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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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大使を国外退去?
シリアのアサド政権が反体制派へ弾圧を加えていることに対し、欧米各国がアサド政権への圧力を加えるために自国駐在のシリア大使に国外退去を要求しているという。
で・・・これに追従して・・・
日本政府もハバシュ駐日シリア大使に国外退去を要求したそうである。

え?・・・うそ・・・(笑)
日本独自の判断ではなく、欧米に歩調を合わせるということらしいが、なんと自立性のない判断か・・・
だいたい、“反体制”に対して政府が何かしらの弾圧をするのは当然のことだと思うんだけどなぁ~
25日から26日にかけて、アサド政権側の攻撃で100人以上が“死んだ”ことが欧米各国のシリア大使国外退去要求のキッカケらしいが・・・
100人以上が“死んだ”というのは、確実に間違いなく確認した人数だろうか?
反体制側のプロパガンダということもありえるのではないか?

シリア大使館が何かしら日本の国益を損ねるようなことをしたって言うなら、駐日大使の国外退去を要求するのもわかるが・・・
欧米の顔色伺いで行うとなると情けない。
“人道的”といっても、果たして欧米人達のいう“人道的”が本当に純粋なものかどうかはわからないのではないか?
過去の事例を見ても・・・・

ここは日本は独自の判断をすべきではなかったか?
欧米各国が大使を国外退去するよう要求する中、日本は退去は要求しない。
が・・・毎日、呼びつけて説教します・・・とか・・・(大笑)
駐日大使がノイローゼになって国外に退去するのは自由ですからどうぞ・・・と・・・
「我が日本は、お互いの意思疎通の機会を保持するため駐日大使の国外退去は要求しません!」
「何百回でも呼びつけて、わかるまでトコトン話し合います!」
・・・って言ったら、さすがは武士道の国だ・・・と評価が上がるかもしれないのにねぇ~(大笑)

ちなみに、駐日大使の国外退去の要求は、過去に例がないとか・・・
あらら・・・みっともない前例にならねばいいが・・・

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エッセイ | 19:50:20 | Comments(0)
福岡連隊史
福岡連隊史

著者:杉江 勇
発行所:秋田書店
昭和49年1月20日 初版発行
定価:1,500円

序に代えて

60年の伝統に輝く基幹連隊
~歩兵第24連隊~
   第24連隊の誕生
   日清戦争での武勲
   日露戦争への出兵
   鴨緑江の死闘、第5中隊
   沙河に死す第3中隊
   奉天への遠い道
   日露戦争からの凱旋
   シベリア出兵
   上海事変と碇大隊
   ソ満国境へ
   第24連隊台湾に死す

ガダルカナル・ビルマに死の苦闘
~歩兵第124連隊~
   第124連隊の出征
   杭洲湾に敵前上陸
   日華事変・軍旗に誓う
   大陸に戦火は続く
   太平洋戦争へ突入
   ガ島は、やがて、“餓島”へ
   死の命令、次々に
   川口少将、罷免さる
   軍旗を腹に、ガ島撤退
   烈部隊、ガ島からコヒマへ
   軍司令官、師団長を面罵
   最大の抗命罪
   壊滅したウ号作戦
   軍旗を焼くの日

中国雲南省の奥地で全滅の悲運
~歩兵第113連隊~
   高良台でジャングル」訓練
   竜と菊とのビルマ戡定競争
   つかの間の平穏のひととき
   王女姉妹
   蒋総統の暗号命令
   地雷原に百頭の牛
   拉孟・騰越、鉄と肉との戦い
   雲南にのたうつ竜
   東条内閣倒る
   拉孟守備隊玉砕
   騰越守備隊も玉砕
   鬼哭啾々、ビルマの山野に

大陸に最長距離の徒歩行軍記録
~歩兵第226連隊~   
   華北派遣の連隊
   血に染む中条山脈の道
   死闘・晋南作戦
   白根中佐と岩熊中尉
   渡らんかな大黄河
   敗戦への長い長い行軍

その他の部隊
   ノモンハンを血で染めた第72連隊第2大隊
   2箇大隊、硫黄島に玉砕
   沖縄、フィリピンでも
   無傷に終わった内地野戦部隊

付録
   各戦友会代表(所在地および氏名)
   歴代連隊長写真

あとがき



今年の読書:44冊目



読書 | 01:08:51 | Comments(0)
報告会
今日は、昨日とは打って変わって・・・晴れ!(笑)
“カメイさん”の「報告会」の会場へ向かう。

報告会・・・
例の空援隊のいい加減な遺骨収集の“後始末”の件である。
フィリピン大統領直属の先住民族委員会とも話し合いをもったそうで・・・・
先祖の骨を盗まれた先住民族としては、何らかの儀式を行い先祖の霊を慰めないといけないそうだ。
それには、かなりのお金がかかるらしい。

で・・・どうするの?(笑)
「空援隊の連中は、とんでもないことをしてくれたものだ」と言ってばかりでは話は進まないでしょ?
で・・・どうするの?
我々が資金を提供するの?
我々が「同じ日本人」ということで謝罪するの?

意見を求められたので、意見を言ったら・・・・
参加されていた、ある大学教授から「そういう具体的な話はやめてください!」と一喝された。
嘘でしょ?
具体的な話をしなくてどうするの?
“カメイさん”は山奥の先住民族と15年以上もの交流を続け、個人的に遺骨の調査や収集をしてきている。
先住民族としては、クレームは全て“カメイさん”のところに来てしまうのである。
それに対して「俺は知らない」と彼が言ったら、同じ日本人として彼が批判に晒されるのではないか?
助けを求めても助けてくれない・・・と、彼が“悪者”になぅてしまうんじゃないの?
筋としては空援隊が責任を取るべきだろうが・・・
彼らは平然として開き直っているんだから、どうしようもない。
先住民族の悲しみや怒りを、どう収めるべきか・・・・
我々はそのバックアップのために集まったのではないのか?
具体的な話はやめろ・・・では、何しに集まったのやら・・・である!(怒)

大学の教授なんて、こんなものなのかね~
こういう人達が世間では“有識者”と呼ばれるのだろうか?
こういう“人種”が「有識者会議」なんてやるから、何も決まらないんじゃないの?(大笑)

相変わらず「あいつらは怪しからん」のオンパレード・・・・
だ・か・ら・・・どうするんですか?
文句を言っているだけじゃダメでしょ?
「たとえば、フィリピンの先住民族を原告に日本で裁判を起こすというのは?可能ですかね?」と言ったら・・・
「おお、多分、できるんじゃないか?うん、出来るはずだよ」と某参加者・・・
法律の専門家でもないのに言い切れるのかね~?
「いや、多分・・・ではなく、専門家に聞いてみるというのはどうですか?外国人が日本で原告になれるのか?裁判に訴えることは有効か?裁判沙汰は止めたほうがいいとか・・・いろいろ意見をもらえるでしょ?弁護士にでも聞いてみたらどうですか?」
「ああ~○○さんという人、あの人、弁護士なんだけど・・俺、知ってるよ~有名な人なんだよね~」
「じゃぁ、その人に相談してみたらどうでしょう?」
「いやぁ~無理だろ~忙しい人だから・・・」
「聞いてみないとわからんでしょ?まずは連絡してみないと・・・」
「いやぁ、忙しいよ。無理だな」

俺は有名人の誰それを知っているだとか、フィリピンの風習はどうのこうの、日本の法律はどうのこうの・・・
薀蓄を語るのも結構、自慢話をするのも結構だが・・・それでは話は一向に進展しない。
こういう“年寄り”が多いんだよなぁ~
自分の自慢話ばかり・・・

で・・・最終的には「そういう具体的な話はやめろ」・・・である。
じゃぁ、何しにみんな集まったの?
愚痴と文句と自慢話かよ・・・(唖然)

これじゃ空援隊には勝てないな・・・
相手のほうが1枚も2枚も上手(うわて)である。
NHKの「空援隊による遺骨盗難疑惑」の番組放送に対して名誉毀損で裁判に訴えたんだから・・・
(訴えは退けられたようだが・・・)
これで、他の報道機関は裁判沙汰になることを避けて報道を自粛せざるを得ない。
うまい作戦である。
訴えが退けられても裁判沙汰にしたということで、効果があったわけだ・・・

3時間ほどの会合・・・
途中、拙者が4月に行ったルソン島山岳地帯への慰霊の報告をしてくれと“カワムラさん”に頼まれ、簡単にご報告をさせていただいたが・・・
なんとも“不完全燃焼”の会合だった・・・

「具体的な話はやめろ」は違うだろう・・・納得がいかぬ・・・
大きなことをしなくてもいいから、自分達で出来ることをやるべきではないか?
不満が残ったまま・・・・帰宅!

日記 | 21:21:05 | Comments(0)
総会
今日は、法人会の定時総会・・・・
“ウメちゃん”を誘って、一緒に電車に乗って隣り町の会場に向かう。
“ウメちゃん”は法人会の会合初参加である。(笑)
“ウメちゃん”の父親が代表をしている法人企業があるが、“ウメちゃん”は、そこの従業員ではない。
もう一つの父親名義の個人企業の専務をしている。
と・・・自分自身が所長をしている設計事務所・・・・
だから、「法人」の関係者ではないので、今まで一度も会合に出てきたことはない。
が・・・彼を無理やり誘ったのである。(笑)
基本的には父親が代表をしている法人の従業員でなくても、その代表者から代理を要請されて参加する分には問題はない。
あくまでも、その企業が参加するかどうかで、代表者(社長)でなければ参加できないというわけではないのだ。

今回の総会は、我が法人会が「公益法人」となった第1回目の総会である。
が・・・いつもと変わらぬ“シャンシャン総会”(質問も意見もない拍手だけの総会)・・・・
「今までの法人と、今度の公益法人との違いは何か?」くらいの質問が出ても良さそうなのだが、どこからも出ない・・・
まぁ、そんなものだろう・・・・
公益社団法人となって第1回目だが、創立からの通算で第30回目の定時総会なのだそうだ・・・
よくわからん・・・
まぁ、なんでもいいんだろう・・・そんな細かいこと・・・
どうせ、「公益」の意味も良くわからずに「公益化」したんだから・・・そんなものである。(笑)

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相変わらず「総会で質問するのか?」と尋ねてきたバカがいた。(怒)
事前に理事会で決議して上程してある議案である・・・
理事の拙者が総会で質問や意見を言う権利はない。
もう承認済みなんだから・・・
仮に、理事会で審議していない内容や、理事会での決定事項と違うものが、いきなり出て来たというなら話は別だが・・・
通常は、そういうことは起こらない。
事前の理事会で審議され承認された議案しか出てこないのである。
こういうことも知らないんだから、こういう組織の役員や理事の資格があるんだろうか?
レベルが低いんだよなぁ~!(怒)

総会の後は、記念講演会・・・
今回は、毎日新聞論説副委員長の与良正男さん・・・・
拙者は名前を聞いても誰のことかわからなかったが、お顔を拝見したらわかった!(笑)
見たことある・・・テレビで・・・
確か、みのもんた氏の番組でコメンテーターをしている人だ・・・(笑)
滅多に、というか、最近は全く見ていないので、以前、チラリと見た記憶しかないが・・・(笑)

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混迷する政局と日本の行方・・・がサブタイトルだが・・・
“掴み”の話の、みのもんた氏の亡くなった奥さんの話のほうが意外と長く・・・(笑)
う~ん・・・結局、政局の話は・・・・よくわからない。(大笑)
まぁ、これも、こんなものよ・・・
講師の先生には申し訳ないが・・・講演会なんてこんなものです。(笑)
今まで、頭に残ったり我が人生に影響を与えた(大笑)講演会は一つもない・・・・
多分、拙者の頭が悪いからなのだろうが・・・

講演会の後は、懇親会・・・・

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初参加の“ウメちゃん”は懇親会には出たくなかったようだが、無理やり付き合わせる。(笑)
「年会費を払っているんだから飲み食いしなかったら損だよ~」(大笑)

外は・・・なんと豪雨!
あら・・・いつの間に・・・・
雷鳴が轟く・・・・

参ったなぁ~
実は、懇親会が終わったら東京へそのまま真っ直ぐ行く予定なのである。
あらら・・・電車・・・来るかね?(大笑)

済州島から帰国早々、従軍経験者の“カワムラさん”から、お電話を頂いた。
多分、88歳ぐらいになられると思うが・・・
たしか南方軍の通信隊にいた方で、フランス語と英語を流暢に話される“おじいちゃん”である。
“カメイさん”がフィリピンから帰国したので、その報告会をするので来ないかというお誘いである。
“カワムラさん”は、いつもお誘いをしてくださるのである。
行かねばなるまい・・・(笑)
ということで、今晩は前泊・・・ホテルに泊まるだけだから電車が遅れても東京へ行けさえすればいい。(笑)

駅で“ウメちゃん”とお別れ・・・
拙者は特急で上野駅へ・・・
雷雨の割には、それほどの遅れもなく、無事に特急がやって来た!(喜)
“ウメちゃん”は、特急の前に来る“鈍行”には乗らず、特急の後に来る“鈍行”に乗って家へ帰る。
すみませんねぇ~付き合わせちゃって・・・・(笑)
お見送り・・・かたじけのうございます。

日記 | 19:33:17 | Comments(0)
北方領土交渉秘録
北方領土交渉秘録―失われた五度の機会 (新潮文庫)北方領土交渉秘録―失われた五度の機会 (新潮文庫)
(2011/04/26)
東郷 和彦

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文庫本のためのまえがき

プロローグ 証言台

第1章 ソルジェニーツィンにならって
 事情聴取
 2回目の事情聴取
 辞表を書く理由は無い
 外務省退官
 日本脱出
 国内における混乱の始まり
 国内混乱の背景
 オランダ大使として
 ソルジェニーツィンとしての闘い
 ロンドンでの取調べ
 老犬「ジェニー」の想い出
 ライデンでの生活
 証人要請と帰国断念
 米国へ
 懐かしい声

第2章 ロシアとの出会い~青年外交官時代
 偶然に始まったロシアとのかかわり
 ソ連社会との出会い
 田中総理の73年モスクワ訪問
 日ソ政治関係の停滞
 2回目のモスクワ勤務
 「開かれた政務班」を目指す
 「アンドロポフだ」

第3章 ゴルバチョフ書記長の登場
 日本側からの積極的なアプローチ
 閉ざされた最初の窓
 中曽根前総理のモスクワ訪問
 ゴルバチョフ訪日の準備再開
 シュワルナゼ外相の88年訪日
 パリ会談における宇野発言
 拡大均衡路線
 閉ざされた2回目の窓

第4章 ゴルバチョフ大統領の日本訪問
 領土論争の骨格
 シベリア抑留者問題
 活発化する人的交流
 4島とサハリンの変化
 国際関係の中での日ソ
 帝政ロシア・ソ連邦元首の初来日

第5章 ロシア連邦の成立
 ひと休みの日ソ関係
 ソ連邦崩壊
 激震日ロに及ぶ
 対ソ連・ロシア「新政策」の立案
 中山外相のモスクワ訪問
 
第6章 ロシア「92年提案」と東京宣言
 ロシア側による「92年提案」論考
 消え去った「92年提案」
 閉ざされた3回目の窓
 関係修復への努力
 エリツィン大統領の日本公式訪問
 エリツィン訪日と東京宣言

第7章 ロシア内政の季節
 ロシア社会~混迷からの脱却
 小休止の平和条約交渉
 経済関係推進の努力、防衛交流の大幅拡大
 4島周辺漁業交渉始まる
 ロシア指導部へいかにして食い込むか
 次席公使公邸を活用した招宴外交
 バーリャとの寂しい別れ
 日ロ関係活気づく
 
第8章 エリツィン第二期政権の始動
 重層的アプローチと車の両輪論
 暗雲下の1997年
 エリツィン第一線に復帰
 日露関係も始動
 デンバー・サミットと「極東信頼構築サミット」の合意
 経済同友会演説
 4島周辺漁業協定
 東アジア政策再考

第9章 クラスノヤルスクと川奈
 2000年までに平和条約締結という目標
 外務省が動く
 国境線確定論の登場
 川奈会談と報道合戦
 川奈会談残影
 閉ざされた4回目の窓
 高村外務大臣のモスクワ訪問
 25年ぶりの総理公式訪問
 モスクワ提案とは何か
 ケルンでの10分間
 
第10章 プーチン首相の登場
 キルギスの衝撃
 小渕・プーチン会談
 難しい次の一手
 橋本・エリツィンの電話会談
 国後島訪問
 欧亜局長としての最大の失敗
 1999年末の風景

第11章 プーチン政権との交渉開始
 戦略の見直し
 小渕総理倒れる
 森総理のサンクトペテルブルグ訪問
 プーチン訪日の前哨戦となった沖縄
 欧州とサハリンへの出張
 8月の陣ーロシアと何を合意できるか
 雰囲気の変化
 
第12章 イルクーツクへの7ヵ月間交渉
 交渉の基礎となる共同声明(東京首脳会談)
 1956年宣言を議論する意味
 2島のみの決着は有り得ない(10月次官級協議)
 ロシアを動かす(11月外相会談・首脳会談)
 陰腹を切ってあたる(11月事務レベル協議)
 2000年末の交渉風景
 新チャンネル開設への努力(12月鈴木・イワノフ会談)
 頬がこける激論(1月外相会談)
 交渉再起動(2月から3月事務レベル)

第13章 2001年3月イルクーツク
 会談前夜
 NHK「プーチンインタビュー」の衝撃
 1時間50分の首脳会談を経て
 島が一番近づいた日
 イルクーツク後の展望

第14章 2005年3月モスクワ
 中国の台頭を懸念するロシア
 「鈴木排除」のもたらした重大な影響
 暗礁にのりあげた日露関係
 雪のトベルスカヤ大通り

エピローグ
 北方領土問題
 冷戦の終了と日ソ、日露関係をとりまく構造の変化
 「51対49」という精神

あとがき

解説(佐藤 優)

『北方領土交渉秘録』関連年表



今年の読書:43冊目



読書 | 03:24:44 | Comments(0)
それが顧客サービスですか?
親父の携帯電話の液晶が壊れたようだ。
正確には、不具合がある・・・と言ったほうがいいかもしれない。
液晶が横1本、表示されないのである。
しかも、ちょうど真ん中の1本が消えてしまっているから“8”なのか6”なのか“0”なのか区別がつかないのである。
これでは不便だろうと、親父の携帯を持ってドコモ・ショップへ相談に行く。

話を聞いたところ、現在溜まっているポイントで新しい電話と交換が出来るとか・・・
ただし、ここでは受け付けていなくて、自分でドコモへ電話をしなくてはならないという。
なんとも面倒くさい話である。
ドコモ・ショップにいるんだもん、そこから連絡をして修理依頼もしくは交換の手続きをすれば済むと思うのだが・・・
で・・・契約者本人が手続きをしなくてはならないそうだ。
う~ん・・・80過ぎのジジイでは無理じゃないかぁ?(笑)

自宅へ戻り、教えてもらった「携帯補償お届けサービスセンター」というところへ電話をする。
ここへ連絡すると、直ぐに新しい携帯を送ってくれるそうで、こちらからは故障した携帯を同封の封筒に入れて送り返すだけでいいという。
非常に簡単な手続きだという。

で・・・このサービス担当者に事情を話すが、契約者本人でなければ受け付けないと言う。
契約者は親父だが・・・10年以上も前に自分で契約した携帯電話・・・
しかし、80歳を過ぎたら、もう何をどうやったのかも覚えていない。
ボケ始めてるんだから・・・(大笑)

親父の代理で電話をしているのだが・・・と言っても「ご契約ご本人様でなければダメなんです!」の一点張り。
でも、細かいことを聞かれても答えられないと思うよ・・・と言ってもダメ・・・
「じゃぁ、今から親父を電話に出すから、声を聞いて本人だと確認さえとれればいいよね?」
「はい、それで結構です」
・・・と言うので、電話を親父と代わったら・・・

この担当者・・・延々と親父に質問攻めである。(唖然)
「俺は耳が遠いし、良くわからないから息子に頼んだんだけど!」と親父・・・
「ご本人様ですよね?故障した携帯電話の機種を教えて下さい」
「キシュ?キシュって何だ?あ?え?はぁ?良くわかんねぇんだよなぁ~」
ほら・・・こうなるって言ったのに・・・・
「おめぇ、バカか?俺はわからねぇって言ってるんだよ!聞こえねぇんだって!」
電話口から担当の女の子の声が洩れ聞こえてくるので、脇から親父に指示を出す。
だからさぁ~これ面倒くさいでしょ?
親父と頬寄せ合って・・・(大笑)・・・電話の声を聞くのって・・・
「息子に代わります」「はい、お願いします」って何で言えないのかね?
本人が横にいるのを確認したんだから、いいんじゃないの?

