所を尋ねたら、空港の建物の外だと言うので、添乗員にタバコを吸いに行く事を伝えて、外に出る。(笑)
この“一言”を伝えるということが団体行動では大事である。
が・・・多くの方々は、そういうことをしない・・・
だから、人員点呼の時に誰がどこへ行ってしまったのかわからなくて騒ぎになったりするのである。
自分は旅慣れているんだとばかり、一人でどこかへウロウロと行ってしまう人が、団体ツアーの中には必ず一人はいる。
わがツアーにも、当然・・・いる・・・(大笑)
トイレに行く時も“一言”伝えておくということは大事なことである!(笑)

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我々が乗る「復興航空」のカウンター
これから午後5時発、馬公行きの飛行機に乗る。

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搭乗口のロビーには、何やら凄いモニュメントが・・・・(笑)
よく見たら・・・龍だった。(大笑)

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澎湖島の馬公空港へ向かう飛行機は・・・予想通りプロペラ機だった。(笑)
面白いことに、乗客は、飛行機の“お尻”の方から乗り降りするらしい。

プロペラ機に不安を持つ人もいるが・・・(笑)
拙者は高所恐怖症のくせに、プロペラ機はさほど恐くない。
ジェットコースターが大嫌いな割には、結構揺れるプロペラ機は好きなのである。(大笑)
エンジンに異常が発生した場合、ジェット機は真っ逆さまに墜落するだろうが、プロペラ機は滑空して不時着するものだと勝手に信じているのである。(大笑)

もろに気流の影響を受けて上下にガタガタ揺れながら飛行するプロペラ機・・・・
う~ん・・・戦時中の日本の爆撃機の搭乗員も、こういう揺れを感じながら飛行していたんだろうと思うと、追体験しているようで楽しくて仕方がないのである!(大笑)
ちょっと・・・拙者は頭がおかしいか?(大笑)

通路を挟んで2つづつの狭い機内・・・・
拙者のお隣は、“保守派”の女性の会の会長さん・・・
隣り合った“縁”で、おしゃべりをしたところ、お父様は戦車の開発を担当していた技術者だったと言う。
なんという偶然!
拙者は戦車師団の戦友会の事務局長である・・・・
「戦車」つながりの縁である!(喜)
話してみないとわからんものである。
だから、“出会い”は結構楽しいのである。
いやぁ~偶然とはいえ、この出会いには驚いた。(笑)
益々おしゃべりが弾む!


より大きな地図で 高雄国際空港 を表示


旅行 | 15:58:39 | Comments(0)
台湾歴史探訪の旅(7)
今度は、少し郊外へ移動・・・
向かったのは『烏山頭(うさんとう)ダム』・・・・
このダムは、嘉南平原の灌漑を目的として、日本統治時代の大正9年(1920年)から10年の年月をかけて建設されたダムだそうである。
このダムのところに、このダムを造った技術者の八田與一の銅像がある。
そのことは以前から知っていたので、是非、写真を撮りたいと思っていたので念願が叶った!(喜)

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銅像には、誰が供えたのか花束が・・・
銅像の写真を撮るのが趣味という拙者にとっては、まことに申し訳ないが、この花束は邪魔である。(涙)
やっと念願かなったのになぁ~・・・残念・・・
銅像の後ろには、八田夫妻のお墓が建てられている。

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この『烏山頭ダム』は、米国の『フーバー・ダム』が昭和11年(1936年)に完成するまでは世界最大のダムだったそうである。

このダムの一角が公園となっているが、そこに銅像とお墓があるが、敷地内の少し離れたところに『八田技師記念室』という記念館があるので、そこを見学する。

183_convert_20130320222622.jpg(八田技師記念室)

入館は無料・・・・
係員に館内の写真撮影の許可を得る。
で・・・最初に、我々日本人団体客の為に日本語の八田與一技師と烏山頭ダムに関するDVDを放映してくれたので、これを見ることにしたが・・・
写真を撮影してから気がついたが、モニターの画面の脇に「撮影禁止」の注意書きがあるではないか!
あれ?・・・写真を撮っちゃったけど・・・いいのかな?(大笑)

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八田與一技師は金沢市出身・・・・
台南市や高雄市の上下水道の整備なども担当したという。
烏山頭ダムを造った事で、平原には農業用水がもたらされ、穀物の収穫に大きく貢献したのである。
そこで、今でも「台湾水利の父」として台湾人に感謝されているわけである。
こういうことを殆どの日本人は知らないだろうなぁ~
戦時下の昭和17年、日本にいた八田技師は、フィリピンへの技術指導を要請され、「大洋丸」という船に乗り出発したが、5月8日、米潜水艦の攻撃を受けて「大洋丸」は沈没・・・
八田技師もこの時に命を落としたのである。
享年56歳・・・・

