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■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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小説 後藤新平
小説 後藤新平―行革と都市政策の先駆者 (人物文庫)小説 後藤新平―行革と都市政策の先駆者 (人物文庫)
(1999/08)
郷 仙太郎

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没落

東京遊学の失敗

貧乏医学生

異色の内務官僚

投獄と復活

台湾に新天地

行革断行、人材登用

ゲリラの投降式に単身参加

山県有朋と争う

満鉄で夢みた近代都市

御親兵一割の損

俺の言うことを聞かないくらいの奴がいい

伏魔殿東京市に乗り込む

欧米に負けない首都の建設を

関東大震災に際して遷都論を打ち消す

復旧ではなく復興を

生まれるのが早すぎた

あとがき

解説



後藤新平という人は、ある意味異色の政治家といえると思う。
そもそもは医者だったが・・・
その後、官僚となる。
台湾民政長官として台湾の経営を・・・
その実績を買われて満鉄総裁として満鉄の経営を・・・
(ということは、経営者・・・でもあるということになる)
で・・・更に請われて東京市長(今の東京都知事)へ・・・
関東大震災後の復興に当たっては帝都復興院総裁となり復興計画を策定する。
どの立場においても、言うことがデカイ!
そのため「大風呂敷」と揶揄されたが・・・
そのスケールの大きさのおかげで、台湾の統治、満鉄の経営は成功したのである。
が・・・震災復興では、かなり計画を縮小させられた。
あまりにも話がデカ過ぎて・・・ということらしい。
後藤新平の言う通りに実行されていたら、東京都はかなり違っていただろう。
昭和天皇も、そのことを認めていたという。
もし、後藤の都市デザインの構想が実現していたなら、戦災の被害もかなり少なくて済んだだろうという。
昨年の東日本震災で「復興」の話が出た時に、後藤新平の名が取上げられたが、すぐにマスメディアから消えてしまった。
なぜだろう?
後藤新平のような遠大な構想なんかを持ち出されたのでは堪ったもんじゃないと政界・財界・官僚の“スケールの小さい”連中が阻止したのだろうか?(笑)
第二の「後藤新平」の出現はない・・・・
かなり国民の質が落ちたようだ・・・
後藤新平は、目的達成のためには、良いという事ならば、がむしゃらに突っ走ったようなところがある。
台湾を良くするためには、どうすべきか・・・
それなら、こうしよう!・・・と突っ走る。
初代台湾総督の樺山資紀、二代目の桂太郎、三代目の乃木希典と・・・台湾経営は上手くいかなかった。
四代目の児玉源太郎の時に、後藤は民政長官として手腕を振るった。
上司に恵まれていたと言えよう。
この時期が一番良かった時期かもしれない。
後藤も偉いが、児玉はその後藤に思う存分やらせたんだから、その度量はすごい。

今年の3月に台湾へ台湾統治時代の遺跡を見に行ったが・・・・
なるほどねぇ~・・・今の台湾の基礎を作ったのは児玉と後藤のコンビであったというのが良くわかる。
後世に残る素晴らしい仕事をしたのである。
今の政治家や官僚では無理だろうなぁ~

後藤は政治的駆け引きには疎かったせいか、政治的には敗北したとも言われている。
だから後世にまともな評価を得られていないのか?
なんとも惜しい・・・・

本書は、この後藤の伝記小説であるが・・・
副題が珍しい・・・
「行革と都市政策の先駆者」・・・とある。
ちょっと変わった副題だなと思ったら、著者は東京都の副知事・青山佾(やすし)である。
「郷仙太郎」というペンネームで本書を執筆している。
なるほどね・・・
都庁の“官僚”が描いた後藤新平・・・・面白い。
本書は、こういう人が書いたことに意味があるかもしれない。
本書は1997年に単行本で出版されたものであるが・・・
その後、第二の「後藤新平」は登場していないような・・・(笑)
そこが、ちょっと残念かな・・・

今こそ第二の後藤新平に登場してもらいたいのだが・・・
1年経っても、東日本大震災の復興は・・・????である。
残念・・・・

後藤新平を知るには、非常に読みやすくわかりやすい本である。
好著なり!



今年の読書:42冊目



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読書 | 19:46:33 | Comments(0)