そのうち・・・
「え~同じ機種のものがありませんので、別の機種のものと交換となりますがよろしいでしょうか?」
「別のキシュって何だ?キシュ?わからねぇなぁ~・・・なんだそれ?」
「え~とですね、N×××か、F×××のどちらかになりますが・・・」
「は?エヌ?エヌの・・・なんだって?エフ?エフの・・・なんだって?」
「わからなければ、一度、ドコモショップへ行って頂きまして、実物をご覧になってからお決めいただき、もう一度お電話をおかけ下さい」
「ドコモショップ?何だ?何を見てくるって?」
もう滅茶苦茶である!(笑)

脇から拙者が指示を出し・・・なんとか、かんとか話を進める。
ドコモショップへ行って、機種を確認してからまた電話をかけなおしたら、同じことの繰り返しとなる。
もう、このまま話を進めて・・・なんでもいいから交換したほうがいい。(笑)

短気な親父は我慢の限界を軽く突破した!(大笑)
「お前、何を言ってるんだ?俺にはさっぱりわからねぇ!お前の会社は不親切な会社だな!え?俺にはそういうことは良くわからねぇから息子に頼んだんだ!エフだのエヌだの言われたってわからねぇ!耳が遠いって言ってるだろ!聞こえねぇんだよ!よくわからねぇの!」(怒)
しかし、この女の子・・・ある意味、大したものである・・・・
怒鳴りつけられても、淡々とマニュアル通りに話をしている・・・(唖然)
ある意味・・・バカか?(笑)

何だかんだで、かなりの時間をかけ・・・ようやく手続きは完了・・・
拙者もクタクタだが、親父はもっとクタクタである。(大笑)
なにせ大声で怒鳴りまくっていたから・・・(大笑)
「言ってることがさっぱりわからねぇんだよなぁ~耳が遠いからよく聞こえないって言ってるのに・・・あのバカ野郎が・・・エヌだのエフだの、何色だの・・・」

まぁ、不正行為を防止するために本人でないとダメということなんだろうが・・・
相手が高齢者の場合、少しは考えたほうがいいのではないか?
本人が代理者を指名した場合は、素直に代理者と話をすべきではないか?
ドコモはどういうマニュアルを作っているのか・・・呆れたものである。

“顧客”をカンカンに怒らせて・・・これが「顧客サービス」なんですかねぇ~?

日記 | 12:42:40 | Comments(2)
済州島の旅(13)
時刻は4時・・・・
空港で第2便を送り届け・・・・
さて・・・どうしますか・・・(笑)

今度は真面目な観光をしよう・・・ということで「三姓穴」という史跡を見に行く事にした。(笑)

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ここは「耽羅王国」の発祥の地だという。
この史跡・・・・
今から約4300年前に、ここの地面から3人の神様が産まれ出たという。
で・・・その3人の神様は兄弟で・・・
高、梁、夫という3つの姓に別れるらしい。
だから・・・“三姓”ということらしい。
で・・・この3人の兄弟が産まれ出た場所に、三つの“穴”が開いてる。
だから「三姓穴」と呼ばれているらしい。
まぁ、神話の世界の話でしょうねぇ~
地面から、スポン!と産まれ出てくるなんて・・・・信じられない話だからなぁ~(笑)
この3人が、済州島の島民の祖先ということになるのかな?

この「三姓穴」は済州島の人にとっては神聖な場所ということらしい。
が・・・日本が統治していた時代(?)、警察官がこの穴に足を突っ込んで立ち、その神聖な場所を汚したという。
その“証拠写真”を抗日記念館だったか、4・3平和記念館だったかで、見たぞ・・・・
どういうつもりでやったのか・・・・
3つの穴のところに警官らしき3人の制服を着た人が立っている写真だったが・・・
これが日本人なのか、本当にこの「三姓穴」の3つの穴なのか、その真偽はわからないけど・・・
日本人が神聖な場所を汚したとなれば・・・そりゃ、反日、抗日に走ってもおかしくはないよなぁ~と思う。
日本人にとっては何でもない穴でも、済州島の人にとっては意味があるんだから・・・
故意にやったのか、知らずにやったのかもわからない・・・
抗日・反日感情を煽るための“やらせ”だったかもしれないし、これも何とも言えない・・・

現地の説明板には日本語でも説明文が書かれていたが、この件に関しては特に言及はしていなかった。
あまり、このことに触れることを書いては、反日感情をいつまでも煽ることになるから、この点は、良かった。

255_convert_20120718234735.jpg(三姓穴)

256_convert_20120718234911.jpg(三姓穴の説明板)

この三姓穴の周囲の木は、みんな穴のほうに向かって伸びているとガイドさんが言う。
なんとも不思議な現象なのだそうである。
へぇ~そうかなぁ~
拙者には、良くわからない・・・・(笑)
一部の木々は確かに穴のほうに向かって傾いているように見えるが、その反対側の木は・・・それほど、という気がするが・・・
何らかの神秘性は神話には必要なのだろう。
わからないでもない・・・・

時刻は4時半を過ぎた・・・
空港へ向かう。
ガイドが、こんなに何度も空港を往復するツアーは初めてだ・・・と笑う。
そうでしょうねぇ~(笑)

266_convert_20120719000647.jpg 267_convert_20120719000818.jpg

ここ「済州国際空港」は戦時中の「チョントゥル飛行場(陸軍西飛行場)」跡である。
当然、その面影はない・・・・(笑)

無事にチェックインを済ませ、拙者は一人で空港内のコーヒーショップでコーヒーを・・・・
その後は、「喫煙所」探しである!(大笑)
だいたい、どこの空港でもターミナルの一番端にあったりするので、すぐに見つけることが出来る。
ここで・・・一服!(笑)
まぁ、これは明らかに偏見だろうが・・・(大笑)
日本人連中を見ると・・・どいつもこいつも“半端者”の顔をしている。
海外へ行くたびに思うのだが・・・
彼らの身なり、身のこなし・・・を見ると、そのだらしなさに辟易する。
こいつらと同じ日本人だとは思われたくない・・・と、ついつい思ってしまう。(笑)

まもなく、唯一のタバコ仲間の“タマノさん”が喫煙所にやって来た。(笑)
考えることが同じである。(大笑)
“タマノさん”は“憂国のオバタリアン”である“タキザワさん”から逃げてきたらしい。(大笑)
どうも“憂国の情”が頂点に達したらしく・・・話が止まらないそうで・・・・(大笑)
ようやく逃げてきたと言う。(大笑)
その話のくどさ、ねちっこさ、は過去のツアーでも定評で・・・(大笑)
ちょっとでも疑義を正したら・・・食ってかかられ、そりゃ、もう大変なことになるのだそうだ。(大笑)
で・・・“憂国のオバタリアン”の“独演会”から、やっとの思いで逃げて来たと言うので、思わず笑ってしまった。
拙者は初日に“危ない”と気がついたので意識して彼女を避けたため“被害”に遭わずに済んだ。(大笑)
「以前のツアーのときにも、こうだったんだよなぁ~。まさか今回も・・・とは・・・」と“タマノさん”は、こぼす、こぼす・・・
「そりゃ、最後の最後にきて、まさかの災難でしたねぇ~」(大笑)

6時10分発の大韓航空機にて成田に向かう。

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夜8時30分、無事に成田空港に到着し、自然解散となる。
拙者は成田空港近くのホテルへ・・・
なにせ、最終の特急に間に合わないので、ホテルに泊まるしかない。
2泊3日の旅行なのに、拙者は前泊と後泊をせねばならず、4泊5日の旅になってしまうのである。
田舎に住んでいると本当に不便である。(涙)

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今回は、いつものホテルに泊まるのをやめて、別のホテルに“浮気”してみた。(大笑)
なんと!部屋の広いことか!
ベッドも広い!
海外のホテルよりも・・・いい!(大笑)
わざわざ海外へ行かなくとも、この部屋で2~3日、ゴロゴロ過ごすだけで海外気分が味わえるかも。(笑)

ホテルのレストランで夕食を・・・・
機内食では足りない・・・(大笑)

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疲れがドッと出て・・・爆睡!(笑)

旅行 | 21:25:38 | Comments(0)
済州島の旅(12)
空港で第1便・・・“スガハラさん”を降ろし、ガイドがチェックインの手続きの間、バスの中で待つ。
さて・・・
これから、どうしますか・・・・
ある参加者から(相手の名誉のため敢えて名を秘す)(笑)「ラブ・ランド・・・って、どうですか?」の提言があった。
「ラブ・ランド」とは、日本流に言えば「秘宝館」ということになるだろう。
とにかく、どこかで時間を潰さねばならないので・・・そこへ行く事になった。(笑)

2時50分・・・到着!
現地の女性ガイドさんは、40代かな?・・・という女性・・・・
「私はここに残りますから、皆さんだけで見学して下さい!」と言う。
ん?そりゃないだろぉ~(大笑)
「あのぉ~ガイドさん!ラブ・ランドのルールって知らないんですか?」と拙者・・・
「ルールですか?ルールって何ですか?」
「ここは、ガイドさんが案内しないといけない決まりになっているんですよ。僕達だけでは迷子になるので・・・一つ一つガイドさんが説明して歩かないといけないって・・・知ってました?」
「そんな話は聞いたことありません!私は絶対行きません!」(笑)
車内は爆笑!
「え~?・・・・ダメですか?ガイドさんですよね?ここも案内しないとガイドさんとしてはマズイんじゃないですか?」
「いいえ!絶対私は行きません!」(笑)
大いに彼女をからかう。

248_convert_20120718212207.jpg(済州ラブ・ランド)

ここは当初の予定に入っていたわけではないので、入場料は各自負担・・・

入り口でガイドと別れ、入場!
と・・・早々に、立派な(笑)オブジェがそそり立っていた。(大笑)

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そんな・・・アホな・・・である。(笑)
その、アホな・・・を写真に撮っている拙者は、もっとアホだと思うけど・・・・(大笑)

こんな施設を見に来るような人はいないだろうと思ったら、意外にも、結構、客がいる。
しかもアベックが多い・・・・
さすがに日本人は我々ぐらいしかいなかったが、中国人観光客、欧米人も見受けられた。
あらら・・・である。

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会場は、まるで公園のようである。
アッケラカンとしている・・・
一見、どうということのない公園に見えるが・・・
展示されているオブジェから何からが、全て男女の局部かSEXをテーマにしたものである。
あらら・・・我がツアーのお年寄りは・・・唖然・・・いや、呆然(笑)

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ある年配の参加者(これまた本人の名誉の為に名を秘す)(笑)に・・・・
「ちょっとは元気が出たんじゃないんですか?これを見て・・・」(笑)
「いやぁ~全然ダメだぁ~。いまさらこんなもん見ても・・・何ともならん!」(大笑)
「あれ?春は来ませんか?」(笑)
「来ないねぇ~もう・・・」(笑)
それから、なぜか、話は軍隊にいたときに配られたコンドームの話となる。
この話が結構面白かったが、こういう場所に来たから「実は・・・」で話が出てきたわけなので、この施設も、話のキッカケ作りには役に立ったか?(大笑)

資料館のような建物があったので、中に入ってみる。
と・・・なぜか“大人のおもちゃ”が並ぶ・・・・(笑)
いやぁ~何ですか・・・これ・・・・

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バイブだのコンドームだの・・・あれやこれや・・・
まぁ、“資料”といえば“資料”か?
変遷の歴史って言えば変遷の歴史か?(笑)
しかし、まともには見てられない。
拙者は恥かしがり屋なのである!(大笑)
が・・・恥を忍んで、このブログの為に写真を撮る・・・(ひゃぁ~恥かしい!)(大汗)

建物の奥に“お土産屋さん”があったが・・・・
これ・・・アダルトショップ・・・(唖然)
若い女の子の店員が“グッズ”を持って、「これ、お土産にドウデスカ~」と声をかけてくる。
なぬ!買えるわけないだろ!みんなが見ている目の前で・・・(大笑)
この若い女の子に「これは何?どうやって使うの?」との質問も出来まい?
電池はどこから入れるの?・・・・とか・・・(大笑)
絶対、売れないよなぁ~
これで商売が成り立つんだろうか?
みんなの関心も、実はそこにあった。
一体、どこの誰がこの施設を造り運営しているんだろうか?
採算は合うのだろうか?
・・・・等々・・・・
拙者の想像は・・・「大人のおもちゃ製造組合か何かの寄付で成り立ってるんじゃないか?」である。
一同、なるほど、考えられる・・・と感心してくれた。(大笑)

それにしても、韓国は・・・おかしい!
女の子もケロケロとして見て歩いているのである!(笑)
どういう神経してるんだろ?
もしかして、日本の性風俗産業はみんな韓国人がやってるのではあるまいか?(笑)
韓国人は、かなりの“好き者”が多いと見える・・・・
これで、やっていけるんだからなぁ~・・・・とみんなの意見。(笑)
日本だったら、条例とか法律とかの問題を除いても、継続運営は無理だろう。
こんなにアッケラカンとはしていない。
コッソリ見る・・・というのが日本人であろう。
「恥を知る」文化だと思う。
それに対して、「私は従軍慰安婦でした。何人もの兵隊さんと“やりました”」と平然と言い放ち、補償をもとめる韓国人の婆さんたちがいるんだから(この人達が本当に慰安婦だったという証拠はないそうだ)、「恥を知らない」国民性なんだろうなと思わざるを得ない。
日本人はカネが欲しくても名乗りをあげないよなぁ~
こういう施設がまかり通るのも、韓国ならではなのかな?(笑)
「日本の大手旅行社のツアーもここに来るんだろうか?」と参加者の声・・・
まさか・・・大手旅行社はコースに入れないんじゃないの?(笑)
マズイでしょ・・・ここに連れてきたら・・・(大笑)

帰国者第2便・・・“ヨネヤマさん”を空港へ送るため、再び空港へ向かう。(笑)


より大きな地図で 済州ラブ・ランド を表示


旅行 | 16:32:46 | Comments(0)
済州島の旅(11)
次に向かったのは、どこかの「民族村」みたいな観光施設・・・・
どこにあるのか、何という名前なのかも知らない。
もう、ここまでくると、どうでもいいのである。(笑)
もう戦跡は見ちゃったし・・・
今日は、ただの時間潰しだし・・・・(笑)

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観光施設のガイドの説明を受けながら園内を見学する。

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済州島の昔ながらの建物なのだそうだ・・・
で・・・実際に村の人が住んでいる。
つまり、村全体が観光施設で、村人がガイドを務めているというから、雇用創出事業?(笑)

最後に、なにやら健康食品の販売・・・・(大笑)
まぁ、現地旅行社の顔もありますから、お付き合いするしかないなぁ。(苦笑)
説明だけは聞くが・・・・買わない。(大笑)
拙者は「お土産」を買う気はサラサラない・・・・
海外へ行っても滅多にお土産を買うことはない。
ましてや、拙者の嫌いな韓国である。(大笑)
カネを落とすのは最低限に努めるのは当然である!(大笑)
“ウメちゃん”や“シミズくん”に韓国のお土産を買って帰ったら何を言われるか分かったもんじゃない。(笑)

時刻は12時・・・・

どこかの(笑)レストランへ行き、昼食をとる。
お昼は・・・焼肉!