この「大洋丸」の沈没・・・
以前、長崎を旅していた時に慰霊碑に出会ったことがある。
長崎駅からそれほど遠くない場所にある「本蓮寺」という寺の前に「南洋産業建設殉職者の碑」というのがあった。
これは「大洋丸」に乗船して犠牲となった方々の慰霊碑で、碑文を書き写すのに手間取ったのでよく覚えている。
八田技師も乗っておられたとは知らなかった・・・・

この船には商社マンや占領地のインフラ整備のための技術者や学校の教師など民間人が多数乗り込んでいた。
いわゆる“その道”の優秀な人が選抜されて南方へ派遣されるため乗り込んだわけだが、一瞬にして海の藻屑と消えた・・・
日米開戦から半年も経たぬうち・・・
このため、日本による占領地の政策に大きく狂いが生じたともいわれている。
そんな話を知っていたので、“コウノさん”などにご披露したのだが・・・
“コウノさん”が「ここに大洋丸の写真があるよ!」と記念室の展示品を指差して教えてくれた。
あ・・・これが、あの大洋丸か・・・・
長崎の慰霊碑が目に浮かび・・・・感無量である。

記念室の職員に、八田技師に関する本がないかどうか尋ねたが、日本語のものも英語のものもないという。
中国語のものはあるそうだが・・・中国語では、ちょっとわかりづらい。
中国語を日本語か英語に翻訳したものが出版されていたらいいのになぁ~・・・残念である。

続いて向かったのが、記念室の直ぐ近くにある『旧放水口』・・・・

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終戦後の昭和20年9月1日・・・
八田技師の妻がここで投身自殺を遂げたらしい・・・
(正確な場所は知らないが・・・)
享年45歳・・・・
う~ん・・・何とも言いようがない・・・つらいなぁ~


より大きな地図で 八田技師記念室 を表示

更に続いて、バスに乗って、今度は八田技師たち日本人技術者が住んでいた家を復元してある場所を見学に行く。

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この建物は、崩れかけるほどのボロボロの廃屋だったものを復元したものである。

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こちらは、八田技師の住居・・・
家屋は崩れ去り、土台しか残っていなかったものを各種資料をもとに復元したらしい。

ここには、中国本土からの中国人団体観光客なども来ていた・・・
どんな説明を受けていたのか、ちょっと興味があるが・・・
軍国主義の日本の悪者の住処・・・なんて言ってるんじゃあるまいな?(大笑)

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この公園には、『絆の桜』と刻まれた、森喜朗・元総理の記念碑が建っていた・・・
ん?桜はどこだ・・・と見回したら・・・
向こうの方に、苗木があったので、多分、あれがそうだろう。(笑)
記念植樹でもしたんだろうねぇ~
上手く育って桜の花が咲いてくれればいいなぁ~と思う。
10年ぐらい経ったら、又ここに来てみるか?(笑)
結構、森・元総理もいろいろと活躍されているんだ・・・と思った。
他の方々は、あまり評価していないような口ぶりだったが、拙者は何もしないよりいいのではないかと思うが・・・どうだろうか?(笑)

旅行 | 14:56:57 | Comments(0)
牙?
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(台南市内)

『牙医』って・・・
どうも日本で言うところの『歯科医』ということではなかろうか?

台湾人には“牙(きば)”があるのか?(大笑)
牙を治療するのか?

う~ん・・・ちょっと恐い・・・・(笑)


看板・標識・標語など | 13:50:17 | Comments(0)
残障・・・
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(台南市警察局の前)

『残障専用』の標識

日本では『障害者』と表記されるが、台湾では『残障』である。
考えてみれば・・・『障害』というのは、ちょっと気になる“文字”である。
本人に対して“害”があるという意味なのか・・・
うがった見方をすれば、障害のある人は周囲の人に“害”を与えているというのか・・・
“害”という文字が、ちょっと引っかかるかも・・・

私は障害者の端くれだから、敢えて書かせてもらうけど・・・・

台湾の表記・・・『残障』は、もしかしたら適切な言葉かもしれない。
いわゆる日本で言うところの“障害”が残っている・・・という意味でしょ?
こちらのほうが、日本よりいいかも・・・

看板・標識・標語など | 13:35:39 | Comments(2)
台湾歴史探訪の旅(6)
午前8時半、ホテルを出発・・・
まずは、市内の日本統治時代の建物の見学である。

『台南地方法院』・・・台南地方裁判所である。
日本統治時代も、裁判所だったらしい。

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ドーム屋根の上に屋根があるのは、修復中の仮設屋根なのか、それとも保護のための常設屋根なのか・・・
特徴あるドーム部分がよく見えなくて残念である。

次が・・・『台南市警察局』
日本統治時代も警察署だった建物である。
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が・・・なぜか閉まっている・・・
今日はお休みなのか?
いやぁ~警察署に“休館日”があったらおかしいでしょ。(笑)
現在は使われていないのかな?

