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■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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蕩尽王、パリをゆく
蕩尽王、パリをゆく―薩摩治郎八伝 (新潮選書)蕩尽王、パリをゆく―薩摩治郎八伝 (新潮選書)
(2011/11)
鹿島 茂

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第1章 東洋のロックフェラー

第2章 勤倹の祖父

第3章 文化的消費のはじまり

第4章 憧れの地ロンドンへ

第5章 タナグラ人形とロシア・バレエ団

第6章 イザドラ・ダンカンとの邂逅

第7章 カブキ・バレエを構想す

第8章 コナン・ドイルとアラビアのロレンス

第9章 アラビアのロレンスとの握手

第10章 外人部隊に入隊す

第11章 除隊までの6ヵ月

第12章 ミ・カレームの日、パリに上陸す

第13章 公爵夫妻に憧れる

第14章 ブルターニュ旅行

第15章 モンマルトル案内

第16章 失われた純愛

第17章 伯爵夫人のバタフライ

18章 藤田嗣治との出会い

第19章 仮装舞踏会

第20章 マリー・ローランサンのモデル

第21章 ラヴェルの朝

第22章 器楽的幻想

第23章 国際的大文化事業

第24章 伯爵令嬢の調査書

第25章 華燭の典

第26章 エレガンス教育講座

第27章 パリ式夫婦生活

第28章 ギャルソニエールのランデブー

第29章 スフィンクスの女

第30章 ミュージック・ホールの美女たち

第31章 『修善寺物語』パリ上演

第32章 在パリ日本人美術界の内紛

第33章 美術批評家としての眼識

第34章 交際した三人の作家

第35章 パリ日本館を開館

第36章 日本への失望とフランスへの「帰国」

第37章 帰朝と東南アジア歴訪

第38章 「わが青春に悔いなし」

あとがき

薩摩治郎八単行本著作リスト



薩摩治郎八という人は、昭和初期の人物。
何がすごいかというと・・・
祖父、父が築き上げた財産を使い果たし、一文無しとなったのである。
貿易商の祖父がコツコツ築き上げ、父がそれを守りながらコツコツと築き上げた、現在の価値でいうと800億円にもなる財産をフランスのパリで使い切ってしまった男である。
これは尋常な人物ではない。
「バカ息子」「放蕩息子」と言われてもいい男なのだが、これがただの「バカ息子」ではないから、また凄い。
フランス政府にパリ日本館の建築費約40億円をポンと寄付したり、著名文化人と交流したり、パリの社交界で日本の“株”を大いに上げた人なのである。
カネを稼ぐより使うほうが得意という人か?
なんとなく自分に似ている面もあり(大笑)、親近感を持ってしまった。
自分も、このくらいの財産があったら、このくらいのことをしたかも知れないなぁ~と思ったりする。
どこか共感してしまうところがある。
ただの「バカ息子」ではない・・・

「セレブ」という言葉が最近流行している。
が・・・
本来の意味は「セレブリティ」(有名人)という意味だが、なぜか「金持ち」と誤用されている感がある。
銀座や六本木あたりをブランド品を身につけて闊歩し「セレブ」ぶっているバカがいるが、これらは本来の意味での「セレブ」ではない。
薩摩治郎八のような人物が本物の「セレブ」である。
パリの社交界で著名な日本人なのである。
極々普通の日本人女性である奥さんにパリの社交界に通用するよう“改造”を施したゆえに、この奥さん・・・
パリのファッション雑誌の表紙を飾るくらいの社交界の「華」となる。
夫婦揃っての「セレブ」(有名人・著名人)である。
で・・・奥さん一筋かというと、そうでもなさそうで・・・
独身の頃から、かなり女性関係も華やかだったようである。
うらやましい限りである。

本書は、この薩摩治郎八の書き残したものなどを丁寧に検証する手法で、この人の伝記を書き上げている。
が・・・本人の「回想」は年月日も結構いい加減だし、内容も果たして事実なのかどうかと疑うような内容である。
これを検証していくので、いわば「歴史探偵」みたいな感じ・・・
かの有名な「アラビアのロレンス」と本当に会ったのだろうか?
ならば、それはいつ頃のことだろうか・・・等々の検証作業・・・
長々と検証過程が語られるので、少々読みづらいかもしれない。
西洋史、西洋美術史等々の知識があれば、彼が交流を持った登場人物がどれほど凄い人なのかがわかるのだろうが、残念ながら西洋に興味の無い私にはさっぱりわからなかった。

この人のもう一つの凄さは、第二次世界大戦勃発時に、当時日本に帰国していた彼はパリに戻ったことである。
多くの「フランスかぶれ」が、いとも簡単に帰国船に乗り「フランスを捨てた」にもかかわらず、彼は逆に「フランスに帰国(戻った)」したのである。
普通の人ではできないことである。
そのくらいフランスを“愛して”いたのだろう。
さすがはパリ社交界の「セレブ」である。

その後、彼は無一文となり日本に舞い戻る。
で・・・1965年(昭和40年)にフランス政府から芸術文芸勲章の受章の知らせが届き、フランスへ向かう。
旅費滞在費はフランス政府持ちであったという。
その後、1969年に再度フランス外務省から招待を受けてフランスへ向かったが、これが彼の最後の旅となる。
1976年(昭和51年)に74歳で他界したのである。
なんという人生送ったのだろうか・・・うらやましい限りである。

かなり昔の人だと思っていたら、私が中学生の頃まで実在していた人だったとは驚いた。
こういう人生を送った人もいるのか・・・
面白い人である。
うらやましい人である。
とにかく・・・うらやましい・・・


今年の読書:77冊目



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読書 | 13:47:17 | Comments(2)