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今日の行動はなかなか難しい・・・・
なにせ、皆さんの帰国時間がさまざまなのである。
まず、一番早いのが、3時過ぎに釜山へ向かう88歳の“スガハラさん”
次が4時半にソウルに向かう“ヨネヤマさん”
最後が、我々・・・・
6時過ぎに成田に向かう7名・・・・
一番最後が、7時半に関西空港へ向かう86歳の“ナガハマさん”である。
さぁ、こうなると、どう時間調整をすべきか・・・これが悩みの種となる。

本来は、あの“憂国の志士”の添乗員さんが同行するはずが、参加人数が少ないということで添乗員の同行が急遽なくなってしまったらしい。
で・・・成田空港で、いきなり添乗員も兼ねるように頼まれたのが写真家の“ヤスジマさん”である。
彼も、いきなり頼まれて驚いたらしい。(笑)
本来、彼は戦跡の案内と説明の為に同行するだけだったらしい。
まさか、最初から最後まで全員の面倒を見ることになるとは・・・・(笑)

で・・・これから、どう時間を潰しましょうか・・・というのが問題。
昨日からこれが気になっていたので、“お節介な”拙者が黙っているわけがない。(大笑)
各自、それぞれ、途中からタクシーで空港へ向かうというのは酷だろう。
その度に、バスで空港まで送るしかあるまい。
空港を行ったり来たり・・・となるが、已むを得まい・・・

さて、まだ空港へ行くには時間がある。
「じゃぁ、もう少し足を延ばしてもいいんじゃないでしょうか?」と拙者。
「日出峰」というところに特攻艇「震洋」の基地があったというから、そこを見に行くのはどうだろうかと案を出した。
「現地まで行くと時間がなくなりますけど・・・」とガイド・・・
「いや、遠くからでもいいから、基地のあった場所がどういうところか見るだけでもいいんじゃないかな?」
他の参加者は、特に希望はないらしい・・・
というわけで、拙者の案が採用され、「日出峰」の近くまで行く事になった。

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近くの浜辺から「日出峰」を見る。
面白い形の“岬”である。
小火山の跡かな?
この丘(?)の下に震洋の秘匿基地があった。

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望遠で撮影・・・
秘匿壕らしき横穴が見える・・・・

ここには第45震洋隊が配備されていた。
通称は「村山部隊」
総員188名。
特攻艇・震洋1型が50隻も配備されていたという。

この場所は、ちょっと遠いので、今回のコースには最初から含まれていなかったが、運良く見に来ることができた。
ラッキー!・・・である。(喜)

この他に、今回のツアーのコースから除外された場所がある。
済州島の中央部から北部へかけて守備配置についた第96師団の司令部壕である。
ここには“ヤスジマさん”が以前、一人で訪れたそうだが、樹木が茂る山の中の壕で、ご高齢者が行くにはちょっと危ないだろうということで、今回のコースから除外したという。
服装も作業服のようなものを着ていないと、とてもじゃないが中には入れないとか・・・
で・・・この96師団の師団長が飯沼守中将だと“ヤスジマさん”から聞かされてビックリ。
全然事前に勉強してこなかったので驚いた。
飯沼守師団長!いやぁ~お懐かしい・・・(大笑)
飯沼さんは昭和14年12月に北支の第110師団の師団長に就任している。
この時の副官が、拙者の祖父である。
祖父は前任の桑木崇明中将の時から、この第110師団の副官を務めていたのである。
飯沼さんは小柄で小太り・・・丸顔で丸メガネをかけた、温厚な顔立ちの師団長であった。
その後、予備役に編入されて第一線から退かれたと思っていたが・・・
昭和20年に第96師団長として召集され済州島で終戦を迎えたという。
いやぁ~なんというご縁!(喜)
副官の孫がねぇ~・・・飯沼閣下が終戦を迎えた済州島に来てるとはねぇ~(笑)
飯沼中将とは、もうひとつ、ご縁がある。
拙者が大学時代に下宿していた町に飯沼中将のご自宅があったのである。
これを知ったのは、祖父が亡くなった後・・・・平成になってからである。
戦時中、祖父宛に送られた飯沼閣下の封書の住所を見て気がついたのである。
戦前、戦後では住所の番地表記が違っているので正確な場所はわからないが、拙者が下宿していたすぐ近くに飯沼閣下のご自宅があったのは間違いない。
いやぁ~これもまた不思議なご縁である。
あ~あ~96師団司令部壕に行ってみたかったなぁ~(笑)
飯沼閣下が終戦を迎えた壕・・・見たかったなぁ~

拙者が死んで、あの世に行って祖父に会ったら報告できたのになぁ~(大笑)
「おじいちゃんがフィリピンで戦っている時に、飯沼閣下は本土防衛の為に済州島へ行ってましてね。その司令部壕を見てきましたよ!」
「おお!そうか!で・・・どんなところに閣下はおられたんだ?」
そういう会話ができると思うんだよなぁ・・・(大笑)

「日出峰」を眺める海岸には観光乗馬用の馬がいた・・・
久しぶりに乗馬をしたいなぁ~・・・・と思ったが・・・当然、そんな時間は無い。
写真を撮って、そのまま空港へ向かう。


より大きな地図で 第45震洋隊秘匿基地跡 を表示


旅行 | 15:48:45 | Comments(0)
済州島の旅(10)
今日は帰国の日・・・
2泊3日は、あっという間である。(笑)

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(ホテルの部屋から見た景色)

ホテルの部屋の窓から外を見る・・・
う~ん・・・拙者は昨晩、どのあたりで迷子になったのか・・・(大笑)

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(拙者が泊まったホテル)

今日の朝食はホテル内ではなく、市内のレストランへ行って食べるということになっている。
が・・・
若干1名・・・ホテルのレストランで朝食を食べてしまった人がいた。
“朝食券”も持っていないのに、よく食べられたものと、変なところで感心する。(大笑)
で・・・チェックアウト時にドタバタもめる。(笑)
高齢者は、前日に説明されたことなどすっかり忘れているのである。
しつこく何度も伝えないと、こういうことになる。
拙者はコーヒーラウンジで一人でモーニングコーヒー!(笑)

さて、今日は帰国までの約半日を使って観光をするらしい。
もう、戦跡の訪問は・・・ない・・・(笑)

まずは市内のレストランで朝食・・・
今日は「お粥」である。

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食後、向かったのは「済州抗日記念館」!
なんと!抗日とは・・・へぇ?そういうところへ行くの?・・・である。(汗)
まぁ・・・抗日って、どういうことを展示しているんだろうという興味で行くのだろうが・・・

213_convert_20120717214143.jpg(抗日記念館)

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看板には、ハングル、英語、中国語、日本語で・・・・
「ようこそ 済州抗日記念館!」と書かれている。
“ようこそ”ねぇ~・・・ようこそ・・・って言われたくないんだけど・・・(笑)
日本人観光客・・・韓流ドラマに嵌まった日本人のオバチャンたちも連れてこられるんだろうなぁ~
韓国人俳優に黄色い声をあげるバカどもらだから、ここで、どんな影響を受けて帰国するのやら・・・(寒心)

他の看板には「記念館の建立の背景」というのが各国語で書かれていた。

(建立背景)
済州地域の抗日独立運動にかかる歴史的資料を展示して、わが済州の先烈の崇高な犠牲精神と自主独立精神を継承・発展させ、後世に正しい歴史意識と愛国、愛郷精神を培うための教育の場として活用する。

(説明板より)

う~ん・・・・
「自主独立精神」を「継承」させるなら、『独立記念館』でもいいのではなかろうか?
『先烈記念館』でも良いと思うが・・・
わざわざ「抗日」って言わなくてもいいんじゃないの?
喧嘩売ってんのか?・・・ってなるんじゃないの?
日本に“抵抗した”ということなんだろうけど・・・
じゃぁ、隣に、日本に“迎合した”もしくは“擦り寄った”朝鮮人の記念館も建てたいものである。(笑)
これでお相子だよね?
この文章にある「正しい歴史意識」と「愛国・愛郷精神」は必ずともイコールでは結べない。
“歴史”においては“正しい”かどうかは、立場によって変わるものではないか?
だから、愛国心で行なった行為が、必ずしも正しいとは限らない。
「正しい歴史意識」って何を指すのか・・・・
う~ん・・・お粗末だな・・・・
例によって例の如くの韓国人の論法か・・・

記念館内を見学して出てきた途端・・・・
あれ?全て忘れているのである。(笑)
何が展示されていて何が書かれていたのか・・・全く記憶にない!
ここまで拙者はボケてしまったのかと唖然としたが・・・
多分、“安全装置”が自動的に作動ししまったのだろう。(大笑)
見たくない、聞きたくない、知りたくもない・・・・(大笑)
教授夫妻、売店のオバチャンとの良い思い出が台無しになるので、「見なかったことにしよう」ということかもしれない。(大笑)
こういう態度は本来は問題である。
たとえ、どんなにお粗末な内容でも、嘘でも、まやかしでも・・・とりあえずは受け入れて、自分の中で消化すべきなのである。
事実であろうとなかろうと、本当であろうと嘘であろうと、目を逸らすなんて、もってのほか・・・である。
そういう姿勢で「記念館」や「資料館」は見学をせねばならないと思うのだが・・・
何でだろう?
全然、頭に入っていない・・・・真っ白・・・である。
記念館を出た瞬間に・・・自動消去?(大笑)

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相変わらず、こういう施設の敷地は広い・・・
こういう点は日本は反省せねばなるまいな?
日本の場合は、スケールが・・・小さい・・・(笑)

223_convert_20120717220636.jpg(抗日記念館)

記念館を出たところで、現地の女性ガイドが「ここで記念写真を撮りましょう!」と言う。
アホか・・・
誰も何も言わない・・・(憂国の志士ぶっているわりには意気地がない・・・)
「日本人が抗日記念館の前でニコニコ笑って記念写真を撮るわけ?日本人の恥じゃないの?それ・・・」と拙者から言わせてもらった。
さすがに「それもそうだよなぁ~」と笑い声・・・
現地ガイドも苦笑・・・
それにしても、日本から来た観光客は、ここで記念写真を撮っているのかね?
ガイドが、すかさず言ったくらいだから、“いつものこと”という感覚ではあるまいか?
拙者は納得できないですよ・・・これは・・・
しかし、今回のツアー・・・今まで団体写真を1枚も撮っていない・・・
この先は、記念写真を撮るような場所はない・・・という。
ならば、妥協案として、抗日記念館をバックには入れず・・・(大笑)
抗日記念館の看板もバックには入れず・・・(大笑)
どこで撮ったかわからない・・・という景色をバックにして(大笑)撮影するならいいよ・・・ということにした。
これには参加者も大笑い。
「でも、たしかにそのほうがいい」と皆さんからの賛同をいただき、花壇をバックに記念写真を撮影!(大笑)

同じ敷地内に「愛国烈士記念碑」と「彰烈祠」がある。

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「彰烈祠」には、抗日独立運動で命を落とした“愛国烈士”の位牌が安置されているという。
たとえ、“抗日”であろうとも、自分の国の為に命を落とした方々に対して敬意を表するべきであろう?
拙者は一人、ここへ詣でることにした。
他の人は・・・誰も行かない・・・
遠巻きに見ているだけ・・・
いいのかねぇ~・・・そういうことで・・・・

かなり昔のこと・・・・
拙者は台湾の忠烈祠を訪れたことがある。
この時、日本のツアー客がキャーキャーふざけながらやって来た。
関西弁で大声で騒いでいたから、大阪あたりから来たツアーだろう。
「ここは日本で言えば靖国神社と同じである。ふざける場所ではない。不謹慎ではないか!」と注意したことがある。
たとえ、“抗日義烈”であろうとも、自分の国の為に命を落とした方々である。
敬意をもつべきである!
敵ながら天晴れ・・・の精神が大切である。
それでこそ日本人・・・武士である!(笑)
なんだ・・・あいつら・・・ばか者どもが・・・
同じ日本人として、あのような態度は許せない!
・・・と憤慨したら・・・
ガイドさんが「いままで多くの日本人観光客をここへ連れて来ていますが、みんな、あんな感じですよ。あなたのようなことを言った日本人は初めてです」と褒められて、調子に乗っちゃった思い出がある。(大笑)

本来・・・「愛国者」とは、そうあるべきではないか?
国が違っても、自分の国の為に命を捨てた人には敬意を表すべきではなかろうかと拙者はいつも思うのである。
他の人達は相手に敬意を表するのは“損”だと思っているのだろうか?
それでは、支那人や朝鮮人と同じレベルに成り下がることになるのではあるまいか?


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旅行 | 11:33:12 | Comments(0)
済州島の旅(9)
ホテルに戻り、玄関の「喫煙所」で一服・・・
このツアーでタバコを吸うのは拙者と“タマノさん”の二人だけ。
タバコを一緒に吸うというのは、いいコミュニケーションになるんだけどねぇ~(大笑)

そうだ・・・思い出した・・・
昨晩、ホテルの売店で、このお店のオバチャンに客を連れて来て欲しいと頼まれたんだっけ!(笑)
通路の一番奥にある店なので客が誰も来てくれないから、ツアーの仲間を連れて来てくれと両手を合わせて拝まれたのである。(大笑)
というわけで・・・“タマノさん”を誘って、お店に連れて行きオバチャンに紹介する。
(拙者はポン引きか?)(笑)

さて、拙者は暇である・・・
済州島も今晩が最後・・・
ホテルの周囲を散策しよう。
バスに乗って移動ばかりで、ホテルの周囲を全然知らないというのも面白くない。

で・・・まずは、ホテルを出て、右に歩く・・・・
行けるところまで行ってみる・・・
と・・・途中で、すれ違った初老のオヤジに日本語で「こんばんは!」と声をかけられた!
ん?ポン引きのオヤジか?
と・・・睨めたら・・・
あら・・・同じツアーの“ヨコヤマさん”!!
あっ・・・失礼しました~(大汗)
道が暗くてお顔が良く見えなかったのである。(大笑)
“ヨコヤマさん”は、この先のスーパーに買い物に行って来たと言う。
「で・・・どこへ行くの?」
「はぁ、ただの散歩です!」(笑)

ホテルを中心に縦の道、横の道と歩いてみるが面白くない。
今度は、左、左、左と角を曲がれば、元の位置に戻るだろうと歩いてみる。
が・・・あれ?
ここはどこ?(笑)
見たことない道だぞ・・・
じゃぁ、右、右、右?
いや、右、左、左・・・か?
適当に道を曲がっているうち、ついに迷子になっちまった!(汗)
周囲は真っ暗である・・・・
あらら・・・

現地ガイドは、「済州島は国際的な観光地を目指しています」などと言っていたが・・・
どこが国際的なんだ!
見渡してもハングル文字しか見当たらない・・・
おい、おい、英語の表記はどこかにないのか?
この町には通りの名前を記した標識はないのか?
市街マップは?
現在地はここです・・・みたいな地図看板はないのかね?

マイッタァ~
文明の利器・・・タブレットは部屋に置いてきてしまったのである。
もし、持ち歩いて引ったくりにでも遭ったら大変だと思い置いてきてしまった!
あれがあれば現在地がわかるんだが・・・
しかし、ホテル名もハングルで表示されるから、どっちみちホテルの場所はわからず、使い物にはならなかったかも。(笑)

しかし、それにしても参ったぞ・・・・
完璧に方向感覚が麻痺してしまった!
大通りに出れば、何か看板があるだろうと思って大通りに出たら何もない・・・
大通りなんかに出ちゃったから、益々わからなくなった。
来た道を戻ろうにも、どこをどう曲がったのやら思い出せない!(大汗)

たしか・・・マネキン人形があったお店の角を曲がったような・・・
行ってみると、商店街のショーウィンドーにはシャッターが下り、店の看板も電気が消えている。
さて・・・どのお店だったか・・・?????
時間が経つに連れ、ドンドンお店の電気が消えていく・・・・
ヒェ~わからねぇ~

と・・・ビルとビルの間から、我がホテルのマークが見えた!
おお!
あっちの方角か!(大笑)
全く別の方角に向かって歩いていたことに気がつく。(恥)
やっぱり宿泊するホテルは高層で、てっぺんにホテルのマークや名前の看板があるホテルに限るねぇ~(大笑)

方角がわかったので、その方角へ向かうが・・・
近づけば近づくほど、今度は周囲のビルに遮られてホテルの建物が見えなくなる・・・・
で・・・またもや・・・迷子・・・(大笑)

おい、おい、今晩中にホテルに戻れるか?(大汗)

1時間以上も歩き続け、ようやくホテルに戻れた!
喉もカラカラ・・・汗びっしょりである!(大笑)

というわけで、ホテル内の売店へ飲み物を買いに行ったら、“タマノさん”がお店のオバチャンとおしゃべりしていた。
拙者の顔を見るなり、このオバチャンが騒ぎ出した。
なにごと?
「ちょうどあなたの話をしていたところよ!」
グッドタイミング・・・だったらしい・・・(笑)
「いいお客さんを紹介してくれたから、あなたにプレゼントを渡してくれと頼んでいたところよ~」と言う。
ん?売り物のポーチを拙者にくれるって?(笑)
「あなた、タバコ吸うの?」
「はい、吸いますよ」
「何を吸うの?」
「マイルドセブンのエクストラ・ライト」
「3ミリね・・・韓国のマイルドセブン・・・これもあげる!」
「いや、いや、オバチャン、それじゃ悪いって~。ジュースを買いに来ただけだから・・・」
「ジュース?何、飲む?」
「コカコーラを買おうかなって・・・」
「コカコーラね・・・これもあげる!飲んで!」
「いやいや、あれ?・・・それじゃ悪いから・・・お金を払うから~」
「いいの、いいの、いいお客さんを紹介してくれて本当にアリガトね~何か御礼をしないと気が済まないの」

“タマノさんを見たら、大きな布バックがパンパンになるほど日本へのお土産を買ったようである。
「ゲッ・・・タマノさん、こんなに買ったの?」
「いや、この半分ぐらい・・・半分はオバチャンからのプレゼント・・・」(大笑)
「うそぉ~」(大笑)
「いやぁ~オバチャンと話が盛り上がっちゃってねぇ~」
「え?1時間もここにいたんですか?」
「そうなるかなぁ~」(笑)