この『台南市警察局』の建物の道路を挟んだ向かい側に赤レンガの洒落た建物が・・・

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現在は『国立台湾文学館』となっていて、日本統治時代は『台南州庁舎』だった建物である。
建築家・森山松之助の作品で、大正5年(1916年)に造られた建物である。
平成9年(1997年)に修復され、平成15年に修復が完了し、文学館として利用されることとなったようである。

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こういう重厚な建物・・・好きだなぁ~(笑)


より大きな地図で 旧台南州庁 を表示

続いて向かったのは、『国立成功大学』・・・・
なんでここに行ったのかは、よく知らない。(大笑)

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どうも、この大学の『成功大学博物館』のところの門が、日本統治時代の遺跡らしい・・・
(よく知らないけど・・・)(笑)
この『成功大学』の“成功”は、勿論、台湾の英雄、鄭成功(てい・せいこう)の名が由来である。
この大学は“国立”であるから・・・
“国立”ということは、中華民国ということになるよね?
間違っても中華人民共和国じゃないよね?(大笑)
中国は台湾は中国だと言っているようだけど・・・

『国立成功大学』は、日本統治時代に台湾総督府が昭和6年(1931年)に設置した『台南高等工業学校』が前身だそうである。
初代校長は、若槻道隆という長野県出身の教育者。
どうも日本では大して著名ではない方のようである。
日本は、台湾には優秀で実力のある人材を送り出していたのだから、それ相当の人物だと思うのだが・・・
こういうところが日本の歴史教育の拙いところではなかろうか?
若槻初代校長は、拙者が生まれる1年前・・・昭和34年(1959年)に日本でお亡くなりになっているようである。

旅行 | 12:18:17 | Comments(0)
台湾のパトカー
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(台湾・台南駅前にて)

台湾のパトカー!

台南市政府警察局・第5分局のパトカー・・・・

ドアの下に書かれている文字の意味がわからないんですけど・・・
「報案請打」・・・
なんだろ?
これ・・・

「通をくれて、相手のところまで内してくれて、要があれば、相手をちのめしてあげます」という意味かな?(笑)

いやぁ~・・・まさか・・・違うよなぁ~(大笑)

看板・標識・標語など | 11:28:36 | Comments(0)
台湾歴史探訪の旅(5)
2日目・・・

朝食を食べていたら、“ヨコヤマさん”が台南駅を見に行って来たと言う。
“コウノさん”も見てきたと言う・・・
あらあら・・・皆さん、早起きして・・・さすがは行動が早い。(笑)
(敢えて、年寄りだから・・・なんていうことは言わないですよ)(大笑)

朝食後、出発まで時間があるので、早速、一人で台南駅を見に行く事にする。
時刻は午前7時半・・・・

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(在来線・台南駅)

在来線の「台南駅」は、レトロな建物である。
こういうの・・・好きなんだよなぁ~(笑)
日本統治時代の明治33年(1900年)に台湾総督府がここに駅を設置したらしい。
当時は、どういう駅舎だったのかは知らないが・・・
昭和7年(1932年)から4年もの歳月をかけて改築したのが、今の駅舎のようである。
ルネサンス様式の建物である。
左右対称を重視し、円柱やアーチ、壁には絵画や模様を施すのが特徴・・・だったかな?(笑)
「コロニアル風」という表現もある。
“コロニアル”は、「植民地」という意味のスペイン語が語源だそうで・・・
スペイン統治時代の白くてベランダが付いている建物を「コロニアル様式」などと呼んだりしている。
中央に玄関があって、窓は大きく左右対称、柱は円柱・・・だったかな?(笑)
ん?
そうなると、まさしく白亜の駅舎だから・・・これは「コロニアル」?
ルネサンスとコロニアルが混じったもの?
いや、もしかして、これは「ネオ・ルネサンス式」と呼ぶべきか?
どれが正しいんだろ?
実際にここに来て見てみなければ、建築士の“ウメちゃん”も“シミズくん”もわかるまい!(大笑)
プロの彼らが、こういうところを見ずに、素人の拙者がこういう素晴らしい建物を見に来るというのはいかがなものか・・・
日本の建築士は「お勉強」が足りないのではないか?(笑)
だから面白くもないデザインの建物ばかり建てちゃうんだよね?(大笑)
こういう建物をなぜ建てぬ!
・・・と、ブツブツ言いながら駅に向かって歩く。(笑)