どうせ、他にはお客は来ないから、閉店まで店でタバコを吸ってジュースを飲んで、おしゃべりしていってくれと言う。(笑)
で・・・オバチャンの身の上話・・・
なにせ、少女時代に日本へ密入国したところから話は始まるから・・・長い・・・(大笑)
このオバチャンの気前の良さはどこから来るのか・・・・(笑)
ネットでも有名らしく、昨日は、日本人の女の子達がネットでオバチャンのことを知った・・・とお店にやってきたとか。
「ネットって何のことだかわからないんだけどね。あたしのことが書いてあるって・・・」と笑う。

普通ならば、たったこれっぽっちしか買わないのかと嫌な顔をされるはずだが・・・・
拙者は昨晩、ジュースを2本しか買っていないのだし・・・・
「お客さんを連れてきたよ~」って言っても、ツアー客全員を連れて行ったわけではなく、たった一人だけだし・・・(笑)
「その気持ちが嬉しい」と言われても、こんなにタダでいただいたのでは・・・
不思議なオバチャンである。(笑)
こんな気さくな、商売抜きで感謝してくれる人も珍しい・・・・

またまた不思議な“韓国人”に会ってしまった。(大笑)
大学教授夫妻といい、このオバチャンといい、拙者の知っている韓国人とはかなり違う・・・
おかしい・・・
済州島の韓国人は人種が違うのか?(大笑)

閉店の時間となり、オバチャンとはお別れ・・・・
我々は明日の便で帰国するので・・・本当のお別れである。
店の外まで出て、両手を合わせて拝まれる。(大笑)
思わず・・・「また来るからぁ~!」と言ってしまった。
拙者は韓国が嫌いなんだけどなぁ~(大笑)

オバチャンの思い出として・・・もらった品を写真に撮って残すことにする。
パチリ・・・

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このタバコは・・・もったいなくて吸えないなぁ~(大笑)

旅行 | 15:20:02 | Comments(2)
済州島の旅(8)
次に向かったのは、松岳山海岸(ソンアクサン)にある人間魚雷「回天」の秘匿壕。
ここは、観光名所でもあるらしい・・・
現地ガイドが、何とかって言う韓流ドラマのラストシーンを、ここで撮影したという話をする。
やたらと韓流ドラマの話を持ち出すのだが・・・
拙者にはさっぱりわからない。
見たことがないのだ。(大笑)
テレビをつけておいて、韓国語の声がしたら、さっさとチャンネルを変えてしまうのである。
これはもう反射神経と言っていいほどなのである。(笑)
生理的に受け付けないんだよね~
だから韓国のドラマなんか見たことないし・・・俳優も知らない・・・
ドラマに熱狂している日本のオバタリアンは韓国へロケ地を見に来るのだろう。
だから現地ガイドさんも「この韓国のドラマ・・・知ってますよね?」と必ず、話に出てくる。
残念でした・・・知りません!(大笑)

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ここの海岸に、いくつもの横穴が掘られている。
これが人間魚雷「回天」の秘匿壕跡である。
ここに回天部隊が配備されることになっていたようだが、幸か不幸か、配備前に終戦を迎えたので、実際にここに「回天」が収められてはいなかったようである。
人間魚雷「回天」より特攻艇「震洋」のほうが配備が早かった・・・ということになる。

この洞窟を間近で見ようと、興味津々の年配者3名ほどが海岸へ降りていった。
現地ガイドが、「立ち入り禁止になっているから止めたほうがいい」と言ったが・・・行ってしまった。(笑)
拙者は、タバコを吸うほうが最優先・・・・
実戦配備されていなかった基地跡なら見に行っても仕方があるまいし・・・
立ち入り禁止というのであれば、下手にトラブルは起こしたくない。

駐車場から秘匿壕跡を見て・・・タバコを吸いながら他の参加者と雑談・・・
教授の奥様がアイスを買ってきて差し入れしてくださった。
いやぁ~感謝、感謝、かたじけない・・・
初日は雨が降り、この2泊3日のツアーの天気が気になっていたが・・・
幸いにも今日は雨に遭わず、曇り空でなんとか持ちこたえている。
が・・・少々暑い・・・
グッドタイミングのアイスに感謝・・である。

まもなく、壕を見に行った方々が戻ってきた・・・・
「立ち入り禁止にはなっていなかった」と言う。
あ・・・ガイドに騙された・・・(笑)
ツアーでは、こういうことはよくあることである。
特になぜか女性ガイドに多い・・・・(笑)
一方的に強引に言うのだが、これが間違っていたり、いい加減だったりするのである。
これはフィリピンでも経験済み・・・
壕のところまで行かれては時間がロスするということで、行かせないための「立ち入り禁止」との警告だったかも知れない。(うがった見かたかもしれないが・・・)(笑)

今日の見学は、これで終了!
時刻は午後5時半を過ぎた・・・・
市内に戻り(多分・・・)、夕食・・・・
今日は焼肉らしい・・・・
本日一日、ご案内役を務めてくださった教授ご夫妻を招いて一緒に食事をする。

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旅行 | 14:57:56 | Comments(0)
済州島の旅(7)
次に向かったのは「アルトル飛行場跡」・・・・
ここは日本海軍の済州島海軍航空基地跡である。

最初に訪れたのは「通信施設壕」と呼ばれている場所である。
さきほどの海岸から30分弱ほど車で走ったところにある。
時刻は午後4時半・・・・

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出入り口らしきコンクリートの半円の筒状のものが2基、平行に並んでいる。
これがV字型もしくはU字型に繋がっていて、その中心に5本の煙突のようなものが見える。
草木に覆われていて煙突なのか柱なのかは、わからないが・・・
「これが通信施設と思われます」との教授の説明。
これに対して拙者は疑問を呈したところ「そうですか?」とあっさりと尋ねてくる。
「どちらかというと、燃料庫のような気がしますが・・・」
「そうですか・・・燃料庫ねぇ~・・・そういう可能性もあるかな?」
「煙突のようなものが5本あるでしょ?あれが気になるんですよ。揮発性の高い燃料のガス抜きの煙突の可能性もあるのではないでしょうか?」
「そう、私も、それがわからないんですよ。あの5本の煙突みたいなのが何か・・・」
「ですよね?アンテナならば5本も横並びに建てないと思うんですよね」
「燃料貯蔵庫ねぇ~・・・・一応、私の調査では通信設備・・・ということにしていますが・・・」
「いや、私も確証はないんですけどね。もしかしたら・・ということで・・・。とりあえず通信設備ということで今のところはいいんじゃないでしょうか?」
写真家の“ヤスジマさん”は、かなり戦跡を巡り本も出版されているが、彼も確証が持てないと言う。
とりあえず、教授の説でいいだろうということになる。

それにしても驚いた・・・・
拙者が教授の説に疑問を言ったことに対する教授の対応・・・
拙者が今までに会ったことのある韓国人なら「何を言うか!私は専門家です!あなたなんかにわかるはずがない!これは間違いないんだ!」という具合に、強い自己主張と日本人に対する侮蔑を混ぜた反応を示すだろうから、同じような対応をしてくるものと覚悟していたのだが・・・
あれ?・・・拍子抜けである。
「なるほどねぇ~」と言われちゃっては、ガクッ・・・である。(笑)
拙者の「韓国人観」とは、かなり違った人なので驚いた。(大笑)
拙者は韓国人は好きではないが・・・(大笑)・・・この人は別だな・・・
非常に常識・良識のある方とお見受けした・・・・
いやぁ~参った・・・脱帽である。(笑)

次に向かったのが、「掩体壕」のある場所・・・・
「掩体壕」は、コンクリートで造られたもので、この中に航空機を入れて敵の銃爆撃から機体を守る施設・・・
このアルトル飛行場には、今でも19個もの掩体壕が残っているという。

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畑の中の狭い農道を行ったり来たりして、バスの車窓から掩体壕を見る。
“ヤスジマさん”は以前、ここへ来て、一人で全部の掩体壕を見て回ったという。
「かなり時間がかかりましたよぉ~」と笑う。
そうだろうねぇ~
こう点在していたのでは・・・・

ここは畑や空き地になっているが、韓国空軍の土地だそうである。
以前、ここに飛行場(韓国空軍基地?)を造るということで、これら日本軍の遺跡を取り払うという話が持ち上がったという。
この時に、貴重な戦争遺産・歴史遺産を保存すべきだということで取り壊しの反対運動をしたのが教授たちだという。
おかげで、今でも日本軍の戦跡が、そのまま保存されている。
“日帝時代”の遺産は見るのも嫌だとばかり、壊したがる韓国人の中で、歴史遺産として位置づけ、保存しようと言うのだから大したものである。
その見解は大いに正しい!(喜)
日本統治時代の韓国総督府の建物を壊した連中とは大違いである。
あの歴史的価値のある建物を壊すんだから・・・・愚かである。
ちなみに、台湾では、当時の台湾総督府の建物は現在も維持されている。
教授のような常識のある韓国人に会えて良かった・・・と思う。

バスの中で見るばかりでは・・・ということで、1箇所だけバスを降りて内部を見学することになった。
へぇ~・・・である。
かなり天井が低い・・・
「これで飛行機が入ったかねぇ~?」と参加者達・・・
「う~ん・・・かなり埋もれているんじゃないんでしょうか?」(笑)

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次に向かったのは、すぐ近くにある「給水塔」・・・・
「各地の類似した戦跡のものと比較して、これは給水塔の跡だろうと判断しました」と教授。
なんと謙虚な言い方なんだろう・・・・(笑)

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180_convert_20120714230853.jpg(飛行場跡)

周囲を見ていて、どうしても気になる場所がある・・・・
小高い丘に見えるが・・・どうも怪しい・・・(笑)
拙者の勘が、そう言うのである・・・
と・・・教授が、地下施設へ案内すると言って歩き出した。
「戦闘指揮所壕ではないか」と言っていたと思うが・・・
向かった先は、やっぱり拙者が怪しいと睨んでいた丘だった。(大喜)

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この施設は戦闘指揮所の退避壕かもしれない。
以前、ペリリュー島へ行った時に同様の形状の壕に入ったことがある。
ペリリュー島の飛行場の戦闘指揮所の建物のすぐ近くにあったので、これも同様の目的で作られたものではなかろうか?
規模は若干違うが、内部の形状等はほぼ同じである。
ペリリュー島のもののほうには出入り口に鉄の扉が付いていたと記憶している。
ペリリュー島の壕と同じ形状であることを教授に伝える。

187_convert_20120714232608.jpg(入り口) 190_convert_20120714232725.jpg(内部)

続いて、ここから少し離れた場所へバスで移動・・・・
ここは弾薬庫があった場所で、終戦後、米軍の手により爆破されたという。
で・・・火山のクレーターのように陥没している。

195_convert_20120714233348.jpg 198_convert_20120714233500.jpg

ここは旧日本軍の弾薬庫という歴史的場所というより、島民虐殺の現場というほうが有名な歴史的場所のようである。
島民虐殺の慰霊碑が建ち、なぜか、日本語の説明碑も建っている。

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(説明碑)
ここは、太平洋戦争当時、済州島民の強制動員によって造られた島内最大の弾薬庫であったが、戦争が終わると米軍により爆破され陥没した跡地である。
その後、1950年6月25日に朝鮮戦争が勃発すると内務部の治安局は、日本植民地統治下で我が民族を抑圧していた旧予備検束法を悪用して要注意人物や不審分子を逮捕・拘束し、拘禁者を処刑するようにと各警察局に指示を送った。
これに従い、モスルポ警察署管内でも344人を予備検束し、監視していた。
そしてモスルポ駐屯の政府軍は同年7月16日頃に20人、8月20日に193人など、210人以上を法的手続きもなしに集団虐殺・埋葬し、遺族に遺体を引き渡さずに民間人の出入りを統制していたが、1956年の春にようやく遺骸発掘が許された、すさまじい歴史の現場である。
(碑文より)

どうやら・・・弾薬庫跡のこの陥没した穴に、島民を虐殺して埋めたらしい・・・
あらら・・・である。

時刻は午後5時半・・・・
なぜかまだ明るい・・・(笑)

もう1ヶ所、今度は人間魚雷「回天」の基地跡を見に行く。


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旅行 | 13:09:55 | Comments(2)
済州島の旅(6)
さて、次に向かったのは「高山里水月峰(コサンリ・スウォルボン)」の海岸・・・
ここは日本軍の特攻艇・震洋の基地があった場所だそうである。
配備されていたのは第120震洋隊。
通称は小野部隊、総員191名、震洋5型が26隻配備されていたといわれている。

127_convert_20120714093643.jpg(水月峰)

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「水月峰」を左に見て・・・海岸線を歩いていく・・・
と・・・・
海岸の崖のところにコンクリート製の施設が・・・

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現地には説明板が立てられていたが、ハングルと英語・・・
内容は、ここに特攻艇の基地があったという話だけで、このコンクリート製の設備が何であるかは書かれてはいない。
教授の話によれば、発電設備か何かではなかろうかと言う。
看板に使用されている写真のうち、集合写真は、小野部隊の写真で、宿泊所として使用していた高山里小学校の前で昭和20年5月に撮影されたものとされている。

この2つの“設備”は、内部で繋がっているようには見えず、それぞれが独立している形となっている。
気になるのが“ハの字”形に空いている四角い穴・・・・
これ・・・なんだろう?
監視哨の窓にしてはおかしな形である。
やはり“発電設備”というのが妥当な線か?

134_convert_20120714101129.jpg 136_convert_20120714101254.jpg(内部)

ここを見学して、再び「水月峰」のところまで戻る。
ここの“岬”(?)の側面にいくつもの横穴が掘られている。
これが震洋艇の秘匿壕である。
この坑道は10箇所あったとされている。
その一部をここで見ることが出来る。

その壕のすぐ近くに説明板が建っている。
こちらはハングルと英語と日本語の三ヶ国語で書かれていた。
が・・・内容は「スウォル峰の火山礫屑岩の堆積構造」についてだった・・・(大笑)
天然記念物なのだそうだ。
壕のすぐ目の前にあるので、震洋艇の壕についてかと思ったのだが・・・
価値観の違いというものであろう・・・
が・・・考えてみると、天然記念物の横っ腹に穴を開けちゃったということになるか・・・(大笑)
いやぁ~こりゃ失礼・・・だが・・・
当時としては仕方がなかったか・・・

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ここで、ちょっとお時間を頂いて、この秘匿壕を見に行く。
他の人はなぜかあまり興味がないようで付いて来ない。(汗)
興味津々、何でも見てやろう・・・という年配者2名と一緒に見に行く。(大笑)

149_convert_20120714110023.jpg(壕の内部)

壕の入り口はかなり埋没していたが、内部を覗いてみたら、かなりシッカリと造ってある。
拙者としては全部の壕を見たかったが・・・
他の人をあまり待たせるのも申し訳ないので、二人の年配者に声をかけ2箇所だけ覗き込んで戻ることにした。

次は、海軍の飛行場跡へ向かう・・・・

このツアーの引率をしてくださっている写真家の“ヤスジマさん”と意外なことで話が合う。
彼は拙者より1歳年上・・・・
で・・・以前、写真家の“エナリ先生”と一緒にパプアニューギニアへ行った話をしたところ、なんと、最初は“ヤスジマさん”が誘われていたそうなのである!(笑)
彼が断ったので、拙者が誘われ、一緒に同行したということが、初めてわかった。(大笑)
「え~!僕が断ったら、あなたに話が行ったんですか!」と大笑い。
いやぁ~世の中って狭いねぇ~(大笑)
共通の話題で大いに話が弾む。
写真家の世界の話もいろいろ聞かせていただいた。

もうお一人は、“ヨネヤマさん”・・・・
防衛省の職員で、出張先のソウルから合流された方。
拙者と同い年である。
彼は防衛研究所に勤めているという。
あらら・・・拙者は時々、防衛研究所に行きますけど・・・(笑)
拙者は1階に行くが、彼は2階いるという・・・あらら・・・奇遇ですねぇ~(大笑)
これまた、世の中って狭いねぇ~・・・・である。


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旅行 | 12:20:18 | Comments(0)
済州島の旅(5)
市内に戻り(多分・・・)レストランで昼食・・・
これは何と言う料理なんだろう・・・
よく知らないけど・・・・
テーブルに小鉢が並ぶが、これで4人前・・・
正直言って・・・足りない・・・(笑)
この小鉢を4人で突くんだから、腹一杯食べるというわけにはいかない。(笑)

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味は決して悪くないのだが、馴染めないのが、金属製の箸・・・・
箸が金属製というのは、どうも抵抗がある。
この箸で食べ物を口に入れても味気ないような気がして、どうも好きになれない。

食事後、次に向かったのは「戦争歴史平和博物館」・・・・
「済州島平和博物館」とも言い、「カマオルム地下要塞」とも言う。
ハッキリしろ!・・・と言いたいが・・・(大笑)
ここは日本軍の第111師団歩兵第244連隊の駐屯地跡である。
歩兵第244連隊は昭和19年8月に高知で編成された部隊である。
ここ釜岳(カマオルム)というところに洞窟陣地を造ったが、まもなく終戦を迎えた。
現在の館長が、このカマオルム一帯を買い取り、この陣地跡を保存、復元し、ここに博物館を建てたのだそうだ。

125_convert_20120712223655.jpg(博物館)

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(館長さんから説明を受ける)

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展示館内を見学・・・・
当初は、太平洋戦争関係のものだけしか展示していなかったそうだが、それでは反日に偏ってしまい、本来の平和の教育としては問題があるだろうということで、最近はそれ以外のものも展示するようにしたと言う。
あくまでも「戦争」というものを考えてもらいたいということなんだ・・・という。
誠に納得できる話である。
韓国人の中にもこういう人がいるのかと感心した。

日本からは以前から他にも見学者が来ているようで、寄せ書きなどを残している。
我々も寄せ書きを書いてくれるよう頼まれたので、拙者も書いたが・・・・
これを日本人による“懺悔”や“謝罪”という扱いをされないことを望む。(笑)

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これは2010年11月に起きた「延坪島(ヨンピョンド)砲撃事件」の時に、北朝鮮から撃ち込まれた砲弾の残骸だという。
形からして・・・・普通の大砲の砲弾ではなく、ロケット弾のような気がするが・・・
こういう最近のものも展示している。
それにしても、よくこういうものを入手できたもんだと、参加者一同が驚嘆していた。
北朝鮮からの砲撃の証拠品だからなぁ~
よく個人でやっている博物館に提供してくれたものである。
また、変に反日感情を煽るような展示館ではないので好感が持てた。(笑)

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カマオルムの地下要塞は、こんな感じです・・・という模型・・・
まるで蟻の巣のようである。

外へ出て・・・山の斜面に作られた地下壕入り口に向かう。
途中、斜面にいくつかの洞窟陣地の出入り口らしい穴が木々の合間に見えたが、こちらは中には入れないようである。
見学できる洞窟陣地は1つのみ・・・・

089_convert_20120713212602.jpg(陣地入り口)

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地下坑道はご丁寧に板で屋根と壁が作られていて、雰囲気は・・・イマイチ・・・
板壁のない部分を触ってみると、土は砂礫のようなボロボロした“土”である。
どうも火山灰か火山の溶岩、火山砂礫で出来ている山のようである。
これなら短期間で掘ることは出来るだろうが、強度としては、どうだったのだろう・・・
ドカン!・・・と砲弾が落ちた途端にバラバラと土が崩れ落ちるのではあるまいか?(汗)
こうなると、実際に本土決戦が行なわれた場合、どこまで持ちこたえられたか疑問である。

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097_convert_20120713213932.jpg 099_convert_20120713214051.jpg

縦横に坑道が走り迷路のようである。
一部の坑道には日本兵の人形を置き、当時の雰囲気を表している部分もある。
細かい点は別として・・・まぁ、なかなかよく工夫をされている。

約10分ほど、地下要塞内を見学し、外に出て、今度は山頂に向かう。
標高は141mだという。

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頂上で、済州大学の教授から説明を受ける。
が・・・拙者はみんなから離れて写真撮影!
先生には申し訳ないが、説明は全く聞いていない。(笑)
とにかく団体行動は写真が撮りづらい。
誰かしらが必ず写真に写ってしまうのである。(涙)
写真に写らないようにと気を使ってくれる人は、まず皆無と言って良い。
拙者としては、人間を入れたくないので、みんなが一箇所に集まって説明を聞いているときがチャンス!
この時に撮らねばと周囲を一人で走り回る。(大笑)

104_convert_20120713220359.jpg(山頂から見た景色)

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このあたりに高射砲陣地があったという・・・・
陣地跡のすぐ後ろの斜面に横穴が・・・
退避壕にしては、斜め下に下りていく感じで掘られている。
なんで斜め下に向かって掘られているんだろう?
弾薬庫だとしたら、弾薬箱を持ってこの斜面を登ってくるのは、かなりキツイ気がするが・・・

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時刻は3時半・・・
ここを約1時間強ほど見学したことになる。
館長さんの見送りを受けて、次の訪問地へ向かう。

次に向かうのは、当初、このツアーの訪問地として予定にはない場所・・・
教授が、ここから近いからということで案内してくれるという。

今回の旅にも拙者はドコモのタブレットそ持参してきた。
今回も「マップ」は使えるので、現在地はわかるが・・・・
なんと!
地名等の表記は全てハングル文字である!
読めねぇ~!(怒)
なにこれ・・・
この地図はグーグル・マップか?
他の国の地図は主だった地名はカタカナが併記されている。
が・・・中国と韓国は、日本語の併記がない。
どういうことよ!
中国は漢字だから何となくわかるが・・・
韓国!・・・てめぇふざけるんじゃねぇぞ・・・と言いたくなる。(大笑)
現在地はマークが点滅するからわかるが、地名は完璧に理解不能である。
ハングル文字を知らないお前が悪い・・・と言うことか?
便利なはずが、不便である!
このタブレット・・・日本で買ったけど・・・韓国製?



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旅行 | 11:24:54 | Comments(0)
済州島の旅(4)
今日は済州大学の教授ご夫妻が案内役をしてくださる。
教授は拙者と同世代の方のようである。
で・・・奥様が若くてお美しい!(感動!)(笑)
どこかのモデルさんか芸能人か?・・・と思うほど・・・
最初は秘書か旅行社のガイドさんかと思ったが、奥様と聞いてビックリ!
こんな美人の奥さんをもらうなんて・・・うらやましい。(大笑)
お二人とも日本語が話せるので会話にはそれほど不自由はしない。

最初に向かったのが「済州4.3平和公園」・・・・
戦後、韓国で起こった現地住民虐殺事件の犠牲者を追悼する場所らしい。

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記念館の内部は、日本語の話せる説明員が案内してくれた。

記念館の中には戦時中の資料も若干展示されていた。
日本軍に関しては、ほんの1コーナーだけだったけど・・・・(笑)

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展示されている機銃は明らかに日本軍のものではない・・・
イメージとして展示されたのだろうが、資料的価値は全くないと言っていいだろう。

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パネルの写真は、日本軍の戦車部隊のものであるが・・・
写真が「裏焼き」されて使用されている。
つまり、ネガの裏と表を逆にして焼いてしまっているのである。
あらら・・・何と雑な・・・
説明文は、ハングルと英語であるが、英文によれば、7万名の日本兵がこの済州島に駐屯していたと書かれているだけ。
この写真がどこの部隊のものかは書かれていない。
済州島に本土決戦を目的とした日本軍を貼り付けたのは、沖縄攻略後、米軍が沖縄から直接九州を攻めるかもしれないし、沖縄から済州島へ進攻し、済州島を基地として九州を攻めるのかもしれない、ということでの配備だったらしい。

終戦後、朝鮮半島はソ連が占領した北朝鮮と米軍が管理した南朝鮮とに分かれる。
南朝鮮(韓国)は米軍の軍政下に置かれていた。
1947年(昭和22年)に南北を統一した自主独立国家樹立を訴えるデモが行なわれたが、この時に警官の発砲により死者が出た。
これが、そもそものこの事件の発端である。
この事件に対してゼネストが全島にわたって行なわれ、これに対して米軍政当局は、警官と右翼青年団を済州島へ送り込み、島民を弾圧する。
いわゆる「白色テロ」である。
1948年(昭和23年)には、北朝鮮を除いて南朝鮮だけの単独選挙を行なうことになったが、これに反対する左翼の島民が武装蜂起した。
この日が4月3日・・・「4.3事件」と名付けられたいわれである。
この武装蜂起は軍、警察、右翼青年団が短期間で鎮圧したが、左翼島民はゲリラ戦に転じる。
8月15日の大韓民国成立後、更に弾圧には拍車がかかり・・・・
「朝鮮労働党」の党員狩りが行なわれるが、勢い余ってか、多くの島民が虐殺された。
完全に鎮圧されたのは1957年(昭和32年)だと言われている。
この間の犠牲者は3万人とも8万人とも言われているようだが、どうも実数はハッキリしないらしい。
今もって“行方不明”のままの人も多いという。
全島の各地で虐殺事件が起こったのだから無理もないか・・・

女性などは輪姦したあげくに殺害したというんだから凄まじい弾圧である。
本来は朝鮮労働党(左翼)の党員狩りだったのだろうが、疑わしい島民(疑わしくなくても?)は片っ端から虐殺していったという。
本土(朝鮮半島)から島へ来た“よそ者”だから出来たのかもしれないが・・・
これは国民性ではなかろうか?
日本人は、こういう虐殺って出来ない国民のような気がする。
日本軍の「南京大虐殺」だって、本当はどうなのかわからない。
血だと思うんだよなぁ~・・・血!
こういう“虐殺”って言うのを聞くと、韓国人や中国人は、姿かたちは似てるけど、日本人とは異質のもののような気がしてならない。

この事件後、済州島から日本へ密入国した島民も多く、特に大阪周辺に“避難”して、その後、「在日韓国人」として日本に住みついた人も多いという。
だから、関西地区には在日韓国人が多いと言われるのは、そのせいなのかもしれない。

韓国政府はこの事件への謝罪を長年行なっていなかったが、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の時に初めて正式に謝罪したという。
で・・・この記念館と平和公園が事件の補償の一環として作られたそうである。

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1948年(昭和23年)に11名の島民が虐殺された洞くつを再現したジオラマ・・・・
彼らは“討伐隊”により、窒息死させられたという。
首を絞められて殺されたということか?

館内の見学を終え外に出る・・・・
時間配分をどうするか・・・ガイドさんから相談されたので、折角来たんだから、少しこの公園を散策する時間を作ってくれるよう頼む。
広大な公園なので、ご高齢者は歩くのが大変・・・・
申し訳ないが、拙者は一人で飛び回り・・・見学!(笑)
とにかく時間がそれほどないので、急いで回らねば!

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遠くに見えるのが、先ほどいた記念館。
手前の噴水のように見えるのが、「慰霊塔」・・・・

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遠くに見える半円形の建造物・・・・
「慰霊祭壇」と「位牌奉安所」である。
どこかの新興宗教団体の建物っていう感じがするんだよなぁ~
日本の新興宗教団体は韓国人がやっているのだろうか?
なんか・・・似たような“匂い”を感じるんだよなぁ~

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「位牌奉安所」には、地域別、村別に約1万4千の位牌が安置されている。

出発予定時間には待ち合わせ場所の駐車場のところまで戻ってきたが、他の方々はまだ来ない。
ちょうど、済州大学の教授と二人っきりだったので、自己紹介を兼ねておしゃべり・・・
日本語が上手な方だが、さすがに「戦友会」の意味が良くわからないようなので、ご説明をする。
また、日本軍の組織等、軍事的な質問をいただいたが、何とか説明できた。(笑)

072_convert_20120709180703.jpg(案内板)

皆さん、三々五々集まり、時刻はちょうど12時・・・お昼である。
今から昼食をとりに・・・出発!


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旅行 | 10:51:34 | Comments(0)
済州島の旅(3)
次に向かったのは・・・「おばけ道路」・・・・
何のことか、よくわからないのだが、現地ガイドさんが、そう言うのである。
で・・・その説明を聞いてみると・・・
どう見ても上り坂なのに、車のエンジンを切っても、車が自然と坂道を登って行くという。(笑)
そこにボールを置けば、そのボールがコロコロと坂道を“登って”いくのだそうだ。(大笑)
その場所へ行くという。

道路のある地点に「始点」の看板が立っている。
そこでバスは一時停止・・・・
「では、ここでエンジンを切りま~す!」とガイドさん。
と・・・スルスルとバスが坂を“登る”(大笑)
あれれ???・・・である。

「終点」まで行き、駐車場にバスを停めて、道路を“見学”に行く。(笑)

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道路には、坂を“登ってくる”車を見るため多くの観光客が集まっている。
で・・・その中の一人に自分も加わっているのだから、拙者もミーハーと言えばミーハーである。(大笑)

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向こうからバスがエンジンを切って、ス~ッと坂を“登って”きた!(笑)
どう見ても、坂を登っているよな?

「いや、だから・・・これは錯覚ですって!本当は下り坂!」と我がツアーの皆さんが言う。
「でも、登っていますよね?」と拙者。
「目の錯覚!目の錯覚だって~(笑)」
「いやぁ~そうですか?どう見ても登ってるでしょ?(笑)」
「やだなぁ~もう!錯覚ですって!」と全員に笑われる。(大笑)
「いや、いや、目の錯覚だと思わされているだけで、本当は坂を登っているんじゃないの?上り坂でしょ?(笑)」
「だめだぁ~この人~!(大笑)」
拙者は頑固なのである(大笑)・・・大いにふざける。(笑)

でも、どうしても下り坂には見えないんだよなぁ~(大笑)
これ、結構、面白い・・・・
現地では「神秘の道路」と日本語で銘打ってある。
すぐ近くにはお土産屋さんが建ち、(といっても、飲食がメインのようであるが・・・)結構、人が集まっている。
一大観光地?(笑)
ガイドさんの話によれば、島の北をメインに観光する人も、島の南をメインに観光する人も、ここには必ず来るので結構有名な“観光地”なのだそうである。


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時刻は午後4時半・・・
ここの駐車場で、最後の合流者と合流する。
89歳の方・・・一人で福岡から参加されたという。
陸軍士官学校57期・・・さすがは元士官・・・一人で来るなんて大したものである。(脱帽!)

次は・・・夕食!
北の海岸にある「竜頭岩」という場所にあるレストランで食事をするという。

で・・・その「竜頭岩」が・・・これ・・・

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「竜の頭に見えるでしょ?」とガイドさん・・・
ん?どこが?・・・竜の頭?(大笑)
午後6時・・・この目の前のレストランで夕食・・・・

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夕食は、海鮮鍋・・・悔しいことに・・・美味しい・・・(大笑)


より大きな地図で 竜頭岩 を表示

食後、ホテルに向かい、チェックイン。
その後、改めて各自の自己紹介と明日の日程打ち合わせをして解散・・・

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どうも頭がガンガンする・・・
疲れが出たのだろうか・・・
そうだ!今日はコーヒーを飲んでいない!(笑)
ということで、ロビーのラウンジで一人でコーヒーを飲む。

040_convert_20120708131245.jpg

嬉しい事に・・・クッキー付き!(笑)
ウェイトレスは愛想がないけど・・・まぁ、そんなもんだろうと思えば腹も立たぬ。
料金は、7,500ウォン!
なぬ!7,500円!・・・と一瞬思った拙者はマヌケである。(笑)
これに750ウォンの税金が加わり、総額、8,250ウォンである。
つまり・・・日本円では578円程度であるから、ホテルのラウンジのコーヒーとしては、そうそう高くはない。

このホテルも・・・全室禁煙である・・・(涙)
どこの国に行っても不便で仕方ない・・・
灰皿は、ロビーの外に一つだけ・・・
ここで一服し・・・ホテル内の「雑貨屋」でジュースを買って部屋に戻る。

で・・・シャワーを浴びていたら・・・・
ピロリロリィ~ン、ピロリロリィ~ン・・・・
ん?韓国のテレビって、日本と同じ地震速報のメロディーを流すんだぁ~
地震もないのに、面白い・・・
へぇ~と思ってシャワーを浴びて出てきたら・・・
あらら・・・いつの間にか日本のNHK衛星放送がかかっていた。
おれ・・こんなチャンネルにしてたっけ?
見たら、日本で地震があったらしい。
あ~だからピロリロリ~ン・・・だったんだ。(大笑)
完全に頭がボケている。
親父は一人で留守番中だが・・・まぁ、韓国で心配していても仕方がないかぁ~
諦めるしかないな・・・(大笑)


旅行 | 11:34:05 | Comments(0)
済州島の旅(2)
食後、最初に向かったのは、「漢拏山(ハンラサン)」という国立公園・・・・
ここは世界自然遺産なのだそうだ。
で・・・韓国の三大霊山の一つ・・・・
で・・・標高は1950m・・・・
で・・・韓国で一番高い山・・・
で・・・火山なのだそうだ。
この周辺には360個(?)もの「オルム(小火山)(?)」が分布しているんだとか・・・
う~ん・・・わかったような、わからんような・・・(笑)

とにかく、この「ハンラサン」という山の隣にある「御乗生岳(オスンセンアク)」という山に登るんだそうだ。

012_convert_20120706231003.jpg(登山口)

013_convert_20120706232221.jpg

登山口の説明看板・・・・
ハングル文字である!
英文の併記も日本文の併記もない・・・
最低、英文でも書いてもらわないと、何のことやらさっぱりわからん・・・・

とにかく、この山を頂上まで登るのだそうだ・・・標高は・・・1169m(笑)
頂上までは約1.3kmだそうで・・・・片道は約30分とか・・・

この山の頂上が日本陸軍の第58軍司令部の駐屯地だという。

014_convert_20120706233538.jpg

この登山道・・・
軽く登山を楽しみたい人向けの登山道らしいが・・・結構、キツイ・・・
なにせ、我がツアーは高齢者の多いツアーである。(大笑)
拙者を含め50代は3名・・・・
60代が1名、70代が3名・・・
80代に至っては、86歳、88歳、89歳と3名もいるのである。(大笑)
体力に自信のない紅一点、“タキザワさん”は78歳・・・
登るのをやめて、下で待っているという。

「まぁ、ゆっくり登りましょうよ~」と声をかけてあげるのだが、なかなか、お年寄りは頑固である。
初日から無理して体調でも崩されたらと思うとハラハラものである。
途中で、ドンドン韓国人の家族連れに追い抜かれ・・・(笑)
更には中学生か高校生か・・・子供達のグループにも追い抜かれる。(笑)
結構、この山を登る人がいる。
拙者は韓国語なんか知らない・・・
覚える気もない・・・(大笑)
だから日本語で「は~い!先に行って!ドンドン行って!」と彼らに声をかける。
なぜか通用するんですねぇ~(笑)
子供達は会釈して追い抜いていく。
ある女子学生は「アリガト!」と日本語で応えて追い抜いていった。(笑)
あら・・・日本語、勉強してるの?(笑)

雲行きが怪しいなぁと思っていたが・・・案の定、雨が降り出して来てしまった。
念のため傘を持参してきたが、他の多くの参加者は傘をバスに置いて来たと言う。
まぁ、それほど激しい雨ではないから、何とかなるか・・・
心配なのは濡れた山道である・・・
足を滑らせ易いから、帰りは大変だなと思う。

登り始めて約40分後に山頂に無事到着!