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なんというか・・・懐かしいというか・・・レトロな雰囲気がなんとも良い!
なんとなく、雰囲気が九州の門司港駅に似ている感じがした・・・

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柱の上のほうには、日本統治時代の古い写真が何枚も飾られていた・・・
国防婦人会の方々や、日本軍のどこかの部隊などの集合写真・・・
改築当時のこの駅舎と駅前のロータリーが写っている写真など・・・
これもまた良いなぁ~

ワクワクしながら駅舎の内部を散々見て回っていたので、待合席の乗客たちから奇異な目で見られてしまった。(笑)

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駅前をグルリと回ってみる。

と・・・ロータリーのところに、銅像が・・・

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この銅像は、「鄭 成功(てい・せいこう)」という人の銅像である。
この人には日本人の血が流れている。
母親が日本人で、日本の平戸で生まれ幼少期を平戸で育っている。
寛永元年(1624年)のことである。
その後、中国に渡り、清に滅ぼされそうになっている明の肩を持ち抵抗運動に参加するが大敗・・・
台湾に渡り、当時、台湾を占拠していたオランダ人を駆逐して、態勢を立て直そうとしていたが、台湾で死去した。
なんか・・国共内戦に敗れ、台湾に逃れてきた蔣介石とダブるが・・・(笑)
鄭 成功は、台湾の発展の基礎を作った、民族的英雄だとされている。
台南市には、この人の息子が作った父親を祀った廟があるから、多分、駅前に銅像が立っているのだろう。

う~ん・・・是非とも近づいて写真を撮りたいものだ・・・と思ったが・・・
ロータリーに渡る横断歩道が・・・ない!(涙)
目の前には、警察署がある・・・
う~ん・・・警官の前で車道を渡っていいものか・・・(笑)
もし、逮捕されたら、アホな日本人観光客を演じれば許してもらえるかな?(大笑)

意を決して車道を渡ることにしたが・・・
これがなかなか難しい・・・(笑)
直進、左折、右折、ロータリーを1周する車・・・
信号を見ていても、どの車線の車がどう動くのかがわからないのである!
そこに来て、信号を無視(?)して突っ込んでくるバイクがいるのだから、渡るタイミングを図るのが大変!
右見て、左見て、また右見て、左見て・・・いつまで経っても恐くて渡れない!(大笑)
ようやく小走りに渡る!(笑)

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ここからだと、台南駅を真正面から撮影できる!(喜)

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ふと、足元に目をやると・・・
銅像の下に・・・ウンチ!(驚)

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う~ん・・・台湾の英雄の銅像の下にウンコとは・・・
犬のウンコか、人間のウンコか・・・
どうも最近、親父の介護をするようになってからウンコと縁があるような・・・(涙)
どう見ても、人間のウンコのようである。
ケシカラン奴がいるものである。
それも一人や二人じゃないぞ・・・これ・・・
中国共産党員の嫌がらせか?(大笑)

散策を終えて、ホテルに戻る。

099_convert_20130319105853.jpg(拙者が泊まったホテル)

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拙者の部屋から、台南駅のほうを撮影する。
あ~・・・ここから良く見えるんだ・・・と帰る時になって気がつく・・・(大笑)

時刻は8時20分・・・
出発まで、あと10分しかない・・・
急いで荷物をまとめてロビーに下りる。

室内は禁煙なので、外で一服・・・と思ったら・・・その時間がない!(笑)
みなさん、すでにバスに乗られている。
人員点呼・・・
我が班は更に2つに分かれ、“ヨコヤマさん”を班長に、“コウノさん”と拙者の3名で1班を構成することになった。
で・・・拙者は“ヨコヤマさん”を「班長殿!」と呼ぶことにしたが、そのうち「小隊長殿!」と変えた。(大笑)
「小隊長殿!人員点呼!イチ!ニ!サン!」・・・「3名揃っております!異常なし!」(笑)
3名しかいない班なので・・・人員点呼は簡単である。(大笑)
これには“コウノさん”がニヤニヤ笑う。
どうせ旅をするなら楽しく旅をしなくちゃねぇ~(大笑)
拙者は、ふざけるのが大好きなのである。(笑)


より大きな地図で 台南駅 を表示


旅行 | 10:22:28 | Comments(0)