016_convert_20120707000755.jpg(頂上)

ここには、コンクリート製の監視用トーチカが2基ある。
そのうちの1基は入り口が塞がれていて内部に入れないが、もう1基は内部の見学が出来る様になっている。
早速、入ってみる。

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028_convert_20120707115554.jpg 026_convert_20120707115714.jpg

この第58軍司令部は、昭和20年4月から構築が始められ、7月に司令部の一部が移転したところで終戦となったらしい。
というわけで、実施には使われていない・・・と言われている。
本土決戦の時には、この山に立て籠もって戦う予定で作られた要塞らしい。

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山頂から下を見る・・・・
あらら、我々のバスが停まっている駐車場が小さく見える・・・(笑)
え・・・こんなに高いところまで登っちゃったの?(笑)

さて・・・そろそろ山を降りますか・・・
と・・・そこへ“タキザワさん”がやって来た!
「おお!来たの!」とみんなが大喜び。
「こんなに喜ばれるなんて、嬉しい!」と“タキザワさん”
一人で待っていると言っていたが、気が変わって、後から休み休み、山を登って来たと言う。
早速、先ほどのトーチカへ案内して・・・・
到着早々で申し訳ないですが、山を降りま~す!(大笑)

さすがは“オバチャン”である。
おしゃべりのほうが忙しい・・・・
「あの、足元が濡れて滑りますから、気をつけて下さいよ」
「大丈夫よ!それでね・・・この日本の将来なんだけど・・・」とおしゃべりのほうが忙しい。
しかも、天下国家を語る“憂国の志士”・・・・
あらら、あの“憂国の志士”の添乗員さんがいないからと安心していたら、こんなところに伏兵がおったか・・・(大笑)
「おしゃべりに夢中にならないで、ちゃんと足元を見て歩いて下さいよ!」
「大丈夫よ!あたし、下りは得意だから!」
う~ん・・・人の忠告を聞かない人である・・・
拙者は、万が一を考えて彼女の前を歩いている。
後ろにひっくり返るのならまだいいが、前のめりに転げたら大変だと思っての“対策”である。
危機管理の初歩!・・・である(大笑)
と・・・
トットットットットッ・・・と弾みがついてコントロール不能になった“タキザワさん”が駆け下りてきた。(ゲゲッ!)
「止まらな~い!」
アメリカンフットボールで鍛えたのは30年も前のこと・・・
その名残も残っていない、この拙者が・・・ブロックできるか?(笑)
こう言っては、失礼なのだが、“タキザワさん”は“重量級”の“オバチャン”なのである。(失礼!)(笑)
なんとか体を張って・・・ブロック成功!(大汗)
「やっぱり危ないわねぇ~」
「だから、言ったでしょ!」(大笑)
本人はケロケロしているが、こっちは汗びっしょりである。(涙)

031_convert_20120707131615.jpg


より大きな地図で 第58軍司令部トーチカ を表示


旅行 | 10:30:33 | Comments(0)
済州島の旅(1)
今日から韓国の済州島へ行く。
“ウメちゃん”曰く・・・・
「なんで韓国が嫌いなくせに韓国へ行くんだ?」(笑)
「う~ん・・・・」
「ほら、ほら・・・いつも言っていたくせに・・・どうした?」(大笑)
「え~と、今回は本土決戦時の日本軍の戦跡を見に行く旅だから・・・え~と、ここは嫌いでも・・・我慢!」
「我慢?・・・・」(笑)
「仕方がないでしょ?戦跡を見に行くためには我慢するしかないの!」
「我慢・・・ねぇ・・・戦跡?本土決戦?・・・なんだそりゃ」(唖然)

前日に例の如く京成成田駅前のホテルに前泊。
集合時間は午前7時45分・・・・
少々早く到着したので、暇つぶしに空港内をウロウロする。

今回の旅の企画は、3月に台湾へ行ったツアーと同じ会社。
案の定、“常連さん”のツアーである。
またもや新参者は拙者だけ・・・・
だが、3月のツアーの時に一緒だった“ヨコヤマさん”が参加されていた。
旅行中、戦車のことでいろいろと拙者に質問して来た方なので覚えていた。
「いやぁ~おひさしぶりです!」(笑)
一度でも会った事のある方が一緒だと、なぜか心強い。(笑)

拙者は子供の頃から人見知りするタイプ・・・・
初対面の人と会う場は苦手・・・・
昔から知っている人達の中にいるほうが好き・・・
これが拙者の数多いコンプレックスの中の一つでもある。
社交的ではない・・・・
引込み思案である。
人の輪の中に入っていけない。
協調性がない・・・(大笑)
その拙者が、こうして見ず知らずの方々ばかりのツアーに参加するんだから、拙者も成長したものだと思う。(笑)
自分の性格は、努力すれば多少は改善されるものである。(大笑)

今回のツアーの参加者は10名・・・・
参加人数が少ないので、添乗員さんは急遽、付かなくなったと言う。
成田空港からは7名が出発・・・
現地で3名が合流するという。
で・・・ガイド役として同行する写真家の“ヤスジマさん”が出発段階から引率者となる。
例の過激な発言をするツアー企画者で添乗員さんは・・・・今回は同行しない。(笑)
これで、食事中の“天下国家の”過激な発言を聞かずに済む。(笑)

早くも成田出国段階でトラブル・・・・
参加者の中の高齢者(たぶん80代後半の方)が、手荷物に液体の薬と大型のハサミを入れていたので、手荷物検査で捕まった!(唖然)
持ち込んではいけないものを持っているんだから当然だが・・・
なんでスーツケースに入れておかなかったのやら・・・・
この方・・・頑として係官の言うことを聞かない。
なので・・・やたらと時間がかかる・・・
いやぁ~大迷惑である。
そのうち、他の参加者達はサッサと搭乗口へ・・・
引率係を任された“ヤスジマさん”が面倒を見ることになり、どうやら引き返してスーツケースを戻してもらい、そこに入れるようである。
他の参加者は「あの人はこのツアーで何度も海外に行ってる常連なんだから、あんなものを持ち込めないってわかっているはずなんだけどなぁ~」と言う。
呆れて物が言えぬ・・・(汗)
このツアー・・・大丈夫だろうかと先々不安になる。

午前9時45分発の大韓航空機で済州島へ・・・・
飛行時間は2時間半ぐらい?

001_convert_20120705215652.jpg(機内食)

お昼過ぎに済州島に到着・・・・
空港を出たのは午後1時である・・・・

006_convert_20120705220121.jpg 008_convert_20120705220247.jpg

空港内の銀行でとりあえず1万円を両替する。
もらったウォンは・・・14万2千ウォン・・・・
すご~く金持ちになったような気がする。
1ウォンは0.07円・・・・
よくわからん・・・拙者は数字が大の苦手なのである。(大笑)
100ウォンが・・・7円?
ということは・・・700円は1万ウォン?
ということは・・・日本のコーヒー1杯が350円だとすると、5000ウォン?
5000ウォンと聞いたら、日本のコーヒー1杯の値段だな・・・と思えばいいのかな?(笑)
なにせ、何か基準を作っておかないと、高いんだか安いんだかわからなくなるのである。(大笑)
数字に弱いというのは本当に困る・・・・

現地旅行社のバスに乗り、ここで合流する参加者を待つ。
合流参加者は、関西空港から1名、ソウルから1名である。

無事に合流し、市内のレストランで昼食・・・・

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これは・・・「石焼ビビンバ」か?
拙者は韓国が嫌いだから・・・(大笑)・・・・食べ物も知らない!(大笑)
グジャグジャに混ぜて食べるのだそうだ・・・
悔しいかな・・・美味しい!(大笑)


より大きな地図で チェジュ空港 を表示


旅行 | 09:39:00 | Comments(0)
遺骨収集?
現在、ガダルカナル島への慰霊の旅の企画を遺族の方々と打ち合わせ中であるが・・・
この話を聞きつけた、ある方からメールを頂いた。
2年前に一緒に遺族の一員として参加されたA氏である。(あえて名前は伏せる)

メールの内容は「あなたの企画している旅では遺骨収集をしないのか?」という問い合わせであった。
拙者としては遺骨収集をすることは考えていない。
「遺骨収集をしないとは怪しからん」と言う。
「半日でもいいから遺骨収集の時間を作ってくれれば参加を考えてもいい」と言う。

この遺族会・・・・
すでに解散となっているが、事務局長さんが一人で頑張っておられていたらしい。
が・・・その事務局長さんもお亡くなりになられた。
この遺族会が解散した経緯の一つに、この事務局長さんの「考え方」に反発があってのこと・・・という話を聞いたことがある。
この事務局長さんは「遺骨収集を伴わない巡拝慰霊などは慰霊とは言えない!ガダルカナル島の遺骨を全て収集してこそ慰霊といえるのだ」と声に出していたと言う。
遺族からは「遺骨収集までやれと言われたのでは付き合いきれない」と反発する人も出たらしい。
これは由々しき問題であると拙者は思うのである。

各個人、それぞれ主義主張というものはあるでしょうが・・・
「事務局長」という立場の人は自分の主義主張を押し付けてはならないと思うのである。
あくまでも“組織”をまとめるのが仕事であろう?
「遺骨収集をしないのであれば慰霊祭など無意味だ」と言われては遺族の反発を受けるのは当然である。

このA氏は、この事務局長さんの考えに賛同する“唯一の”(?)方である。
「なぜ、亡き事務局長の遺志を継がないのか?」と言う。
拙者は、この事務局長さんとはお会いしたこともないから“遺志”すら知らないので継ぎようもない。(笑)
しかもその“遺志”に問題があるから遺族会は分裂したのではないか?
遺志を継ぐ人がいるわけがない。

では、A氏ご自身はどうなのか?
この2年の間にガダルカナル島へ行って情報収集や遺骨収集の準備をしたり、実際に遺骨収集をしたのか?
この問いに対して・・・・
「私はあなたのように暇じゃない」と回答してきた。
カチ~ン!である。(怒)
早速、関係遺族に連絡をして「喧嘩することになるが、よろしいか?」と尋ねたらOKが出た。(大笑)

まず、半日で遺骨収集をするなんて非常識である。
半日程度で出来ることではない。
これでは単なるパフォーマンス、自己満足ではないか?
遺骨収集の“真似事”をすること自体が戦没者に対して失礼ではないか?
A氏は「線香だけをあげて慰霊祭をして満足し、遺骨を探し出して日本に持ち帰ろうとしないということこそ、自己満足、パフォーマンスだ」と言う。
「一欠けらでもいいから遺骨を持ち帰るべきだ」とも言う。
「俺はガダルカナル島で遺骨を“収集”したんだぞ」を売り物にして何をしようというのだろうか?
困った人である・・・・

事前の打ち合わせはどうなっているのか?
現地人との打ち合わせ、日本大使館との下打ち合わせは必要であろう?
現地に行ってから、それをやっていたのでは、ツアー自体が何をしに行ったのかわからなくなる。
事前に打ち合わせの準備も出来ていて、人手が足りないから半日でもいいから手伝ってくれと言うのなら話はわかるが・・・
それなら大いにご協力しよう。
で・・・どうなの?・・・その点は?
準備も何もしていないらしい・・・・
「あなた方が亡き事務局長さんの遺志を継いでそれをやるべきだ」と言う。
自分は、あなたのように暇もなければカネもないから、そんな情報収集や下打ち合わせなどはしていられない。
あなた方が遺骨収集をするというなら付き合う・・・という考え方なのである。
オイ、オイ、主従が逆転してるだろう!
こういう論法を振りかざす人は結構多い。
煽るだけ煽って、自分は“便乗者”として楽をして“手柄”は自分のものにしようとする輩である。
特に、“団塊の世代”に多い・・・・(偏見かもしれないが・・・)(笑)
コズルイ・・・と言ってもいいだろう。

このように“扇動”する人間が最近多くなっているような気がする。
拙者は、こういう“扇動者”は嫌いである!(笑)
“扇動者”ではなく“行動者”になるべきである。
自分の出来る範囲でいいから行動すべきである。

「目的の違う他人のツアーに便乗するのではなく、ご自身で遺骨収集を目的としたツアーを企画したらいいのではないでしょうか?」と書いてやったら・・・・この件については回答なし・・・(笑)
失望しただの、ガッカリしただの、線香だけで済ませるのは英霊に対する冒涜だの・・・
あらら・・・まだわかっておられないらしい・・・

現地に慰霊をしに行って線香をあげるツアーのどこに問題があると言うのか?(怒!)
これは、ガダルカナル島の遺族でもなんでもない俺が企画している慰霊のツアーなのである!
他人のツアーに文句をつけるな!・・・である。

あ~ムカムカするなぁ~
拙者は相手が一回り以上年上でも噛み付くときは噛み付いてしまうのである。
これがまた拙者の欠点の一つでもある。(大笑)
やっちゃったぁ~

日記 | 11:01:05 | Comments(2)
今日は面接です!
今日は、我が戦友会に賛助会員として入会予定の“ワダさん”の面接を行なう。(笑)
昨晩は、ホテルに宿泊し、再び待ち合わせ場所の靖国神社へ向かう。
昨日に引き続き、本日も・・・靖国神社である!(笑)
「面接」と言っても、冗談半分の「面談」である。(大笑)

戦後生まれの世代の中には、戦友会や遺族会に興味を持って入会される方もいる。
が・・・問題は、その入会の目的である。
ある組織では、若い女性が入会されたが・・・
彼女は入会して入手した会員名簿をもとに生還者の家を訪ね歩いたらしい。
「貴重な戦争体験を後世に伝える」という高尚な目的のためらしいが・・・
各種誌上に、その“体験談”やらを投稿したらしい。
が・・・内容を見た会員からクレームが・・・
あの人(生還者)が、こんな話をするわけがない・・・というのである。
証言者本人に尋ねてみたら、確かにそういう意味で話をしていないという。
つまり、彼女は生還者の“体験談”に自分の考え(思想か?)を混ぜて都合のいいように“加工”して発表したらしい。
結局、会員達からヒンシュクを買って「除名」処分となり会から追放された。
更には、「誰があんな女を入会させたんだ!」と推薦者に対しても批判の声が上がったという。

こういう事例があるから、拙者としても頭が痛い・・・・
純粋に戦没者の慰霊を行いたいというのならいいのだが・・・

我が戦友会は戦車部隊の戦友会である。
師団なので、歩兵や砲兵、工兵も含まれているが・・・
「戦車マニア」などに入会されても困る。(大笑)
ましてや「戦争マニア」に入会されてはなおさら困る。

戦没者の慰霊がメイン事業である。
で・・・「この先、戦友会はどうなるのか・・・」と心配されている生還者達、戦友の気持ちを汲んで・・・
「最後の一兵になるまで解散はさせませんから!」というのが戦後生まれの我々の務めだと拙者は思っている。
安心して、この世を去っていただきたい・・・
「あとのことは任せてちょうだい!」である。(大笑)
晩年は、「若い人達と知り合えて楽しい」と言ってもらいたい。

戦没者の遺族も、皆さんご高齢になり、他界する方々が増えてきた。
両親は既に他界している・・・
ご兄弟も、奥様もご高齢・・・
息子さん娘さんにしても、だんだん高齢化し始めている。
その下の孫の世代となると・・・“祖父”の顔など知らないから慰霊をしようという気はさらさらない・・・
独身で戦死された方の場合、直系の子孫はいない・・・
伯父さん(叔父さん)の慰霊をしてあげようという甥や姪は、そうそういるものでもない。
そうなると・・・独身で戦死された方々の慰霊は誰がやるのか?・・・である。
独身者の拙者としては、我が事のような気がしてならないのである。

となると・・・
趣旨に賛同してくださる「賛助会員」で何とか会を維持することを考えねばなるまい。
「会」という組織で独身で戦死され、直系の子孫のいない方々の慰霊もしてやらねばなるまい?
今後の慰霊を「その気がない」戦没者や生還後亡くなられた物故者の御遺族、その子孫に無理強いしても、仕方があるまい・・・

というわけで、会則を改定して「賛助会員」を受け付けることにしたのである。
で・・・今回、これに応じて入会希望を出して下さったのが“ワダさん”・・・・
もう1年以上もメールのやり取りで知り合った“ネット仲間”(?)(大笑)
だから、“変な人”(大笑)ではないことは、わかっているが・・・
ネットでの交流なので、当然、お会いしたことはない。
まさか、お会いしたこともない人を入会させるわけにも行くまい?(笑)
というわけで・・・「面接」となった。(笑)
生還者の中には、過去に不愉快な思いをされた方々が結構おられる。
「会を維持するためというのはわかるが、変な人に入られたのでは困る」という心配をされる。
過去の経験から警戒心が強くなるのは否めない。
マスコミ関係者ではないか?
自分の商売を持ち込んでくるのではないか?
会を引っ掻き回すような人ではあるまいか・・・等々・・・

かく言う拙者は、“連隊長の孫”ということで入会した。
一番若いから(孫だから当然だが・・・笑)事務局長をやってくれと言われたが断った。
会計を頼むと言われても断った。
入会早々、そういう役職につくのはマズイ・・・・
ましてや会のお金を預かるなんてもってのほかである。
連隊長だった祖父は“立派な人”だったが、だからといって、その孫が“立派な人物”とは限らない。(大笑)
何の目的で若い人間が入会してきたのか・・・
自分の商売を売り込むためなのか・・・
会のカネを横領でもするのではあるまいか・・・・
そう思われて当然である。
信用を得るまでは“下積み”のお手伝い係をせねば・・・
さすがに「もう信用しているから、役を引き受けてくれ」と言われ・・・(笑)
事務局長に就任して、その後、会計も預かることとなった。
その後、特に“陰口”などは聞こえてこないから、信用していただけているものと思っている。(大笑)
ということで・・・期待を裏切るわけには行かない。

だから・・・キチッと筋を通さねば・・・
だいたい、ご高齢者が「ネットで知り合いました」を理解してくださるわけがない。(大笑)
「私が責任を持って面接しました」とならねば、理解を得ることは無理だろう。
「会ったことはありませんが・・・」では・・・絶対・・・無理!(大笑)

というわけで・・・“形だけの面接”・・・をすることにした。
実のところは、ただの、おしゃべり・・・である。
いわゆる“オフ会”って言う奴?(笑)
「オフ会」って言ったら、ますますご高齢者には理解不能だろうから・・・「面接」!(大笑)

“ワダさん”は拙者より年上の(かなり?)(失礼!大笑)女性の方である。
「面接」と聞いて、かなり緊張されたと思うが・・・・
本当は単なるおしゃべりである。
わざわざ靖国神社まで来てもらい申し訳なし・・・・
で・・・おしゃべりが弾みすぎ・・・
“ワダさん”の今日の予定に支障を与えてしまった。
いやぁ~申し訳ございません!
やっちゃったぁ~

無事に「面接」を済ませ、帰宅して会長にメールで報告・・・・
本来は会の総会で承認・・・というのが筋だろうが・・・
今回からは、会長(遺族・遺児)、副会長(戦友)、相談役(戦友)、役員3名の承認をもって入会を認めることにしてもらった。
年に1回の総会にも何人参加するのかわからない状態であるから・・・
役員で決めて、総会では報告ということで会長の承諾をいただいた。

会長から各役員へ手紙で報告をしていただき、承認を得ることとする。
今回は“カジさん”と“ワダさん”・・・
基本的には「あんたに任せているんだから」で承認をいただけるのはわかっているのだが・・・(笑)
一応、筋を通さねばなりますまい?
90歳を過ぎている高齢者だから相談しても仕方がない・・・は失礼である。
「いかがでしょうか?」のご相談はかけねば・・・ね?(笑)

今日もまた昨日に引き続き、充実した一日が過ごせた・・・・
感謝、感謝である。

日記 | 10:56:57 | Comments(4)
永代神楽祭
今日は靖国神社で我が戦車第2師団の永代神楽祭が執り行われる。
わが戦車師団の戦友、遺族は全国に散らばっているのだが、もう皆さんご高齢・・・
とても東京まで来ることができない。
というわけで・・・この永代神楽祭は基本的に東京周辺に在住する戦友と遺族が参列することになっている。
が・・・それでも皆さんご高齢ですから・・・
年々参加者が減り・・・この先どうするか・・・という状況に陥っている。
こうなると、どこの戦友会・遺族会も「解散」を考えるのだろうが・・・
いや、我が戦友会はそうそう簡単に解散などさせてたまるもんか!(大笑)
拙者一人になろうとも、続けるぞ!
「最後の一兵になるまで戦い抜く!」・・・・
これが拙者の方針である。

我が戦車第二師団および配属部隊は、フィリピンで米軍と戦い抜いた部隊なのである。
約8割の将兵が戦死した・・・
そうそう簡単に解散してしまったのでは、これらの戦没者に対して申し訳がない。
どのツラ下げてあの世で会えるか・・・
最後の最後まで頑張るのである!(笑)
我が戦友会は戦没した戦友の慰霊を目的として関係者が集まって組織された戦友会である。
他の戦友会、遺族会は「親睦団体」なのかも知れないが・・・
我が戦友会は親睦よりも慰霊が先・・・という組織である。
そういうわけで、そうそう「慰霊」を辞めるというわけにはいかない。

戦後50年経って節目を迎えたから・・とか・・・
昭和から平成に時代が変わったから・・・とか・・・
そういう理由で解散する組織が多いが、我が戦友会は、50年も平成も関係ないのである。
「自分達が生きている間は戦友の慰霊を続けるんだ」という生還者達の思いがある。
が・・・皆さん、ご高齢になり、企画・運営が出来なくなった。
そこで、拙者の登場!(大笑)
年一回の慰霊祭・総会も、この永代神楽祭も、戦友会のことは一切合財、全部拙者がボランティアで引き受けることにしたのである。
というわけで・・・体調が良い時に、来ることが出来る時に来ていただければ結構です・・・とした。
とにかく、拙者一人でも必ず参列しているから・・・ということにしたのである。
仮に参加できなくても、拙者が代理としてお参りするから安心して下さい・・・ということにしてある。

この永代神楽祭だけは、毎年、開催日が決まっている。
毎年、曜日に関係なく5月19日が開催日である。
この日は、戦車第2師団機動砲兵第2連隊第2大隊(三瓶大隊)がサラクサク峠で全滅した日である。
この日に「永代神楽祭」を・・・とした理由は知らない・・・
その当時の方々は皆さん鬼籍に入られている。
経緯がなんであれ・・・とにかく、この日には毎年「永代神楽祭」が行われるので、拙者の年間計画の一番最初に「絶対変更できない予定」として組み込んでいる。
実は、これは結構キツイ・・・体調を崩すわけにはいかない・・・風邪も引くわけにはいかない・・・(笑)

昔は、開催日が毎年同じなので、特に開催の「案内」というのは通知していなかったようである。
その後、電話で参加の可否を問い合わせるようになったようだが・・・
そのまとめ役の人も、高齢となり面倒臭くなったようである。(大笑)
で・・・拙者が関わるようになってからは、往復葉書で「御案内」と出欠の確認を取るようにした。
「知っているはずだから改めて連絡はしない」・・・ではなく・・・
「ご存知でしょうが、念のため御案内します」・・・というのが大事だと思う。
たしかに、往復葉書を作ってお送りするのは面倒くさいんだけど・・・(笑)
こういうことをコツコツやらねば、参加者の減少に歯止めをかけることが出来ないのではなかろうか?
・・・と拙者は思っているのである。

で・・・昨年の参加者は5名・・・・
で・・・今年の参加者は10名!(大喜)

今年、初参加の戦車第3旅団長のお孫さんと奥様、妹さんたち3名が参列してくれたのが大きい。
また、拙者の友人の“カジさん”にも声をかけたところ気持ちよくOKしてくださったのもありがたい。
“カジさん”の伯父さんはサラクサク峠で戦死されているが所属部隊は不明・・・
知り合って9年経つ・・・
しつこく入会を誘っては迷惑だろうと遠慮していたが、そろそろ参加者も減少し始めてきたので、参列をお願いしたのである。
今回の参列者の中で「戦友」は2名・・・・
あとは、遺族会員、賛助会員と一般参加者である。
来年、再来年には、「戦友」の参加者は皆無となるかもしれないなぁ~
もう90歳を超しているんだから・・・

しかし、今回の10名は・・・嬉しい!
久々の二桁の参加者である!(喜)

永代神楽祭終了後、遊就館の喫茶でコーヒーを飲みながら雑談して・・・解散。

今日は、“カジさん”と恒例の食事会!
いつものトンカツ屋さんで食事をして、コーヒーショップでコーヒーを飲んで、おしゃべり・・・
我が戦友会の会長から是非賛助会員として入会してくれるよう頼まれていたので、入会のお願いをしたところ、OKしていただけた。
これまた嬉しい!
ゆくゆくは、拙者一人でお参りするようになるかも・・・と思っていただけに、心強い味方が出来た!(勝手に決めちゃっていますが・・・)(大笑)

日記 | 15:59:05 | Comments(0)
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ゲリラの投降式に単身参加

山県有朋と争う

満鉄で夢みた近代都市

御親兵一割の損

俺の言うことを聞かないくらいの奴がいい

伏魔殿東京市に乗り込む

欧米に負けない首都の建設を

関東大震災に際して遷都論を打ち消す

復旧ではなく復興を

生まれるのが早すぎた

あとがき

解説



後藤新平という人は、ある意味異色の政治家といえると思う。
そもそもは医者だったが・・・
その後、官僚となる。
台湾民政長官として台湾の経営を・・・
その実績を買われて満鉄総裁として満鉄の経営を・・・
(ということは、経営者・・・でもあるということになる)
で・・・更に請われて東京市長(今の東京都知事)へ・・・
関東大震災後の復興に当たっては帝都復興院総裁となり復興計画を策定する。
どの立場においても、言うことがデカイ!
そのため「大風呂敷」と揶揄されたが・・・
そのスケールの大きさのおかげで、台湾の統治、満鉄の経営は成功したのである。
が・・・震災復興では、かなり計画を縮小させられた。
あまりにも話がデカ過ぎて・・・ということらしい。
後藤新平の言う通りに実行されていたら、東京都はかなり違っていただろう。
昭和天皇も、そのことを認めていたという。
もし、後藤の都市デザインの構想が実現していたなら、戦災の被害もかなり少なくて済んだだろうという。
昨年の東日本震災で「復興」の話が出た時に、後藤新平の名が取上げられたが、すぐにマスメディアから消えてしまった。
なぜだろう?
後藤新平のような遠大な構想なんかを持ち出されたのでは堪ったもんじゃないと政界・財界・官僚の“スケールの小さい”連中が阻止したのだろうか?(笑)
第二の「後藤新平」の出現はない・・・・
かなり国民の質が落ちたようだ・・・
後藤新平は、目的達成のためには、良いという事ならば、がむしゃらに突っ走ったようなところがある。
台湾を良くするためには、どうすべきか・・・
それなら、こうしよう!・・・と突っ走る。
初代台湾総督の樺山資紀、二代目の桂太郎、三代目の乃木希典と・・・台湾経営は上手くいかなかった。
四代目の児玉源太郎の時に、後藤は民政長官として手腕を振るった。
上司に恵まれていたと言えよう。
この時期が一番良かった時期かもしれない。
後藤も偉いが、児玉はその後藤に思う存分やらせたんだから、その度量はすごい。

今年の3月に台湾へ台湾統治時代の遺跡を見に行ったが・・・・
なるほどねぇ~・・・今の台湾の基礎を作ったのは児玉と後藤のコンビであったというのが良くわかる。
後世に残る素晴らしい仕事をしたのである。
今の政治家や官僚では無理だろうなぁ~

後藤は政治的駆け引きには疎かったせいか、政治的には敗北したとも言われている。
だから後世にまともな評価を得られていないのか?
なんとも惜しい・・・・

本書は、この後藤の伝記小説であるが・・・
副題が珍しい・・・
「行革と都市政策の先駆者」・・・とある。
ちょっと変わった副題だなと思ったら、著者は東京都の副知事・青山佾(やすし)である。
「郷仙太郎」というペンネームで本書を執筆している。
なるほどね・・・
都庁の“官僚”が描いた後藤新平・・・・面白い。
本書は、こういう人が書いたことに意味があるかもしれない。
本書は1997年に単行本で出版されたものであるが・・・
その後、第二の「後藤新平」は登場していないような・・・(笑)
そこが、ちょっと残念かな・・・

今こそ第二の後藤新平に登場してもらいたいのだが・・・
1年経っても、東日本大震災の復興は・・・????である。
残念・・・・

後藤新平を知るには、非常に読みやすくわかりやすい本である。
好著なり!



今年の読書:42冊目



読書 | 19:46:33 | Comments(0)
木質バイオマス発電
今年の夏は、電力不足になり大変なことになりそうだと騒いでいる・・・・
原発を再稼動しないと、大変なことになりますよ・・・とも言う。
いや、いや、原発がなくても各自が節電に努めれば、何とか乗り切れるだろうという意見もある。

でもね・・・
それって、昨年の段階で対策を立てるべき問題だったんじゃないの?
何をいまさら・・・である。
「喉もと過ぎれば・・・」にもほどがある。
昨年の夏から何をしていたのやら・・・である。

木材のチップなどの“木質バイオマス”を利用して熱を供給するボイラーというものがある。
このボイラーで暖房用の蒸気を供給することが出来るそうだ。
配管を通して、病院やホテルなどの施設におくることができるのだそうだ。
日本ではあまり「蒸気」を使った暖房って知られていないような気もするのだが・・・・
まぁ、薪ストーブや薪で風呂を沸かす・・・の大きなものと考えていいのかな?

で・・・この木質バイオマスの熱供給で同時に発電もすることもできる。
蒸気を利用して発電用のタービンを回せば発電できるということなのだろう。

原発の停止を受けて、火力発電がフル稼働なのだそうだ。
もう30年ぐらい前に停止した火力発電所を再稼動したりして・・・(笑)
あぶねぇんじゃないかぁ~それ・・・
ボイラーが破裂するかもよ?
配管が壊れて大事故に繋がるかもよ?
と・・・心配なのですが・・・(笑)
火力といえば、石油(重油?)か天然ガスか石炭か?
いずれにせよ、その燃料は輸入しなくてはなるまい?

今回の“事故”をキッカケに、リスクは分散したほうがいいのではないか?
国内で調達できる“燃料”・・・・それは木材である!
現在、日本国内には木質バイオマスによる発電所は大小100箇所あるという。
う~ん・・・これを、とりあえず10倍の1000箇所に拡大したらどうだ?
100倍の1万箇所でもいいと思うけど・・・
間伐材を使用して発電・・・・
山林資源の整備にも貢献するのではないか?
ここで、一気にやれば、今後50年ぐらいは山林をいい状態で維持出来る様になるのではないか?
一石二鳥ではないか?

大震災で大量の仮設住宅が必要となったが・・・・
ここで、山から木を切り出して・・・と思ったら、“プレハブ住宅”である。
これでは、国内木材の値も上がらない・・・
値が上がらなければ山林の整備に繋がらない・・・
折角のチャンスを失ってしまった・・・
今度こそは・・である!
今度こそ、木質バイオマス発電で、山林の整備に繋がるように持っていく。
これは治水にも大事なことである。
水資源の整備にも繋がるから・・・一石三鳥ではないか?(笑)

採算云々を言うから駄目なんだ・・・
もうそういう考え方は棄てるべきだ。
国は、ビシッと方針を出して、山林整備の予算から何からを投入して・・・
徹底的に進める!
この“徹底的”が大事なところである。
どうも最近は“徹底的”ということをやらない。
様子見ばかりして・・・中途半端・・・
これでは効果が現れない。
一時的に経済的負担が高くなっても、後々のことを考えて方針を立て、徹底的に実施すべきである。
目先のことばかり考えていたのでは駄目だと思うのである。

これを昨年のうちから打ち出して、徹底的にやっていれば・・・
今頃は何とかギリギリ何とかなるレベルに達したかもしれないのになぁ~

地球温暖化?
いつまでも老木を放置するより、伐採して新たに若い木を植えればCO2は、今より減るんじゃないの?(笑)
地球温暖化対策での電気自動車も、オール電化の住宅も結構ですが・・・
その“電気”はどこで作るんだよ~

山林を荒れ放題に放置しておいて、燃料を輸入して火力発電をするのと・・・・
山林を整備しながら新たな木を植えながら、国産の木材を使って発電するのと・・・
どっちが日本の国の為になる?
燃料の輸入では雇用には繋がらないが、山林の整備は雇用拡大にも繋がるんじゃないか?
ん?どう考えてるんだ?政府は・・・・

エッセイ | 17:49:36 | Comments(0)
歴史街道2012年5月号
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(2012/04/06)
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総力特集
あれから430年・・・・
本能寺と光秀の謎
なぜ、信長を討ったのか?

総論
突発説、単独犯行説、黒幕説・・・
「主(しゅう)殺し」の真の動機は何か
 ~小和田哲男(静岡大学名誉教授)~
   なぜ「絶好のチャンス」は生まれたか
   殺された史料が語るもの
   さらに光秀自身の「動機」の数々とは
   本能寺と光秀の謎を解く鍵

「天下の面目」と信長が称賛した、文武兼備の出世頭の実像とは
 ~橋場日月(作家)~
   美濃土岐(みのとき)一族・光秀
   光秀はかつて室町幕府の臣だったのか?
   光秀、近江阪本・丹波の大名となる
   織田政権下での光秀の交友関係
   ささやかれる信長との確執

悪虐を許さず・・・
天皇を見下そうとする主を自ら討つ
信長非道阻止説
 ~小和田哲男(静岡大学名誉教授)~
   朝廷権威への信長の明け透けな挑戦
   有職故実(ゆうそくこじつ)にも通じていた光秀ゆえに・・・

長宗我部問題と重臣処分、そして折檻の屈辱により・・・
斎藤利三介在説
 ~桐野作人(歴史作家)~
   信長の四国政策の転換と長宗我部(ちょうそかべ)氏
   斎藤利三(さいとうとしみつ)と長宗我部氏
   光秀折檻(せっかん)事件と「今度謀反随一(このたびむほんずいいち)」

余は余自ら死を招いたな・・・
非情な謀殺命令の果てに
徳川家康同盟説
 ~明智憲三郎(明智光秀子孫)~
   信長は家康謀殺を狙っていた
   「余は余自ら死を招いたな」
   「唐入(からい)り」と土岐(とき)明智氏の命運

秀吉か、足利義昭か、あるいは朝廷なのか・・・・
各黒幕説を検証する
 ~江宮隆之(作家)~
   羽柴秀吉黒幕(関与)説
   足利義昭黒幕(関与)説
   朝廷黒幕(関与)説

我が心は天のみぞ知る・・・
最後の12日間の足取りから見えるもの
 ~工藤章興(作家)~
   前右府(さきのうふ)の増長許すまじ!次々打たれる布石
   「一殺多生(いっせつたしょう)」の心は天のみぞ知る

光秀は死なず!
生存伝説と南光坊天海、さらに春日局との接点
 ~中津文彦(作家)~
   光秀の最期にまつわる謎
   当時から囁かれていた生存逃亡の噂
   荒木又五郎と天海の「再会」

特集
源義朝と源氏Q&A
「武家の棟梁」はいかにして生まれたか
 ~本郷和人(東京大学史料編纂所教授)~

第1部
清和源氏誕生、頼光、八幡太郎・・・
栄光と凋落の歩み
 Q1 源氏が、武士として活躍するのはいつからですか?
 Q2 そもそも、武士とは何者ですか?
 Q3 源経基、満仲の後、源氏はどんな活躍をするのですか?
 Q4 源氏が東国に勢力を築くのはいつからですか?
 Q5 東国に拠点を築いた源氏は、その後どんな活躍をするのですか?
 Q6 源義家はどんな人物だったのですか?
 Q7 源義家のあと、しばらく源氏の活躍がきかれないのはなぜですか?
 Q8 源為義は大河ドラマで描かれるような、頼りない人物だったのですか?
 Q9 源氏の凋落と平氏の台頭は、白河上皇の謀略が原因なのですか?
 Q10 源氏というと、甲斐源氏などの名を聞きますが、どんな系統があるのですか?

第2部
義朝の登場!
保元、平治の乱、そして息子頼朝へ
 Q1 源義朝はどんな境遇で生まれたのですか?
 Q2 義朝はなぜ関東に赴いたのですか?
 Q3 義朝が京都で活躍するのはいつからですか?
 Q4 義朝の子にはどんな人物がいますか?
 Q5 義朝はなぜ、保元の乱で父・為義と対立したのですか?
 Q6 保元の乱で、義朝はどんな活躍をしたのですか?
 Q7 平治の乱でなぜ、義朝は平清盛と敵対したのですか?
 Q8 義朝はなぜ敗れ、頼朝と義経はなぜ助命されたのですか?
 Q9 挙兵後の頼朝も源氏と戦っていますが、なぜ源氏には一族間の争いが多いのですか?
 Q10 義朝・頼朝親子が果たした歴史的役割とは何ですか?

仮装巡洋艦アトランティス
最終回 敵からも敬愛された提督
 ~吉田一彦(神戸大学名誉教授)~
   ザムザム号事件
   捕捉されたアトランティス
   敵味方を問わず敬愛されて

駐日米大使グルーの昭和史
~天皇を敬慕し、開戦回避に尽したアメリカ人
第14回 運命の三国同盟締結
 ~太田尚樹(東海大学名誉教授)~
   第二次世界大戦勃発
   バスに乗り遅れるな
   強硬路線に転じたグルー



今年の読書:41冊目



読書 | 00:24:43 | Comments(2)
注目!(笑)
今日は・・・というか、今日も・・・
妹のライブのため上京・・・
今月は、やたらと東京を行ったり来たりである。(笑)

今回は池袋のライブハウス・・・
このすぐ近くに古書店があるので、前回から、ここに立ち寄り何か1冊は買うということに決めた。
というわけで・・・今回も、1冊、古書を購入する。
以前、上野の古書店で見つけたときに買っておけばよかったものをケチったために、その後、何年もお目にかかれなかった古書・・・
偶然にも、ここで見つけたので今回は迷わず購入することにした。(笑)

ライブはいつもの如し・・・

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で・・・いつものように、飲み物と食べ物を追加注文!(笑)
他の人達は演奏を聴くことに集中しておるのだろう・・・
拙者は慣れてしまったというか・・・
集中力が無くなったというか・・・
飽きてしまったというか・・・(笑)
最近は聴くより食べることが優先となる。

拙者のほかに食べ物など頼む人はいない。
拙者だけである・・・(大笑)
で・・・頼んだのは・・・ピザ!
一人で、ムシャムシャ・・・

と・・・ギタリストの“ハスミさん”が・・・
「いい臭いがしますねぇ~イタリアの音楽にピザの臭い・・・いいタイミングですねぇ~」と発言!
と・・・
観客が一斉に後ろを振り返り・・・拙者に注目!!(ゲゲッ!)
大爆笑・・・である。
やっちゃった・・・(大汗)
え?
一番後ろに座っていたので、誰も気がついていないと思っていたのに・・・
みんな拙者が食べているのを知ってたの?(大汗)
マイッタァ~
「エヘヘ・・・こりゃ、どうも・・・」(笑)

日記 | 23:21:51 | Comments(0)
呆れる理事会・・・
今日は法人会の理事会・・・
いつものように、昼食が出る理事会である。

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席について開会を待っていたら、いきなり後ろから拙者の肩を叩いた人がいる。
副会長である・・・・
「よぉ、よろしくな!」
この人の、この言い方には意味がある。
「質問なんかするんじゃねぇぞ!」という“釘刺し”である。
以前、理事会で質問をしてから、こういう扱いを受けるようになった。
露骨に「今日は何か質問するのか?」と聞いてくる人もいる。
が・・・だいたいが、拙者の顔を見て嫌な顔をするかニヤニヤする人が多い。

拙者を応援するつもりで追加の質問をした“ケムちゃん”は会長にコテンパに非難された。
で・・・その後、拙者と同様の扱いを受けたのだろう・・・・「常任理事」であるが理事会には出てこなくなってしまった。
拙者は「常任」ではない「ヒラ理事」である。
が・・・理事は理事・・・
理事には理事の職責というものがあるはず。
疑問があれば質問をするのは当たり前である。
意見があれば意見を言うのが当たり前である。
それが理事の職責である。
「会議の席で質問をした」と非難する方がおかしいのである。
「黙って座って何も言うな」というのでは会議を開く意味がない。
会議で一言も発言をしないということを恥と思わねばならない。

あの時の理事会は、我が法人会を公益法人化するという議題である。
だれが、いつ、公益法人化すると決議したのか・・・
周囲がそうするから、うちもそうする・・・では主体性がない。
公益法人のメリットとデメリットは何か・・・
そういう質問が出ないことのほうがおかしい・・・・
「余計なことを聞くな」では理事会を開く意味が無い。
我ら理事は他の会員に各種の判断を委託されているのである。
ここで、きちんと内容を揉んでおかないと、総会で、一般会員から質問攻めに遭いかねないのである。
だから、事前に理事会で議論を尽しておかねばならない。

こういうところがわかっていないとはお粗末である。
全員が企業の経営者である。
経営者がこの体たらくでは、町が良くなるわけがない、経済が良くなるわけがない、景気が良くなるわけがない。
強いては日本が良くなるわけがない。(大笑)
だいたい、こういう輩が、国政選挙となると大威張り・・・
で・・・大勝した民主党は、この体たらくである。
有権者がこういう程度なんだから、彼らに選ばれた政治家も、ああいう程度ということになる・・・と言われても仕方があるまい?(笑)

今回の議題は、今度の総会に上程する議案の審議である。
特にこれといって大きな問題はない。
拙者は、細かいことには、いちいち質問したり意見を言ったりはしないことにしている。
会議後に事務局へ個人的に指摘することにしている。(これは毎回のことである)
例えば・・・・
議案書に「(案)」の文字が抜けていた場合、これは会議後に事務局に指摘する。
議案書には必ず「(案)」の文字を付し、議案が承認された時に「(案)の文字を削除願います」と言って「案」の文字を削除させるのである。
(例えば「本年度予算(案)」とか・・・)
この手の誤字や脱字は、よほど重要なものでなければ会議の席では指摘しないことにしている。
拙者が指摘するのは本質的な問題である。
後日、問題を引き起こすかもしれない事項は特に念を入れて審議しておかねばならない。

公益法人化については、ゴタゴタ揉めた会議の後、個人的に会長をはじめ、主要役員に尋ねたのだが・・・
「俺もよく知らないんだよなぁ~」との回答。
知らないんだよなぁ~で、議案を承認していいのかね?
お粗末である・・・
後世に禍根を残すとは思わないのか?

今回は、特に指摘することもなかったので黙っていたが・・・
「今日は質問しないんだぁ~」とからかわれる・・・
そういう嫌味を言うって・・・レベルが低いんだよなぁ~
だから中小企業のオヤジは品性が低いって言われるんだ!(怒)

そういう理事会であっても・・・拙者は出席することにしている。
これは理事に選ばれた以上、やらねばならぬ最低の職責であると思っている。
へそを曲げて欠席・・・というわけには行かぬ。
豪華な昼食が出るんだからねぇ~(大笑)
“浪人”になった拙者としては、“社会”と繋がる唯一のパイプの一つであるから、これに出ないとなると、お粗末な社会とはいえ、“社会”と隔絶してしまうのである。(笑)
唯一の強みは、拙者は実質廃業していて、“会社”は名前だけ・・・
つまり、取引先などは無いから、遠慮なく誰彼関係なく“敵”に回せるという事・・・(大笑)
だから、拙者は誰に嫌味を言われても方針は変えない。(笑)

今日の理事会は・・・平穏無事に閉会を迎える・・・・

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日記 | 21:10:48 | Comments(0)
お粗末な副領事
サンフランシスコの日本総領事館の副領事が米カリフォルニア州の司法当局に逮捕されたそうである。
この32歳の副領事・・・・
日本人の妻を踏み付けたり、車から突き落としたりと家庭内暴力を振るって、妻に障害を負わせたという罪で起訴されたそうだ。
32歳で副領事っていうのだから、さぞかし優秀な人物なんだろうねぇ~
総務省から出向している人らしいが・・・
しかし、なんともお粗末な“騒ぎ”である。
家庭内でどういう事情があったのかは知らないが・・・・
妻に暴力を振るいたくなるような、妻のほうに問題があったのかもしれないが・・・・
それでも、逮捕されるほどのことをやっちゃマズイでしょ?
逮捕されない程度なら多少は暴力を振るっても良いとは言わないが・・・・
人間ですから・・・
ビンタの1発くらい食らわせたいような妻の行状があったのかもしれないけど・・・
車から突き落としてはマズイでしょ?(笑)
「たびたび暴力を振るわれていた」らしいのだが、そうなるとこの妻にも何かしらの問題があったのではないかと思っても不思議ではないと思う。
なにせ、自分の怪我の状況をその都度記録していたって言うんだから・・・
わざと暴力がエスカレートするように仕向けたということも考えられるのではなかろうか?
が・・・それにしても・・・これが事実ならやりすぎだよなぁ~

どうも「優秀な人」が本当に優秀なのかどうか・・・わからん・・・・・
人間的に、人格的にどうなんだろうねぇ~
本当の“優秀”ってテストの点数ではないと思うんですけど・・・
やっぱり人格、人間性だと思うんですけど・・・・

日本の総領事館の副領事という立場なのだから、こういう“事件”を起こしてはマズイって思わなかったのだろうか?
優秀ではないよなぁ~
そういうことが予想できないなんて・・・・
官僚の得意の「想定外」ということかね?
この程度のことが「想定」できないようでは、領事なんて務まらないと思うんですけど・・・
お粗末である。

外交官は「外交官不逮捕特権」があって逮捕されないことになっているが・・・・
「副領事」というのは「外交官」ではないのだそうである。
だから逮捕されたそうで・・・・
この人・・・無実を主張して日本円で約2800万円の保釈金を払って保釈されているそうであるが・・・・
その保釈金って誰が払ったんだろう?
自分で払ったのかな?
ということは・・・こういう“馬鹿”でも、かなりの高給を得て、蓄財ができるってこと?(笑)
だったら、是非、副領事になりたいんですけど・・・
絶対、家庭内暴力とか、傷害とかの不祥事は起こさないから・・・是非!
拙者は独身だし・・・・やりたくてもできないから・・・妻に暴力なんて・・・(笑)

それにしても、国際的なニュースになっちゃって・・・・
日本の恥さらしになっている。
お粗末である。
これで有罪になったら、刑務所に入るのだろうか?
それとも国外退去(追放)になるのだろうか?
国外追放だったら、どのツラ下げて日本に帰って来るつもりなんだろう?
格好が悪いよなぁ~
スパイ行為で・・・っていうなら日本の国益のためってなわけで格好がつくけど・・・
家庭内暴力ではねぇ~(笑)

32歳・・・・レベルが低いよなぁ~

エッセイ | 00:51:44 | Comments(0)
南シナ海の緊張
南シナ海のスカボロー礁で、フィリピンと中国の艦船が1ヶ月もにらみ合いを続けているという。
両国はお互いに「自国領」を主張して譲る気配はない。
で・・・この地域での緊張が高まっている。

フィリピンと中国は南沙諸島でも領有権を争っているが・・・
フィリピンのアキノ大統領は、この争いのさなか、中国を訪問し、中国からの大規模な経済協力を取り付けたばかり。
もしかして、これ・・・非常に不味いタイミングだったのではないか?
間違ったメッセージを相手に送ってしまったのではなかろうか?
フィリピンは“弱い”というイメージを与えてしまったのではなかろうか?
頭を下げて、「経済協力をお願い」したことになるわけだから・・・

現場では中国漁船が平然と操業をしているのをフィリピンの艦船が見守るという情けない状態だという。
なぜならば・・・フィリピンの警備力がお粗末過ぎるのである。
海に囲まれている国なのに・・・・
7000以上の島々で構成されている国なのに・・・・
海軍力が皆無に等しい・・・(笑)
フィリピン人に聞いた話だと、まともに戦えそうな軍艦は2~3隻しかないとの噂もある。
フィリピン海軍の人員は2万2千名という。
一桁違うんじゃないかといいたくなる数字である。
これだから中国につけ入れられるのである。

スカボロー礁には1960年代にフィリピンが小さな灯台を設置して「実効支配」していた。
1970~80年代にはフィリピン駐留の米軍の射爆場として使われていた。
もし、中国が自国領だと主張するなら、この時に米国に文句を言うべきである。
自国領を射爆場に使うとは怪しからん・・・と・・・
しかし、当時は何も言っていない。
1990年にフィリピンは灯台の再整備を行い、「実効支配」を続けていたが・・・
なぜか1995年頃に、この灯台が消失してしまったと言う。
フィリピン側の言い分は、中国が勝手に撤去した・・・というもの。
う~ん・・・やりかねないな・・・
灯台が無くなり、「実効支配」の証拠が無くなって・・・この騒ぎである。
中国に“やられた”としか言いようがあるまい。

フィリピンは米国に支援を求めたが、米国はこの問題に関して支援するという態度を明らかにしていない。
自分達が過去に射爆場に使っておきながら・・・である。
フィリピンの領土だったから射爆場として使用していたのではないか?
中国の領土だと思っていたわけではあるまい?
知らん顔とは、失礼な話である。
どうも白人のやることは“こずるい”のである。
中東がゴタゴタしているのも、彼ら白人が首を突っ込んだからではなかろうか?(笑)
米国のこの態度には問題がある・・・・
将来、中国が本気で沖縄の領有権を主張した時、米国は知らん顔をするかもしれない。
沖縄に駐留していたのは“在日”米軍ですよね?
“在日”なんだから、沖縄は日本領でしょ?
・・・と言ったところで、無視して助けてくれないかもしれないのである。
今回の米国のフィリピンに対する態度を、我が国民は覚えておくべきである。

ASEAN(東南アジア諸国連合)も、この問題に対して公式の支援表明を出していない。
東南アジア各国も、高成長を続ける(?)中国の顔色を伺っているのだろう。
どいつも、こいつも・・・である。
日本に至っては・・・まぁ、頼りにならないわなぁ~
北方4島を盗まれ、竹島を盗まれ、尖閣諸島を盗まれそうになっているのに・・・アホ面下げて、“政局”にいそしんでいるのであるから・・・

フィリピンは孤立無援状態である。
こういう時に、日本が手を差し伸べてやれば・・・と思うのだが・・・
大東亜戦争のトラウマにかかっているのか、そもそもがマヌケな国民性なのか・・・動けない、動かない。
カネのためなら自分の体(領土)でも売るのは売春婦のやることである。
経済成長著しい中国とのビジネスチャンスのほうを優先して、筋も道理も引っ込めるというのは、まさしく売春婦に成り下がったとしか言えまい?

フィリピンも海洋国家だと思うのだが・・・
今まで何をしていたのやら・・・
自業自得と言えるかもしれない。
日本もいずれ同じ目に遭うだろう。
その時は・・・・やはり、自業自得・・・ということになるだろうなぁ~
フィリピンと中国の、この問題・・・他人事ではないのである。

エッセイ | 16:50:44 | Comments(2)
北方領土 特命交渉
北方領土 特命交渉 (講談社プラスアルファ文庫)北方領土 特命交渉 (講談社プラスアルファ文庫)
(2007/12/21)
鈴木 宗男、佐藤 優 他

商品詳細を見る


文庫本まえがき
「何度も手が届きそうになった北方領土」~鈴木宗男~

プロローグ
「複数の総理大臣から受けた『特命』」~鈴木宗男~

第1章 川奈「秘密提案」
  「川奈会談」の重要性
  「サハリン日本総領事館」に込めたメッセージ
  外務省に消された事実
  はじめての「族議員」
  右翼に対しての防波堤
  橋本総理の絶妙なシグナル
  ロシアカードがあるときの中国
  川奈会談は一級の情報戦
  秘密の迎賓館
  「ノンペーパー」でわかる官僚の実力差
  中川一郎が流した涙
  漁業相失脚を予言したジョーク
  CIAを出し抜いた情報
  「外交に政治家は口出しするな」
  駐ソ連大使夫人の肖像画に見下ろされて

第2章 北方領土「外交秘史」
  「スターリン主義の残滓」
  「日本人がいらないといっても返す」
  56年共同宣言と東京宣言の落差
  5通りの可能性
  中国とロシアの根本的な違い
  最大のチャンスだった「クナッゼ提案」

第3章 最大の好機「クラスノヤルスク会談」
  「橋本三原則」を評価したロシア
  日ロ関係がよいときの中国は
  「クルリの話をしよう」
  サミットでの絶好のチャンス
  小渕総理「毎週モスクワへ行け」の真意
  ムチとムチでしか動かない外務官僚
  モスクワ会談の悲劇
  外務省の暴走
  小渕総理の「政治的遺言」
  プーチンへの直談判
  外務省には極秘の「特命」

第4章 元島民の本心
  何かが動くという直感
  国会決議を持ってモスクワに
  「二島先行返還論」という誤解
  「北方領土ビジネス」
  先住民の権利に見る外務省の無能
  日ロにまたがる世界遺産で生まれるもの
  ロシア人島民の率直な発言

第5章 官僚と政治家のための国益
  田中真紀子外相の不幸
  謀略情報を流す勢力
  謀略を外相に耳打ちしたのは誰か
  外交上の勝利「イルクーツク声明」
  日本が大きく譲歩した提案
  組織的なFAX攻撃
  検察の筋書き
  外務省が共産党に流した秘密文書
  村山総理に押し付けられた演習場
  野党のために田中外相への質問づくり
  止められたテポドン発射
  外交記事は百パーセント官から
  日本の外交史上、最低の結果

第6章 隠されていた真実
  血の報復の掟
  外務大臣を利用した官僚
  インテリジェンスの常識を知らぬ外務省
  中央アジアから動かす北方領土問題
  北方領土を失うチェチェンへの対応
  プーチン大統領が賞賛した分析力
  「9・11同時多発テロ」の本当の原因
  事務次官になってから逆恨み
  亀井静香との対決
  幼稚園児並みの局長
  領土は国家の名誉と尊厳の問題
  北方領土と竹島の関係
  「悪のサンタ」の歴史的大失態

エピローグ
「北方領土交渉を阻む勢力」~佐藤優~

文庫版対論 外務官僚の謀略
  逃げ回る腰抜け外務官僚
  バルダイ会議の怪
  「三島返還論」という下手くそなシグナル
  外務官僚が外相に知恵を付けた「面積二分割論」
  外務官僚の謀略に気づいた外相
  歯舞群島、色丹島は返還直前だった
  「ムネオハウス」を撤去せよ
  諸悪の根源は新自由主義
  私たちの反省
  今後の北方領土戦略とは
  北方四島の中国・北朝鮮労働者
  一度失ったチャンスは戻らないが
  北方領土ビジネスを根絶すると
  早期解決のために何をすべきか

《年表》
日ソ国交回復以後の日ソ・日ロ関係主要事項年表



今年の読書:40冊目



読書 | 01:26:54 | Comments(0)
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